21 日本視機能看護学会誌5号
報
告
眼科周手術期患者の転倒・転落防止への取り組み
~術前片眼遮蔽体験の有用性の検証~
植村チエミ 飯田晃子 松田徳子 出田真二
要 旨
目的:転倒・転落事故防止への取り組みとして術前に片眼遮蔽体験(以下ガーゼシミュレーション)の実施を強化した結果, 事故件数が減少した。減少理由についてアンケート調査を実施し,その結果を用いて有用性を検証する。 方法:2019 年 5 月 22 日~ 7 月 31 日,ガーゼシミュレーション施行済みの周術期入院患者 32 名を対象にアンケートを用 いて「経験した感想」「ガーゼシミュレーションをどう思うか」に大別し,術翌日に聴き取り調査を実施した。 結果:約 8 割が体験を良かったとし「歩き方を体感し注意点が分った」「事前予行で不安が減った」等の回答を得た。また 全員がガーゼシミュレーションを良い試みだと思うと回答した。 考察:術前ガーゼシミュレーションは,患者自身が片眼状態での視力・視野・感覚を体得することで危険性を認識し慎重な 歩行などを意識することから,術後の転倒・転落防止に有用であると共に,術前後の不安の軽減や安心の付与にも有用であ ると考えられる。 キーワード:転倒・転落,眼科周術期看護,ガーゼシミュレーション,片眼遮蔽体験,アンケート調査 現在 , 転倒・転落に関する研究は診療科を問わず数多く 研究されている。三宅ら1)は「医療現場で発生する転倒・ 転落事故は現在病院で大きく問題視されているが , 効果的な 対策が見いだせないことが医療関係者 , 特に看護師のジレン マともなっている」とし「事故要因に関してはヒューマンファ クター工業の m-SHEL モデルを利用した事故の実態把握に よると,環境,ソフト,管理要因が直接的な原因であるもの は 1 割程度であり,残りは患者要因 ( 視覚障害・注意障害・ 機能障害など ) であり,事故低減の為には患者要因に絞った 対策が必要である」と述べている。 A病院でもそれは例外ではなく,足元灯の追加や照度不 足対策を施行したが事故件数の減少には繋がらず,ジレン マを抱えていた。過去の院内調査から,ガーゼ眼帯装着期 間である術後 2 日間に転倒が多い事が判ったことから,患 者要因に絞った対策として 2017 年 9 月より,入院時オリエ ンテーションで片眼遮蔽での歩行練習を導入した。しかし当 時は病棟全体への周知・徹底ができておらず,一部の看護 師のみが実施している状況であった。 そこで,看護計画に片眼遮蔽歩行のアセスメントを記載す る欄を追加し,病棟看護師全員が積極的に行うよう啓発を 行い 2018 年度より実施を強化した結果,導入年度までの 過去 6 年間の平均 4.6 件と比較し,2018 年度は同一人に よる 2 件,更に 2019 年 4 月~ 8 月は 0 件となった。(図 1) 上記経緯を踏まえ,術前片眼遮蔽体験(以下ガーゼシミュ レーション)を強化後に転倒・転落事故が減少した理由に ついてアンケート調査を行い,その有用性について検証する。 1. 対象と期間 2019 年 5 月 22 日~ 7 月 31 日に A 病院で入院・手術し た 465 名の内,ガーゼシミュレーション施行済みのアンケー ト調査が不可能である 1 泊入院患者を除く入院患者 32 名 を対象とした。 2. 方法 手術翌日に病院独自に作成したアンケート用紙 ( 図 2) をはじめに
Ⅰ.方法
受付日:2020 年 3 月 26 日 受理日:2020 年 10 月 30 日 医療法人出田会 出田眼科病院22 日本視機能看護学会誌5号 用いて,以下の内容についてリーダー看護師が個別で聴き 取り調査を行った。 1)術前にガーゼシミュレーションをして良かった,不要のい ずれかを選択後 , 其々の選択理由についても複数回答で きる選択項目に加え , 患者の発言を記載できる欄を設け た。 2)ガーゼシミュレーションをどう思うかについても良い試み と特に何も感じないを選択後 , 上述 1)と同様に複数回 答可能な項目と自由発言欄を設けた。 3)ガーゼシミュレーション体験時の印象や感想については 自由回答とした。 3. 用語の定義 ガーゼシミュレーションとは,高齢や過去に転倒歴がある, 視野や視力が悪いなど転倒・転落リスクの高い患者を中心 に術前の入院患全員を対象とし , アナムネ・オリエンテーショ ン時に 5 ~ 10 分程度,術眼にガーゼを貼付した片眼遮蔽 状態で病棟・病室内を看護師付添いのもと歩行することであ る。付添い看護師は , 歩行状態や視野状況を観察しながら 注意点等の説明を加え,歩行後すぐに状況や患者の発言を 基にした転倒リスク評価を行い , 術後の看護介入を検討・決 定し , 看護計画立案の参考にした。 看護研究の実施及び結果の公表に関してはA病院施設長 の承認を得て , 対象者に口頭にて研究目的や内容 , 協力の 有無により不利益が無いこと , プライバシーの保護に努める ことを説明し同意を得た。 結果については単純集計を行い,その結果を踏まえガー ゼシミュレーションが患者に与える影響について検証した。 1. 対象者の属性 男性 13 名,女性 19 名,平均年齢 75 歳± 8.8 歳 2. ガーゼシミュレーションを経験した感想について 32 名中 27 名(84%)が体験して良かったと回答し ,4 名 (13%)が不要 , 1名(3%)がどちらでもないと回答した(図 3) 体験を良かったと回答した患者の理由で最も多かった のは , 歩き方に気を付けるなどの注意点が分ったの 21 件 (78%)だった。 ௳ ϭ௳ Ϯ௳ ϯ௳ ϰ௳ ϱ௳ ϲ௳ ϮϬϭϮ ϮϬϭϯ ϮϬϭϰ ϮϬϭϱ ϮϬϭϲ ϮϬϭϳ ᙉ๓ ᖹᆒ ϮϬϭϴ ϮϬϭϵ ϲ ϯ Ϯ ϱ ϯ ϲ ϰ͘ϲ Ϯ Ϭ 䜺䞊䝊䝅䝭䝳䝺䞊䝅䝵䞁ᑟධ๓ ྠ୍ே≀䛻䜘䜛䠎ᅇ ᙉᚋ ᑟධึᖺᗘ 図 1. ガーゼシミュレーション強化前・後 年度別 転倒転落発生件数 䕔䜺䞊䝊䝅䝭䝳䝺䞊䝅䝵䞁ᐇᚋ䜰䞁䜿䞊䝖 䠄᪉ἲ䠖䜺䞊䝊䝅䝭䝳䝺䞊䝅䝵䞁⾜῭䜏䛾ධ㝔୰䛾ᝈ⪅ဨ䜘䜚䚸ᡭ⾡⩣᪥䝸䞊䝎䞊䛜┤᥋⫈䛝ྲྀ䜚ㄪᰝ䠅 ṓ௦ 㻌㻾㻰㻌㻌㼂㻴㻌㻌㻱㻾㻹㻌㻌㻹㻴㻌㻌㻯㼍㼠㻌㻌㻳㼘㼍㻌㻌䛭䛾䠄䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䠅㻌㻌㻌㻌 㻌䕕⌮ゎຊ䛻ஈ䛧䛔㻔ᖺ㱋䞉䛭䛾⌮⏤㻕㻌㻌䕕䛭䛾㻔䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䚷䠅 㻝㻚䚷ᡭ⾡๓䛻䜺䞊䝊䝅䝭䝳䝺䞊䝅䝵䞁䜢⤒㦂䛧䛶䛹䛖ឤ䛨䜎䛧䛯䛛 䕕㻌⤒㦂䛧䛶Ⰻ䛛䛳䛯 䊻Ⰻ䛛䛳䛯䛸ឤ䛨䛯⌮⏤䜢ᩍ䛘䛶ୗ䛥䛔䚷䈜」ᩘᅇ⟅ྍ 䚷䕕䚷๓䛻ண⾜䛧䛶䛚䛟䛣䛸䛷Ᏻ䛜ῶ䛳䛯 䚷䕕䚷ᡭ⾡䜢Ᏻᚰ䛧䛶ཷ䛡䜙䜜䜛䛸ᛮ䛳䛯 䚷䕕䚷ᡭ⾡ᚋ䛾⏕ά䛻ᑐ䛩䜛⌮ゎ䛜῝䜎䛳䛯 䚷䕕䚷㻔㻻㻼㻱ᚋ㻕䝘䞊䝇䝁䞊䝹䜢⏝䛧䜘䛖䛸ᛮ䛳䛯 䚷䕕䚷Ṍ䛝᪉䛻Ẽ䜢䛡䜛➼䛾ὀពⅬ䛜ศ䛛䛳䛯 䚷䕕䚷ど㔝䛜⊃䛟䛺䜛䛣䛸䜢๓䛻యឤ䛷䛝䛯 䚷䕕䚷䛭䛾䠄䛷䛝䜛䛰䛡ලయⓗ䛻ᝈ⪅䛾Ⓨゝ䜢䛭䛾䜎䜎グධ䠅 䕕㻌⤒㦂䛿せ䛰䛳䛯 䊻せ䛰䛸ឤ䛨䛯⌮⏤䜢ᩍ䛘䛶ୗ䛥䛔 䚷䕕䚷䠄䛷䛝䜛䛰䛡ලయⓗ䛻ᝈ⪅䛾Ⓨゝ䜢䛭䛾䜎䜎グධ䠅 㻞㻚䚷䜺䞊䝊䝅䝭䝳䝺䞊䝅䝵䞁䜢䛹䛖ᛮ䛔䜎䛩䛛 䕕㻌Ⰻ䛔ヨ䜏䛰䛸ᛮ䛖 䊻Ⰻ䛔䛸ᛮ䛖⌮⏤䜢ᩍ䛘䛶ୗ䛥䛔䚷䈜」ᩘᅇ⟅ྍ 䚷䕕䚷⾡ᚋ䛾Ᏻ䛾㍍ῶ䞉Ᏻᚰ䛻䛴䛺䛜䜛 䚷䕕䚷ᡭ⾡ᚋ䛾⏕ά䜢ᐇ㝿䜢▱䜛䛜䛷䛝䜛 䚷䕕䚷⾡ᚋ䛾㌿ಽ䞉㌿ⴠ䛾ண㜵䛻䛴䛺䛜䜛 䚷䕕䚷䛭䛾䠄䛷䛝䜛䛰䛡ලయⓗ䛻ᝈ⪅䛾Ⓨゝ䜢䛭䛾䜎䜎グධ䠅 䕕㻌≉䛻ఱ䜒ឤ䛨䛺䛛䛳䛯 㻟㻚㻌ᐇ㝿䛻䜺䞊䝊䝅䝭䝳䝺䞊䝅䝵䞁䜢య㦂䛧䛯䛾༳㇟䜔ឤ䛜䛒䜜䜀ᩍ䛘䛶ୗ䛥䛔 㼑㼤㻦⾡ᚋ䛾䛣䛸䜎䛷䜘䛟⪃䛘䛶䜛䛺䚸䛣䛣䜎䛷䛩䜛䛾䛛䛸㦫䛔䛯䈈㼑㼠㼏㻚 䛤༠ຊ䛒䜚䛜䛸䛖䛤䛦䛔䜎䛧䛯䚹ᅇ⟅㡬䛔䛯㈗㔜䛺䛤ពぢ䜢䛣䜜䛛䜙䛾┳ㆤ䛻ά䛛䛧䛶䛔䛝䛯䛔䛸ᛮ䛔䜎䛩䚹 ⏨ᛶ䚷䚷䞉䚷䚷ዪᛶ ≉グ㡯 ᖺ௦ ᝈ⪅㻵㻰 ᝈ ᛶู 䜲䝙䝅䝱䝹 図 2. ガーゼシミュレーション実施後アンケート
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Ⅲ.結果
眼科周手術期患者の転倒・転落防止への取り組み~術前片眼遮蔽体験の有用性の検証~23 日本視機能看護学会誌5号 以下、視野が狭くなることを事前に体感できたが 17 件 (63%), 事前に予行しておくことで不安が減ったが 15 件 (56%)と続き , 手術後の生活に対する理解が深まった , 安 心して手術を受けられると思った , 術後ナースコールを利用 しようと思ったとなった。(図 4) 経験を不要とした理由は「元々見えていないから」「手術 は 3 回目」「自分はしなくても大丈夫と思った」等だった。 3. ガーゼシミュレーションをどう思うかについて 上述 1 で経験を不要とした患者を含む 32 名全員が良い 試みだと思うと回答した。(図 5) 良い試みと思う理由で最も多かったのは , 術後の転倒・転 落の予防につながるの 21 件(66%)だった。以下 , 術後 の不安が軽減し安心につながるが 15 件(47%), 術後生 活の実際を体験できるが 10 件(31%)となった。(図 6) ガーゼシミュレーション体験時の印象や感想については 「一人一人にちゃんと説明をしていて素晴らしい」「よくここ までされているなと思った」「経験することで注意するように なる」「片目だと距離感が分り辛いのが分って良かった」な ど体験への取り組みや事前体験に対する肯定的な感想・回 答を得た。 患者は術前ガーゼシミュレーションの体験により,片眼遮 閉による見え方を体感し,片眼視歩行による危険性を認識 する。藤岡2)は「体験学習では,自らのからだや心,知能 や感覚など自分のすべてを駆使して学習することで,“ 知る, わかる ” レベルから “ 実感できる,実際に感じて理解できる ” レベルに到達できる」と述べており,佐藤3)は「患者は予 測される脅威や危険に対して,事前に適度に不安・恐怖を 持って考えると,実際の脅威や危険に対して免疫効果を持ち, 現実によりよく対処できるようになるということを示している」 と述べている。 今回,平均年齢 75 歳となった対象者に対してパンフレッ トや口頭での説明に加えガーゼシミュレーションを行うこと は,片眼遮蔽状態での視覚の変化をより具体的に分かり易く 体感することができ,アンケート結果からも術後の歩行に対 する注意点の認識や視野狭窄を実感できる効果が明らかと なったことから,潜在的な記憶として術前の体験学習が患者 の理解に結びついていると考える。術前の体験により,自分 が置かれる術後の状況を漠然ととらえるのではなく,より具 体的に身体的感覚のイメージがつくと共に,どのような行動 が危険かを事前に予測し転倒・転落の予防行動の必要性や ௳ ϱ௳ ϭϬ௳ ϭϱ௳ ϮϬ௳ Ϯϱ௳ Ϯϭ ϭϳ ϭϱ ϭϬ ϴ Ϯ 㼙㼍㻣㻟㻚 図 4. ガーゼシミュレーションを良かったと感じた理由(複数回答可) 眼科周手術期患者の転倒・転落防止への取り組み~術前片眼遮蔽体験の有用性の検証~ Ⰻ䛔ヨ䜏䛰䛸ᛮ䛖 ఱ䜒ឤ䛨䛺䛛䛳䛯 㼚㻩㻟㻞ྡ
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24 日本視機能看護学会誌5号 効果を理解することが出来,手すりの利用やナースコールの 活用など危険回避行動を取りやすくなる。事前の危険性の 認識の変化が,術後の慎重な行動の必要性の理解に結びつ くことが判明した。 また,丸橋4)は具体的な術前オリエンテーションについて 「患者は予測される状況や解決方法を理解し,手術への心 構えを強めて術後を意欲的に乗り切れるための動機づけとな る」と述べている。 アンケート結果から,歩き方に気を付けるなどの注意点が 分かった,安心して手術を受けられると思った等の回答や, 体験を不要とした患者を含む全員がガーゼシミュレーション を良い試みと回答し,術後の転倒・転落の予防に繋がるが 最多理由となったことから,体験型のオリエンテーションは 自身が置かれる状況をより具体的にイメージし易くなり,手 術に対する不安の減少や転倒・転落事故を防ごうとする動 機・意識付けに繋がっていると考える。 また、ガーゼシミュレーションを行う上で付添う看護師は, 入院生活において比較的往来の多いトイレや洗面所,診察 室や食堂へ患者を誘導しながら,歩行状態(安定感、ふら つきや偏りの有無など)や視野状況(視野制限,両眼視力 との違いなど)を注意深く観察している。その上で,歩行が 不安定な患者には手すりの活用を勧めたり,視野の制限に 戸惑う患者には遮蔽側の視野が著しく制限されるので,病室 出入り口付近,曲がり角,柱のある場所では特に注意して歩 行するよう指導している。このように,危険個所の周知と共 に転倒を防ぐための注意点を補足する等,先回りした対策を 立て助言することが可能となる。 術前の視力・視野状況やADLに加え,硝子体や緑内障・ 白内障などの手術方法による影響,片眼遮蔽での歩行状態 を評価することは術後の看護介入を検討する材料となり,個 別性のある看護計画の立案にも繋がっている。 術前ガーゼシミュレーションは,多くの患者にとって術後 の転倒・転落事故防止に有用であると共に、術前・術後に おける不安の軽減や安心の付与にも有用であると考えられ る。一方で体験を不要とした患者も一定数存在することから 研究の限界や課題も明確となった。 今後もガーゼシミュレーションを通して、患者が事故なく 安心して入院生活を送れるよう、転倒・転落事故防止に取り 組み、心理的援助の継続が大切であると考える。 本論文は第 35 回日本視機能看護学会学術総会で発表した。 文献 1)三宅祥三,杉山良子:実践できる転倒・転落防止ガイド,2-7, 2007. 2)藤岡完治:わかる授業をつくる看護教育技術法3シミュレーショ ン・体験学習,133,2000. 3)佐藤禮子:手術患者の不安-不安の 意味と援助の在り方, OPEnuesing,9( 5),12-15,1994. 4)丸橋佐和子:体位変換・早期離床の術前患者指導,臨床看護, 12( 4),506-510,1986. 眼科周手術期患者の転倒・転落防止への取り組み~術前片眼遮蔽体験の有用性の検証~