看護師の国際移動 -- アフリカの事例から (トレン
ド・リポート)
著者
佐藤 千鶴子
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
264
ページ
22-25
発行年
2017-09
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00049457
20世紀末以降、国境を越えて移動する看護師に注目 が集まるようになった。医療従事者の国際移動といえ ば、もともとは医師の国外流出が中心であった。1990 年代半ば以降は、医師に加えて、海外就労を手助けす る斡旋業者を通じて海外に働きに出る看護師や、イン ターネットや口コミを通じて就職活動を行い、海外の 医療機関で働き口を得る看護師が増加した。 このような看護師を主に受入れたのは英語圏諸国で あった。OECDによれば、2011年頃の時点で、アメリ カで56万1000人、イギリスで13万4000人、オーストラ リアで7万8000人をそれぞれ超える数の外国生まれの 看護師が働いていた。この数は、各国における看護師 総数の33.2%(オーストラリア)、21.7%(イギリス)、 14.6%(アメリカ)に相当した。 本稿では、まず上記3カ国のなかでアフリカ諸国へ のインパクトが最も大きかったイギリスにおける外国 人看護師受入れの動向について述べる。その後、南ア フリカ、ガーナ、ジンバブウェを事例に、看護師の流 出に対してアフリカの送出し諸国がみせた反応や、看 護師の国外流出が及ぼした影響について検討する。こ れら諸国は、1998~2007年の10年間にイギリスで看護 師として働き始めたアフリカ人の出身国の中で最も数 が多い上位1位(南アフリカ)、3位(ジンバブウェ)、 4位(ガーナ)を占める。本稿では考察の対象としな いが、2位はナイジェリア、5位はザンビアであった。 ●イギリスにおける外国人看護師の雇用斡旋 1990年代前半、英国看護助産師協会に新規に看護師 登録し、働き始める人々の9割近くはイギリスで教育 を受けていた。10年後の2000年代前半、新規に看護師 登録をする人々に占めるイギリス人の割合は5~6割ま で減少した。代わりに急増したのが、EU諸国外で看 護教育を受けた外国人看護師による新規登録であった。 この転換をもたらしたのは、1997年の労働党政権の 誕生と同政権が発表した「国民保健サービス」(NHS) の拡充である。イギリスの公的医療サービスの担い手 であるNHSは、各地で公立病院を経営している。政 策の一環として看護学校の定員が増やされたが、国内 での看護師育成には少なくとも3年必要である。看護 師育成を待つ間、短期的な人材不足を補うために採ら れたのが外国人看護師の雇用斡旋であった。 当時、イギリスでは、一般看護職のみならず、複数 の看護専門職(緊急処置、精神科、集中治療室など) に関して人材が不足しているとされ、これらの分野で 資格や経験を持つ看護師に対するビザの取得要件が緩 和された。結果、新規に看護師登録する人々の中で、 EU外の国で教育を受けた看護師の割合が徐々に増え 始め、1999~2005年には28~49%を占めるまでになっ た(図1)。最も多くの看護師を送出したのはフィリピ ン、次いでインドであったが、サブサハラ・アフリカ 諸国からの看護師も外国人看護師の中で23~35%の割 合を占めていた。最も多い年には、南アフリカから 2114人(2001年)、ジンバブウェから485人(2002年)、 ガーナから354人(2003年)の看護師が新規登録した。 ところが、NHSによる外国人看護師の雇用斡旋は、 2000年代半ばに再び転換した。すでに2000年代初頭に は国内の看護学校の卒業生が増加に転じていたが、そ れに加えて2005年、NHSの経営悪化問題が表面化し た。NHSは安易に新たな看護師を雇用できなくなり、 一部の看護師の解雇も行われた。こうした状況におい て、イギリス人看護師の職を確保するため、外国人看 護師の参入要件が厳格化された。2006年には移民政策 の「不足技術リスト」から一般看護職が削除され、国 内もしくはEU内で人材がみつからないことを証明し ない限り、EU外から看護師を雇用するために労働ビ ザを申請することができなくなった。
・リポート
レ ン ド
ト
看 護 師 の 国 際 移 動
―アフリカの事例から―
佐 藤 千 鶴 子
こうして、イギリスにおけるEU外からの外国人看 護師の受入れは2000年代後半以降、 急速に減少し、 2009年には新規登録者に占める外国人看護師の割合は わずか2%となった。イギリスにおける外国人看護師 受入れにみられた激しい変動は、送出し国側からどの ように受けとめられ、また、どのような影響を及ぼし たのか。南アフリカ、ガーナ、ジンバブウェの3カ国 について、特徴的な反応や影響を検討する。 ●海外就労を厳しく批判した南アフリカ サブサハラ・アフリカ諸国のなかで、イギリスに最 も多くの看護師を送出したのが南アフリカであった。 出身国別の統計が入手可能な1998~2012年の15年間で、 総計9768人の南アフリカ人看護師が英国看護助産師協 会に新規登録した。2012年時点で南アフリカ看護協会 に登録している正看護師(助産師含む)総数は12万 4045人であるから、たとえこの期間にイギリスにわ たった看護師が全く南アフリカに戻らなかったとして も、当時の南アフリカ人看護師のなかで、イギリスで 働いていた看護師は8%程度に過ぎなかったことにな る。この数は、国内での看護師育成数が少ない国― たとえばジンバブウェは、2010年に国内で働いていた 看護師総数1万7811人に対して、1998~2010年にイギ リスで新規登録した看護師が2657人で国内看護師総数 の15%に相当―と比べると、看護師の国外流出のイ ンパクトとしては小さいものである。 にもかかわらず南アフリカは、イギリスによる外国 人看護師の雇用斡旋に対して最も厳しい批判の声をあ げた国となった。1990年代後半に大 統領を務めていたネルソン・マンデ ラは、アフリカから貴重な医療人材 を「密漁」しているとしてイギリス を名指しで批判した。反アパルトヘ イト解放闘争の英雄であり、人種和 解を推し進めたカリスマ的指導者で もあるマンデラは、国際社会におい て道徳的な権威も持っていた。そん なマンデラの批判を受け、1999年に イギリス保健省は「国際的な看護師 の雇用斡旋に関する指針」と題する 文書を発令し、NHSに対して、看護 人材の不足する途上国からの積極的 な雇用斡旋を慎むこと、特に南アフリカとカリブ諸国 からは原則的に看護師の雇用斡旋をしないよう、通達 を出すに至った。罰則規定を持たない通達の効果は実 際には皆無であったが、この後、世界保健機関(WHO) を筆頭に、看護師の雇用斡旋に関する国際的な倫理規 約が定められることになった。 さらに、海外就労を求める看護師に関しては、「愛 国心のない」看護師といった呼称が政府関係者の発言 として国内で報道されるようになり、2005年には当時 のチャバララ=ムシマング保健相がロンドンで働く南 アフリカ人看護師と会合を持ち、南アフリカに戻って 国づくりに貢献するよう「愛国心」に訴えて帰国を呼 びかける、といったことも行われた。すでに海外に出 ている看護師を呼び戻すための試みに加えて、2000年 代には公立病院や診療所で働く医療従事者の待遇改善 が行われ、特別手当の導入や初任給の引上げなど看護 師を国内に留めるための政策が複数導入された。また、 医療分野での高等教育機関の卒業生に対して実地研修 義務が導入され、同義務を果たさなければ医師や看護 師として働くことができないことになった。 最大の受入れ先であったイギリスが2000年代半ばに 門戸を閉ざしたことに加え、国外流出を抑制するため のさまざまな政策が導入されたことで、海外で働くこ とを希望する看護師の数は2000年代後半には激減した。 ところが、南アフリカの公的な医療機関における看護 師の欠員率は、国際移動が一段落した2008年(41%) の方がピークであった2001年(25%)よりも高くなっ た。背景には、南アフリカの医療システムを構成する 図1 看護教育を受けた国別の新規登録看護師数(イギリス) (人) 0 5,000 10,000 15,000 20,000 25,000 30,000 35,000 40,000 2013/14 2012/13 2011/12 2010/11 2009/10 2008/09 2007/08 2006/07 2005/06 2004/05 2003/04 2002/03 2001/02 2000/01 1999/00 1998/99 1997/98 1996/97 1995/96 1994/95 1993/94 その他外国 EEA/EU イギリス (出所)参考文献⑦より筆者作成。
な医療人材の育成増加や待遇改善が可能となった背景 としては、2000年代に世界銀行の重債務貧困国イニシ アティブのもとで策定した貧困削減戦略に基づき社会 部門への国家支出が可能となったことや、ミレニアム 開発目標(MDGs)の達成のために保健省向けのドナー 援助が充実していたことが挙げられるだろう。 ところが2014年、ガーナ保健省は国立の看護学校の 卒業生に対して国内勤務を義務付けるスキームを終了 することを発表した。その理由として、保健省高官は、 「私立学校による看護師育成が増加し、卒業しても仕 事をみつけられないものもいる」 と説明している。 2002年と2000年代末の2つの時点を比べると、ガーナ における人口1万人あたりの看護師・助産師数は8.4人 から9.3人へとわずかながら増加している。しかしな がら、後者の値は世界平均の28.6人よりはるかに低い のみならず、アフリカ諸国の平均値(12.4人)よりも 低いものとなっている。それゆえ、たとえガーナ政府 が「看護師の供給は十分に足りている」と発言したと しても、その言葉を鵜吞みにすることはできないだろ う。この決定の背後には、公立病院で働く医療従事者 に対する給与支払いの財源をいかに確保するかという 新たな問題の出現がある。政府予算に占める公務員給 与の割合が大きいことは、先の南アフリカと同様に ガーナでも課題となっている。 ●イギリスの介護産業へ向かったジンバブウェ人 最後に、ジンバブウェの特徴は2000年代半ばにイギ リスで看護師として働き始めることが困難になった後 にも看護師の国外流出が止まらなかった点にある。そ の理由は、2000年代後半に同国経済がハイパー ・イ ンフレを含む大混乱に見舞われたため、医療従事者に 限らず、多くの国民が国外に流出し続けたことにある。 ジンバブウェの人口約1400万人(2010年世銀推計)の うち、南アフリカ在住者は100万~150万人(2010年)、 イギリス在住者は30万~100万人(2008年)と推定さ れており、2000年代初頭の10年間で実に人口の9~ 18%が両国に流出した。ハイパー ・インフレは2009 年初頭に終息したものの、政治的な改革が進まないこ ともあり、経済的な復興もいまだ途上にある。 このような状況において、ジンバブウェ人看護師は、 ニュージーランドやオーストラリアなどの新たな受入 れ先を開拓したほか、イギリスで老人介護施設や住み 公的医療と私的医療のうち、多くの患者を診なければ ならず、労働条件の厳しい公立病院から私立病院へ人 材が流出してしまうという根本的な問題があった。ま た、特別手当や初任給の引き上げを導入したものの、 十分な予算確保ができなかったことも原因としてあげ られる。政府は公的な医療機関で働く医療従事者の待 遇改善をはかったが、人材不足の解決には至らなかっ たといえる。 ●看護師不足から「余剰」へと転じたガーナ ガーナも1990年代半ば~2000年代前半にイギリスや アメリカ、カナダなどへの看護師の国外流出を経験し た。2000年頃の時点ですでにガーナの看護師育成課程 を修了した看護師の4人に1人が国外で働いていたとさ れ、国内の看護師供給に国際移動が与えた影響は南ア フリカよりもはるかに深刻であった。2002年には、首 都アクラにある教育病院で働く総勢1040人あまりの看 護師のうち、400人近くが辞職したとの報告もある。 ガーナのような、基本的に公立学校で国の予算を 使って看護師を育成している国から、イギリスのよう な先進工業国への看護師の移動は、果たして看護師育 成費用を誰が負担すべきなのか、という問題を喚起し た。すなわち、ガーナの国費を使って育成された看護 師が、国民に対して医療サービスという形で還元する ことなく、外国の人々のために医療サービスを提供し ているということが問題視されたのである。 もちろん、ガーナ政府はこの事態に対して何ら対策 を施さなかったわけではなかった。公立の看護学校の 定員増と、私立の看護学校や看護学部の開設認可を通 じて看護師育成の増加を図り、実際に看護学校の入学 者数は622人(1999年)から2260人(2007年)へと増 加した。さらに、メディカル・アシスタントと呼ばれ る準医師資格やコミュニティ ・ヘルス・ナースなど の短期間で修得可能な準専門的な職種を導入し、それ らの育成数も増やした。準専門職は海外で認められる 専門資格ではなく、育成期間が短いため、都市・農村 間といった国内の人材配置の偏りを解消するためにも 途上国では重要な職種である。 また、南アフリカと同様に、国内に看護師を留める ための給与・待遇改善が行われたほか、2003年には国 立の看護学校の卒業生に対して、卒業後5年間、国内 勤務をすることが義務付けられた。ガーナでこのよう
《付記と謝辞》 本稿は、2016年12月8日に実施した日本貿易振興機 構アジア経済研究所図書館・上智大学アジア文化研究 所主催講演会「看護師の国際移動―アフリカの事例 を中心に―」の内容を加筆修正し、参考文献①~③ を一部アップデートしたものです。本稿執筆のもとと なった現地調査の一部は、科研費(課題番号20710195) の助成を受けて実施しました。ここに記して感謝しま す。 (さとう ちづこ/アジア経済研究所 アフリカ研究 グループ) 《参考文献およびウェブサイト》 ① 佐藤千鶴子「アフリカ人の国際移動とアフリカ開 発の可能性」川端正久・落合雄彦編『アフリカと 世界』晃洋書房、2012年、332~358ページ。 ② 佐藤千鶴子「看護師の国際移動――英国、フィリ ピン、南アフリカ――」佐藤誠編『越境するケア 労働』日本経済評論社、2010年、99~119ページ。 ③ 佐藤千鶴子「ガーナ人看護師の国際移動と医療人 材供給への影響」『アフリカレポート』50号、2010 年、40~45ページ。
④ OECD, International Migration Outlook 2015,
Paris: OECD Publishing, 2015.
⑤ England, Kim and Caitlin Henry, “Care Work, Migration and Citizenship: International Nurses in
the UK,” Social and Cultural Geography, Vol.14,
No.5, 2013, pp.558-574.
⑥ WHO, World Health Statistics, 各年版。
⑦ Nursing and Midwifery Council, UK, Statistical
Analysis of the Register, 各年版(https://www. nmc.org.uk/)、2012年1月20日閲覧(2017年7月11 日現在、この統計は削除されているが、2008~13 年については同サイトのプレスリリースから入手 可能)。
⑧ South African Nursing Councilウ ェ ブ サ イ ト (http://www.sanc.co.za/)、2016年11月24日閲覧。 ⑨ Darko, Sammy, “How Ghana Has Reversed
Exodus of Nurses,” BBC News, 27 February 2015 (http://www.bbc.com/news/world-africa- 31637774)、2016年11月18日閲覧。 込みの在宅介護の仕事に従事するようになった。2000 年代半ばに実施された複数の調査において、介護士・ 介護補助がイギリス在住ジンバブウェ人の最大の就労 先であることが報告されている。イギリスでは、2009 年頃の時点で看護職(23%)よりも介護職(35%)の 方が外国人の占める割合が高いという調査結果もあり、 家庭での訪問介護や住み込み介護の分野でも多数の外 国人が働いている。さらに最近、同国では死亡原因の 第一位が心疾患から認知症(アルツハイマー病含む) になったとされ、高齢化の進展も著しい。介護に対す る需要が今後ますます増えていくことが予想されるな かで、ジンバブウェ人に限らず、介護の仕事を担う外 国人は増えていくことだろう。 ●おわりに 本稿では、20世紀末以降に大きな注目を集めること になった看護師の国際移動について、重要な受入れ国 となったイギリスの動向とそれに対するアフリカ3カ 国の反応や影響を検討してきた。医療従事者の国際移 動については従来、頭脳流出の問題として論じられて きたが、本稿ではそれに加えて、受入れ国の移民政策 の動向が送出し国の医療人材政策に影響を与えうるこ とをみた。ガーナも南アフリカも看護師の国外流出へ の対応として、国内での看護師育成数の増加、給与や 待遇面での改善、看護学校修了生に対する一定期間の 国内勤務の義務化などを行ってきた。しかし、看護師 の育成数を増加すると、今度は財政的な問題のために、 彼(女)らに職を提供できないという新たな問題に直 面することになった。 看護師の国際移動について考える上でのもう1つの 重要な点は、受入国における需要の変化である。2000 年代後半、外国人看護師の受入れに対して急速に門戸 を閉ざしたイギリスであるが、対照的に介護の仕事を 担う外国人に対する需要は増加している。看護師資格 を持っていれば介護職を得る際に有利に働くこともあ る反面、アフリカ人看護師からみれば技能はく奪ない し技能低下の問題となりかねない。本稿では受入れ国 としてイギリスのみを考察の対象としたが、少子高齢 化はヨーロッパや東・東南アジアの多くの国々に共通 の課題である。それゆえ今後は、看護→看護から看護 →介護へと出身国と受入れ国の間で職業名を変えつつ、 看護師の国際移動が続いていくことになるだろう。 看護師の国際移動―アフリカの事例から―