著者
文 凱瑩
雑誌名
KGPS review : Kwansei Gakuin policy studies
review
号
27
ページ
59-69
発行年
2020-03-31
59
テレビ番組の視聴行動に関する中日の比較研究
文 凱瑩
【要旨】 本論文では,中国と日本に居住している複数メディアを同時利用する視聴者を対象とし,テレビ番組の 視聴行動とその心理的特徴について分析する.分析の結果,中国の複数メディアを同時利用する視聴者は 「つながり重視視聴」,「放送局・番組重視視聴」,「無意識視聴」と「他者基準重視」の 4 つに分類するこ とができ,日本の複数メディアを同時利用する視聴者は「つながり重視視聴」,「放送局・番組重視視聴」 と「無意識視聴」の 3 つに分類することができた.各クラスターの心理的特徴について分析した結果,中 国の「つながり重視視聴」クラスターに分類された視聴者が,全ての心理尺度において下位尺度得点の平 均が有意に高いことが明らかとなり,中国の「つながり重視視聴」クラスターは,自己表出意欲が高いが, 一方で,帰属意識が高いため,自分を抑えてでも他者との関係性を築こうとする特徴があることが分かっ た. キーワード:テレビ番組視聴行動,複数メディア同時利用,SNS 利用,中日比較,心理的特徴1. はじめに
インターネットの発展とデジタルデバイスの普及により,メディアを取り巻く環境が大 きく変化しつつある.中国では,従来,家族と共にリアルタイムにテレビ受像機を用いて テレビ番組が視聴されてきたが,インターネットやデジタルデバイスの普及により,パソ コンやスマートフォンを用いたテレビ番組の視聴が増加してきている.中国における動画 共有サイトの利用者数は 2019 年 6 月に 7.59 億人となり,インターネット利用者全体に占 める割合は 2015 年の 69.1%から 88.8%に上昇した[1,2].動画利用サイトの普及により,テ レビ受像機以外を用いた自分の時間に合わせた番組の視聴が増加している[3].また,ソー シャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の普及もテレビ番組の視聴行動に影響を与 えている.中国では,インスタントメッセージングサービスの利用者数は 2015 年には 5.87 億人であったが,2019 年には 8.24 億人まで上昇し[1,2],テレビ番組を見ながら,SNS 上で 番組に関する意見を他人と交換する人が増加している[3]. 日本では,テレビが一般家庭に普及し始めた当時のテレビ視聴方法は,テレビ受像機を 用いてリアルタイムに自宅で家族と共にテレビ番組を見る“家族視聴”と呼ばれるものであ ったが,1979 年にテレビを複数台所有する世帯が半数を超えて以降,一人でテレビを見る “個別視聴”が増加していった.2000 年には,テレビを 2 台以上所有する世帯は 71%,3 台 関西学院大学大学院総合政策研究科博士前期課程([email protected])60 以上所有する世帯も 36%となり,一人一台の「マイテレビ」が可能となってからは,テレ ビを介して家族と団らんする家族視聴から,一人でテレビを見る個別視聴に移行し,人々 はテレビと団らんするように変化していった[4].インターネット世帯普及率は,近年,85% 前後で推移しており,携帯電話の小型化,低廉化が進むにつれ,リアルタイムの双方向コ ミュニケーションが拡大した[5].2012 年には 41.4%であった SNS の利用率は,2016 年に は 71.2%にまで上昇している[6].インターネットの平均利用時間は,2017 年にはパソコン からの利用が 33.5%であったのに対し,モバイル端末による利用は 64.7%であった.イン ターネット利用時間の拡大に伴い,テレビ視聴時間は減少し,特に 20 代ではインターネッ ト利用時間がテレビ使用時間を上回るようになっている[7].動画共有サイトで番組を視聴 することが可能となってからは,テレビの視聴形態が多様化した.自分にとって都合の良 い場所と時間帯でテレビ番組を見る“カスタマイズ視聴”が中高年層まで広がり,若年層で は日常生活に浸透しつつある[8,9].また,平田と執行[8]は,インターネットを使い,テレ ビ番組を見ながら SNS 上で番組に関する内容を読んだり,書き込んだりする“つながり視 聴”が若年層に広がっていることを指摘した. 本論文の構成は次のとおりである.第 2 章では研究仮説とその検証方法について説明す る.第 3 章は中国の複数メディアを同時利用する視聴者のテレビ視聴行動と心理的特徴に ついての分析である.第 4 章では日本の複数メディアを同時利用する視聴者のテレビ視聴 行動と心理的特徴を分析する.第 5 章は中国と日本における複数メディアを同時利用する 視聴者の比較である.第 6 章では研究仮説について検証するとともに,分析結果を考察す る.第 7 章は研究成果のまとめと今後の課題である.
2. 研究仮説と検証方法
本研究の目的は,中国人と日本人の複数メディアを同時利用するテレビ視聴者を研究対 象として,テレビ視聴行動と心理的特徴について明らかにすることである. 志岐[10]は,日本における複数メディアを同時利用するテレビ視聴者の中に,テレビ番 組を見ながら番組と関係のない情報をインターネットで閲覧し,情報発信する「独立した 利用」を行う視聴者が存在することを指摘している.河田と永田[11]は,暇なときはテレ ビをつけ,習慣的にテレビと接触をとる層が日本の視聴者に存在することを指摘し,テレ ビ番組を BGM のように利用する視聴者の存在を明らかにした.中国でもテレビ番組をつ け,習慣的にテレビと接触をとる層の存在が指摘されている[12].志岐[10]は,日本での Twitter での投稿は,自己放出欲求に基づくものが多いことや,複数メディアを同時利用す る視聴者は,他人と交流するよりも自分の意見を表出する傾向が強いことを指摘している. 一方で,湛[13]は,中国での SNS 上でのコミュニケーションに,テレビ番組が話題を提供 していることを指摘した.これは,テレビ番組に興味を持っていない場合でも,他者と交 流するために,みんなが見ているテレビ番組を見る可能性があることを示している. 以上のことから,複数メディアを同時利用する視聴者には下記 4 つのタイプが存在する という仮説を導出した.61 仮説 1:中国と日本共に放送局やテレビ番組に対して無関心なタイプが存在する このタイプは,テレビ番組に関心がなく,それを話題に他者とつながりを構築す ることはしないが,テレビ番組とは関係なく SNS を利用したコミュニケーション を盛んに行うことから人間関係の構築には余念がない可能性がある 仮説 2:日本では,自分の関心を重要視するタイプが存在する このタイプは,自己を表現することを重要視し,自己開示的であるが,所属要求 は低く自己犠牲的ではない可能性がある 仮説 3:中国では,他人に影響をされるタイプが存在する このタイプは,自己犠牲的で自己主張をせず,組織に所属することを重要視する. また,他人に合わせるために自己演出を行う傾向がある可能性がある 仮説を検証するためにインターネットを用いたアンケート調査を実施した.アンケート 調査票はフェイスシート,テレビ視聴行動,心理的特徴の 3 要素から構成された.フェイ スシートでは,性別,年齢,居住地について回答を求めた.テレビ視聴行動に関する設問 は,河田と永田[11]によって作成された設問項目から「放送局やチャンネル」に対する信 頼度を測るための設問と「テレビを視聴する時に,他のメディアをどのように扱っている のか」に関する設問を利用した.心理的特徴に関する設問は,藤と吉田が作成したインタ ーネット上での行動内容尺度[14]のうち,自己表出と他者との関係に関する尺度,葛西と 松本により作成された同調行動尺度[15]を使用した.自己表出尺度は,「自己開示」,「自己 客観視」と「自己演出」の 3 つの下位尺度で構成される.「自己開示」はありのままの自 分の思いや性格を表現する尺度であり,「自己客観視」は自己を客観的に振り返るかど うかを示す尺度であり,「自己演出」は普段と異なる自分を演じるかどうかを示す尺度 である.他者との関係に関する尺度は,「所属感の獲得」,「対人関係の拡張」と「攻撃 行動」の3つの下位尺度から構成される.「所属感の獲得」は集団への所属,連帯感の 獲得を表す尺度であり,「対人関係の拡張」は他者とコミュニケーションする度合いを 示す尺度であり,「攻撃行動」は他者に対する誹謗中傷する度合いを示す尺度である. 同調行動尺度は,「仲間への同調」と「自己犠牲」の2つの下位尺度で構成される.「仲 間への同調」は内心から他者の意見や行動を受け入れるかどうかを示す尺度であり, 「自己犠牲」は自己を抑制して他者に従うかどうかを示す尺度である. 視聴行動に関する項目に対して因子分析を行い,スクリ―プロットから判断して因子数 を決定した.抽出した因子の因子得点を用いて,クラスター分析を行い,視聴者を分類し た.視聴者グループの特性を明らかにするために心理尺度を用いて視聴者グループ間の特 徴を比較した.
3. 中国のテレビ視聴時の複数メディア利用について
本調査で回収した質問票は 223 件であったが,本研究では,複数メディアを同時利用す る回答者のみを対象としたので,有効回答数は 208 人(男性 70 人,女性 144 人)である. 回答者の年齢構成を表 1 に示す.回答者の主たる出身地は中国の広州と深センである.62 複数メディアを同時利 用する視聴者のうち,テ レビ受像機を毎日利用す る人が 29%存在し,25% は 1 日に 2 時間以上テレ ビを視聴している.一方 で,同時利用しない視聴 者のうち,テレビ受像機 を毎日利用する者はおら ず,1 日に 2 時間以上利用するのは 7%に過ぎない.同時利用する視聴者の方が同時利用し ない視聴者と比較して,長時間テレビ受像機を使用しているかを調べるためにχ2検定を行 った.帰無仮説は,「複数メディアを同時利用する人とそうでない人のテレビ受像機利用時 間に差はない」である.検定の結果 1%水準で有意な差が見られ(χ2 (1)=29.169,P=0.000),複 数メディアを同時利用する人の方がテレビ受像機を長時間使用する傾向があることが分か った.これは,SNS とテレビを同時利用することによる楽しみを感じる層が一定数存在す ることを示しており,SNS の利用はテレビ視聴に対して阻害要因ではなく,テレビ視聴を 促進させる効果がある可能性を示している.この結果は,湛[13]による SNS 上でのコミュ ニケーションにおいて,テレビ番組が話題を提供しているという指摘と一致している. 中国における複数メディアを同時利用する視聴者の視聴行動の特徴を明らかにするため, 視聴行動に関する 37 の質問項目を用いて,因子分析(最尤法,プロマックス回転)を行い, 3 つの因子を抽出した.第 1 の因子は,自分自身の趣味や考え方に基づいて,主体的に複 数メディアを同時利用すると解釈し,「自己基準」因子と命名した.第 2 因子は,特定のテ レビ局が制作した番組を見る,放送局や番組に対する信頼感があると解釈し,「テレビ局や 番組への信頼」と命名した.第 3 因子は,他人に影響され,話題になる番組を視聴すると 解釈し,「他者基準」と命名した. 視聴者を視聴行動で分類するため,因子分析によって抽出した 3 つの因子の因子得点を 用い,階層クラスター分析(平方ユークリッド距離,Ward 法)を行った.分析の結果,4 つ のクラスターに分類することができた.第 1 クラスターは全体の 18%,第 2 クラスターは 23%,第 3 クラスターは 32%,第 4 クラスターは 28%を占めている.図 1 はクラスター分 析の結果を示したものである. 図 1 視聴者全体のクラスター分析の結果 (中国) -2 -1 0 1 2 つながり重視視聴 テレビ局・番組重視視聴 無意識視聴 他者基準重視視聴 因 子 得 点 自己基準 テレビ局・番組への信頼感 他者基準 表 1 回答者の年齢構成(中国) 年代 複数メディアを 同時利用する(人) 複数メディアを 同時利用しない(人) 10 代 21 7 20 代 134 4 30 代 16 1 40 代 16 2 50 代以上 21 1
63 第 1 クラスターは,テレビ番組への関心が高く,複数メディアを同時利用する時,テレ ビ番組を他人の意見を参考にして選択し,テレビ番組を見た自分の感情を他人に伝えたい という特徴があるので,「つながり重視視聴」と命名した.第 2 クラスターは,テレビ番組 や放送局,チャンネルに対する関心が高いので,「テレビ局・番組重視視聴」と命名した. 第 3 クラスターは,自発的にテレビを視聴することもなければ,他人に影響され,テレビ 番組を視聴することもなく,信頼しているテレビ局や好むテレビ番組もないので「無意識 視聴」と命名した.第 4 クラスターは,話題の番組や流行している番組であれば,自分が 好きではなくても視聴するので「他者基準重視」と命名した. 各クラスターの心理的特徴を明らかにするために,心理尺度それぞれに対して下位尺度 得点の平均値を算出し,比較した.図 2 は,中国全体の各心理尺度の下位尺度得点の平均 値をレーダーチャートで示したものである. 図 2 クラスター別の因子得点の平均値による比較 (中国) 「つながり重視視聴」クラスター は他のクラスターより,全ての心理 尺度において平均値が高く見える. 「つながり重視視聴」クラスターと その他のクラスターとの間に心理尺 度の下位尺度得点の平均値に差があ るかどうかを検証するため,分散分 析を使いて検定を行った.帰無仮説 は「クラスター間の心理的特徴には 差がない」である. 表 2 は分散分析の結果を示したも のである.検定の結果,クラスター 間に 1%水準で有意な差が存在することが分かった.多重比較(Tukey b 法)の結果,全ての 心理尺度において「つながり重視視聴」クラスターがその他のクラスターに対して心理尺 度の下位尺度得点の平均が有意に高いことが分かった.「つながり重視視聴」に属する視聴 者は,自己表出意欲が高く,他者との関係性を築こうとする傾向がある.また,所属要求 も高いため,自分を抑えてでも他者との関係性を築こうとする.これは,一般的な中国人 -1.5 0.5 2.5 4.5 仲間への同調 自己犠牲 自己演出 自己開示 自己客観視 所属感の獲得 対人関係の拡張 攻撃行動 つながり重視視聴 番組重視視聴 無意識視聴 他者基準重視視聴 表 2 分散分析の結果(中国) 心理尺度(下位尺度) 分散分析の結果 有意確率 仲間への同調 F(3,207)=30.754 0.000 自己犠牲 F(3,207)=25.775 0.000 自己演出 F(3,207)=22.082 0.000 自己開示 F(3,207)=16.647 0.000 自己客観視 F(3,207)=15.115 0.000 所属感の獲得 F(3,207)=18.177 0.000 対人関係の拡張 F(3,207)=19.108 0.000 攻撃行動 F(3,207)=25.717 0.000
64 像と乖離がある可能性があるが,調査対象が中国南方地方中心であったことによる可能性 がある. 「他者基準重視視聴」クラスターは「無意識視聴」クラスターに対して,「仲間への同調」 と「攻撃行動」という下位尺度得点の平均が有意に高いことが分かった.「他者基準重視視 聴」に属する視聴者は,内心から他人の意見や行動を受け入れるが,ネット上で,他人に 対して,誹謗中傷をする傾向がある.これは,「他者基準重視視聴」クラスターに属する視 聴者は,他者とのより良い関係性を構築するため,自分自身を抑圧して行動すると考えら れるので,その反動で匿名性の高いネット上で攻撃的行動をとりやすいと考えられる.一 方で,「無意識視聴」クラスターに属する視聴者は,他人の考えに左右されないため,他者 に対する同調行動や誹謗中傷行為がみられないのであろう.また,「テレビ局・番組重視視 聴」クラスターは「無意識視聴」クラスターに対して,「自己演出」と「所属感の獲得」と いう下位尺度得点の平均が有意に高いことが分かった.「テレビ局・番組重視視聴」に属す る視聴者は「無意識視聴」の視聴者より,自分自身の考え方を大切にすることから,自分 を演出する傾向があり,好きなテレビ局や番組という共通点で,他者との関係性を構築し ようとする可能性から,所属感の獲得につながったと考えられる.
4. 日本のテレビ視聴時の複数メディア利用について
日本の調査で,回収した質問票は 139 件であったが,複数メディアを同時利用する回答 者のみを対象としたので,有効回答数は 82 人(男性 29 人,女性 53 人)である.有効な回 答者の年齢構成を表 3 に示す.回答者の主た る出身地は関西であり, 関西兵庫県が 59%,大 阪は 29%である. 複数メディアを同時 利用する視聴者のうち 80%がテレビ受像機を 毎日利用し,33%は 2 時間以上テレビを視聴 している.一方で,同 時利用しない視聴者のうち 71%がテレビ受像機を毎日利用し,14%が 1 日の利用時間が 2 時間以上である.複数メディアを同時利用する視聴者とそうでない視聴者の間にテレビ受 像機の利用時間に差があるかを明らかにするために χ2 検定を行った.帰無仮説は,「複数 メディアを同時利用する人とそうでない人のテレビ受像機利用時間に差はない」である. その結果,5%水準で有意な差は見られず,複数メディアを同時利用する視聴者とそうでな い視聴者の間に 1 日のテレビ受像機の利用時間に差は見られないことが分かった. 日本における複数メディアを同時利用する視聴者の視聴行動の特徴を明らかにするため, 表 3 回答者の年齢構成(日本) 年代 複数メディアを 同時利用する(人) 複数メディアを 同時利用しない(人) 10 代 61 16 20 代 31 16 30 代 9 5 40 代 12 5 50 代以上 26 1565 視聴行動に関する 37 の質問項目に対して,因子分析(主因子法,プロマックス回転)を行い, 3 つの因子を抽出した.第 1 因子は,他の人に進められているテレビ番組を見る,みんな が見ている番組を視聴すると解釈し,「他者基準」と命名した.第 2 因子は,自分自身の趣 味や考え方に基づいて,主体的に複数メディアを同時利用すると解釈し,「自己基準」と命 名した.第 3 因子は,テレビ局や番組に対しての信頼感があると解釈し,「テレビ局番組へ の信頼」と命名した. 視聴者を視聴行動で分類するために因子分析によって抽出した 3 因子の因子得点を用い, 階層クラスター分析(平方ユークリッド距離,Ward 法)を行った.図 3 はクラスター分析の 結果を示したものである.各クラスターの構成数は,第 1 クラスターは全体の 40%,第 2 クラスターは 33%,第 3 クラスターは 27%を占めている.クラスター1 は,テレビ番組へ の関心が高く,複数メディアを同時利用する時,自分の好みで番組を選択し,番組を見て いる時に,他人の意見を確認し,自分の感情を他人に伝えたいという特徴があるので,「つ ながり重視視聴」と命名した.クラスター2 は,放送局や番組に対する関心が高い傾向に あると解釈し,「テレビ局・番組重視視聴」と命名した.クラスター3 は,自発的にテレビ を視聴することもなく,他人に影響されテレビ番組を視聴することもなく,信頼している テレビ局や好みのテレビ番組もないと解釈し,「無意識視聴」と命名した. 図 3 全体 クラスター分析の結果(日本) 日本の各クラスターの心理的特徴を明らかにするために,心理尺度それぞれに対して下 位尺度得点の平均値を算出た.図 4 は,日本の各心理尺度の下位尺度得点の平均値をレー ダーチャートで示したものである. 図 4 クラスター別下位尺度得点の平均値による比較(日本) -2 -1 0 1 2 つながり重視視聴 テレビ局・番組重視 無意識視聴 因 子 得 点 自己基準 テレビ局・番組への信頼 他者基準 0 1 2 3 4 仲間への同調 自己犠牲 自己演出 自己開示 自己客観 所属感の獲得 対人関係の拡張 攻撃行動 つながり重視視聴 放送局・番組重視視聴 無意識視聴
66 「つながり重視視聴」クラスターは他のクラスターより「仲間への同調」,「自己演出」と 「攻撃行動」の平均値が高く見える.これらの心理尺度において,クラスター間に差があ るかどうかを検証するため,分散分析を使い,平均の差の検定を行った.帰無仮説は「各 クラスターの間に「仲間への同調」,「自己演出」と「攻撃行動」の得点の平均値には差が ない」である.分析の結果 を表 4 に示す. 検定の結果,「仲間への同 調」と「攻撃行動」尺度に ついて,クラスター間に 1% 水準で有意な差が存在する ことが分かった.「自己演出」 尺度について,クラスター間に 5%水準で有意な差が存在することが分かった.多重比較 (Tukey b 法)の結果,「つながり重視視聴」クラスターは「無意識視聴」クラスターに対し て「仲間への同調」の得点の平均が有意に高く,内心から他人の意見や行動を受け入れる 傾向があることが分かった.「つながり重視視聴」クラスターは「テレビ局・番組重視」ク ラスターに対して「自己演出」の得点の平均が有意に高く,普段と異なる自分を演出する 傾向があることが分かった.また,「つながり重視視聴」クラスターは「テレビ局・番組重 視」,「無意識視聴」クラスターに対して「攻撃行動」の得点の平均が有意に高く,誹謗中 傷をするなどの攻撃行動をとる傾向があることが分かった.
5. テレビ視聴時の複数メディア利用における中日比較
中国では,複数メディアを同時利用する人の方がテレビ受像機を長時間使用する傾向が あるが,日本では,複数メディアを同時利用する人とそうでない人の間にテレビ受像機の 利用時間に差は見られない.中国では,複数メディアを同時利用する視聴者の 29%しかテ レビ受像機を毎日使用していないが,日本では,複数メディアを同時利用する視聴者の 80%がテレビ受像機を毎日使用すると回答している.中日でテレビ受像機の利用頻度に違 いがあるのかを調べるために χ2検定を行った.帰無仮説は,「複数メディアを同時利用す る視聴者について,中国と日本でテレビ受像機の利用頻度に差はない」である.検定の結 果,1%水準で有意な差が見られた(χ2(1)=50.410,P=0.000).日本の同時利用視聴者の方がテ レビ受像機の利用頻度が多い傾向が見られ,中国では日本と比較して,テレビ受像機の使 用という点でテレビ離れが進んでいるといえる.しかし,中国の複数メディアを同時利用 する人としない人の間では同時利用する人の方がテレビ受像機を使用する時間が長い傾向 にあり,話題になるテレビ番組を提供することが,テレビ受像機の利用を促す効果となる ことが考えられる. 中日の複数メディアを同時利用する視聴者の心理的特徴には差があるかどうかを明らか にするために,t 検定を行った.帰無仮説は「中日の視聴者の間に心理的特徴には差がな い」である.分析の結果,「自己開示」,「対人関係の拡張」の得点の平均値には 5%水準で 表 4 分散分析の結果(日本) 心理尺度(下位尺度) 分散分析の結果 有意確率 仲間への同調 F(2,9)=7.697 0.001 自己演出 F(2,79)=3.443 0.037 攻撃行動 F(2,79)=8.321 0.00167 有意な差が見られ,「仲間への同調」,「自己犠牲」,「自己演出」,「自己客観視」,「所属感の 獲得」,と「攻撃行動」の得点の平均値には 1%水準で有意な差が見られた.中国の複数メ ディアを同時利用する視聴者は日本の複数メディアを同時利用する視聴者より,自己表出 意欲が高く,他者との関係性を築くことに余念がなく,仲間意識が強いといえるであろう. また,各クラスターを比較すると,中国の「つながり重視視聴」クラスターは全ての心理 尺度の下位尺度得点の平均値が日本の「つながり重視視聴」クラスターより高いという特 徴がある.同じ「つながり重視視聴」といっても,中国の視聴者と日本の視聴者には心理 的特徴は違いがあるといえるであろう. 中国と日本の因子を構成する設問には,表 5 に見られるような違いが存在する.中国で 自己基準因子を構成する設問の多くが,日本では他者基準因子を構成しており,逆に,中 国で他者基準を構成する設問は,日本では自己基準を構成する設問となっている.自己基 準因子を構成する設問で共通の設問は,テレビ番組を見ながら,番組に関する内容を SNS 上で発信して他人に知らせるか,また,ネットや SNS 上で自分の感想を発信するかを問う 設問である.中国で自己基準因子を構成する設問は,番組に関する他者の意見を調べるか, 芸能人が出る番組を見るか,番組に関する情報を調べるかを問う設問であり,日本では, 番組を見ながら,SNS 上で番組に関する内容を書き込んだり,コメントしたりするかを問 う設問である.これらの違いは,中国では,他人の意見や芸能人に関することを調べるな ど他者に関する行為であっても自分が主体になって他者に関係する行動を行う場合は,自 分自身に基準があると考え,日本では,同じような行動でも他者からの影響による行動は 他者基準ととらえるからではないだろうか. 表 5 中日の各因子を構成する設問の比較 自己基準 中国 16 18 19 20 21 23 24 25 26 27 36 37 38 40 41 42 日本 12 13 16 18 19 テレビ局 番組重視 中国 15 30 31 32 33 34 35 日本 31 33 34 他者基準 中国 11 12 13 14 17 22 28 29 日本 17 20 23 24 25 26 27 28 29 36 37 38 40 41 42 因子分析の結果により視聴者を分類したところ,中国の視聴者は「つながり重視視聴」, 「テレビ局番組重視視聴」,「無意識視聴」と「他者基準重視視聴」という 4 つのクラスタ ーに分類することができたが,日本の視聴者は「つながり重視視聴」,「テレビ局・番組重 視視聴」と「無意識視聴」という 3 つのクラスターに分類された.BGM のようにテレビ 番組を視聴する視聴行動を除けば,中国におけるテレビ視聴は,話題を共有するためとい う特徴があるが,日本では,テレビを視聴するのはあくまで自分自身の興味関心のためで あると考えることができるであろう.
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6. 考察
仮説に対して,分析の結果に基づいて検証を行う.まず,仮説 1 の中国と日本では放送 局や番組に対して無関心なタイプが存在するについて検証する.中日ともに「無意識視聴」 クラスターが見られた.このクラスターはテレビ番組を BGM のように流れているが,そ れ自体には興味を持たず,テレビ番組とは全く関係なく SNS の利用を行うグループを示し ており,中国と日本では放送局や番組に対して無関心なタイプが存在するという仮説 1 は 支持された. 次に,仮説 2 の日本では自分の関心を重要視する視聴タイプが存在するについて検証す る.このクラスターは自分の趣味に基づいて番組を選択し,SNS 上で自分の意見や考えを 重要視するグループを示しており,日本では自己基準因子のみが高いクラスターは見られ なかったため,仮説 2 は却下された. 仮説 3 の中国における他人に影響をされるタイプが存在するについて検証する.中国で は「他者基準重視視聴」クラスターが見られた.このクラスターは自分が好きな番組とは 関係なく,他人と交流するために話題になっているテレビ番組を視聴する傾向があるグル ープを示しており,中国では他人に影響をされるタイプが存在するという仮説は支持され た. 本研究の結果,想定した視聴グループ以外に「つながり重視視聴」と「放送局・番組重 視視聴」という視聴グループが中国,日本ともに存在することが明らかになった.「つなが り重視視聴」は,中日共に若年層に多く,SNS を利用してテレビ番組を積極的に楽しもう とする新たな存在である.「放送局・番組重視視聴」はテレビ番組の質や放送局への信頼を 重要視するグループである.7. おわりに
本研究の目的は,中国と日本における複数メディアを同時利用する視聴者を視聴行動に よって分類し,各視聴者グループの心理的特徴を明らかにすることであった.視聴行動に よって分類した結果,中国では「つながり重視視聴」,「テレビ局・番組重視視聴」,「無意 識視聴」と「他者基準重視視聴」の視聴者グループが存在することが分かった.一方,日 本では「つながり重視視聴」,「テレビ局・番組重視視聴」と「無意識視聴」の 3 つの視聴 者グループが存在することが分かった.中国の「つながり重視視聴」クラスターに分離さ れる視聴者は中国の他のクラスターに分類された視聴者や日本の視聴者と比較して,自己 表出意欲が高いが,一方で,帰属意識が高いため,自分を抑えてでも他者との関係性を築 こうとする特徴があることが分かった. 今後の課題は,複数メディアを同時利用する視聴者がテレビ番組を見ながら,SNS 上で 発信する書き込みの特徴を分析し,視聴者行動とその志向を明らかにすることである.謝辞
69 本研究に際して様々なご指導を頂きました伊佐田百合子教授には厚く感謝を申し上げま す.また,本論文作成に当たり,副査としてご助言をしてくださった三道弘明教授と山田 考子教授に深く感謝の意を表します.調査にあたっては,多くの方々のご協力を頂きまし た.アンケートに回答して下さった日本及び中国に居住している方々には,心より感謝い たします.最後に,これまで温かい目で見守ってくれた友人たちや家族に深く感謝します.