印度學佛教學研究第39雀第2號 卒成3年3月 『 バ ガ ヴ ァ ツ ド ・ ギ ー タ ー 』 ペ ル シ ャ 語 訳 に つ い て 榊 和 良 『バ ガ ヴ ァ ッ ド ・ギ ー タ ー』[BG] が 『マ ハ ー・バ ー ラ タ』EMbh.コ に含 まれ る ヴ ァ ース デ ー ヴ ァ [クリシ ュナ] と アル ジ ュナの間 で交わ され る話 であ ることは, 既 に 11世 紀 に, アル ・ビール ー ニ ー の ア ラ ビア語 の作 品 『イ ン ド誌 』 に紹 介 され, 多 くの詩 節 が 抜 粋 ・引 用 され て い る1)。今 で は75余 りの言 語 に訳 され 世 界 中 に 知 ら れ て い る こ の作 品 のペ ル シ ャ語 訳 が, 全 訳 の形 でな され た の は16世 紀 に な っ てか ら の こ とで あ る2)。現 存 す る写 本 の上 か ら見 て, BGの ペ ル シ ャ語 訳 に は, ペ ル シ ャ語 訳Mbh. の一 部 とし て訳 され た も の と, 独 立 した 作 品 と して 訳 され た も の が あ る。 さ らに, 独 立 した 作 品 と して 訳 され た もの も, 直 訳 調 散 文 訳, 美 文 体 散 文 訳, 散 文 抜 粋 訳, そ して韻 文 訳 な どに 分 類 で きる。 Mbh. の ペ ル シ ャ語 へ の 翻 訳 事 業 は, 16世 紀 の 終 わ りに ム ガル 皇 帝 ア クバ ル の 命 令 に よ つて 始 め られ た。 こ の翻 訳 事 業 を 始 め るに あ た つて, 多 くの識 者 や 言 語 に通 じた 者 た ち が 集 め られ, ナ キ ー プ ・ハ ー ンを 始 め とす る翻 訳 分 担 者 らが 協 力 して 翻 訳 を 進 め て い った 様 子 が, 宮 廷 史 家 ア ブ ドゥル ・ガ ーデ ィル ・バ ダ ー オ ー ニ ーに よ つて 詳 細 に 描 か れ て い る3)。このMbh. の ペ ル シ ャ語 訳 で はBGが か な り要 約 され て い る4)。本 稿 で は, 独 立 した 作 品 と して 完 訳 され た 直 訳 調 散 文 訳5) (以下, ペルシ ャ語訳BGと して示す)を 用 い て, 現 在 伝 え られ て い るBGテ キ ス ト や 注 釈 文 献 と対 照 す る こ とに よつて, 当時 ム ガル 宮 廷 に集 あ られ た であ ろ うテ キ ス トや そ れ らを め ぐる注 釈 文 献, あ る い は パ ンデ ィ ッ トらに 口承 され て いた そ れ ら の姿 を 探 る こ とを 通 して, BGの 伝 承 の一 つ の姿 を 示 してみ た い。 ペ ル シ ャ語 訳BGは, サ ンス ク リ ッ ト語 校 訂 本 (プ ーナ本)6)と照 合 して み る ど, 庶 ぽ全 章 全 節 にわ た つてそ の 内容 を て いね い に訳 して い る こ とがわ か り, 個 々 の 章 節 に 区分 けす る こ とが可 能 で あ る。 詩 節 の 各部 分 につ い て は, サ ンス ク リッ ト 語 原 典 の韻 文 を散 文 の形 に して い る こ とか ら, 欠落 して い る部 分 と意訳 して い る 部 分 を判 別す る こ とは 容 易 で は な い が, 内 容 の上 か ら明 らか に 欠落 して い る と考 え られ るの は 第7章17節, 第16章4節, 14節, お よび 第10章16節bcd部 分 か ら 17節a部 分 で あ る。 一方, 付 加詩 節 と考 え られ る の は, 第13章 冒 頭部 分7)の み で
-972-『バ ガヴ ァッ ド・ギーター』 ペルシ ャ語 訳について (榊) (84) あ り, カ シ ュ ミー ル伝 本 に見 られ る よ うな多 ぐの付 加 詩 節 は見 られ な い。 現 在, 18章700詩 節 と して伝 え られ て い る サ ンス ク リッ ト語 校 訂 本 に も異 読 と して注 記 に 示 され る よ うに, BGに は 付 随 す る詩 節 を 伴 うもの が あ る こ とが知 ら れ て い る。 ペ ル シ ャ語 訳BGに お い て も第18章78節 の 訳 の後 に, ヴ ァイ シ ャ ンパ ー ヤ ナ に よつて 語 られ る Gitaprasasti と呼 ぼ れ る詩 節8), 1さら にBGの 総 詩 節 数 及 び 各 話 者 に対 す る詩 節 の配 当を 示 す Gitamana と呼 ばれ る詩 節9)の訳 が 付 け 加 え られ て い る。BGの 伝 承 に関 して はそ の詩 節 数 が 問 題 とされ Gitamana に示 され る 総詩 節 数 と各 話者 へ の 配 当 の 不 一 致 が 指摘 され て い るが, ペ ル シ ャ語 訳 に つ い て 「ア ブル ・フ ァ ズル 訳 は745詩 節 か ら成 る」10)と紹 介 され て きた のは, 単 に Gitamana の直 訳 を 根 拠 に して い る にす ぎ な い。 ペ ル シ ャ語 訳BGの 写 本 の 中 に は, 最 後 に, サ ンス ク リヅ ト語 流 布 本 で は, Olhkara [Pranava] mahatmya と 呼 ばれ る Gitasara の 訳 を 付 け 加 え て い る も の もあ る11)。 ペ ル シ ャ語 訳BGの 文 体 の特 色 は, 極 め て 平 易 に リテ ラル な 訳 を す る こ とを 基 本 とし て い る点 に あ る。 バ ダ ー オ ー ニ ー は, Mbh. の翻 訳 を 進 め る に あた っ て, 勝 手 な 改 ざん が 行わ れ る こ との な い よ うに 皇 帝 自身 が 目を 光 らせ て い た こ とや, ま ず 散 文 訳 を 命 じ, そ の 完 成 を 待 つて 韻 文 訳 へ の 書 き換 え を ア ブ ール ・フ ァズ ル の 兄 フ ァイズ ィー に命 じ, た こ とを 伝 え て い る。 さ ら に, ア ブ ール ・フ ァ ズル の Mbh. の ペ ル シ ャ語 訳 に対 す る前 書 き に お い て も, 理 解 しや す い こ とぽ で訳 す こ とに よ って誤 解 や 偏狭 さに起 因す る敵 意 を取 り除 こ うと意 図 した ア クバ ル の動 機 が 繰 り返 され て い る12)。これ らに示 され る原 文 に忠 実 に平 易 な表 現 を も つて訳 す と い う傾 向 は, この ペ ル シ ャ語 訳BGに も共 通 して い る とい え る。 原 文 に 忠 実 な 訳 を 心 が け る とい っ て も, 語 調 を 整 え た り強 調 のた め に倒 置 す る とい う韻 文 として 生 か され て いた 技 巧 は, ペ ル シ ャ語 訳BGで は, 平 淡 な散 文 表 現 に よ つて味 気 な い も の とな る こ とは否 め な い。 また サ シス ク リッ ト語 を音 写 語 と して示 す 場 合 に は, ほ とん ど訳 語 も解 説 も伴 わ な い とい うこ とが 特 色 と して あ げ られ る。 一 方, 直 訳 した だ け で は理 解 が 困難 と思 わ れ る詩 節 にお い て は, 注 釈 文 献 の助 けを 借 りて い る。 ペ ル シ ャ語 訳 『ウド ニ シ ャ ッ ド』 で は・ 本 文 の訳 文 中 に シ ャ ソカ テ ・ア ーチ ャ ール ヤ の 名 前 の 言 及 が あ る13)が, この ペ ル シ ャ語 訳BG に は, そ の よ うな 注 釈 家 へ の 言 及 は 見 られ な い。 基 本的 に は シ ャ ンカ ラの注 釈 に 沿 った 解 釈 を 示 して い る こ と は 明 らか であ る14)が, さ ら に後 代 の [すなわ ちペル シ ャ語 訳BGに とつては同時代の] 注 釈 の解 釈 も反 映 され て い る15)点が 注 目 され る。 原 文 に忠 実 な訳 とい う原 則 は, 注 釈 文 献 の訳 文 に も適 用 され て い る。
-971-(85)『 バ ガヴァッ ド ・ギーター』ペル シャ語訳にっいて (榊) ペ ル シ ャ語 訳BGに 関 して は, 写 本 の上 で一 つ の問 題 が 提 起 され て い る。 ペ ル シ ャ語 訳BGが も とに した 写 本 の一 つ であ る イ ン ド省 図 書 館 所 蔵No. 1949の 写 本 で は, ダ ー ラー ・シ ュ コー を訳 者 と して い る の に対 し, これ とほ ぼ 同 じ内 容 を もつ 大 英 図書 館 所 蔵Add. 7676の 写 本 で は, そ の 前 書 きで 訳 者 を ア ブ ール ・フ ァズル として い る。H. Etheは, 大 英 図 書 館 所 蔵 写 本 に 示 され る記 述 が 誤 りで あ り, 真 の訳 者 は ダ ー ラ ー ・シ ュ コ ー であ る と主 張 して い る16)。確 か に, バ ダ ーオ ー ニ ーの 史 書 や ア ブ ール ・フ ァズル の 著 作 の 中 に 紹 介 され る ア クバ ル の 時 代 に ペ ル シ ャ語 に訳 され た サ ンス ク リ ッ ト語 文 献 の 中 に, BGが 独 立 した 作 品 と して 訳 され た こ とを 示 す 証 拠 は 見 られ な い。 た だ, ペ ル シ ャ語 訳Mbh.の 前 書 き で, ア ブ ール ・フ ァズル が 『ピー・シ ュマ ・パ ル ヴ ァ ン』 に 強 い 関 心 を 示 し, そ こ に説 か れ て い る教 え が 十 分 訳 し尽 ぐされて い な い とい うこ とを 指 摘 し, 前 書 き で検 討 す るの は 冗 長 に な るの で避 け た い と述 べ て い る17)ことは 注 目 され る。 一 方, 翻 訳 作 品 と して, ダ ー ラー ・シ ュ コー に よる 『ウ パ ニ シ 糸ッ ド』 のペ ル シ ャ語 訳 とペ ル シ ャ語 訳BGを 比 べ て み る と, サ ンス ク リ ッ ト語 の音 写 の しか た に はほ とん ど違 い が 見 られ な い が, 術 語 の 解 釈 や 訳 語 の表 現 にか な りの違 い が あ る。 ペ ル シ ャ語 訳 『ウ パニ シ ャ ッ ド』 の注 釈 過 多 な 傾 向, イ ス ラー ム と りわ け ス ー フ ィズ ム の術 語 を 媒 介 と して 解 釈 す る傾 向 は, ペ ル シ ャ語 訳BGに は全 ぐ見 ら れ な い。 む し ろ, こ うした 傾 向を 示 す の は, BGの 抜 粋 訳 に 分 類 され る ア ブ ドゥ ル ・ラ フマ ー ン ・チ シ ュテ ィー の作 品18)であ る。 こ の作 品 で は第2章 か ら第18章 ま で を抜 粋 訳 しつ つ, コ ー ラ ンや ハ デ ィー ス, さ らに は ニ ザ ー ム ッデ ィー ン ・オ ー リヤ ー な どの ス ー フ ィー の こ とば を織 り混 ぜ, BGの 詩 節 の 解 釈 で は, ス ー フ ィ ズ ムの 術 語 を 媒 介 と して い る19)。ペ ル シ ャ語 訳BGが ダ ー ラ ー ・シ ュ コ ー訳 で あ る とい う積 極 的 な 根 拠 は, この よ うな 視 点 か らは 見 い 出す こ とが で きな い。 以 上, ア ブ ール ・フ ァズル あ るい は ダ ー ラ ー ・シ ュ コ ー訳 と され る ペ ル シ ャ語 訳BGを, そ の 構 成 や 内容 を 中 心 と して 簡 単 に 検 討 して きた が, そ こに 示 され る BGの 姿 は, 現 在 に伝 え られ て い るBGの 流 布 本 と大 差 な い こ とが わ か る。 そ の 訳 文 か らは, 平 易 な 文 体 でわ か りや す ぐ原 文 に 忠 実 に を 基本 として, 異 教 徒 の 聖 典 の 客 観 的 標 準 訳 を め ざ した 態 度 が うか が い 知 れ る。 さ らに 注 釈 文 献 の 活 用 に は 時 代 の 息 吹 きを 感 じ させ る もの もあ る。 い ぐつ か の 異 版 を 伴 つて 流 布 した この よ うな ペ ル シ ャ語 訳 も, BGの 一 つ の 伝 承 の 姿 を 示 す もの とい え る。 最後 に残 され た 訳 者 の 問 題 は, そ れ ぞ れ の 著 作 に お け る文 体 比較 や, 彼 らが 関 わ つた 他 の 翻 訳 作 品 との 比 較 検 討 を 踏 まえ た 上 で 論 じ るべ きで あ り, 今後 の課 題 と した い。
-970-『バ ガ ヴ ァ ッ ド ・ギ"タ ー 』 ペ ル シ ャ語 訳 に つ い て (榊) (86)
1) Al-Biruni, Kitab Pt Tahgiq Ma-lil-Hind or Al-Biruni's India, Hyderabad
1958, p. 21. こ こ で はIBGは 「Bharataの 書 の 一 部 」 と紹 介 さ れ, 続 い てBG4-6, 11, 14な ど の 抜 粋 訳 が な さ れ て い る。
2) Mbh. の ペ ル シ ャ語 訳 は, 既 に15世 紀 に カ シ ュ ミー ル の Sultan Zain ul-Abidln の も と で な さ れ て い た と い う。S.A.H. Abidi, Translations in and from Persian,
Anuvad 3, 1965, No. 6, pp. 75-76.
3) 'Abd ul-Qadir Bada'uni, Muntakhab ut-Tawarikh, Bibliotheca Indica vol. 51.2, repr. of the edition Calcutta 1865, Osnabriick 1983, pp. 320-321.
4) British Museum Add. 5651, ff. 78-80.
5) Bhagavad-gita, ed. by S.M.R. Jalali Na'ini, Tehran 1980. こ の 刊 本 は, India Office Library No. 1949, Asiatic Society of Bengal No. 1707と 編 者 所 蔵 写 本 に
も と つ い た も の で, 訳 者 は ダ ー ラ ー ・ シ ュ コ ー と な つ て い る。
6) The Mahabharata, The Bhishmaparvan, ed. by S.K. Belvalkar, Poona 1949.
7) プ ー ナ 本p. 166で は*108で 示 さ れ る。 8) プ ー ナ 本p. 189で は*113で 示 さ れ る。 9) プ ー ナ 本p. 189で は*112で 示 さ れ る。
10)『バ ガ ヴ ァ ッ ド ・ギ ー タ ー 』(イ ン ド古 典 叢 書), 昭 和55年, p. 336.
11) British Museum Add. 7676, ff. 52-55. cf. Bhagavad Dayal Verma, Persian Translation of the Gitasara, Proc. of the First International Sanskrit Conference, Vol. 2, New Delhi 1972, pp. 146-165.
12) Mahabhanta, ed. by S.M.R. Jala11 Na'ini, N.S. Shukla, Tehran 1979, 序p. 20.
13) mndaka-npanisad 1-1-8の 本 文 及 び, svetasvatara-upanfsad 3-7の 異 読 注 記。 sirr-i-Akbar, ed by Tara Chand & S.M.R. Jalah Na'ini, Tehran 1957, p. 325, p. 202.
14) 一 例 を 挙 げ る と3-3cd部 分, 5-4a部 分 及 び5-5a, c部 分, 5-14d部 分 の 解 釈。 15) 8-17a部 分 や10-6ab部 分 に は, Madhusudana-Sarasvati に よ る Gudharthadz。
pika の 解 釈 が 反 映 さ れ て い る。
16) H. Ethe, Catalogue of Persian Manuscripts in the Library of the India Office, vol. 1. Oxford 1903, p. 1089.
17) Mahabharata, oP. cit., 序p. 21.
18) 'Abd ul-Rahman Chishti, Mir'at ul-Haga'iq, British Museum Or. 1883, ff. 257-271.
19) 一 例 を 挙 げ る と2-17に お い て, avyakta と vyakta を, fana' (絶 対 的 存 在 へ の 我 の 消 滅) と baqa' (絶 対 的 存 在 の 中 で の 永 続 的 生 存) と解 釈 し て い る。
<キ ー ワー ド> バ ガ ヴ ァ ッ ド ・ギ ー タ ー, ペ ル シ ャ語, 翻 訳
(北 海 道 大 学 大 学 院)