中学校における自ら感じ、考える道徳の時間を目指して
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∼資料の吟味と授業の構想を通して∼
大髙知子
*・和井内良樹
**小山市立絹中学校
*宇都宮大学教育学部
**Tomoko OTAKA* and Yoshiki WAINAI**: The aim of moral education class at the Junior high school level: To think ethically by themselves and share their opinions.
Keywords : moral education class, moral dilenma
* Kinu Junior High School, Oyama
** Faculty of Education, Utsunomiya University (連絡先:[email protected] 著者2) 概要 道徳の時間で用いられる読み物資料の内容を吟味し、資料作成者や道徳副読本の出版社が示した展開 例とは異なる独自の展開案を示して授業実践を行ったり、授業実践を通して見えてきた問題点から資料の改 作を行ったりし、複数回授業実践を行った。このような資料の吟味と授業の構想を通じて、生徒自らが感じ、 考える道徳の時間を目指し、研究を行った。 キーワード:道徳の時間、モラルジレンマ、「ぼくは伴走者」 はじめに 道徳の時間は、道徳教育の要であるにも関わらず、 実際には各教科に比べて軽視されがちである。特に 中学校においてはその傾向が強い。 魅力を感じない資料や、場面ごとに繰り返される登 場人物の心情を問う指導案での授業においては、授業 者の私自身が不安や疑問を感じていた。生徒にとって も退屈な授業であったに違いない。または、資料から 答えを探し、教師側が意図する意見や考え、感想を書 くという、国語のような授業になっていたかもしれない。 そこで、資料を吟味し、生徒がじっくり考えたく なる発問を考え、生徒たちが自ら感じ考える道徳の 時間を目指すため、研究を行った。 本稿は、日本文教出版3年『あすを生きる』に掲 載されている「ぼくは伴走者」の資料を吟味し、資 料改作に至った経緯や発問の工夫、検証結果を示す。 1.資料について この資料は、小さい頃から足が不自由な「ひろし」 が、車いすマラソン大会で自力での完走を決意して 大会に臨む。しかし、ゴール直前で苦しそうにして いる「ひろし」の姿を見て、介助者である主人公の 「ぼく」が迷ってしまうというものである。 この資料の出典は、『モラルジレンマ授業のすす め③資料を生かしたジレンマ授業の方法』1)である。 2.授業実践 (1)実践1 日本文教出版の指導書に掲載の指導案での授業 ①指導案概要 ねらい:真のやさしさとは、信頼関係の上に立っ て、時には苦言を呈してでも、相手のために真剣 に行動することであることに気付かせる。 学習活動: (1)『心のノート』を読む。 (2)資料前半部を読む。 ①ひろしはどんな人か。 ②二人の友情を示す部分に線を引く。 ③②からわかることは、どのようなことか。 (3)資料後半部を読む。 ①次の2つの場合の「ぼく」の思い、二人の関 係、安全面について考える。 A「ぼく」がひろしを介助したとき B「ぼく」がひろしを介助しなかったとき ②あなたならどうするか。 (4)真のやさしさとはどのようなことか。 宇都宮大学教育学部教育実践紀要 第1号 2015年8月1日
②実践考察 導入で『心のノート』を使用し、「しかってくれ るやさしさ」「友情のぬくもり」を共感・意識させ たが、終末では「真のやさしさとは」という発問に なっている。展開でも「友達」「友情」「信頼できる 友達」という箇所を何度も押さえており、友達関係 であるひろしに対しての「ぼく」のジレンマである ことを考えると、この資料は2−(3)友情で授業 を行っていくことが良いのではないか。 中心発問においては、考える「状況」や「場面」 が細かく提示されるため、「∼ならば…である」の ような仮定での話し合いにしかならない。ジレンマ 資料でありながら、生徒の思考活動を刺激したり活 性化させたりできなかったと思われる。また、「『伴 走者の役割を係の人から言われたから』介助しない」 [4−(1)責任感]は、他律的な思考である。相 手の成長を心から願って互いに励まし合い、忠告し 合える信頼関係を育てるように指導していくことを 鑑みると、この資料は友情の中でのジレンマである。 「ぼくは、この後どうしたと思いますか」という中 心発問を授業の早い段階で投げかけ、小グループで の話し合い活動の時間を十分取ることによりねらい とする価値に迫っていけるのではないかと考えた。 (2)実践2 ①指導案概要 ねらい:友達のことを理解し、励まし合うことで、 高め合おうとする心情を育てる。 学習活動: (1)資料に登場するアンデルセン選手について 確認する。 (2)資料を読んで考える。 ①資料を読んでどんなことを考えたか。 ②ぼくは、この後どうしたと思うか。 ひろしはどうしてほしいと思っているか。 友達ではない人が介助者だったらどうか。 友達だったらどうなのか。 ③自分が考えるよい友達関係はどんな関係か。 (3)考えたことをそれぞれにまとめる。 ②実践考察 生徒が小グループで話し合いを行った際、資料中 の疑問や「介助する」「介助しない」の判断に影響 を及ぼしたと思われることがたくさん出た。 <疑問> ア なだらかな上り坂とは、どの程度の傾斜か。 イ 上り坂の距離はどのくらいか。 ウ 車いすの経験の有無による、状況の不認知。 エ ほかに車いす走者はいるのか。また、車いす でない走者はいるのか。 オ 係の人は見ているのか。 <判断に影響したこと> ア けが(出血)の程度。 イ 助けても完走になること。 ウ アンデルセン選手に憧れているので、彼女の ようなゴールを目指しているのではないか。 エ 挿絵から想像できるその場の状況。 オ 大会に出場しようとした動機や意志の強さ。 カ ひろしは最後尾を走っているのか。 キ 来年度も行われる町内大会なのか。 資料中では、ロサンゼルスオリンピック(1984年) をテレビ(ライヴ)で観戦しており、時代の古さが 感じられる。現在は障害者スポーツが当たり前のよ うに行われており、障害者と健常者が一緒に行うス ポーツも普及されてきている。現在の障害者スポー ツについてと、車いすマラソン等についての調査をし、 前述の疑問等を解消できるように資料を改作した。 <資料改作のポイント> ア 動機を、パラリンピックの観戦とした。 イ 「岡山吉備高原ふれあい車いすロードレース」2) を参考にした。 ウ 二人のやりとりを緊迫感のあるものにし、介 助する必要に迫られるような表現にした。 (3)実践3 ①指導案概要 学習活動: (1)車いす体験についての経験を話す。 (2)資料を読んで考える。 ①資料を読んでどんなことを考えたか。 ②ぼくは、この後どうすべきだと思うか。 ひろしはどうしてほしいと思っているか。 ③友達だからこそできることは何か。 (3)考えたことをそれぞれにまとめる。 ②実践考察 生徒たちの小グループでの話し合いから、実践2 の授業考察で述べた疑問点はほぼ解消されていた。 補 補 補 補
ほとんどのグループの話し合いにおいて、けがの 程度は判断には影響しておらず、ひろしの気持ちを 尊重するべきか、身体を第一に思うべきか、そして そのどちらもうまく折り合いをつけられるような方 法はないのかの議論がされていた。また、本資料の 結末を知りたい、作りたいと話している生徒がおり、 どのような結末を望んでいるのかに興味を持った。 自分の立場を明確にするため、ネームカードを黒 板に貼付して全体での話し合いを進め、双方から効 率よく意見を拾い上げることができた。より多くの 考えを交換し、広げ深めるために、生徒の相互指名 による発言が有効ではないかと考えた。 主体的な判断を促すために、資料を再改作した。 <改作のポイント> ア 登場人物を中学3年生と設定し、大会に挑戦 する動機を、「卒業を前に何かに挑戦したいと 決意した」こととした。 イ 伴走者の役割を「介助してもよい」から「介 助することになっている」とした。これにより、 「ひろし」と「ぼく」が合意の上に、共に大会 に出場するということが明確になる。 ウ 完走の制限時間を50分とした。岡山吉備高原 ふれあいロードレース2)を参考にした。 中心発問で生徒が十分考え話し合った後に、資料 の結末を提示することでさらに思考を広げることが できるのではないか。そこで、【ぼくが介助した結末】 と【ぼくが介助しなかった結末】の2種類を用意し、 生徒から多く出た考え方とは別の「資料後半部」を 提示する。 【介助した結末】は、制限時間ギリギリでゴールし、 完走はできたが、ぼくもひろしも何も言えずに黙っ てしまう。【介助しなかった結末】は、ぼくはいつ でも介助できるように構えているのだが、結局前に 進むことができず、制限時間が来てしまって完走で きず、ひろしは悔し涙を流す。どちらの場合におい てもひろしの気持ちとぼくが取った行為の意味に焦 点を当てて考えていく。 実践4は1年生での授業となるため、「ぼくはこ の後、ひろしに対してどうしてあげるべきだと思い ますか」と丁寧に発問する。 (4)実践4 ①指導案概要 学習活動: (1)車いす体験についての経験を話す。 (2)資料前半部を読んで考える。 ①資料を読んでどんなことを考えたか。 ②ぼくは、この後ひろしに対してどうしてあげ るべきだと思うか。 (3)資料後半部を読んで考える。 ①ひろしはどんなことを考えているか。 ②【介助した結末】の場合 ぼくはどんな考えで押すことができたのか。 【介助しなかった結末】の場合 ぼくが手を出さなかったことには、どんな意 味があるのか。 ②実践考察 中学1年生で実施したため、表現力の面で発達段 階の差を感じた。また、(2)①の発問に対し、「マ ラソン大会に挑戦する勇気がすごい。」「車いすでマ ラソンをするのは大変。」などという意見が複数出 たことが想定外であった。 資料改作の効果として、実践2・3で出ていた上 り坂の勾配については判断に影響が見られなかっ た。改作のポイント ア については、半分以上のグ ループで話題となっていた。1年前に小学校を卒業 したということや小規模の学校であり、3年生の姿 を身近に感じている影響があったのかもしれない。 小グループ内の話し合いにおいて、一部の生徒に は「『さわるな!』って言われたんだから触らない。」 と、その言葉だけに着目し、不快だから「介助しな い」と話している生徒もいた。しかし、ほとんどの グループで「親友だから」という言葉を出して意見 交換をしており、そのうち2グループは「親友」の 定義について語りながらねらいに迫る話し合いが見 られた。 差で「介助すべきでない」と考えている生徒が 多かったため、【介助した結末】の資料後半部を提 示し、考えさせた。 「ひろし」の気持ちとして、「約束を破りやがって。」 「自力でゴールできたかもしれないのに。」のような 言葉が出てきたことは、私の予想どおりだった。し かし、「ありがたいんだけど、やってほしくなかっ
た。」というつぶやきを取り上げることによって、 感謝の気持ちもあったのではないかとの意見も出て きた。 「介助すべきでない」の立場を取っていた生徒の 思考の深まりを3例挙げる。 ○押されてしまったひろしの気持ちを「感謝の気持 ちなんて絶対ない。」とささやいていた生徒Sは、「ぼ くはどんな考えで車いすを押すことができたか。」 の発問に対して「親友で、一緒に練習をしてきたか ら、ひろしにはどんな手を使ってでもゴールさせた かった。」と発言している。 ○グループ内で「親友で、信頼できる関係なんだか ら、ちゃんと坂を上らせるべき。」と言っていた生 徒Rは、同上の発問に対して「…(前略)…約束破 るけど、君のためを思って取った行動だ。許してく れ。…(後略)」と発言している。 ○ひろしの気持ちを「情けない思い出になる。」と つぶやいていた生徒Aは、授業の感想として「今ま で、単に仲良しなことを親友だと思っていたけど、 今日の授業で、親友って自分と相手の心が一つにな ることをいうんだなとわかった。」と記述している。 資料前半の中心発問での議論でねらいに迫ること もできたと考えられるが、授業の流れを考えると、 資料後半部を出したことで、新たに気づき、ねらい についてさらに深められていったように思う。 (5)実践5 実践4と同じ指導案で、1年生で実施した。 ①実践考察 生徒の小グループでの話し合いでは、ほとんどの グループにおいて「友達」「親友」というキーワー ドが一度も出ず、「助ける」「助けない」の選択をす るための話し合いになっていた。理由づけも「危な いから」助ける、「言われたから」助けないという 内容に終始しており、登場人物の心情に入り込めて いない。資料範読後に全体で、二人の関係を「親友」 と確認したのだが、「親友だから」という考え方に 行きつかなかったのはなぜか。元々3年生用の副読 本に掲載されていた資料であり、その資料にマラソ ン大会についての疑問を解消するような語句や文を 加筆したために分量が多くなり、1年生にとっては 難しい資料になってしまった。 「親友」「友達」という言葉は①最初の二人の関係 の確認で「親友」1回、②グループ協議で0回、最 後の発問に対する発言で生徒から「親友」3回「友 達」1回。ゆえに、授業中に音声として聞き取れた のは、合計5回であった。 同様に、ワークシートへの記述では、「どんな考 えで押すことができたのでしょう」の発問に対して、 「親友」7回「友達」1回の記述があり、「授業を通 して感じたこと、考えたこと」には「親友」10回「友達」 3回「信頼」8回の記述があった。資料後半部を提 示したことで、生徒たちが「親友」や「友達」のこ とについて考え、「信頼」関係に思考をつなげたこ とがわかった。 おわりに (2)②の通り、生徒がこの資料について身近に 感じられないのもいたしかたない。生徒は多くの疑 問を感じながら思考を巡らせて考えていた。つまり、 この資料には、友情について考えさせるためのエッ センスを大いに含んでいる。改作を加えることに よって、生徒が資料に切実感を抱いたり、生徒同士 のグループでの話し合いをねらう方向に進ませるこ とができたりし、資料の本質に迫ることができた。 この研究を通じて、生徒の立場に立ってきちんと 資料を読むことの大切さを学んだ。多忙な学校現場 においても、生徒の実態を十分に検討した上で、一 文削除したり、語句を修正したりすることは十分可 能であると考える。資料をそのまま受け入れるだけ でなく、改作という手段も心に留めておきたい。 この資料は、オープンエンドのモラルジレンマ資 料である。価値 藤の末に自分はどちらの価値を大 切にするのか、判断力を養うには適切である。しか し、その判断はそれぞれの生徒に委ねられておる。 生き方や価値の本質に迫ることを考えると、モラル ジレンマ授業は限界なのではないか。 また、資料を分断して与えることに対する反対論 も根強い。実践4・5において、生徒たちは資料前 半部を使って自分の価値観を振りかざしながら話し 合いに興じていた。そこに資料後半部を提示したこ とで、生徒が新たな考え方や価値に気づき、ねらい に向かうスピードが一気に加速した。資料を分断せ ず、最初から全資料を与えていたならば、生徒は自 ら考えて話し合いをすることなく、最後に主人公が 取った行動こそが正しいと感じ、価値を強いられる ような誘導的な授業になっていたのではないか。 実際の生徒の気持ちとして「続きが知りたい」と いうつぶやきが多く聞かれた。もちろん、生徒の判
断に委ね、もやもやとした状態でいることも問題を 考えさせるためには有効である。自分の考えを基に グループで話し合う時間を設けたが、異なる考えに 接することができなかった生徒もたくさんいた。し かし、実践4・5のように、資料後半部で自分と異 なる意見に接しながら多角的・批判的に考えること によって、ねらいを追求できるという効果も期待で きる。 また、新たな試みとして、 藤の末に決断した結 末を2種類のカードの中から生徒に選ばせたり、授 業時間を70分間に設定して両方の結末から考えたり という展開も考えられる。ぜひ、学校現場に戻った ときには実践してみたい。 参考文献 1)荒木紀幸『モラルジレンマ授業のすすめ③資 料を生かしたジレンマ授業の方法』 明治図書、 1993年. 2)岡山吉備高原ふれあいロードレースホームページ (2015年 3月30日 受理)