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弁護士費用保険を巡る諸問題

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弁護士費用保険を巡る諸問題

弁護士費用特約を中心に

大 井

■アブストラクト 2000年に販売開始された弁護士費用保険の普及に伴い,その問題点も顕在 化してきた。少額事件の増加に関し,対象となる請求権の額に最低額を設け ることは保険の対象とする紛争の種類によっては可能と解されるが,自動車 保険に関しては示談代行との関係で困難である。濫訴の弊害に関しては,弁 護士費用保険の普及との因果関係が明らかでないとの指摘があり,濫訴か否 かを保険者が判断する約款の導入も慎重を要する。保険金算定をめぐる紛争 の予防には約款に保険金算定基準を織り込むことが有効であるが,約款規定 がない場合でも保険者は適正妥当な保険金を算定できると解すべきである。 弁護士費用保険に特化した紛争解決機関の設置には,保険業法との関係を考 慮する必要がある。弁護士等の事件処理や顧客対応に関する苦情は,弁護士 会等が適切な対応をしなければ保険会社が弁護士のパネル化を進める契機と なりうる。弁護士費用保険と責任保険の引受保険会社が同一の場合等の利益 相反には,指揮命令系統の区別や情報の遮断が必要となると解される。 ■キーワード 弁護士費用保険,権利保護保険,紛争解決機関 *平成28年10月29日の日本保険学会大会(立命館大学)報告による。 / 平成29年⚑月⚕日原稿受領。

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⚑ はじめに 被保険者が有する法的権利を実現ないし防護するために要した費用を保険 給付の対象とする損害保険を,広義の意味で⽛権利保護保険(弁護士保険)⽜ といい,欧州では,原告たると被告たるを問わず,法的防護の対象とされる 権利も様々であるとされる1)。⽛訴訟費用保険⽜⽛弁護士費用保険⽜など様々 な名称でよばれている2) わが国の弁護士費用保険は,約款所定の被害事故によって被害者である被 保険者が被った損害を加害者に対して賠償請求する場合に被保険者が弁護士 等に法律相談又は訴訟提起をする際に生じる経済的損失を保険給付によって てん補する内容の損害保険契約として普及してきた3)。欧州に比較すると補 償範囲は狭く,主として自動車保険,傷害保険,火災保険に特約として付帯 され,交通事故や日常生活事故の損害賠償請求のための法律相談費用や弁護 士費用等に限られていた(以下⽛弁護士費用特約⽜という)。この種の特約 は,2000年10月に損害保険会社⚒社によって販売が開始され,その後他損保 や共済組合に拡大して2014年度には販売件数が2185万3930件に達している4) 2013年になると,わが国でも少額短期保険会社から被害事故に限らず近隣紛 争,離婚,遺産相続などの一般民事事件に関する法律相談費用や弁護士費用 等を対象とする単独の保険商品が発売された。2015年には大手損害保険会社 から団体保険の特約として借地借家,遺産分割調停,離婚調停,人格権侵害, 1) 堤淳一⽛権利保護保険(弁護士保険)⽜新裁判実務体系19保険関係訴訟法205 頁(青林書院,2005)。藤井一道⽛訴訟費用と保険⽜新損害保険双書⚓新種保 険317頁(文眞堂,1985)。 2) 堤淳一⽛訴訟費用保険 アメリカにおける経験から ⽜司法改革の展望(東 京弁護士会創立百周年記念論文集)500頁(有斐閣,1982)。⽛権利保護保険⽜ は,日本弁護士連合会が商標登録している(登録4515653)。本稿では,⽛弁護 士費用保険⽜を用いた。 3) 山下典孝⽛わが国における弁護士費用保険に関する一考察⽜大谷孝一博士古 稀記念⽝保険学保険法学の課題と展望⽞485頁(成文堂,2011)。 4) 日本弁護士連合会編著⽛弁護士白書 2015年版⽜245頁。

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労働(オプション)など一般民事事件を対象とした商品が発売され,対象分 野が拡大している。 弁護士費用保険が普及するに伴い,その問題点も顕在化してきた。そこで, 既にわが国に広く普及した自動車保険の弁護士費用特約を中心に弁護士費用 保険を巡る諸問題を検討する。 ⚒ 少額事件と濫訴 ⑴ 少額な交通事件の増加 2005年に4,582件であった簡易裁判所の交通事故訴訟は,2015年に19,473 件に増加し,平均審理期間は4.1か月から5.6か月に,控訴率は2003年の18.6 %から2013年に24.2%に上昇した5)。簡裁の交通事故訴訟の増加の社会的要 因には,自動車保険に付帯する弁護士費用特約の普及の影響が指摘されてい る6) 保険の意義を国民の裁判を受ける権利を費用面から実質化するものと位置 付ける論者らは7),少額物損訴訟の増加について事故の被害者が泣き寝入り することがなくなったと積極的に評価する8)。他方,弁護士費用保険の意義 は認めつつも,保険によって弁護士費用が支払われるために,被保険者が理 由のない恣意的な訴訟を提起し,無用な訴訟の長期化を招くといったモラ ル・ハザード問題を生じやすいと指摘する見解もある9)。保険者・保険契約 者・弁護士の三者が保険契約に関与するため,モラル・ハザード問題は一層 5) 司法研修所編⽛簡易裁判所における交通損害賠償請求事件の審理・判決に関 する研究⽜⚒頁,⚔頁(法曹会,2016)。控訴率は最高裁事務総局のデータに 基づく。 6) 最高裁事務総局編⽛裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(第⚕回)⽜社 会的要因編41~43頁,47~48頁。 7) 佐瀬正俊⽛権利保護保険の意義と日弁連の歩み⽜権利保護保険期待と課題 (以下⽛期待と課題⽜と表記)⚒頁(保険毎日新聞社,2015)。 8) 小原健⽛これからの権利保護保険⽜期待と課題40頁。 9) 内藤和美⽛わが国における権利保護保険の機能と課題⽜保険学雑誌634号108 頁(2016)。

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複雑化すると指摘している。 道徳的危険であるモラル・ハザード(moral hazard)には,人が制度を不 正に利用する狭義のモラル・ハザードと,人の注意力が弛緩する危険である モラール・ハザード(morale hazard,心理的危険)とが含まれ,保険は両 方のモラル・ハザードが不可避的に発生する典型的な制度であるとされる10) 中でも弁護士費用保険は⽛道徳的危険または個人的リスクの問題が,他の種 類の保険におけるよりも,もっと深刻に心配される⽜と指摘されている11) 弁護士費用保険においては,モラル・ハザードを阻止する方法として保険 の対象となる法律問題に最低額を付すドイツの例が以前から紹介されてい る12)。わが国でも一般民事事件を対象とする少額短期保険の保険商品が被保 険者の請求額または相手から請求される額が⚕万円未満の紛争を支払対象外 としている。 これに対し,自動車保険に付帯する弁護士費用特約は損害賠償請求の額に 最低額が設けられていない。交通事故や日常生活事故は,原因事故が明確で あることに加えて13),実務的には,対物賠償責任保険の保険者は約款上示談 10) 山下友信⽛保険法⽜65頁(有斐閣,2005)。 11) ウェルナー・プェニクストルフ・西嶋梅治訳⽛訴訟費用保険⽜法政大学現代 法研究所叢書⚑・法律扶助・訴訟費用保険139頁(1979)は,⽛訴訟費用保険者 が解決すべき問題のうち最も困難なものは,法的紛争の発生と解決に強い個人 的ファクターがあることである。法律的助力および費用を必要とする事件の中 で,最も厳格な意味において偶然的なものといえるのは,ほんの少数の事件に 過ぎない。・・・このほかの多くの事件においては,刑事訴追や民事上の請求 に対して被告(人)が防御するかどうかは,大いに個人的な決意に左右される のであり,また,自己の権利を実現するために第三者を被告にして訴えを提起 するかどうかも,個人的な決断によるところが大きい。各人がその権利や利益 の評価において,また,法律的行動(訴の制度)を利用することについての各 人の態度においても,千差万別であるだけでなく,かれらの態度決定が,とり わけ,訴訟費用が保険によりカバーされるかどうかという事実によって影響さ れやすい⽜としている。 12) ウェルナー・西島・前掲注11)142頁。 13) 應本昌樹⽛権利保護保険における保険事故に関する一考察 法違反の主張を

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代行ができるが,請求行為の代行は弁護士法72条に反し行えないという事情 がある。すなわち物損事故では被害者が過失割合等に固執して示談交渉が進 まないケースが多いが,弁護士費用特約によって被保険者の請求行為が可能 となり,紛争解決に役立つ実務上の利点があり交通事故では少額事件を弁護 士費用保険の対象外とすることは難しい。交通少額事件の増加による裁判制 度への影響や保険収支の悪化への懸念も重要な問題ではあるが,弁護士費用 保険の対象外とするのではなく,審理方法の工夫や報酬の適正・妥当性の査 定など,様々な観点からの対応が必要と思われる14) 審理期間の長期化や控訴率の上昇の要因について,保険のモラル・ハザー ドに結びつける論調があるが15),多くの場合はそうとは思われない16)。物損 事件は,実況見分などの証拠が少なく立証に手間がかかり,慰謝料等による 調整ができないため互譲が困難である。弁護士が依頼人の権利保護に誠実で あるために証人尋問の申請や控訴を行うこともある。経済的利益に報酬率を 乗じて弁護士報酬を算定する着手金・報酬金方式では,敗訴すれば成功報酬 が発生しないので,裁判を長期化させるインセンティヴは生じない。時間制 (タイムチャージ)方式を採用した場合はその懸念は否定できないが,保険 約款にキャップを設ける等も有効とされている。日本弁護士連合会(以下 ⽛日弁連⽜という)のリーガル・アクセス・センター(以下⽛日弁連 LAC⽜ という)では,時間制による報酬に上限の目安を設けて対応している17) 支える三本柱のレシピについて ⽜大谷孝一博士古稀記念・保険学保険法学の 課題と展望509頁(2011)。 14) 司法研修所編・前掲注5)は簡裁交通事件の迅速な審理と判決モデルを公表し た。 15) 読売新聞2014年10月25日朝刊社会面は⽛弁護士,報酬目当て⽜と報じている。 16) 森勇⽛訴訟法の視点から⽜期待と課題24頁。 17) 日弁連 LAC の⽛時間制報酬に関する留意事項⽜(2014年⚓月12日承認)では, ⚑時間あたりの保険金を⚒万円(消費税別),通常の事件の時間制報酬の合計 を⚑事件あたり60万円(消費税別)とし,それを超える場合は協定保険会社と の協議が必要としている。

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⑵ 濫 訴 諸外国では,弁護士費用保険が濫訴を招かないよう⽛勝訴の見込み⽜を約 款上保険給付の要件とするものがあり18),その理由は,濫訴防止と弁護士費 用の敗訴者負担制度の採用にあると指摘されている19)。これに対し,わが国 の自動車保険の弁護士費用特約の約款上は,⽛社会通念上不当な損害賠償請 求⽜を免責事由として定めており,⽛勝訴の見込み⽜よりも範囲は狭い。⽛社 会通念上不当な損害賠償請求⽜に該当するものとしては,受傷疑義,偽装事 故による詐欺,法律上の権利を構成しない感情的・報復的な請求などが想定 されるであろう20) ところで,わが国の弁護士費用保険において,保険てん補の対象となる法 律相談費用や弁護士報酬等は,約款上保険者の⽛同意を得て支出した⽜こと が要件とされている。保険者がこの同意条項を介して⽛勝訴の見込み⽜がな い費用の保険金請求を拒絶できるであろうか。 この点,賠償責任保険においても,争訟費用すなわち保険者の同意(また は承認)を得て支出した訴訟費用,弁護士報酬,仲裁,和解または調停に要 した費用,その他権利の保全または行使に必要な費用がてん補されるが,保 険者は,自身の利益につながる限りにおいて同意するものとされ21),不必要 な控訴などは同意しないことができる。弁護士賠償責任保険の争訟費用に関 する大阪地判平成⚕年⚘月30日判時1493号137頁も,約款が保険者のてん補 すべき争訟費用を⽛承認を得て支出⽜した争訟費用に限っているのは,⽛被 18) 日弁連・第19回弁護士業務改革シンポジウム第⚗分科会資料 7 6 アッパー・ カナダ弁護士会訪問調査によると,DAS Canada 社の弁護士費用保険では,保 険給付条件として⽛請求に成功する合理的見込みがあること⽜が要求され, 50%を超える勝訴の見込みが必要とされると報告されている。 19) 山下典孝⽛費用保険(権利保護保険)⽜実務交通事故訴訟大系第⚒巻第⚗節 (ぎょうせい,2017年刊行予定)。 20) 法テラスでは,代理援助の要件に⽛勝訴の見込みがないとはいえないこと⽜ ⽛民事法律扶助の趣旨に適すること⽜を規定している。 21) 鴻常夫編⽛註釈自動車保険約款(上)⽜174頁〔庄司裕幸〕(有斐閣,1995)。

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保険者が不要な費用を支出して応訴し,それを保険者に転嫁するのを防止⽜ することのほか⽛適切な防御活動による保険者の負担の軽減等保険者の利益 を図ること⽜が含まれるとしている。ファースト・パーティーの人身傷害補 償保険において⽛権利の保全または行使に必要な費用⽜をてん補する約款条 項も保険者の請求権代位を前提としており,およそ代位が想定されない場合 には適用範囲外とされ,被保険者の加害者に対する損害賠償請求の訴訟費用 等はてん補対象とならない22)。つまりこれらの保険種目の同意要件は,保険 者自身の利益のためにある。 これに対し,弁護士費用保険で保険者の同意が要件とされる趣旨には,保 険者の負担軽減など保険者自身の利益の確保は想定しがたい。対象となる法 律問題について権利を処分できるのは被保険者自身であり,保険者が⽛同 意⽜を介して勝訴見込みを判断することは被保険者の権利行使を保険者の意 思に係らしめることになり保険の目的に適合しない。不当請求について免責 条項が設けられていることとの対比からしても,⽛勝訴の見込み⽜のない費 用の保険てん補を拒絶するには,約款に明記することが必要と考える。 もっとも,実態として弁護士費用保険が濫訴を招くことの相関関係は明ら かではないと指摘されており23),また,弁護士費用の敗訴者負担制度はわが 国では採用されていない24)。したがって,わが国において⽛勝訴の見込み⽜ を要件とすることは慎重を要する。 22) 福岡地判平成20年⚔月25日(判例集未登載),佐野誠⽛判批⽜福岡大学法学 論叢54巻⚑号165~166頁(2009)。 23) 應本昌樹⽛権利保護保険に関する諸外国の状況⽜期待と課題17頁によれば, 一時期ドイツ司法界において,権利保護保険により乱用的な訴訟行動が助長さ れているのではないかとの懸念が持ち上がったが,90年代にドイツ司法省によ る大規模な調査が行われた結果,実際には権利保護保険を利用する場合とそう でない場合とで紛争行動に有意な差はなく,そうした懸念は払拭されるに至っ たと紹介されている。 24) 訴訟に敗訴した当事者が相手方の弁護士費用を訴訟費用として負担する制度。

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⚓ 質の確保と弁護士のパネル化 ⑴ 弁護士選任の方法 弁護士費用保険は,形式上は弁護士等の費用をてん補する費用保険の一種 であるが,実態としては弁護士紹介サービスと結びついた保険商品である。 わが国の保険会社や共済組合の多くは,日弁連との間に協定を締結し(以下 ⽛協定会社⽜という),日弁連 LAC に弁護士紹介を委ねている。日弁連 LAC から連絡を受けた各単位弁護士会の LAC が登録名簿から弁護士を紹介して いる。日弁連 LAC は,⽛弁護士保険における弁護士費用の保険金支払基準⽜ を定め(以下⽛LAC 基準⽜という),協定会社は,協定書において同基準を 尊重することとされている。他方,日弁連とは協定を結ばない保険会社も存 在し(以下⽛非協定会社⽜という),被保険者自身が弁護士を探して選任で きることを前提に,被保険者の求めがあれば自社の登録弁護士を紹介する会 社もある。 日弁連 LAC や保険会社の紹介を受けず,被保険者が広告などを見て独自 に弁護士等を選任して費用保険金を請求することがあり,日弁連 LAC では これを⽛選任済み案件⽜と呼んでいる。日弁連 LAC は,協定会社の被保険 者による選任済み案件については,原則として日弁連 LAC の紹介制度に則 った運用を求めている。しかし,選任済み案件の弁護士や行政書士が日弁連 LAC のシステムを用いず,独自の報酬基準に基づき高額な報酬請求をし, 保険会社との間に紛争が生じている。また,弁護士等の対応や事件処理に関 して,被保険者から保険会社に苦情が寄せられることがあり,弁護士費用保 険の課題として指摘されてきた。 ⑵ パネル制度 保険会社によって組織されるパネルは,そこに属する弁護士の質が均等な ので顧客から不満が出ることは少ないこと,保険会社が報酬額を抑制するこ とができることなどから,諸外国で採用されている例がある。例えば,イギ

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リスでは,対費用効果,質の確保,能率性の観点から顧客をいかにパネルソ リシタに誘導するかが経営の手腕になっていると報告されている25) しかし,反面,パネル制度には保険契約者の弁護士選任の自由や保険会社 からの弁護士の職務の独立が損なわれる危険が指摘されている26)。不公正な 報酬のダンピングも懸念される。欧州では,保険事業および再保険事業の開 始および遂行に関する2009年11月25日付欧州議会および理事会指令2009/ 138/EC(ソルベンシーⅡ)第201条に被保険者の弁護士選任の自由が規定さ れている27)。欧州司法裁判所において弁護士費用保険契約の条項が弁護士選 任の自由に抵触すると判示した裁判例が紹介されている28) わが国では,2016年10月⚑日現在16の保険会社や共済組合が日弁連 LAC と協定を結んでおり,非協定会社も被保険者を登録弁護士に誘導しているも のではないから,イギリスのようなパネル化に至っていない。しかし,日弁 連 LAC 以外の弁護士による高額請求や不誠実な事件処理が減らず,弁護士 の研修や専門化も進まないならば,保険会社が顧客保護のためにパネルを志 向する可能性は否定できない。一方,保険会社には,保険会社と顧客あるい は顧客同士の利益相反に配慮すべき場面があり,自社と利害のない弁護士紹 介の選択肢はあった方が利益相反のリスクを低減できる。また,弁護士費用 保険の対象範囲が拡大すると全国規模で専門弁護士を紹介する必要が生じる ため,個社ごとのパネル化には困難を伴う。この場合,日弁連のスケールメ リットが有用となる可能性もある。被保険者の立場からは,弁護士選任に関 し複数の選択肢があることが重要であり,被保険者利益を基本的視点に据え 25) 鈴木和憲⽛イギリスの訴訟費用保険⽜自由と正義64巻⚗号24頁(2013)。 26) 鈴木・前掲注25)24頁。 27) 財団法人損害保険事業総合研究所研究部⽝ソルベンシーⅡ枠組指令に関する 調査・研究(資料編)⽞(2011)182頁。ソルベンシーⅡ発効前には⽛訴訟費用 保険に係る法律,規則および行政法規の調整に関する1987年⚖月22日理事会指 令(87/344/EEC)⽜第⚔条が弁護士選択の自由を定めていた。 28) 應本昌樹⽛権利保護保険における弁護士選任に関する法的考察⽜2016年⚙月 16日日本保険学会関東部会報告。

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て検討すべき課題と解される。 ⚔ 費用保険金の算定と紛争解決機関 ⑴ 弁護士費用保険のてん補損害額の認定 わが国の弁護士費用保険は,費用保険の一種である。費用保険は消極保険 であるから保険価額による制約がなく,てん補損害額(保険法18条⚑項)は, 原則として被保険者の負担した費用の額によって算定される29)。もっとも同 条項は任意規定であり具体的算定方法を定めていないから,損害額の算定方 法は当事者自治による30)。費用保険のてん補損害額について契約上細部にわ たる合意がなされていない場合,保険が対象とする事象・取引等における慣 行なども考慮して保険契約における当事者の意思を推定する必要があると指 摘されている31) 保険契約と弁護士委任契約は別個の契約であるから,保険契約において保 険金算定基準を設けることは可能であり,保険金算定をめぐる紛争を防止す るには約款によって算定基準を明確化することが有効である32)。保険金の額 は保険金算定基準に従って算定され被保険者を拘束する。近時の約款の整備 により保険金算定をめぐる紛争は相当程度解消されると期待される。ただし, 保険給付と弁護士委任契約上の報酬額とは一致しないことになるので,保険 てん補されない弁護士報酬部分が生じることの説明を尽くす必要がある。 約款に算定基準の定めがない場合,保険てん補すべき適正・妥当な弁護士 報酬を算定するには,委任契約上の取引慣行を考慮して保険契約当事者の意 思を推定することとなる。しかし,日弁連の旧報酬規程が廃止され2004年⚔ 29) 潘阿憲・保険法概説111頁(中央経済社,2010)。 30) 潘・前掲注29)111頁,山下友信=永沢徹編・論点体系保険法⚑総則・損害保 険181頁〔中出哲〕(第一法規,2014)。 31) 中出・前掲注30)182頁。 32) 責任保険につき澤本百合⽛責任保険における防御費用のてん補⽜保険学雑誌 624号219頁(2014),弁護士費用等補償特約につき大井暁⽛弁護士費用等補償 特約の検討⽜保険学雑誌629号157頁(2015)。

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月⚑日から弁護士報酬が自由化されたことによって,弁護士が所属事務所の 独自の報酬基準に基づき弁護士報酬を算定し高額な保険金請求を行い,被保 険者の弁護士と保険会社との間に紛争が生じてきた。 約款に保険金算定基準の定めがない場合であっても,①弁護士委任契約と 保険契約は別個の契約であること,②弁護士費用保険では,道徳的危険が他 の種類の保険よりも懸念されることから,保険者は,弁護士委任契約におい て合意された弁護士報酬を無条件に同意する義務はなく,次に述べる⽛同 意⽜要件を通じて係争物の価格,事件の内容,事件の難易その他諸般の事情 を総合考慮して,適正妥当な費用を判断できると解する。 保険金算定と委任契約の対応関係は,以下のようになると考える33) ①保険契約 ②弁護士 委任契約 約款に保険金 算定基準あり 約款に保険金算定基準なし 報酬額の 合意あり 約款どおり保険金算定 報酬額の合意には無条件に拘 束されない。係争物の価格, 事件の内容,事件の難易等諸 般の事情を総合考慮して適正 妥当な保険金を算定(委任契 約上の報酬額と不一致) 報酬額の 合意なし 約款どおり保険金算定 係争物の価格,事件の内容, 事件の難易等諸般の事情を総 合考慮して適正妥当な保険金 を算定(委任契約上の報酬額 と概ね一致すると思われる。) 33) 弁護士委任契約は,報酬額の合意がない場合でも原則として有償契約とされ, 事件の難易,訴額及び労力の程度のみならず,当事者間の諸般の状況を審査し, 当事者の意思を推定して相当報酬額を定むべきとされる(大判大正⚗年⚖月15 日民録24輯17巻1126頁,最判昭和37年⚒月⚑日民集16巻⚒号157頁)。

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適正・妥当性の指標について,日弁連旧報酬規程は,報酬自由化した現在 でも多くの弁護士が事務所に採用しており,2014年に日弁連 LAC 取扱件数 が27,588件に及んでいることから,旧報酬基準や日弁連 LAC 基準は⽛諸般 の事情⽜として考慮できると解する34) (2) 保険者の同意と裁量権 わが国の弁護士費用保険では,多くの約款が⽛当社の同意を得て支出した 弁護士報酬等⽜を保険てん補の対象としている。弁護士賠償責任保険の争訟 費用に関する前記大阪地判平成⚕年⚘月30日は,⽛承認を得て支出した⽜と いう類似の約款文言の解釈に関するものである。判旨は,被保険者が適正妥 当な争訟費用を支出したと判定できるときは,保険者は,約款所定の承認が ないとの理由で争訟費用の支払を拒むことはできないが,保険者は,⽛被保 険者の支出した争訟費用を漫然と承認する義務を負っているわけではなく, 係争物の価格,事件の内容,事件の難易,防御に要する労力の多寡及び被保 険者が損害賠償請求訴訟を提起されるに至った経緯等諸般の事情を総合考慮 して,適正妥当な争訟費用の範囲を判定することができるという裁量権を有 する(もっとも,裁量権の濫用は許されない)⽜と判示した。 続けて,同判旨は,約款条項が保険者のてん補すべき争訟費用を保険者の ⽛承認を得て支出⽜した争訟費用に限っている理由を,⽛被保険者が不要な費 用を支出して応訴し,それを保険者に転嫁することを防止しようとする趣 旨⽜のほかに⽛適切な防御活動による保険者の負担の軽減等保険者の利益を 図ること⽜にもあるとした。そして⽛当該損害賠償請求の内容等に応じて, 適正妥当な範囲の争訟費用は保険者においててん補すべきである⽜ところ, 適正妥当な争訟費用を被保険者が支出した場合であっても,保険者の⽛承認 を得て支出⽜していない限り争訟費用はてん補されないとすることは,⽛保 険者が,被保険者に代って損害賠償請求の解決に当たる場合に比較して,被 34) 大井・前掲注32)166頁。

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保険者に極めて不利かつ不当な負担を強いる⽜と述べる。学説も判旨に賛成 している35)。ただし,費用の妥当性は客観的に判断されなければならないと 指摘するものが多い36) この判決は,①弁護士委任契約上の報酬合意が存在しても保険者は無条件 に承認する義務はないこと,②保険者は,報酬の適正妥当性について判断す る裁量権があること,③適正・妥当な範囲の報酬は,承認がなくても保険て ん補の義務があることを判示している。①の点は,委任契約上の報酬合意と てん補すべき費用保険金の算定は別であるという前提に立っていると考えら れる。最近の裁判例では,大阪地判平成28年⚒月25日がある37) 弁護士費用保険について考えた場合,責任保険の争訟費用と異なり,⽛適 切な防御活動による保険者の負担の軽減等保険者の利益を図ること⽜は想定 しがたく,被保険者が自ら解決にあたる場合と保険者が被保険者に代わって 解決にあたる場合との費用の比較をすることもできない。他方⽛被保険者が 不要な費用を支出して応訴し,それを保険者に転嫁することを防止しようと する趣旨⽜は,応訴を請求に読み替えれば弁護士費用保険にも妥当する。し かし,不要な費用の転嫁防止の要請は,あらゆる費用保険に共通なはずであ り,費用保険の中で責任保険の争訟費用や弁護士費用保険に事前承認(同 35) 甘利公人⽛判批⽜熊本法学82号92頁(1995),木下崇⽛判批⽜法学新報102巻 ⚑号207頁(1995)。落合誠一⽛判批⽜ジュリ1098号135頁(1996)は,判旨に 賛成するが,理論的には⽛承認についての裁量権である⽜とする。ほかに,本 判決について金光良美・損害保険判例百選(第⚒版)別ジュリ138号146頁 (1996),李芝妍・東洋法学53巻⚒号149頁(2009),山下典孝・保険法判例百選 別ジュリ202号102頁(2010)などがある。 36) 落合・前掲注35)134頁,木下・前掲注35)209頁。 37) 大阪地判平成28年⚒月25日自保1971号136頁は,14億4702万円の請求の全部 棄却判決を得た弁護士賠償責任保険の被保険者である原告らが争訟費用につき 各7400万円余ずつ⚑億4800万円余の弁護士報酬の支払いを保険会社に求めたの に対し,裁判所は防御活動が著しく困難であったとは認められないなどとして, 被告保険会社が承認した各500万円ずつ合計1000万円が適正・妥当な金額と判 示した。山下典孝⽛判批⽜法律のひろば2016年11月号45頁は,本判決の結論に 賛成する。

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意)が特に必要とされる理由は,自己の権利を実現し防護するための費用は モラ-ル・ハザードが特に強いことに求められると考える38)。客観的にみて 適正妥当な報酬についてはこの危険がないから保険者は支払を拒絶できない。 東京地判平成26年⚙月⚔日ウエストロー2014WLJPCA09048001の事案は, 交通事故の損害賠償示談交渉を受任した弁護士が加害者側保険会社と示談し, 委任契約書により算出した弁護士費用と実費105万円余を債権者代位権に基 づき弁護士費用特約の保険者に対して保険金請求した事案である。請求に係 る弁護士費用は,賠償金総額232万円余と後遺障害部分の賠償請求額290万円 を経済的利益として算定されていたが,232万円には弁護士受任前の既払金 108万余が含まれていた。被告保険会社が適用を求める報酬基準によれば着 手金報酬金合計29万余であった。判旨は,弁護士の算定方法は報酬基準一覧 表に形式的には明示されており,原告の定める報酬基準が高額に過ぎて公序 良俗に反し無効とまではいえないとしたが,保険者が同意したことを認める に足りる証拠はないとして,原告の請求を棄却した。控訴審の東京高判平成 27年⚒月⚕日ウエストロー2015WLJPCA02056003は,保険者の同意を得てい ないことを理由に,弁護士報酬の適正妥当性に立ち入らず保険金請求を棄却 した。これらの判決は,保険者が弁護士委任契約上の報酬合意に無条件に拘 束されない点で正当である。しかし同意の不存在を理由に全部棄却し,適正 妥当な範囲の一部認容をしなかった点は疑問が残る。なお,委任契約上の報 酬額としても適正妥当性を欠く事案のように思われる39) 38) ウェルナー・西嶋・前掲注11)139~140頁参照。 39) そのほかの裁判例として,大阪高判平成26年⚗月30日自保1929号159頁は, 保険者の同意のなく支出された行政書士報酬については,被保険者が行政書士 の業務として適法であり,かつ,本件事故による損害賠償を巡る紛争のために 必要で,報酬額が相当な範囲にあることを立証する必要があると判示し,業務 外の範囲の報酬につき請求を棄却している。また,長野地裁諏訪支部判平成27 年11月19日自保1965号163頁は,弁護士費用特約が保険金支払の対象を保険会 社の同意を得たものに限っていることが消費者契約法第10条により無効である か否かが争われた事例であるが,法律の任意規定の適用による場合に比して消 費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重することになるというべき理由を

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費用のてん補を請求するためには,現実に⽛支出⽜している必要があるか。 責任保険の争訟費用に関し,前記大阪地判平成⚕年⚘月30日,同平成28年⚒ 月25日は⽛支出⽜を要するとする。学説には,諸説ある40)。弁護士費用保険 に関して考えた場合,紛争に関する費用が道徳的危険の強い性質を有するこ とを考えると,文言どおり⽛支出⽜を要すると解すべきである。但し,常に 現実の支出を求めることは被保険者の権利保護に支障となるし,現実の運用 においても保険者は直接弁護士に保険金を支払っている実務上の取扱いもあ るので,保険者の側からの任意の給付を禁止するものではないとする見解が 妥当である41) ⑶ 報酬額等の紛争と紛争解決機関 保険業法に基づく指定紛争解決機関である一般社団法人日本損害保険協会 の⽛そんぽ ADR センター(損害保険相談・紛争解決サポートセンター)⽜は, 統計号で苦情処理手続(保険業法⚒条38項)と紛争解決手続(同条39項)に おける手続終了事由と手続の概要を公表している。 同センターが2011年度第⚑四半期から2016年度第⚒四半期までに手続終了 した紛争解決手続の事例のうち,弁護士費用特約にかかる事例は48件であっ た(ほかに苦情解決手続⚑件がある)。特約の付帯されている基本契約は, 自動車保険46件(うち日常生活事故⚕件),新種保険⚒件である。紛争解決 手続の終了事由は,和解成立14件(うち特別調停案によるもの⚔件),損害 保険業務等にかかる紛争解決等業務に関する業務規程(以下⽛業務規程⽜と いう)39条⚑項による不調(見込みなし)32件,同39条⚒項⚕号による取下 見出すことはできないし,消費者の利益を一方的に害することになるともいえ ないと判示している。 40) 甘利・前掲注35)93頁は,厳格に解するならば責任保険の効用を減殺するこ とになりかねないとする。落合・前掲注35)135頁も,被保険者が前払いの必要 性・合理性を明らかにすれば,現実に⽛支出⽜がなくても保険者からの支払い がなされるべきとする。 41) 争訟費用に関し,木下・前掲注35)208頁。

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げ⚑件,紛争の内実なしとして39条⚒項⚓号により終了とされたもの⚑件で あった。 紛争の内容では,無責に関する紛争12件,免責に関する紛争11件,説明を めぐる紛争が⚘件ある。弁護士や行政書士の報酬の適正妥当性を巡る紛争は 14件公表されている(うち和解成立⚕件)。費用額の適正妥当性を巡る紛争 は潜在的にはもっと多く存在すると考えられるが,被保険者側からの申立が ないと顕在化して来ない。紛争の実質的当事者が弁護士等で,被保険者には 当事者意識が乏しい紛争の特徴が影響していると考えられる。保険業法に基 づく苦情処理手続の申立は⽛顧客⽜(保険業法308条の⚗第⚔項⚗号,同条の 12)が行うものとされており,そんぽ ADR センターの業務規程でも⽛顧客⽜ (第22条)または⽛被害者⽜とされている(業務規程第26条)42)。紛争解決手 続は⽛当事者⽜が申立てできるが(保険業法308条の⚗第⚔項⚗号,同法308 条の13第⚑項),損害保険会社等が紛争解決手続の申立をなすには顧客の同 意が必要である(業務規程第29条⚒項⚔号。保険業法308条の⚗第⚔項⚘号 参照)。顧客と保険会社の交渉力の差が制度の前提に置かれている。実際に も,損害保険会社等が顧客の同意を得てそんぽ ADR センターに紛争解決申 立をした例は,皆無のようである。弁護士費用保険の保険者側から顧客を相 手に紛争解決申立を行うことは実際上難しい。 弁護士会には,弁護士の職務または弁護士法人の業務に関する紛議につい て紛議調停手続(弁護士法33条⚒項12号),市民窓口に対する苦情申立の手 続があり,保険者側からの申立(申出)もできるが,いずれも弁護士に対す る強制力を有しておらず,解決に成果を発揮していない。日弁連 LAC の弁 護士保険制度では,日弁連 LAC が事実上紛争解決の役割を果たしているが, 日弁連 LAC の報酬基準に従わない弁護士や行政書士には対応が及ばない。 このように高額請求案件に対しては,弁護士会の手続でも解決が難しい面が あり保険会社を悩ませている。 42) 被害者の申立を含む経緯につき,坂本仁一⽛日本損害保険協会における取組 み⽜金融 ADR の法理と実務261頁(きんざい,2012)。

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⑷ 新しい裁判外紛争解決機関について 日弁連 LAC 委員会では,権利保護保険(弁護士費用保険)の対象範囲拡 大を見据え,紛争処理を迅速に行う新たな紛争解決機関の必要性と役割につ いて検討している43)。2015年10月時点の報告では,紛争の具体的内容を ⛶ 保険の適用対象事故の範囲,⛷ 勝訴の見込みに係る保険関係上の紛争,⛸ 弁護士費用の適正・妥当性に分類し,いずれも基本的には統一的な裁定が相 応しいとしている。そして,裁定には,保険会社を拘束する片面的拘束力を 持たせることも検討されるべきとされている。同報告書では,弁護士費用保 険に特化した独自の紛争処理機関を立ち上げることと,そんぽ ADR センタ ーなど既存の指定紛争解決機関の中に弁護士費用保険に特化した ADR 部門 を設置することを提案している44) 新しい裁判外紛争解決機関の創設に反対するものではないが,保険業法と の関係は,検討されるべきである。指定紛争解決機関は,内閣総理大臣によ って紛争解決等業務の種別ごとに指定され(保険業法308条の⚒第⚔項),同 法に基づき監督される(同法308条の18ないし24)45)。保険業法に基づく業務 規程及び手続実施基本契約では,保険会社には手続応諾義務と和解案の尊重 義務,特別調停案の受諾義務があるが,特別調停案についても一定の要件の 下で保険業関係業者の裁判を受ける権利は認められている(業法308条の⚗ 第⚖項)。そんぽ ADR センターは,調停型 ADR とされており46),弁護士費 43) 日弁連第19回弁護士業務改革シンポジウム第⚗分科会基調報告書285頁〔及 川健二〕(2015)。 44) 現時点では,日弁連 LAC 委員会は,保険業法に基づく紛争解決手続とは別 の手続に制度設計を変更しつつあるとのことである。 45) 坂本・前掲注42)259頁,そんぽ ADR センターは,指定機関である日本損害 保険協会の専任機関である。外国損害保険協会は,別法人として一般社団法人 保険オンブズマンを設立し,同法人が指定機関となっている。なお,共済事業 に関しては,一般社団法人日本共済協会が ADR 促進法に基づく法務大臣の認 証を得て共済相談所による紛争解決支援業務を行っている。 46) 竹井直樹⽛金融 ADR の今後の展開に関する考察 損保 ADR を中心に,豪 州金融 ADR も参考にして ⽜保険学雑誌618号192頁。

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用保険についてのみ片面的拘束力を有する裁定制度を導入することの根拠と 必要性は明確ではない。また,保険業法や業務規程では,顧客同意のない限 り保険会社からの申立はできない。弁護士と弁護士費用の高額請求などは, 弁護士側に非がある紛争が多くみられるのに,紛争解決機関にかかるコスト を保険会社に負担させることにも抵抗感があるであろう。 高額請求をする弁護士等に対しては,交渉力の差もなく,保険会社側から の申立がある程度認められてもよいと考えられる。保険業法とは別に ADR 促進法を根拠として日本弁護士連合会が弁護士費用保険に特化した裁判外紛 争解決機関を設立することが検討されているようである47)。この場合でも, 保険業法上の監督を受けている保険会社が特定の保険商品に関する紛争に限 って顧客に対し無制約に申立てができるのかは検討する必要がある。被保険 者の手続参加や,弁護士・行政書士の当事者性,参加しなかった場合の調停 案の効果など手続を整理する必要があると解される。 ⚕ 利益相反 責任保険と弁護士費用保険の引受保険会社が同一である場合,相反状況は 深刻であると古くから指摘されていた48)。ドイツでは,弁護士費用保険にお ける利害衝突の可能性が1936年に最初に発見されたとき,ドイツ保険庁が弁 護士費用保険とその他の保険とを兼営することを禁止した49) 弁護士費用保険の利益相反防止について,前述のソルベンシーⅡ201条⚑ 47) 山下典孝⽛ベルギーにおける権利保護保険について⽜損害保険研究第75巻⚔ 号234頁(2014)によれば,ベルギーでは,弁護士と弁護士費用保険の保険事 業者間の紛争について,合同委員会(CMP)が解決することが報告されてい る。 48) ウェルナー・西嶋・前掲注11)146頁。 49) ウェルナー・西嶋・前掲注11)147頁。現在では,他の EU 加盟国との関係上, 専業主義は廃止されている(竹濵修監修⽛EU 保険関係指令の現状(解説編)⽜ 財団法人損害保険事業総合研究所研究部160頁(2006)。應本昌樹⽛ドイツの権 利保護保険に関する一考察⽜損害保険研究72巻⚑号162頁(2010))。

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項⒝は,利益相反が生じた場合は,被保険者が自己の利益を保護してもらう ために弁護士等を選択する自由を有することを保険契約の内容に規定するこ とを求めている。また,利益相反が生じた場合,または,紛争の解決につい て意見の一致が見られない場合には,訴訟費用保険者等は201条⚑項に規定 する権利を被保険者に通知するものとされる(ソルベンシーⅡ204条)50) 従来の87/344/EEC 指令第⚓条⚒項は,利益相反の禁止として,加盟国が a.訴訟費用保険の保険金請求の管理またはこの請求に関する法律的助言を 担当する職員が,他の保険種類の業務を同時に行わないこと,b.訴訟費用 保険に関する保険給付請求の管理を別の法人格である事業者に委託すること, c.被保険者に対して,被保険者が保険金請求権を得た時点から,自己の利 益を弁護する担当弁護士を自由に選択する権利を与えることのいずれかを選 択すべきことを定めていた51)。ソルベンシーⅡ200条では,保険金支払の管 理として整理されている52) わが国でも,①交通事故の被害者が弁護士費用特約を使って損害賠償請求 をし,加害者に同一保険会社の賠償責任保険が付されている場合,②対立当 事者の弁護士費用保険の引受保険会社が同一である場合に,保険会社と被保 険者の利益相反が生じる。諸外国のように弁護士費用保険が一般民事紛争の 権利の実現と防護に拡大し,原告と被告の別を問わない分野に拡大すると, わが国でもさらにこのような利益相反の場面が生じよう。 保険業法第100条の⚒の⚒,同施行規則53条の14第⚑項が顧客の利益の保 護のための体制整備を定め,保険会社向け総合的な監督指針Ⅱ ⚔ ⚖ ⚒ は,主な着眼点として,利益相反取引の特定・類型化,部門の分離(情報共 有先の制限),利益相反事実の顧客への開示,利益相反管理統括者の設置や 社内規定の整備等,利益相反管理方針の策定及びその概要の公表等を示して いる。しかし,保険業法100条の⚒の⚒は,金融商品取引等の一部を改正す 50) 前掲注27)182頁,183頁。 51) 竹濵・前掲注49)161頁。 52) 前掲注27)181頁。

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る法律により,証券会社・銀行・保険会社の間のファイアーウォール規制の 見直しとして導入されたものとされており53),支払査定部門における利益相 反を念頭に置いた規定とは考えにくい。 今後わが国において弁護士費用保険が普及すれば,利益相反への対応整備 が求められる可能性はあると考える。もっとも,わが国と諸外国とでは,法 制度や商品内容に相違があり,利益相反行為の特定や管理の方法については, 商品内容等に応じた検討が必要である。特に,保険者のなすべき給付が費用 のてん補のみならず被保険者の弁護や代理にまで及ぶのかは,利益相反を検 討する上で重要である54)。なお,利益相反への具体的対応としては,指揮命 令系統を分けることや,情報の共有の制限など前記監督指針の内容も参考と なろう。 【付記】本報告は,公益財団法人民事紛争処理研究基金による共同研究助成 の成果の一部である。 (筆者は弁護士) 53) 吉田和央⽛詳解保険業法⽜215頁(きんざい。2016)。 54) 前掲注27)180頁によれば,ソルベンシーⅡ198条⚑項は,訴訟費用保険の保 険事業者は,保険料支払の対価として訴訟手続の費用を負担し,保険の補償に 直接的に関係するサービスを提供することを約束するとし,⒝として,民事, 刑事,行政もしくは他の訴訟手続においてまたは被保険者に対してなされる他 のいかなる請求に対して,⽛被保険者を弁護または代理する⽜と規定している。 責任保険における防御義務に類似し,わが国の弁護士紹介とは様相を全く異に する。

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