運 激 僧 正 著 作 の 一 考 察 ( 村 山)
運
傲
僧
正
著
作
の
一
考
察
村
山
正
俊
運
傲
僧
正
(
一
六
一
四
一
六
九
三)
は、
智
山
第
七
代
能
化
と
し
て、
ま
た
江
戸
時
代
に
お
い
て
の
智
山
屈
指
の
学
僧
で
も
あ
り、
そ
の
教
学
は、
根
来
以
来
の
新
義
教
学
の
伝
統
を
尊
重
す
る
と
共
に、
聖
憲
(
一
三
〇
七
二
九
二)
の
﹃
大
疏
百
条
第
三
重
﹄
お
よ
び
﹃
釈
論
百
条
第
三
重
﹄
の
論
義
書
を
研
讃
し、
そ
れ
ぞ
れ
五
十
九
巻、
四
十
九
巻
の
﹃
啓
蒙
﹄
を
は
じ
め
多
数
の
著
作
を
残
し
て
い
る。
こ
れ
ら
多
数
の
著
作
の
中
で
も、
貞
享
三
年
(
一
六
八
六)
レ ソ に 撰 述 さ れ た ﹃ 開 奮 編 ﹄ と、 そ の 二 年 後 の 貞 享 五 年 ( 一 六 八 八) に ( 1) 著 述 さ れ た ﹃ 大 日 経 劫 心 義 章 ﹄ お よ び ﹃ 開 奮 編 弁 疑 ﹄ は、 運 傲 僧 正 の 著 作 の 中 に お い て 特 異 な も の と 言 う こ と が で き る と 思 わ れ る。 そ れ は、 ﹃ 開 奮 編 ﹂、 ﹃ 劫 心 義 章 ﹄ の 序 文 か ら 知 ら れ る よ う に、 古 来 よ り ﹃ 大 疏 ﹄ を 解 す る に あ た り、 論 義 さ れ る 宗 義 の 問 題 点 は、 弘 法 大 師 の 撰 と さ れ る ﹃ 雑 問 答 ﹄ (﹃ 真 言 問 答 ﹄) と ﹃ 守 護 国 界 経 釈 ﹄ を も っ て 引 用 し、 依 り 所 と す る 故 に、 種 々 な る 疑 問、 論 義 を 生 じ る の で あ る と 主 張 し て い る か ら で あ る。 ﹃ 開 奮 編 ﹄ に お い て は、 こ の ﹃ 雑 問 答 ﹄ と ﹃ 守 護 経 釈 ﹄ に つ い て、 ﹁ 我 が 秘 密 蔵 の 中 の 書 に、 多 く 凡 庸 の 作 を も っ て、 弘 法 大 師 の 撰 述 と 号 し て 世 に 行 わ る る あ り、 即 ち 守 護 経 釈、 雑 問 答 等 是 な り。 (中 略) 後 学、 習 っ て 風 を 成 ず。 つ い に 凡 庸 の 作 を も っ て 大 師 の 撰 と 謂 っ て 自 覚 せ ず に 至 る。 ﹂ と も 述 べ て い る の で あ る。 と こ ろ で、 こ の ﹃ 雑 問 答 ﹄ と ﹃ 守 護 経 釈 ﹄ の 両 書 は、 根 来 の 頼 喩、 東 寺 の 呆 宝 等 の 諸 師 が、 大 師 の 真 撰 と し て、 著 作 の 申 に 引 用 す る も の で も あ る が、 問 題 の 多 い 著 作 で も あ る。 ま た、 ﹃ 劫 心 義 章 ﹄ と ﹃ 開 奮 編 ﹄ の 内 容 に つ い て は、 ﹃ 開 奮 編 ﹄ が ﹃ 守 護 経 釈 ﹄ 下 巻 の ﹁ 五 処 驚 覚 ﹂ の 一 段 の 文 と、 ﹃ 雑 問 答 ﹄ の ﹁ 両 種 外 道 ﹂ と ﹁ 三 劫 章 ﹂ に つ い て 取 り あ げ こ の 両 書 を、 大 師 の 直 撰 に あ ら ず 事 を 主 張 し て い る の に 対 し て、 ﹃ 劫 心 義 章 ﹄ で は、(1) 三 劫 義、 (2) 十 住 心 義、(3) 住 心 因 由 来、(4) 湛 寂 寂 然 界 義、(5) 菩 提 心 相 義、(6) 寂 然 界 体 法 空 義、 働 湛 寂 寂 然 界 義、 圖 両 種 外 道 義、 働 寂 然 界 摂 属 義、 (10) 真 言 門 修 行 菩 薩 義、(11) 驚 覚 八 九 住 心 分 別 義、 働 驚 覚 初 地 八 地 同 異、(13) 一 乗 不 経 義 の 十 三 の 項 目 を あ げ 評 釈 し て い る の で あ る が、 こ れ ら の 大 半 は、 根 来 以 来 の 論 義 書、 す な わ ち ﹃ 大 疏 三 重 ﹄ の 論 義 の 内 容 と 共 通 し て い る。 次 に、 ﹃ 開 奮 編 ﹄ ﹃劫 心 義 章 ﹄ ﹃ 大 疏 三 重 ﹄ そ れ ぞ れ の 関 係 に つ い て、 共 通 す る 論 義 の い く つ か を み て い き た い。 は じ め に、 ﹃ 開 奮 編 ﹄ ﹃劫 心 義 章 ﹄ の 両 書 に あ げ ら れ て い る ﹁ 両 種 外 道 ﹂ の 論 義 に つ い て み れ ば、 こ の 論 義 は、 ﹃ 大 疏 ﹄ の ﹁ 此 宗 中 に 両 種 外 道 あ り と ﹂ の 文 に つ い て 内 外 の 外 道 を 説 く が、 こ の 内 外 の 外 道 の 中 に 顕 教 の 菩 薩 を 含 め る や 否 や を 論 義 す る も の で あ る ( ﹃ 大 疏 三 重 ﹄ 巻 八) が、 こ の 中 で、 間 者 は、 内 の 外 道 と は 煩 悩 を 断 じ て い る が、 い ま だ 無 量 宝 王 す な わ ち 密 教 を 知 ら な い の で あ る か ら、 内 の 外 道 と は、 顕 教 の 大 乗 を 指 す と 主 張 す る の に 対 し て、 答 者 は、 こ の ﹃ 大 疏 ﹄ の 文 は、 い ま だ 大 乗 に 至 っ て い な い 心 ( す な わ ち 三 劫 中 の 初 劫) を 説 く 段 で あ る か ら 大 乗 の 顕 教 を 指 す の で は な い と 主 張 を 展 開 す る の で あ る が、 こ の 論 義 の 中 で、 さ ら に 間 者 は、 ﹃雑 問 答 ﹄ の-148-﹁ 外 道 に 二 種 あ り。 一 に は 外 の 外 道、 二 に は 内 の 外 道 な り、 外 の 外 道 と は、 内 の 外 な る 故 に 外 の 外 と い う。 ⋮ ⋮ 内 の 外 道 と は 内 に お い て 二 道 あ り、 秘 を 内 の 内 と い い、 浅 を 内 の 外 と い う 諸 仏 自 内 証 の 教 を 内 の 内 と い い、 顕 教 は 機 に し た が っ て 説 く 故 に、 内 の 外 と い う。 ﹂ と の 文 を 引 き、 内 の 外 道 の 中 に、 顕 教 の 菩 薩 あ り と の 説 を 立 て る の で あ る が、 こ の ﹃ 雑 問 答 ﹄ の 文 に つ い て 運 傲 僧 正 は 評 釈 を 加 え、 ﹁ 外 の 外 と は、 内 の 外 な る 故 に 外 の 外 ﹂ 等 と 言 う ご と き は、 文 理 が 通 じ な い も の で あ る と し、 こ れ は 章 主 す な わ ち ﹃ 雑 問 答 ﹄ の 作 者 の 文 字 に ウ ト キ が 故 に 立 て る 妄 説 で あ る と し、 こ の こ と よ り も ﹃ 雑 問 答 ﹄ が、 智 者 の 作、 す な わ ち 大 師 の 撰 で な い こ と が 知 ら れ る で あ ろ う と し、 こ の 両 種 外 道 に つ い て の 正 意 は 三 乗 中 に お い て、 二 乗 は 菩 薩 所 得 の 無 量 の 功 徳 を 知 ら な い 事 を 明 か し た も の で あ る と 述 べ て い る の で あ る。 ま た ﹃ 劫 心 義 章 ﹄ に お い て は、 こ の ﹃ 雑 問 答 ﹄ の 文 に つ い て 古 来 よ り 多 く の 先 達 が こ の ﹃ 雑 問 答 ﹄ を 大 師 の 撰 と し て 内 の 外 道 の 中 に 兼 ね て、 大 乗 菩 薩 あ り と の 説 を 立 て る が、 こ の ﹃ 雑 問 答 ﹄ の 書 は、 上 世 に 流 行 し て、 誤 っ て 大 師 の 撰 と 称 し て 多 く 先 達 が、 皆 大 師 を 尊 敬 す る あ ま り こ れ を 引 用 し、 こ の よ う な 説 を 立 て る の だ と し、 今、 こ の ﹃ 劫 心 義 章 ﹄ の 中 に お い て、 こ の ﹃ 雑 問 答 ﹄ が 大 師 の 作 で な い 事 を 知 れ ば、 だ れ が こ の よ う な 説 を な す で あ ろ う か と も 述 べ て い る。 さ ら に ﹃ 守 護 経 釈 ﹄ の 五 処 警 覚 の 文 に つ い て も、 ﹃ 大 疏 第 三 重 ﹄ 巻 十 の ﹁ 第 九 警 覚 ﹂ の 論 義 の 中 に 於 て、 答 者 は 五 処 警 覚 の 文 を 引 き 第 八 住 心 の み で な く、 第 九 住 心 に も 警 覚 が あ る と 主 張 す る の で あ る が、 こ れ に っ い て も 運 傲 僧 正 は ﹃ 開 奮 編 ﹄ と ﹃ 劫 心 義 章 ﹄ の 両 書 の 中 で、 こ の 五 処 警 覚 の 文 に 評 釈 を 加 え、 こ の 経 文 は 根 処 が 不 明 確 で あ る と し、 ま た こ の 五 処 と の 名 数 に つ い て も、 根 処 な き 愚 人 の 説 で あ り、 倒 底、 大 師 の 作 と は 思 わ れ な い と も 述 べ ら れ て い る の で あ る。 こ の 様 に、 ﹃ 大 疏 第 三 重 ﹄ に お い て、 論 義 さ れ て い る 宗 家 と 疏 家 の 相 違 と し て 大 師 の 釈、 宗 家 の 云 く 宗 家 の 加 釈、 等 と し て ﹃ 守 護 経 釈 ﹄ ﹃ 雑 問 答 ﹄ の 両 書 が 取 り あ げ ら れ、 引 用 さ れ、 そ の 引 用 回 数 は、 ﹃ 大 ( 2) 疏 第 三 重 ﹄ を 通 じ て、 四 十 数 回 の 多 数 に の ぼ っ て い る の で あ る。 ま た、 こ の ﹃ 開 奮 編 ﹄ の 説 に つ い て 霊 雲 寺 浄 厳 ( 一 六 三 九 一 七 〇 二) は、 ﹃ 開 奮 編 稽 疑 ﹄ 一 巻 を 著 述 し、 運 傲 に 二、 三 の 疑 問 を あ げ た と さ れ て い る。 こ の ﹃ 稽 疑 ﹄ に 対 す る 答 書 が ﹃ 開 奮 編 弁 疑 ﹄ で あ り、 こ の ﹃ 弁 疑 ﹄ に よ り、 浄 厳 が あ げ る 数 条 の 疑 問 を 見 る こ と が で き る。 こ れ ら に つ い て は 紙 面 の 関 係 で 割 愛 し な け れ ば な ら な い が、 こ の 中 に お い て も 運 傲 は、 浄 厳 が あ げ る 一 々 の 疑 問 に 答 え、 重 ね て ﹃ 守 護 経 釈 ﹄ ﹃ 雑 問 答 ﹄ の 二 書 が 大 師 の 作 で な い 事 を 述 べ て い る の で あ る。 こ れ ら 運 傲 僧 正 が ﹃ 開 奮 編 ﹄ ﹃劫 心 義 章 ﹄ を 撰 述 さ れ た 背 景 の ひ と つ に、 ﹃ 大 疏 第 三 重 ﹄ 中 に 論 義 さ れ て い る 問 題 に つ き、 ﹃ 雑 問 答 ﹄ ﹃ 守 護 経 釈 ﹄ が 多 く 関 係 し て い た と い う こ と が 知 ら れ、 ま た ﹃ 開 奮 編 弁 疑 ﹄ は、 浄 厳 の 問 に 答 え る た め に 撰 述 さ れ た も の で あ る が、 こ の 中 に お い て も、 こ の 両 書 に つ い て、 大 師 の 真 撰 で な い 事 を 一 貫 し て 主 張 し て い る の で あ る。 そ し て 長 い 間、 大 師 の 作 と 信 じ ら れ て き た 著 作 に 付 き、 こ れ ほ ど は っ き り と 真 撰 で な い と 主 張 す る も の は 先 徳 の 著 作 の 申 に お い て も 見 る こ と は で き な い と 思 う の で あ る。 1 ﹃ 開 奮 編 ﹄ ( 貞 享 三 年 刊 本) ﹃ 劫 心 義 章 ﹄、 ﹃ 開 奮 編 弁 疑 ﹄ ( と も に 貞 享 五 年 刊 本) 2 ﹃ 真 言 の 教 学 ﹄ 勝 又 俊 教 編 参 照。 ( 大 正 大 学 総 合 仏 教 研 究 所 研 究 員) 運 倣 僧 正 著 作 の 一 考 察 ( 村 山)