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経頭蓋磁気刺激を利用した中枢神経系機能の評価とその応用

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(1)理学療法学 第 72 44 巻第 1 号 72 ∼ 78 頁(2017 年) 理学療法学 第 44 巻第 1 号. 理学療法トピックス シリーズ 「中枢神経機能の計測と調整」. 連載第 4 回 経頭蓋磁気刺激を利用した中枢神経系機能の. 評価とその応用* 菅 原 憲 一 1). はじめに─理学療法に TMS が導入展開され てきた経緯─. 枢神経系の促通・抑制にかかわるメカニズムを明らかに する検討がなされている. 1‒3). 。2)はある運動にかかわ. る純粋な運動プログラムの変容動態や,付加される感覚 4).  随意運動の発現にかかわる中枢神経系による運動制. 入力の影響などが検討されている. 御動態の検証は,多くの研究分野によって積極的に進. 力を付与することによる運動への影響などが検索されて. められている研究課題である。我々理学療法士は運動. いる. そのものが対象であり,目的であり,方法であることか. 中枢神経系の可塑的変化を見ることが可能となる。特. らあらゆる運動の制御動態についての知識・検証を積み. に,トレーニング効果による中枢神経系の興奮性の変. 重ねることが重要となる。さらに,様々な運動における. 化. 神経系の生理学的知見について応用的な視野をもつこと. 範な神経回路の可塑的変化の解明にかかわる研究などの. は,自らの理学療法における展開に揺るぎない基盤をも. 基礎的知見が検証されている. つことに他ならない。基礎理学療法分野において,ここ.  これら 1)∼ 4)の課題の重要性は,理学療法が中枢. 20 数年来より経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic. 神経系における運動制御動態の基礎的知見を必要として. Stimulation;以下,TMS)を用いた大脳皮質運動野に. いることに関連するものであろう。特に上位運動中枢の. おける運動制御にかかわる研究の数は飛躍的に増大し. 運動発現にかかわる振舞いを検討することは,運動制御. ている。それらの研究は実に幅広く,その中でも,特. のみならず運動学習による影響を考慮することも可能と. に TMS による運動との関連を見るうえで以下のポイン. なる。これは運動・動作自体の変化を生じさせる理学療. トによって行われる研究は理学療法との強い関連を呈す. 法にとってきわめて重要な研究課題となる。. るものである。1)ある筋が運動を行っている最中の皮.  そこで,当総説では TMS の基本的な原理や,単発刺. 質運動野の興奮性を検証する(運動中の筋制御動態の検. 激または 2 連発磁気刺激を利用した中枢神経系機構の分. 証),2)筋の収縮がない状態,ある運動を企図している. 析方法,また,それらを利用し,特に 1)∼ 4)の課題. 最中の皮質運動野の興奮性を検証する(運動イメージ時. を検討することを中心として,その実践する際の注意点. の興奮抑制動態の検証),3)各種感覚入力による皮質運. などについて概説する。. 動野の興奮性変化動態の検証をする,4)運動学習によ る皮質運動野の興奮性動態にかかわる変化の検証など, この他にも様々な状態における皮質運動野の検索を行う. 。3)は各種感覚入. 5)6). 。4)は時系列で運動の学習が進む中で生じる. 7)8). ,また,運動学習による運動野の介在細胞群の広 9)10). 。. TMS の原理 1.TMS の刺激原理. 研究がある。当総説ではこの 1)∼ 4)における各種測.  TMS 装置は刺激発生器と刺激コイルから構成される. 定条件の注意点を中心としてその解説を試みることとす. (図 1)。TMS の刺激原理は Faraday の電磁誘導の法則. る。1)の課題は,運動発現にかかわる筋を支配する中. に基づくもので,一次コイルに刺激コイル,二次コイル は生体組織がそれに相当するものである。また,刺激コ. *. Brain Function Measurement using Transcranial Magnetic Stimulation and Its Applications 1)神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部リハビリテーション学科 (〒 238‒8522 神奈川県横須賀市平成町 1‒10‒1) Kenichi Sugawara, PT, PhD: Faculty of Health and Social Services, School of Rehabilitation, Kanagawa University of Human Services キーワード:経頭蓋磁気刺激,運動誘発電位,中枢神経系機能. イルと生体組織は電気的に絶縁されている状態である。 刺激装置からコイル内に瞬時に急激な電流を流し,その 周囲に変動磁場を発生させる。この誘導電場はコイル内 の電流とは逆向きに生体組織に渦電流を生じる。この体 内に生じた渦電流が神経膜に脱分極を生じさせることで.

(2) 経頭蓋磁気刺激を利用した中枢神経系機能の評価とその応用. 73. 神経や筋からの活動電位を生じさせるものである。以. 誘 発 電 位(Motor Evoked Potential; 以 下,MEP) で. 上のようなメカニズムにより TMS はコイルから遠隔し. ある(図 3. 12). )。. た部分を刺激することが可能なため,通常,頭部にコイ ルをあてることにより,脳表面である大脳皮質の該当部 分に刺激を伝えることができる。また,TMS によって. 3.TMS による MEP の生理学的機序(I-wave と D-wave: 図 4 13)). 刺激される部位はその刺激方法により異なる。図 2 に示.  MEP 発生にかかわる生理学的機序は,TMS による刺. すコイルの置き方によって行うのが標準的な方法であ. 激エネルギーによって直接的に錐体路細胞を興奮させた. る. 11). 。なお,目的とする筋から反応を得るためには実. 験ごとに刺激部位の微調整が必要となる。. 結果生じる MEP(D-wave:direct-wave の略)と皮質 介在ニューロンなどを興奮させた結果,間接的に錐体路 細胞の興奮(I-wave:indirect-wave の略)を生じる. 14). 2.運動誘発電位とは. ものがある。特に,経頭蓋“電気”刺激(Transcranial.  TMS を用いた電気生理学的検査法における指標は,. Electrical Stimulation; 以 下,TES) な ど に よ る 刺 激. 前述した発生機転による皮質内の誘導電流により脳を経. においては,D-wave が生じる。一方,TMS ではおも. 頭蓋的に興奮させることで結果的に生じる筋の反応をみ. に I-wave が生じるとされる。これは,発生するエネル. るものである。この一連のメカニズムは刺激コイルによ. ギーの物理的な特性に由来するものである。TMS の場. り一側の大脳皮質一次運動野(M1)を刺激することに. 合,コイル内を電流が流れた結果生じる磁場(誘導電流). よって M1 に存在する錐体路細胞(皮質脊髄路細胞)に. が,皮質と平行に発生し,水平方向の浅い部分を刺激し. シナプス結合している皮質介在ニューロン群または,直. やすいが,皮質と垂直に走る錐体路細胞の軸索は興奮し. 接錐体路細胞が興奮する。この興奮によって生じる発射. にくいのである。一方,TES は刺激電極の貼付位置か. が皮質脊髄路を下降して反対側の脊髄 α 運動ニューロ. ら電流はより垂直方向に流れるため,直接錐体路細胞の. ンを興奮させ運動神経線維を伝って該当する筋を収縮さ. 軸索が刺激されることにより D-wave が発生するもので. せる。この筋の反応を筋電図によって捉えたものが運動. ある。I-wave により発生する MEP は,この連続して錐 体路を下降する I-wave(multiple descending volleys) が脊髄 α motoneuron に対し時間的加重を生じ,数発目 の I-wave により閾値に達することで α motoneuron が 発火し筋電図が生じる。そのため,I-wave の要素によっ て発生する MEP は D-wave によって発生する MEP に 比較してその潜時(latency;ms)が数 ms 遅いことで 明確に区別される。このように,TMS によって生じる. 図 1 磁気刺激装置と刺激コイル(写真提供 ミユキ技研). MEP が I-wave を主としているということから対象と. 図 2 刺激部位とコイルの位置 実線の矢印はコイル内に流れる電流の方向,点線は脳表面に流れる電流の方向を示 す.コイル内の電流と脳内に流れる渦電流は逆向となっている. (文献 11:木村 淳,真野行生,宇川義一,他:磁気刺激法に関する委員会報告− 磁気刺激のスタンダードな方法.脳波と筋電図 22(2):218‒219,1994).

(3) 74. 理学療法学 第 44 巻第 1 号. 図 3 MEP の経路. 指標となりうる。しかし,これには下記に示すように 慎重な刺激強度の設定やその他の適切な実験設定が要 求される。すなわち,TMS でも刺激強度の増強による D-wave の混入やコイル方向の違いによっても刺激され やすさが変化することで,異なる I-wave 成分の混入, さらには被検者の意識の高低など考慮すべき多くの影響 因子を実験上制御し実行する必要性がある。. MEP の測定方法 1.刺激部位の決定  標準的な刺激部位を図 2 に示した。さらに,詳細に刺 激部位を決定するためにスイミングキャップ等を被った うえで鼻根と後頭結節を線で結ぶ線と両耳介を結ぶ線の どちらも二分にする点を頭頂(Cz)に設定する(国際 脳波記録法に基づく)。この Cz を中心として 2 cm 間隔 でマッピングを施し,その線を基準に刺激部位を同定す る方法がある。この方法であれば,刺激場所の同定,お よび統一した刺激部位を刺激できる(図 5)。これを参 考に微調整しもっとも目標となる筋から MEP が導出で 図 4 I-wave と D-wave 磁気刺激 1 回で皮質運動ニューロンは 500 Hz(2 ms)以上の 高頻度で数回発火する性質をもつ.反復する volley は I-wave と い う. こ の た め D-wave よ り も 潜 時 が 長 い 特 性 を も つ. TMS では I-wave を主としていることから皮質運動野全般の 興奮性をみるため有効な指標となりうる.. きる点を決定し測定を行う。 2.刺激強度  上述した方法で具体的な刺激場所が決定された 後, そ の 刺 激 部 位 に TMS を 行 い, 運 動 閾 値(motor threshold;以下,MT)を決定する。MT は最小の刺激 で MEP が出現するときの刺激強度を決定するものであ. なる運動課題または運動出力に対して影響を及ぼす皮. る。TMS の出力の%表示の値を刺激強度(%)として. 質運動野介在ニューロン群の広汎な興奮性の変化,つ. 表す。刺激強度の決定は,当該筋の安静状態で 50%以. まり M1 の当該運動に関連した全般の興奮性を反映した. 上の確率で 50 μ V の MEP 振幅を誘発可能な最低の刺.

(4) 経頭蓋磁気刺激を利用した中枢神経系機能の評価とその応用. 75. 図 5 刺激場所の同定にかかわる方法の一例. 激強度と定義されている(安静時閾値,resting motor threshold;rMT) 。 ま た, 当 該 筋 の 等 尺 性 収 縮 中 に 50%の確率で 200 μ V より大きい MEP がでる強度を収 縮時閾値(active motor thereshold;aMT)という. 15). 。. MEP の測定においては記録時の状態が安静時および運 動時の MEP を計測するのかによってこれを使い分け るとともに,試験時の刺激強度(テスト刺激強度;test stimulus intensity)は確実に MEP が出現する強度とす. 図 6 bistim module の写真(写真提供 ミユキ技研). る。通常は各 MT の 1.1 ∼ 1.3 倍などの強度を決定して 一貫して行うものである。  なお,閾値は実際の筋収縮が生じている場合は安静時. 刺激コイルから連続した 2 発の刺激を行うものである. より低くなる。そのため,TMS の刺激が行われる直前. (図 6)。一発目の刺激は MEP が出現しない MT 以下の. の 背 景 筋 放 電(background EMG; 以 下,BEMG) が. 刺激,これを条件刺激(conditioning stimulus)という。. 安静時の記録であれば存在していない状態,また筋収縮. 二発目の刺激は通常は 1 mV の MEP 振幅を出現させ. 時の MEP 測定であれば,同一の BEMG が生じている. る強度で行うものであり,これを試験刺激という(test. ことが明示される必要がある。BEMG の存在がそれぞ. stimulus)。この条件−試験の 2 つの刺激は,刺激時間. れの MEP で異なるということは,同一条件で取られた. 間隔(interstimulus interval;以下,ISI)を変化させる. MEP ではないということを示す。. ことで運動野に生じる変化を検査するものである。ISI. 刺激方法の種類とその意義. が 1 ∼ 5 ms であると test 刺激のみの MEP と比較して MEP は抑制(小さくなる)を示す。この抑制を short. 1.単発刺激. interval intracortical inhibition(以下,SICI)という。.  単発刺激(single-pulse TMS)は 1 回の単発の TMS. また,同一の刺激強度を使用し,ISI を 6 ∼ 20 ms にす. 刺激によって生じる MEP 反応を各条件間でそれぞれ複. るとその MEP は逆に test 刺激のみの反応と比較して増. 数回収集し,平均値として,その各条件間の振幅の指標. 大を示す。これを intracortical facilitation(以下,ICF). を比較検討するものである。MEP は振幅(mV),潜時. という。この SICI と ICF によりヒト運動野における運. (ms)などを中心とした反応を基本にその分析を行うも. 動制御にかかわる抑制回路機構や促通回路機構を評価す 16). )。なお,この SICI は薬. のである。理学療法分野ではおもに基礎研究において用. ることが可能となる(図 7. いられ,随意運動解析にかかわる電気生理学的研究とし. 理学的な検討が行われ GABAA-receptor agonist が SICI. て運動によって生じる条件間の促通,抑制機構の分析,. を増強することが報告されている. または運動学習にかかわる運動野の可塑性の研究など,.  さらに,2 つの刺激コイルを用いることで,condi-. 広範囲に及ぶ検討に用いられている。また,臨床分野に. tioning 刺激を運動野以外の場所に加えて,test 刺激は. おいては中枢神経伝導時間,錐体路障害の検索などを行. 運動野に与えてその相互作用を検討する方法がある。. う検査・診断にも用いられている。. Conditioning 刺 激 を 行 う 場 所 と し て 同 側 の premotor cortex. 17‒19). 。. 20). ,対側小脳 21)さらに,近年多く使用されてい. 2.2 連発刺激. る半球間の相互作用を検索する手段である対側運動野へ.  2 連発磁気刺激法(paired-pulse TMS)は 2 台の磁気. の条件刺激を行うもの. 刺激装置を連結装置(Bistim module)で結合し 1 つの. とで,各大脳皮質部位が運動野に及ぼす特異的効果を検. 22). など様々な試みが行われるこ.

(5) 76. 理学療法学 第 44 巻第 1 号. では日本臨床神経生理学会のガイドラインで「単発,二 連発磁気刺激法の安全性について現在のところ問題な いが,この場合も inter-train intervals は 2 秒以上とす る. 23). 」また,「安静時閾値以下の強度で 1 Hz 以下の頻. 度の刺激に関しては,1 週間に 1,500 回を上限として施 行する. 24). 」とされている。研究で使用される場合はて. んかん患者,またはペースメーカー装着患者などは禁忌 となる。そのため施行前に既往歴をしっかりと把握する 必要がある。さらに,刺激する際に刺激強度が大きくな るにつれてコイルからのクリック音が大きくなり難聴の 原因となる。そのため,耳栓を使用することが推奨され ている。  以上の注意点を理解,遵守したうえで単発刺激,2 連 発刺激が施行されるのであればその安全性は確保でき る。なお,2006 年の臨床神経生理学会磁気刺激法に関 する委員会報告の提言では『単発刺激でも中枢神経を刺 激する場合,予想に反する事態に備え,少なくとも一 人の医師が研究グループに入っていることが望ましい。 ただし,単発・2 連発刺激の場合,該当施設の倫理委員 図 7 2 連発刺激による抑制と促通回路の検討 A:実際の波形.Control は試験刺激(test;T)のみを行っ たときの MEP を示す.それ以外は条件刺激(condition;C) と試験刺激の両方をそれぞれに示す間隔で与えたときの MEP の変化を示す. B:条件刺激と試験刺激の時間間隔(ISI)が 1 ∼ 6 ms まで の短い時間間隔では試験刺激のみで得られる MEP と比較し 抑制を示す.一方,ISI が 8 ms 以降の長い時間間隔では促通 が観察される.. 会の承認があれば絶対に医師がいることが条件ではな い. 25). 』となっている。筆者の所属施設においては,さ. らに厳しい条件を自ら付与したうえで,倫理委員会にこ のような安全性の確保がされていることを実験毎に承認 を受け実施している。. TMS でわかること  上述したように,一般的に TMS は直接大脳皮質運動. 証する手段が存在している。. TMS の安全性について. 野に磁気エネルギーを与えることで,誘導電流により皮 質に存在する各種介在ニューロン群を興奮させるもので ある。その活動は皮質脊髄路細胞を興奮させ筋の収縮,.  TMS の安全性は,その刺激方法によってそれぞれ異. つまり MEP を発生させる。その MEP を分析すること. なる。TMS は前述したように単発刺激,2 連発刺激の. で皮質の活動を類推し運動制御の指標とするものであ. 刺激方法と,反復経頭蓋磁気刺激法(repetitiveTMS;. る。研究の目的としては,1)ある筋が運動を行ってい. 以下,rTMS)という治療を中心とした方法が存在する。. る最中の皮質運動野の興奮性を検証する(運動中の筋制. 前者と後者はその安全性の基準が大きく異なっている。. 御動態の検証),2)筋の収縮がない状態,ある運動を企. 特に rTMS は治療に用いることからなんらかの病巣を. 図している最中の皮質運動野の興奮性を検証する(運動. 有する脳に直接刺激を加えるもので,さらに,高頻度な. イメージ時の興奮抑制動態の検証),3)各種感覚入力に. 刺激を与えるため医師が行うものとされる。そのため本. よる皮質運動野の興奮性変化動態の検証,4)運動学習. 稿では理学療法士にかかわる脳機能の検討を中心に論じ. による皮質運動野の興奮性動態の変化の検証など,この. ることから健常者を対象とした単発刺激と 2 連発刺激を. 他にも様々な状態における皮質運動野の検索を行う指標. 中心にその安全性について論じる。. となる。しかし,1)∼ 4)における各種測定条件におけ.  単発刺激・2 連発刺激の安全性は,現在通常用いられ. る注意点を熟知して測定する必要がある。下記にそのポ. る 0.2 Hz 以下の単一刺激では健常者に痙攣が生じるこ. イントとなる点を挙げる。. とはなく. 15). ,さらに,TMS の単発刺激による機能的副. 作用の報告は認められていない。以上のことから,単発. 1)ある筋が運動を行っている最中の皮質運動野の興奮 性を検証する(運動中の筋制御動態の検証). 刺激や 2 連発刺激による方法論は安全性が確認されてい.  運動中の MEP は前述した通り,その比較を行うにあ. る。しかし,脳を刺激することから不測の事態には常に. たり筋収縮量,または BEMG が同一の状態で刺激が行. 対応できる状態を保持することが推奨されている。本邦. われる必要がある。この条件が異なれば現れる MEP は.

(6) 経頭蓋磁気刺激を利用した中枢神経系機能の評価とその応用. 77. 異なるのが当然となる。TMS は瞬間のパルスなので,. 程度とを関連させて検討することが重要である。このよ. 同一筋に対して,また運動の方略も同一のパターンにお. うなことから,運動学習前後で皮質運動野に生じる抑. いて収縮量を一定にした中でサンプリングする。なお,. 制・促通動態を分析するツールとして MEP が使用され. 記録後,刺激前 100 ms 間の BEMG を比較し同一であ. る。この場合の MEP の測定にあたっては,運動学習前. ることを検定する。また,運動開始時や収縮量の変動中. 後で MEP 測定を行うことから同一筋収縮状態で TMS. の MEP を記録する場合などは,運動の同一相で刺激が. をトリガーすることに注意する必要がある。また,大き. なされるようにコンピュータプログラムやトリガー発生. く運動が変化してしまう場合には,運動イメージを用い. 装置などを利用して行われるべきである。. て運動学習前後で測定するなどの工夫が必要となる。場. 2)筋の収縮がない状態,ある運動を企図している最中. 合によっては単一刺激,または 2 重刺激にしても学習前. の皮質運動野の興奮性を検証する(運動イメージ時. 後のそれぞれのコントロールとなる MEP と比較してそ. の興奮抑制動態の検証). の状態に対する抑制・促通比によって検討する必要が.  筋の収縮またはある運動をイメージすることのみに. ある。. よって,運動野の興奮性は高まり,MEP は増大を示す。.  以上のように,データサンプリングにおいては,単な. これは,当然のことながら BEMG がないことが前提と. る MEP の大小関係を見るのみでなく現れる反応に対し. なる。ある運動に関する純粋な運動プログラムによる皮. て,できるだけ生理学的な判断を行い十分な理由を伴っ. 質運動野の神経細胞群の興奮性の変化が観察される。ま. た検討をすることが重要である。なお,各種実験におい. た,運動学習や各種感覚入力による影響を分析すること. ては 1)∼ 4)または他の要素を含め複合的な実験条件. ができる。当然のことであるが,イメージの企図が視覚. を形成する場合もある。. 的に具現化できないことから,被験者への協力の要請と 詳細な説明が必要となる。また,運動の動画等を提示. TMS を用いた刺激方法による実践例. することにより,運動観察による MEP を分析すること.  経皮的末梢神経刺激と TMS による M1 への刺激を同. もある。このような場合も BEMG の確認が必要となる。. 期させた対刺激を与えることで,脳の可塑的変化を生. さらに,運動観察において MEP を計測するにあたり,. じさせる方法論が連合性対刺激法(Paired Assosiateive. その動画の同一時点で TMS をトリガーすることが必要. Stimulation;PAS)として示されている。これはまず,. となる。これは異なる運動の相を観察していれば MEP. 手関節部分において正中神経に対して電気刺激を行い,. が異なることになる。同一の運動相を見ているものを比. その約 10 ∼ 25 ミリ秒後に,対側 M1 に対して TMS を. 較する必要がある。. 行う。また,この刺激を 5 ∼ 20 秒間隔で繰り返し,合. 3)各種感覚入力による皮質運動野の興奮性変化動態の. 計で 90 ∼ 250 回の刺激を行うものである。この刺激方. 検証. 法による効果は電気刺激− TMS の間隔によって異な.  電気刺激,振動刺激,光刺激,音刺激など末梢からの. り,約 25 ms では長期増強(Long-term potentiation;. 感覚入力が大脳皮質運動野の興奮性に及ぼす影響を検討. LTP)様の可塑性が生じる。また,さらに短い間隔(約. することもある。また,純粋な各種刺激が安静時の運動. 10 ms) に な る と 長 期 抑 圧(Long-term Depression;. 野にどのような影響を及ぼすかということを検討するう. LTD)様の可塑性が誘導される. えで,これも感覚入力中または,感覚入力後など,どの. 間隔で末梢電気刺激と TMS を行うと MEP 振幅の減少. 時点の反応なのかを検証することは重要な問題である。. が観察されることが報告されている。この現象は短潜. この場合にも刺激中,刺激後(after effect など)の同. 時求心性抑制(short afferent inhibition;SAI)と呼ば. 一時点に刺激を行う操作が必要となる。さらに,運動と. れている. 26)27). 。また,20 ms の. 28). 。このようにペアによる刺激で生じる入力. 組み合わせる場合,上記に記載した,運動からの時間や. (afferent)−出力(efferent)の衝突(collision)および. 運動方法の統一などの条件が必要となり,結果に大きな. その加重によって生じる現象も興味深いものがある。. 影響を与えることとなる。つまり感覚入力の質・量,刺 激のタイミングを合わせて同様の背景でサンプリングし. おわりに. たものを検討する。.  理学療法はその多くの場面でなんらかの運動が介在し. 4)運動学習による皮質運動野の興奮性動態の変化の検証. て行われる治療体系である。随意的または他動的な運動.  運動学習はある運動に関するスキルの向上,パフォー. によって,機能的に低下した運動機能を改善させるもの. マンス向上など可視化された結果として表されるものも. である。したがって,運動(手段)によって運動(目的). ある。しかし,スキル向上に伴う,神経系に生じる変容. を修正または獲得させるものであり,与える運動の質と,. を捉えることで生理学的に検証をすることも重要とな. 結果として表出される運動との相互関係(入力−出力). る。そのため,パフォーマンスの変化と MEP の変化の. を客観的に捉えることが必要となる。さらに,入力に.

(7) 78. 理学療法学 第 44 巻第 1 号. よって神経系に形成される変容のメカニズムを理解する ことも理学療法の効果を客観的に検討するために重要で ある。さらに,運動学習は一般的に運動の獲得およびそ の改善が起こる過程である。つまり運動学習経過にかか わる入力−出力関係の変容過程を捉えることもさらに重 要な課題である。このような運動療法における根本的な 特性のひとつとして中枢神経系における運動制御動態が 重要な基礎となっている。このような観点から TMS に よる運動制御解析は今後も重要性を増すものであろう。  脳の可塑性は学習や記憶の根本的なメカニズムであ る. 29). 。運動学習に深くかかわる中枢神経系の可塑性は,. 神経ネットワーク間の柔軟な結合を意味し,その特性を 反映した現象である。実験動物においては運動学習後に 機能的な変化を生じることは示されている. 30‒32). 。ヒト. においても,運動野の可塑的変化を捉える有益な指標と して,この TMS を用いた MEP が広く用いられている。 いずれの研究を行う場合にも,TMS は非常に繊細なテ クニックを要するため十分なトレーニングをしたうえで 機器および指標の操作を行う必要がある。 文  献 1)Sugawara K, Tanabe S, et al.: Functional Plasticity of surround inhibition in the motor cortex during single finger contraction training. Neuroreport. 2012; 23(11): 663‒667. 2)Takahashi M, Sugawara K, et al.: Excitability changes in human hand motor area dependent on afferent inputs induced by different motor tasks. 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