• 検索結果がありません。

2011河川技術論文集

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "2011河川技術論文集"

Copied!
6
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

報告 河川技術論文集,第17巻,2011年7月

利根川下流部河道改修の変遷と

浚渫の効果

CHANGE OF RIVER IMPROVEMENT WORKS OF THE

LOWER TONE RIVER AND EFFECTIVENESS OF CHANNEL DREDGING

茂呂康治

1

・風間聡

2

・福岡捷二

3

Yasuharu MORO, Satoshi KAZAMA, Shoji FUKUOKA

1正会員 国土交通省 関東地方整備局 利根川下流河川事務所(〒287-8510 千葉県香取市佐原イ4149) 2正会員 筑西市役所 土木部 次長(〒308-0031 茨城県筑西市丙360番スピカ分庁舎)

3フェロー,工博,Ph.D,中央大学理工学部特任教授,研究開発機構教授 (〒112-8511 東京都文京区春日1-13-27)

River improvement works of the lower Tone River had begun in the Meiji 33rd (1900) and channel form close to the today’s river was made mainly by widening of the river cross-sections. A new river from Sawara to confluence section of Hitachi-tone River (20 to 40km from the river mouth) was made by channel excavation and connected to a region with a wide water surface area which extends from the river mouth. After that period, the present channel form has been constructed by dredging and creating flood channels.

The present paper reports chronological change of the lower Tone River improvement works mainly by channel dredging on the basis of Tone river improvement plan of Showa 24th (1949)and assesses effectiveness and today’issue of implementation works.

Key Words : lower Tone River , chronological change of river improvement work, widening and dredging, ,

1. はじめに 利根川下流域は、明治33年の国直轄による改修工 事着手以来、浚渫と築堤による改修が行われてきた。 平成18年に策定された利根川水系河川整備基本方針 (以下「基本方針」という)及び今後策定される利根 川水系河川整備計画においても、河口から佐原までの 40km区間での浚渫は主要事業になると想定されている。 このように、利根川下流の浚渫事業は、下流域の河川 改修の主要な事業であったにもかかわらず、経年的に 行われてきた浚渫事業の効果について、十分に検討さ れてこなかった。本論文では、昭和24年利根川改修改 訂計画以降における約5000万m3の浚渫により形成され た河道断面の変遷と、その整備効果について、長年に わたる浚渫および河道の縦横断測量に基づく実測資料 を整理し考察した。 2. 利根川下流の改修の経緯と現状の課題 現在の利根川の下流域は、かつては香取の荒海と呼ば れる内海であった。利根川はもともと東京湾に流れ込む 河川であったが、江戸時代に行われた利根川東遷事業に より鹿島灘に流れ込むようになった。明治29年に河川法 が制定され、洪水防御を目的とした国による直轄事業が 行われるようになったが、利根川については、明治33年 に図-1に示す第1期改修(佐原~東庄)が着手され、河 道掘削を主体とする河道拡幅工事により現在の河道の原 型が形成された。 図-1 (明治16年測量迅速図とⅠ期改修範囲) 佐 原 東 庄 0.0km 5.0km 10.0km 15.0km 20.0km 25.0km 30.0km 35.0km 40.0km Ⅰ期 改修 範囲 Ⅱ期改修範囲 佐 原 東 庄 0.0km 5.0km 10.0km 15.0km 20.0km 25.0km 30.0km 35.0km 40.0km 佐 原 東 庄 0.0km 5.0km 10.0km 15.0km 20.0km 25.0km 30.0km 35.0km 40.0km Ⅰ期 改修 範囲 Ⅱ期改修範囲

(2)

表-1 利根川における改修計画の変遷 栗橋 佐原 改修計画(第Ⅰ期) 明治33年 3,750 m3/s 3,750 m3/s 改修計画(第Ⅱ期) 明治43年 5,570 m3/s 4,310 m3/s 増補計画 昭和14年 9,200 m3/s 4,300 m3/s 改修改訂計画 昭和24年 14,000 m3/s 5,500 m3/s 工事実施基本計画 昭和55年 17,000 m3/s 8,000 m3/s 河川整備基本方針 平成18年 17,500 m3/s 9,500 m3/s 計画高水流量 計画の名称 策定年 栗橋:河口から130km地点 佐原:河口から40km地点 表-2 昭和5年から昭和25年にかけての主な出水

水位(Y.P.m) 流量 水位(Y.P.m) 流量 水位(Y.P.m) 流量 昭和10年 9月 11.25m 7.28m 6,354m3/s 5.35m  昭和13年8.9月 10.40m 6,260m3/s 8.99m 4.47m 4,441m3/s  昭和16年 7月 11.89m 7,310m3/s 10.04m 6,051m3/s 5.69m 7,006m3/s 昭和22年 9月 10.82m 7,969m3/s 9.42m 6,115m3/s 5.18m 7,224m3/s 昭和23年 9月 11.32m 9.90m 7,538m3/s 5.64m 6,831m3/s 昭和24年8・9月 11.12m 8,200m3/s 9.66m 6,433m3/s 5.29m 5,801m3/s 昭和25年 8月 11.54m 8,260m3/s 9.98m 7,207m3/s 5.76m 6,071m3/s 取手(85km) 布川(76.5km) 佐原(40km) 佐原から常陸利根川の合流点までの区間(河口から 40km~20km付近)は湿地や氾濫源を開削することにより 新たな河道を掘削し、それより下流の内海の名残の残る 河口からの広大な水面を有する区間に接続した人工的な 河川である。その後、浚渫や浚渫土を用いた高水敷造成 を経て現在の河道が形成されている。利根川の改修計画 は、表-1に示すように洪水等を契機として計画が見直さ れ現在に至っている。計画の改訂に伴って、計画高水流 量は増加しているが、栗橋の増加量に比べて、佐原の増 加量は小さい。これは、利根川下流では、布川地点(河 口から76.5km)に狭窄部があり、計画高水流量増加の制 約条件になっていて、布川上流部に東京湾へつながる放 水路が計画されていたことが主な理由である。 表-2 に昭和5年から昭和25年に発生した主な出水を示 した。放水路が未整備なこともあり、計画流量を上回る 流量の洪水が多発し、大きな被害をもたらした。下流域 での河川改修は、浚渫と築堤を中心に鋭意進められてき たが、現在の流下能力は河口から約30km の区間が 6000m3/s程度で最も小さく、基本方針の佐原(河口から 40km)地点の目標流量9500m3/sはもとより、S55に策定 された利根川水系工事実施基本計画(以下「S55旧計 画」という)の8000m3/sに対してさえ大幅に不足してい る。流下能力の確保に当たっては、引堤や計画高水位 (以下「HWL」という)を引き上げる等の手段もある が、用地の確保、災害ポテンシャルの増加などを考慮す ると現実的でなく、基本方針規模で5500万m3、S55旧計画 と同等規模で2000万m3程度の大規模な浚渫で流下能力を 確保することが最も有力な案となっている。しかしなが ら、もともと、海同然であったところに浚渫と高水敷造 成により新たな河道をつくった河口から20km地点までの 区間をさらに浚渫して河積を確保し、流下能力の増大を 図るには、過去に実施してきた浚渫事業を検証し、今後 のより効果的、効率的な浚渫計画を立案する必要がある。 浚渫土量と河積増減の関係 -40 -20 0 20 40 60 80 100 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5 5 5.5 6 6.5 7 7.5 8 8.5 9 9.5 10 河口からの距離 浚渫土量D(万m3) -40 -20 0 20 40 60 80 100 河積増減量ΔA(万m3) 浚渫土量D 河積増減量ΔA 浚渫土量以上 の河積の増大 河積は増大しているが 浚渫土量ほどの増加 がない 浚渫土量= 河積変動量 図-2 浚渫土量と河積の関係(例) 3.河道の浚渫量と河積の増減量の検討方法 過去に実施した浚渫の効果を検証するため、過去の測 量成果、実績の浚渫量などから、次のような指標を設定 し、その縦断的な変化、経年的な変化を示して検討を行 うこととした。 (1) 横断図の経年変化 横断測量の結果の経年的な変化を重ね合わせた。 (2) 低水路幅の経年変化 利根川下流域では、浚渫による低水路の拡幅だけで なく、低水路の中央部の浚渫と、浚渫土砂を用いた両 岸への高水敷の造成も多く実施された。後者の場合は、 浚渫により、低水路幅が減少する結果になる。 (3) 河積の経年変化 HWL 以下の洪水が流下する河川の横断図上の面積を 求めた。 (4) 推定区間土量変化量と実際の浚渫量の比較 一定期間の横断測量の結果から求められる河積の変 化から算出した一定区間内の土量の変化と実際の浚渫 量を比較した。 具体的には、次のような方法を行った。断面 X にお ける T1 年の河積を Ax1、T2 年の河積を Ax2、断面 Y に おける T1 年の河積を Ay1、T2 年の河積を Ay2 とすると き、断面 X と断面 Y 間の T1 年から T2 年の間の河積の 変化ΔA を ΔA=((Ax2-Ax1)+(Ay2-Ay1))/2 として求め、これに区間距離ΔX を乗ずることにより、 区間内の土量の変化量を求め、T1 年から T2 年の間にお ける区間の浚渫量 D と比較することにより評価した。評 価結果の例を図-2に示す。S36 以前については、同一年 度内に 40km 区間全てを測量した成果がないため、河口 ~20km については S14-S16 測量河道を使用し、20.5km ~39.5km については 2km ピッチではあるが S11 にⅠ期 改修河道の評価1)を行っているのでその図を基に横断 図を作成し、S21 浚渫開始時の基礎河道とした。

(3)

表-3 低水路幅の経年変化(m) S21以前 S25 S30 S36 S47 S55 低水路幅(m) S11~S16 導流堤建設直後 ① 0.0km 海域 512 501 474 373 371 ②  9.0km 1309 未実施 1177 963 1002 983 ③ 14.0km 1508 未実施 未実施 776 523 631 ④ 34.0km 243 未実施 未実施 356 496 503 4.検討結果 (1)S21~S55間(浚渫工事再開~工事実施基本計画策定) (a)横断図からみた河道の特徴 利根川下流部の河積と改修の関係を特徴付ける断面と して①0.0km地点(図-3)、②9.0km地点(図-4)、③ 14.0km地点(図-5)、④34.0km地点(図-6)の4地点を 抽出し考察する。表-3 は低水路幅、表-4 は各地点の HWL以下の河積の経年変化を示した。 ①0.0km地点(河口部)はかつて海域であったが、河 口閉塞防止のためS25~S35にかけて左岸0km~1km付近に 設置された河口導流堤により、河道が沖へ延伸した箇所 である。また、S47の右岸漁港施設との分離により、 表-3の低水路幅では、導流堤建設直後のS36~S47間に100m 程度の減少があった。一方、表-4のHWL以下の河積はS36 ~S55まで2300m2~2500m2程度の河積が維持されている。 ②9.0km地点では、S14~S30間で、河道内に750m程度 の幅で2m以上の堆積がみられる。表-3の低水路幅では 130m程度の減少、表-4のHWL以下の河積では約6400m2 ら4600m2程度に減少している。S30~S36間に河道の澪筋 部を浚渫し、右岸側に高水敷を造成し、表-3の低水路幅 は約200m以上減少したが、表-4のHWL以下の河積では減 少はみられない。その後、S47~S55間で河道中央部を浚 渫しており、河積は増大している。 ③14.0km地点は表-3では、1500m以上あった低水路幅 がS36では約780mになっている。浚渫により澪筋を確保 するとともに、高水敷を造成し、低水路を狭めていった 表-4 HWL以下の河積の経年変化(m2 HWL以下 S21以前 S25 S30 S36 S47 S55 河積(m2) S11~S16 導流堤建設直後 ① 0.0km 海域 2871 3209 2579 2503 2327 ②  9.0km 6376 未実施 4555 4622 4381 4722 ③ 14.0km 6544 未実施 未実施 4355 4205 4234 ④ 34.0km 2647 未実施 未実施 3867 4517 4263 横断形がみてとれる。表-4のHWL以下の河積もS15当時の 6500m2からS36には4400m2程度に減少している。ただし、 高水敷造成は、工事履歴によるとS28頃に実施されてお り、直前の測量結果がないので図-5に示されていないが、 ②9.0km地点のS14~S30間の堆積状況をみると、そのわ ずか5km上流の14.0km地点が堆積していないとは考えに くく、S15~S28の間に、相当量の堆積があったことが推 測される。 ④34.0km地点では、表-3によれば、S11当時推定240m 程度だった低水路幅が、S47では約500mまで拡幅され、 表-4 のHWL以下の河積では、浚渫に伴い2600m2程度だっ た河積がS47には4500m2台へと増大した。徐々に堆積し てきてはいるが概ね4200m2以上の河積がS55まで維持さ れている。 (b)低水路幅、河積の経年変化と浚渫量の関係 昭和21年以降の河川改修は、利根川下流域の全川にわ たって行われたが、河口から約20km地点を境にその工法 に違いがある。図-7 は低水路幅の経年変化を、図-8は S11、S16~S55間のHWL以下の河積の経年変化を示してい る。また、河口から4.5kmまでであるが、S25測量データ、 10.0kmまでであるが、S30測量データが残っているため、 そのデータも含めて分析を行う。図-7では、河口から 20km地点までの区間では、S11-S16時点で、前述の1500m を超える流路と河口部の縮流形状が読み取れる。図-8の HWL以下の河積でも同様に、河口急縮部(0.0km~2.0km区 間)を除き5000m2~6500m2の河積となっている。一方で、 河口から20km地点より上流は図-7に示すように低水路幅 で概ね250m、図-8に示すようにHWL以下の河積では20km 0.0k -10-8 -6 -4 -20 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 -700 -600 -500 -400 -300 -200 -100 0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000 1100 距離(m) 標高(Y.P.m) S25 S30 S36 S55 HWL 漁港施設分離によ る低水路幅縮小(S47) 導流堤構築による 閉塞防止(S36) S25 S36 S30 H.W.L S55 図-3 横断図の経年変化図(①河口0.0km地点) 9.0k -10-8 -6 -4 -20 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 -200 -100 0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000 1100 1200 1300 1400 1500 1600 標高(Y.P.m) 距離(m) S14 S30 S36 S55 HWL S14 S36 S30 S14-S30間で1800m2の堆積 S30-S36間水 深確保の浚渫 S30-S36間浚 渫土砂による 高水敷化 S55 S47-S55間 浚渫 H.W.L 図-4 横断図の経年変化図(②河口から9.0km地点) 14.0k -10-8 -6 -4 -20 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 -300 -200 -100 0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000 1100 1200 1300 1400 1500 距離(m) 標高(Y.P.m) S15 S36 S47 S55 HWL 澪筋確保 高水敷化S27~S28頃 高水敷化S27~S28 頃 S15 S55 S47 S36 H.W.L 図-5 横断図の経年変化図 (③河口から14.0km地点) 34.0k -10-8 -6 -4 -20 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 -600 -500 -400 -300 -200 -100 0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000 1100 1200 距離(m) 標高(Y.P.m) S11推定 S36 S47 S55 HWL 低水路幅、河積 確保S21~S47 S47 S55 S36 S11 H.W.L 図-6 横断図の経年変化図 (④河口から34.0km地点)

(4)

~36km付近で概ね2000m2~3000m2となっていた。当時は 河積、低水路幅ともに、20km付近を境に著しくアンバラ ンスなものとなっていた。次に各年度間の変動状況をみ てみる。河口から4.5kmまでの区間でS11~S16とS25を比 較すると、図-7の低水路幅は概ね変動がないが、図-8の HWL以下の河積では、河口急縮部(0.0km~2.0km区間)を 除き減少している。S11~S16とS30を比較すると、河口 から10kmまでの区間で、図-7の低水路幅は一部6.0km近 辺を除き概ね変動はないものの、図-8のHWL以下の河積 では、概ね2km地点から上流で減少がみられ、特に前述 した(a)②9.0km地点を含む8.0km~10.0kmで減少量が大 きい。この低水路幅があまり変化していないのに河積が 大きく減少している現象は河道内の堆積によるものと考 えられる。S30とS36の比較では、図-7の低水路幅では最 大200m以上の縮小がみられるが、図-8のHWL以下の河積 ではほとんど変動がみられず、(a)②9.0km地点で述べた 堆積により浅くなった河道の澪筋部を浚渫し、その土砂 を用いて高水敷を造成した改修が概ね2km~10kmで行わ れていたことが分かる。 図-9~図-12は、それぞれ、3.で述べた方法により算 出した浚渫土量と河道河積増減量の比較図である。図-9 はS21~S24間および、S21~S30間の浚渫土量とS14~S25 間(4.5kmまで)、S14~S30間(10kmまで)の河積増減の 関係図であるが、これによれば、S21~S24間は河口から 20km地点までは、ほとんど浚渫は行われていなかった。 S25~S29間の浚渫は一部5~6km近辺で実施されている68 万m3を除き河口から11km地点より上流を実施している。 それに対して河積増減量は、S14~S25間、S14~S30間共 に減少を示しており、その量はS14~S30間で880万m3 なっている。つまり、図-9より読み取れる10kmまでの河 積減少量は、ほとんどが堆積によるものであると推測さ れる。河口(2km)から20km地点までは、堆積によって浅 くなった低水路の澪筋部を浚渫して深くし、かつ再度の 堆積を防止するためにも、浅くなった川岸に高水敷を、 浚渫土砂を用いて造成することにより、河積の増加は期 待できないが、洪水時の掃流力を高める改修が行われた。 図-10はS14~S36間を網羅した浚渫量と河積の増減の関 係図にS14~S30間の河積増減量をプロットしたものであ るが、10kmまでの区間でS30~S36間に一定の浚渫量が あったにもかかわらず、S14~S30間の河積増減量と、 S14~S36間の河積増減量はほぼ一致していることから、 S30~S36間は河積の増減は小さく、前述したように浚渫 で水深を確保するとともに、高水敷の整備が行われたこ とが裏付けられる。河口から10km地点までの様に浚渫直 前の測量データは残っていないものの、11kmから上流も 相当量の堆積量があったことが推測され、10km下流と同 様の改修が行われたことが推測されるのである。 一方、Ⅰ期改修区間で河口から20km地点より上流の新 たに掘削された河道は200~300m幅の低水路であり、河 口から20km地点までとは対象的に、目標流量5500m3/sを 達成するために低水路を拡幅し河積を確保することが必 要不可欠であった。浚渫した土砂は築堤や、堤内地の土 地造成に活用された。図-7,図-8で、低水路拡大、河積 増大の傾向がみられるが、図-10 に示すとおり28km~ 36km地点、20km~23km地点付近で浚渫量以上の河積の増 大がみてとれる。表-2に示したように6000m3/s以上の出 水が頻発したS16~S25においては、この区間は、HWL以 下の河積で2000m2~3000m2程度であったため、河積の大 きい20km地点までとは対象的に、かなりの水面勾配を もって流れていたと推測され、河床低下が発生していた ことが想定される。また33km上流では昭和30年代に「利 根川下流部6大深掘れ」が報告されており、図-10にお いて20km地点上流で浚渫量以上に河積の増大がみられる のは様々な理由が考えられる。図-11はS36~S47の浚渫 土量と河積増減の関係図であるが、浚渫全体量は1805万 m3でありうち1375万m3が20km上流で行われた。また、利 根川河口堰の関連浚渫により18km~19.5km区間において 270万m3の浚渫2)が行われており、全体の9割の浚渫が 0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 1800 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 30 32 34 36 38 40 S11~S16(推定) S25 S30 S36 S47 S55 m 河口からの距離(Km) 河道整正 拡幅 ①0.0km 地点 ③14.0km   地点 ④,34.0km  地点 ②9.0km   地点 図-7 S11、16~S55 低水路幅の経年変化 0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000 8000 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 30 32 34 36 38 40 S11~S16(推定) S25 S30 S36 S47 S55 m2 河口からの距離(km) 堆積(S14~S25、S30) 低水路拡幅による増加 ①地点 0.0km ②地点 9.0km ③地点 14.0km ④地点  34.0km 河道整正後概ね安定(S30~) 図-8 S11,16~S55 HWL以下の河積の経年変化 -140 -120 -100 -80 -60 -40 -20 0 20 40 60 80 0 1 23 4 5 67 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 河口からの距離(km) 浚渫土量(万m3) -140 -120 -100 -80 -60 -40 -20 0 20 40 60 80 河積増減量(万m3) S25~S29浚渫土量m3 S21~S24浚渫土量m3 S14~S30河積増減量m3 S14~S25河積増減量m3 S21~S29総浚渫土量1370万m3 0~10kmの状況 からS14-S25間に 相当量の堆積が あったと推測され る S25~S29 68万m3の浚渫 S14-S30間に10kmまでで 880万m3の河積の減小 図-9 S21~S30 浚渫量と河積増減量の関係 -140 -120 -100 -80 -60 -40 -20 0 20 40 60 80 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 30 32 34 36 38 40 河口からの距離(km) 浚渫土量(万m3) -140 -120 -100 -80 -60 -40 -20 0 20 40 60 80 河積増減量(万m3) S21~S36浚渫土量m3 S14~S30河積増減量m3 S14~S36河積増減量m3 20km下流1407万m3 20km上流816万m3 堆積土砂の 撤去による 水深確保と 高水敷造成 浚渫量以上の 河積の増大 S21~S36総浚渫土量2223万m3 図-10 S21~S36浚渫量と河積増減量の関係

(5)

概ね河口から18km地点より上流で行われた。S36~S47間 の浚渫量と河積増加量はほぼ一致している。図-12は利 根川河口堰竣工後のS47~S55の浚渫土量と河積増減の関 係図であるが、浚渫は18km下流に限定されており、18km 上流では河口堰竣工後から現在に至るまで大規模な浚渫 は行われていない。 このように河口から20km地点を境として、上流側は河 積の増大、下流は維持管理の観点から、高水敷を造成し ていった結果、河積、低水路共にアンバランスが解消さ れてきており、S55では①0.0km付近が、河口から40km地 までで、低水路幅、河積とともに最小となった。 (2)S55~H22(工事実施基本計画策定から現在) (a)横断図からみた河道の特徴 ①9.0km地点(図-13)、②22.0km地点(図-14)、2地 点の横断を示す。 ①9.0km地点では、S58~S61間に浚渫により、HWL以下 の河積が4800m2から5500m2に増大した。H10には浚渫前 と同等の河積へと戻っており、その後H22まで安定して いる。 ②22.0km地点では、浚渫によりS61~H01間でHWL以下 の河積は4100m2 から4700m2に増大した。H22では概ね元 の河積に戻っている。 (b)低水路幅、河積の経年変化と浚渫量の関係 図-15はS55~H22間の低水路幅の経年変化縦断図である が河口が一部延伸した以外、概ね大きな変化は無い。 図-16はHWL以下の河積の経年変化縦断図で、浚渫の影響 が河積に現れている箇所が見られる。図-17は浚渫量と 河積増減量の関係図であるが、これによれば、8km~ 12km付近では約290万m3の浚渫を実施している。この区 間の浚渫は図-12で述べた12km~18kmの浚渫から継続的 に行われている浚渫である。図-18は図-16 8~14kmの拡 大図であるが、S55時点に既に12km近辺に一部6000m2 い河積が表れているが、これはS47からの浚渫の効果で ある。S55以降も12km付近から順次下流に向かって概ね 6000m2程度の河積の確保を目標に浚渫を行ってきたが、 -50 -30 -10 10 30 50 70 90 110 130 150 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 30 32 34 36 38 40 河口からの距離(km) 浚渫土量(万m3) -50 -30 -10 10 30 50 70 90 110 130 150 河積増減量(万m3) S36~S47 浚渫土量m3 S36~S47河積増減量m3 浚渫量約1805万m3 浚渫量と河積 増加量が一致 利根川河口堰建築 による浚渫 20km下流 430万m3 20km上流1375万m3 図-11 S36~S47 浚渫量と河積増減量の関係 -50 -30 -10 10 30 50 70 90 110 130 150 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 30 32 34 36 38 40 河口からの距離(km) 浚渫土量(万m3) -50 -30 -10 10 30 50 70 90 110 130 150 河積増減量(万m3) S47~S55浚渫土量m3 S47~S55河積増減量m3 浚渫量約405万m3 図-12 S47~S55 浚渫量と河積増減量の関係 9.0km -10-8 -6 -4 -20 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 -300 -200 -100 0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000 1100 1200 1300 1400 1500 距離(m) 標高(Y.P.m) S58 S61 H10 H22.5河道 HWL H22. S61 S58 H10以降は比較的安定 S58~S61間で浚渫がおこなわれた S58 約4800m2 S61 約5500m2 H10 約4800m2 H22 約4800m2 H10 H.W.L 図-13 横断図の経年変化図 (①河口~9.0km地点) 22.0k -10-8 -6 -4 -20 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 -500 -400 -300 -200 -100 0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000 1100 1200 1300 距離(m) 標高(Y.P.m) HWL S58 H01 H10 H22.5河道 H10以降は比較的安定 H22 S58 S61~H01にかけ 局所的な低水路拡 幅を行った S58 約4100m2 S01 約4700m2 H10 約4200m2 H22 約4100m2 H01 H10 H.W.L 図-14 横断図の経年変化図 (②河口~22km地点) 0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 1800 -2 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 30 32 34 36 38 40 S55 S58 S61 S63 H01 H03 H07 H10 H13 H14 H18.6 H20.3 H22.6 m S55~H22 低水路幅は概ね変動なし 一部拡幅 左岸波崎漁港竣工 により河口部延伸 ①9.0km ②22.0km 河口からの距離(km) 図-15 S55~H22 低水路幅の経年変化 0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000 8000 -2 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 30 32 34 36 38 40 S55 S58 S61 S63 H01 H03 H07 H10 H22 m2 増大 ①8.0km 大きな変動なし ~14.0km 左岸波崎漁港竣工 により河口部延伸 ②22.0km 河口からの距離(km) 浚渫で一時増大、 のち再堆積。 図-16 S55~H22 HWL以下の河積の経年変化 -50 -30 -10 10 30 50 70 90 110 130 150 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 30 32 34 36 38 40 距離(km) 浚渫土量(万m3) -50 -30 -10 10 30 50 70 90 110 130 150 河積増減量(万m3) S55~H22浚渫土量m3 S55~H22河積増減量m3 ①8.0km ~12.0km 全体浚渫量約575万m3(S55~H22) 36.5k~37.0k 80万m3 (H10~H11) ③22.0.km 20km下流 352万m3 20km上流  223万m3 290万m3 図-17 S55~H22 浚渫量と河積増減量の関係 3000 3500 4000 4500 5000 5500 6000 6500 7000 7500 8000 4 6 8 10 12 14 16 18 S55 S58 S61 S63 H01 H03 H07 H10 H22 m2 km 浚渫で一時増大、のち堆積 増大 S47までの浚渫の効果 上流から下流へ施工 H6まで 実施 図-18 S55~H22 HWL以下の河積の経年変化(8~14km拡大図)

(6)

下流工区を施工し所定の河積を確保したときには、以前 の上流の浚渫箇所は元の河積に戻っている状況がみてと れる。ただし、浚渫前河積まで戻ると概ね安定し、8km ~12km区間では4500m2程度の河積で落ち着ついてきてい る。一方で、図-17によれば0km付近の浚渫は比較的良く 維持されている。4km~8km区間は浚渫を実施していない にもかかわらず河積が増大している。22km地点では低水 路が局所的に150m近く拡幅され河積も増大したが継続的 な浚渫は行われず、元の河積へ戻りつつある。 (3)流下能力と洪水時水位縦断の経年変化 図-19は、2.で述べた改修改訂計画目標流量である 5500m3/sを流下させたときのそれぞれの年別の水位縦断 図である。図によれば、河口から20km地点までは、 (1) で述べた高水敷造成による河道整正で低水路幅が現在と 概ね同等となったS36以降、水位の大きな変動はない。 またS36は導流堤建設直後であるが、河口急縮部(0.0km ~2.0km)でせき上げ現象はみられるが、概ねHWL以下の 水位となっている。河口急縮部上流では、1/25000以下 の著しく緩い水面勾配となっている。S55以降は、河口 部(0.0km近辺)浚渫や4~8kmの河積の増大に伴い、わ ずかであるが、水位低下がみられ、それに伴い図-20に みられるように40km以下の区間の流下能力の向上がみら れる。河口から20km地点より上流では各年代で流下能力 の向上がみられ、河口堰が竣工したS47には、S24改修改 訂計画の目標流量である5500m3/sは概ね達成されている。 5.考察 利根川下流域の改修は、明治33年に着手され、河口か ら約20km地点より上流で、約250m程度の新河道を開削し、 広範囲に分かれていた澪筋を統合する改修が進められた。 河口から20km地点までは、もともと広大な水面をもち、 海のような扱いができる流下能力の大きい区間であった。 また、河口部においては、砂州の消長が著しく、洪水の 流下に支障となり、港としての機能も制限されていたた め、昭和23年から導流堤が建設された。浚渫を主に事業 が進められ、その間、顕在化した塩害に対応するための 利根川河口堰建設(18.5km地点)、利根川下流部六大 深掘れの対応など行いながら、河口から40km地点まで浚 渫を主とした低水路整備が行われた。河口部に急縮部が あり、せき上げが起こっているが、S47頃には、概ねHWL 以下で5500m3/sが流下可能だった。現在、利根川下流域 は、昭和55年の工事実施基本計画8000m3/sから平成18年 の基本方針9500m3/sへと、さらなる流下能力の向上が求 められている。S55以降の浚渫効果を検証すると、0km付 近の浚渫は比較的よく維持されており、4km~8km区間は 浚渫を実施していないにもかかわらず河積が増大してい る、22km地点では、一旦河積は増大したが、数年後元に 戻っていることがわかった。①8.0km~14.0km、② 22.0kmのように、上下流の河積のバランスを著しく変動 させる河積の確保は、短い期間で元の河積へと戻る。特 に河口急縮部を除く20km地点までは(1)で述べたように、 土砂堆積により維持管理に苦慮した区間でもあり、今後、 河積の確保が必要な場合であっても、改修効果のみなら ず、施工順位までも含め、慎重な検討が必要である。 6.おわりに 我が国の河川では、長年にわたって治水事業が行われ てきたが、多くの河川では、経年的な事業の効果を十分 に把握することなく続けてきたように思う。今後の社会 資本整備を進めていく上では、事業の政策評価が欠かせ ない。利根川下流域で長年にわたって行われてきた浚渫 を中心とする河川事業の効果は、十分とはいえないまで も検討しえたことは、意味のあることと考える。これは また、河川整備計画で浚渫を必要としている多くの河川 の事業の実効性、政策の必要性を考える上で、一つの判 断材料を与えるものである。 参考文献 1)-土木と利水- 第十二巻 第八号 利根川増補計書(七) 27P 28P 富永正義 2)利根川河口堰工事誌 250P (2011.5.19受付) 5500m3/s流下時水位縦断 0 1 2 3 4 5 6 7 -2 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 30 32 34 36 38 40 河口からの距離 (㎞) 標高(Y.P.m) H21現況河道 S55 S47 S36 S11 H.W.L. 出発水位:朔望平均満潮位 +密度差Y.P.+1.686m 河口部でのせき上げ現象はみられる が、概ねHWL以下となっている。 2.0km~20km区間は洪水時でも著しく緩い 水面勾配約1/25000以下 S11推定 H21河道 S36 図-19 5500m3/流下時水位縦断図 2000 3000 4000 5000 6000 7000 8000 9000 -2 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 30 32 34 36 38 40 河口からの離標 (㎞) 流下能力(m3/s) S11河道 S36河道 S47河道 S55河道 H21現況河道(下流端-1.5k地点) S24改修改訂計画  5500m3/s 40km下流 流下能力図 図-20 40km下流部流下能力図

参照

関連したドキュメント

営繕工事は、施工条件により工事費が大きく変動することから、新営工事、改修工事等を問わず、

例えば,金沢市へのヒアリングによると,木造住宅の 耐震診断・設計・改修工事の件数は,補助制度を拡充し た 2008 年度以降において 120

90年代に入ってから,クラブをめぐって新たな動きがみられるようになっている。それは,従来の

大きな要因として働いていることが見えてくるように思われるので 1はじめに 大江健三郎とテクノロジー

医師の臨床研修については、医療法等の一部を改正する法律(平成 12 年法律第 141 号。以下 「改正法」という。 )による医師法(昭和 23

北海道の来遊量について先ほどご説明がありましたが、今年も 2000 万尾を下回る見 込みとなっています。平成 16 年、2004

ペトロブラスは将来同造船所を FPSO の改造施設として利用し、工事契約落札事業 者に提供することを計画している。2010 年 12 月半ばに、ペトロブラスは 2011

はじめに