デカルトに知られざる神──新哲学とアレオパゴス
説教
著者
坂本 邦暢
雑誌名
白山哲学 : 東洋大学文学部紀要 哲学科篇
巻
52
ページ
65-81
発行年
2018-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00009869/
一 はじめに 新約聖書の﹃使徒行伝﹄はパウロがアテーナイで行った説教を記録している。行われた場所にちなんで﹁アレオパ ゴス説教﹂と呼ばれ、次のような内容をもつ。 アテーナイの方々。あらゆる点についてあなた方がいかに宗教心に富んでおいでか、私は存じております。ここ まで道を通ってくる途中、あなた方の聖所をいろいろ見てまいりましたが、一つの祭壇に、知られざる神に、と 碑文が彫ってあるのを見つけました。あなた方が知らぬままに拝んでいるものを、 私がお教え申し上げましょう。 世界とその中にある万物を創造した神、 天と地の主であるこの神は、 手で作った神殿などに住み給うことはなく、 また、何か不足しているかのように人間の手によって仕えてもらう︵必要がある︶わけでもありません。神がす べての人々に生命と息と万物を与えてくださったのです。神は一人の人から全人類を造り出し、大地の全面に住
デカルトに知られざる神
──新哲学とアレオパゴス説教
坂
本
邦
暢
まわせ、秩序ある時を定め、また彼らの住むべき場所の境界を定めてくださいました。それは、彼らが神を何と か手探りで探して見つけようと求めるようにさせるためなのです。実際、神は私たちのそれぞれから遠く離れて おられるわけではありません。神の中で私たちは生き、動き、存在しているので す ( 1 ) 。 キリスト教史上、山上の垂訓についで有名な説教といえるだろう。ここでは二つの点に着目したい。第一に自然世 界 を つ う じ て 人 間 は 神 を 見 つ け よ う と せ ね ば な ら な い と い う 点 だ。 い わ ゆ る﹁ 自 然 神 学 ﹂ natural theology の 勧 め で ある。およそ詩的でないカントの言葉に置きかえるなら﹁一定の経験と、その経験をつうじて認識された私たちの感 性界の特殊な性状から出発して、原因性の法則にしたがうことで感性界から世界の外部にある最高の原因へと上昇す る﹂ということにな る ( 2 ) 。もう一点は﹁神の中で私たちは生き、動き、存在している﹂という箇所だ。いたるところに 神は存在するという﹁遍在﹂ omnipr esence の教義として解釈が可能である。 ア レ オ パ ゴ ス 説 教 は 有 名 で あ る と 同 時 に し ば し ば 議 論 を 呼 ん で き た。 と り わ け 前 世 紀 に カ ー ル・ バ ル ト︵ Karl Bar th, 1886–1968 ︶ が し め し た 解 釈 が 有 名 だ ろ う。 彼 は パ ウ ロ が 自 然 神 学 を 説 い た と 絶 対 に 認 め な か っ た。 人 が 神 を 見つけられるのはキリストを介してだけだからだ。この強烈な主張は解釈におおきな影響を与えると同時に、論争も 引きおこすことになっ た ( 3 ) 。 しかし論争は決して目新しいものではなかった。むしろ過去の反復だった。アレオパゴス説教をめぐって同種の議 論が、一七世紀にも戦わされていたのだ。論争を激化させたのはデカルトだった。新哲学と使徒の言葉はいかに交差 したのだろう。
二 神の存在証明と二元論──デカルト デカルトについては簡単にすませてしまおう。確認したいのは神の存在証明と二元論の二点だ。神の存在は普遍的 な懐疑の結果証明される。デカルトは感覚を疑う。自らの身体の存在も疑う。数学の真理までも疑う。しかし疑って いる私はたしかに存在する。私は精神である。それは完全で無限な神の観念をもっている。これを有限な私がつくる ことはできない。 よって外に原因がある。 完全で無限な観念の原因は、 完全かつ無限な存在でなければならない。 よっ て神が存在する。 完全な神は誠実なので、明晰かつ判明な認識があやまることはない。よって明晰に区別できる思惟と延長は別々の 実体である。二元論の導入だ。さらに感覚がもつ受動的能力を根拠に、延長の実在性が証明される。延長は純粋数学 の対象なので、私たちは世界について確実な知識を得ることができると結論され る ( 4 ) 。 神 の 存 在 証 明 の 特 徴 は 感 覚 に 一 切 依 拠 し な い 点 に あ る。 ふ た た び カ ン ト の 表 現 を 借 り る な ら、 ﹁ す べ て の 経 験 を 捨 象して、 たんなる概念にもとづき、 まったくア ・ プリオリに最高の原因が現存在することを推論す る ( 5 ) ﹂。二元論の特徴、 と い う よ り 含 意 は、 実 体 は 二 つ し か な い と い う も の だ。 あ ら ゆ る 存 在 が 思 惟 か 延 長 に 分 類 さ れ る か の よ う に み え る。 なるほどそうデカルトは明言してはいない。しかしそう解釈する余地がおおいにあったのはたしかであった。 三 聖霊を冒涜するデカルト──ヴォエティウス デカルトの哲学はただちに批判を招いた。一六四一年の﹃省察﹄の出版を待たずして、三七年の﹃方法序説﹄への 反 論 が あ ら わ れ る。 批 判 者 は ユ ト レ ヒ ト 大 学 の 神 学 部 教 授 ギ ス ベ ル ト ゥ ス・ ヴ ォ エ テ ィ ウ ス︵ Gisber tus Voetius,
1589–1676 ︶ だ っ た。 当 時 の 代 表 的 な 保 守 派 の 神 学 者 だ。 彼 は 三 九 年 の 一 月 に﹁ 無 神 論 に つ い て ﹂ De atheismo と い う討論を主催した。さまざまな種類の神を信じない者たちを分類し、無神論の総覧表をつくろうとするこころみであ る。デカルトは間接的かつ理論的な無神論者に分類される。直接的に神を否定してはいないが、学説によって実質的 に否定してしまっているグループである。 デカルトの無神論はひとえに懐疑から来ているとヴォエティウスはいう。 不幸をもたらすこの論争家たちが、このような不合理と帰結のかどで批判されるのは当然だ。聖書の権威に反対 するロヨラ派︹イエズス会︺の新しい懐疑主義の偏見に染まり、あらゆる原理と真理︵そのなかには、神は存在 するか、神は敬われるべきであるか、立派さと醜悪さとのあいだにはどんな区別があるかなども含まれる︶への 普遍的な懐疑を、人間精神の虚栄心にうったえかけてもっともなものにしてまわっている。結果として、人間精 神は空白の書字板であるかのように、まったくの新しい着想を新たに求めるのだ。だがこの危険な方法にはちい さからぬ不都合がある︹後 略 ( 6 ) ︺。 第一の不都合は、たとえ一瞬でも神の存在を疑ってはならないという原則に懐疑が反するというものである。第二 に、懐疑を脱してたしかな信仰に到達する保証がないという危険性である。最後に第三の不都合として、新しい方法 により自然神学が不可能になり、無神論者に対抗するもっとも有効な武器が奪われてしまうというものがあった。信 仰のない異教徒であっても理性さえ備えていれば、自然にある秩序を認めることができるのだから、そこから神の存 在を認めさせることができるはずだ。この武器をキリスト教会は長きにわたって活用してきた。哲学は自然神学を放
棄するのではなく、むしろ基礎づけることで、超自然的な神学のはしための役割を果たさねばならないとヴォエティ ウスはいう。 自然神学の否定は聖霊にたいする冒涜だとヴォエティウスは議論を進める。 このようなことを論じる人びと、ないしはこのような軽薄な試みに好意をよせる人びとは、神と真理の問題を無 神 論 者 と 懐 疑 論 者 に 売 り わ た し て お り、 ︵ 熟 慮 の す え か 否 か は 神 の み ぞ 知 る と し て ︶ 不 敬 虔 な 者 に お お き く 手 を かしている。くわえて、正しい理性、自然の光、神からの贈り物に不正を働いており、しかも聖霊にも不正を働 いている。ほかならぬ聖霊がこの方法を教え、 適用していたからだ。すぐに論じるように、 ﹃イザヤ書﹄第四〇章、 ﹃詩篇﹄第一九章、 ﹃使徒行伝﹄第一七章︹アレオパゴス説教︺ 、﹃ローマの信徒への手紙﹄第一章などにおいてで あ る ( 7 ) 。 聖書はアレオパゴス説教をはじめとする多くの箇所で、被造物という結果から神という原因へとさかのぼるべきだと 教えている。聖霊が無神論者を論駁する手段を与えているにもかかわらずそれを放棄しようというのは、無神論者の 所業に他ならない。 ヴォエティウスにとって、デカルトの教えは新奇なものではなかった。自然神学の否定には先例があった。彼はま ず レ モ ン ス ト ラ ン ト 派 を 挙 げ る。 神 学 者 ヤ コ ブ ス・ ア ル ミ ニ ウ ス︵ Jacobus Ar minius, 1560–1609 ︶ の 教 説 を 支 持 す る 一派で、一六一八年から一九年にかけてのドルトレヒト会議で異端として認定されていた。このグループに属する神 学 者 シ モ ン・ エ ピ ス コ ピ ウ ス︵ Simon Episcopius, 1583–1643 ︶ の 著 作 を ヴ ォ エ テ ィ ウ ス は 引 く。 そ れ に よ る と、 レ モ
ンストラント派は神の存在を聖書だけから証明する。この誰にでも理解可能な証明にたいして、哲学的な存在証明は 難解であり、 無学な者たちを信仰から遠ざけるという。自然神学の実質的な否定だ。さらにヴォエティウスによると、 エピスコピウスの主張はソッツィーニ主義の形而上学の単なる反復だという。 つまるところ自然神学を否定する点で、 デ カ ル ト の 哲 学 は、 ﹁ ソ ッ ツ ィ ー ニ = レ モ ン ス ラ ン ト 主 義 ﹂ に 合 流 し よ う と し て い る と い う の だ ( 8 ) 。 こ れ が ヴ ォ エ テ ィ ウスの結論であった。ソッツィーニ主義の亜種と認定することによってこそ、デカルトへの批判はもっとも効果的に なると彼は考えていたのだ。なぜそう考えたのか。そもそもソッツィーニとは誰なのか。答えるためには時計の針を 一六世紀に戻さねばならない。 四 絶対の超越──ソッツィーニ ソ ッ ツ ィ ー ニ 主 義 は、 フ ァ ウ ス ト・ ソ ッ ツ ィ ー ニ︵ Fausto Sozzini, 1539–1604 ︶ に は じ ま る 異 端 で あ り、 初 期 近 代 の低地地方で危険視されていた。キリストは神の子ではないとし、三位一体の教義を否定したからだ。至高の神は絶 対的に単一なので、いかなる複数化も許されないとソッツィーニは考えた。神の超越性は最高度のものでなくてはな らないからである。根拠は聖書にあった。そこではいっさい三位一体は説かれていない。説かれているのは、神がイ エスという人間を通じてあるべき生き方をしめしたのだから、彼にならうことで人は永遠の生をえられるということ だけである。聖書のみを根拠として、神の超越性を極大化する。これがソッツィーニの教えの核心であった。ここか ら自然神学も否定される。超越神は自然を通じて知れるようなものではない。聖書という啓示が唯一の回路であ る ( 9 ) 。 だが他ならぬ聖書のうちにアレオパゴス説教があり、 自然神学を教えているのではないか。ソッツィーニは答える。
こ こ か ら︹ ア レ オ パ ゴ ス 説 教 か ら ︺、 人 間 が 被 造 物 を 通 じ て 神 の 認 識 に い た り、 ま る で 触 れ る か の よ う に︵ こ の ように﹁手探りで探して﹂という言葉を説明する者たちがいるのだ︶神を見いだすというのが、神の意図であっ た の は 明 白 で あ る よ う に 思 わ れ る。 ︹ し か し ︺ こ こ で 私 は 次 の よ う に 言 う。 神 を 探 す と は、 神 が 教 え た よ う に 敬 虔 に 生 き る と い う こ と だ。 他 方 神 を 見 つ け る と は、 神 が 私 た ち に 慈 悲 深 く あ る と 学 ぶ こ と で あ る。 [ 中 略 ] パ ウ ロはほぼ次のようなことをいっている。敬虔に生きる者の側に神はいる。すべての人間に恩恵をもたらしてくだ さっているからだ。生き、動き、存在していることを私たちはみな神から受け取るのだか ら )(1 ( 。 ソッツィーニの解釈では、アレオパゴス説教は自然神学を説いていない。神を探し見いだすという文言は、聖書に したがって敬虔に生きることを意味するにすぎない。こうしてバルトとおなじくソッツィーニは自然神学をキリスト 教から追放しようとした。この誤った聖書解釈を追認する点で、デカルトの哲学はソッツィーニの教えの反復である とヴォエティウスは批判したのだった。 五 遍在と受肉──ウォルスティウスとクレリウス ヴォエティウスの批判は単なる言いがかりのように思える。 自然神学の否定の一点を根拠に、 デカルトをソッツィー ニ主義者に分類するのは無理があるのではないか。しかし両者の結びつきはこれにとどまらなかった。続く神学者た ちは、さらなる一致点を見いだして行く。焦点となったのは遍在の教義だった。 こ こ で 用 語 を 整 理 し て お こ う。 伝 統 的 に 遍 在 は 三 つ の 意 味 で と ら え ら れ て い た。 力 に よ る も の、 知 識 に よ る も の、 そして本質によるものだ。力による遍在とは、神が万物をつくり、保存しているということである。知識による遍在
とは、万物を神が知っているということを意味する。最後に本質による遍在とは神の本質が万物に宿っていることで あ る )(( ( 。 論 争 の 出 発 点 と な っ た の は、 や は り ソ ッ ツ ィ ー ニ だ っ た。 前 節 で の 引 用 を も う 一 度 見 て み よ う。 ﹁ 神 の 中 で 私 た ち は生き、動き、存在している﹂という文言から遍在の教義を読みとることが拒否されている。私たちが慈悲深い神か らの恩恵によって生かされているということを意味するにすぎないという。実際ソッツィーニにしてみれば、神は世 界を超越しているのだから遍在するはずがなかった。それを裏づけるかのように、神は天にいると聖書にはっきり書 いてあるではないかと彼は指摘する。 論争を深化させた、というか激化させたのは、ライデン大学神学部教授のコンラッド ・ ウォルスティウス︵ Conrad Vorstius, 1569–1622 ︶ だ っ た。 三 位 一 体 の 教 義 を 信 じ る ア ル ミ ニ ウ ス 主 義 者 で あ り、 ソ ッ ツ ィ ー ニ 派 で は な い。 し か し最終的には異端の嫌疑をかけられ大学を追放される。疑いを招いた学説のなかに、遍在に関する理解があった。こ の 点 を 一 六 一 一 年 出 版 の﹃ 弁 明 的 解 釈 ﹄ Apologetica exegesis ︵ ラ イ デ ン ︶ か ら 見 て み よ う。 こ の 書 物 は 以 前 の 著 作 の 弁 明 と し て 書 か れ た。 一 六 〇 六 年 に 出 版 し た﹃ 神、 あ る い は 神 の 本 性 と 属 性 に つ い て の 神 学 的 論 考 ﹄ T ractatus
theologicus de deo, sive de natura et attributis dei
︵シュタインフルト︶である。この書が神の本質による遍在を否定し ているという批判が寄せられていた。 ウォルスティウスは反論する。神が﹁天と地を満たす﹂と聖書にあるのだから、自分は本質的な遍在をよろこんで 認める。疑問視されるべきはその仕方に関する通説である。それによると、いたるところに神の本質のすべてが宿る という。しかし神のすべてがもっとも卑しい存在にも宿ると考えるのは冒涜的ではないかとウォルスティウスは疑問 を呈する。
通 説 は 聖 書 に 根 拠 を も た な い と も ウ ォ ル ス テ ィ ウ ス は 主 張 す る。 こ こ で 彼 が と り あ げ る の が ア レ オ パ ゴ ス 説 教 だ。 ﹁ 神 の 中 で 私 た ち は 生 き、 動 き、 存 在 し て い る ﹂ と い う 文 言 は、 通 説 を 支 持 す る 典 拠 と さ れ て い る が そ う で は な い と いう。 むしろ神が万物にたいして力を働かせていると教えているとみなすべきだ。 おなじ解釈をとる人物として、 ウォ ル ス テ ィ ウ ス は ド ゥ ン ス・ ス コ ト ゥ ス︵ Duns Scotus, 1265/66–1308 ︶、 ウ ィ リ ア ム・ オ ッ カ ム︵ Guillelmus de Ockham, ca. 1287–1347 ︶、ガビリエル・ビール︵
Gabriel Biel, ca. 1420–1495
︶という三人のスコラ学者の名を挙げ る )(1 ( 。 しかし問題の核心は神ではなく、むしろそのひとり子にあった。ウォルスティウスに向けられた最大の批判を、彼 自身の言葉で聞こう。 なににもまして多くの人びとが警告してくる。神の本質があらゆる意味で無辺に広がっていること︵たしかにそ のように大学では教えられている︶を否定、ないしは疑問視したことで、キリストの真にして永遠なる神性、あ るいは父と聖霊との真なる同質性までも完全に否定されたか、疑問視されたように見えるというのだ。なぜなら キリストが人間としてかつて地上を歩いていたとき、自身のうちに神性の本質を保持していたということが不可 能になってしまうからだ。もし祝福された者たちが住む天だけに神性が含まれており、本質的に天と地の両方に 同時にあることができないのなら ば )(1 ( 。 神が本質的には遍在せず、居場所が天に限定されているとしよう。すると地上にいたイエス・キリストの本質が神 ではなくなってしまう。これは受肉の、ひいては三位一体の否定であり、ソッツィーニにならうものであり、つまり 反キリスト教的だというわけだ。
ウ ォ ル ス テ ィ ウ ス は 反 論 す る。 神 の 全 本 質 が 遍 在 す る な ら、 三 つ の 位 格 の す べ て に 万 物 が 与 る こ と に な る だ ろ う。 するとあらゆる被造物が受肉してしまう。不合理を避けるためには、遍在の仕方に区別を設け、それぞれの場合で神 が異なる力を行使することで、事物に宿ると考えるのがよい。キリストの場合、神は人間には測り知れない力によっ て、ロゴスとしての位格を人性に結合させたのだろう。このとき神とロゴスのあいだには場所的な距離があったはず だ )(1 ( 。 ウォルスティウスは実質的には本質による遍在を否定した。 この見解をソッツィーニ派が過激化する。 ヨハンネス ・ ク レ リ ウ ス︵ Johannes Cr ellius, 1590–1633 ︶ は 一 六 三 〇 年 に 出 版 し た﹃ 神 と そ の 属 性 に つ い て ﹄
Liber de deo et eius
attributis のなかで遍在の問題をとりあげる。彼はウォルスティウスの﹃弁明﹄を参照しながら次のように断定する。 塵や原子のすべてに神の全本質がひそんでおり、もっとも不潔なありとあらゆる場所にも、天にあるもっとも荘 厳な住まいにもおなじように存在していて、さらにはもっとも汚らわしく不純な行為にも深く介入しており、ま たそれについて考えることすら身の毛のよだつような事物と結合している。このようなことを最も神聖で荘厳な 神について主張すべきだとか、それを知らなければ救済がかならず損なわれるなどとは、ついぞ聖書から学べて いな い )(1 ( 。 超越神は本質的に遍在しないという前提からアレオパゴス説教も読まれねばならない。 最後にこの神の臨在︵これは神の力と摂理に含まれている︶について、 パウロもまた﹃使徒行伝﹄で語っている。
彼がいうに﹁実際、 神は私たちのそれぞれから遠く離れておられるわけではありません。神の中で私たちは生き、 動 き、 存 在 し て い る の で す ﹂。 こ こ で﹁ 神 の 中 で ﹂ と は、 神 に よ っ て、 な い し は 神 の 作 用、 配 慮、 摂 理 に よ っ て ということ だ )(1 ( 。 こうしてアルミニウス主義者の遍在理解は、 ソッツィーニ派に継承された。この同質性を見てとったがゆえに、 ヴォ エティウスは﹁ソッツィーニ=レモンストラント主義﹂という言葉を用いるにいたったのである。 六 反三位一体のデカルト主義──マレシウス 以上のような遍在の理解が、デカルトの哲学と結びつけられる。関連を指摘したのは、フローニンゲン大学の神学 者 サ ミ ュ エ ル・ マ レ シ ウ ス︵ Samuel Mar esius, 1599–1673 ︶ だ っ た。 一 六 七 〇 年 に 出 版 し た﹃ デ カ ル ト 主 義 の 濫 用 ﹄
De abusu philosophiae Car
tesianae ︵グローニンゲン︶は、 かつての弟子にして現在の同僚であるクリストフ ・ ウィティ キウス ︵ Christoph W ittichius, 1625–1687 ︶ への批判の書だ。ウィティキウスがデカルトの哲学を神学の領域にもちこ んだのを攻撃したのだった。争点の一つが遍在である。マレシウスによれば、ウィティキウスは本質による遍在を否 定した。より正確にいうなら、 神は万物に力を行使することにより、 結果として本質的にも遍在すると主張した。ウォ ルスティウスの学説との類似はあきらかだろ う )(1 ( 。 なぜウィティキウスのデカルト主義は異端と合流したのか。マレシウスによると、問題の根は思惟と延長の二元論 にあった。デカルト主義者は純粋な思惟として人間の霊魂をとらえる。これはまちがった理解だとマレシウスは主張 する。霊魂はつねに思考しているわけではないからだ。デカルトの見解は、霊魂から居場所を奪ってしまうとマレシ
ウスは論じる。なぜならデカルトによれば場所とは延長であり、これを思惟が占拠するのは不可能だから だ )(1 ( 。 この帰結は神にも及ぶとマレシウスはいう。二元論を厳格に理解すると神は思惟となるので、 必然的に場所を失う。 そのため遍在できない。そこでウィティキウスは力による遍在に訴えた。思惟は本質的に場所を占められないが、働 きを通じて場所と関係はもてるというのだ。それを端的に説いたのがアレオパゴス説教とな る )(1 ( 。 こ う し て ウ ィ テ ィ キ ウ ス は、 結 果 的 に ウ ォ ル ス テ ィ ウ ス と お な じ 主 張 を す る に い た っ た。 マ レ シ ウ ス は い う。 ﹁ 悲 し む べ き こ と に、 ︹ ウ ォ ル ス テ ィ ウ ス と ︺ お な じ 間 違 い を 今 日 の 神 学 者 た ち は 支 持 し て い る。 キ リ ス ト 教 徒 で あ る よ りデカルト主義者であることを選んでいる者たち だ )11 ( ﹂。彼は続ける。 だ が か り に こ の[ ﹃ 第 一 コ リ ン ト ﹄ 第 一 二 章 第 六 節 ] 言 葉 を、 パ ウ ロ の 意 図 を 超 え て 神 の 一 般 的 協 力︵ こ れ で 神 はすべてを保存し、支配する︶を意味するものとして拡張するとしよう。ちょうど﹃使徒行伝﹄第一七章第二七 ∼二八節で使徒が﹁実際、神は私たちのそれぞれから遠く離れておられるわけではありません。神の中で私たち は生き、 動き、 存在しているのです﹂といっているように。しかしそうだとしても協力と万物の保存︵保存はウォ ルスティウスですら認めていた︶は、神的な遍在の結果であり帰結である。遍在の形相的な根拠ではな い )1( ( 。 万物のうちで力を行使するためには、本質の遍在が先行せねばならない。この順序をデカルト主義者はあべこべに しているというのだ。 こうしてマレシウスはデカルト主義とウォルスティウスを結びつけた。この結合が意味するところは、ウィティキ ウ ス に と っ て 明 白 で あ っ た は ず だ。 す で に マ レ シ ウ ス は 一 六 五 一 年 に 出 版 し た﹃ ソ ッ ツ ィ ー ニ 主 義 の ヒ ド ラ を 撃 つ ﹄
Hydra Socinianismi expugnata ︵グローニンゲン︶で、ウォルスティウスとクレリウスの遍在理解を受肉の否定として 攻 撃 し て い た )11 ( 。 キ リ ス ト 教 の 根 幹 を 破 壊 す る こ の 異 端 と デ カ ル ト の 哲 学 を マ レ シ ウ ス は 重 ね あ わ せ る に い た っ た の だった。危機におちいったウィティキウスは弁明に追われることになる。 七 結論 ここまで一六世紀末から一七世紀半ばにかけてのアレオパゴス説教解釈の一端を検証してきた。 神の超越性を守り、 三位一体を否定しようとする者たちは、 この説教を自然神学と遍在の教義から切り離そうとした。おなじ試みとして、 デカルトの哲学は受け取られる。自然から神にいたる道をふさぎ、神から場所を奪うからだ。だが場所の剥奪は神の 子の受肉を不可能にしてしまう。正統派はアレオパゴス説教に依拠して対抗する。神の中に生きる私たちは、手探り で神を探さねばならない。 しかしこの戦略は新哲学の側に思わぬ武器を提供してしまった。ホッブズとスピノザの言葉を見てみよう。 彼︹ホッブズ︺はたしかに神が物体であることを主張する。 ︹中略︺ ﹁神の中で、われわれはみな存在し、動く﹂ 。 これが使徒の言葉である。ところでわれわれはすべて大きさ︹量︺をもつ。大きさのあるものが大きさのないも ののなかにあることができる か )11 ( 。 私は神および自然については近代のキリスト教徒たちが通常説いている見解とはまるで異なった見解を抱いてお ります。すなわち私は、 神がいわゆる万物の内在的原因であって超越的原因ではないと見ています。私はあえて、
いっさいが神の中に生き神の中に動いていると主張しています。これはパウロもそう言っておりますし、またお そらくすべての古代の哲学者たちも、異なった表現でではありますが、そう言っているので す )11 ( 。 神と世界と近づけた結果、神が物質になってしまう。あるいはふたつが同一になってしまう。パウロが﹃リヴァイ アサン﹄ と ﹃エチカ﹄ を生んでしまうのだ。正統派は困難な立場に置かれていた。神を世界と離しすぎてはならない。 ソッツィーニやデカルトになってしまう。しかし近づけすぎてもいけない。ホッブズやスピノザになってしまう。超 越させすぎても内在させすぎてもいけないのだ。このジレンマをキリスト教神学は避けて通れなかった。神を世界の 外に置きながら、同時に世界のうちに歩かせていたのだから。 私が行ってきた検討はまだ粗いものにすぎない。さらに多くの著作がひもとかれなければならない。それでも現時 点ではっきりと浮かびあがってきた点がある。一七世紀の新哲学がどう受けとめられたかは、ソッツィーニにまでさ かのぼる神学上の論争を踏まえなければ理解できないという事実だ。デカルトの懐疑はそれ単体で無神論の嫌疑を招 いたのではない。自然神学の否定を介して異端と合流するとみなされたからこそ、激しく攻撃されたのだった。二元 論は心身問題を引きおこすだけでなく、神の遍在の理解をゆるがし、ひいては受肉の教義を掘り崩し、そのために批 判を招いた。また、その際にアレオパゴス説教が議論の焦点となっていたことを知らなければ、ホッブズとスピノザ の言葉がいかに挑発的に響いたかもきき逃がしてしまうだろう。そしておそらく以上のすべてを考慮しなければ、ラ イプニッツの﹃弁神論﹄は読み解けないだろう。なるほどソッツィーニより続く論争をデカルトは意識していなかっ た か も し れ な い。 ソ ッ ツ ィ ー ニ の 神 は 彼 に は 知 ら れ ざ る 神 で あ っ た の か も し れ な い。 し か し﹃ 方 法 序 説 ﹄ や﹃ 省 察 ﹄ にもられた哲学は、まさにその神の中で、生き、動き、存在することになったのだった。
* 本稿は、二〇一六年一〇月二九日に東洋大学白山キャンパスで開催された第二六回白山哲学会で執筆者が行った発 表 に も と づ く。 発 表 の 機 会 を 与 え て い た だ い た 白 山 哲 学 会 会 長 の 河 本 英 夫 先 生 に 感 謝 し た い。 ま た 本 稿 は、 二〇一五年九月から二〇一六年八月まで加藤喜之博士と行った共同研究の成果を反映している。 注 ︵ 1 ︶ ﹃使徒行伝﹄一七章二二節│二八節、 田川建三訳﹃新約聖書 訳と注 第二巻下 使徒行伝﹄作品社、 二〇一一年、 五三│五四ペー ジ。 ︵ 2 ︶ カント﹃純粋理性批判﹄熊野純彦訳、作品社、二〇一二年、五九八ページ。 ︵ 3 ︶ カール・バルト﹃教会教義学 第二巻第一分冊第一部﹄吉永正義訳、新教出版社、一九七八年、二二〇│二二四ページ。 ︵ 4 ︶ 以上の記述は、小林道夫﹃デカルト入門﹄ちくま新書、二〇〇六年、九一│一四〇ページに基づく。 ︵ 5 ︶ カント﹃純粋理性批判﹄五九八ページ。 ︵ 6 ︶ Gisber tus V oetius, De atheismo, in Selectar um disputationum theologicar um pars prima (Utr echt, 1668), 176: Iur
e merito infelices illi
disputator
es his absur
dis et consequentiis pulsantur
, qui praejudiciis novi scepticismi Loiolitici contra autoritatem scripturae imbuti,
universalem dubitationem de omnibus principiis et veritatibus (inter quas et illae, quod sit deus, quod deus colendus, quod sit
discrimen in te r ho ne stu m et t ur pe e t c .) v an ita ti h um an i in ge nii p er su as um e un t: u t i ns ta r r as ae t ab ula e c ogn itio ne m o m nino n ov am d e n ov o s ibi
quaerat. Sed hujus periculosae methodi non pauca sunt incommoda [
⋮ ]. ︵ 7 ︶ Voetius, De atheismo, 172:
Qui enim hoc agunt, aut temerariis illis conatibus favent, causam dei et veritatis apud atheos et scepticos
nimis pr
ostituunt et manus impior
um (pr
udentes an impr
udentes, deus novit) non par
um confir
mant; insuper in r
ectam rationem, lumen
naturale et dona dei injurii sunt, immo et in ipsum spiritum sanctum, qui hanc methodum ipse docuit, et adhibuit.
Ies. 40. Psalm .19. Actor . 17. Roman
. I. et c. uti mox dicetur
. ︵ 8 ︶ [Simon Episcopius,] Apologia pr o confessione (Leiden, 1630), 25v; V oetius, De atheismo, 169–170, 174. ︵ 9 ︶ Alan W . Gomes, Some Obser vations on the Theological Method of Faustus Socinus (1539–1604), W estminster Theological Jour nal 70
(2008): 49–71. ︵ 10︶ Faustus Socinus, Praelectiones theologicae (Raków , 1609), 5–6 = Opera omnia (Ir enopolis, 1656), 1:538b:
Hinc enim videtur constar
e, dei
consilium fuisse, ut homines per r
es cr
eatas ad ipsius cognitionem per
venir
ent, et quasi
palpando (sic enim aliqui verbum
contr
ectar
ent
explicant) ipsum invenir
ent. Hic dico, quaer
er
e dominum nihil aliud esse, quam sancte viver
e, ut ipse praecipit: Eum autem invenir
e, est
illum sibi pr
opitium experiri. [
⋮
] quasi dicat: non est dubitandum, quin is sancte viventibus praesto sit, cum in omnes homines sua
beneficia conferat: hoc enim ipsum, quod et vivimus, et movemur
, et sumus ab ipso omnes habemus.
︵ 11︶ Francis T ur retin,
Institutio theologiae elencticae
[
⋮
]
pars prior
(Genève, 1679), 205–6, trans. Geor
ge Musgrave Giger in Institutes of Elenctic Theology , vol. 1 (Phillipsbur g: P & R Publishing, 1992), 197. ︵ 12︶ Conrad V orstius, Apologetica exegesis (Leiden, 1611), 78. ︵ 13︶ Vorstius, Apologetica exegesis , 85:
Ante omnia illud plerique ur
gent, quod negata, vel in dubium vocata, omnimoda illa essentiae divinae
immensitate (qualis nimir
um in scholis vulgo traditur) etiam vera et aeter
na Christi divinitas , sive vera ὁμοούσια cum patr e, et spiritu
sancto omnino negari, vel in dubium vocari videatur
. quum fieri non possit, ut Christus, quatenus homo est, olim in ter
ris ambulans, ipsam
deitatis essentiam in se ipso manentem habuerit, si illa tantum coelo beator
um contineatur
, nec essentialiter in coelo simul et ter
ra praesens fit et c. ︵ 14︶ Vorstius, Apologetica exegesis, 88. ︵ 15︶ Johannes Cr ellius,
Liber de deo et eius attributis
(Raków
, 1630), 277 =
Opera omnia
(Ir
enopolis, 1656), 4:92b:
Ejus autem essentiam in
qu ov is p ulv isc ulo a tq ue a to m o t ota m la te re , a c i n l oc is q uib us vis s pu rc iss im is n on m in us , q ua m in a ug us tis sim o c oe lo ru m d om ici lio extar e, et por
ro obscoenissimis etiam atque impurissimis actionibus plane mediam inter
venir
e, et cum iis r
ebus intime jungi, a quibus vel
cogitatio abhor
ret; id de deo sanctissimo atque augustissimo omnino sentiendum esse, et sine cer
tissima salutis jactura ignorari non
posse, nondum ex sacris literis discer
e potuimus. ︵ 16︶ Cr ellius, De deo , 276–77 = Opera , 92a:
De hac denique praesentia divina, quae divina ipsius vir
tute ac pr ovidentia continetur , loquitur et Paulus in Actis, cum ait:
Deum non longe esse ab unoquoque nostr
um. In ipso enim
, inquit,
vivimus, et movemur
, et sumus. In ipso
autem
idem est hoc loco, quod per ipsum, seu ipsius efficacia, cura, pr
︵ 17︶ ウィティキウスの哲学の詳細な分析は、 近刊の加藤喜之﹃スキャンダラスな神の概念││スピノザとネーデルランドの神学者たち﹄ を見よ。 ︵ 18︶ より詳しくは、 坂本邦暢﹁デカルトを読むフッサール││コギト、 場所、 時間﹂河本英夫、 稲垣諭編﹃現象学のパースペクティヴ﹄ 晃洋書房、二〇一七年、三三│四九ページの四十│四三ページを見よ。 ︵ 19︶ Christoph W ittichius, Theologia pacifica (Leiden, 1671), 176. ︵ 20︶ Samuel Mar esius, De abusu philosophiae Car tesianae (Gr oningen, 1670), 52. ︵ 21︶ Mar esius, De abusu , 55: Sed etsi haec verba Pauli extenderis
ultra ipsius scopum
ad generalem dei concursum, quo omnia conser vat et regit, pr
out Act. XVII, 27.28. dicit Apostolus deum non pr
ocul esse ab unoquoque nostr
um, quod in ipso vivamus, moveamur et simus, iste
tamen concursus istaque conser
vatio omnium, quam etiam V
orstius agnoscebat, potius est ef
fectus et consequens ubiquitatis divinae,
quam ejus for
malis ratio. ︵ 22︶ Mar esius,
Hydra Socinianismi expugnata
[ ⋮ ] tomus primus (Gr oningen, 1651), 500. ︵ 23︶ ホッブズ﹃リヴァイアサン﹄水田洋訳、岩波文庫、第四巻、一九八五年、三一七ページ。 ︵ 24︶ スピノザ、 一六七五年十一月または十二月付けのオルデンブルク宛書簡、 畠中尚志訳﹃スピノザ往復書簡集﹄岩波文庫、 一九五八年、 三二五ページ。