1. はじめに STCW 条約(1978 年の船員の訓練及び資格証明並 びに当直の基準に関する国際条約)は, 1995 年及び 2010 年に大きく改正された. 2010 年の改正では, そ のための国際海事機関(以下, IMO)締約国会議が, フ ィリピンの要請によりマニラで開催されたことから 「STCW 条約マニラ改正」と正式に呼称することも決 められた. この改正では多岐に渡る改正が行われたが, 運用水準の機関士(機関当直を担当する機関士)の能 力基準表(STCW コード A, Table A-III/1)に ERM (Engine-room Resource Management:機関室リソ ースの管理)が, 「安全な機関当直の維持」能力に係 る要件の一つとして追加された. 能力基準表全体から 見れば, 一つの能力要件が追加されたに過ぎないが, これは, 大きな変革であったと言えるかもしれない. それまで機関室機器の取扱いや当直維持に係る技術的 知識・技能だけを定めていた能力基準表にコミュニケ ーションに代表される人的要素を含めた「機関室リソ ースの管理」という, これまでとは性質を異にする要 件が, 追加されたからである. この要件は, コミュニ ケーション, リーダーシップなどの人的要素を含め機 関室リソース管理原則の意味するところを理解, 習得 した上でこれを実践しながら機関当直を維持する能力 を求めている. この要件が強制化されたのは, 端的に 言えば, 多くの事故調査の結果からこれまでのような 技術的知識・技能だけでは, 安全運航が確保できない という判断が, 形成されたからである. 能力基準表に あるERM 要件は, ERM 原則と人的要素で構成されて おり, この二つは, それぞれ異なるプロセスを経て ERM 要件として組み合わされた. 本稿では, STCW 条約マニラ改正に伴いERM が強制化された経緯及び その要件について概説する. 2. STCW 条約マニラ改正 2006年1月に開催されたIMO訓練及び当直基準小委 員会第37回会合(以下, STW 37)において, Mr. E.E. Mitropoulos事務局長は, STCW条約について1995年 の包括的見直しから10年以上が経過したことを踏ま え, 技術革新や近い将来に海運界が直面する新たな課 題に対応できるよう見直しをする時期に来ているので はないかとの見解を示した. この見解に対して多くの 参加国から賛同の意見と共に見直しに向けた様々な見 解が述べられた. このためIMO事務局は, STCW条約 の包括的見直しを行うための提案文書を早急に作成し た. そして, その文書(Justification for a proposed new work programme item on a comprehensive review of the STCW Convention and the STCW Code)はSTW 37において直ちに審議の上, 合意され, 上部委員会である海上安全委員会(以下, MSC)への 報告書に盛り込まれた. その文書に基づきSTW 37は, MSCに対してSTCW条約及びコードの見直しに着手 することを承認するよう求めた. 2006 年 5 月に開催された MSC 81 は, STW 37 から の要請を承認し, いくつかの具体的な検討事項も含め てSTW に対して回答した. その後, 2006 年 11 月に開 催されたMSC 82 では, さらに以下のことについて検 討するようSTW に対して追加の指示を出した. ① BRM(Bridge Resource Management:船橋リソ ースの管理)の強制要件化に係るシンガポール提案 ②~③ 略
④ INS, IBS, BRM 及び ERM に係る訓練指針 MSC からの指示を受け, STW は, 2007 年 1 月に開 催されたSTW 38 から STCW 条約及びコードの包括 的見直しに着手した. この会合では, 見直しに当たっ て必要となる「見直し原則」も以下の通り策定された. ①~④ 略 ⑤ 効果的なコミュニケーションに対応する. ⑥ 法令遵守の観点からの柔軟性及び技術革新に伴う 必要な水準の訓練及び証明書並びに当直維持体制を提 供する. ⑦~⑧ 略 当初, 改正案の作成は 2008 年に完了し, 改正を 2010 年から実施する予定であった. しかし, 各国等か ら多くの提案文書が提出されたこと及び多くの案件に 対処しなければならなかったことからSTW 38におい て改正案の作成完了を2010 年に延期することが合意 され, MSC は, これを承認した. STW は, STW 38 を 含め4 回の定例会合及び 2 回の専門中間会合を開催し 改正案について審議した. その結果, 2010 年 1 月開催
S T C W 条 約 マ ニ ラ 改 正 と
E R M
橋 本 誠 悟STCW 条約マニラ改正と ERM
橋 本 誠 悟のSTW 41 で改正案を取り纏めるに至った. その 5 か 月後の6 月, 改正案は, マニラで開催された締約国会 議に諮られ, 2012 年発効, 2017 年からの完全実施を含 め原案通り採択された. 3. ERM 強制要件化の経緯 ERM の強制要件化は, シンガポールが, MSC 82 に おいてBRM に係る提案を行ったこと及び連合王国が 提出した調査研究報告が最初の発端であった. 2006 年 6 月に開催された旗国実施小委員会第14 回会合(以下, FSI 14)において,「海難分析に関する検討グループの 報告書」(FSI 14/5)が審議された. この報告書には, 75 件の事故調査の分析結果から機関室当直, BRM など に関する様々な教訓が示されていた. 機関室当直に関 する教訓には機器管理の在り方が, 示されていたが, ERM に直接言及する教訓は, 無かった. BRM に関し ては, 13 項目の教訓が, 列記されていたが, そのうち 以下の2 項目は, BRM 訓練とBRM 原則に直接言及す るものであった.(FSI 14/5 抜粋)
「12 Importance of BRM training and the need to adopt BRM principles in the work place scenario is imperative.
13 BRM principles include the importance of good communication amongst the ship’s bridge team and the pilot via the master/pilot exchange. The master has to work effectively with the pilot, but the pilot should not be allowed to assert his control over the authority of the master. Also, prior to leaving port, masters should hold a short departure briefing about the voyage plan, details of which have been studied by the master. The voyage plan should identify all relevant navigation information.」
これらの教訓は, そのまま FSI 14 の結論として合 意されたが, 特に以下が, MSC への報告書に銘記され た. (FSI 14/19 パラグラフ 5.17.4 抜粋)
「5.17 In its review of the overview of lessons learned, the Sub-Committee noted the following: .4 considering the high number of Bridge Resource Management (BRM) –related casualty causes, as identified by the Correspondence Group on Casualty Analysis, the delegation of Singapore suggested that the STW Sub-Committee be requested to look into the issue of making BRM training mandatory for deck officers under the STCW Convention.」 シンガポールは, FSI 14のBRMに関する合意, 又, MSC 81がSTWに対してSTCW条約及びコードの包 括的見直しを指示したことを踏まえ, MSC 82におい て, 以下のようにBRMを船長及び航海士の強制要件 として含めるため, STCWコードの改正をSTWで審議 するよう提案した.(MSC 82/10/4, この提案は, その 後ERMも含めた強制要件化の要因の一つになった.) 「Currently, under section B-VIII/2 of the STCW Code, part B, companies are recommended to issue guidance to masters and officers based on the BRM principles in the STCW Code, part B. As the BRM principles are not mandatory, many companies and seafarers do not put them into practice. Singapore believes that making key elements of the BRM training mandatory would enhance the quality of seafarer training and help reduce the number of accidents.」
その結果, MSC 82 は, シンガポールの提案を包括 的見直しの議題の一つとしてSTW で審議するよう指 示した. (MSC 82 から STW への指示①)
さらにMSC 82 は, 連合王国から提出された調査報 告 書 「The Influence of Internal & External Structures on Safety Management Performance」 (MSC 82/15/3)を審議し, 船員が自動化設備の限界 と弱点を理解するために統合航海システムや統合船橋 システムのような設備の性能管理指針による訓練勧告, 並びにBRM 及び ERM のような業務遂行管理指針に 基づく訓練勧告が STCW 条約に含まれるべきである ことに合意し, これを包括的見直しの議題の一つとし て審議するようSTW に指示した.(MSC82 から STW への指示④) 連合王国から提出された文書は, 同国のMaritime and Coastguard Agency(以下, MCA)が作成した報 告書であり, 組織構成に関する一般的な理論及び研究 文献を参考にして, 海運会社, 危険性の高い業務を行 う陸上産業からの事故情報を再調査し, これらの機関 に対する聞き取り調査も加味し, 事故に係る要素を海 運業界の組織構成モデルに当てはめた上で海運会社の 代表及び海事関連機関の代表が, その組織構成モデル を精査した結果を示したものであった. この研究報告 の成果には, 組織内における安全要因及び安全阻害要 因に関するTopics, Summary及びEvidenceを纏めた 表も示されているが, そのTopics欄には, 組織内部構 成における安全要素として,「Clear communication, Consistent leadership and demonstrable commitment to safety, Clear safety policy & strategy, Safety culture」など19項目のTopicsが並び, 反対に阻害要因としては,「Inadequate resources, Internal conflicts between safety and commercial,
High or excessive workload, Reduction in master's responsibility – perceived or actual, Lack of career development & reduced experience -- arising from changes in career patterns and career development strategy, Non appreciation of cultural difference (ship)」など15項目のTopicsが, 列記されている. STW 38 は, MSC 81 及び 82 における審議及びこれ らに関連する資料, 情報に基づき審議し, BRM 及び ERM を強制要件化することについて合意した. この合意を受けSTW 39 において, シンガポール (STW 39/7/7)は, BRM 及び ERM を新たな「能力」 として, それぞれコード A の能力基準表に導入するこ とを提案した. 一方, イラン(ISWG 1/3/1)及び日本 (ISWG 1/4/8)は, 能力(安全な機関当直維持)に対 する要件として導入することを提案した. シンガポー ルとイランは, これまでの合意を踏まえた改正案とし て, それ以上の追加的な提案理由を示さなかったが, 日本は, 提案文書の中で BRM 及び ERM の定義の困 難性と解釈の多様性を指摘し, BRM/ERM は, それぞ れ安全な当直維持に貢献するための要件として導入さ れるべきであると提案した. そして, 最終的に日本案 を採用することで合意された. 同時に BRM/ERM は, 運用水準の要件として導入し, 管理水準(船長及び機 関長)の要件には含めないことも合意された. 4. ERM 原則強制要件化の経緯 ERM 原則は, 2006 年に STCW コード B 第 VIII 章 (当直に関する基準)に導入された(参:BRM 原則 は, 1995 年に導入された). STCW 条約のマニラ改正 に伴うBRM/ERM の強制要件化に係る審議及び合意 を受け, シンガポール(STW 39/7/7)は, BRM 及び ERM 原則もコード A 第 II 章及び第 III 章(機関部) へ移設する提案を行った. 一方, アメリカは, 以下のように BRM 原則を同じ 第VIII 章でコード B から A へ移設するという提案を 行った.(STW 39/7/14 抜粋)
「The United States supports the increased emphasis on bridge resource management, as recommended by MSC 82. Weakness in bridge management has been cited as a major cause for marine casualties worldwide. We believe that BRM instruction will provide officers with the skills, such as teamwork, teambuilding, communication, leadership, decision-making and resource management, to ensure the safety and security of the ship. In addition to BRM training, as proposed under chapter II, regulation II-1, the United States
is also proposing moving section B-VIII/2, part 3-1, paragraphs 4 and 5 to section A-VIII/2, part 3. This proposal addresses paragraph 43.2 from the list of areas in the STCW Convention and STCW Code identified for the comprehensive review (STW 38/17, annex 11).」 審議の結果, STW 39 は, BRM 及び ERM 原則を第 VIII 章コード A に移設することに合意した. しかし, その審議を通じて, 移設に反対, 移設するにしても現 行の条文は, コード A に相応しくないといった意見が 多く述べられた. この状況を踏まえ日本は, その次の会合(第 1 回中 間会合, ISWG 1)において, ①BRM/ERM 原則をコー ドB に残したまま, これをコードA の条文で関連付け るよう改正する. ②現行の BRM/ERM 条文を当直の 実施にあたり遵守すべき一般的な原則と BRM/ERM 原則に特化した内容の条文に分割してコードAに移設 する提案を行った. 審議の結果, ②案が多くの支持を 得たため, STW 39 での合意案は, これと差し替えら れることとなった. しかし, 提案した条文については, コードBの条文を基本的に踏襲していたことから改善 の余地があるという意見も多く出されたため, 同案は, 次の会合で再検討されることとなった.
このため The Institute of Marine Engineering, Science and Technology(以下, IMarEST)が中心と なって非公式の検討グループを編成して新たな提案を 作成することを関係国(本件に関して特に積極的であ ったアメリカ, オーストラリア, 日本, ニュージーラ ン ド, イラン, バハマ, インド, シンガポール, International Chamber of Shipping (以下, ICS))に 呼びかけた. これらの各国等は, これに同意し STW 40 に向け新たな提案文書を共同作成することとした. 日本は, コード B の BRM 原則(14 項目)及び ERM 原則(16 項目)を精査した上で管理者としての BRM/ERM 原則及び当直者としての BRM/ERM 原則 の観点から9 項目の原則を新たに策定して「当直維持 の一般原則」としてBRM 及び ERM 原則を統合した 形式で強制条項としてコードAに記載する素案を作成 し, 検討グループの各国等に意見照会した. その結果, 日本は, 各国等からのコメントを得ていくつかの表現 を修正し, 共同提案文書(STW 40/7/55, 提案国:オー ストラリア, 日本, シンガポール, アメリカ及び IMarEST)として作成, STW 40 に提出した. STW 40 は, これを審議し, ほぼ原案通り合意した. 5. 人的要件導入の経緯 2008年1月開催のSTW 39においてオーストラリア,
ニュージーランド及びIMarEST(STW 39/7/3)は, 海 難事故の原因調査結果からコミュニケーションやリー ダーシップなどの人的要素を能力要件として第VI章 (非常事態, 職業上の安全, 保安, 医療及び生存に関 する職務細目)に導入し, 全船員が, これらの人的要 素に関する訓練又は講習を受けることを義務付ける提 案を行った. 提案文書の中には, 提案された能力基準 表も含まれ, その中で能力として「協力とコミュニケ ーション」「リーダーシップと管理技能」「状況認識 力」「意思決定」が, 提案されていた. この提案は, STCW条約マニラ改正に伴う見直し原 則の「⑤効果的なコミュニケーションに対応する」に 対応した提案であったが, 特にケミカルタンンカー 「Bow Mariner」の爆発, 沈没事故を取り上げてコミ ュニケーションとリーダーシップの重要性を強調し, 安全運航を目指した人的要件の導入に向けた最初の提 案となった. この提案に対して, インド(STW 39/7/46)は, 提案 された人的要素は, BRM/ERMの構成要素であるとの 見解を示し, これらの人的要素がBRM/ERMに組み込 まれるべきであるとする提案文書を提出した. 審議を通じてこれらの両提案を否定するような見解 は, 示されなかったが, 結局, 第VI章には, これ以上 詰め込むべきではない, 職員に対してのみ適用するべ きといった見解が大勢を占め, 最終的にコミュニケー ション, リーダーシップなどの人的要素をBRM/ERM と組み合わせること及び他の管理技能などは, 第II章 及び第III章の運用水準と管理水準の職務細目「船舶の 運航管理及び船内にある者の保護」に追加されること となった. この合意を受けてオーストラリア等(ISWG 1/4/7, 11)は, その次の会合であったISWG 1において, これ らの人的要素をコードA第II章及び第III章に含める新 たな提案を行った. この提案は, BRM/ERMに人的要素を組み入れると いう観点から審議されたが. 全体会合において多くの 意見が述べられたことから集約に至らず, 結局, 専門 の小グループを編成してBRM/ERMへの人的要件の 組み込み素案を策定することとなった. そして, この 専門グループには, アメリカ, ニュージーランド, 日 本, IMarESTからの代表が参加した. 専門グループへ の参加国等の代表は, 進行中であった議場から離れ, 別室に集まり, BRM/ERMに人的要素を組み込んだ素 案を作成した. 素案は, それまでに示された見解を出 来る限り反映すること及びBRM/ERMに関する日本 の提案を基礎として検討されたが, それぞれの人的要 素を個別に採り上げ, それをどのように盛り込むかが 実際的な検討の対象であった. 参加者が, 個々の人的 要素についてそれぞれに意見を述べ合い, それを直ぐ に言葉でディスプレイに表示しながらさらに検討を重 ね, 集約して行くという方法が採られた. 当初, 短文 ながら文章表現にしようとする傾向があったが, 最終 的に最低限の用語だけを列記するような形態で現在の コラム2の「.1」から「.4」(後述)のように策定され た. 又, コラム3(能力の証明方法)及び4(能力の評 価基準)も同時にこの専門グループによって策定され た が, コ ラ ム 3 に あ る 「 3 approved simulator training」は, 素案には含まれておらず, その後の全体 会合において素案を審議する中で賛否両論があったも のの最終的に追加された項目であった. このようにし てERMに人的要素が組み込まれ, 要件としての全容 が固まったが, 改正案作成に係る最終会合であった STW 41において, ICS及びInternational Shipping Federation(以下, ISF)(STW 41/7/31)は, ISWG 1 で 合 意 さ れ たERM 要 件 の 人 的 要 素 に 「 .5 consideration of team experience」を追加する提案を 行った. これは, 機関室チームには, 異なる技能, 経 験を有する者が混在するのでリーダーシップを執る者 が, それを考慮し, 効果的に要員を活用しながらチー ムの任務を遂行することの重要性を反映するための要 件であるとの説明があり, 異議なく合意された. 6. ERM 6.1 ERM 要件 表1 は, 能力基準表で ERM 要件が記載されている 該当部分だけを抜粋したものである. 要件(知識, 理 解及び習熟)を示すColumn 2 において ERM 要件は, ERM のタイトルの下で「以下(5 項目の人的要素) を含めてERM 原則の知識」と記載されている. ERM の公式な定義や機関室リソースが, 具体的に何を指す かについては, 条約の中に記載されておらず, 強制要 件化の過程においてもそれらの必要性について議論も されることもなかった. 6.2 ERM 原則 ERM 要件の主体は「ERM 原則の知識」であり, ERM 原則が何を指すのかについての明確な記述はな い が,前述の通り, コード A 第 VIII 章にある BRM/ERM 原則を指すと考えるのが自然である. ERM 原則については, 2006 年にコード B に導入され た時に以下のようになっていた.(1995 年 STCW コー ドB からの抜粋)
「Companies should also issue guidance to chief engineers and officers in charge of the engineering watch, manned or unmanned, on each ship
concerning the need for continuously reassessing how engineering watch resources are being allocated and used based on engine-room resource management principles such as the following:」(以 下, 略)
この表現は, 他にも ERM 原則があるかもしれない ということを含んでいる. 又, リソースは, 要員だけ を想定していた. しかし, マニラ改正後, BRM 及び ERM 原 則 は , コ ー ド A ( A-VIII/2 ) 第 3 部 (WATCHKEEPING PRINCIPLES IN GENERAL) で, 以下のようになっており, かつ第 3 部は, このパ ラグラフ 8.だけで構成されており, サブパラグラフの 9 項目を断定的に BRM/ERM 原則として「当直維持の 一般原則」と謳っている. この中では, 利用可能なリ ソースは, 他にもあるかもしれないということを言外 に含めて要員, 機器及び情報と規定している. 又, 「1」 から「3」までは, 一般論として管理者側に求める BRM/ERM 原則であり, 「4」から「9」までは, 当直 者自身に求める BRM/ERM 原則である. 以下に BRM/ERM 原則を示す.(STCW 条約マニラ改正コー ドA-VIII/2 第 3 部抜粋)
「8.Watches shall be carried out based on the following bridge and engine-room resource management principles:
1. proper arrangements for watchkeeping personnel shall be ensured in accordance with the situations;
2. any limitation in qualifications or fitness of individuals shall be taken into account when deploying watchkeeping personnel; 3. understanding of watchkeeping personnel
regarding their individual roles, responsibility and team roles shall be established;
4. the master, chief engineer officer and officer in charge of watch duties shall maintain a proper watch, making the most effective use of the resources available such as information, installations / equipment and other personnel;
5. watchkeeping personnel shall understand functions and operation of installations/equipment, and be familiar with handling them;
6. watchkeeping personnel shall understand information and how to respond to information from each station / installation / equipment;
7. information from the stations / installations / equipment shall be appropriately shared by all the watchkeeping personnel;
8. watchkeeping personnel shall maintain an exchange of appropriate communication in any situation; and
表1
Table A-III/1: Specification of minimum standard of competence for officers in charge of an engineering watch in a manned engine-room or designated duty in a periodically unmanned engine-room
Function: Marine engineering at the operational level
Column 1 Column 2 Column 3 Column 4
Competence Knowledge, understanding and proficiency demonstrating competenceMethods for evaluating competence Criteria for Maintain a
safe engineering watch
Engine-room resource management
Knowledge of engine-room resource management
principles including:
.1 allocation, assignment and prioritization of resources .2 effective communication .3 assertiveness and leadership .4 obtaining and maintaining
situational awareness
.5 consideration of team experience
Assessment of evidence obtained from one or more of the following: .1 approved training .2 approved in-service experience .3 approved simulator training
Resources are allocated and assigned as needed in correct priority to perform necessary tasks
Communication is clearly and unambiguously given and received
Questionable decisions and/or actions result in appropriate challenge and response Effective leadership behaviours are identified Team member(s) share accurate understanding of current and predicted engine-room and associated systems state, and of external environment
9. watchkeeping personnel shall notify the master/chief engineer officer/officer in charge of watch duties without any hesitation when in any doubt as to what action to take in the interest of safety.」 6.3 人的要素
個々の人的要素については, 一般社会における在り 方の側面から特殊な要素はない. しかし, ERM の要素 として安全な機関当直維持に適用するという側面から は, 特殊性が生じる. 「.1 allocation, assignment and prioritization of resources」は, 人的要素という色合 いは薄いが, allocation と assignment は, 要員リソ ースに関することでありERM 原則の「1」から「3」 に通じる要件である. prioritization は, 要員, 機器及 び情報管理における優先順位を意味する. 機器管理上 の優先順位とは, 機器の運転・操作及び保守において 機関室の状況及び機器の特性に応じた適切な手順を適 用することである. これを発揮にするには, 十分な技 術的知識に加え, 正しい状況判断が求められる. 情報 管理については, 情報伝達などの優先順位を意味する. 「.2 effective communication」は, マニラ改正における 見直し原則をそのまま記述していることになるが, 機 関当直維持におけるあらゆる場面において効果的なコ ミュニケーションを維持することを求めており, ERM 原則の「6」から「9」に通じる要件である. コミュニ ケーションは, 海難の原因調査を通じてその重要性が 浮き彫りになったが, ERM を実践する上でもコミュ ニケーションが, その中枢をなすことは, 明白である. 「.3」の assertiveness は, コミュニケーションに基 づく指示, 応答, その他の状況において, 疑問を生じ た場合にお互いの立場を尊重しつつも職務上の関係に こだわらず, 疑問を呈することであり, 疑問を積極的 に解決しようとする意志を求めている. これは, ERM 原則の「9」と同義である. 又「.3」のleadershipは, 様々 なチーム形態が存在する中で必然的にリーダーシップ を執るべき要員が存在することを想定して優れたリー ダーシップとは何かを理解し, より効果的なチーム活 動を形成するためのリーダーシップを求めたものであ る. 「.4 situational awareness」は, 機関当直において 様々な状況変化, 危険の存在を的確に把握し, 安全な 機関当直を維持するよう対処することを求めている. 「.5」については, 前章「5. 人的要件導入の経緯」の 通りである. 7. 考察 7.1 ERM 機関室の全てのリソースを三つに分類すれば, 要員, 機器及び情報と成り得るであろう. 従って, ERM には 要員管理, 機器管理及び情報管理という三つの管理形 態があると言える. 又, 人的要素は, これらの管理を 実践する上で必要な非技術的技能と言えるであろう. 特に情報管理について言えば, コミュニケーション技 能を駆使した指示, 応答, 連絡, 報告や情報交換, 収 集された情報の共有や記録, それに基づく考察, 情報 収集の在り方も情報管理に含まれ, 要員管理, 機器管 理を通じて何をするにもこれらの情報管理活動が, 基 礎となり, ERM を実践する上で最も重要な管理形態 と言えるであろう. 7.2 機関当直 機関当直については, コードA第VIII章4-2部に機 関当直の実施にあたり遵守するべき原則が, 数多く書 かれている. 機関当直が, これらの実施原則とERMを 融合させた形態で遂行されることが, 条約の中で求め る当直維持であろう. 一つの事例を挙げれば, 機関室 航海当直における「当直の引継ぎ」及び「機関当直の 実施」という項目では, 当直者に機関室の状況及び機 器の運転状態を把握し, 的確な引継ぎが出来ること及 び船橋からの要請に即応できることを求めている. ERM原則では, 「4」で当直者は, 要員, 機器及び情報 のような利用可能なリソースを最大限に活用して適切 な当直を維持しなければならない, と謳っている. こ の二つを融合させることの意味は, 機関室の見回りを 通して関連情報を得て, これを最大限に活用して機関 室の状況と機器の運転状態を把握し, 当直原則の要件 を満たすことである. 機関室の状況に関する情報とは, 機関室に異常, 危険な状況がないか, 法令違反がない か, 作業など特別なことがないか, 機器の状況に特別 なことがないか, などいろいろと挙げることができる. 又, 機器の運転状態に関する情報とは, 運転パラメー タばかりでなく, 異常な運転音や振動, 油, 水, ガス, 蒸気漏洩や他の不具合の兆候がないかなどである. 情 報としての運転パラメータは, 変化するのが常であり, 少しの変化でもその理由(情報)を追及することも必 要である. 単に機器メーカー推奨の運転範囲に入って いれば良いという考え方は, 払拭されるべきである. そして, 情報の最大限の活用とは, 全ての責任を請け 負うことができる引継ぎにその情報を活かすことであ り, 機器操作を要請された場合に余裕を持って即応で きることである. 長年, 機関当直を経験された方には, 当然のことのように思えるであろうし, ERMを強制化 するまでもないという感想を持たれると思う. 筆者の 経験からも同感であり, 飛躍するかもしれないが, 機 関室、機器に対しても人間のように対峙することが,
機関当直において ERMを実践する一つの形態に成り 得ると考える. 実際, そのような考えを持つに至った 事例を多く経験したのも事実である. 7.3 チーム活動 別の事例として当直原則にある「特殊な状況及び特 殊な海域における機関当直」という項目では, 当直者 に視界制限状態において船橋からの指令に即応できる ことを求めている. この事例では, 通常チーム活動が 必要となり, 要員構成を含めほとんどの ERM 原則が, 適用されることになるであろう. そして, 当直者は, 他の要員と協力してチーム活動を通じて任務を遂行す ることを求められる. チーム活動においては, 言うま でもなく人的要素が大きく作用する. どのようなチー ム形態であれ十分な情報交換, 情報の共有を促す効果 的 な コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン, 明 確 な 意 思 表 示 (Assertiveness), リーダーシップ, 状況認識力とい う人的要素が, 発揮されなければならない. チーム外 との情報交換と共有, チーム内で「気付き」と「発見」 を共有することは, モチベーションを維持し, 迅速か つ的確な機器操作を可能にするために欠かせないこと であり, 又, チームとして ERM を実践する上で重要 である. ERM が最も効果を発揮するのは, チーム活動にあ ると言ってよく, チーム内に技術的知識・技能に特に 優れた要員が, 存在したとしても効果的なチーム活動 が実現, 安全運航につながるとは限らない. チーム構 成員の技術的知識・技能を有効に活用するには, 優れ たリーダーショップ, コミュニケーションなどの人的 要素が必要である. この意味において, ERM は, 技術 的技能と非技術的技能としての人的要素を連携活用し ながら安全運航, すなわち安全な機関当直を維持する ための手段であるとも言えるであろう. 8. おわりに ERM 強制要件化が, BRM に牽引されたことは否め ない. 契機となった事故原因調査報告でも ERM に繋 がる教訓は, 見られるものの直接言及する記述はなく, 75 件の事故報告で機関室に関連する事例は, 5~7 件 であった. しかし, マニラ改正のプロセスにおいて具 体的な審議が始まった当初からBRM と ERM が一体 で扱われてきたことも事実であった. これは, 機関部 にあってもこういう能力要件が必要という潜在的な共 通認識が各国にあったからであろう思う. 筆者は, マニラ改正時, (独)航海訓練所に所属し ており日本代表団の一員としてIMO 会合に参加する 機会を得た. 当初, ERM を強制要件化することには, 個人的には反対であった. その理由は, ERM に対する 考え方と訓練や評価に関する困難性を考慮したからで あった. 例えば, 考察で述べた通り, ERM を強制化し ても当直実施の場面で大きな変化は, 期待できないで あろうと思っていた. 又, 訓練と評価に関する困難性 は, 言うまでもないことであろう. その上で強制化さ れるならば, 良い形になることを願っていた. ERM 要 件が, その目的のために適切な要件に成り得たかどう かの判断は, 今後の課題であろう. ERM 強制化とは別に人的要素の強制化が提案され たことは, 非常に大きな意味を持ったと考える.それ は, ERM と人的要素の組み合わせのきっかけになっ たからであり, これによって ERM が, 能力要件とし て実行性を持ったと思うからである. しかし, 人的要件としてのコミュニケーションにつ いては, 以下の通りもう一歩踏み込む必要があるので はないか, と思っている. この提案の契機となった ケミカルタンカー(Bow Mariner)の爆発, 沈没事故 に対してアメリカのコーストガードが, 調査報告書を 発表しており, その報告書でもコミュニケーション の不足が, 要因として挙げられている. しかし, その コミュニケーションの不足が, 何故生じたかについて は, 指摘されておらず, その報告書全体からは, 人種 差別的な考え方があったかも知れないなど, 異文化交 流の難しさと共にコミュニケーションの不足を提起す る以前の問題が存在していたことが伺える. その船舶 の乗組員の国籍は, ギリシャとフィリピンであったが, 例えば, ギリシャ人とフィリッピン人は, 同じ場所で 食事をしなかった, 事故発生後, フィリッピン人三等 航海士は, 集合場所でギリシャ人船長に遭難信号を送 ったかどうか質問したが, 船長は, これを無視して答 えなかった, と記載されている.(参: 報告書は, その 後, 三等航海士が, 船橋に行き, DSC アラームを作動 させ, 遭難信号を送ったこと及び EPIRB を投下した ことについてヒーローと評価している) マニラ改正によって, コミュニケーションは, 能力 基準表のERM 以外の職務細目にも記載された他, 会 社に対してコミュニケーションの維持, 向上に責任を 持って取り組むよう促す記述もされた. しかし, 上述の事故報告からは, どれも上辺だけの 対策のようにも見えてしまう. その根本的な原因まで 遡って対策を講じる必要があるのではないかと思うが, そうでなければ, ERM の実践もおぼつかなくなるの ではないかと危惧している. 参考文献
MCS 81/25, 82/24, 82/10/4, 82/15/3, STW 37/18, 38/17, 39/12, 39/7/3, 39/7/46, 39/7/7, 39/7/14, 40/14, 40/7/55, 41/7/13, 41/7/31, ISWG 1/3/1, 1/4/8, 1/4/7, 1/4/11, STCW/CONF. 2/4
2) Organisational Structures: The Influence of Internal & External Structures on Safety Management Performance A Review for the Maritime & Coastguard Agency Final report - Issue 2 for public dissemination (Greenstreet berman and MCA Org structures C859/MCA 547/Final report/2, May 2006)
3) Investigation into the explosion and sinking of the chemical tanker Bow Mariner (United States Coast Guard, Feb. 28, 2004)
著者紹介
橋本 誠悟
日本マリンエンジニアリング学会 正会員 1950 年生
所属. Piri Reis University 最終学歴. 東京商船大学 専門分野. 船員教育