乾乳後期における硫酸マグネシウム添加による飼料
DCAD
調整が血液性状と乳生産に及ぼす影響
田渕雅彦・竹縄徹也・西村公寿・北田寛治・森川繁樹・笠井裕明要
約
乳牛の分娩前後の管理は産後の生産性に影響を及ぼすとされるが,疾病が多発しやすい時期であ る。この時期に多発する疾病のうち低カルシウム血症は様々な疾病と関わりがあり,より簡素な予 防方法が求められている。分娩後の低カルシウム血症を防ぐ方法として提唱されているのが,乾乳 後期飼料中の陽イオン-陰イオン差(DCAD)の調整である。本試験では硫酸マグネシウムを DCAD 調整剤とし,泌乳牛用配合飼料および共通の粗飼料との給与が移行期の乳牛の血液性状,乾物摂取 量へおよぼす影響について検討を行った。試験区では処理開始後に尿 pH の低下がみられた。血中 カルシウム濃度はいずれの時点においても区間で差は認められなかったものの,乾物摂取量は分娩 後1 日目,2 日目において試験区が高い値を示した。産後の乳量は両区とも同程度の水準で推移し た。目
的
乳牛の分娩3 週間前から 3 週間後は移行期とも 呼ばれ,この時期の管理が産後の乳牛の生産性に 大きな影響をおよぼすとされる。しかし,移行期 における疾病発生は,乳牛のライフサイクルの中 で高い割合を占めており,本県においても移行期 に発生する疾病が診療件数の多くを占めている。 移行期における疾病の最たる原因とされる症状 が,低カルシウム血症である。カルシウム欠乏は 筋肉の収縮の鈍化の原因となり起立不能を引き起 こす。また,乳房炎,後産停滞,第四胃変位など 様々な疾病と関わりがあるとされる1)。 この分娩後の低カルシウム血症を防ぐ方法とし て提唱されているのが,DCAD(飼料中の陽イオ ン-陰イオン差)の調整である。(Na++K+) - (Cl-+S2-)の値をマイナスにすることで分娩前後 のカルシウム代謝が正常になるとされている2)3) 4)。当課でも,過去に乾乳後期における低 DCAD 飼料の給与により産後の低カルシウム血症を予防 できることを確認した 5)が,嗜好性や飼料設計 の煩雑さが普及に当たっては課題であると考えら れた。 そこで本試験では,硫酸マグネシウムをDCAD 調整剤とし,泌乳牛用配合飼料および共通の粗飼 料との給与が移行期の乳牛の血液性状,乾物摂取 量へおよぼす影響について検討を行った。また, 産後の生産性への影響についても調査を行った。材料および方法
試験は平成25 年 2 月から平成 26 年 5 月にかけ て行い,期間中に分娩予定であった当所飼養のホ ルスタイン種乾乳牛を交互に対照区と試験区に振 り分けた。供試頭数は各区 4 頭,計 8 頭とした。 試験は分娩予定日の 3 週間前から開始し,供試 牛は次のとおり管理を行った。分娩予定日の 1 週 間前までは,7 時~ 13 時まではタイストールによ り管理し,13 時から翌日の 7 時までは当所の放牧 場に放した。分娩予定日の 1 週間前からは,独房に移し管理を行った。分娩後 5 日目までは独房で 搾乳と飼料給与を行い,以後は当所のフリースト ールに移して管理を行った。 表1.乾乳後期における試験飼料の組成 表2.泌乳期用 TMR 組成 材料(%DM) トウモロコシサイレージ 22.2 スーダングラス乾草 11.3 アルファルファ乾草 5.9 ヘイキューブ 4.8 泌乳牛用配合飼料 28.3 ビートパルプ 16.2 大豆粕 1.6 カルシウム・ビタミン剤 1.3 別途給与 イタリアンライグラスサイレージ 8.4 設計成分値(%DM) TDN 66.4 CP 13.5 DM:乾物,TDN:可消化養分総量, CP:粗蛋白質 材料(%DM) スーダングラス乾草 50.0 イタリアンライグラスサイレージ 10.0 ビートパルプ 10.0 泌乳牛用配合飼料 30.0 設計成分値(%DM) TDN 61.6 CP 12.2 DM:乾物,TDN:可消化養分総量,CP:粗蛋白質. ※日本飼養標準における要求量相当の炭酸カルシウムを別途給与。 メーカー指定量のビタミン剤を別途給与。 ※試験区では,給与量の3%DM相当の硫酸マグネシウム7水和物を添加。 乾乳期用の飼料は,粗飼料としてスーダングラ ス乾草と出穂期に調製を行った 1 番草のイタリア ンライグラスサイレージを用い,濃厚飼料として は市販の泌乳牛用配合飼料(乳配)とビートパル プを用いた。なお,濃厚飼料については 1 日ごと にビートパルプとの代替割合を高め増給した。す なわち,予定日の 3 週間前には乳配:ビートパル プを 2.5:7.5 とし,配合飼料の比率を 1 日に約 1 割高め,最終的な乳配の割合を 7.5 割とした。最 終的な乾乳期用の給与飼料組成を表 1 に示す。設 計成分値は TDN61.6%,CP は 12.2%とし,給与量 は日本飼養標準(2006 年度版)での TDN 要求量 の 110%,CP 要求量の 115%に相当する量を,13 時,16 時,翌 8 時の 3 回に分けて給与した。カル シウムについては,日本飼養標準(2006 年度版) における要求量に相当する量の炭酸カルシウムを 濃厚飼料と混合し給与した。併せて,ビタミン剤 と強肝剤をメーカー指定量添加した。固形塩の給 与は行わないこととした。さらに試験区では,試 験飼料の給与量の3%DM の硫酸マグネシウム 7 水 和物(馬居化成工業株式会社,鳴門)を濃厚飼料 に混合し給与した。対照区では無添加とした。試 験飼料の DCAD 値は,対照区で約 6mEq/100g,試 験区で約-2mEq/100g(いずれも計算値)であった。 両区とも分娩後は,直ちに液体カルシウム,強 肝剤を投与した。分娩後5 日目までは当所の慣行 管理に従い,現物で等量ずつの乳配,ビートパル プ,ヘイキューブを混合し,日本飼養標準(2006 年度版)での TDN 要求量の約 25%に相当する量 を給与した。さらに,分娩後より当所慣行のTMR の給与を開始したが,飼料の急変を避けるため分 娩後 1 日目は当所慣行 TMR(表 2)を 5kg 給与 することとし,分娩後5 日目まで段階的に 5kg/日 ずつ増給した。このときの乾物摂取量の不足分に ついては,スーダングラスを飽食とすることで補 った。フリーストールへ移動してからは,当初慣 行のTMR を飽食とした。 調査項目は,体重,ボディコンディションスコ ア(BCS),尿 pH,乾物摂取量,乳量,血液性状 とした。 体重は,分娩予定日 3 週間前,1 週間前,分娩 後1 日目,分娩後 1 週間,分娩後 2 週間,分娩後 3
週間の時点で,11 時 30 分に行った。BCS は,分 娩予定日1 週間前,分娩 1 日目,分娩 1 週間,分 娩2 週間,分娩 3 週間とし,11 時 30 分に測定し た。尿 pH は分娩予定日 3 週間前,2 週間前,1 週間前において,11 時に陰部マッサージにより 排尿を促して尿を採取し,pH 試験紙「Duotest」 (Macherey-Nagel 社、ドイツ)pH5.0-8.0,pH7.0-10.0 を併用して測定を行った。乾物摂取量は,分娩予 定1 週間前から分娩後 5 日目まで毎日測定を行っ た。搾乳は,分娩後は直ちに行うこととし,以後 は毎日 7 時 30 分と16時に実施した。乳量は,分 娩当日から初乳も含め120 日目まで毎日測定を行 った。血液性状については,分娩予定日1 週間前, 分娩後1 日目,分娩後 1 週間,分娩後 2 週間,分 娩後3 週間に 11 時 30 分に採血を行い,ミクロヘ マトクリット法によりヘマトクリットを測定した 後,血清を分離しファルコバイオシステムズ株式 会社に分析を依頼した。なお,分娩後1 日目の血 液性状は,午前の搾乳終了後に液体のカルシウム 剤を給与し,3 時間以上経過後に採取した血液の 測定結果とした。血液性状の分析は,7180 形自 動分析装置(株式会社日立ハイテクノロジーズ, 東京)によって行い,測定項目は血中総蛋白,ア ルブミン,A/G 比,GOT,γGTP,総コレステロ ール,中性脂肪,遊離脂肪酸,カルシウム,無機 リン,マグネシウム,尿素窒素,血糖とした。 データの差の検定は,一元配置分散分析により 行った。
結
果
(1) 体重 図1.体重の推移 体重の推移を図1 に示す。 いずれの時点においても区間で差は認められな かった。 (2) BCS 図2.BCS の推移 BCS の推移を図 2 に示す。 いずれの時点においても区間で差は認められな かった。 450 550 650 750 850 950 -21 -7 1 7 14 21 (kg) 分娩前後日数 対照区 試験区 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 -21 -14 -7 1 7 14 21 対照区 試験区(3) 尿 pH 図3.尿 pH の推移 乾乳後期における尿 pH の推移を図 3 に示す。 分娩予定日1 週間前において,有意ではなかっ たが試験区が低い傾向にあった。 (4) 乾物摂取量 注:*は5%水準で差あり、+は 10%水準で差あり 図4.乾物摂取量の推移 乾物摂取量の推移を図4 に示す。 分娩後1 日目において,試験区が有意に高かっ た。また,分娩後2 日目においても有意ではなか ったが試験区が高い傾向にあった。 6.5 7.0 7.5 8.0 8.5 9.0 -21 -14 -7 分娩前日数 対照区 試験区 0 5 10 15 20 25 -7 -6 -5 -4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4 5 (kg) 分娩前後日数 対照区 試験区 * + (5) 乳量 図5.乳量の推移 分娩後の乳量の推移を図5 に示す。試験期間中, 両区とも同程度の水準で推移した。 (6) 血液性状 a. ヘマトクリット ヘマトクリットの推移を図6 に示す。 いずれの時点においても区間で差は認められな かった。 図6.ヘマトクリットの推移 0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 110 120 (kg) 分娩後日数 対照区 試験区 20 25 30 35 40 -7 1 7 14 21 (%) 分娩前後日数 対照区 試験区
b. 総蛋白 図7.血中総蛋白の推移 総蛋白の推移を図7 に示す。 いずれの時点においても区間で差は認められな かった。 c. アルブミン 図8.アルブミンの推移 アルブミンの推移を図8 に示す。 いずれの時点においても区間で差は認められな かった。 2 4 6 8 -7 1 7 14 21 (g/dl) 分娩前後日数 対照区 試験区 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 -7 1 7 14 21 (g/dl) 分娩前後日数 対照区 試験区 d. A/G 比 図9.A/G 比の推移 A/G 比の推移を図 9 に示す。 いずれの時点においても区間で差は認められな かった。 e. AST 図10.AST の推移 AST の推移を図 10 に示す。 いずれの時点においても区間で差は認められな かった。 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 -7 1 7 14 21 分娩前後日数 対照区 試験区 20 40 60 80 100 120 -7 1 7 14 21 (U/L) 分娩前後日数 対照区 試験区
図11.γ-GTP の推移 f. γ-GTP γ-GTP の推移を図 11 に示す。 いずれの時点においても区間で差は認められな かった。 g. 総コレステロール 図12.総コレステロールの推移 総コレステロールの推移を図12 に示す。 いずれの時点においても区間で差は認められな かった。 5 10 15 20 25 30 -7 1 7 14 21 (U/L) 分娩前後日数 対照区 試験区 20 60 100 140 180 -7 1 7 14 21 (U/l) 分娩前後日数 対照区 試験区 h. 中性脂肪 図13.中性脂肪の推移 中性脂肪の推移を図13 に示す。 いずれの時点においても区間で差は認められな かった。 i. 遊離脂肪酸 図14.遊離脂肪酸の推移 遊離脂肪酸の推移を図14 に示す。 いずれの時点においても区間で差は認められな かった。 0 5 10 15 20 25 -7 1 7 14 21 (mg/dl) 分娩前後日数 対照区 試験区 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 -7 1 7 14 21 (mEq/l) 分娩前後日数 対照区 試験区
j. カルシウム 図15.血中カルシウム濃度の推移 カルシウムの推移を図15 に示す。 いずれの時点においても区間で差は認められな かった。 k. 無機リン 図16.血中無機リン濃度の推移 無機リンの推移を図16 に示す。 いずれの時点においても区間で差は認められな かった。 2 4 6 8 10 12 -7 1 7 14 21 (mg/dl) 分娩前後日数 対照区 試験区 0 2 4 6 8 10 -7 1 7 14 21 (mg/dl) 分娩前後日数 対照区 試験区 l. マグネシウム 図17.血中マグネシウム濃度の推移 マグネシウムの推移を図17 に示す。 いずれの時点においても区間で差は認められな かった。 m.β-ヒドロキシ酪酸 図18.血中 β-ヒドロキシ酪酸の推移 β-ヒドロキシ酪酸の推移を図 18 に示す。 分娩後2 週間において,試験区が有意に高い値 を示した。その他の時点においては,差は認めら れなかった。 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 -7 1 7 14 21 (mg/dl) 分娩前後日数 対照区 試験区 200 400 600 800 1000 -7 1 7 14 21 (μmol/l) 分娩前後日数 対照区 試験区 *
n. 尿素窒素 図19.血中尿素窒素の推移 尿素窒素の推移を図19 に示す。 いずれの時点においても区間で差は認められな かった。 o. 血糖 図20.血糖の推移 血糖の推移を図20 に示す。 いずれの時点においても区間で差は認められな かった。 (7) 疾病の発生状況 対照区では,1 頭が分娩後に起立不能となった。 試験区では,分娩後疾病の発生はみられなかった。
考
察
本試験では,分娩前における飼料の切り替えを 2 6 10 14 18 -7 1 7 14 21 (mg/dl) 分娩前後日数 対照区 試験区 20 40 60 80 -7 1 7 14 21 (mg/dl) 分娩前後日数 対照区 試験区 簡素にし,低カルシウム血症の発生を予防し,分 娩後の高い生産性を確保することを目的とした。 尿pH は,DCAD 調整の効果を確認するための 指標として有効とされ,効果的な陰イオンの添加 により尿 pH を 6.2 ~ 6.8 に低下させるとされる 6)。本試験においては,分娩予定日 1 週間前にお いても pH は 7.3 と尿 pH の低下は軽微であった が,Heron ら7)および Penner ら 8)の研究におい ては,DCAD 処理による低カルシウム血症の予 防効果が得られたときの尿 pH はそれぞれ 7.15, 7.50 となっている。このことから,尿 pH の低下 は7.00 ~ 7.50 程度までであっても DCAD 調整に よる低カルシウム血症の予防効果が得られるもの と推察される。 乾物摂取量は,分娩後1 日目において試験区が 有意に高く,分娩後2 日目も試験区が高い傾向に あった。カルシウムイオンの働きである筋収縮と 関連があるものと推察するが,本試験では血中カ ルシウム濃度において区間で差は認められなかっ た。試験区でこのように高い乾物摂取量を示した 原因については,カルシウムイオンの濃度の変化 について調査が必要であると考えられる。 本試験では,血中の β-ヒドロキシ酪酸濃度が 分娩後2 週間に試験区で対照区よりも高い値を示 した。これは試験区での生乳生産の増大による負 のエネルギーバランスによるものと推察する。 低カルシウム血症の予防効果についてはより詳 細な検討が必要であるが,乾乳後期の飼料による 硫酸マグネシウムの添加により産後の疾病予防と 生産性の向上について一定の効果があることが示 唆された。文
献
1)大場真人(2004)DMI を科学する.デーリィ ・ジャパン,東京,p142-164 2)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構(2006)日本標準飼料成分表(2006 年版).中 央畜産会,東京 ,p52-53
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後期における DCAD 調整飼料の給与が飼養成績
及び血液性状に及ぼす影響,徳畜研報,10:10-14
6)NRC 乳牛飼養標準― 2001 年・第 7 版―.デ ーリィ・ジャパン,東京,p186-189
7)Heron VS, Tremblay GF, Oba M (2009) Timothy hays differing in dietary cation-anion difference affect the capability of dairy cows to maintain their calcium homeostasis. J Dairy Sci, 92: 238-246
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