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労働の考古学 -- セバスチャン・サルガードのまなざし -- 沈黙の力 (特集 本の森への道案内)

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Academic year: 2021

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(1)

労働の考古学 -- セバスチャン・サルガードのまな

ざし -- 沈黙の力 (特集 本の森への道案内)

著者

町北 朋洋

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

240

ページ

16-17

発行年

2015-09

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003113

(2)

アジ研ワールド・トレンド No.240(2015. 10)  

16

一国の経済システムを所与として、 そこでの人間の働き方を考え抜こ うとする学問だ。労働経済学者が 経済システムと労働の姿を理解し ようとするとき、その道は未だ平 らではない。人々の働き方、つま り人間らしさを理解するための新 しい道具が必要だ。その新しい道 具の世界に皆さんを案内しよう。 本格的な研究書や活字から金言を 得たかったと残念に思われるかも しれない。写真家がヒントを与え てくれる。躊躇や心配は無用だ。   ここで紹介する本は一九八〇年 代に四〇カ所で撮影された作品と 一〇ページ程度のエッセーからな る約四〇〇ページという大部の写 真集だ。とうてい片手では持てず、 気軽に立ち読みすることなどでき ない。この重たい写真集は腰を据   』(   読み進めていくうちに、映画館 のなかにいるような気になる。一 ページたりとも休ませてはくれな い。私もあなたも知らない土地で、 無名の人物がただ、黙って働いて いる。ページをどこまでめくって いっても、それだけだ。労働があ るだけだ。世界中の肉体労働があ るだけだ。本書には言葉が出てこ ず文章もない。したがって巧みな 論理と構成による明快な主張はな い。宣言や声明もない。あるのは 自然と機械を相手にした世界中の 肉体労働の姿だ。有史以前、文字 を持つ前から人間が行ってきて、 今や消えつつあるが、決して無く なりはしない肉体労働を写し撮っ た作品ばかりだ。   筆者が研究する労働経済学とは、 えてじっくり向き合うことを必要 とするものだから、図書館や自宅 のなかでも出来るだけ広い机をみ つけて欲しい。そこで本書を広げ れば、読者の皆さんが一生出会う ことすらもない人々が白黒の姿で 立ち上がってくる。   そこにはバングラデシュの廃船 処理の姿がある。今にも崩れそう な繊維工場がある。ブラジルの金 鉱の奥深くでうごめく数万の男た ちがいる。運河の造成のため瓦礫 を運び、鍬を振り降ろし土地を削 り続けるインドの女がいる。有毒 ガスのなかで硫黄の塊を背負うイ ンドネシアの男たちがいる。スペ インとイタリアの漁師がいる。湾 岸戦争後も燃え続けるクウェート の 油 ゆ 井 せい を消火するため世界中から 派遣された専門家がいる。イギリ スとフランス双方から掘り進めら れた鉄道で働く両国の技師がいる。 造船所、製鉄所、自転車・自動車 製造工場で働く男と女がいる。そ こにはオフィスビルはない。コン ピュータに向かう人間はいない。 自動化が進んだ工場の夜景はない。 そこには奇妙に姿を変えられた大 地の不自然さがあり、そこで大地 を削り、黙々と働く人間がいるだ けだ。   写真家サルガードが切り取った ものは何か。本書のエッセーにあ るサルガードの言葉を引用するの が 一 番 だ。 「 本 書 は 労 働 者 へ の 讃 歌であり、ゆっくりと消え去りつ つある肉体労働の世界への告別で あり、そして何世紀にもわたって 働き続け今も働くあれらの男たち 女たちへの贈り物である」 。   本書の連作が悲惨で虐げられた 労働ばかりを捉えていても、人間 はその環境に完全に従属している わけでもないことが多くの作品か ら浮かび上がってくる。そこでは ロボットや人工知能が入り込む余 地のない過酷な環境で人間が自然 と闘い共存している。悲惨で虐げ られているといってしまっては、 それは人間の肉体労働に対する侮 蔑に通じるだろう。彼の作品は読 者自身に潜む労働観を暴き出す鏡 のようだ。

 

本の森への道案内

 

-沈

町北

  朋洋

[労働経済学]

(3)

17

  アジ研ワールド・トレンド No.240(2015. 10)   しかしながらサルガードは、人 間は自然から独立できるわけでも、 自然や経済システムを支配できる わけでもないという厳格な事実も 切り取る。労働とは自然や経済シ ステムへの従属でも、そこからの 独立でもなく、人間が文字を持つ 以前から、この従属と独立の間で 折り合いをつけるものであったこ とをサルガードの作品は教えてく れる。本書によって、筆者は次の 考古学的仮説を得た。人類は肉体 労働を通じて人間らしさを獲得し てきたというものだ。   ブラジル出身のサルガードは一 九四四年生まれ。彼の自伝『わた し の 土 地 か ら 大 地 へ 』( 河 出 書 房 新 社、 二 〇 一 五 年 )、 に よ る と、 一九七三年に報道写真家として身 を立てる前に、フランスで経済学 の学位を得て、アフリカのルワン ダでコーヒー農園の経営指導に当 たっていた。サルガードの問題意 識の核心は、貧しい国々の最も貧 しい人々の労働を写し撮ることで、 人間理解を一歩進めようとすると ころにある。肉体労働の観察を通 じて、一国の経済システムの姿を 捉まえようとするところにある。   サルガードの問題意識は、太古 からある肉体労働の姿を世界中の 人々に示すことで、国の間の経済 システム同士のつながりを静かに 連想させるところにある。労働を めぐる問いを作り、共有しようと するところにある。活字と違い写 真は叫ばない。したがって写真は 活字よりも人に考えさせる力を持 つ。読書は自分の頭で考えず他人 に考えてもらう性格の強いものだ が、写真集は読者に自分の頭で考 えることを強いる。言葉がない分、 読者はより深くサルガードの沈黙 の力を体験する機会が得られる。   ブラジルの金鉱セーラ・ペラー ダを写し撮った最も有名な連作を 取り上げよう。金鉱では、土を掘 って砂金を取り出した後、掘り出 された土砂を金鉱の外に出す必要 がある。このため、労働者が砂袋 を背負って土砂を金鉱の内側から 外側に運ぶ必要がある。数万の労 働者が何十メートルもある梯子を 垂直に上っていき、土砂を金鉱の 外まで持っていく様子を切り取る ところから始まる。   遠くからの写真からは、それが 人間なのか、何か壁に張り付いた 突起物なのか、まず判別はできな い。近づいてみよう。それぞれの 泥まみれの砂袋に二本足が付いて いるようにみえる。やはり人間だ。 数えきれないほどの二本足がうご めいていた。この連作のハイライ トは、金鉱の斜面にいる二人だ。 片方は警備兵だ。もう一人は警備 兵と対峙する半裸の労働者だ。警 備兵のライフルの銃身を片手で握 りしめ、もう片方で拳を作ってい る。銃を持たない労働者が優勢の ようにみえる。一九八〇年代の労 働の姿とは思えず息が止まる。   本書の魅力と独創性はサルガー ド の ま な ざ し に あ る。 そ れ は 人 文・社会科学の背骨でもあり、良 質な経済システムを追求するため の 批 判 精 神 だ。 「 歴 史 は な に よ り も、たえまない挑戦と反復と忍耐 の連鎖である。それはめぐりくる 抑圧と屈辱と災難の周期であるが、 一方でそれは人間の生存に向けて の能力を次代に伝える遺言でもあ る。 」 と い う 冷 静 な 分 析 が あ る。 同時に「歴史のなかにはいかなる 孤独な夢もない。なぜならある一 人の人間のなかで 懐 かい 胎 たい された夢は、 次代の人の人生のなかで呼吸し始 め る か ら で あ る。 」 と い う 希 望 も 示されているのだ。   労働経済学者が国の間の経済シ ステム同士のつながりを理解する ための道は未だ平らではない。バ ングラデシュで起きた縫製工場ビ ル倒壊事件を受け、二〇一五年の 主要七カ国(G7)サミットでは 「 責 任 あ る サ プ ラ イ チ ェ ー ン 」 の 構築の必要性が提唱された。これ は「グローバルサプライチェーン における労働者の権利、人間らし く働きがいのある労働条件」の追 求というものだ。   し か し、 「 責 任 あ る サ プ ラ イ チ ェーン」の「責任」とは何を指す のか、人間らしい働きがいとは何 なのか。問題を再定義し、労働と 産業の地理的分布を司る論理を徹 底的に考え抜くしかない。その論 理の妥当性を確認し続ける他ない。 サルガードの写真集を広げるとは、 厳しい自然と経済システムの間で 闘う人間の姿を目撃することで自 身の労働観に揺さぶりをかけるこ とだ。それは良質な雇用を創出す る経済システムの論理を考え抜く 批判精神を心に宿す一歩なのだ。 ( ま ち き た   と も ひ ろ / ア ジ ア 経 済 研 究 所   経 済 統 合 研 究 グ ル ー プ )

参照

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