水への権利・序説
著者
中島 徹
雑誌名
法学
巻
83
号
3
ページ
101-123
発行年
2020-01-28
URL
http://hdl.handle.net/10097/00127064
1. 水道のА民間化Б
水は,空気とともに,人間にとって必要不可欠な物質である(1)。目下のと ころ,何人も否定できないこの事実を背景に,水は誰もが等しく享受できる べきだと説かれる。それゆえか,水道事業を民間事業者に委ねることには, 日本のみならず世界各国で拒否反応が少なくない(2)。水の供給を民間事業者 に委ね,投資対象として利潤追求の手段にすることを許せば,支払い能力に 応じて水の入手に困難をきたす者を生む可能性があることなどが,その主た る理由である。 とはいえ,水を平等に享受することと,民間事業者に水道事業の運営を委 ねることが,当然に矛盾するわけではない。もとより,仮に経済力の差が水 の入手と直結すれば,民営化に対する拒否反応が生まれるであろうことは容 易に想像できる。これは,水の供給がАすべての人のために提供されるサー ビス。特に,地域・所得などに関わらず,均等に受けられるサービスБ(大 辞林第四版(2019 年)三省堂)という意味でユニバーサル・サービスであると 論 説水への権利・序説
中 島 徹
(1) もとより,食料も生命の維持に欠かすことができないが,飢餓の存在にもかか わらず,水や空気ほどには平等な享受は説かれない。これは,なぜだろうか。 ちなみに,食料 1 キロカロリー分を生産するために,水約 1 リットルが必要と される。仮に一人当たり一日 3000 キロカロリーを摂取するとすると,水約 3000 リットルが必要となる。 (2) 日本の例でいえば,水道事業の民営化にА賛成Б26%,А反対Б55%(朝日新 聞 2018 年 12 月 18 日)考えられてきたからである(3)。ちなみに,2014 年制定の水循環基本法は, 水をА国民共有の貴重な財産Бと位置づけたが,そこにユニバーサル・サー ビスとして水道事業が維持されるべきだとの趣旨を読みとることもできなく はない。 しかしながら,こうした位置づけは,事業を維持する方法や主体を一義的 に指示しているわけではないし,場合によっては民営化を促す根拠にすらな りうる。実際,2018 年 12 月 6 日に成立し,同 12 日に公布された水道法の 一部を改正する法律(4)は,А人口減少に伴う水の需要の減少,水道施設の老 朽化,深刻化する人材不足等の水道の直面する課題に対応し,水道の基盤の 強化を図るБ(5)べく,自治体が水道施設の所有権を保有したまま水道事業の 運営権を民間企業に売却するか,長期間にわたって民間事業者に付与する方 式を導入した。ちなみにこれは,一般にコンセッション方式を導入したもの といわれるが,法文にその旨は明記されておらず,コンセッション方式と同 定してよいかどうかは,後述するように検討の余地がある。いずれにせよ А国民共有の貴重な財産Бを維持するためには,民営化が必要だというので ある。 ちなみに,民営化のうち,浄水場の管理や水道使用量の検針,料金徴収等 の業務の民間委託は改正以前から行われていたが,2018 年改正は,水道事 業の経営など全業務を民間事業者に行わせることを認めた点で,個別業務の 民間委託とは次元を異にする。その意味で,日本の水道事業は新たな局面を 迎えた。以下,本稿では民営化を改正水道法上の水道事業の運営権の売却や (3) 本稿は,主として日本における水問題を題材とするが,注 1)で指摘したよう に,水問題は食料生産ともかかわる点で,実はグローバルな分配問題である。 (4) 2019 年 10 月 1 日施行。 (5) 厚生労働省А水道法の改正についてБhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisaku nitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suido/suishitsu/index_00001.html 最終確認 2019 年 11 月 5 日。
長期間にわたる付与の意味で用いる。本稿が主に検討対象とするのは,この 意味での民営化である。以下では,民間委託の意味におけるА民営化Бと区 別するために,改正水道法における民営化を便宜的にА民間化Бと言い換え て検討対象とする。
2. 水道事業におけるА公営БとА民営Б
今回のА民間化Бが法改正以前の水道事業のありようとА次元を異にす るБのは,改正以前には水道事業の運営権は,主に地方自治体に委ねられて きた(地方公営事業)からである。もっとも,日本における水道事業が一貫 してА公営Бで行われてきたわけではない。1887(明 20)年に日本で最初に 導水管に鋳鉄管を使用したいわゆる近代水道(6)を完成させた横浜水道は公営 であったが,これは木樋を導水管とする旧水道の民間事業が経営難に陥 り(7),それを神奈川県が引き継いだ結果である(8)。 (6) 開国に伴う内外人からの水需要の増大にもかかわらず,横浜の上下水道は整備 が遅れ,江戸時代から使用してきた簡易な水道の汚染に起因する伝染病の発生 もあって,新たな水道建設が求められていた(A.T.C. ヘールツА横浜の飲 料水の現状とその改善の必要性Б(樋口次郎編訳・横浜開港資料館㈶横浜水道 関係資料集一八六二∼九七㈵,横浜開港資料館,1987 年 30 頁以下)。ところ が,本文掲記の財政事情から,民間業者が巨額の費用がかかる近代水道ではな く木樋による旧水道を事業化したものの経営破綻し,1877 年に神奈川県が経 営権を引き継いだ。しかし,施工上の難点もあって良水の供給が困難で 1877 年と 1883 年にはコレラの大流行を招くなどしたため(堀江勝巳А横濱水道ト 急速濾過設備Б(水道研究会,1930 年)2 頁以下),いわゆる近代水道が新たに 建設された。この間の事情について,横浜の近代水道の建設に貢献した H. S. パーマーに関する樋口次郎㈶祖父パーマーЁ横浜・近代水道の創設者㈵(有隣 堂,1998 年)参照。 (7) 横浜市水道局編㈶横浜水道百年の歩み㈵(横浜市水道局,1987 年)19 頁。 (8) 同上 26 頁。なお,А政府の水道事業に対する考えは,まず私営公益事業をスタ ートさせ,その後に経営実態をみて,民営か公営かを選択すればよいとの意向 がうかがえБ,А政府も水道事業の事業主体は,……最後の最後まで民営方式に 固執し,容易に公営独占方式にはならなかったБとして,А民営公益事業の公 営化Бと説明する見解(高寄昇三㈶近代日本公営水道成立史㈵,日本経済評論そもそも市町村制施行以前の地方団体には地方債発行権等の財源を捻出す る手段がなく,また国の関心も水道建設よりは鉄道建設に向けられていた等 の事情があったために,水道建設に国の補助金が支出されることを期待でき なかった(9)。そうした諸事情から,巨額の建設費用を必要とする近代水道は いうに及ばず,それに比べれば安価な建設費ですむ旧水道ですら,公営とい う選択肢は,当時の神奈川県にはなかったのである(10)。その点で横浜水道 は,民営化の是非が問われる現在の文脈の下で前提とされるА公営Бを選択 して事業化されたものではなかった(11)。 他方,事業計画はあったものの,結果的には横浜に 10 年以上遅れて近代 水道を完成させた(1898(明 31)年)東京市では,一方で横浜や函館,長崎 等の先行する事業状況を踏まえ,他方で水道条例(明治 23 年 2 月 12 日法律第 9 号)が市町村の公費による水道を建設すべき旨を定めたこともあって,当 初から公営であった。しかし,А公営БとА民営Бの間を揺れ動いた横浜近 代水道からわずか数年後に,水道条例はなぜА公営Бを選択したのか。以下 では,今日まで続いてきた日本におけるА公営Бが,その出発点において有 していた意味を,本稿主題との関係で必要な限りで確認しておきたい。
3. 水道条例におけるА公営Б
水道条例 2 条は,А水道ハ市町村其公費ヲ以テスルニ非サレハ之ヲ布設ス ルコトヲ得スБ(12)(圏点筆者)と定め,文言上は民営を排除していない(13)。 社,2003 年 15,17 頁)がある。しかし,この時点では,公営か民営かは主と して財政的観点からの選択であり,水道をА公益事業Бとする視点があったか どうかЁそこでのА公益Бの意味も含めてЁは,検討の余地がある。この点 は,すぐ後で検討する。 (9) 高寄,同上 2 頁以下。 (10) 日本水道協会㈶日本水道史㈵(日本水道協会,1967 年)147 頁。 (11) 民間による起業はА政府財源節約の便宜的手段Б(高寄,注 8 書 7 頁)という 評価がある。しかし,明治期において水道事業をА公営БとА民営Бのいずれで行うか は,上記のように,水道施設の建設費を誰が負担することができるかという 問題と裏腹の関係にあった。これを逆にいえば,仮にА公費ヲ以テ……布 設Б(=公設)する以上,経営も公的機関が行うのは当然であり,公費で水道 建設を行った後に経営を民間に任せるという意味での公設民営という発想 は,その時点では基本的になかったといってよい(14)。そうした背景を踏ま えれば,同条を市町村による水道事業の独占を定めた規定と解する余地はあ る(15)。しかし,そうであるとしたら,なぜ市町村に水道事業を独占させた のか,その目的は何であったのか。明治時代における選択が今日でも維持さ れるべきかどうかはともかく,ごく最近まで続いてきた地方公営事業の発足 時において何が議論されていたのか。 水道条例の制定に際しては,水道条例を制定すべきかどうかと,水道事業 を公営と民営のいずれで行うかをめぐって,水道条例案を作成した内務省と 法制局の間で論争があった(16)。内務省が水道条例を提案した理由は,市町 村制が成立したことを受けて,А水道事業は市町村の公共の事業に属するこ (12) Dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/787979/22 最終確認 2019 年 11 月 5 日。 (13) 当時は水道建設が必要であったから,それも含めてА公営БかА民営Бかが問 われている。その点では,本稿冒頭で指摘した現在のА民営化Б(本稿でいう А民間化Б)におけるコンセッション方式(=運営権の売却)とは意味が異な る。 (14) 当時存在したのは,これとは逆の“民設公営”であった。注 8 参照。 (15) 高寄は,同条をА市町村経営独占主義を明言したБ(注 8 書 97 頁)とするが, 文言上は必ずしもそのように読めるわけではない。 (16) 水道条例を制定すべきかどうかと,水道事業を公営で行うか民営で行うかは, 次元を異にする問題であるが,法制局は条例不要の立場に立ちつつ,条例を制 定するのであれば公営でなければならないという立場を取り,条例制定を提案 した内務省は原則公営としつつ,財政上の観点から民営の余地を残す案を作成 した。それを専門家集団の視点から検討した法制局は,主として法の規律対象 をめぐる形式論の観点から内務省案を批判しているにとどまり,公営か民営か をめぐる実質的議論に乏しいが,以下の本文で検討するように両者にはひとつ だけ共通点がある。
とは当然であるから,この際これを明確にして,その監督保護をしなけれ ば,衛生上の目的を達することができない。また水道事業の経営は市町村の 公営を原則とし,若し経済の都合で市町村が経営できない場合には私立会社 の組織を許すものとするБ(圏点筆者)(17)というものであったが,法制局は А水道事業を市町村の経営すべき営造物とした以上,その敷設および管理の 方法ならびに監督は,すべて市町村の範囲内で行うべきもので,他に特定の 法規を設ける必要はなく,そのほかこの法案の包括する規定はみな他の法律 にその規定があるから,特別にこの法律を設定する必要がないБ(18)として 条例制定不要論を唱えた。以上の限りでは,内務省はА水道事業=市町村の 公共事業Бという定式を前提に,市町村が衛生上の目的を達成するように監 督保護する新たな政府権限を求め,法制局はそれを拒否するという,権限争 (17) А今日ニ至リテハ巳ニ市町村制モ制定相成候折柄,如斯事業ハ当然市町村公然 之事業ニ属スルハ勿論ニ付,……水道敷設ノ事ハ,市町村ノ公設ヲ主トシ,其 会社組織ニ依ルモノハ市町村ニ於テ之ヲ布設スルコトヲ得サル場合ニ限リ,其 会社発起人ト市町村長ト連署願出ノ事トナシБ(А水道条例閣議ニ提出ノ件 1888(明 21)年 10 月 10 日付内務省衛生局主査加藤尚志発議Б)注 10 書 353 頁。 (18) А水道条例規定スル所モ大要ハ,(一)市町村ハ水道ヲ布設シ及ヒ之ヲ管理スル コト,(二)市町村ハ水道ニ関シテハ内務大臣及ヒ府県知事ノ監督ヲ受クルコ ト,(三)水道用地ハ諸税ヲ免除スルコト,(四)水道用地ハ公用土地買上規則 ニ拠リ買収スルコト,(五)水道衛生ノコト,及ヒ(六)水道会社ニ関スルコ トノ数件ニ在リトス。而シテ水道ノ如キハ市町村ニ於テ経理スヘキ諸営造物 中,最モ主要ナルモノナレハ,市町村範囲内ニ於テ之ヲ布設管理セシムヘキト キハ素ヨリ理ノ当然ニシテ,別ニ法律ノ規定ヲ要セサルナリ。水道ニシテ既ニ 市町村ノ公共営造物トナリ其布設管理ハ市町村制ノ範囲内ニ於テスルトセハ其 監督ノ如キモ亦該制ニ依リテ之ヲ行フヘク,該制ヲ離レテ別ニ監督ノ法ヲ設ク ルハ事理妥当ヲ欠ケリ。又免税ノコトノ如キ土地買収ノコトノ如キハ,皆他ニ 法規ノ準拠スヘキモノアリ,更ニ別法ヲ必須トセサルナリ。水道衛生ノコトニ 付テハ,内務大臣其固有ノ職権ヲ以テ之ヲ執行スルコトヲ得ルノミナラス,市 町村ノ本文亦之ヲ執行セサルヲ得ス。将タ又水道会社ノコトノ如キ,其会社組 織ノコトハ別ニ会社法ノ之ニ応スルモノアルノミナラス,市町村ハ便宜ニ従ヒ 自ラ其営業物ヲ経営セスシテ,他ニ特約ヲ以て之ヲ委託スルモ法ノ禁スル処ニ アラサレハ,是レ亦特殊ノ法規ヲ要セサルナリБ(下線部筆者)同 355−356 頁。
い(注 18 下線部参照)の色彩が濃厚であった。 法制局の回答に対しては,内務省衛生局がА市町村制は市制町村の営造物 一般の敷設管理に関する法規であって,水道のような経済上衛生上,そのほ か諸般の関係において頗る重要の地位を占め,その上特別の管理法を要する ものに適用するには不十分であるから,水道については別の法規を必要とす る。また本案は他の法規と重複するようではあるが,事実上は却つて他の法 令の欠陥を補うものであって,法制局の説は妥当ではないБと反論して,条 例制定の必要を重ねて説いた(19)。 すでにみたように,横浜水道当時の市町村の財政事情を念頭におけば,民 営を認める余地を残すべきだとする内務省の主張(20)にも理由はあった が(21),法制局は衛生の観点を前面に出した水道衛生条例案を作成し,民営 を認めなかった。これに対し,内務省も法案成立を優先して妥協し,市町村 の独占事業とすることを認めたため,結局,前記А水道ハ市町村其公費ヲ以 テスルニ非サレハ之ヲ布設スルコトヲ得スБとの文言で元老院に法案が提出 され,1890(明 23)年 2 月 12 日法律 9 号として成立し公布された(22)。両者 (19) 同 356 頁。 (20) 内務省提出の水道条例(勅令案)は,立案段階ではА水道ハ市町村ニ於テ其公 費ヲ以テ之ヲ布設経理スヘキモノトスБ(2 条Ё圏点筆者)として公営論に立 脚しながら,А市町村ノ便宜ニ従ヒ,本条例ノ目的ヲ達セン為メ,会社組織ニ 依リ水道ヲ敷設経理セントスルトキハ発起人五人以上結合シ,給水会社創立願 書ニ企業目論見書ヲ添ヘ,府県知事ヲ経テ内務大臣ニ差出シ免許ヲ受クヘシБ (19 条)と例外を定め,民営を認めるものとなっていた。同 355 頁。なお,市 町村独占主義は,その後А市町村以外の企業者Бとして府県にも拡大される が,本稿の主題とは直結しないので取り扱わない。 (21) もっとも,1888(明 21)年には上下水道への国庫補助金の支出方針も決まっ て工事費の 3 分の 1 が助成されることとなるなど,実は財政状況は横浜水道当 時とは異なっている。 (22) 水道条例は,緊急性の観点から第 1 回帝国議会の招集(1890(明 23)年 11 月 29 日)前に公布されたため,天皇の裁可だけで制定され,帝国議会の協賛を 得ていない。しかも,名称は条例であるが,形式上は法律として公布された。 しかし,大日本帝国憲法 76 条は,А法律規則命令又ハ何等ノ名称ヲ用ヰタルニ
は衛生的な水道を確保する責務を事業主体に負わせるという点で一致した が(23),それは事業を監督する政府機関の規制権限の問題であって,事業形 態の問題ではないから,公営・民営をめぐる争いは決着していなかったとい ってよい(24)。実際,その後の水道条例改正(1911(明 44)3 月)では,一定 の要件(25)の下で市町村限定を緩和して民営が認められ,続く第二次改正 (1913(大 2)4 月)では,さらに要件が緩和されている。これらは,大都市以 外の市町村ではА資力がないため,水道敷設が困難な場合Б(26)があったこ とを理由とするもので,結果として内務省の主張が通ったわけだが,この点 は,施設更新費用を負担する財源がないことを理由とする現在のА民間化Б 論と実質的には同じである。 水道条例制定をめぐって,なぜ内務省は公営を原則にとどめ,法制局は А公営Б独占にこだわったのか。法制局の主張は一見すると,内務省案への 対案として水道衛生条例という名称の案を提案したことに示されるように, 保健衛生を公営と結び付けているようにも思える。そこには,水道が衛生的 拘ラス此憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ総テ遵由ノ効力ヲ有スБと定めて,そ の効力が保障された。 (23) 水道条例案ではА府県知事ハ技術官ノ報告ニヨリ地方衛生会ノ議定ヲ経テ水道 ノ給水区域ニアル住民飲用水ニシテ健康ニ害アリト認ムルトキハ水道ノ水ヲ使 用セシムルコトヲ得Бと規定されていた 8 条は,А地方長官ハ随時当該官吏又 ハ技術官ヲ派遣シテ水道工事及水質水量ヲ検査セシメ其改築修理ヲ要シ,又ハ 水質不良水量不足ナリト認ムルトキハ地方衛生会ノ議定ヲ経相当猶予期間ヲ定 メテ之ガ改良ヲ市町村ニ命スヘシБと改められた。 (24) А水道事業における保健衛生上の重大使命にかんがみ,その管理監督を確保す るため,市町村公営に限定する経営方針を採るものとしたБ注 10 書 363 頁。 (25) 民営を許可する要件は,(1)土地開発のため町村内に水道を敷設する必要があ る場合,(2)当該町村に資力がない時,(3)元資償還を目的とする時の 3 点で あったが,この条件で許可を申請する業者はいなかったため,第二次改正で要 件を緩和した。注 10 書 363 頁Ё367 頁。なお,その後戦後の水道法制定に至 るまでの間に,水道条例は許認可手続きの簡素化等を主とする戦後の第 4 次 (1947(昭 22)年),第 5 次改正(1953(昭 28)年)を経て廃止され,水道法 (1957(昭 32)年)が成立する。 (26) 注 10 書 363 頁。
であることは利益を度外視してでも達成されるべきもので,利益追求を目的 とするА民営Б事業とは相容れないという想定があったЁとりわけ旧水道時 代のコレラの蔓延等,非衛生的な施設による健康被害(27)の解決が求められ ていたという条例案の背景を考えればЁと解する余地はある。 とはいえ,条例上,水道事業の主体が市町村であることを前提に業務内容 が列挙されているだけで,主体を市町村とすることの根拠は条文上明らかで はないし,その点は立法過程においてもА水道布設ノ事ハ元来地方政府ニ於 テ之ヲ為スヲ適当トス。然ラサルトキハ,……且公益ヲ見ルヨリモ寧ロ私利 ヲ先ニスル等種々ノ弊害アルヲ以テ,欧米諸国ニ於テハ近来是等ノ工業ハ皆 政府ノ為ス所ナリБと当然であるかのごとく語られるだけであった。加え て,前述のように衛生状態の確保は公営でなければできないわけではない。 また,А公営Б事業でも,水道のように受益者負担に基く事業では,原則と して収支の均衡を維持する必要がある。とすれば,内務省と法制局の対立 は,その背景に水道布設費の負担者は誰かという問題があったにせよ,結局 のところ,実質的にはА公営Бを舞台とする権限争いであったといわざるを 得ない。
4. 改正水道法のА民間化Б
水道事業をめぐる現在の問題は,水道の建設ではなく老朽化した配送水施 設(主に管路)等の設備の改修に巨額の費用(28)が必要となる点にあるが,そ (27) 水系伝染病の発生状況については,同 136Ё140 頁参照。 (28) 厚労省の試算(2012 年)によれば,水道施設を法定耐用年数で更新した場合 の更新費用は年平均 14050 億円となり,更新需要のピーク(2011∼2015 年) は 16894 億円で 2010 年の投資額(実績)9800 億円を上回っているという(厚 生労働省健康局水道課А今後の水道施設の更新についてБ(2012 年 10 月 29 日)参照。www.mlit.go.jp/common/000228597.pdf 最終確認 2019 年 11 月 5 日。なお,同様の視点からの論考として長峯純一А水道インフラの更新投資と 水道事業の持続可能性Б(財務省財務総合政策研究所Аファイナンシャルレビれを財政問題とみれば,明治期において水道事業が抱えていた問題と同質で ある。厚生労働省(以下,厚労省)のА水道法の改正についてБ(29)によれ ば,水道を取り巻く状況として老朽化の進行をあげ,高度経済成長期に整備 された施設が老朽化し,年間 2 万件を超える漏水・破損事故が生じているこ と,耐用年数を超えた水道管路の割合が年々上昇していること(2016 年度で 14.8%),すべての管路を更新するには 130 年以上かかる想定であるという。 これに加えて,耐震化の遅れ,多くの水道事業者が小規模で経営基盤が脆 弱,計画的な更新のための備えが不足などもあげている。 これらの問題を解決するために,改正水道法は,その目的を改正前のА水 道を計画的に整備し,及び水道事業を保護育成するБからА水道の基盤を強 化するБへと変更し,А老朽化等に起因する事故の防止や安全な水の安定供 給のため,水道施設の健全度を把握する点検を含む維持・修繕を行うことが 必要БとしてА水道事業者等に,点検を含む施設の維持・修繕を行うことを 義務付けるБこととし(22 条の 2),またА高度経済成長期に整備された水道 施設の更新時期が到来しており,長期的視野に立った計画的な施設の更新 (耐震化を含む。)が必要Бと指摘してА水道事業者等は,長期的な観点から, 水道施設の計画的な更新に努めなければならないこととし,そのために,水 ューБ124 号(2015 年))141 頁以下,矢根眞二А朽ちる水道インフラЁ老朽 管の更新投資必要額と水道料金ЁБ(桃山学院大学総合研究所紀要 37 巻 3 号 (2012 年))151 頁以下,浜銀総合研究所А人口減少下における水道インフラ再 構築に向けた政策のあり方Б(浜銀総研政策提言第 1 号(2014 年))https://w ww.yokohama ri.co.jp/html/policy/pdf/po201409.pdf 最終確認 2019 年 11 月 5 日等参照。もちろん,各自治体の負担額は地域によってさまざまであり, 前記長峯は兵庫県西脇市のケーススタディを行い,2009 年から 2013 年の年平 均額 3.34 億円は今後 3 倍の 9∼10 億円になると試算している。この額自体は 抽象的には民間企業でも負担可能であろうが,以下の本文で指摘する問題は残 る。 (29) https://www.mhlw.go.jp/content/000463052.pdf 最終確認 2019 年 11 月 5 日。
道施設の更新に要する費用を含む収支の見通しを作成し公表するよう努めな ければならないこととするБ(22 条の 4Ё圏点筆者)と水道法改正の要点を説 明している。これによれば,施設の維持・修繕は義務だが,厚労省が 130 年 かかるという水道管路の更新はА努めなければならないБにとどまる。22 条の 2 と 4 の文言の対比で分かるように,更新は努力義務にとどまるにもか かわらず,水道をА民間化Бすれば,現在の水道が抱える課題を解決できる という厚労省の説明に説得力はあるだろうか。 ちなみに,改正水道法におけるА民間化Бは,通常,コンセッション方式 を採用したものと説明される。しかし,コンセッション方式は一般的には А事業の委託主である公共部門がサービスの内容と水準を設定し,民間事業 者間で競争させたうえで,事業者とサービス内容と水準についての契約を締 結し,事業の運営権を移譲する。事業者は自ら金融機関などから資金調達 し,施設や設備を建設したうえで事業運営を行う。この場合,事業者は自ら 利用料金を利用者から徴収し,投資資金を回収するが,施設や設備の所有権 は公共部門に属することが原則となるБ(30)とすれば,改正水道法の規定は, コンセッション方式というよりは,施設建設とその資金調達は公共部門が行 い,民間事業者がその施設をリースしたうえで,維持管理するアフェルマー ジュ方式に限りなく近いのではないだろうか。 また,当事者間の契約内容によるとはいえ,民間業者の側からすれば地震 や台風による水道施設の損傷について,施設所有者に責任があることを主張 するだろうし,長期的観点からの更新もそれが巨額になる見通しの下では, それでもなお利益を生む見通しがない限り,更新にА努めБないだろう。実 際,宮城県は自然災害等により発生する不可抗力のリスクを民間事業者が担 (30) 伊集守直А水道事業の公私分担Ёスウェーデンの事例を手がかりにБ(諸富 徹・沼尾波子編㈶水と森の財政学㈵,日本経済評論社,2012 年,187 188 頁Ё 圏点筆者)
いきれないとして免除するだけでなく,管路更新費用も県が負担することを 明らかにしているという(31)。逆にいえば,巨額の費用がかかっても更新さ れる可能性があるとしたら,利益を生み出すことが確実視できるЁそんな都 市があるかどうか別としてЁ大都市だけであろう。運営権をА民間化Бする ことで水道施設を更新することが今回の改正の眼目のひとつであると説明さ れることがあるが(32),施設所有権を自治体に残したまま,事業運営権だけ を譲渡する場合,論理的には設備改修費用まで当然にА民間化Бされるとは 限らない点には留意する必要がある。もちろん,А公営Бであれば財政問題 を解決できるわけではないから,А民間化Бを拒否してА公営Бであるべき だという単純な話ではない。のみならず,そもそもА公営Бとは何を意味す るのか。
5. 水道事業の公営/公益
水道事業の性格に係る他の法制度に目を転じると,改正前の水道法は,戦 前の水道条例を大幅に改正したものの市町村公営原則を引き継ぎ,地方自治 体が運営する水道事業(簡易水道事業を除く)は,地方公営企業法上のА地方 (31) 内藤隆司А宮城県 水道事業へのコンセッション導入の問題点Б(尾林芳匡・ 渡辺卓也編著㈶水道の民営化・広域化を考える㈵自治体研究社,2018 年)56 頁。 (32) А今回の水道法改正の一つに公共施設等運営権制度(いわゆる,コンセッショ ン)の導入があります。コンセッション導入により更なる民間のノウハウを導 入し,これまで先送りされてきた老朽化した設備・管路等の耐震化や更新,事 業経営の改善,官がこれまで培ってきた信頼,安心,安定など,それぞれの得 意とする分野を融合することでより,良い水道の未来が期待できますБジャパ ン・ウォーターА2018 年 12 月 6 日,水道法改正案が成立。Бhttps://www.ja panwater.co.jp/concession/newsrelease/最終確認 2019 年 11 月 5 日。この 点,全日本水道労働組合はА民間企業が事業運営を担い,料金収受する権利を 享受する仕組みである運営権の設定は,市民が生きるために企業の利益を支払 い続けることでもあり,やはり水道事業にとってコンセッションは㈶馴染まな い㈵ものであると批判する。全水道労働組合А水道法一部改正Б(2017.3.22) zensuido.or.jp/wordpress/55/最終確認 2019 年 11 月 5 日。公営企業Бと位置づけられていた。同法 3 条はА地方公営企業は,常に企業 の経済性を発揮するとともに,その本来の目的である公共の福祉を増進する ように運営されなければならないБと規定するが,そこからА本来の目的で ある公共の福祉Бが何を意味するかを読み取ることはできない。 しかし,同法案の提案理由説明(1952 年 3 月 27 日衆議院地方行政委員会)で のА住民に対しより良いサービスを提供し,それによって住民の福祉を増 進БすることがА地方公共団体の固有の存立目的の一Бであり,А低廉,適 切なサービスを住民に提供БすることがА地方公共団体の重要な事務と考え られてきたБ。地方公共団体の経営するА企業は,公共の福祉の増進を図る ことを第一義とするБが,Аそれが企業として持つ性格に鑑み,常に企業と しての経済性を発揮するように運営されなければならないことはもち論であ り,この点に関する限り,私企業に類似する原則に立脚すべきものであ るБ(33)という一文を併せ読めば,А本来の目的である公共の福祉Бは,地方 公共団体がА低廉,適切なサービスを住民に提供するБことと同定できる。 このようにА本来の目的である公共の福祉Бを読み解く限り,公営の А公Бは地方公共団体のА公Б,すなわち経営主体の性格を示すものにすぎ ず,А企業としての経済性Бからすれば,А低廉,適切なサービスБが住民に 提供される限り,水道事業をА民間化Бすることに法的な支障はなさそうで ある。水道サービスは通常,受益者負担で提供され,警察や消防のように社 会全体で費用を負担すべき業務とはЁそのようなものとする選択はあり得る としてもЁ考えられていない。その点でも,水道サービスはА民間化Бを拒 否する論理を当然には含んでいないのである。 他方,労働関係調整法 8 条 1 項 3 号は,А公衆の日常生活に欠くことので きないものБとして水道事業を電気,ガス事業と並べてА公益事業Бと定め (33) 関根則之㈶改定 地方公営企業法逐条解説㈵(地方財務協会,1968 年(1977 年 改訂版))4 頁。
ている。ただし,同法は業務の停廃を回避すべく労働関係を調整し,労働争 議の予防・解決を目的とするものであるから,本稿の関心事であるА民間 化Бとの関係における水道事業のА公益Б性を念頭におくものではない。し かしながらそれを承知の上でいえば,水をА日常生活に欠くことのできな いБものと規定している点は(34),依然として水道事業の性格論である。こ れに関連して,同法 35 条の 2 はА事件が公益事業に関するものであるため, 又は……特別の性質の事業に関するものであるために,争議行為により当該 業務が停止されるときは……国民の日常生活を著しく危くする虞があると認 める事件について,その虞が現実に存するときに限りБ(圏点筆者)内閣総理 大臣に緊急調整決定権を与えている。労働争議における当該権限の法認の当 否は別として,水道事業に即していえば,水の供給を停廃させないことを А公益Бと観念し,具体的危険の存在を前提に争議行為を中止させる決定権 を与えているわけである。 もちろんこの業務の性格は,民間企業が担う場合も変わらないから,この 意味におけるА公益Бを引き合いに出すだけでは,水道事業のА民間化Бを 拒否する論拠とはなりえない。А民間化Бしても,業務内容のА公益Б性の 観点から,民間企業に対してА公益Б性を維持するために必要な規制を課せ ば足りるからである。周知のように,これを説く法理のひとつに英米法にお ける public utility 論がある(35)。多くの議論の蓄積があるこの法理を門外漢 (34) А水道の供給は,絶対的な安定性が不可欠である。万一の場合の対策の費用に より平常のコストが高くなっても,それを厭うべきではない事業Бとして,公 共性はА特大Бであるという指摘がある(宮木康夫・宮木いっぺい共著㈶いち から見直す公共的事業 適切な民営化と不適切な民営化の選別㈵(ぎょうせい, 2007 年)40 頁。本稿冒頭で指摘したように,水は人の生存に不可欠である点 で,А絶対的な安定性が不可欠Бではあるが,そのこととА公営БかА民営Б かは直結しない。 (35) 今村成和А米国における Public Utility の法理小論Б(公益事業研究 6 巻 1 号 102 頁以下),原野翹Аアメリカ公共企業法序説Ёアメリカにおける Public Utility の概念と公共の利益ЁБ(原野㈶現代国家と公企業法㈵法律文化社,
の私が今ここで検討する意図も識見もないが,水道法改正におけるА民間 化Бに関していえば,public utility 論が前提とする公営企業の独占性は必然 的なものではなく,А民間化Бの余地があるという認識に基づいている以上, この法理を対置するだけでは堂々巡りであり,改めて規制の根拠を問い直す 必要があるだろう(36)。
6. 水の公共性?
水道事業は日常生活に不可欠なものであるとの観点から,必要な財やサー ビスを誰もが支払可能な料金で提供されるように租税で賄うЁ従量制の受益 者負担ではないЁА公営Б(А公益БないしА公共Б的)事業(37)とする選択の余 地はあるだろう。だが選択である以上,それと異なる選択(たとえばА民間 化Б)を当然に排斥できるわけではなく,いずれの選択をするにせよ,それ 2002 年)47 頁以下,竹中龍雄,細野日出男,北久一А制度的概念としての公 益事業Б(竹中,細野,北編著㈶公益事業概論㈵(電力新報社,1974 年)39 頁 以下,Michael A.Crew and Paul R.Kleindorfer, The Economics of Public Utility Regulation, Macmillan Pr▆, 1986, pp.245 262.(36) 佐藤治正А競争の成果と規制の根拠Б(林敏彦編㈶公益事業と規制緩和㈵東洋 経済新報社,1990 年)37 頁以下。John Ernst, Whose Utility? The Social Im-pact of Public Utility Privatization and Regulation in Britain. Open U. Pr▆, 1994 pp.36 37. David E.McNabb, Public Utilities, Second Edition Old Problems, New Challenges, Edward Elgar Pnblishing, 2016, pp 112 121. もとより,現在でもデジタルプラットフォーマーに対する適用の可否を論じる 余地はあり,この法理の理論的有用性が失われたと考えているわけではない。 (37) А地方公営企業が提供する財・サービスには㈶公共財㈵に準ずるものが多数含 まれている……公共部門が関与して財・サービスの供給量を望ましい水準にま で増大させるА公益事業サービス……は地方公営企業の中核をなすものであ り,上・下水道,鉄道,電気,ガス事業などであるБ(石井晴夫А公企業の財 政と会計Б石井晴夫編著㈶現代の公益事業㈵NTT 出版,1996 年,80 頁)と の指摘があるが,鉄道,電気,ガスはいずれも現在では民間企業により担われ ている。また,А公営原則については,水資源の希少性,準公共財の性格,導 管に基づく供給という観点を総合的に考慮すると今後とも正当化できるБ(野 村宗訓・石井晴夫А水道事業Б同書 131 頁)としても,あくまで原則論でА民 間化Бを否定する論拠にはならない。
には説得力のある根拠が必要である。 水の公共性Б論はどうか。本稿冒頭で述べたように,水は生命の維持に 欠かすことのできない物的資源である。そのことから,水道のА公共性БЁ それが何を意味するかは定かではないがЁが説かれ,ときにА公共財Бとい われることもある(38)。しかし,仮に水道が公共性を有するとしても,当然 にはА民間化Бを拒否する理由となりえないことは,前記А公益Б論で見た とおりである。また,А市場を通じて供給することができないБものではな いから公共財にも該当しない。比較的最近まで,フランスでは水の供給の大 半は,民間企業によって担われていた。しかし,そのフランスでも水道料金 の高騰などを契機に,再公営化が行われつつある。また,世界的にみると民 間水道が存在する国はごくわずかで(39),アメリカ合衆国でも大半の自治体 で水道事業は民営化(40)されていない。とはいえ,1990 年代以降,民営化へ (38) 水は貴重な公共財Б(レイモン・アブリリエールАフランス・グルノーブル市 Ё市営に戻された水道事業Б(コーポレート・ヨーロッパ・オブザーバトリー (CEO)・トランスナショナル研究所(TNI)編(佐久間智子訳)㈶世界の< 水道民営化>の実態㈵,作品社,2007 年)76 頁。ちなみに,公共性と公共財は А公共Бこそ共通するものの,概念としては,前者がА社会全体の利益Бとい うニュアンスを含み,市場化を認めるかどうかと直結しないのに対し,後者は А市場化できないБことに着目する点で,次元を異にする。 (39) 1990 年代以前にはフランスを除くとスペインとイタリアの一部の町と旧フラ ンス領の国々くらいであった。他方,比較的最近になって民営化された例とし ては,イギリスやチェコ,ハンガリー,アルゼンチン,マニラやジャカルタ, アフリカの一部などがあるが,なお限られている。詳しくは,同上 26 頁以下。 それを肯定的に評価するものとして,JICA 報告書А第 4 章途上国における PPP プロジェクトの進展Б(2005)92 頁以下。http://www.jica.go.jp/jica-ri /IFIC_and_JBICI Studies/jica ri/publication/archives/jica/field/pdf/200503_ 01_04.pdf 最終確認 2019 年 11 月 5 日。 (40) イギリスとフランスの民営水道について,財団法人造水促進センターА今後の 水供給(処理)事業の在り方に関する調査研究報告書 www.jspmi.or.jp/system/l_cont.php?ctid=1202&rid=361(2015 年)。最終確 認 2019 年 11 月 5 日。なお,ドイツに関して,鈴木崇弘Аドイツ水道法制にお ける民間委託の統制(1)∼(4・完)Б自治研究 93 巻 3 号 112 頁,4 号 111 頁,5 号 114 頁,6 号 109 頁(2017 年)参照。
の圧力は各国でみられ,実際にサッチャー政権下のイギリスや東欧の一部, アフリカなどで民営化が実施されている。しかし,その一部はその後公営に 戻され,概していえば,水道事業の歴史は近時の市場化の流れに抗して,む しろ民営から公営へと変遷してきている。しかし,これらとは異なり,日本 は,水道法を改正してА民間化Бを図った。 世界各国で水道事業が民営化の圧力に晒されながらも,その多くが公営の まま維持され(41),あるいはいったん民営化された事業が公営に戻されてい る(42)理由はなぜか。前述のように,水は公共財だからという説明もあるが, フリーライダーが当然に発生するわけではないので,市場で供給不能な財で あるわけではない(43)。むしろその理由は,民営化や規制緩和論が説くよう な,生産の効率化,価格低下,消費者の選択肢が拡大することで市民にとっ ての利便性が向上し,同時に市場や雇用の拡大が図られる(44)という効能が, (41) アメリカ合衆国では,А当初,水道のほとんどは,民間が所有し運営していた。 1800 年以前に存在した 16 の水道事業は,1 つを除いてすべてが民間の所有で あったし,1870 年になっても,国内に 244 あった水道事業の 52% が民間の所 有であった。ところが,その後の 50 年に,地方自治体の権限と重要性が高ま るにしたがい,公営水道が劇的に増加した。1896 年には,米国の水道事業体 の数は 3000 を超えるまでになり,その大半を自治体が所有し運営するように なっていた。1924 年には,水道事業の 70% を自治体が所有,運営していた ……今日,米国人口の約 85% が,公営水道のサービスを受けており,自治体 が所有する電力会社も 4000 を数えるまでになっているБショーン・フリン, キャサリン・ブドゥリスА米国Ё水道の規制およびガバナンスの民主化Б注 38 書,78Ё81 頁。 (42) レイモン・アブリリエール,同上 68 頁。 (43) 通常,公共財の典型とされる灯台をめぐるコースの反証を参照。ドナルド・ H. コース(宮沢健一・後藤晃・藤垣芳文訳)㈶企業・市場・法㈵東洋経済新 報社,1992 年,213 頁以下。 (44) 1995 年 12 月 14 日行政改革委員会А規制緩和の推進に関する意見Бで指摘さ れている事項を,本稿の文脈に不必要な部分を割愛の上,要約した。この意見 によれば,А民営化によって,効率化が進み,料金が安くなり,特に途上国地 域に多額の投資が行われ,水道に接続されていない貧しい人々に上下水道が提 供されるようになるБはずであった。Аしかし実際の経験は,それとは異なる ものだったБ(デービッド・ホール,エマニュエル・ロビナА民営化という幻
期待された通りには発揮されなかったからだといわれる(45)。では,А公営Б の場合はどうであったか。
7. フリント
アメリカ合衆国ミシガン州のフリントはデトロイト近郊(といっても 70 マ イル=110 キロ以上)の都市で,ミシガン大学分校,美術館やコンサートホー ルもあるなど,ジェネラル・モーターズ(GM)の企業城下町としてかつて 想Ё途上国の水道サービスに投資していない民間セクターБ注 38 書 25 頁)。 (https://www.unic.or.jp/files/e530aa2b8e54dca3f48fd84004cf8297.pdf 最終 確認 2019 年 11 月 5 日。)は,А安全な飲み水Бに関し,А2015 年には世界人口 の 91% が改良された飲料水言を使用しており(1990 年には 76%),目標は期 限である 2015 年の 5 年前に達成された。БА1990 年以来改良された飲料水への アクセスを得た 26 億人の内,19 億人が水道水へのアクセスを得たБという。 他方,国連ミレニアム開発目標報告 2015 MDGs 達成に対する最終評価(ミレ ニアム開発目標(MDGs)報告 2015 の概要(日本語プレゼンテーション資料 (2015 年 7 月 6 日)より引用)。ちなみに,この報告書の前提となった国連の ミレニアム開発目標(MDGs)は,2015 年までに安全な水とベーシックな衛 生施設を利用することができない人口の半減を掲げていた。水に関していえ ば,この目標を達成するために要する投資額は,上水道で 510 億ドルから 1020 億ドル,下水道で 240 億ドルから 420 億ドルと試算されていた(UN Mil-lennium, 2005)が,それがわずか 5 年で達成されたというのが上記報告書で ある。実際,民間投資により目標達成はそれほど難しくないという指摘もあっ た(Julia Brown, Water Service Subsidies and the Poor: A Case Study of Greater Nelspruit Utility Company. Mbombela Municipality. South Africa (2005). https://ideas.repec.org/p/ags/idpmcr/30629.html でダウンロード 可能。last accessed November 5,2019)。他方,目標が対象とする地域には多 くの民間企業が進出しているものの,インフラ整備に投資が行われないため に,目標達成を絶望視する見解も少なくなかった。というのも,巨額の資金を 投下してインフラ整備を行い,それに利益を上乗せして回収しようとすれば, 水道料金が高騰し貧困者には支払えない金額になってしまうからである(ホー ル=ロビナ,注 38 論文 78 頁)。いずれの評価が正しいか,残念ながら現在の 私には確認する術がない。(45) National Research Council, Privatization of Water Services in the United States: An Assessment of Issues and Experience, pp 30 31 (The National Academies Pr▆, 2002). https://www.nap.edu/read/10135/chapter/1 以下 で閲覧可能。last accessed November 5,2019.
は経済的繁栄を誇っていた。しかし,アメリカ自動車産業の衰退とともに GM は工場を移転ないし閉鎖したため 1998 年から 2013 年の間に 150 以上の 自動車関連業種が撤退し,フリントの人口は半減,市は財政難に陥り,失業 者が増大し貧困が蔓延し,犯罪率が上昇して,地域は荒廃していった(46)。
アメリカの多くの都市と同様,フリントの水道は公営であったが,市は 50 年近くにわたってデトロイト上下水道局(The Detroit Water and Sewerage Department DWSD)(47)と契約を結んでヒューロン湖の水の供給を受けてい た。水は良質であったが,遠方のヒューロン湖からの導管はフリントの人口 が 2 倍だった時期に作られたもので(48),それを現在の人口で維持するため には水道料金を高く設定せざる得ず,それでもなお値上げが続いたため,全 米の調査で市民の 42% が貧困レベルを下回るフリントでは水道料金に関す る苦情が絶えなかった(49)。 こうした状況を背景に,DWSD の地域独占に対抗すべく,カレノンディ 水道局(The Karegnondi Water Authority KWA(50))という名称の新たな公営
(46) Anna Clark, The Poisoned City, Metropolitan Books, 2018 p.4. ちなみに, フリント出身の映画監督マイケル・ムーアは,2018 年の中間選挙で共和党が 勝利することを阻止する目的で制作したというА華氏 119Б(Fahrenheit 11/9) で,トランプの支持層分析の観点からフリントの荒廃を描きつつ,この町の水 質汚染問題も取りあげている。
(47) DWSD は地域の水供給を独占する public utility であった。Clark, above p. 15. (48) もともと GM の企業城下町であったフリントの水道網は,1960 年代の好景気 を背景に,GM のプラントを支えるべくそこを中心に張り巡らされたものであ った。しかし GM の撤退とともに経済的に衰退した結果,住民の多くはラテ ン系で,白人は 2% という人口構成となり,住民の 80% の平均年収は 4 万ド ル以下,そのうちの 40% は 1 万 5 千ドル以下であった。フリントの水問題の 背景には人種差別問題と貧困問題があり,汚染が放置されたのは汚染を除去す るための投下資本を回収する見込みがなかったことも一因であった。Clark, supra note 46, pp.35,127,
(49) U.S. Census Bureau, https://www.census.gov/quickfacts/fact/table/flintc itymichigan/PST045218, last accessed November 5,2019.
企業の構想(51)がもちあがる。これによりフリントは,年間 20 億ドルの節約 をすることができると見積もられた。もっとも,フリントの KWA への乗 り換え論は,当初は DWSD との値引き交渉の材料という色彩が濃厚であっ たのだが,DWSD との交渉が決裂し,紆余曲折を経て KWA 経由でヒュー ロン湖の水をフリントに供給する決定がなされた。 ここで問題が持ちあがる。KWA はいまだ構想段階で,施設は建設されて おらず,給水業務を遂行できる状況になかったために,数年後まで水の供給 は不可能であったのである。KWA への参加を決めていた他の自治体は,当 面 DWSD に水の供給を頼ることにしたが,フリントは KWA から供給を受 けることができるまでの間,緊急措置として市を流れるフリント川の水を水 源として給水する決定を行った(52)。これが,フリントの水道水を汚染する 原因となる。 水道水はコーヒー色に濁り,鉄分の味がしてひどい臭いだったという。し かし住民が市当局に問い合わせても,水は完璧に安全と答えるばかりであっ た(53)。ところが,実際には鉛が水道水に溶け出しており,次第に住民の間 で健康被害が顕在化していく。しかも,水道料金は低下するどころか,個人 で年間 900 ドル以上という全米でも一,二を争う高額であった(54)。アメリ カ合衆国の水道インフラはその大半が老朽化しており,大きな設備では導管 が水の成分の溶解による腐食等で崩壊しないように,オルトリン酸などを水 (51) 競争相手も公営企業であるのは,利益の見込めない事業を実施する動機付けを 持たない私企業は,А富裕層の集まる地域に配水管を敷くことに熱心で,貧困 地区には水を供給しなかったБ(フリン,ブドリス,注 41 論文 78 頁)からで ある。
(52) Clark supra note 46, p.17.
(53) http://nbc25news.com/news/local/flint residents avoiding the tap drinkin g bottled water instead,2019 年 11 月 5 日現在この頁は存在しないが,注 46 の映画に同様の場面が写し出されている。
(54) The State of Public Water in the United States, Food & Water Watch, 2016, p.10.
に加えることがアメリカ合衆国環境保護局(United States Environmental Pro-tection Agency EPA)により要求されている。そうすることで導管の寿命が 延び,水に鉄分が溶け出さないようにする効果が得られ,市民の健康を守る ことが期待されていた。 しかし,フリントの導管にはこれが施されておらず,フリント川の水に含 まれる高濃度の塩素により導管の腐食が急速に進んだのであった。それによ り導管から鉛が溶け出したため,それを飲んだ 5 歳以下の,とりわけ貧困地 区に居住する黒人の子供たちの体内では鉛の血中濃度が急激に上昇し,皮膚 病や内臓疾患が多発したと報告されている(55)。もちろんそうした症状は子 供に限らず,大人にも現れた。ちなみに,フリント市当局の関係者は,この フリント川からくみ上げた水を利用した水を一切飲まずボトル・ウォーター を飲んでいた。また,この問題でフリントにやってきたオバマ元大統領も, ほんの一口飲んだだけでコップを置いたにもかかわらず安全宣言を出した映 像がムーアの映画の中に登場するが,ことほどさようにこの問題への行政機 関の対応は無責任なものであった。 これほど悪質で悲惨な例は,日本では想像しにくいかもしれない。しか し,旧水道時代のコレラは別としても,日本でも 1996 年にはА水道事業に おける我が国初のБ(56)大規模感染の事例とされる埼玉県越生町のクリプト スポリジウム関連事故が発生している。これは,水処理用凝集剤の PAC (ポリ塩化アルミニウム)の常時注入を怠ったことによって汚染が拡大し,全
(55) Mona Hanna Attisha, Jenny LaChance, Richard Casey Sadler, And Allison Champney Schnepp, Elevated Blood Lead Levels in Children Associated with the Flint Drinking Water Crisis: A Spatial Analysis of Risk and Public Health Response, American Journal of Public Health 106, no.2 (2016) pp. 283 290.
(56) 厚生労働省А水道関連事故についてБhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisaku nitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suidou/jouhou/accident.html 最終 確認 2019 年 11 月 5 日。
町民約 13800 人を対象に罹患状況調査を行ったところ,回答者 12354 人中 8812 人(全体の 71.4%)に下痢等の症状があったという事例である。財政事 情や人種問題等の人為的な要因が複合して発生したフリントの場合とは事案 の性格が異なるとはいえ,行政機関の行為によって引き起こされた汚染であ る点に変わりはない。
8. 小括
以上から確認されるべきは,問題の焦点は公営か民営かそれ自体ではな い,という点である。もとより,このように述べたからといって,改正水道 法によるА民間化Бを正当化する意図は全くない。かつて私は,市場を通じ て財の自由な獲得競争を行うことが財の適正配分(パレート最適)をもたら すという市場主義の論理を批判したことがある(57)。市場主義は,А民営化Б と当然に同義であるわけではなく,財の自由な獲得競争に至上の価値を認め る思考であり,その主体を民間業者に限定するものではЁ事実において民間 業者が多いとしてもЁない。問題は,この思考を貫徹すると,フリントの実 例のように,生命の維持に不可欠な水を入手できない人々が多数生じるとい う点にある。パレート最適の観念は,すでに水を入手している状態を前提に するだけで,水を十分に入手できない状態を考慮に入れていない。市場主義 は,初期条件を前提にして市場の万能を語るが,フリントの多くの人々のよ うに初期条件を欠いている者にとって,市場は無に等しい存在なのである。 ここでは,市場主義を貫徹しても,フリントの人々の問題Ёに限らず水の分 配をめぐる問題Ёは解決されない。 水は,生命を維持するА必要に応じてБ配分されなければならず,パレー (57) 中島徹А憲法学における公共財Б(長谷部恭男,土井真一,井上達夫,杉田敦, 西原博史,阪口正二郎編㈶岩波講座憲法学 2 人権論の新展開㈵,岩波書店, 2007 年)137 頁以下。ト最適を論じることができるのはその後のことである。この点は,А公営Б であれА民営Бであれ変わりがない。では,生命を維持する必要に応じて, 水をどのように配分するか。それを考えるためには,個々人が水にいかなる 権利を有するかを問う必要がある。公益概念や公共性を論じるだけでは,水 の配分のあり方は明らかとならないことを本稿では論じてきた。のみなら ず,公益概念や公共性論は,時に個人をないがしろにし,権利性を認めるこ との妨げとなる場合すらある。個人の権利に対応する水をめぐる統治のあり 方の選択肢を示すために,次の課題として,А水への権利Бそれ自体の具体 的内容を検討する。本稿は,そのための序論である。すでに EU では 2000 年の The Water Framework Directive(WFD)を皮切りに水問題に取り組 み,2010 年には水への権利をЁ加盟各国で足並みがそろっているわけでは ないとしてもЁさまざまな角度から論じてきているが(58),そうした議論も
参考にしながら引き続き検討を加えていきたい(2019 年 10 月 10 日脱稿)(59)。
(58) See e.g. Marleen van Rijswick, Moving Water and the Law: On the Distri-bution of Water Rights and Water Duties in European and Dutch Water Law, Europa Law Publishing 2008.
(59) 本稿は,文部科学省科学研究費 2015 年基盤研究(C)課題番号 15 K 03122 (持続可能な共有型経済と憲法上のА近代市民社会における原則的所有形態Б)