[1] は じ め に 連日のようにギリシャ「危機」がマスコミで報じられている。そしてその際の視点は, 日本の財政赤字の巨大さをなんとかしないとギリシャのようになる,だからムダな社会保 障などを削減するとともに増税しなければならない,といっても,しかし,グローバル競 争に勝ち抜くためには法人税を引き下げなければならないし,頑張る者の足を引っ張らな い為には所得税をフラットにしなければならない,だから,みんなが薄く広く負担する消 費税でなければならない,というものである。 こうした独りよがりの視点だから,じつはギリシャ危機そのものについては真剣な議論 は求められていない。必要な限りでギリシャの公務員の数の多さ(低い生産性・怠惰)と ムダな社会保障(早い段階からの年金支給など)が語られているだけである。 ギリシャが劣等生 ダ メ になったのは公務員天国だったからだという認識がまかり通っている のは,それがこれまでの日本での公務員叩き(バッシング)の凄まじさを正当化するもの として都合がいいと判断する人たちがいるからである。 たとえば,学生からのレポートにも次のようなものが目立つ , ……公務員は税金を給料として生活しているが,その裏では年功序列や公務員宿舎など 改善すべきであろう問題がたくさんあり,ギリシャの破綻も公務員の「身分制」を最後 まで温存したことが原因の一つであった。公務員の割合が30∼40%であるギリシャと5 %の日本では社会的に多少違いはあるが,日本は公務員の制度を全体的に見直す必要が あるのではないかと考える。 あるいは, ……公務員の給料は……頑張っても頑張らなくても給料に結びつかないところに僕は魅 力を感じません。よくニュースで勤務時間に遊ぶ公務員などとバッシングを食らってい ますが,そういうのを見ると公務員は国民の税金から給料をもらっているので腹立たし く思います。
池
野
重
男
ギリシャ危機論の視点
何を学ぶのかなど。 こうした不満を言いたてる学生たちが,じつは最も就職において苦労させられている。 そして,それがむこうのやり方なのだ(分断支配)。そんな思いがあるから,私はこれま でに今の無理な働き方ではない<もうひとつの>働き方の事例を紹介してきた(最近のも のとして, 「リスク社会を超えて 現状肯定の発想を克服する」 本誌第63巻第 2 号 12 年 7 月,「書評:中沢孝夫著『就活のまえに 良い仕事,良い職場とは?』ちくまプリマー 新書 2010年」本誌第63巻第 3 号 12年 9 月,「脱リスク社会への挑戦」本誌第63巻第5 号 13年1月,など)。そして,学生たちの認識の皮相さは日々のマスコミに溢れる通俗 的な情報の反映でもあるのだが,それについては,「自己責任論の現在 もがく学生た ち」(本誌第63巻第 3 号 12年 9 月)で論じたところである。 では,ほんとうのところはギリシャ危機とは何なのか? 私たちはそこから何を学ぶこ とができるのか。むこう側の都合のいいギリシャ危機論の正体を暴くことから,何が得ら れるのかを本稿で探ってみたい。 [2] ギリシャ・バッシング ギリシャ危機について論じられるなかのギリシャ叩きは,ほんとうに凄まじい。そうし たなかで,「私は危機が始まる前年の08年の暮れから10年夏にかけてこの国を訪ねたが, 当のギリシャ人たちは割と平然,淡々と過ごしているのが印象深かった」という,藤原章 生『ギリシャ危機の真実』(毎日新聞社 10年 p. 137) は異色だった。というのは,藤原 氏が「この本を一言で語れば『ギリシャから見たギリシャ危機 ,少し短く言えば『南か ら見た南危機』である。/ギリシャの財政危機が始まった2009年暮れからこの方,ギリシャ の問題については主に英米,ドイツなど北側の市場観測者たちが語り手だった」(p. 136) と視点を明確に意識し,しかも,その視点を当事者である「ギリシャ」・「南」に置いてい るからである。それに対し,ほとんどの論評はドイツをはじめとする「北」・「優等生」諸 国が「語り手」だったからこそ,ギリシャ・バッシングが凄まじかったとも言える。当事 者ではなく他人としてのギリシャだから,容易に叩きやすかったのであろう。 ユーロ圏の劣等生の国々を端的に表すものとして造られた言葉に, “PIIGS” や “STUPID” があるが,それらが侮蔑的な意味合いを込めて語られていることは明らかである。西村厚 「ギリシャ危機とユーロの問題」( 国際金融』10年 7 月 1 日号)によれば,「かつて,EC のリンゴは周辺から腐るといわれ,その弱点は労働組合が強く,経済がよく混乱するイギ リスやイタリアなどであるとされた。今ではそれにあたるのが,PIIGS……とされている」 と言う。すでに 「労働組合が強」いことは経済発展にとってはダメなことという資本=経 営者感覚が当たり前になっていて,だからこそ,労働組合を弱体化させる外圧としての EC 成立があったのである(これについて詳しくは[5]で述べる)。 また,もともとギリシャがユーロ圏への加盟にあたって統計を操作する詐欺行為を行なっ たという説明も多い。たとえば,中村稔「ユーロ信認揺さぶるギリシャ危機の行方」( 週 刊東洋経済』10年 2 月27日号)は次のように言う ,
発端は,昨[09]年10月のギリシャでの政権交代直後,前政権による財政赤字の「粉飾」 が発覚したことだった。国立病院の未払い金に計上漏れがあったとして,2009年の財政 赤字見通しが対 GDP 比で当初の3.7%から12.5%へ大きく修正された。もともと同国は, ユーロ加盟16カ国の中でも「札付きの問題国」。1999年のユーロ発足時には加盟条件を 満たせず,遅れて01年に加盟した。だが,その際に提出した財政収支のデータを04年に なって大幅に訂正。実は加盟基準を満たしていなかったことが判明している。 「またか!」。ギリシャ政府に対する市場の不信感は頂点に達し,昨年12月に格付け会 社が相次ぎギリシャ国債を格下げした。 そして,倉都康行「共通通貨を目指した『ラテン通貨同盟』 ギリシャ離脱は過去にも 起きた」( エコノミスト』12年 8 月21日号)は,ギリシャが一五〇年近く前にも「金銀の 含有量をごまかして通貨鋳造を行った」ことで「ラテン通貨同盟」の「加盟国から総スカ ンを食った」という歴史を掲げてみせる , ラテン通貨同盟は1865年に調印,翌66年 8 月に発足した。このプロジェクトを主導し たのは,ナポレオン3世率いるフランスであり,その覇権的な通貨構想を支持したのが ベルギー,イタリア,そしてスイスであった。欧州大陸では産業革命の普及によって各 国間の貿易が急拡大したが,そこでの問題はそれぞれの国の通貨換算が面倒な1) ことで あった。これを解消しようとしたのがラテン通貨同盟である。……同盟結成2年後の 1868年……ギリシャとスペインが加わった。…… ギリシャがラテン通貨同盟を1908年に除名されたという事実が,ほぼ 1 世紀を経た現 代に再び蘇ろうとしている。 当時のギリシャが加盟国から総スカンを食ったのは,金銀の含有量をごまかして通貨 鋳造を行ったからだ,と言われている。翻って現在のギリシャは,2001年のユーロ加盟 の際に通貨スワップ取引を使って財政赤字を過少申告。加盟後にはずさんな財政統計を EU に報告していた。このような状況では,ギリシャが再び「通貨同盟」から脱落して いくとしても違和感はない。 だからこそ,浜矩子「 7 割程度の確率でユーロは消滅」( 週刊東洋経済』10年 6 月 5 日 号)は,「財政赤字の対国内総生産 (GDP) 比率が 3 %以内という基準を設けたにもかか わらず,その条件を満たしていない国も加盟させた2) 。そのことがいまだに尾を引いてい 1) 上川孝夫「危機の教訓を今に伝える16冊」( エコノミスト』12年 8 月21日号)は,19世紀以来の欧 州通貨統合の歩みを年代順に整理したW・F・V・ヴァンソール著『European Monetary Union since 1848』を紹介し,「ラテン通貨同盟」が各国で異なる補助銀貨の純分(銀含有量)を共通に して貨幣流通の混乱を避けようとしたもの,と解説している。
2) <対談>原英資・浜矩子「 連想ゲーム』で広がるソブリンリスク」( 経済セミナー』12年2・3
る」と冷淡に言い放ち,浜矩子「想定外の連続でユーロはメルトダウン 常識にとらわれ ない改革が必要」( エコノミスト』11年 6 月28日号)で,ギリシャ危機は「金融行政や財 政を統合せずに通貨と金融市場を統合すれば,どうしてもこういうことになる。やりやす いこと,やりたいことだけのいいとこ取りで逃げ切ろうとしたことの帰結」であり,「私 は別れた方が幸せだと思う。みなそれなりに楽になる」と言い切る。後者のもの言いにつ いては,たしかにその通りなのだが,ただ,資本の E U統合の本来の狙いとしての財政赤 字削減と労働をはじめとするさまざまな規制緩和の達成と維持の必要がある限り,浜氏の 言う通りにはならないだろう。浜氏の言う「みな楽になる」の「みな」をどう想定するか・・ による。それが資本なのか,一般の人たちなのかによって答は異なってくるからである。 先の統計の信用問題については,藤原章生『ギリシャ危機の真実』(前掲)は冷静に次 のように説く , 国家統計局は09年11月に発覚した「財政赤字の大幅な改ざん」でもわかるとおり,「政 府の都合でデータを改ざんする」懸念を経済学者らが口にしており,欧州連合も97年か らこのデータを信用せず,長く正式な数値として採用してこなかった。 10年 5 月,地中海のマルタで知り合った欧州中央銀行理事会のルクセンブルグ代表に この点を聞いてみると,「確かに,ユーロ加盟当初から EU 本部も我々もギリシャの統 計を信用していなかった。それでも,『信用できなかった』とあえて言う必要はなかっ た。それを言ってしまうと,問題が大きくなるからね。それでも,(欧州連合が黙認し ていたのは)否定できない事実だと思う」との返事だった。 09年11月,ギリシャの財政赤字のデータが実際の半分以上に「改ざん」されていたと いうニュースが市場を騒がせたが,EU の事情をよく知るものたちはさほど驚かなかっ たという。それに,当のギリシャ人たちが驚かなかった。…… 実際,ユーロ圏加盟の条件である「財政赤字,政府の借金の GDP 比率 3 %以下」と いう条件を,ギリシャがクリアしたのは01年の加盟後では06年だけだが,それも,果た して本当の数字かどうかは怪しい。 pp. 63∼64 さらには,じつは,ギリシャだけが加盟条件をないがしろにしているわけではない。 たとえば,「ギリシャだけではない ユーロ危機,裏切りの代償」( 週刊東洋経済』11 年11月26日号)がその複雑な実態を説いている , ギリシャ政府は00年と01年に将来の空港税や宝くじ収入を担保として,投資銀行から融 資を受けた。この取引が為替取引と見なされ,借り入れが債務ではなく収入にカウント され……その分,本来の財政赤字は過少表示されたのだ。 規律がマーストリヒト条約の中にあったのですが,それが結局,無視されたので,今のような事態 を招いたわけです。最初に破ったのがドイツやフランスですから,どうしょうもない。」
イタリアも裏切っていた。イタリアはユーロ発足時に一時的な増税を決めて財政赤字 幅をいったん縮小させ,後で国民に繰り戻すという怪しげな租税措置を使っている。 フランスは年金納付の先払いとしてフランス・テレコムから375億フラン徴収してい た。 一方,ユーロの旗振り役である EU 委員会などにも,加盟国を増やしユーロ圏を拡大 したいという強い願望があった。そのため「地中海クラブ」の面々が行った“操作”に 寛容だったといわれる。であれば,不正とは言い切れないが,彼らもまた,水増しに加 担したことになる。 また,「終わりにはほど遠いギリシャ危機」( Newsweek』11年 7 月13日号)も次のよ うに言う , ギリシャがユーロ参加を控えた01年,ギリシャ政府の借金はまだ [ユーロ参加のために 課せられた国の借金の] 制限を上回っていた。政治的に難しい増税や歳出削減を行う代 わり,ギリシャ政府は米大手証券ゴールドマン・サックスの助言を受けて「創造的会計 (会計操作)」に訴えた。 通貨スワップという金融手段を使って政府のバランスシートに隠してしまい,ユーロ 参加への参加条件をクリアしたのだ。…… だが,「共犯」はほかにもいた。EU の統計機関ユーロスタットは,ギリシャとゴー ルドマンの金融取引を認めていた。イタリアも同じ手法を使った……3) 3) 以下,次のように続く 「欧州最大級の銀行もギリシャに手を貸した。04年までには,ギリシャ が会計をごまかしており,その財務状態が見掛けほど健全ではないことは広く知れ渡っていた。そ れでも,仏 BNP パリバや独コメルツ銀行などの大手は,ギリシャのいかがわしい国債を買い続け た。なぜそんな愚かなことをしたのか。……為替差損の心配がない。……儲けが大きい……ユーロ 圏の官僚たちは,ギリシャを救おうとしているというより自らを救おうとしているのだ。欧州の銀 行,とりわけ欧州中央銀行 (ECB) はギリシャ国債の最大の保有者だ。前の金融危機の傷も癒えな いのに,もう 1 つの金融危機にはとても耐えられない。/ギリシャの有毒国債も08年の金融危機の ときと同様,さまざまな証券化商品やクレジット・スワップ (CDS) などの複雑なデリバティブ (金融派生商品)に組み入れられており,保有は幅広い金融機関に広がっている。」 なお,「CDS は,金融機関が債券投資の形でどこかの国に融資する場合,返済不能の事態に備えて第三者から購 入できる。焦げ付きリスクを避けるための,いわば保険だ。/問題は,裏付けとなる負債や資産を 保有していなくても CDS を購入できること。こうしたネイキッド取引は,危機的状況にある国に 対する過剰投機につながりかねない」と説明するスーザン・リード「ネイキッド CDS と戦うドイ ツ」( Newsweek』10年 6 月 2 日号)によれば,「ドイツは[10年] 5 月19日,国債に関連したクレ ジット・デフォルト・スワップ (CDS) について,現物の債券を保有せずに取引することを禁じた。 20日には米議会上院で,金融機関でのデリバティブ取引を禁じる包括的な金融規制改革法案が可決 された。」・「国際スワップ・デリバティブ協会 (ISDA) は,CDS 規制の動きが始まっていた 3 月, CDS の空売りが『家を全焼させている』わけではないと抗議した。しかし,ドイツの空売り禁止 を受けて,『国債市場の不安定さを制御することに関する,それぞれの国家当局の懸念は認識して いる』とトーンダウンした。」
あるいは,谷口長世「ギリシャ危機の核心は『経済』を無視した『通貨』の統合」( エ コノミスト』10年 3 月23日号)は,次のように指摘する , 厳密に精査すれば(ユーロ参加国となる)マーストリヒト条約(マ条約)収斂4基準 (物価,財政収支,為替レート,金利の4つの安定)の合格国はルクセンブルクのみ。 他国は軒並み“粉飾決算”まがいの予算や,地方財政への最大限のしわ寄せで国家財政 の帳尻を合わせた…… そこまでしてユーロ発足に各国がこだわったのは,詳しくは[5]で述べるように,さま ざまな規制から資本が自由になり,雇用や税の負担が軽減されるというメリットが大きかっ たからである。けっして表向きの平和達成とか融和といった目的のためではない。 侮蔑はさらに続く。「ギリシャ支援合意でも残る不安 『独仏枢軸』関係が崩壊」( 週 刊東洋経済』10年 6 月 5 日号)によれば , ドイツ国民はギリシャ,ポルトガル,スペインなどを「クラブメッド”の国々」と 見下すことがある。「クラブメッド」は世界各地にリゾート施設を展開するフランス発 祥の会社。つまり,勤勉”なドイツ国民に,南欧の国民気質は理解しにくいというわ けだ。実はユーロ発足直前にも欧州では「(経済力の劣る)クラブメッド諸国”を参加 させるべきではない」との見方があった。 5 月 9 日にドイツ西部のノルトライン・ウェストファーレン州で行われた州議会選挙 では,メルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟と自由民主党の連立与党が過半数 割れとなった。 “ベルリンの壁”崩壊後の東西統合による旧東独の巨額の財政負担も自分たちだけで吸 収し,乗り越えてきた。それなのに放漫財政のツケをなぜこちらにも回すのか…… マ マ 。選 挙結果はギリシャ支援に対するドイツ国民の複雑な思いを映し出す。 こうしたドイツ国民によるギリシャ・バッシングは,「 ギリシャ人は全然働かずに要求 するだけ。もらえるものは何でももらい,ずる賢く立ち回る人たち』とは,歴史的にギリ シャを敵視してきた隣国ブルガリアの企業家女性(30)がギリシャ,イタリアに暮らした 上での実感だ。」(p. 68) といった具体例を示す,藤原章生『ギリシャ危機の真実』(前掲) によれば,「ギリシャの島を売ったらいいじゃないか」・「もっと働け」といったものだっ たというが,こうした「ドイツ・メディアの批判に対し,ギリシャのメディアが真っ先に 持ち出したのが,『そんなに厳しいことを言いたいなら,ドイツはギリシャへの戦後補償 をきちんと終えてから文句を言え』という論調だった」(p. 107)。そして,「はたから見 ると,『なんで第二次大戦の話?』と首をかしげたくなるが,それにはギリシャなりの事 情がある」(pp. 107∼108) としてその歴史的背景を説く。が,ここでは以下は略す。この 歴史に関わる発言については他にもある4) が,今はそれらは措いて,とにかく,複雑な歴
史を飛び超えての安易な解釈が横行しているということだけを確認しておきたい。 もうひとつ。政治的な解釈として,ギジェルモ・デ・デエサ( エコノミスト』12年8 月21日号「専門家に聞く③ 欧州経済は全治何年?」)が次のように説くが,ギリシャ危 機の複雑さの一側面として紹介しておきたい , メルケル独首相は,2013年10月末に予定されているドイツの総選挙が終わるまで,欧州 危機を収束させたくないように見える。他のユーロ圏諸国の大半の大政党と同じように, 危機を乗り切るために各国間で団結せず,むしろ危機に便乗して極限まで存在感を見せ ようとしている。 そして,松崎泰弘「IMF トップが逮捕 債務問題解消に波乱も」( 週刊東洋経済』11 年 5 月28日号)は,ギリシャ救済に辣腕を振るったドミニク・ストロスカーン専務理事が 女性従業員への性的暴行で逮捕され(理事本人は「無罪を主張」しており「 陰謀説』も 取りざたされる」),辞任を申し出た事件を報じている 「ドイツのメルケル首相との関 係も良好とされていた」だけに,ギリシャ危機をめぐって今後のかじ取りに影響を与えか ねない,と。 以上のことから,表面的な解釈でギリシャ危機が論じられていること,そして,そのう えで日本の「改革」にとって都合のいいように利用されていることが明らかだろう。じつ は,こうした状況は,わかりやすいワンフレーズ政治を歓迎したり,難解な事態を切り開 いてくれる英雄待望という今日の世論の怖さを生み出していることに通じる。こうした今 日の日本の姿を,船橋淳 フタバから遠く離れて 避難所からみた原発と日本社会』 (岩波書店 12年)5) は次のように読み解いている , 例えば西日本へ行ってみると,政治のことはよくわからないから,わかりやすいことを 言ってくれて,はっきりと結果を出してくれる人に「任せておこう」という空気が支配 4) 谷口長世「ギリシャ危機の核心は『経済』を無視した『通貨』の統合」(前掲)が,「ギリシャへの 援助に難色を示すドイツに対し,ギリシャの副首相は『ドイツ政府はナチスが大戦占領中にギリシャ から奪った金品を返還していない』と言い出した」と紹介している。もっとも,谷口氏にあっては ギリシャを非難する形での紹介になっている。 5) ドキュメンタリー撮影のために避難所を訪れた船橋氏のスタンスは次のようなものである 「恥 ずかしながら私は福島原発で発電される電力がほぼ一〇〇%関東圏に送られ,そこで消費されてい ることを知らなかった。そして,目の前で避難生活を送っている双葉の人々は,その電気を作る側 の人で,我々の電気のためにこんな憂き目に遭っている。このことが私の脳裏にずっとひっかかり 続けた。東京の人間が自分たちの電気のために被害に遭うのであれば,まだ話はわかる。しかし, まったくの遠隔地の人々が割を食っているのだ。沖縄基地問題,原発立地問題に共通する『犠牲の システム』にはまだ考えが至らなかったものの,事態の不平等さだけははっきりと意識され,気持 ちが悪かった。私は,最低限,この不快感の正体を明らかにするまでは撮影を続けなければならな い,と考えた。」(p. 25)
的である。橋下市長を長とする大阪維新の会……などが,民意を巧みに吸い上げている ように見えるのは,裏返せば支持する人々の主体性を剥奪していることでもある。もし, その政治が立ちゆかなくなれば,すぐさま「また政治家に裏切られた。下ろせ!」とな るのは目に見えており,被害者意識ばかりが先立つ悪循環に陥る。当事者意識 (主体性) の欠如,システムの破綻そのものに寄与してしまうのだ,ということを我々国民は,そ ろそろ気付かなければならない6) 。 p. 167 そして,その「橋下市長に“バカ学者”といわれた者です」と言う中島岳志・北海道大 准教授の講演で「印象に残った」こととして,日本消費者連盟関西グループ『草の根だよ り』(12年11月号)は,そのあとがき 「 世論』と『輿論 」で次のようにいう , 英語で言うと「世論」は,ポピュラー センチメント (popular sentiment) で,「輿論」 は,パブリック オピニオン (public opinion) だそうな。一般にいわれる「世論」は流 動化,気分化するもので,例えば2006年 8 月15日小泉純一郎氏は靖国神社を参拝したと きのこと,事前の世論調査では,<行かない方がよい>が<行くべき>の 2 倍あったの に,事後では<行ってよかった>が<よくない>の 2 倍になっていたという。それほど 世論というのは,流動化が激しい。「橋下氏は,ジェットコースター化する世論を,民 意”と置き換えているのだ」と中島さんは指摘された。 [3] いくつかのギリシャ危機論 今日のギリシャ危機問題の本質は何なのか? 皮相なギリシャ危機論に乗じて資本の都 合のいいように日本の政策を動かしていこうとしている勢力に対抗するためにも,ギリシャ 危機問題の本質から導き出せる私たちの解決策を展望していきたい これが本稿の課題 である。そういう問題意識から,日本におけるギリシャ危機論議を見ていきたい。 青柳武彦「ギリシャは最適通貨圏の要件を満たしていない 明治の日本と比較する」 ( エコノミスト』12年 9 月 4 日号)は,日本の明治維新による通貨統合がうまくいったの は労働力の全国的移動がダイナミックに行なわれたからであるという視点から,ギリシャ の破綻を説く , ギリシャはまず労働力の流動性を確保しなければならない。これまでは人々の地域への 帰属意識が強く,かつ地域の文化に対する誇りが強かったので,通貨統合後も明治時代 6) 冨田宏治「お金と力の論理の政治はもうごめん。この国を本気で立て直そう。」( ねっとわーく京 都』2013年1月号)も,「追い詰められて余裕もなく,不安でいっぱい……だけどどうすれば良い のか,これも分からない。この状況のなかで国民は強いリーダーシップのようなものを求めている」, 余裕がなくなり「面倒くさいから,任せちゃおうという感じになるのです。……『問題は簡単だ 『俺に任せろ』と言われたら,『じゃあ,任せてみよう』となってしまう」,と今の状況を分析して いる。
の日本のような労働力のダイナミックな移動が行われなかった。その結果,経済力の国 際的調整がほとんど行われてこなかった。……今後,ギリシャは……経済規模が縮小す るので人々は生活難に陥る。この時に外国への移住が緊急かつ十分に行なわれるようで あれば,問題は解決されないまでも先送りが可能になるだろう。 たしかに,この青柳氏の視点はユニークと言えばユニークではあるのだが,しかし,そ の視点が成り立つためにはいくつかの前提がある。 まず第一に,「徳川幕府時代には,江戸では金,大阪では銀による取引が一般的であっ た。その上,各藩がばらばらに藩札を発行していたから,事実問題として複数の種類の貨 幣単位が存在していた。徳川幕府時代の日本は,ちょうどユーロ統一前のヨーロッパのよ うな通貨体制だった」という認識について。「徳川幕府時代の日本」と「ユーロ統一前の ヨーロッパ」とは比喩として成り立つかもしれないが,内実は全く違う。第二に,「労働 力のダイナミックな移動」によって「経済力の国際的調整」がなされることもあるだろう が,そのことが人々の暮らしにとっていいことなのかどうかという問いが青柳氏には一切 ない。ギリシャの「人々の地域への帰属意識が強く,かつ地域の文化に対する誇りが強かっ た」ことが問題だという青柳氏の認識は,そこに暮らす人々をなんら考慮していない。そ して第三に,「労働力のダイナミックな移動が行われ」てきたこれまでの日本の経済はよ かったのであり,今後もそのシステムでいけばいいという青柳氏の立場は,じつはとっく に破綻している。だからこそ,いま新たな模索が必要なのである。 ところで,EC や EU だけではなくグローバリズム推進論者たちが必ず言うことのひと つに,自由な資本や人(労働力)の移動がある。たしかに資本は自由に移動できるし,現 実に移動している。が,人の移動はどうだろうか。上の青柳氏もそうであるが,はたして そのように語っている本人たちには本当に自由に移動する気があるのだろうか? 「人々 の地域への帰属意識が強く,かつ地域の文化に対する誇りが強」くて,そう簡単に自由に 移動しないのは,ギリシャ人だけではない。カレル・ヴァン・ウォルフレン『アメリカと ともに沈みゆく自由世界』(井上実訳 徳間文庫 12年)によれば,「二〇〇〇年に EU 内 で移転したヨーロッパ人は二二万五〇〇〇人,人口のわずか〇・一%にすぎない7) 」(p. 197) という。経済の都合のために人の移動の必要を論じるのは本末転倒であろう。 7) 田中素香『ユーロ その衝撃とゆくえ』(岩波新書 02年)は,「ユーロ域に限らず,EU での国 境をまたぐ労働力移動は低調である。他の EU 構成国に住む EU 市民の数は約六〇〇万人であり, これは EU 全体の人口三億七〇〇〇万人の一・五%に過ぎない」(p. 118) という。これに関連して, 中丸友一郎「そこが知りたい ギリシャ発世界危機 Q & A」( 週刊東洋経済』10年 6 月 5 日号)は, マンデル教授らによる最適通貨圏の議論を次のように紹介している 「最適通貨圏の要件として ①ショックの対称性,②貿易面での開放度,③労働の移動性,④財政移転などが挙げられている。 だが,ユーロは,当初から財政移転の仕組みがなく,労働の移動性も法律上は存在するが,文化や 言語が障害となっており,最適通貨圏を形成する要件を十分に満たしていない。」たしかに,理論 認識としてはその通りなのだろうが,「文化や言語が障害」というその認識こそが問題なのである。 「文化や言語」を「障害」と認識するのは巨大な単一市場こそを善とする経済発想の産物である。
島田裕己「欧州危機とキリスト教 危機がより深刻なカトリック諸国 勤労や禁欲への 思想の違いが影響」( エコノミスト』同上)は,マックス・ウェーバーの『プロテスタン ティズムの倫理と資本主義の精神』の正当性を唱えて次のように言う , 現在欧州において経済危機が深刻化している国々は,スペイン,ポルトガル,イタリア であり,どれも著しくカトリック的色彩を帯びている。ギリシャの場合には,カトリッ クではなくギリシャ正教会だが,正教会のあり方はカトリックにかなり近い。 こうした国々が経済的に破綻し,EU から脱落していくのを必死に防ごうとしている のがドイツである。ドイツは,カトリックもかなりの数にのぼるが,ルター派を中心と したプロテスタントが強い勢力を誇っている。また,EU の加盟国ではないが,スウェー デンやノルウェー,フィンランドといった北欧の国々は,経済危機の影響をさほど受け ておらず,高度に発達した社会保障の制度を維持している。いずれの国もルター派を中 心としたプロテスタントが圧倒的多数を占めている。 はたして宗教の視点から経済を全面的に説くことができるのか大いに疑問だが,今はそ れを措く。そもそも,EU の中で唯一ドイツが優等生であり危機の救世主であるという認 識は,そのドイツがどうして「優等生」なのかを問わないで済ましている点で問題がある。 先進国が豊かなのは後進国を犠牲にしているからなのだという立体的な認識からすれば, ドイツが EU にあって成功しているのはギリシャなど危機に直面している国々を犠牲にし てのことであると考えることが自然である。なぜなら,当たり前のことだが,「黒字には 赤字の相手国が必要だ」(R. タガート・マーフィ― 日本経済の本当の話 下 畑水敏行 訳 毎日新聞社 96年 p. 219)から8) 。 ギリシャなどの貿易赤字なしにドイツの貿易黒字は生まれないという当たり前の論理を 思えばこうした理解はもっと広まってもいいのだが,依然としてギリシャ「危機」を単に ギリシャ一国の国内問題に矮小化する俗論がはびこっている。正確な事実認識と行動力が 事態を切り開くのだから,通俗的な認識からの脱却が,まずは求められる9) 。 [4] ドイツの位置 ところで,実際に今日のヨーロッパの経済・金融危機にあって「優等生」とされるドイ 8) 詳細は,私の『通貨危機を生み出す世界経済システム』(人民新聞社 98年)で展開している。 9) こうした通俗的な認識を排して独自な認識を展開しているものとして,「ヨーロッパの銀行の経営 難の責任はあたかもギリシャにあるかの如く,同国は世の非難を浴びたが,真の原因はこうした銀 行がアメリカの銀行と同様,不正な投機活動を繰り広げたことにある」(「文庫版への序文」p. 6) と俗論に対抗している,カレル・ヴァン・ウォルフレン『アメリカとともに沈みゆく自由世界』 (前褐)や,「私が追及したいのは,経済をひっくり返して炎上を引き起こした真犯人で,連中は陰 に隠れてサルをジャンプさせる大物だ。導火線に火をつけたあとは,火災大安売りの行列の先頭に 並んで,手ぐすね引いて待ち構えている」(p. 56) とギリシャ危機の真因に迫っている,グレッグ・ パラスト『告発! エネルギー業界のハゲタカたち』(仙名紀訳 早川書房 12年)などがある。
ツだが,しかし,その内実は,下田英一郎「独経済,誰がための「奇跡」? 改革の果実, 企業に偏り」(日本経済新聞12年 5 月20日「地球回覧」)が言うように,一般の生活人には 「実感がない」ものなのである , 「経済が好調って聞くけど,いったいどこの国の話? 私には実感がない」。独中部の 町に暮らすアナさん(29)……定職に就けない……非正規社員が増えている。独政府の 調査では2010年までの約10年で 3 割増。逆に正規社員は 3 %減った。工場の繁忙期など に採用される派遣社員は昨年91万人と過去最高だった。 東西ドイツ統一とユーロ導入を経てドイツは本格的な国際競争に向かい合うことになっ た。02∼05年にかけ当時のシュレーダー政権は労働市場の規制緩和を実施。月給が400 ユーロ(約 4 万円)以下では社会保険負担のない「ミニジョブ」や派遣社員の規制を緩 和したほか,失業手当を減らし再就職への圧力を高める仕組みも取り入れた。 改革の果実を味わったのは企業だ。……製品・サービスを生み出すための労働コスト (10年実績)を欧州諸国で比べると1999年比でドイツはほぼ横ばい。一方,ドイツを除 く欧州諸国は平均で12%上がった。……正規,非正規という労働市場の階層化によるひ ずみが拡大……うつ病などの精神的な障害で退職を余儀なくされた人は男女とも10年ま での 3 年間で約 3 割増えた。…… 「急速に国民の所得格差が広がっている」……時給 9 ユーロ15セント以下の低賃金労働 者の比重は10年時点で23%。移民増もあり15年で230万人増えた。00年から11年までに 労働者の平均給与所得は 3 %減ったが正規社員は 6 %増。正規と派遣では同じ企業でも 月給で 1 千ユーロ以上の差があるという。 ドイツが「優等生」と持ち上げられている一方で,一般の生活人にはそんな「実感がな い」という矛盾した評価があるのは,どの立場に立つかに関わる。ちょうど日本が「長い 不況」という生活実感がある一方で,資本は内部留保を積み上げているという事態が併存 しているのと同じである。たとえば,「創論 南欧支援でユーロ再生なるか」(日本経済新 聞12年10月21日)において見られる,二人の意見対立も同じ事態をどう見るかによって違 いが生まれることを示すものである 「ユーロの最大の受益者はドイツなのでは。」と いう質問に対して,ハンスウェルナー・ジン氏は,「ユーロ導入を欧州が決定した1995年 から現在まででみると,ドイツの成長率は欧州全体で 2 番目に低い。恩恵を受けたとなぜ 言えるのか。大量失業に悩み,シュレーダー前首相が改革で低賃金の受け入れを強いた。 利益というのはばかげている」と言い,ピエール・カルロ・パドアン氏は,「ドイツが南 欧にお金をあげているという表現は不正確だ。独経済は欧州最強で域内他国に軒並み経常 黒字を保つ。南欧の需要拡大の果実を得ている」と反論している。 ジン氏がユーロ導入でドイツは恩恵を受けていないと言うのは,さすがにパドアン氏の 批判にあるように肯定されるところではない。実際のところドイツ企業はしっかりとギリ シャ経済に食い込んでいるのである 「元運輸相は五輪開催が決まった翌年の98年,04
年の五輪の建設事業を落札させる見返りとしてドイツ企業シーメンス社から20万マルク (当時約1100万円)のわいろを受け取ったという疑いが持たれている。またこれとは別に, 同じ年,送金者不明の形で約22∼24万マルクの現金が元運輸相の口座に振り込まれたこと もわかっている。すでに時効が過ぎたため,検察は贈収賄では起訴できず,元大臣が受け 取った裏金の一部を息子の学費にあてようと米国の銀行口座に送った事実をマネーロンダ リングとみなして起訴した」(藤原章生『ギリシャ危機の真実』前掲 p. 93)。 ドイツがユーロ圏で大きな経済的メリットを享受している点は,ほとんど異論はない。 そのいくつかを示しておこう , ① 「ギリシャを脱退させるのはユーロ圏にとっても得策とはいえない。ドイツも域内の 赤字国への輸出で儲かってきた経緯があり,簡単に抜け出るわけにはいかない」(中 島厚志「成長に浮かれたツケが回ってきた」 週刊東洋経済』10年 6 月 5 日号) ② 「経済力が大きく違う国の通貨統合で,ドイツなどにはユーロ安メリットを生んだ一 方,南欧諸国などにはユーロ高となり,経常赤字とバブルを生んだ。危機の根本原因 はユーロという仕組みにある」(牧田健氏の発言。「ユーロ空中分解 ギリシャデフォ ルト危機で混迷の欧州」 週刊東洋経済』11年10月 1 日号) ③ 「 1 ∼ 3 月期のユーロ圏の実質成長率は,前年同期比2.5%と堅調であった……とり わけ,ドイツは同4.8%と,ユーロ圏の景気を牽引する北の国々の中でも特に高い成 長を見せた。ユーロ安で輸出が拡大し,設備投資も活発化している。これに対し,南 欧諸国の景気は低迷している。ユーロの為替相場は,域内諸国間の国際競争力格差ゆ えに,南欧諸国にとっては実力以上に高いが,ドイツにとっては安い。これが,ドイ ツからの輸出が好調な背景の1つといえる。実際,ユーロ導入から2008年にかけて, ドイツの輸出は年平均7.6%で拡大してきたのである。」(西沢利郎・増井麻里子「ユー ロ維持のカギを握る“勝ち組”ドイツ」 エコノミスト』11年 6 月28日号) ④ ドイツは輸出主導で伸びており,11年 1 ∼ 3 月期には前期比年率6.1%もの成長を記 録した。(林伴子「歳出削減でさらなる景気後退 八方塞がりのギリシャ経済」同上) ⑤ 「ドイツの GDP は今年の第Ⅰ四半期に前年同期比で5.2%増と,ここ20年で最大の成 長率を記録している」(シュテファン・タイル「ユーロ圏より危ない崖っぷち米財政」 Newsweek』11年 7 月13日号)。 ⑥ 「国も個人も借金漬けなのに贅沢な暮らしを続けるギリシャ人(やスペイン人,ポル トガル人)のために,どうしてドイツ人が金を払わなければならないのか。ドイツ人 はこの10年,痛みを伴う改革や増税,賃金の伸び悩みに耐えてきた。ギリシャの政治 腐敗や,財政データと赤字の『粉飾』を考えれば,ふさわしい運命をたどらせるしか ないとも思えてくる。債務不履行もやむを得ない。/それでもドイツにとって,介入 しないという決定を下すにはこの問題の影響は大き過ぎる。まず,ドイツ企業の競争 力の高さと利益の源は,単一通貨ユーロの安定にほかならない。ドイツの輸出の44% は対ユーロ圏で,GDP の15%に相当する。/さらに,ドイツの金融機関は不安定な
国々の高利回りの債券を無謀に買い集めてきた10) 。」(同「欧州の新リーダー メルケ ルの憂鬱」同10年 3 月17日号)。 こうした事実にもかかわらず,ジン氏がそれでも敢えて抗弁するのは,ドイツが国とし てギリシャ支援をできるだけ少なくしたいがためでしかない。 さて,上に見た今日のドイツの姿の一つとしての「定職に就けない」 「非正規社員が増 えている」ことについてであるが,じつは,多くの人たちにとって非常にしんどい現実だ からこそ企業は利益を上げられるのであり,そこで働く人たちは辛酸を舐めることになる のである。これは,単なることば遊びではない。いわゆる光と陰の事態である。そして, こういう事態をもたらしたものこそ EU でありユーロであり,今日のグローバリズムなの である。この認識は EU・ユーロ圏の成立をどう考えるのかという問題に繋がる。 [5] EU をどう位置づけるか 政治と経済 ところで,EU については政治的意味合いで語られることが圧倒的に多い。たとえば, 10) ギリシャ危機の問題はここにあるように金融機関の危機(→金融不安)という側面もある。現に, 11年10月10日総資産約六〇兆円に達する仏・ベルギー系大手銀行デクシアが資金繰りに窮して破綻 しているが,その「破綻の原因は,同行がギリシャ,イタリアなどの国債を大量に保有していたこ とにありました。」(伊藤正直『金融危機は再びやってくる 世界経済のメカニズム』(岩波ブッ クレット 12年 p. 45)本稿ではこの問題には直接触れないので,以下の解説を紹介しておく。 ①「危機波及には実体経済面と金融面の二つの波及経路がある。前者はギリシャと同タイプの財政 危機が別の国で起こるという経路である。さらに,厳しい緊縮政策そのものが GDP を押し下げる ことによって債務の対 GDP 比率が下がらない,といったリスクも最近は加わった。……/また, 後者の経路では,経済的に脆弱な国々の金融機関に与信や投資を行っている金融機関のバランスシー トが悪化し,信用収縮を伴いながら危機が伝播する。実際に足元ではドルの銀行間取引金利である ロンドン銀行間取引金利 (LIBOR) は上昇しており,市場の流動性懸念を示唆し始めている。」(吉 田健一郎「英国から見た『ユーロショック』ルポ」 週刊東洋経済』10年 6 月 5 日号) ②「返済期限延長の 1 つのモデルが……満期を迎える国債の借り換え,いわゆるロールオーバーに 金融機関が自発的に応じるというもの。/もう1つのモデルは債務交換による7年間の償還期限延 長。……/ロールオーバーと債務交換の大きな違いは債務不履行(デフォルト)と見なされるか否 か。……民間負担が自発的なロールオーバーにとどまれば国債の格付けは現在の投機的水準に辛う じてとどまることができ……債務交換が実施された場合には,デフォルト格付けに引き下げられる 可能性が高くなる。/ECB は,金融システムの危機を招くとの理由から債務再編に一貫して反対 ……デフォルトの場合,ECB が資金供給の担保としてギリシャ国債を受け入れることができなく なり,ECB 頼みのギリシャの銀行システムが立ち行かなくなるおそれがある。」(伊藤さゆり「追 い詰められたギリシャ 危機の本質と支援策の焦点」 エコノミスト』11年 6 月28日号) ③「ギリシャの債務再編が起これば,市場ではギリシャと同様に財政不安を抱えているポルトガル やアイルランドを次の標的に定め……のみならず,スペインやイタリアといった欧州の大国にも市 場の不安感が再び波及し……各国が財政引き締め策(デフレ政策)を強行すれば,景気の悪化が続 き,特に内需が打撃を受ける……そして,これは財政不安国の民間部門に貸し出している欧州大手 行の不良債権を増加させ……欧州発の世界的な金融不安が起こる可能性すらはらんでいる」(伴豊 「 第2のリーマン・ショック』を引き起こしかねないギリシャ危機」同上)。
川北隆雄『日本国はいくら借金できるのか? 国際破綻ドミノ』(文春新書 12年)は, 「EC 諸国は統一ドイツを欧州の枠内にとどめるため,マルクを放棄して統一通貨に加盟 することを条件にドイツ統一を認めた」・「ユーロ創設の経済目的は表向きで,極めて政治 的な『ドイツ封じ込め』こそが真の目的だった」(p. 68) と言い,<対談>原英資・浜 矩子「 連想ゲーム』で広がるソブリンリスク」(前掲)で,浜氏も「統一ドイツの発足と いう大事件がなければ,今でもユーロ圏は存在していないと私は思います。統一ドイツを 単一通貨圏に封じ込めることにより,東に向かって独り歩きするのを阻もうという発想で できたのがユーロ圏です」・「主として政治上の思惑や都合により,経済の基礎中の基礎を 無視したことをすると,後々経済側からのリベンジが来るということです」と語る。また, 「戦後欧州の経済統合と通貨統合に至る道程が,経済と金融の統合を表向きの看板としな がらも,真の動機は欧州からその時々の政治的紛争の可能性を排除する(平和の構築)と ころにあった」と考える,西村厚「ギリシャ危機とユーロの問題」(前掲)は,「欧州統合 が経済的繁栄を生み出すようになったのは事実だが,それはあくまで統合の副産物であっ て,真の目的ではなかった」と言い,ギリシャ危機という「今の事態はある意味で予想の 範囲内とも言えるが,ユーロ成立後にこれだけ早く,大規模な危機に直面するというのは 想定外であった」となる。だから,ギリシャを「何よりも平和の構築という欧州統合の真 の目的からすれば,財政規律のルールから脱退させるのは本末転倒であ」り,日本が学ぶ のは「民営化,アウトソーシング,規制緩和など」である,と結ぶ。ここまで政治一辺倒 に解釈する人もあるのだ。が,しかし,経済が政治に振り回されてばかりいるわけではな い。西村氏の理解はその点で根本的に誤っているし,「民営化,アウトソーシング,規制 緩和など」で日本経済が立ち行くことなど,もうあり得ない。 これらほど極端ではないが,EC の成立以来,EU についても独仏両大国の融和という か平和的共存の模索として語られてきた。水野和夫氏は,「もともとユーロは政治同盟。 経済同盟なら盟主のドイツ自身がとっくに離脱したはず。対共産圏,対アングロサクソン の政治同盟だからこそ,加盟国がコスト負担に耐えていく必要がある」(中村稔・大崎明 子「ギリシャ危機の激震」 週刊東洋経済』10年 5 月22日号)と語る。あるいは,谷口長 世「ギリシャ危機の核心は『経済』を無視した『通貨』の統合」(前掲)は,「EU の創成 期以来の大目標は欧州の『融和』 億単位の死者を出した20世紀前半の両大戦の悔恨に 基づく『融和』の達成だった」 と言う。中途半端な形で政治的意味合いを認める立場もあ る 「安全保障も目的とする EU は,経済的に負担となると分かっている国でも受け入 れてきた。」(庄司克宏氏の発言。「欧州統合の歴史 拡大の一途だった歴史に終止符」 エ コノミスト』11年 6 月28日号) しかし,私は,そうした理解を採らない。その理解だと,先に見たドイツのユーロ圏で の経済的なメリットが一切見えてこない。あるいは,「かつてフランソワ・ミッテラン大 統領(一九八一∼九五)は就任後二年で経済政策を右旋回したが,同じ社会党のフランソ ワ・オランド現大統領は,就任後たった六カ月で右旋回してしまった」11) ・「このため, 『大統領の選択は,候補者時代の約束と同じ知的論理に従っていない様子。いまや財界が
いたわられ,国家支出は切り捨てられ,企業精神が称揚されている( ルモンド』紙)』と, 厳しい批判にさらされている」といった事態を,通説だと理論的に解明できない。各国の 民主主義にのっとってどのような選挙結果になろうとも資本の期待する大枠からは外れな いように予め定められた規則(財政赤字の枠など)に従わざるをえないようにしたのが, EU のもともとの狙いだと理解することで,「左翼」政権のはずが「右旋回」してしまう 理由がはっきりする。 この点について詳しくは前褐の私の『通貨危機を生み出す世界経済システム』に譲り, ここでは簡潔に言おう 資本は大きな市場を求めること,そして,それぞれの国民の権 利の達成であった国ごとの規制が資本を拘束するがゆえにそれをどうしても排除したいこ と,その際にグローバルな競争を理由にして各国が規制緩和を推進できること,社会主義 の崩壊後には敢えて福祉国家の形態を採らなくても済むようになって自己責任原則を徹底 することで財政負担を縮小できるようになり,それも各国に統一した基準を適用するとい う形を採ることで国民の抵抗を殺ぐことがやりやすくなったこと,などが EU の目的であ る。財政赤字の対 GDP 3%という統一基準に根拠などないのは,単に強制のための数字 であることを示す。 財政赤字の具体的な形として大きくて目立つのが社会保障であり,さらには公務員・公 営事業である。だからこそ,赤字削減として社会保障削減のための自己責任イデオロギー の推進であり,公務員バッシング,民営化,規制緩和なのである。 [6] 公務員バッシンフ ギリシャ危機でもやはり公務員の多さがやり玉に挙げられている。それゆえに,私の学 生たちもまたそれに安易に乗っかってしまっていることは先にも紹介したが,学生たちが そうなのは,彼らがそうした論調を日常的にシャワーのように浴びているからである。 たとえば,「ギリシャ危機は広がるか」( Newsweek』10年 4 月14日号)は,きわめて 通俗的な説明を全開している , 年収を上回る借金を抱え,毎年その額が殖え続けている。そんな状況に陥ったら,あ なたはどうするだろう。まず贅沢をやめて生活を切り詰め,収入を増やす努力をする。 それでもダメなら家族や友人に泣き付くかもしれない。それでもダメなら破産しかない だろう。 そんな危機に立たされているのが今のギリシャだ。…… そもそもギリシャが借金まみれになったのは,就業者の 4 割という公務員の異常な多 11) 山本三春「企業増税,富裕層増税は公約通りだが庶民も負担増 国家支出削減策が『左翼の緊縮』 と不評の来年予算」( 週刊金曜日』12年12月7日号)。具体的に,このあと次のように続く 「たとえばニコラ・サルコジ前大統領が署名した欧州予算条約は『再交渉する』と公約したのに, 不履行。TVA(消費税)も『上げない』と公約したのに,最終的には……アップを決定。富裕層 増税のはずが,中産層まで負担増になってしまった。」
さや,手厚い社会保障制度など,身の丈に合わない贅沢な暮らしを続けてきたせいだ。 この説明の俗説たる所以の第一は,個人の家計と国の財政とを同一レベルで考えている ところである。簡潔に言うと12) ,そもそも個人の「年収」と国の「歳入」との違いは個人 の頑張り(転職や副業開始など)しか手段がない年収アップと強力な国の徴税権行使との レベルの違いからして明らかなところだし,個人の「贅沢」とか「生活の切り詰め」とい う視点で国のそれを同一に考えることは無理がある。どの階層の立場に立つかによってそ の区別は決定的に異なるからである。 今日の生活保護バッシングはその典型である。私が前掲「自己責任論の現在 もがく 学生たち 」で展開したが,根拠のない自己責任論に日々晒されている学生たちが今日 の日本の社会保障について,日々のバッシングを背景に,「芸能人の親族の生活保護不正 受給が発覚して以来,不正受給の問題がたびたび取り上げられている。不正受給者大半が 大阪で,満足に生活できるだけの収入がありながら受け取っている人も多く,受給者の半 分程が不正に受け取っているのではないかと言われている。私たちの税金が不正に使われ ているのは見過ごすことのできない問題であり,早期の解決が必要である。」とか,「日本 に住む外国人にまで国の金をバラまく。何のための国なのか? どこまで善人をよそおう のか? 腹立たしい。本当に困っている人を助ける為のシステムが今では悪い考えを持っ 12) 詳しくは,私の「国の『借金』と個人の借金」( 技術と人間』2000年7月号)を読んでもらいたい が,最近の論説から参考になるものを掲げておけば,「日本がギリシャのような財政破綻の危機に 瀕しているというのは,根本的な間違いなのである」という,中野剛志「 反ポピュリズム』とい うポピュリズム」( 文藝春秋』13年1月号)は,「最大の違いは,日本の国債が事実上すべて自国 通貨建て(円建て)であるのに対し,ギリシャ国債は……ユーロ建てである」こと,さらに「ギリ シャの政府債務の債権者はおよそ八割が外国人である。このため,国債の償還金は大半が海外に流 出してしまう。しかも経常収支赤字国で国内は貯蓄不足なので,政府が海外の債権者に借金を返せ なくなる事態は,確かに起きうるのである。しかし,日本の政府債務の債権者は九割以上が日本人 である。……冨は国外に殆ど流出しないのである。そして日本は貯蓄過剰の経常収支黒字国で,世 界最大の純資産国である」と俗説を退けている。さらに,ギリシャの今回の「危機の原因」は「二 〇〇八年以前,非常に低利の融資を持ちかけて,ギリシャ政府を借金漬けにしたのはヨーロッパの 銀行である。さらに投機家たちが,いわゆるクレジット・デフォルト・スワップ (CDS) によって ギリシャの債務不履行に賭けたことから,事態はいっそう複雑になった」と正当に指摘する,カレ ル・ヴァン・ウォルフレン『日本を追い込む5つの罠』(井上実訳 角川書店 12年 p. 98)は, もっと過激に次のように言う 「政府財政を家計と同等にあつかうわけにはいかないのである。 政府は中央銀行を通じて,もっと金を作り出すことができる。その際,注意しなければならないの は,インフレ率を低く維持することだ。……日本政府の債務に関してもうひとつの重要な特徴は, 海外諸国が保有する割合はごくわずかだ,ということである。……だから日本がギリシャのような 状況に追い込まれることは起こり得ないのである。日本の債務のざっと半分は日本銀行がせっせと 生み出す金によってまかなわれている。つまり金を借りようと思えば,日本政府はただ左のポケッ トから右のポケットへと金を移動させれば済むのだ。このようなやり方をしていれば,やがてとん でもないインフレになるのではないかと,多くのエコノミストや事態を注視する市民たちは懸念す るが,過去二〇年間の消費者物価指数にはそうした傾向は見られなかった。」(pp. 110∼111)
た人の所に金が流れるようになっている」と嘆き,「生活保護の不正受給者比率は 3 割か ら 6 割だと聞いた。そして,その金額は何千億円にものぼり,割合的には 5 割以上を占め るのではないだろうか。」とレポートに書いてしまうのが現状である13) 。 ここで,事実を確認しておこう。雨宮処凛「 私を殺さないでください 新『生活支援 戦略』ですすむ“命の仕分け」( 週刊金曜日』12年11月23日号)は言う , 生活保護の不正受給は二〇一〇年で一・八%,額にして〇・四%。もちろん,不正はあっ てはならないことだが,「不正受給が蔓延している!」という報道の割にはあまりにも 少ない数字ではないだろうか。……報道などでは「働けるのに怠けて受けている人が増 えている」などと語られがちだが,もっとも多いのは高齢者世帯で四二・九%。次いで 多いのが傷病者・障害者世帯で三三・一%。実に八割近くを高齢者,障害や病気,怪我 で働けない人が占めている。「稼働年齢層」と呼ばれる一八∼六四歳の「その他の世帯」 は一六・四%だが,半分以上が五〇代以上。この時代,五〇代で失業すれば再就職はな かなか難しい。「若いのに生活保護を受けてふらふらしている」というのは事実にそぐ わないのだ。 そんなこの国の生活保護捕捉率は二∼三割と言われている。「不正受給」よりも「受 けられるのに受けていない人」が多いことの方が問題なのである14) 。 13) 他のレポートに,「高齢や病気で働けない人もいるが,生活保護を受けてパチンコに行く人やタバ コを吸い続けている人もいる。そんな余裕を持った人は受給しなくていいし,バッシングされて当 然だと思う。」というのもある。が,少数だが,「ネットで『生保のくせに回転寿司は食うな』とい う書き込みを見たことがあります。回店寿司は贅沢なのでしょうか。その基準は誰が作るのでしょ う。『食べさせてやってる。 ・ 生保のくせに。』そんな言葉を聞く度に疑問に思います。」という真っ 当なレポートもある。なお,後者のレポートを書く学生は,多くの学生が不正受給件数や不正受給 金額割合を全体の3割∼7割と書いているなかで,それぞれ0.5割と0.7割と書いている。それでも, すぐ後の本文に示す正確な数字より多いのだが。 14) 「生活保護制度について,また,生活保護利用者について,様々なご意見があることはよくわかっ ています。/でも,誤解されたままで批判されたくないのです。だから,/『今書かなければ,一 生後悔する』/そんな気持で書きました。/生活保護利用者は怠け者ではありません。/生活保護 制度は人間をダメにする制度でもありません」と書く,和久井みちる『生活保護とあたし』(あけ び書房 12年 p. 2)によれば,「不正受給と呼ばれる割合は全体のわずか0.4%」なのに「テレビ や雑誌を読んでいると,あたかも利用者の99%が不正受給をしているかのようで……派手なバッシ ングはやりたい放題になり,ウソも本当もない混ぜになって歯止めがききません。/このことに危 機感を抱いた心ある法律家とジャーナリストや支援者の方たちが BPO(放送倫理・番組向上機構) に,このままこんな報道を黙認していいのかと審議を要請しましたが,BPO はそれも許容の範疇 として審議さえしてくれませんでした」(pp. 147∼148)という。さらに,「捕捉率(最低生活基準 を下回り,生活保護を必要としている世帯全体の中で,実際に生活保護を利用している世帯の比率) は,政府の統計でも多くて30%言われています。つまり,現在利用している212万人の他に,800万 人とも1000万人とも言われる人たちが生活保護を利用できず,貧しい生活にあえいでいる現実があ ります。/削減どころか,生活保護はもっと必要な人に行き届かなくてはいけない制度なのです。 それなのに… ママ 」(p. 149),と真実が報道されない事態を伝えている。
そして,俗説の所以の第二は,ギリシャがユーロ参加にあたって詐欺を働いた「前科」 を持つというが,すでに見たように,ギリシャだけが統計操作をしたわけではないし,そ れを承知の上でのユーロ圏参入を許可されたのが真相である。いくつかの国が加入にあたっ て数字を操作していることを知りながらもそれらの国にEU参加やユーロ導入を認めるの は,それによって資本が利益を得るからである。 そして第三に,「就業者の 4 割という公務員の異常な多さや,手厚い社会保障制度など, 身の丈に合わない贅沢な暮らしを続けてきた」という,おきまりの社会保障・公務員バッ シングである。まず,「就業者の 4 割という公務員の異常な多さ」というのは統計的事実 として間違っている。そして,「手厚い社会保障」も,後述するように,じつは噂だけな のである。そして「贅沢な暮らし」というものの,現実には「正業では食べられず,夜勤 の副業で深夜まで働く人々」(藤原章生・後出)が多く存在する。これは,どこの層を見 るかの問題でもある。そして,噂だけで論じるというのが俗説の典型である。 他の論者の場合を見ておこう。西沢利郎・増井麻里子「ギリシャ危機への対応」( 国際 金融』11年10月 1 日号)は次のように言う , 国外からの安価な資金調達ができるようになると,ギリシャ政府は,公務員給与や社会 保障費が 7 割強を占める歳出を維持するため,大幅な財政赤字を国債発行で賄った…… 現地報道によると,10年前の公務員給与はさほど高くなかったというが,現在は総じて 民間の給与水準を上回っているようである。インタビュー先の民間銀行のエコノミスト は,公的部門の給与水準は民間を上回っているが,生産性は著しく低いと,憤りを隠さ ずに指摘していた。 ここでもやはり通俗的な公務員バッシングである。この二人は「 9 月中旬にアテネを訪 問し,さらに手分けしてロンドン,フランクフルト,ブリュッセル,パリの各地で,金融 機関や欧州委員会などへのヒアリングを行った」というのだが,せっかく現地へ足を運び ながらもその行き先が「金融機関や欧州委員会など」だったがゆえに,通俗的な理解を疑 う機会はなかったようである。 これに対し,現地での人々の取材を通してユニークな視点に立つ,藤原章生『ギリシャ 危機の真実』(前掲)は,彼らとは対照的である。彼の言うところを聞こう , 公務員は選挙のたびに増え09年は,00年と比べると 3 割強増えて114万人に達したと いう。これは労働人口の21%,雇用者の 3 分の 1 に及ぶ数字だ。勤め人の 3 人に 1 人が 公務員なのだ。 ただし,この数字もギリシャの国家統計局の推計値であり,実数は政府でもつかめて いない。 「基礎となる公務員の数さえもはっきりしていないのだから,ドイツのメディアのよ うに何でもギリシャの政府統計やそれを基にした OECD の数値で,『ギリシャの公務員
は平均給与が高い』 年金ももらいすぎ』と言うのはどうかと思う。根拠となるデータ がいい加減なのに,それをもとに善悪を決めつけたり,白だ黒だというのは変じゃない?」 [労働省の官僚の発言] 確かに,数値で見るギリシャと現実のそれとはずいぶんと落差がある。ギリシャの公 務員給与は年々上がり,欧州諸国の中でも高い方だと言われるが,私が話を聞いた国立 病院の看護師や公営地下鉄の職員らは20年以上働いても月給は1000から1200ユーロほど で扶養家族が何人もいるため,かつかつの暮らしをしている。 逆に失業率が12%を超え,ユーロ圏で最も貧しいと言われるが,街にせわしなさや閉 塞感がないせいか,みな割と豊かに見える。 おそらく,正しい数字がわからないのに加え,GDP の 3 割から 4 割,数年前までは 5割と言われていた無税で動く非公式の金,闇経済があるからだろう。…… そんな現実を見ると,実に怪しい数字を基に算出されたマクロ経済の統計だけでこの 国の実態を語れば,それこそ「シュール」な世界しか見えてこない。 pp. 66∼68 現地の人々の取材があるからこそ,藤原氏は,「ギリシャ支援に反発するドイツのメディ アをはじめ,多くの国際報道は『勤勉なドイツ人とさほど変わらない給与をもらいながら まったく働かないギリシャ人をなぜ救わなければならないのか』という,アリとキリギリ スのイメージを流してきた。ただ,私がそう単純でもないと感じるのは,1000ユーロの正 業では食べられず,夜勤の副業で深夜まで働く人々を何人も見てきたせいだろう。彼らを 「キリギリス」とは呼べない。」と言い切る。 そして,通俗論に対して次のように挑発する , 統計だけを信用するならこんなデータがある。欧州の19カ国のほか,日本,米国,カ ナダ,メキシコ,豪州,韓国,トルコなど計30カ国の経済先進国が加盟する経済協力開 発機構 (OECD) の調査によると,加盟国それぞれの平均労働時間は,韓国が最も長く, 第 2 位がギリシャだった。 また,オランダのフローニンゲン大学の成長開発センターの調査によると,95年から 05年にわたり,ギリシャは欧州諸国の中で平均労働時間が最も長く,年間約1900時間で, 第 2 位がスペインの約1800時間だった。 p. 69 吉田健一郎「英国から見た『ユーロショック』ルポ」(前掲)も,「ギリシャでは,公共 部門の整理が大きな課題だ。……公務員給与は総じて見れば高めと言われており……」と 通俗論を展開している。 通俗論を放つ人たちは,藤原氏が挙げる統計,彼らにとって都合の悪い統計を使うこと はない。それを見ないで過ごせば,彼らにとっては存在していないこととなる。 また,ギリシャ人が分不相応な社会保障や年金に甘えているという批判も強いが,先の 藤原氏によればそうした批判・非難は一面的であるという ,