持続可能な社会を構築する市民の形成―EUとドイツ
の事例から―
著者
木戸 裕
雑誌名
教育思想
巻
44
ページ
87-109
発行年
2017-03-31
URL
http://hdl.handle.net/10097/00121499
持続可能な社会を構築する市民の形成
―EU とドイツの事例から― 木戸 裕(東洋大学大学院非常勤講師) はじめに 昨年(2016 年)5 月に開催された伊勢志摩サミットに先立って、日米欧主 要7 か国(G7)の教育相に EU、OECD の代表も含めた「G7 教育大臣会合」 が、岡山県倉敷市で開催された(5 月 13-15 日)。同会合では、世界が、貧 困、若者の失業、過激主義の台頭などに直面するなかで、それらを教育力に よって解決することを目指した「倉敷宣言」が採択された1。同会合では欧州 でのテロや難民流入といった危機を背景に、教育は国際問題であるという認 識で一致し、各国は共通の課題に、協力してその解決に取り組むことが強調 された2。同宣言に盛り込まれた主な提言は、以下のとおりである。 ・生命の尊重、自由、寛容、民主主義など共通の価値にもとづくシティズ ンシップ(市民精神)の育成 ・国により異なるさまざまな文化的、社会的、哲学的な背景を考慮した「客 観的根拠をベースとする教育政策」(Evidence-Based Education Policy) の推進 ・グローバルな視点から生徒を指導することができる教員の養成 ・包摂的かつ公平で持続可能な成長のための女児・女性のエンパワーメン トの促進 ・小・中学校段階からの国際交流、高等学校段階での交換留学プログラム の充実 ・開発途上国の教育環境の向上に向けた支援の強化 とりわけこの宣言のなかで「教育によって、基本的な価値観である生命の 尊重、自由、民主主義、多元的共存、寛容、法の支配、人権の尊重、社会的 包摂、無差別、ジェンダー間の平等を促進するとともにシティズンシップを 1 「倉敷宣言」の全文(原文:英語、日本語訳付)は、文部科学省のホームページで 閲覧できる。[http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/ 2016/06/17/1370953_2_3.pdf]以下の本稿におけるインターネット資料の最終アクセス 日は、2016 年 11 月 30 日である。 2 たとえば『読売新聞』2016.5.16, 5.27 の記事を参照。育成することは、極めて重要である」と謳われている点は注目される。 本稿では、こうした「G7 教育大臣会合」で掲げられた課題を念頭に、とり わけ「持続可能な社会の構築と市民の形成」という視点からヨーロッパ、と くにドイツにおける事例を中心に現代教育の課題についてみていくことにし たい3。 持続可能な社会とは、「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、 今日の世代のニーズを満たす」社会をいう4。市民とは「自由で、平等で、独 立して行動する個人」であり、市民社会とは「市民が主人公であり、相互に 交流しながら、社会のあり方を決定し、形成している社会」を意味する5。こ うした世代を超えて持続できる「市民社会」の構築のために、その構成者で ある市民を形成する教育を「シティズンシップ教育」(citizenship education) と呼ぶことにする6。 本稿では、持続可能な社会の構築をめざして、シティズンシップ教育の視 3 「持続可能な社会の構築」に関しては、2015 年 9 月の国連サミットで「持続可能な 開発のための2030 アジェンダ(2030 アジェンダ)」が採択されている。これは 2001 年に策定された「ミレニアム開発目標」(MDGs)の後継として、2016 年から 2030 年までの国際目標である。「2030 アジェンダ」の日本語訳(外務省仮訳)は、次の URL を参照。[http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000101402.pdf] 4 拙著『ドイツ統一・EU 統合とグローバリズム―教育の視点からみたその軌跡と課題』 東信堂, 2012, p.528.以下を参照。 5 広渡清吾「市民社会論の法律学的射程」『企業と法創造』6(3), 2010.2, pp.125-138. 6 ドイツの教育学者 G.ヒンメルマン教授(ブラウンシュヴァイク工科大学)によれば、 シティズンシップ教育は、人権教育、政治教育・市民の(civic)教育、政治制度・政 治体制の学習、道徳教育、社会学習、経済学習、異文化間学習、メディア教育、グ ローバル学習(国際政治)、環境教育、ヨーロッパ学習、責任・市民としての勇気 (Zivilcourage)、リーダーシップの学習、平和教育、法教育、価値教育等々、多彩な 内容が盛り込まれたものとされている。そしてこうした分野横断的な、総合的な学 習が最終的に目指すところは「民主主義の学習」(Demokratie- Lernen)であり、それ がシティズンシップ教育であるとされている。このようにシティズンシップ教育は 「民主的な市民形成のための教育」であり、内容的には、広い意味での政治教育 (Politische Bildung)として捉えられている。ここで言う政治教育は、単に、政治機 構、議会制度、選挙制度等々を学習するだけにとどまらない。社会のなかで青少年 は、どのようにして、アイデンティティを確立していくのか、また社会は、それに どのように関与していくべきか、そうした「民主主義社会における共同体の基礎と なり、社会に対し責在をもって行動できる、市民が主体の社会を形成する」、そうい う意味での政治教育が、ドイツでは目指されている(以上、G. Himmelmann, Zukunft,
点からどんな取組みが行われているかについて考えてみたい7。まずⅠでは、 EU(欧州連合)の教育計画と「EU 市民権」を取り上げ、そのなかでのアク ティブ・シティズンシップをもった市民の形成についてみていく。次にⅡで は、多文化主義と異文化間教育、歴史教育の実践なかで行われる市民の形成 について取り上げる。それは全体として、民主主義の学習であり、シティズ ンシップ教育をとおしての「持続可能な社会」の構築ということになろう8。 以下、トピックを掲げながらこれらの問題に言及したい。 Ⅰ EU の教育計画、アクティブ・シティズンシップと EU 市民権 1 EU の教育計画 <EU の教育を取り巻く状況> ヨーロッパの統合は、1951 年の欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)の創設から 始まった。ドイツ、フランスとその周辺の6 か国から出発したこの共同体は、 今やEU として 28 の加盟国を数えるに至っている。東西冷戦で分断されてい た戦後体制は終結し、これまでの国家の枠組みを超えた「超国家」という、 「ポスト国民国家」に向かって、ヨーロッパ全体が大きく動きつつある状況 が存在する。EU といういわばヨーロツパ・ネーションを母国とするヨーロ ッパ国民を念頭に置いて、そのなかで学位や職業資格の相互承認など、いろ いろな形で、教育における「ヨーロッパ次元」(european dimention)、すなわ ち、政策課題をヨーロッパというレベルで考えていこうという視点に立った さまざまな試みが企てられている9。
7 「欧州連合条約」(Treaty on European Union)では次のように規定されている。「持続
可能な発展の原則を考慮し、域内市場の実現、強固な結束及び環境保護の達成とい う文脈の中で、諸国民のために経済的及び社会的進歩を促進し、並びに経済統合の 進展が他の分野における並行した進歩を伴うことを確保するような政策を実施する ことを決定し、諸国の国民に共通する市民権を創設する」(前文)。「欧州連合は、平 和、安全、地球の持続可能な発展、諸国民の間における連帯及び相互尊重、自由か つ公正な貿易、貧困の根絶、人権とりわけ児童の権利の保護、並びに国際法の厳格 な遵守及び発展に寄与する」(第3 条 5)。訳文は岩沢雄司(編集代表)『国際条約集』 (2016 年版), 有斐閣, 2016. を参照。 8 注 6 に記したようにドイツでは、シティズンシップ教育は、言い換えれば民主主義 の学習であり、それは「政治教育」を意味しているということもできる。ドイツの 政治教育の詳細については、近藤孝弘『ドイツの政治教育―成熟した民主社会への 課題』岩波書店, 2005.を参照。 9 詳細は、前掲拙著, p.235 以下を参照。なお周知のように、英国は 2016 年 6 月の国民 投票でEU からの離脱を選択した。加盟国においても近年 EU に懐疑的な見方が目立
他方、ヨーロッパ統合から疎外された集団によってかもし出される問題も また同時進行的に噴出している。たとえばドイツには、トルコなどからの外 国人労働者、経済的移民、戦前ドイツ領であった旧東欧・ソ連からの旧ドイ ツ系住民の引揚者、また庇護を求める難民等々、さまざまなタイプの人々が 存在する。彼らのなかには、EU にも、国家にも、また地域にも、いずれに もアイデンティティをもてない人たちも数多く存在している現実も見逃せな いであろう。 そういう状況のなかで「ヨーロッパ市民」の育成を目指して、EU では、 多彩な取組みが積極的に行われている。またその取組みは、EU 加盟国の枠 組みを超え、ほとんどヨーロッパ全域を包括するまでに拡大している。 <「欧州 2020」と教育関連計画> 現在、EU の経済・社会政策の基本文書となっているのが「欧州 2020」(Europa 2020)である。これは 2010 年に欧州理事会(EU 加盟国の大統領、首相によ るサミット)で合意された10 年間をスパンに見据えた成長戦略で、そこでは 次の3 つのキーワードが掲げられている10。 ・知的な(Smart)成長:イノベーション、教育、デジタル社会(情報社会) ・持続可能な(Sustainable)成長:気候、エネルギー、モビリティ、競争 力 ・(社会全体を)包摂する(Inclusive)成長:雇用とスキルの拡大、貧困と の闘い この3 つの目標の達成に資するため、欧州委員会は「ET2020」という教育 (Education)と訓練(Training)に関する行動計画を策定している(図 1 を参 照)。 このなかで「公正」「社会的結束」「アクティブ・シティズンシップ」の促 進が謳われている点が注目される。 「欧州2020」にもとづく「ET2020」と並行して、高等教育については「ボ つようになった。そのような状況のなかで、ヨーロッパの統合と結束を念頭におい た「シティズンシップ教育」のもつ意義は改めて注目してよいのではないかと思わ れる。 10 2000 年からの「リスボン戦略」に引き続き、2010 年からは「欧州 2020」によりヨ ーロッパレベルでの包括的な経済社会政策が採られている。「欧州2020」とそれにも とづく「ET2020」に関しては、欧州委員会のホームページから次の URL を参照。 [http://ec.europa.eu/europe2020/index_en.htm][http://ec.europa.eu/education/policy/strategic -framework_en]
図 1:欧州 2020 と ET 2020
(出典)Lieve Van den Brande, European Commission, DG Education and Culture, The future
of learning. をもとに筆者作成 ローニャ・プロセス」、職業教育の領域では「コペンハーゲン・プロセス」と 呼ばれるヨーロッパ規模の大きな教育改革が進行している(図2 を参照)。 ボローニャ・プロセスは、ロシアやウクライナ等も含むヨーロッパ48 か国 が参加し、ヨーロッパの大学の間を自由に移動でき、どこの国の、どの大学 で学んでも共通の学位、資格を得られる「ヨーロツパ高等教育圏」(European
Higher Education Area)を構築することが目指されてる。
一方コペンハーゲン・プロセスは、職業教育・職業訓練の領域でのヨーロ ッパの一体化を進めようというものである11。 「ET2020」では、2020 年までに達成すべき具体的な数値が 5 つベンチマー クとして次のように掲げられている12。 ・4 歳から義務教育が始まるまでの子どもの 95%が就学前教育を受ける。 ・早期学校離学者13を10%以下とする。 11 ボローニャ・プロセス、コペンハーゲン・プロセスについては、前掲拙著 p.235.以 下を参照。
12 European Commission, Key Data on Education in Europe 2012, Education, Audiovisual and Culture Executive Agency, 2012, p.10.[http://eacea.ec.europa.eu/education/eurydice]
図 2:ET 2020・ボローニャ・プロセス・コペンハーゲン・プロセス (出典)筆者作成 ・ 読解力、数学、科学の下位成績者の割合(注:PISA の下位成績者の割合。 PISA では、得点が高いほうから低いほうへ「レベル6」から「レベル1」 までと「レベル1未満」の7段階に分類されている。このうちの「レベ ル1未満の者」と「レベル1の者」を指す。)を15%以下とする。 ・ 30-34 歳人口の少なくとも 40%は、高等教育に到達しているものとする。 ・ 成人(25-64 歳の就業者)の少なくとも 15%は、何らかの生涯学習に参 加しているものとする。 2 アクティブ・シティズンシップをもった市民の形成 次に「ET2020」で掲げられているアクティブ・シティズンシップについて みていこう。 う。なお、ヨーロッパでは成績が合格点に達しなければ、義務教育段階でも進級で きないのが一般的である。その結果、学校を卒業できないまま、学校を離れていく 生徒が少なくない(とくに移民の子女など)。このベンチマークは、そうした生徒の 割合を10%以下にしようというものである。
<キー・コンピテンス>
まずアクティブ・シティズンシップの基礎となるキー・コンピテンスとし
て、EU の文書では、次の 8 つの能力が挙げられている14。
(1)母語によるコミュニケーション(communication in the mother tongue) (2)外国語によるコミュニケーション(communication in foreign languages)
(3)数学のコンピテンス、科学・技術の基礎的なコンピテンス(mathematical
competence and basic competences in science and technology) (4)デジタル・コンピテンス(digital competence)
(5)学び方の学習(learning to learn)
(6)社会的・市民的コンピテンス(social and civic competences)
(7)自発性と企業家精神(sense of initiative and entrepreneurship) (8)文化的意識と表現(cultural awareness and expression)
<アクティブ・シティズンシップ>
こうしたキー・コンピテンスをベースにおいた「積極的な市民性」という
意味で、アクティブ・シティズンシップとは次のように定義されている15。
「相互の尊重と非暴力によって特徴づけられ、人権と民主主義にしたがい、市
民社会、コミュニティおよび/または政治に参加すること」(Participation in civil
society, community and/or political life, characterised by mutual respect and non-violence and in accordance with human rights and democracy)
アクティブ・シティズンシップの構成要素について、欧州委員会が作成し た資料では、次のように分類されている16。まずもっとも根底にある基本的 な価値として、人権、市民権、民主主義、多文化性が挙げられている。それ にもとづき、これら基本的な価値に関する知識とそれを基礎にした、寛容、 非暴力的行動の尊重という、態度としてのシティズンシップが、そして最後 に、行動的要素、つまり「価値を方向付ける関与としてのシティズンシップ」
14 Recommendation 2006/962/EC of the European Parliament and of the Council of 18. December 2006 on key competences for lifelong learning.
15 Bryony Hoskins, et al., Measuring Active Citizenship in Europe, 2006, p.10.
16 Study on Active Citizenship Education, DG Education and Culture, Final Report, 2007, p.68. EU のアクティブ・シティズンシップに関する邦語論文として、澤野由紀子「アクテ ィブ・シティズンシップとヨーロッパ」近藤孝弘編『統合ヨーロッパの市民性教育』 名古屋大学出版会, 2013, pp.41-56.が詳しい。
として、参加、技能(スキル)が唱えられている。 具体的には、アクティブ・シティズンシップの中身は、図3 にあるように 4つの要素から構成されている。 ・民主主義の価値:人権、異文化理解、民主主義 ・代表制民主主義:政党への参加、投票率、政治生活への女性の参加 ・プロテストと社会変革:プロテスト、労働組合への参加、環境団体への 参加、人権団体への参加 ・コミュニティ生活への参加:親/教員団体への参加、スポーツ団体への 参加、社会団体への参加、文化団体への参加、企業組織への参加、宗教 団体への参加、非組織的援助の提供 表1 は、図 3 の各要素を点数化して、ヨーロッパのどの国が、「アクティブ・ シティズンシップ」の達成度が高いかランキングにしたものである。これを 見るとノルウェー、スウェーデンといった北欧諸国が高くなっている。 図 3:アクティブ・シティズンシップの構成要素
(出典)Massimiliano Mascherini et.al., The characterization of Active Citizenship in Europe, 2009, p.12.
表 1:アクティブ・シティズンシップ複合指標によるランキング(調査国:19)
(出典)Bryony Hoskins, et al., MEASURING ACTIVE CITIZENSHIP IN EUROPE, 2006, p.24.
3 EU 市民権
<EU 基本権憲章と EU 市民権>
アクティブ・シティズンシップについて、「EU 市民権」(EU citizenship)と
いう観点からみると、その根拠となる重要文書は、2000 年に制定された欧州
連合基本権憲章(Charter of Fundamental Rights of the European Union)である17。
同憲章では、人間の尊厳、自由、民主主義、平等、司法、人権の尊重といっ た EU が共有する価値が謳われている。こうした価値をベースとした社会 的・経済的権利として、次のようなものが挙げられている18。 ・ストライキを行う権利 ・情報と協議に関する労働者の権利 ・家庭生活と職業生活を両立させる権利 ・EU 域内において医療・社会保障・社会扶助を受ける権利(例:欧州共 17 同憲章の翻訳・解説は、山口和人・岡久慶「翻訳・解説:欧州連合基本権憲章」国 立国会図書館調査及び立法考査局『外国の立法』211 号, 2002.2, pp.1-35.を参照。 18 以下の「EU 市民権」に関する記述は、駐日欧州連合代表部の公式ウェブマガジン から「欧州市民年とEU 市民権」を参照。[http://eumag.jp/feature/b0313/]。
通健康保険証) このほか、域内のどの国においても教育を受けられる権利、学位の相互認 証、オンラインショッピングでの消費者保護、域内と域外の間をEU 加盟国 籍の飛行機や列車で移動する乗客の権利、携帯電話の域内ローミング料金の 上限、安定的なエネルギー源を選択する権利についても定められている。 また2013 年は、欧州市民年であった19。そこで強調されたのは「EU 市民 権」の普及である。EU 市民権としては、①EU 域内を自由に移動し、居住す る権利、②欧州議会や居住国の市町村議会選挙に投票・立候補する権利、③ どの加盟国の外交・領事当局からも保護される権利、④欧州議会に請願を出 し、オンブズマンに苦情を申し立てる権利、などが挙げられている。こうし た「EU 市民の権利をどのくらい知っているか?」についてのアンケート調 査の結果が図4 である。 図 4:EU 市民の権利を知っていますか?
(注)「欧州市民イニシアチブ」(European Citizens’ Initiative=ECI)は、EU が権限をも
つ政策分野について、加盟国のうち7 か国以上から計 100 万人以上の署名が集ま れば、欧州委員会に対して立法を提案することができる制度である。 (出典)駐日欧州連合代表部資料から 19 なお、EU の世論調査(ユーロバロメーター、2013 年 2 月発表)によると、81%の 回答者が自国の国民であることに加え、EU 市民でもあるという認識をもっている。 その一方で、EU 市民権についてよく理解していると感じているのは、36%にすぎな い(注18 の公式ウェブマガジンを参照)。
Ⅱ 多文化主義・異文化間教育、歴史教育の視点からの市民の形成 1 多文化主義・異文化間教育の視点から <EU の外国人人口と移民生徒> ヨーロッパ各国の、全人口に占める外国人の割合を示したのが表2 である。 たとえばドイツで見ると、その割合は8.8%となっている。 図5 は、学校に通う移民の生徒がどの位いるかを各国ごとに第一世代、第 二世代に分けて一覧にしたものである。前述のように、ドイツに居住する外 国人は8.8%であるが、国籍は帰化した結果ドイツであっても、親は移民であ るといった「移民の背景をもつ生徒の割合」で見ると、第一世代5.9%、第二 世代11.7%というように、だいたい 5 人に 1 人は、移民の背景をもつ生徒と なっている。とくに都市部の特定の地域の学校では、生徒の大多数が移民出 身者という学校も珍しくない20。 <PISA の成績と教育の課題> 図6 は、OECD の「生徒の学習到達度調査」である PISA の結果を示した ものである。各国とも左から「移民を背景にもたない生徒」、「移民第2 世代」、 「移民第1 世代」の順に成績を比較したもので、「段階6」がもっとも高いレベ ルである。「移民を背景にもたないネイティブの生徒」と「移民の背景をもつ生 徒」の成績を比較すると、下位成績者は、「移民の背景をもつ生徒」が多いとい うことがわかる。 学力をめぐる問題のほか、教育の視点から見た課題をまとめてみると、次 のような課題が考えられる21。 (1)言語教育をめぐる問題 (2)アイデンティティに関わる問題 (3)法的な諸問題(就学義務、外国人学校の法的位置づけ、資格の相互認定 の問題、外国人教員の任用問題、宗教の自由と宗教教育) 言語教育に関しては、ドイツ語を母語とする生徒と母語としない生徒を一 緒に、統合して教育するやり方をとるのか、それとも両者を基本的に分離し て教育する方式をとるのかといった問題がある。 アイデンティティに関しては、ドイツのトルコ人生徒の場合、彼らが属す 20 たとえば移民生徒の割合は、ハンブルク 48.0%、ベルリン 42.9%といった具合に都 市 部 で は 半 数 近 く を 占 め て い る (Heimatforum:Dokumenterarchiv[http://www. heimatforum.de/]を参照)。 21 詳細は前掲拙著、p.495. 以下を参照。
表 2:全人口に占める外国人の割合
(出典)Commission of the European Communities, king document, Progress Towards the
Common European Objectives in Education and Training, Indicators and benchmarks 2010/2011, p.115.
図 5:移民の背景をもつ生徒の割合(15 歳の生徒全体に占める割合,2009 年) (出典)European Commission, Key Data on Education in Europe 2012, 2012, p.73.
図 6:OECD による学力調査の結果(読解力,2003 年) (出典) PISA 2003 Kurzzusammenfassung, S.7.
るのは西欧社会なのか、それとも親の出身国なのかといった、アイデンティ ティの危機・喪失の問題などが考えられよう。 法的な諸問題としては、たとえば就学義務について言えば、わが国におい ては、外国人子女は、希望すれば、教科書の無償給付といった日本人生徒と 同様の権利は保障されるが、就学義務はない。いっぽうドイツでは、外国人 子女に就学義務が課せられている。 そのほか、外国人学校がホスト国の小学校、中学校、高等学校と同等に法 的に位置づけられるかどうか、また外国人学校で取得した資格とホスト国の 学校で取得した資格の相互承認が可能かどうかなどが挙げられる。また公立 学校教員の場合、公務員としての国籍条項が適用されるかどうかといった問 題も考えられる。 宗教の自由をめぐる争点でいえば、たとえばイスラム教徒が着用するヒジ ャブ(スカーフ)を、イスラム教の伝統的な流儀にしたがって、イスラム系 の教員・生徒が学校でこれを着用することがよく話題になる。イスラム教徒 にとっては、これはまさしく信教の自由にかかわる問題であり、これを禁ず ることは生徒の表現の自由を侵害することにもなる。一方、学校当局の立場 に立てば、教員・生徒の行動が学校の正常な運営の妨げとなる場合には、こ れを看過するわけにはいかない。こうした事例ひとつをとっても、日々思い もよらぬ摩擦が形を変えて顕在化している。 <今後の課題と意義> 西欧の価値観で、西欧の価値観を有しない人々にどのように対応するのか。 そこで行われる教育が、受け入れ国の教育理念を否定するものであったとす る。それでも、多文化主義、異文化問教育の教育理念からすれば、そういう ものを容認しなければならないのか。西欧社会は、こうした課題を突き付け られていると言うこともできよう。 大きな流れで、外国人子女教育の概念についてまとめれば、1980 年代に入 り、外国人の「欠損を埋める」(欠陥を改善する)という考え方に立った「外 国 人 ・ 特 殊 教 育 学 」 (Ausländer-Sonderpädagogik ) か ら 、 「 異 文 化 間 教 育 」 (interkulturelle Bildung)、すなわち、外国人子女のみを対象とした教育では なく、教育制度のあらゆる領域の生徒を対象とする多文化共生教育として位 置付けられるようになったということができるであろう22。
22 連邦政治教育センター(Bundeszentrale für politische Bildung) のホームページに掲 載された次の論文を参照。Lisa Britz, Bildung und Integration, Von der Ausländer-
2 歴史教育の視点から 最後に歴史教育の視点から考えてみたい。 <罪責と責任> ドイツも日本も、第二次世界大戦でアメリカ、英国、フランス等の連合国 と戦い敗北し、占領された。両国とも、新憲法を制定し、戦争を引き起こし た国の在り方を根本的に反省し、改革することを課題として再出発した23。 戦争の責任をどう捉えるかについて、たとえばベルンハルト・シュリンク 教授は、「ホロコーストに対して、ドイツ人としてわれわれはどう向かい合う べ き か ? 」 と い う 問 い を 設 定 し 、 こ れ に 「 罪 責 」(Schuld ) と 「 責 任 」 (Verantwortung)という言葉を用いて次のように答えている。すなわち、罪 責は、戦争に加担した人、戦争犯罪者だけでなく、それを教唆した者、それ を幇助した人にある。さらにはそれを許した傍観者にも帰せられることがで きる。だが当時生まれてもいなかったドイツ人に対し、罪責を問うことはで きない。しかしシュリンク教授は、「ドイツ人が引き起こしたホロコーストに 対して、われわれは皆ドイツ人として、被害者、世界そして歴史に対して一 定の行為をなす〈責任〉を有する」と語っている24。 <ヴァイツゼッカー大統領の演説> こうしたドイツ人の「責任」について、ヴァイツゼッカー大統領がドイツ 連邦議会で行った「第二次世界大戦終結40 周年記念演説」(1985 年 5 月 8 日) がよく知られている。彼は次のように言っている25。 「今日の人口の大部分はあの当時子どもだったか、まだ生まれてもいません
pädagogik zur Interkulturellen Pädagogik[http://www.bpb.de/themen/TI50RA,5,0, Bildung_
und_Integration.html] 23 廣渡清吾『比較法社会論―日本とドイツを中心に―』放送大学教育振興会,2007, p.31. 24 廣渡前掲書, p.31.以下を参照。シュリンク(Bernhard Schlink)は、ベルリン・フン ボルト大学教授(公法・法哲学)で、作家でもある。「ドイツ人としての罪責と責任」 をテーマにした小説でもある『朗読者』(新潮文庫)などの作品で知られている。こ れを原作とした映画「愛を読む人」も評判になった。ベルンハルト・シュリンク著 岩 淵達治/藤倉孚子/中村昌子/岩井智子訳『過去の責任と現在の法―ドイツの場合』岩波 書店, 2005.も参照。 25 永井清彦編訳『ヴァイツゼッカ一大統領演説集』岩波書店, 1995, pp.10-11.
でした。この人たちは自分が手を下してはいない行為に対して自らの罪を告白 することはできません。 ドイツ人であるというだけの理由で、彼らが悔い改めの時に着る粗布の質素 な服を身にまとうのを期待することは、感情をもった人間にできることではあ りません。しかしながら先人は彼らに容易ならざる遺産を残したのであります。 罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりませ ん。全員が過去からの帰結に関り合っており、過去に対する責任を負わされて いるのであります。 心に刻みつづけることがなぜかくも重要であるかを理解するため、老幼たが いに助け合わねばなりません。また助け合えるのであります。 問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはあ りません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはま いりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となりま す。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやす いのです」。(斜体は筆者) <戦争の記憶と記念碑> ヴァイツゼッカー大統領のこの演説は、とりわけ「過去に目を閉ざす者は、 現在にも盲目となる」(Wer vor der Vergangenheit die Augen verschließt, wird blind für die Gegenwart.)という一節とともに、世界各国に大きな反響をもた らした。これに関連して言うとドイツでは、つねに「過去と向き合い、過去 を忘れない」ために、数多くの記念碑や記念館が建設されている26。 記念碑のことをドイツ語でMahnmal というが、これは、mahnen(警告する、 注意を促す、想起させる)という言葉から来ている。常に過去を想起し、二 度とホロコーストのようなことが起こらないように警告を発するという意味 をもっている27。 26 鈴木晶子著『教育文化論特論』放送大学教育振興会, 2011. p.98.以下を参照。 27 たとえば「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」(Denkmal für die
ermordeten Juden Europas)はベルリンのブランデンブルク門近くにあり、19,000 平方
メートルの敷地に2,711 の四角の石が並べられている。ポストモダンのユダヤ系アメ
リカ人であるピーター・アイゼンマン(Peter Eisenman)が設計し、地下にはホロコ ーストに関する情報センターがあり、ホロコースト犠牲者の氏名や資料などが展示
されている。そこには「名前の部屋」(Raum der Namen)と呼ばれるスペースがあり、
暗い室内のモニターに虐殺されたユダヤ人犠牲者の名前と略歴がつぎつぎと読み上
げられてゆく。その名前を全部読み上げるのには6 年 7 か月 27 日を要するとされて
い る 。 同 記 念 碑 運 営 財 団 の ホ ー ム ペ ー ジ を 参 照[http://www.holocaust-mahnmal.de/ startseite.html])。また、ユダヤ人虐殺を決定した「ヴァンゼー会議」が開かれた建物 は、「ヴァンゼー会議記念館」(Haus der Wannsee-Konferenz)として記念館であると
<ゲオルク・エッカート国際教科書研究所> ドイツでは、歴史教科書の記述をめぐって国際的な対話が行われている点 も注目される。その中心になっているのが、ブラウンシュヴァイクにあるゲ オルク・エッカート国際教科書研究所(Georg-Eckert-Institut für internationale Schulbuchforschung)である28。この研究所は、歴史学者のゲオルク・エッカ ート(Georg Eckert, 1912-1974)によって 1951 年に設立された。国際レベル で教材と教育方法などの研究を行っており、二国間会議を中心に改善作業を 継続している29。 <「歴史科」の出題例> 次に「歴史科」のアビトゥーア試験問題の出題例を紹介しよう。ドイツで は、わが国のような個々の大学ごとに行われる入学試験制度は、基本的に採 用されていない。ギムナジウム最後の2年間の成績と、ギムナジウム卒業時 に実施されるアビトゥーア試験の総合成績が一定のレベルに到達した者に対 し「大学入学資格」(アビトゥーア)が付与される仕組みがとられている30。 同時に教育施設にもなっていて、生徒たちを集めて、ワークショップなども開かれ ている。同記念館のホームページを参照[http://www.ghwk.de/])。 28 教科書改善の活動等、同研究所のホームページを参照。[http://www.gei.de/home.html] 29 同研究所の教科書改善事業でよく知られているのが、教科書の記述をめぐる「ポー ランドとの国際的対話」である。たとえば、戦後ポーランド領となった旧ドイツ領 から「ドイツ人は〈追放〉(Vertreibung)されたのか、それとも単に〈移動〉(Umsiedlung) していったのか」が問題となった。ドイツは前者、ポーランドは後者の立場をとっ た。これに対し、両国の学者の話し合いにより、「自主的に移動した者もいたが、強 制的に移動を余儀なくされた」とするといった具合に、両国の間で教科書対話が重 ねられてきた。こうした対話の詳細は、近藤孝弘『国際歴史教科書対話:ヨーロッ パにおける「過去」の再編』中央公論社,1998.同『ドイツ現代史と国際教科書改 善:ポスト国民国家の歴史意識』名古屋大学出版会,1993.を参照。また藤沢法暎『ド イツ人の歴史意識:教科書にみる戦争責任論』亜紀書房,1986.も同研究所の活動につ いて詳しく論じている。 30 アビトゥーア試験に関する詳細は、以下の拙稿を参照。「ドイツの大学入学制度改革 ―グローバルな視点から―」『比較教育学研究』第53 号,2016.7. pp.14-27.;「ヨーロ ッパにおける大学入学制度をめぐる諸問題と今後の展望―ドイツの状況を中心にし て―」平成27 年度高崎経済大学特別調査研究成果報告書『日本語リテラシーと大学 教育』(研究代表者:名和賢美)2016.3, pp.33-73.;「ドイツにおける大学準備教育― ギムナジウム上級段階とアビトゥーア試験の実際」平成26 年度高崎経済大学研究奨 励費成果報告書『日本語リテラシーと初年次教育』(研究代表者:名和賢美)2015.3, pp.133-176.
この資格を取得した者は、大学入試を経ることなく、原則としてドイツ国内 のどの大学、どの学部にも入学する権利をもつことができるという考え方が 採用されている。この点が、ドイツの大学入学制度のもっとも大きな特色と なっている。アビトゥーア試験は州ごとに、州の統一試験として行われてい る。 また出題にあたっては、いわゆるマルチプルチョイス方式によらず、いず れも長時間にわたって相当高度の思考力を必要とする論文試験の形式がとら れているという点もドイツの特色である。長時間かけてあるテーマについて 論述するといった形式の問題が出題される。 ここではバイエルン州で出題された「歴史科」の問題を紹介したい31。以 下の問題は同州の2007 年のアビトゥーア試験で出題されたものである(表 3 を参照)。この年の「歴史科」の問題は、次の3 つのテーマから出題された。 (1)近代国家への途上にあるバイエルン:ドイツ帝国の成立とそのヨーロッ パにおける意味、(2)ナチ政権下のドイツ:ナチのプロパガンダとユダヤ人 の日記、(3)ナチ政権下のドイツ:国際政治と第二次世界大戦。このうち(3) が以下の問題である。受験生は、(1)から(3)のなかから 1 題を選択する。 解答時間は、210 分間である。 なおバイエルン州に限らず、アビトゥーア試験の「歴史科」の問題は、い ずれの州でも近・現代史から出題される。また「ドイツ史」、「世界史」とい った区分はない。 31 歴史科の別の出題例として、拙稿「ドイツの高大接続―大学入試はない」『大学マネ ジメント』Vol.12, No.9, 2016.12., pp.46-50.を参照。この拙稿では「ホロコースト―そ の実行者の動機」と題してザクセン・アンハルト州で出題された問題を紹介した。 その問題文は「ゴールドハーゲンは、〈ドイツ人の反ユダヤ主義の悪意ある形態が、 その実行者たちに、ユダヤ人の撲滅にすすんで関与するのに必要な動機を与えてい る〉というテーゼを提示しているが、このテーゼについて論述しなさい」となって いる。なお、ゴールドハーゲンは1959 年生まれのアメリカの歴史学者で、彼の著書 『ヒトラーの自発的死刑執行人:普通のドイツ人とホロコースト』(1996 年)は、出 版とともに大きな反響をドイツ国内で巻き起こした。なお、アビトゥーア試験の出 題に関しては、文部大臣会議(注:ドイツは連邦制国家であり州ごとに文部省が置 かれている。連邦全体に関わる事柄は文部大臣会議で協議される)により、試験教 科ごとに「アビトゥーア試験の統一的試験基準」(EPA)が策定されている。ただし EPA に法的拘束力はない。またドイツ語、数学、英語、フランス語に関しては、連 邦全体に共通する「一般大学入学資格に関する教育スタンダード」が定められてい るが、歴史科に関しては作成されていない。
表 3:アビトゥーア「歴史科」の問題から(バイエルン州:2007 年) 設問 配点 1. 1.1 ビラ(問題文)にもとづいて「白バラ」の抵抗運動の目的と動機について 説明しなさい! 1.2 ナチ政権に対する抵抗の別の事例を「白バラ」と比較することにより、抵 抗の種々の形態について示しなさい! 2. 東ヨーロッパと西ヨーロッパにおけるドイツの占領政策の共通性と相違に ついてその特徴を明らかにしなさい! 3. ポツダム協定にもとづいた脱ナチ化の目的とアメリカ合衆国とソ連による 協定の実行についてその特徴を浮かび上がらせなさい! 4. 「ただ決定的かつ明瞭に強調さるべき一事は、各個人には全体の福祉のみ ならず、個人の自由を確保するごとき有用にして公正なる国家を要求する 権利があることである。」 1933年以前あるいは1945年以後のドイツ史の中からひとつの例を挙げ、国 家が今日の視点からどの程度こうした要求を満足させているかについて検 証しなさい! 次の例の中から1つを選択しなさい。ドイツ帝国、ワイマ ール共和国、ドイツ連邦共和国、ドイツ民主共和国。 (18) (12) (14) (16) (問題文) 「民の福祉は至上の法である」 すべての理想的国家形態は夢想郷であろう。一国家は純粋理論では構成されえず、 個人同様に発育し成熟せねばならぬ。されど忘るべからざることは、各文化の創生期 には、ただ国家の前形態のみが現存していた事実である。家族は人間そのものと同じ く古い。しかして、この原始共同体から理性的動物なる人間は、国家を創造したので あった。その根底は正義であり、その最高の法は全員の福祉たるべきものである。国 家は神的秩序の似姿を表現すべきであり、あらゆる夢想郷の最高のものであり、神の 国こそは、国家が終局的に接近すべき典型である。われわれはここで民主制・立憲君 主制・王制など、種々可能な国家形態につき判断することは避けたい。ただ決定的か つ明瞭に強調さるべき一事は、各個人には全体の福祉のみならず、個人の事由を確保 するごとき有用にして公正なる国家を要求する権利があることである。人間は神意に 従い、国家共同体とともに生き、ともに働きつつも自由かつ独立に、おのれの生得の 目標、おのれの地上的幸福を、自立と自働のうちに到達すべく努めるようにできてい るからにほかならない。 われわれの現在の「国家」は、さりながら悪の独裁制なのである。「それはすでに 久しく周知のことだ」と君が異議をとなえるのが聞こえる、「だから、今さらそれを むしかえし講釈される必要はない」。だが君に問おう、諸君がそれを知っているなら ば、なぜ諸君は動こうとはしないのか、なぜ諸君は忍従して、これら暴力行使者が歩
一歩と陰に陽に諸君の権利領域を奪いとり、ついにある日何物も、まさしく機械化せ る一国家企業以外の何物も残らず、犯罪者と泥酔者に命令されるのみとなるのを待っ ているのか? 諸君の精神はすでにかくも暴行に屈し、ために諸君はこの組織を除去す ることが、権利のみならず道義的義務たることを忘れるにいたったのか? されど一 個の人間がおのれの権利を要求すべく力をふるおうとしないときは、絶対の必然性に 従い没落するさだめである。われわれは風前の塵芥のごとく全世界にまき散らされる に値するであろう、もしわれわれがこのゼロ時間に奮起し、爾来見失われていた勇気 をついに噴発せしめぬとするならば。諸君の怯惰を賢明の外衣に包むことをやめよ。 なぜなら、日一日と諸君がいまだ遅疑して、これら地獄の落とし子たちに抵抗するこ とを怠る間に、諸君の罪は放物線をなして高く、いよいよ高く天を衝くのである。 (以下略) (訳注)問題文は、約半分のみ訳文を掲げ、以下省略した。満点は60 点である。
(出典)Abitur 2008, Geschichte Grundkurs Gymnasium Bayern, STARK
訳文は、インゲ・ショル著,内垣啓一訳『白バラは散らず―ドイツの良心 シ ョル兄妹』未来社,1955,pp.128-133.に拠る。 <歴史教育の意義> 歴史教育は、たしかに自分の出身国への帰属意識を高めることを目的とし ている。国との一体感、愛国心を醸成するものであり、その国の人間として のアイデンティティを育成することを目指すものである。しかし同時に、戦 後ドイツの歴史教育が求めてきたのは、①歴史を多角的、多面的に把握する こと(正解はひとつではない)32、②同じ歴史的な出来事でも、立場が異な れば全く違った意味づけがなされることを知ること(自分とは異なる歴史の 見方も有り得ることを体験的に学習する)、③自分とは異なる人間がいること、 自分とは異なる考え方も有り得ることを理解しようとする態度を養うこと (異なるもの、他なるものに対する開かれた態度を養う。複眼的なものの見 方を学ぶ。異なる歴史認識を許容する)である33。 32 アビトゥーア試験の各問題には、採点者のために「採点上の手引き」(Hinweise zur
Korrektur und Bewertung der Abiturprüfungsarbeiten)が作成されている。しかし、採点
上の手引きは、「あくまでひとつの解答可能性である。生徒の答案が、設問の趣旨に かなっており、客観的にみてそれがしかるべき妥当性をもっているならば、別の解 答も当然認められる」とされている。たとえば前掲拙稿「ドイツにおける大学準備 教育」p.171 を参照。 33 こうしたドイツの歴史教育の意義については、藤沢法暎前掲『ドイツ人の歴史意識』 に詳しい。なおドイツの歴史教育は、政治教育と表裏一体をなしているとも捉えら れよう。ドイツの政治教育の 3 原則として知られる「ボイテルスバッハ・コンセン サス」(Beutelsbacher Konsens)では、次のように言われている。①生徒を期待される 見解でもって圧倒し、その判断の獲得を妨害することがあってはならない。②学問 的、政治的に論争のある事柄は、論争があるものとして取り扱われなければならな
それは、戦争を知らなくても戦争とはどんなものなのか、歴史的想像力を 養うということでもある。ドイツにとって、「戦争の責任をどう考えるか?」 は、歴史の学習の出発点であり到達点でもあるといえるかもしれない34。 おわりに 科学技術の発達による高度情報化社会の到来、知識基盤型経済への移行な どを背景に、世界は急速にグローバル化を進展させている。ヒト、モノ、カ ネ、情報が国境を超えて移動するなかで、教育の領域においても、国際機関 によるさまざまな協定の採択、批准などを通して、グローバルスタンダード の開発が進められている。こうした「共通化」への流れと並行して、さまざ まな文化、異なる考え方を容認し、異質なものとの共存を目指した「多様性」 を尊重する教育も推進されている。 人間としての普遍的な共通性を前提としつつ、文化の違いによる人間の個 別性、特性を生かす道はどこに見出されるのか、これが現代教育に課せられ たもっとも大きな問題のひとつと言えよう。世界の潮流を見るならば、グロ ーバリゼーションが進むなかで、新自由主義的な市場経済の考え方が、教育 改革の方向性にも大きな影響を与えている。そのなかでヨーロッパでは、こ れまで見てきたように統合へ向けたさまざまな試みが教育面でも行われてい る。同時に日々の教育現実は、西欧的な価値観と非西欧のそれとの葛藤、緊張 い(多様な論点とオルタナティブな選択肢への言及がなされなければならない)。③ 生徒が自らの関心・利害に基づいて所与の政治状況に影響を与える手段と方法を追 求できる能力の獲得が促されなければならない。こうした政治教育についてのコン センサスは、歴史教育の意義にも反映されているように思われる。また「政治的、 社会的問題に対して批判的に取り組み」、「民主主義的な意識を確固たるものとし、 政治に参加する用意を強化する」ことを目的として設立された連邦政治教育センタ ー(Bundeszentrale für politische Bildung)も、こうした視点からさまざまな活動を行 っている。以上、近藤孝弘前掲『ドイツの政治教育』,p.46. 以下を参照。同センタ ーのホームページも参照[https://www.bpb.de/]。EU で言えば、「ヨーロッパ市民」の育 成を目指した多彩なプログラムが実施されているが、そのなかでとくに、歴史を直 視し、その意味をヨーロッパという視点で議論することが重視されている。欧州委 員会の次のサイトを参照。[http://ec.europa.eu/ citizenship/europe-for-citizens-programme/ index_de.htm] 34 この点について、藤沢法暎『ヒトラーの教科書』亜紀書房,1994. が示唆に富む。 また増渕幸男『ナチズムと教育―ナチス教育政策の「原風景」』東信堂,2004.の第 4 章「戦後ドイツの歴史意識とナチス教育への反省」が多くの問題を提起している。 對馬辰雄『ナチズム・抵抗運動・戦後教育―「過去の克服」の原風景』も貴重な情 報を提供してくれる。
をつねにはらみつつ重層的に展開されている。 教育とは、他者との出会いによる自己の変容であるということができよう。 人と人とが出会う、出会うことでお互いに影響を及ぼしあい、変容していく。 その過程が広い意味での教育としてとらえられるであろう。異なるものとの 出会いにより、自己を相対化する。自己を相対化できてはじめて、自分とは 何かを自覚し、自己のアイデンティティを確認することができる35。異なる 文化と出会うことにより、自分の眼の前の世界を、別の眼で見る眼を養う。 そうすることで、相互の文化の間の共通性、相違性を理解し、他者と協働し て思考することが可能となる。またそこから異なるものの見方に対する寛容 性も生まれてくるのではあるまいか36。 以上見てきたようなさまざまな試行、プロセスを通して、「はじめに」で述 べた「生命の尊重、自由、寛容、民主主義など共通の価値にもとづくシティ ズンシップ(市民精神)」をもった市民が形成され、それが「持続可能な社会 の構築」へとつながっていくのではあるまいか。 35 加藤周一が森鷗外について語った次の言葉は興味深い。「西洋の文化的伝統を、最も 深く理解したものは、同時に日本の文化的伝統に最も深く根ざしているものであっ た。相手の理解は、もしその理解が、同時におのれ自身の自覚を深めるという逆説 的な意味を持たないものであるとすれば、創造的な力の源とはなり得ない。おのれ のなかに克服すべきものを多く持てば持つほど、自己否定の必要が大きければ大き いほど、相手からの影響は直に影響としておのれのものとなる。おのれの閉じた意 識を打ち破り、そのようなものとしての自己を否定することによってしか、普遍的 な精神は得られない。また、普遍的な精神を得た後にしか、おのれ自身の真の自覚 は成り立たない。一般に自覚は、そのような逆説的過程によってはじめて成り立つ ものである。自己とは、常に自己否定の後に再発見される何ものかである。(中略) 一国の文化的伝統は、もしそれが創造的な力を持っているとすれば、外国の文化に よる自己否定と、更に普遍的な見地からの自己の再発見とを繰り返し、その過程の なかで、豊かになって行く」。加藤周一「鷗外と洋学」『加藤周一著作集』第 6 巻, 平凡社,pp.169-170. 36 外国の教育システムと比較することで、自国の教育システムをいったん相対化して みる。そこから見えてくる自国の教育の特徴を考察し、その上でそれを実りあるも のにしていく。外国の教育制度を知ることは、自国の教育をより豊かなものにする ためのひとつの方法論である。こうした視点で書かれた江原武一・南部広孝編著『現 代教育改革論:世界の動向と日本のゆくえ』放送大学教育振興会,2011.を参照。ま た、鈴木晶子前掲『教育文化論特論』は、人と人とが出会い相互に変容を遂げてい く場を糸口として、教育文化という事象に迫った興味深いアプローチの書物である。
[付記]本稿は、東京家政大学免許状更新講習(2016 年 8 月 16・17 日)で 行った「世界の教育動向とわが国の教育施策」の講義内容をもとに加筆し、 注釈を施したものである。貴重な機会を与えていただいた東京家政大学・走 井洋一教授に謝意を表したい。