553 不動産賃貸 e コマースと AI
1.は じ め に
2016年の春から秋にかけて,LINE,Facebook Messen- gerなど,チャットシステムのプラットフォーマーから 相次いで「bot api」が発表され,対話システムの一つ の形としてのチャットボットが本格的に普及する土壌 が整ってきた.と同時に,「Sir」,「りんな」のような汎 用的な対話システムだけでなく,特定の目的をもった チャットボット(バーチャルアシスタント)と,それを 用いてチャットシステムをビジネスに活用しようという 動きが活性化している [森 15].本稿ではその事例の一 つとして e コマースでの対話システム活用について考察 するとともに,人工知能(AI)のビジネス活用の今後に ついて,検討していきたい.2.対話型 e コマース
1990年代にインターネットとともに広がってきたネッ ト上の商取引「e コマース」も 2017 年現在,Amazon, 楽天を始めとするプラットフォームや小売店の独自通販 サイト,ネットスーパーなどの普及により,ほとんど あらゆるものがネットで買えるといえる時代になってき た.しかし,そうした流れの中でもネットでの購入がた めらわれる,またはほとんど販売されていない商品群が いくつか残っている.例えば自動車,宝飾品など高額な もの,趣味性の高い服飾品,高級インテリア,購入に際 して詳細な説明と契約が必要な保険商品といったモノ・ サービスがそうした例といえる.中でも不動産,特に個 人の居住目的のそれは高額性,趣味性,詳細な説明と契 約という先にあげた要素をすべて兼ね備えており,さら に不動産流通市場自体の情報整備状況の課題 [清水 16] や後述する規制などがあり,ネットで販売・契約が完結す るという意味での e コマースは事実上不可能である.現 在数多くある「不動産情報サイト」も,基本的には不動 産販売会社,仲介会社の集客のみを担当しており,実際の 物件の提案を受けるにはやはり店舗に赴く必要がある. このように e コマースで取扱いが困難な商品群の存在 はすなわち「e コマースにはないが実店舗にはある」機 能の存在を示唆している.つまり逆説的に,この現在見 落とされている機能を e コマースが補完していくことに よって,こうした商品群を e コマースで取り扱える可能 性がある.著者の属する ietty 社が運営するオンライン 不動産賃貸仲介店舗「ietty」を含むいくつかのサイトで は,この従来の e コマースになかった機能の一つとして, 顧客と店員のコミュニケーション,つまり「接客」に着 目し,これをオンライン化し,さらには AI を活用して 自動化することに取り組んでいる. 従来の e コマースでは,通常消費者がサイトに来店し た後,お勧め商品やランキング,レコメンデーション, 検索窓といったコミュニケーション要素によって商品を リストアップし,商品詳細ページにある説明や画像に よってその商品の特徴やセールスポイントを伝え,顧客 が納得すれば決済を行う.このフローを接客という観点 から(リアルの)実店舗と比較すると,以下の三つの課 題が抽出できる.1)顧客の属性や嗜好性をあらかじめ ヒアリングして適切な提案を行うことや,服飾品が「自 分に似合うか」といった視点からのパーソナライズされ た提案など,店舗であれば販売員が自然に行っている 「お客様の意向を聞いてアドバイスする」という要素に 乏しい.2)販売者がその商品のすべての情報をあらか じめもっているわけではないため,場合によっては生産 者やオーナなどに問合せが必要な場合があるが,実店舗 であれば販売員が電話などでその場で確認可能なこれら の事項も,e コマースでは対応不能か,メールを通して の時間の掛かるやり取りとなってしまう.3)「商品 A と Bいずれかにするか迷っている」,「最後に購入の決断の 後押しがほしい」などといった,特に高額商品や解約が 困難な商品で起こる逡巡に対しても関与できる余地がな く,営業活動でいうクロージングに相当するフェーズを 演出しづらい. こうした課題に対応し e コマースに「接客」という要 素を加えるために近年活用が盛んになっているのが,e コマースサイト内のチャットシステムであり,または先不動産賃貸 e コマースと AI
AI in the E-Commerce for Real Estate
大浜 毅美
株式会社 iettyTakemi Ohama ietty Inc.
[email protected], https://ietty.co.jp/
Keywords:
chatbot, real estate, e-commerce, conversation system.554 人 工 知 能 32 巻 4 号(2017 年 7 月) に述べたような LINE や Facebook Messenger などを用
いたチャット主体の e コマースである.こうしたチャッ トを利用して接客と販売を行う e コマース手法を本稿で は「対話型 e コマース」と呼ぶ.
3.対話型 e コマースと AI
対話型 e コマースでは,主にテキストベースのチャッ トシステムを用いて顧客の要望をヒアリングしながら該 当する商品の提案とアドバイス,再ヒアリングによる候 補の絞り込みを繰り返す.最終的に顧客が最も適してい ると思われる商品が見つかれば,契約・決済の手続きに 移る.従来型の e コマース同様,物理的な店舗は不要で ネットでいつでも利用できるが,ヒアリングやアドバイ スといった販売側のやり取りは販売員(チャットオペ レータ)がチャットシステムを通して行う.このため e コマースと店舗販売の中間の販売形態であるといえる. 現行法では対面販売とはみなされないため法的な規制の ある商品は取り扱えないが,e コマースで販売できるも のはほぼ販売できる. 実店舗への来店が不要でありながら販売員の接客が受 けられるという点で消費者の視点からは e コマースと店 舗販売の良いところを兼ね備えている手法であるといえ るが,販売側としてはまだまだ乗り越えなければならな い課題も多い.その最たるものはチャットオペレータに 人件費がかかり,e コマースに比べてコストが高く,か つスケールしづらいという点にある.このため,現状で は先に述べたような e コマースでの取扱いが困難であっ た高額商品(不動産,中古自動車,保険商品など)以外 での展開が難しい.高額商品であれば人件費を売上に按 分可能で,かつ顧客側としてもアドバイスや相談を受け るモチベーションが強く存在するためである. このような販売側のデメリットを軽減する手法として 期待されているのが対話システムによる自動応答と自動 対話,自動提案といった AI の活用によるオペレーショ ンの自動化である.特に商品の提案については従来型 e コマースでも協調フィルタリングやコンテンツベースな どのレコメンデーションエンジンが多く研究されてお り,対話型 e コマースにおいても多くの場合そのまま流 用できる可能性が高い.また自動応答や自動対話はこれ をすべて自動で行うとなると自然言語処理と検索技術を 組み合わせた高度な実装が必要になるが,あくまでもオ ペレータの補佐と考え,特定の用途に限定すれば比較的 容易に導入可能な箇所もある.AI の先端研究では汎用 人工知能(AGI)など,人間に完全に代わり得る高度な 知能の実現が期待されがちであるが,これをビジネスに 適用することを考える場合,むしろ平易な技術を用いて いかに人間をサポートし得るかが成否を分けることが多 い.4.不動産賃貸と対話型 e コマース
この稿を執筆中の 3 月 13 日,賃貸仲介に関しての重 要事項説明を,対面以外での方法でも行えるように移行 していく方針が取りまとめられた [国土交通省 17].こ れはこれまで不動産売買や賃貸契約において必須とな る,重要事項を「対面で」説明しなければならないとい う法解釈を変更し,テレビ会議などでも行えるようにし たものである(IT 重説)*1.これにより,制度上は不動 産賃貸仲介についてネット上での取引を完結できる素地 が整ったといえる.しかしこれまで述べてきたとおり, 不動産をネット上で商取引するには従来型の e コマース では限界があることは明らかであり,アプローチの一つ として対話型 e コマースとその自動化の重要度はますま す高まっている.また逆に AI のビジネス活用というテー マを検証する場として,対話型 e コマースによる不動産 賃貸仲介という試みはその商品特性や価格特性の面から 優れていると考えられる. 不動産賃貸仲介の業務は大きく「集客」,「物件提案」, 「接客(質問応答)」,「内見」,「契約事務」の五つのフェー ズに分けられる(図 1).このうち集客は早くからオン ライン化が進んでおり,すでに店舗への直接来店を除く とほとんどの集客機能は Web 広告や不動産情報サイト などへの掲載など,Web マーケティングに切り替わって いる.物件提案も不動産情報サイトで検索システムを通 して行われているが,情報量や更新頻度に課題があり, 問合せ後に店舗を訪問したら目当ての物件がすでに契約 されており別の物件を提案された,ということも珍しく ない.不動産賃貸仲介の対話型 e コマースでは Web マー ケティングでの集客の後,この物件提案以降がチャット システムを介して行われる.ここで,それぞれのフェー ズでの AI の適用について検討したい. 図 1 不動産賃貸仲介の取引ステップ *1 2015 年 8 月から,賃貸取引および法人間取引に限定し,一定 の要件を満たすことを条件としてテレビ会議などによる重要事 項説明を認める社会実験が継続されている.555 不動産賃貸 e コマースと AI 4・1 物 件 提 案 不動産賃貸の商品を「物件」と呼ぶが,この物件の提 案は検索システムを通して行われる.ただし,居住目的 の住宅物件については価格帯(家賃)のほかに希望の住 所区域,間取り,築年数,内装,セキュリティ設備など さまざまな希望条件を照らし合わせる必要があり,物件 ごとにデータベースに格納される.その項目数は標準的 なものでも優に 500 を超えるため,不動産情報サイト ではある程度重要なもののみに絞って選択できるように なっているが,それでも他の商品では見られないような 長大な検索項目が列挙されている.また,項目の内容も 消費者にはわかりづらいことが多く,ある程度の習熟が ないと希望の物件を探し当てることは難しい.このため 実店舗では経験のある販売員が顧客の希望条件をヒアリ ングしながら検索する,という手法がとられることが多 く,これは対話型 e コマースでも大きくは変わらない. しかし,対話型 e コマースではヒアリングの内容自体が テキストデータとして記録されるため,この会話の内容 を活用して機械学習的なアプローチで膨大な検索項目そ のものに顧客に応じた優先順位をつけることが可能とな る.データとしてはチャットの自然文のほか,顧客の 属性,入力された希望条件,それまでの提案履歴とその フィードバックといった情報や会話を通して得た販売員 の顧客に対する印象,などの自然言語処理技術を必要と しない情報も利用可能であり,過去の履歴が積み重なれ ばそれだけ希望の物件を探し当てられる確率も高まると 期待される. 別のアプローチとして協調フィルタリングをはじめと するレコメンデーション技術も適用可能.ただし不動産 賃貸物件については流通が早い,在庫が原則として一つ しかない(ある物件に同時に二人以上契約することはで きない)ため購買ベースの共起が発生しないなどの課題 があり,コールドスタート問題が顕著に発生する.これ に対応するため物件,ユーザのそれぞれをあらかじめク ラスタリングしておき,クラスタに対してのレコメンド を行うクラスタリング協調フィルタリングなどの手法が 有効である [間瀬 12].また,購買データではなくとも, 販売員が物件を提案した履歴とそれに対する顧客の反応 は「販売員の知識によるレコメンデーションの蓄積」と 考えることが可能であるため,この共起関係を用いて教 師あり学習または強化学習によるモデルを構築するとい うアプローチも考えられる. 4・2 接 客 顧客の希望をヒアリングし,提案した物件に対しての 質問に答える「接客」は,AI 分野で長年研究されてき た対話システムの活躍が期待される場である.しかし, チャットシステムで交わされるような短文のやり取りで あっても(あるいはだからこそ),顧客の自由な発話を 解釈し,意図を理解して適切に返答する対話システムの 実用化は困難であり,ビジネスに利用できるレベルには 遠い.とはいえ,対話型 e コマースでは発話者(顧客) には「あるカテゴリー(不動産)の商品(物件)を買い たい」という明確な目的意識があり,発話内容は原則的 にその目的に準じたものとなるという制約条件が付与で きる.また,希望条件のヒアリングのような会話はある 程度パターンが限られているため,チャットシステム 内にユーザがボタンで回答可能な UI を組み込むことに よって,自然言語処理を省略し,単なる質問─応答モデ ルへと問題を簡略化できる可能性がある.冒頭で述べた LINE,Facebook Messenger も,その API のリリース の際,「ボタン UI」,「カルーセル UI」といった,チャッ トボットが利用可能な UI を同時に提供開始している. こうしたインタフェースをうまく活用することによって 困難な課題を回避しつつ,自然な対話の流れを生み出す 工夫が生み出されている(図 2). また対話システム自体に顧客と会話させることが困難 でも,顧客ではなくオペレータ(販売員)にアラートを 出す,回答の候補を提示するといった形で間接的な応答 を行うことにより,オペレータの負担を減らすことがで きるだろう.特に発言の重要度,緊急度の判定は適切な 教師データさえ準備できればかなりの精度で判定可能で あり,多数の顧客に同時に対応する必要のあるオペレー タの対応効率化に寄与できると考えられる. 4・3 内見および契約事務 希望する物件の候補を実際に訪問して内装や外観を確 認する手続きを不動産業界では「内見」と呼ぶ.内見で 確認する内容は間取りや設備などデータベース化されて いる項目のほか,日当たり,騒音などの居住環境や近隣 の状況,各部屋の精密な寸法などデータ化困難な項目も 含めて多岐にわたるため,現在のところこれをオンライ ンで実施することはかなり困難である.VR(バーチャ ルリアリティ)技術を用いた 3D での VR 内見なども一 図 2 チャット内のボタン UI 事例
556 人 工 知 能 32 巻 4 号(2017 年 7 月) 部では試されているが,かなり遠方への転居や急な転勤 など,あくまで実地での内見に障壁がある場合の代替に とどまっている.対して契約事務の手続きはチャット接 客フェーズ同様,対話システムが活用できる領域であり, むしろ定型化という意味ではこちらのほうが内見前の フェーズよりも対話システムの適用可能性は高い.ただ し,前述のような法規制があったことや,契約という手 続きが誤りの許されない事項であること,また機械学習 的な観点から見ても内見前のフェーズに比べて発言や行 動などのデータ数が少なく大規模データに頼る手法では モデル構築が困難であることから,利用するとしても当 面オペレータの補助としての利用が主となるであろう. とはいえ規制の緩和や事例の蓄積によるルールベースで のシステム構築など,これから発展する可能性を秘めた 研究分野であるといえる.