視覚の科学 第 37 巻第 3 号 原 著
ソフトコンタクトレンズ装用時の眼の矯正に及ぼすレンズ形状の影響
石崎 諒
1),格内 敏
1),比嘉 昌
1),阿保政義
1),金子 弘
2) 1)兵庫県立大学大学院工学研究科 2)(株)三城光学研究所Influence of Lens Shape on Visual Correction When Wearing Soft Contact Lens
Ryo Ishizaki
1), Satoshi Kakunai
1), Masaru Higa
1), Masayoshi Abo
1), Hiroshi Kaneko
2) 1)Graduate School of Engineering, University of Hyogo
2)
Miki Optical Institute, Paris Miki Inc.
ソフトコンタクトレンズ(SCL)は軟質材料であるので,眼の装用時に角膜に沿って形状が変化する。本研究では, SCL の光学領域,中間領域,ベベル領域の形状が異なる 3 種類の SCL の装用における形状変化について評価した。は じめに,有限要素法により装用時の SCL の形状変化を解析した。次に,この形状変化が SCL の度数に及ぼす影響を 光線追跡によって求めた。得られた主な知見は,1)SCL の形状は,装用によって度数の製造単位である 0.25D 以上 に変化する。2)中間領域の僅かな隙間に涙液を保持する SCL 形状では,光学領域が上方向に変位して度数変化が小 さい。3)ベベル領域では B.C.側に引張応力,F.C.側に圧縮応力が作用して曲げ変形が起きる。 キーワード:ソフトコンタクトレンズ,形状変化,有限要素法,光線追跡,度数矯正
Soft contact lenses (SCLs) change in shape along the cornea surface when worn because they are made of a soft material. The changes in shape of SCLs when worn were examined using three types of SCLs with different optical, intermediate, and bevel regions in this study. First, changes in SCL shape when worn were analyzed by the finite element method. Then, the effects of the changes in shape on SCL strength were examined by the ray-trace method. The results showed that 1) the shape of the SCLs changed by at least 0.25 D (diopter is a unit of measurement for lens strength) when worn; 2) the change in strength was small in SCLs having a shape that retains tear fluid in a small space in the intermediate region, as the optical region was displaced upward; and 3) bending deformation occurred in the bevel region due to tensile stress on the BC side and compressive stress on the FC side.
Keywords:Soft contact lens, Shape change, Finite element method, Ray tracing, Diopter correction
1.諸 言
コンタクトレンズ(contact lens 以下 CL)は,角膜に 直接装用して眼の屈折異常を矯正する身近な医療機器で あるが,近年はそのquality of vision(以下 QOV)1)を向
上するために,装用時の光学特性が評価されるようにな った。CL は大きく分けてハードコンタクトレンズ(hard contact lens 以下 HCL)とソフトコンタクトレンズ(soft contact lens 以下 SCL)の 2 種類があり,本研究では SCL を対象とする。SCL は軟質材料から構成されており,HCL と比べてつけ心地がよく,レンズ直径が約 14mm と角膜 より大きくて,スポーツによる激しい運動時にも落ちに くく,また安価で容易に入手できる。その構造は,光学 領域,ベベル領域とその両者を結ぶ中間領域からなり, 光学領域は視力矯正,ベベル領域はつけ心地などに影響 を与える2)。CL の光学特性については,これまでにも評 価されてきた3)(柴田優子,川守田拓志 他:多焦点ソフト コンタクトレンズ装用下の眼球高次収差の検討.眼光学 学会講演抄録集:34,2012.より),(柴田優子,川守田 拓志他:遠近両用ソフトコンタクトレンズ装用による高次 収差・球面収差の変化.日本コンタクトレンズ学会総会 講演抄録集:113,2012.より)が装用時の力学的な形状 変化に伴う評価については,ほとんど言及されなかった。 しかし,SCL は軟質材料であり,装用時には涙液の表面 連絡先:671-2280 兵庫県姫路市書写 2167 兵庫県立大学大学院工学研究科 石崎 諒 (2015 年 12 月 28 日受理)
Contact to: Ryo Ishizaki Graduate School of Engineering, University of Hyogo 2167, Shosha, Himeji, Hyogo 671-2280, Japan
張力で眼球に沿うように変形して度数に影響を及ぼす (和泉洋輝,松本一樹他:ソフトコンタクトレンズ装用時 のレンズ形状変化による光学特性.日本機械学会年次大 会:J024025-1-4,2013.より)。本研究は SCL 装用時の 形状変化について,形状を構成する 3 領域の幾何学的パ ラメータと角膜との間の涙液量が及ぼす影響について調 べた。次に,これらの形状変化が眼の矯正度数に与える 影響を算出し,SCL 装用時の形状変化が小さい SCL 構造 の設計指針について検討した。 2.方 法 1)SCL と眼球モデルの製作 SCL の基準モデルの設計では,度数-3.00D(lens diopter 以下 D)の市販 SCL について,ベースカーブ(base curve 以下 B.C.),中心厚さ,および直径の公開値を用いた。一 方,光学領域の未公開のフロントカーブ(front curve 以 下 F.C.),ベベル領域の形状については,光切断法によっ て求めた計測値(格内 敏,イクラムアリフ他:ソフトコ ンタクトレンズの形状測定.日本実験力学会講演論文集 15:130-132,2015.より)を用いて,コンピュータ支援 設計(computer-aided design 以下 CAD)でモデルを構築 した。 図 1 にSCL(-3.00D)の基準設計モデルの 1/2 断面モ デルを示す。光学領域は規格値と計測値を用い,ベベル 領域は中心から 5.5~6.9mm の範囲として計測値を用い た。なお,ベベル領域の曲率半径(r)の中心は眼球の光学 軸上とした。一方,中間領域は光学中心から 3~5.5mm の 間と仮定して,光切断法による 5 枚の画像データを基に, 両端と中央点の 3 点の座標から曲率半径(6.41mm,標準 偏差:0.06mm)を算出した。その結果,中間領域は Y 方 向に膨らみをもってベベル部に繋がった。 SCL の実験モデルの製作では,光学領域中央部とベベ ル領域の端部を固定し,光学領域と中間領域の範囲を変 えた形状を製作して涙液量を調節した。製作したSCL の 3 種類のモデルを図 2 に示す。SCL と涙液層の厚さにつ いては,以前は光学領域頂点で 7~8μm 程度といわれて いたこともあったが,数十 μm ともいわれており4),定 まってはいない。本報告では,著者らが行った SCL 装 用時の光学領域頂点での光干渉断層計(optical coherence tomography:OCT)画像解析の結果を踏まえて,すべての モデルについて約 15μm と仮定した。なお,ベベル端での 厚さは実測が難しいため,同じ 15μm とした。 本報告では図 1 の基準設計モデル(市販 SCL に相当 し,本研究ではModel.2)に対して,SCL と角膜の間の隙 間の涙液層が小さい Model.1 と涙液層が大きい Model.3 を製作した。Model.1 は基準の B.C.をベベル端の 5.50mm までとし,Model.3 は B.C.の位置を光学中心から 1.5mm までとした。これらの光学領域の端の座標と図 1 のベベ ル領域の端の座標を,基準モデルの曲率半径(6.41mm) で繋いだ。なお,Model.2, 3 の F.C.の曲率は,B.C.の曲率 中心位置とは異なるが同じ曲率半径(6.41mm)で繋いだ。 この結果,これらのModel の SCL の中間領域の厚さと, 角膜との涙液層の厚さは,光学中心から 3.5mm の位置 で,それぞれModel.1 では 143,112μm となり,Model.2 では 144,119μm となり,Model.3 では 147,138μm とな った。Model.3 が SCL 厚さ,涙液層の厚さが最も大きい。 眼球モデルの製作はGullstrand 模型眼5)を参考にした。 模型眼は眼球の各屈折系の光学定数の実測値,あるいは その近似値を定め製作したもので,眼球光学系の標準的 なモデルである。本研究の実験用の眼球モデルは,角膜 と強膜の曲率をもった簡略化モデルで,水晶体・硝子体・ 房水などは製作していない。角膜は曲率半径 7.7mm で, 強膜は曲率半径 12mm,厚さ 1.0mm とした。なお角膜と 強膜の曲率が異なるため,その境界部は少し窪んだ形状 (強膜溝)をしている。一方,涙液層を考慮するために瞼 と結膜嚢を製作した。瞼は瞼板,瞼板筋や眼輪筋などの 筋肉,眼窩脂肪などで構成されているが,瞼の一部であ る瞼板を用いてモデルを製作した。なお眼球と瞼板との 接合部は筋肉が影響していると仮定して筋肉を用いた。 また,結膜は非常に薄いため,解析モデルへの影響が小 さいと考えてモデル化していない。 図 1 ソフトコンタクトレンズ(SCL)設計モデル 図 2 SCL モデル
視覚の科学 第 37 巻第 3 号 2)有限要素法
有限要素法(finite element method 以下 FEM)は主に工 学分野で用いられる手法であり,物体を有限個の要素の 集合体と考え,各々の要素の挙動を方程式で近似して, 全体の挙動を予想する方法である。CAD でモデルを製作 した後,有限要素解析ソフト(ANSYS MultiphysicsⓇ)へ 取り込み有限要素モデルを構築した。表 1 に各部の物性 値(矢部比呂夫,川口龍平:眼球の外力による損傷過程 のシミュレーション.計算生体力学研究計画化調査報告 書:103,1998.より)を示す。涙液は水と仮定して,密度 は 1,000kg/m3,体積弾性率は 2.19GPa とした。図 3 に涙液 層を含む 2 次元軸対称の解析モデルと境界条件を示す。 要素は四辺形四節点で,SCL を約 4,000 個に分割した。 涙液層は静止流体要素として解析に用いた。静止流体要 素を用いると,構造解析手法のみで流体との相互作用を 考慮できるが,流体は一様の圧力,温度,密度と仮定さ れるため,流体の粘性は考慮できない。静止流体要素は 構造要素と節点を共有して製作した。その結果,構造体の 変形に応じて静止流体要素の体積が変化する。この変化 によって発生する圧力が面荷重として構造要素にフィー ドバックされる。瞼板は角膜輪郭までかかって涙液で満 たされ,瞼板の端の涙液と外気との境界は,涙液が流れ 出ないよう拘束した。なお,解析はSCL の内側に表面張 力を仮定した等分布圧力を加えて行った。 解析では,図 2 の-3.00D の 3 種類の実験モデルを眼球 モデルに装用したときの挙動を調べた。SCL の表面張力 の大きさの算出では,眼球モデルに-3.00D の市販 SCL を装用したときの光学領域について,その F.C.の曲率を 実験(光切断法)により求めた。次に,FEM でこの F.C. の曲線となる表面張力に対して,これに相当する等分布 圧がレンズ面に加わる圧力を換算した(栗山祐輔,格内 敏他:コンタクトレンズの変形と光学特性.日本実験力学 会講演論文集 14:65-68,2014.より)。その結果,SCL のB.C.面の法線方向に 120Pa の等分布圧力を加えて解析 した。またSCL の摩擦係数は 0.025 と設定し,重力の影 響は非常に小さいため考慮していない6)。 3)光線追跡解析 SCL の形状変化が度数に及ぼす影響を調べるために, 光線追跡解析ソフト(CODE VⓇ)7)を用いた。光線追跡は, 物体からの光線の網膜までの光路について,レンズや反 射鏡でどのように反射・屈折するかを幾何学的に追って いく方法である。その結果,形状変化したSCL の中心を 通る主光線と周辺の開口位置からの光線との光路差が求 まり,波面収差の推察が可能となる。解析では,CODE V 内にGullstrand 模型眼(角膜,房水,水晶体,硝子体から 構成)で,-3.00D の近視眼を構築し,次に角膜上に形状 変化したSCL(直径 3mm の範囲)を配置して多数の光線 を通し,これらの焦点距離を求めて度数を算出した。 3.結 果 図 4,5 に,最も涙液量が多くて変形量が大きかった Model.3 の SCL について,Y,X 方向の変位分布をそれぞ れ示す。図 4 のY 方向変位分布では,光学領域で Y 方向 に最大でSCL が約 2.4μm 変位した。一方,光学領域以外 ではSCL は眼球モデル側に変位し,隙間の大きい強膜溝 付近で最も大きい変位がみられた。なお,ベベル領域の エッジ部では眼球側に数μm の変位がみられるが,眼球と 接触することはなかった。図 5 のX 方向の変位分布では, 光学領域から中間領域にかけてはX 方向に変位し,中間 領域からベベル領域では逆方向に変位し,強膜溝の付近 で最大になった。一方,ベベル領域のエッジ部では局部 的にX 方向に最大変位 17.8μm が生じ,強膜に沿って X 方向にスライドするような変形となった。 図 6,7 にModel.3 の SCL の Y,X 方向の応力分布をそ れぞれ示す。図 6 の光学領域では圧縮応力が生じ,中間 領域のF.C.側とベベル領域の B.C.側には引張応力が生じ, 強膜溝の位置から少し強膜寄りで最大となった。図 7 の X 方向の応力分布では,光学領域で引張り応力が発生す るが,中間領域とベベル領域ではY 方向の応力分布と同 じ傾向となった。なお,図 6,7 からベベル領域において は,B.C.側で引張り,F.C.側で圧縮の応力が作用すること がわかる。表 2,3 に各モデルのY 方向の最大,最小変位 の値と,最大,最小の応力の値を示す。Model.3 の Y 方向 の最大変位に比べて,Model.1, 2 はかなり小さい値となっ た。一方,Y 方向の最小変位と X 方向の変位量は,モデ 表 1 各部の物性値 SCL 角膜 筋肉 瞼板 強膜 ヤング率 (MPa) 0.91 0.20 0.30 12 0.50 ポアソン比 0.30 0.49 0.48 0.40 0.49 SCL:ソフトコンタクトレンズ 図 3 解析モデル
ルに差はなかった。応力値はどのモデルも同じ程度であ るが,Model.3 はほかのモデルに比べて幾分異なった。 図 8 に図 5 の光学領域の四角の範囲について,Model. 1, 2, 3 の B.C.の Y 方向の変位分布を示す。Model.3 では, 光学領域でY 方向に変位するが,Model.1, 2 では光学領 域で反対方向の角膜方向に沿って近づく変位を示した。 この 3 種類のSCL モデル(度数-3.00D)おける光学領 域の形状変化がSCL の矯正度数に及ぼす影響ついて,光 線追跡方法によって解析した結果を図 9 に示す。図は装 用時の形状変化による度数を示しており,度数が-3.00D に近ければ,装用前後における度数変化が小さいよいモ デルと考えられる。Model.1, 2 は度数変化が大きく,それ ぞれ-2.60,-2.65D となった。一方,Model.3 は度数が -2.86D で最も度数変化が小さくなった。 図 4 Y 方向変位(Model.3) 図 5 X 方向変位(Model.3) 図 6 Y 成分応力(Model.3) 図 7 X 成分応力(Model.3) 表 2 Model.1, 2, 3 の最大最小変位量
Model.1 Model.2 Model.3 Y 方向最大(μm) 0.06 0.08 2.44 最小(μm) -48.6 -48.5 -48.4 X 方向最大(μm) 17.9 17.8 17.8 最小(μm) -23.1 -23.1 -23.0
表 3 Model.1, 2, 3 の最大最小応力値
Model.1 Model.2 Model.3 Y 方向最大(kPa) 2.28 2.31 3.98 最小(kPa) -6.67 -6.76 -5.86 X 方向最大(kPa) 3.93 3.95 2.33 最小(kPa) -5.79 -5.80 -6.86 図 8 光学領域でのベースカーブ(B.C.)変位量 図 9 度数変化
視覚の科学 第 37 巻第 3 号 4.考 按 本研究ではSCL の形状が装用時のレンズ矯正に及ぼす 影響について検討した。SCL の基準モデル形状には,度 数-3.00D の市販 SCL の規格値,および未公開部分は計 測値を用いた。3 種類の実験モデルについて,装用時の変 形挙動をFEM 解析し,形状変化による矯正度数変化は光 線追跡解析によって求めた。 SCL 装用時の形状変化の解析では,表面張力の効果と して,B.C.面に法線方向に等分布圧力を加えて解析し,Y, X 方向の挙動を調べた。Model.3 の光学領域では,SCL は 角膜の上方向に変位し,Model.1, 2 では角膜方向に変位し た。これは,Model.3 の SCL の中間領域の形状が Model.1, 2 に比べて,Y 方向にわずかに涙液層の膨らみがあり,角膜 との隙間の涙液量が(中央から 3.5mm では Model.1, 2, 3 で,112,119μm,および 138μm),異なることが要因と 思われる。また,すべてのモデルにおいて強膜溝付近で 最大変位がみられるが,これは強膜溝付近でSCL と眼球 の隙間が最も大きく,加えられた圧力によって変位が最 大になったと考えられる。ベベル領域においては,B.C. 側で引張り,F.C.側で圧縮の応力が作用するため,この領 域では反るような曲げ変形が生じることがわかった。ま た,ベベル領域のエッジ部では強膜との隙間が最も小さ くなり,最大の圧縮応力が生じた。 3 種類の SCL 実験モデル形状が,装用時に矯正度数 に与える影響については,最も変化の小さい Model.3 の -2.86D から,最も変化の大きい Model.1 の-2.60D と, モデル形状によって異なった。SCL の製造での度数単位 が 0.25D であることを考えると,眼の検査時の度数に対 するSCL を装用しても,SCL 構造によっては矯正度数が 変化することに注意が必要である。本研究では,SCL の 中間領域で角膜との隙間の涙液量が多いModel.3 が,図 8 の結果よりSCL の光学領域が角膜の上方向に変位して, 度数変化を小さくするSCL 構造であることがわかった。 文 献 1) 大鹿哲郎,富所敦男他:眼科検査診断法 視覚の質quality of vision を測る.日眼会誌 108:770-808,2004. 2) 湖崎 克:コンタクトレンズ診療最前線.湖崎 克他編, 5,17-30,金原出版,東京,2000.
3) Lu F, Mao X et al:Monochomatic wavefront aberration in the human eye with contact lenses.Optom Vis Sci 80:135-141, 2003.
4) 糸井素純,稲葉昌丸他:コンタクトレンズ診察ガイドライ
ン.日眼会誌 118:584-590,2014.
5) Ogle,K:OPTICS C.C. Thomas.156-157,Springfield, 1968. 6) Tiffany JM,Winter N & Bilss G:Tear film stability and tear
surface tension.Curr Eye Res 8:507-515,1989. 7) CODEⅤ 入門マニュアル CODEⅤ9.7 サイバネットシス