対
馬
・
根
緒
部
落
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査
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究
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研
究
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家
﹂
意
識
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祖
先
崇
拝
の
研
究-桧
垣
巧
は じ め に し も 今 回 の 調 査 ぽ、 昭 和 六 十 年 七 月 七 日 よ り 十 四 日 ま で 八 日 間 に わ た っ て 行 わ れ た。 場 所 は、 対 馬 の 下 の 島、 美 津 島 町 に あ る 根 緒 部 落 で あ る。 同 部 落 は 美 津 島 町 の 最 東 南 端 に 位 置 し、 南 部 は 厳 原 町 小 浦 部 落 と 境 を 接 し て い る。 調 査 に 当 た っ て ぽ、 私 の 友 人 美 津 島 町 尾 崎 部 落 の 西 山 昇 氏 を 介 し て、 根 緒 の 区 長 国 分 保 氏 に 調 査 の 受 け 入 れ を お 願 い し た。 国 分 氏 に ぽ、 奥 様 と も ど も 何 か と 大 変 お 世 話 に な っ た。 な お、 私 た ち 調 査 員 の 宿 泊 に つ い て は、 根 緒 公 民 館 を お 願 い し た 関 係 で、 公 民 館 主 事 の 有 江 義 治 氏 に ぽ 終 始 つ き っ き り で お 世 話 い た だ い た。 ま た、 公 民 館 の 近 く に お 住 ま い の 阿 比 留 雪 雄 氏 と 阿 比 留 鉄 男 氏 に も、 公 私 と も に 格 別 お 世 話 に な っ た。 今 回 の 私 達 の 調 査 に つ い て は、 根 緒 の す べ て の 方 々 の ご 協 力 を た ま わ っ た が、 な か で も 私 の 印 象 に 強 く 残 っ て い る 右 の 方 々 に と く に あ つ く お 礼 を 申 し あ げ る。 対 馬 ・ 根 緒 部 落 の 調 査 研 究密 教 文 化 次 に、 調 査 員 名 お よ び そ の 班 別 の 調 査 項 目 は 左 の 通 り で あ る。 私 達 の 調 査 は、 各 自 平 均 六 ・ 五 世 帯 の 調 査 票 に よ る 面 接 調 査 の ほ か、 上 の 表 に あ る よ う に 調 査 員 が 班 別 に 分 担 し た も の と 二 本 立 て で 行 わ て れ い る。 調 査 の 焦 点 の 一 つ は、 日 本 の 伝 統 的 な ﹁ 家 ﹂ 意 識 と の 関 連 で、 根 緒 の 村 人 達 の 祖 先 崇 拝 の 実 態 を 知 る こ と に あ っ た。 今 一 つ は、 村 人 の 個 人 主 義 化 ・ 合 理 主 義 化 の 進 展 の 状 況 と ﹁ ム ラ 共 同 体 ﹂ の 残 存 度 を 調 査 し て い る。 し か し、 紙 数 の 都 合 を 考 え る と、 祖 先 崇 拝 一 つ に し ぼ ら な い わ け に は い か な か っ た。 さ て、 私 の 対 馬 の 村 落 調 査 も 今 回 で 十 一 回 日、 三 十 三 部 落 に 及 ぶ。 と い う の は、 一 回 の 調 査 に お い て、 一 部 落 を 集 中 的 に 調 査 す る か た わ ら、 隣 接 す る 二 部 落 を も 合 せ て 聞 き と り 調 査 を 行 っ て き て い る か ら で あ る。 今 回 の 隣 接 部 落 の 調 査 に あ た っ て は、 古 同 浜 漁 協 の 現 組 合 長 沖 本 昭 二 氏 と 元 組 合 長 の 対 尾 定 雄 氏、 小 浦 の 下 条 重 視 区 長、 曲 の 梅 野 勝 区 長、 阿 須 に あ る 阿 須 湾 漁 協 の 戸 山 久 雄 専 務 に お 世 話 に な っ た。 合 せ て あ つ く お 礼 申 し あ げ る。 一、 根 緒 の 概 況 対 馬 は 上 の 島 と 下 の 島 に 分 か れ、 二 つ の 島 の 範 域 と は 別 に 上 県 郡 と 下 県 郡 の 二 郡 に 分 か れ る。 上 県 郡 は 北 の 方 か ら 上
か み あ が た し も あ が た 対 馬 町 ・ 上 県 町 ・ 峰 町 よ り な り、 下 県 郡 は、 上 の 島 の 豊 玉 町 と 美 律 島 町 ・ 厳 原 町 と な っ て、 計 六 町 に よ っ て 構 成 さ れ て い る。 根 緒 の 所 在 す る 美 律 島 町 は、 上 の 島 の 南 端 の 尾 ッ ポ に あ た る 一 部 を と り こ ん で、 下 の 島 の 北 部 に 位 置 し て い る。 根 緒 は 美 津 島 町 の 東 南 端 に あ っ て、 す ぐ 南 隣 は 厳 原 町 に 接 し て い る。 集 落 部 か ら 北 東 の 沖 合 を 見 る と、 南 か ら 北 に 向 か っ て 男 島 ( 下 根 緒 島 )、 女 島 ( 中 根 緒 島 )、 子 島 (上 根 緒 島 ) の 三 島 が 並 び、 背 後 に 広 が る 日 本 海 の 景 観 を 飾 っ て い る。 し か も、 北 の 端 の 子 島 の 対 岸 に は、 対 島 で は 数 少 な い 白 砂 の 海 岸 が あ り、 対 島 有 数 の 海 水 浴 場 が あ る。 男 島 に は 多 岐 都 姫 ノ 命、 女 島 に は 市 杵 島 媛 ノ 命、 子 島 に は 多 紀 理 媛 ノ 命 が 杞 ら れ て い て、 合 せ て 根 緒 の 守 り 神 に な っ て い る。 根 緒 集 落 の 立 地 条 件 に つ い て、 今 一 つ い っ て お き た い こ と が あ る。 そ れ は、 根 緒 が 北 方 約 四 キ ロ を 距 て て 高 浜 に 隣 接 し、 高 浜 の 北 西 一 キ ロ に 美 津 島 町 役 場 の あ る 鶏 知 が あ り、 南 部 で は、 南 々 西 四 キ ロ で 厳 原 町 小 浦 と 境 域 を 接 し、 そ の 南 西 〇 ・ 五 キ ロ の 南 室 を 経 て 同 じ く 〇 ・ 五 キ ロ 南 の 先 に 対 馬 の 首 色 厳 原 が 近 接 し て い る と い う 地 理 的 条 件 で あ る。 厳 原 は、 対 馬 全 島 約 五 万 人 の 人 口 の 二 〇 % を 擁 し、 長 崎 県 の 対 馬 支 庁 以 下、 各 種 の 公 的 な 出 先 機 関 や 私 企 業 の 支 店 が 集 積 し て い て、 一 見、 地 方 都 市 の よ う な 景 観 と 機 能 を そ な え て い る。 一 方、 町 役 場 の あ る 鶏 知 は、 厳 原 に 次 い で 対 馬 第 二 の 人 口 を も ち、 こ こ に は ま た、 福 岡 市 と 長 崎 県 大 村 市 と を 結 ぶ 対 馬 空 港 も あ る。 他 方、 厳 原 は 現 在 も 島 民 た ち か ら ﹁ 城 下 ﹂ ま た は ﹁ 府 中 ﹂ と よ ば れ て お り、 こ の 言 葉 の 中 に は 一 種 の 尊 敬 と 憧 憬 と が こ め ら れ て い る。 街 に は 田 舎 離 れ の し た 商 店 や 公 的 な 出 先 機 関、 そ れ に ス ナ ッ ク そ の 他 の 娯 楽 施 設 が 並 ん で 活 況 を 呈 し て お り、 島 内 諸 村 落 の 村 人 た ち は 何 か の 用 事 に か こ つ け て は 城 下 に 出 た が っ て お り、 ま た 出 る こ と 自 体 に 誇 り が 感 じ ら れ る。 娘 や 若 い 主 婦 層 は、 で き れ ば サ ラ リ ー マ ン の 妻 と し て こ こ に 居 住 し て 生 活 し た が っ て い 対 馬 ・ 根 緒 部 落 の 調 査 研 究
密 教 文 化 る。 根 緒 は、 こ の 首 邑 厳 原 と 町 役 場 の あ る 鶏 知 に 対 し て、 南 と 北 に そ れ ぞ れ 五 キ ロ ほ ど の 距 離 に あ り、 両 者 の 中 間 点 に 立 地 し て い る。 根 緒 の 社 会 的 性 格 や 村 人 の パ ー ス ナ リ テ ィ を 理 解 す る 上 で、 こ の 地 理 的 条 件 は 重 要 な 基 盤 の 一 つ と な ろ う。 さ て、 つ づ い て、 私 た ち の 調 査 結 果 か ら、 根 緒 の 概 況 を と ら え て お く こ と に す る。 根 緒 の 世 帯 数 は 九 十 で あ る が、 調 査 拒 否 九、 長 期 不 在 一、 病 気 入 院 中 一 で、 計 十 一 世 帯 の 調 査 不 能 が 出 た。 し た が っ て、 調 査 世 帯 は 七 十 九、 有 効 回 答 率 は 八 十 七 ・ 八 % で あ る。 ま ず、 根 緒 の 世 帯 主 の 職 業 (女 世 帯 主 十 二 入 を 含 む ) か ら み て い こ う。 ﹁ そ の他﹂の内訳は、公務員、自営業、土木 関 係 な ど で あ る。 こ の 表 か ら す る と、 根 緒 は ま ず 漁 村 で あ る と い っ て よ い。 た だ、 店 員 を 含 む 会 社 員、 役 場 職 員、 公 務 員 を 合 せ る と 十 人 ほ ど に な る。 し か も、 こ の 表 に は 出 て い な い の で あ る が、 父 親 が 漁 業 で 長 男 が 厳 原 勤 め の サ ラ リ ー マ ン と い う ケ ー ス は ほ か に か な り あ る の で、 実 数 は そ の 二、 三 倍 は あ る。 こ の 点 を 考 慮 す れ ば、 根 緒 が 漁 村 で あ る こ と に は 変 わ り な い の で あ る が、 他 方 で、 サ ラ リ ー マ ン 化 が 進 ん で お り、 ま た 進 み つ つ あ る 漁 村 で あ る と い う こ と に な ろ う。 表 に は 出 な か っ た が、 民 宿 も 二 軒 あ る。
次 に、 世 帯 主 の 学 歴 を の せ て お こ う。 こ の 結 果 か ら す る と、 世 帯 主 の 学 歴 は、 対 馬 一 般 の 村 々 に 比 べ て 同 程 度 か、 あ る い は 幾 ら か 低 い と い え よ う。 ち な み に、 根 緒 か ら の 大 学 卒 業 者 は、 か な り 以 前、 早 稲 田 大 学 を 出 た 者 が 一 人 い る だ け で あ る。 対 馬 で は 近 年 ま で、 家 業 で あ る 農 ・ 漁 業 を 継 ぐ か ぎ り、 学 歴 は い ら な い と い う 考 え 方 が 一 般 で あ っ た こ と を 反 映 し て い る。 な お、 根 緒 の 本 戸 ( 本 百 姓. 維 新 前 か ら の 在 来 戸 ) と 寄 留 ( 分 家 と 外 来 戸 の 双 方 を 含 む ) と の 割 合 は、 前 者 が 十 五 世 帯 ( 一 六 ・ 七 % ) に 対 し て 後 者 が 八 十 五 世 帯 ( 八 三・ 三 % ) と、 後 者 が 八 割 強 を 占 め て 多 い こ と が 注 目 さ れ る。 対 馬 の 内 陸 部 の 純 農 村 や、 西 海 岸 で は、 本 戸 の 数 が 寄 留 を 圧 倒 し て 多 い ば あ い が 一 般 で あ る が、 漁 業 の 出 足 の 早 か っ た 東 海 岸 で は 概 し て 寄 留 の 比 率 が 高 い。 長 ら く 伝 統 的 な 半 農 半 漁 の 生 活 に 停 滞 し て い た 西 海 岸 よ り も、 本 格 的 な 漁 業 へ の 進 出 が 早 か っ た し、 そ の こ と が、 分 家 や 外 来 戸 ( タ ビ 寄 留 ) に 対 し て 就 労 の 機 会 を 多 く 提 供 し た か ら で あ る。 本 戸 の 世 帯 数 が 寄 留 の そ れ を 上 回 っ て い る 内 陸 部 や 西 海 岸 の 諸 村 落 で は、 今 な お 伝 統 的 な 本 戸 の 特 権 意 識 と そ れ を 裏 づ け る 制 度 慣 行 が 踏 襲 さ れ て い る と こ ろ が 多 い。 そ の 点 で は、 比 較 的 早 期 か ら 漁 業 が 拓 け、 ま た、 厳 原 や 鶏 知 に も 近 い こ と が 就 労 の 機 会 を 多 く 保 障 し た と い う 事 情 も 加 わ っ て、 根 緒 に 寄 留 世 帯 が 多 く な っ て い る。 そ の こ と が 本 戸 の 特 権 意 識 を 稀 薄 化 さ せ、 家 関 係 ・ 個 人 関 係 を 対 等 化 さ せ て き て い る。 対 馬 ・ 根 緒 部 落 の 調 査 研 究
蜜 教 文 化 つ づ い て、 根 緒 の 九 十 世 帯 全 部 に わ た る 世 帯 主 夫 妻 の 通 婚 圏 を 書 い て お く。 女 世 帯 主 が 十 二 人 と 多 い が、 そ れ は 妻 の 方 の 中 に 一 括 し て お く こ と に す る。 根 緒 の 男 世 帯 主 は 七 十 八 人 で あ る が、 そ の う ち 妻 な し が 四 世 帯 あ る。 右 の 二 つ の 表 の う ち、 美 は 美 津 島 町、 厳 は 厳 原 町、 上 は 上 対 馬 町、 峰 は 峰 町 の こ と で あ り、 妻 の ば あ い 数 は 少 な い に し て も 全 島 六 町 の う ち 上 県 町 を 除 く 五 町 か ら の 婚 入 が あ る。 そ の ほ か、 他 府 県 出 身 者 が 五 人 お り、 婚 入 者 の 出 身 地 の 雑 多 さ が 目 立 つ。 こ れ だ け 妻 の 婚 入 元 が 多 彩 な 村 は、 私 の 過 去 三 十 三 部 落 の 調 査 で は 稀 な こ と で あ る。 考 え ら れ る 一 つ の 理 由 は、 首 邑 厳 原 に は 島 内 各 部 落 は も ち ろ ん、 島 外 か ら の 出 身 女 性 も 多 い の だ が、 そ の 厳 原 で 見 染 め ら れ た 娘 が 多 い か ら か も 知 れ な い。 そ の ほ か に、 上 県 町 の 鹿 見 部 落 で は 妻 は な る べ く ヨ ソ か ら も ら う 仕 来 た り 男 世 帯 主 妻 ( 女 世 帯 主 十 二 人 を 含 む )
の よ う な も の が あ っ た が、 そ ん な こ と が 根 緒 に も あ る の だ ろ う か。 な お、 女 世 帯 主 が 十 二 人 と 多 い の も、 根 緒 の 一 つ の 特 徴 で あ る。 娘 側 の 要 望 に よ っ て、 結 婚 と 同 時 に 新 居 を 厳 原 に 移 し て 他 出 し た 青 年 層 が 多 い せ い か も 知 れ な い。 次 に、 根 緒 の 農 家 の 田 ・ 畑 ・ 山 林 の 規 模 別 所 有 世 帯 数 を 掲 げ て お く。 右 の 二 つ の 表 か ら す る と、 田 畑 の 所 有 規 模 は 極 め て 雰 細 で あ る 上 に、 田 ・ 畑 を 所 有 し て い る 家 が 少 な く、 だ い た い 旧 本 戸 層 に 限 ら れ て い る こ と が 知 ら れ る。 現 在、 根 緒 に 水 田 は 見 当 た ら ず、 田 は あ っ て も 耕 作 は 放 棄 さ れ て い る。 以 前 は 農 家 は 小 規 模 な が ら、 そ の 多 く が 水 田 を 経 営 し て い た の で あ る。 田 畑 の 所 有 面 積 が 対 馬 一 般 の 村 落 に 比 べ て 狭 小 な の は、 も と も と 耕 地 面 積 が 乏 し い と こ ろ に、 昭 和 三、 四 十 年 代 に 漁 業 景 気 で 潤 っ た と き、 分 家 が ふ え、 ま た、 タ ビ 田 畑 山 林 対 馬 ・ 根 緒 部 落 の 調 査 研 究
密 教 文 化 寄 留 が 入 村 し て き て 宅 地 が 広 が っ た た め な の で あ ろ う。 こ こ で も、 山 林 の 所 有 者 は 十 八 世 帯 と 少 な く、 そ の 規 模 も 零 細 で あ る。 参 考 ま で に い え ば、 対 馬 全 体 の 村 落 の 一 世 帯 平 均 の 耕 地 山 林 の 所 有 面 積 は、 田 畑 合 せ て 五 〇 ア ー ル、 山 林 約 三 ヘ ク タ ー ル で あ る と い わ れ て い る。 次 い で、 根 緒 の 世 帯 の 家 族 全 員 の 年 間 所 得 額 を の せ て お く。 こ れ で み る と、 根 緒 の 世 帯 の 年 間 収 入 は、 年 間 二 〇 〇 -二 五 〇 万 円 と な る が、 私 の 過 去 の 対 馬 の 所 得 調 査 の 平 均 が 二 五 〇 万 円 ど こ ろ だ か ら、 そ れ を 幾 ら か 下 回 る と い え よ う。 最 後 に、 根 緒 部 落 の 自 治 行 政 な ど に つ い て 簡 単 に ふ れ て お く。 部 落 は、 上 ・ 中 ・ 浜 と い う 三 つ の 小 字 に 分 か れ、 そ れ が お の お の 二 班 ず つ に 分 か れ て 計 六 班 と な っ て い る。 三 つ の 小 字 成 立 の 歴 史 的 順 序 を い え ば、 奥 山 に 連 な る 山 麓 の 斜 面 部 に ま ず 集 落 が で き た。 防 潮 提 が な か っ た 頃 に は、 風 波 に よ る 災 害 が 及 ば な い 最 も 安 全 な 立 地 条 件 を も っ て い た。 上 の 地 区 が そ れ で あ り、 根 緒 の 早 期 の 定 住 者 は、 居 住 条 件 を 見 は か ら っ て こ こ に ま ず 住 居 を 構 え た。 そ れ ゆ え、 上 地 区 に あ る 一 班 の ほ と ん ど が 本 戸 で 占 め ら れ て お り、 本 戸 の 幾 ら か が 二 班 と 中 地 区 の 三 班 に も 点 在 し て い る。 こ れ ら 一 部 本 戸 の 混 入 を 除 き、 二 班 以 下 は 寄 留 が ほ と ん ど で あ り、 上 ・ 中 ・ 浜 と い う 順 序 で 集 落 部 が 構 成 さ れ て い っ た こ と は 確 か で あ る。 居 住 条 件 が 悪 い 中 と 浜 地 区 は お お む ね 分 家 寄 留、 タ ビ 寄 留 が 居 住 し て い た。 堤 防 が で き て か ら は、 必 ず し も そ う で は な く な っ た の で は あ る が。
對
馬
全
部 落 の 役 職 は、 敗 戦 後 し ば ら く の 時 期 ま で は、 本 戸 十 五 戸 が 毎 年 選 挙 ま た は 推 選 に よ っ て 選 任 さ れ、 す べ て を 独 占 し て い た。 昭 和 三 十 年 頃 ま で は い ず れ か と い え ば、 む し ろ 農 業 の 方 が 主 体 で あ り、 分 家 寄 留 の 世 帯 数 も 多 く な か っ た の で、 本 戸、 農 家 層 が 伝 統 的 な 特 権 を 行 使 し て き て い た の で あ る。 現 在、 総 代 兼 会 計 の 任 期 は と も に 一 年、 い ず れ も 三 月 下 旬 の 定 期 総 会 に お い て 選 挙 に よ っ て 選 ば れ て い る。 そ の ほ か の 役 職 は 推 選 制 で あ る。 漁 協 婦 人 部 長、 青 年 団 長 ( 三 十 五 歳 ま で、 団 員 十 五 名 )、 消 防 団 長、 老 人 ク ラ ブ 会 長、 公 民 館 長、 そ れ に 本 戸 十 五 軒 に よ る 共 有 権 者 の 会 長 な ど で あ る。 た だ 神 社 総 代 は、 病 気 そ の 他 の 理 由 で 本 人 に 辞 退 の 意 志 が な い 限 り 永 年 制 で あ り、 辞 退 す れ ば 推 選 に よ っ て 代 り が 選 ば れ る。 氏 子 総 代 六 名 (任 期 一 年 )、 班 長、 そ れ に 寺 役 一 人 は 輪 番 制 で あ る。 根 緒 は 九 十 世 帯 を 擁 す る に も か か わ ら ず 寺 が な く、 厳 原 の 天 沢 寺、 醒 泉 院 な ど 四 個 寺 に 檀 家 が 分 属 し て い る。 二、 歴 史 旧 李 氏 朝 鮮 の 資 料 ﹃ 海 東 諸 国 記 ﹄ ( 申 叔 舟 著、 一 四 七 一 年 ) に よ る と、 ﹁ 尼 干 浦 十 余 戸 ﹂ と あ り、 こ の 書 物 が 出 た わ が 応 仁 の 乱 の 頃 に は、 す で に 根 緒 に 住 戸 が あ っ た こ と が 証 明 さ れ る。 尼 干 浦 (根 緒 浦 ) 十 余 戸 と い う の は、 藩 制 時 代 の 根 緒 の 戸 数 や 現 在 の 本 戸 ( 本 百 姓. 在 来 戸 ) 数 と も ほ ぼ 一 致 す る 農 家 数 で あ る。 な お、 根 緒 の 村 名 の 由 来 に つ い て、 津 (1) ネ ホ ネ ホ 島 紀 事 ﹄ (文 化 六 年、 平 山 東 山 著 ) に は、 ﹁ 根 山 の 根 浦 ト 云 事 ニ テ 禰 保 ( 保 ハ 浦 ノ 字 ノ 音 也 ) ト 云 ノ 誰 ナ ラ ム ﹂ と あ る が、 い く ら か こ じ つ け の 感 じ も 残 る。 今 の と こ ろ、 根 緒 に は 古 墳 の 類 い は 発 掘 さ れ て は い な い が、 こ こ に は 神 社 ・ 伺 ・ 墓 碑 な ど の 類 い が 多 い。 対 馬 の 村 対 馬 ・ 根 緒 部 落 の 調 査 研 究
密 教 文 化 々 に は ど こ も 神 社 ・ 桐 ・ シ ゲ チ (茂 地、 聖 地 の こ と ) は 多 い も の だ が、 こ こ も ま た 多 聞 に 洩 れ な い。 沖 合 の 三 つ の 小 島 に 杷 ら れ て い る 三 柱 の 守 護 神 の ほ か、 根 緒 に は ど の よ う な 由 来 に よ る の か 分 か ら な い が、 氏 神 神 社 が 二 つ あ る。 集 落 部 の 東 南 部 大 奈 崎 の 山 上 に あ る 和 多 都 美 神 社 と、 集 落 部 の 奥 手 の 山 の 中 腹 に あ る 志 々 岐 神 社 で あ る。 前 者 に は、 も と 男 島 に あ っ た 高 倉 明 神 が 合 杷 さ れ て い る。 二 つ の 氏 神 の 祭 礼 に は 軽 重 の 差 が あ っ て は な ら ず、 村 人 達 は 努 め て 同 格 の 取 扱 い を す る よ う に 気 を 配 っ て い る。 和 多 都 美 神 社 の 祭 礼 は、 新 暦 の 十 二 月 十 四 日 が 宵 の 宮、 十 五 日 が 本 祭、 志 々 岐 神 社 の 方 は、 十 二 月 十 五 日 が 宵 の 宮、 十 六 日 が 本 祭 で あ る。 氏 神 神 社 と 同 じ よ う に、 恵 比 須 神 社 も 海 岸 端 と 山 手 に 二 つ あ る。 二 つ の 氏 神 社 と い い、 二 つ の 恵 比 須 社 と い い、 歴 史 的 な あ る 時 期 に 二 つ の 勢 力 の 対 抗 関 係 が あ っ た こ と の 名 残 り な の で あ ろ う か。 そ の ほ か に は、 金 比 羅 神 社、 お 薬 師 ( お 大 師 p ) 様、 火 の 神 様、 不 動 様、 コ オ ロ ギ 社、 山 の 神 様、 大 塔 宮 社、 大 竹 社 な ど が あ る。 そ の う ち 不 動 様 は 西 尾 家 が 中 心 に 祖 っ て お り、 毎 月 の 祭 礼 日 に は 老 婆 ら 二 十 人 ほ ど が お 詣 り し て い る。 ( 2) ま た、 右 の 大 塔 宮 社 と い う の は、 部 落 の 奥 手 の 山 の 中 腹 に あ る 大 塔 備 前 の 墓 の こ と で あ る。 大 塔 備 前 と い う の は、 お き な が 南 北 朝 時 代 の 大 塔 宮 護 良 親 王 の 子 陸 良 親 王 の こ と で あ る。 親 王 は 南 朝 に そ む い て 敗 れ、 対 馬 に の が れ て 大 塔 備 前 守 と 称 し、 藩 制 期 に は 宗 家 家 中 の 上 士 大 塔 氏 の 祖 に な っ た と さ れ て い る。 先 ほ ど 述 べ た 氏 神 の 和 多 都 美 神 社 の 境 内 社 高 倉 社 に は、 こ の 大 塔 備 前 の 守 り 本 尊 だ っ た 像 が 残 さ れ て い る そ う で あ る。 一 時 期、 根 緒 を 所 領 と し て 居 住 し て い た も の か と 思 う。 ま た、 大 竹 社 は、 志 々 岐 神 社 の 斜 め 上 の 山 の 中 腹 に あ る。 津 島 紀 事 に は、 そ の 由 来 に つ い て 次 の よ う に 記 し て い る。
(3) ﹁ 祭 ル 所 ハ 大 竹 安 之 助 が 霊 也。 安 之 助 ハ 小 西 夫 人 ノ 奥 役 ナ リ シ カ、 邪 宗 故 帰 シ 申 サ レ 度 念 慮 有 テ、 常 二 思 案 ヲ 加 へ 謀 ヲ 為 ス。 自 然 ト 疑 ヲ 蒙 リ シ 故、 根 緒 村 二 於 テ 自 殺 ス ト 云 ﹂。 宗 氏 十 九 代 義 智 は、 秀 吉 の 朝 鮮 戦 役 に 出 陣 し て 小 西 幸 長 と 親 し く な り、 役 後 幸 長 の 娘 マ リ ア を 嬰 っ て い る。 と こ ろ が、 マ リ ア は ク リ ス チ ャ ン で あ り、 そ の 後 天 主 教 が 禁 教 と な り、 そ の 詮 議 が 厳 し く な っ て く る。 義 智 夫 人 (小 西 夫 人 ) の 奥 役 で あ っ た 大 竹 安 之 助 と し て は、 主 家 に 災 い が 及 ぶ こ と を 避 け よ う と し て、 義 智 か ら 夫 人 を 遠 ざ け、 離 別 さ せ よ う と 画 策 す る。 そ れ を 夫 人 に 知 ら れ、 根 緒 に 来 て 自 殺 し た と い う 次 第 で あ る。 そ れ を 知 っ て 義 智 は、 大 竹 家 に 人 を 立 つ が て て 家 を 嗣 せ、 そ の 墓 に 石 碑 を 建 て た と い う。 同 じ 史 実 に つ い て、 中 川 延 良 の 記 す と こ ろ は 少 し だ け 違 っ て い る。 (4) お も り や く い わ く、 ﹁ 大 竹 大 明 神 は、 三 浦 ( 大 竹 ) 安 之 助 友 忠 を 祭 る。 今 の 大 竹 邦 之 輔 先 祖 也。 此 人 小 西 夫 人 の 御 傳 役 也。 此 そ の ま ま す ま し 夫 人 邪 宗 の 訳 に て、 其 儘 済 が た し と の 勢 な り し か 共、 上 よ り は 其 思 召 も 有 ら せ ざ り し に、 安 之 助、 一 日 夫 人 を 船 遊 び や が に 誘 ひ 参 ら せ、 御 供 し て 沖 中 に 乗 し、 如 何 な る 手 都 合 に て 歎、 夫 人 御 溺 死 被 遊 け り。 夫 故 安 之 助、 頓 て 根 緒 に 揚 陸 し て、 切 腹 し け り ﹂ と な っ て い る。 し か し、 右 の 記 録 の う ち、 小 西 夫 人 が 沖 合 で 溺 死 し た と い う の は 誤 り で、 関 ケ 原 の 役 が 終 り 小 西 幸 長 が 謙 せ ら れ た あ と、 慶 長 六 年 夫 人 が 長 崎 送 り に な っ た と い う の が 真 相 で あ る。 あ り そ う な 話 で あ る が、 義 智 夫 人 は 我 が ま ま 一 杯 で、 義 智 か ら も 疎 ん じ ら れ て い た と い う 事 情 が あ っ た と も い う。 さ て、 根 緒 は 府 中 (城 下 ) に 比 較 的 近 い 距 離 に あ っ た 関 係 で、 藩 制 期 の 初 め か ら、 南 部 に 連 な る 小 浦、 南 室、 久 田、 尾 浦、 吾 神 (現 在 は 安 神 ) の 五 村 と と も に、 府 中 に 馬 草 を 納 め、 台 所 公 役 を 仰 せ つ か っ て い た。 そ れ が 享 保 二 十 年 ( 一 対 馬 ・ 根 緒 部 落 の 調 査 研 究
密 教 文 化 七 三 五 ) に、 村 岡 左 京 如 喬 の 知 行 地 と な っ て か ら、 そ の 役 を 免 ぜ ら れ た と い う。 村 岡 左 京 に つ い て は、 次 の よ う な い き さ つ が あ っ た。 (5) 宗 氏 二 十 三 代 義 方 に は、 男 の 子 も 多 か っ た が、 そ れ が 次 々 に 早 逝 し、 七 男 富 之 助 に 世 嗣 ぎ の 番 が 回 っ て き た。 と こ ろ が、 こ の 富 之 助 に は 重 い 眼 疾 が あ っ て、 世 嗣 ぎ と し て は 難 点 が あ っ た。 そ こ で、 義 方 の 弟 の 義 誠 は、 富 之 助 の 眼 疾 の 治 癒 を 待 っ て 世 嗣 ぎ に 立 て る こ と と し て、 当 座 の 後 見 役 と な っ た。 し か し、 そ の 眼 疾 は な か な か 治 ら ぬ と 分 か っ て、 義 誠 は 兄 の あ と を 継 い で 三 十 四 代 と な る。 義 誠 は、 富 之 助 に は 村 岡 の 姓 を 名 の ら せ、 老 臣 の 上 席、 一 生 殿 づ け と し て 五 百 石 を 給 し、 根 緒 を そ の 知 行 地 と し た と い う 次 第 で あ る。 さ て、 藩 制 下 の 対 馬 は、 二 郡 八 郷 制 に 区 画 さ れ て い た が、 根 緒 は 現 在 は 厳 原 町 に 入 っ て い る 南 隣 り の 小 浦 や 南 室 と と も に、 与 良 郷 (村 数 三 〇 ) に 所 属 し て い た。 当 時、 府 中 ( 現 在 の 対 馬 の 首 邑 厳 原 ) や、 現 在、 美 津 島 町 役 場 の あ る 鶏 知 も 与 良 郷 に 属 し て い た。 (6) ﹃ 対 州 郷 村 帳﹄に の る 与 良 郷 三 十 村 田 畑 木 庭 物 成 等 の 項 に は、 根 緒 分 と し て、 ﹁ 十 五 石 九 五 八、 戸 数 十、 社 一、 寺 〇、 人 口 五 十、 給 人 ( 郷 侍 ) 〇、 公 役 人 (本 百 姓 ) 七、 肝 入 一、 猟 (漁 ) 師 〇、 牛 二、 馬 八、 船 二 ﹂ と な っ て い る。 ま た、 (7) 時 代 が 少 し 降 っ た 文 化 年 代 ( 一 八 〇 四-一 八 一 七 ) に 作 ら れ た ﹃ 神 宮 家 文 書 ﹄ に の る 与 良 郷 各 村 の ﹁ 家 数 人 高 等 ﹂ で は、 根 緒 分 は、 家 数 十 六、 人 高 八 十 六、 寺〇、 社 一、 牛 三、 馬 十 七、 船 十 と な っ て、 か な り の 村 勢 の 発 展 の あ と が み ら れ る。 (8) 明 治 以 降 で は、 同 六 年 頃 と 推 定 さ れ る 本 戸 ( 本 百 姓 ) 調 べ で、 根 緒 は 十 六 戸 と な っ て い る。 そ れ が 明 治 十 年 代 に 作 (9) あ が た ら れ た ﹃ 上 下 県 郡 村 誌 ﹄ で は、 根 緒 分 は、 戸 数 二 十 一、 人 数 百 二 十、 牛 六、 馬 十 九、 船 十 七 と な っ て、 村 勢 は さ ら に 上 向 し て い る。
三、 漁 業 そ の 他 す で に 述 べ た よ う に、 少 な く と も 藩 制 期 以 降 の 根 緒 は、 対 馬 の 大 半 の 村 々 と 同 じ よ う に、 む し ろ 農 業 の 比 重 の 方 が 重 い 半 農 半 漁 村 で あ っ た。 し か し、 藩 制 期 以 来 根 緒 の 漁 法 も か な り 多 岐 に わ た っ て い た。 そ れ ら の 中 か ら、 と く に 延 縄 漁 法 と オ リ コ ー (折 子、 織 子 ) 網 に つ い て 述 べ て お こ う。 現 在 の 根 緒 の 漁 業 で も 重 要 な 位 置 を 占 め る 延 縄 漁 法 は、 明 治 時 代 の い つ の 頃 か に、 島 根 県 平 田 市 小 伊 都 の 漁 師 が 伝 え た も の と い う。 彼 は 初 め、 上 対 馬 町 の 網 代 で 漁 業 を や っ て い た が、 漁 果 が 思 わ し く な い の で 根 緒 に 来 て、 み ず か ら も 延 縄 漁 法 も 行 い な が ら、 根 緒 の 村 人 に も 伝 え た と さ れ て い る。 次 に、 根 緒 の 村 人 に 限 ら ず、 対 馬 の ほ と ん ど 全 域 で 行 わ れ て い た オ リ コ ー (折 子 網、 織 子 網 ) と よ ば れ て い る 網 漁 法 に つ い て 述 べ た い。 ち な み に、 根 緒 で 行 わ れ た オ リ コ ー の 操 業 法 を 図 示 す れ ば 次 の よ う な も の で あ る。 オ リ コ ー 網 漁 は、 砂 浜 ま た は 砂 礫 質 の 海 浜 に 限 っ て 行 わ れ る。 ま ず、 村 人 二 人 ず つ 乗 り 組 ん だ 手 漕 ぎ 舟 ( 転 馬 船 ) 五、 六 艘 が 沖 合 に 出 動 し、 魚 の い そ う な 場 所 を 選 ん で、 魚 を 追 い つ め て い く オ ド シ の つ い た か ず ら (か ず ら、 藁 縄、 綿 糸 に 移 行 ) 綱 を 半 円 形 に 布 設 す る。 綱 に は、 そ れ ぞ れ ダ ラ の 木 の 皮 を 剥 い だ 五 十 セ ン チ ほ ど の オ ド シ 用 の ブ リ 木 が 三 本 ず つ と り つ け ら れ て お り、 そ の 底 部 先 端 に は 重 り 石 が つ い て い る。 各 手 漕 ぎ 舟 に 乗 っ た 人 々 は、 そ れ を 上 下 さ せ て 魚 を お ど し な が ら、 浅 瀬 に 向 か っ て 魚 を 追 い つ め て い く。 そ の 間、 綱 の 両 端 に い る 屈 強 の 若 者 た ち の 乗 っ た 八 丁 櫓 の 引 き 舟 は、 綱 全 体 を 浅 瀬 に 向 け て 漕 ぎ 進 め て い る。 オ リ コ ー 網 の 深 さ が よ う や く 瀬 底 に 届 く 水 深 に 達 し た と き を 見 計 対 馬 ・ 根 緒 部 落 の 周 査 研 究
密 教 文 化 っ て、 曳 き 綱 が 両 端 に つ い た オ リ コ ー 網 が 追 い こ ん で き た 魚 を 囲 い 込 む ((2) 図 )。 (3) 図 の よ う に 砂 浜 の 海 岸 に 網 が 手 繰 り 寄 せ ら れ る と、 あ と は 魚 を 採 る だ け で あ る。 対 馬 の オ リ コ ー に は 魚 を 追 い 込 む に あ た っ て、 綜 椙 の 葉 柄 を 持 っ た 人 達 が い っ せ い に 潜 水 し て 魚 を お ど し な が ら 追 い 込 む も の も あ る が、 根 緒 の 村 人 ら は 潜 水 が で き な い の で、 そ れ は や ら な か っ た。 そ の と き、 網 曳 き に 加 わ っ て い た 村 の 娘 や 主 婦、 子 供 ら は、 合 図 と と も に い っ せ い に 網 の 中 に 跳 び 込 み、 大 き な 魚 (1) (2) (3)
を 選 ん で 手 づ か み に し よ う と 競 り 合 う。 網 の 中 に は ブ リ や 鯛 が 群 れ て、 取 り 押 え た 魚 が 自 分 の も の に な る と あ っ て、 み ん な 必 死 に な っ て 大 物 を 追 い 回 す。 娘 達 が 赤 い 腰 巻 を か ら げ て 魚 を 捕 え よ う と 競 う 姿 は、 見 物 す る 男 達 の 喚 声 と 喝 釆 を 浴 び た (谷 沢 孝 朗 記 )。 こ の オ リ コ ー 網 漁 は、 戦 後 昭 和 二 十 二 年 に、 青 年 団 が 村 網 を 借 り 受 け て 一 年 ほ ど や っ て み た が、 結 果 が 芳 し く な か っ た こ と か ら、 そ れ 以 後 は 行 わ れ て い な い。 失 敗 の 一 原 因 は、 根 緒 の 村 人 達 が 追 い 込 み の 段 階 で 潜 水 漁 法 が で き な か っ た こ と も あ っ た で あ ろ う。 さ て、 昭 和 二 十 五 年 以 来、 根 緒 は 単 立 の 漁 協 と し て 経 営 さ れ て き た が、 昭 和 四 十 年 代 後 半 頃 か ら の 漁 業 不 振 で 経 営 状 況 が は か ば か し く な く、 昭 和 五 十 年 四 月 一 日 付 で 北 隣 り の 高 浜 漁 協 と 合 併 し た。 現 在 は 高 浜 漁 協 根 緒 支 所 と な っ て、 こ こ に は 鶏 知 か ら 通 っ て き て い る 女 性 の 職 員 が 一 人 い る だ け で あ る。 そ れ に 対 し て 高 浜 は、 あ と の と こ ろ で も 述 べ る よ う に、 タ ビ 寄 留 に よ る 漁 業 一 本 の 集 落 で、 積 極 的 な 漁 業 経 営 を 行 う こ と で は、 美 津 島 町 随 一 で あ る。 近 い と こ ろ で は、 豊 玉 町 の 水 崎 が 広 島 県 の 漁 師 に よ る タ ビ 寄 留 の 集 落 で、 高 浜 と 同 じ く 積 極 的 ・ 拡 張 的 な 漁 業 経 営 を 行 な っ て い る。 し か し、 高 浜 で 長 い 間 漁 協 の 組 合 長 を つ と め た T 氏 は、 漁 船 の 設 備 面 の 近 代 化 で は、 こ ち ら の 方 が ず っ と 進 ん で い る と い っ て 自 慢 す る。 合 併 後 の 高 浜 漁 協 で は、 漁 協 の 正 組 合 員 数 は 根 緒 側 が 六 十 人 に 対 し て 高 浜 側 が 一 二 一 人、 準 組 合 員 数 で も、 二 十 九 人 対 六 十 五 人 と 優 に 二 倍 を 擁 し て い る。 根 緒 の 漁 業 な い し 漁 協 運 営 は、 高 浜 の そ れ か ら 活 性 化 の 刺 激 を 受 け る こ と を 期 待 し た の だ が、 結 果 的 に は、 高 浜 側 の グ ラ ウ ン ド に 引 き こ ま れ て、 押 し 切 ら れ て ば か り い る よ う に み え る。 根 緒 の 地 先 水 面 は 合 併 に よ っ て 高 浜 と の 入 会 漁 場 と な り、 根 緒 の 漁 民 が 高 浜 の 地 先 水 面 を 利 用 す る 頻 度 に 比 べ て 高 浜 側 が 根 緒 側 を 利 用 す る こ と が ず っ と 多 い と 根 緒 側 が 不 満 を も っ て い る。 対 馬 ・ 根 緒 部 落 の 調 査 研 究
密 教 文 化 高 浜 側 に あ る 高 浜 漁 協 の 本 部 で は、 根 緒 漁 協 を 合 併 後、 組 合 員 か ら 八 千 万 円 の 出 資 と、 政 府 系 の 金 融 機 関 か ら の 借 入 金 と 計 五 億 円 で 鯛 ・ ハ マ チ ・ ア ジ の 蓄 養 事 業 を 始 め て い る。 根 緒 側 の 漁 協 理 事 の 数 は 高 浜 の 約 半 数 だ か ら、 高 浜 側 の 発 想 に 同 調 さ せ ら れ て の こ と で あ ろ う。 高 浜 漁 協 自 営 の 定 置 網 で と れ た 小 型 の 鯛 ・ ハ マ チ ・ ア ジ を イ ケ ス で 蓄 養 し て 成 魚 に す る と い う 事 業 で あ る。 そ れ に 要 す る 二 十 五 台 の 蓄 養 イ ケ ス の 大 半 は、 根 緒 側 の ナ イ ラ 浜 の 地 先 水 面 に 布 設 さ れ て い る。 蓄 養 事 業 は 高 浜 側 の 主 導 権 に よ っ て 経 営 さ れ て い る よ う で あ り、 根 緒 側 で は そ れ に 地 先 水 面 を と ら れ た 格 好 で、 何 人 か の 胴 子 が 雇 わ れ て い る だ け に す ぎ な い。 次 に、 根 緒 に あ る 漁 協 支 所 の 資 料 に よ っ て、 漁 業 世 帯 の 規 模 別 所 有 漁 船 数 を み て お く。 参 考 ま で に、 私 達 の 調 査 分 も 左 の 端 に 掲 げ て お く こ と に す る が、 調 査 不 能 が 十 一 世 帯 あ っ た の で 正 確 な も の で は な い。 右 の 表 か ら は、 昭 和 五 十 二 年 よ り 五 十 九 年 に か け て、 幾 ら か 漁 船 の 大 型 化 の 動 き を 読 み と る こ と が で き る。 し か し、 こ の 間 に 隻 数 の 増 加 が な い と い う こ と は、 根 緒 の 漁 勢 が 停 滞 状 態 に あ る こ と を 示 し て い る。 私 達 の 調 査 結 果 で は、 一 世 帯 で 漁 船 二 隻 を 所 有 す る も の 二 世 帯、 三 隻 を 所 有 す る も の が 一 世 帯 あ っ た の で、 そ の 重 複 分 を 差 引 く と 三 十 八 世 帯 と な り、 全 世 帯 の 四 十 二 ・ 二 % が 漁 船 を 所 有 す る に す ぎ な い。 先 に あ げ た 世 帯 主 の 職 業 調 べ で は、 漁 業 と 答 え た 者 が
四 十 一 人 ( 五 十 一 ・ 八 % )、 そ れ に 漁 主 他 従 の 二 人 を 加 え る と 四 十 三 人 ( 五 十 四. 三 % ) だ っ た。 根 緒 の 漁 家 の す べ て は 大 な り 小 な り の 漁 船 を も っ て い る の で、 根 緒 支 所 に よ る 漁 船 数 に は 少 し 脱 落 が あ る の で あ ろ う。 そ れ に し て も、 漁 家 数 が こ の 程 度 の 数 で あ っ て み れ ば、 根 緒 は 純 漁 村 で は な い。 ち な み に、 根 緒 の 専 業 漁 家 は 十 四・五 世 帯 に と ど ま る。 次 に、 根 緒 の 主 な 漁 法 に つ い て 簡 単 に 述 べ て お く。 根 緒 の 十 ト ン 級 以 上 の 大 型 船 二 隻 ( 一 隻 は 休 漁 中 ) は 山 ロ・鳥 取 沖 の 日 本 海 に 出 漁 し て、 主 と し て イ カ の 一 本 釣 漁 に 従 事 し て い る。 そ れ 以 外 の 漁 船 は、 根 緒 の 沖 合 で、 夏 場 を 中 心 に し た イ カ の 一 本 釣 り、 刺 網、 延 縄 に 従 事 し て お り、 蓄 養 事 業 に 何 人 か が 出 て い る 程 度 で あ る。 こ こ で、 根 緒 漁 協 支 所 管 内 に お け る 過 去 十 年 間 の 漁 獲 水 揚 げ 金 額 を 記 し て お く。 根 緒 の 十 ト ン 級 以 上 の 船 が 日 本 海 で 操 業 し て い る 分 は、 右 の 金 額 に は 含 ま れ て い な い。 こ れ で み る と、 昭 和 五 十 六、 七 年 を ピ ー ク と し て、 水 揚 金 額 は 急 減 し て い る が、 こ れ は イ カ 漁 の 不 振 が 関 係 し て い る の で あ ろ う。 根 緒 の 農 業 現 在、 集 落 部 を 歩 い て み て、 道 路 わ き の 畑 に 休 閑 地 が な く も な い が、 農 家 ( 本 戸 ) 層 で は だ い た い 自 家 消 費 分 く ら い の 野 菜 は 自 給 し て い る よ う で あ る。 現 在 の 根 緒 に は、 専 業 農 家 は 皆 無 で あ る。 そ の な か で と く に あ げ る と す れ ば、 茶 の 栽 培 と 製 茶 工 場 で あ る 。 現 在、 農 家 十 戸 が 加 入 し、 約 三 町 歩 の 茶 園 を 経 営 し、 生 ま 茶 約 ニ ト ン 半 を 生 産 し て い る。 ほ か に、 町 内 他 部 落 産 の 生 ま 茶 も 集 約 さ れ、 手 数 料 を と っ て 製 茶 対 馬 ・ 根 緒 部 落 の 調 査 研 究
蜜 教 文 化 を 行 っ て い る。 こ れ は 美 津 島 町 か ら の は た ら き か け に よ っ て、 い ち ど 廃 業 後 復 活 し た も の で あ る。 ほ か に は、 水 田 は 見 あ た ら な か っ た し、 対 馬 の 多 く の 村 々 で 行 っ て い る 椎 茸 栽 培 も 皆 無 で あ る。 四、 根 緒、 高 浜、 小 浦 三 部 落 の 社 会 的 性 格 の 相 違 と そ の 規 定 因 素 (イ) 対 馬 村 落 の 社 会 的 規 定 因 素 こ の 章 で は、 対 馬 村 落 の 社 会 的 規 定 因 素 を 五 つ に 分 け て あ げ、 そ れ ら 規 定 因 素 に 照 ら し 合 せ な が ら、 根 緒 と そ れ に 隣 る 高 浜 ・ 小 浦 三 部 落 の 社 会 的 性 格 を と ら え て み た い。 1、 対 馬 の 西 海 岸 の 諸 村 落 は、 伝 統 的 な 半 農 半 漁 的 な 名 残 り を と ど め る と と も に、 制 度 や 慣 習 面 に お い て も 旧 い 慣 行 を 比 較 的 よ く 残 し て い る。 そ れ に 対 し て、 概 し て 東 海 岸 で は、 漁 業 部 落 へ の 切 り 替 え が 早 か っ た。 東 海 岸 で は、 島 の ほ ぼ 中 央 部 を 走 る 山 脈 の 山 陰 に あ た る と こ ろ か ら、 冬 期 の 北 西 風 か ら 遮 ら れ、 だ い た い 年 間 を 通 し て 漁 業 が 可 能 で あ る。 そ の た め、 東 海 岸 に は、 対 馬 近 海 の 豊 漁 場 を め ざ し て 内 地 の タ ビ 漁 師 が 多 く 訪 れ て、 家 船 で 生 活 し な が ら 漁 業 を 営 み、 の ち に は 部 落 の は ず れ に 住 み つ い て、 タ ビ 寄 留 に よ る 集 落 を 構 成 し た も の も あ る。 そ れ だ け に、 漁 業 に つ い て は 東 海 岸 が 漁 業 の 先 発 地 で あ り、 集 落 に お け る タ ビ 寄 留 の 人 口 比 率 も 高 い。 2、 昭 和 三 十 年 頃 ま で の 対 馬 で は、 西 海 岸 を 中 心 に 概 し て 本 戸 (本 百 姓 ) の 人 口 な い し 世 帯 数 比 が 寄 留 ( 分 家 寄 留 と タ ビ 寄 留 ) よ り 優 位 に 立 っ て お り、 寄 留 と し て は 部 落 の 行 政 や 共 有 地 や 磯 場 権 に 対 し て ほ と ん ど 無 権 利 ・ 無 資 格 の 立 場 に お か れ て い た。 寄 留 は、 本 来 の 村 人 と は 認 め ら れ て お ら ず、 た ん な る 寄 泊 者 に す ぎ な か っ た。 第 一 次 産 業 以 外 に み る べ き 産 業 が な く、 か と い っ て 出 稼 ぎ 先 と し て の 内 地 は あ ま り に も 遠 か っ た の で、 土 地 を も つ 本 戸 は
寄 留 に 対 し て 強 い 特 権 を 行 使 す る こ と が で き た。 そ れ に 対 し て、 寄 留 ・ 漁 家 層 の 多 い 東 海 岸 や、 農 業 が 斜 陽 化 し た 昭 和 四 十 年 代 に 入 っ て 漁 業 が 急 伸 す る よ う に な る 西 海 岸 の 幾 つ か の 諸 村 落 で、 寄 留 ・ 漁 家 層 が 現 金 収 入 に お い て 本 戸 を 凌 駕 す る と と も に、 寄 留 戸 数 も ふ え て く る。 こ れ ら 幾 つ か の 西 海 岸 の 村 々 で は、 伝 統 的 な 農 業 優 位 観 の 上 に あ ぐ ら を か い て い た 本 戸 層 が よ う や く 漁 業 に 進 出 す る よ う に な っ て も、 寄 留 ・ 漁 家 層 の 人 口 比 は す で に 本 戸 の そ れ を 凌 い で い る 上 に、 新 し い 漁 法 ・ 漁 場 を 開 拓 し た の は 自 分 達 だ と い う プ ラ イ ド も あ る。 こ こ に お い て 本 戸 の 特 権 な い し 特 権 意 識 が 解 体 し て い る と こ ろ や、 解 体 し な い ま で も、 寄 留 が 本 戸 と 十 分 張 り 合 え る 力 を つ け て き た と こ ろ も あ る。 こ の 点 で は、 内 陸 部 の 純 農 村 に 関 す る か ぎ り、 本 戸 層 の 特 権 意 識 に そ れ は ど の 変 化 は 生 じ て い な い よ う に み え る。 3、 対 馬 は 朝 鮮 半 島 に 近 い 辺 境 の 離 島 で あ る た め、 歴 代 の 対 馬 藩 で は と く に 外 冠 に 対 す る 防 備 を ゆ る が せ に す る こ と が で き な か っ た。 こ の 防 衛 上 の 必 要 に 迫 ら れ て、 対 馬 藩 で は、 藩 制 初 期 に あ た っ て、 在 郷 武 士 の 一 半 を 城 下 に 集 め た が、 他 の 一 半 は 中 世 的 な 郷 待 と し て ほ と ん ど の 村 落 に と ど め て い る。 あ る 村 落 に お い て は、 高 格 の 郷 待 (大 軒 あ る い は 大 間 か ) が お り、 他 の 村 落 で は、 小 さ な 知 行 地 し か な い 低 格 の 郷 侍 し か い な い。 ま た、 あ る 村 落 で は 郷 侍 の 数 が 多 く、 他 の 村 落 で は 郷 侍 の 数 が 少 な い。 さ ら に、 あ る 村 で は 高 格 の 郷 侍 が 圧 倒 的 な 権 勢 を も っ て 村 戸 を 従 属 さ せ て い る か と 思 え ば、 そ れ ほ ど で も な い 村 も す る。 と も か く、 対 馬 の 特 徴 と し て 概 し て 郷 侍 の 数 が ど の 村 で も 多 い。 な か に は、 郷 侍 の 集 団 と 農 中 ( 百 姓 層 ) と が 反 目 関 係 に あ っ た と こ ろ す ら あ る よ う で あ る。 対 馬 村 落 で は、 こ の 郷 侍 と 農 中 と の 支 配 従 属 の 社 会 関 係 の あ り 方 い か ん が、 な お 村 落 の 社 会 的 性 格 に な ん ら か の 影 響 を と ど め て い る。 対 馬 ・ 根 緒 部 落 の 調 査 研 究
蜜 教 文 化 4、 対 馬 の 首 邑 厳 原 に は、 長 崎 県 の 対 馬 支 庁 が あ り、 全 島 の 政 治 ・ 経 済 な い し 文 化 の 中 心 地 で あ る。 こ こ に は 全 島 約 五 万 人 の 二 割 ほ ど の 人 口 が 集 中 し て い て、 そ の 景 観 は 地 方 都 市 と い っ た 印 象 を 与 え る。 島 民 ら は、 厳 原 を 指 し て 城 下 ま た は 府 中 と よ び、 今 も 昔 も 何 か の 用 事 に か こ つ け て は 厳 原 に 出 た が っ て お り、 な か で も 娘 た ち に と っ て は こ こ に 出 て 結 婚 し、 こ こ で 居 住 す る こ と は 一 種 の 憧 れ で あ る。 そ の た め、 対 馬 の 諸 村 落 は、 首 邑 厳 原 へ の 距 離 的 な 近 接 度 い か ん に よ っ て、 そ の 社 会 的 性 格 の 一 端 を 規 定 さ れ て い る。 首 邑 厳 原 ほ ど で は な い に せ よ、 美 津 島 町 の 役 場 の 所 在 地 鶏 知 や、 対 馬 東 海 岸 北 辺 の 上 対 馬 町 役 場 の 所 在 地 比 田 勝 へ の 近 接 度 も ま た 近 隣 の 村 々 に 都 市 化 の 程 度 で 幾 ら か の 影 響 を 及 ぼ し て い る と い え よ う。 す な わ ち、 そ れ ら 役 場 の 所 在 地 や 首 邑 厳 原 に 近 い 諸 村 落 で は 役 場 そ の 他 の 公 的 諸 機 関 に 勤 め る 人 口 と、 商 工 業 と く に 商 業 人 口 へ の 需 要 が 高 ま り、 そ の 社 会 的 性 格 に サ ラ リ ー マ ン 的 な 個 人 主 義 ・ 合 理 主 義 が 加 わ っ て い る。 5、 現 在 の 対 馬 は 全 体 と し て、 な ん と い っ て も 諸 村 落 の 生 業 の 中 心 は 漁 業 に あ る。 し た が っ て、 地 先 水 面 な い し 沖 合 が 漁 場 に 恵 ま れ、 す ぐ れ た 漁 港 を も つ 諸 村 落 と そ う で な い 部 落、 あ る い は ま た、 漁 業 が ひ き つ づ き 活 況 を 呈 す る 村 落 と 漁 業 が 不 振 で 沈 滞 し て い る そ れ と の 相 違 は 決 定 的 で あ る。 漁 業 が 活 況 を 呈 す る 村 々 で は、 そ の こ と が か え っ て 前 進 的 ・ 積 極 的 な 漁 業 施 策 を 次 々 に 発 想 ・ 着 手 さ せ て き て お り、 そ れ だ け に 地 元 に 残 留 す る 青 年 層 も 多 い。 逆 に、 漁 業 不 振 の 諸 村 落 で は、 新 規 の 漁 船 の 建 造 や 漁 貝 の 購 入 の た め の 建 設 的 な 資 金 の 投 資 は 望 め ず、 将 来 へ の 施 策 ・ 展 望 を 欠 い た ま ま、 た だ 階 性 的 に 伝 統 漁 法 に 固 執 す る だ け と な る。 漁 業 の 将 来 性 を 悲 観 し た 後 継 者 は、 長 男 層 を 含 め て 島 外 の 都 市 部 な ど に 就 職 の 機 会 を 求 め て 出 払 っ て し ま い、 在 村 人 口 の 高 齢 化 が 進 展 し て い く。 さ て、 私 は こ こ で 簡 単 に、 対 馬 村 落 の 社 会 的 性 格 の 規 定 因 素 を 五 力 条 に 分 け て 述 べ た が、 当 面 の 課 題 と し て は、 四
番 目 に 述 べ た 首 邑 厳 原 へ の 地 理 的 距 離 の 問 題 を と く に 重 視 し、 根 緒 ・ 高 浜 ・ 小 浦 三 部 落 の 社 会 的 性 格 に 探 り を 入 れ て み る こ と に す る。 根 緒 を 起 点 に し て い え ば、 高 浜 は そ の 北 方 約 四 キ ロ に あ っ て 隣 接 し、 小 浦 は 南 々 西 に 同 じ く 約 四 キ ロ に あ っ て 南 接 し て い る。 ま た、 高 浜 の 北 西 約 一 キ ロ に、 美 津 島 町 役 場 の あ る 対 馬 第 二 の 首 邑 鶏 知 が あ り、 根 緒 か ら で は 約 五 キ ロ 地 点 に あ た る。 一 方、 小 浦 の 南 々 西 約 五 百 メ ー ト ル に 南 室 ( 七 十 世 帯 ) が あ り、 南 室 の 南 々 西 約 一 キ ロ 地 点 に 阿 須 ( 一 四 〇 世 帯 ) が あ る。 阿 須 は 首 邑 厳 原 の 北 辺 に あ た る の で、 範 域 上 厳 原 区 に 属 す る。 根 緒 か ら 阿 須、 す な わ ち 首 邑 厳 原 の 北 辺 の 阿 須 ま で が 約 五 キ ロ ほ ど で、 バ ス で 十 五 分 距 離 に あ る。 し た が っ て、 根 緒 ・ 高 浜 ・ 小 浦 と も に、 首 邑 厳 原 か ら は 近 距 離 に あ り、 集 落 の 立 地 点 と し て は か な り す ぐ れ た 条 件 に 恵 ま れ て い る。 ち な み に、 厳 原 か ら 約 十 キ ロ 離 れ て い る 高 浜 の 古 老 か ら 聞 い た と こ ろ に よ っ て も、 ﹁ こ こ で は 昔 か ら 嫁 さ ん 選 び に は 困 ら な か っ た。 城 下 に 近 い と い う こ と で、 北 や 西 の 方 角 か ら 嫁 の 来 手 は い く ら で も あ っ た と ﹂ い う。 し か し、 三 部 落 は と も に 首 邑 厳 原 に 近 い と い う 条 件 の も と で、 根 緒 を 狭 ん で 隣 接 し て い な が ら、 生 業 と 村 落 の 社 会 的 性 格 面 に お い て、 三 者 三 様 に か な り き わ 立 っ た 相 違 点 を 示 し て い る。 そ の う ち、 根 緒 と 高 浜 は 美 津 島 町 の 東 南 端 に 位 置 し て 厳 原 町 と 近 距 離 に あ る の で あ る が、 小 浦 は 厳 原 町 の 最 北 端 に 立 地 し て い て 前 二 者 と 町 域 を 異 に し て い る。 対 馬 全 島 の 部 落 数 は、 首 邑 厳 原 を 除 い て、 仮 り に 一 二 四 と す る こ と が で き る。 仮 り に と 述 べ た の は、 対 馬 の 部 落 数 は 各 人 の 資 料 の 扱 い 方 に よ っ て 幾 ら か ず つ ず れ が あ る か ら で あ る。 他 の 資 料 を 使 え ば、 百 二 十 八 部 落 と も 百 三 十 部 落 と も な り う る が、 こ こ で は い ち お う 百 二 十 四 部 落 説 を と る。 そ の う ち、 給 人 (郷 侍、 城 下 侍 に 対 す ) の い る 部 落 は、 あ る 資 料 に よ る と 一 〇 五 部 落 (八 四 ・ 七 % ) で あ る か ら、 対 馬 対 馬 ・ 根 緒 部 落 の 調 査 研 究
密 教 文 化 の 大 半 の 村 々 に は 給 人 が い た こ と に な る。 ま た、 全 島 の う ち、 本 戸 (本 百 姓 ) の い な い 部 落、 す な わ ち 対 島 の い わ ゆ る 寄 留 ( こ こ で は 主 と し て タ ビ 寄 留 を さ す ) が 中 心 と な っ て 開 発 ・ 居 住 し た 部 落 は 十 二 部 落 ( 九. 七 % ) で あ る。 そ こ で、 ま ず、 根 緒 ・ 高 浜 ・ 小 浦 三 部 落 に つ い て、 給 人 ・ 本 戸 ・ 寄 留 ( 分 家 と 外 来 戸 を 含 む ) の 世 帯 数 を の せ て お く。 す で に 述 べ た よ う に、 根 緒 の 北 方 四 キ ロ に 高 浜 が あ り、 同 じ く 南 方 四 キ ロ の と こ ろ に 小 浦 が あ る。 根 緒 と 高 浜 は 美 津 島 町 に 属 し、 小 浦 は 厳 原 町 に 属 す る と い う 町 域 の 違 い は あ る に し て も、 い ず れ も 対 馬 の 下 の 島 の 東 海 岸 に 連 な る 三 つ の 集 落 で あ る。 対 馬 を 全 島 的 に み て も、 近 接 す る 三 部 落 で、 こ れ ほ ど 明 確 な 社 会 的 性 格 の 違 い が み ら れ る の は 珍 し い ケ ー ス だ と い え よ う。 こ の 項 で は、 前 の 小 項 で 述 べ た 五 つ の 社 会 規 定 因 素 を 念 頭 に お き な が ら、 三 部 落 の 社 会 的 性 格 の 違 い の 由 来 と そ の 実 態 と を 述 べ て み る こ と に し た い。 回 三 部 落 の 社 会 的 性 格 の 特 質 a 根 緒 右 の 項 の 終 り に の せ た 表 か ら も 分 か る よ う に、 根 緒 に は 給 人 ( 郷 侍 ) が い な い。 対 馬 で は、 古 い 成 立 起 源 を も つ 集 落 で 給 人 が い な い の は、 例 の 少 な い ケ ー ス で あ る。 歴 史 の 項 で 述 べ た よ う に、 こ こ は 陸 良 親 王 の 所 領 に な っ た り、 宗 氏 二 十 三 代 義 方 の 七 男 富 之 助 (村 岡 左 京 如 喬 ) の 所 領 に あ て が わ れ た り し て い る。 城 下 町 に 比 較 的 近 い と い う こ と の ほ か は、 戸 数 が せ い ぜ い 十 五 ・ 六 戸 と い う 重 要 度 の 低 い 小 集 落 で あ り 穫 れ る 石 高 も 知 れ て い た。 藩 と し て は、 直 接 見 張 り の 目 の 届 く 範 囲 内 に あ り、 あ て が い 所 領 に 好 適 と い う 観 点 か ら こ こ に 給 人 を お か な か っ た の か も 知 れ な い。 村 岡 家 が
い つ 頃 ま で 根 緒 を 所 領 と し て い た の か、 ま た、 根 緒 の 行 政 に ど の よ う に 関 与 し た の か も 不 明 な の で、 根 緒 に 給 人 が い な か っ た こ と が、 村 落 の 社 会 的 性 格 形 成 に ど の よ う な 歴 史 的 痕 跡 を 残 し た の か に つ い て 私 は 何 も い う こ と が で き な い。 根 緒 は 歴 史 の 項 で 述 べ た よ う に、 藩 制 期 を 通 じ て 戸 数 十 戸 か ら 十 六 戸 程 度 の 伝 統 的 な 半 農 半 漁 村 で あ っ た。 半 農 半 漁 村 と い っ て も、 そ の 実 は 農 主 漁 従 で あ り、 農 地 の 狭 小 さ か ら い っ て こ の 程 度 の 人 口 扶 養 力 が 根 緒 と し て は ほ ぼ 精 い っ ぱ い の と こ ろ で あ っ た。 明 治 十 年 代 に お い て も 二 十 一 戸 で あ り、 敗 戦 頃 ま で は 三、 四 十 戸 を 出 な か っ た も の と 思 う。 そ れ が、 昭 和 三 十-四 十 年 代 に 漁 業 が 急 伸 す る と と も に、 分 家 が 可 能 と な り、 一 時 期 に は 島 内 外 か ら の タ ビ 寄 留 も 来 た も の か と 思 う。 根 緒 の 世 帯、 同 五 十 年 で 九 十 五 世 帯、 そ の 後 九 十 八 世 帯 ま で ふ え た と こ ろ で、 世 帯 数 の 増 加 が と ま り、 逆 に 漸 減 の 傾 向 を 生 じ て 現 在 に 至 っ て い る。 根 緒 の 人 口 増 を 可 能 と し た の は、 第 一 に は、 昭 和 三、 四 十 年 代 に お け る 漁 業 景 気 で あ り、 第 二 に は、 首 邑 厳 原 に お け る 公 務 員 や 私 企 業 の 人 手 需 要 に も と つ い て い る。 結 果 と し て、 現 在、 本 戸 数 が 十 五 世 帯 ( 一 六 ・ 七 % ) に 対 し て、 分 家 を 中 心 と す る 寄 留 が 七 十 五 世 帯 ( 八 三 ・ 二 % ) と、 寄 留 の 数 比 が 本 戸 数 の 五 倍 と な っ て い る。 戦 前 の 対 馬 で は、 本 戸 の 人 々 だ け が 村 人 で あ り、 寄 留 は 無 資 格 の 部 外 者 に す ぎ な か っ た。 寄 合 な い し も ろ も ろ の 会 合 へ の 出 席 権、 田 畑 ・ 山 林 の 共 有 権 ・ 磯 場 権 そ の 他 の 特 権 か ら 除 外 さ れ、 無 産、 無 資 格、 無 権 利 が 寄 留 に 与 え ら れ た す べ て で あ っ た。 敗 戦 ま で の 根 緒 で は、 区 長 以 下 も ろ も ろ の 村 役 は、 す べ て 本 戸 十 五 戸 の 持 ち 回 り で あ っ た。 し か し、 寄 留 の 世 帯 数 が 本 戸 の 五 倍 に 上 回 っ た 現 在、 も ろ も ろ の 会 合 に お い て、 本 戸 の 専 断 を 押 し 通 す こ と は で き な い 相 談 と な っ た。 同 時 に、 本 戸 ・ 共 有 権 者 の 会 合 は あ る に せ よ、 家 関 係 ・ 個 人 関 係 に お い て 対 等 の 原 則 が 支 配 的 と 対 馬 ・ 根 緒 部 落 の 調 査 研 究
蜜 教 文 化 な っ て い る。 寄 留 の 世 帯 数 が 本 戸 を 圧 倒 し た こ と の ほ か に も、 対 等、 民 主 化 を 推 進 し た 諸 要 因 が あ る。 ま ず 第 一 は、 漁 業 の 伸 展 で あ る。 か つ て の 農 主 漁 従 の 生 活 時 代 に あ っ て は、 本 戸 は 農 業 が 主 体、 寄 留 は 漁 業 が 主 体 で あ っ た。 農 業 の 衰 微 と 漁 業 の 伸 展 に よ っ て、 当 初 は 寄 留 漁 家 層 の 現 金 所 得 を 横 に ら み に 見 て い た 本 戸 層 も、 否 応 な く 漁 業 を 主 業 と す る こ と に よ っ て、 本 戸、 寄 留 層 の 間 の 生 業 の 壁 が 撤 廃 さ れ た。 今 一 つ に は、 厳 原 に 比 較 的 近 距 離 と い う 地 の 利 に よ っ て、 公 務 員 や 公 私 の 企 業 に 通 勤 す る サ ラ リ ー マ ン が 増 加 し て き て い る。 こ の サ ラ リ ー マ ン 層 の 増 加 は、 否 応 な く 伝 統 的 な 村 落 に 個 人 主 義 ・ 民 主 主 義 の 新 風 を 吹 き こ む。 彼 ら は 血 縁 と 地 縁 と い う 伝 統 的 な 人 間 関 係 に 無 縁 な 人 達 で あ り、 村 落 社 会 内 の 家 関 係 を 超 え、 個 人 的 な 能 力 の 競 合 す る 職 縁 的 社 会 に 身 を お く 人 々 で あ る。 新 し い 職 業 人 と し て サ ラ リ ー マ ン は、 村 落 に い て 村 落 の 伝 統 や 権 威 よ り 自 由 で あ り、 外 部 の よ り 広 域 的 な 地 域 性 を 踏 ま え た 個 人 主 義 ・ 平 等 主 義 ・ 能 力 主 義 の 信 奉 者 で あ る。 こ の 意 味 に お い て、 サ ラ リ ー マ ン 世 帯 の 増 加 は、 伝 統 的 な 特 権 の 保 障 に よ る 本 戸 層 の 安 定 と は 別 な 意 味 で の 経 済 的 安 定 を 保 障 し、 そ れ だ け 本 戸 層 の 特 権 意 識 を 減 弱 さ せ る で あ ろ う。 さ て、 戦 後 の 人 口 増 加 を 支 え た 漁 業 景 気 は 去 り、 高 浜 漁 協 と の 合 併 に つ な い だ 期 待 も、 高 浜 側 の 積 極 的 な 漁 業 経 営 に 押 さ れ 気 味 で、 み る べ き 成 果 を 根 緒 に も た ら さ な か っ た。 近 年、 年 ご と に 一 隻 二 隻 と 廃 船 が 出 て お り、 一 時 は 期 待 さ れ た 根 緒 最 大 の 二 十 ト ン 船 一 隻 も 売 り に 出 さ れ て い る が 買 い 手 が つ か な い と い う 状 況 に あ る。 根 緒 の 漁 家 の 八 割 方 は 大 小 の 借 金 を 抱 え て い る と も い わ れ、 南 隣 り の 小 浦 ほ ど に は サ ラ リ ー マ ン 世 帯 の 増 加 も 望 み が た い 状 況 で あ る。 高 浜 の よ う に、 漁 業 一 本 に か け た 積 極 的 な 漁 業 経 営 に 乗 り 出 せ ず、 か と い っ て、 小 浦 の よ う に ベ ッ ト タ ウ ン 化、 産 業 化 が 成 功 し て も い な い。 い わ ば 根 緒 は、 地 理 的 に も 産 業 的 に も 両 者 の 中 間 的 な 位 置 に あ っ て、 そ の 打 開 策 を 模 索 中 で
あ る。 そ れ は と も か く、 三 部 落 の う ち で は、 か つ て の 対 馬 の 半 農 半 漁 村 的 な 名 残 り を 最 も 多 く 伝 え て い る の は 根 緒 で あ り、 純 漁 村 と サ ラ リ ー マ ン 部 落 の 中 間 的 位 置 に あ っ て、 対 馬 的 な 旧 い 本 戸 ・ 寄 留 の 社 会 関 係 を 最 も 多 く 残 し て い る の も 根 緒 で あ る。 高 浜 で 長 く 漁 協 の 組 合 長 を つ と め た T 氏 は、 根 緒 の 寄 合 の 様 子 を 次 の よ う に 評 価 す る。 ﹁ 何 の 会 合 で も、 高 浜 で は 議 論 百 出、 相 当 に も め る の だ が、 根 緒 の 寄 合 い で は 元 老 ・ 重 だ ち の 発 言 に よ っ て 議 論 は ぴ た り と お さ ま る。 根 緒 の 人 は 妥 協 的 だ ﹂ と。 T 氏 は、 高 浜 の 寄 合 の 難 し さ を 誇 張 す る た め に、 根 緒 を 引 き 合 い に 出 し て い さ さ か 大 袈 裟 な い い 方 を し た の か も 知 れ な い が、 少 く と も 高 浜 の 人 達 は 根 緒 に つ い て そ う し た 印 象 を 持 っ て い る の で あ ろ う。 (6) 高 浜 高 浜 の 集 落 部 の 相 当 部 分 は、 藩 制 期 に は 難 ( 鶏 は あ て 字 ) 知 の 大 地 主 俵 氏 の 所 領 (知 行 地 ) で あ り、 現 在 も ひ き つ づ き そ の 子 孫 の 所 有 に 属 し て い る。 高 浜 村 民 の 宅 地 に つ い て は、 俵 氏 か ら 買 い 取 っ た 家 も あ れ ば、 地 賃 を 払 っ て い る と こ ろ も あ る の だ ろ う。 こ の 地 に は も と、 現 在 町 内 小 浦 の 南 方 阿 須 湾 に 面 す る 曲 部 落 ( 一 五 〇 戸、 一 六 三 世 帯 ) の 人 達 が 先 住 し て い た。 現 曲 部 落 の 人 達 は、 も と 福 岡 県 宗 像 郡 鐘 崎 村 の 出 身 で あ る。 宗 家 初 代 重 尚 が、 寛 元 三 年 ( 一 二 四 五 ) に、 兵 二 百 余 騎 を 連 れ て 対 馬 の 豪 族 で 支 配 権 を 握 っ て い た 阿 比 留 平 太 郎 の 討 伐 に 向 か っ た と き、 鐘 崎 の 漁 民 は 漕 ぎ 手 と な っ て 宗 氏 の 軍 勢 の 輸 送 に 協 力 し た。 こ の 功 労 に よ っ て、 鐘 崎 の 漁 民 ら は、 対 馬 沿 岸 部 の 漁 業 権 を 認 め ら れ る よ う に な る。 (10) 一 時 期、 鐘 崎 の 漁 民 ら は、 高 浜 の 北 々 東 約 十 六 ・ 七 キ ロ、 美 津 島 町 内 の 鴨 居 瀬 (約 二 〇 〇 世 帯 ) の セ ド の あ た り を 家 対 馬 ・ 根 緒 部 落 の 調 査 研 究
密 教 文 化 船 の 根 拠 地 と し て 漁 労 に 従 事 し た。 そ の う ち、 い つ し か そ れ ま で 住 戸 の な か っ た 高 浜 の 地 に 定 着 す る よ う に な る。 そ の 時 点 が 厳 原 (古 く は 金 石 ま た は 淺 原 と い う ) に 城 下 が 決 ま っ た と き と い う か ら、 宗 氏 十 四 代 将 盛 の と き、 す な わ ち 享 禄 元 年 ( 一 五 二 八 ) 頃 で あ っ た か と 思 わ れ る。 高 浜 で の 定 住 期 間 は 相 当 期 間 に 及 ん だ は ず で あ り、 こ の 間 村 人 ら は 郷 里 の 鐘 崎 か ら 住 吉 神 社 の 御 神 体 を 勧 請 し て い る。 当 時、 高 浜 は 難 知 の 俵 氏 の 支 配 下 に あ り、 難 知 の 氏 神 は 山 形 神 社 で あ っ た。 し か し、 い つ の 頃 か ら か、 難 知 村 の 氏 神 社 は 高 浜 の 鐘 崎 漁 民 が 郷 里 か ら 勧 請 し た 住 吉 神 社 に 移 り 変 っ た。 ど う い う き っ か け だ っ た の か 不 明 だ が、 高 浜 の 鐘 崎 漁 民 ら は、 現 在 の 曲 部 落 の 地 へ 移 住 し て い る。 当 時 の 高 浜 は、 そ れ ま で 難 知 村 領 で あ り な が ら 難 知 の 村 人 達 が あ え て 居 住 し な か っ た こ と か ら、 自 然 災 害 の 危 険 に 対 し て 居 住 条 件 が 悪 か っ た か と 思 う。 こ れ は 私 の 推 定 で あ る が、 対 馬 の 他 の 村 落 に も そ う い っ た 例 が あ る の で、 あ え て 推 測 さ せ て も ら う と、 高 浜 に い た 鐘 崎 漁 民 ら は 海 上 事 故 か、 津 波 災 害 に よ る か で 村 民 の 大 半 が 死 傷 す る と い う 事 故 に あ い、 そ れ が き っ か け で 当 時 小 浦 の 領 分 で あ っ た 現 曲 部 落 の 地 へ 移 住 す る よ う に な っ た の で は な か ろ う か。 ち な み に、 難 知 領 高 浜 か ら 曲 に 移 住 し た 当 時 の 鐘 崎 の 漁 家 は、 わ ず か 七、 八 戸 に す ぎ な か っ た と さ れ る。 さ て、 鐘 崎 の 漁 民 が 曲 へ 移 住 し て か ら も、 居 住 条 件 の 悪 い 高 浜 に は し ば ら く 後 住 者 が な か っ た か と 思 う が、 や が て 内 地 か ら 東 海 岸 に 出 漁 し て き た 漁 民 が 再 び 住 み つ く よ う に な っ て い っ た も の で あ ろ う。 し か し、 そ れ が い つ 頃 の こ と か は 調 べ て い な い。 こ こ で、 現 在 の 高 浜 に 事 情 を 移 し て 述 べ た い。 高 浜 に は 僅 か の 耕 地 を 入 手 し て 自 家 菜 園 程 度 の 農 業 を 兼 業 す る 家 も 十 世 帯 ほ ど あ る に は あ る が、 こ こ は 最 も 純 度 の 高 い 専 漁 業 部 落 で あ る。 た だ、 高 浜 は 厳 原 に 比 較 的 近 距 離 に あ り、 ま た 難 知 が 約 一 キ ロ と い う 近 く に あ る 関 係 で、 近 年 こ こ に 町 営 の ア パ ー ト が 建 設 さ れ、 三 十 世 帯 が 入 居 し て い る 。 入 居
者 は す べ て サ ラ リ ー マ ン 世 帯 で あ り、 高 浜 の 漁 家 の 次 男 六 世 帯 も は い っ て い る。 入 居 者 は、 厳 原 へ の 通 勤 者 が ほ と ん ど で、 自 衛 隊 員、 電 信 電 話 局、 海 底 無 線 局 な ど に 勤 め て い る。 高 浜 部 落 は、 居 住 者 の 漸 増 に つ れ て、 現 在 は、 東 部 六 十 五 世 帯、 中 部 六 十 二 世 帯、 西 部 五 十 二 世 帯 に 分 か れ、 今 や 小 字 と い う よ り も 三 つ の 部 落 に 成 長 し た と い え そ う な 状 況 に あ る。 こ の 部 落 は す で に 述 べ た よ う に、 前 住 者 が 鐘 崎 の 出 身 者 だ け で 占 め ら れ て い た の に 対 し て、 東 海 岸 で 漁 労 に 従 事 し て き て い た 内 地 の 雑 多 な 諸 県 か ら の 出 身 者 か ら 構 成 さ れ て い る。 す な わ ち、 住 民 は 長 崎 県 の 島 原 市 を 筆 頭 に、 四 国 (愛 媛 県 が 多 い )、 広 島、 山 口、 島 根、 大 分 (保 戸 島 )、 宮 崎、 鹿 児 島、 福 岡、 態 本 の 諸 県 に ま で 広 が っ て い る。 思 う に、 対 馬 の 寄 留 部 落 の う ち で、 こ れ だ け 雑 多 な 諸 県 か ら の 集 合 体 と い う の は、 他 に そ の 例 を 見 な い で あ ろ う。 私 が 今 ま で 調 査 し た 寄 留 部 落 は、 対 馬 島 民 で な け れ ば ほ と ん ど 内 地 の 一 県 一 地 域 の 出 身 漁 民 で 占 め ら れ て い た。 こ れ だ け 雑 多 な 内 地 諸 県 か ら の 寄 合 世 帯 で あ っ て み れ ば、 さ ぞ 分 派、 対 立 の 激 し さ は 相 当 な も の が あ る こ と が 察 せ ら れ る。 そ の こ と に つ い て は あ と で ふ れ る こ と に し て、 す べ に 述 べ た よ う に、 根 緒 を 除 い た 高 浜 地 区 在 住 の 漁 協 正 組 合 員 一 二 六 名 (全 世 帯 数 の 七 〇・四 % に あ た る )、 準 合 員 は 六 十 五 名 で あ る。 こ の 二 年 間 ほ ど、 鯛 延 縄 漁 の 水 揚 げ が 半 減 し て い る の で、 そ れ に よ っ て 昭 和 五 十 九 年 度 の 水 揚 げ は 高 浜 区 だ け で 約 三 億 円 に 減 少 し た。 し か し、 六 十 年 度 は 四 億 六 百 万 円、 根 緒 の 分 を 合 せ る と、 高 浜 漁 協 の 水 揚 げ は 六 億 三 千 万 円 ほ ど に な る 見 込 み で あ る。 こ こ で 少 し 過 去 の 高 浜 を 振 り 返 っ て お く と、 戦 前 の 高 浜 に は 問 屋 商 人 (親 方 ) が 四 人 い て、 漁 民 に 船 と 漁 具 を 貸 与 し て 漁 業 を や ら せ て い た。 漁 師 の 大 半 は こ の 漁 労 に 吸 収 さ れ て お り、 朝 鮮 人 も 五 十 人 ほ ど 来 て い て、 お も に 船 上 で 飯 炊 き な ど を し て い た。 戦 前 か ら 敗 戦 後 の 食 糧 難 の 時 代 に か け て は、 近 隣 の 農 民 と 四 斗 樽 に 詰 め た 塩 鯖 と 野 菜 ・ 穀 類 と 対 馬 ・ 根 緒 部 落 の 調 査 研 究
密 教 文 化 を 交 換 し て い た。 昭 和 二 十 五 年 か ら 施 行 さ れ た 新 漁 業 法 で、 高 浜 漁 業 会 は 高 浜 漁 業 協 同 組 合 と な り、 昭 和 二 十 六 年 に は 四 軒 の 問 屋 を 廃 業 さ せ て、 初 代 漁 協 組 合 長 が 誕 生 し た。 高 浜 の 漁 業 と し て は、 近 年 ま で 対 馬 漁 業 の 主 力 で あ っ た イ カ の 一 本 釣 り は や っ て い な い。 大 型 定 置 一 統、 小 型 定 置 二 統、 タ イ の 延 縄 漁 が 主 力 で、 タ イ と ブ リ の 水 揚 げ に つ い て は 長 崎 県 内 漁 協 の 中 で も 有 数 の 好 成 績 を あ げ て い る。 ほ か の 漁 法 と し て は、 建 網 三 統、 浮 式 網 一 統、 ア ナ ゴ 籠 二、 タ コ 壷 一、 そ れ に 今 年 か ら ヨ コ ワ ( マ グ ロ の 子 ) の 引 き 縄 を 始 め て 好 成 績 を あ げ て い る。 真 珠 の 母 貝 の 養 殖 事 業 も 始 め て み た が、 結 果 は 失 敗 に 終 っ て 三 年 前 に や め て い る。 ほ か に、 高 浜 漁 協 自 営 で イ ケ ス に よ る ヒ ラ ス、 ブ リ、 ア ジ の 蓄 養 事 業 を 行 な っ て い る。 イ ケ ス は 根 緒 寄 り に 二 十 五 台 布 設 さ れ、 定 置 網 で 獲 れ た 小 魚 を 蓄 養 し て い る が、 現 在 ヒ ラ ス で 四 万 五 千 匹、 ア ジ 二 十 五 万 匹、 そ れ に ブ リ も 多 い。 数 年 前 の 一 時 期、 活 魚 を 飛 行 機 で 東 京 市 場 に 送 る と い う 販 売 事 業 も 行 な っ て み た が、 現 在 は や め て お り、 対 馬 で は、 厳 原 漁 協 と 上 県 町 の 鹿 見 漁 協 が つ づ け て や っ て い る。 長 ら く 組 合 長 を 勤 め た 対 尾 定 雄 氏 (六 七 歳 ) は、 ﹁ こ こ で は 漁 業 は な に ご と も 積 極 策 を と り、 新 し い 漁 法、 漁 具 は 進 ん で と り 入 れ て い る。 漁 船、 漁 具 の 整 備 状 況 の 良 さ は、 ま ず 対 馬 第 一 で あ り、 近 く の 広 島 県 向 灘 漁 師 の 寄 留 部 落 水 崎 よ り も 高 浜 の 方 が 進 ん で い る ﹂ と 自 負 す る。 事 実、 高 浜 の 百 二 十 隻 の 漁 船 の う ち、 木 造 船 は わ ず か 十 隻 ほ ど で、 他 は す べ て 船 足 の 速 い 強 化 プ ラ ス チ ッ ク 船 で あ る。 対 尾 氏 は ま た、 ﹁ 十 年 前 ま で の ポ ロ 家 が み ん な 急 に 立 派 に な っ た ﹂ と い う。 過 疎 化 が 進 行 中 の 対 馬 で は、 漁 民 の 平 均 年 齢 は 五 十 歳 代 に 移 行 し て き て い る が、 高 浜 の 漁 民 の 平 均 年 齢 は 四 十 五、 六 歳 と 若 い。 ま た、 高 浜 部 落 で、 今 年 中 学 を 卒 業 し た 男 子 の う ち、 六 名 が 漁 業 の 道 を 選 ん で い る。 他 の 漁 村 で は、 漁 業 の 後 継 者 に 悩 ん で い る が、 高 浜 で は、 長 崎 県 内 で も 有 数 と い え る ほ ど 後 継 者 に 恵 ま れ て い る。 さ ら に 高 浜 漁 協 で は、 イ ケ ス 蓄 養 事 業 な ど に 六 時 間 労 働 男 六