症 例 報 告
膀胱が嵌入した両側閉鎖孔ヘルニアの一例
尾
方
信
也,石
川
大
地,田
上
誉
史,片
川
雅
友,坂
東
儀
昭
健康保険鳴門病院外科 (平成24年3月7日受付)(平成24年3月21日受理) 症例は80代女性。嘔気,嘔吐,食欲不振を主訴に来院。 腹部 CT 検査,逆行性膀胱造影検査で両側とも膀胱が嵌 入した両側閉鎖孔ヘルニアと診断した。症状は夜間頻尿 に対して服薬中の抗コリン薬の休薬と緩下剤の投与によ り軽快した。ヘルニア内容である膀胱は閉鎖孔への嵌入 と自然整復を繰り返していると考えられた。今後腸管の 嵌入による腸閉塞や腹膜炎の可能性もあるため,手術の 必要性を説明したが,理解が得られず経過観察となった。 本症例は膀胱をヘルニア内容とする閉鎖孔ヘルニアとして は本邦報告2例目,同時性両側例としては1例目であった。 閉鎖孔ヘルニアはまれな疾患とされてきたが,最近, 画像診断技術の向上に伴い,その報告例は増加してきて いる。嵌入する臓器はほとんどが小腸でイレウスが発症 契機となることが多く,膀胱が嵌入する例はまれである。 今回われわれは,両側とも膀胱が嵌入した両側閉鎖孔ヘ ルニアの一例を経験したので報告する。 症 例 症例:80代女性 主訴:嘔吐,食欲不振 既往歴:C 型肝硬変,慢性関節リウマチ,変形性脊椎症, 陳旧性脳梗塞,偽痛風について近医で薬物療法中。約20 年前,子宮筋腫のため子宮摘出,虫垂切除術。2年前か ら夜間頻尿があり抗コリン薬内服中。 現病歴:受診の1週間前から嘔気,嘔吐あり,食欲不振 も出現したため,近医経由で当院受診。 現症:体温36.7度,血圧140/80mmHg,脈拍105回/分。 身長150cm,体重34.5kg,BMI15.3。腹部平坦で軟。圧 痛なく,腫瘤を触知しない。下腹部正中に子宮と虫垂を 切除した際の手術痕あり。Howship-Romberg 徴候を認 めなかった。 血液検査所見:Hb12.1g/dl と軽度貧血を認め,BUN34.9 mg/dl と軽度上昇。LDH275U/l,CK472U/l と上昇して いた。その他炎症所見などの異常所見は認めなかった。 尿一般検査:潜血(2+),蛋白300mg/dl,ケトン体(±), 細菌(−)。 腹部単純 X 線検査:大腸のガスと糞便像を認めた。小腸 ガスも認めたが,niveau や小腸の拡張は認めなかった (図1)。 腹部単純 CT 検査:両側の恥骨筋と閉鎖筋の間に嚢胞性 陰影を認めた。この嚢胞は膀胱との連続性が疑われた。 小腸にガス像を認め,大腸内には多量の糞便像を認めた が腸管の拡張は認めなかった(図2)。 入院し,絶食輸液管理を開始,さらに精査を進めた。翌 日の腹部造影 CT 検査では,右側の嚢胞状陰影は消失し ていた。以上より,膀胱が嵌入した両側閉鎖孔ヘルニア を疑い,逆行性膀胱造影検査を施行した。 逆行性膀胱造影検査:導尿で約300ml の残尿あり。左閉 図1 来院時腹部単純 X 線写真 大腸のガスと糞便像を認めた。小腸ガスも認めたが,niveau や小腸の拡張は認めなかった。 四国医誌 68巻1,2号 63∼66 APRIL25,2012(平24) 63鎖孔に嵌入し,造影された涙滴状の膀胱が認められた。 右側は認めなかった(図3)。 以上より,膀胱が嵌入した両側閉鎖孔ヘルニアと診断し, 右側は自然整復したと考えられた。嘔吐や食欲不振の症 状と閉鎖孔ヘルニアは関連がないと考え,むしろ残尿や 便秘の症状は抗コリン薬の影響が大きいと判断し休薬し た。さらに緩下剤の投薬により排便を認め症状は軽快し た。閉鎖孔ヘルニアについては,今後腸管の嵌入の恐れ もあり,また夜間頻尿などの症状は閉鎖孔ヘルニアが原 因である可能性が考えられたため手術を勧めた。しかし 本人が手術を希望せず,経過観察を行うこととなった。 1週間後の骨盤 CT では自然整復していた右側に再度膀 胱の嵌入を認めた(図4)。 考 察 閉鎖孔ヘルニアは閉鎖管の入口部をヘルニア門とする ヘルニアであり,従来から高齢の痩せ型で多産の女性に 好発する疾患であるとされている。発生頻度は全ヘルニ ア症例の0.07%1)とされ比較的まれな疾患である。近年 CT 検 査 の 普 及 と 診 断 能 の 向 上 に よ り 術 前 診 断 率 は 82.9%2)と飛躍的に向上している。自験例でも腹部 CT 図3 逆行性膀胱造影 左閉鎖孔に嵌入し,造影された涙滴状の膀胱が認められた。 右側は認めなかった。 図4 入院1週間後骨盤 CT 1週間後の骨盤 CT では自然整復していた右側に再度膀胱 の嵌入を認め,両側嵌入となっていた(矢印)。 図2 来院時腹部 CT 検査 a.b.両側の恥骨筋と閉鎖筋の間に嚢胞性陰影を認めた(矢 印)。この嚢胞は膀胱との連続性が疑われた。 c.冠状断像 a a b b c 尾 方 信 也 他 64
検査で両側の閉鎖孔に嚢胞状陰影を認め,両側閉鎖孔ヘ ルニアと診断した。両側に発症するものは全閉鎖孔ヘル ニアの0.03%2),3.4%3)と非常に少ないとされる。ヘル ニア内容は小腸が96.8%4)と圧倒的に多く,特に Bauhin 弁より1m 以内の回腸が多い5)。 膀胱ヘルニアは,鼠径ヘルニアの1∼4%とまれな疾 患であり6),欧米の報告ではあるが,50歳以上男性の鼠 径ヘルニアの10%に膀胱ヘルニアを認めるとの報告があ る7)。高垣ら8)による本邦報告71例の検討によると,脱 出部位は鼠径部66例,大腿部3例,会陰部2例と圧倒的 に鼠径部への脱出が多い。われわれが医中誌 WEB を用 いて“膀胱ヘルニア”,“閉鎖孔ヘルニア”で検索した結 果,膀胱が嵌入した閉鎖孔ヘルニアの報告は吉川ら9)に よる1例のみであった。自験例は両側閉鎖孔ヘルニアで あり,膀胱が嵌入した閉鎖孔ヘルニアとしては本邦報告 2例目,両側嵌入例としては1例目と考えられた。 膀胱ヘルニアの症状としては,多くは無症状であるが 二段排尿,排尿困難,頻尿,残尿感などの排尿障害が起 こるといわれている10)。自験例でも2年前から夜間頻尿 を認めており,この時から閉鎖孔ヘルニアを発症してい た可能性がある。自験例で認めた嘔気,嘔吐,食欲不振 などの症状は,抗コリン薬による副作用と考えられた。 閉鎖孔ヘルニアでは,閉鎖神経が圧迫されるために患側 の大腿内側から膝や下腿に放散する痛みやしびれが出現 する Howship-Romberg 徴候が特徴的であるが自験例で は認めなかった。 自験例での診断は,腹部 CT 検査で両側閉鎖孔に嚢胞 状陰影を認め,これが膀胱と連続している所見を認め, 最終的に逆行性膀胱造影検査で涙滴状の膀胱を確認し診 断を確定した。閉鎖孔ヘルニアの診断に関しては CT の 有用性の報告は多く,外閉鎖筋と恥骨筋との間隙に腫瘤 像を認めた場合には,閉鎖孔ヘルニアを疑う必要がある。 また膀胱ヘルニアの診断にも CT が有用とされ,高垣ら は64列 MDCT を用いて腹臥位膀胱造影 CT を撮影,矢 状断面や冠状断面,3D 画像を作成し,膀胱とヘルニア 内容の連続性を鮮明に描出している8)。 膀胱ヘルニアの治療は一般の鼠径ヘルニアと同様,当 該ヘルニア門の修復が行われ,また閉鎖孔ヘルニアに対 する基本的治療は閉鎖孔の閉鎖等の手術であり,対象症 例に高齢者が多いこともあり,近年は開腹手術と比較し て手術侵襲が少ない 腹 腔 鏡 下 手 術 が 施 行 さ れ つ つ あ る11‐13)。また,鼠径部からの前方アプローチにより,腹 膜前腔を展開して prosthesis を用いて閉鎖孔をカバー する術式の報告14)もあり,開腹手術と比較して低侵襲と 考えられる。自験例でも手術を検討したが,膀胱の虚血 や狭窄を思わせる所見を認めず,患者の自覚症状も排便 により急速に消退したため,手術の同意が得られなかっ た。吉川らの報告でも年齢や全身状態を考慮し待期手術 の必要性を考慮しつつも経過観察を選択している9)。開 腹手術の既往があり,腹腔鏡下の手術が完遂できるかど うかは定かでないが,ヘルニア内容は嵌入と自然整復を 繰り返していると思われ,ヘルニア門への腸管の嵌頓の 危険性を考えると,やはり手術は必要であろう。 欧米では膀胱ヘルニアはまれではなく,本邦でも未発 見,未報告の症例も多いと考えられる。近年は画像診断 能の向上により,ヘルニア門やヘルニア内容の同定はよ り正確になってきた。自験例と同様の症例が今後発見さ れる可能性は高いと考えられるが,膀胱嵌入例は腸管嵌 入例と比較して症状が比較的軽微であり,また外ヘルニ アと異なり,腫瘤を自覚できないため,高齢者に手術の 必要性を理解していただくのは比較的困難と考えられる。 しかし,閉鎖孔ヘルニアでは嵌入と自然整復を繰り返す 報告も多数みられ15‐18),やはり腸管が嵌頓する危険性が 常にある。治療に当たってはその危険性を十分に説明し た上で治療方針を決定する必要があると考えた。 結 語 膀胱が嵌入した両側閉鎖孔ヘルニアの一例を経験した。 両側同時性に膀胱が嵌入した両側閉鎖孔ヘルニアは本邦 報告1例目であった。 文 献
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R. S. : Massive inguinal scrotal bladder hernia : a
view of the literature with2new cases. J. Urol.,136: 1299‐1301,1986
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A case of bilateral obturator hernia involving the urinary bladder
Shinya Ogata, Daichi Ishikawa, Yoshifumi Tagami, Masatomo Katakawa, and Yoshiaki Bando
Department of Surgery, Health insurance Naruto Hospital, Tokushima, Japan
SUMMARY
An 80-year-old woman visited our hospital with chief complaints of nausea, vomiting, and anorexia. She was diagnosed with bilateral obturator hernia involving the urinary bladder by an abdominal CT scan and retrograde cystography. The symptoms resolved with cessation of anti-cholinergic drugs that she was being given for the treatment of nocturia, and administration of laxative drugs. The bladder as hernia content was considered to have repeated invagination into an obturator foramen and natural reduction. Because intestinal obstruction and peritonitis due to intestinal invagination were likely to occur, the necessity of an operation was explained to the patient, but her consent to the operation could not be obtained, which led to a follow-up of the symptom. This was the second case report of bilateral obturator hernia of the bladder as hernia content in Japan, and was the first case report of synchronous bilateral obturator hernia in the country.
Key words :obturator hernia, vesicocele
尾 方 信 也 他