日本 の 経 営 者 の キ ャ リア と メ ンタ ー
一 日本 経 済 新 聞 『私 の履 歴 書
経 済 人1∼38巻 』 の分 析 か ら一
合
谷
美
江
1.問 題 意 識 企 業 な ど の 経 営 者 は 、 な ぜ 階 層 の トッ プ ま で 登 りつ め 成 功 す る こ と が で き た の だ ろ うか 。 経 営 者 の キ ャ リア を み て み る と、 そ の 成 功 の 要 因 と し て 、 個 人 的 な 努 力 や 能 力 だ け で な く 、 人 的 な ネ ッ ト ワ ー ク の 構 築 や メ ン タ ー (mentor)に 恵 ま れ る こ と が 浮 か び 上 が っ て く る。 メ ン タ ー と は 、 一 般 的 に 、 経 験 豊 か な 年 長 者 で あ り、 経 験 の 少 な い 若 年 者 の キ ャ リア 発 達 を 支 援 す る 人 の こ と を 指 し 、 個 人 の キ ャ リア 発 達 に お い て 重 要 な 存 在 で あ る ユ。 メ ン タ ー の 行 な う さま ざ ま な 支 援 の こ と を メ ン タ リ ン グ (mentoring)と い い 、 メ ン タ ー か ら支 援 や 指 導 を 受 け る 対 象 の こ と を プ ロ テ ジ ェ ー(protege)と 呼 ぶ 。 メ ン タ ー 研 究 は 、1970年 代 後 半 頃 よ りア メ リカ を 中 心 に 研 究 が され は じめ 、 メ ン タ ー は 、 プ ロテ ジ ェ ー に 対 して 、 キ ャ リア に 関 連 し た ス キ ル の 発 達2を は じ め 、 昇 進3、 報 酬4、 職 務 満 足5や 組 織 へ の 社 会 化(socialization)6な ど に 対 して 良 い 影 響 を も た らす こ と が 実 証 され て き た 。 日本 で も 、1990年 代 に 入 っ て 多 く の 実 証 研 究 が さ れ る よ うに な っ た が 、 若 年 層 や 女 性 、 ミ ドル マ ネ ジ ャ ー の キ ャ リア 発 達 に お け る 研 究 が 中 心 で あ る7。 Wilson&Elman(1990)は 、 メ ン タ リ ン グ は 、 下 位 層 や 新 人 レベ ル の 人 材 に 限 定 さ れ た も の で は な く 、 む し ろ 次 期CEOを 育 て る よ うな 組 織 の ト ッ プ レ 日本 の経営者 のキャリアとメンター87ベ ル に お い て 必 要 な も の で あ る と 指 摘 す る8。 し か し な が ら 、 階 層 の 上 位 層 で あ る トップ マ ネ ジ ャ ー の キ ャ リア に お け る メ ン タ ー の 役 割 と影 響 と い う視 点 で の 研 究 は 数 少 な い9。 そ こ で 、 実 際 に 日本 の 経 営 者 の キ ャ リア 発 達 に お け る メ ン タ ー を 分 析 す る こ と は 意 義 が あ る と考 え る 。 日本 の 経 営 者 の キ ャ リ ア を 辿 る ひ とつ の 資 料 と し て 、 日本 経 済 新 聞 に 掲 載 され て き た 記 事 「私 の 履 歴 書 」 が あ る。 筆 者 は 、 以 前 、 昭 和29年 か ら61年 ま で の 掲 載 記 事 を ま と め た 『私 の 履 歴 書 経 済 人 』(1∼24巻)'oを 資 料 と して メ ン タ リ ン グ に 関 す る 研 究 を 行 っ た1'。 本 稿 で は 、 さ ら に 昭 和62年 か ら 平 成 16年 ま で の 掲 載 記 事 を ま と め た25∼38巻12を 加 え 、 『私 の 履 歴 書 経 済 人1∼ 38巻 』 に 掲 載 され た 、 主 に 大 企 業 の 経 営 者 で あ る243人 の 履 歴 書 を も と に 、 階 層 の トッ プ ま で 登 りつ め た 日本 の 経 営 者 に ど の よ うな メ ン タ ー が 存 在 し 、 ど の よ うに キ ャ リ ア に 影 響 を 受 け て き た の か を 分 析 す る 。 2.分 析 の 視 角 1)キ ャ リ ア と メ ン タ ー の 概 念 研 究 の 手 が か り と し て 、 い く っ か の 概 念 整 理 を し て お く 必 要 が あ る 。 キ ャ リ ア(career)の 概 念 は 、 一 般 的 に 、 職 業 の 発 展 、 上 昇 、 ま た は 職 業 自 体 と 幅 広 い 意 味 に 使 わ れ て い る 。 ホ ー ル(Hall,D.T.)に よ る と 、 キ ャ リ ア と は 、 ① 昇 進 や 昇 格 に よ っ て 職 業 上 の 地 位 が 上 昇 す る こ と(advancement)、 ② 医 師 、 法 律 家 、 教 授 、 聖 職 者 な ど の 専 門 的 職 業(professi・n)、 ③ あ る 人 が 経 験 し た 仕 事(職 業)の 一 系 列 (alifelongsequenceofjobs)、 ④ 職 業 に 関 連 し た 、 生 涯 を 通 じ て 経 験 す る あ ら ゆ る 役 割 や 地 位 の 系 列(ali飼ongsequenceofrole-relatedexperiences)の 少 な く と も4点 に 分 類 で き る と い う13。 こ こ で は 、 キ ャ リ ア を ホ ー ル の キ ャ リ ア の ④ の 定 義 に 沿 っ て 、 あ る 人 が 生 涯 を 通 じ て 経 験 す る 職 業 に 関 連 し た 役 割 や 活 動 の 全 て と 定 義 す る 。 メ ン タ ー と は 、 高 い 職 位 や 権 力 、 ス キ ル 、 豊 富 な 知 識 な ど 、 何 か し ら プ ロ 88国 際 経 営 論 集No.302005
テ ジ ェ ー に 勝 る も の を 持 ち 、 少 な く と も プ ロ テ ジ ェ ー よ り も成 熟 して い て 、 プ ロ テ ジ ェ ー に 対 して 支 援 を 行 な う存 在 で あ る。 これ ま で の 研 究 で は 、 メ ン タ ー は 主 に 「組 織 の 中 で 階 層 的 な 成 功 を 収 め 経 験 の あ る個 人 で 、 経 験 の 少 な い 個 人 に 対 し て キ ャ リア に 関 連 し た 支 援 を 行 な う人 」 と 定 義 され 、 組 織 内 で 経 験 の あ る シ ニ ア 層 と捉 え られ る こ と が 多 か っ た 。Mし か し 、 メ ン タ ー を 個 人 の キ ャ リア 発 達 を 支 援 す る 存 在 と す る な ら ば 、 必 ず し も メ ン タ ー は 組 織 内 に 限 定 さ れ る も の で は な い 。 本 稿 で は 、 メ ン タ ー を 組 織 内 外 に 関 わ らず 、 個 人 の キ ャ リ ア 発 達 を 支 援 す る 存 在 と して 捉 え る 。 ま た 、 メ ン タ ー は ど の よ う な機 能 を 果 た して い る か と い う観 点 か ら 定 義 さ れ る こ と が 多 か っ た 。Kram(1983,1985)に よ る と 、 メ ン タ ー は キ ャ リ ア 機 能(careerfunctions)と 心 理 社 会 的 機 能(psychosocialfunctions)を 与 え る こ とが 証 明 され て い るユ5。キ ャ リア 機 能 は 、 キ ャ リ ア の 発 達 を 主 に 強 化 し 、 組 織 内 で の 昇 進 を促 進 す る 関 係 性 と 関 連 して お り、 ス ポ ン サ ー シ ップ 、 推 薦 と ・∫視 性 、 保 護 、 挑 戦 的 な 仕 事 の割 り当 て が あ る 。 心 理 社 会 的 機 能 は 、 人 の コ ン ピテ ン ス 、 ア イ デ ン テ ィ テ ィ の 明 確 化 、 管 理 的 な 役 割 に お け る 有 効 性 を 主 に 強 化 す る も の で あ り、 役 割 モ デ ル 、 受 容 と承 認 、 カ ウ ン セ リ ン グ 、 友 情 が あ る 。 こ のKramの2つ の 機 能 は 、 そ の 後 多 く の 研 究 者 に よ り依 拠 され て き た が 、 こ こ で はKramの 機 能 を 踏 ま え つ つ も 、 実 際 に 経 営 者 の キ ャ リア に お い て 、 メ ン タ ー が ど の よ うな 機 能 を 果 た した の か を も と に 分 析 して い く。 2)「 私 の 履 歴 書 」 の 先 行 研 究 『私 の 履 歴 書 』 を 資 料 と して 研 究 した も の と し て 浜 口恵 俊 編 『日本 人 に と っ て キ ャ リ ア と は ∼ 人 脈 の 中 の 履 歴 』(日 本 経 済 新 聞 社 、1979年)が あ げ ら れ る 。 浜 口 ら は 、 経 済 人 の み な らず 文 化 人 も 含 め て 、 そ の キ ャ リア を 人 脈 か ら分 析 して い る 。 浜 口 ら は 、 個 々 人 の 生 涯 経 歴(パ ー ソ ナ ル ・キ ャ リア)を 、 そ の 人 を 巡 る 対 人 関 係 の 側 か ら 浮 き 彫 り に し た 経 歴 と して 「社 会 的 経 歴 」 (socialcareer)と 呼 ん で い る 。 日本の経営者 のキャリアとメンター89
浜 口 らは 、 対 人 関係 の基 本 形 態 の特 性 に応 じて 、 人 に は 「間 人型 」 と 「個 人 型 」 とい うふ た っ の タイ プ に 区別 され る と して い る。 この ふ た つ は、 図表 1に 示 され る。 自己 と他 者 とが共 有 す る心 的 な 空 間(共 有 生活 空 間)と 、 自 己 自身 が 専 有 して い る心 的 な 空 間(私 有 生 活 空 間)と の比 率 を考 え た とき、 そ の 共 有 生 活 空 間 の割 合 が 大 き い 人 を 「間 人 型 」、 逆 に 、 共 有 生 活 空 間 が 小 さ く、私 有 生 活 空 間 の比 率 が大 き い人 を 「個 人 型 」 と特 徴 づ け て い る。 つ ま り、 「間 人 型 」 の 「社 会 的 経 歴 」 は 、 人 と人 との 間 柄 の な か で 、 経 歴 が方 向 付 け られ て い くタ イ プ で 、 個 人 の履 歴 に及 ぼす 人 脈 の影 響 が 大 きい。 反 対 に 「個 人 型 」 の 「社 会 的履 歴 」 は 、 人 的脈 絡 へ の か らみ は 少 な く、 キ ャ リア を 自主 的 に切 り開 い て い くタイ プ で あ り、 自主 専攻 的 に生 涯 目標 が 追及 され る。 図 表1社 会 的 履 歴 か らみ た 「間人 型 」 と 「個 人 型 」 「間 人 型 」 「個 人 型 」 〈 出 所 〉:浜 口恵 俊 編 著 『日本 人 に と っ て キ ャ リア と は ∼ 人 脈 の な か の履 歴 』、 日本 経 済 新 聞 刊 、1979年 、18頁 よ り抜 粋 。 90国 際 経 営 論 集No.302005
こ の よ う な ふ た つ の ど ち ら の 類 型 で あ る に せ よ 、 浜 口 らは 、 個 人 の そ れ ぞ れ の 履 歴 を 対 人 関 係 の 視 点 か ら分 析 し て い る 。 そ し て 、 「社 会 的 履 歴 」 を 具 体 的 な 事 例 で 分 析 す る 場 合 の ポ イ ン トと し て3点 あ げ て い る。 ひ とつ め は 、 生 涯 過 程 の な か で の 、 卒 業 、 就 職 、 転 職 、 昇 進 、 定 年 、 転 居 、 結 婚 、 離 婚 、 家 族 と の 死 別 な ど の 転 機 で あ る 。 そ の 際 に 、 作 用 し た 人 的 要 因 と して ど の よ うな も の が あ っ た か 、 ま た 、 そ の 影 響 度(拘 束 度)が そ の 程 度 で あ っ た か と い う点 で あ る。 ふ た つ め は 、 大 き く影 響 を 受 け る"経 歴 上 の 他 者"、 た と え ば 家 族 、 親 族 、 友 人 、 知 人 、 同 僚 、 先 輩 、 上 司 、 同 業 者 、 恩 師 、 私 淑 す る 人 物 、 近 隣 の 人 た ち の 存 在 で あ る。 浜 口 ら は 、 こ の 経 歴 上 の 重 要 な 他 者 を 重 要 な 「レ フ ァ レ ン ト ・パ ー ソ ン 」(referentperson)と 名 づ け て い る 。 そ して 、 レ フ ァ レ ン ト ・ パ ー ソ ン の 機 能 を 、 ① 進 路 指 導 者 ま た は 依 拠 す べ き 準 拠 者 、 ② 経 歴 上 の 先 生 (キ ャ リア ・テ ィ ー チ ャ ー)、 ③ ス ポ ン サ ー 、 と3つ に 分 類 し て い る 。 み っ つ め は 、 当 人 の 歩 み 方 の 基 盤 や 転 機 に お け る判 断 の 基 準 と な る 人 間 観 や 対 人 関 係 観 に つ い て で あ る。 これ らが 心 的 基 盤 とな り、 人 生 に お け る 転 機 に 際 し て の 自 己 判 断 の 枠 組 み と な る とい う。 浜 口 ら の 述 べ て い る ふ た つ め の レ フ ァ レ ン ト ・パ ー ソ ン は 、 上 司 、 知 人 、 恩 師 、 家 族 や 親 族 を 含 み 、 幅 広 い 対 象 と な っ て い る。 そ の 機 能 か ら、 一 部 メ ン タ ー の 概 念 を 含 ん で い る と い え る。Kram&Isabella(1985)は 、 メ ン タ ー と 同 じ よ う な い く つ か の 機 能 を 提 供 す る 、 階 層 的 な 上 下 関 係 の な い ピ ア (peer,仲 間)の 存 在 を 指 摘 して い る'6が 、 こ の ピ ア と メ ン タ ー は 区 別 す る 必 要 が あ る と考 え る。 本 稿 で は 、 浜 口 ら の 研 究 を 含 み つ つ 、 近 年 の メ ン タ ー 研 究 よ り 、 日本 の 経 営 者 の キ ャ リ ア 発 達 に お け る メ ン タ ー の 影 響 を 分 析 す る 。 『私 の 履 歴 書 』 を 資 料 と し て 分 析 す る に あ た っ て は さ ま ざ ま な 問 題 も あ る 。 浜 口 らは 「社 会 的 履 歴 」 研 究 の 問 題 点 と して 、 社 会 的 な エ リー トで あ る 限 定 され た 対 象 者 、 世 代 的 な 限 定 、 自叙 伝 資 料 そ れ 自体 の 信 懸 性 を あ げ て い る17。 確 か に 対 象 が 、 あ る 意 味 成 功 した 人 生 を 手 に 入 れ た 人 た ち に 限 定 され て い る 日本 の経 営者 のキャリアとメンタ091
とい うこ と は 否 め な い 。 こ の 点 に つ い て は 、 本 稿 で は 、 キ ャ リア お け る メ ン タ ー の 役 割 と影 響 に つ い て 探 る こ と が 目的 で あ る た め 、 外 面 的 に は キ ャ リア 上 成 功 を 収 め た 人 び と に 限 定 す る こ と に 問 題 は な い と考 え る。 トッ プ ま で 昇 りつ め た 人 々 の キ ャ リ ア に お け る メ ン タ ー を 探 る こ と に よ っ て 、 何 ら か の 共 通 性 を 見 出 す こ と に 意 義 が あ る と考 え る。 次 に 書 か れ た 自叙 伝 そ れ 自 体 の 問 題 に つ い て で あ る 。 往 々 に して 自伝 の 内 容 に は 、 自画 自賛 、 美 化 や 脚 色 、 都 合 の 悪 い 部 分 の 削 除 、 先 輩 や 知 人 に 対 す る 義 理 な ど が含 ま れ て い る 可 能 性 が あ る 。 ラ イ フ ヒ ス ト リー 研 究 者 の 中 野 も 、 客 観 的 資 料 の 欠 点 と して 、 自 己 正 当 化 に よ る 客 観 的 事 実 の ゆ が み が あ る と し て い る'8。 こ の 点 に つ い て は 、 浜 口 らは 、 「社 会 的 履 歴 」 の 研 究 の 資 料 と し て は 、 本 人 の 来 歴 に お け る 対 人 関 係 の 有 様 さ え 知 れ ば 十 分 な の で 、 ど の よ うに 脚 色 され て い よ う と そ れ は 問 わ な い こ と に し た と あ る19。 い ず れ に して も 、 記 述 され た 内 容 に つ い て は 、 経 営 者 自身 が 関 わ っ て お り20、浜 口 ら と 同 様 、 当 人 の 認 識 し て き た 対 人 関 係 の 履 歴 を 知 る こ と が 目的 で あ る の で 、 問 題 な い とす る 。 た だ し、 浜 口 ら は さ ら に 、 レ フ ァ レ ン ト ・パ ー ソ ン に つ い て の 記 述 を 丁 寧 に して い る も の と省 略 し て い る も の が 存 在 す る 可 能 性 や 、 自伝 執 筆 に つ い て は 、 記 憶 の 正 確 さ も 問 題 に な る と指 摘 し て い る。 こ の 点 に つ い て は そ の 可 能 性 も否 め な い 。 しか しな が ら、記 述 の 厚 み も記 憶 の 正 確 さ も 当 人 に とっ て は 、 イ ン パ ク トの 違 い が 記 述 に 表 れ て い る と考 え る 。 そ こで 今 回 は 『私 の 履 歴 書 』 を 資 料 と して 取 り上 げ 、 こ れ を も と に 分 析 す る こ と とす る。 3)本 稿 の 分 析 方 法 ま ず243人 の 経 営 者 の キ ャ リア を も と に 類 型 化 す る 。 経 営 者 の タ イ プ は 、 一 般 的 に は 、 株 式 の 所 有 か ら 、 「専 門 経 営 者 」 と 「オ ー ナ ー(所 有)経 営 者 」 の 二 つ に 分 類 で き る。 森 川(1996)は 専 門 経 営 者 と は 、 サ ラ リー マ ン経 営 者 で あ り、 所 有 機 能 を持 た な い で 、 経 営 機 能 に 専 門 化 して い る 者 と し て い る21。 森 川 に よ る と 、 こ の 専 門 経 営 者 は 、 さ ら に3つ の タ イ 92国 際経 営論集No.302005
プ に分 類 され る。 第1は 内部 昇進 者 で あ る。 この 内 部 昇進 者 に も、新 入 社 員 か ら内部 昇 進 す る場 合 、 中途 採 用 か ら内部 昇 進 す る場 合 の2つ が存 在 し、後 者 の 中 に も中 途 採 用 の 時 期 に応 じて 多 様性 が あ る とい う。 第2は 、 高 い 報 酬 と求 め て企 業 か ら企 業 へ と移 動す る トップ経 営 者 で 、別 名 ワ ン ダ ー フォ ー ゲ ル 経 営 者 で あ る。 第3は 、 高級 官 僚 か ら直 接 トップ 経 営者 に招 かれ る天 下 り 経 営 者 で あ る。 森 川 は 、 日本 で は 、 内 部 昇進 型 が圧 倒 的 比 重 を 占 め 、次 い で 天 下 りの ウ ェ イ トが 高 く、 ワ ン ダー フ ォー ゲル 型 は少 な い と指 摘 す る。 オ ー ナー 経 営者 が 経 営 す るの は 、 実 際 に企 業 を所 有 す る創 業者 が 経 営 す る場 合 お よび 創 業者 の 家 族 が 経 営 す る場合 で あ る。 実 際 に 、『私 の履 歴 書 』 か ら経 営 者 の キ ャ リア を見 て み る と、 経 営 者 の 中 に は複 雑 な キ ャ リア を辿 る経 営者 もい た が 、 ひ とつ の企 業 で トップ まで の ぼ りっ め た 「生 え抜 き型 」、 キ ャ リア の途 上 で 転 職 して い る 「転 職 型 」、家 業 を 継 い で い る 「後 継 者 型 」、 自 ら企 業 を興 した 「創 業 型 」 の4っ に分 類 で きた 。 第1の 生 え抜 き型 は 、 主 に ひ とつ の 企 業 で 平社 員 か ら トップ ま で の ぼ りっ め た経 営者 で あ る。 多 くの株 式 を所 有 せ ず 、 プ ロ と して 経 営 に あ た る専 門経 営者 で あ る。 これ らの 経 営 者 は 、森 川 の分 類 で は 内部 昇 進 者 に あ た る。 この 生 え抜 き型 の 中 に は 、 初 期 キ ャ リア の 途 上 で転 職 す るが 、 そ の後 は そ の企 業 で キ ャ リア を長 期 間積 む タイ プ を含 む 。 他 の企 業 の 平社 員 か ら、 ご く 短 い 期 間 と して 勤 続3年 以 内 で 転 職 し、 そ の後 そ の 企 業 で 長 期 間 キ ャ リア を 積 ん で い る経 営 者 は生 え抜 き型 に分 類 した 。 ま た 、 関連 会 社 へ の 出 向 、 部 門 の切 り離 しに よる新 会 社 へ の移 行 、 グル ー プ会 社 へ の転 籍 、 戦 後 パ ー ジ(公 職 追 放)で 退 職 した もの の復 帰 した場 合 はや は り生 え抜 き型 と した 。 第2の 転 職 型 は 、 ひ とつ の企 業 で は な くキ ャ リア の途 上 で転 職 して い る経 営者 で あ る。 この タイ プ の 多 くは 、 高 い知 識 や ス キル 、 お よび経 営 手 腕 を見 込 まれ 、 引 き抜 かれ て い た。主 に業績 悪 化 の企 業 の建 て直 しを依 頼 され るケー ス が 多 い 。 ま た 、 官 僚 か ら民 間 企 業 へ の い わ ゆ る天 下 りも含 ん で い る。 た だ し、 本 業 を持 った 上 で 、他 社 の 社 外 取 締 役 を兼 任 して い るケ ー ス は転 職 型 と 日本の経営者のキャリアとメンター93
は して い な い。 森 川 の分 類 で は 、 専 門経 営 者 の 内 、 ワ ン ダー フ ォー ゲル 経 営 者 と天 下 り経 営 者 に あ た る。 第3は 、親 や 義 父 、養 父 な どの 仕 事 を継 ぐ後継 者 型 で あ る。 この 後継 者型 に は 、 す ぐに親 の 仕 事 を継 い で い る者 もい れ ば 、 別 の企 業 で キ ャ リア を積 ん で か ら継 い で い る者 も存 在 す る。 か な りキ ャ リア を積 ん で か ら継 い でい る タ イ プ につ い て も、 何 らか の理 由で 会社 を継 い で い る 、 ま た は 結 果 的 に継 い だ こ とに よ り、 後 に 経 営 者 に な っ て い る こ とか らす べ て後 継 者 型 と した。 第4は 、 自 ら会 社 を興 し、経 営者 と して 企 業 を成 長 させ て きた創 業型 で あ る。 キ ャ リア の初 期 段 階 で創 業 して い る人 もいれ ば 、長 期 間企 業 で キ ャ リア を積 ん だ 後 、 企 業 を興 す タイ プ も存 在 す る。 な お 、 自 ら企 業 を興 した もの の 失 敗 し、 そ の 後 他 企 業 に転 じた者 につ い て は創 業型 に含 め な い。 後 継 者 型 と 創 業 型 は 、 多 くの株 式 を所 有 す る オー ナ ー(所 有)経 営 者 に あ た る。 これ ら4タ イ プ の経 営 者 に分 類 す る こ とに よ り、 そ れ ぞ れ の タイ プ が持 つ メ ン ター の役 割 と キ ャ リアへ の 影 響 が 分 析 で き る と考 え る。 まず 、243人 の 経 営者 が どの よ うな人 々 か 、 学歴 や 家 庭 環 境 を含 め た傾 向 を掴 ん だ上 で 、そ れ ぞれ どの よ うな メ ンタ ー が 存在 し、 影 響 を受 け て きた の か を分 析 す る。 3.分 析:経 営 者 の キ ャ リ ア と メ ン タ ー の 影 響 1)経 営 者 の 全 体 の 傾 向 「私 の 履 歴 書 」 の 記 事 掲 載 は 、1954年(昭 和29年)か ら2004年(平 成16年) ま で50年 の 幅 が あ り、 傾 向 を ま と め る の は 難 しい が 、 い くっ か の 観 点 か ら述 べ て み た い 。 ま ず 、 経 営 者 が 生 ま れ た 年 代 は 、 主 に 明 治 の 中 頃 か ら 昭 和 の 初 期 で あ っ た 。 連 載 当 初 の 経 営 者 は 、 明 治 の 終 わ りか ら大 正 の 初 め に キ ャ リア を ス タ ー トさ せ て お り、 役 員 ま で の ぼ りつ め た の は 、 大 正 時 代 頃 か ら と な っ て い る。 主 に 日本 の 戦 前 、 戦 中 、 戦 後 、 そ の 後 の 高 度 経 済 成 長 を 支 え た 人 び と で あ り、 大 企 業 の 経 営 者 が ほ と ん ど で 、 全 て 男 性 で あ る。 94国 際経 営論集No.302005
キ ャ リア を 積 ん で い る 時 代 は 、 大 正 、 昭 和 、 平 成 と 幅 広 く 、 第 一 次 世 界 大 戦 、 昭 和 初 期 の 大 不 況 、 第 二 次 世 界 大 戦 、 高 度 経 済 成 長 、 オ イ ル シ ョ ッ ク 、 バ ブ ル 経 済 等 の 出 来 事 に 遭 遇 し、 そ の キ ャ リア は こ れ ら の 時 代 背 景 に 大 き く 左 右 され て い る こ とが あ る 。 こ こ で は 、 時 代 背 景 の 違 い は あ る が 、 経 営 者 の キ ャ リア に お け る メ ン タ ー の 存 在 の み に 焦 点 を あ て る 。 掲 載 され た 年 齢 は 、 最 年 少 が 永 田雅 一(大 映 社 長 、2巻 、 掲 載 時51歳)、 最 年 長 が 伊 部 恭 之 助(住 友 銀 行 最 高 顧 問 、34巻 、 掲 載 時90歳)で あ る 。 掲 載 時 の 年 齢 は 、 主 に60歳 代 か ら80歳 代 の 人 々 で あ る 。 現 在 、 存 命 して い る 経 営 者 は 少 な い 。 逝 去 し た 年 齢 は 、 岡 野 喜 太 郎(駿 河 銀 行 社 長 、2巻)の101歳 を は じ め 、90歳 以 上 の 経 営 者 も 多 く、 戦 争 を 生 き 抜 い て 、 全 体 的 に 長 命 で 、 だ か ら こ そ ト ップ ま で の ぼ りつ め る こ と が で き た 成 功 者 で あ る と 言 え る 。 ま た 、 そ の 学 歴 は 、 創 業 者 型 の 一 部 を 除 き 、 ほ と ん どが 一・流 大 学 とい わ れ る 大 学 を 卒 業 し て い る エ リー ト集 団 で あ る 。243人 の 経 営 者 の 内 、81名 が 東 大(東 京 帝 国 大 学)卒 で あ り、 実 に3分 の1を 占 め て い る。 こ の 比 率 は 、 山 本 と高 瀬(1987)の 経 営 者 の 出 身 校 の 研 究 と 同 様 の 結 果 で あ る22。 こ の こ と を 考 慮 す る と 、 や は り家 庭 環 境 も 大 き く キ ャ リア に影 響 して い る と推 測 され る。 萬 成 とア ベ グ レ ン(1971)は 、 日本 で は 父 親 の 職 業 上 の 地 位 に よ っ て 、 子 供 に 大 学 教 育 を 与 え る か ど うか 決 ま り 、 大 学 に お け る成 功 が 企 業 に お け る 成 功 の 条 件 と な っ て い る と結 論 づ け て い る23。 但 し、 こ の 研 究 は 大 学 教 育 が 限 定 され た 人 々 の も の で あ っ た 時 代 の も の で あ り、 現 代 に お い て は 必 ず し も 当 て は ま ら な い 可 能 性 も あ る 。243人 の 経 営 者 の 中 に は 、 貧 し く 、 教 育 も 満 足 に 受 け られ な か っ た 者 も存 在 す る が 、 そ の 大 部 分 は 、 高 い 教 育 を 受 け る こ と の で き た 社 会 的 な エ リー トで あ る。 そ れ ゆ え 、 強 い パ ワ,__.を持 っ た 親 戚 や 知 人 が メ ン タ ー に な る ケ ー ス が 多 く 、 就 職 の 引 き や 助 言 な ど、 特 に キ ャ リア の 初 期 の 段 階 に これ ら の メ ン タ ー か ら影 響 を 受 け て い る事 例 が 多 くみ られ た 。 さ て 、4つ の 類 型 に 分 類 の 結 果 、 経 営 者243人 の 内 、 生 え 抜 き 型 は100人 (41.2%)、 転 職 型 は55人(22.6%)、 後 継 者 型 は34人(14.0%)、 創 業 型 は54人 日本 の経 営者 のキャリアとメンター95
(22.2%)と な っ た 。 経 営 者 の キ ャ リア に お け る メ ン タ ー の 傾 向 は 、 こ の4 つ の 類 型 ご と に 分 析 し て い く こ と とす る 。 2)「 生 え 抜 き 型 」 の キ ャ リア と メ ン タ ー の 傾 向 第1の 生 え 抜 き型 は 非 常 に 高 い 教 育 を 受 け て き た エ リー ト層 で あ り、 最 も 多 い の が 、 東 大(東 京 帝 国 大 学)卒 の100名 中45名(45%)、 続 い て 慶 応 大 卒 10名(10%)、 一 橋 大(東 京 高 商 ・東 京 商 科 大)卒 が10名(10%)と な っ て い た 。 小 学 校 卒 が1名 、 尋 常 高 等 小 学 校 卒 が1名 、 残 りの98名 は 全 て 高 等 教 育 を 受 け て い る2Q。 生 え 抜 き 型 の 入 社 の き っ か け は 、 大 学 の 恩 師 や 学 校 関 係 者(校 長 や 学 生 課 長 な ど)の 勧 め 、 大 学 の 先 輩 か らの 引 き 、 親 ・親 戚 ・知 人 の 勧 め が 多 か っ た 。 特 に 大 学 の 恩 師 に 就 職 の 相 談 を し、 世 話 を し て も ら う こ とが 多 い 。OBの 存 在 を 含 め 、 大 学 と企 業 の 間 に は 太 い パ イ プ が 存 在 して い た 。 森 川(1991)は 、 日本 企 業 は 明 治 以 後 、 高 等 教 育 機 関 出 身 者 を 争 っ て 雇 い 入 れ 、 企 業 よ り も 官 庁 や 大 学 、 研 究 所 な ど に 就 職 を 求 め た が る学 卒 者 を 企 業 内 に 定 着 させ 、 彼 ら の 能 力 を発 揮 させ る た め に 、 給 料 は も と よ り、 昇 進 に つ い て も優 遇 を 当 然 と考 え 、 ト ップ ・マ ネ ジ メ ン トの 地 位 を彼 ら の た め に 準 備 した と指 摘 す る25。 高 い 教 育 を 受 け て き た 学 卒 者 は 、 幹 部 候 補 生 と して 優 遇 され 、 企 業 内 で 育 成 され た の で あ る 。 生 え抜 き 型 の 昇 進 は 、 入 社 後 、 営 業 な ど の 現 場 を 経 験 し 、 課 長 や 部 長 を 歴 任 した 後 、 取 締 役 、 常 務 、 専 務 、 副 社 長 、 社 長 へ と階 層 を昇 り、 そ の 後 会 長 、 相 談 役 と な っ て い る の が … 般 的 で あ る 。 社 長 ま で の 昇 進 年 数 は 、 椎 名 武 雄 (日 本IBM最 高 顧 問 、36巻)の よ う に 、 入 社 か ら22年 後 と 早 い 者 も い る が 、 概 ね 入 社 か ら30∼40年 後 とな っ て い る 。 こ の よ うに 主 に幹 部 候 補 生 と して 採 用 され た 生 え抜 き 型 で あ るが 、 メ ン ター の 有 無 と そ の 影 響 は 極 端 な傾 向 が み られ た 。 そ の ほ と ん ど を キ ャ リア に お け る 出 来 事 が 綴 られ 、 人 と の 関 わ りの 記 述 が ほ と ん ど な い ケ ー ス が あ る 。 こ の 96国 際経 営論集No、302005
場 合 、 あ えて 記 述 して い な い こ と も考 え られ るが 、 どち らか とい う と浜 口 ら の 言 う他 者 との共 有 生 活 空 間 の少 な い 「個 人 型 」 と推 測 され る。 た と え ば 、 大屋 晋 三(帝 人 社長 、3巻)は 、 「自分 の 運命 は 、 お のれ の 意 志 、計 画 に よ っ て き た。 長 上 の人 か ら特 に 引 き立 て られ た こ とが ほ とん どな い。 師 事 して 直 接 指 導 を受 け た 人 もい な い 」 と述 べ て い る。 この よ うに メ ン ター との 関係 の 中で キ ャ リア を発 達 させ るの で は な く、 生 涯 目標 に 向 か っ て突 き進 む 経 営者 が若 干 み られ た。 一 方 、 メ ン ター が 存 在 す る生 え抜 き型 は 、 極 端 に影 響 の強 い メ ン ター が一一 人 ま た は複 数 存 在 す る傾 向 が み られ た。 そ の 強 い 関係 は 、 数 十 年 に 渡 り、 メ ンタ ー が 死 去 す るま で続 い て い る。 た とえば 、 倉 田主 税(日 立製 作 所 相 談役 、12巻)の 大 きな メ ン タ ー の存 在 と して 、 日立 製 作 所 創 業 者 の 小 平 浪 平 所 長 が あ げ られ る。 倉 田 は 、入 社 後 、 東 大 出 との 差 別 待 遇 に先 行 き が な い か ら辞 め よ うか と考 えて い た が 、4年 が 経 っ た 頃 、 小 平 よ り電線 製 造 の依 頼 を受 け る。 小 平 は 、産 業 技 術 の 自己 開発 こそ が 日本 経 済 の原 動力 で あ る との 強 い信 念 を持 ち 、小 平 の 「お 前 な ら出来 る か らや れ 」 の 言 葉 に 電気 が か か っ た よ うにな る。 小 平 に絶 対 の信 頼 を持 ち、 ま た 、 どん な こ とが あ ろ う と信 頼 に答 えな けれ ば な らな い との気 持 ち にな り、 馬 車 馬 の よ うに働 く。 戦 中 は 、小 平 よ り軍 納 部 長 や 工場 の 再 建 の た め の 工場 長 に任 命 され る。 戦 後 、 小 平 を始 め とす る経 営 陣 の 公 職 追 放 で 、 小 平 よ り、 社 長 を託 され る。 そ の 強 い 関係 は 、 小 平 が 亡 くな る ま で40年 に渡 っ て い る。 倉 田は 、 日立 製 作 所 を創 業 した 小 平 は 、師 で あ り、 は るか に仰 ぎ見 る高 い峰 で あ った と記 して い る。 ま た 、 同 じ よ うに 強 い メ ン ター が 存 在 した ケ ー ス と して 、岩 村 英 郎(川 崎 製 鉄 会長 、25巻)が あ げ られ る。 岩 村 は 、 大 学 恩 師 の 「西 山弥 太 郎 とい う偉 い 人 が い る か ら、 川 崎 造 船 所 に行 き な さい 」 の 言 葉 で 入社 す る。 西 山 は 、 当 時 川 崎 造 船 所 の製 飯 工 場 の技 師長 で 就 職 試 験 の 面 接 官 で もあ っ た。 戦 中 、 陸 軍 造 兵廠 に 出 向 し、 平 炉 や 電 気 炉 の 建 設 の 際 は 、西 山 よ り教 え を乞 うた。 戦 日本の経営者のキャリアとメンター97
後 は、 西 山 の 千葉 製 鉄 所 お よび 水 島製 鉄 所建 設 の信 念 と と もに 、 西 山が 亡 く な る ま で と もに 歩 む 。 岩 村 は 、 西 山に つ い て 、 「話 とい え ぱ鉄 の こ とば か り。 それ ほ どの 情熱 家 で あ る。 馬 車 馬 の よ うに 引 っ張 って くれ る西 山 さん の 後 に 、 皆 必 死 に な っ て つ い て い くだ け で あ った。 お お げ さか も しれ な い が 、 こ の人 の た め な ら命 を捨 て て も良 い 、 そ うい う思 い を抱 かせ た 」 と述 べ て い る。 この よ うな命 を捧 げ て も惜 し くな い と思 わせ る メ ン ター の存 在 は 、他 に も 生 え抜 き型 に 多 くみ られ た。 メ ン ター は社 内 に存 在 し、 キ ャ リア の 初 期 の段 階 か ら眼 を か け られ メ ン ター が死 去 す る ま で の数 十 年 に 渡 り、 そ の 関係 が続 い て い る。 メ ン ター は 、社 内 で強 い権 力 や パ ワー と とも に 、経 営 にお け る強 い信 念 を持 ち、 そ の メ ン ター に共 感 し、 絶 対 的 な信 頼 を持 ち 、 メ ン ター の手 とな り足 とな り、 と もに 歩 ん でお り、 最 終 的 に は後 事 を託 され て い る。 しか し、 強 い メ ンタ ー の 存 在 が プ ラス に働 くケ ー ス ば か りで は ない 。 土川 元 夫(名 古屋 鉄 道 社 長 、13巻)は 、入 社 後 、30年 間 、 千 田 の直 属 の 部 下 と し て 仕 事 を と もに し、 苦 労 をす る。 名 岐 鉄 道 と愛 知 電 鉄 の 合 併 で 、 愛 知 電鉄 側 が社 長 とな る と、 千 田は反 乱 軍 の頭 領 とみ な され 、 そ の 有 力 な部 下 で あ った 土川 は左 遷 を重 ね られ る。 戦 後 、名 岐 側 の神 谷 社 長 が就 任 し、 そ の 後 、 千 田 が社 長 に な り、 千 田 が勇 退 す る際 、後 を任 され る。 強 い メ ン タ ー が存 在 した ゆ えに 、 昇 進 ・昇 格 に マイ ナ ス の 影 響 が 出 た ケ ー ス で あ る。 ま た 、 中邨 秀 雄(吉 本 興 業 会 長 、37巻)も 、 引 き立 て て くれ て い た林 正 之 助 社 長 が 体 調 不 良 で 社 長 を退 き、 そ の弟 が社 長 に就 任 す る と、 課 長 か ら平 社 員 に格 下 げ され た り、 社 長 の取 り巻 き と対 立 し、 理 由 もわ か らず 懲 戒 解 雇 さ れ た り して い る。 そ の 後 、 メ ン ター の林 正 之 助 よ り、 自分 も必 ず 社 に戻 るの で 、複 社 して欲 しい と依 頼 され 、 戻 る こ と とな る。 これ も、や は り強 い メ ン ター の存 在 ゆ え に、 派 閥抗 争 に巻 き込 まれ た ケー ス で あ る。 トップ ・マ ネ ジ メ ン ト層 に な っ て か らは、 他 社 の経 営者 な ど、 客観 的 な 助 言 を くれ る外 部 の 相 談相 手 を持 つ ケ ー ス も多 く見 られ た。 だ が 、 生 え抜 き型 の場 合 、 長 期 間 に わ た る強 い メ ン タ ー はや は り社 内 に存 在 し、 強 い パ ワー を 98国 際経営論集No.302005
持 っ た メ ン タ ー を 尊 敬 し、 信 頼 し、 メ ン タ ー か ら も信 頼 を受 け 、 頼 りに され 、 メ ン タ ー の 信 念 に 共 感 し、 メ ン タ ー か ら命 じ られ た 任 務 を 、 そ の 期 待 に 応 え よ う と成 し遂 げ 、 ト ップ に ふ さ わ しい 判 断 力 や 経 営 観 、 マ ネ ジ メ ン ト能 力 を メ ン タ ー の も と で 身 に つ け て い る。 3)「 転 職 型 」 の キ ャ リア と メ ン タ ー の 傾 向 キ ャ リア の 途 上 で 転 職 し て い る転 職 型 は 、 そ の 学 歴 を み る と 、 転 職 型55名 の 内 、 東 大(東 京 帝 大)卒 が22名(40.0%)、 続 い て 京 大(京 都 帝 大)卒 が 5名(9.1%)、 一=橋大(東 京 高 商 ・東 京 商 科 大)卒 が5名(9.1%)、 慶 応 大 卒 が3名(5.5%)と な っ て い た 。 尋 常 小 学 校 中 退 が1名 、 中 学 校 卒 が2名 、 残 りの52名 は 高 等 教 育 機 関 卒 で 、 や は り高 い 教 育 を 受 け て い る。 転 職 型 に は 主 に 、 ① キ ャ リア の 初 期 の 段 階 で の 転 職 、 ② 様 々 な 企 業 の 仕 事 を 依 頼 され た り、 経 営 者 と し て 再 建 を 任 され る 、 ③ 官 僚 か ら民 間 企 業 へ の 転 職(い わ ゆ る 天 下 り)の3っ の タイ プ が み られ た 。 ひ と つ め の キ ャ リア の 初 期 の 段 階 で の 転 職 の ケ ー ス で は 、 メ ン タ ー が プ ロ テ ジ ェ ー の 能 力 を 見 込 ん で 、 自分 の 企 業 や 傘 下 の 企 業 に 引 き 抜 く ケ ー ス が み られ た 。 メ ン タ ー の ほ と ん ど は 、 企 業 の 上 位 管 理 職 、 ま た は 経 営 者 で 強 い パ ワー を 持 っ て い る。 ま た は 、 プ ロ テ ジ ェ ー が メ ン タ ー を 「こ の 人 に つ い て い く 」 と見 込 ん で 、 メ ン タ ー の い る 企 業 に 転 職 し て い る 場 合 も あ る。 大 川 博(東 映 社 長 、3巻)は 、 鉄 道 院 に20数 年 勤 め て い た が 、 東 京 急 行 電 鉄 の 五 島 慶 太 の 講 演 を 聞 い た こ と が き っ か け で 、 五 島 か ら の 強 い 引 き と 自 分 の 一 生 を 託 す の は こ の 人 だ との 判 断 か ら東 京 急 行 電 鉄 に 入 社 す る 。 五 島 か ら 実 際 に 指 導 を 受 け 、 そ の 後 、 五 島 か ら の 依 頼 で 東 映 の 再 建 を 行 な っ て い る 。 ま た 、 神 谷 正 太 郎(ト ヨ タ 自動 車 販 売 社 長 、15巻)は 、 勤 め て い た 日本GM に 見 切 りを つ け 、 国 産 メ ー カ ー へ 移 る 希 望 を 持 っ て い た が 、 トヨ タ 自動 車 の 創 始 者 豊 田喜 一 郎 の 情 熱 、 ス ケ ー ル 、 人 格 に 心 酔 し、 トヨ タ 入 社 を決 意 す る。 メ ン タ ー の 豊 田 よ り全 面 の 信 頼 を 受 け 、 期 待 を 裏 切 ら ぬ よ う に 万 全 の 努 力 を 日本の経 営者 のキャリアとメンター99
した と述 べ て い る。 ふ た つ め の タ イ プ は 、様 々 な企 業 の 仕 事 を頼 まれ た り、経 営 者 と して再 建 を任 され る ケー ス で ある。 メ ン ター か ら、 プ ロテ ジ ェー の 高 い知 識 や ス キル 、 経 営 手 腕 を見 込 ま れ て い る。 企 業 再 建 の 場 合 、 業 績 悪 化 の企 業 で あ るた め 、 意 に 添 わ な くて も、 メ ン ター の依 頼 で 断 れ な い とい うケ ー ス が 多 い 。 原 安 三 郎(日 本 化 薬社 長 、1巻)は 、 早 稲 田大 学 で 高 田早 苗 総 長 よ り、 三 井 物 産 の 山本 条 太 郎 常務 を紹 介 され る。 山本 の紹 介 で 、薬 丸 金 山の仕 事 をは じめ 、 出版 社 金 港 堂 の経 営 整 理 、 日本 硫 黄 の リス トラ な ど を次 々請 け負 う。 原 は 山本 に つ い て 、 常 に国 家 的 見 地 で もの を見 て い て 、判 断 力 が 正確 で 才 覚 が あ り、 事 業観 ・人 生観 に==大 き な影 響 を与 えた 人 と述 べ て い る。 河 合 良成(小 松 製 作 所 社 長 、2巻)は 、 東 大 卒 業 後 、 農 商務 省 に入 るが 、 米 騒 動 の 責任 を取 っ て退 職 す る。 浪 人 して い る と、株 式 取 引 のパ イ オ ニ ア で あ り、遠 い縁 戚 関係 に あ る郷 誠 之 助 が 自分 の い る東 株 へ 引 っ 張 って くれ た。 郷 の 片 腕 とな るが 、 郷 が東 株 を去 る こ と に な り、 と もに 退 職 す る。 そ の後 、 郷 よ り 日華 生 命(第 百生 命)の 常務 をす る よ うに言 われ る。 さ らに 、東 京 市 の助 役 、 農 林 水 産 事 務 次 官 、 貴族 院議 員 、厚 生 大 臣 、小 松 製 作 所 社 長 を歴 任 して い る。 この多 様 な職 歴 に対 して河 合 は 「他 人 か らな ん で もや る よ うにみ られ て い るか も しれ ない が 、 どれ も これ も 、 みず か らや ろ うと した もの は な い。 み な人 か ら頼 ま れ てや って き た もの で あ る 」 と述 べ て い る。 そ の他 に も、 早 川 種 三(興 人 相 談 役 、19巻)の よ うに再 建 の神 様 とい われ 、倒 産 会社 を次 々 と建 て な した経 営 者 も存 在 し、 高 い マ ネ ジ メ ン ト能 力 を周 囲か ら見込 まれ て 経 営 者 に な る タイ プ が存 在 して い る。 最 後 の タイ プ は 、 官 僚 か ら民 間企 業 へ の転 職 で あ り、 い わ ゆ る天 下 りを含 ん で い る。 こ の 中 に は 、 役 人 を数 年 で 辞 め 、 転 職 して い るケ ー ス もあ る が 、 多 くは20∼30数 年 後 に退 官 し、 た とえ ば大 蔵 省 か ら銀 行 へ 移 るな ど、 これ ま で の キ ャ リア に 関 連 した 民 間 企 業 に転 職 して い る。 柏 木 雄 介(東 京 銀 行 会 長 、24巻)は 、 大蔵 省 で財 務 官 ま で務 め 、31年 間在 100国 際経営論集No.302005
任 して い た が 、 円 の 固 定 相 場 制 を 守 れ ず 退 官 す る。 東 京 銀 行 の 元 頭 取 の原 純 夫 、横 山宗 一 の誘 い に よ り、 副頭 取 と して入 行 して い る。 これ らの経 営者 は 、 退 官 時 に 天 下 り先 が決 ま っ て い る とい うよ りも、 退 官 後 浪 人 中 、知 人 よ り依 頼 を受 け、 経 営 者 と して 迎 え られ て い る。 転 職 型 の プ ロテ ジ ェー に も、 メ ン ター の 逆機 能 が み られ た 。 強 い メ ン ター が 存 在 す る場 合 、 メ ン ター が社 内 で 失 脚 す る こ とに よ り、 と もに転 職 して い る ケ ー ス で あ る。 良 く も悪 く もメ ン ター と運命 を と もに して い る。 萩原 吉太 郎(北 海 道 炭磧 汽 船 社 長 、5巻)は 、三井 合名 に就 職 し、 メ ン ター の 島 田勝 之 助 の秘 書 にな る。 島 田が 失 脚 し、 北海 道 炭 磧 汽 船 の会 長 に移 っ た の を き っか け に 、 島 田の 後 を追 い 、 北 海 道 炭 磧 汽 船 に転 職 し、 秘 書 部 長 とな る。 島 田の健 康 が優 れ な くな っ た 際 、後 継 者 と して 社 長 とな っ て い る。 転職 型 に共 通 して い る のは 、そ の ほ とん どが 大 き なパ ワー を持 っ た メ ン ター が 存 在 して い て 、そ の メ ン ター の 引 き に よ り転 職 した り、経 営者 とな るな ど、 キ ャ リア へ の 影 響 が 強 い とい うこ とで あ る。 4)「 後 継 者 型 」 の キ ャ リア と メ ン タ ー の 傾 向 親 や 義 父 、 養 父 な ど の 仕 事 を 継 ぐ タ イ プ の 経 営 者 で あ る後 継 者 型 は 、34名 存 在 し た 。 後 継 者 型34・名 の 内 、 東 大(東 京 帝 大)卒 が10名(29、4%)、 続 い て 慶 応 大 卒6名(17.6%)、 一 橋 大(東 京 商 科 大)卒 が3名(8.8%)と な っ て い た 。 学 歴 不 明 が1名 、 中 学 校 卒 が1名 、 残 りの32名 は 高 等 教 育 機 関 卒 で 、 高 い 教 育 を 受 け て い る も の の 、 生 え 抜 き型 や 転 職 型 ほ ど東 大 出 の 比 率 は 高 く な い 。 これ ら の 後 継 者 の 中 に は 伊 藤 次 郎 左 右 衛 門(松 坂 屋 社 長 、3巻)の16代 目、 湯 浅 佑 一(湯 浅 電 池 ・湯 浅 商 事 社 長 、19巻)の13代 目、 山 田 徳 兵 衛(吉 徳 会 長 、20巻)の10代 目 とい う経 営 者 も い る が 、 そ の ほ とん ど は 、 父 や 祖 父 が 創 業 し 、 そ の 家 業 を 引 き 継 い で 大 企 業 に 育 て た 経 営 者 で あ る。 家 業 を 引 き継 ぐ場 合 、 子 供 の 頃 か ら父 の 姿 を み て 育 ち 、 後 継 者 と して の 意 日本の経営者 のキャリアとメンター101
識 も高 い。 キ ャ リア と して は 、 一度 別 の 企 業 に就 職 し、 修 業 の後 に戻 る場合 や 最 初 か ら父 の も とで後 継 者 と して 育 て られ る場 合 が あ る。 先 代 で あ る父 は や は り大 きな 存 在 の メ ン ター で あ る。 た と えば 、 黒 田障 之助(コ ク ヨ会 長 、24巻)は 、創 業 者 の父 に つ い て 、物 心 つ い た と きか ら、家 長 と して 、店 の 主 人 と して 、威 厳 を持 っ た 姿 に 畏敬 の 念 を持 っ て い た とい う。 当初 は 父 に入 社 を反 対 され た が 、 入 社 し父 と とも に 仕 事 をす る。 入社 か ら20年 後 、 社 長 就 任 パ ー テ ィー で 父 よ り 「後 事 を 託 す の にふ さわ しい 人物 」 との言 葉 を受 け、 最 初 で最 後 の褒 め 言 葉 で あ り、 同 時 に 最 も厳 しい戒 め の 言 葉 と述 べ て い る。 この メ ンタ ー と して の父 親(先 代)の 影 響 は 、父 が早 世 した り、早 く引退 した 場 合 で も違 っ てい る。 林 原 健(林 原 社 長 、38巻)は 、 父 親 が大 学2年 の 時 に急 逝 し、19歳 で社 長 に就 任 してい る。 林原 は22歳 の とき に 出会 っ た ソニー の 井 深 大 か ら40年 に 渡 り、 指 導 を 受 け て き た と述 べ て い る。 ま た 、 五 島 昇 (日 本 商 工 会 議 所 名 誉 会 頭 、26巻)は 、東 急 グル ー プ 創 業 者 の 父 五 島慶 太 が 病 に倒 れ 、37歳 で社 長 に就 任 す る。 五 島は 、 「経 験 の少 な い 自分 が東 急 グル ー プ を 引 っ張 っ てい くに は 、 強 力 な後 ろ盾 が必 要 だ っ た 」 と述 べ 、 メ ン ター 的 な 存 在 と して 、 相 談 役 と して 迎 えた 石 坂 泰 三(経 団連 会 長)と 宇 佐 美 洵(日 銀 総 裁)、 大 き な 影 響 を受 け た 永 野 重 雄(日 商 会 頭)な どの名 前 を あ げ て い る。 こ の よ うに経 営 者 は 、身 内以 外 に 経 営 の 指 南 役 や 相 談 相 手 と して の メ ン タ ー を持 っ て い る事 例 がみ られ た 。 家 業 を継 ぐ経 営 者 が多 い一 方 、 結 婚 や 養 子縁 組 で 思 い が け ず キ ャ リアの 大 転 換 とな った 経 営 者 が存 在 す る。 結 婚 に よっ て後 継 者 とな っ た の は 、鹿 島 守 之 助(鹿 島 建設 会長 ・参議 院 議 員 、7巻)、 安 西 正 夫(昭 和電 工社 長 、13巻)、 乾 豊 彦(乾 汽 船 会 長 ・日本 ゴル フ協 会 会 長 、21巻)、 石 川 六 郎(鹿 島 名 誉会 長 、37巻)の4名 で あ る。 養 子 縁組 で 後継 者 とな った の は、茂 木 啓 三 郎(キ ッ コー マ ン醤 油 社 長 、14巻)、 戸 田利 兵 衛(戸 田建 設 会 長 、20巻)の2名 で あ る。 い ず れ の経 営 者 も長 男 で は な い 。 102国 際経営論集No.302005
これ らの経 営 者 は 、 メ ン ター で あ る義 父 や 養 父 に 見 込 まれ て 招 かれ た ケ ー ス が多 い。 た とえ ば 、安 西 は、 日本 電 工 の創 業 者 で あ る義 父 の森 轟 飛 に つ い て 、 「女婿 とな っ た縁 か ら森 の事 業 に 参 画 す る宿 命 を負 うこ とに な っ て い た。 森 の 事 業 を展 開 す る上 の人 的 構 想 の 中 に 、 早 くか ら私 は組 み 込 ま れ て い た よ うな もの だ か らで あ る」 と述 べ て い る。 そ して 、森 の逝 去 に 際 し、 「森 の 死 に直 面 し、 急 に空 虚 感 に襲 わ れ た。(中 略)し か し、 空 虚 さば か りの な か に 沈 ん で い た わ け で は な い。 事 業 の 鬼 とで もい うべ き森 の熾 烈 な精 神 が 、 いつ の 間 に か 私 の 上 に乗 り移 っ て い る こ とを 、森 の 死 に よ っ て は っ き り私 は 自覚 した。 す で に完 全 な ま で に森 に よ って 洗脳 され て い た の で あ る」 と記 して い る。 この よ うに 後継 者 型 に とっ て父 や 義 父 、養 父 は 、 大 き な存 在 の メ ン ター で あ る が 、身 内 で あ る が ゆ え に 、必 ず しもそ の 関係 が うま くい くこ とば か りで は な い。 湯 浅佑 一(湯 浅 電 池 ・湯 浅 商 事社 長 、19巻)は 、 父 との 強 い 葛 藤 を 記 してい る。 湯 浅 が 尊 敬 して い た メ ン タ ー で あ る専 務 の 小 山文 吉 は、 自分 を 終 始 一 個 の人 間 と して理 解 し、 支 持 し、存 分 に活 用 して くれ た が 、 社 長 で あ る父 は、 小 山 と陰 謀 を企 て た の で は な い か とい う疑 念 、 反 対 を押 し切 っ て結 婚 した 怒 りな どが あ り、 副社 長 の湯 浅 を 罷免 してい る。 父 の死 去 後 、 父 を見 返 した い とい う思 い で頑 張 っ て きた こ とに気 づ き 、親 子 の絆 を知 った とい う。 同 じ く、梁 瀬 次 郎(ヤ ナ セ社 長 、23巻)も 、創 業 者 の 父 に対 す る子 供 の 頃 か らの反 発 と抵抗 につ い て記 してい る。 梁瀬 の メ ン ター は 、人 柄 に惚 れ 込 ん で顧 問 に 迎 え た 井 上 治 一(元 東 洋 レー ヨン常 務)で あ った 。 梁 瀬 に とっ て 、 井 上 は人 生 の 師 で あ り、井 上 が 亡 くな るま で の19年 間 、 真 の相 談 相 手 で あ っ た とい う。 だ が 、 梁 瀬 は 、反 発 した 父 か ら、 亡 くな る直 前 に 、 生 まれ て は じ め て礼 を述 べ られ 、 「父 とは ず い ぶ ん 対 立 して きた 。 ば か者 呼 ば わ り され 、 悔 しさで泣 きた い こ と もあ っ た。 父 を反 面 教 師 と して 経 営 の道 を歩 ん で きた 。 しか し、や は りあ りが た い 父親 だ っ た 」 と書 い て い る。 どち らに して も先 代 で あ る 父 の 存 在 は大 き な も の で 、 そ の キ ャ リア に 大 き な影 響 を与 えて い る。 日本の経営者のキャリアとメンター103
5)「 創 業 型 」 の キ ャ リア と メ ン タ ー の 傾 向 自 ら会 社 を 興 した 創 業 型 の 経 営 者 は 、54名 存 在 し た 。 これ ら の 経 営 者 は 、 父 親 が 農 業 や 自営 業 に 従 事 して い た 者 が 多 い 。 父 が 事 業 や 相 場 に 失 敗 して 、 そ の 借 金 を 背 負 うこ と に な っ た り、 貧 しい 環 境 か ら 、 明 治 、 大 正 時 代 に は 丁 稚 奉 公 に 出 た 者 も 多 か っ た 。 創 業 者 型54名 の 内 、 最 も 多 か っ た の は 、 高 等 小 学 校 お よ び 中 学 卒 が10名 、 続 い て 、 小 学 校 卒 業(3名)お よ び 小 学 校 中 退 (2名)が5名 、 東 大(東 京 帝 大)卒 が4名 と な っ て い た 。4つ の タ イ プ の 中 で 最 も 学 歴 に ば らつ き が 多 か っ た 。 家 庭 の 事 情 で 進 学 で き な か っ た 者 も 多 い が 、 逆 境 を ば ね に して 、 強 い 上 昇 志 向 で キ ャ リア を 積 ん で い る傾 向 が あ る。 起 業 した 年 齢 は 、 概 ね20代 か ら30代 の 問 だ っ た 。 メ ン タ ー に つ い て み て み る と 、 メ ン タ ー 的 な 存 在 が 全 くみ られ な い 経 営 者 は 、 数 名 存 在 した 。 一 方 、 メ ン タ ー が 存 在 す る創 業 者 型 に は 、 他 の タ イ プ に は み られ な い 特 徴 が あ っ た 。 創 業 型 で あ る が ゆ え 、 権 力 や パ ワ ー を持 っ た メ ン タ ー か ら仕 事 を 与 え られ 、 育 て られ る とい う よ り、 社 内 に 存 在 す る の は 、 対 等 な 関 係 の 良 き パ ー トナ ー で あ っ た 。 た と え ば 、 平 塚 常 次 郎(日 魯 漁 業 社 長 、3巻)に と っ て の 堤 清 六(と も に 創 業)、 本 田 宗 一 郎(本 田 技 研 工 業 社 長 、6巻)に とっ て の 藤 田 武 夫(販 売 担 当 、 専 務)、 井 深 大(ソ ニ ー 社 長 、 6巻)に と っ て の 盛 田 昭 夫(と も に 創 業)が あ げ られ る 。 パ ー トナ ー 以 外 の メ ン タ ー は 、 創 業 時 な ど に 信 用 し 、 出 資 し て くれ た ス ポ ン サ ー 的 な 存 在 、 メ ン タ ー の 信 用 で 取 引 が で き る な ど後 ろ 盾 と して の 存 在 、 取 引 先 な ど の 紹 介 、 相 談 相 手 の 機 能 を 果 た し て い た 。 ま た 、創 業 前 に メ ン タ ー の も とで 修 業 し、 指 導 を 受 け 、 キ ャ リア を 積 ん で い る ケ ー ス も 多 くみ られ た 。 た と え ば 、 樫 尾 忠 雄(カ シ オ 計 算 機 相 談 役 、28巻) は 、14歳 の と き に 旋 盤 工 と して 就 職 し た 榎 本 製 作 所 の 榎 本 博 史 か ら仕 事 を し な が ら専 門 学 校(早 稲 田 工 手 学 校)に 通 わ せ て も ら う。 戦 中 、 召 集 が き た 榎 本 か ら 「も っ と大 き な 会 社 で こ れ ま で の 腕 を 生 か せ 」 と の 言 葉 と愛 用 して い 104国 際経 営論集No.302005
た1本 の ノギ ス を渡 され る。榎 本 は戦 死 し、 工場 は 閉鎖 とな るが 、樫 尾 に とっ て 、榎 本 は キ ャ リア初 期 段 階 の メ ン タ ー で あ っ た とい え る。 さ らに 、創 業型 の経 営 者 に とっ て、 企 業観 ・経 営 観 に 影 響 を受 け た偉 大 な 人 生 の 師 が 存 在 してい る こ とも あ る。 石 井 久(立 花 証 券 会 長 、30巻)は 、 エ コ ノ ミス トの 高橋 亀 吉 を最 高 の 師 で あ り、 高 橋 に め ぐ り合 わ な けれ ば、 自分 の証 券 界 で の実 績 は今 日の3分 の1か10分 の1で しか な か った と述 べ て い る。 また 、 黒 沢 酉 蔵(雪 印 乳 業 相 談役 、17巻)は 、 人 生 の 上 で 偉 大 な 二 人 の 師 に 出会 い 、 「健 十 健 民 」(健 や か な 土 地 の 上 に健 や か な民 が 育 つ)の 教 え を代 議 士 の 田 中正 造 よ り、 酪 農 哲 学 を宇 都 宮 仙 太 郎 よ り学 ん だ と述 べ て い る。 しか しな が ら、創 業 型 に とっ て も、 メ ン ター は常 に プ ラス に働 い た 訳 で は な い 。 樫 山純 三(樫 山会 長 、16巻)は 、経 営 者 の 島 田幸 蔵 と共 同事 業 を始 め る が 、 島 田が 金 に だ ら しな く、3年 後 に 決 別 し、 独 立 して い る。 吉 田 忠雄 (吉 田工 業 社 長 、17巻)は 、20歳 で 上 京 し、働 い た 古 谷 商 店 の 主 人 古 谷 順 平 か ら大 事 な仕 事 も任 され る よ うに な っ た が 、 そ の 後 儲 け を返 して くれ な い 事 態 に な る。 古 谷 商 店 は 閉 鎖 し、 古 谷 と決 別 す る こ とに な るが 、 吉 田 は 、 「お 金 の こ とで は 必 ず しも恵 ま れ な か っ た が 、 古 谷 か らは実 に 多 くの こ とを 学 ん だ 。 この感 謝 の気 持 ち は生 涯 変 わ る こ とは な い の で あ る 」 と述 べ て い る。 こ の よ うに メ ン ター の 逆機 能 と して金 銭 的 な トラブ ル が み られ た 。 ま とめ る と、創 業 型 は、 自己 で起 業 して い るた め に 、社 内 に は 良 きパ ー ト ナ ー が存 在 す る こ とが 多 く、社 外 には 、起 業 前 に実 際 に 指 導 し、 育 て て くれ た メ ン ター 、 起 業 時 や 起 業 後 に は 、 ス ポ ン サ ー 、 仕 事 の 紹 介 、 相 談 な どの機 能 を果 た す メ ン ター が 存 在 して い た 。 4.結 論:経 営 者 の キ ャ リ ア と メ ン タ,..r.` 「私 の 履 歴 書 」 に 登 場 す る 経 営 者 に は 、 高 い 比 率 で メ ン タ ー が 存 在 し て い た 。 生 え 抜 き 型 と後 継 者 型 は 、 メ ン タ ー が 社 内 に 存 在 す る ケ ー ス が 多 く 、 メ ン タ ー と数 十 年 に 渡 り強 い 関 係 を構 築 し 、 良 く も 悪 く も 運 命 を と も に し て い 日本 の経 営者 のキャリアとメンター105
る傾 向 が あ っ た 。 強 い メ ン タ ー が 存 在 す る 場 合 、 運 命 共 同 体 と も い え る ほ ど、 そ の 関係 は 密 接 で 、 メ ン タ ー は プ ロ テ ジ ェ ー を 自分 の 右 腕 、 ま た 企 業 の 後 を 託 す 後 継 者 と して 育 て て い た 。 生 え抜 き型 の 場 合 、 メ ン タ ー が ま っ た く存 在 し な い ケ ー ス も若 干 あ っ た が 、 反 対 に メ ン タ ー が 存 在 す る 場 合 、 そ の メ ン タ ー は ほ と ん ど が 社 内 に 存 在 し、 そ の 影 響 が 非 常 に 大 き い こ と が 多 い と い うこ と が み られ た 。 メ ン タ,_._の"引 き"で 入 社 す る な ど、 入 社 か らメ ン タ ー の影 響 が み られ る ケ ー ス が 多 か っ た 。 初 期 キ ャ リア の 段 階 で メ ン タ ー と 出 会 っ て い て 、 そ の 関 係 は 、 後 継 者 と して バ トン タ ッ チ す る ま で 、 ま た は メ ン タ ー が 亡 く な る ま で の 数 十 年 に わ た る 。 ま た 、 メ ン タ ー の 影 響 が 、 社 内 で の 昇 格 ・降 格 を 大 き く左 右 して い る。 強 い 影 響 の メ ン タ ー が 存 在 す る 場 合 、 メ ン タ ー は 、 生 え抜 き 型 の 経 営 者 を 実 際 に 指 導 し、 自分 の 片 腕 と して 仕 事 を 任 せ 、 後 継 者 と して 育 て て い る 。 ま た 、 経 営 哲 学 や 経 営 者 と して の 判 断 力 に 大 き な 影 響 を 与 え て い る。 転 職 型 は 、 そ の ほ と ん ど が 大 き な パ ワ ー と権 力 を 持 っ た メ ン タ ー が 存 在 し、 メ ン タ ー に 追 随 した り、 引 き 抜 か れ た り して の 転 職 が 多 い 。 メ ン タ ー と と も に 失 脚 して 退 職 す る とい う転 職 も あ る。 ま た 、 メ ン タ ー か ら 専 門 経 営 者 と し て 見 込 ま れ 、 再 建 の 依 頼 を 受 け て 経 営 者 とな る ケ ー ス も 多 い 。 厳 しい 経 営 状 態 の 企 業 の 再 建 を 任 され る こ とが ほ と ん ど で 、 必 ず し も 喜 ん で 引 き 受 け る 場 合 ば か りで は な い が 、 プ ロ テ ジ ェ ー は 困 難 な 再 建 を や り遂 げ 、 そ れ が 別 の 企 業 の 再 建 を任 され る こ と に つ な が っ て い る。 さ ら に 、 転 職 に つ い て 、 メ ン タ ー の"引 き"で メ ン タ ー の 会 社 に 引 っ 張 られ た り、 メ ン タ ー に相 談 し、 メ ン タ ー の 薦 め で 転 職 した り して い る ケ ー ス も あ っ た 。 後 継 者 型 は 、 先 代 の 経 営 者 が メ ン タ ー と な っ て い る こ と が 多 い 。1人 の 強 い メ ン タ ー と して の 父 親 や 義 父 の 事 業 観 か ら 強 い 影 響 を 受 け て い る 。 初 期 キ ャ リア の 段 階 か ら 、 先 代 で あ る メ ン タ ー か ら 、 後 継 者 と して み な され 、 育 て ら れ て い る 。 社 内 の 上 司 、 社 外 の 別 の 企 業 の 経 営 者 を メ ン タ ー と して 持 っ て い る こ と も 多 く、 そ の 場 合 は メ ン タ ー が 相 談 相 手 と な っ て い る 。 106国 際経 営論集No,302005
創 業 型 は 、 特 定 の メ ン タ ー の 強 い 影 響 を 受 け る と い う よ り も 、 逆 境 を 跳 ね 除 け て 、 自 ら の 強 力 な 意 欲 で 事 業 を 立 ち 上 げ る とい うキ ャ リ ア を 選 択 す る こ との 方 が 多 い 。 そ の よ うな 意 味 で は メ ン タ ー の 影 響 が も っ と も少 な い 。 資 金 調 達 の 必 要 性 か らメ ン タ ー は 仕 事 や 金 銭 を 提 供 す る ス ポ ン サ ー で あ る。 強 い 信 念 を持 っ て 起 業 して い る 経 営 者 が 多 く、 メ ン タ ー は 、 そ の 信 念 を 持 つ き っ か け を 与 え た り、 信 念 に 基 づ い た 起 業 に 対 し て チ ャ ン ス を 与 え て 手 助 け し た りす る ケ ー ス が 多 い 。 ま た 、 創 業 型 の 経 営 者 は 、 メ ン タ ー とい う よ り、 良 き パ ー トナ ー を 得 て い る。 特 に 創 業 時 は 、 強 い パ ー トナ ー を 得 て 、 と も に創 業 して い る か 、 ス ポ ン サ ー に 融 資 を 受 け て 創 業 し て い る ケ ー ス が 多 か っ た 。 4つ の どの タ イ プ の 経 営 者 も 、 人 との 関 わ りの 中 で キ ャ リア を 積 み 、 強 い 影 響 の メ ン タ ー が 存 在 す る こ と が 多 い 。 時 に は メ ン タ ー の 存 在 が マ イ ナ ス に 作 用 す る こ と も あ る が 、 そ れ 以 上 に や は り キ ャ リア 上 で も 、 企 業 の 成 長 の う え で も 、 良 き メ ン タ ー を 得 る こ と が 成 功 の 鍵 と な っ て い る。 紙 面 の 関 係 上 、 本 稿 で は 、4つ の 経 営 者 の 類 型 別 に メ ン タ ー の 傾 向 を 分 析 す る に と どま っ た 。 本 来 は 、 イ ン タ ビ ュ ー 調 査 、 周 辺 調 査 に よ る 詳 細 な 分 析 を 行 な うべ き で あ る が 、 経 営 者 の 世 代 が 多 岐 に わ た り、 物 故 者 が ほ とん ど で あ り、 今 回 は 『私 の 履 歴 書 経 済 人 』 の み を 資 料 と し て 取 り上 げ た 。 今 後 は 、 可 能 な 限 り個 別 の ケ ー ス を 掘 り込 ん で 調 査 し 、 メ ン タ ー の 役 割 と影 響 を 検 証 す る こ とが 課 題 で あ る 。 ま た 、 経 営 者 の キ ャ リア ス テ ー ジ に よ り、 メ ン タ ー と な っ て い る 人 物 や そ の 役 割 に ど の よ う な 変 化 が あ る の か を 分 析 す る こ と も 必 要 と 思 わ れ る 。 Clutterbuck&Megginson(1999)は 、 経 営 者 の 伝 統 的 な メ ン タ ー 研 究 は 、 経 営 者 の キ ャ リア を振 り返 り、 組 織 の よ り上 位 層 へ 引 き 上 げ る よ う支 援 し た メ ン タ ー に 触 れ る こ と が 多 く 、 経 営 者 が 今 持 っ て い る メ ン タ ー に 触 れ る こ と は ご く わ ず か だ と述 べ て い る26。経 営 者 に な っ て か らの メ ン タ ー の 存 在 は 、 ひ と つ の 大 き な 研 究 課 題 で あ り、 キ ャ リア ス テ ー ジ 毎 に メ ン タ ー の 役 割 と影 響 が ど の よ うに 変 化 す る の か 、 今 後 よ り詳 細 に 検 証 して い き た い 。 日本 の経 営者 のキャリアとメンター107
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11Burke
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