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音 (ベトナム歩道 第12回)

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Academic year: 2021

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音 (ベトナム歩道 第12回)

著者

寺本 実

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

249

ページ

39-39

発行年

2016-06

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00002935

(2)

寺本 実

第12回 音

連載

  経済発展が続く現在のベトナムでは、建築現 場が無数にある。既存の建物を壊して新たな建 物を作る作業過程もよくみられる。街を歩いて いる時や仕事場の窓を通して、高所で作業員が 自 分 自 身 の 立 っ て い る 足 元 付 近 め が け て ハ ン マーを振り下ろす作業を何度もみた。当の作業 員達は臆している風にみえない。ポイントを探 してはハンマーを振り下ろし、少しずつ移動し ていく。命を懸けた、破壊と創生に向けた衝突 音は、その場を離れ、時を経ても耳に残る。   二 〇 一 五 年 に ホ ー チ ミ ン 市 内 で 迎 え た テ ト ︵旧正月︶ 。普段、 バイク、 自動車のエンジン音、 クラクション止むことなき街が、静けさを湛え ていた。ほとんどの店がシャッターを閉めてし ま い、 ﹁ テ ト 難 民 ﹂ と 化 し た 旅 行 客 達 が ガ イ ド ブックを片手に街を歩き回っている。それまで あたりまえと思っていた街の喧騒が、必ずしも そうではないことを学んだ。   このテトを、近年のベトナムの大都市では盛 大 な 花 火 で 迎 え る。 陽 暦 の 新 年 も 同 様 で あ る。 カウントダウン終了と同時に﹁ドーン、 ドーン﹂ と連続音が鳴り響き、舞い上がった火の玉が最 高 点 に 到 達 す る と、 ﹁ バ ン ﹂ と 弾 け て 夜 空 に 色 とりどりの花を咲かせる。風向きによっては打 ち 上 げ 時 に 出 る 白 煙 に 妨 げ ら れ る こ と も あ る が、発射音とは対照的な可憐な美しさにしばし 時を忘れる。   ﹁ドン﹂ 、﹁ドン﹂という音といえば太鼓の音。 ベトナムでは式典や、学校での時の合図として 太鼓がしばしば用いられる。筆者のような素人 では、 日本とベトナムの太鼓の区別はつかない。 空気を揺らして隅々に伝わるその音は、時代を 経て残ってきたベトナムの音のひとつなのだろ う。   街 中 で 迫 力 あ る 音 の 発 信 源 と い え ば、 企 業、 商店の商品プロモーションの催しもある。大量 の色鮮やかな風船を飾り付けたセット上に据え られたスピーカーが鳴動し、場を盛り上げよう とする司会者の声と音楽が、行き交う人達の耳 に無遠慮にアクセスする。   カラオケも忘れてはならない。ホーチミン市 赴 任 時︵ 二 〇 一 四 年 三 月 か ら 二 〇 一 五 年 三 月 ︶ には、飲食店が住居近くにあったため、深夜ま でカラオケの音が鳴り響いていた。静まり返っ たテトの街中でも、細長い机を歩道上に出して カラオケ機器を置き、照れくさそうに歌を楽し む人達の姿をみかけた。   都市部だけでなく農村部にもカラオケは浸透 している。ホーチミン市に生産拠点を持つカラ オ ケ ス ピ ー カ ー の 製 造 を 得 意 と す る あ る メ ー カーでは、多くの体の不自由な労働者が活躍し ていた。この企業はベトナム全国の農民、労働 者層を主なターゲットにしていた。   少し前にベトナムの中部北方地域の農村部で 調査を行った際、お世話になった方の自宅にカ ラオケセットがあった。   昼休みの時間、付近の人がやって来て歌が始 まった。かなりの音量。筆者はとなりの部屋で 横になっていたのだが、歌を聴いていて急に差 し込みに襲われた。 大波小波のせめぎ合いの末、 ほどなく厠に駆け込んだ。しかし、用を足した のはいいものの、その時は作法が分からなかっ た。迷った挙句、拭いた新聞紙を生産物の上に 置いて外へ出た。お宅の小学生の娘さんと友人 達が日本人を一目みようと集まっていて恥ずか しかった。子ども達は筆者の残した﹁生きた教 材﹂を通して人間は皆同じだということを確認 したのではなかろうか。   人工音から離れ、自然の音といえばまず雨音 だ ろ う。 通 り を 移 動 中、 黒 い 雨 雲 が 近 づ く と、 下界ではさやさやと風が舞い、路上に落ちた葉 やゴミ等がうごめき始める。気配を察したバイ クや自転車で移動中の人達は、車両を道路脇に 止め、愛用の雨合羽を身に着ける。しばらくす ると、自身と周囲の人達、道路、建物を雨が打 つ音、動く度に雨合羽が擦れ合う音との協奏に 包まれる。   雷音はかなり迫力がある。バリバリっと暗く なった空を引き裂く稲妻を上空に確認し、 ﹁一、 二、三⋮﹂と数えると﹁ドドォッ﹂と重厚な振 動音。気象科学が発達していなかった昔、ベト ナムの人々はどのような意味を込めてこうした 天候を認識したのだろうか。   最後の音は蚊の羽音。最も記憶に残っている のは、ベトナム中部北方地域で調査を行った際 に出会った蚊達。調査地近くにある宿屋の二階 の部屋に滞在していたが、外壁に穴がひとつ空 い て い た。 ベ ッ ド の 蚊 遣 り に も 複 数 の 綻 び が あった。日中の調査、 夕食を終えて部屋に戻り、 ほぼ水状態のシャワーを浴びる。洗面台に水を 溜めて洗濯粉を溶かし、洗濯物をしばらく浸し た後、手で擦り、濯ぎ、絞って干す。次にベッ ドに蚊遣りを張って、その日書き込んだ調査票 をチェックし、調査日記を記す。   日課を終えて横になると、蚊との戦いに専念 することに。抑揚のある繊細な蚊の羽音に、 ﹁ピ シッ﹂と肌を打ち付ける音が時折交じり、 響く。 蚊 と 人 の 織 り な す﹁ 交 響 曲 ﹂。 お 互 い に 真 剣 な 演奏がしばらく続いた。 ︵ て ら も と   み の る / ア ジ ア 経 済 研 究 所   東 南 アジア研究グループ︶

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アジ研ワールド・トレンド No.249(2016. 7) 11_ベトナム歩道_寺本実.indd 39 16/06/08 12:13

参照

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