当事者運動に応答する自立支援の形成過程
―知的障害のある人びとの親子関係の視点から―
橋 田 慈 子
* 本研究の目的は、知的障害のある人びとの当事者運動に応答する自立支援の形成過程を明ら かにすることにある。こうした目的を達成するために、知的障害のある人びとの当事者運動の 支援者であったロンドンの成人教育チューターの実践を分析した。研究の結果、成人教育チュ ーターが、当事者との議論を通して親子関係をめぐる問題を把握し、家族の内外に支え合いの 関係性を構築することによって、親元からの自立を促していたようすが明らかになった。 *はしだ なりこ 筑波大学 キーワード:自立/成人期への移行/親子関係/セルフ・アドボカシー/チューター 1 .問題の所在と研究目的 1970年代に経済危機を経験し、福祉国家路線か ら転換を図っていた英国(United Kingdom)で は、福祉制度に依存する人びとの「自立(Inde-pendence)」 1 をいかに進めるのかが政策課題にな っていた。1970年教育法(1970 Education Act) を通して重い知的障害のある児童・生徒 2 が学校 教育の対象に組み込まれてからは、学校卒業後の 継続教育(Further Education)・成人教育(Adult Education)に関する議論が進み、教育目標に自 立というキーワードが掲げられた。 1973年にライオネル・ラッセル卿(Sir Lionel Russell)を中心とした委員会が刊行した『成人 教 育: 発 展 に 向 け た 計 画( :以下、『ラッセル委員会 報告』)』は、知的・精神・身体障害のある人など の「不利益を被る人(The Disadvantaged)」に 対する成人教育が、そうした人びとの自立と社会 統合を図るべきであると記していた。『ラッセル 委員会報告』は、そのために各地の成人教育機関 が医療・福祉サービスと連携して、職業訓練と家 族支援に取り組む必要があると示していた 3 。 ところが、その後の経済状況の悪化と青年失業 率の増加を背景にして、政策の関心は、職業訓練 のほうに集中していった。その嚆矢となったのが、 1978年にメアリー・ウォーノック卿(Sir Mary Warnock)を中心とした王立委員会が刊行した 『障害のある児童と若者の教育に関する調査委員 会報告( : 以 下、『 ウ ォ ー ノ ッ ク 委 員 会 報 告』)』であった。『ウォーノック委員会報告』は、 「 学 校 か ら 成 人 生 活 へ の 移 行(The Transition from School to Adult Life)」について一つの章を 設けており、障害のある青年の職業訓練コースと ともに自立生活の技能や社会的能力を高めるコー スを開講することで、将来的に医療・福祉サービ スにかかる費用負担を減少させることができると 述べている 4 。こうした提言が福祉国家路線から 転 換 を 図 っ て い た マ ー ガ レ ッ ト・ サ ッ チ ャ ー (Margaret Thatcher) 政 権(1979年 −1990年 ) のもとで施策化され、政府の補助金が職業訓練に 取り組む地方教育当局(Local Education Author-ities)に拠出されていった。1987年の調査では、 全国約半数の継続教育カレッジが知的障害のある 青年を対象にした職業訓練コースを実施していた ことが分かっている 5。一方、この間に、英国の継続教育政策を司る継 続教育ユニット(Further Education Unit:以下、 FEU) 6 は、カレッジでの訓練成果を定着させる ため、家庭とカレッジの連携、家庭内の訓練に対 する親の関与を求めていた 7。一般的に青年期は、 親との葛藤を繰り返しながら、親元からの自立を 開始する時期であると考えられるが、障害のある 青年の場合、親による管理・監督を求められてい たのである 8。このような状況に対して、異議申
し立てを行う動きはなかったのだろうか。 英国では、1980年代に知的障害のある成人たち の「 セ ル フ・ ア ド ボ カ シ ー( 自 己 権 利 擁 護: Self-Advocacy)運動」が取り組まれている。セ ルフ・アドボカシー運動は、知的障害のある人び とのために権利擁護(Advocate)を行ってきた 親や施設職員との関係性を問い直し、自らの権利 は、自ら主張することを求めていた 9。そうした 運動を経て、英国の移行期研究では、知的障害の ある人びとの意見表明や意思決定を妨げてきた親 との関係性の問題が指摘されるようになり、自立 生活を支える専門職員の役割が論じられるように なった 10。しかしながら当事者たちの求めに応じ て、親子関係の変容を導いてきた教育職員の諸実 践は十分に明らかにされてこなかった。 これまで教育学研究では、知的障害のある人び との自立をめぐる問題が主に経済的自立の観点か ら捉えられ、就労移行を進める教育機関の機能が 明らかにされてきた 11 。それは障害のある人びと が「誰にも頼らない」「依存しない」人間になる ための訓練であったといえる。そのような状況に 対して、生活上の支援を必要とする人びとの当事 者運動では、「誰とどこで暮らすか」などを含め て、自らの生活について自ら決定する「権利とし ての自立」を求めていた 12 。そうした運動を経て、 近年の教育学研究では、障害のある学生の自主性 や意思決定を尊重する移行期の教育実践を紹介す るものが散見されている 13。これらの研究は、当 事者の意思決定を保障する教育機関の機能を明ら かにする一方で、知的障害のある人びとの実際生 活における、親や施設職員との不均衡な関係性を 問うことを等閑視していた。知的障害のある人び とが、他の成人と同様に自律的な生活を営む主体 になるためには、親や周囲の人びととの関係性を 組みかえる教育支援が重要な意味を持つと考えら れる。 それでは、セルフ・アドボカシー運動を通して 親子関係の問題が顕在化していた英国では、どの ような教育支援が展開されてきたのだろうか。本 研究では、当事者運動が求めた親子関係の変容と いう視点から、知的障害のある人びとの移行支援 アプローチの変容を導いた教育職員の実践プロセ スを明らかにする。それは、当事者運動に応答す る自立支援の形成プロセスともいえる。 本研究では、1980年代にインナー・ロンドン教
育当局(Inner London Education Authority:以 下、ILEA) 14の City Literary Institute(以下、シ ティ・リット) 15という成人教育施設で成人教育 チューター(Adult Education Tutor) 16
を務めた ジョン・ハーゾフ(John Hersov)の実践に焦点 を当てる。ジョン・ハーゾフがチューターを務め たシティ・リットの「自分のことを話す(Speak-ing Up)」コースは、英国のセルフ・アドボカシ ー運動の「最前線」に立ってきたといわれてい る 17 。彼はそのコースにチューターとして参加す る傍ら、セルフ・アドボカシー運動の支援者とし て、運動参加者の意見を反映した継続教育職員の 研修テキストを刊行し、国の調査研究にも精力的 に取り組んできた。このことから、彼はセルフ・ アドボカシー運動の参加者の考えを、継続教育政 策・実践の変化に反映させた人物であると考えら れる。このような理由から、本研究では、彼の実 践を中心に取りあげる。 研究方法としては、ジョン・ハーゾフが刊行に 携わった文献資料を検討し、必要に応じて彼に対 して実施した聞き取り調査や、全国障害学生局 (National Bureau for Handicapped Students) 18の デボラ・クーパー(Deborah Cooper)に対して 実施した聞き取り調査のデータを参照する。調査 概要は、表 1 に示したとおりである 19 。 本研究では、 3 つの研究課題を設定する。 【課題 1 】ジョン・ハーゾフが「自分のことを 話す」コースの参加者との議論を通して、親子関 係という視点から自立をめぐる問題を捉えるよう になった経緯を明らかにする。 【課題 2 】彼が、親子関係の困難が生じてきた 要因をどのような方法で把握しながら、移行期の 教育に携わる継続教育職員に対していかなる問題 提起を行ったのかを明らかにする。 【課題 3 】【課題 2 】で取り上げた問題提起のあ と、継続教育政策・実践における移行支援のアプ ローチにどのような変化が見られていったのかを 明らかにする。 2 .「自立した考え方」を尊重する教育実践 (1)当事者同士の関係形成 シ テ ィ・ リ ッ ト を 運 営 し て き た ILEA で は、 『ラッセル委員会報告』(1973年)の翌年から、障 害のある人びとを対象にした継続教育・成人教育 を振興している。ロンドンの中心地に位置するシ
ティ・リットでは、1979年から知的障害のある成 人を対象にした物語(story telling)コース、ダ ンス、音楽のコースなどを開講し、知的障害のあ る成人たちが自分の感情を表現することのできる 教育実践に取り組んでいた 21 。そこでは、知的障 害のある成人がコースに参加する前に、試行的に コースを訪れ、自らの判断で参加するか否かを決 定する仕組みが整えられていた。そうした仕組み を導入した音楽コースのチューターのジャネッ ト・ワイアット(Janet Wyatt)は、知的障害の ある人びとが自らの人生をどう生きるのかを「自 分で決める最初の場所」として成人教育の場を認 識していた 22。彼女が何についてどのくらい学ぶ のかを自ら決めることを重視していたようすがう かがえる。 1981年の国際障害者年を契機にして彼女は知的 障害のある成人が自らの考えを述べ、それを尊重 することのできる場として「自分のことを話す」 コースを企画していった。彼女の打診を受けてチ ューターになったジョン・ハーゾフは、その企画 意図を尊重しながらコースのなかに特定のカリキ ュラムを設けることをせず、10名程度の参加者が その都度、自分たちにとって身近な課題をテーマ にして話し合いを行うことを支援した。彼は、知 的障害のある成人が自分自身の考えを表明し、そ の考えを周囲の仲間から受け入れられる経験を積 み重ねることが重要であると考え、成人教育の場 においてそうした仲間との関係性を形成すること を支援していった。 知的障害のある成人たちのコースを支援し始 めたとき、私は、そうした人たちが自信を持っ て自分のことについて話し、仲間の話にも耳を 傾けることを支援してきました。そうした取り 組みを通して、知的障害のある成人たちは、 「自分自身の考えについて知る」ようになり、 自分の意見を表明するようになりました。これ は「 自 立 し た 考 え 方(Independence of Mind)」 23 の形成を支えることであったといえま す 24。 「自分のことを話す」コースは、知的障害のあ る人びとが安心して自らの考え方について表明し、 そうした考えを承認し合う関係性を当事者の内側 に形成することで、セルフ・アドボカシー運動の 成立につながったと考えられる。 表 1 .聞き取り調査の概要 ㄪᰝ༠ຊ⪅ ㄪᰝ༠ຊ⪅ࡢᒓᛶ ㄪᰝᐇ᪥ ࢪ࣭ࣙࣥࣁ࣮ࢰࣇ ᖺ௦ࡽ▱ⓗ㞀ᐖࡢ࠶ࡿேࡧࡢぶࡢᅋయ㸦7KH 1DWLRQDO $VVRFLDWLRQRI3DUHQWVRI%DFNZDUGV&KLOGUHQ㸧19F ົࡋ࡚࠾ࡾࠊ ぶࡢᅋయࡢ࡞࡛ࠊᙜ⪅ࡢពぢ⾲᫂ࢆᨭ࠼ࡿྲྀࡾ⤌ࡳࢆ⾜ࡗ࡚࠸ ࡓࠋࡑࡢᚋࠊ ᖺࡽࡣࢩࢸ࣭ࣜࢵࢺࡢࠕ⮬ศࡢࡇࢆヰࡍࠖࢥ ࣮ࢫࡢࢳ࣮ࣗࢱ࣮ࢆົࡵࠊᙜ⪅ࡓࡕࡢពぢࢆ⥅⥆ᩍ⫱࢝ࣞࢵࢪࡸᡂ ேᩍ⫱ᶵ㛵ࡢ⫋ဨ◊ಟᫎࡉࡏࡿᐇ㊶ྲྀࡾ⤌ࢇ࡛ࡁࡓࠋ ᖺ௦ධࡗ࡚ࡽࡣࠊࢩࢸ࣭ࣜࢵࢺࡢࢳ࣮ࣗࢱ࣮ࢆ㏥ࡁࠊປ ാඪ࣭ࢺࢽ࣮࣭ࣈࣞ㸦7RQ\%ODLU㸧ᨻᶒࡢࡶ࡛▱ⓗ㞀ᐖࡢ࠶ࡿᡂ ேࡢពぢࢆᫎࡋࡓᨻᗓⓑ᭩ࠗ౯್࠶ࡿேࡧ ̿ ୡ⣖࠾ࡅࡿ▱ ⓗ㞀ᐖࡢ࠶ࡿேࡧࡢ᪂ࡓ࡞ᨭ᪉⟇̿㸦9DOXLQJ 3HRSOH $ 1HZ 6WUDWHJ\IRU/HDUQLQJ'LVDELOLW\IRUWKHVW&HQWXU\㸧࠘ࡢ⟇ᐃ ᦠࢃࡿ࡞ࠊᨻ⟇ࡶᙳ㡪ࢆ࠼࡚࠸ࡿࠋ ᖺ ᭶ ᪥ࠊ ᭶ ᪥ࠊ ᖺ ᭶ ᪥ࠊࣟࣥࢻ࡚ࣥ ᐇࠋ ࢹ࣭࣎ࣛࢡ࣮ࣃ࣮ ᖺ ௦ ࣟ ࣥ ࢻ ࣥ ࡢ ࢽ ࣗ ࣮ ࣒ ᆅ ༊ ࡛ ≉ ู Ꮫ ᰯ 㸦 6SHFLDO 6FKRRO㸧ࡢᩍဨࢆົࡵࡓ࠶ࠊ࣓ࣜ࢝Ώࡗ࡚ಟኈྕࢆྲྀᚓࡋ࡚࠸ ࡿࠋᖐᅜᚋࠊᅜ㞀ᐖᏛ⏕ᒁ࡛ ᖺ㛫ࢩࢫࢱࣥࢺ࣭ࢹࣞࢡࢱ࣮ ࡋ࡚ാࡁࠊࢪ࣭ࣙࣥࣁ࣮ࢰࣇඹࠊ)(8 ࡢㄪᰝᦠࢃࡗ࡚࠸ࡿࠋ௦ ⾲ⓗ࡞ⴭస≀ࡋ࡚ࠕኚࡢᶵ ̿⥅⥆ᩍ⫱カ⦎タ࡛≉ู࡞ࢽ ࣮ࢬࢆᨭ࠼ࡿࢫࢱࢵࣇࡢࡓࡵࡢᐇ㊶࢞ࢻ̿㸦2SSRUWXQLW\ IRU &KDQJH 3UDFWLFDO *XLGH WR ,QVHUYLFH 7UDLQLQJ IRU 6SHFLDO 1HHGV 6WDII LQ )XUWKHU (GXFDWLRQ DQG 7UDLQLQJ (VWDEOLVKPHQWV 6SLUDOERXQG㸧ࠖ㸦1DWLRQDO%XUHDXIRU6WXGHQWVZLWK'LVDELOLWLHV 㸧ࢆᣲࡆࡿࡇࡀ࡛ࡁࡿࠋ
ᖺ ᭶ ᪥ࠊ ᖺ ᭶ ᪥ࠊ ࣟࣥࢻ࡚ࣥᐇࠋ
(2)自立を妨げる障壁としての親 こうしたコースのなかで頻繁に議論されていた のが、知的障害のある成人の生活に密接に関わる 親との関係性をめぐる問題であった。ジョン・ハ ーゾフは、コースのなかで知的障害のある成人た ちに「あなたは一人で暮らしたいと思うか?」を 問い、参加者の考えを引き出していった。当時の 議論のようすについて彼は、次のように振り返っ ている。 ある男子学生は、いつか自分の父親は亡くな るので、父親と一緒に暮らすよりも、自分自身 の力で暮らしたいと話していました。すると別 の50代のダウン症の女性は、とても感情的にな りながら「私の家族は、私がいくら望んでも、 私を手放してくれませんし、友人と一緒に暮ら すことを許してくれません」と話しました。全 員が彼女の話に耳を傾けていました。そこであ る男子学生が口火を切り、「これは私自身の人 生ですよね」と言いました。まさに私がコース を通してサポートしたいと思っていたことを、 その時、彼が口にしたのでした 25。 知的障害のある成人との議論から浮かび上がっ てきたのは、成人たちが親元を離れて自立した人 生を歩みたいと考えても、その実現を阻む親たち の存在であった。ジョン・ハーゾフは、このよう な議論を通して、成人期を迎えても「自立した考 え方」に基づいて生きることが難しい人びとの問 題を認識するようになり、1980年代半ばから青年 期の移行支援に取り組んでいた継続教育職員に対 して、親子関係をめぐる問題を提起していった。 3 .親子関係の問題に取り組む職員集団の形成 (1)「自立した考え方」を組み込んだ研修機会の 組織化 1985年、シティ・リットの参加者によるセル フ・アドボカシー運動が活発化するなかで、ジョ ン・ハーゾフは運動参加者の考えを反映したテキ ス ト『 私 た ち は 将 来 を 変 え ら れ る( )』を作成している。このテキ ストは、継続教育職員の研修を実施していた全国 障害学生局のもとで刊行され、全国の継続教育カ レッジ等の職員研修に用いられた 26。ジョン・ハ ーゾフは、「デボラ・クーパーと私は、一緒に全 国の様々なカレッジに赴き、数日間の研修を実施 してきました」と振り返っている 27。 テキストを執筆する過程で彼は、14か月間にわ たって知的障害のある成人と議論に取り組み、そ うした人びとの「自立した考え方」をテキストの 中に取り入れていった。その理由について、彼は 次のように語っている。 私たちは知的障害のある人びとが自分自身の 考え(「自立した考え方」:引用者)を持ってい ることを知っていました。ですが、すべての人 がそのことを知っているわけではありませんで した。知的障害のある人びとの考えを紹介する ことは新しい試みとして、多くの人を驚かせま した。知的障害のある人びとの言葉は、とても 力強かったのです 28 。 テキストは知的障害のある人びとが「自立した 考え方」を持っていることを、継続教育職員に示 す試みでもあった。テキストの内容は表 2 に示し た通りになっており、とくにモジュール 3 は、シ ティ・リットの参加者が頻繁に議論し、関心を寄 せてきた、親との関係性について考える期間にな っていた。 (2)親子の視点から問題構造を把握する モジュール 3 の第13章は、「親(Parents)」と いうタイトルで、①親が知的障害のある成人との 関係について直面している問題を描き出すこと、 ②知的障害のある人びとが成長するにしたがって、 親との関係について抱えるようになった問題を概 説することを目標にしていた 29。この目標を達成 するため、テキストでは、知的障害のある人びと とその親の両方の視点から、それぞれが自立に際 表 2 .研修プログラム ᮇ㛫 ෆᐜ ࣔࢪ࣮ࣗࣝ㸯 㞀ᐖࡸࢭࣝࣇ࣭ࢻ࣎࢝ࢩ࣮ࡢᐃ⩏ ࢆᏛࡪ ࣔࢪ࣮ࣗࣝ㸰 ࢭࣝࣇ࣭ࢻ࣎࢝ࢩ࣮ࡢ┠ⓗࡸỴᐃ ᪉ἲ࡞ࡢᢏ⾡ࡘ࠸࡚Ꮫࡪ ࣔࢪ࣮ࣗࣝ㸱 ⫋ဨࡸぶ࡞ࠊ▱ⓗ㞀ᐖࡢ࠶ࡿᡂே ࢆྲྀࡾᕳࡃ㛵ಀᛶࡘ࠸࡚⪃࠼ࡿ ࣔࢪ࣮ࣗࣝ㸲 ࢭࣝࣇ࣭ࢻ࣎࢝ࢩ࣮ࡢᢏ⾡ࢆఏ࠼ ࡿᐇ㊶᪉ἲࢆ⪃࠼ࡿ
(Cooper, Deborah/Hersov, John CONTENTS . . Skill. 1986を参考に筆者作成)。
して直面する困難を捉える試みが見られた。 調査に参加した親たちは、自分自身が「保護者 としての役割をもはやこれ以上果たすことができ ないことに苦しいほど気付いている」ものの、 「子どもとのつながりを断つことが難しい」と語 っていた 30 。本稿の冒頭部分で述べたように1980 年代には、多くの継続教育カレッジが知的障害の ある青年の職業訓練コースに取り組むことにより、 経済自立を促していたものの、そうした実践では、 家庭内での訓練とそこへの親の関与を期待してい た。親に対する役割期待は、子どもを手放すこと が困難な親の意識を生み出す一つの要因になって いたと考えられる。それゆえに、聞き取り調査に 参加した親は、自立を支える職員の不在を指摘し、 「子どもの自立を共に願う職員が増えてくれるこ とを望んでいる」と語ったのであろう 31 。 一方、セルフ・アドボカシー運動に参加した知 的障害のある人びとは、親たちの意識や行動に内 面化されてきたパターナリズムの問題に言及して いる。ある成人は、過保護・過干渉な親の介入に よって「自信を持つことができなくなった」とい う思いを吐露し、ほかのものは、「母が(中略) 何をするにしても、許してくれなかった」ことを 指摘している 32 。知的障害のある成人は、自らの 行動を制限する親のパターナリズムと、それによ る自らの経験不足と自信喪失を、自立の障壁とし て語っていたことが分かる。 研修テキストは、このように親子の立場の違い による考え方の違いを顕在化させながら、知的障 害のある人びとの自立の困難が、子どもの自立を 共に支えてくれる職員の不在と、親の過保護・過 干渉による知的障害のある人びとの経験の不足、 自信喪失という複雑な構造のなかで作り出されて いることを示していった。 (3)親子関係の変化を支える職員への期待 研修テキストは、このような自立をめぐる問題 の複雑な構造を指摘したうえで、継続教育職員の 関わりの変化を求めている。継続教育職員が知的 障害のある青年とその親の間に「成人同士の関 係」を築くため、それぞれが懸念を表明できる機 会を設ける必要を提起している 33。そうした機会 が、親と子どものあいだの考えの違いを浮き彫り にし、親が子どもの考えを尊重しながら子どもを 手放すことを可能にすると考えられていた。 第13章を執筆したデボラ・クーパーは、「知的 障害のある人びとが『自立したい』と言っている のであれば、親たちもそう思えるように(チュー ターが:引用者)支援を行う必要がある」と語っ ている。 チューターは、知的障害のある青年・成人の ことを助けるとともに、その親のことも手助け することが大事だと思います。両者のあいだに 葛藤があることは、良いことではありません。 皆が共通の目標に向かっていくことを手助けし なければならないのです。もし知的障害のある 青年・成人が自立したいと言っているのであれ ば、親たちもそう思えるように支援を行う必要 があると思っています。チューターの役割は、 知的障害のある個人を支える以上に複雑である ことを理解しなければなりません 34。 チューターは、知的障害のある人びとの「自立 した考え方」を尊重することのできる関係性を、 親子の間にも築く役割を期待されていた。このよ うな役割が研修テキストのなかで示されることに より、親子関係の変化という視点から移行支援に 取り組む必要性が、教育職員のあいだで共有され ていったと推察される。その後、彼らによる問題 提起は、英国の継続教育政策を司る FEU の調査 研究に発展している。 4 .移行支援アプローチの変化 (1)国内外の要請と FEU の調査研究 ジョン・ハーゾフらの問題提起が FEU の調査 研究に発展したのは、彼/彼女らの問題意識が当 時の経済協力開発機構/教育研究革新センター (Organisation for Economic Cooperation and De-velopment/Centre for Educational Research and Innovation:以下、OECD/CERI)の問題認識と 共鳴するものであり、さらなる調査を求められて い た こ と に 由 来 す る。OECD/CERI で は、1978 年から障害のある青年の「成人期への移行」に関 する調査研究に取り組んでいた。この調査結果を まとめたのが、『障害のある青年:成人期への道 ( :以下、OECD/CERI 報告)』であった。 OECD/CERI 報告によれば、「成人期への移行」 とは、(1)個人の自主性、自立、成人としての位
置付け(Adult Status)、(2)生産的活動(雇用)、 (3)社会的な関わり、地域参加、レジャーとレク リエーション、(4)家庭内における役割の変化の、 4 つの変化を伴うものであるという 35 。OECD/ CERI は、成人期への移行を促すプロセスで、自 立に対して消極的な態度を示している親の葛藤や、 自立の受け入れがたさの原因を明らかにすること を研究課題として示しており 36、このような問題 意識が OECD の加盟各国に引き継がれ、英国で は FEU の調査研究に発展していった。 FEU は、OECD/CERI 報告に対する応答とし て、 3 つの調査研究に取り組んでいる。このうち 3 つ目の研究プロジェクトがセルフ・アドボカシ ー運動の参加者たちの視点を含み込んだ研究『セ ルフ・アドボカシーと親:セルフ・アドボカシー が 障 害 の あ る 子 ど も を 持 つ 親 に 与 え た 影 響 ( -)』であった。1988年にこの調査研究 が取り組まれた背景には、次のような英国内の事 情も影響していた。まず、1988年にロンドンでセ ルフ・アドボカシーに関する国際会議「私たち自 身の声(A Voice of Our Own)」が開催され、国 内におけるセルフ・アドボカシー運動の機運が高 まっていたこと 37
、次に、1988年教育改革法(1988 Education Reform Act)を通して知的障害のあ る成人が継続教育の対象に含み込まれるなかで、 継続教育カレッジでそうした成人たちのニーズに 対応する必要性が高まっていたことである 38。知 的障害のある成人のセルフ・アドボカシー運動が 発展し、そうした人びとが継続教育の対象に組み 込まれていくプロセスで、当事者運動と継続教育 の接近が見られたと考えられる 39。 (2)コミュニティ・ケア政策と親の役割意識 『セルフ・アドボカシーと親』に関する FEU の調査研究では、デボラ・クーパーがとりまとめ 役となり、再びジョン・ハーゾフに協力を仰ぎな がら、セルフ・アドボカシー運動参加者と親の両 方の考えを聞き取り、自立の困難がもたらされる 要因を明らかにしている 40 。親たちは調査のなか でケアを担うことによって得ることのできる「報 酬」について語り、ケア役割を担うことで親たち が自らのアイデンティティや日常生活のルーティ ンを形づくっているようすが明らかになった 41 。 この調査研究では、親の役割意識が生じる要因 を、親の個人的な特徴に引き付けて考えるのでは なく、親の役割を求めてきたコミュニティ・ケア 政策のもとで作り出された社会的な課題であると 考える視点が示されていた 42 。そのうえで「移行 期に関わるすべての人々が、現行の政策の矛盾を 認識すべき」であると提起している 43。FEU の調 査研究は、移行支援に取り組むカレッジの職員が 支援に取り組む際の原則として、「障害者家族」 と呼ばれる人々のなかにもほかの一般の家族と同 様に異なる希望や関心―すなわち「自立した考 え方」―が存在していることを認識し、双方の 考えに葛藤が生じている場合、その解消に取り組 む必要があると記していた。 「障害者家族」なるものは存在しておらず、 こうした人びとの家族は、まず、ただの「家 族」であるといえます。障害のある青年やその 家族とともに活動するサービスは、青年とその 親のあいだの希望や関心が必ずしも一致してい ないことに気づくべきです。専門職員(教育職 員、保健および社会福祉サービスの職員のこ と)は、家族の葛藤が生じた際に、葛藤の解消 に取り組む必要があります 44 。 このような原則に立ちながら FEU の調査では、 親たちが「自分自身にも子どもにも、それぞれの 将来があることを認識する」ことのできる教育実 践を実施することを、継続教育・成人教育職員に 提案している 45 。職員に対して「障害者家族」と 呼ばれる人びとがそれぞれの「自立した考え方」 に基づいて生きることを支援する役割を期待して いたのである。職員がこうした実践を展開するた めには、「家族のあいだにいかなる葛藤が存在し ているのか」や「それにどのように対処すること ができるのか」を学ぶ、研修機会の拡充が求めら れていた 46。 (3)家庭外の関係形成による移行支援 FEU では、その後、継続教育・成人教育職員 を読み手に想定した研修テキスト『知的障害のあ る人びとのセルフ・アドボカシーの開発( )』を刊行してい る 47 。そこでは、知的障害のある人びとの成人期
への移行に際して、親の関わりを変容させる必要 があることが示された。親たちが自らの役割を手 放すことは、親に対してアンビバレントな感覚を もたらすことがある 48 。特に知的障害のある子ど もを持つ親の場合、長年、社会的支援を獲得する ために闘ってきたという自負があり、それが親と しての役割の変化を一層困難にしていた。そのた め FEU は、知的障害のある人びとのことを支え ることのできる関係性を家庭の外に築き、障害の ある人びとが社会的支援を獲得できる体制を整え ることによって、自立生活をより現実的なものに することができる、という見解を示した 49。家庭 の外に支え合いの関係を形成することにより、親 は安心して自らの役割を手放すことができるよう になると考えていたのである。この間に FEU の 移行支援アプローチは、知的障害のある人びとを 支える関係性を家庭の外にも形成することを求め るものに転換していったと考えられる。 このテキストが刊行されるプロセスで、継続教 育・成人教育職員の集団からなる全国成人生涯継 続教育協会(National Institute of Adult Continu-ing Education:以下、NIACE) 50では、知的障害 のある人びとを対象にした教育実践のモデル開発 が進んでいった 51 。NIACE が1988年に開始した ラ ウ ン ト リ ー・ プ ロ ジ ェ ク ト(Rountree Pro-ject)では、知的障害のある人びとが自ら学ぶ内 容を決定するセルフ・アドボカシーの視点が重視 されており、カリキュラム開発においても、知的 障害のある人びとが「成人であること」を尊重す る「成人アプローチ」を採用することが求められ た。そうした考えに基づいてプロジェクトでは、 ①仕事、②余暇、③自立、④関係形成、⑤個人の 発達という 5 つの教育目標に関連した継続教育・ 成人教育実践を展開することが提案された。知的 障害のある人びとの自立生活の実現のためには、 個人の発達や仕事のための技能獲得のみならず、 余暇保障や他者との関係形成もまた欠かせないと いうことが示されたのである 52。その後、NIACE では、障害のある人とない人のあいだの統合教育 を重視し、障害のないボランティアが、知的障害 のある人びとの「自立の可能性を拡大させる」役 割を担うことを明示している 53。ボランティアと の関係が、知的障害のある人びとの自立生活を支 える関係性に発展することを期待していたようす がうかがえる。 NIACE のラウントリー・プロジェクトにも関 わっていたジョン・ハーゾフは、知的障害のある 人びとと交わした自立をめぐる議論について、次 のように回想している。 一般的に自立とは、「誰にも頼らないこと」 としてみなされがちですが、知的障害のある人 びとは「それは少し怖いね」と言っていました。 「私はパートナー、友人、家族の助けを必要と しています」と。障害のある人びとはしばしば 「支え合い(Interdependence)」 54 という言葉を 使ってそれ(自立:引用者)を表現します。私 たちは、誰かに頼りながら暮らしているので す 55 。 ジョン・ハーゾフの語りからは、知的障害のあ る人びとが決して孤独に生活することを求めてい るわけではなく、誰かと共に生きていくことを求 めていることがわかる。しかし、その共に生きる 相手については、他者によって決められるのでは なく、自ら考え、決定することを求めていた。当 事者との議論を通して、知的障害のある人びとの 家族の内外に自立を支える関係性を構築する必要 性が顕在化していたのである。 継続教育・成人教育は、知的障害のある人びと が「自立した考え方」に基づいて生きることを支 える関係性を、家庭の内外に作ることによって、 当事者の望む自立生活の実現を支えてきたと考え られる。こうした変化の道程には、知的障害のあ る人びとの求めに応じて、家族の内外に自立を支 え合う関係性を形成することを提起したチュータ ーたちの働きかけが介在していたのである。 5 .おわりに (1)結果のまとめ 英国では、1970年代から知的障害のある青年・ 成人の教育目標に「自立」というキーワードが掲 げられていたが、国家の役割を縮小するポスト福 祉国家の移行政策の流れのなかで、自立を促すた めの親の役割が期待されるようになり、成人期を 迎えても密接な親子関係を結ばなければならない 人びとの問題が顕在化した。本研究では、このよ うな状況下で、親子関係の視点から自立をめぐる 問題を提起し、移行支援のアプローチの変化をも たらした成人教育チューターの実践を検討してき
た。 1980年代初頭、成人教育コースのチューターを 務めたジョン・ハーゾフは、知的障害のある成人 の「自立した考え方」を支援することのできる教 育環境を整えるなかで、それを妨げてきた親との 関係性の問題を認識していった。そのうえで彼は、 継続教育職員に対する研修テキストを刊行し、知 的障害のある人びとの生活に密接に関わる親が形 成される要因を、セルフ・アドボカシー運動の参 加者とその親の視点から把握し、親子関係の変化 を 促 す 職 員 の 関 わ り を 求 め て い っ た。 さ ら に FEU の調査研究では、ポスト福祉国家のコミュ ニティ・ケア政策が障害のある子を持つ親の役割 意識の形成に作用していることを指摘し、親子の あいだの異なる考え方を前提にして、自立を支え ることのできる関係性を家庭の外にも形成する役 割を職員に求めた。その背景には、他者との支え 合いによる自立を求める知的障害のある人びとの 要求が存在していたことも分かった。成人教育チ ューターたちの問題提起のあと、継続教育機関は、 親の関与を前提としたアプローチを転換し、支え 合いの関係性を家庭の外に形成するという移行支 援アプローチを採用していたことが分かった。 これらの検討結果から、成人教育チューターは、 知的障害のある人びとの「自立した考え方」を尊 重しながら、移行期の親子関係の問題を継続教育 職員に提起しており、そうした問題提起を受けて、 継続教育機関における移行支援アプローチが、知 的障害のある人びとの自立生活を支える人を家族 の外に形成する方向に転換していたことが明らか になった。当事者たちの求めに応じて、親子関係 の変容と、自立を支える関係形成を導いていった 教育職員の実践が浮き彫りになったのである。 その後、「親元からの自立」を求める当事者運 動の主張は、1997年のコミュニティ・ケア法改正 につながっている。当事者運動の結果うみ出され たコミュニティ・ケア法は、「ダイレクト・ペイ メント(Direct Payment)」制度を導入し、障害 のある人びとの自立生活を支えるパーソナル・ア シスタントを雇うことを可能にした。さらに2001 年に刊行された政府白書『価値ある人びと』は、 知的障害のある人びとがどこで誰と暮らすのか、 誰からのケアを受けるのかを、家族ではなく本人 が 決 め る「 本 人 中 心 の プ ラ ン ニ ン グ(A Per-son-Centred Approach to Planning)」を提起し、
そのための法整備を併せて行っている 56 。このよ うに英国では、2000年代にかけて知的障害のある 人びとの生活を支えてきた親や家族の位置付けに 変化が生じ、家族以外の他者がそれを支える仕組 みが整えられている。本研究は、こうした変化の 一端を当事者運動に応答する形で、移行支援アプ ローチの変容を導いた教育職員の実践が担ってい たようすを明らかにした。 (2)本研究に残された課題 最後に、残された研究課題に言及して本稿を締 めくくりたい。 本研究では、セルフ・アドボカシー運動の支援 者であったチューターの問題提起を中心に検討し てきたが、そうした人の問題提起を他のチュータ ーや親たちがどう受けとめ、実践の変化を導いて いったのかを、十分に明らかにすることができな かった。ジョン・ハーゾフの問題提起がどう現場 で受けとめられ、実践的変化につながったのかを 分析することが、第一の課題になる。 さらに、今回検討してきた当事者運動の参加者 は、比較的障害の程度が軽い人びとであったと考 えられる。この障害の程度の違いは、「親元から 自立したい」と思うか否かにもかかわるものであ るだろう。障害の程度が重くないからこそ、「他 の障害のない人と同様の、自立した暮らしをした い」というニーズが生まれると推察されるが、本 稿ではこの障害の程度とニーズの違いについて十 分検討することができなかった。知的障害のある 人びとの多様な考え方を含み込んだ移行支援アプ ローチについて検討することも課題になると考え る。 (付記)本研究は JSPS 科研費17J00792の助成を 受けたものです。調査協力者のジョン・ハーゾフ 氏とデボラ・クーパー氏に厚く御礼申し上げます。 注 1 「自立」とは、暮らしや生計を他者に「頼ら ない」こととして捉えられる。特別支援学校 のなかで取り組まれてきた「自立活動」では、 個別の指導計画に基づいて、障害のある児 童・生徒に対する働きかけが行われてきた。 一方、現に他者の支援を必要としている当事 者の立場からは、誰と共に暮らすのかを含め、
自らの生き方を自ら決定する「権利としての 自立」概念が提唱されていた。本研究は、成 人期の特徴でもある、「親元からの自立」と そのための関係変容を求める当事者の要求に 応答する教育職員の動きを明らかにする。 2 本研究では、一般的に用いられる「知的障害 者」という表記ではなく、「知的障害のある 人びと」という表記を用いる。英国では、知 的障害のある人びとの当事者団体であるピー プル・ファースト(People First)が、「私た ちは『障害者』である前に『一人の人間であ る』」ということを主張したことから、政策 文書においても、そうした人びとのことを 「The Mentally Handicapped」と呼ばず 「People with Learning Disabilities/Difficul-ties(学習上の障害を有する人びと)」と呼 ぶようになっている。ただ、日本語で「LD」 というと知的発達に遅れのない「学習障害」 を想起させるため、本研究では、便宜的に 「知的障害のある人びと」という表記を用い ている。 3 Russell, Lionel. . Her Majesty s Stationery Offi ce. 1973; pp.92-96.
4 Warnock, Mary.
. Her Majesty s Stationery Offi ce. 1978; p.163, p.174.『ウォー ノック委員会報告』の後、1982年に政府は 「技術・職業教育新計画(Technical and Vo-cational Education Initiative)」 を 発 表 し、 14歳から18歳までの多様な能力水準の青年を 対象にした技術教育・職業教育に取り組む LEA に補助金を提供するシステムを整備し た。
5 Further Education Funding Council. . 1996; p.3. 6 FEU は、1977年から1994年まで存在した政 府機関であり、英国の継続教育のカリキュラ ム開発と教育問題に関する助言と研究を支援 した。
7 Dean, Alan/Hegarty, Seamus. -. 1984; pp-.127-128-. 1980年代、学校教育の領域では、障害のある 子どもを持つ親の参加と関与が強調され、そ のための法改正も進んでいった。カレッジに おける家庭との連携や親の関与もそうした政 策の一環として読み取ることができる。 8 福祉国家路線からの転換が進んだ英国では、 長期化する移行期の若者に対する国家の責任 が後退し、代わりに親の責任を強化する傾向 が見られていたという。そうした背景のもと、 困難を抱える親子の問題が顕在化し、移行期 研究でも「親への依存」ではなく「親からの 自立」が論じられるようになった(宮本みち 子「先進国における成人期への移行の実態 ―イギリスの例から―」『教育社会学研究』 第76集、2005年、pp.28-29)。 9 津田英二『知的障害のある成人の学習支援論 ―成人学習論と障害学の出会い』学文社、 2006年、pp.201-202。 10 こ う し た 視 点 を 持 つ 研 究 と し て Griffi ths, Matthew. . David Fulton Pub. 1994、Johnstone, Da-vid.
. Cassell. 1995; pp. 131-139、Dee, Lesley. Am I the same? Decision-making processes during the transition from school.
, 2002. 2 (2)を挙げることができる。 11 日本の研究では山中冴子『オーストラリアに おける障害のある生徒のトランジション支 援』学文社、2014年、尾高進「知的障害教育 におけるキャリア教育と職業教育」『障害者 問題研究』第38巻第 1 号、2010年、pp.20-27 を挙げることができる。 12 障害のある人びとをめぐる自立概念の変容に ついては、新藤こずえ『知的障害者と自立― 青年期・成人期におけるライフコースのため に』生活書院、2013年に詳しい。 13 例えば、丸山啓史『イギリスにおける知的障 害者継続教育の成立と展開』クリエイツかも
がわ、2009年、松田弥花・是永かな子「スウ ェーデンにおける障害児者を対象とした学校 教育と社会教育における専門家の支援 ―自 立支援の観点から―」『高知大学教育実践研 究』第32巻、2018年、pp.219-231がある。丸 山はセルフ・アドボカシー運動の前後の英国 継続教育の変化に言及しており、1970年代後 半の新自由主義・新職業主義の流れのなかで 職業訓練に傾斜していた継続教育カレッジの 実践がセルフ・アドボカシー運動を経て、学 生の自主性や意思決定のプロセスを尊重する ものに変わったことを明らかにしている。と ころが当事者たちが求めた自立の要求に応答 する職員の実践は明らかにされていない。 14 ILEA は、豊かな財政基盤を背景にして、社 会的不利益者のニーズに合った継続教育・成 人教育を低授業料で実施していた。ILEA は、 成人教育を「法定化されていない」領域のも のとして見なしており、個々の独立した成人 教育機関がコミュニティのニーズに応じて柔 軟な成人教育実践とアウトリーチ活動に取り 組むことを奨励していた。ILEA 随一の規模 を誇るシティ・リットという成人教育機関は、 こうした ILEA の方針を踏襲し、当事者団体 と密接な関わりを持っていたと考えられる。 ILEA は1990年に廃止されている。 15 シティ・リットは、1919年の労働者階級によ る大学拡張運動・文学運動のなかで誕生した 歴史を持つ成人教育機関である。当初からク リエイティブな教育実践を展開してきたとい われている。ILEA の解体後、行政からは独 立した機関として存在してきた。現在は、年 間6,000人以上のロンドンの人びとに5,000を 超えるコースを開講している(City Lit His-tory https://www.citylit.ac.uk/hisHis-tory(2020 年 7 月 7 日最終閲覧))。 16 チューターは、特定のテーマに特化したコー スに取り組む役割を担い、パートタイムであ る場合が多かった。フルタイムの成人教育者 (Adult Educator)がチューターを監督する 役割を担う一方で、パートタイムのチュータ ーは、コースを担当し、直接学生のニーズに 向き合っていたと考えられる。本研究では、 知的障害のある成人たちのニーズに直接向き 合っていた職員の動きを明らかにするため、 成人教育チューターの実践に焦点を当てる (Jarvis, Peter. . Psychology Press. 1995; pp.164-167を参考にした)。
17 Inner London Education Authority. 1985; p.115. シティ・リットの「自分のことを話す」コー スの参加者たちは、1985年にロンドンで国内 初の知的障害のある人びとの当事者団体(ピ ープル・ファースト)を立ち上げている。シ ティ・リットの成人教育コースと当事者運動 の関係は、Aspis, Simone. Self-advocacy for people with learning diffi culties: does it have a future?. . 1997, 12. 4 : 647-654に詳述されている。シティ・リット のコースは、セルフ・アドボカシーを支える 教育実践の優良事例として紹介されている (Sutcliff e, Jeannie. . McGraw-Hill Education. 1990; pp.24-25)。 18 全国障害学生局は1974年に結成され、学校卒 業後の障害のある青年がカレッジに通い、雇 用される仕組みを整えるために、調査研究と 情報提供に取り組んできた。のちに「スキル (Skill)」に名称を変更し、2000年代初頭に解 散している。 19 本研究における聞き取り調査は、筑波大学人 間系の研究倫理審査の承認を得て実施してい る。 20 現在は「メンキャップ(Mencap)」に名称 を変更している。メンキャップは英国最大規 模の知的障害のある人びとの親の団体である。 21 Sutcliff e, op. cit., p.24.
22 ジョン・ハーゾフに対する聞き取り調査。 23 知的障害のある人びとにとっての「自立した 考え方」とは、自分自身の考えを持つことを 指している。その形成のためには、知的障害 のある成人が自身の考えや思いを安心して表 出できる環境が必要である。成人教育の場は、 そうした環境を整えることで、「自立した考 え方」を尊重することのできる関係性を、当 事者のあいだに形成する機能を果たしていた と考えられる。 24 ジョン・ハーゾフに対する聞き取り調査。
25 同上。 26 研修テキストの読み手は、継続教育カレッジ や成人教育機関の職員のみに限定されておら ず、成人訓練センターの職員や社会福祉サー ビス、親の団体に関わる職員などを含めて幅 広く想定されていた(Cooper, Deborah/Her-sov, John. . Skill. 1986; p.2)。
27 ジョン・ハーゾフに対する聞き取り調査。 28 同上。
29 Cooper/Hersov, op. cit., p.85. 30 Ibid., p.86.
31 Ibid. 32 Ibid., p.87. 33 Ibid., p.89.
34 デボラ・クーパーに対する聞き取り調査。 35 Centre for Educational Research and
Inno-vation. . OECD. 1986; p.16. 36 Ibid., p.28. 37 Wertheimer, Alison. -. Further Education Unit. 1989; p.7.
38 1988年教育改革法120条は、「LEA が義務教 育年齢を超えた知的障害のある人びとの要求 に留意するべき」であると記して、知的障害 のある人びとの教育の権利を位置付けていた。 ただし、この規定は義務規定ではなかったた め、実際の教育機会の提供は各地の LEA の 判断に委ねられた。 39 この頃の継続教育改革は、「非職業的成人教 育(Non-Vocational Adult Education)」の 縮小・再編と表裏一体のものであった。1988 年教育改革法は、成人教育について何ら言及 をしておらず、「継続教育」という言葉に16 歳を超えるあらゆる人びとの教育を含み込ん でいった。さらに1988年教育改革法により、 「非職業的成人教育」の振興に積極的に取り 組んできた ILEA も廃止されていった。矢口 は、1988年教育改革法の制定以降、成人教育 は、職業技術教育の激流に呑み込まれながら、 生涯にわたる職業訓練機会としての生涯学習 政策に再編成されていったと述べている。知 的障害のある人びとの成人教育は、このよう な大きな流れの中に位置づきながらも、成人 教育実践を通して培われたセルフ・アドボカ シー運動の思想を継続教育領域に伝播させる ことによって、継続教育領域の変化を導いて いったと考えられる。なお、成人教育再編の 流れについては、矢口悦子『イギリス成人教 育の思想と制度 ―背景としてのリベラリズ ムと責任団体制度―』新曜社、1998年、マイ ケル・D・スティーヴンス『イギリス成人教 育の展開』(渡邊洋子訳)明石書店、2000年、 Westwood, Sallie/Thomas, J. E. . National Institute of Adult Continuing Edu-cation. 1991に詳しい。 40 親への聞き取り調査は、13名(うち 8 名が母 親、 5 名が父親)に対して実施された。平均 年齢は53.5歳。障害のある青年・成人に対す る聞き取り調査は、16-19歳 1 名、20-25歳 7 名、26-35歳 2 名、 計10名 に 行 わ れ て い た (Wertheimer, op. cit., pp.8-9)。
41 Ibid., p.36. 42 ポスト福祉国家の英国のコミュニティ・ケア 政策は、家族によるケアの提供を最も良い形 態と見なす家族主義(Familism)イデオロ ギーを内包していたといわれている。1986年 に制定された障害者法(1986 Disabled Per-sons Act)は、社会福祉行政が家族の介護能 力を監督し、必要に応じて支援サービスを提 供する役割を担うことを決めた。こうした法 律によって、ホーム・ヘルプ・サービスなど の家族支援サービスが拡充したものの、ます ます多くの障害のある人の親が行政や政策の 期待するケアの役割を担うようになり、子ど もを手放すことに葛藤や困難を抱えるように なったと考えられる(Priestley, Mark. . Jessica Kingsley Publishers. 1991; p.45および Dalley, Gillian.
Macmillan Interna-tional Higher Education. 1996; pp.31-32を参 考にした)。
44 Ibid. 45 FEU の調査は、ILEA のサウス・テムズ・ カレッジが1982年から移行期の知的障害のあ る人の親の支援グループを組織し、「同じ状 況にある親を集め」、「共通する問題に関して 議論し、(利用可能な社会福祉サービスなど についての:引用者)戦略を共有」していた ことを報告している(Ibid., pp.58-65)。 46 チューターは親の支援に直接関わる場合もあ れば、親の団体や地方自治体、ボランタリー 団体等と連携して親の支援にあたる場合もあ る。FEU の調査では、カレッジのチュータ ーと親の団体、他の機関の連携の必要性を示 している(Ibid., p.46)。 47 FEU のテキストの刊行にはデボラ・クーパ ーが関わっている。 48 Clare, Mariette. Further Education Unit. 1990; p.29. 49 Ibid. 50 NIACE は、1921年 に「 英 国 成 人 教 育 機 関 (British Institute of Adult Education)」とし て設立された慈善団体であり、2015年まで成 人の学習を促進してきた。2016年からは生涯 学習と完全雇用、インクルージョンを促進す る「学習労働機関(Learning and Work In-stitute)」という組織に統合されている。 51 NIACE は1988年のラウントリー・プロジェ クトを皮切りに、統合教育(1992年)、セル フ・アドボカシー(1993年)についての文献 を刊行している。NIACE が知的障害のある 人の継続教育に関する議論において重要な役 割を果たすようになったのは、この間に知的 障害のある青年の教育から成人の教育の充実 に政策上の課題が移っていったことに由来す る(丸山啓史、前掲図書、p.126)。
52 Sutcliff e, op. cit., pp.72-88. 53 Sutcliff e, Jeannie.
. National Institute of Adult Continuing Education. 1996; p.140.
学校教育の領域では既に障害のある児童生徒 を対象にした統合教育が1980年代から実施さ れている。 54 先行研究では、Interdependence を「相互依 存」と訳す傾向が見られるが、本研究では、 依存状態にとどまるわけではなく Interde-pendence を基盤にして自立を目指すという ニュアンスを含み込むため、「支え合い」と いう訳語を用いている。当事者運動は、自ら の人生のあらゆる事柄について自ら決定する 権利を主張していたが、運動の参加者たちは、 決して孤独に生きることを望んでいたのでは なかった。当事者たちはコミュニティに参加 する権利を求めており、支え合う関係性を求 めていたのである。では、いかにすればコミ ュニティの人びとが障害のある人びとを支え ることができるのか。近年の研究では、「支 え合い」を、人びとの市民権や市民的責任と 合わせて論じる傾向がみられており、「支え 合い」のケアの関係を通して、人びとが自己 の内面を発展させ、社会を変えようと行動し て き た よ う す が 描 か れ て い る( 詳 し く は McLaughlin, Janice, et al.
. CPI Antony Rowe, Chippenham and Eastbourne. 2008を参照されたい)。 55 ジョン・ハーゾフに対する聞き取り調査。 56 「本人中心のプランニング」は、その人のし たいこと、生活をする上で何を望んでいるの かを本人に尋ね、生活を通して実現したいこ とや夢、望みについて本人が考え、問題が生 じているならば解決を支援することを含んで いる。こうした英国の福祉政策・実践は、社 会福祉学領域で注目されている。詳しくは、 森口弘美『知的障害者の「親元からの自立」 を実現する実践 ―エピソード記述で導き出 す新しい枠組み―』ミネルヴァ書房、2015年、 pp.22-25や岡部耕典編『パーソナルアシスタ ンス ―障害者権利条約時代の新・支援シス テムへ―』生活書院、2017年、pp.247-248を 参照されたい。
The Formation Process of Supporting Independent Living in Response to Self-Advocacy Movements: From the Perspective of Parent-Child Relationships of People with Learning Disabilities
HASHIDA Nariko ( )
The purpose of this study is to clarify the formation process of supporting independent liv-ing (IL) in response to the self-advocacy move-ments of people with learning disabilities (LD). For the purpose, this study focuses on the prac-tices of adult education tutors, who have sup-ported the self-advocacy movement in the Unit-ed Kingdom.
In the 1970s, the transition to adulthood of people with disabilities was brought up as an ed-ucational matter in the UK. Two reports sug-gested that Further and Adult Education could contribute to the independence of disabled peo-ple. Thereafter, the Further Education Unit (FEU) promoted vocational training for people with LD, calling for parental involvement. In general, adolescence is recognized as a period when young people leave their parents' homes. However, people with LD had remained under parental control. Therefore, resistance move-ments of adults with LD have arisen, revealing the diffi culties of parent-child relationships.
In 1982, the City Literary Institute (an insti-tute for adult education) created an adult educa-tion course called Speaking Up for adults with LD. In this course, the tutor supported inde-pendence of mind in people with LD through creating an environment which supported the representation of their own opinions. There was frequent debate on the relationships with their parents, who had suppressed their opinions.
The students at City Literary Institute formed an organization of their own in the mid-1980s. The tutor and the organization members cooperated to publish a textbook for further ed-ucation tutors. The tutor studied where diffi cult
relationships with parents come from. They called on further education tutors to play the role of constructing relationships between adults. The tutor also joined an FEU research project and pointed out the problems with the community care policy, which prioritized Fami-ly Care and delayed the transition from fami-lies of disabled people . Consequently, this pro-ject revealed that people with LD and their parents have diff erent ideas, just as those in oth-er families do, and suggested that the staff train-ing should include the conflicts of families of disabled people .
After that, two nationwide institutes pro-posed that further education tutors support the construction of relationships between people with LD and their neighbors, as the people with LD did not want to live alone and needed the so-cial support. The tutors felt that soso-cial support could change parental attitudes to their children and promote IL. By the 1990s, further education institutes promoted integrated education to cre-ate supporting networks around people with LD. This study found that adult education tutors recognized the issues of parent-child relation-ships from an adult's viewpoint and supported the construction of relationships inside and out-side families of disabled people. Therefore, adult education tutors promoted the building of rela-tionships in support of independence from par-ents in response to self-advocacy movempar-ents. Keywords: independence / transition to adult-hood / relationships with parents / self-advoca-cy / adult education tutor