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[創立35周年に寄せて]回想・沖縄農業研究会創立初期のころ: 沖縄地域学リポジトリ

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Title

[創立35周年に寄せて]回想・沖縄農業研究会創立初期

のころ

Author(s)

宮里, 清松

Citation

沖縄農業, 32(2): 62-63

Issue Date

1998-06

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/1387

Rights

沖縄農業研究会

(2)

沖縄農業第32巻第2号(1998) 62 2.回想・沖縄農業研究会創立初期のころ 宮里清松 (前会長)

L沖縄農業研究会の結成 沖縄の農業研究者の間で互に連絡をとりあい,情報 を交換して励まし合いのできる組織をつくることの必 要性が高まり,昭和37年「沖縄農業研究会」が結成さ れ,初代会長に琉球大学の当時の農学部長・島袋俊一 教授が選出された。 昭和37年(1962)5月19日に設立総会と研究発表が, 琉球大学文系ビル101教室で開かれた。研究会の結成・ 機関誌発行を祝して東京教育大学教授・理農学博士平 塚直秀,北海道大学教授,農学博士村山大記両先生の あいさつ文が寄せられた。 当日のプログラムは第1部:設立総会第2部:記 念講演(琉球模範農場管理官・平野俊,琉球大学教授。 島袋俊一),第3部:研究発表(8題)であった。 その後,研究会は毎年総会を開き,研究発表・シンポ ジウム,特別講演などが行われ,そのときどきに重要 となっていた問題を課題にとりあげて,シンポジウム・ 意見交換が行われてきた。 沖縄農業研究会の活動の一環として機関誌「沖縄農 業」第1巻第1号が昭和37年(1962)5月19日に発刊 された。当初の編集兼発行者を勤めた宮里は編集後記 で次のように記した。即ち,昭和37年3月26日に琉球 政府の関係課および琉球大学農学部関係職員などの有 志があつまって設立準備委員会をつくり,会則の大要 を審議し,その後,具体化するために3回の会議を重 ね,会員の加入勧誘,原稿の募集,広告の依頼をすす めたことについて記した。 また,会誌で私は「三号誌になるな。地域に密着し た編集」を心がけて訴えてきた。本土復帰以前は印刷 出版については,事前に米国民政府の認可が必要な時 代であったが,創刊号のゲラ刷りが終わるまで許可申 請を忘れ,大慌てで手続きをふんだこともあった。「三 号誌」というのは,当初は意欲的に編集発行されるが, 長続きしないために「三号」で廃刊になることが多い ことから生まれた言葉であるが,会誌「沖縄農業」は 編集責任者は代わってきたが,中途で息切れせずに今 日まで続いてきた。第1巻第1号(1962年5月)の編 集後記に,本会が成長してゆくゆくは畜産や林業部門 とも提携して,ここに沖縄農学会をを結成する機運が 得られると幸いだと話し合っている。即ち,沖縄農学 会という-大組織体の下に畜産部会,林学部会,農業 経営経済学部会等といったグループの結合ができて, それらが相互に今までよりも密接に連携できたら沖縄 の農業振興にすばらしい役割を演ずろ筈である。これ も遠い夢であってもらいたくないと記したこともあっ た。「沖縄農業」に掲載された論文をみると,次のよう に広い分野にわたっている。即ち,土壌および肥料, 作物(甘蕨・甘藷・パインアップル・チャなど),園芸 (野菜・果樹など),作物育種,植物病理,害虫,農業 気象,農業災害などの分野について取りあげられてい る。 編集は地域性を重視しながら,研究対象に特殊のも のがあったし,投稿論文をみるとさらに東南アジア, 南米などにも視点を向けていたことがうかがわれる。 また,会誌には「農界人事往来」の頁を設けて県外か ら沖縄にきた農業関係者の情報を提供した。 更に琉球の2大産業であった糖業,パインアップル 産業は農業の体質改善の一環として,その合理化につ いての計画および実施が強く要請されていた。各位の 参考に供するために琉球政府から本土政府への要請書 (砂糖の貿易自由化阻止に関する要請書,1962年12月), 琉球政府の計画(琉球パイン産業合理化計画,1962年 3月)なども掲載して会員の便に供したこともあった (会誌第2巻第1号)。 Ⅱ十周年記念行事

(3)

創立35周年に寄せて 63 1971年(昭46年)は「沖縄農業研究会」が発足して 十周年目を迎えることになり,記念行事が計画された。 (1)準備作業 1970年11月4日に十周年記念誌の文献目録カードを 作成することにし,文献の分野別分担を決めた。 1971年2月6日に文献目録担当者の会議を開催し, 文献カードの整理を開始した。 同年7月6日に評議会開催。1970年度予算承認,十周 年大会および1971年度総会を1971年秋に開催すること を決定した。 同年11月22日に幹事会開催c十周年記念大会の運営 について最終打合わせをした。 (2)研究会十周年記念行事 ①1971年11月27日,沖縄農業研究会十周年記念大会 を琉球大学農学ビル501教室で開催する。 ②講演会(研究発表・7題)。 ③総会:経過報告,予算報告。 ④記念式典 会長あいさつ・高良鉄夫。 祝詞イ)琉球政府農林局長翁長林正。 ロ)沖縄農業協同組合中央会 会長山城栄徳。 祝電平塚直秀(東京教育大学教授)。 感謝状贈呈故島袋俊一氏,新城幸吉氏, アジア財団。 ⑤記念講演 沖縄農業の将来 琉球大学農学部教授福島栄二 ⑥沖縄農業関係の文献目録を発行することを決定し た。 なお,記念大会が終了した後,1971年12月16日に 幹事会を開いて,反省事項について話し合いをし た。 た。東京の日本武道館と沖縄の那覇市民会館で,政府 主催の記念式典が行われた。本土復帰の時点で沖縄県 民はそれぞれの立場で問題をかかえてその処理に頭を いためていた。 「沖縄農業研究会」も例外ではなく,会員が本土の 中央学会と結びつく中で,沖縄農業研究会の存続の可 能性について検討された。その結果,農業に関する試 験成績並びに教育は環境条件に大きく左右されるが, 沖縄は地理的条件,歴史的背景,研究対象となる士壌・ 農業生物に独自のものがあること,地域社会と密着し た試験研究並びに教育,普及を続けるうえで関係者が 絶えず情報を交換し,協力してこそ成果が期待できる こと,などの理由で存続されてきた。研究会の一層の 発展を図ろため,活性化委員会を設置して検討したこ ともあった。 本土復帰して沖縄県が再出発した後でも沖縄農業研 究会はほとんど同じ方法で,毎年の総会・研究発表・ 特別講演・シンポジウムなどが行われ,機関誌「沖縄 農業」は出版されてきた。 Ⅳ県外の機関に勤める方からの「沖縄農業」への寄稿 県内の全員,その他からの寄稿のほか,県外から寄 稿された方の勤務先は次のとおりであったc即ち,(1) 農林水産省技術研究所,(2)農林省農業試験場,(3) 鹿児島県農業試験場,イ)大島支場,ロ)徳之島糖業 支所,(4)九州大学農学部,(5)香川大学農学部, (6)岐阜大学農学部,(6)ハワイ大学(琉球大学招 へい教授)などであった。 V・結び 「沖縄農業研究会」の設立および活動と機関誌発刊 について述べたが,全員が今後とも研究会を足場にし て,それぞれの分野で活躍し,実績をあげられるよう 期待して回想を終えることにする。 Ⅲ本土復帰後の「沖縄農業研究会」 昭和47年5月15日,沖縄の施政権返還で沖縄県が再 び発足し,県民95万人が日本国民として権利を回復し

参照

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