DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.39.14
90 基礎心理学研究 第39巻 第1号
日本基礎心理学会第38回大会
シンポジウム
3
コミュニケーションと知覚の脳研究の今
Current direction in cognitive neuroscience for communication and perception
日 時: 2019年12月1日(日)午前10:00–12:00 場 所: 神戸大学百年記念館六甲ホール 企画・司会: 松本絵理子(神戸大学)・野口泰基(神戸大学) 講 演 者: 佐藤 弥(京都大学こころの未来研究センター)「表情処理の神経時空間ダイナミクスの研究」 小池耕彦(生理学研究所) 「二者同時脳機能イメージングを用いたコミュニケーションの神経基盤の検討」 指 定 討 論: 四本裕子(東京大学) 企 画 趣 旨 「なぜそのように見えるのか」,「なぜそのように感じ るのか」,を解明することは知覚・認知研究にとって重 要な命題の一つである。脳活動の測定は,課題に対する 応答や主観的判断だけでは測りえない客観的な神経活動 データを提供し,この解明に貢献してきたといえる。認 知神経科学の代表的な研究者であるナンシー・カン ウィッシャー(Nancy Kanwisher)は,1997年に発表し た論文(Kanwisher, McDermott, & Chun, 1997)を振り返 り,この論文で行った発見そのものだけでなく,そこで 用いられた新しい手法と,それがもたらした人間の脳と 心の関係の理解に対するインパクトがいかに大きかった か を述 べ て い る(Kanwisher, 2017)。Kanwisher et al. (1997) では機能的磁気共鳴画像(fMRI)を用いて,顔, 身体部位,物体,家などを観察中の脳活動を計測し,顔 に特異的に活動する領域であるFFA (Fusiform Face Area) を報告し,大きな反響を呼んだ。しかし,FFAに関する 報告の重要性もさることながら,脳活動計測データを条 件毎に比較し分散分析を行うという方法で解析すること により“認知心理学的に”取り扱い得た(Kanwisher, 2017)ということが,後の知覚・認知研究の進展にもた らしたものは大きかったといえる。 近年では,脳研究においても,社会的相互作用,感情 の変化や個人差による認知・行動・知覚への影響をめぐ る研究の進展が著しい。これはより複雑な生態学的妥当 性の高い刺激を用いて研究展開が可能になってきたこと を示唆するが,これらの課題へアプローチするために は,複数の脳領域間での相互作用や神経ネットワークの 解析,脳活動の時系列変化の解析などの複雑な分析を行 う必要性が高くなる。脳機能計測に用いる機器もデータ の計算手法も進展が著しい中で,今日的な視点から脳活 動データを知覚,コミュニケーションの研究で取り扱う にはどのような方向性や限界があるのかを考えることは 重要であるといえる。そこで本シンポジウムでは,ダイ ナミックな心的状態に対する先端的なアプローチに取り 組んでおられる方々に登壇頂き,コミュニケーションと 知覚の脳研究の今に関して広く論議することを試みた。 京都大学こころの未来研究センターの佐藤弥氏にはコ ミュニケーションの主要メディアたる表情について,脳 磁図と機能的磁気共鳴画像(fMRI)を組み合わせた研 究によりその時空間ダイナミクスにせまる研究を紹介い ただいた。表情認知の研究では静的な表情写真が用いら れることが多いが,氏の研究では動的表情を用いて,そ れらを観察中に特異的に活動が促進される領域を fMRI による測定から見出した後,時間解像度に優れた脳磁図 の計測を組み合わせ,動的因果モデリングを用いて機能 結合の解析を行っている。このような複数の計測モダリ ティを組み合わせることで,動的表情の観察時には上側 頭溝や下前頭回が活動するというだけでなく,それら領 域間の情報のやり取りが双方向に早いタイミングで行わ れていることを紹介いただいた。さらに,時間窓シフト 動的因果モデリングの結果,扁桃体から新皮質への調整 を示し,表情処理がすばやく行われ後続の認知に影響を
The Japanese Journal of Psychonomic Science
2020, Vol. 39, No. 1, 90–91
91 シンポジウム3 企画趣旨 及ぼすというこれまでの心理学的知見を説明する可能性 をお示しいただいた。 また,生理学研究所の小池耕彦氏には,二者間のコ ミュニケーション研究事例として,みつめあいと共同注 意の関係性について MRI装置二台を同時に用いるハイ パースキャニングの研究を紹介いただいた。アイコンタ クトは社会的な相互作用に関わる重要な行為であり,心 理的状態を伝達し共有しあううえで基盤的機能を果たし ているといえる。従来の脳画像研究では,一度に一名の 実験参加者の脳活動を計測するため,コミュニケーショ ンの相互作用を直接的にとらえることは困難であるが, ハイパースキャンニング手法を用いることで二者間脳活 動相関を調べることが可能になる。脳活動相関はコミュ ニケーションの原因であるのか,結果であるのか,コ ミュニケーションのコアは存在しうるのか,などの新た な問題提起も示していただいた。 いずれの講演も,従来の脳機能研究に新しい手法を取 り込むことにより,複雑かつ動的な心的過程の解明に取 り組むためのヒントが含まれていたものと思われる。特 に昨今の社会状況下では遠隔状況でのコミュニケーショ ン機会が増大していることからも,モニタ上に存在する 他者との相互作用に関わる研究の必要性はさらに高まる ことが考えられる。 また,最後に指定討論者として,東京大学の四本裕子氏 より,コミュニケーションとはそもそも何であるかとい う定義から,脳領域のネットワークの解明やコミュニ ケーションのコアとは何かといった大きな枠組みでの討 議をいただき,大いに議論が展開された。当日は収容定 員300名の神戸大学百年記念六甲ホールの多くの座席が 埋まる盛会であった。脳研究をテーマとした本シンポジ ウムに対して学会員の皆様の関心をいただけたことに, 企画者として深くお礼を申し上げたい。 引用文献
Kanwisher, N. (2017). The quest for the FFA and where it led.
Journal of Neuroscience, 37, 1056–1061.
Kanwisher, N., McDermott, J., & Chun, M. M. (1997). The fusiform face area: A module in human extrastriate cortex specialized for face perception. The Journal of Neuroscience,
17, 4302–4311.