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災害・事故に起因する化学物質リスクの評価・管理手法

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【特集:日本リスク学会第33回年次大会 情報】

災害・事故に起因する化学物質リスクの評価・管理手法*

Application Methodologies of Risk Assessment and Management

for Unexpected Chemical Releases Triggered by Disasters and Accidents

伊藤 理彩**,東海 明宏**

Lisa ITO and Akihiro TOKAI

Abstract. In this organized session, four presentations were provided by the member of S-17, which was managed by the Environment Research and Technology Development Fund, ERCA. The first half of the presentation was relevant to the overall research framework and its key issue for the identification of unknown released chemicals. The second half of the presentation discussed case studies, including issues on the selection procedure for representative scenarios and substances; the evaluation of measures against risk, recovery, and resilient phases after a disaster; and comparative analysis among local government capacities. Here, we explored the risk assessment technologies related to the measurement, analysis, and evaluation of numerous data. We focused on the developmental application and also discussed the necessity and importance of devising various scenarios and formulating a detailed design of case studies for each disaster for social implementation.

Key Words: Rapid analysis, Water supply system, Chemical release risk, Risk management against Natech, Scenario analysis 1. 企画セッションの趣旨 本セッションで報告された研究課題は,いずれ も環境研究総合推進費S17「災害・事故に起因す る化学物質リスクの評価・管理手法の体系的構築 に関する研究」(代表:鈴木規之,研究期間: FY2018∼FY2022)の中で展開されている課題で ある。本課題は,自然災害によって突発的に流出 した化学物質が周囲に与える影響の評価,異常検 知,影響予測,情報把握,リスク評価,そして行 政対応の各側面において平常時から回復期におい て求められる課題を網羅し,災害・事故に伴う環 境リスクによる環境保全上の支障を最小化するた めのリスク評価と管理の化学的手法を構築するこ とを目指している(国立研究開発法人国立環境研 究所,2020)。 S17課題のサブテーマ1-(2)「災害・事故等のリ スク管理における対策オプションの評価に関する 研究」,2-(1)「災害・事故時の非定常環境汚染の異 常検知と影響予測に関する研究」,3-(3)「災害・事 故等で懸念される物質群のうち難揮発性物質に対 する新規網羅分析手法の開発」からの話題提供に より本セッションは構成された。個々のサブテー マで展開されている研究要素に有機的関連が設け られていくことで,想定する災害事象,リスク事 象の設定(情報基盤システム,シナリオ,物質類 型),環境動態解析(事前のリスク評価を目的と したモデル,オンタイムでの使用を目的とした迅 速予測モデル),ヒト健康リスク評価(非平常時 リスク学研究 30(3): 127–131 (2021)

Japanese Journal of Risk Analysis doi: 10.11447/jjra.SRA-0352

* 2020年12月17日受付,2021年1月12日受理

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の曝露),対策効果分析(貯蔵量予測,事前・時 中・事後の対策実装)という,リスク評価・管理 の枠組みを網羅することができる。 本セッションはこれらの背景を踏まえ,災害・ 事故に起因して発生しうる非平常な化学物質リス クに対する評価・管理の手法を議論し,今後の展 開を検討することを目的とした。 2. 研究報告 2.1 事故・災害で懸念される物質群のうち難揮 発性物質への新規網羅分析手法の開発(西 野貴裕・東京都環境科学研究所) 事故・災害時の化学物質漏洩が周辺環境にどれ ほどのインパクトを与えるのかを適切に把握する ためには,これまでにない分析側の技術開発が必 要となる。本発表では,懸念される物質のうち, 難揮発性物質に焦点が当てられ,高速液体クロマ トグラフ飛行時間型質量分析計(LC-QTOFMS)を 活用した非常時の対応力の強化にむけた測定技術 の進展の現状について解説が行われた。本分析手 法は多摩川のサンプルに適用され,疎水性から親 水性にわたる幅広い物質群に対応可能であること が実証された。 また,平常時の河川水中に含まれる化学物質の 組成が下水処理場からの排水のものと整合性が高 いこと,医薬品類や可塑剤といった生活由来の化 学物質の検出状況が目立つことが報告された。こ れらの物質を中心にデータベースを作成し,これ までの突発的な化学物質の流出事象において検出 された物質群との比較を行うことで,今後,非平 常時において漏洩が想定される物質情報の把握が 可能となる。 質疑においては,東京都では災害対応車を備え ていることから,平常時の適時の試料採取と網羅 的な分析技法を組み合わせることにより,災害・ 事故時の対応能力の強化につなげられるのではな いかとの議論が進められた。また,LC-QTOFMS は現在,大都市圏の研究所のみでしか所有されて いないが,本測定器を活用した分析技術の整備 や,マニュアル化が目指されていることも話題に 挙 が っ た。 す な わ ち 災 害 時 に 地 方 で も LC-QTOFMSを用いた迅速な分析を可能とするには, 平常時から本機器を所有している機関が,手法だ けでなく標準物質や内標準等の情報共有を行って いくことが大事であり,これらの積み重ねが災害 時の対応力強化につながるのではないかという議 論が行われた。一方で,抽出過程における固相の 使い分けや,固相への吸着が難しさ親水性物質の 前処理方法の難しさ,各処理の迅速化における課 題についても議論が行われた。 2.2 水系の化学物質汚染事故におけるリスク評 価とリスク管理(浅見真理・国立保健医療 科学院) 水質異常の影響を受けた水道事業者は年間100 件を超え,最近では利根川のホルムアルデヒド生 成能の一時的増加や過塩素酸の流出事故,浸水し た工場からシアン化ナトリウムが流出するなど化 学物質の流出関連の事故件数も増えている。 本発表では,現場における水質汚染事故の原因 把握の困難さの現況が解説されるとともに,汚染 源・物質情報の有無による事中・事後の対応の違 い,水道システム側からの対応の重層化の必要 性,さらに世界における自然災害起因の化学物質 事故事例 (WHO, 2018)を踏まえた水質事故時の対 応の現状と課題について,水道の隣接分野の状況 を織り交ぜながら解説が行われた。汚染物源情報 がない状況下で流出事故が起きた場合には,まず 汚染物質の迅速な特定が必要となるが,通常の検 査方法でピークを同定できる化学物質は,既存 データ数の約半数未満と少なく,物質同定自体が 困難であることについても指摘が行われた。 これらの問題を克服するために対象サンプルを 複数用意するなど,誤検知を防ぐ試みが行われて いることについても解説がなされた。また,毒性 発現量と耐容摂取量,曝露時間や対象人口の規模 といった各パラメーターの大小に応じて,crisis communication, consensus communication, case-based risk communication を設計していくことが,今後の 対応策を社会実装していく過程で不可欠であると の指摘がなされた。 質疑においては,水道システムの国民に対する 社会的機能として,清浄・豊富・低廉が課せられ る中で,健康リスク,そして給水停止のリスクを 如何に管理するかが焦点となった。また,基準値 を超える水質資源の合理的な活用を踏まえ,事故 時に亜急性参照用量を水質異常時の目安とする検 討を行っていることや,異臭味への対応策等につ いても議論がなされた。特に化学物質の曝露に対 してゼロリスクを期待する住民と,専門家や関係 者との間には大きなギャップがあるのではないか という点が話題となった。すなわち,事故に備え

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て予め十分なリスクコミュニケーションを実施し ていたとしても,実際に被害者になった場合や, 特にその被害者が限られた場合には,被害者側に 納得できない思いが強く生じるケースが発生する ことが考えられるとの指摘がなされた。 一方で企業側として,平常時から十分な事前対 策を取っている姿勢を示すことの重要性も大きい ことが述べられた。さらに水質判定におけるAI・ ディープラーニングの実装過程における難しさに ついても議論がなされた。 2.3 気候変動下での豪雨災害による化学物質流 出事故のリスク評価(平井宏明,他・大阪 大学大学院) 本発表では,地球温暖化のリスクとの重なりに おいて,降水量の極端事象がもたらす化学物質流 出事故のリスクの評価と対応策について,マルチ プルリスク評価の視点でケーススタディを行った 報告が行われた。 解析対象地には,将来,降水量が増えることに よって河川の氾濫のリスクが高くなる可能性が高 く,化学物質を取扱う事業所が多く立地する静岡 県の巴川流域が選定された。温室効果ガスの排出 シナリオとしては,2100年までの気温上昇幅が最 も高いシナリオ(最大4.8°C),RCP8.5 (IPCC, 2013) が採用され,極値統計学に基づき,50年確率降水 量 が 計 算され た。氾 濫 流 解 析 は iRIC Software (iRIC, 2020) を用いて非定常平面2次元流計算が 行われ,浸水時に事業所から化学物質の流出が起 きる確率は,Yang et al. (2020) のロジスティック 回帰式により算出された。対象化学物質には,平 成30年度の届出排出量・移動量が最も多く,水 生生物やヒトへの急性毒性が認められるトルエン が選択された。 対応策の検討としては,事業所の地盤高(保管 位置)を対策変数とした解析が行われた。結果と して,将来の気候モデルでは現在気候モデルと比 べて,浸水が始まる時間が約1時間早まり,浸水 深も約 0.3 m 高まる可能性が指摘された。また, 1 m地盤高を上げた場合では,対策を取らなかっ た場合に比べ,現在気候モデル,将来気候モデル でそれぞれ流出確率を約60%,約40%減少させ ることが可能となることが示唆された。 議論では,解析結果は降雨パターン(降雨強度 と降雨継続時間の組み合わせ)に依存すること, また治水事業には地域性が関連することが指摘さ れ,これらの状況を反映させた解析・評価が今後 必要となることが確認された。 2.4 土砂災害による産業施設からの化学物質流出 による影響の評価(森口暢人,他・大阪大学) 本発表では,自然災害起因の産業事故のうち, 比較的研究例が少ない土砂災害が起因となる事象 が取り上げられた。本研究では土砂災害を引き起 こ す 地 質 的 素 因 と, 降 雨 と い う 誘 因 に 加 え, PRTR事業所の地域的分布を与件として,土砂災 害に対して脆弱な事業所が選定された。 対象化学物質には,事業所内で貯蔵量が最も多 いと推測されるノルマルヘキサンが選択された。 事故により,大気中へ拡散した化学物質の濃度の 推算には,CAMEO-ALOHA Software の高密度ガ ス拡散モデル(2020)が用いられた。災害シナリ オとしては,急傾斜地の崩壊による化学物質貯蔵 タンクの転倒,タンク側面の破損,タンク付属配 管の破損という3ケースが考案された。また土砂 災害そのものを防ぐ手段として,コンクリート枠 工,法切りが,化学物質貯蔵施設からの漏えいを 抑制する手段として防油堤の設置が考えられた。 ヒト健康影響に基づくリスク指標としては, Acute Exposure Guideline Level(AEGL)が用いら れ,対策オプションの導入の有無で,化学物質が 拡散する範囲,ヒト健康影響がどのように変わる か解析が行われた。解析条件として,法切りによ る対策を導入していたケースでは,急傾斜地の崩 壊による流出事故そのものが起きないことが想定 された。結果として,流出事故が起きた場合で も, 防 油 堤 を 事 前 に 設 置 し て お く こ と で, AEGL-2(障害レベル)に該当する濃度が確認され たのは,事業所内のエリアにとどまり,隣接する 住宅地エリアへの化学物質の拡散を抑えることが できたことが報告された。 また費用便益分析の結果,最も効率的であった 対策は,コンクリート枠工の導入であった。この 対策の導入で,便益が費用を約 10億円上回る試 算結果が得られたことが示され,事前対策の優位 性が考察された。 議論として,一連の推算結果はシナリオに依存 することから,発災から対策導入にいたる各段階 で考慮すべき要因の不確実性の組み合わせを考慮 し,参照ケースの位置付けを行うことが重要であ ることが指摘された。また土砂災害対策について は,土地の所有者等の問題から施工主に関する問

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題が発生することなどが考えられると指摘され, 対策を現実的なものにするには考慮すべき課題が 多数ある点が議論された。今回の発表は大気経由 での化学物質曝露リスクがテーマであった。しか し,土砂災害による流出事故では,化学物質が土 壌に流出する可能性も高いため,それらのシナリ オも考慮した上での費用便益分析も行うことが望 ましいとの意見交換がなされた。 3. オーガナイザーとしてのまとめ 本企画セッションでは,ハザードの把握から, リスク評価に用いられる基礎データの測定・解 析・評価等の技術とその発展的応用に焦点をあて た議論を行うことができ,本セッションテーマの 意義を共有することができた。 平常時においては,災害・事故が起きるという 危機意識が低くなりがちである。よって,事前対 策が重要だと認識していても,そういった不確実 なものに対して,高額な対策資材を投入するとい うのは,特に予算の限られた中小事業者であれば ためらわれるところである。 企画セッションでは,今までの流出事故事例を 参照しつつ,今後事故が起きた場合に周辺環境・ ヒト健康へのリスクが高いと見積もられる化学物 質の種類と,それらの様々な流出シナリオが考え られることが議論された。これらの議論は,今後 対策を強化すべきポイントを絞り,企業へ対策の 実装を働きかけていく上で,そして周辺地域住民 とのリスクコミュニケーションの重要性を再確認 する上でも有意義であった。 また本セッションを通じ,各地方の測定業務実 施機関おいて,平常時から蓄積データの数を増や し,マニュアルや内標準等を機関ごとに共有する といった 平常時からの備え を着実に進めてい るという取り組みがなされていることが共有され た。これらの取り組みは非常時に生じるリスクに 対して,迅速かつ効率よく対処していくための体 系づくりに繋がると考えられる。 4. 災害・事故時のシナリオ設計の枠組みの必 要性 災害・事故時を扱うリスク評価においては,平 常時を想定したこれまでの調査・分析技術,評価 技術を,隣接分野との共同を通じて進めることが 必須である。一方で,成果の社会実装段階におい ては,関係者とのコミュニケーションを円滑に進 めていくために,evidence-basedであることが求 められる。この意味で「リスク評価」は,災害・ 事故時の「想定」を体系化しつつ,現場,災害・ 事故事象,先行研究成果に学び,検証しながらす すめるという,新たな研究領域を切り開くことに つながると考えている。 5. 社会実装にむけたケーススタディの詳細設計 個々の研究課題に対し,今後の進展を見据えた 技術的詳細事項に関する議論もなされた。以下 に,項目のみで列挙した。 ・ 現行の水道システムにおける事故対応が,災害 事故時に対象を拡張する上でひとつのひな型に なること。 ・ サンプリング,分析,水道システムを含めた環 境インフラ,生活・生産システムへのリスクの 波及シナリオを踏まえた,事前・事中・事後に おける対応能力の向上の具体的なシナリオの設 計,その社会実装にむけた机上演習の企画の重 要性。 ・ 現実に即したシナリオ,対策オプションを考案 するために,実地調査および企業へのヒアリン グを行いつつ,できるだけ事実データに基づい た費用便益分析を行っていくこと。 以上の諸点をプロジェクト構成メンバー間でも 共有かつ留意し,今後の研究推進に生かしていく 予定である。 謝辞 本セッションにおける研究は,(独)環境再生保全 機構の環境研究総合推進費(JPMEERF18S117021) により実施されました。 今年度の研究成果の集約を意識する時期(11 月) に,日本リスク学会年次大会の企画セッションと いう形で研究報告の機会を持たせていただいたこ とに感謝の意を示します。 環 境 研 究 総 合 推 進 費 S17 は 研 究 期 間 5 年 (FY2018∼FY2022)で展開しており,今年度は 3年目を経過する時点です。 今後の研究の参考となる貴重なコメントを会場 の参加者より頂けたことにつきまして,この場を 借りて御礼申し上げます。 参考文献

CAMEO-ALOHA (2020) ALOHA Software, https:// www.epa.gov/cameo/aloha-software (Access: 2020,

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Dec, 10)

Intergovernmental Panel on Climate Change (IPCC) (2013) The Fifth Assessment Report (AR5). IPCC. iRIC (2020) iRIC Software Changing River Science,

https://i-ric.org/ (Access: 2020, Dec, 9)

National Institute for Environmental Studies (2020) S17 Kenkyu Purojekuto no Kousei, http://www. nies.go.jp/res_project/s17/overview.html (Access: 2020, Dec, 9) (in Japanese)

国立研究開発法人国立環境研究所 (2020) S17研究

プロジェクトの構成,http://www.nies.go.jp/res_ project/s17/overview.html (アクセス日:2020 年 12月9日)

World Health Organization (WHO) (2018) Chemical releases caused by natural hazard events and disasters. Genève: WHO.

Yang, Y., Chen, G., and Reniers, G. (2020) Vulnerability assessment of atmospheric storage tanks to floods based on logistic regression, Reliability Engineering

参照

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