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アジ研ワールド・トレンド No.225(2014. 7)
二〇一三年一二月にバリで開催
された世界貿易機関︵
W
T
O
︶
の
閣僚会議において
、ラウンド交
渉︵ドーハ開発アジェンダ︶の部
分合意が成立した。しかし、ラウ
ンドの主要な議題のひとつである
途上国の開発問題については、先
進国と途上国の意見の対立が激し
く合意の目途は立っていない。そ
れどころか、他の交渉分野でも開
発問題が議論の俎上に上がり、か
えって合意形成を困難にする要因
となっているという指摘もある。
交渉における開発問題の論点
は、途上国に対して供与されてい
る
﹁特別かつ異なる待遇﹂
︵
special
and
diff
erential
treatment
S
&
D
︶の強化
・明確化だが
、最近
、
この
S&D
制度自体の見直しを求
める議論が増えてきている。
●途上国優遇制度とは?
通常の国際機関や国際条約は主
権平等の原則に基づいており、国
の面積や人口、あるいは政治力や
経済力といった要素によらず、す
べての参加国が平等に扱われる
。
W
T
O
も例外ではなく、途上国で
あるか先進国であるかに拘らずす
べての加盟国が条約上の義務とし
て一様に
W
T
O
諸協定で決められ
ている貿易ルールを遵守しなけれ
ばならない。しかし、
W
T
O
ル
ー
ルを発展段階の異なる国家に一律
に適用するのは現実問題として難
しい。貿易を通じて途上国の経済
開発を促進するという観点から
、
W
T
O
では途上国に対して特恵
︵
S
&D
︶を供与することが認め
られている。
S&D
の考え方が国際貿易体制
に明示的に導入されたのは、一九
六五年の
G
A
TT
第四部﹁貿易と
開発﹂の追加という形であった
。
S&D
は
G
A
T
T
の基本原則であ
る相互主義の例外とされ、先進国
がラウンドにおいて一定の自由化
に合意しても、途上国はそれに対
応するだけの自由化を実施せずに
先進国の自由化措置を享受するこ
とができた。さらに
S&D
は
G
A
TT
のもうひとつの原則である無
差別主義に対する例外を正当化す
る根拠でもある。一般特恵関税制
度︵
GSP
︶は途上国の輸出増大
を図るために先進国が途上国産品
に対し一般の関税率よりも低い特
恵税率を適用する制度のことであ
る。
GSP
は途上国とそれ以外の
G
A
TT
メンバー︵先進国︶とを
差別するという意味において、無
差別主義と本質的に衝突する。
G
SP
の無差別原則に対する整合性
を確保するために、
S&D
に﹁無
差別原則に拘わらず、途上国をよ
り有利な条件で遇することができ
る﹂という概念が付加された。
●
W
TO
における
S&D
条項
G
A
TT
/
W
TO
諸協定のなか
で
S
&D
を含んでいる規定は一五
〇近くに上る。これらは﹁
S&D
条項﹂と呼ばれ、途上国はこれら
の条項を基に具体的な
S&D
を享
受している。これら
S&D
条項は
その内容によっていくつかのカテ
ゴリーに分類できる。主なものと
しては、⑴先進国市場における特
恵アクセス、⑵協定上の義務履行
における柔軟性、⑶経済的・技術
的支援などがある。
S&D
が導入
された頃は
GSP
といった市場ア
クセスに関する優遇措置の供与が
主流であったが、最近では
W
T
O
協定を漸次的に途上国に適用させ
ていくための柔軟性が活用されて
いる。
S&D
は途上国が貿易を通じた
経済発展を実現していく上で重要
な役割を果たしてきた。しかし
S
&D
は政治的妥協として導入され
たものであり、その法的基盤は脆
弱である。このため、
S&D
を供
与する側︵先進国︶も供与される
側︵途上国︶も恣意的にその内容
を解釈・運用する傾向にある。ま
た、導入されてから五〇年近くが
経過しているが、その基本概念は
ほとんど変わっていない。グロー
W
T
O
における
途上国優遇制度の見直し論
箭
内
彰
子
WTOドーハラウンドは
後発発展途上国に
何をもたらしたか
特 集
11
アジ研ワールド・トレンド No.225(2014. 7)
WTO における途上国優遇制度の見直し論
バル化の進展で途上国をとりまく
環境は大きく変化しており、
S&
D
制度が現在の多角的貿易体制に
適しているかどうか、改めて見直
す必要がある。
現行の
S&D
制度に関してはこ
れまで多くの課題が指摘されてい
る。ここでは、そのなかでも大き
な問題となっている二つの論点を
取り上げて検討する。
●問題点①
途上国の多様化
S&D
は、
W
T
O
加盟国を先進
国と途上国という二つのグループ
に分け、途上国に対して一律の優
遇措置を供与する制度である。二
〇〇一年のドーハ閣僚宣言以降
、
﹁途上国﹂カテゴリーのなかに後
発開発途上国という区分が生じた
が、協定上の権利義務関係に関し
てはそれ以上の区分は存在しな
い。しかし、加盟国が増加し途上
国の属性が増えたことや、途上国
の間で経済発展の度合いに差が生
じてきたことなどから、従来の途
上国、後発開発途上国といった大
くくりではバラエティあふれる途
上国を説明しきれない。途上国の
多様化が進んでいるにもかかわら
ず、依然として﹁途上国﹂という
単一のカテゴリーが基本となって
いる体制は、現状に合わなくなっ
てきている。
たとえば、近年、経済が急成長
しているいくつかの途上国は新興
国と呼ばれ、ドーハ開発アジェン
ダにおいても主要なプレーヤーと
なっている。こうした新興国は先
進国に匹敵する経済力を持ち合わ
せている場合もある。しかし
W
T
O
に
はそもそもどのような国が途
上国とみなされるかの規定がな
い。現在、途上国であるかどうか
の判断は各国による自己申告と
なっている。このため、新興国と
呼ばれる国々も
W
T
O
では﹁途上
国﹂であり、他の途上国と同様に
S&D
を享受することができる
。
先進国は、こうした新興国に対し
ても一律に優遇措置を供与するこ
とに二の足を踏み始めている。
また
、おかれている環境の似
通った国々が連携し、ラウンド交
渉においてまとまった声を上げる
ようにもなってきた。たとえば領
土が島で構成されている島嶼国
や、陸の国境で囲まれていて領海
をもたない内陸国などが、それぞ
れの立場から特別な
S&D
を要求
している。しかし、ある途上国グ
ループに特別な
S&D
を認めた
ら、他の途上国グループからも別
の
S
&D
の要求が生じ、収拾が付
かなくなってしまう。
S&D
は、途上国が
W
T
O
ル
ー
ルを遵守したり、ラウンド交渉に
参加するための能力向上を支援し
てきており、もはや
W
T
O
に
おけ
る不可欠の要素となっている。し
かし、後発開発途上国など
S&D
を必要としている途上国がある一
方で、著しい経済成長を遂げ、先
進国と同様に
W
T
O
協定履行能力
のある途上国については、
S&D
の適用を終了する、いわゆる卒業
が必要になってくる。しかし、現
在の
W
T
O
体制にはこの卒業条件
について明記したものがない。途
上国カテゴリーからの卒業が制度
的に備わっていない現状では、
S
&D
という既得権益を確保するた
めに、いつまでも途上国にとどま
ろうとするインセンティブが働
き、途上国の経済発展にブレーキ
をかける事態になりかねない。
●提
案
①
途上
国
に
区分を
導
入
途上国の多様化にともなって
生じる
S&D
の問題点に対して
は、享受できる
S&D
の内容を発
展段階︵対応能力のレベル︶に基
づいて区分するという考え方を導
入することで解決できないであ
ろうか
。その際
、環境分野で先
進国と途上国の義務に相違を認
めいている
﹁共通だが差異ある
責任︵
common
but
diff
erentiated
responsibility
C
BDR
︶﹂
原則
を援用することで、途上国間の区
分をスムーズに導入することがで
きるのではないかと考える。
環境分野においては、すべての
国家には環境保護に向けて共通す
る責任があると同時に、環境破壊
を低減するための貢献はそれぞれ
の国家で異なるものと考える
CB
DR
原則に基づいて、先進国と途
上国は区別して扱われる。現在の
環境問題の多くは先進国が引き起
こしており、先進国の環境保護に
対する責任は途上国より重いとい
う考えに加えて、資金的にも技術
的にも環境対策を行うための能力
は先進国の方が高いため、環境問
題への対応に関しては先進国がよ
り負担すべきという考え方に依拠
している。
S&D
も
CBDR
も途上国に対
して有利な待遇を与えることが主
要な要素である点では共通してい
る。しかし、途上国がひとつのグ
ループとしてまとまりをもつもの
なのか、あるいはより細分化した
いくつかのグループへと分かれて
12
アジ研ワールド・トレンド No.225(2014. 7)
いくことを是認しているのか、と
いう点に関しては、異なる考え方
を示している。
CBDR
はそれぞ
れの国がそれぞれの社会的、経済
的状況や技術的キャパシティに基
づいて環境問題に対処することを
認めており、理論的には、すべて
の国の環境保護に向けた責任はそ
れぞれに異なる場合もあり得る
。
このため
、﹁途上国﹂として一括
して扱われるのではなく、途上国
のなかであっても経済発展の度合
いなどによってグループ分けさ
れ、異なる責任を負うことが可能
となる。つまり、
CBDR
におけ
る﹁差異ある﹂という概念は連続
的な差異を意味するものであり
、
先進国のなかでも差異があり、途
上国のなかでも差異があることに
なる。たとえば、国連気候変動枠
組条約は先進国、途上国という二
分法に依拠することなく、温室効
果ガス削減のための政策実施等の
義務が先進締約国には個別に課せ
られており、
それ以外の途上国は、
経済の発展段階に基づいて四つの
グループに分けられ、それぞれが
負うべき義務が決められている。
一方の
S&D
は先進国・途上国
という二分論に基づいており、一
部の途上国にだけ優遇措置を供与
することは認められていない。最
近でこそ、途上国のなかでもとり
わけ開発の進んでいない後発開発
途上国に対してほかの途上国より
も一層有利な待遇を供与すること
が是認されるようになってきた
。
このため、現在の
W
T
O
のもとで
は先進国、途上国、後発開発途上
国という三つのカテゴリーに区分
されている。途上国をいくつかの
サブグループに分割しようとする
動きに対しては、途上国の結束が
崩れるとして否定的な態度が示さ
れている。
途上国の定義や
S&D
の適用条
件を明確化し
S&D
からの漸次的
な﹁卒業﹂を制度化していこうと
する試みに対しては、既得権益を
失うかもしれない新興国や中進国
から反発が出ている。また、途上
国にさらなる区分を持ち込んだ場
合、途上国の細分化が進み、ラウ
ンド交渉が一層複雑になったり
、
貿易ルールの断片化が生じるおそ
れがある。
●問題点②
一部の途上国に
対する特恵供与
S&D
の代表例である一般特恵
関税制度︵
GSP
︶は全ての途上
国を対象としなければならない
。
しかし、先進国のなかには、歴史
的、政治的に特殊な関係を有する
特定の途上国にのみ特恵を与える
仕組みを備えている国もある。
例えばアメリカは中米・カリブ
海諸国やサブサハラ・アフリカ諸
国向けに特恵関税を供与し、これ
ら諸国からのアメリカへの輸出増
大を図っている。サブサハラ・ア
フリカ諸国に対する特恵制度はア
フリカ成長機会法︵
A
G
O
A
︶と
いう国内法として制定されてお
り、対象国としての適格性はアメ
リカが独自に設定している経済
的・社会的基準に照らして判断さ
れる。具体的には、市場経済、法
の支配、貧困削減に向けた経済政
策、国際的に認められた労働者の
権利、汚職撲滅などに加え、アメ
リカの国家安全政策や外交政策に
干渉しないこと、国際的に認めら
れた人権を侵害しないこと、国際
的テロ行為を支援しないこと、最
悪の形態の児童労働を撤廃するこ
と、などの要件も勘案される。適
格審査は毎年行われ、新たに
A
G
O
A
対象国となる国もあれば、
A
GO
A
対象国から外される国もあ
る。二〇一〇年にはマダガスカル
が前年のクーデタで成立した政権
が民主的に選出されていないとい
う理由で、また二〇一一年にはコ
ンゴ民主共和国が大規模な人権侵
害を理由に
A
G
O
A
対象国から外
されている。
A
G
O
A
はアメリカの国内法を
基礎としているため、その対象国
の選定はアメリカの裁量にゆだね
られている。特恵の内容もアメリ
カ独自の判断で変更が可能なばか
りか、
制度自体の終了もあり得る。
サブサハラ・アフリカ諸国にとっ
ては、
A
G
O
A
は存在基盤が不安
定な制度といえる。
また
E
U
はロメ協定︵一九七六
∼二〇〇〇年︶およびその後継で
あるコトヌ協定︵二〇〇〇∼二〇
〇八年︶を通じて、アフリカ・カ
リブ海
・
太平洋
︵
A
CP
︶
諸
国
︵
七
七カ国・地域︶に対し特別な待遇
を与えてきた。
A
C
P
諸国は砂糖
やバナナなど農産品輸出に関して
他国より有利な条件で
E
U
市場へ
アクセスできるのをはじめ、
投資、
金融などの分野でも
E
U
による開
発協力の恩恵を受けてきた。
ロメ協定やコトヌ協定はアフリ
カ諸国の貿易を奨励し経済開発に
貢献すると評価されてきたが、一
方で、一部の途上国にのみ特恵を
与えている点が
W
T
O
協定に違反
すると判断された。
S&D
はすべ
13
アジ研ワールド・トレンド No.225(2014. 7)
WTO における途上国優遇制度の見直し論
ての途上国に対して無差別に供与
しなければならないという要件に
反していたからである。
コトヌ協定が
W
T
O
ルールとの
整合性を確保するためには、①授
権条項で容認されている
GSP
と
なるよう、コトヌ協定に規定され
ている特恵を全ての途上国が享受
できるようにする、②特定国間に
おける特恵の相互供与を認めてい
る
G
A
T
T
第二四条に適合させる
ために
、地域貿易協定
︵
R
T
A
︶
へと移行する、の二つのアプロー
チが考えられる。
E
U
と
A
CP
諸
国は後者の方法を選んだが、コト
ヌ協定が
RT
A
として認められる
ためには、すべての当事国が段階
的に貿易障壁を取り除き自由化を
図らなければならない。
E
U
と
A
CP
諸国間全体でひとつの
RT
A
を形成するのは難しいことから
、
A
C
P
諸国を地理的な要件や既存
の経済統合関係を基礎に七つのグ
ループに分割し
、それぞれのグ
ループと
E
U
との間で経済緊密化
協定︵
EP
A
︶の締結を進めてい
る。しかし、参加当事国のすべて
が自由化義務を負う双務的な
EP
A
へと転換することにより、ロメ
協定やコトヌ協定が有していた開
発協定としての色彩は薄れてしま
う結果となった。
●提案②
柔軟性のある貿易
協定化
特定の途上国のみを対象とする
特恵制度は、
W
T
O
法的には違法
と判断されてしまうため、
W
T
O
協定からのウェーバー
︵義務免除︶
を獲得する必要がある。
A
G
O
A
は二〇〇九年に、コトヌ協定は二
〇〇一年にウェーバーを得ている
が、ウェーバーは期間が限られて
おり、いずれ更新しなければなら
ない。しかし、加盟国の三分の二
以上の賛成を必要とするウェー
バーの更新は容易ではない。コト
ヌ協定の場合はウェーバー供与が
二〇〇八年までとなっていたた
め、
E
U
と
A
CP
諸国はそれまで
に
E
P
A
に移行する必要があった
のである。
A
G
O
A
もウェーバー
の更新が得られなければ、
W
T
O
法違反として提訴される可能性も
ある。
こうした制度の不安定性、ある
いは特恵供与国の恣意的運用や特
恵的側面の喪失といった脆弱性
は、先進国︱途上国間の
RT
A
と
して締結し、そうした
RT
A
に
対
しては
S&D
を認めることによっ
て克服できないだろうか。現状で
は、先進国︱途上国間の
RT
A
に
は
S
&D
は認められておらず、途
上国も先進国と同様に自由化を進
めなければならない。しかし開発
目的の
RT
A
に
関しては、途上国
に対して双務的な自由化義務を求
めず、先進国の片務的な特恵供与
であっても
W
T
O
整合的とみなす
特例措置を認めるべきであろう。
例えばコトヌ協定の場合、その
EP
A
化
は
E
U
︱
A
C
P
諸国間の
貿易増大をもたらし、
A
C
P
諸
国
の経済成長や貧困削減に重要な貢
献を果たすとみなされている。し
かし、最貧国を多く含む
A
C
P
諸
国に対して
E
U
と同じ条件の自由
化義務を課すことが
、それらの
国々の経済発展に本当にプラスに
なるのか、却って国内産業に打撃
を与えるのではないか、といった
疑問が
E
U
加盟国のなかからも出
てきている。
W
T
O
の場でも先進
国との
RT
A
に
参加する途上国に
対しては、自由化の期限や対象品
目などに一定の柔軟性を認めるべ
きという意見が出されている。
●根本的な見直しの必要性
平等原則を基本とする国際法体
制において、
S&D
は途上国の特
別な事情に配慮し、特恵待遇の供
与を容認してきた。しかし、著し
い経済発展を遂げる途上国が出現
し、途上国のなかでの経済格差も
広がってきている。途上国が多様
化するなかで、後発開発途上国を
別枠として扱う動きはあるが、基
本的にすべての途上国に対して同
一の優遇措置を供与することの是
非も問われ始めている。
S&D
が
G
A
T
T
に
組み込まれ
た当時、先進国は途上国に対する
特恵関税制度を競って導入し、途
上国の側も
S&D
を活用すること
によって多角的貿易制度に参入し
ようと前向きに努力した。しかし
現在、
W
TO
における
S&D
制度
は岐路に面している。
S&D
をめ
ぐる途上国と先進国の主張の溝は
深く、先進国は
W
T
O
を通じて貿
易体制の安定性、透明性、そして
予見可能性を期待することができ
るのか疑問を持ち始めている。一
方の途上国も
W
T
O
を自国の経済
発展にプラスに働く機関としては
期待できなくなってきている。先
進国︱途上国という二分割の構図
を前提として発展してきた
S&D
は再考すべき時期にきている。
︵やない
あきこ/アジア経済研究
所
法・制度研究グループ︶