アジ研ワールド・トレンド No.240(2015. 10)
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か
ら『
意
識
共
有
』
へ
」(
小
此
木
政
夫編『韓国における市民意識の動
態』慶應義塾大学出版会、二〇〇
五年)という日韓関係の変容に注
目したことに鑑みると、隔世の感
がある。日韓四〇周年の頃は、確
かに、自由民主主義体制や米国と
の同盟を基軸とする外交安保体制
を
共
有
し
て
い
る
だ
け
で
な
く、
「
韓
流」
/「日流」ブームのなかで、市
民意識も「対等感」がベースにな
り
つ
つ
あ
っ
た。
長
ら
く「
日
本
優
位」だった関係が対称的になった
のは画期的なことだった。
ところが、近年、互いの政治体
制に対する違和感だけでなく、外
交安保政策にも齟齬が広がってい
る
こ
と
が「
日
韓
共
同
世
論
調
査
」
(
言
論
N
P
O・
東
ア
ジ
ア
研
究
院
実
施)によって明らかになっている。
日韓両国民の過半数はそれぞれ相
手
に
対
し
て「
民
族
主
義
」「
軍
国
主
●
「
対
称
」
化
す
る
ア
ジ
ア
一九六五年に日韓両国が国交を
正常化してから今年六月で五〇年
が経った。その記念すべき年に、
外務省のホームページの日韓関係
に
関
す
る
記
述
か
ら、
「
自
由
と
民
主
主義、市場経済等の基本的価値を
共有する」という文言が削除され
た。外交青書に初めて「基本的価
値[の]共有」が盛り込まれたの
は
二
〇
〇
四
年
で、
「
民
主
主
義、
市
場経済」が例示されたが、二〇〇
七年に「自由、民主主義、基本的
人権」へと例示の仕方が変わり、
二〇一四年まで踏襲された。とこ
ろ
が、
今
年
か
ら「
最
も
重
要
な
隣
国」とだけ形容されている。特に
「
自
由
」
の
共
有
に
対
す
る
拒
否
感
が
官邸で強く、その意向が政府全体
で貫徹されたという。
一〇年前には、現代韓国朝鮮研
究
の
パ
イ
オ
ニ
ア
が「
『
体
制
共
有
』
義
」
と
認
識
し
て
い
る
反
面、
「
民
主
主義」や「自由主義」という回答
は最大でも二割ほどにすぎない。
また、朴槿恵政権では「韓米日」
の安保連携より「韓米中」が重視
さ
れ
る
な
か
で、
日
本(
五
八・
一
%)は北朝鮮(八三・四%)に次
いで軍事的脅威として認識されて
いる。つまり、体制をめぐる意識
が離反しているというわけである。
このように、地域研究では、対
象国と日本との関係が大きく様変
わりするなかで、にわかに対称的
になったアジアの場合は特に、理
解の仕方が追いついていない場合
も少なくない。
●
《
他
者
》
と
し
て
「
対
象
」
化
「嫌韓」
「反中」本はそうした限
界の表れである。それ自体、日本
研究の対象として興味深い。
たとえば、旅客船セウォル号の
沈
没
事
故
に
つ
い
て、
「
パ
ル
リ
パ
ル
リ(はやくはやく)文化」や「ケ
ンチャナヨ(いいかげん)精神」
のある意味当然の結果である、と
解説するベテランのウォッチャー
が
い
る(
室
谷
克
実『
デ
ィ
ス・
イ
ズ・コリア
韓国船沈没考』産経
新
聞
出
版、
二
〇
一
四
年
)。
何
か
事
が
起
き
る
た
び
に、
い
つ
も「
韓
国
(
人
)
が
~
~
な
の
は
韓
国(
人
)
だ
からだ」という文化論や国民性を
持ち出すが、何にでも当てはまる
説明は、実は、何も説明していな
いし、当該対象を説明できない。
これでは、なぜ海難事故だったの
か、なぜセウォル号だったのか、
の
理
由
が
分
か
ら
な
い。
「
い
つ
も
と
同
じ
不
可
解
な
韓
国(
デ
ィ
ス・
イ
ズ・
コ
リ
ア
)」
や「
O
I
N
K(
O
n
l
y
I
N
K
o
r
e
a
)」
に
みえるのは、ピントのずれた「レ
ンズ」をかけているからである。
レンズを替えて、制度的な側面、
つまり業界団体や規制官庁、さら
には大統領をめぐるルール、その
なかでプレーヤーそれぞれにとっ
てのインセンティブ構造に注目す
ると、本来規制すべき官庁が業界
団体に取り込まれてしまった「規
制の罠」の典型としてみえてくる。
そうすると、日本の原発事故との
●
特
●
集
本の森への道案内
地
域
研
究
に
お
け
る
三
つ
の
「
た
い
し
ょ
う
」
浅羽
祐樹
[比較政治学・韓国政治]
27
アジ研ワールド・トレンド No.240(2015. 10)
類似点にも気づくはずだ。
手持ちの尺度では「珍プレー」
にみえる相手の行動を《他者》と
して対象化し、好悪や快不快のレ
ベルで反応するのではなく、尺度
そのものを自ら不断に見直してい
くことが問われている。そうする
ことで、その世界のそのゲームの
そのルールに応じたよくあるプレ
ーの「傾向」として分析できるよ
うになり、さらには、適切な「対
策」を講じることができるはずで
ある。
●
「
対
照
」
さ
せ
る
と
い
う
方
法
尺度を替える、スケール・シフ
トするためには外国語の学習が欠
かせない。地域研究のアルファに
し
て
オ
メ
ガ
は、
対
象
国
の「
こ
と
ば」に馴染み、文脈をこえて「翻
訳・通訳」することである。
日本語話者にとって韓国語の場
合、語順が似ていて多くの漢字語
を共有しているため、とっつきや
すく、ある程度までは誰でもでき
る
よ
う
に
な
る。
私
自
身、
「
ア
ン
ニ
ョ
ン
ハ
セ
ヨ
」
と「
カ
ム
サ
ハ
ム
ニ
ダ」だけを覚えてソウル大学国際
大学院に進学したが、漢字語が七
割を占める新聞は半年後には読め
るようになり、すっかり「分かっ
た
」
気
に
な
っ
て
い
た。
実
際
は、
「
韓
日 00
『
頂
上
』
会
談
」
を「
日
韓 00
『
首
脳
』
会
談
」
に
置
き
換
え
る
く
ら
いでは機械翻訳と差がつかない。
外交の場では、単語一つひとつ
のニュアンスが死活的になる。た
とえば、慰安婦問題で朴大統領が
要求する「
진정성
がある措置」の
場
合、
そ
も
そ
も「
真
正
性
」「
真
情
性」という二つの漢字語が考えら
れるし、いずれにせよそのままだ
と
意
味
が
通
じ
な
い。
「
誠
意
あ
る
措
置」と訳出されることが多いが、
これだと「金銭要求」と短絡され
や
す
い。
「
言
動
の
一
貫
性
」
と
意
訳
できないと交渉に臨めない。
多くを共有している漢字語でさ
え同音異義語が少なくない。こう
した異同を「一大事」として受け
とめてはじめて、どんぐりの背比
べで足踏み状態になりがちな「中
級」から一歩抜け出すことができ
る。
前田真彦『前田式韓国語上級
表
現
ノ
ー
ト
』(
参
考
文
献
①
)
は、
日本語と韓国語が似ているようで
異なっていて、異なっているよう
で似ている分、日本語話者が韓国
語を学習するうえで直面しやすい
悩みと解決策をコンパクトに整理
している。各地で孤軍奮闘してい
る中級学習者をつなぐ『韓国語学
習
ジ
ャ
ー
ナ
ル
h
a
n
a
』(
隔
月
刊)もオススメだ。
一生涯をかけて韓国語の研究と
教育に取り組んでいる野間秀樹に
よると、日本語話者にとって韓国
語を学ぶというのは、照らし合わ
せて日本語のありようを振り返る
ということでもあるという。さら
に、外国語に限らず、他の誰かの
ことばを学ぶということは、異な
りながら
< 共に在る
> 、自ら
< 別
様に在りうる
> ということにオー
プンであるということだという。
『韓国語をいかに学ぶか』
(参考文
献②)は、徹頭徹尾、日本語話者
の学習者のために書かれているが、
「韓国語を学ぶ方法」
「韓国語の方
法」だけでなく「韓国語という方
法」という研究方法、いや世界観
に基づいている。入門書の第一課
で日本語話者が相手の言っている
ことが分からず「
네
?」と訊き返
すのは、発話の場では最初から欠
かせないからであるし、その人の
名前が「
도
ト
ク
ガ
ワ
쿠가와
」さんなのも、
発音の仕組みを段階ごとに自然に
習得させるためだという。
いま、切実なのは、このように
相手と対照させて自らを省みると
いう姿勢である。ダメなところだ
けこれみよがしにdisり合う必
要はまったくなく、失敗学の事例
として淡々と分析すればいい。そ
れよりも、互いにいいところをベ
ンチマーキングし、教え合い、共
に学びたい。
春木育美・薛東勲編
『
韓
国
の
少
子
高
齢
化
と
格
差
社
会
』
(
参
考
文
献
③
)
は、
ま
さ
に
そ
う
し
た「
韓
国
と
い
う
方
法
」「
日
本
と
い
う方法」で、日韓がそれぞれの仕
方で分かち合っている課題につい
て共に取り組むアプローチを示し
ている。
韓国研究や地域研究に限らず、
新しい「ことば」を学び続けるこ
とは未来に向けた共生の条件であ
り、希望である。
(
あ
さ
ば
ゆ
う
き
/
新
潟
県
立
大
学
大学院国際地域学研究科教授)
《参考文献》
①
前田真彦『前田式韓国語上級表
現
ノ
ー
ト(
1)
(
2)
』(
明
石
書
店、二〇一五年)
。
②
野間秀樹『韓国語をいかに学ぶ
か
――
日
本
語
話
者
の
た
め
に
』
(平凡社新書、二〇一四年)
。
③
春木育美・薛東勲編『韓国の少
子高齢化と格差社会――日韓比
較
の
視
座
か
ら
』(
慶
應
義
塾
大
学
出版会、二〇一一年)
。