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日本植民地下台湾における少年犯罪に関する研究

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Academic year: 2021

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(1)日本植 民地 下台湾 にお ける少年犯 罪 に関す る研 究. 山. 田. 美. 香. は じめ に 本 論 文 は 、 日本 植 民 地 下 台 湾 に お い て 日本 人 が どの よ うに 台 湾 の 少 年 犯 罪 を理 解 して い た の か を 検 証 す る も の で あ る。 昭 和15年 か ら18年 、 植 民 地 に お い て どの よ うな 皇 国 教 育 と青 少 年 の 不 良 化 防 止 活 動 が 展 開 され た の か 、 植 民 地 統 治 下 の公 教 育 か ら もれ た 台 湾 の子 ど もた ち が どの よ うな 少 年 期 を 過 ご した の か 、 総 督 府 を 頂 点 とす る 日本 人 官 僚 、保 護 団 体 、 婦 人 会 の 台 湾 人 少 年 へ の 理 解 を 述 ベ る。 『台 湾 司 法保 護 』 は 、 犯 罪 少 年 ・犯 罪 者 の保 護 活 動 に 従 事 す る 関 係 者 ・保 護 委 員 を 対 象 と した 雑 誌 で あ り、 台 湾 総 督 府 の 刊 行 に よ る も の で あ る。 そ の た め 、 犯 罪 者 が ど う して 犯 行 に 走 っ た の か 、 これ ら背 景 を綿 密 に洗 い 出 し、 世 間 の 目の 冷 た さか ら再 犯 に 走 る状 況 を 是 正 す る よ う呼 び か け る啓 蒙 雑 誌 で あ る。 しか し戦 争 色 が 濃 くな る と、 人 材 確 保 の た め に犯 罪 者 の 更 生 が 叫 ば れ る よ うに な り、 保 護 活 動 の 趣 旨が そ れ ま で と は 一 線 を 画 す よ うに な る 。 本 論 文 で は 昭 和15-18年 の 状 況 を述 べ る が 、 そ れ ま で 地 道 に蓄 積 され て きた 保 護 活 動 に 関 す る経 験 、 理 論 が す べ て 「 お 国 の為 に 」 とい う言 葉 に 集 約 され る よ うに な っ て い る。 で は 、 どの よ うな 人 物 が どの よ うな 経 緯 で 犯 罪 を犯 した の か 、 そ の 具 体 例 を 見 て み よ う。 「 鳳 山 の 片 田舎 の 豪 農 に生 ま れ た の が彼 で あ る。 二 つ に して 彼 の 母 は 不 図 した 病 が 因 と な り遂 に 幼 い 彼 を残 し、 不 帰 の 客 とな つ た 。 父 は 後 妻 を迎 へ て 男 の 子 一 人 を も うけた 。 加 へ て 父 は ま も な く病 魔 に襲 は れ 、 忽 然 と して 世 を 去 っ た 。 い た い け な 少 年 は 公 学 校 の 教 育 の み で社 会 に 送 り出 され ね ば な らな か つ た 。 彼 は継 母 か ら邪 魔 な 存 在 に しか 思 は れ な か つ た 。 叔 父 が 仲 に 入 り遺 産 相 続 と云 つ て 少 しば か りの 金 を わ け て 貰 っ た 。 十 八 歳 の春 、 孤独 の 彼 に 遊 び 友 が魅 惑 的 存 在 に な り、 青 春 の 血 た ぎ た る彼 は 酒 色 を追 ふ た。 大 都 会 に憧 れ た 彼 等 は 高 雄 に 出 る こ とは 出 た が 、 何 が 彼 等 を 待 つ て ゐ た だ ろ う。 彼 を 容 れ る余 地 は な く 、職 工 が あ り余 つ て ゐ る 上 に彼 の 腕 は 未 熟 とい ふ の で 、 どの 洋 服 店 か ら も断 られ た。 さ り と て叔 父 に は給 料 も渡 さ な い で き た の だ か ら今 更 帰 る勇 気 も 出 な か つ た 。 第 一 線 に 立 つ て 専 門 に 窃 盗 を働 い た の だ。 懲 役 三 年 、 厳 粛 な 宣 告 の 前 に 彼 は 我 が 罪 に お の の い た。.その 刑 期 を終 へ て 出 獄 した の が 彼 が 二 十 二 の 年 だ つ た 」1)。. 1非. 行 の原 因. ・台 湾 本 島 人 の 少 年 『台 湾 司 法 保 護 』 に は 、 総 督 府 を頂 点 とす る 日本 人 官 僚 、保 護 団 体 、 婦 人 会 、 関 係 者 の 台 湾 人.

(2) 少 年 へ の 理 解 、 感 想 が 何 度 か 掲 載 され て い る。 少 年 が 非 行 に 走 る 前 段 階 と して 、 買 喰 、飲 酒 、 喫 煙 が 指 摘 され 、 本 島 人 に 対 して 、 あ ま り盗 み を 反 省 して い な い 、 罪 悪 感 が な い とい う認 識 を共 有 して い た 。 総 督 府 法 務 局 行 刑 課 長 稲 田喜 代 治(昭. 和18年 法 務 部 長)は. 、「 今 で も本 島 で は 、 一 部 の 社 会 に. は 盗 み を す る こ とを 大 した 悪 い こ とだ と思 つ て ゐ な い 様 な 人 々 も あ るや うで す 。 高 等 法 院 検 察 局 東 方 通 訳 の 警 察 時 報 に紹 介 され た と こ ろ に よ る と、 盗 み をす る こ と を唱 つ た 子 守 唱 が 今 で も唱 は れ て ゐ る と の こ とで す が 先 つ か う云 ふ 方 面 の 改 善 も少 年 不 良化 防 止 の 為 め に は 必 要 な こ と と考 へ る の で あ りま す 」 と理 解 して い た4)。 同 様 の 意 見 は 、 台 南 州 聯 合 保 護 会 主 催 の座 談 会 の 安 平 区 長 の 説 明 に もみ られ る。 「 掻 浚の精 神 を 正 さ ね ば な らな い と恩 ひ ま す 。 私 の 工 場 で は 、 石 炭 の燃 へ か す を 庭 に 積 ん で お く と、 本 島 人 の 子 供 達 は 袋 を 持 つ て 來 て 、 其 の 燃 へ か す の 石 炭 の 中 よ り未 だ燃 へ て ゐ な い 石 炭 を拾 ひ 集 めて 歸 る 、 私 達 の顔 で もみ る とす ぐ逃 げ る 、 即 ち悪 い 事 は 知 っ て ゐ る の で あ る 、一 寸 追 ふ ま ね で もす れ ば 、 悲 鳴 を あ げ て 逃 げ る 、 彼 等 は 全 く盗 み に 来 て ゐ る と い ふ こ と は知 つ て ゐ る の で あ る 、 家 庭 で も親 は 是 を 奨 め て ゐ るの で は な か ら うか と思 ひ ま す 。」5)。 こ こ か らは 、本 島人=罪. の 罪 悪 感 が な い 、 だ か ら こそ 厳 しい監 督 、指 導 を と い う構 図 が み られ. る 。 こ の よ うな本 島 人 観 に 、 大 陸 に 対 す る偏 見 も入 り混 じっ た視 点 が 再 投 影 され て い く。 新 町 区 長 は、 「 私 も 十 年 前 支 那 に 行 っ て み ま した が 、 大 谷 光 端 氏 も話 され て ゐ ます が 、 支 那 人 は 他 人 よ り物 を 貰 ふ こ とを 非 常 に恥 ぢ る 、 而 して 人 の 居 な い 時 に は 物 を盗 ん で ゆ く、 外 面 を飾 り蔭 で 悪 事 を な す の が 支 那 の 國 民 性 で あ る と思 ひ ま す 。 民 族 の 陶 冶 は 教 育 に あ る と思 ひ ま す 。 一 時 的 に罰 し て も 、根 本 的 に 作 りな ほす 事 は 出 来 な い と思 ふ 、 以 前 読 ん だ 、 夏 目漱 石 の 書 中 に 或 る 所 に不 良 見 あ り、 どの 様 に して み て も不 良 を 改 め な い 、 如 何 に す べ き か を 或 る指 導 者 に 尋 ね る と某 人 曰 く、 『そ ん な 事 は な ん で もな い 、 温 い 情 で 強 く打 て 、 而 も うつ 手 は温 い 手 で な け れ ば な らな い 』 と言 つ た との 話 を 思 ひ 出 しま す 。 先 づ 不 良少 年 の 言 葉 が 悪 い 、 囚 人 を 受 刑 者 、 監 獄 を刑 務 所 とか へ た 様 に 、 不 良者 に封 す る 何 か 変 るべ き 良 き 言 葉 が あ れ ば 、 自畳 的 に な ほ る人 も あ る の で は な か ら う か 、 名 前 は 言 ひ か ね ま す が 、 壷 南 市 で も不 良 少 年 ば か り使 っ て 非 常 に成 功 した 人 も あ りま す 。 熱 を もつ て 涙 の あ る こ ら しめ理 智 的 指 導 を願 ふ も の で あ ります 」6)。 一 部 の 犯 罪 少 年 の 話 か ら 「民 族 の 陶 冶 」 とい う話 に移 り変 わ り. 、「 一 時 的 に 罰 して も根 本 的 に. 作 り直 す こ と は で き な い と思 う」 と言 う。 そ の 上 で 表 面 的 に 囚 人=受 益 者 、 監獄 一刑 務 所 と言 う 名 称 の 変 更 が 配 慮 あ る 変 更 だ と評 価 し、 最 後 に は 「 涙 の あ る こ ら しめ 」 「 理 知 的 指 導 」 とい う相 矛 盾 す る言 葉 で 情 熱 的 に 締 め 括 られ て い る。 ・買 喰 と少 年 犯 罪 しか し少 年 の 心 性 は ど こ も こん な も の で あ る とい う単 純 明 快 な刑 務 所 長 の 次 の よ うな 意 見 も あ る。 「 不 良 を教 育 に 依 り導 く事 の 必 要 は 勿 論 で す が 、 私 の 体 験 よ り言 へ ば 、 犯 罪 の 原 因 は 買 喰 の.

(3) 習 慣 が 一 番 多 い と思 ひ ます 。 私 が 少 年 刑 務 所 に を つ た 時 調 査 して み た こ と も あ る の で す が 、 殆 ど が 買 喰 が 原 因 を な して ゐ る 、 買喰 の 悪 習 を 防 止 す る こ とが 出 来 れ ば 、 或 る程 度 の 犯 罪 を 防 止 す る 事 が 出 来 る と思 ひ ま す 。 買 喰 か ら簡 軍 な 遊 興 へ と走 る様 で す 」7)。 新 竹 の 警 察 署 長 で あ る 川 野 も 、 不 良 化 の 原 因 は 買 喰 の 習 慣 に あ る と して い る。 「不 良性 を 帯 び て 来 る原 因 は 家 庭 の欠 階 に 基 づ く も の が 多 い 様 で あ ります 。 即 ち本 島 人 の 習 慣 と して 實 子 が あ り 乍 ら養 子 を 貰 ひ 、 其 の 次 に 又 本 島 の 悪 い 習 慣 と して 子 供 に 小 使 銭 を 持 た せ る 事 も非 常 に い け ませ ん 。 よそ の 子 が 金 を 貰 つ て 買 喰 す る の を見 て 、金 を 持 たせ られ な い 貧 困 家 庭 の 子 供 等 が た ま らな くな り、 買 喰 の 金 を造 り出 す 為 め に 悪 い 事 をす る と云 ふ もの が 非 常 に 多 い 様 で あ ります 」8)。 家 庭 の しつ け 、 内 地 の 金 銭 感 覚 と異 な る本 島 人 の あ り方 に 、 戦 時 下 生 活 物 資 が 不 足 しつ つ あ る 状 況 もあ り、 批 判 が 繰 り返 され る 。 ・少 年 犯 罪 の 状 況 当 時 台 湾 の 犯 罪 少 年 は 、 警 察 に 何 度 か 逮 捕 され そ の 後 は じめ て 少 年 刑 務 所 に 収 容 され る者 、 初 犯 で 収 容 され る者 、 何 度 も 警 察 に 捕 ま りな が ら逮 捕 に 至 らな い者 が い た 。 そ の 統 計 の 取 り方 、 当 該 地 の警 察 の 対 応 が ま ち ま ち で あ っ た た め あ い ま い な 処 理 が な され て い た 。 大槻刑 務所 長 は、 「 少 年 犯 罪 が 増 加 の 傾 向 に あ る こ とは 實 に な げ か わ しい こ と と言 は ね ば な り ま せ ん 、 其 の 十 四 年 度 分 は 私 の 新 竹 に を つ た 時 つ くつ た 統 計 で あ りま す が 、 二 七 六 名 の 受 刑 者 中 第 一 回 の 犯 罪 で刑 務 所 に ひ か れ て 來 た 者 は 僅 か 五 十 名 残 絵 は 何 回 とな く警 察 あ た りで 説 諭 され 如 何 に して も仕 様 が な い とて刑 を受 け る に 至 っ た 者 が 一 三 七 名 だ った と記 憶 して を ります 、 甚 だ し い の に な る と十 数 回 の 犯 罪 を な して 初 め て刑 務 所 に 入 所 した 者 も あ りま す 、 これ に よ つ て み ま し て も少 年 な る故 に何 とか して 諭 して 欠 点 を 正 し良 く導 い て や りた い そ して 止 む を 得 な い 者 の み を 刑 務 所 に 入 所 させ て る事 が 伺 はれ る の で あ りま す 、 今 少 年 受 刑 者 の 數 よ り判 断 して み ま す る と、 全 島 に は 四 千 の 不 良 者 が を る と言 へ る と思 ひ ま す 」 と述 べ て い る14)。 そ れ で は 当 時 の 不 良少 年 の 定 義 は ど の よ うな もの だ っ た だ ろ うか 。 不 良少 年 の 定 義 は 、 新 竹 地 方 法 院 判 官 ・陳 明 清 の 言 葉 を借 りれ ば 「(一)既 に 犯 罪 を な した 者 、(二)犯 (三)性. 罪 す る虞 の あ る 者 、. 質 の 悪 い 者 」 の 三 つ の 場 合 を総 称 して い る。 陳 は 、 「 警 察や 法院 で 取扱 ふ ものは第 一 の. 場 合 の者 の み に過 ぎ ま せ ん の で 、 第 二 、 第 三 の場 合 の 部 類 に属 す る者 を何 とか して 、 早 期 に 發 見 して 速 か に適 切 な る 封 策 を 講 ず る こ とが 少 年 犯 罪 の 防 止 上 是 非 必 要 で あ る 」 と述 べ て い る15)。台 南 市宇 都 宮署 司 法主任 は、 「 当 時 不 良 少 年 と呼 ば れ た 者 に 厳 密 な 定 義 は な い が 、 警 察 方 面 で 不 良 と して 取 り扱 ふ 者 は 、 掻 浚 、 萬 引 、 掏 摸 な どや つ て 派 出 所 の巡 査 の 眼 に と ま り調 査 して み て 数 回 の 犯 罪 を な して お れ ば 不 良 者 に い れ ま す 」 と説 明 して い る16)。 当 時 台 湾 に は 、刑 務 所 で あ る新 竹 少 年 刑 務 所 以 外 に 、 一 部 の 感 化 院 以 外 に 少 年 矯 正 施 設 は な く、 犯 罪 少 年 は 警 察 に何 度 か 逮 捕 され る と、 そ の 時 の状 況 に 応 じて 無 罪 放 免 か 、 刑 務 所 送 致 と な っ た 。 内 地 で は 一 部 存 在 した 少 年 審 判 所 も な か った 。.

(4) 法 務 局 行 刑 課 長 稲 田喜 代 治 は 、 「 近 頃 本 島 に 於 き ま して も青 少 年 不 良 化 の 一 つ の 原 因 とな りま す 飲 酒 、 喫 煙 を 防 止 す る た め 未 成 年 者 禁 酒 法 、 未 成 年 者 禁 煙 法 等 を 施 行 し、 目下 そ の 法 律 の 遵 守 週 間 中 で 色 々 行 事 が 行 は れ て ゐ ま す が 一 方 四月 一 日か ら小 公 学 校 を国 民 学 校 と改 め 、 或 は 各 地 に 於 て 青 少 年 の 訓 練 を行 ふ 等 色 々 青 少 年 の 保 健 、 教 養 、 訓 練 の 方 法 を 講 じ られ て 居 る の で あ ります け れ ど も、 不 良 青 少 年 或 は 犯 罪 青 少 年 の 教 化 善 導 或 は矯 正 訓 練 を 為 す 設 備 は 必 ず し も充 分 で あ る とは 申せ な い の で あ りま して僅 か に 松 山 の成 徳 学 院 が公 の 設 備 と して 不 良 少 年 の 教 養 を な して 居 る の と、 犯 罪 青 少 年 に対 して は 新 竹 少 年 刑 務 所 に 於 て 特 殊 な行 刑 を 行 つ て 居 りま す 外 に 、 島 内 に 二 百 三 十 五 の 司 法 保 護 団 体 が あ りま して 二 千 数 百名 の 司 法 保 護 委 員 の 方 々 が 日夜 一 般 刑 余 者 の 保 護 善 導 を なす と共 に犯 罪 者 の保 護 矯 正 の た め に涙 ぐ ま しい 努 力 を 払 つ て ゐ る の で あ りま す が 、 青 少 年 の 犯 罪 数 は 減 ず る ど こ ろ か 却 て 増 加 して 居 る の で あ りま す 」 と述 べ て い る17)。 そ の た め 、 保 護 活 動 が 、 刑 務 所 に 送 致 され な い 不 良少 年 の さ らな る不 良 化 を食 い 止 め る た め重 要 な 役 割 を担 っ て い た 。 実 施 され て い な か った 少 年 法 の 「 精 神 」 を 尊 重 し、 内 地 と連 携 して 少 年 保 護 活 動 が 展 開 され て い た 。 「 本 島 に於 き ま して は ま だ少 年 法 の 実 施 に 至 つ て は ゐ ませ ん が 、 其 の 精 神 を汲 ん で少 年 犯 の 処 理 を 致 して 居 りま す の で 、 内 地 と呼 応 して 昭 和 十 三 年 よ り この 意 義 深 い 記 念 日を 以 て 全 島 一 斉 に 少 年 保 護 の 精 神 昂 揚 に努 め て 来 た の で あ りま して 、 本 日は そ の 第 四 回 目の 記 念 日 を迎 へ た 訳 で あ りま す 」18)。.

(5) 表1、2か. らは14-16歳 、 福 建 人 の 少 年 犯 が 多 い こ とが 分 か る。. これ らの 不 良 少 年 は 当該 警 察 署 の 視 察 表 な どの フ ァ イ ル に 名 前 な ど情 報 が 記 され て い た 。 例 え ば 各 地 域 の 管 轄 機 関 で は 、 これ ら不 良少 年 の デ ー タ の 収 集 も行 わ れ て い た 。 各 地 域 の 不 良 グル ー プ は数 量 化 され て い た もの の 、 目立 っ た 不 良少 年 グル ー プ が な く、 数 名 単 位 で行 動 す る者 が 多 か った 。 ま た 警 察 は 、都 市 に 多 い 少 年 浮 浪 者 の 取 締 りを 強 化 して い る。 「不 良 無 頼 の 跋 扈 は 本 島 住 民 の 皇 民 化 促 進 に支 障 来 す こ と甚 大 に して 、 殊 に犯 罪 は無 職 浮 浪 よ り起 る こ とに鑑 み 、 之 等 不 良 無 頼 の 撲 滅 は 本 島 治 安 の基 礎 を 固 く し、 明 朗 大 稲 ? の 実 現 を計 るべ く青 少 年 殊 に保 護 少 年 の 指 導 取 締 方 法 に留 意 せ られ た榊 原 前 北 署 長 は 、 当 署 管 内 取 締 圏 内 に あ る 浮 浪 戒 告 者 、 無 頼 漢 及 保 護 少 年 等 に対 し、 時 局 に対 す る 正 当 な る認 識 を新 に し、 自戒 自粛 の念 を 惹 起 せ しめ 以 て 取 締 の 徹 底 を 期 す るべ く 、 昭 和 十 五 年 六 月 二 十 下 一 日及 十 二 月 十 九 日の 二 回 に 渉 り之 等 不 良 青 少 年 を召 集 し、 改悛 の 情 顕 著 に して 視 察 の 要 な き もの 五 十 二 名 に対 しそ れ ぞ れ 勤 行 証 を 附 与 す る 等 、懇 々 と慈 愛 深 き訓 戒 を 与 え られ 、 一 面 防 犯 専 務 員 に於 て は 、 之 等 少 年 の 家 庭 と密 接 な 連 絡 の も とに 厳 格 な る取 締 」 を した19)。 新 竹 法 院 検 察 官 ・中 島 大 智 は 、 「 少 年 審 判 所 の 在 る地 方 とか 、 又 特 に 確 か り した保 護 団 体 や 教 化 団 体 の あ る所 で は い い の で す が 、 そ れ の な い所 で は 猶 豫 に 附 す る際 内 地 で も大 変 困 りま した ね 。 一 体 少 年 犯 罪 者 の 多 く は先 に もお 話 しが 出 ま した 通 り家 庭 が 悪 い の で す か ら. 、 そ の 家 庭 に 歸 した. ら大 変 だ と思 は れ る場 合 は 、 止 む を得 ま せ ん か ら何 処 か に 就 職 口 を 見 付 け て 、 小 僧 奉 公 に で もや る様 に し て 居 りま した 」 と述 べ て い る2°)。 こ の よ うな 状 況 に 対 して 、 地 元 警 察 で は 、 自転 車 置 き場 の 管 理 な どを 小 遣 い 銭 を 与 え て 、 不 良 化 を食 い 止 め る と い う配 慮 を して い た。 「 不 良 を働 い て ゐ た 三 十 名 程 の 者 に 警 察 よ り月 に 二 十 圓 程 は らっ て 、 自転 車 置 場 の番 な ど させ て 今 案 外 良 い 成 績 を 収 め て ゐ ま す 」21)。 しか し激 増 す る 不 良 少 年 す べ て に こ の よ うな機 会 を 提 供 す る こ と は 不 可 能 で あ り、 「 今 の処 警 察 で は そ れ ま で 到 底 手 が と どか な い 」 状 況 で あ っ た22)。 ・少 年 犯 罪 の 原 因 当 時 、 先 天 的 な能 力 、 発 達 の 問 題 に 加 え、 社 会 に お け る成 人 文 化 の 悪 影 響 が 少 年 犯 罪 の 要 因 だ と され て い た 。 「 遺 伝 が も と で反 社 会 的 生 活 を な す に 至 る もの は 、 多 く智 能 の 低 格 者 で あ り、 性 格 の異 常 者 で あ る。 天 才 ・準 天 才 ・最 上 智 ・上 智 ・正 常 ・劣 等 ・低 能 ・精 神 薄 弱 の 七 つ に分 類 して ゐ る が 、 そ の うち 上 智 以 上 の もの を 智 能 優 秀 者 と い ひ 、 劣 等 以 下 の も の を智 能 低 格 者 と い つ て ゐ る の で あ る 。 彼 らは 普 通 人 に 於 け る が 如 き判 断 能 力 が な い か ら、 不 知 不 識 に誤 つ た 判 断 を 下 し、 そ れ が 誤 りで あ る こ と に 気 づ か ず 、 思 ふ ま ま を 実 行 す る か ら勢 ひ 不 良 視 せ られ る に い た る の で あ る。 尤 も 智 能.

(6) 低 格 度 の 著 しい 者 は 、 世 間 で 馬 鹿 者 扱 ひ に され 、 お 人 よ し とい は れ る 通 り一 般 に 行 為 能 力 を 欠 く 場 合 が 多 い か ら か う した 部 類 の 子 女 は 多 く小 公 学 校 卒 業 又 は 中途 退 学 者 で あ つ て 、 よ し中 等 学 校 に 進 ん だ と して も、 そ の 課 程 を習 得 す る だ け の頭 の 働 が な く、 そ の 重 荷 に た へ か ね て 、 学 業 を忌 避 す る とか 、 中途 退 学 を なす に至 る も の で あ る 」23)。 こ こ か ら 、 台 北 教 護 聯 盟 主 事 ・東 八 郎 は 、 「こ の 意 味 か ら小 公 学 校 時 代 か ら頭 脳 の 鈍 い も の に 、 無 理 や りに 中 等 教 育 を 受 け し めや う とす る 如 き は 、 却 つ て本 人 を 不 良 化 す る誘 因 と さへ な る の で あ る」 と述 べ て い る24)。 思 春 期 に あ る少 年 に 対 す る理 解 は 、 当 時 の 教 育 学 、 発 達 心 理 学 の 成 果 が 反 映 され て い た。 少 年 に は 成 人 に よ る 監 督 が 必 要 で あ り、 そ れ は 少 年 が 本 能 的 で 、 怠 惰 で 、 空 想 に耽 り、 活 動 的 な 存 在 で あ る た め で あ っ た。 そ の た め少 年 が 関 心 を持 つ よ うな娯 楽 施 設 に 少 年 が 入 場 す る 事 を禁 止 す る な ど した 。 「 見 よ 、 日々 の 新 聞 紙 に は あ ら ゆ る社 会 の 裏 面 が 描 き 出 され 、 月 々 の雑 誌 に は臆 面 も な く淫 蕩 な記 事 が暴 露 され て ゐ る。 数 多 の 映 画 館 に は 道 徳 を 超 越 した 多 くの ス ト リー が 銀 幕 の 上 に 映 し出 され 、 街 々 辻 々 に並 ん だ カ フ ェ ー 、 喫 茶 店 か ら は 、 ひ つ き りな しに ジ ャ ズ が 客 を 呼 ん で ゐ る。 物 価 の 昂 騰 、 物 資 の 窮 乏 に 、 日々 生 活 に あ へ い で ゐ る も の の あ る 反 面 に は 、 股 賑 の 波 に乗 り、 闇 取 引 に 不 当利 得 をせ しめ て 世 を脾 睨 せ る も の もあ る」25)。 「 色 欲 と食 欲 が 思 春 期 に 於 け る少 年 の 最 も強 い 本 能 で あ る。 従 つ て 此 の 期 の 少 年 が 急 激 に 芽 生 へ 来 れ る 色 欲 を 満 さ しめ 得 べ き 場 所 の 出 入 を 希 求 し、 又 小 児 期 に於 け る 単 純 な る食 物 よ り次 第 に 其 の 複 雑 性 を 増 し、 或 は 美 味 を 欲 し、 変 化 を 求 む る結 果 、 酒 色 関係 及 び 買 喰 が 多 数 の 犯 因 とな り、 又 此 の 期 の 少 年 は 特 に社 交 性 及 び 模 倣 性 に 富 み 、何 とな く人 の 多 く集 ま る所 に 出入 り して 他 人 と 行 動 を 共 に し或 は 其 の 真 似 を した が る傾 向 強 く 、 随 つ て娯 楽 、虚 栄 、 誘 惑 、賭 博 、 浮 浪 等 に よ る 犯 罪 の 多 き こ と も 肯 か れ るの で あ る 」26)。 「 獺 惰 に 付 け て も単 な る労 働 嫌 忌 に 非 ず して 、 徒 らな る空 想 に耽 りつ つ 安 易 な娯 楽 、享 楽 を 求 め或 は 都 会 を憧 れ つ つ 遊 惰 に 陥 る の で あ る。 又 犯 罪 少 年 は 撞 球 に殊 の 外 興 味 を 持 ち 、 之 に 耽 り し こ とあ る者 実 に 全 体 の 六 十 五%に 上 り、 撞 球 場 は 直接 間 接 少 年 犯 罪 の 温 床 とな り居 れ り」27)。 ・少 年 犯 罪 防 止 の 方 策 台 北 教 護 聯 盟 主 事 ・東 八 郎 は 、 「か くて 吾 々 は 世 の 子 女 に対 し強 か れ と教 へ 、 心 を 剛 く持 つ て 正 し く事 象 を 判 断 し、 勇 敢 に 適 進 せ よ と教 へ 、確 乎 不 抜 の信 念 に 向 つ て 一 途 に 邁 進 す る生 活 態 度 を養 へ と教 へ な け れ ば な らぬ 。 嘗 つ て 東 京 少 年 審 判 所 で 取 扱 つ た 二 万 あ ま りの保 護 少 年 の 不 良行 為 の 原 因 調 査 を 見 る と、 出 来 心 、虚 栄 、 憤 怒 、 怨 恨 、 放 縦 、 怠 惰 、 利 欲 、 習 癖 、性 欲 等 主 と して 本 人 の 意 志 の 弱 さか ら来 た も の が 、 そ の 約 六 割 で 、 家 庭 の 欠 陥 、 貧 困 、 無 監 督 、 浮 浪 、 誘 惑 、遊 蕩 、娯 楽 、 交 友 不 良 等 不 良 の 環 境 か ら来 た も の が 約 四 割 で 、 精 神 欠 陥 、 身 体 欠 陥 、 遺 伝 等 の 生 来 的 遺 伝 的 な も の は 僅 か に一%強. に しか 当 た つ て ゐ な い 結 果 に な つ て ゐ る 、 即 ち そ の 主 要 な る原 因.

(7) は意 志 の 弱 さ に あ り、 そ の ま た 四割 即 ち全 体 の 四 分 の 一 が 出 来 心 とい ふ 意 志 活 動 の放 心 状 態 か ら 惹 き起 こ され た 不 良 行 為 に な つ て ゐ る 」 と述 べ 、 自 ら を厳 し く律 す る こ と の 必 要 性 を 述 べ て い る28)。 そ れ ゆ え、 飲 食 店 、娯 楽 施 設 な どへ の 入 店 を 禁 止 す る こ と に加 え 、結 婚 年 齢 を 早 め 生 活 の 安 定 を図 る努 力 を させ 、 地 域 で 集 団 行 事 を行 うこ とが 強 調 され て い る。 当 時 台 湾 で も都 市 文 化 は地 方 出 身 者 を含 め て 多 くの 若 者 の 憧 れ の 的 で あ り、 地 方 か ら都 会 に 流 れ 犯 罪 に手 を染 め る 者 は 後 を 立 た な か っ た 。 そ の た め 地 域 に よ る監 督 を強 化 し、 地 域 に少 年 の 居 場 所 を確 保 す る と い う対 策 で あ っ た 。 さ らに 社 会 教 育 の 一 環 と して 、 宗 教 教 育 、 道 徳 教 育 を進 め る べ き だ とい う内 地 の 少 年 審 判 官 ・前 田偉 男 の 意 見 も あ っ た 。 「い か が は しき 喫 茶 店 、 料 理 屋 、 淫 売 窟 等 は 勿 論 其 の 他 社 会 の 頽 廃 的 な る 凡 ゆ る も の に 対 して 徹 底 的 取 締 を 為 し、 又 未 成 年 者 に 対 す る禁 酒 法 令 に よ る飲 酒 の 取 締 徹 底 、 盛 場 に於 け る露 天 飲 食 店 の 粛 正 、 撞 球 場 其 の他 射 倖 的 遊 技 場 に 未 成 年 者 の 出 入 禁 止 等 の 途 を 講 ず る と共 に 、 一 面 に 於 て は 司 法 保 護 団 体 、 教 化 団 体 、 社 会 事 業 団 体 其 の 他 地 方 の 指 導 的 地 位 に 在 る者 は 速 か に 不 良 少 年 の 発 見 に努 め て 、 警 察 官 署 や 、 家 庭 、雇 用 主 と緊 密 な る 連 絡 の 下 に 積 極 的 に 之 が保 護 指 導 を為 し、 又 聘 金 制 度 廃 止 其 の 他 婚 姻 に 関 す る 陋 習 を 打 破 して 貧 困 家 庭 の 男 子 に も早 婚 を容 易 な ら しむ る方 途 を講 じて 結 婚 に依 り不 良 化 を防 止 し、 或 は健 全 娯 楽 の 普 及 や 体 育 施 設 の 拡 充 に 依 り情 操 の 陶 冶 活 力 の 培 養 を 図 り、 又 地 方 別 に 質 実 剛 健 な る気 風 を 養 ふ べ き種 々 の 施 設 、 集 団 的 行 事 を為 す こ と 等 が少 年 の 不 良 化 及 び 犯 罪 の 防 止 上必 要 と思 は れ る 。 次 に 啻 に 少 年 の み な らず 本 島 民 衆 全 体 に 対 し社 会 教 育 の徹 底 、 正 し き宗 教 教 育 の 普 及 等 に 依 り品 性 の 高 揚 、 徳 性 の 涵 養 を 図 り、 殊 に 卑 しき 買 喰 の 習 慣 を絶 対 に 改 め しむ る こ と も少 年 犯 罪 の 防 止 上 大 な る課 題 で は あ る ま い か 」29)。 ・地 域 社 会 の 活 用 台湾 で は 独 自の 保 護 制 度 の も とに 日本 型 地 域 社 会 の形 成 が 強 化 され 、 こ の 組 織 を保 護 活 動 に 生 か す よ う提 案 され た 。 「 本 島 に 於 て も保 甲或 は家 庭 班 等 が 段 々 強 化 され 組 織 され て 居 るや うで あ りま す が そ の 組 織 を こ の 方 面 に も活 用 させ 自分 の 子 供 ば か りで な くお 互 ひ の 組 、 家 庭 班 か らは 犯 罪 者 は も と よ り不 良 青 少 年 を も 出 さぬ 、 万 一 不 良 化 し或 は罪 を犯 す 者 が あ つ て も これ は 各 組 員 全 体 の 責 任 だ と考 へ て 飽 くま で も そ の 間違 つ た 者 に 対 し真 心 と温 い懐 と を もつ て これ に 対 処 し、 正 しい 道 に 導 き か へ し 一 人 の 落 伍 者 を も 出 さぬ や う協 力 して頂 き た い と思 ひ ま す 」30) 。 犯 罪 防 止 に は 、 内 地 同様 、 「 地 域 で 少 年 の 不 良 化 を 防 止 す る とい う対 応1ー の減 少」一. 「 台 湾 の非行 少 年. 「 戦 時 下 の 少 年 の 育 成 」 とい う視 点 で 防 止 策 が 考 え られ て い た 。 そ の ほ か 、 戦 時 期 が. 長 期 に渉 り、 戦 時 下 に あ る とい う台 湾 人 の 意 識 が 低 い た め 、 不 良 化 が 進 む とい う声 もあ っ た 。 「 『こ ん な こ とは 誰 で もす る こ とだ 』 『世 間 に は そ ん な こ と を す る 者 は ざ らに あ る。 敢 て 自分 だ け が 間 違 ふ の で は な い 』 と油 断 す る と こ ろ に も不 良 化 の 岐 路 が あ る 。 映 画 館 に は 大 勢 の 少 年 少 女.

(8) が 入 館 して ゐ る。 誰 で も入 つ て ゐ る。 自分 だ け で は な い 。 喫 茶 店 に は 誰 で も 出 入 り して ゐ る。 自 分 だ け で は な い。 煙 草 をふ か す の も 、 遅 刻 す る の も 、 カ ン ニ ン グす るの も、 玉 突 をす る の も皆 さ うで あ る。 こ の 誰 で も と い ふ 内容 を探 つ て 見 る と 、 多 く は 自分 と相 似 た る 気 の 弱 い 、 だ ら しの な い 、 見 込 の な い 徒 輩 を 指 す の で あ つ て 、 将 来 国 家 を 背 負 つ て 立 つ や うな 大 丈 夫 で は な い の で あ る」31)。 ・不 良 少 年 へ の 注 意 事 項 昨 今 の 不 良少 年 に対 す る 注 意 と変 わ らな い事 項 が指 摘 され て い る。 保 護 者 、 学 校 、 関 係 者 は次 の よ うな 少 年 の 変 化 か ら少 年 の 行 動 を 見 守 る必 要 が あ る と して い る。 「 不 良 化 の 傾 向 と して 一 般 に 考 へ られ て 居 る事 を御 参 考 に 申述 べ て 見 ます と 一. 、 身 装 の 異 常(だ. ら しな い 、 派 手 好 み 、 妙 な 恰 好 の ズ ボ ン 、帽 子 の か ぶ り方). 二 、外 出、帰宅 時 間の不規則 三 、 所 持 品 の異 常(妙 な 写 真 、 予 想 外 の 現 金 、 手 紙 、 ボ ク シ ン グ等 の 喧 嘩 道 具) 四 、 保 護 者 に対 す る態 度 の 変 化(動. 作 の 粗 暴 、 反 抗 的 嘘 言 、 落 付 の な い). 五 、 娯 楽 、 趣 味 の 異 常(マ ー ジ ャ ン 、 活 動 を好 む 、 玉 突 等 子 供 ら し くな い 遊 び) 六 、 交 友 関 係 の 異 常(友 人 の 出入 頻 繁 、 呼 出 の 合 図) 七 、 学 校 、 職 業 に対 す る異 常(無. 断 欠 、 遅 刻 、 早 退 、 給 料 、 勤 務 の不 平). 八 、 家 庭 生 活 に 対 す る異 常(急 に 家 族 と折 合 悪 くアパ ー ト下 宿 生 活 を 憧 れ) 九 、 小 遣 銭 に対 す る異 常(金 遣 ひ 荒 く、 無 断 使 用 、無 断 持 出 、 入 質) 十 、 心 身 の 異 常(急 に 悲 観 し厭 世 的 、 浮 浪 癖) か う した 兆 候 が あれ ば 各 家 庭 で は 学 校 な ど と連 絡 を とつ て 注 意 して 頂 き た い と思 ひ ま す 。 とに か く子 供 を 導 く上 に於 て は愛 と情 が 必 要 で 、 仮 令 一 時 不 良 化 し或 は 何 か の は ず み で 罪 を 犯 して も 真 心 と温 か い 懐 と を もつ て 適 当 に 導 く こ とが 必 要 で 、余 りや か ま し く厳 格 に 叱 りつ づ け る こ と も 考 へ もの です が 、 小 さな こ とで も前 に 申 しま した様 な不 良 の傾 向 に 対 して は 『これ 位 の こ とは 』 とか 『ど の子 供 に も有 勝 ち な こ とだ か ら』 とか 考 へ て 放 任 す る と取 り返 しの つ か ぬ こ とに なつ て 了 ひ ます 」32)。 ただ し 「 余 りや か ま し く厳 格 に 叱 りつ づ け る」 こ とは よ くな く 、 しか し小 さ な こ と も 取 り返 し の つ か な い 事 に な りか ね な い の で 注 意 が 必 要 だ と い う、 な ん と も優 等 生 的 な提 案 で は あ っ た 。. 2  公 教 育 か ら もれ た 台 湾 の 子 ど も た ち ・公 教 育 の あ り方 台 湾 で は 、 宮 木 廣 大 ・新 竹 州 知 事 が 「 本 島 で は 人口 に 比 して 不 就 學 の 子 供 が 多 い の で 、 これ 等 の 子 供 を 皆 学 校 に 入 れ させ て 了 つ た ら不 良 の 數 が 減 少 す る の で は あ る ま い か と云 ふ 事 も考 へ られ ま す ね 」 と述 べ て い る よ うに 、 未 就 学 者 の 不 良化 とい うの は 切 実 な 教 育 問題 で あ つ た33) 。.

(9) 浮 浪 者 の 教 育 程 度 は 、 公 学 校 卒 業 者 も多 い が 、 中退 者 、 未 就 学 者 の 多 さ も 目立 つ 。 戦 前 は 中等 学 校 は 内 地 で も進 学 率 が 低 い ま ま で あ っ た こ とか ら、 公 学 校 卒 業 者 は 当 時 の 台 湾 で は 十 分 に 学 力 を つ け て い た者 だ と理 解 で き る。 しか し、 貧 困家 庭 に 生 ま れ る と公 学 校 に 入 学 で き な い者 、 中 退 を迫 られ 自分 の 人 生 に活 路 を 見 出せ な い 者 も多 か つ た。 次 に 示 す の は 、 司 法 保 護 事 業 聯 盟 懸 賞 募 集 少 年 保 護 事 業 宣 伝 紙 芝 居 に 二 等 入 選 した 「 興亜の 力 」 だ が 、 成 績 優 秀 で あ っ て も家 庭 の 貧 困 で進 学 を 断 念 した本 島 人 は 、 台 湾 社 会 を飛 び 出 す 以 外 、 社 会 で 一 旗 挙 げ る こ とが で き な か っ た とい う文 脈 が 浮 か び 上 が る。 「 『仰 げ ば 尊 しわ が 師 の 恩 』 今 日は 感 激 深 い 卒 業 式 で あ る。 陳 木 生 、 周 連 福 、 黄 天 賜 、 許 文 欽 の 四人 は 、 此 の 公 学 校 へ 入 学 した 時 か らの 仲 よ しで あ つ た 。 中 で も 、 優 等 生 の 陳 木 生 は 、 頭 脳 も つ 抜 け て よ く、 周 連 福 と共 に喇叭 手 を して居 た が 、 殊 に水 泳 の選 手 で 人 気 が あ つ た 。 大 き な 米 商 の 息 子 で あ る許 文 欽 は 、 中 学 校 へ 上 る とい ふ が 、 外 の 三 人 は あ ま り家 庭 が 裕 福 で な い の で 、 周 連 福 と黄 天 賜 の 二 人 は 、 何 処 か の店 員 に な る積 りだ と云 つ て 居 た 」34)。 「 許 文 金 は 中 学 校 へ 行 つ て 居 た が 、 中途 で 父 の 死 に 遭 ひ 、 学 校 を 退 い て、 家 業 の 米 商 を 営 み 、 今 は 青 年 団 の 副 団 長 を 勤 め て 居 た 。 周 連 福 も黄 天 賜 も、 立 派 な 店 員 に な つ て 、 こ の 青 年 団 の 団 員 で あつ た 。 水 泳 選 手 で あつ た 彼(注:陳)は. 、 事 変 勃 発 以 来 海 蛇 捕 りの儲 か る事 を 知 つ て 南 洋 に. 渡 り、 好 景 気 に棹 さ して 、 一 時 は 大 儲 け を した が 、仕 事 が 上 手 に な る に つ れ て 、 悪 友 に 誘 は れ て は 、 酒 を 飲 ん だ り、 賭 博 を した り、 悪 い 遊 び を 覚 え て 、今 で は 体 の 健 康 も勝 れ ず 、 遂 に 失 職 して 帰 郷 して 居 た の だ つ た 。 悪 に憑 か れ た 陳 木 生 は 、 容 易 に 其 の 殻 を脱 ぎ切 れ ず 、 と う と う密 輸 入 を して 二 年 間懲 役 の 刑 を 受 け 、 暗 い 獄 舎 に 繋 が れ て 居 た 」35)。 こ の よ うな 陳 の 生 き 方 に 対 し、 ほ か の3人. は 地 域 社 会 で 青 年 団 員 と して 貢 献 して い た 。 な か で. も許 文 欽 、周 連 福 は召 集 令 状 に よ り戦 地 に 赴 く こ とに な り、 許 は 陳 に家 業 を 引 き 受 け て も ら い 、 勇 躍 出征 して 行 く。 陳 木 生 か ら戦 場 の許 文 欽 へ の 手 紙 に は 、 次 の よ うな こ とが 書 い て あ つ た 。 「 『興 亜 の力 』 此 の 言 葉 は 、 私 の 暗 い 心 の 中へ あ な た が 投 げ て 入 れ て 下 さつ た 、 最 初 の 光 明 で あ りま した。 以 来 私 は 、 た とへ 小 さ い な 栗 の一 粒 で も 、 きつ と 「 興 亜 の 力 」 で あ りた い と念 願 し、 又以前 の私 の様 に、埋 れ た 「 興 亜 の力 」 を 掘 り出 す 事 に 、 一 生 懸 命 努 力 して 居 りま す 。 ど うか 後.

(10) 事 は御 懸 念 な く 、 十 分 お 国 の た め に お 尽 く し くだ さい 。 で は 御 自愛 を お 祈 り致 しま す 、 さ よ な ら」36)。 「 二 人 は感 激 の 涙 に 眼 を曇 らせ な が ら、 許 文 欽 『ナ ア 周 君!!人. の 性 は 善 だ とい つ た 。 ま た 悪. に 強 い もの は 、 善 に も 強 い とい つ た が 、 全 く陳 木 生 君 の 事 だ つ た 。 ほ ん と に埋 れ て ゐ た 「 興 亜の 力 」 で あ つ た 。』 周 連 福 『い や 許 通 訳 殿!!陳. 木 生 君 を 更 生 させ た の は 、 あ な た の 偉 大 な人 格 で. あ りま す 。 真 剣 な あ な た の 誠 意 で あ り ま す 。 あ な た こ そ 、 よ り大 き な 「 興 亜 の 力 」 で あ りま す 。』 二 人 共 い つ の 間 に か 、 軍 隊 式 な 口調 に 変 つ て い た 」37) 。 この 紙 芝 居 か ら は 、 地 域 社 会 が 一 丸 とな っ て 若 者 を戦 争 に駆 り立 て て い る状 況 が 明 らか で あ る。 ・学 校 と不 良 少 年 この よ うな 状 況 の 中 、 学 校 教 育 は どの よ うに 少 年 犯 罪 防 止 に 有 効 で あ っ た だ ろ うか 。 新 竹 地 方 法 院 検 察 官 ・中 島 大 智 は 、 「 學 校 で も家 庭 と よ く連 絡 を と る こ とが 必 要 で す ね。 大 体 思 春 期 の 頃 に な つ て 不 良 化 す る者 は そ の 期 に 於 け る偶 發 的 な もの で は な く、仔 細 に 注 意 して み る と、 既 に餓 鬼 大 將 の 時 分 か らそ の 芽 生 へ が あ る様 に 思 は れ ます ね 。 で す か らそ の餓 鬼 大 將 の 時 分 か ら よ く注 意 して 、 充 分 保 護 封 策 を講 す る 必 要 が あ りま す 」 と述 べ て い る38)。 石橋 慧空 は、 「 少 年 は 、 第 二 の 国 民 で あ る 」 と述 べ 、 当 時 の 少 年 犯 罪 の 原 因 を 生 理 的 、 心 理 的 、 環 境 面 か ら述 べ て い る。 そ の な か で 学 校 教 育 は個 性 に照 ら した 教 育 を 行 う場 所 で は な い の で 、 学 校 教 育 と家 庭 教 育 との 連 携 が 必 要 だ と論 じて い る。 「 親 も子 供 を 立 派 に 育 て あ げ ん 爲 に 、 相 當 の頭 脳 を持 ち母 性 愛 或 は 最 善 の 努 力 に 依 つ て つ とめ て はゐ る が 學 校 教 育 に委 ね す ぎ て ゐ る の で は な い だ ら うか 、 學 校 は 集 團 的 に 教 育 して 、 個 性 に 則 應 した 教 育 は 甚 だ 困 難 で あ り、 又 無 理 で あ る 、故 に 母 性 愛 、 學 校 教 育 、 家 庭 教 育 の 協 調 に侯 た ね ば な らぬ と思 ひ ま す 」39)。 国 民 学 校 で は 不 良 少 年 に 対 す る 調 査 を行 っ て い な い が 、 問題 を 起 こ した 少 年 の 家 庭 を 訪 問 す る と、 家 庭 の 環 境 、 教 育 の ま ず さ が 目立 っ た とい う。 竹 園國 民学校 長 は 、 「 學 校 側 の 徹 底 した 調 査 の な い こ と も、 欠 点 で あ りま す が 、家 庭 教 育 に も 、 非 常 な 欠 点 が あ る と思 ひ ま す 。 兒 童 が 何 か 悪 事 を働 い た 家 を 尋 ね る と、 子 供 を か ば ふ 風 習 が あ り ま す 、 非 常 な 困 難 を感 じ家 庭 教 育 に 期 待 も 出 来 兼 ね ます 」 と述 べ て い る4°)。 当時 、警 察 、 学 校 、 そ の 他 関 係 機 関 との 連 携 は少 な く、 新 竹 警 察 署 司 法 主任 ・川 野 覚 は 「 私共 の 手 に ま わ っ て 来 る者 は 不 良 の 程 度 が 相 当悪 化 した者 許 りで あ りま す 。 學 校 で も 其 の 他 の 方 面 で も本 人 將 來 の 為 め に と 云 ふ の で 凡 て を 内 濟 に して ゐ られ る の で 、 『此 の 子 は 手 に お へ な い か ら何 とか して 呉 れ 』 と事 前 に 相 談 を受 け た 事 は 滅 多 に あ りませ ん。 も う少 し事 前 に 關 係 筋 で 相 談 し合 っ て 封 策 を 講ず る と云 ふ 横 の連 絡 が 必 要 で あ る こ と を痛 感 して 居 ります 。 官 公 衙 や 銀 行 會 社 等 の 給 仕 に不 良 が 多 い の で す が 、 之 も殆 ど内 濟 に して 置 い て 、 本 人 を辞 職 させ て 了 は れ る様 で す が 、 そ の 結 果 本 人 が 改 心 す れ ば よい が 却 っ て も つ と大 き い 事 を 仕 出 か す 場 合 が 多 い の で あ りま す 。 斯.

(11) る者 が あ っ た 場 合 は 事 前 に警 察 の 方 に 是 非 知 らせ て 欲 しい と思 ひ ます 。 つ ま り横 の 連 絡 を と っ て 貰 ひ 度 い の で あ りま す 。 司 法 保 護 委 員 も居 られ る の で す が 、 そ れ との 連 絡 も殆 ど な い 模 様 で あ る 事 は 遺 憾 に 思 ひ ま す 」 と述 べ て い る41)。しか し総 督 府 の 縦 割 り行 政 で は 、 横 の 連 携 を保 障 す る行 政 の シ ス テ ム が な く 、 関 係 者 同 士 の 自発 的 な 改 革 は 難 しか っ た と い え る。 学 校 で 少 年 が 不 良 化 す る過 程 に つ い て は 、 「 友 達 は 良 く知 っ て ゐ ま して 、 そ う云 ふ 子 と は 皆 が 交 際 し様 と しな い 様 です ね 」 と述 べ て い る。 学 校 に 不 良少 年 の 居 場 所 は な か っ た の で あ る44)。 しか し不 良化 した 友 人 に 対 して 、 ま た 不 良 化 した 子 ど も に 対 して 個 人 的 ・排 他 主 義 的 で あ っ て は な らな い との 新 竹 少 年 刑 務 所 長 ・牟 田万 次 郎 の 意 見 も あ っ た 。 「 最 近 私 が 考 へ る こ と で す が 一 こ ん な 事 を 云 ふ と少 し不 心 得 な 考 で あ る と非 難 を受 け る か も知 れ ませ ん が一 世 の 親 達 は 自分 の 子 供 に 封 して は 全 愛 を 捧 げ て 、 吾 が 子 の 良 くな る 様 に と護 り育 て る行 くの で あ りま す 。 そ して そ の 結 果 少 しで も悪 い 子 が居 りま した ら、 夫 れ とは 絶 封 に 交 は つ て は い け な い と小 さい 時 か ら教 へ 付 け て 居 りま す 。 現 下 の 時 勢 か ら考 へ て み ま す と これ で は 少 し個 人 主 義 的 排 他 的 で あ り過 ぎ は しな い で せ うか 、 吾 が 子 へ の 不 良 性 の 感 化 を 防 止 す る と云 ふ こ とは 勿 論 絶 封 必 要 で あ りま す が 、 然 しあ の 子 は 悪 い 子 だ か ら絶 封 交 は つ て は い け な い と、排 斥 ば か り しな い で 他 人 の 悪 い 子 を も、 国 の 實 と して 、 好 意 を 以 て何 とか 互 に 力 を 併 せ て 善 導 して 行 く と云 ふ 風 に 世 の 親 達 の 心 構 を変 へ て 行 く必 要 は な い も の か と思 つ て 居 ります 。 昨 年 有 馬 伯 は 新 体 制 の 發 足 に 当 り其 の 誓 の言 葉 の 中 に 『旧 に泥 ま ず 、 各 の 持 場 に と らは れ ず 』 と云 ふ 意 味 の こ と を言 っ て 居 られ ま す が 、 少 年 保 護 事 業 の 立 場 か ら も 此 の 誓 の 言 葉 を よ く味 は つ て 、 皆 が 各 の 立 場 に と ら は れ な い で 、横 の 連 絡 を 充 分 密 に して適 当 な 技 巧 が 講 じ られ た な らば 、 少 年 の 不 良 化 防止 上 非 常 に い る結 果 が もた ら され る の で は な い か と思 ひ ま す 」42)。 ・家 庭 教 育 と学 校 教 育 学 校 に 入 る と家 庭 教 育 が お ろ そ か に な る傾 向 に つ い て 、 中 島 は 「 家庭 で本 人 に暇や 隙 を輿へ る 様 に な りま す 。 どの 隙 の あ る の が ど うも い け ませ ん ね 。 勉 強 丈 で な く 、 運 動 を させ る と か 、 家 庭 の 仕 事 を手 傳 はせ る とか 、 又 時 に は 健 全 な る娯 樂 を 老 へ る様 に し く兎 に 角 無 駄 な 暇 を 輿 へ な い 様 に す る こ とが よい こ と と思 ひ ま す 」 と述 べ て い る43)。 寳 國 民 学 校 長 は 、 不 良化 は 家 庭 が 原 因 で あ り、 学 校 は 不 良 少 年 に ほ と ん ど関 与 しな い と い う世 間 の了解 があ るた め、 「 不 良 少 年 の 善 導 と言 ふ こ とは 一 朝 一 夕 で 出 來 る事 で は あ りま せ ん 。 温 情 主 義 も洵 に結 構 で す が 、 ど う して もか な は な い もの は 、 先 程 も 話 も あ りま した が 、 州 別 に感 化 院 の 如 き もの を設 置 し て 、 地 方 長 官 の 命 に て 入 所 せ しめ 、 精 神 的 訓 練 を な さ しめ る様 せ ね ば な らぬ と思 ひ ま す 。 そ して な ほ る迄 十 年 で も十 五 年 で も強 制 処 分 をせ ね ば駄 目だ と思 ひ ま す 」 とい う よ うに 、健 康 な 少 年 は 学 校 で 集 団 教 育 、 不 良少 年 は 感 化 院 で 矯 正 教 育 と言 う よ うに 分 け て 考 え て い た45)。 ・家 庭 の 不 和.

(12) 不 良 化 の 第 一 歩 と して 就 学 しな くな る こ とが あ る。 そ の 背 景 に は 、 家 庭 の 不 和 が挙 げ られ て い る。 「 例 え ば 、 母 は 炊 事 婦 等 して や つ と生 活 し、 常 に家 を室 け 勝 ちで あ る爲 め 、 其 の子 は 主 と して 祖 母 が 世 話 して 居 た の で す 、 然 し母 を 恋 しが つ て 時 々 は 母 の 雇 は れ 先 に 泊 りに 行 つ て居 りま した 。 斯 くて 四年 生 頃 か ら兎 角 學 校 も欠 席 勝 ち とな り、 其 の 上 授 業 料 も滞 納 勝 ち と な りま した 。 そ れ で 學 校 で は 同情 して授 業 料 免 除 の 手 続 を 執 つ た の で す が 、 父 に 財 産 が あ る と云 ふ 理 由 で許 可 され ず 、 あれ や これ や す る 裡 に 逐 々 本 当 に 學 校 が嫌 に な っ て 了 つ て 、 五 年 生 に な っ て か ら無 断 休 校 が続 き 、 そ して祖 母 の 許 に も歸 らな い で 藁 小 屋 の 中 や 空 きバ ス の 中 に 寝 る様 な 日 も続 き ま した。 學 校 と し て は 家 庭 と連 絡 を 執 り封 策 を講 じよ う と した の で す が 、 何 分 に も家 庭 が 三 分 して 居 りま す の で 要 領 を得 ず 、 派 出所 と も連 絡 を執 つ た が 巧 く ゆ か な い で 、 今 で も 非 常 に 困 つ て ゐ る状 態 で す 、 元 来 頭 の 良 い 子 な ん で す が 、 ど うも 悪 くて 困 っ て 居 ま す 。 これ は 最 もひ どい 例 な ん で す が 、 父 母 の 間 に好 ま しか ら ざ る事 情 が 伏 在 して ゐ る子 は 大 て い 不 良 化 しま す ね 」46)。 当 時 台 湾 で も 内 地 同 様 、 夫 の 不 義 は 認 め られ て も妻 は 貫 通 罪 に問 わ れ る な ど、 同一 の 行 為 に対 して 明 らか に 法 的 な差 別 が 存 在 した。 当 時 の社 会 通 念 か ら、 夫 は 家 庭 を顧 み な い で も社 会 的 に責 め られ る こ と は少 な か っ た 。 しか し、 再 婚 は少 年 の家 庭 内 の 地 位 を 大 き く変 え 、 養 父 母 に よ る先 妻 の 子 ど もへ の い じめ も 多 か っ た。 「 第 一 の 場 合 は 家 庭 の 不 和 、 欠 陥 に 因 る も の で あ りま す 。 父 は 壷 北 の某 役 所 に勤 め て ゐ た の で す が 、 先 妻 が 一 人 の 子 を遺 して 死 ん だ の で 後 妻 を貰 ひ ま した 。 す る と其 の 子 と後 妻 の 子 と仲 が 悪 く、 其 の結 果 遂 に 先 妻 の 子 は 家 出 し夜 は 臺 北 駅 等 に寝 て 昼 は 浮 浪 し、 家 に 歸 っ て 来 な い の で す 。 父 は 知 人 に頼 ん で 家 に 連 れ 歸 ら う と した の で す が ど う して も歸 ら う と しま せ ん 。 こ ん な 子 の 將 來 は本 当 に危 険 で あ る と思 ひ ま す 。 さ ら に は 、 保 護 者 の 子 育 て に 対 す る 関 心 の 薄 さ も挙 げ られ て い る。 「 父 が 大 変 な酒 飲 み で 一 向 子 供 の 面 倒 を み て や りま せ ん 。 そ こ で 母 は 一 人 で氣 を もん で 何 と か して 良い 子 に 育 て て や ら う と時 々 は 授 業 等 も参 観 に 行 つ て 一 生 懸 命 で した 。 其 の 子 は 元 來頭 の よ くな い 子 で 、 授 業 時 間 中 で も 先 生 が 何 を 尋 ね て も滅 多 に 手 の 挙 が らな い 子 で した 。 或 る 日丁 度 母 が 参 観 に 來 て 居 る際 、 珍 ら し く も手 を挙 げ て先 生 の 質 問 に 答 へ た の で す 。 先 生 は 激 勵 の 意 味 で 非 常 に そ の子 を褒 め ま した。 それ で そ の子 も母 もす つ か り喜 ん で 、 其 の 晩 母 は そ の 喜 び を父 に 傳 へ た の で す 。 す る と父 は 「 何!こ. ん な 子 に何 が 出 來 る もの か 」 と云 っ て 一 笑 に 附 して 了 ひ ま した 。. そ れ か ら と云 ふ も の は 此 の子 はす つ か り悪 く なつ て 了 ひ ま した 」47)。 親 の 虚 栄 心 に よ る も の も あ る。 「 或 る子 が 六 年 、 高 一 、 高 二 、 と三 度 中等 學 校 の 入 學 試 験 を 受 けた の で す が ど う して も通 らず 、 逐 々某 私 立 中学 を受 け ま した 。 そ の 夜 同 じ地 方 の 受 験 生 と一 緒 に汽 車 で 歸 つ て 来 た の で す が 、他 の 子 供 達 の 親 は試 験 の 結 果 や 安 否 を 氣 遣 っ て 皆 駅 迄 迎 へ に行 き ま した。 然 し其 の 子 の親 は迎 へ に 行 つ て ゐ な か つ た の で 、 濁 り し ょ ん ぼ り と隠 れ る様 に して歸 つ て 行 き ま した 。 そ の 親 は 『ど うせ 成 績 の悪 い 子 だ か ら』 と体 裁 を 憚 つ た もの ら しい の で す が 、 親.

(13) が 見 榮 に捉 は れ て 愛 情 を披 瀝 して 迎 へ な か っ た 為 め に そ の 子 は そ の 後 悪 くな っ て行 つ た の で あ り ま す 」48)。 こ の よ うな 家 庭 内 の 問 題 の ほ か 、 学 校 に お い て も 学 歴 偏 重 主 義 が は こび っ て お り、 そ れ が 学 校 に お け る精 神 面 の 指 導 が お ろ そ か に な る要 因 だ とい う指 摘 も あ る。 「ど う も従 来 一 般 に 中等 學 校 へ の 入 學 率 の 多 い 學 校 を 良 い 學 校 と云 ふ 風 に 見 て ゐ る傾 向 が 強 く、 従 っ て智 識 の 方 に の み 走 り過 ぎ て ゐ る傾 き が あ る 様 に 思 は れ ます 。 もつ と精 神 方 面 に 重 点 を 置 く 必 要 を痛 感 して 居 ま す 。 児 童 は受 験 準 備 に 必 要 な る事 は 畳 え て て 、 さ うで な い 事 は絵 り覧 え様 と しな い の で は な い で せ うか 。 國 民 學 校 に な つ て か ら、 將 來 は 精 紳 方 面 に 重 き を 置 く様 に した な ら ば 、 ず つ と不 良 化 の 防 止 を な し得 る の で は な い か と思 ひ ま す ね 」49)。 一方 で 、 「 精 神 方 面 に 重 き を 置 く」 よ うな 論 調 に 、 雑 誌 編 集 者 は 巻 末 に 次 の よ うな 小 文 を 記 し て い る。 「 婦 人 の 方 の 変 り も の と して 美 しか らぬ オ ー ル ド ミス の 典 型 的 国 民 学 校 の 先 生 が あ る。 そ の先 生 が或 る 時 お 習 字 の 先 生 か ら、 小 学 校 や 公 学 校 が 今 度 国 民 学 校 とい ふ 名 に変 へ られ ま した が 、 今 迄 と何 処 が違 つ て 来 る の で す か と訊 か れ て 返 事 に 窮 し、 顔 を赤 らめ 、 も じも じ して ゐ た が 、 僕 は 其 の 時 、 恐 ら く この 先 生 以 外 の 先 生 の 中 に も、 同 様 に 答 へ られ な い 先 生 方 が 案 外 少 な くな い の で は あ る ま い か と思 つ た」50)。 この ほ か 学 校 の 問 題 点 と して 、新 竹 市 教 育 課 長 ・輿 水 武 が 「 精 紳 指 導 上 の 難 点 とな る も の は 學 級 人 員 の 非 常 に 多 い 事 で す 。 現 在 の 様 に 一 學 級 八 十 名 内 外 に も 上 つ て ゐ て は 、 ど う して も一 人 一 人 の 適 切 な る精 紳 指 導 が 不 能 で す 。 來 るべ き 義 務 教 育 制 とな っ て か ら は 其 の 点 に遺 憾 の な い様 に 六 十 人 以 下 と し度 い もの と思 ひ ま す 」 と指 摘 す る よ うに 、 多 人 数 一 斉 教 育 に も あ っ た51)。 こ の よ うな 学 校 の 状 況 で は 、 警 察 が 不 良化 した 少 年 に 対 応 した 。 保 護 者 と して も子 ど も が 学 校 か ら見 放 され た 以 上 、 生 活 の た め に働 く稼 ぎ 手 と して仕 込 む 以 外 に な か っ た。 「 新 富 町 の 者 で 父 は 山 で 炭 焼 を し、 家 庭 で は母 は 盲 で した の で 、 八 十 歳 に な る祖 母 が よ く本 人 の 面 倒 を 見 、 何 か ら何 迄 親 代 りに 世 話 してや っ て ゐ た の で す 、 が 盲 ら滅 法 そ の 子 を甘 や か し 自由 を 與 へ 過 ぎ た の で 、 五 年 生 時 分 か ら時 々 家 に 歸 らず 外 泊 〔 級 友 の 家 に〕 し勝 ち とな り、 學 校 で は 級 友 の 辨 当 を盗 み 食 ひ した り等 して段 々 悪 く な り、 逐 に は 学 用 品 其 の他 を ち よ い ち よ い 盗 む 様 に な りま した。 そ こで 學 校 で は 祖 母 の 方 と連 絡 を と り封 策 を 講 じた の です が ど う して も 直 らな い の で 父 を 呼 び 出 しそ の 事 を話 しま した ら、 父 は さっ さ と炭 焼 の 山へ 連 れ て 行 つ て 了 ひ ま した 。 家 庭 の 事 情 で 不 良 化 し初 め た ら仲 々 教 員 丈 の 手 に は負 へ ま せ ん 、 で 此 の 子 の 場 合 は警 察 に も事 情 を 打 明 け て御 援 助 を 乞 ふ た 次 第 で あ りま す 」52)。. 3家. 庭 と母 親. ・母 親 の 負 担.

(14) 少 年 が 非 行 に 走 る 要 因 と して 、 当 時 の 官 僚 、 関 係 者 の 多 く は 家 庭 の 問 題 を 挙 げ て い た 。 特 に 「 戦争 の激 化」一 「 男 性 が 兵 士 と して 出 征 」一. 「 女 性 ・少 年 の 職 場 進 出 」 ー. 「 十 分 に 教 育 ・愛 情. を 受 け られ な い 少 年 の 不 良化 」 とい う図 式 が 提 示 され 、 そ れ ゆ え に母 親 の 教 育 力 の 向 上 が求 め ら れ た。 特 に 、 日本 人 女 性 は 、 子 女 の 教 育 の た め尽 力 す る優 秀 さで 、母 性 愛 を知 ら な い ま ま環 境 ・ 教 育 に恵 ま れ ず 不 良化 す る少 年 を 救 済 す べ き だ とい う論 が 展 開 され た 。 学 校 の 教 育 問題 だ とい う 視 点 は ほ とん どな い 。 戦 争 が 激 し くな る と、 内 地 か ら関 係 団 体 の 女性 が 、 女 性 の 社 会 貢 献 に つ い て 講 演 を す る な ど 、少 年 保 護 活 動 に お け る女 性 の 位 置 づ け が 高 ま る 。 堀 田 繁 勝(昭. 和18年 に 高 等 法 院 上 告 部 判 官)は 、 「 少 年 保 護 記 念 日は 即 ち 母 親 に対 す る 感 謝 の. 日で な け れ ば な らぬ。 そ して母 親 の 慈 愛 又 は 正 しき 母 親 の 慈 愛 を 欠 い て 居 る 少 年 に 対 す る適 当 な 方 策 を 改 め て検 討 す る 日で あ る。 其 の経 済 的負 担 迄 も母 親 の繊 手 に 委 ね て 顧 み な い こ とは 国策 と して 重 大 な欠 陥 が あ る こ とで あ る。 私 は 理 想 と して 子 女 の 養 育 、 教 育 の 物 質 的 負 担 は 国 家 が負 ふ べ き もの と信 ず る の で あ る が 、 差 当つ て は 資 力 の 乏 しい 親 に 養 育 費 の 最 小 限 度 を保 証 す べ き も の と思 ふ 。 今 月 よ り支 給 せ ら る る家 族 手 当 は金 額 は 暫 く措 き 、 国 家 の 厚 生 政 策 と して 誠 に 慶 賀 に 堪 へ ざ る も の が あ る が 、 之 は 官 公 吏 若 くは 国 策 に順 応 す る会 社 の 勤 人 に の み 恩 沢 の 及 ぶ も の で あつ て 、 そ れ 以 外 の 国 民 の 大 多 数 を 占 め る部 分 に及 ば な い の で あ る。 殊 に 国 軍 の 中枢 を為 す べ き 農 村 子 弟 の 養 育 に障 害 を及 ぼ す こ と を思 へ ば 之 程 焦 眉 の 施 策 は な い の で あ る。 財 源 は 国 民負 担 の 公 平 か ら見 て い く らで も考 へ られ る の で は あ る まい か 。 若 し早 急 に 運 ば ぬ とす れ ば 不 満 足 で あ ら うが 常 会 、 隣組 或 は 団 体 で の 自治 的 施 策 に 待 つ て至 急 奉 公 の 実 を 挙 ぐべ き も の と思 ふ の で あ る 」 とい う よ うに 、 「 母 の 慈 愛 」 と い う言 葉 が 尊 重 され て は い た もの の 、 一 部 の 識 者 の 間 で は 、 母 親 だ け に 教 育 を任 せ る こ との 問題 が 指 摘 され 、 教 育 は 国 家 の 責任 だ とい う論 も あ っ た53)。これ は 「 子は 家 の 宝 で あ る ば か りで な く国 の 宝 」 だ とい う当 時 の 考 え に 合 致 した もの だ が 、 同 時 に厳 しい 生 活 の 中 で 子 ど も の 教 育 を 十 分 に行 え な い 家 庭 の多 さ を反 映 した 意 見 で も あ っ た 。 ・家 庭 の 教 育 力 法 務 局 長 中 村 八 十 一 は 、 「戦 争 は 犯 罪 を 生 む 」 背 景 と して 、 父 兄 の 出 征 、 母 姉 の 社 会 進 出 に よ る家 庭 に お け る 指 導 監 督 の 欠 陥 、 飲 食 産 業 へ の少 年 労働 者 の 著 しい就 職 、 身 分 不 相 応 の 収 入 を 挙 げ た54)。中村 は 、 法 務 局 行 刑 課 長 堀 田繁 勝 と同 様 、 少 年 保 護 は少 数 の保 護 機 関 の み の 活 動 で は 万 全 を 期 す こ と は で き な い た め 、 決 戦 体 制 に 即 応 す る積 極 的 な 国 民 社 会 の 全 面 的 協 力 が 必 要 で あ り、 父 母 兄 弟 が 真 実 愛 の発 露 に よ り保 護 監 督 す る こ とが 第 一 と述 べ て い る。 「 家 庭 と国 家 の 関 係 は 、 『日本 の 家 庭 は 国 家 の 縮 図 』 『興 亜 日本 に子 は 寳 』 『聖 業 達 成 の 重 責 を 双 肩 に 荷 う國 の 寳 』 で あ っ た 。 既 に 不 良 化 しつ つ あ る 少 年 と判 つ た ら直 ち に 夫 々 の 機 関 に 協 力 を 需 め て 正 しく教 護 す る こ と を怠 つ て は な らぬ と共 に社 会 一 般 も亦 国 民 総 進 軍 の 時 局 を刻 銘 して 、 少 年 の 保 護 に全 的 支 援 協 力 を期 待 した い 。 そ して 更 に 一 歩 進 め て 要 保 護 少 年 に な る 前 に もつ と親 は 子 の 教 養 に 関 心 を持 つ べ き で あ る。 母 は 、親 は 、 家 庭 は 単 に 面 目の 上 か ら要 保 護 少 年 の 問 題 を.

(15) 考 慮 す る 事 な しに 真 剣 に 子 を 家 の 子 と して 皇 国 の 子 と して 生 活 せ しめ 教 養 す べ き で あ る」55)。 ま た 、 高 等 法 院 検 察 官 長 ・古 山春 司 郎 も、 「 國 家 は 個 人 と異 な り他 國 よ り養 子 を貰 つ て そ の 存 續 を 計 る こ とは 出 来 な い の で あ り左 様 な 次 第 で 子 は 家 の 寳 で あ る ば か りで は な く全 く 國 の 賓 で あ りま す 」 「 子 供 の 教 養 訓 練 に 最 大 の 努 力 を梯 ふ こ とが 銃 後 國 民 の 最 も 貴 重 な る愛 國 的 任 務 の 一 で あ る こ とを 忘 れ て は な らぬ の で あ りま す 」 と述 べ 、 家 庭 の 教 育 力 向 上 は 銃 後 の 国 民 の 義 務 で あ る と い う論 調 で あ っ た56)。 台 北 地 方 法 院 検 察 官 長 ・伊 藤 兼 吉 は 、 「 広 大 な る東 亜 の 共 栄 圏 確 立 の 為 に 、 我 国 が そ の 指 導 的 役 割 を 果 す 為 に は 、何 う して も 人 的 資 源 を確 保 培 養 し 、 強 力 な る 中 堅 層 を 数 多 く養 成 す る こ とが 最 も急 務 な り と信 ず る も の で あ ります 」 と して 、 そ の た め に必 要 な の は 「 少 年 愛 護 の 方 途 と して 考 え られ る の は 母 性 愛 」 だ と述 べ 、 「少 年 航 空 兵 が 生 死 の 関 頭 に 立 っ て ま ず ま ぶ た に 映 る の は産 土 の 社 に 祈 る母 の 姿 で あ る とは 新 聞 紙 の 報 ず る と こ ろ で あ ります 。 わ が 国 に お け る家 庭 生 活 は 欧 米 自 由 主 義 国 に お け る 夫 婦 享 楽 を 中 心 とす る も の で は な く子 女 の 育 成 向 上 で 家 庭 の 和 楽 興 味 の 中 心 と なす もの な る こ と は 誠 に意 を 強 うす る と こ ろ で あ ります が 、 少 年 に 対 す る感 化 力 の 大 な るだ け そ れ だ け 世 の 母 た る も の は 大 に この 際 自覚 せ ざ るベ か らず と思 ふ の で あ りま す 」 と教 育 にお け る母 親 の重 要 性 を強 調 して い る57)。 しか し戦 時 下 社 会 構 造 の 変 化 に 伴 い 女 性 が 社 会 進 出 せ ざ る を得 ず 、 そ の 中 で 「 母 」の役 割 を担 うべ き女 性 が 家 庭 に 不 在 とな っ た こ と も指 摘 され て い る。 「 今 日の社 会 機 構 は 家 庭 職 業 を奪 つ て 次 第 次 第 に 工 場 へ 集 め て し ま つ た。 従 つ て 一 家 の 主 婦 が 街 頭 へ 街 頭 へ と出 て行 か ね ば な ら ぬ状 態 で あ る 。 彼 ら に は 嘗 つ て 吾 々 の 味 はつ た 慈 母 、 慈 姉 の 愛 が 如 何 様 に 味 は は れ て ゐ るで あ ら うか 。 世 の 中 が 忙 し くな る に つ れ て 、 父 親 は ま た そ の子 供 に か ま つ て 居 られ な く な つ た 。 多 くの 労働 者 は 、 そ の 子 が 寝 て 後 に 帰 り、 子 供 よ り先 き に 起 き て 出 る。 中 に は 一 家 の 柱 石 た るべ き も の が 、 終 日怠 け通 し、酒 色 に耽 つ て 、 貧 困 に 親 を 泣 かせ 、 妻 子 を 飢 餓 に 苦 しめ て ゐ る もの が あ る。 怒 り と憤 りに荒 れ 狂 つ て そ の 子 を虐 げ そ の 妻 を 殴 り、 常 に風 波 の 絶 え な い 家 も あ る。 中 に は 家 庭 は 円満 、 生 計 に 不 自 由 は 無 く、 両親 に 教 養 も あ り子 弟 の 教 育 に は 意 を 用 ゐ て ゐ る が 、厳 格 に そ の 身 を 持 す る の あ ま り、 子 弟 の 教 育 も 自 ら厳 格 と な つ て 、 些 細 の こ とで も一 歩 も仮 借 せ ず 、秋 下 烈 日の 態 度 に 出 つ る も の が あ る。 中 に は 裕 福 な 富 に ま か せ て 、蝶 よ 花 よ と育 て 、 雨 に もあ て ず 、風 に も曝 さず、 阿 諛 便 侫 の 女 中 家 僕 に教 育 を委 せ て 気 随 気 儘 に 振 舞 はせ 、 確 乎 た る指 導 は や ら ぬ も の も あ る 。 か く考 へ る と 、 人 間 の 悪 化 に は 恵 ま れ ざ る 素 質 よ り も、 不 良 の 環 境 よ りも外 に な ほ 条 件 が加 は つ て ゐ るや うに 思 ふ 」58)。 東 京 よ り招 聘 さ れ 、 各 地 で 女 性 の 社 会 的 貢 献 に つ い て 論 じた 司 法 省 嘱 託 松 平 俊 子 は 、 「お 役 所 と民 間 の者 達 が 皆 ん な 協 力 を して 、 致 さ な け れ ば 僅 か の 数 で 御 座 い ま せ ん 、 大 き な 数 で 御 座 い ま す か ら、 お 役 所 だ け で は 其 の仕 事 は 出 来 な い の で あ りま す 、 民 間 の 特 志 家 の 協 力 が な けれ ば 出来 ませ ん 」 と、 少 年 保 護 は 女 性 に適 した 仕 事 で あ り、 家 庭 を 治 め る こ とが 女 性 の 仕 事 で は あ る が そ.

(16) れ だ け で は 時 勢 柄 治 ま らな くな っ て い る と述 べ て い る59)。 「 特 に 少 年 を保 護 せ よ とい ふ 御 聖 旨 の 法 律 で御 座 い ま す か ら之 は 最 も婦 人 に 適 した 御 仕 事 だ ら う と思 ひ ま す 、 明 治 の 御 代 か ら婦 人 は唯 だ 家 庭 に の み 家 庭 を持 ち 、 自分 達 の 子 弟 を 教 育 して 居 る とい ふ だ け で は 責 任 が 止 め られ な く な つ て 参 つ て 居 りま す 、 夫 は お 互 様 に無 論 婦 人 の 転 職 は 家 庭 を 治 む る とい ふ 事 で御 座 い ま す 、 此 の婦 人 が 家 庭 を 治 む る とい ふ 問 題 は 建 国 以 来 今 日迄 、 又 将 来 迄 必 ず 変 る も の で は な い と思 ひ ます 、世 の 中 が 進 ま な い 時 分 に は 、 生 活 は 単 純 で御 座 い ま した 。 だ か ら婦 人 は そ ん な に 家 庭 外 の 事 に 迄 眼 を放 た な い で も家 庭 の 中 に 於 て 婦 徳 を積 み 、 さ う して 子 弟 の 教 育 を して 行 く と い ふ 事 だ け で 済 ん で 居 りま した 、 私 共 の 若 い 頃 は 、 矢 張 り御 婦 人 は 一 年 の 中 に 外 出 す る の は 、 一 度 か 二 度 さ う して 外 出 す る 時 に は 舅 、 姑 の御 許 し を得 て お 里 の親 御 さん の ご機 嫌 を 伺 ひ に 行 くや うな こ とが 、 お 嫁 さん 時 代 に あ つ た 、 其 の位 しか 許 され な い とい ふ 事 で あ りま した が 、段 々 生 活 が複 雑 に な り国 民 の 手 が 一 人 で 二 つ に も三 つ に も働 い て ご奉 公 しな け れ ば な らん 時 代 に な り、 其 処 で 婦 人 が 唯 だ 家 庭 の 中 だ け に 坐 つ て 居 られ な い とい ふ 事 に な つ た の で あ りま す 、 で 之 は 国 家 が段 々 大 き く な り、 国 家 が 広 く な り、 国 民 が働 く場 面 が 広 くな り国 民 は 同時 に 忙 し く な りま す 、 さ う して 手 が 沢 山 入 りま す か ら婦 人 は 家 庭 を 治 め と い ふ 天 職 を果 した 其 の上 に 、 時 間 と必 要 との 余 裕 を 作 りま して 、 又 精 神 力 の 余 裕 を 作 りま して 、 国 家 の為 に何 事 か 御 務 め を しな けれ ば な らな い 世 の 中 に な りま した か ら婦 人 も非 常 に 忙 し くな り、 又 非 常 に苦 労 が 多 く な つ た 」60)。 「お 母 さん 方 の 立 場 に あ る婦 人 と致 しま して は 、 少 年 の保 護 とい ふ 事 に 関 心 を深 く して お 互 に 強 力 を して 善 い 社 会 を 作 る 、 子 供 の 為 に善 い 生 育 の 機 関 を作 つ て 行 ふ と努 力 をす る の が 責 任 じゃ な い か と思 ひ ま す 、 さ うい ふ 事 は 指 導 階 級 の 方 で ご希 望 に な る か ら特 志 の 方 は是 非 申 出 に な つ た 方 が 宜 い と思 ひ ます 、 さ うい ふ や うな 少 年 が 出 た 場 合 は 、 少 年 保 護 司 で 取 扱 ひ ます 、 又 犯 罪 防 止 とい ふ 事 が 云 は れ て 居 る 、 今 警 察 辺 りに しま して も防 犯 課 とい ふ の が御 座 い ま して 、 斯 うい ふ 事 を 未 然 に 未 発 に 悪 を だ さな い や うに 未 然 に 防 ぐ とい ふ 事 に力 を注 が れ て 居 る 、 之 が 社 会 政 策 と致 しま して 最 も大 切 な 事 で あ りま す 、 病 気 をす るお 薬 を飲 ま す とい ふ 事 よ りも 、 病 気 に な らな い や うに 身 体 を 鍛 へ る とい ふ 事 が 大 切 で あ る、 抵 抗 力 を 作 る と いふ 事 が 大 切 で あ ります 、 又 精 神 も さ うで あ りま す 、 学 校 で 教 育 勅 語 の 御 聖 旨に よつ て 鍛 へ ます 精 神 で 御 座 い ま す 、 日本 国 民 と しま し て は 国 民 道 徳 人 道 とい ふ もの を 知 ら な い もの は な い 筈 で 御 座 い ま す 、 夫 が ど うい ふ 訳 け か 忘 れ る 事 が あ る 、 之 は 社 会 の 悪 、 身 体 で 申せ ば気 候 が悪 い とか 、 食 ひ 過 ぎ る とか 色 々 の 問 題 が あ る と思 ひ ます 、 心 に も矢 張 り気 候 が 悪 い と同 じや うな社 会 悪 、 家 庭 に於 け る色 々 の 欠 陥 、 さ ういふ や う な お 友 達 が 悪 い 為 と か色 々原 因 が 御 座 い ま す 」61)。 松 平 俊 子 は 、 女 性 が 社 会 進 出 す る の は 国 家 の 要 請 で あ り、 「 此 の 世 の 中 の どん な 物 で も 国 家 の 拝 借 物 だ 、 皇 室 か ら拝 借 して 居 る 物 だ 、 さ うい ふ 心 持 ち を 以 て 有 難 く頂 戴 を して お 運 び をす る 、 又 頂 く物 はお 流 れ を頂 戴 す る 、 さ うい ふ 心 持 ち で 頂 か な け れ ば な らな い 、 之 はお 茶 の 作 法 とお 客.

(17) 様 に な る 作 法 、 お 茶 の 作 法 だ け れ ど も夫 は 日常 の 心 掛 け に な る 、 全 く 日本 の 家 庭 の 教 育 法 は 能 く 出 来 て 居 る、 自分 の 身 を捧 げ 自分 の 身 は粉 に して で も家 の 皆 を 良 く して い く、 又 人 様 を美 し く し て 行 く とい ふ 犠 牲 の 心 持 ち 」 で 、 婦 人 は 自発 的 に で は な く時 局 を わ き ま え身 を 粉 に して 要 請 に こ た え る べ き だ と述 べ た62)。. 4精. 神 論 と少年 犯罪 防止. 台 北 教 護 聯 盟 主 事 ・東 八 郎 は 、 他 の 帝 国 主 義 諸 国 の 植 民 地 支 配 に比 べ て 台 湾 支 配 は 穏 健 で文 化 的 で 当地 の 産 業 発 展 に も寄 与 して い る と述 べ 、 そ れ は ま さ し く 国 恩 、 一 視 同 仁 の 御 聖 旨 に よ る も の だ と述 べ て い る。 「 我 々 台 湾 に 居 る もの は 寔 に天 恩 の 宏 代 な るを 感 謝 しな けれ ば な らぬ 。 欧 米 各 国 が 如 何 に 其 の 植 民 地 を遇 して居 る か を思 へ ば判 る の で あ ります 、 印 度 が 百 年 以 上 英 吉 利 の 手 に在 つ て 今 ど う云 ふ 状 態 に あ る か 、 又 印 度 支 那 は仏 蘭 西 領 に な つ て ど う云 ふ 状 態 に あ るか 、 或 は 蘭 領 印 度 は今 ど う 云 ふ 状 態 に あ る か 、 彼 の 地 を搾 取 し、 土 人 の 生 活 程 度 を 如 何 に貧 し く し、 如 何 に して 金 を儲 け せ しめ ぬ や うに し、 如 何 に して彼 等 の 知 識 を授 け な い や うに す る か と云 ふ こ と に の み 努 力 して 居 る 、 そ れ に 反 して我 が 日本 の 一 地 域 で あ る此 の 台 湾 は 、 如 何 に して 教 育 を 普 及 す る か 、 如 何 に して 人 民 の 富 を殖 や す か 、 如 何 に して 米 、砂 糖 を 殖 や し、 人 口を 殖 や して 行 くか と云 ふ こ と に努 め て 居 る、 少 し伝 染 病 が あ れ ば 予 防 注 射 を受 け な い もの を罰 して ま で も 人口 の 増 加 に努 め て 居 る、 此 の 有 難 き 台 湾 に住 む 処 の お 互 は 、 此 の 国 恩 、 一 視 同 仁 の 御 聖 旨 に 感 謝 感 激 して 奉 公 の 道 を尽 く さ な け れ ば な らん と考 へ るの で あ りま す 」63)。 多 くの 日本 人 官 僚 が 、 元 来 の 日本 固 有 の 精 神 の 尊 重 に よ っ て 、 他 の植 民 地 と は 異 な り如 何 に 台 湾 で は優 れ た 統 治 が 行 や れ て い る の か を説 い た。 ま た 幼 時 よ り家 庭 で信 仰 心 を培 うべ き で 、 神 社 参 拝 が 学 校 ・家 庭 で行 わ れ る こ と で不 良 化 防 止 に つ な が る と考 え て い る者 も多 か っ た 。 日本 精 神 の強調 が少 年犯 罪防止 に有効 な対策 で あった。 も っ とも 本 島 人 の 思 想 統 一 の た め神 社 参 拝 は 重 要 な 儀 式 で は あ っ た が 、 この よ うに 不 良 化 防 止 を 考 え る背 景 は 次 の よ うな 憲 兵 隊 長 の 言 葉 か ら も察 せ られ る。 「 然 し本 島 の 人 の 中 で 神 社 の 前 を通 過 す る 時拝 礼 す る 人 は極 め て 少 い の で あ ります 。 ど うか 此 方 面 の反 省 及 び 指 導 を 希 望 す る の で あ りま す 、 忠 君 愛 国 の 思 想 、 之 を 私 は銃 後 に 於 け る第 一 要 件 と して 考 へ て 居 る の で あ ります 。 司 法 保 護 事 業 は 人 的 資 源 獲 得 を 一 の 要 素 と して 居 ります 。 年 々 台 湾 に於 て犯 罪 を犯 す も の が 四 万 数 千 人 に 及 ん で 居 る の で あ りま す 、 此 の 人 々 が 罪 よ り離 れ て 台 湾 の 労 力 の 不 足 を 補 つ て 行 つ た な らば 如 何 に有 効 で あ ら うか と思 ふ の で あ ります 、 又 五 、 一 五 事 件 、 或 は 二 、 二 六 事 件 は私 は憲 兵 と して 間 接 に い ろ い ろ 知 つ て 居 りま す が 、 之 等 の 関係 者 の 中 其 の刑 を 終 り或 は釈 放 され た る もの に就 て 見 ま す の に 大 部 分 は 立 派 に 行 動 を して居 りま す 。 例 へ ば 戦 争 に行 き ま して 極 め て 勇 敢 な 、 例 へ ば 上 海 附 近 に 最 初 上 陸 の 時 に 、 あ の 揚 子 江 口は 急 流 で あ つ.

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