Title
戦時下の沖縄農村−大宜味村の自力更生運動を中心に−
Author(s)
大城, 将保
Citation
沖縄史料編集所紀要(4): 46-72
Issue Date
1979-03-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/7663
Rights
沖縄県沖縄史料編集所
戦
時
下
の
沖
縄
農
村
1
大
宜
味
村
の
自
力
更
生
運
動
を
中
心
に
ー
大
城
将
保
は じ め に 昭 和 一 六 年 一 一 月 二 〇 日 付 『 朝 日 新 聞 』 ( 鹿 児 島 沖 縄 版 ) に 「 昔 の 『 赤 の 村 』 今 ジ ャ 県 一 翼 賛 村 」 と い う 見 出 し で 次 の よ う な 記 事 が み え る 。 沖 縄 一 の 翼 賛 村 国 頭 郡 大 宜 味 村 の 活 動 状 況 を 親 し く 検 討 し て 本 県 農 村 経 営 の 指 針 と す べ く 県 な ら び に 県 翼 賛 会 支 部 、 教 化 連 合 会 の 共 同 主 催 で 先 日 約 七 十 名 の 視 察 団 が 同 村 を 訪 れ 二 日 間 に わ 忙 っ て 村 常 会 は も ち ろ ん 各 部 落 の 隣 組 常 会 の 活 動 振 り を 視 察 の 結 果 、 ま さ に 県 一 の 翼 賛 村 否 全 国 に も 恐 ら く こ れ 位 の 翼 賛 村 は あ る ま い と 一 同 か ら 折 紙 つ け ら れ 忙 。 ( 略 ) こ こ で い う 「 赤 の 村 」 と は 、 昭 和 六 年 八 月 か ら ほ ぼ 二 ヶ 年 に お よ ん だ ( 獄 中 、 裁 判 闘 争 を 含 む ) 大 宜 味 村 政 革 新 詠 に 由 来 し て い る ・ こ の 運 動 は ・ 大 宜 味 村 政 革 新 同 盟 と い う 青 年 活 動 家 を 中 核 と す る 前 衛 的 な 組 織 に よ っ て 指 導 さ れ 、 村 民 の 圧 倒 的 多 数 ( 約 九 割 と い わ れ る ) が 結 集 し 、 明 確 な 綱 領 と 統 一 要 求 を か か げ て 村 当 局 と 対 決 す る と い う 、 史 上 稀 れ な 先 進 的 な 沖 縄 農 民 の 闘 争 で あ っ た 。 一 46 一か か る 経 験 を も つ 同 村 が 、 ほ ぼ 一 〇 年 後 に は 「 県 一 の 翼 賛 村 」 と い う 折 紙 を つ け ら れ る よ う に な る 。 こ の 著 し い 変 容 は 何 に 基 因 す る の だ ろ う か 。 こ の 疑 問 を 動 機 と し て 、 本 稿 で は 次 の よ う な 課 題 を 設 定 し た 。 ω 窮 乏 打 開 を め ざ す 沖 縄 農 村 の 変 革 エ ネ ル ギ ー が 国 民 動 員 体 制 に 吸 収 さ れ て い く 過 程 を 同 村 を モ デ ル と し て 具 体 的 に 跡 づ け ㈲ 変 容 を 促 し た 主 た る 要 因 に つ い て 考 察 し ㈲ そ の 結 果 強 行 さ れ る 銃 後 農 村 に お け る 統 制 と 動 員 の 実 態 を 描 出 す る 近 来 、 昭 和 戦 前 期 の 大 宜 味 資 料 が か な り 紹 介 さ れ て き た 。 福 地 噴 昭 『 村 と 戦 争 ー 喜 如 嘉 の 昭 和 史 』 ( 一 九 七 五 年 ) 、 山 城 善 光 『 山 原 の 火 − 昭 和 初 期 農 民 闘 争 の 記 録 』 ( 一 九 七 五 年 ) 、 金 城 功 「 戦 前 昭 和 期 に お け る 大 宜 味 村 字 饒 波 の こ と 」 ( 『 沖 縄 史 料 編 集 所 紀 要 』 第 三 号 、 一 九 七 八 年 ) 、 『 大 宜 味 村 史 ・ 資 料 編 』 ( 一 九 七 八 年 ) な ど で あ る 。 本 稿 は こ れ ら の 労 作 か ら 多 く の 示 唆 を う け 、 ま た 収 録 さ れ た 史 料 を 利 用 さ せ て い た だ く こ と に な る 。 一 47 一
一
農
村
の
疲
弊
戦 時 下の 沖 縄 農 村 大 宜 味 村 は 沖 縄 本 島 北 部 の 国 頭 山 岳 地 帯 の 西 海 岸 に 位 置 し 、 耕 地 狭 少 、 交 通 不 便 な 寒 村 で あ っ た 。 全 戸 数 一 、 七 三 二 戸 の う ち 約 八 〇 パ ー セ ン ト が 純 農 、 他 が 林 業 漁 業 と の 兼 業 と い う 純 農 村 で あ り な が ら 生 産 高 は 微 々 た る も の で 主 要 食 物 の 自 給 も で き な い あ り さ ま だ っ た 。 ( 表 − 参 照 ) 大 宜 味 村 政 革 新 同 盟 の 運 動 は 、 こ う し た 寒 村 の 、 慢 性 的 疲 弊 に あ え ぐ 農 民 層 を 主 体 に 起 っ た も の で あ る 。 ま ず こ の 運 動 が 展 開 さ れ た 昭 和 六 ∼ 七 年 こ ろ の 大 宜 味 村 の 疲 弊 の 実 態 か ら み て い く こ と に し よ う 。表 ( 1 ) 生 産 高 と 自 給 状 況
歪 過 婆 舞
米
石
三、 〇 二 五石
三 、 六 6 石 五 八 〇叢
甘
董
豆
類
冨
菜
ク 豊 五 ク 五 五 五 メ ニ 、 四 9 、 三 〇 〇 メ ニ 、 四 四 八 δ O O メ 四 六、 七 〇 〇 七 9 〃 七 豊 〃 豊 石 メ 六 七 、 四 五 〇 メ 奄 、 四 吾織
物
更
至
果
物
類
璽
品
反 二 、 二 八 〇 ク 四 、 八 吾 ク ニ 、 六 四 二 δ 芙 斤 〃 (⊃ ゼ =⊇ =⊇ 菱 〃 i蓋斤 メ ニ O 、 天 O メ ニ O 、 天 O 円 四 、 五 二 四 ク 四 、 五 二 四 塩一
木
炭
籍
冨
璽
水
産
三 四 、 八 〇 〇 ク 毫 、 九 五 〇 ク ニ 三 、 宍 O 俵 三 、 〇 ニ ク 一 、 五 二 六 ク 充 、 四 八 五 丁 碧 六 ク 九 六 七 円 毫 、 九 五 〇 ク ニ 四 、 六 四 三 ク 三 三 、 三 〇 七 九 二・ ° 新 空 ・ 影 ( 『 昭 和 九 年 度 経 済 更 生 計 画 』 よ り ) 表 ( 2 ) 村 民 貸 借 状 況 負債
総
額 個 人・
と
其
・
他 計 一 四 七 、 八 七 六 円 二 五 四 、 六 五 九 円 四 〇 二 、 五 三 五 円 貸 付 金 及 預 金 貸 付金
冨
金
及
証
堂
一 二 二 、 二 六 〇 円 一 九 六 、 〇 六 七 円 計 二 二 八 、 二 七 三 円 ( 『 昭 和 九 年 度 経 済 更 生 計 画 』 よ り )戦 時 下 の 沖縄 農 村 表 ( 3 ) 戸 数 及 人 口 現 在 戸 数 一 、 七 三 二 戸 現 在 人 口 男 四 、 三 七 五 人 女 計 四 、 六 八 八 人 九 、 〇 六 三 人 本
籍
人 口 男 六 、 二 八 五 人 女 計 六 、 二 九 五 人 = 一 、 五 八 〇 人 備 ニ ー 考 表 ( 4 ) 右 ノ 内 純 農 ト 見 倣 ス ベ キ モ ノ = 二 七 二 戸 林 業 兼 営 ノ モ ノ ニ 六 二 戸 漁 業 兼 営 ノ モ ノ 九 九 戸 ナ リ 本 籍 人 ロ ニ 比 シ 現 在 人 ロ ノ 勘 キ ハ 村 外 、 県 外 其 ノ 他 出 稼 人 多 キ ニ 依 ル ( 『 昭 和 九 年 度 経 済 更 生 計 画 』 よ り ) 大 宜 味 村 人 口 動 態 表 現 在 人 口 男女
昭 和 五 年 国 勢 調 査 昭 和 十 年 国 勢 調 査 八 、 三 四 七 八 、 〇 二 三 三 、 七 一 七 三 、 六 六 四 四 、 六 三 〇 四 、 三 五 九 世 帯 数 一 、 七 八 三 一 、 八 二 七 ( 「 沖 縄 県 統 計 書 」 よ り ) 一 49 一表 ( 5 )
土
地
面
積
%
田 畑 山 林 原 野 公 有 地 一 八 反 二 一 二 五 反 三 八 、 三 四 〇 反 民 有 地 一 、 九 五 五 反 一 一 、 ○ 〇 七 〃 四 、 二 三 一 〃 四 、 五 九 一 〃樹
酢
醸
鈴
一 、 七 四 〇 反 五 、 七 三 七 〃 四 八 、 二 五 九 〃 四 、 五 九 一 〃 二 戸 当 リ 耕 作 或 ハ 利 用 面 積 一 〇 畝 三 三 〃 二 七 八 〃 二 六 五 〃 備考
利 用 面 積 勘 キ ハ 事 実 田 ヨ リ 畑 二 転 ゼ ル モ 地 目 変 換 セ ザ ル モ ノ 多 キ ニ 依 ル 利 用 面 積 甚 ダ シ ク 勘 キ ハ 実 調 ノ 結 果 畑 ヨ リ 山 林 二 成 リ 地 目 交 換 セ ザ ル モ ノ 多 キ ニ 依 ル 利 用 面 積 甚 ダ 多 キ ハ 畑 ヨ リ 事 実 山 林 二 転 ジ 既 二 造 林 セ ラ レ タ ル モ ノ 多 キ ニ 依 ル ( 「 昭 和 九 年 度 経 済 更 生 計 画 」 よ り ) 昭 和 七 年 五 月 一 四 日 付 『 大 阪 朝 日 新 聞 』 ( 付 録 ) に 「 蘇 鉄 も 取 り 尽 さ れ / 餓 死 線 上 を 彷 復 / 学 校 で 卒 倒 す る 児 童 が 激 増 / 悲 惨 ! 国 頭 郡 の 農 村 」 と い う 見 出 し の 記 事 が あ る 。 〔 那 覇 〕 財 界 不 況 の た め 糖 価 思 は し か ら ず 県 下 の 農 村 は 疲 弊 そ の 極 に 達 し な か ん つ く 国 頭 郡 は 本 年 甘 藷 の 不 作 続 き で 飢 饅 に 頻 し 甘 藷 十 斤 が 二 十 二 銭 ま で 競 り 上 り 貧 乏 者 は そ の 芋 さ え 買 ふ こ と が 出 来 ず 山 か ら 野 生 の 蘇 鉄 の 実 を 取 り 来 り 辛 う じ て 露 命 を 繋 い で ゐ る 部 落 も あ る 。 ( 略 ) 欠 食 児 童 を 見 る と ( 同 郡 莫 校 調 査 ) 児 童 数 四 十 二 名 申 朝 食 せ ず し て 出 席 せ る も の 三 十 四 名 、 昼 食 を 抜 く も の 十 二 名 、 甘 藷 お よ び 蘇 鉄 の 実 で 生 活 す る 家 庭 四 十 二 戸 中 三 十 六 戸 と い ふ 悲 惨 の 数 を 示 し 今 や 餓 死 線 を 彷 径 し て ゐ る 。 一 50 一戦 時 下の 沖 縄 農 村 こ こ で い う 「 飢 謹 」 地 域 は 金 武 、 大 宜 味 両 村 と 名 護 町 の 一 部 で あ る こ と が 同 紙 六 月 四 日 付 の 記 事 で わ か る 。 昭 和 七 年 と い え ば 、 い わ ゆ る 「 ソ テ ツ 地 獄 」 期 か ら は 後 の こ と で あ る 。 来 間 泰 男 「 戦 前 昭 和 期 に お け る 沖 縄 県 の 経 済 構 造 に つ い て 」 ( 『 沖 縄 歴 史 研 究 』 八 号 ) は 、 昭 和 六 、 七 年 を 転 換 点 と し て 沖 縄 経 済 が 不 況 か ら 脱 出 し つ つ あ る こ と を 示 す い く つ か の 指 標 ( 糖 価 の 下 落 傾 向 の 停 止 、 米 ・ 小 麦 ・ 甘 蕪 の 反 収 増 、 耕 地 面 積 の 増 加 な ど ) を あ げ て い る が 、 も と も と 生 産 基 盤 が 脆 弱 で 復 元 力 の 乏 し い 国 頭 地 方 で は そ の 影 響 は 微 弱 な も の で 、 一 般 の 小 経 営 の 農 家 は 依 然 と し て 負 債 に あ え ぎ 、 甘 藷 の 不 作 で た ち ま ち 飢 饅 に 頻 す る と い う 不 安 定 な 状 態 に お か れ て い た 。 少 な く と も 八 ∼ 九 年 こ ろ ま で の 同 村 で は 慢 性 的 不 況 か ら 脱 出 し た と い う 徴 候 は 読 み と れ な い 。 大 宜 味 村 の 『 昭 和 九 年 度 経 済 更 生 計 画 』 は 村 内 の 経 済 事 情 を 次 の よ う に 説 明 し て い る 。 耕 地 狭 少 ナ ル ト 耕 作 二 不 便 ナ ル 事 情 二 加 へ 産 業 技 術 極 メ テ 幼 稚 ニ シ テ 単 位 生 産 量 ハ 甚 ダ 少 ク 且 ッ 輸 送 機 関 並 二 販 売 組 織 二 欠 ケ ル ヲ 以 テ 生 産 品 ノ 商 品 化 セ ル モ ノ 洵 二 微 々 タ リ 而 シ テ 農 林 業 生 産 額 四 十 八 万 円 、 漁 業 生 産 額 九 千 余 円 之 二 労 銀 収 入 及 出 稼 人 ノ 送 金 等 十 九 万 円 ヲ 加 へ 村 民 ノ 全 収 入 六 十 八 万 円 ナ ル ニ 支 出 総 額 七 十 一 万 円 ナ ル ヲ 以 テ 三 万 円 ノ 赤 字 生 活 ヲ 示 シ 従 ッ テ 農 家 ノ 負 債 モ 総 額 四 十 万 円 二 及 ベ リ 。 ( 表 2 参 照 ) 農 村 の 疲 弊 は 必 然 的 に 出 稼 ぎ ∬ 労 働 力 流 出 を 促 す 。 同 計 画 書 で 村 の 人 口 構 成 を み る と 、 本 籍 人 口 に 比 べ 現 在 人 口 が 著 し く 減 少 し て い る こ と が わ か る 。 そ の 較 差 は 三 、 五 一 七 名 に 達 し 、 本 籍 人 口 の 二 八 パ ー セ ン ト に あ た る の で あ る が 、 そ の ほ と ん ど は 出 稼 人 口 と み な し て よ い 。 こ の よ う な 現 象 は こ の 時 期 ( 昭 和 五 ∼ 一 〇 年 ) の 基 調 を な す 傾 向 と み ら れ 、 前 掲 の 、 昭 和 五 年 と 一 〇 年 両 度 の 国 勢 調 査 に よ る 人 口 動 態 か ら も う か が え る ( 表 3 お よ び 表 4 ) 。 農 業 経 営 の 不 振 と 労 働 力 の 流 出 は 、 耕 地 面 積 の 減 少 仔 荒 蕪 化 を ま ね く 。 表 5 は 、 田 か ら 畑 へ 、 畑 か ら 山 林 へ の 転 換 、 す な わ ち 農 業 経 営 の 粗 放 化 と 衰 退 を 示 し て い る も の と 思 わ れ る 。 こ う し て 、 農 家 の 窮 乏 と 労 働 力 の 流 出 と 一 51 一
い う 悪 循 環 が 起 っ て く る 。 大 宜 味 村 政 革 新 運 動 が 村 ぐ る み の 闘 争 へ と 発 展 し て い っ た 背 景 に は 、 こ う し た 農 村 崩 壊 現 象 へ の 危 機 意 識 と 、 貧 窮 を 打 開 す べ き 経 済 要 求 が 充 満 し て い た と 思 わ れ る 。 こ の こ と を 抜 き に 同 運 動 の 本 質 を 理 解 す る こ と は で き な い だ ろ う 。 ち な み に 、 村 政 革 新 同 盟 が 基 本 要 求 と し て 掲 げ た 要 求 事 項 を み る と 、 村 費 削 減 、 減 税 、 勧 業 費 の 機 会 均 等 、 不 当 寄 付 金 の 廃 止 な ど 、 経 済 的 要 求 が 全 二 四 項 目 中 実 に 一 九 項 目 を 占 め て い る 。 村 政 革 新 運 動 が 、 表 面 的 に は 、 村 長 退 陣 要 求 や メ ー デ ー 行 進 に み ら れ る よ う な 政 治 色 の 濃 い も の で あ り 、 ま た 、 そ の 指 導 部 が 、 昭 和 初 期 の 民 主 主 義 ・ 社 会 主 義 運 動 の 高 揚 に 影 響 さ れ て 進 歩 的 な 政 治 思 想 を も っ て い た と は い え 、 そ の 根 底 に 農 民 大 衆 の 経 済 要 求 が エ ネ ル ギ ー 源 と し て 存 在 し て い た こ と を 見 落 し て は な ら な い だ ろ う 。 同 じ こ ろ 八 重 山 で 起 っ た 、 い わ ゆ る 八 重 山 教 員 赤 化 事 件 ( 昭 和 七 年 = 一 月 、 日 本 教 育 労 動 者 組 合 八 重 山 支 部 1 の ち 改 称 1 に 対 す る 思 想 弾 圧 事 件 ) の 場 合 に も 、 共 通 す る 一 面 が み ら れ る 。 当 時 、 慢 性 的 不 況 の あ お り で 財 政 破 綻 に 頻 し た 町 村 が 少 な く な か っ た が 、 「 と く に 八 重 山 郡 で は 給 料 不 払 い が ひ ど く 、 各 村 の 商 店 で は 教 員 に は 物 品 の 掛 売 り を ( 3 ) こ と わ る と い う 状 態 で 、 教 員 の 生 活 難 は 深 刻 で あ っ た 」 と い う 状 況 で 、 こ う し た な か で 昭 和 五 年 こ ろ か ら 教 員 組 合 結 成 へ の 胎 動 が は じ ま っ た と い わ れ る 。 一 52 一 二 農 民 運 動 へ の 弾 圧 と 教 化 村 政 革 新 同 盟 は 、 村 政 民 主 化 、 財 政 負 担 軽 減 、 税 賦 課 率 改 善 、 福 祉 文 化 施 設 の 民 主 的 拡 充 な ど の 要 求 を か か
戦 時 下 の 沖 縄農 村 げ 、 村 長 退 陣 要 求 な ど の 大 衆 運 動 を 展 開 す る い っ ぼ う 、 青 少 年 の 学 習 運 動 の 組 織 化 、 消 費 組 合 の 設 立 と 普 及 活 動 な ど 、 生 活 向 上 活 動 を も 含 め た 多 面 的 な 運 動 を 展 開 し た 。 こ れ に 対 し 、 官 憲 側 は 、 最 終 的 に は こ れ を 赤 化 運 動 と み な し 他 へ の 波 及 を 恐 れ て 運 動 の 弾 圧 に の り だ し て き た 。 経 過 の 詳 細 に つ い て は 注 1 に 掲 げ た 文 献 に ゅ ず っ て 、 こ こ で は 、 「 沖 縄 防 備 対 策 」 と い う 文 書 の な か で 同 運 動 に つ い て 触 れ た 部 分 を と り あ げ て 論 の 展 開 の 糸 口 を つ か ん で み た い 。 同 文 書 は 、 昭 和 七 年 夏 沖 縄 連 隊 区 司 令 官 と し て 着 任 し た 石 井 虎 雄 大 佐 が 昭 和 九 年 二 月 に 陸 軍 省 と 参 謀 本 部 に 提 出 し た 沖 縄 防 備 に 関 す る 意 見 具 申 書 で あ る 。 主 文 は ① 南 西 諸 島 の 軍 事 上 の 重 要 性 ② 防 備 対 策 の 必 要 性 ⑧ 在 郷 軍 人 を 主 体 と す る 義 勇 隊 の 編 成 案 、 に 要 約 で き る が 、 最 も ス ペ ー ス を つ い や し て い る の は 沖 縄 の 民 衆 意 識 の 分 析 で あ る 。 結 論 を 要 約 す れ ば ① 沖 縄 住 民 は 事 大 思 想 に と ら わ れ 、 依 頼 心 強 く 、 軍 事 訓 練 未 熟 で 、 一 般 に 惰 弱 、 団 結 犠 牲 の 美 風 に 乏 し く 、 要 す る に 愛 国 心 、 国 防 思 想 が は な は だ 弱 い 。 ② 従 っ て 、 警 察 権 の 威 信 を 確 立 し 、 国 防 思 想 を 普 及 徹 底 さ せ 、 そ の 推 進 力 た る 義 勇 隊 を 編 成 す べ き で あ る 、 と 言 う 。 こ の 民 状 分 析 の な か で 、 昭 和 六 年 以 降 に 起 っ た 重 要 事 件 と し て 、 大 宜 味 村 政 革 新 運 動 、 八 重 山 教 員 思 想 事 件 、 嵐 山 事 件 、 奄 美 の カ ト リ ッ ク 教 聞 題 を あ げ 、 そ の 運 動 の 経 過 と 官 憲 側 の 対 応 策 に つ い て 述 べ て い る 。 大 宜 味 村 の 部 分 を 次 に 引 用 し て み る 。 国 頭 郡 大 宜 味 村 二 於 テ ハ 共 産 党 ノ 運 動 効 ヲ 奏 シ 喜 如 嘉 字 ノ 如 キ 青 年 処 女 ノ 大 部 之 二 加 担 シ 村 内 ノ 万 事 殆 ト 彼 等 ノ 手 二 帰 シ タ リ 警 察 ハ 其 指 導 者 ト 目 ス ヘ キ 四 五 名 ヲ 検 挙 シ 表 面 一 時 其 影 ヲ 没 シ タ ル 情 況 ヲ 呈 シ タ ル モ 敢 テ 根 本 的 弾 圧 ヲ 加 ヘ ス 其 真 意 ハ 次 項 述 フ ル 羽 地 問 題 ト 同 様 警 察 威 力 ノ 不 足 ナ ル 現 況 二 於 テ 万 = 致 ノ 反 抗 二 会 シ テ 其 面 目 ヲ 失 セ ン コ ト ヲ 恐 レ タ ル 為 ナ リ 。 以 上 は 「 小 官 着 任 当 時 の 情 況 」 の 部 だ が 、 続 く 「 其 後 ノ 経 過 」 の 部 で は 次 の よ う に 述 べ て い る 。 一 53 一
国 頭 郡 大 宜 味 村 ノ 同 問 題 ハ 事 態 容 易 ナ ラ サ ル ヲ 察 セ ラ レ シ ヲ 以 テ 恰 モ 簡 閲 点 呼 二 際 会 セ ル 為 メ 前 日 夕 共 産 主 義 ノ 最 モ 深 ク 発 展 シ ア ル 喜 如 嘉 字 二 於 テ 青 年 男 女 ヲ 主 体 ト シ テ 村 民 一 般 ノ 大 集 会 ヲ 行 ハ シ メ テ 帝 国 ノ 現 状 ヨ リ 共 産 主 義 ノ 実 質 二 及 ヒ 詳 細 解 説 ヲ 加 へ 共 産 主 義 力 帝 国 ノ 国 情 二 反 ス ル ノ ミ ナ ラ ス 之 二 左 祖 ス ル ハ 直 チ ニ 国 賊 的 行 為 ナ ル コ ト ヲ 極 論 シ 根 底 的 二 打 撃 ヲ 加 へ 有 識 者 ヲ シ テ 之 力 絶 滅 ヲ 約 セ シ メ 翌 日 点 呼 場 及 他 ノ 一 ケ 所 二 於 テ 右 主 旨 二 基 キ 長 時 間 二 亘 リ 講 演 及 懇 談 ヲ 行 ヒ 之 ヲ 排 撃 ス ル タ メ ニ ハ 健 全 ナ ル 修 養 団 体 ノ 必 要 ナ ル 所 以 ヲ 説 キ 更 二 其 後 屡 々 部 員 ヲ シ テ 村 有 志 ヲ 指 導 セ シ メ タ ル 結 果 昭 和 八 年 中 青 年 訓 練 所 三 個 ( 在 来 一 個 ヲ 四 個 ト ス ) ノ 新 設 及 村 内 国 防 婦 人 会 ヲ 設 立 シ 主 義 者 ノ 跡 ヲ 絶 ツ ニ 至 レ リ 。 司 令 官 み ず か ら が 現 地 へ の り こ ん で 「 共 産 主 義 の 根 絶 」 に 尽 力 し た こ と が わ か る 。 県 民 を 愚 民 視 す る 傾 向 を も ( 4 ) つ 同 司 令 官 の 反 共 講 話 が ど れ だ け 村 民 に 説 得 力 を 発 揮 し た か 疑 問 だ が 、 た だ 注 目 さ れ る の は 、 軍 務 当 局 者 が 、 運 動 の 弾 圧 の み に 満 足 せ ず 、 村 民 の 思 想 ( 意 識 ) 状 況 を 重 視 し 、 国 家 観 念 国 防 思 想 の 普 及 と い う 、 教 化 運 動 に 積 極 一 的 に の り だ し て き た 点 で あ る 。 そ の 具 体 策 が 講 演 会 で あ り 、 青 年 訓 練 所 の 増 設 で あ り 、 国 防 婦 人 会 の 設 立 で あ 一 り 、 全 県 的 に は 、 昭 和 七 年 八 月 こ ろ の 沖 縄 県 国 防 研 究 会 ( 会 長 県 知 事 、 副 会 長 連 隊 区 司 令 官 ) と 翌 年 か ら は じ ま る 国 防 兵 器 献 納 運 動 ( 沖 縄 号 献 納 な ど ) で あ っ た 。 そ し て 、 い ま 一 つ の 具 体 策 が 、 こ の 意 見 具 申 書 の 主 題 で あ る 義 勇 隊 の 編 成 で あ っ た 。 義 勇 隊 編 成 の ね ら い も 、 「 形 体 ヨ リ 精 神 二 及 ホ シ 儀 牲 的 観 念 ヲ 注 入 ス ル 如 ク 指 導 セ ン ト ス 」 と 述 べ て い る よ う に 、 「 赤 化 思 想 」 へ の 対 策 と し て 県 民 意 識 の 「 教 化 」 に 重 点 が お か れ て い た よ う に 思 わ れ る 。 そ の 実 例 は す で に 八 重 山 に あ っ た 。 同 文 書 に 八 重 山 義 勇 隊 の 編 成 の い き さ つ が 報 告 さ れ て い る 。 八 重 山 二 於 テ ハ 荒 木 前 大 臣 第 六 師 団 長 当 時 ノ 勧 説 二 基 キ 、 ( 略 ) 歴 代 司 令 官 及 部 員 ノ 渡 島 毎 二 熱 烈 ナ ル 後 援 及 書 面 ニ ヨ ル 激 励 等 各 種 機 会 二 於 ケ ル 熱 ア ル 指 導 ノ 結 果 義 勇 隊 編 成 ノ 機 運 将 二 熟 セ ン ト シ ツ ッ ア リ 伺 義 勇 隊 ハ 遂 二 八 年 一 月 其 編 成 ヲ 終 リ 、
戦 時下 の 沖 縄 農 村 ( 略 ) 恰 モ 義 勇 隊 ノ 編 成 サ レ ル ヲ 以 テ 同 隊 ノ 趣 旨 二 基 キ 左 傾 主 義 二 対 ス ル 徹 底 的 断 圧 ヲ 加 ヘ タ ル 為 メ 表 面 二 立 チ テ 活 動 セ ル 輩 ハ 島 内 二 止 マ ル ヲ 得 ス 其 他 ハ 悉 ク 転 向 シ テ 全 部 解 消 ス ル ニ 至 レ リ 。 弾 圧 を 受 け て 検 挙 さ れ た 教 員 組 合 の 活 動 家 約 一 〇 名 は 、 う ち 二 名 が 治 安 維 持 法 で 起 訴 さ れ 、 他 の 者 も 行 政 処 分 ( 5 ) で 教 壇 を 追 放 さ れ た が 、 そ の 後 も 周 囲 か ら 「 国 賊 」 と 呼 ば れ て き び し い 指 弾 を う け た と い わ れ る 。 さ き の 引 用 文 は こ の こ と を 裏 付 け て お り 、 義 勇 隊 の 活 動 ぶ り が う か が え る 。 大 宜 味 村 の 場 合 は 、 こ の 文 書 が 作 成 さ れ た 四 ヶ 月 後 の 、 昭 和 九 年 六 月 一 日 に 青 年 団 を 主 体 に 「 大 宜 味 村 義 勇 ( 6 ) 軍 」 が 結 成 さ れ て い る 。 し か し 、 司 令 官 の 意 見 書 が 採 用 さ れ た 形 跡 は な く 、 結 局 編 成 さ れ た 義 勇 隊 は こ の 二 隊 し か な い 。 義 勇 隊 と は い っ て も 戦 闘 装 備 は 皆 無 に ひ と し く 、 防 衛 庁 の 公 刊 戦 史 も こ の 義 勇 隊 の 軍 事 上 の 意 義 は ほ と ん ど 認 め て な い 。 義 勇 隊 の 指 導 的 中 核 は 在 郷 軍 人 で あ っ た 。 本 来 、 在 郷 軍 人 会 の 役 割 は 、 軍 事 知 識 の 普 及 や 訓 練 に と ど ま ら ず 、 「 青 少 年 団 の 指 導 誘 液 」 「 労 働 争 議 の 調 停 」 「 公 安 の 維 持 」 な ど が 規 約 に 掲 げ ら れ て お り 、 「 軍 部 を 補 完 す る 国 ( 7 ) 民 統 制 の 組 織 」 と い う 性 格 を 帯 び た も の だ っ た 。 義 勇 隊 も 、 実 体 は 在 郷 軍 人 会 又 は 青 年 団 が 再 編 強 化 さ れ た も の に ほ か な ら ず 、 こ れ が 八 重 山 、 大 宜 味 だ け に 編 成 さ れ た の も 遇 然 で は な い だ ろ う 。 要 す る に 、 意 見 具 申 書 の 構 想 は 、 運 動 を 弾 圧 す る こ と の み に 満 足 す る の で は な く 、 民 衆 を し て み ず か ら 「 左 傾 主 義 」 の 駆 逐 に 立 ち あ が ら せ 、 そ の エ ネ ル ギ ー を 総 力 戦 体 制 に 吸 収 し て い こ う と す る も の で あ っ た だ ろ う 。 そ の た め . 教 化 運 動 が 重 視 さ れ る こ と に な る 。 だ が 、 こ う し た 弾 圧 と 教 化 の 両 面 作 戦 だ け で 、 農 民 大 衆 の 現 状 変 革 の エ ネ ル ギ ー を 天 皇 制 イ デ オ ロ ギ ー に よ る 一 55 一
国 民 統 制 体 制 へ 誘 導 す る に は た し て い か ほ ど の 有 効 性 を も ち え た だ ろ う か 。 困 窮 に あ え ぐ 農 民 大 衆 の 経 済 要 求 の ま え に は 、 司 令 官 の 「 国 体 観 念 国 防 思 想 」 の 講 話 も 「 空 樽 を た た く 」 よ う な 空 疎 な 響 き に し か 聞 こ え な か っ た の で は な か ろ う か 。 少 な く と も 意 見 具 申 書 で み る か ぎ り 、 彼 は 県 民 を 「 惰 弱 」 と き め つ け る だ け で 、 県 民 生 活 の 困 窮 の 実 態 に は 何 ら の 顧 慮 も は ら っ て な い 。 そ う し た 姿 勢 で 教 化 と か 精 神 作 興 を 構 想 す る の は 、 少 な く と も 粗 漏 と い う べ き だ ろ う 。 沖 縄 の 農 民 大 衆 を 自 発 的 に 戦 争 体 制 に 動 員 し 、 国 体 観 念 を 核 と す る 思 想 の 統 合 と 団 結 を は か る と い う 教 化 運 動 の 目 標 か ら す る な ら ば 、 農 民 大 衆 の 要 求 に あ る 程 度 合 致 し た 何 ら か の 施 策 が 必 要 で あ っ た は ず で あ る 。
三
農
村
経
済
更
生
運
動
一 56 一 大 宜 味 村 に み る か ぎ り 、 村 政 革 新 運 動 に 爆 発 的 に 噴 出 し た 農 民 大 衆 の エ ネ ル ギ ー を 、 後 の 国 民 精 神 総 動 員 運 動 ( 精 動 運 動 ) や 翼 賛 運 動 に 誘 導 し た 積 粁 と し て 、 農 村 経 済 更 生 運 動 『 自 力 更 生 運 動 . が 重 要 な 位 置 を 占 め る の で は な い か と 思 わ れ る 。 こ の こ と に つ い て 、 貴 重 な 示 唆 を 与 え て く れ る の が 前 掲 の 金 城 功 「 戦 前 昭 和 期 に お け る 大 宜 味 村 字 饒 波 の こ と 」 で あ る 。 副 題 に 「 史 料 『 大 宜 味 村 饒 波 代 議 員 会 議 録 』 の 紹 介 」 と あ る 通 り 、 同 部 落 会 議 録 の 昭 和 四 年 か ら 一 八 年 ま で の 記 録 を 摘 記 し て 紹 介 し た も の だ が 、 そ れ に よ る と 、 こ の 時 期 ( 準 戦 時 期 ∼ 戦 時 期 ) の 部 落 の 活 動 の な か で 更 生 運 動 の 占 め る 比 重 が 予 想 以 上 に 大 き い こ と が わ か る 。 そ し て 、 金 城 は 、 同 部 落 常 会 が 昭 和 一 三 年 一 一 月 に 発 足 し た 記 録 を 示 し 、 こ れ が 昭 和 一 五 年 の 「 部 落 会 町 内 会 等 整 備 要 領 」 に 基 づ い た も の で は な く 、 「 農 山 漁 村 経戦 時下 の 沖 縄 農 村 済 更 生 計 画 」 と の 関 係 で は な い か と 述 べ て い る 。 こ れ を 手 が か り と し て 、 以 下 に 、 大 宜 味 村 に お け る 経 済 更 生 運 動 に つ い て 検 討 し て い く こ と に す る が 、 そ の ま え に 、 従 来 、 こ の 運 動 の も つ 歴 史 的 な 意 義 に つ い て 十 分 注 意 が は ら わ れ て い な か っ た 点 を 指 摘 し て お く 必 要 が あ る だ ろ う 。 同 運 動 の 全 国 的 な 展 開 過 程 と そ の 意 義 に つ い て は 、 森 武 麿 「 日 本 フ ァ シ ズ ム の 形 成 と 農 村 経 済 更 生 運 動 」 ( 『 歴 史 学 研 究 』 一 九 七 一 年 別 冊 号 ) 、 同 「 戦 時 下 農 村 の 構 造 変 化 」 ( 『 岩 波 講 座 ・ 日 本 歴 史 』 20 ) 、 石 田 雄 『 近 代 日 本 の 政 治 構 造 』 な ど で 論 究 済 み の と こ ろ で あ る が 、 こ れ が 沖 縄 農 村 に 及 ぼ し た 影 響 に つ い て は 十 分 検 討 が な さ れ た と は い え な い 。 沖 縄 戦 の 研 究 の 面 で も 、 県 民 を 戦 争 に 駆 り 立 て た 精 動 運 動 や 軍 国 主 義 教 育 が 強 調 さ れ る わ り に は 、 こ れ と 関 り の 深 い 自 力 更 生 運 動 に つ い て は あ ま り 関 心 が 向 け ら れ て い な い 。 そ の 結 果 、 沖 縄 県 振 興 十 五 ヶ 年 計 画 が 戦 時 統 制 経 済 の ワ ク 組 み の な か で 歪 曲 さ れ 挫 折 し て い く 過 程 を 検 討 す る 場 合 に も 、 こ れ と 精 動 運 動 と を 短 絡 さ せ て と ら え る 傾 向 も み ら れ る 。 た と え ば 、 こ の 問 題 に つ い て 代 表 的 な 概 説 論 文 と 思 わ れ る も の に 『 沖 縄 県 史 ・ 3 ・ 経 済 』 の 第 五 章 「 慢 性 的 不 況 と 県 経 済 の 再 編 」 が あ る が 、 こ の 中 で 、 「 本 県 の 振 興 計 画 も 『 自 力 更 生 』 の た め の 誘 い 水 と し て 立 案 さ れ た 」 ( 三 七 六 ペ ー ジ ) と か 「 こ の 『 振 興 計 画 』 の 実 施 は 、 『 自 力 更 生 』 、 『 精 神 作 興 』 の た め の イ デ オ ロ ギ ー 操 作 を と も な っ て い た 」 ( 七 三 八 ペ ー ジ ) と い っ た 論 述 が み ら れ る が 、 こ の 指 摘 が 説 得 力 を も つ た め に は 、 ま ず 、 振 興 計 画 と 更 生 運 動 と の 実 施 段 階 で の 重 層 的 補 完 的 関 係 を 明 ら か に し て お く 必 要 が あ る と 思 わ れ る 。 「 自 力 更 生 」 と か 「 精 神 作 興 」 と い っ た 精 神 運 動 的 な 要 素 は 本 来 「 振 興 計 画 」 と は 無 縁 の も の で あ ろ う し 、 そ れ ら は 自 力 更 生 運 動 の 側 か ら 注 入 さ れ た 要 素 で あ る は ず だ か ら で あ る 。 そ こ で 、 大 宜 味 村 の 、 「 赤 の 村 」 か ら 「 翼 賛 村 」 へ の 変 容 過 程 を さ ぐ る に は 、 そ の 媒 介 項 を な し た と 思 わ れ る 一 57 一
同 村 の 「 経 済 更 生 計 画 」 に 照 明 を あ て て み な け れ ば な ら な い 。 四 経 済 更 生 運 動 の 性 格 昭 和 八 年 か ら 一 八 年 に 及 ん で 全 国 的 に 展 開 さ れ た 農 山 漁 村 経 済 更 生 運 動 は 、 昭 和 農 業 恐 慌 を 直 接 の 契 機 と し て 策 定 さ れ た 「 農 民 の 自 力 更 生 を 基 本 と し て 恐 慌 救 済 を は か り 〈 農 山 漁 村 経 済 二 亘 リ 計 画 的 且 組 織 整 備 〉 を 推 し 進 め た 官 製 的 国 民 運 動 」 ( 『 日 本 近 現 代 史 辞 典 』 ) と 言 わ れ て い る 。 「 ソ テ ツ 地 獄 」 か ら の 脱 却 を め ざ し て 沖 縄 救 済 論 議 が 高 ま り 、 や が て 沖 縄 県 振 興 計 画 が 陽 の 目 を み よ う と す る 、 昭 和 五 年 か ら 七 年 に か け て 全 国 的 に も 農 業 恐 慌 が 起 っ て 「 農 村 解 体 」 と い わ れ る ほ ど の 深 刻 な 事 態 を き た し 、 農 業 恐 慌 対 策 κ 農 村 救 済 問 題 は 国 政 を ゆ る が す ま で の 大 き な 社 会 問 題 と な っ て い た 。 そ の な か か ら 農 本 主 義 者 や 地 主 団 体 に 指 導 さ れ た 農 村 救 済 請 願 運 動 が 起 こ り 、 政 府 も 、 天 皇 制 国 家 の 基 盤 で あ る 農 村 ( 11 地 主 層 ) の 秩 序 安 定 を は か る べ く 救 農 を 主 眼 と し た 農 政 の 転 換 に 踏 み 切 ら ざ る を え な か っ た 。 昭 和 七 年 八 月 に 召 集 さ れ た 第 六 三 議 会 は 時 局 匡 救 議 会 と も よ ば れ 、 続 く 第 六 四 議 会 に か け て 、 農 村 救 済 の 諸 政 策 が 立 法 化 さ れ た 。 新 政 策 の 主 要 な 柱 は ① 負 債 整 理 事 業 ② 米 価 政 策 ③ 時 局 匡 救 事 業 、 で あ る が 、 最 後 の 時 局 匡 救 事 業 は さ ら に 二 つ の 柱 か ら 成 り 、 そ の 一 は 匡 救 土 木 事 業 で あ り 、 そ の 二 は 農 村 経 済 更 生 計 画 で あ る 。 こ の 経 済 更 生 計 画 が す な わ ち 「 自 力 更 生 」 を ス ロ ー ガ ン と す る 教 化 運 動 に な っ て い く 。 自 力 更 生 運 動 は 、 し か し 単 な る 精 神 運 動 に と ど ま ら ず 、 産 業 組 合 の 再 編 強 化 、 各 級 経 済 委 員 会 ・ 農 事 実 行 組 合 の 整 備 を と お し て 、 国 ↓ 県 ↓ 町 村 ↓ 部 落 ↓ 農 家 と い っ た 上 意 下 達 の 組 織 ( 8 ) 整 備 を 促 進 し 、 フ ァ シ ズ ム 支 配 体 制 に 農 民 を く み 込 む 機 能 を は た し た と 言 わ れ て い る 。 こ の 点 に つ い て い え ば 、 一 58 一
戦 時 下の 沖 縄 農 村 後 の 昭 和 十 二 年 か ら 開 始 さ れ る 国 民 精 神 総 動 員 運 動 が 、 一 面 で は 空 疎 な 精 神 主 義 運 動 の 性 格 を も ち な が ら 、 結 果 的 に は 国 民 統 制 の 機 関 た る 隣 組 制 度 の 原 型 を 生 み だ し て お り 、 「 精 動 運 動 は そ の 精 神 主 義 の 麻 酔 薬 を 用 い て 後 の ( 9 ) 翼 賛 体 制 の 器 と な る べ き 『 鬼 子 』 を 分 娩 さ せ る 助 産 婦 の 役 割 を 演 じ た 」 と 指 摘 し た こ と が あ る が 、 自 力 更 生 運 動 も ま た 酷 似 し た 性 格 を も っ て お り 、 両 者 の 連 続 性 に 注 目 し な け れ ば な ら な い だ ろ う 。 だ と す れ ば 、 農 民 救 済 政 策 が 始 動 し た 昭 和 八 年 と い う 時 点 は 戦 時 国 民 総 動 員 体 制 の 沿 革 の う え で も 画 期 的 な 意 義 を も つ と 言 わ ね ば な ら な い 。 さ て 、 時 局 匡 救 議 会 で う ち だ さ れ た 諸 政 策 を う け て 沖 縄 県 で も 自 力 更 生 運 動 に 取 組 む べ く 、 昭 和 七 年 = 月 七 日 、 県 知 事 諭 告 「 自 力 更 生 二 関 ス ル 件 」 ( 諭 告 第 一 号 ) を 発 し た 。 こ の 諭 告 は 同 日 付 訓 令 ( 県 訓 令 甲 第 + 六 号 ) と な っ て 市 町 村 、 学 校 、 県 各 機 関 に 下 達 さ れ 、 こ こ に 沖 縄 県 で の 自 力 更 生 運 動 が 始 る わ け だ が 、 こ の 諭 告 の 内 容 に よ っ て わ れ わ れ は 同 運 動 の 性 格 を 読 み と る こ と が で き る 。 諭 告 は 重 点 項 目 と し て 次 の 四 項 を か か げ て い る 。 一 、 建 国 ノ 大 義 二 則 リ 協 力 一 致 難 局 打 開 二 適 進 ス ル コ ト 一 、 自 力 更 生 ノ 意 気 ヲ 振 作 ス ル コ ト 一 、 経 済 ノ 組 織 化 ヲ 図 リ 之 ガ 実 行 ヲ 期 ス ル コ ト 一 、 各 自 其 ノ 分 二 応 ジ テ 社 会 公 共 二 奉 仕 ス ル コ ト 骨 子 を 一 瞥 す る だ け で そ の 内 容 が 天 皇 制 国 家 の イ デ オ ロ ギ ー に よ っ て 貫 ぬ か れ て い る こ と が 明 ら か で あ ろ う 。 す な わ ち 、 自 力 更 生 ( 自 主 自 力 . 自 覚 奮 励 ) ↓ 組 織 化 ( 協 力 一 致 計 画 化 ) ↓ 公 共 奉 仕 ( 相 互 扶 助 ・ 本 県 振 興 ) ↓ 国 運 振 興 ( 国 家 難 局 ノ 打 開 ) 、 と い う 図 式 に 集 約 で き る 内 容 で あ り 、 救 農 政 策 も つ ま り は 「 国 家 非 常 ノ … … 難 局 打 開 」 策 と し て 策 定 さ れ た に す ぎ な い の で あ る 。 こ れ が 基 本 路 線 と み な す べ き だ ろ う 。 一 59 一
だ が 、 い っ ぽ う の 疲 弊 窮 迫 の ど ん 底 に あ え ぐ 農 村 に と っ て は 、 一 連 の 農 村 経 済 更 生 運 動 は ま さ に 旱 天 の 慈 雨 の ご と く 歓 迎 す べ き も の で あ っ た ろ う 。 速 効 性 の 経 済 救 済 事 業 が 莫 大 な 国 家 予 算 に よ っ て 実 施 さ れ た か ら で あ る 。 沖 縄 の 町 村 に と っ て も 、 産 業 基 盤 整 備 を 主 と す る 振 興 事 業 よ り も 、 直 接 に 農 家 経 営 に 恩 恵 を も た ら す 救 農 策 に 魅 力 を お ぼ え る の が 実 感 で あ っ た は ず で あ る 。 そ れ だ け に 、 こ の 運 動 の も つ 精 神 主 義 的 教 化 の 影 響 も よ り 効 果 的 に 農 民 の な か へ 浸 透 し て い っ た だ ろ う 。
五
経
済
更
生
運
動
の
実
施
次 に 、 経 済 更 生 運 動 の 実 施 過 程 を 大 宜 味 村 に つ い て み て い く こ と に す る 。 政 府 農 林 省 は 農 山 漁 村 経 済 更 生 計 画 の 実 施 に 向 け て 昭 和 七 年 九 月 経 済 更 生 部 を 新 設 、 こ れ を 受 け て 沖 縄 県 で も 内 政 部 内 に 農 山 漁 村 経 済 更 生 係 を 設 置 し た ( 昭 和 七 年 + 月 + 五 日 付 ) 。 同 年 か ら 毎 年 全 国 で 一 〇 〇 〇 町 村 が 経 済 更 生 指 定 町 村 に 指 定 さ れ 、 一 町 村 一 〇 〇 円 の 補 助 金 が 政 府 か ら 支 出 さ れ た 。 沖 縄 で の 年 度 毎 指 定 町 村 は 別 表 ( 6 ) の 通 り で あ る が 、 大 宜 味 村 も 比 較 的 早 い 時 期 の 昭 和 八 年 二 月 に 県 の 指 定 を 受 け て い る 。 こ こ で 注 目 す べ き こ と は 選 定 の 手 続 で あ る 。 ま ず 、 村 に 経 済 更 生 委 員 会 を 設 置 し 、 村 内 各 戸 の 産 業 経 済 、 生 活 、 衛 生 、 慣 習 な ど の 基 礎 調 査 を な し 、 こ れ を も と に 村 経 済 更 生 計 画 を 作 成 し 、 村 経 済 更 生 委 員 会 で 検 討 し た の ち 県 経 済 更 生 委 員 会 の 審 議 に 付 さ れ る 。 そ の 際 、 村 内 の 「 協 力 一 致 の 気 風 」 と 上 か ら の 指 導 を 実 践 代 行 し う る 「 中 心 人 物 の 存 在 」 が 重 要 な ( 10 ) 選 定 条 件 で あ っ た 。 「, 大 宜 味 村 経 済 更 生 計 画 」 の 中 に 、 「 農 林 更 生 連 盟 」 の 組 織 規 定 の 一 項 が 設 け て あ り 、 ま た 末 尾 に 「 経 済 更 生 委 員 氏 名 略 歴 」 表 が 付 さ れ て い る の も そ れ ゆ え で あ ろ う 。 と に か く 、 大 宜 味 村 が 昭 和 八 年 度 に 一 60 一戦 時 下 の 沖 縄 農 村 表 ( 6 ) (1) 各 年 度 二 於 ケ ル 普 通 指 定 町 村 ノ 状 況 ( 四 十 九 ケ 町 村 ) O 昭 和 七 年 度 指 定 ( 四 ケ 村 ) 豊 見 城 村 、 南 風 原 村 、 越 来 村 、 本 部 村 ○ 昭 和 八 年 度 指 定 ( 十 ケ 町 村 ) 兼 城 村 、 小 禄 村 、 喜 屋 武 村 、 美 里 村 、 勝 連 村 、 伊 平 屋 村 、 東 村 、 大 宜 味 村 、 下 地 村 、 石 垣 町 ○ 昭 和 九 年 度 指 定 ( 十 一 ケ 町 村 ) 大 里 村 、 佐 敷 村 、 真 和 志 村 、 仲 里 村 、 具 志 川 村 ( 島 ) 、 西 原 村 、 与 那 城 村 、 羽 地 村 、 恩 納 村 、 今 帰 仁 村 、 平 良 町 ○ 昭 和 十 年 度 指 定 ( 五 ケ 町 村 ) 高 嶺 村 、 座 間 味 村 、 北 谷 村 、 名 護 町 、 宜 野 湾 村 ○ 昭 和 十 一 年 度 指 定 ( 五 ケ 町 村 ) 国 頭 村 、 摩 文 仁 村 、 具 志 頭 村 、 伊 江 村 、 伊 良 部
村
○ 昭 和 十 二 年 度 指 定 ( 五 ケ 町 村 ) 金 武 村 、 読 谷 山 村 、 浦 添 村 、 知 念 村 、 城 辺 村 ○ 昭 和 十 三 年 度 指 定 ( 四 ケ 町 村 ) 久 志 村 、 具 志 川 村 ( 中 ) 、 真 壁 村 、 多 良 間 村 ○ 昭 和 十 四 年 度 指 定 ( 一 ケ 村 )東
風
平
村
O 昭 和 十 五 年 度 指 定 ( 四 ケ 村 ) 玉 城 村 、 大 浜 村 、 伊 平 屋 村 、 伊 是 名 村 ㈲ 特 別 助 成 町 村 助 成 金 交 付 状 況 指 定 年 度 町 村 名 昭 和 + 一 年 度 助 成 対 象 事 業 ノ 所 要 経 費 小 禄 村 東 村 大 宜 味 村 計 助 成 金 昭 和 + 二 年 度 昭 和 + 三 年 度 昭 和 + 四 年 度 昭 和 + 五 年 度 昭 和 + 六 年 度 下具 仲 兼 恩羽 計 地 獄 里 城納 地 村 村 村 村 村 村 伊 北宜 美 豊南計江 礪 里 顯
村村村村村村
今 帰 仁 村 越 来 村騙
舞
欄
計 知 多 城計 礪 辺
村 村 村 浦 真 計 添 壁 村 村 九三 三 二 〇 〇 五 四 、、 、 、 六 九 三 三 八 七 二 八 三 四 二 七 円 九 三 二 二 三 三 三 五 九 七 八 六 一 一 、 、 、 、 、 、 、 六 七 三 七 七 九 一 三 七 〇 〇 六 〇 九 四 五 〇 〇 〇 〇 九 四 二 二 二 三 二 二 二 六 一 二 〇 〇 〇 、 、 、 、 、 、 、 〇 五 三 五 八 六 〇 二 七 〇 二 五 八 八 五 一 四 九 五 〇 六 五 三 、 八 五 〇 三 〇 、 八 二 九 四 一 、 二 八 八 三 八 、 九 九 〇 一 六 四 、 九 五 七 一 二 八 、 六 〇 八 三 九 、 一 六 七 一 〇 二 、 六 〇 〇 二 七 〇 、 三 七 五 二二 四 七 一 四 七 、 、 、 七 六 一 六 〇 六 〇 〇 〇 円 一 一 、 0 0 0 一 四 、 一 〇 〇 = 二 、 一 〇 〇 三 八 、 二 〇 〇 七 一 一一一 一 一 一 六 二 三 三 三 一 二 、 、 、 、 、 、 、 三 〇 〇 三 七 七 六 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 九 、 九 、 一 〇 、 九 、 九 、 = 、 六 〇 、 ○ 〇 六 六 〇 六 六 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 一 三 、 ○ ○ 〇 一 一 、 五 〇 〇 = 一 、 七 〇 〇 一 一 、 三 〇 〇 四 八 、 五 〇 〇 = 一 、 ○ ○ 〇 一 〇 、 O O O 九 、 O O O 三 “ 、 O O O 一 八 、 五 〇 〇 一 八 、 二 〇 〇 三 六 、 七 〇 〇 ( 『 沖 縄 県 史 料 ・ 近 代 1 』 「 知 事 事 務 引 継 書 類 」 よ り ) 一 61 一指 定 を 受 け た の は 、 そ の 時 点 で 右 の 二 条 件 が 満 さ れ て い た と い う こ と に な る 。 ま た 、 右 の 手 続 系 統 が 確 立 さ れ る こ と に よ っ て 、 政 府 は 農 村 の 細 部 の 状 況 ま で 把 握 す る こ と が で き 、 計 画 の 実 施 段 階 に 於 て は 、 逆 に 、 政 府 ( 中 央 委 員 会 ) ↓ 県 ( 県 委 員 会 ) ↓ 村 ( 村 委 員 会 ) ↓ 部 落 ( 更 生 会 ) ↓ 農 家 と い う ル ー ト で 指 導 を 徹 底 さ せ る こ と が で き る 。 大 宜 味 村 で は 昭 和 十 年 こ ろ に は 全 村 一 斉 に 部 落 更 生 委 員 会 が 結 成 さ れ て い る が 、 こ れ が 後 の 】 元 的 国 民 統 制 機 構 ( 隣 組 制 度 ) の 地 な ら し に な っ た と も い え る 。 さ て 、 「 経 済 更 生 計 画 」 に 基 く 具 体 的 な 実 行 項 目 を あ げ る と 、 土 地 利 用 増 進 、 農 業 経 営 改 修 、 耕 種 生 産 改 善 、 産 業 組 合 の 新 設 拡 充 、 販 売 、 購 売 統 制 、 生 活 改 善 、 農 村 教 育 改 善 に 分 類 で き る が 、 同 村 の 場 合 、 と く に 重 点 的 に 推 進 さ れ た の は 、 農 業 経 営 の 改 善 、 産 業 組 合 ー 農 事 改 良 組 合 の 整 備 、 生 活 改 善 、 農 村 教 育 で あ っ た と 思 わ れ る 。 な か ん ず く 、 農 村 教 育 ∬ 村 民 教 化 が 更 生 運 動 の 前 提 と し て 重 視 さ れ た 。 具 体 的 に は 、 更 生 簿 の 記 帳 普 及 に よ っ て 各 戸 更 生 計 画 を 樹 立 せ し め 、 生 活 改 善 に よ っ て 消 費 節 約 を 実 行 せ し め る こ と 、 な ど が 村 民 教 育 で 強 調 さ れ る が 、 根 本 は あ く ま で 「 大 日 本 民 族 タ ル ノ 認 識 ヲ 明 確 ナ ラ シ メ 愛 国 更 生 ノ 精 神 ヲ 徹 底 セ シ メ ル 」 ( 村 民 教 育 ・ 教 化 方 針 ) と い う も の で あ っ た 。 農 村 救 済 政 策 の 一 つ の 柱 で あ る 負 債 整 理 事 業 は 恐 慌 対 策 と し て 緊 急 重 要 な 課 題 で あ る た め 時 局 匡 救 事 業 1 , 経 済 更 生 計 画 と は 独 立 し た 形 で 「 負 債 整 理 組 合 法 」 ( 第 六 四 議 会 立 法 ) に 基 い て 実 施 さ れ て い る の で あ る が 、 そ の 「 施 行 細 則 」 ( 県 令 第 二 八 号 ) に よ る と 、 「 負 債 整 理 は 誠 実 勤 勉 ニ シ テ 自 奮 更 生 ノ 熱 意 ヲ 有 シ 経 済 更 生 計 画 及 負 債 償 還 計 画 ヲ 樹 立 ス ル コ ト ヲ 得 ル 見 込 ア ル 者 二 限 リ 之 ヲ 為 ス ベ シ 」 ( 傍 点 筆 者 ) と い う 条 件 が つ い て い る た め 実 際 に は 両 者 は 表 裏 一 体 の も の で あ っ た 。 「 農 村 負 債 整 理 組 合 法 並 二 農 村 負 債 整 理 資 金 特 別 融 通 及 損 失 補 償 法 施 行 細 則 」 ( 沖 縄 県 令 第 二 + 八 号 ) に よ る と 、 一 62 一
戦 時 下 の 沖 縄 農村
負
債
整
理
の
方
法
は
、
ま
ず
部
落
単
位
の
負
債
整
理
組
合
に
加
入
し
、
村
の
経
済
更
生
計
画
に
照
応
し
た
経
済
更
生
計
画
と
負
債
償
還 計 画 を 樹 立 し 、 し か る 後 、 組 合 の 斡 旋 に よ っ て 債 権 者 と の 間 に 負 債 の 条 件 緩 和 に 関 す る 協 定 を 結 び 、 原 則 と し て 二 〇 年 以 内 に 、 ① 年 間 の 積 立 金 ② 経 済 更 生 上 不 要 な る 財 産 の 処 分 ③ 融 資 銀 行 か ら の 負 債 整 理 資 金 の 借 受 、 等 を も っ て 償 還 に 充 て る と い う も の で あ る 。 国 庫 は こ れ が た め 農 民 を 対 象 と し て 二 億 円 の 長 期 資 金 ( 二 〇 年 償 還 ) を 融 通 し ・ さ ら に 国 と 地 方 折 半 で 六 〇 〇 〇 万 円 の 損 失 補 償 金 を 計 上 す る 仕 組 み に な っ て い る 。 政 府 の 手 厚 い 施 策 と い う べ き だ が 、 同 法 の 立 法 精 神 が 本 来 地 方 金 融 機 関 、 地 主 、 高 利 貸 層 の 保 護 に 向 け ら れ て い た こ と を う か が わ せ る も の で あ る 。 い ず れ に し ろ 、 貧 農 層 に は 頼 み の 綱 と な っ た 。 こ の 時 期 ( 昭 和 八 年 度 ) 、 大 宜 味 村 の 農 家 経 営 は 赤 字 経 営 で あ っ た 。 農 家 = 月 当 り の 年 間 収 支 平 均 は 、 収 入 三 九 五 円 に 対 し 支 出 四 〇 九 円 、 一 四 円 の 赤 字 。 一 戸 当 り の 累 積 負 債 額 は 平 均 約 二 三 〇 円 、 村 全 体 の 負 債 総 額 は 四 〇 二 、 五 三 五 円 に 達 し て い る ( 基 礎 数 字 は 「 経 済 更 生 計 画 」 に 依 る ) 。 年 間 の 農 業 経 営 で は 負 債 解 消 の 見 通 し は 立 た な い 、 そ こ で ど う し て も 負 債 整 理 組 合 そ の 他 の 共 同 施 設 ( 産 業 組 合 、 農 事 実 行 組 合 な ど ) に 依 存 し な け れ ば な ら な く な る の で あ る 。 そ し て 、 組 合 は 、 常 時 各 戸 の 経 営 お よ び 家 計 の 状 況 を 監 査 し 、 農 家 の 生 産 物 は 産 業 組 合 等 に よ っ て 管 理 さ れ ( 細 則 第 二 〇 条 ) 、 さ ら に 、 更 生 運 動 の 教 化 が 加 わ っ ( 11 ) て 、 負 債 整 理 事 業 は 効 を 奏 し 、 数 年 後 に は 同 村 の 総 収 支 は 黒 字 に 転 換 す る ( 「 昭 和 + 六 年 村 勢 一 班 」 )。 こ こ で 注 目 さ れ る の は 、 同 制 度 の 基 本 精 神 と し て 、 部 落 単 位 の 「 隣 保 共 助 」 が 強 調 さ れ て い る 点 で あ る ( 「 負 債 整 理 組 合 規 約 例 」 第 一 条 ) 。 五 人 組 や 村 揃 い 、 部 落 内 法 な ど の 旧 慣 部 落 制 度 を 公 権 力 の 号 令 に よ っ て 再 編 し 利 用 す る 方 法 は 、 後 の 部 落 会 ー 隣 組 制 度 の 路 線 と 一 脈 通 ず る も の が あ る 。 昭 和 一 五 年 か ら は じ ま る 部 落 会 整 備 の 過 程 で 経 済 更 生 委 員 会 が 部 落 常 会 に 統 合 さ れ る の を み て も 両 者 は 連 続 す る 性 格 を も っ て い た こ と が う か が え る 。 一 63 一こ の 関 係 を よ り 明 確 に 具 体 的 に 示 す の が 、 前 掲 金 城 功 論 文 で 紹 介 さ れ た 「 大 宜 味 村 饒 波 代 議 員 会 議 録 」 の 記 事 で あ る 。 同 議 事 録 に は 饒 波 部 落 の 経 済 更 生 運 動 の 具 体 的 活 動 状 況 が 記 録 さ れ て い て 興 味 深 い が 、 そ の 中 の 昭 和 十 三 年 十 一 月 十 一 日 の 記 事 に 「 一 、 部 落 常 会 規 約 審 議 ノ 件 協 議 の 結 果 部 落 常 会 規 約 ヲ 原 案 ノ マ マ 可 決 ス ル 事 二 決 定 セ リ 」 ( 『 紀 要 』 五 ニ ペ ー ジ ) と あ る 。 こ れ を 紹 介 し て 金 城 は 「 字 饒 波 の 部 落 常 会 は 一 九 四 〇 年 の 『 部 落 会 町 内 会 等 整 備 要 領 』 に 基 づ い た も の で は な い こ と が わ か る 」 と 指 摘 し て い る 。 翼 賛 運 動 の 受 皿 は す で に 経 済 更 生 運 動 の な か で 用 意 さ れ 、 上 意 下 達 の フ ァ ッ シ ョ 的 一 元 的 統 制 機 構 の 原 型 は 下 部 に お い て 早 く か ら 形 成 さ れ て い た の で あ る 。 六 更 生 運 動 か ら 精 動 運 動 へ 一 64 一 昭 和 十 一 年 度 に 大 宜 味 村 は 特 別 助 成 村 に 指 定 さ れ た 。 こ れ は 経 済 更 生 計 画 の 強 化 拡 充 の た め に 政 府 が 重 点 助 成 町 村 ( モ デ ル 町 村 ) の 助 成 施 設 を 追 加 し た こ と に よ る 。 選 定 に あ た っ て は 次 の よ う に 厳 選 主 義 を と っ て い る 。 ω 農 林 省 自 ラ 之 ヲ 実 地 調 査 ノ 上 決 定 ス ㈲ 県 ハ 政 府 ノ 方 針 二 従 ヒ テ 候 補 村 ヲ 決 定 の 経 済 更 生 計 画 樹 立 後 一 ケ 年 以 上 を 経 過 セ ル モ ノ ㊥ 中 心 人 物 ノ 有 無 、 中 心 人 物 ノ 経 済 更 生 二 対 ス ル 熱 意 如 何 ㈲ 町 村 民 ノ 融 和 、 町 村 民 ノ 自 力 更 生 二 対 ス ル 熱 意 、 経 済 更 生 計 画 実 行 状 況 等 ( 『 昭 和 十 八 年 知 事 事 務 引 継 書 類 』 )
戦 時 下 の沖 縄 農 村 大 宜 味 村 が 小 禄 、 東 両 村 と 共 に 初 年 度 ( 昭 和 + 一 年 ) に お い て こ れ が 指 定 を 受 け た こ と は 、 同 村 の 経 済 更 生 に 取 組 む 熱 意 の ほ ど が う か が わ れ 、 す で に か な り の 実 績 を あ げ て い た こ と を 示 す も の だ ろ う 。 特 別 助 成 村 に 指 定 さ れ た こ と で 同 村 は 一 三 、 一 〇 〇 円 の 助 成 金 の 交 付 を 受 け 、 さ ら に 六 、 四 〇 〇 円 の 長 期 低 利 資 金 の 融 通 を 受 け 、 総 ( 12 ) 経 費 三 〇 、 九 七 四 円 を も っ て 助 成 事 業 を 実 施 、 ほ ぼ 二 ヶ 年 後 に こ れ を 完 了 す る 。 事 業 計 画 の 内 容 を み る と 次 の よ う に な っ て い る 。 一 、 農 道 新 設 一 五 線 所 要 経 費 二 一 二 、 二 六 一 円 ( 特 別 助 成 金 九 、 二 八 五 円 、 自 弁 コ ご 、 九 七 六 円 ) 実 行 主 体 村 二 、 索 道 新 設 一 ケ 所 所 要 経 費 六 〇 〇 円 ( 特 別 助 成 金 三 〇 〇 円 、 自 弁 三 〇 〇 円 ) 実 行 主 体 村 三 、 共 同 作 業 場 三 棟 所 要 経 費 九 、 二 七 〇 円 ( 特 別 助 成 金 三 、 一 九 五 円 、 低 利 資 金 二 、 三 〇 〇 円 、 自 弁 三 、 七 七 五 円 ) 実 行 主 体 村 ・ 産 業 組 合 な お 、 村 営 タ ー ビ ン 水 車 二 、 三 〇 〇 円 借 入 。 、 13 ) 四 、 改 良 木 炭 竈 二 〇 所 要 経 費 六 四 〇 円 ( 特 別 助 成 金 三 二 〇 円 、 自 弁 二 二 〇 円 ) 実 行 主 体 村 こ れ を 部 落 レ ベ ル で み る と 、 『 饒 波 部 落 会 議 録 』 の 昭 一 一 年 二 月 二 九 日 の 記 事 に 、 「 経 済 更 生 特 別 町 村 助 成 金 二 関 ス ル 件 一 、 金 四 〇 〇 円 助 成 金 一 、 金 五 〇 〇 円 年 利 一 分 九 厘 一 、 金 一 〇 〇 〇 円 年 利 三 分 九 厘 右 金 額 左 記 事 業 ヲ 遂 行 ス ル タ メ 借 入 ス ル コ ト ヲ 万 場 一 致 ニ テ 決 定 セ リ ω 味 嘉 川 線 改 修 並 延 長 ㈲ 農 道 ノ 新 設 共 同 耕 作 地 ノ 設 置 の 畜 産 ノ 増 殖 奨 励 」 と あ り 、 農 村 の 末 端 部 に お い て 農 業 基 盤 整 備 と 共 同 化 が 着 実 に 進 み 、 こ れ が あ る 程 度 生 産 意 欲 の 刺 激 に な っ た だ ろ う こ と が 想 像 さ れ る 。 と こ ろ で 、 こ れ ら 生 産 奨 励 施 設 と 併 行 し て 、 大 宜 味 村 は 翌 一 二 年 に 「 教 化 村 」 に 指 定 さ れ る 。 宜 野 湾 村 、 高 嶺 村 と 並 ん で 県 下 で こ の 三 村 が 、 沖 縄 県 教 化 連 合 会 に よ っ て 教 化 モ デ ル 村 に 指 定 さ れ 、 県 社 会 課 の 指 導 を 受 け て 五 一 65 一
ヶ 年 計 画 を 実 施 す る 。 そ の 計 画 内 容 を み る ま え に 、 教 化 連 合 会 な る も の の 性 格 を 知 っ て お く 必 要 が あ る だ ろ う 。 沖 縄 県 教 化 連 合 会 は 県 下 の 教 育 教 化 団 体 を 統 括 し て 昭 和 四 年 一 〇 月 に 結 成 さ れ た も の で あ る ( 当 時 の 大 宜 昧 村 長 天 野 鍛 助 の 日 記 に 「 + 月 + 四 日 〈 月 〉 教 化 連 合 会 ノ 創 立 総 会 並 二 発 会 式 挙 行 」 と あ る ) 。 全 国 的 に は 、 昭 和 初 期 の 民 主 主 義 ・ 社 会 主 義 運 動 に 対 抗 す る た め 浜 口 内 閣 に お い て 企 画 さ れ た 教 化 総 動 員 運 動 の 一 環 を な す も の で あ り 、 天 皇 ・ 神 仏 礼 拝 と 生 活 簡 素 化 を 結 び つ け 、 「 国 体 観 念 の 養 成 」 「 思 想 善 導 の 強 化 」 「 勤 倹 貯 蓄 」 を 推 進 す る こ と を 目 的 と す る 官 製 団 体 で あ る 。 教 化 連 合 会 の 活 動 は そ の 後 さ ほ ど の 発 展 も み せ な か っ た が 、 本 格 的 な 戦 時 体 制 化 に と も な っ て 、 天 皇 制 イ デ オ ロ ギ ー に よ る 国 民 統 合 と い う 役 割 を に な っ て 、 昭 和 一 二 年 日 中 戦 争 勃 発 直 後 に 展 開 さ れ る 国 民 精 神 総 動 員 運 動 ( 精 動 運 動 ) へ の 橋 渡 し を 果 た す 。 教 化 村 指 定 は ま さ に そ の 具 体 化 と い え る 。 昭 和 一 七 年 一 二 月 二 二 日 付 『 朝 日 新 聞 』 に 次 の よ う な 記 事 が み え る 。 五 ケ 年 の 敢 闘 成 る / 立 派 に 更 生 し た 三 部 落 昭 和 十 二 年 教 化 村 に 指 定 さ れ 沈 大 宜 味 、 宜 野 湾 、 高 嶺 の 各 村 は 第 一 期 計 画 五 ケ 年 を 終 了 、 見 事 な 更 生 振 り を 見 せ て 県 下 各 村 に 活 模 範 を 示 し て ゐ る が 申 央 教 化 団 体 連 合 会 で は 模 範 村 に 築 き 上 げ 忙 誉 れ の 功 労 者 、 優 良 党 火 調、 部 落 、 模 範 家 庭 に 対 し 選 奨 状 、 感 謝 状 を 授 与 、 記 念 品 を 贈 っ て そ の 業 績 を 讃 へ 引 つ づ き 第 二 次 振 興 に も 拍 車 を か け る や う 激 励 す る こ と と な り 賞 状 を 送 っ て き た が 県 で は 十 四 日 宜 野 湾 国 民 学 校 で 表 彰 伝 達 式 を 挙 行 し た 。 ( 略 ) 大 宜 味 村 で は 全 国 に 魁 け て 昭 和 十 二 年 か ら 常 会 を 開 き 生 活 改 善 に 拍 車 を か け 団 体 的 諸 施 設 を 整 備 し て 食 糧 増 産 、 保 健 衛 生 、 軍 人 援 護 の 強 化 を 計 っ て ゐ る ( 略 ) 大 宜 味 村 が 「 県 一 の 翼 賛 村 」 と 推 賞 さ れ る に い た っ た 背 景 に は 、 こ う し た 上 か ら の 重 点 的 な モ デ ル 化 の 指 導 が あ っ た わ け だ が 、 こ れ を 受 容 れ た 村 の 側 に と っ て は 、 他 よ り も さ き が け て 、 経 済 更 生 指 定 村 ↓ 特 別 助 成 指 定 村 と た ど っ て き た 必 然 の コ ー ス で あ っ た だ ろ う 。 以 後 同 村 は こ の レ ー ル の 上 を 、 「 更 生 村 」 ↓ 「 翼 賛 村 」 ↓ 「 決 戦 一 66 一
戦 時 下 の 沖 縄 農 村 村 」 と い っ た 、 時 々 局 々 の 戦 時 国 策 の 要 請 に 忠 実 に 応 え た 装 い で 県 下 に 模 範 を 示 し つ ∼ 「 戦 争 へ の 道 」 を ひ た 走 り に 走 っ て い く 。 農 村 経 済 更 生 運 動 は 、 制 度 と し て は 昭 和 一 八 年 ま で 継 続 さ れ 、 次 の 標 準 農 村 確 立 運 動 へ 引 つ が れ て い く が 、 こ の 間 に ・ 国 家 総 動 員 法 の 逐 次 発 動 に よ っ て 農 村 経 済 は 全 面 的 な 統 制 下 に お か れ ( と く に 昭 和 一 六 年 の 農 業 生 産 統 制 令 ) 、 急 速 に 窮 乏 と 崩 壊 に 向 っ て い く 。 そ の 主 た る 要 因 は ① 労 働 力 の 不 足 、 ② 農 業 資 材 の 割 当 不 足 、 ③ 戦 時 イ ン フ レ の 悪 性 化 、 で あ っ た 。 全 国 の 人 的 物 的 資 源 を 軍 需 工 業 に 集 中 さ せ る と い う 物 動 計 画 に よ っ て 、 県 経 済 の 基 本 で あ る 振 興 計 画 そ の も の が 挫 折 し つ つ あ っ た が 、 と く に そ の し わ 寄 せ は 農 村 に お い て 、 戦 時 食 糧 の 増 産 と い う 課 題 と 、 兵 士 ・ 産 業 戦 士 の 提 供 と い う 、 矛 盾 す る 両 面 の 課 題 を 担 わ さ れ 農 業 経 営 は 停 滞 の 傾 向 に 向 う 。 大 宜 味 村 で も 昭 和 = 一 年 こ ろ か ら 農 業 労 働 力 不 足 の 現 象 が 一 般 化 し 、 と く に 一 四 年 ご ろ に は 阪 神 方 面 の 軍 需 工
場
へ
の
出
稼
ぎ
が
激
犠
ゴ
例
と
し
て
・
薪
炭
生
産
者
が
払
底
し
て
都
市
地
区
の
「
薪
炭
飢
謹
」
と
い
う
社
会
問
題
を
蕊
す
る
ま で に な る 。 薪 炭 の 価 格 統 制 に よ っ て 経 営 が 成 り 立 た な く な り 結 局 高 賃 金 の 軍 需 産 業 に 吸 収 さ れ て い っ た 結 果 で あ っ 姶 α) 統 制 経 済 の 矛 盾 の あ ら わ れ で あ る 。 県 当 局 は 、 農 村 労 働 力 の 確 保 の た め に 県 外 旅 行 者 乗 船 制 限 ( 昭 和 一 六 ゜ 六 二 実 施 ) と い う 措 置 ま で と っ て 自 由 出 稼 者 の 抑 制 に つ と め た が 、 い っ ぼ う で は 、 物 動 当 局 の 国 民 動 員 産 業 方 面 へ の 労 務 供 出 の 要 請 に は 従 わ な い わ け に は い か ず 、 「 本 県 ハ 勤 労 者 供 出 県 ト シ テ 県 外 ノ 軍 需 並 二 国 民 動 員 産 業 方 面 二 産 議 士 ヲ 相 当 多 数 供 出 シ 居 ル 現 状 ナ 賑 幽) と い う 状 況 で 、 労 働 動 員 計 画 の 矛 盾 を さ ら け だ し て い る 。 こ う し た 農 村 生 産 の 崩 壊 過 程 の な か で 経 済 更 生 運 動 も な し く ず し に 形 骸 化 さ れ 、 生 産 の 面 か ら 教 化 の 面 へ 比 重 が 移 っ て い き 、 「 欲 し が り ま せ ん 勝 つ ま で は 」 の 合 言 葉 を 唱 和 す る に い た る 。 一 67 一七 県 一 翼 賛 村 の 実 態 大 宜 味 村 の 翼 賛 運 動 に つ い て は 、 福 地 職 昭 『 村 と 戦 争 − 喜 如 嘉 の 昭 和 史 』 に 回 想 記 風 に 描 写 さ れ て お り 、 ま た 翼 賛 会 . 部 落 会 . 隣 組 の 組 織 と 活 動 に つ い て は 拙 稿 「 戦 時 下 の 沖 縄 県 政 」 ( 本 誌 第 二 号 ) で 触 れ て お い た の で 、 こ こ で は 詳 述 は 避 け て 特 徴 点 だ け を 列 挙 し て お く 。 ( 1 ) 常 会 活 動 戦 時 期 の 国 民 統 制 組 織 で あ る 各 級 常 会 組 織 が 整 備 さ れ る の は 県 訓 令 「 部 落 会 町 内 会 等 整 備 要 領 」 ( 昭 和 一 五 年 九 月 三 一 日 付 ) 以 後 の こ と で あ る が 、 大 宜 味 村 で は こ れ よ り 以 前 の 昭 和 一 二 年 こ ろ に は 経 済 更 生 運 動 の 実 践 組 織 と し て 村 常 会 ー 部 落 常 会 が 発 足 し 、 以 後 県 当 局 の 指 導 に 基 い て 毎 月 定 期 的 に 村 ↓ 部 落 ↓ 隣 保 班 の 常 会 を 開 催 、 毎 月 の 「 常 会 徹 底 事 項 」 の 実 践 に 努 め た 。 昭 和 一 五 年 一 二 月 に は 中 央 教 化 連 合 会 常 任 幹 事 が 根 路 銘 部 落 の 常 会 を 視 察 、 ( 17 ) 「 日 本 一 の 常 会 」 と 称 賛 し た 。 ( 2 ) 増 産 運 動 労 働 力 不 足 を 補 う た め 青 年 増 産 隊 、 少 国 民 増 産 隊 な ど を 編 成 し 、 学 童 か ら 老 人 ま で 動 員 し て 荒 蕪 地 の 開 墾 、 堆 肥 倍 増 、 ソ テ ッ 採 集 な ど を 挙 村 運 動 と し て 行 い 、 ま た 部 落 、 班 単 位 で 、 義 勇 託 児 所 の 設 置 、 共 同 作 業 、 共 同 炊 事 な ど を 実 践 し た 。 託 児 所 に は 県 社 会 事 業 協 会 か ら 補 助 金 が 交 付 さ れ た 。 ( 3 ) 標 準 語 励 行 運 動 教 化 指 定 村 五 ヶ 年 計 画 の 重 点 目 標 の 一 つ が 標 準 語 励 行 運 動 の 徹 底 で あ っ た 。 こ の 時 期 標 準 語 励 行 は 挙 県 運 動 と さ れ て い た か ら そ の 模 範 づ く り の た め に も 、 村 ・ 部 落 ・ 学 校 を 一 貫 し て の 督 励 が 行 わ れ 、 老 人 組 の 標 準 語 講 座 を 一 68 一
戦 時 下 の 沖 縄 農 村 設 け た り 、 罰 礼 を 設 け た り 、 徹 底 し た 指 導 が 行 わ れ た 。 そ の 結 果 、 喜 如 嘉 部 落 で は 昭 和 一 八 年 に 部 落 会 で 調 査 し た と こ ろ 方 言 使 用 家 庭 わ ず か 一 割 に ま で 駆 逐 さ れ 、 県 か ら 表 彰 さ れ た 。 ( 4 ) 闇 取 締 り ・ 貯 蓄 運 動 村 常 会 は 翼 賛 会 村 支 部 と 連 携 し て 「 村 内 闇 取 締 内 規 」 を 制 定 、 違 約 金 一 日 十 桟 、 配 給 の 半 減 又 は 停 止 と い う 制 裁 規 定 を 設 け て 徹 底 さ せ た た め 、 「 大 宜 味 村 に 闇 値 な し 」 と ま で 言 わ れ た 。 ま た 、 同 村 は 国 民 貯 蓄 運 動 で も 県 知 事 か ら 表 彰 、 簡 易 保 険 増 加 運 動 で も 熊 本 通 信 局 長 か ら 表 彰 さ れ た 。 納 税 完 納 の 表 彰 を う け た 部 落 も あ る 。 ( 5 ) 消 費 節 約 運 動 戦 時 下 の 消 費 節 約 運 動 は 部 落 会 町 内 会 ・ 隣 組 の 組 織 網 を 通 じ て 全 国 的 に 徹 底 さ れ た 運 動 で あ る が 、 大 宜 味 村 の 場 合 は 、 合 同 結 婚 式 、 禁 酒 日 の 設 定 、 冠 婚 葬 祭 の 弁 当 持 参 な ど 、 他 に さ き が け て 自 主 的 に 実 践 例 を 示 し 県 下 に 模 範 を 垂 れ た 。 ( 6 ) 村 民 生 活 基 準 の 制 定 昭 和 一 九 年 五 月 村 教 化 報 国 会 が 教 員 を 中 心 に 結 成 さ れ 、 そ の 主 た る 活 動 を 「 村 民 一 日 の 生 活 基 準 」 の 制 定 と 普 及 運 動 に 向 け た 。 こ の 「 生 活 基 準 」 は 全 村 民 の 一 日 の 活 動 を 、 起 床 か ら 就 寝 に い た る ま で 詳 細 に 規 定 し 、 鳴 物 を 合 図 に 一 斉 行 動 を 義 務 づ け 、 そ の 実 践 状 況 を 点 検 し よ う と い う も の で 、 村 民 生 活 の エ ネ ル ギ ー を 最 大 限 に 「 増 産 報 国 」 に 集 中 さ せ る の が ね ら い だ が 、 同 時 に そ の 内 容 に は 、 「 滅 私 奉 公 の 誓 ひ 」 「 宮 城 遙 拝 」 「 大 麻 拝 礼 」 「 奉 読 奉 唱 」 「 修 練 ( 11 行 ) 」 と い っ た 、 天 皇 制 イ デ オ ロ ギ ー に 基 く 精 神 主 義 的 要 素 が 色 濃 く と り こ ま れ て い る の が ( 18 ) 特 徴 的 で あ る 。 こ れ ら の 実 践 例 は 昭 和 十 二 年 の 教 化 指 定 村 以 来 積 み 重 ね て き た も の で 、 推 進 主 体 は 村 内 の 教 育 部 会 で あ っ た 。 翼 賛 運 動 の 末 端 部 に お け る 実 践 例 と し て は 型 典 的 と い え る だ ろ う 。 一 69 一
以 上 、 六 項 目 を 通 じ て 指 摘 で き る こ と は 、 こ れ ら の 規 制 と 動 員 が 、 古 来 、 部 落 共 同 体 内 部 で 形 成 さ れ て き た 規 範 に 基 い て 実 行 さ れ て い る 点 で あ る 。 「 部 落 会 町 内 会 等 整 備 要 領 」 ( 昭 和 一 五 年 九 月 = 日 付 内 務 省 訓 令 ) が 、 「 隣 保 団 結 ノ 精 神 」 を 強 調 し 、 「 旧 慣 尊 重 」 の 方 針 を 示 し た の も 「 部 落 」 の 活 用 を ね ら い と し た も の で あ ろ う が 、 部 落 共 同 体 の 伝 統 が 根 強 く 生 き て い る 沖 縄 農 村 で は と く に そ の 効 用 は 大 き か っ た で あ ろ う 。 八 国 民 動 員 の 極 限 こ れ ま で み て き た 経 過 を 要 約 す れ ば 、 貧 窮 か ら の 脱 却 を め ざ す 農 民 運 動 の 変 革 エ ネ ル ギ ー が 、 更 生 運 動 を 媒 介 と し て 精 動 運 動 へ 吸 収 さ れ て い き 、 戦 時 統 制 経 済 の 矛 盾 の 激 化 に よ っ て 農 村 経 済 が ふ た た び 崩 壊 過 程 へ と 向 う な か で 、 精 動 運 動 は 天 皇 制 官 僚 に よ る 国 民 統 制 体 制 を 強 化 さ せ る 役 割 を 果 た し 、 銃 後 農 村 を 戦 争 遂 行 目 的 へ 動 員 す る 拍 車 に な っ た 、 と い う こ と が で き る だ ろ う 。 や が て 戦 局 が 悪 化 し 、 昭 和 一 九 年 春 に 沖 縄 守 備 軍 ( 第 三 二 軍 ) が 配 備 さ れ る よ う に な る と 、 軍 の 要 請 に よ っ て 動 員 体 制 は い っ そ う 強 化 さ れ 、 大 宜 味 村 に は 伊 江 島 飛 行 場 工 事 へ の 労 務 徴 用 と 資 材 ・ 食 糧 の 供 出 が 頻 繁 に 割 当 て ら れ て く る 。 相 次 ぐ 動 員 に よ っ て 非 常 時 食 糧 の 確 保 さ え 不 自 由 に な っ て き た が 、 「 軍 民 一 体 の 郷 土 防 衛 」 と い う 至 上 命 令 に は 逆 い が た く 村 民 は 献 身 的 に 軍 に 協 力 し た 。 昭 和 二 〇 年 に は い り 沖 縄 戦 必 至 の 戦 況 に な っ て く る と 、 村 に は 中 南 部 か ら の 疎 開 者 を 受 入 れ る 役 割 が 課 さ れ て き た 。 し か し 、 各 部 落 割 当 て の 避 難 小 屋 づ く り の 奉 仕 作 業 に 従 事 す る の は ほ と ん ど 老 幼 婦 女 子 で あ っ た 。 男 た ち は 軍 の 兵 力 不 足 を 補 充 す る た め 、 現 地 召 集 、 防 衛 隊 ( 一 七 才 ∼ 四 五 才 、 約 三 〇 〇 名 ) 、 護 郷 隊 ( 青 年 学 校 生 、 約 一 三 〇 一 70 一
名 ) に 根 こ そ ぎ 動 員 さ れ た か ら で あ る 。 学 校 も 校 長 以 下 教 員 の ほ と ん ど が 戦 線 に 動 員 さ れ 三 月 初 旬 に は 閉 鎖 さ れ た 。 総 動 員 体 制 の 極 限 と も い う べ き 一 般 住 民 の 「 戦 闘 協 力 」 が 始 っ た の で あ る 。
〔
注
〕
戦 時 下 の沖 縄 農 村 ( 1 ) ( 2 ) ( 3 ) ( 4 ) 11 10 9 8 7 6 5 ) ) ) ) ) ) ) ( 12 ) 山 城 善 光 『 山 原 の 火 』 ( タ イ ム ス 選 書 ) 、 『 大 宜 味 村 史 ・ 資 料 編 』 コ 〈 宜 昧 村 政 革 新 同 盟 関 係 資 料 L 参 照 。 桃 原 用 永 『 八 重 山 の 民 主 化 の た め に 』 、 『 沖 縄 県 史 ・ 沖 縄 近 代 史 辞 典 』 「 八 重 山 教 員 赤 化 事 件 」 ( 安 仁 屋 政 昭 ) ・ 『 那 覇 市 史 ・ 資 料 編 第 2 巻 中 3 』 「 社 会 問 題 資 料 」 参 照 。 『 沖 縄 県 史 ・ 3 経 済 』 七 一 六 ペ ー ジ 。 浦 崎 康 華 『 逆 流 の 中 で 』 二 一 八 ペ ー ジ に 、 石 井 連 隊 区 司 令 官 が 県 民 を 侮 辱 し た パ ン フ レ ッ ト を 発 行 し 県 庁 記 者 団 が 抗 議 し た 事 件 が 記 さ れ て い る 。 注 ( 2 ) の 「 八 重 山 赤 化 事 件 」 参 照 。 『 大 宜 味 村 史 ・ 資 料 編 』 「 天 野 鍛 助 日 記 」 参 照 。 歴 史 学 研 究 会 『 太 平 洋 戦 争 史 ・ 1 』 八 三 ペ ー ジ 。 森 武 麿 「 日 本 フ ァ シ ズ ム の 形 成 と 農 村 経 済 更 生 運 動 」 。 拙 稿 「 戦 時 下 の 沖 縄 県 政 」 『 沖 縄 史 料 編 集 所 紀 要 ・ 2 号 』 一 〇 七 ペ ー ジ 。 『 沖 縄 県 史 料 ・ 近 代 1 』 二 八 七 ペ ー ジ 参 照 。 『 昭 和 十 六 年 村 勢 一 班 』 の 「 金 融 改 善 実 施 成 績 」 に よ る と 、 計 画 樹 立 当 時 、 預 金 総 額 二 〇 九 、 六 二 七 円 − 負 債 総 額 三 五 五 、 八 三 二 円 に 対 し 、 現 在 、 預 金 総 額 三 三 四 、 二 五 〇 円 − 負 債 総 額 二 八 五 、 七 七 〇 円 。 『 沖 縄 県 史 料 ・ 近 代 1 』 二 八 六 ぺ ー ジ 。 一 71 一18 17 ) ) ( ( ( ( 16 15 14 13 ) ) ) ) 『 琉 球 新 報 』 昭 和 一 四 ・ 八 ・ 二 五 。 『 昭 和 十 六 年 村 勢 一 班 』 に よ る と 、 出 稼 者 総 数 は 四 、 『 琉 球 新 報 』 昭 和 一 四 ・ 七 ・ 二 六 。 『 沖 縄 県 史 料 ・ 近 代 1 』 「 警 察 部 職 業 課 」 『 大 阪 朝 日 新 聞 』 昭 和 一 五 ・ = 一 ・ 一 一 。 『 朝 日 新 聞 』 昭 和 一 九 ・ 二 ・ 一 〇 。 一 八 三 名 に 達 し 、 在 籍 人 口 の 三 〇 パ ー セ ン ト を 占 め て い る 。 一 72 一