としてのインド亜大陸
著者
鈴木 美津子
雑誌名
SHIRON(試論)
巻
48
ページ
43-57
発行年
2013-08-31
URL
http://hdl.handle.net/10097/57607
スコットの『外科医の娘』に描かれた
危険な他者としてのインド亜大陸
鈴木美津子
サー・ウォルター・スコット(Sir Walter Scott, 1771-1832)の歴史小説 『外科医の娘』(The Surgeon’s Daughter、『キャノンゲイト年代記』第 1 集
[Chronicles of the Canongate, First Series、1827]所収)は、スコットには珍
しくインド亜大陸を舞台にしている。スコットの娘婿で伝記作者のジョン・ ギブソン・ロックハート(John Gibson Lockhart, 1794-1854)が、「インド を舞台にしている部分がスコットランドを舞台にした部分と調和してい ない」(Lockhart 7: 82)と断じたことや、スコット自身が一度もインド亜 大陸を訪れたことがないため信憑性に欠けると一時期批判された(Brown 73)ことなどが相俟って、1 『外科医の娘』は、これまで時に言及される ことはあっても、あまり論じられることのない作品となっている。2 本稿 では、『外科医の娘』を植民地主義、帝国主義などを鍵語として読み直し、 この作品が基本的に植民地支配下にある国を舞台とする歴史小説・国民小 説3 の二つの枠組み、すなわち「異郷への旅」と「背景の異なる者同士 の結婚」という枠組みを用いていることを検証し、インド亜大陸の部分と スコットランドの部分が有機的に関連していることを指摘する。さらには、 『外科医の娘』におけるインド表象を手がかりにして、スコットの政治的 意図を探る。
1.歴史小説『外科医の娘』とは?
『外科医の娘』の基本的な設定を確認しておこう。この小説には二人 の語り手が登場する。第一の語り手は、エディンバラのキャノンゲイト地区に住む60 代の物書きクリスタル・クロフタングリ(Mr Chrystal Croftangry)。第二の語り手は、弁護士の娘ケイティ・フェアスクライブ (Katie Fairscribe)である。フェアスクライブが彼女の親戚のミニー・グレ イ(Menie Grey)の生涯を知人のクロフタングリに語り、クロフタングリ は聞いた話をそのまま読者に語るという体裁をとる。小説の舞台は、前半 部分はスコットランドの架空の町ミドルマス(Middlemass)。後半の舞台は、 インド亜大陸のマドラス(Madras)とマイソール(Mysore)である。小説 の現在は、1826 年から 27 年にかけて。小説の中で語られている過去の物 語は、語り手の時代からおよそ50 年前の 1770 年代に設定されている。大 英帝国のインド亜大陸における帝国主義的領土拡張の第一段階、すなわち 1757 年のロバート・クライブ(Robert Clive, 1725-74)率いるイギリス東イ ンド会社軍のプラッシーの戦い(Battle of Plassey, 1757)での勝利後、ベン ガル(Bengal)がイギリスの植民地支配下に置かれ、イギリス東インド会 社が商業会社からインド領土統治者へと変わり始めた時期である。歴史小 説・国民小説の約束事として、小説の政治的・社会的な背景は、民族、国 家の存亡に関わる大事件、たとえば暴動や戦争、革命などを選択すること になっている。『外科医の娘』では、スコットランドを舞台にした前半部 分では、ジャコバイト(Jacobites)の四十五年叛乱(Forty-Five Rebellion, 1745-46)が遠い過去の出来事として存在し、小説中に暗い影を投げ掛け ている。四十五年叛乱は、若僭王チャールズ・エドワード・スチュアー ト(Young Pretender, Charles Edward Stuart, 1720-88)がスチュアート王家復 興を求めて起こしたものであり、スコットランド高地地方の旧社会秩序が 急速に崩壊する転回点となるものである。インド亜大陸を舞台にした後半 部分においては、第1 次マイソール戦争(The first Anglo-Mysore War, 1767-69)と第 2 次マイソール戦争(The second Anglo-Mysore War, 1780-84)の間 に起きたハイダル・アリー(Haidar Ali/ Hyder Ali, 1722-82)のマドラスへ の急襲が背景としてある(Lamont, ‘Scott’ 41)。マイソール戦争は、イギ リス東インド会社とマイソール王国との4 次に亘る戦争である。イスラ ム教徒のハイダル・アリーが、本来ヒンドゥー人の王国であったインド亜 大陸南部のマイソールを奪い、周辺に勢力を拡張し始めたことに対して、 イギリスが危機意識を募らせ、封じ込めを図ったのが争いの原因とされ る(Teltscher 229)。『外科医の娘』には、歴史小説・国民小説にふさわし く、マイソール王国の国王ハイダル・アリーと彼の息子ティープ・サヒブ (Tippoo Sahib/ Tipu Sultan, c. 1750-99)など実在の人物がスコットなりの脚
色を施されて登場する。 『外科医の娘』の粗筋を簡単に述べてみたい。物語の前半では、外科医 ギデオン・グレイ(Gideon Grey)の娘ミニー、医者見習いのリチャード・ ミドルマス(Richard Middlemass)、同じく医者見習いのアダム・ハートリー (Adam Hartley)の三人がそれぞれの事情、思惑からインド亜大陸へ出向く までが、リチャードの出生の秘密を絡めながら物語られる。リチャードと アダムは、共にミニーを愛するようになる。ミニーは二人のうちリチャー ドを選び、彼と密かに婚約する。恋に破れたアダムは船医の助手として、 リチャードは一攫千金を夢見てイギリス東インド会社軍の中尉として、イ ンド亜大陸へと旅立つ。ミニーはリチャードから、結婚を口実にインド亜 大陸に来るようにと請われ、単身インド亜大陸へ出発する。 後半部分は、前半部分からおよそ3 年後。主にアダムの視点で描かれる。 三人は図らずも、イギリスとハイダル・アリーが不安定な休戦協定を結ん でいた1770 年頃に、マドラスで再会する。アダムは、リチャードがミニー をマイソールの王子ティープ・サヒブの後宮に売り渡そうと画策している ことを知り、間一髪で彼女を救う。リチャードはマイソールの王ハイダル・ アリーに対する裏切りの罪により極刑に処せられる。ミニーは傷心のうち に一人スコットランドに帰国し、アダムはミニーが帰国して二年後、伝染 病に感染して死亡する。
2.「異郷への旅」の枠組み
『外科医の娘』を具体的に分析する前に「異郷への旅」と「背景の異な る者同士の結婚」という枠組みがいかなるものか簡単に見てみたい。この 二つの枠組みは、スコットと同時代に活躍した女性作家シドニー・オーエ ンソン(Sydney Owenson, 1776?-1859)が『奔放なアイルランド娘』(TheWild Irish Girl, 1806)において構築したものである。二つの枠組みは、微
妙に絡み合っている。物語設定、展開は要約すると以下の通りである。政 治的に優位にある国すなわち宗主国の主人公が、何らかの理由で、政治的 に下位にある国すなわち植民地支配下にある国へ旅立つ。植民地支配下に ある国は女性によって、宗主国は男性によって表象されることが多い。主 人公は現地の人々の助けを借りて、植民地支配下にある国の固有の文化、 伝統、慣習などを理解し、その過程で自己認識に至る。ここまでが、「異
郷への旅」の枠組みである。主人公は、旅先で出会った地元の女性と恋に 落ち、紆余曲折を経て、政治的・民族的・宗教的・文化的背景の異なった 二人は結ばれる。この結婚が幸せなものであれば、宗主国と植民地支配下 の国の連合、融合を象徴的に言祝ぐこととなる。以上が、「背景の異なる 者同士の結婚」の枠組みである。4 『外科医の娘』では、「異郷への旅」の枠組みがきわめて重層的、多層的 に、そして反復的に用いられている。従来の歴史小説・国民小説では、異 郷への旅に出るのは主人公一人であることが圧倒的に多い。『外科医の娘』 では、アダム、ミニーそしてリチャードの三人が異郷に旅立つ。さらには、 過去のエピソードとして、インド亜大陸に渡って巨額の富を得て帰国した リチャードの父のトレシャム(Richard Tresham)やリチャードの友人でイ ギリス東インド会社の徴募官トム・ヒラリー(Tom Hillary)の旅も言及さ れる。 アダムの旅から見てみよう。彼は、失恋の傷を癒すためイギリス東イン ド会社の船医の助手となり、当時ムガール帝国とイギリスの植民地支配下 にあったインド亜大陸へ向かう。スコットランドを出発し、陸軍病院のあ るワイト島(Isle of Wight)を経由して、イギリス東インド会社の拠点と なっていたマドラスに上陸する。マドラスでしばらく医療活動に従事した 後、東ガーツ山脈(Eastern Ghats)、マイソール王国の首都セリンガパタム (Seringapatam)、ティープ・サヒブの宮殿のあるバンガロール(Bangalore) へと旅をし、マドラスに戻る。歴史小説・国民小説では、主人公が旅先で 知り合った地元民に、その国の言語、風習、慣習、伝統などを学ぶ場面が 続出する。アダムもこのジャンルの定石通り、マドラスで「通訳の介入な しに[地元民の]患者と意思疎通を図るために……東洋の諸言語」、5 す なわちヒンドゥー語やアラビア語を修得する。アダムは「貧しい人に往 診を頼まれた時には、いかなる民族の出身者でもいつでも無料で診察し」 (245)、地元の人たちとの親交を深め、東洋の慣習、作法などを学んでいく。 アダムの地元への理解が一層深まるのは、イスラム教徒の托鉢僧バラク・ エル・ハドギ(Barak El Hadgi)と知己を得てからである。アダムは彼の もとを往診に訪れた際には「神聖な境内の門のところで靴を脱ぎ」(247)、 アラビア語で「あなたに平和が訪れますように」(247)とイスラム教徒風 の挨拶をするほどまでに現地の慣習に習熟する。バラクは、托鉢僧という のは隠れ蓑で、実はマイソール王ハイダル・アリーの官吏でかつ諜報部員 である。アダムは、彼が「ある秘密の使命を帯びており、おそらくは、有
能で賢明な君主[ハイダル・アリー]とイギリス東インド会社当局の間の より堅固な平和を達成するために」(248)宮廷から派遣されているのだろ うと推測する。バラクは、アダムに目下の政治状況を詳細に語り、ハイダ ル・アリーのことは「インド亜大陸が誇るもっとも賢明な王の一人であり ……公明正大な正義感を抱いている」(248)方であると賞賛する。 「異郷の旅」の枠組みでは、主人公が最初に足を踏み入れた土地からさ らに奥地へと旅立つのが通例である。奥地への旅は、異国情緒溢れる景色 や民族固有の伝統的な慣習などに主人公を触れさせるための仕掛けにも なっている。アダムは、バラクにハイダル・アリーへの直訴の仲立ちを頼 むため、マドラスからインド亜大陸内部のマイソールの首都セリンガパタ ムに旅立つ。アダムは宮廷の儀式張った作法や「東洋の習慣を充分に熟知 して」(274)おり、「遠慮がちに恭しく」(274)なされた彼の訴えは、聞 き届けられる。アダムはバンガロールにおいて東洋の君主の専制主義、暴 力性、冷徹さ、残虐、野蛮、不気味さを身をもって体験する。ハイダル・ アリーは、直ちにミニーの解放を命じ、二重スパイを働いたリチャードに 対しては、裁判手続きを経ずして、象の脚による踏みつぶしの刑を宣告し、 直ちに死刑を執行する(284)。象による圧死という極刑は、当時インド 亜大陸でしばしば行われていた(Lamont, ‘Historical Notes’ 365; Chatterjee 192-93)。ミニーを救出後、アダムはマドラスに戻り、献身的に医療活動 に従事しているうちに疫病に感染して死ぬ。アダムの異郷への旅は志半ば で終止符が打たれる。 リチャードの異郷への旅を概観する前に、彼の父リチャード・トレシャ ム(Richard Tresham)のインド亜大陸への旅を見てみよう。ジャコバイ ト主義者のトレシャムは、大逆罪で逮捕され、逃亡する。当時のジャコ バイト主義者はインド亜大陸にしばしば活路を見いだしていた(Green 117)。トレシャムもジャコバイトとしての過去を抹消し、新たな身分を 獲得するためにインド亜大陸への旅にでる。母方の姓ウィザーリングト ン(Witherington)を名乗り、首尾良くイギリス東インド会社軍に入隊し、 功績を立てて将軍となり、さまざまな利権の悪用や略奪行為などにより (Wallace 314)、巨万の冨を獲得して帰国する。しかし、インド亜大陸で罹っ た熱射病の後遺症で帰国後頻繁に発作をおこすようになる(234)。彼はイ ギリスへ、巨万の冨、召使い、略奪品、道徳的堕落、伝染病、病原菌を持 ち帰る(Wallace 317)。結局、インド亜大陸は、彼にとって逃避の場であ り、過去を抹消し、新しい身分と立場を捏造する再生の場となる(Wallace
315)。トレシャムのインド亜大陸への旅は、帝国主義的侵略の旅(Rignall 19)、すなわち当時社会問題となっていたインド亜大陸帰りの新興成金(ネ イボッブ、Nabob)の旅(Butler 401; Nechtman 147-48; Spear 199; Chatterjee 31-48)である。 リチャードの旅の目的は、富を得るためである。アダムと同じように、 スコットランド、ワイト島、マドラス、マイソール、バンガロールへと旅 をする。リチャードは「ああ、デリー!ゴルコンダ!……インド亜大陸、 この地では黄金は剣で勝ち取ることができる」(198)とインド亜大陸の冨 への憧れを語る。デリーはムガール帝国の首都であり、ゴルコンダはダイ アモンド鉱山でよく知られており、冨と密接に結びついている(Lamont, ‘Scott’ 45)。リチャードは、帝国主義的侵略の旅でかなりの財産を蓄えて 帰国したかつての友人ヒラリーに、東インド会社軍に入隊するようにと勧 誘にされる。ヒラリーはインド亜大陸の現地人のことを差別的に「黒い下 層民」(202)、「黄褐色の犬」(202)などと呼び、東洋の冨と贅沢品、宮廷 の華やぎや壮麗さについて、傲慢で優越感に満ちた態度で虚実入り交じっ た話を吹き込む。イギリス東インド会社軍の指揮官ストリンガー・ローレ ンス(Stringer Lawrence, 1697-1775)や彼の部下でベンガル知事を務めた ロバート・クライブなどの巨額の財産を持ち帰ったネイボッブに言及して、 「ローレンスのような人やクライブのような人物の果たした偉業、これら の偉業によって冨を獲得することが可能となる素晴らしい機会」(203)に ついて熱く語る。リチャードは、「野心と貪欲」(200)に駆られ、イギリ ス東インド会社軍の中尉としてマドラスに行くことに決める。リチャード はマドラスの地で、スコットランドではある程度抑制されていた無節操、 不実さ、貪欲さなどが解き放され(Green 115)、道徳的にしだいに堕落し て行く。決闘で上官を殺害したことを皮切りに、軍隊からの脱走、敵国マ イソールへの寝返り、白人女性の後宮への斡旋、捕虜の拷問、大量殺戮、 二重スパイなどに手を染める。西洋人が東洋の地を訪れ、その地の道徳的 な汚れに汚染され、堕落するというプロット展開には、スコットの『外科 医の娘』における政治的な意図が深く関わっている。 リチャードは、この枠組みの約束事に従って、マダム・モントルヴィー ル(Begum Adela Montreville, Mootee Mahul)やイギリス東インド会社の総 督の通訳ポーピア(Paupiah)などの地元民と親しくなる。マダム・モント ルヴィールはスコットランド人であるが、イスラム教徒の貴婦人を示すベ イガム(Bagum)という尊称を使用し、「ヨーロッパの人々とは別種の」(280)
衣装を着用していることから、彼女は「もはやヨーロッパ人とは言えない」 (259)と言われ、地元に完璧に同化していると見なされている。ヒンドゥー 教徒でブラーフマンのポーピアは、「東洋のマキアヴェリ」(264)と呼ば れ、卑劣な陰謀家である。リチャードは彼らとの交際を通じて、宮廷の内 情、慣習、文化、伝統について学ぶ。ここまでは、「異郷への旅」の枠組 みの定石通りである。しかし、枠組みの定石を大きく逸脱させているのは、 彼らがリチャードを悪の道へと誘い入れ、最後には手ひどく裏切ることで ある。結局、リチャードはマダム・モントルヴィールの密告により二重ス パイが露見し、即刻処刑され、名声と富を獲得するという父が成し遂げた 帝国主義的侵略の夢を叶えることはできない。彼がインド亜大陸で手に入 れたものは、不名誉と失望そして死である。 ミニー・グレイの旅の目的は結婚である。リチャードに結婚を口実にマ ドラスに呼び寄せられる。ティープ・サヒブへの贈り物として強制的に奥 地マイソールに旅立たせられる。奥地への旅は籠に乗せられての旅である。 ミニーの旅の様子が唯一描かれているのは締め切った籠の中から聞こえて くる彼女の悲鳴と不明瞭な抗議の声だけである。先に見た通り、彼女はア ダムの敏速な対応によりティープ・サヒブの後宮に売られることなく、無 事マイソールへ戻る。その後、一人でスコットランドに帰国し、ひっそり と一生を終える。彼女のインド亜大陸への旅は、きわめて受動的で強制的、 暴力的なものである。 インド亜大陸への旅はいずれも不幸な結果に終わる。トレシャムは巨額 の冨を持ち帰ったものの、インド亜大陸で感染した熱病の後遺症に苦しみ 狂気に退行する。インド亜大陸の文化に共感し医療活動に勤しんだアダム は、伝染病に罹患して客死する。インド亜大陸で悪に傾斜したリチャード は、裏切りが発覚し処刑される。インド亜大陸で非道な経験をしたミニー は心身ともに傷つき、精神的な痛手から回復することはない。「異郷への旅」 の枠組みの、かくも悲劇的な変容には、異文化との遭遇に対するスコット の政治的な意図が反映されている。
3.「背景の異なる者同士の結婚」の枠組み
『外科医の娘』において、「背景の異なる者同士の結婚」の枠組みは、スコッ トランドを舞台にした前半部分のみならず、インド亜大陸を舞台にした後半部分にも頻出する。この枠組みは前半部分と後半部分をテーマ的に連結 する役割も果たしている。前半部分では、過去のエピソードとして語られ るトレシャムとジリア・ド・モンサーダ(Zilia de Monçada)の二人、そし てミニー、リチャード、アダムの三人の関係を、後半部分では、リチャー ドとマダム・モントルヴィールの関係を描く際に用いられている。6 この 枠組みもまた、スコットの政治的意図に合わせて変更や歪みが加えられて いる。 トレシャムとジリアの背景から見てみよう。トレシャムは、「ノーサン ブリア出身の」(238)イングランド人で、そもそもはカトリック教徒。スチュ アート王朝支持者である。しかし、彼はある時点でスチュアート王朝支持 者からハノーヴァー王朝支持者に、カトリック教徒からプロテスタントに 変わる。ジリアは、ユダヤ系ポルトガル人でユダヤ教徒。ユダヤ人が東洋 人と見なされていた(Youngkin 48; Watt 100)ことを想起するとき、ジリ アは政治的に下位にある植民地支配下の国民と同等の立場にいることにな る。結婚を父マティアス・ド・モンサーダ(Matthias de Monçada)に反対され、 二人はスコットランドに駆け落ちし、息子が誕生する。父に所在を発見さ れ、二人の仲は裂かれる。ここで、「背景の異なる者同士の結婚」の枠組 みは頓挫したかに見える。しかし、トレシャムは、先に見たようにインド 亜大陸で巨万の富を得て帰国し、一子をなして別れたジリアと14 年ぶり に再会し、正式に結婚する。ここで、民族的、宗教的、文化的な背景の異 なる者同士の結婚が14 年の歳月を経て成就する。二人の結婚には、人種、 宗教、政治、帝国が交差していると言えよう(Wallace 315)。 ジリアはトレシャムとの結婚に際して、ユダヤ教から英国国教会に改宗 し、異文化との融合を果たしたかに見える。しかし、ジリアは息子リチャー ド宛ての手紙で「ユダヤ教徒の神とキリスト教徒の神があなたを見守り保 護してくださいますように」(95)と記しているように、二つの宗教の境 界線上を彷徨っている。ジリアがショック死し、トレシャムは精神に破綻 をきたすという結末は、西洋と東洋の融合は失敗に帰するという暗示に満 ちている。スコットは、ユダヤ人に対して強い人種的偏見・憎悪を抱いて いた(Youngkin 37)。トレシャムとジリアの悲劇は、スコットにとってユ ダヤ人とイングランド人の融合は不可能であるということを仄めかしてい る。スコットは、ここでは「背景の異なる者同士の結婚」の枠組みをきわ めて個人的な偏見で歪めている。 ミニーとリチャード、そしてアダムの三人の関係は「背景の異なる者同
士の結婚」の枠組みの修正版の影響を色濃く受けている。修正版の枠組み は、オーエンソンの『宣教師』(The Missionary: An Indian Tale, 1811)やチャー
ルズ・ロバート・マチューリン(Charles Robert Maturin, 1782-1824)の『ア イルランドの族長』(The Milesian Chief: A Romance, 1812)などで構築され
たものである。修正版では、主人公が相対立する文化的背景をもつ二人の 異性の間で揺れ動くという設定になる。『アイルランドの族長』の場合を 例に取ると、イングランドを体現するアーミダ(Armida Fitzalban)は、ゲー ル系アイルランド人で反逆者のコナル(Connal O'Morven)とイングランド の名家出身の陸軍士官ウォンズフォード(Colonel Wandesford)との間で揺 れ動く。最終的に、アーミダは、政治的、宗教的、民族的背景がより過激 なコナルを恋人にする。 ミニーを巡るリチャードとアダムの文化的背景を具体的に見てみたい。 ミニーは、スコットランド人で、プロテスタント。政治的には、おそらく 当時の慣習で父の政治信条に従ってハノーヴァー王朝支持者であろう。ア ダムは「イングランド側の境界地方の尊敬すべき農場主の息子」(187)で、 宗教的には英国国教徒。政治的にはハノーヴァー王朝支持者である。リ チャードの背景は、父がイングランド人で母がユダヤ人であるという彼の 出自を反映して複雑である。宗教的にも込み入っている。彼は、カトリッ ク教徒として洗礼を受けるが、後に「僕はローマンカトリック教徒に改宗 しただろうに」(200)と述懐しており、いずれかの時点で英国国教徒に改 宗している。人種的には「僕は自由の身に生まれたイングランド人だ!」 (182)と述べ、母方のユダヤ人の血や誕生の地スコットランドを拒絶し、 イングランド人であることを主張する。リチャードとアダムの相貌、外見 も対照的である。共に民族の血を反映し、アダムは「純粋なサクソン人の もつ率直な性質でイングランド人の顔つき」(188)をしており「栗色の髪 の毛」(188)の持ち主である。他方、リチャードは、ユダヤ系の母の血を 色濃く受け継ぎ「黒い目で黒い髪、彫りが深く美しい顔立ちで……外国人 風のところがある」(188)と描写され、イングランド人でありたいという 彼の願いを図らずも裏切っている。 ミニーは、小説の前半部分で、二人のうち、政治的にも宗教的にも民族 的にも過激な背景をもつ男性を選択する。カトリックから英国国教会へと 改宗し、ユダヤ人の血の混じったイングランド人のリチャードを選ぶので ある。ここで「背景の異なる者同士の結婚」が成就されるかに見える。し かし、インド亜大陸に渡ったリチャードは現地人同然のマダム・モントル
ヴィールの愛人となり、新たな「背景の異なる者同士の」性的な結びつき が形成される。その結果、スコットランドで始まったリチャードとミニー の関係は終わりを遂げるが、小説の後半部分でミニーはアダムと再会し、 リチャードよりも文化的に穏やかな背景を持つアダムと新たな関係を結ぶ のではないかと期待させる。ところが、ミニーはインド亜大陸での辛い経 験で心身共に損なわれ、アダムとの結婚という道は選択せず、単身スコッ トランドに帰国する。結局、ミニーとアダムの間でも「背景の異なる者同 士の結婚」は成就しない。 リチャードとマダム・モントルヴィールの関係は、「背景の異なる者同 士の結婚」の枠組みのパロディと言えよう。リチャードの文化的背景は先 に見た。ここではマダム・モントルヴィールの文化的背景をより詳細に見 てみよう。彼女の父親がスコットランド人でフランス軍の連隊の曹長であ り、夫のモントルヴィールがスイス人将校でフランス軍の傭兵であったと いう事実を考え合わせると、彼女は、宗教的にはカトリック教徒であった と推測される。夫の死後、彼女はティプー・サヒブの愛人になり、宗教的 には「私は背教者です」(262)と自ら宣言するように、イスラム教に改宗し、 政治的にはイギリスの敵であるフランスとマイソール王国に忠誠を誓う。 宗教的にはイスラム教徒で政治的には反イギリス、人種的には東洋人と して通っているマダム・モントルヴィールとイングランド人で宗教的には 英国国教徒のリチャードがインド亜大陸で出会う。まさにこの枠組みの定 石通りの展開である。マダム・モントルヴィールは、飽くことを知らない 性欲と野獣性の記号である(Loomba 131)「アマゾン」(261, 263)と描写され、 自分の意志と欲望を持ち、知略に富み、夫の残したゲリラ隊を指揮するほ どの指導力、決断力、政治力を兼ね備えた女性である。リチャードは彼女 の愛人となり、彼女が統括するゲリラ隊の指揮官になる。ここに至り、擬 似東洋人と西洋人の「背景の異なる者同士の結婚」の枠組みが形成された かに見える。リチャードが極刑に処せられ、マダム・モントルヴィールが 毒物による自殺か何者かによる毒殺(小説中では明快に述べられていない) という二人の最後は『アイルランドの族長』のアーミダとコナルの悲劇的 な最期─コナルは銃殺刑、アーミダは毒を呷っての自殺─のパロディのよ うに思われる。この不幸な結末により、マチューリンがアイルランドとイ ングランドの融合は困難であると示唆したように、スコットも東洋と西洋 の融合は不可能であるというメッセージを発している。 スコットは、東洋と西洋の境界線を越境することにきわめて懐疑的で
あった(Lamont, ‘Scott’ 44)。リチャードとマダム・モントルヴィールの 二人は自由奔放に政治、宗教、ジェンダー、人種の境界線を越境し、かつ 攪乱させる(Wallace 318)。「彼女は男性化していて、もはやヨーロッパ人 とは言えません」(259)、「マダム・モントルヴィールの乗馬服と絹のズボ ンは地元の族長の衣装に似ている。もっとも彼女の額はヨーロッパ人の色 である」(249-50)と描写されるように、彼女は男性と女性、アジアとヨー ロッパの間を自由に行き来し、かつ交差させている。リチャードも黒人召 使いに変装したり、「ヨーロッパ風の服装とはほど遠い、インド亜大陸の 廷臣の服装」(280)をしたり、「豊かな絹と金糸で織られたターバンを巻き、 口ひげを生やし、瞼に化粧をし……深紅のヴェルヴェットの鞘に収めた大 きな刀を手に持って」(280)現れたりする。服装のみならず、政治的にも、 自己の利益に合わせて、イギリス、マイソール王国、イギリスといとも簡 単に境界線を侵犯する。ようするに、リチャードもマダム・モントルヴィー ルも、自らの文化的・宗教的・政治的な出自に対する忠誠心が欠如してお り、異文化に容易に迎合し、融和する。結局、「背景の異なる者同士の結婚」 は、ミニー、アダム、リチャードの場合が明白に示すように、どの関係も 幸せな形では成就されない。また、トレシャムとジリア、リチャードとマ ダム・モントルヴィールのように、文化の境界線をいとも容易に侵犯する 場合も悲劇的な結末に終わる。ここに、異文化との融合に対するスコット の根強い不信の念が仄見える。
4.スコットの政治的意図
『外科医の娘』において、歴史小説・国民小説に特有の「異郷への旅」と「背 景の異なる者同士の結婚」の枠組みが用いられていることを確認した。ま た、二つの枠組みが小説の前半部分と後半部分にまたがって重層的に用い られていることによって、乖離していると時に批判される前半と後半が有 機的に関連していることを検証した。 スコットは二つの枠組みを用いてインド亜大陸をいかに表象したのか。 繰り返しになるが、インド亜大陸への旅に出たアダムやトレシャムは疫病 に感染し、マダム・モントルヴィールとリチャードはこの地でより一層悪 に傾斜する。現地民は、悪辣、残虐、冷酷、好色と描写され、この地で知 り合った文化の異なる者同士の結びつきはすべて不幸な結果に終わる。さらには東洋に融合、同化した西洋人はきわめて悲劇的な最後を遂げる。こ のようなプロット運びがまさに示しているように、インド亜大陸は、悪、 野蛮、残虐、汚染、腐敗堕落、頽廃として表象されている。スコットの『外 科医の娘』におけるインド表象の際だった特徴は、サー・ウィリアム・ジョー ンズ(Sir William Jones, 1746-94)のそれと対極に位置していることである。 ジョーンズは、ヨーロッパ世界にインドの文学、歴史、言語を紹介し、イ ンド固有の伝統文化を尊重し、異文化は互いに接触することにより相互的 変容を遂げると主張し、文化的相対主義、宗教的折衷主義、文化的融和・ 混合、多文化共存を唱えた(Drew 46; Franklin 184)。スコットがジョーン ズのインド研究の成果を『外科医の娘』において排除しているのは、意図 的なことと思われる。 日記や書簡において、インド亜大陸への帝国主義的進出にはいささかの 疑念も示さず、無批判に受け入れていることからも明白なように(Rignall 17)、スコットは政治的には帝国主義者であり、保守主義者である(Lamont, ‘Scott’ 40; Harvie 40; Hewitt 44)。7 「スコットランドの黒い畜牛がイングラ
ンドに送られるのと同じく、スコットランドの次男、三男がインドに輸出 されるのは当然である」(Letters VII 185)という書簡での発言、さらには 1822 年に息子のチャールズ(Charles Scott, 1805-41)のためにイギリス東 インド会社の書記の仕事を手に入れようとした事実が示すように、インド 亜大陸をスコットランド人の活躍の場所、冨の源とみなしていることは確 かである。しかし『外科医の娘』においては、スコットは帝国主義的進出 に関して多義的であり、時には明らかに批判的な態度を取る。「インド亜 大陸はスコットランド人が繁栄するに相応しい場所です」(155)と帝国主 義的進出を是認する発言を登場人物の一人に言わせ、「18 世紀の中葉…… レドンホール通り[東インド会社の所在地]の重役は、黙って広大な帝国 の礎を築いた」(201)、「東インド会社の重役達が、大胆で持続的な政策で 東洋における大英帝国をあのような高みにまで引き上げた」(219)とイギ リス東インド会社の偉業を賞賛する。 その一方で、帝国主義的な野心に駆られた軍人は「喜望峰で良心を捨て てインド亜大陸に渡り、帰国するときに良心を拾い上げるのを失念する」 (155)、「東洋の冨と東洋の贅沢品は、英国貴族の中でもひときわ裕福な人々 の壮麗さを曇らせた」(201)などと述べ、ネイボッブが不正な手段で獲得 した富がイギリス社会に亀裂をもたらし、階級の混乱を招くという恐怖、 懸念を仄めかす(Lamont, ‘Scott’ 39)。実は、『外科医の娘』における二つ
の枠組みの用い方やプロット展開が示すように、スコットはネイボッブに 代表される帝国主義的進出にかかわった個々人の行動に不安と深い懸念を 覚え、危機意識を抱いていた(Rignall 18)。インド亜大陸で虚偽や不正な 取引、搾取によって暴利をむさぼり、莫大な財産を作って帰国し、所領の 獲得に走るネイボッブがイギリス社会に流入することにより、帝国に汚れ と亀裂をもたらし、階級間に緊張と不和を生みだすのではないかと懸念し たのである(Rajan 81; Wallace 313)。 ネイボッブに対する不安や恐怖は、一人スコットだけのものではない。 当時の保守主義者、帝国主義者に共通のものであった。初代ベンガル総督 ウォレン・ヘイスティングズ(Warren Hastings, 1732-1818)の弾劾裁判や ネイボッブを巡るパンフレット戦争などが示すように、18 世紀末から 19 世紀初頭にかけて、演劇から議会のスピーチにいたるまであらゆる言説 においてネイボッブに関する議論が盛んになされていた(Watt 99; Wallace 313; Teltscher 157-58)。『外科医の娘』におけるスコットの意図は、インド 亜大陸を危険な「他者」として表象し、危険な「他者」は帝国の誠実さ、 健全さを汚し堕落させ、帝国の本質を変質させるが故に一掃せねばならぬ と訴えることではなかったか。この意味で、『外科医の娘』は当時の帝国 主義的言説に与していると言えよう。 注 1 『外科医の娘』を執筆する際に、スコットは積極的に資料収集をおこなった。彼 の周囲にはインド亜大陸の事情に詳しい親戚や知人が多数存在していた。イギリ ス東インド会社や大英帝国海軍関係の親戚や友人からの情報、さらには、ロバー ト・オーム(Robert Orme, 1728-1801)、ジェイムズ・スカーリ(James Scurry, ?1766-1822)、ロバート・カー・ポーター(Robert Ker Porter, 1777-1842)などの大英帝国の 立場から執筆された書物に依拠している(Peers 250-51; Lamont 360-365)。 2 『外科医の娘』を取り上げた論文は、引用参照文献に挙げているが、数えるほど しかない。 3 地域小説、国民小説、歴史小説は十九世紀初頭に登場し、当時もっとも人気のあ る小説サブ・ジャンルとなった。多少図式的な言い方になるが、十八世紀後半に隆 盛を見たピカレスク小説、書簡体小説、政治小説などから国民小説、地域小説が誕 生し、一八一〇年代にこれら二つから歴史小説が生まれたということになる。三つ のサブ・ジャンルは互いに依存し合い、重なり合い、侵食し合い、影響し合ってお り、プロット、登場人物の性格造詣、小説の枠組みなどもきわめて似かよっている。 国民小説、地域小説は、場所や地理的な面に重点をおき、歴史小説は時間的な面に 強調をおき、歴史的変化を通して喪失と成長のプロットを語る(Trumpener 130-141;
Bellamy 63; Ferris 49-50; Thomas Tracy 85)。 4 主人公がある地方を旅行し、その地方の歴史、風物、慣習などを紹介するという 手法が最初に用いられたのはメアリ・デイヴィス(Mary Davys)の『逃亡者』(The Fugitive, 1705)においてであるが、シドニー・オーエンソンが『逃亡者』を読ん だことがあるか否かは不明である。シドニー・オーエンソンが二つの枠組みを発 想した背景にかんしては、「「異文化体験の旅」と「結婚による融合」─シドニー・ オーエンソンの構築した国民小説、歴史小説の枠組み」(鈴木106-52)などを参照
(Trumpener vii, xii; Robert Tracy 38-39; Lew, 48)。『奔放なアイルランド娘』の出版以 降、「異郷への旅」、「背景の異なる者同士の結婚」という枠組みをもつ国民小説、 歴史小説が様々に修正され変容を加えられて次々と登場する。シドニー・オーエン
ソンの『女性またはアテネのイダ』(Woman; or, Ida of Athens, 1809)、そして『宣教師』
(The Missionary; An Indian Tale, 1811)、マライア・エッジワース(Maria Edgeworth,
1767-1849)の『不在地主』(The Absentee, 1812)、チャールズ・マチューリン(Charles Maturin, 1771-1832)の『アイルランドの族長』(The Milesian Chief, 1812)、シドニー・
オーエンソンの『オドンネル』(O'Donnel: A National Tale, 1814)、そしてウォルター・
スコットの『ウェイヴァリー』(Waverley; or, 'Tis Sixty Years Since,1814)などである。
5 使用テキストは、Walter Scott, The Surgeon’s Daughter, Chronicles of the Canongate,
ed. Claire Lamont(1827; London: Penguin, 2003)245。以下、括弧内に頁数を示す。
6 マダム・モントルヴィールとティプー・サヒブの関係も背景が異なる者同士の結
びつきであり、ティープ・サヒブのミニーに対する欲望もまた、実現すれば背景が 異なる者同士の関係となる。
7 リンガール(J. M. Ringall)は、スコットとその後継者である 20 世紀の小説家 J.・G・
ファレル(J. G. Farrell, 1935-79)を比較し両者の政治意識を考察している。ウォレ ス(Tara Ghoshal Wallace)は、スコットが当時の政治に深い関心を抱いていたこと を指摘し、彼の帝国主義的修辞を分析している。ワッツ(James Watts)はスコット ランド啓蒙主義の観点からスコットのインド表象を検証している。ラモント(Claire Lamont)は、『外科医の娘』のインド表象と『ウェイヴァリー』におけるスコット ランド高地地方表象を比較検討し、スコットの帝国主義の物語は逆説に満ちている と結論づける。 引用参照文献
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鈴木美津子「「異文化体験の旅」と「結婚による融合」─シドニー・オーエンソンの 構築した国民小説、歴史小説の枠組み」. 鈴木美津子 , 玉田桂子 , 五弊久恵 , 吉野 由利『女性作家の小説サブジャンルへの貢献と挑戦』. 106-52. 英宝社 , 2008.