はじめに 2014(平成 26)年 5 月現在,理学療法士養成校は,大学 95 校(定員 4,707 名),短期大学 6 校(定員 410 名),4 年制学校 68 校(定員 3,928 名),3 年制学校 80 校(定員 4,307 名),合計 249 校であり,1 年間に 13,352 名という多くの学生の受け入れ が可能になっている1)。また,日本理学療法士協会によれば, 国家試験累計合格者数 119,990 名のうち,85,127 名が日本理学 療法士協会の会員であり,医療界では大きな職能団体のひとつ となった。会員数の増加は政治力を強め,職域を維持・拡大す るために必要不可欠である。実際に,日本理学療法士協会を中 心とした様々な取り組みによって,理学療法士の職域は,産業 保健分野や介護保険分野における予防医療への参入などにまで 拡大したのも事実である。このような職域の拡大は,理学療法 (士)に対する期待の表れであると考えられる。 理学療法士は,基本動作能力の回復・維持および障害悪化の 予防を目的に,運動療法や物理療法などを用いて,自立した日 常生活が送れるよう支援する専門家である。情報化社会の進展 により,理学療法士は対象者や社会から認知されてきたもの の,その反面,理学療法士の評価が高くなっているとは言い難 い。近年,歩行練習という名の「お散歩」や慰安を目的とした マッサージに終始するリハビリテーションについて話題とな り,「なんちゃってリハビリ」という言葉が聞かれるようになっ た。これは,運動療法を中心とした治療を実施し,診療報酬を 得ている専門家に対する不信感の表れではないかと危機感を抱 く。さらに,厚生労働省は,「長期間にわたり効果があきらか ではないリハビリテーション医療の実施」を改善することを目 的に,診療報酬改定において疾患別リハビリテーションの日数 制限を定めた。すなわち,医療保険におけるリハビリテーショ ンは,機能回復が見こめる場合に限定し,機能回復が見こめな い維持期や慢性期のリハビリテーションは,介護保険で行うべ きであるということを意味している。このような診療報酬の改 定に至った理由には,臨床疫学的研究により大規模データを蓄 積し,科学的根拠に基づいた治療法の選択や運動機能障害に対 する予後予測が行われていなかったことが大きな要因のひとつ であると考えられる。 我が国で行われている大部分の理学療法では,治療効果に対 する予後予測について,担当理学療法士の経験則による主観的 な説明しかできていないのが現状である。そのため,理学療法 の治療効果や運動機能障害の予後予測に関する客観的な情報が 少なく,対象者や社会にとっては理学療法士の専門性が不透明 になっている。理学療法士の専門性とは,基本動作をはじめと する運動機能障害の原因を見きわめ,理学療法プログラムを考 察する評価推論能力であると考える。理学療法士によるこれま での臨床推論は,主観的・言語的な定性的評価が中心になって いたため,理学療法プログラムを導いた臨床推論は暗黙知で あった。しかしながら,対象者や社会に対して理学療法士の存 在意義を明確に示し,診療報酬の適正配分に繋げるためには, 定性的評価をできる限り可視化して,臨床推論の科学的根拠を 提示する必要がある。理学療法士の臨床推論に科学的根拠を加 味することは,最適かつ効果的な理学療法介入を選択するため の一助になると考える。我々は,科学的根拠に基づいた治療法 の選択と運動機能障害の予後予測を実践するための 1 手法とし て,「理学療法診断」を提案する。我々の研究グループでは, 「理学療法診断学教室」というホームページ(http://physical-therapy-diagnostics-group.kenkyuukai.jp/about/index.asp?) を作成し,全国の臨床現場に勤務する理学療法士から多施設共 同研究への参加を募集している。全国の理学療法士が協力し合 い,多施設共同研究による大規模データを提示することによっ て,最適かつ効果的な理学療法介入を選択することができれ ば,理学療法の透明性の改善と診療報酬の適正配分に繋がると 考える。 本稿では,理学療法診断の概要と理学療法診断に基づく臨床 推論(Diagnosis Based Clinical Reasoning:以下,DBCR)の 位置づけ,および我々が現在取り組んでいる多施設共同研究に
理学療法診断に基づく臨床推論の可能性
*
天 野 徹 哉
1)内 田 茂 博
2)伊 藤 秀 幸
3)田 中 繁 治
4)森 川 真 也
5)玉利光太郎
6)運動器理学療法研究部会
*Possibility of Diagnosis Based Clinical Reasoning 1) 常葉大学
(〒 431‒2102 静岡県浜松市北区都田町 1230) Tetsuya Amano, PT, MS: Tokoha University 2) 広島国際大学
Shigehiro Uchida, PT, MS: Hiroshima International University 3) 山口コ・メディカル学院
Hideyuki Ito, PT, MS: Yamaguchi Allied Health College 4) 川崎リハビリテーション学院
Shigeharu Tanaka, PT, MS: Kawasaki Junior College of Rehabilitation
5) 放射線第一病院
Shinya Morikawa, PT, MS: Department of Rehabilitation, Hohsyasen Daiichi Hospital
6) ペルー共和国国立障害者リハビリテーションセンター(JICA ボラ ンティア参加)
Kotaro Tamari, PT, PhD: Instituto Nacional de Rehabilitación, Perú
ついて述べる。 理学療法診断とは 理学療法士は対象者の運動機能障害に対して,その原因を体 系的に分析するための臨床推論能力を有する専門家である。具 体的には,運動機能障害に対して理学療法評価を行い,基本属 性や医学的属性などの影響を踏まえたうえで,解剖学・生理 学・運動学などの知識と臨床経験を基に問題点を抽出し,理学 療法プログラムの立案や変更を判断している。しかしながら, 理学療法介入にもかかわらず,運動機能障害が悪化する症例が 少なからず存在しているのも事実である。対象者の特性を考慮 した最適かつ効果的な理学療法介入を選択するためには,ある 介入において効果が期待できない症例を事前に判別することに よって,異なる介入手段を検討することが重要である。 理学療法診断とは,対象者の身体機能・運動機能における異 常な状態を把握し,理学療法介入における有用な情報を得るた めのプロセスである。理学療法診断には,「理学療法適用判断」 と「運動機能障害同定」がある。理学療法適用判断とは,理学 療法士が運動療法・物理療法・徒手療法など種々の介入の必要 性を判断することである。運動機能障害同定とは,身体機能障 害・運動機能障害の有無と程度を同定すること,あるいは将来 の転倒などのイベント発生を予測することである。これまでの 大部分の理学療法評価には,評価尺度の標準値がなく,対象者 の測定値のもつ意味が不透明であったため,理学療法プログラ ムは担当理学療法士の知識と経験に基づく自己完結型の臨床推 論に依存していた。担当理学療法士の知識と経験に基づく臨床 推論は暗黙知,すなわち主観的であり,臨床経験の差が大きく 影響する。一方,理学療法診断では,理学療法士の知識と経験 に加えて,理学療法検査の標準値と対象者の測定値との比較に よる定量的な予後予測に基づき理学療法プログラムを判断する ため,臨床推論の妥当性を可視化することが可能になる。養成 校の増加に伴う,若手理学療法士の急増を考慮すると,暗黙知 であった臨床推論を形式知化して,対象者の特性を考慮した最 適かつ効果的な理学療法介入を選択できるようなシステムを構 築する必要がある。理学療法診断は,経験の浅い理学療法士に とって,形式知化された知識を手掛かりに技術を効率的に習得 していくことができ,対象者や社会にとっては明快な情報のひ とつになり得ると考える。 理学療法診断に基づく臨床推論とは DBCR では,理学療法検査の標準値を設定し,対象者の測 定値と照合することによって,科学的根拠に基づいた治療法の 選択と運動機能障害の予後予測を可能にするため,理学療法 士による臨床推論の妥当性を可視化することができる。これ まで暗黙知であった理学療法士の臨床推論を形式知にするため には,臨床で用いられている理学療法評価を数量化し,診断特 性値を確立する必要がある。診断特性とは,ある検査のもつ診 断能力を表す感度・特異度・尤度比を指す。感度とは障害をも つ中で,検査が陽性にでる確率のことであり,除外診断に用い られる。また,特異度とは障害をもたない中で,検査が陰性に でる確率のことであり,確定診断に用いられる。ただし,感度 と特異度はその値がどの程度であれば,診断的検査として役に 立つかということは不明である。一方,尤度比は感度・特異度 と同様に,身体徴候の識別力を表すものであるが,検査後確率 の推定に利用できるため,どの程度の値であれば診断的検査と して臨床的に価値があるかということを示すことができる2)。 尤度比には,陽性尤度比(以下,LR+)と陰性尤度比(以下, LR ‒)があり,LR+ は 10 を超過する場合に確定診断として, LR ‒ は 0.1 を下回る場合に除外診断として有用であり,診断的 検査として臨床的に価値があるとされている3)。しかしなが ら,保健科学分野において,多くの診断的検査は LR+ が 2 ∼ 5,LR ‒ が 0.5 ∼ 0.2 であるため,1 つの検査の結果のみで診断 に有用になることはない。さらに,科学的根拠に基づいた治療 法の選択や運動機能障害に対する予後予測をするためには,検 査前確率から検査後確率が上昇する必要がある。検査前確率と は,情報を仕入れる前に見積もった障害がある確率を指す。一 方,情報を仕入れることによって,障害の有無を予測する確率 は変化する。これを検査後確率といい,検査前確率より検査後 確率が上昇し,なおかつ検査後確率が確定診断では 100%,除 外診断では 0%に近いほど,その検査は診断学的価値があるこ とを意味する4)。したがって,保健科学分野における臨床疫学 的診断では,一定の判別能力をもつ,互いに独立した検査を複 数組み合わせることによって,尤度比や検査後確率を高める臨 床予測式(Clinical Prediction Rule:以下,CPR)を抽出する ことが重要であると考える。 近年,運動器リハビリテーション分野では,具体的な数値 を用いて理学療法適用判断を行う CPR を抽出した先行研究が 散見されるようになった。変形性膝関節症(以下,膝 OA)患 者を対象とした先行研究において,Currier ら5)は,①股関 節・鼠径部の疼痛または知覚異常,②大腿前面の疼痛,③膝関 節屈曲角度 122° 未満,④腹臥位での股関節内旋角度 17° 未満, ⑤股関節の離開による疼痛の 5 つの検査から構成される CPR のうち,股関節のモビライゼーションによって膝関節痛の改善 が得られる確率が,検査前確率が 68%であったのに対し,2 つ の検査が陽性であった場合の LR+ は 12.9,検査後確率は 97% に上昇したと報告している。また,Deyle ら6)によれば,① 膝蓋大腿関節の疼痛,②前十字靭帯の緩み,③身長 1.71 m 以 上の 3 つの検査から構成される CPR のうち,徒手療法と運 動療法によって Western Ontario and McMaster Universities Osteoarthritis Index(以下,WOMAC)スコアの改善が得ら れない確率が,検査前確率が 17%であったのに対し,2 つの検 査が陽性であった場合の LR+ は 36.67,検査後確率は 88%に 上昇したと報告している。さらに,介護予防の観点から理学療 法適用判断を検討した先行研究も報告されている。森川ら7) は,地域高齢者を対象に,①骨量,②自己効力感,③膝伸展筋 力の 3 つの検査を組み合わせた CPR を抽出し,各検査を得点 化した尺度(生活空間予測スケール)の合計得点(最低点 0 点, 最高点 9 点,合計得点が高いほど,生活空間が低いことを意味 する)と 1 年後の生活空間の変化との診断特性を算出した。そ の結果,生活空間予測スケールの合計得点が 2 点以下の場合は, 理学療法介入によって,1 年後に一定の生活空間を維持・改善 できる確率が 50.7%から 92.9%に上昇し,合計得点が 7 点以上
の場合は,理学療法介入にもかかわらず生活空間が低活動域か ら脱却できない確率が 50.7%から 90.0%に上昇したと報告して いる。これらの先行研究では,理学療法士が臨床現場で実施可 能な検査のカットオフ値を基に CPR を抽出し,設定した理学 療法介入における適用がある症例とそうでない症例を事前に判 別することができるため,理学療法プログラムの立案時や変更 時に有用である。加えて,先行研究での CPR は陽性検査数が 増えれば検査後確率が高まるということを簡便に示すため,対 象者毎の測定値を重回帰式に代入して検査後確率を算出する必 要がなく,臨床現場において簡便に利用できるという利点があ る。抽出された CPR の交差妥当性の検証と CPR の使用の有無 による治療成績の比較や医療費削減へ与える影響を検証するこ とによって,CPR の臨床的有効性を確認することができれば, 対象者や社会への説明責任を果たせるため,理学療法の透明性 の改善に繋がると考えられる。 多施設共同研究の取り組み 膝 OA は,経年的に病期や症状が悪化する退行変性疾患であ り,身体機能や運動機能が低下する症例に対して,年間 5 万件 以上の手術療法が施行されている8)。人工膝関節置換術に対す る入院中のリハビリテーションでは,入院期間短縮による医療 費削減を目的として,クリティカルパスが積極的に導入されて いる。手術療法に関する先行研究として,Kennedy ら9)は, 人工関節置換術後 7 日目以降のリハビリテーションの有無が, 術後 15 週までの運動機能の改善に影響を与えることを報告し ている。また,術前の身体機能や運動機能が,術後運動機能の 予測因子となることが報告されている10)11)。このように,膝 OA に対する人工膝関節置換術後のリハビリテーションの重要 性や術前因子が術後運動機能の予測因子として重要な影響を与 えることが指摘されている。しかしながら,先行研究の限界と して,バリアンス発生に対する検討がされていないことが挙げ られる。クリティカルパスから外れる見こみの高い症例,すな わち,歩行自立日数や入院期間が延長する可能性の高い症例 を,術前検査から判別することができれば,異なる理学療法介 入を検討することができるため,バリアンス発生を予防できる 可能性がある。 現在,我々が取り組んでいる多施設共同研究では,人工膝関 節置換術適用患者を対象に,術前検査から歩行自立日数や入院 期間を判別する CPR を抽出すること,術後の身体機能検査・ 運動機能検査の標準値を設定することを目的として,全国 4 施 設の協力を得て実施している。対象者の取込基準は,人工膝 関節全置換術(Total Knee Arthroplasty:TKA)適用例およ び 単 顆 関 節 置 換 術(Uniconpartmental Knee Arthroplasty: UKA)適用例とし,除外基準は運動麻痺などの神経学的所見 が認められる者,膝関節以外の関節可動域制限や疼痛が著明で 立ち上がり・歩行動作の制限になっている者,認知機能障害・ 精神機能障害を有する者とした。なお,本研究は倫理委員会の 審査を受け,承認を得た(承認番号:1304161)。協力施設に対 しては,調査・測定項目に関するマニュアルを配布するととも に,協力施設にて研究説明を実施し,施設間での測定誤差を少 なくするよう対応した。調査・測定項目を表 1 に示す。 2014 年 5 月現在,92 例の調査・測定を実施した。対象者の 基本属性と医学的属性を表 2 に示す。人工膝関節置換術適用患 者の属性は,非常に幅広い範囲であることが示された。膝 OA 表 1 多施設共同研究の調査・測定項目 基本属性 性別・年齢・BMI 医学的属性 KL 分類・術式・FTA・JOA スコア・障害側・服薬の有無など
身体機能 膝伸展筋力・膝屈曲筋力・股伸展筋力・膝伸展 ROM・膝屈曲 ROM・股伸展 ROM・疼痛 運動機能 5 m 最大歩行速度・TUG・6MD
その他 日本語版応用的日常生活活動自己評価表(SR-FAI)・FIM・JKOM・自己効力感 BMI:Body Mass Index,KL 分類:Kellgrem-Lawrence 分類,FTA:大腿脛骨角
JOA:日本整形外科学会変形性膝関節症治療成績判定基準,ROM:関節可動域,TUG:Timed Up & Go test 6MD:6 分間歩行テスト,FIM:機能的自立度評価表,JKOM:変形性膝関節症患者機能評価尺度
表 2 人工膝関節置換適用患者の基本属性と医学的属性
性別 男性:16 名 女性 76 名 n = 92
年齢(歳) 76.6 ± 7.3(62.0 ∼ 91.2) n = 92 BMI(kg/m2) 24.9 ± 3.7(17.5 ∼ 32.3) n = 91 KL 分類 Grade2:5 名 Grade3:26 名 Grade4:55 名 n = 86 術式 TKA:69 名 UKA:17 名 n = 86 術側 FTA(度) 183.8 ± 7.4(169.0 ∼ 198.6) n = 70 JOA スコア(点) 49.3 ± 12.1(25.1 ∼ 73.5) n = 42 BMI:Body Mass Index,KL 分類:Kellgrem-Lawrence 分類,FTA:大腿脛骨角 JOA:日本整形外科学会変形性膝関節症治療成績判定基準,
平均±標準偏差(標準範囲)を示す.標準範囲は,分布の 95%信頼区間(平均± 2SD)を 指す.
重症度分類のひとつである Kellgrem-Lawrence 分類において は,Grade4 が手術適用としてもっとも多くなることは容易に 想像できるが,Grade2 においても 5 例が手術適用となってい た。これまで膝関節立位正面像の X 線における重症度分類が, 手術適用を判断する重要な指標とされていたが,その他の属性 や身体機能と併せて手術適用を検討していることが示唆され た。さらに,膝 OA 患者の臨床像は,人工膝関節置換術適用患 者に限定しても幅広いことが示されたため,膝 OA 患者をひと つの疾患としてまとめて理学療法介入を検討していくことに限 界があることが理解できる。 術前・術後 14 日目の身体機能と運動機能を表 3 に示す。術 後 14 日目の身体機能である術側膝関節筋力・術側膝関節可動 域,運動機能である 5 m 最大歩行速度(以下,5 mMWS)・ Time Up & Go test(以下,TUG)は,術前機能を上回ってい ないことが示された。人工膝関節置換術では入院期間の短縮に より,術後 14 日以内で退院する症例もみられるが,術後 14 日 目の時点では術側身体機能と運動機能の改善は認められていな いことが示唆された。そのため,退院後も術側身体機能と運動 機能の改善を目的としたリハビリテーションを継続する必要性 があると考えられる。歩行自立日数と入院期間を表 4 に示す。 本研究における歩行自立日数の定義は,T 字杖歩行がひとり で可能になるまでに要した手術日からの日数とした。判定基準 は,① 2 名の理学療法士が主観的判断により 50 m 以上の T 字 杖歩行が可能であると判断した場合,②対象者自身が病棟内の T 字杖歩行に自信がある場合,③ TUG が 13.5 秒以下になった 場合の 3 条件とした。上記 3 条件をすべて満たすまでに要した 日数を歩行自立日数とした。本研究結果より,歩行自立日数は 14.4 ± 4.4 日,入院期間は 23.0 ± 5.6 日であり,病棟内での T 字杖歩行自立後,退院までに 1 週間以上の日数を要することが 示された。T 字杖歩行が自立した後においても,自宅での日常 生活活動(ADL)を想定したリハビリテーションや自宅の環 境調整・家族の受け入れなどの退院調整に,1 週間以上の時間 を要したことが推察される。なお,上記データは所在地が異な る 4 つの施設から集積したデータであり,1 施設における属性 のような偏りはなく,人工膝関節置換術適用患者の属性を反映 しているものと考えられる。しかしながら,症例数が 100 例未 満と少ないため,人工膝関節置換術適用患者における属性の標 準値として参考にはできないことに注意が必要である。 多施設共同研究の取り組みにおいて,より重要なことは前述 したデータを基に,歩行自立日数や入院期間が延長している症 例に対して,術前検査の標準値を設定し,バリアンス発生を判 別する CPR を抽出することによって,最適かつ効果的な理学 療法介入を選択できるようなシステムを構築することである。 検査の標準値設定を行うためには,大規模調査により多くの症 例数を集積し,様々な要因によって層別化された信頼のできる データを提示していく必要がある。全国の理学療法士が共通の 目標に向かって協力し合い,多施設共同研究を行うことによっ て,DBCR を実践するための大規模データを蓄積することがで きれば,科学的根拠に基づいた治療法の選択と運動機能障害に 対する予後予測が可能になると考える。今後は,多施設共同研 究の調査・測定を継続して行い,500 例以上の症例数を集積し, 人工膝関節置換術適用患者における歩行自立日数・入院期間を 表 3 術前・術後の身体機能と運動機能 術前 術後 14 日目 術側膝伸展筋力(Nm/kg) 0.75 ± 0.33 (0.17 ∼ 1.43) n = 83 0.44 ± 0.26 (0.09 ∼ 1.07) n = 73 術側膝屈曲筋力(Nm/kg) 0.37 ± 0.18 (0.10 ∼ 0.77) n = 83 0.25 ± 0.11 (0.09 ∼ 0.47) n = 73 術側膝伸展 ROM(度) ‒ 8.7 ± 8.3 (‒ 30 ∼ 0) n = 89 ‒ 8.4 ± 6.2 (‒ 25 ∼ 0) n = 80 術側膝屈曲 ROM(度) 122.6 ± 18.0 (70 ∼ 155) n = 89 106.8 ± 15.3 (78 ∼ 140) n = 80 5 mMWS (m/ 分) 59.3 ± 18.9 (15.5 ∼ 93.2) n = 86 49.0 ± 15.8 (12.4 ∼ 73.3) n = 65 TUG(秒) 12.2 ± 5.2 (6.9 ∼ 22.4) n = 84 14.2 ± 4.4 (8.5 ∼ 25.3) n = 62 ROM:関節可動域,5 mMWS:5 m 最大歩行速度,TUG:Timed Up & Go test,
平均±標準偏差(2.5 パーセンタイル∼ 97.5 パーセンタイル)を示す. 2.5 パーセンタイル∼ 97.5 パーセンタイルは,分布の 95%範囲を指す. 表 4 歩行自立日数と入院期間 歩行自立日数(日) 14.4 ± 4.4(5.6 ∼ 23.2) n = 50 入院期間(日) 23.0 ± 5.6(11.8 ∼ 34.2) n = 60 平均±標準偏差(標準範囲)を示す.標準範囲は,分布の 95%信頼区間(平 均± 2SD)を指す.
判別する CPR の抽出と術後の身体機能検査・運動機能検査の 標準値を提示していきたい。 結 語 これまで暗黙知であった理学療法士による臨床推論に形式知 を加味するためには,臨床で用いられている理学療法評価をで きる限り数量化して,科学的根拠に基づいた治療法の選択や運 動機能障害に対する予後予測を行う必要がある。DBCR によ り,理学療法士が実施可能な検査の標準値を設定し,CPR の 臨床的有効性を確認することができれば,対象者の特性を考慮 した最適かつ効果的な理学療法介入を選択するための一助にな ると考える。さらに,多施設共同研究によって,様々な要因に よって層別化された信頼性のある大規模データを提示すること ができれば,対象者や社会への説明責任を果たせるため,理学 療法の透明性の改善と診療報酬の適正配分に繋がると考える。 謝辞:多施設共同研究の調査・測定にご協力していただいてお ります川崎医科大学附属病院,倉敷中央病院,済生会みすみ病 院,総合病院回生病院の理学療法士の皆様に深く感謝いたし ます。 文 献 1) 公益社団法人日本理学療法士協会ホームページ「理学療法士養 成 校 一 覧 」.http://www.japanpt.or.jp/physicaltherapy/become_ physicaltherapist/traitrai/(2014 年 5 月 31 日引用) 2) McGee S:マクギーの身体診断学,─エビデンスにもとづくグロー バル・スタンダード(第 2 版).柴田寿彦(訳),診断と治療社, 東京,2009,pp. 2‒13.
3) Stern S, Cifu A, et al.:考える技術 臨床的思考を分析する(第 2 版).竹本 毅(訳),日経 BP 社,東京,2011,pp. 1‒11. 4) 野口善令,福原俊一:誰も教えてくれなかった診断学.医学書院,
東京,2008,pp. 103‒181.
5) Currier LL, Froehlich PJ, et al.: Development of a clinical prediction rule to identify patients with knee pain and clinical evidence of knee osteoarthritis who demonstrate a favorable short-term response to hip mobilization. Phys Ther. 2007; 87: 1106‒1119.
6) Deyle GD, Gill NW, et al.: Knee OA: which patients are unlikely to benefi t from manual PT and exercise? J Fam Pract. 2012; 61: 1‒8. 7) 森川真也,玉利光太郎,他:地域高齢者を対象とした生活空間の
縦断的変化とその予測モデルの提案.第 49 回日本理学療法学術大 会(横浜),日本理学療法士協会,2014:0823.
8) 勝呂 徹:人工膝関節再置換術.メジカルビュー社,東京,2009, pp. 2‒6.
9) KenndeyDM, Stratford PW, et al.: Modeling early recovery of physical function following hip and knee arthroplasty. BMC Musculoskelet Disord. 2006; 7: 100‒113.
10) KenndeyDM, Hanna SE, et al.: Preoperative function and gender predict pattern of functional recovery after hip and knee arthroplasty. J Arthroplasty. 2006; 21: 559‒566.
11) 内田茂博,玉利光太郎,他:人工膝関節置換術後早期における運 動機能予測因子の検討―術前身体・精神機能と退院前運動機能と の関係―.理学療法学.2011; 38: 442‒448.