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<総説>がん上皮間葉転換における選択的RNAスプライシング調節機構の存在 利用統計を見る

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がんと上皮間葉転換  がんは進行とともに原発巣から周囲組織にむ けて連続性に増殖していく「浸潤」と原発巣 から遠隔組織へ非連続的に増殖していく「転 移」の特徴をもつ。もともと上皮細胞様形質が 強いがん細胞が,経時的に浸潤・転移していく ためには,運動能や浸潤能といった間葉細胞 様形質を獲得する必要がある1)。その起点とし て考えられているのががん細胞の上皮間葉転 換(epithelial-mesenchymal transition: EMT) である。EMT は炎症や低酸素といったストレ ス環境の中で誘導されてくる様々なシグナル

伝達因子により誘導される2)。Transforming

growth factor beta(TGF-β)シグナル,PDGF や FGFR な ど 受 容 体 型 チ ロ シ ン キ ナ ー ゼ (RTK)を介したシグナル,NF-κB シグナル, Wnt シグナル,HIF-1α など様々なシグナル 刺激が EMT を誘導することが明らかになって おり,中でも TGF-β/Smad シグナルは主要な EMT 誘導因子と位置付けられている1–3)。これ ら が E-cadherin,β-catenin,p120 catenin を 介した adherence junction や Zo-1,occludin, claudin を介した tight junction など力学的に 強力な細胞間結合を脆弱化させ,細胞形態が紡 錘形に変化していく。それと同時に細胞極性も 消失し,また vimentin や fi bronectin を介した 間質組織との結合が増強することで,がん細胞 の自由度が増加していく3)。さらに移動に際し

がん上皮間葉転換における選択的 RNA スプライシング

調節機構の存在

石 井 裕 貴,増 山 敬 祐

山梨大学医学部大学院総合研究部医学域耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座 要 旨:がん細胞は上皮間葉転換(EMT)によって運動能や浸潤能を獲得し,浸潤・転移など悪 性形質を獲得する。この EMT の調節機構の一つに選択的 RNA スプライシングによる調節機構が 存在している。この制御を担っている因子には上皮スプライシング調節タンパク質(ESRPs)があり, 主にがん細胞内で上皮形質に関わる遺伝子の選択的 RNA スプライシングを制御し,上皮形質を維 持している。ESRP1/2 のホモログがあり,いずれも EMT 過程においてその発現が抑制される。我々 は ESRP1 がアクチン動態を制御する Rac1 の恒常活性型スプライシングバリアントである Rac1b を RNA スプライシング機能により抑制し,一方 ESRP2 はδ EF1 および SIP1 発現を抑制すること でがん細胞の運動能を制御していることを解明した。また ESRP1/2 は正常上皮にはほとんど発現 していないものの発がん過程において上昇し,間質への浸潤先端のがん細胞では ESRP1/2 発現が 低下,さらにがん浸潤・転移巣では再度上昇しており,ESRP1/2 発現に可塑性があることも明らか にできた。EMT 制御機構については未だ明らかになっていない点が多いが,今回の研究を通して, 新たながん治療戦略を生む可能性も示唆できた。 キーワード がん上皮間葉転換,ESRP,選択的 RNA スプライシング

総  説

〒 409-3898 山梨県中央市下河東 1110 番地 受付:2016 年 2 月 10 日 受理:2016 年 3 月 23 日

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て細胞骨格を成すアクチンの再構築が起こり, 細胞は進行方向に糸状仮足(fi lopodia)や葉状 仮足(lamellipodia)を形成し,細胞接着斑を 介して間質組織に接着しながら移動していく。 このアクチンの変化は small G タンパク質の一 種である Rho family(Rho, Cdc42, Rac1)によっ

て緻密に制御されている4)。結果的に運動能を 獲得したがん細胞はより深層へ浸潤を起こし, 脈管内腔へ移動していくことで血行性またはリ ンパ行性に転移を起こしていく。また EMT に より間葉細胞様形質を獲得したがん細胞ではア ポトーシス抵抗性,アノイキス耐性,幹細胞様 形質などの特徴も持ち合わせていることも解明 されている1)。実際,悪性度の高いがん組織や 再発・転移巣のがん細胞では,有意に EMT 誘 導因子の発現が高くなっており,間葉細胞様 形質を獲得していることも確認されている1)。 EMT はがん悪性化を促進する非常に重要なプ ロセスである(図 1)。 がん EMT 制御ネットワーク  EMT 制御ネットワークには転写因子によ る 調 節 機 構,microRNA(miR) や long non-coding RNA など non-non-coding RNA を介した調 節機構,選択的 RNA スプライシングによる調

節機構,翻訳後調節機構の主として 4 つが存

在している5)(表 1)。中でも転写因子による調

節は EMT 関連遺伝子制御の中核と認識され て い る。EMT 関 連 転 写 因 子 に は Snail family (Snail,Slug,Smuc)や ZEB family(δEF1/ZEB1,

SIP1/ZEB2),Twist,E12/E47 な ど が あ る3)。 こ れ ら は 上 皮 細 胞 様 形 質 マ ー カ ー で あ る E-cadherin のプロモーター領域の E-box に直 接作用し発現を抑制することで細胞間接着を弱 め,間葉細胞様形質を獲得していく。これら 転 写 因 子 の 中 で も Snail,δEF1,SIP1,Twist は TGF-β/Smad シグナル刺激で発現が増強さ れ,がん悪性形質の獲得に至っていく3)。さら 図 1 表 1.主な EMT 調節機構

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に興味深いことにがんの種類によって TGF-δ 刺激で誘導されやすい EMT 関連転写因子が異 なっており,頭頸部がんにおいては Slug 発現 が上昇している(データ未公表)。また Slug は EMT 過程においてがん幹細胞形質の獲得に関 与していることが報告され,誘導される転写因 子によって獲得する悪性形質も異なることがわ かっている6)。  EMT 過程は 19-25 塩基の小分子 RNA のひ と つ で あ る microRNA に よ っ て も 調 節 さ れ る。microRNA はタンパク質をコードしない が機能を有する RNA として non-coding RNA に分類されていて,mRNA の 3’ 末端の非翻訳 領域に結合することでタンパク質への翻訳を 抑制したり,mRNA の分解を促進したり遺伝

子発現を抑制性に調節できる7)。がん組織内

でも数多くの microRNA が確認されており, 大 き く oncogenic miR と tumor-suppressive miR に分類されている。EMT 制御機能を有す る microRNA には miR-200 ファミリー(miR- 200a,-200b,-200c),miR-9,miR-34,miR-205,miR-29b などが報告されている8) 。miR-200 ファミリーは乳がん,胃がん,大腸がん, メラノーマ,卵巣がん,膵臓がん,前立腺が んなど多数のがんでその発現が確認されてお り,δEF1 や SIP1 発現を抑制することで EMT

を負に調節できる9–14)。肺がんマウスモデルで miR-200 の過剰発現により遠隔転移が抑制でき たという報告もある15)。また TGF-β/Smad シ グナル刺激によってがん細胞内の miR-200 発 現が抑制されることもわかっている16)。EMT の翻訳後調節機構については Snail が GSK-3β によりリン酸化を受けることで核内移行が阻害 され,分解を促進される EMT が抑制されるこ とが報告されている17)。しかしながらこの調 節機構はまだ解明されていない点が多い。 選択的 RNA スプライシングと EMT  DNA 上にはアミノ酸塩基配列をコードして いる領域 exon とアミノ酸塩基配列をコードし ていない領域 intron が存在し,まず mRNA 前 駆体に転写された後,RNA スプライシングを 受けて成熟した mRNA となる。この過程の中 で,スプライシングが起こる部位が変化し,特 定の exon が欠失または挿入されることがあり, 同一遺伝子から異なる exon の組み合わせの mRNA が生じる。この過程を選択的 RNA スプ ライシングと呼ぶ。ヒトの細胞ではタンパク質 をコードする遺伝子の 90%以上は選択的 RNA スプライシングを受けていると言われており, 非常に合理的かつ効率的にタンパク質に多様性 をもたらしている。さらに選択的 RNA スプラ イシングによって生じた mRNA はスプライシ ングバリアントと呼ばれ,このスプライシング バリアントからは通常のアイソフォームから合 成されるタンパク質と一部構造や機能が異なる タンパク質が合成される。そのため細胞動態の 多様性にも寄与していると考えられている。  RNA スプライシングは,5 つの small nuclear ribonucleoproteins[snRNPs: U1, U2, U4, U5, U6 と 呼 ば れ る small nuclear RNA(snRNA) がそれぞれ複数のタンパク質と複合体になっ たもの]で構成されるスプライソソームによ り段階的に行なわれる。さらに intron や exon の一部にはスプライシングを促進する splicing enhancers や, ス プ ラ イ シ ン グ を 抑 制 す る splicing silencers と呼ばれるモチーフが存在し ており,ここに SR タンパク質や hnRNP タン パク質などスプライシング制御因子が結合する ことで,スプライソソームの作用を調整してい る18)。  がん組織においても特異的な選択的 RNA ス プライシングが数多く確認されていて,中には がん悪性形質の誘導に関与する選択的 RNA ス プライシングも報告されている。その一つと してBCL-X 遺伝子にはアポトーシス誘導作用 を持つ Bcl-x(s)と抗アポトーシス作用を持つ Bcl-x(L)のスプライシングバリアントが存在 し,SAP155 タンパク質がこの RNA スプライ シングを主に調節している。がん組織におい ては SAP155 が高発現しているため,Bcl-x(L)

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タンパク質が優位に上昇してしまい,がんの治 療抵抗性を獲得すると考えられている19)。  Warzecha らは EMT 過程において特定の遺 伝子で選択的 RNA スプライシングが変化し上 皮系特異的アイソフォームから間葉系特異的ア イソフォームへのスイッチが起こっているこ とを報告している20,21)。具体的には fi broblast

growth factor receptor 2(FGFR2) 遺 伝 子 や

CD44 遺伝子では,がん細胞の上皮細胞様形質 が強い時には FGFR2 IIIb アイソフォームや CD44v アイソフォームが優位に発現している が,一旦がん細胞が間葉細胞様形質を獲得して しまうと FGFR2 IIIc アイソフォームや CD44s アイソフォームが高発現してくる。さらにこれ らの間葉系特異的アイソフォームには運動能上 昇や抗アポトーシス効果などがん悪性形質を特 徴づける機能を有していることもわかってい る21,22)。 上皮スプライシング調節因子 ESRPs   こ れ ら EMT 特 有 の RNA ス プ ラ イ シ ン グ 機能を調節する因子の中に epithelial splicing regulatory protein 1(ESRP 1),ESRP2, RBFOX2,serine/arginine-rich splicing factor 1

(SRSF1)がある23)。ESRP1/2 は上皮系特異的

アイソフォームを維持し,RBFOX2 や SRSF1 は間葉系特異的アイソフォームを維持すること ができるため,EMT の状態を決定づけるタン パク質として認識されている。

 ESRP1/2 は Warzecha ら の high-throughput cDNA ス ク リ ー ニ ン グ に お い て FGFR2 の 上 皮 系 特 異 的 ア イ ソ フ ォ ー ム FGFR2IIIb の 発 生に関与する調節因子として最初同定され, FGFR2,CD44,CTNND1,EBNA を 含 め 148 種類の遺伝子の RNA スプライシングを調節し ていることが解明された20)。そのため EMT 制御因子として非常に重要な役割をもつと考 え ら れ て い る。ESRP1/2 は RNA 結 合 タ ン パ ク質の一種で,UGGUGG rich モチーフをも つ RNA に結合しやすく,結合部位によって選 択的 RNA スプライシングを調節している21)。 ESRP1/2 は乳がん細胞や膵臓がん細胞,頭頸 部がん細胞において発現抑制することで間葉細 胞様形質が強くなり EMT が維持される24–26)。

さらに Snail,δEF1,SIP1 などの EMT 関連転

写因子では ESRP1 のプロモーター領域にある E-box に結合してその発現を抑制している3)。 我 々 の 研 究 グ ル ー プ で は,ESRP1 と ESRP2 は異なった作用機序でがん細胞の運動能を制 御していることを解明した。頭頸部がんでは ESRP1 発現が低下することでアクチン動態を 制御する Rac1 mRNA の RNA スプライシング パターンが変化し,exon 3b 挿入を促進させて 恒常活性型 Rac1b アイソフォームが形成され

る。その結果がん細胞の運動能が上昇する26)。

この Rac1b は Snail による EMT で上昇してい ることも確認されており,また大腸がんや乳が んでは腫瘍特異的バリアントアイソフォーム

の位置付けとされている27,28)。一方で ESRP2

発現が低下すると EMT 関連転写因子である δEF1 と SIP1 発現が上昇し,E-cadherin 発現 を低下させることで,細胞間接着が弱くなり EMT が誘導される26)。  さらに腎細胞がんにおいて ESRP2 はユビキ チンリガーゼの一種である Arkadia とともに 悪性形質を抑制する作用があり,他の制御機構 との相互作用があることも報告されている29)。 このように ESRP1/2 はそれぞれ異なったメカ ニズムで EMT を抑制性に制御していることが わかった。  また組織内での ESRP1/2 発現を見てみると, 口腔粘膜,乳腺,膵管上皮など正常上皮では非 常に発現が弱い24–26)。しかしながら異形成が 増強し上皮内がんの状態ではその発現が亢進し ていき,基底膜構造を破壊して深部組織へがん 細胞の浸潤が始まると,その浸潤先端にいるが ん細胞は ESRP1/2 発現が低下していく。間質 でがん蜂巣を形成する浸潤がんやリンパ節の 転移巣で再度 ESRP1/2 発現が再上昇してくる。 頭頸部がんの発がん過程において,浸潤傾向 のある部分,つまり EMT を起こしている部分

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で ESRP1/2 発現は低下しており,さらに興味 深いことに,その発現には可塑性があり状況に 応じて変動していることも解明できた26)。し かしながら ESRP1/2 発現を制御する機序につ いては,現在まで Snai,δEF1,SIP1 といった EMT 関連転写因子や TGF-β/Smad シグナルに よる発現抑制メカニズムが解明されている以 外,ESRP1/2 発現を増加させるシグナルも含め 発現調節メカニズムはまだ不明な点が多い。 結  論  がんの EMT と予後不良との関連は多数の論 文で指摘されており,がん組織における EMT を制御することは臨床的に良好な結果を生む可 能性がある。さらにバイオインフォマティク スデータ収集の進歩とその解析技術の向上に よって,がん特異的に起こる選択的 RNA スプ ライシングの存在,それによって生じたアイソ フォームによる悪性形質誘導の機序なども解明 されつつある。特に数多くの EMT 関連遺伝子 の制御に関わっているとされる ESRP1/2 を含 めた制御因子を新規治療ターゲットとするこ とは効率的に EMT を抑制できるかもしれない が,それら制御因子が実際ヒトのがん組織内で どのような発現制御を受けているのか,またど のような制御機構と相互ネットワークを構築し ているかまでは十分明らかになっておらず,今 後治療応用に向けてさらに研究解析を進める必 要がある。 文  献 1) 宮澤恵二,伊東進編:がん増殖と悪性化の分子 機構.化学同人,2012.

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参照

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