特集「グローバル化と世界法」
グローバル・イシューとしての指導者責任
佐 藤 宏 美
目 次 はじめに――グローバルな公序と指導者責任 ⚑ Ad hoc 国際刑事裁判所における指導部 JCE の概念 ⚒ ICC における間接的共同実行の法理 ⚓ ジェノサイド犯罪と,独立犯罪としての共同謀議 ⚔ 指導者責任の法理の機能範囲 お わ り に はじめに――グローバルな公序と指導者責任 刑事法の分野においてグローバルな公序概念が形成され,国際法の理論にそ れが端的に反映されていくのは,第⚒次大戦後のことである.伝統的な国際刑 事法の枠組みにおいては,国際的な規範構造は水平的なものとしてとらえられ ていたと言える.主権国家はその自由な意思の下,地域ごと,主題ごとに他の 主権国家との間で刑事管轄権の行使に関するさまざまな協力関係を構築し,中 心軸を欠いたままの状態で多辺的な国際刑事法秩序を形成した.国際的なコ ミュニケーションの増大による各国の刑事管轄権の衝突を調整するだけでなく, 特定の犯罪行為の規制を関係国間の共通目的とするような条約も存在したが(⚑), それは関係各国の意思が合致する限りにおいてのことであり,そのような協力 関係からの離脱もまた,他律的に妨げられるものではなかった.この時期にも, 条約上の犯罪とは異なり,普遍的に妥当する慣習国際法により規律される戦争 犯罪や海賊といった国際犯罪概念は存在していた.しかし,それらの慣習国際 法は,刑事管轄権行使に関する諸国家の権利を定めるにとどまっており,刑事 手続の開始如何は個別国家の自由意思に委ねられていた(⚒).このように,国際刑事法の伝統的枠組みにおいては,国際的な法秩序は個別 国家の利益が国際的に合致する限りにおいて成立するものであり,したがって, 国家行為そのものへの規制という概念とは親和性の低いものであったと言える. 基本的に主権国家とその利益を至上のものとする水平的な法秩序は,国家に対 し上位から刑罰を課すという考え方にはなじまない.実際には,戦争犯罪概念 のように当時もっぱら国家行為としてとらえられていたものを規制対象とした 国際犯罪概念も生成しており,その点では現代的な規範的枠組みの萌芽はこの 時期にもみられた.しかし,戦争犯罪の訴追に際しては,国家行為に対する刑 事責任の追及を実質的に不可能にする規則が,別途国際法上形成されていた. 上官および政府からの命令を部下の免責の根拠とする「上官命令抗弁」と,そ のような抗弁の結果最終的に責任が帰属するはずの上級国家機関を訴追不可と する「主権免除」の両規則である.主権国家を核とする水平的な法秩序におい ては,国家行為から生じる責任は,もっぱら国内法秩序における民事責任に類 似した賠償の形で解除されるものであった. 国際的なコミュニケーションの増大に伴い,グローバルな法益の概念が国際 法の議論に影響を及ぼすようになってきたことは,国際法の本質的な性格を変 化させるものであり(⚓),その規範構造にも根本的な変化をもたらす要因となり うる.そのような変化は,グローバルな法益を基盤とした自律的な,そして個 別の主権国家に対し他律的な公序の発現という形をとって,とりわけ顕著に現 れた.国際法一般においては「強行規範(jus cogens)」や「対世的(erga omnes)義務」といった概念が成立し,いわゆる規範の階層化の方向性が示唆 されるようになった.国際刑事法の分野においては,そのような変化は普遍的 なレベルで諸国家への義務づけをする慣習国際法の生成と,国際法上直接個人 の刑事責任を生じる犯罪概念の導入をもって,顕在化したと言うことができる. まず,国際刑事法の分野においても,第⚒次大戦を境にグローバルな法益の 概念が急速に発達し,普遍的なレベルで諸国に国際犯罪の訴追を義務づける条 約や慣習国際法が生成した.1949年に成立した戦争犠牲者の保護に関するジュ ネーヴ⚔条約は,同条約の重大な違反行為を行った者を他国に引き渡すか処罰 する義務を締約国に課すが,現在世界のほとんどの国家がこの条約の当事国と
なっており,その主要な部分は普遍的に慣習法化しているというのが一般的な 理解である(⚔).1948年に採択された「集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約 (ジェノサイド条約)」も締約国にジェノサイドの処罰を義務づけており,同条 約がその処罰義務も含めて慣習国際法としての地位を確立しているという理解 は,ICJ ジェノサイド条約適用事件判決においても明確に示されている(⚕). 一般的に国際法の理論においては,慣習国際法上の規則の成立はその妥当範 囲内で異なる内容の特別法が機能することを排除しない.時間的な要素を度外 視すれば,「特別法は一般法を破る」の原則により,関係国の一部が当該慣習 国際法と異なる法的レジームを形成することは可能である.しかし,個人の刑 事責任追及を主題とする国際刑事法の分野では,規範の階層性に関する議論を 別としても,その本質的な部分において,そもそも一部関係国間の合意により 慣習国際法上の規則を逸脱するといった構図は成立し難いと言える.特別法は, 複数の国家がそれら諸国間の関係について特別な合意を形成することで成立す るが,国内法秩序を介した国際刑事法の間接的な執行過程において中心的な位 置を占める訴追義務の規則は,基本的に国家と個人の関係を律するものである. ⚑人の個人について,特定の国家との関係では訴追をせず,他のすべての諸国 との関係では訴追を行うといった異なる対応はとりえない.このように「特別 法は一般法を破る」の原則が適合しない場面において,ある犯罪行為について, すでに普遍的なレベルで確立したとされる慣習国際法上の訴追義務から個別国 家が逸脱する方途は,基本的には考えられない.この点は,国際犯罪の規制に 関する規則が条約法上のものである場合,国家は自己の個別的意思に従って当 該条約から離脱できることと対照的である.このように,国際犯罪に関する規 則が普遍的に妥当する慣習国際法に基礎をおくものであるかどうかという点は, 当該犯罪の法的性格を見定める際に重要な指標となる.各種国際刑事裁判所が 管轄対象とする国際法上の犯罪が,しばしば「慣習法上の国際犯罪」と呼ばれ るのは,このためである. 他方で,国際刑事法が本質的に志向するのは犯罪行為をおこなった個人の刑 事責任の追及であり,その終局的な規制対象は個人である.そのような性格を もつ国際刑事法上の公序概念は,国際法の他の分野とは異なる独自の特徴をも
ちつつ展開し,国際法の下で直接個人の刑事責任を生じる犯罪――本稿では, これを狭義の国際法上の犯罪と呼ぶ――という概念を形成した.グローバルな 法益概念を基礎とした公序が規範的な自律性を主張することにより,もはや個 別国家の介在なしに直接個人を規律する新しい規範構造が認められたのである. 国際刑事法の執行は,一方では,現在も各関係国の権限の行使や義務の履行と いう形で実現しているが,他方では,国際的な司法・執行機関が主体的にこれ を進める場面も多くなっている.国際的なレベルでの国際刑事法の直接的な執 行は,国家の統治機構が破綻している地域での犯罪にも及びうるものであり, また,場合によっては関係国の意思に反する形で進められることもある. このように,国際刑事法の分野でグローバルな法益という考え方を背景に主 権国家との関係で規範的な自律性を獲得した公序概念は,国家行為への規制を 妨げてきた諸規則にも根本的な変化をもたらしていく.まず,グローバルな公 序を侵害する者は,国家の主権者であっても免責の対象にしないという考え方 が支持され,主権免除の妥当範囲が大きく狭められた(⚖).また,上官や政府に よる命令の存在は自動的に部下の犯罪行為を免責するという,国家行為免責の 理論と密接に連関した上官命令抗弁の自動的免責の理論が否定された(⚗).特に, 国家機関の長である元首などを国際的な刑事責任追及の対象としたことは,少 なくとも制度的には,主権国家並存の水平的な法秩序とは異なる別の次元から 国家行為を規律する,つまり,主権国家への他律性を強めた新しい規範構造が 成立したことを象徴的に示す事象であったと言える.第⚒次大戦後のニュルン ベルク国際軍事裁判で米国の主席検察官ジャクソンが述べたように,それらの 規則は「国家主権を突き抜けるもの」であった(⚘).主権免除の制限はまた,各 種国際刑事裁判所を通じた国際刑事法の直接的な執行過程において,指導者の 責任が一貫して主要な関心事となっていることに照らしても,重要な変化で あった. 第⚒次大戦に関わる戦犯裁判の後には,国際的武力紛争の文脈の外で行われ る重大な人権侵害も,グローバルな法益を侵害し,直接に国際刑事責任を生じ る狭義の国際法上の犯罪としてとらえられるようになっていく.指導者責任の 問題は,私的武装集団などの行うそれらの国際犯罪との関係でも重点的に扱わ
れるようになっている.この文脈における指導者責任の議論は,国際法におけ る国家行為の扱いのように規範構造上の問題と直接関わるわけではないが,狭 義の国際法上の犯罪に関する議論においては,それらの犯罪について指導的役 割を果たした者の責任をいかに追及するかという課題は,引き続き大きな関心 事項になっている.以下にみるように,国際刑事裁判所(ICC)においては間 接的実行(indirect perpetration)と,これを共同実行(co-perpetration)と 結びつけた間接的共同実行(indirect co-perpetration)の法理が,また国連安 保理の設立した旧ユーゴのための国際刑事裁判所(ICTY)やルワンダのため の国際刑事裁判所(ICTR)といった ad hoc 国際刑事裁判所では,共同犯罪集 団(joint criminal enterprise:JCE)(⚙)の法理と,さらに指導部に特化した指導
部 JCE の概念が,それぞれの判例において提示されている.さらに,犯罪概 念についても,指導者に固有の責任を追及する機能をもちうるものとして,独 立犯罪としての共同謀議の法理が ad hoc 国際刑事裁判所で積極的に援用され ている. 本稿では,このように,個別国家の意思から離れ自律的に機能するグローバ ルな公序が存在していることを端的に示し,また,そのような公序に関わる重 要な問題として現在に至るまで継続的に議論の対象になっている指導者責任の 概念を,グローバル・イシューとしてとりあげる.国際刑事法における指導者 責任の概念の全体像をとらえることを目的として,以下では,各種国際刑事裁 判所において最近援用されている指導者責任に関する諸法理を概観し,それら がどのような法的特徴をもつものであるのか,また国際法秩序と国内法秩序の 双方に対しどの程度の広がりをもちうるものであるのかを検討する. なお,ICC 規程の改正第⚘条にある侵略犯罪はそれ自体が指導者の犯罪とし て定義されているが,ここでの考察の対象は,狭義の国際法上の犯罪一般に適 用されるか,その可能性が考えられる法理に限定する.また,部下の犯罪行為 に対する上官の管理監督責任を問う上官責任の法理については,指導者である 上官が自発的に犯罪行為を行った場合を想定するものではないため,ここでは 検討しない.上官が部下に犯罪行為を命令した場合などについては,いわゆる 直接的な上官責任,あるいは広義の上官責任が問題になるが,これは現在,本
稿で検討する間接的実行や JCE の法理の枠組みの下で理論的に再構成されて いると解することができる(10). 1 Ad hoc 国際刑事裁判所における指導部 JCE の概念 Ad hoc 国際刑事裁判所は,慣習国際法における刑事責任の一般原則として, JCE の法理を援用している.JCE の法理は犯罪の主観的な側面を重視し,客 観的な側面においては犯罪の成立要件を緩やかに設定する.ICC 予審裁判部が 指摘するように,これは,犯罪の主観的な側面を重視しつつ犯罪の実行者/共 同実行者(perpetrator/co-perpetrator)(11),つまり正犯(principal)(12)を定義 する主観的アプローチに基づくものである(13).Ad hoc 国際刑事裁判所は,国 際犯罪がしばしば集団的犯罪性(collective criminality)という特徴をもつこ と,それは独立した個別犯罪の集合体ではなく,その実行には犯罪に関する計 画への参加と貢献が不可欠の要素になるということを強調しつつ,「共通の目 的」という犯罪の主観的要素を重視し正犯の範囲を広く設定している(14). JCE の法理が成立するためには,複数のメンバーから構成される集団にお いて,犯罪に関する「共通の計画,企図や目的(common plan,design or purpose)」が共有されている必要がある.このような共通の計画や目的は, 犯罪そのものに関するものである必要はなく,犯罪の実行を含むものであれば よいとされる(15).それにもかかわらず,そのような計画や目的の実行を助けこ れに貢献(contribute)した者は,結果として行われた犯罪のすべてについて 実行者として,つまり正犯としての責任を負うことになる(16).共通の計画や目 的への貢献は比較的軽微なものを含み,何らかの方法でそれらを推進すること に向けられたもので足りるとされる(17). Ad hoc 国 際 刑 事 裁 判 所 の 判 例 に よ れ ば,犯 罪 の 実 行 に 対 し 従 犯 (accessory)として関与する行為を認定するにあたっては,当該行為が明確に 犯罪実行の支援に向けられ,そして犯罪実行への実質的な効果(substantial effect)をもつことが示されなければならない(18).それと比較すると,JCE は より責任の重い犯罪実行者/共同実行者(19),すなわち正犯についての法理であ るにもかかわらず,犯罪実行への関与が間接的であり,さらにその関与形態も
緩やかであるものを広範にカバーしている点に特徴があると言える. このように客観的な側面においては JCE 法理の下での刑事責任成立の敷居 はかなり低く設定されているが,他方で主観的な側面においては,JCE の構 成員が共通の計画や目的を認識しているだけでなく,それを共有していること までが必要とされる(20). 既に述べたように,ここで問題になるのは犯罪実行 そのものについての故意ではなく,犯罪実行を含む,より広い範囲にわたる共 通の計画や目的である.それにもかかわらず,計画や目的という積極的で高い レベルの故意の存在が,個々の犯罪実行との直接的で密接な関わりの有無を問 題にすることなく正犯としての責任を導く要素としてとらえられている. Ad hoc 国際刑事裁判所の判例は JCE の法理でとらえるべき集団があまり大 規模にならないよう配慮する傾向をみせており(21),ある犯罪的計画や目的に関 わる集団をいくつかの部分に分け,その中でとくに指導的な役割を果たした集 団を「指導部レベルの」JCE として独自にとらえる考え方を示している.そ して,この指導的な集団構成員のうちの⚑人が部下をコントロールし,その部 下が犯罪を実行した場合には,やはりこの指導部 JCE の構成員全員が正犯と しての責任を負うとの判断を示している.このような共犯関係について, ICTY の Brđanin 事件上訴裁判部判決は次のように判示している. JCE の構成員が当該集団の非構成員により行われた犯罪について責任を 有するとみなすためには,その犯罪が共同犯罪集団の構成員の⚑人に帰属 しうること,そしてこの構成員が――正犯としての実行者を使うことで ――共通の計画に従って行動したことが示されなければならない(22). このように,Brđanin 事件判決は,指導部 JCE と実際に犯罪を実行した者 とを切り離したうえで,再びそれらを別の共犯形態――この場合は犯罪実行者 を「使う」という表現が用いられている―で結びつけることにより,犯罪に対 する指導部の特別な責任を際立たせようとしているようにみえる(23).ただ,そ のような指導部 JCE の構成員の負う責任は,部下である直接の犯罪実行者と 同質なものにとどまる.あとでみるように,犯罪を直接に実行した者を「使
う」という間接的実行の考え方の下では,使う側の指導者は使われる側の部下 と同じ正犯としての責任をおうことになる.また,かりに直接の実行者である 部下が犯罪的なシステムの下層部において独自の JCE を構成していたなら ば(24),指導部 JCE と下層部 JCE の⚒つを間接的実行の法理でつなぐ考え方は, 一方で指導部 JCE の中でも中核的な存在である構成員と,他方で下層部 JCE の末端にある者をすべて同じ程度の責任を負う者,つまり犯罪実行への正犯と して扱うことを意味する. このように,JCE の法理は客観的に非常に広い範囲にわたる犯罪関係者を 無差別的に扱う共犯理論であり,必ずしも,組織的な犯罪において指導者が果 たす中心的な役割と,そこから生じる特殊な責任を強調するものではないと言 える. 2 ICC における間接的共同実行の法理 ICC においては,同裁判所で適用されるべき刑事責任の一般原則として,間 接的共同実行の法理が援用されている.ICC 規程第25条は,犯罪を実行した者 と共犯関係にある者の刑事責任について規定する.同条第⚓項aは,そのうち 「単独で,他の者と共同して,又は他の者が刑事上の責任を有するか否かにか かわりなく当該他の者を通じて当該犯罪を行う」共犯形態を定めている.ICC 予審裁判部の決定によれば,「他の者と共同して」また「他の者を通じて」犯 罪を行った者は正犯(principal)であり,同条第⚓項b以下で言及される者, すなわち犯罪の実行を命じ,教唆,勧誘,幇助し,また犯罪目的を共有する集 団にその他の方法で寄与した者は,従犯(accessory)とされる(25).
ICC 予審裁判部は,ICC 規程が「犯罪へのコントロール(control over the crime)」という犯罪の主観的側面と客観的側面の双方を一体的に扱う概念に 基づき正犯と従犯を区別している,との理解を示している.この概念の下では, 「犯罪の正犯は犯罪の客観的要素を物理的に実行した者に限られず,犯罪行為 地から離れているにもかかわらず,その犯罪を実行するかどうか,またどのよ うに実行するかを決定することにより,その実行をコントロールまたは指揮す る者も含む」ことになる(26).
ICC 規程第25条⚓項aの挙げる諸形態のうち,コントロールの概念が最も典 型的に表れるのは間接的実行,すなわち「他の者を通じて」犯罪が行われる場 合である(27).同規定は,この間接的な実行の成立には,「他の者」が刑事上の 責任を有するか否かはかかわりないと定めている.ICC 予審裁判部は,このよ うな実行の形態は,国内法においては精神疾患などの理由で責任能力を持たな いような「他の者」を通じて犯罪が行われる場合に典型的に現れるが,国際刑 事法と最も関連があるのは,むしろ完全に刑事責任を負うような「他の者」を 通じて行われる場合,つまり,直接の実行者(direct perpetrator)とこの行 為者の背後にある間接的な実行者(perpetrator behind the perpetrator)がと もに正犯として刑事責任を負う場合であると指摘している(28).軍隊における上 官が,その命令を受けた部下を通じて犯罪を実行する場合などがこれにあたる. この場合,十分な責任能力をもって直接犯罪を行った部下とともに,この部下 に対してコントロールを有していた上官は,間接的に犯罪を実行した者として やはり正犯としての責任を負うことになる.このような上官の責任は,伝統的 には広義の上官責任として議論されていたものであり,ICC 規程第25条⚓項a はこれを間接的実行の概念により再構成したものと考えることができる(29). ICC の判例は,そのようなコントロールが組織に対するものであった場合, つまり「他の者」が複数人からなる組織であった場合の間接的実行について, さらに議論を進めている.ICC が主に管轄対象とする組織的で大規模な国際犯 罪については,多くの場合,特定の指導者の下で組織全体が機能することで問 題の犯罪行為が行われる.それらの犯罪について指導的な役割を果たした者に 対し,従犯ではなく,部下と同じ正犯としての刑事責任を追及するために,コ ントロールの理論は重要な役割を果たすことになる.
ICC 予審裁判部によれば,組織に対するコントロール(control over an organization)が成立するためには,問題の組織が指導者と部下との間の階層 的な関係に基礎を置いたもので,指導者の命令が常に実行されうる程度に十分 な数の部下で構成されている必要がある(30).部下へのコントロールは,雇用,
訓練,規律,物資の調達などの手段により行使される(31).コントロールは命令
成年などに対する「集中的,厳格,そして暴力的な訓練」によっても確保され うる(32).指導者の正犯としての責任を基礎づけるのは,このような,組織にお ける自動的服従である(33). この組織へのコントロールに基礎づけられた間接的な実行が,ICC 規程第25 条⚓項⒜にある「他の者と共同して」犯罪を行う共同実行の形態とさらに結び ついた場合は,複数の組織にまたがる広範な組織的犯罪について複数指導者の 正犯としての責任が広く問われることになる.ICC 予審裁判部は,このように 垂直的な間接的実行の概念と水平的な共同実行の概念を複合的に援用すること により,ある民族集団の指導者が,その指揮下にない他の民族集団の犯罪につ いて正犯としての責任を負うとの決定を下している(34).Katanga 事件予審裁判 部決定は,このような関係を以下のように説明している. その者を通じて犯罪が行われた人物に対しコントロールを有していない個 人は,当該他の人物を通じて犯罪を行ったと言うことはできない.しかし, もし彼が他の個人――道具として利用されたその人物をコントロールする 個人――と共同で行動するならば,これらの犯罪は相互への帰属を根拠と して彼に帰属しうる(35). 予審裁判部は,このようなコントロールの法理を「他の者を通じて行われる 犯罪への共同コントロール(joint control over the commission of the crime through another person)」と称し,そのようなコントロールにもとづいた共犯 形態を「間接的共同実行」と呼んでいる(36). このように,ICC は犯罪へのコントロールという概念を導入し,さらに間接 的実行と共同実行の概念を複合的に援用することにより,大規模な組織的犯罪 の指導部に対し広い範囲にわたり正犯としての責任を追及しようとしている. しかし,ここでもやはり,間接的実行に関わる指導者やその共同実行者たちの 責任は,直接的な実行者である部下のそれと同質のものとして解されるにとど まっている.それは犯罪実行に対する正犯としての責任ではあるが,原則とし て,組織の末端に位置する部下と同じ種類のものであり,それと別に指導者と
しての特別な責任が追及されるわけではない. 3 ジェノサイド犯罪と,独立犯罪としての共同謀議 うえでみた指導部 JCE の法理と間接的共同実行の法理は,それぞれの国際 裁判所で管轄対象となっている犯罪すべてに適用される刑事責任の一般原則で あるのに対し,本節でみる独立犯罪としての共同謀議の法理については,普遍 的性格をもつ多国間条約においてその適用が明文で定められている例は,ジェ ノサイド条約の場合に限定されている. 独立犯罪としての共同謀議の法理は,ニュルンベルク憲章の起草過程で米国 のイニシャティブにより導入された.ニュルンベルク憲章第⚖条aは,平和に 対する罪を次のように定義している. 平和に対する罪,すなわち,侵略戦争または国際条約,協定もしくは保証 に違反する戦争の計画,準備,開始もしくは遂行,または以上の行為のい ずれかを達成するための共通の計画もしくは共同謀議への関与 ニュルンベルク裁判判決は,最後にある「共通の計画もしくは共同謀議への 関与」を,平和に対する罪を実行する合意そのものを,当該計画や謀議の実行 の有無とは関わりなく独立の犯罪として処罰する趣旨で導入された文言として 解した(37). 共同謀議の概念は英米法に由来するもので,ニュルンベルク憲章の起草・採 択の場であったロンドン会議では,当初,そのような概念を自国刑法上もたな いフランスや旧ソ連の代表が違和感を示していた(38).英米刑法において,独立 犯罪としての共同謀議の法理は,複数の者が犯罪を共謀すること自体を危険視 する考え方を基礎に発展してきた.米国の連邦最高裁判所は,組織的な犯罪は 個人的なものよりも犯罪目的達成の可能性が高く,またその犯罪目的はより複 雑なものになりうるとの見解をしばしば示している(39).このように,犯罪に関 わる組織的な結合を危険視する考え方の下で犯罪の合意そのものの処罰を正当 化することにより,共同謀議の法理は⚒つの特異な機能を果たすことになる.
⚑つは,組織的な犯罪を,犯罪実行の未遂よりさらに手前の,合意が形成され た段階で「予防」する機能である(40).もう⚑つは,米国判例が指摘するところ の,犯罪の組織性によりもたらされる「より大きな潜在的脅威」の発生につい て,その責任を追及する機能である(41).もし共同謀議の法理の機能が前者の予 防だけであるならば,謀議の内容が実行された場合には,もはや共同謀議その ものについての訴追は意味をもたず,これは謀議の実行についての訴追に吸収 されるはずである.しかし,米国判例においては,共同謀議の処罰は終始独立 のものとして扱われており,これは一般的に謀議実行の処罰に吸収されない(42). 謀議の内容が実行された場合,共同謀議の訴因について有罪判決を受ける者は, 謀議内容の実行から生じる責任と合わせて,合意形成そのものから生じる責任 を別途負うことになる. ニュルンベルク裁判や東京裁判で訴追の対象になったさまざまな戦争犯罪は, 基本的にはすでに実行されたものであったので,謀議段階での処罰によりその 実行を予防するといった意味はなかったと言える.したがって,共同謀議の法 理適用に際し実質的に意味をもったのは,うえに挙げた⚒つのうち,犯罪の組 織性によりもたらされる「より大きな潜在的脅威」について責任を追及する機 能と解することができる.実際にニュルンベルク裁判と東京裁判において,平 和に対する罪の共同謀議に関する有罪判決は,その謀議の実行に関する有罪判 決に吸収されることなく別個のものとして同時に下された.両裁判では多くの 被告人が,違法な戦争に関する共同謀議に加わったことと,その謀議の実行に 関わったことの双方について重ねて有罪判決を受けた(43).そこで共同謀議の法 理適用に際し前面に出ていたのは,謀議の内容が実行されることを防ぐことで はなく,犯罪を大規模に組織化した行為そのものに対する責任追及であったと 言うことができる. ニュルンベルク,東京の両裁判においては,共同謀議の法理は,主要戦犯の 中でも問題の謀議の中核にあったとされる指導者に対し限定的に適用された. ニュルンベルク裁判では幾人もの被告人が,そのような計画に「直接参加」し ていなかったとか,侵略の計画立案における「主要人物」でなかった,また, 「共通の計画にもっとも密接に関わっていたヒトラー周辺の中心的勢力の一員
ではなかった」などの理由で,平和に対する罪の共同謀議について無罪とされ ている(44).このような人的適用範囲の限定は,平和に対する罪の共同謀議に関 してのみ判示された.そこで中核的な指導者ではなかったと認定された被告人 の中には,別途,平和に対する罪の罪状で,侵略や違法な戦争の「実行」に関 与したとして有罪判決を受ける者もあった(45). このように,ニュルンベルク憲章第⚖条aに定められた共同謀議は,謀議の 実行から生じる責任とは別の,合意そのものから生じる責任を追及する法理と して適用された.他方で,英米の国内刑法の場合とは異なり,国際的な平面で は,共同謀議の法理は組織的な犯罪において中核的な役割を果たした指導者に 対してのみ適用された.結果として,ニュルンベルク裁判と東京裁判において, 同法理は,大規模犯罪を組織化したことに対する中心的指導者の責任を独自に 追及する役割を果たしたと言うことができる. ニュルンベルク裁判,東京裁判以降は,独立犯罪としての共同謀議は,平和 に対する罪以外のいくつかの国際犯罪についても処罰の対象となっている. 1948年に締結されたジェノサイド条約は,その第⚓条⒝で「集団殺害の共同謀 議」を処罰すべきものと定めている.1990年代に入ると,ad hoc 国際刑事裁 判所はこのジェノサイド条約に沿って定義された集団殺害犯罪を裁判の対象と し,最近の判例においては,ニュルンベルク,東京両裁判の場合と同様に,共 同謀議の訴因を集団殺害の実行に関する訴因とは別に扱う立場を明らかにして いる.2012年の Gatete 事件 ICTR 上訴裁判部判決は,次のように,共同謀議 の処罰は集団殺害の予防を目的とするものであるとともに,集団殺害を行おう とする個人集団の「共同(collaboration)」を犯罪化することが目的であると の見解を示している. 上訴裁判部は,ジェノサイドを実行する共同謀議を未完成犯罪(inchoate crime)として犯罪化することは,ジェノサイドの実行を予防することを 目的としていることを想起する.しかし,上訴裁判部は,ジェノサイドを 実行する共同謀議を犯罪化するもう⚑つの理由は,ジェノサイドの実行を 決意した個人集団における共同を処罰することだと考える(46).
このような考え方の下で,上訴裁判部は,集団殺害とその共同謀議は別個の 犯罪(distinct crimes)であり,被告人の犯罪性(criminality)を十分反映さ せるために,裁判所は集団殺害とその共同謀議の双方についてそれぞれ有罪判 決を下す義務があると判示した(47). 他方で,ad hoc 国際刑事裁判所は,集団殺害の共同謀議を必ずしも中核的 な指導者に限定された犯罪類型として明示的に分類しているわけではない.こ の問題を扱った判例は,被告人が犯罪に関わる意思決定の過程に影響力をもつ 指導者であったかどうかという点を問題にしてはいるが(48),共同謀議の法理と の関係で指導者責任の範囲をどのようにとらえているのかは十分明確ではない. ジェノサイド条約の他にも,1973年に採択された「アパルトヘイト罪の禁止 及び処罰に関する条約(49)」や1956年に採択された奴隷制度廃止補足条約(50)のよ うに,共同謀議の処罰を締約国に対し明文で義務づける多国間条約が成立して いる.しかし他方で,1998年に採択された ICC 規程は,ニュルンベルク裁判, 東京裁判で提示された平和に対する罪の犯罪概念を基本的に継承する侵略犯罪 について,またジェノサイド条約に倣って規定した集団殺害犯罪との関係でも, 共同謀議を独立の犯罪として扱っていない.侵略犯罪については,2010年のカ ンパラでの締約国会議で採択された ICC 規程の改正第⚘条 bis が侵略の計画に 関わった者の責任を定めているが(51),ICC 規程の犯罪成立要件文書は,これが 侵略の実行を前提にした責任形態であることを明示している(52).つまり,侵略 の計画は,侵略の実行への関与形態の⚑つとしてとらえられており,そこで問 題になっているのは計画の実行について追及される刑事責任ということになる. カンパラの締約国会議で独立犯罪としての共同謀議概念が排除された背景につ いて,同会議の参加者は,侵略犯罪に関する ICC 規程の改正に際してできる だけ幅広い支持をえる必要があったことを指摘している(53).そのような必要性 の下で共同謀議の法理が排除されたという事実は,当然,この問題に関する慣 習国際法のあり方にも影響を及ぼすものと考えられる.しかし,カンパラ会議 におけるこのような議論の大勢と,その後,同じく2010年代において ad hoc 国際刑事裁判所が独立犯罪としての共同謀議の法理を積極的に適用している事 実との関係をどのように理解すべきかという点について,すぐに答えを示すこ
とは困難であろう. 4 指導者責任の法理の機能範囲 以上のような各種の法理が,指導者責任に関する国際刑事法の発展過程にお いてどのように位置づけられるのかを考えるにあたっては,それぞれの法理が 国際法秩序において適用される範囲,さらに,国内法秩序に影響を及ぼしうる 範囲について検討する必要がある. まず,ICC で示された間接的共同実行の法理は,基本的には ICC で裁判の 対象になる事件についてのみ適用される.ICC 規程に示された犯罪の定義や刑 事責任に関する一般原則は,多くの場合それぞれに対応する慣習国際法の内容 を反映したものではあるが,そのような規則がすべてというわけではない.慣 習国際法がそのときどきの国際的動向を反映して緩やかに変化していくのと異 なり,ICC 規程は外交会議における短期的な政治的調整などをへたうえで,多 国間条約の形をもって成立している国際文書である.実際に,ICC 規程第10条 は,「この部[第⚒部]のいかなる規定も,ICC 規程以外の目的のために現行 の又は発展する国際法の規則を制限し,又はその適用を妨げるものと解しては ならない」と定めている(54).確かに,ICC 規程に定められた規則は関係する慣 習国際法の発展に大きな影響を及ぼしうるが,新しく導入されたコントロール の理論とこれに基づく間接的実行,間接的共同実行の法理が,普遍的妥当性を もつ慣習国際法や,さらに各国の国内法に対しどの程度の変容を迫るものとな るのかは未知数と言える. Ad hoc 国際刑事裁判所で採用されている JCE の法理は,同裁判所の判例に より慣習国際法上の⚑規則として援用されている.ICTY の設立に際しては, 国連事務総長が「罪刑法定主義の原則を適用するならば,国際裁判所は,特定 の条約をいくらかの国家が支持し全ての国家が支持しているわけではないとい う問題が生じないような,疑念の余地なく慣習法の一部となっている国際人道 法の規則を適用しなければならない」との見解を示していた(55).JCE のよう な刑事責任の一般原則についても,その多くは慣習国際法上の議論のうえに判 断が示されている.従って,ad hoc 国際刑事裁判所の採用する JCE 法理は,
ICC における間接的実行の法理とは異なり,普遍的な広がりをもつ国際規則と しての性格を有しているということができる.しかし,他方で,JCE 法理は これまでのところ国際的な司法機関での適用法としてとらえられるにとどまっ ており,それが国際刑事法の間接的な執行過程,すなわち国内法秩序を通じた 執行過程にどのような影響を及ぼしうるのか,諸国の国内刑法に対しどのよう な法的効果をもちうるのかという点は,依然不明瞭なままである.少なくとも 現段階では,JCE の法理が諸国の国内法に広く反映されているという事実は ない. 国際的なレベルでの普遍的妥当性,また国内法秩序への働きかけという双方 の点において最も広範な影響をもちうると考えられるのは,独立犯罪としての 共同謀議の法理であるようにもみえる.この法理は,ニュルンベルク裁判と東 京裁判を通じて遡及立法の問題を伴いつつも⚑つの重要な国際実行を形成し, その後ジェノサイド条約において明文で処罰義務の対象とされた.関係各国は 条約上の規定により,集団殺害の共同謀議を自国の司法機関において訴追する 法的義務を負うこととなった.ジェノサイド条約はさらに普遍的性格をもつ慣 習国際法として認められるようになり,1990年代以降,ad hoc 国際刑事裁判 所はそのような普遍性を前提に,同条約の内容に沿って集団殺害に対する管轄 権を行使し,その中で独立犯罪としての共同謀議の法理を適用している. もっとも,既に述べたように,ad hoc 国際刑事裁判所がこの法理を積極的 に援用するようになったこととは対照的に,ICC 規程の採択の際には集団殺害 犯罪について,また同規程改正の際には侵略犯罪についても,独立犯罪として の共同謀議を ICC の管轄対象にすることは避けられている.このような多国 間条約の枠組みにおける議論の動向と,ad hoc 国際刑事裁判所における判例 法との関係がどのように影響しあって展開していくのか予測することは,既に 述べたようにやはり困難である. お わ り に 以上のように,指導者責任の追及をめぐっては,これまでのところいくつか の異なるアプローチと法理が示されている.刑事責任の一般原則として提示さ
れている指導部 JCE や間接的共同実行の法理は,各国際刑事裁判所が管轄対 象とする犯罪すべてについて国際的なレベルで妥当するもので,それらはいず れも,組織の指導者を犯罪行為を実際に行った者と同じ正犯として扱うことを 含意している.独立犯罪としての共同謀議の法理は,そのような犯罪実行につ いての責任とは別に,犯罪の組織化という指導者に固有の行為に関する独自の 犯罪概念として提示されている.このような法理は,少なくとも理論的には, 大規模に組織化された国際犯罪について一般的に妥当する潜在的な可能性をも つと考えられるが,現状では,普遍的性格をもつ多国間条約のうち,独立犯罪 としての共同謀議を明文で訴追対象としているものは,ジェノサイド条約に限 られる. これらの諸法理が国際法秩序においてどの程度水平的な広がりをもち,また どの程度国内法秩序への垂直的な広がりをもちうるのかは,今後の議論や国際 実行,国家実行の動向により明らかにされるべき点であろう.しかし,現代の 国際刑事法が,重大な国際犯罪について指導者の主要な刑事責任を追及するこ とに強い関心をもち,さまざまな法整備を試みてきたということは,一貫した 事実である.この問題をグローバル・イシューとしてとらえたうえでの多様な 規範形成の動きは,全体として⚑つの大きな方向性を示しているようにみえる. 指導者責任の追及に際しては,そしてとりわけそこで国家行為が問題となる場 合には,現実の司法活動の過程に深刻な障害が伴うことも事実である.しかし, そのような障害が国際刑事法の体系に与える悪影響をも天秤にかけたうえで, 現状において,国際社会は指導者責任の法理を追求する姿勢を後退させようと はしていない.ここで確認した諸実行の示す方向性は,それら実際上の障害と の緊張関係の中にあってなお,指導者責任の法理が国際法秩序,国内法秩序の 双方において長期的に影響を及ぼしていくであろうことを示唆しているように 思われる. 注
(⚑) 国内法の適用範囲を確定しその抵触を調整する droit administratif international としての国際行政法から,国際的利益を多国間の協力により一元的に処理する droit international administratif としての国際行政法(行政国際法)への変化に
ついて,山本草二「国際行政法の存立基盤」『国際法外交雑誌』67巻⚕号(1969 年),1-66頁を参照. (⚒) 犯罪化と規制の義務づけに限定されない国際刑事法の諸規則,またさらに国際 法全般に関しては,諸国家に対し普遍的なレベルで義務を課す慣習国際法はこの 時期においても既に形成されていた.個別国家は特別法を別途成立させることで それらの義務から部分的に逸脱することはできたが,そのような特別法は第⚓国 との関係で対抗力をもつものではなかった.そのような意味で,諸国家に普遍的 な義務づけをする慣習国際法は,当時から緩やかな公序を成立させていたと言う ことができる. (⚓) 国際行政法概念の限界と,「主権概念の解体構築あるいはその国際法の内在概 念への変容の過程」(176頁)について,奥脇直也「『国際公益』概念の理論的検 討――国際交通法の類比の妥当と限界――」広部和也・田中忠編集代表『山本草 二先生還暦記念 国際法と国内法――国際公益の展開――』(勁草書房,1991年), 173-7,188-191,224-228頁を参照.
(⚔) Legality of the Threat or Use of Nuclear Weapons (Advisory Opinion), I. C. J. Reports (1996), paras. 79-82. カッセーゼは『国際法』の第⚑版において,慣習 法化した基本原則には普遍主義の適用と「引渡すか裁判するか(aut dedere aut judicare)」の義務が含まれるとの見解を示していた(Antonio Cassese, International Criminal Law (1st ed.), 2003, p. 302).
(⚕) Application of the Convention on the Prevention and Punishment of the Crime of Genocide (Bosnia and Herzegovina v. Serbia and Montenegro), Judgment, I. C. J. Reports (2007), paras. 161-2. (⚖) ニュルンベルク憲章が平和に対する罪との関係で指導者責任の概念を導入した 点について,これが「主権国家の枠組を論理的に解体する可能性を孕む」もので あったことを指摘するものとして,大沼保昭『戦争責任論序説「平和に対する 罪」の形成過程におけるイデオロギー性と拘束性』(東京大学出版会,1975年), 347-8頁.「指導者責任観は,自己の貫徹が招く論理的可能性の故に,その主張が 自己をも含む国際法の全体構造を否認せざるを得ないという,『近代』との鋭い 緊張関係を内包する問題提起的観念といえよう」(同349頁). (⚗) 上官命令抗弁による自動的免責の否定と国家行為の理論との関係について,佐 藤宏美『違法な命令の実行と国際刑事責任』(有信堂高文社,2010年),140-148 頁を参照.
(⚘) Report of Robert H. Jackson United States Representative to the International Conference on Military Trials (original report 1945) (released by Department of State in February 1949) [hereinafter Jackson Report], p. ix.
上訴裁判部判決が,「enterprise の犯罪的目的(criminal purposes)」という表現 を用いている(Judgment, Prosecutor v. Dusko Tadić, IT-94-1-A, 15 July 1999, para. 220. そ の 他,Judgment, Prosecutor v. Milomir Stakić, IT-97-24-A, 22 March 2006, para. 65 ; Decision on Dragoljub Ojdanic Motion Challenging Jurisdicton, Joint Criminal Enterprise, Prosecutor v. Milutinović, et al., IT-99-37-AR72, 21 May 20003 も参照のこと)ことに照らすと,enterprise は犯 罪的目的を包摂する概念として理解するのが妥当と考えられる.シエラレオネ特 別法廷の判例も,「joint criminal enterprise の共通計画,企図あるいは目的 (common plan, design, or purpose)」と の 表 現 を 用 い て い る(Judgment, Prosecutor v. Brima, Kamara and Kanu, SCSL-2004-16-A, 22 February 2008, para. 80. この特別法廷の判決部分はさらに,カンボジア特別裁判所の第⚑審裁 判 部 で も 引 用 さ れ て い る(Decision on the Applicability of Joint Criminal Enterprise, 002/19-09-2007/ECCC/TC, 12 September 2011, para. 17)).他方で, ICTY の 判 例 で は,enterprise は「軍 事 的,政 治 的 ま た は 行 政 的 機 構 (structure)として組織化されている必要はない(Tadić, op. cit., para. 227)」と,
機構より緩やかな集合体を示すものとして理解されてきた.以上の点をふまえ, 本稿では enterprise の語を「集団」と訳すこととする.
(10) こ の 点 に つ い て は,Hiromi Satō, “International Criminal Responsibility Concerning ‘Control over an Organization’ and Command Responsibility Lato Sensu”, 12 International Criminal Law Review (2012), pp. 293-300 を参照. (11) Tadić, op. cit., para. 192. ICTY はまた別の判決において,JCE への参加を
ICTY 規程第⚗条⚑項にある「実行(commission)」の一形態と表現している (Judgment, Prosecutor v. Milorad Krnojelac, IT-97-25-A, 17 September 2003, para. 73 ; Decision on Dragoljub Ojdanić’s Motion Challenging Jurisdiction -- Joint Criminal Enterprise, IT-99-37-AR72, 21 May 2003, para. 20 ; Judgment, Prosecutor v. Milomir Stakić, IT-97-24-T, 31 July 2003, para. 432).
(12) Tadić, op. cit., para. 229.
(13) Decision on the Confirmation of Charges, Prosecutor v. Thomas Lubanga Dyilo, ICC-01/04-01/06, 29 January 2007, para. 329.
(14) Tadić, op. cit., para. 191 (15) Ibid., para. 227
(16) Ibid.
(17) Ibid., para. 229. (18) Ibid.
(19) Ibid., para. 192.
(21) Judgment, Prosecutor v. Momčilo Krajišnik, IT-00-39-A, 17 March 2009, para. 157. 同裁判判決の詳細については,Giulia Bigi, “Joint Criminal Enterprise in the Jurisprudence of the International Criminal Tribunal for the Former Yugoslavia and the Prosecution of Senior Political and Military Leaders : The Krajišnik Case”, 14 Max Planck Yearbook of United Nations Law (2010), pp. 51-83 を参照. (22) Judgment, Prosecutor v. Brđanin, IT-99-36-A, 3 April 2007, para. 413. 同事件 では,ボスニア・ヘルツェゴヴィナ内のセルビア人支配地域において,住民の迫 害,拷問などの人道に対する犯罪とその他の国際人道法違反に関わった指導者が, 第⚑審裁判部判決で主に犯罪の幇助を理由とした有罪判決を受けた.上訴の手続 において,上訴裁判部は JCE 法理の適用が可能との判断を示唆したが,検察が この点について第⚑審裁判部判決の修正を要請しなかったため,被告人は引き続 き主に犯罪の幇助を理由として30年の禁錮刑を受けることとなった(ibid., paras. 357-450, p. 162).
(23) 同判決の趣旨をこのように理解するものとして,Jens Ohlin, “Second-Order Linking Principles : Combining Vertical and Horizontal Modes of Liability”, 25 Leiden Journal of International Law (2012), p. 774. Brđanin 事件上訴裁判部判決 に部分的反対意見を付したシャハブディーン判事も,同様の見解を示している (Partly Dissenting Opinion of Judge Shahabuddeen, Prosecutor v. Brđanin,
IT-99-36-A, 3 April 2007, para. 13).
(24) このような結合形態に関する議論として,Ohlin, op. cit., pp. 775-7 ; Katrina Gustafson, “The Requirement of an ‘Express Agreement’ for Joint Criminal Enterprise Liability”, 5 Journal of International Criminal Justice (2007), pp. 134-158 ; Cliff Farhang, “Point of No Return : Joint Criminal Enterprise in Brdanin”, 23 Leiden Journal of International Law (2010), pp. 154-5.
(25) 正犯概念の含意については,ICC の第⚑審裁判部内で見解が対立している。 第Ⅰ第⚑審裁判部は,正犯概念は犯罪について最も責任がある者への非難可能性 (blameworthiness)を 表 し て い る と の 見 解 を 示 し て い る が(Judgment, Prosecutor v. Thomas Lubanga Dyilo, ICC-01/04-01/06, 14 March 2012, para. 999),第 Ⅱ 第 ⚑ 審 裁 判 部 は,正 犯 と 従 犯 の 違 い は「非 難 可 能 性 の 階 層 性 (hierarchy of blameworthiness)」を構成するものではないと判示している (Judgment Pursuant to Article 74 of the Statute, Prosecutor v. Germain Katanga,
ICC-01/04-01/07, 7 March 2014 [hereinafter Katanga], para. 1386)。
(26) Lubanga (Decision on the Confirmation of Charges), op. cit., paras. 330-331. ICC 予審裁判部の提示したコントロールの概念については,フィリップ・オス テン「国際刑法における『正犯』概念の形成と意義――ICC における組織支配 に基づく間接正犯概念の胎動――」川端博他(編)『理論刑法学の探究 ⚓巻』
(成文堂,2010年),119-25頁を参照.
(27) Lubanga (Decision on the Confirmation of Charges), op. cit., para. 339. (28) Ibid. ; Decision on the Confirmation of Charges, Prosecutor v. Katanga & Chui,
ICC-01/04-01/07, 30 September 2008 [hereinafter Katanga & Chui], paras. 496-8. このような考え方は,ロキシン(Claus Roxin)の学説に依拠するもので ある(id., para. 496).
(29) この点については,Satō, op. cit., pp. 293-300 を参照. (30) Katanga & Chui, para. 512.
(31) Ibid., para. 513. (32) Ibid., para. 518. (33) Ibid. (34) Ibid., paras. 519-21. (35) Ibid., para. 493. 同事件裁判では,コンゴにおける内戦に関与した私的武装集 団の指導者が,文民殺害などの非国際的武力紛争における戦争犯罪,人道に対す る犯罪の訴因につき有罪判決を受けた.第⚑審裁判部判決は,被告人が犯罪実行 者をコントロールしていなかったとの判断の下で,予審裁判部判決とは異なり, ICC 規程第25条⚓項dの従犯に関する規定を適用して被告人を有罪としたが, 予審裁判部の示した間接的共同実行の概念を法理として否定してはいない (Katanga, paras. 1398-1421, pp. 658-9).
(36) Katanga & Chui, paras. 538, 490.
(37) 1 Trial of The Major War Criminals Before The International Military Tribunal, 1947 [hereinafter IMT], p. 226.
(38) Jackson Report, pp. 296, 301 ; Sidney Alderman, “Negotiating the Nuremberg Trial Agreements, 1945”, in R. Dennett & J. Johnson (eds.), Negotiating With The Russians, 1951, pp. 76-7. 米国法における共同謀議の概念について,亀井源太郎 「コンスピラシーの訴追――コンスピラシー研究序説」『東京都立大学法学会雑
誌』45巻⚑号(2004年),133-82頁を参照.
(39) Callanan v. United States, 364 U.S. 587, 593-4 (1961), cited in Iannelli v. United States, 420 U.S. 770, 778 (1975) ; United States v. Rabinowich, 238 U.S. 78, 88 (1915).
(40) United States v. Wallach, 935 F. 2d 445, 470 (2d Cir. 1991). 学説などについては, Wayne Lafave, Principles of Criminal Law (2003), p. 471 ; Paul Marcus, “Conspiracy : The Criminal Agreement, in Theory and in Practice”, 65 Georgetown Law Journal (1977), pp. 929-32 ; Neal Katyal, “Conspiracy Theory”, 112 Yale Law Journal (2003), pp. 1375-76 ; The Law Commission, Consultation Paper No. 183, Conspiracy and Attempts, 2007, pp. 26-7 ; Joshua Dressler,
Understanding Criminal Law, 2012, p. 431 ; Andrew Ashworth & Jeremy Horder, Principles Of Criminal Law (7th ed.), 2013, p. 467 を参照.
(41) Callanan, op. cit., p. 594 ; Wallach, op. cit., p. 470. 学説などについては, Lahave, op. cit., pp. 471-72 ; Marcus, op. cit., pp. 929, 932-33 ; Katyal, op. cit., pp. 1370-72 ; Dressler, op. cit., pp. 431-2 ; The Law Commission, op. cit., pp. 28-31, 35 ; Law Reform Commission, Consultation Paper, Inchoate Offences, 2008, p. 10 を参照.
(42) Lafave, op. cit., p. 472. Mark Kelman, “Interpretive Construction in the Substantive Criminal Law”, 33 Stanford Law Review (1981), pp. 656-58 も参照の こと.
(43) ニュルンベルク裁判では,24名の被告人のうち⚗名が,侵略戦争に関する独立 犯罪としての共同謀議(訴因⚑)と侵略戦争の計画と実行(訴因⚒)の双方につ いて有罪判決を受けた(1 IMT, pp. 279-341. Stanislaw Pomorski, “Conspiracy and Criminal Organization”, in George Ginsburgs & V. Kudriavtsev (eds.), The Nuremberg Trial And International Law, 1990, pp. 236-38 も参照のこと). (44) カルテンブルンナー(Ernst Kaltenbrunner),フンク(Walter Funk),シャ
ハト(Hjalmar Schacht)の判決について,1 IMT, pp. 291, 305, 310, 315 を参照. 詳細は,Hiromi Sato, “The Separate Crime of Conspiracy and Core Crimes in International Criminal Law”, 32 Connecticut Journal of International Law (2016), pp. 87-8.
(45) フリック(Wilhelm Frick),フンク,デーニッツ(Karl Dönitz)の判決につ いて,1 IMT, pp. 298-301, 304-307, 310-315 を参照.
(46) Judgment, Prosecutor v. Gatete, ICTR-00-61-A, 9 October 2012, para. 262. 同 事件判決では,ルワンダ政府の高官が,ジェノサイドと人道に対する犯罪を理由 に40年の拘禁刑を受けた(ibid., p. 90). (47) Ibid., paras. 260-261. このように,ジェノサイド条約との関係で示された共同 謀議の法理は,「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」が提示する共 同謀議の概念とはかなり異質なものと言える.前者がジェノサイド罪に適用され るものであるのに対し,後者は経済的な活動目的をもつ犯罪集団が行う犯罪に広 く適用される.また,ad hoc 国際刑事裁判所の判例により,ジェノサイドの共 同謀議についての有罪判決はジェノサイドの実行についての有罪判決に吸収され ないことが確認されているが,組織犯罪防止条約においては,この点も含めて共 同謀議概念の詳細は各締約国の国内法に委ねられている.同条約の詳細について は,古谷修一「国際組織犯罪防止条約と共謀罪の立法化――国際法の視点から ――」『警察学論集』61巻⚖号(2008年),143-68頁を参照.
651. See also Judgment and Sentence, Prosecutor v. Niyitegaka, ICTR-96-14-T, 16 May 2003, para. 428. (49) アパルトヘイト条約第⚓条は次のように定めている; 「国際刑事責任は,その動機にかかわらず,次の行為を行った個人……に適用 される: ⒜本条約第⚒条で言及している諸行為の実行に参加し,これを直接に扇動し, また共謀する;……」 (50) 奴隷制度廃止補足条約第⚖条⚑項は次のように定めている; 「他の者を奴隷化し,または他の者を唆して彼自身またはその保護下にある者 を奴隷化する行為,これらの行為の未遂,従犯,またはそのような行為のいずれ かを遂行する共同謀議に参加することは,この条約の締約国の法の下で犯罪であ り,それらについて有罪判決を受けた者は処罰を受ける.」 (51) 改正第⚘条 bis は,「この規程の適用上,『侵略犯罪』とは,その性質,重大性 及び規模に照らして国際連合憲章の明白な違反を構成する侵略行為の,国の政治 的又は軍事的行動を実質的に管理し又は指示する地位にある者による計画,準備, 開始又は実行をいう」と定める(Resolution RC/Res. 6, Annex I, Amendments to the Rome Statute of the International Criminal Court on the Crime of Aggression (16 June 2010), p. 2).
(52) 犯罪成立要件文書は,第⚘条 bis の侵略犯罪について,第⚓項で「侵略の行為 ……が実行された」ことをその成立要件としている(Resolution RC/Res. 6, Annex II, Amendments to the Elements of Crimes (16 June 2010), p. 5). (53) Frances Anggadi, Greg French & James Potter, “Negotiating the Elements of
the Crime of Aggression”, in Stefan Barriga and Claus Kreß (eds.), The Travaux Préparatoires of The Crime of Aggression, 2012, p. 80.
(54) ICC の起草過程においては,このような限定的な解釈が ICC 規程全体にあて はまることが示唆されていた(Otto Triffterer (ed.), Commentary on the Rome Statute of the International Criminal Court - Observers’ Notes, Article by Article - (2nded.), 2008, p. 535.
(55) UN Doc. S/25704, p. 9. 同 様 の 見 解 は,Decision on Interlocutory Appeal Challenging Jurisdiction in Relation to Command Responsibility, Prosecutor v. Hadžihasanović & Kubura, IT-01-47-AR72, 16 July 2003, para. 51 でも示されて いる.これに対し,Decision on the Defence Motion for Interlocutory Appeal on Jurisdiction, Prosecutor v. Duško Tadić, IT-94-1-AR72, 2 October 1995, para. 143 ; Judgment, Prosecutor v. Kordić & Čerkez, IT-95-14/2-A, 17 December 2004, paras. 41-44 は,罪刑法定主義の観点からは,関係国が事件当時に当事国 となっていた条約も適用可能との立場を示している.しかし,ad hoc 国際刑事
裁判所がすべての国連加盟国に対し普遍的に協力義務を課していることに鑑みる と,そのような事物管轄の拡大には問題があると思われる.