1. はじめに
平成20
年の学習指導要領改訂において、道徳 教育推進教師(以下、「推進教師」という)が 位置付けられて約10
年が経つ。この間、推進 教師に関する研究が行われてきたが、その数は 十分に多いとは言い難い。今後、高等学校にも 推進教師が位置付けられ、推進教師の重要性が より高まることを鑑みると、推進教師に求めら れる資質・能力や効果的な推進の在り方につい ての科学的な知見の蓄積は、喫緊の課題である。 推進教師の役割は、「学習指導要領解説 総 則編」に8
点示されている1。また、永田(2010
) が推進教師の機能的役割として、推進者、調整 役、助言者を挙げるとともに2、押谷(2010
) は「推進教師は、学校全体におけるリーダーシ ップを発揮できる教師を選ばなければならな い。」と述べる3。このように、推進教師の役割 や求められる資質・能力についての一定の理論 は示されていることから、今後はこれらの理論 を踏まえ、学校現場における実践を通しての検 証が求められる。 学校現場での先行研究を概観すると、宮地 (2010
)は、推進教師の役割を「体制整備、授 業改善、連携」の3
つに整理し、推進体制の整 備や推進教師による情報提供等を通して、教職 員の道徳教育への意識を高めた4。牟田(2013
)は、 推進教師として担任とチームを組んで指導案を 作成するとともに、ゲストティーチャーの活用 や保護者への働きかけを図ることにより、教職 員の道徳教育に対する関心や意欲を高めた5。こ れらの研究は、推進教師としての具体的な取組 を示した点でいずれも有益な教育実践であるが、 個別の実践例の提示にとどまるとともに、教職道徳教育推進教師に求められる
資質・能力と効果的な推進の在り方
に関する研究
浅部航太
【要 旨】 本研究の目的は、道徳教育の推進の効果を定量的に検証し、影響を及ぼした要因について分析する ことを通し、求められる道徳教育推進教師の資質・能力や効果的な推進の在り方について明らかにする ことである。そのために、公立小学校において道徳教育推進教師の立場でアクションリサーチを行った。 推進の結果、特に道徳授業の質的改善が図られたため、その要因をM-GTAを用いて分析した。分 析の結果、次の点が示唆された。①バラバラだった教職員の授業観が、児童が価値の多面性に気付き 自己を見つめる授業に収斂し、教職員が授業のおもしろさを感じるようになった。②推進教師に求めら れる資質・能力は、一定の「道徳の見識」をもち「率先垂範」を行う姿勢である。③効果的な推進の 在り方は、道徳通信による理解促進と自由な発言を保障した授業を相互作用的に行うこと、飛び込み 授業や他校の実践を参観するなどの「実践を比較する場」の設定である。 キーワード: 道徳教育推進教師、道徳授業の質的改善、推進教師の資質・能力、アクションリサーチ、 M-GTA 実 践 研 究 論 文員の関心や意欲、意識の変化を定量的に検証し たものではない。 大藏(
2013
)は、どの学校、どの推進教師 でも活用できるモデルプランの土台を構想する ことの必要性を述べ、道徳推進に係る各校の 長所や短所を把握するアンケートを作成した6。 大藏(2013
)はまた、複数の教員に対し、教 員の自己課題を明らかにした上で、自己課題に 即した授業を推進教師が模範として行い、個別 相談を通して教員の授業への苦手意識を変容さ せた7。大藏の研究は、学校の道徳教育推進上 の課題を明らかにし取組を焦点化することや、 推進教師が模範を示して授業を行うなどの知見 に加え、複数の事例を示している点で価値があ る。しかし、推進教師の取組の成果を定量的に 検証したものではなく、変容を促した要因につ いての詳細な分析も行っていない。 そこで本研究では、学校の道徳教育推進上の 課題を明らかにした上で焦点化した取組を行い、 推進の効果を定量的に検証する。そして、影響 を及ぼした要因について分析することを通し、 求められる推進教師の資質・能力や効果的な推 進の在り方について明らかにしたいと考えた。2. 研究対象・期間
A小学校は、北海道にある教職員数19
名、 普通学級6
クラス、その他特別支援学級を有す る小学校であり、年齢構成は管理職・校務補 を除いて50
代4
人、40
代8
人、30
代4
人である。 筆者は30
代であり平成29
年度にA小学校に赴 任し推進教師を拝命した。 A小学校では近年、校内研修において道徳教 育の研究は行っておらず、多くの教職員が道徳 授業に対して不安感を抱いていた。しかし、教 科化に向け道徳について学びたいという機運が 高まり、平成29
年度に校内研修で道徳の研修 を数回行うことが決定していた。 研究期間は、平成29
年4
月から12
月にかけ ての9
か月間を対象とした。3. 研究方法
本研究は、筆者が推進教師の立場で行う研究 となるため、アクションリサーチによる実践 研究が適していると考えた。本研究では、中 村(2008
)の考えるサイクル(図1)をもとに、 道徳教育推進を計画・実行・評価・分析し科学 的知見を同定した8。 「科学的知見の同定」については、A小学校 で行われる学校評価(12
月実施)の量的分析 と、教職員に対する半構造化インタビュー(12
月実施)から得られた記録の質的分析を組み合 わせて行った。半構造化インタビューについて は、学校長・教頭・教務主任・通常学級担任の9
名に対して、表1の質問項目を中心に行った。 1. 現状の把握 0. 文脈と目的 2. 分析(診断) 4. アクションの実行 5. アクションの評価 6. 科学的知見の同定 3. アクションの計画 図1.アクションリサーチのサイクル(中村2008)得られた記録は逐語録にまとめ、 木下 (
1997
)が開発した改変版グラウンデッド・セ オリー・アプローチ(M-GTA
、以下「M-GTA
」 という)を用いて、分析を行った9。4. アクションリサーチの実際
(1)現状の把握と分析
4
月、A小学校において、学校長から新年度 の教育プランが示された。徳育の最重点項目と して「考え、話し合う道徳」の実践を目指すと ともに、教育プランの達成数値目標として、教 職員自己評価「道徳の時間の指導にあたり、資 料や指導について工夫をし、話し合う場面を設 けたか70%
以上」が新たに設定された。 このようなプランが設定された背景を探るた め、管理職にインタビューを行った結果、昨年 度の学校評価において、道徳授業の「質」に関 する評価が他の項目に比べて極端に低い評価で あったことが、プラン設定の一因となったこと が明らかとなった。 次に、推進計画を立案するにあたり、A小学 校の教職員がこの1
年間でどのようなことを学 びたいかや、推進教師に何を望んでいるかなど、 教職員のニーズを探ろうと考えた。そこで、5
月の連休前に、教職員に対し「道徳サポートア ンケート」を実施した。作成した11
項目の設 問の中で、「推進教師にしてほしいこと」と感 じる設問に丸印をつけてもらった。(丸印は複 数回答可)アンケートは、12
名の教職員から 回答を得ることができた。11
項目の設問に対 して丸印を記した人数を、図2に示す。(2)アクションの計画
教職員のニーズを把握した結果、「評価の仕 方について知りたい」、「教科化に向け指導計画 を整備してほしい」、「1
単位時間の授業のイメ ージが知りたい」の3
つの項目で、多くのニー ズがあることが分かった。 推進内容は焦点化することが肝要である。そ こで今年度の道徳教育の推進計画を、①「授業 表1 半構造化インタビューの質問内容 項目 内 容 ア 心に残っている道徳授業について話してく れますか イ この1年間で、道徳を授業(評価)するこ とに自信がつきましたか ウ 他の人は、今年度の道徳の取組についてど う思っていると思いますか エ 来年度、道徳教育推進教師に望むことは何 ですか 評価の仕方について知りたい 教科化に向け指導計画を整備してほしい 1単位時間の授業のイメージが知りたい 道徳授業における具体的な言語活動や話合いの仕方を知りたい 実際の道徳の授業を見たい 学級担任だけでなく全教員が道徳にかかわる体制をつくってほしい 別葉を基に体験活動や他教科と関連された道徳教育を進めてほしい 打合せをして,協働で授業づくりがしたい 本校の児童の実態把握をしてほしい 教材や教具の準備を手伝ってほしい TTとして授業に参加し指導や評価の補助をしてほしい 11 9 8 7 7 3 3 2 2 0 0 図2 道徳サポートアンケートの結果(道徳教育推進教師にしてほしいこと、n=12)の流れの理解」、②「評価の研修と実践」、③「指 導計画の整備」の三本柱とし、職員会議で提案 した。推進の柱と時期、具体策をまとめた年間 推進計画を表2に示す。
(3)アクションの実行
① 道徳通信を用いた情報発信 まず、推進教師が発行する道徳通信によって、 教職員に道徳授業の1
単位時間の流れのイメー ジをもってもらおうと考えた。そこで5
月から 週に1
回程度、道徳の指導に関わる内容の通信 を発行した。発行した内容は、学校長の教育 プランの趣意説明や道徳授業の特質、「道徳科 における質の高い多様な指導方法について」10 に示された内容、「道徳教育アーカイブ」専用 サイト11や学習指導要領解説編に示されている 「道徳科に生かす指導方法の工夫」12等について 紹介を行った。 さらには、推進教師が定期的に教職員の道徳 授業を参観し、発問や板書の工夫等、よさが見 られた部分を全教職員に提示し価値付けするこ とを行った。 ② 推進教師による提案・公開授業 島(2010
)は、「道徳の時間の特質を、全て の教師が理解できるようにすること」と「教師 自身が、道徳の時間の楽しさを感じることがで きるようにすること」が、推進教師の大きな役 割とし、「道徳を担当する者が、率先して、道 徳の時間の特質や楽しさを示すことなどはとて もよい。」と述べている13。そこで、推進教師 が率先して道徳授業の特質や楽しさを示そうと 考え、6
月に全教員が参観する推進教師による 提案授業を行った。 教材は、「心と心のあく手」(B.親切、思い やり)を扱った。ねらいを『「親切にしたい」 という気持ちに加え、「相手の立場を考える」 といった親切の側面に気付くことを通し、道徳 的判断力を養う』とし、児童に「親切」の多面 性に気付かせる授業を構想した。 また、授業中においては、「道徳は何を話して もいい時間だよ。」「道徳に答えは無いよ。」と いった声かけを児童に対し幾度か行った。この 声かけは、「答えが一つではない道徳的な課題 を一人一人の児童が自分自身の問題と捉え、向 き合う」という、道徳科が目指す方向性につい て、教職員に理解してもらうねらいで行った14。 公開授業は、9
月〈「絵葉書と切手」(B.友情、 信頼)〉と10
月〈「より遠くへ」(A.希望と勇気、 努力と強い意志)〉においても実施した。 ③ 推進教師による全学年飛び込み授業6
月末から、推進教師が他の学級へ行って授 業を行う「飛び込み授業」を、全学年で1
回ず つ実施した。授業実施の前に、通常学級の担任 表2 道徳教育の年間推進計画 推進の柱 時 期 具 体 策 ①授業の流れの理解 5月以降 6月、9月、10月 6月、7月 ・道徳通信を用いた情報発信 ・道徳教育推進教師による提案授業、公開授業 ・道徳教育推進教師による全学年飛び込み授業 ②評価の研修と実践 9月 9月 11月以降 11月 ・外部講師による学習会 ・評価に関する理論研修 ・全校での評価の実践 ・全教職員による道徳教育推進校の視察 ③指導計画の整備 11月 12月 12月 ・全体計画の改訂 ・別葉の改善、活用方針の策定 ・教科書に対応した年間指導計画の作成と打合せをし、どのような授業を行って欲しい か、リクエストを聞いた上で実施した。リクエ ストは例えば、『内容項目「生命の尊さ」の授 業がうまくいかないので、授業を見せてほし い。』といった声があった。 初めて授業をする学級ばかりだったこともあ り、児童の発言からねらいに迫ることができた 授業もあれば、ねらいに迫れなかった授業もあ った。ねらいに迫れなかった授業においては、 教師が無理にまとめようとせず、児童の発言を 肯定し続けるように留意した。 ④ 評価に関する理論研修
2
学期から、評価についての理解研修を開始 した。9
月の評価に関する校内研修会では、事前に アンケートで集約した疑問に答える形で、評価 の目的、個人内評価の意味、学校で評価方法を 統一することの重要性、指導観の明確化、具体 的な評価方法、通知表所見の良い例・悪い例等 について説明を行った。具体的な評価方法につ いては、記述の蓄積やTT
での観察評価等、8
つの具体策を例示した。評価は、学習指導要領 解説編に「個々の教師が個人として行うのでは なく、学校として組織的・計画的に行われるこ とが重要」との記述がある通り、学校として集 める資料や評価方法等を明確にしておくことが 肝要である15。そこで、今後どういった方法を 用いて評価を行うか、教職員の意見を吸いあげ るため、図3の2
軸マトリクスを教職員に配付 した。それぞれの評価方法の説明を「効果があ るかないか」「容易に行えるかどうか」の視点 で聞き、マトリクスに記述するよう、教職員に 促した。 説明後には、4
名の小グループに分かれ、ワ ークショップを行った。一人一人が記した2
軸 マトリクスを持ち寄り、どの評価方法を用いる のがよいかを検討した。検討の結果、全てのグ ループが、「児童の記述を蓄積し朱書きしてい く方法で行いたい。」と答えた。 ⑤ 評価の実践 ワークショップで吸い上げた意見をもとに、11
月の職員会議で今後の評価の方向性を定めた。 学校で統一して行うこととして、「①統一した ワークシートを用い、児童の振り返りを道徳フ ァイルに蓄積していき、成長が見られる記述に 下線を引き朱書きする」ことが確認された。ま た、努力目標として「②ねらいに迫る児童の発 言をネームプレートとともに板書し、板書をデ ジタルカメラで撮影し蓄積する」こととした。 全児童分の道徳ファイルを作成し準備が整っ た11
月中旬から、ワークシートと道徳ファイ ルを活用した授業と評価が各学級で一斉に始ま った。 ⑥ 指導計画の整備 指導計画の整備では、全教職員が何らかの形 で計画づくりに参画した。 A小学校の道徳教育の全体計画は、数年前か ら改訂がなされておらず、重点内容項目も数が 多く散漫な指導になりやすいという課題があっ た。そのため、児童の実態や学校関係者の願い に合った内容に改訂することが喫緊の課題であ った。 重点目標の策定について、赤堀(2016
)は、 「自校を取り巻く地域の状況や子供たちの実態 などを具体的な調査などに基づいて客観的に把 握して、育てたい児童像を想定し、それに向け 容易 困難 効果なし 効果あり 図3 配付した2軸マトリクスた目標を設定することが重要」と、実態把握の 重要性を挙げる16。この論を踏まえ、児童の実 態把握では、内容項目ごとの実態を把握するア ンケート(表3)を作成し、職員に
4
件法で回 答してもらうことで児童の実態を把握しようと 考えた。 得られた回答から児童の実態と教職員の願い を把握するとともに、「保護者アンケート」や コミュニティ・スクールの「熟議」の内容から、 保護者や地域の願いをそれぞれ集約した。これ らに学校の教育目標を勘案し、推進教師と管理 職で検討を行った結果、重点目標を「強い心を もち、よりよい人間関係を築く子の育成」、重 点内容項目を「A.
希望と勇気、努力と強い意志」 「B.
相互理解、寛容」(低学年は、「B.
友情、信 頼」)と定めた。 別葉については、A小学校において、昨年度 時点で作成されていたが、活用は十分に図られ ていなかった。そこで、道徳教育の実効性を高 めるため、特に学校の重点内容項目に関わる指 導に力を注ぐよう方針を打ち出した。別葉は、 重点内容項目に関わる部分のみを通常学級担任 が修正し、職員室に貼り出し実施状況を確認す ることとした。 年間指導計画の作成にあたっては、まず学校 行事等に精通している教務主任・TT担当が、 行事や他教科等との関連を踏まえ、時期を考慮 した内容項目の配列を行った。次に、内容項目 の配列に合わせる形で、特別支援学級担当の教 員が「年間指導計画」を作成した。重点内容項 目に関わる教材は、教科書の教材だけでは数が 足りないため、『私たちの道徳』の読み物教材 や地域教材で補うこととした。(4)アクションの評価
表4は、平成28
年度と平成29
年度の12
月に 実施された学校評価の結果について、等分散の 表3 実態把握アンケート(一部) 内 容 項 目 児 童 の 姿 善悪の判断、自律、自由と責任 児童は善悪の判断を適切にし、主体的に行動している。 正直、誠実 児童は過ちは素直に改め、正直に明るい心で生活している。 感動、畏敬の念 児童は美しいものや気高いものに感動する心をもっている。 表4 学校評価(数値・12月)の検定結果 項 目 平成28年度 平成29年度 人数 平均 SD 人数 平均 SD t 1. 指導計画に基づく実践により成果や課題が 明確になったか 2. 道徳教育全体計画,全体計画の別葉,道徳 の時間の年間指導計画,道徳の学級におけ る指導計画が整備されているか 3. 豊かな心を育む道徳の時間の指導が計画的 に実践されていたか 16 2.75 0.43 17 3.24 0.43 3.15 ** 16 2.80 0.54 17 3.41 0.50 2.92 ** 15 2.60 0.61 17 3.35 0.48 3.78 ** 4. 道徳の時間の指導にあたり資料や指導につ いて工夫をし話し合う場面を設けたか 15 2.53 0.50 15 3.33 0.47 4.36 ** 5. 指導時間は確保されたか 15 3.20 0.40 13 3.31 0.46 0.64 6. 日常生活の中で,道徳的実践についての指 導がなされたか 15 3.07 0.25 16 2.94 0.43 0.98 等分散の t 検定(両側・対応なし),*p<.05 , **p<.01t
検定を実施したものである。平成29
年度の道 徳教育の推進により、教職員の学校評価がどの ように変容したかを捉えた。 検定の結果、1
~4
の項目で平成29
年度にお ける平均値の有意な増加が見られた。1
・2
の 項目は指導計画について、3
・4
の項目は道徳 授業についての設問であることから、昨年度に 比べ教職員が、指導計画の整備や道徳授業の質 的改善が図られたと感じている点が示唆され た。また、項目3
・4
の記述評価には「推進教師」 という言葉が3
回登場したことから、推進教師 が教職員の道徳授業に何らかの影響を与えたこ とが推察された。(5)科学的知見の同定
学校評価の分析から、A小学校では推進教師 の影響により、特に道徳授業の質的改善が図ら れたことが示唆された。そこで、推進教師のど のような資質・能力もしくは取組が、A小学校 の道徳授業の質的改善につながったのかを明ら かにすることとした。 科学的知見の同定には、9
名の教職員への半 構造化インタビューで作成した逐語録をもとにM-GTA
を行った。具体的には、教職員の発話 データを具体例として概念を生成した。 概念(< >に示す)を生成する際には、表 5のような分析ワークシートを活用し、概念名・ 表5 分析ワークシートの例 概念名① バラバラな授業観 定 義 ・ 個々の教員が年度当初に抱いていた授業観は、「教師のねらいを押し付ける授業」「単なる生活経験の 話合い」などバラバラであった。その授業観は国が「道徳教育の課題」として例示するものが多い。 具 体 例 (1)「こうしなきゃいけませんよね、だからみなさん気を付けましょうね。」っていう自分の中で、道徳 ってそういうイメージがちょっとあって。ちょっと苦手だなって思っていた部分があったんですけど、 そうじゃないんだなって。 (2)書いてあるのを流して終わるというパターンが多くて。どっちかというと、学級で起きた問題をそ ういうところで解決してきた。実践的な場面で道徳を教えていきたい。そっちの方が残るんじゃない かなと思ってやってきた口なので。 (3)今までは、なんかとっ散らかって終わっていたけど。「これも親切だし、あれも親切だし、親切っ て大事だよね。」で終わっていたけど。 (4)半年くらい前まで、道徳って必ずこの価値項目にいこうっていう縛りが、私の中で勝手にあったん です。けど(中略)なんか、こっちにこっちにって引っ張ろうとすると、自分が無理してるのもわか るし、子ども達も「何、言いたいんだろう。」ってなってきて、結局、暗中模索になる道徳で、すご く薄っぺらい感じになる。 (5)去年ちょっとなんとなくやってたんで。なんとなく、あのね、あれを開いて。「私たちの道徳」を なんとなく開いて、なんとなく読んでやっていたので…。 (6)道徳はねえ、やっぱり昔の人間だから、だめだね。最後に決意を書かせたり。今年はやってないけ どね。ま、押し付け。今までは「これからどうしたいか、書いてみて。」とかで終わらせる。 (7)前は、国語の読み取りとの違いが分からなかった。 理 論 的 メ モ <具体例ごとの解釈メモ> (1)説教に近い授業イメージによる忌避感 (2)読み取り道徳、あるいは単なる生活体験を話し合う生徒指導的な授業イメージ (3)ねらいを明確にできなかった授業 (4)(3)と反対で、ねらいを明確にしすぎ、必ずそこに落とし込もうとする授業 (5)ねらいが無く「私たちの道徳」を読む授業 (6)安易な決意表明をさせる授業 (1)(2)(4)(6) 児童が主体的に学ぶ授業ではなく、教師の「押しつけ」が多い印象。こういった授業 は、教師も決して「楽しい」と思えないと考える。 <対極例・矛盾例の検討> ◆特になし。定義・具体例・理論的メモを記述していった。
1
概念1
ワークシートを原則としながら、新 たな具体例が既存の概念に加わる場合は分析ワ ークシートに追記し、加わらない場合は新たな 概念を生成していくことを、繰り返し行った。 概念間の関連については、複数の概念同士の関 係から上位概念にあたるカテゴリー(【 】に 示す)を生成した。最後に、カテゴリー相互の 関係から分析結果を「結果図」にまとめるとと もに、分析結果を生成した概念とカテゴリーだ けで簡潔に文章に記述する「ストーリーライン」 を作成した。 分析の結果、道徳授業の質的改善に関わるカ テゴリーとして、【教職員の授業観】、【資質・能 力】、【取組】、【実践を比較する場】の4
つが示 され、さらに10
の概念の存在が明らかとなった。 それらについての説明を以下に行う。 ① 教職員の授業観 年度当初、教職員は一人一人が<バラバラな 授業観>(概念①)を抱いていた。その内容は、 「教師のねらいを押しつける授業」「単なる生活 経験の話合い」など、国が「道徳教育の課題」 として例示するものが多かった。また、教職員 は道徳授業に対して不安や否定的な印象を抱い ている傾向にあった。それが、9
カ月間の推進 を通し、個々でバラバラだった授業観が、児童 の発言をもとに<価値の多面性>(概念②)に 気付かせる授業や、道徳的価値の理解をもとに <自己を見つめる>(概念③)授業に収斂され ていった。また、教職員が徐々に<授業のおも しろさ>(概念④)を感じるようになった。お もしろさを感じた要因として、教職員が授業の1
単位時間の流れを理解したことや、児童が教 材の内容や自分自身について自由に話し合う姿 を見たことが明らかとなった。 以上の4
つの概念から、【教職員の授業観】と いうカテゴリーを導き出した。 ② 推進教師の資質・能力 教職員の授業観が変容した要因や、教職員が 授業におもしろさを感じた要因を、推進教師の 【資質・能力】という視点から明らかにした。 分析から、<道徳の見識>(概念⑤)という 概念が生成された。見識とは、道徳の教科化が 求めていることや、授業の指導法など、道徳教 育に関わる知識や経験のことを指す。ある程度 の<道徳の見識>をもっているからこそ、教職 員は推進教師に対し相談でき、推進教師は「こ うやっていきましょう。」というゴールを示す ことができる。逆に、一定の見識がないと、い かにリーダーシップを発揮しても、教職員が納 得して道徳教育に取り組むことができず、推進 が難しくなることが予想される。 次に、<率先垂範>(概念⑥)という概念が 生成された。特に、推進教師が提案授業や<飛 び込み授業>(概念⑦)など、授業を自ら進ん で行い、推進のゴールを教職員に示すことが重 要な点が示唆された。推進教師が、授業のおも しろさを体現し伝えていくことが、推進の上で 強く求められると考える。 ③ 推進教師の取組 次に、教職員の道徳の授業観が変容した要因 や、教職員がおもしろさを感じた要因を、【推 進教師の取組】から検討した。推進教師の取組 の中で、教職員が特に「効果的」と感じている ものに、<通信による理解促進>(概念⑧)と <飛び込み授業>(概念⑦)の2
つが挙げられた。 特に、<飛び込み授業>は、教職員にとって高 評価であり、飛び込み授業により「授業の考え 方が変わった。」とターニングポイントに挙げ る声もあった。飛び込み授業は、筆者(推進教 師)が初めて授業を行う学級ばかりであり、決 して成功したとはいえない授業もあった。それ でも、教職員にとっては「勉強になった。」と いった肯定的な評価ばかりが聞こえてきた。このことから、授業の成否に関わらず、飛び込み 授業を行うことの有効性が示唆された。 しかし、どんな授業でもよいわけではなく、 <自由な発言を保障した授業>(概念⑨)を行 う必要がある。提案授業や飛び込み授業におい て、教職員が一番「勉強になった。」と述べた のは、発問や板書等の「指導の工夫」ではなく、 筆者の児童に対する「声かけ」や「姿勢」であ った。具体的には、「答えは一つじゃない。」「何 を話してもいい。」といった声かけや、児童の 発言を決して否定せず肯定し続ける姿勢であっ た。推進教師が、自由な発言を保障した授業を 行ったことで、教職員は道徳授業に対する忌避 的なイメージを払拭し、授業観の転換に大きな 影響を及ぼしたと推察される。 <通信による理解促進>については、「道徳 通信により、国の方向性や目指す道徳授業・評 価についての理解が促された。」といった意見 が多く見られた。特に、授業を見る前に道徳通 信で学ぶことができるよさや、いつでも見返す ことができるよさを挙げる教職員が多くいた。 一方で、「仮に道徳通信のみが提示され、授業 を見る場面が無いと、理解があまりされなかっ た。」といった意見もあった。このことは、道 徳通信の発行だけでは効果が薄く、推進教師が 伝えたい内容を授業で具現化してこそ効果があ ることを示唆する。すなわち、道徳通信と授業 が、相互作用的に機能することで、教職員の理 解を深めることができると考えられる。 ④ 実践を比較する場 最後に、【実践を比較する場】の重要性を挙 げる。推進教師の授業公開は、提案授業や校内 研究授業など、筆者が担当する学年(第
4
学年) において3
回実施した。しかし、教職員は各学 級でわずか1
回ずつしか行っていない「飛び込 み授業」に、特に肯定的な印象をもっていた。 このことは、担任以外の人物が自身の学級で授 業をすることで、教職員がより自身の実践と比 較でき、自分事として捉えることができたから だと推察される。他の学級での授業参観は、ど こか他人事となり、「自分だったら」という視 点が弱くなる。しかし、自身が担任をしている 学級での授業となると、より自身と比較して授 業を参観できる。提案授業と飛び込み授業の違 いは、自身との「比較」の有無にある。 実践の比較がなされたのは、飛び込み授業だ けではない。統一されつつあった教職員の授業 観は、<他校の実践>(概念⑩)との比較を通 して確立された。 <他校の実践>を見ることで、自校の実践と の比較がなされ、教職員が自校の実践に自信を もてるようになった点が、インタビューから分 かった。そして、A小学校としての道徳の授業 観が確立できたのである。自校の授業しか見て いないと、「本当にこれが正しいのか。」といっ た不安を抱えたまま研修を進めることになる。 しかし、「他校の実践」と比較することで、自 校の推進の方向性についての確認がなされるの である。 以上から、【実践を比較する場】を適時設定 することが、道徳教育の推進に欠かせない要素 であることが明らかとなった。 これらの考察をまとめた結果、図4の結果図 が生成された。さらに、結果図をもとに、スト ーリーラインを記述した結果、図5のストーリ ーラインが生成された。5. おわりに
推進教師の立場で道徳教育を推進し、学校評 価を定量的に検証した結果、特に道徳授業の質 的改善において成果が見られた。 推進教師に求められる資質・能力としては、 一定の「道徳の見識」と「率先垂範」を行う姿 勢が挙げられる。具体的には、推進教師が授業を率先して公開し、「自由な発言を保障する」 授業を行い、教職員に道徳授業の「おもしろさ」 を伝えていく。また、「教職員が実践を比較で きる場」を意図的に設定することが重要と結論 付けた。 今後は、本研究の妥当性を高めるために、他 の学校、他の推進教師による実践を通して、検 証を行う必要がある。また、「実践を比較する 場」の設定については、管理職や担任外など、 推進教師以外による飛び込み授業も考えられる。 今後は、推進教師以外の教師が、飛び込み授業 を行う効果についても、検証していく必要があ るだろう。 最後に、推進教師自身が授業のおもしろさを 伝えていくことの重要性を述べたが、現実には 全ての推進教師が道徳授業に対しおもしろさを 実感しているとは考えにくい。 今後は、推進教師の研修において、いかに各 学校の推進教師に対し「道徳のおもしろさ」を 体得させるかや、推進教師が自校で授業を行う 機運をどのように高めていくかを検討し、推進 教師がより「実践」を通して、学校の道徳教育 の改善・充実を担えるようにしていく。 註 1 文部科学省「小学校学習指導要領解説 総則編」 2017年、127-128頁 2 永田繁雄・島恒生編『道徳教育推進教師の役割と 実際』教育出版、2010年、6-7頁 3 押谷由夫「校長のバックアップのもとに道徳教育 推進教師を中心にチームで取り組めるようにする」 『道徳と教育』第328号、2010年、247頁 4 宮地真人「協働意識を高めることによる道徳教育 推進体制の改善・充実―道徳教育推進教師がかか わる道徳教育マネジメントの推進」(http://www2. gsn.ed.jp/houkoku/2010c/10c04/10c04h.pdf.pdf 2018.11.23) 5 牟田伊織「身近なゲストティーチャーとの豊かな かかわりの中で、自分の生き方につなげる道徳教 育の創造―児童・チーム教師・保護者や地域の方 の温かい心と心を響き合わせる道徳教育推進教師 を目指して」『第21回上廣道徳教育賞受賞論文集』 上廣倫理財団、2013年、5-22頁 6 大藏純子・柳沼良太「道徳教育推進教師のあり方 と開発実践―岐阜県羽鳥郡の実践を中心に」『岐阜 大学教育学部研究報告 教育実践研究』第15巻、 【実践を比較する場】 【推進教師の取組】 【教職員の授業観】 ①〈バラバラな授業観〉 ②〈価値の 多面性〉 ③〈自己を 見つめる〉 変化・収斂 ④〈授業のおもしろさ〉 【推進教師の資質】 ⑤〈道徳の見識〉 ⑥〈率先垂範〉 ⑧〈通信による 理解促進〉 ⑨〈自由な発言を 保障した授業〉 ⑦〈飛び込み授業〉 ⑩〈他校の実践〉 相互 作用 図4 M-GTAの分析から得られた結果図 【教職員の授業観】が<バラバラな授業観>から、児童が<価値の多面性>に気付き<自己を見つめ る>授業に収斂し、教職員が<授業のおもしろさ>を感じるようになった。それは、<道徳の見識>と <率先垂範>を行う【資質・能力】をもつ推進教師が、<通信による理解促進>と<自由な発言を保障 した授業>の【取組】を相互作用的に行うとともに、<飛び込み授業>や<他校の実践>などの【実践 を比較する場】があったことが要因であった。 図5 M-GTAの分析から得られたストーリーライン
2013年、191-203頁 7 大藏純子・柳沼良太「道徳教育推進教師による授 業サポートのあり方」『岐阜大学教育学部研究報告 人文科学』第62巻第1号、2013年、231-239頁 8 中村和彦「アクションリサーチとは何か?」『人間 関係研究』第7号、2008年、2-4頁 9 木下康仁『グラウンデッド・セオリー・アプロー チ-質的実証研究の再生』弘文堂、1999年 10 道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会 議「『特別の教科 道徳』の指導方法・評価等につ いて(報告)」2016年、別紙1 11 文部科学省「『道徳教育アーカイブ』専用サイト」 (https://doutoku.mext.go.jp/2018.11.23) 12 文部科学省「小学校学習指導要領解説 特別の教 科 道徳編」2017年、82-83頁 13 永田繁雄・島恒生編『道徳教育推進教師の役割と 実際』教育出版、2010年、21頁 14 文部科学省「小学校学習指導要領解説 特別の教 科 道徳編」2017年、2頁 15 文部科学省「小学校学習指導要領解説 特別の教 科 道徳編」2017年、113頁 16 赤堀博行「道徳教育におけるカリキュラム・マ ネジメントの基本的な考え方」『初等教育資料』 No.939、東洋館出版社、2016年、51-52頁 (北海道教育庁空知教育局)
A Research on Qualities and Competencies Expected of Teachers in Charge
of Moral Education Promotion, and How it Should Effectively be Promoted
ASABU Kota
Keywords:
Teachers in charge of moral education promotion, qualitative improvement of moral education class, qualities and competencies of promotion teachers, action research, M-GTA【Abstract】
This research clarifies qualities and competencies expected of teachers in charge of moral education promotion and its effective practices, by quantitatively examining effects of moral education promotion and analyzing influential factors in it.
For this purpose, the author, as a teacher in charge of moral education promotion, conducted an action research at a public elementary school.
As a result of promotive measures, qualitative improvements in moral education class were particularly observed and factors of the improvements were analyzed by M-GTA to clarify these three points: (1) teachers’ views of the class were not consistent at first, however, the class was forged to allow children to realize multifacedtedness of values and reflected on themselves. As a result, teachers found the class interesting. (2) The qualities and competencies expected of teachers include a certain level of “moral insight” and “the leadership to show their students moral examples.” (3) To promote moral education effectively, freedom of speech in class should be guaranteed, along with encouraging students’ understanding by moral publications, and moreover opportunities should be set up to have guest speakers and “observe practices of other schools for comparison.”