Title
中学以降の英文読解指導の問題点
Author(s)
喜友名, 宏
Citation
沖縄短大論叢 = OKINAWA TANDAI RONSO, 8(1): 27-53
Issue Date
1994-03-01
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/10641
喜友名
宏
1.はじめに 日本の英語教育において、戦後、聞く話す技能が強調されて、中学校の基礎 の段階では、その面での指導はかなり取り組みがなされて、一定の成果を得て いると思われるが、読みの指導では教師の努力にも拘らず、必ずしも音声面ほ どの効果は出ていないように思える。英語の基礎の段階以降、読みの比重が増 してくるに従って、尚一層の積極的な指導の取り組みが求められている。いろ いろな試みがなされてはいるが、学生の読解力は、全体としては期待するほど 向上していないのが現状だと思われる。 その原因にはいろいろあると考えられるが、その中でも最も大きな要因は、 訳読式教授法の持つ教授者中心の考え方と、それによってもたらされる学習者 の受動的な学習態度であると考える。話し言葉とは違う書き言葉の特質と、そ の読解習得に対する理解が不充分であることもその一つに挙げられる。それに 加えて、読みと文法の関係や教材の内容とその量の問題がある。読みと文法に 関して言えば、文法は、外国語としての読みの指導では、極めて重要な部分を 占めているが、読解の特質を踏まえた、読みの意味理解に役立つような文法の 取り扱いになっているか検討する必要があろう。また、読む量も読解力を身に つけるには忘れてはならない要素であろう。教材が教室内で使用されるわずか の量のテキストに限定されてしまうと、果して本当の意味の読解力が身につく のか疑問である。副読本を採用して、できるだけ多く読ませる工夫をしなけれ ばならない。本稿では、これらの問題を特に心理言語学的研究の成果を援用す ることによって、読み指導の実態を検討し、特に英語の基礎教育以降の読解指 導の問題点を考えてみたい。 n, .
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書き言葉の特質 読解指導を考える時、先ず問題にしなければならないのは、書き言葉の特質 を明確に理解することであろう。そうでないと、適切な指導方法も生まれず、 どっちつかずの指導に終わってしまうからである。読んで理解するのは、話し 聞くのとは異なって、特別の訓練を必要とする。そういうことで、読みの指導 においては、先ず話し言葉と書き言葉の違いについての認識を深めなければな らない。“W
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書き言葉は話し言葉をた だ写し取ったものではなく、文字を音声化すれば、その表している意味が直接 的に理解できるものでもない。ここで、外山滋比古(
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を参考にしながら、書き言葉と話し言葉を比較 検討することによって、書き言葉の特質が何であるかを検討してみたい。内容 面から言うと、話し言葉は写実的であり、意味内容を忠実に述べる。通常、話 し手と聞き手の聞の共通した話題を中心に、明確な関連性のある場面の中で行 われ、しかも、話し手の体の動き、動作、身振り等からも意味が推測できるの で、具体的で分かり易く、意味不明が生じた場合、話し手に明確化を求めて疑 問を解く機会が与えられる。話し言葉は、人間の記憶力には限界があることも 手伝って、当惑、話題の変更、繰り返し、薦踏などの特徴を有し、内容的に、 情報を伝えるのに必ずしも必要でないものも含まれている。即ち、余剰情報が 多いので、話されているものが全部が分からなくても、取捨選択をして話の内 容を把握することになる。書き言葉に比べると、無駄が多く、文体も洗練され てない点がみられ、普通の会話や座談会などの言葉を文字化すると、その特質 が明らかに分かる。聞き手は話し手の話すスピードをc
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することができな い。と言うのは、話し言葉は音の流れで、話されると同時に消滅するので、聞 き漏らしたこと柄を自由に後戻りして、チェックできないので、自動的、反射 的に反応せざるを得ない。しかしながら、話し手は、聞き手の反応を見てf
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して、話の内容を調整できるので、総じてコミュニケイションが容易に行われ ることになる。母国語話者であれば、生まれながらにして身体的な障害がなけ れば、例外なく全員が話し言葉を習得できるのもそのためだと思われる。前述 したように、内容に関しても、通常、具体的な場面で会話が交わされ、それに、-28-写実的、具体的でb比較的抽象度が低いので、書き言葉に比較して理解し易い面 を持っていると思われる。繰り返しゃ無駄な面が多く、内容的にも書き言葉の ような洗練されてなしまた複雑さも少なく、又文と文との結び付け方にも大 きな違いがる。こういう諸々の理由から話し言葉は書き言葉と比較して、理解 し易いものになっているのだと思われる。 一方、書き言葉に関して言えば、
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が少なく、書き手の側で既に取 捨選択されていて、情報量も必要最低限に抑えられて、無駄がなく、言い換え も少なく、表現的にも内容的にも凝縮されている。また手紙のような共通の基 盤を比較的有する場合は別として、普通は、特に不特定多数を対象にして書か れ、話し言葉のような明確な場面的文脈が欠けている。指示調や先行調等を明 確にする必要があり、名詞と代名調の使用を厳格適正なものにしなければなら ない等、また、文と文の結び付きからなるパラグラフとパラグラフの結合の仕 方等の編集が行われ、話し言葉と比較して文章・文体が洗練されていて、話し 言葉との違いが明確にみられるのである。それは通常行われている対話とか座 談会等での発言等を文字化する場合、言葉を加えたり、削除したり、編集を余 儀なくされることから理解できることである。話し言葉のように、話者間の共 通した話題を中心にして、関連性のある場面で行われる場合とは違うので、読 み手の側から語間・行間にあるものを、語聞の言語的意味的な関係を積極的に 予測すると共に、自ら持っている蓄積した経験や、幅広い知識を活用して、総 合的に推測をしていかなくてはならないのである。文字を音声化すればその意 味が自動的に分かるものではなく、絶えず新たな語と語、文と文、パラグラフ とパラグラフの結び付きに遭遇することが普通の読みで、語柔構造・文法構造 に対する知識や言外の知識を意識的に活用して、積極的な働きかけが必要で、あ る。 3.読解の学習の検討 書きことばの特質に鑑みて、それぞれのレベルにおいて、読みの積極性が求 められるが、学生が英文を読むときの特徴的な傾向には、学習指導の問題点が 含まれていると思われるので、その特質を具体的に検討することは指導の観点-29-喜 友 名 宏 から極めて重要なことである。そこで先ず読みの特徴について述べたい。 学生は、文全体の表している意味にはおかまいなしに、英文の一語一句をそ れに対応する日本語に逐一機械的に直していくやり方である。それからそれを 基にして、改めて英文の内容を考えると言うことである。終始、日本語に中心 が置かれていて、英語そのものにはそれほど注意が払われていないのではない かと思われる。理解した意味をいかに日本語で表現していくかに相当神経を使 い、あたかも訳の規格品があり、正解が一つしかないかのように考え、自分の 頭で考え、自分の言葉で表現して行くことに鷹賭してしまう。学生のそのよう な消極的な読み方の傾向には色々の要因が考えられるが、その中でも真っ先に 挙げられるのが訳読式指導方法であろう。そのような読みの実態を踏まえて、 その特質をもっと明確にする必要がある。 先ず、学生の側に、意識的にせよ、無意識的にせよ、語棄についての根強い 誤った過信があると考えられる。学生の中には、単語の意味は固定的で、現れ る場所が変わっても意味は変わらないと思い込んでいる者が案外多い。文の意 味は、文中の個々の単語の意味(辞書で与えられている)の総和であると言う 誤解が明白にみられ、英語学習の初期の段階から長期にわたって、隠然たる影 響力を持ち続けていることである。しかしながら、語意はダイナミックなもの で、文中の現れる場所、即ち、どういう単語と結びつくかによって、いろいろ と意味を変えていく。言い変えると、構造から独立しては、なんら意味を持ち 得ないと言うことである。例えば、よく引用されるように、次の各文の下線語 は語形は同じでも、異なった意味を持っていることは、多少、英語の知識のあ る人であれば明らかなことである。要するに、単語は文中に起こる他の単語と の関係で、新しい機能と意味を帯びてくるのである。 3.1 He shot but missed the mark completely.(= target) 3.2 His boots made marks on the polished floor.(= scratches) 3.3 His marks were always high in school.(= grades)
上記の意味を正しく理解できるためには、それぞれの文のいわゆる深層構造 と表層構造とを関連づけることによって、統語的な構造が把握できると共に、 語聞の意味的な関係に着目する必要がある。例えば、(3.1)のshotとmark,(3.2)
のbootsとmarksとpolishedfloor, (3.3)のmarksとhighとschooIの語聞の 意味的関係から適切な意味を推測し、選択をしなければならないと言うことで ある。英語学習の初期の噴の教材であれば、文も単純で、使われている単語の 意味も基本的なものに限られ、大体一定しているので、単語の意味の総和とし て文の意味を理解できる例も比較的多いと思われるが、教材のレベルが高くな るに従って、内容的にも抽象度が増して、難しい判断をすることが必要で、個々 の単語の辞書的意味の総和としての意味の捉え方では、本来の読解は不可能に 等しいと言えよう。 次に文法の問題がある。文の部分的な文法分析や定義等には熱心であるわり には、文の表していることを正しく理解できない場合が多い。意味の把握にお ける文法の知識の重要性は否定できないが、往往にして、文法学習の目的を取 り違えて、文法規則を重箱の隅まで詮索することには熱心であるが、それが目 的化して、意味の理解に直結した強力な武器のーっとして活用ができずにいる。 いわゆる知識としての文法と活用文法との混同が著しく見られることである。 文法的に細かく詮索すれば統語構造が把握できたと錯覚するのは、文全体の意 味にはおかまいなしに、一語一語日本語に直して読解が出来たと誤解してしま うのと同じあろう。特に読みの推測において、大きな手がかりになり得るよう な読みのための文法が、どういうものであるべきかを考え、それを指導に積極 的に活用することが求められる。いわゆる文法をReadingComprehensionとの 関連でどう捉え直すか、きわめて重要な問題であろう。英文解釈には従来“more grammar,more proficient"の図式であったが、最近の研究では必ずしもそうで はない。特に読みの指導においては、上記図式は再検討を加える必要がある。 文法が読解指導にどれだけ必要かは、学習者の目的と学力のレベルによって異 なってくるが、意味の理解にプライオリティーをおき、文法などの形式的説明 を必要最小限にとどめ、しかも文法の役割は意味を追求するのに必要な、問題 解決のための推測作業を助ける手段の一つであることである。文法を目的にす る指導では、各項目とも詳細に説明するが、目的のための手段として活用する 場合は、何が意味理解にとって大事かを考慮し、取り扱う文法項目を精選し、 文法的説明の目的を明確化しなければならない。 唱i q J
喜 友 名 宏 学生達の中には、意識的か無意識的かは別として、日本語と英語が単純に一 対ーの対応関係をなしていると,思っているのが多くみられる。極端な例になる と訳文までが、正解が一つしかないと言う誤解がもたれていることである。こ ういう例は学習者の中には意外と多い。これは訳読式教授法の偏重の結果とし て出てきたもので、教師が語句の意味を説明し、ひき続き文の日本語訳をする。 その問、学生はただ単にそれをノートにとる。それが学習だと思ってしまう。 教師はテキスト全体の意味をつかんで、その中で語句の正しい意味を決定し、 文の訳付けをするのだが、学生は、結果としてのモデルだけが示され、どうい うプロセスでこういう意味解釈に至ったのかの認識が欠如している場合がしば しばである。教師が、一方的に語句の意味、文の意味を与え、学生は受動的に それを受け入れる図式である。学生は学習者として意味獲得に積極的な役割を 果たしていないだけでなく、そのためのストラティジーも持つてないし、また 与えられることも少ないと思われる。そうしヴ状況では、話し言葉とは異なっ て、意味的にも文法構造的にも撤密な編集がなされていて、余剰情報が少なく、 無駄がない、論理的な書き言葉を本当の意味で理解する能力は養われないであ ろう。
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,読解指導の検討 教師が語句の意味を与え、文法的な説明を行い、最後に、母国語訳をすると いうのが、今でもかなり行われていると思われる指導方法だが、その場合、学 習者は従の立場に置かれ、受動的で、学習に積極性が欠けるところが見られる。 それでは上記の書き言葉の特性を生かした指導には程遠く、積極的創造的な意 味理解を必要とする読み本来の学習指導に適していないと思われる。学習は過 程が大事であって、それが欠落してはよい結果は得られない。教師が結果だけ をモデルと言う形で生徒に提供することになり、学習すべき重要な部分が失わ れてくる心配がある。教師はモデルを学習者に与えるのもよいが、学習の過程 にどういうふうに関わって行くかが、より一層重要であると考えられる。主体 はあくまでも学習者でなければならなし hモデルとして結果だけを提供すると、 生徒も教師もある種の安心感をひとまず得ることは出来ようが、学習者側の意 n L q J味追求に当然伴ってくる試行錯誤、修正作業という積極的な取り組みを必要と する読解力の養成に必要欠くことのできない学習過程がおろそかにされる。唯 一正しいと思われるモデルを基準にして、個人的な学習活動が評価され、正し いか誤っているかという二者択一的に処理されやすいという危険性がある。そ のため、学習過程の個人差の問題は取り上げられにくい。ここでいう読みの個 人差の問題は、個々の学習者が意味理解の発達段階のどの位置にあるかという 相対的なものである。学習者の発達の度合は勿論のこと、その発達の様式にも 個人差がある。 従来の言語指導では、読みは言うまでもなく、全般的に言えることだが、教 授者中心の考え方が支配的であった考える。この考えでは、教師が提供する教 材や教え方が絶対的なものとして見なされ易く、個々の学習者の学習過程の相 対性などの個人的な違いなどは見失われて行く。完壁主義だけが前面に出て、 学習者は受動的にそれを受け入れるという変則的な言語指導になりかねない。 その実態に関して正しく理解することが新たな指導方法を模索する第一歩であ ると考える。 英語学習の初期の段階においては、教材が言語的内容的に易しいだけではな く、教材の量も少なく、指導方法が意味の導入を含めて、口頭練習を中心に行 われ、読みは口頭練習で学習し、記憶したものを文字の音声化を通して行われ るので、教師中心のものであっても、ある程度可能であろうと思う。しかしな がら、レベルが中学初級から高学年、高校、大学に進むにつれて、読みの教材 の構造的内容的な複雑さが増すとき、もはや学習者の主体的学習の取り組みの 促進なしでは、本来の読解指導は閤難であることは言を待たないであろう.教 材に現れる殆んどの文、また文の結び付きは、既習の文の単なる繰り返しでは ない。今までテキストで出くわしたことがない新しい種類の文が殆どであるこ とである。たとえ教師が、語句、文構造の説明と適確な日本語訳が行われたと しても、それによって、学習者が、新しい文、または文の結び付きを自ら辞書 を使って、どうにか意味が把握できることを可能にする読解力を身につけたこ とにはならない。学習者が辞書を使って、自ら文を検討し、意味の把握に努め、 そのテキストがある部分までは意味が分かるのでなければ、教師による本当の qJ qJ
書 友 名 宏 意味での読解の指導は極めて困難であろう。初期の頃の教材とは比較にならな いほど、その量も増大し、分からない語棄の数も多く、いままで経験したこと のない語と語、文と文との結び付きに遭遇するのであるから、学習者に求めら れる意識的な努力も増大しなければならない。教師が語句の説明をし、日本語 訳を与え、学習者は、それを受動的に聞いて、教材が理解できた思ったら間違 いで、本当に分かったことではなく、大部分、教師の日本語訳を聞いて、その 日本語が分かつたと言っても、そう言い過ぎではないで、あろう。日本語だけが 一人歩きしている感がある。確かに、いちいち英語の語句の説明がなされ、英 文の意味がきちんとした日本語で与えれると、学習者は勿論、教師もひとまず 安心するのかも知れない。そういった完壁主義が依然として根強い底流をなし ていることからの弊害であり、それが、いわゆる教師中心の指導形態と表裏一 体となっている由縁でもある。従って、教師中心の授業方法で一方的に教え込 むことから、学習者中心の学習指導形態に方向転換をしなければならない。教 師と学習者は英語の習得という大事業の共同事業者であり、両者の関係は、主 従のそれではなく、その活動の役割が違うのである。学習者は学習に主体的に 取り組くむようにしなければいけないし、またそうするように指導していかな けれならない。教師は学習が正しく進められるようにガイド役を努めなければ ならないが、勿論、ガイドの程度や方法は対象のレベルによっても多少異なっ てくることは言うまでもない。 そこで、学校等で、読解の指導の主要な方法として使われている翻訳の問題 点を検討する必要がある。先ず実態はというと、英語指導の初期の段階から大 学のレベルに至るまで、翻訳と読解との混同が、往々にして見られることも確 かだろうと思われる。目標言語のテキストを、母国語に翻訳して、それに基づ いて意味を間接的に理解するという極めて複雑な過程を経る。英文の意味を理 解するというより、どちらかというと、誰が読んでトもおかしくない母国語に直 すことが主目的のようにさえ思える。外国語として読みと異なる翻訳に相当の エネルギーを費やしていることになる。特に読みの未熟な学習者の場合は、木 を見て森を見ずのたとえのように、文脈を無視して、ただ母国語に一語一語機 械的に置き変えたに過ぎず、母国語としても何を言っているのか、訳をした本 a n T q d
人にも分からないでも能事終われりである。それは本来の外国語の理解ではな い。外山滋比古(1980)は:“訳はできたが本当はわかっていない、というよ うなことがあろうとは思っても見ない。おそるべき和訳への信頼である。翻訳 が解釈の手段であることもわすられてしまう。これが解釈不在、翻訳だけのリー ディングを発達させる。その弊害は広く深く英語の学習を侵していると言って よい。内容が難しくなるにつれて、少しずつではあるが翻訳と解釈とがずれる ようになる。一応の日本語訳はできたが、言っていることがつかめない、と言 うことが起こるはずである。しかし翻訳即解釈という考えに習慣づけられてい ると、訳ができれば能事終われりと安心してしまい、わからぬことは頬かむり して通り過ぎる。理解できていないまま解釈が完了したように考える。"と述べ、 またRobertLado(1988,12)も:“Theprimary objective of G-T is to read texts in a foreign langauge by translating them into the native language. The basic assumption is that the student cannot understand the foreign language directly and must first translate it. Direct understanding through the foreign language is not an objective and is not attempted. G-T reading is completed when the student understands the meaning of the text through the native language
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and no further processing of the language follows... Translation keeps the learning entangled in intricacies that are difficult to express across languages instead of focused on the meaning of the sentences themselves. The approach does not encourage the shift to direct reading." と述べて、両氏とも意味解釈不在のいわゆる翻訳の弊害を指摘している。翻訳 式教授法は、読む速度も阻害されるとともに、本来のReadingcomprehension とも異なるものである。きちっと母国語に置き換えて、それを通して間接的に 理解するので、外国語の意味的文法的な構造を把握して,意味を理解すると言 う過程を伴わないにもかかわらず、能事終われりと安心感を与えているようで ある。読みになれた人は、そのテキストの意味をつかむ前に翻訳という過程を 経ない。かれらは文脈や既に有する予備知識を活用して、テキストから直接的 に意味を理解している。指導の手段として、翻訳を続けていくと、読み指導の 目的である直読直解はいつまでも達成されずに終わってしまう。教師は語句の F、
υ q J喜 友 名 宏 説明をし、文の意味を母国語に置き変えて、そして学習者は、ただ単にそれを 鵜呑みにし、受動的に受け入れていくのではなく、絶えず、各単語聞の構造的 意味的な関係をつかむために、仮定・推測と確認を繰り返す積極的創造的な取 り組みが求められる。確実な知識を一つ一つ学習者に提供して、それが学習者 の中でどう処理され,学習されるのかの過程がおろそかにされてくる。学習者 の側からの仮定・推測・確認という学習者中心の指導に、不安定と不確実性を 感じ、学習が定着しないのではないかと不安感を抱く余り、完壁主義に走って しまう。教師中心の学習指導からなかなか抜け出せない状態になっていると思 われる。翻訳式教授法と完壁主義教授法とは深い関わりがあり、教師中心型教 授法の典型的な形態である翻訳式教授法を改めない限り完壁主義が支配的にな り、学習の過程を重視する学習者中心の教授法が育たないのではなかろうか。 Readingに関して、RonaldWardhaugh (1974,74)は次のように述べている: In order to fully comprehend a sentence, a reader must be able to relate what many linguists call the deep structure of that sentence, that is its basic elements and their relationships, to its surface structure, that is the repre -sentation of that sentence on the printed page. The reader must also be able to project a consistent semantic reading on the individual words. He must do more than recognize individual letters, words, and superficial syntactic patterns. To do only this much is to bark at print. Genuine comprehension requires that each sentence be given both syntactic and semantic interpretations in depth. This processis an active one to which the reader makes a great contribution.
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is by no means the passive process that certain linguists have claimed it is.翻訳が常に悪いのではなく、 語葉項目とそれらの関係からなる文構造を学習し、理解を深めないままに翻訳 指導に投げ込まれてしまうと、教師の翻訳に対する依存度が高まり、文構造を 把握しようという積極性が生まれてこない。そのため前後関係を考え、推測す ることなく、一語一語を、辞書を通して、日本語の対応語を当てはめて,その 総合体として、文の意味を捉えようとする。一語一語、断片的に予測なしに意 味を考えると、読みにとって大事な短期記憶が損なわれ、ますます意味を大き-3
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な文脈で捉えられなくなり、外国語の意味から逸脱したまま悪循環にはまり込 んでしまう。読みとは、線形的に個々の単語の文に現れる順序に認知して、そ の意味の総和として文の意味を理解するものではない。文を充分理解するため には、先ず第一に、文の基本的要素とその関係からなる、いわゆる深層構造を 視覚的に捉えられる文表現である表層構造に関係づけることができないといけ ない。それに加えて、個々の語集項目の意味的構造とそれらの聞の構造が、文 中の他の語の意味構造とどう関係づけられるかということに対する深い知識を 持たなければならない。こうした文法的意味的な関係を把握するためには、受 動的な学習では駄目で、能動的な働き掛けが必要となってくる。ここでチョム スキーの有名な例を通して、意味把握の過程を見てみよう。 4.1. J ohn is easy to please. 4 .2. J ohn is eager to please. 上記の二つの文は、表層構造上は同じ文である。即ち主語+動詞+補語+to不 定調のようになっている。しかしながら深層構造的には異なった文である。(4.1) の文を理解するためには、文の深層構造における pleaseの主語、即ち本当の主 語はJohnではなく不特定のSomeoneであり、Johnは目的であることを知らな ければならない。それから(4.2)の文はJohnはpleaseの深層主語で、深層目的 は不特定のSomeoneであることを知らなければならない。深層構造の理解に加 えて、次のような語聞の意味的関係を知る必要がある。次(R.Wardhaugh,1974, 75)の文中の‘play'の色々の意味の違いは、それぞれの文中における語桑項目聞の 意味関係の中で把握する必要がある。 4. 3. He wrote a fine play. 4.4. He made a fine play. 4.5. The wheel has too much play. (4.3)のwroteとplay,(4.2)のmadeとplay,(4.3)のwheelとplayの意味関係 に着目することによって、文の意味がはっきり理解できるわけである。外国語 としての読みの指導には、表層構造を手がかりに、深層構造を把握することに 先ず重点が置かれるべきであり、もはや教師の側からの一方的な説明では習得 されなく、学習者の側からの文法的意味的な関係に対する積極的な働きかけが 弓 t q も υ
喜 友 名 宏 前提である。教師はそのためのストラティジーを学習者に与えて、ガイドする ことが求められるのある。
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読解に関する最近の研究 読みに関して、異なったいくつかの考え方を取り上げ検討し、外国語として の読解の特質を検討してみたい。母国語の指導で、文字と音声との関連を教え、 新しい馴染みのない単語の一つ一つの音声を積み上げて、全体の発音をすると 言う部分から全体へという考え方をする Phonicsとは正反対の扱い方の立場を 取る、即ち、読みにおいて一般的な知識や文脈から単語の意味を予測すると言 う考え方を採用する K.S. Goodman(l9
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The reading process. In P.Carrell,I
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Devine and D.Eskey(Eds))は:Reading is a receptive process.I
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is a psycholinguistic process in that it starts with a linguistic surface representa -tion encoded by a writer and ends with meaning which the reader con -structs. There is thus an essential interaction between language and thought in reading. The writer encodes thought as language and the reader decodes language to thought.Further, proficient readers are both efficient and effective. They are effective in constructing a meaning that they can assimilate or accommo・
date and which bears some level of agreement with the original meaning of the author. And readers are efficient in using the least amount of effort to achieve effectiveness. To accomplish this efficiency readers maintain constant focus on constructing the meaning throughout the process, always seeking the most direct path to meaning, always using strategies for reduc -ing uncertainty, always being selective about the use of the cues available and drawing deeply on prior conceptual and linguistic competence. Effi -cient readers minimize dependence on visual detail. Any reader's proficein -cy is variable depending on the semantic background brought by the reader to any given reading task.と述べている。読み手の効率がよければよいほど、 視覚的な情報に対する依存度が低下し、意味的予備知識等への依存度が増大す
-38-ると言われる。意味を理解するのに、文中の視的要素を詳細に認知する必要は ない、文表層における視的手がかりへの依存度を最小限にとどめ、できるだげ 直接、意味に到達すると言われる。それは典型的な
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であり、即ち語句や文等を分析、処理するのに高度の知識(予備知識)を活用 することである。この方法は特に母国語読みや外国語としての高度の読み手の 場合によくみられ、速読には必要な情報処理方法であり、読みになれることは、 限りなくそのレベルに近づくと言うことであろう。外国語としては高度のレベ ルで、短期間にそのレベルに達することは非常に困難であるが、目指すべき最 終目標であり、指導のそれぞれの段階で、少しでもそのレベルに近づけるよう な学習指導を試みることが、読みの上達につながるものと考える。これに対し て、D
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文脈からの手がかりや高度の知識を活用して意味を予測し、把握するTop-down
的な読みは、文レベルでの語句や統語構造を自動的に把握できる段階に達して いる熟練した読み手が成し得るものであり、読みの発展途上にある、特に外国 語としての英語の読み手にすぐには当てはまらないことは言うまでもないこと である。両次元の相補性あるいは同時性を求めているD
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は、また次のように言及している。Good r
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喜 友 名 宏
1980:51). To properly achieve both
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developing readers must therefore work at perfecting both their bottom-up recognition skills and their top -down interpretation strategies. Good reading-that is, fluent and accurate reading can result only from a constant interaction between these proces -ses." 理解の正確さと速さを養うためには、 Bottom-up的な読みだけでは困難で、 どうしても Top-down的なものとの相補性は無視できない問題であろう。しか しながら未熟な読み手にとって緊急の課題は、熟練した読み手が内面化し、自 動化している語嚢や文法構造の理解力を身につけることに大部分の時間を費や さなければならないということである。読んで理解できるためには、先ず語句 や文を分析して統語構造(深層構造)を把握する必要がある。読みの発達段階 に関して言えば、先ず、初歩であればあるほど、テキストそのものに現れる単 語や文を主として分析することによって、テキストを理解すると言う Bottom-up 的な方式を採用する傾向が強く、それに反して、読みに熟達すればするほど、 テキストを理解する場合、読み手が今までに蓄積した知識、予測や経験等を活 用しようとすると言うことである。読み手の発達段階によって、どちらの方式 を余計使うのか、または同時に使うのかは決ってくる。いずれれせよ、一方だ けを専ら使うことではないらしいと言うことであろう。こういうことは外国語 としての読みの指導では、心しなければならない重要なこと柄であることにま ちがいはないものと思われる。 6. 読みの発達段階 いままで述べてきたことからも、 SkilledreaderとBeginningreaderとの違 いはほぽ明かであると思うが、より詳細に比較することによって、読解力の特 質をより一層明らかにし、外国語としての読解の学習指導に直面している問題 点を浮き彫りにすることによって、それぞれのレベルにおいて、読みの指導の 効率化を大いに高めることになる。そこでFrankSmith (1971、221-222) の説 を中心に,その違いについて触れてみよう。読み手が読みに困難を感ずれば感 ずるほど、視覚的な情報に対する依存度が高まる。その理由は、統語的意味的-4
0
一な余剰情報や非視覚的情報源をフルに活用できないからであると述べ、次のよ うに BeginningReaderとSkilledReaderの違いを定義づけている。
“This difference between fluent and beginning reading may be epitom -ized in the manner in which the reader makes use of syntax, the bridge between surface structure and meaning. The fluent reader can be regarded as crossing this bridge from the meaning side, merely sampling the visual information to confirm his expectations. In other words, analysis of meaning at the deep structure level leads to the analysis of the surface visual structure. Syntax is a tool that the fluent reader uses to predict what the surface representation should be, and he needs only a minimum of visual cues to provide a confirmation of the prediction-provided he is able to make use of redundancy accurately."
“The beginning reader, however, spends most of his time crossing the bridge of syntax in the opposite direction. Rather than predict surface structure from meaning, which requires only a minimum of visual informa -tion, he must deduce meaning from surface structure. Crossing the bridge in his direction requires a maximum of visual information. Since there is no prediction of what surface structure will be, the novice reader is forced to analyze all the constituents of the surface representation in order to be able to apply his syntactic skills. As we have seen
,
this is a slow and laborious process that is almost certain to result in a loss of comprehension. Attempting to identify all the constituent words of the visual representa -tion, one at a time without any prediction, may create such a memory overload that it will in fact be impossible to apply the rules of syntax." 上記のことから言えることは、読み手の読解力が増すにしたがって、意味の 側(深層構造)から文の表層構造を捉えることになるので、意味の予測の確認 の手がかりとして視覚的情報を選択的に利用する。それによって、より速い、 より正確な意味把握に導くことになる。読み手が初歩であればあるほど、広い 文脈の中で意味を捉えることが困難で、文を構成している全ての語棄の予測を 唱BAs
-喜 友 名 宏 行うことなく、個々の単語を断片的に意味を考え、文意をそのように得た単語 の意味の総和として作り上げて行く傾向が強く、木を見て森を見ずのたとえの ように、表層構造の全ての構成要素を分析せざるを得ない状況に置かれてしま う。それよって、読解に必要な記憶の負担も過重になると共に、より広い文脈 からの構造的意味的な把握がますます困難になり、正確な意味理解が行われな くなる。また読む速度も著しく損なわれることになる。読みの初歩の段階では、 個々の単語をより大きな構造の中で捉えることは難し~~。
7
.
外国語としての読みの課題 読みに未熟な読み手は、文を一つの構造として捉える分析力もなく、極端な 言い方をすると、構造の存在さえ意識してないと言うことである。意識してい ると言えば、相互に関係のないぱらぱらな単語の羅列であろう。そういう学習 者には語嚢項目とその関係からなる構造を理解させるる指導が何よりも必要で あるが、その理解は教師の側からの説明だけでは容易に得られない。語と語の 構造的意味的な関係を推測させる訓練が求められる。文をただ単にleft-to-right の線形的な単語の羅列と見なし、それぞれの単語を文法的意味的な関係を予測 なしに,母国語に置き変えていくことでは、文の表している意味を捉えること ができないのは言うまでもない。単語を静的なものとしてではなく、文中で文 全体の構造の中のある機能を持った生きた標識的な要素として捉えていく訓練 が必要であろう。ただ単語としてではなく、ある文法的な機能を持つ品詞とし ての概念化をできるだけはやく促進し、意味理解にとって重要な文構造を意識 させ、理解させることが極めて重要なことである。 文を理解するためには、文の深層構造を表層構造に結び付けることによって、 統語的な構造を把握することであるが、その構造を把握するには、語棄の意味 的文法的な特性の知識を活性化して積極的に推測していくことが重要であろう。 主語と動詞の関係、動詞と目的の関係、修飾語(句)と被修飾語(句)との関 係を把握することが中心的なものであると思われる。そういうわけで、主要品 詞である名詞、動詞、形容詞の概念とそれらが持つ言語的意味的な特性に対す る認識を深めることが要求される。語聞の関係を把握するためには、辞書的意。
4 4 4味のレベルに終わってはいけない。それを一歩進めた形の、もっと抽象的な構 造である意味素性まで掘り下げて考える必要がある。+(一)
Human
、+(一)Male
、十 (一)Animate
等の概念も語と語の関係、例えば動調と主語の関係を見つける場合、 一つの手がかりとして利用していくことが有効でありと考えられる。そうする ことが、読解にとって必要な文の文法構造(深層構造)を把握するのに、要求 される読み手からの積極的な働きかけを促す助けになるのだと思う。日本語の 場合は、主語や目的語はそれについている助詞によって比較的容易に見分けら れるので、主語と動詞の関係、動調と目的語の関係と言うのは、英語に比べれ ば分かり易いと思われる。 英語の場合は、語順が比較的固定していて、日本語の助詞に相当するものは なく、あくまで文中における位置づけによって決ってくる:主語+動調+目的 語。実際はこのような単純なものではなしそれらの聞にはその他いろいろな 修飾語句が挿入されてくるので、その関係を見抜くことはそう簡単なことでは ない。位置的な知識はそれらの文法関係を把握するための一つの手がかりにな ることは否定できないが、それもあくまで表層におけるものであり、意味を把 握するには深層まで掘り下げてみていく必要がある。語棄の内的構造の明確化 は、どの語とどの語が結び付き易いかという相対的な牽引力の強弱を知る大き な根拠になりうるのである。深層構造の把握と語葉構造の知識は相補的なもの で、読解の指導には必要欠くことのできないものである。読んで理解する行為 は,最も小さい単位である語と語、もっと大きな単位、即ち句と旬、文と文の 関係をそれぞれの特性を考慮して積極的に推測することである。読解になれる ことは、その推測力がより一層高められることである。 このような推測力を高めるもののーっとして、語棄の果たす役割を再認識す る必要がある。そのためにも語形や辞書的意味だけでなく、語の持つ潜在的な 特質に対する理解を深めることが緊要となってくる。例えば、文中の動詞が決 まると、それに対する主語として選ばれる可能性の選択範囲がかなり制限され てくるので、主語を求める推測作業がそれだけ容易になってくる。形容詞とそ れに修飾される名調との関係にも同じことが言える。しかしながら、動調と主 語、動調と目的語、名調と形容調、それぞれの関係は、そのままででは活性化 q a a a τ喜 友 名 宏 されないし、読み手がそれぞれの特性を認識して、初めて意味解釈に生かされ てくるものと考えるのである。意味を追求するための文法的意味的な推測力を 養成する指導が、特に読解において強く求められる。それが外国語としての読 みの学習指導において、解決しなければならない最も重要な課題だと思われる。 そこで読みと文法の指導と言うのが重要性を帯びてくると思われる。ただ文 法書的な文法の知識で即読解にそれが生かされるのか大いに疑問である。文法 と読みの関係は新しい視点から捉え直すことが求められる。それを特に意味の 推測把握に役立たせるためには、英文に即しての特別な訓練が求められるが、 そうした文法的語素的な構造の基本ができていることが幅広い文脈からの推測 を効果的に行わせるのである。言語構造的な基礎が欠けていては、意味からの 読解も起こり得ないことだと考える。 しかしながら、読解と言うのはそれぞれの文の範囲内だけでは充分で、なく、 文を越えた幅広い文脈や世界一般に関する予備的知識を活用が必要である。文 の構造に対する理解を深めながら、徐々にTop-down的なストラティジーをど う取り入れて行くか、指導のポイントになるであろう。
8
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語葉構造と読解 読み手が未熟であればあるほど、単語の意味を固定的静的に捉える傾向が強 い。単語の意味構造に対する認識を高めることによって、単語の持つ潜在力を 活性化させ、単語と単語の相互反応を高める。単語をパラパラなものとしてで はなく、構造的、意味的ネットワークの中に位置づけ、読解において、より広 い構造文脈から意味を予測し、推測していくことが出来るようにする。本来読 みは、学習の初期の段階のように口頭練習の教材と読みの教材が一致している 場合は別として、読みの教材の内容が高度化していくに従って、単語も量的に も質的にも拡大することになる。既習の単語でも、過去に習った単語の結び付 きが繰り返されるのは滅多になしむしろ新しい結び付きがほとんどであると 考えるのが妥当だろうと思われる。従って過去に習って記憶した具体的な単語 と単語の結び付きに遭遇するのは殆ど起こり得ないことなのである。単語のも つ意味的文法的な特質にもとづいて、単語と単語の結び付きを推測して、積極-44-的に意味の把握を行う訓練が必要になってくる。勿論そうした読み方を学習者 に教えることは容易なことではないと思われる。できるだけ多読させて、経験 を積むことによって、徐々に推測力が養われるようにすることが重要であると 思われるが、学習者側の努力をガイドすることが、特に基礎の段階を通過した ところの読みの指導の重要なポイントになると思う。要するに、推測力を高め る学習の効率化を計ることは、受動的な学習態度を改め、積極的な学習に向か わせるのに大きな助けになるものと思う。ここでいろいろな推測力を高めるス トラティジーの例をあげ、単語の意味構造がどんな役割を果たしているか検討 する必要がある。単語は、一定の語形(文字と文字との結び付き)と辞書的意 味を持ち、それに加えて、品調に分類されると言うだけの見方は表層的で、意 味理解には積極的きが要求される読みにおける単語の捉え方としては一面的で、 ダイナミックさに欠けている。文全体の意味を把握するためには、文法構造の 中での語と語との相互作用による適切な意味の創造が必要である。単語の意味 構造に対する理解を深めることによって、語間の意味的な相互作用が活発化し、 意味把握がより正確に容易に行われると思われる。先ず、内容語(主要品詞) と機能語に分けて検討しよう。内容語は意味特徴と選択制限を中心に意味構造 を調べていきたいと思う。単語は意味の最小単位である意味素性の結合からで きている。
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と“Woman"
の意味の違いは男性か女性かの違いで その他は同じで、非常に近接した関係にあり、同じS
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はー単語だけに意味素性とし て取り扱えば、読みとは直接関係のないものと考えられるかも知れないが、統 語構造の中で単語との関係で考えた場合、大きなな意味を持つことになる。 しかしながら読解にとって最も重要な語桑項目は動調であろう。と言うのは 45-喜 友 名 宏
動調の特質によって文構造が決定されるからである。HerbertH. Clark and EveV. Clark(1977,63-64)は次のように述べている。“Contentwords themselves limit what can occur around them. Among content words, verbs restrict their environments the mos
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.
Within simple sentences, for example, the verb often specifies whether there should be one, two, or three noun phrases with it."文構造の理解が動調を中心に展開される。動調が決定されると、それに対す る主語の選択範囲が狭められてくる。推測がこれによって容易に行われてくる と言える。動詞が他動詞であれば、目的に関しても同じ事が言えるのである。 そこでいくつかの動調を(M.Bierwisch,Semantics,l771n ].Lyons (Ed)(1970))か ら取り上げてその意味素性を考えてみよう。‘give'=
(X,
(Y,
Z)have)cause言い替 えると“X causes Y to have Z "となる。 Xは主語で(通常人間)、 Yは間接目 的(通常人間)、 Zは直接目的(物)で、具体的な文で示せば、 PetergivesJ
ohn many books. giveはX,Y, Zと言う三つのNPを持つ典型的な動詞であるこ とでよく知られている。‘kill'=
Xs cause(Xd change to(not alive Xd) and <animate Xd>くconcreteXs> or <human Xs>は具体物か人間だけがkilling の行為の主体になりうることを示し、また目的には人聞を含む生物だけがなり うると言うことである。‘read'= (X, Y)readくXhuman> Xはreadingの主体を 表し、Yは目的を表している。Xは人間だけがなりうることを示している。従っ て、 killや readの意味素性を知っていれば、主語、動詞、目的のそれぞれの関 係を予期し、推測する大きな手がかりになると言うことである。 Bierwisch,M. Semantics 1n]. Lyons(ed)(1970)は次にように述べている。“Adifferent type of relation among the elements of the vocabulary is estab!ished by restrictions on their combinability. Thus verbs !ike ‘talk'‘think'‘dream', only allow subjects with the feature HUMAN;‘drink' requires an object with the feature LIQUID; the adjective ‘blond' requires a subject specified by such appropriate features as human hair. Restrictions of this kind are called ‘selection restrictions' as they indicate which lexical elements may be selected in order to form a semantically well-formed combination of two or more syntactically combined lexical elements. They specify, so to speak,p
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文の意味理解にとって特 に動調の果たす役割は大きい。動調の意味特徴を知ることによってどういう語 と結ぶつくのか、即ち選択制限が明らかになり、主語または目的を複数の名詞 から選ぶ場合、その選択が容易になり、大体予測できるのである。文理解にとっ て重要なS
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も結局は語葉項目の結び付きであ るので、語章構造との相補的な働きによって活性化されてくると思われる。 動調c
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のような主語+動調の結び付きは通常認められない。と言うのは動詞‘d
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は+animate
の主語だけを取るからである。上記文例のように、短い文の場合、 主語と動詞の結び付きを発見するのは難しいことではないかも知れないが、長 い複雑な文では主語と動調の関係を見つけることは容易の事ではない。いくつ かの文例をあげてみよう。8
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は、それぞれ+human
の主語を取る。このように選択範 囲が狭められれば、文法構造の把握や意味解釈において重要な役割を果たす推 測が、それだけ容易に行われると考えられる。 このような選択制限は、動調と目的語聞にも勿論みられる。次の例では動調 ‘f
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は+human
または+animate
の目的語を取る。8
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次に、文構造を把握するのに大きな手がかりになる機能語について考えてみ よう。機能語は、内容語と異なって、それ自体のはっきりした意味を持つてな 司 t a a τ喜 友 名 宏 いが、文中または文を越えた構造の中で文法関係を示す役割を有し、読解にお いて重要な手がかりを与えるのである。機能語は特に文中であるまとまった意 味をもっ意味グループの始まりを示す手がかりの働きをしている。例えばtheが 次に名調が現れることを知らせ、前置調が動詞と関わる副詞句、名詞と関わる 形容調句等を導く役割を果たしているなどである。即ち、文の構成要素に分け て、意味を把握するのに大きな助けになるということである。 H.Clark and E. Clark(l977,59)は機能語について次のように述べている。 “Function words may play a crucial role in the strategies for segmenting speech into constituants. Kinball(1973)has proposed the following strategy: Strategy 1: Whenever you find a function word begin a new constituant larger than one word. This strategy reflects the observation that function words are very reliable clues to constituant structure because in English each one signals the beginning of a major constituant. Most function words also signal the type of constituant they are part of.
A
, an and the begin noun phrases not prepositional phrases, verb phrases, or necessarily sentences."その方法を次の文の分析に利用して、いかにそれが文の理解に役立つかを示 してみよう。
8.8. In many towns and cities/ of the western United States
,
/
the rodeo/ is/ the biggest attraction / of the year
.
各組成区分を他の標示で示すと、
8.9. (PREP+ NP)+(PREP+ NP)+(DET+ N)+ VERB十NP+(PREP+
NP) 機能語の前置調に導かれた部分を除いて、文の主要な要素だけを抜きだして みると次のようになる。 8.10. (Det十N)+VERB+(DET+ NP) 8.11. The rodeo is the biggest attraction. このように文の主要な要素にはなり得ない前置詞等に導かれた部分を省略し てみると、文の構造が単純化されて、構造が把握し易くなる。それも機能語を
4
8
-手がかりに文を構成要素に区分できることによって可能になってくるのである。 ここまでは内容語の名詞と動調、それに機能語の働きについて述べたが、品 調聞の結合、即ち意味的形式的結合の可能性という問題も意味把握に重要な影 響を及ぽす。形容詞が名詞を、副調が動調を、それぞれ修飾し意味を限定する。 どの形容調はどの名調の前にもこれるというわけではないが、形容詞の意味素 性から次にくる名詞の選択範囲に影響を与える。また逆に名詞の意味素性から 前置される形容詞の種類を限定推測することを可能にすることが出来るという 意味で、文の意味理解に大きく寄与できる。そういう意味で品詞聞の結合性の 問題を意味理解の学習と指導において積極的に意識させ、活性化させ、語間相 互の依存性に着目し、形式的意味的な予測力を高めることが出来るであろう。 先ほども触れた文法を読みに直結させる一つの可能性を示していると考えられ る。 9. 読解と教材の内容 読解指導には、語索、文法構造の言語的なものや談話構造・語用論に加えて、 考慮、しなければならない重要なものは、読みの教材としてどういう教材を採用 するかという教材論の問題であろう。特に日本の中・高校の英語教科書が文法 構造的な'性格を持っていて、それらの文法事項をどう各課に配列していくかに 中心が置かれている。内容は後から肉づけされるので、英文としては不自然さ は否めない。学習者の興味・知的レベル・生活経験等に合致しない面があると いわれ、現場の教師の意見でも、内容の貧弱さ、画一的でト、無味乾燥、内容的 に学習者の言葉や生活から遊離しているとよく指摘されているところからも明 らかである。ここまで述べてきた読解の特質一学習者の側からの積極的な働き 掛けを要求する意味獲得のための推測活動 から大きな問題であろう。そうし た読解の推測を促進するような教材としては、