• 検索結果がありません。

「認定こども園」法の改正とその課題の一考察 : 保育所制度の今後のあり方との関連で

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "「認定こども園」法の改正とその課題の一考察 : 保育所制度の今後のあり方との関連で"

Copied!
14
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

さくらい けいいち 文教大学人間科学部

「認定こども園」法の改正とその課題の一考察

─ 保育所制度の今後のあり方との関連で ─

A Study on Legal Amendments Process and Problems of “Nintei Kodomoen”

─ Future Prospects of Day Nursery System ─

櫻 井 慶 一

Keiichi SAKURAI

要旨:認定こども園法の改正法案が、民主、自民、公明の 3 党合意で 2012 年 8 月に成 立した。2015 年度からの施行に向けて、全国各地でその準備が急速に進みつつある。 本稿では認定こども園法の成立から改正までの 6 年間を、前期、後期の 2 期に分けて、 そこで何が実施され、何が課題となっていたかを明らかにした。  具体的には、幼保一体型施設の普及、総合施設の実践、認定こども園の普及状況など を明らかにし、その意味について考察した。その結果、昨年改正された法案までは、認 定こども園の普及は、幼稚園(文部科学省)、保育所(厚生労働省)の双方にとり重要 な政策課題として意識されていなかったこと、法成立後は新「幼保連携型認定こども 園」に、幼稚園、保育所ともにできるだけ収斂させるために様々な検討がなされている ことなどを明らかにした。  改正された「認定こども園法」は従来の乳児から就学前の一貫した保育所保育を受け る権利を否定する内容があると考えられることから、本稿ではその批判的検討をした。 キーワード:幼保連携型認定こども園、保育所制度、総合こども園法、保育・教育の定 義、改正認定こども園法  はじめに  2012 年 8 月、民主・自民・公明による 3 党合意の「社会保障と税の一体改革」にもとづき、 消費税増税を前提に、①「子ども・子育て支援法」、②「認定こども園法改正法」、③「児童福祉 法等関連法案の改正法」の子ども関係三法が成立した。明治時代からのわが国の幼稚園、保育所 の 2 元体制にくさびを打ち、今後の保育制度のあり方に大きな影響を及ぼすと考えられる三法の

(2)

本格的な実施は順調に進めば 2015 年度からとされており、全国各地で現在そのための準備が進 みつつある。  「三法」改正については、すでに多くの考察があるが(1)、ここでは紙数の関係もあるので、幼 稚園及び保育所の枠組みに最も関係深いと考えられる「認定こども園」にかかわる問題に限定し て検討を加えたい。具体的には、認定こども園の歴史を、前期(05 年 10 月 = 総合施設モデル事 業開始~ 12 年 6 月 = 総合こども園法の廃案まで)と後期(12 年 8 月=改正認定こども園法の成 立~現在)の 2 期に分け、その過程での諸問題や各法案の比較を通じて今後の保育所制度に与え る問題点を小考してみたい。  認定こども園制度が成立してから 6 年余、12 年 8 月の「幼保連携型認定こども園」を重視す る改正法は、今後の保育所のあり方に極めて重大な影響を及ぼすものと考えられる。しかし、そ の検討は必ずしも十分ではなく、現場の保育関係者では認定こども園への移行が「損か得か」の レベルで語られていることが多いのが現状である。本稿では限られた紙数ではあるが、認定こど も園制度の何が保育所にとって本質的な問題なのかを簡潔に明らかにしてみたい。・  なお以下の本文においては、06 年 6 月成立から現在まで施行されている「認定こども園法」 を「現行法」、12 年 8 月に改正され 15 年度から施行予定の「認定こども園法」を「改正法」、さ らに民主党政権下で「現行法」を改正する目的で提出され結局「廃案」とされた「総合こども園 法」を「総合法」として略記する。 (注) 「認定こども園法」=(正式名称は、「就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律」 であるが、本稿では通称の「認定こども園法」の呼称を使用した。 1.認定こども園制度の成立《前 期》 1)「幼保一体型」施設の成立  周知のように、わが国では幼稚園と保育所の二元的な制度運用は戦前から長く続き、戦後も子 どもの就学前教育(保育)の場は別々のものであった。しかし、地域の実態としては、制度の 建前とは別に、それなりの「幼保一体型」施設の実践が古くから広がっていた(2)。「親の働き方 で子どもを区別しない」「負担と受益を公平化する」などの理念にもとづくいわゆる「幼保一元 化」あるいは「保育一元化」論争は戦後も何回か行われているが(3)、今回改正につながる 06 年 の「現行法」の成立は、そうした理念的次元からのものではない。結論を先に述べるならば、そ れは、一体化を求める地方六団体や経済財政諮問会議などの経済界の強い圧力と、それに反対す る幼稚園や保育所団体、そしてそれらを支持する議員団との間に挟まれた自民党政権の苦渋の政 治的な決着(妥協)であった。  ところで、認定こども園につながるとされる「幼保一体型」施設が作られた起点は、98 年に 「幼稚園と保育所のあり方に関する検討会」が出した「施設の共用化等に関する指針」で「共用 化」路線が打ち出された時から始まったと一般には考えられている(4)。そこでは、共用化の形 態は、①廊下や部屋の共有による合築型、②同じ建物内にはあるが完全に仕切られている併設 型、③園庭を共有する同一敷地内の 3 つのパタ-ンがあるとされ、当時すでに全国に 96 施設が あると説明されていた。しかし、当時「共用化指針」自体は、幼稚園と保育所の関係を積極的 に変革しようとして提案されたものとは保育関係者では受け止められてはいなかった。当時の状 況は、保育所制度が「措置」から「契約」制度への転換問題で大きく揺れ動いている時期であり、

(3)

共用化問題は当面する保育所の政策課題という認識はなかったからである。  その後、幼保一体化の試みが具体化していく背景には二つの大きな政策圧力があった。その一 つは、97 年の幼稚園教育要領の改定に関して、「地域に開かれた幼稚園づくりや預かり保育など 地域の実情や保護者の要請等を踏まえ、幼稚園運営の弾力化を一層すすめていくことが適当であ る」とされているように、深刻化する地域の幼稚園経営の柔軟化を求める経営上の要望に応えよ うとする文部科学省の動向である。その後の、01 年 3 月の「幼児教育振興プログラム」、02 年 10 月以後の「構造改革特区推進のためのプログラム」もそうした流れの延長線である。  他の一つは、規制緩和を求める経済界や地方分権を求める地方六団体等の圧力と厚生労働省の 対応にかかわるものである。幼保の一体化(共用)施設が直接的に大きく動き出すきっかけは、 02 年 3 月の「規制改革推進 3 か年計画」および同年 6 月の「地方分権推進会議中間報告」であ り、「幼保一元化は地方において一元的に実施することが可能であり、その方が合理的と考えら れるが、国の制度的制約があり、その実現が困難となっている」と指摘され、その解決のため に、「施設の共用化、職員資格の一元化や制度の一元化」などが提案されたことに端を発したも のである。  この報告は言うまでもなく経済財政諮問会議のいわゆる「骨太方針 2002」で打ち出された 「三位一体改革」の基本方針を反映したものである。さらに、追い打ちをかけるように、03 年 10 月には、地方分権推進会議から「最終報告」が出され、「幼稚園と保育所の一元化を地方自治体 の判断でできるように、保育所の運営費については一般財源化を検討すべきである」とされ、12 月には、総合規制改革会議が「総合施設の施設設備、職員資格、職員配置等に関する規制の水準 を、それぞれ現行の幼稚園と保育所に関する規制のどちらか緩い方の水準以下とすべき」とする 第三次答申が出された。ここに至り、一般財源化問題と絡めた「幼保一元化構想」が出されたこ とにより、厚生労働省も保育所関係者も無視することができなくなり政治決断が迫られる事態に 陥ったのである。  対応が急がれた厚生労働省では、とりあえず運営費の一般財源化問題については、反対の強い 私立保育所分はそのままとし、公立保育所については「三位一体」改革の流れのなかで 04 年度 から実施することとした(5)。また「一元化」問題については、幼保のどちらかをどちらかに吸収 するということは、それぞれの組織が巨大でありかつその目的や機能も異なるため現実的に不可 能であると判断し、当面は新たな第三の保育サービス提供機関=「幼保一体型」施設を設置する ことで妥協点を見つけようとしたのである。  そのため、厚生労働省が出した結論は、幼保一体型施設については 04 年度中の検討、05 年度 に試行モデル事業の実施および法整備とし、06 年度からは本格実施の基本方針を定め、基準等 の策定準備のために社会保障審議会児童部会での検討を開始した。またほぼ同じ時期から、文部 科学省も中央教育審議会の幼児教育部会で検討を開始し、04 年 5 月からは両省合同の審議会を 設け、同年 8 月には「中間まとめ」、12 月には「最終報告=審議のまとめ」を公表した。しかし、 合同審議会の最終報告では、肝心の「幼保一体型」施設のねらいは、幼児教育部会委員の一部に 根強くあった「家庭教育の補完にとどめるべき」だという意見と、児童部会の意見に強かった 「就労支援機能の重視」との考え方の対立が最後まで解消されず両論が併記された。この対立は、 改正法ができた今日でも全く解決されていない。  一方この間、「共用化施設」は着実に増加し、図(1)のように共用化開始後の 98 年 10 月には

(4)

96 園であったものが、構造改革特区制度が活用できるようになる 04 年 5 月には 304 園と急増 し、現行法が成立した 06 年には 402 園、さらに現行法成立後の 08 年 5 月で 471 園、2012 年 5 月で 531 園(公立 288、私立 243)と、今日まで着実にその数を増している。「認定こども園」と は別の「一体化」施設が増加している背景には、幼保連携型の認定こども園とは異なり、それぞ れの施設認可をとる必要がなく、また、保育士、幼稚園教諭などの単一の資格しか無い者でも働 きつづけることができるなどのメリットがあるからであり、人口減少地域などの保育ニーズに即 応できるという理由もあった。 600 500 400 300 200 100 0 98 年 96 171 304 402 471 511 531 02 年 04 年 06 年 08 年 10 年 12 年 図(1)幼保共用化施設数推移 (出所)「第 1 回 幼保一体化ワーキングチーム参考資料」2010 年を基に作成 2)幼保一体型(総合)施設モデル事業の開始  幼保一体型施設は、「近年の社会構造・就業構造の著しい変化等を踏まえ、地域において児童 を総合的に育み、児童の視点に立って新しい児童育成のための体制を整備する観点から、地域の ニーズに応じ、就学前の教育・保育を一体として捉えた一貫した総合施設の設置が必要」(04 年 の合同審議会の「最終答申」)とされて、05 年度から設けられたものである。以後、幼保一体型 施設は「総合施設」と呼ばれることになった。  しかし、その目的・意義については、最終報告でも「生涯学習の始まりとしての人間形成の基 礎を培う幼児教育の重要性」を主張する幼稚園関係者と、「社会全体で次代を担う子どもの育ち を支える次世代育成や待機児対策」の視点を強調する保育所関係者間の対立は解消せず、「両論 併記」として残されたままであった。また、その具体的な設置のための基本方針に関しても、合 同会議の最終報告の「2、意義・理念」で述べられているように、「既存施設からの転換や既存施 設がその有する機能を互いに生かしつつ連携することなどを含め、可能な限り柔軟な制度とする方 向で検討すべきであり、積極的に施設の新設を意図するものではない」と幼稚園や保育所に配慮 したわざわざ断り書きまでされていたものであった。その後の 06 年度からの認定こども園制度の 展開に、既存の施設を守るべき立場の両省に迅速な動きがみられなかったことは当然であった。  さて、そうした状況下ではあったが、総合施設のモデル園は、予定通り 05 年春に文部科学・ 厚生労働両省から 36 施設(中途で 1 園が辞退)が公表・指定され、10 月から実際のモデル事業

(5)

が開始された。その実施園の内訳は、幼稚園に保育所の機能を加えて実施する幼稚園型 10 箇所、 保育所に幼稚園の機能を加えて実施する保育所型 8 箇所、近接する保育所と幼稚園が連携して取 り組む幼保連携型 18 箇所の総計で 36 箇所であった。設置個所は 35 都道府県に及び、公私立別 では、公立 9 か所、私立 27 か所であった。それらの施設のうち全体では、私立幼稚園(学校法 人等)関係が過半数の 20 か所を占め、予測されたこととはいえ“幼稚園救済”の色彩が濃いも のであった。  そのことは、モデル事業を実施した 36 か所のその後の動向を見ても裏付けられる。12 年 8 月 の新法制定までに「認定こども園」に転換したところは全体の 36 園中の半数弱の 14 か所にとど まり、そのうち 2 園の保育所型を除いた残りの 12 園は幼稚園型(7 園)か幼保連携型(5 園)だ からである。筆者自身もこの間、2 つの県で幼稚園型と保育所型のそれぞれの総合施設のモデル 事業の評価・検証作業に参加する機会を得たが、幼稚園型の A 総合施設ではその後保育所を建 設し、幼保連携型認定こども園に転換したが、保育所型の B 総合施設では、モデル事業終了後 はそれ以前の保育所に戻り現在もそのままである。多くのモデル事業に取り組んだ保育施設、と りわけ保育所にとっては、この制度は地域ニーズも運営上の財政的メリットも少ないと判断され たのである。   3)現行法の成立と認定こども園の推移  モデル事業を実施し、06 年 3 月の評価に踏まえ、現行の「認定こども園法」は 06 年 6 月に全 文 16 条の比較的簡単な法律として成立し、同年 10 月から施行された。結局、認定こども園制度 はそれまでの幼稚園、保育所の制度を一元化するのではなく、政治的な妥協の産物として、幼稚 園と保育所の両施設の機能を併せ持つ新たな三番目の保育サービス機関としてスタートしたので ある。これ以後、わが国の保育サービスは皮肉にも一元化ではなく三元化することになった。  認定こども園制度では、「就学前の子どもに対する教育及び保育並びに保護者に対する子育て 支援を総合的に提供する機能を備える施設」として、既存施設の組み合わせによる下記の 4 類型 が新たに規定された。しかし、そこで言われている「就学前の教育及び保育並びに保護者に対す る子育て支援」の意味は、単一施設としてそれを一元的に提供するということではなく、既存の 幼稚園、保育所、認可外保育施設等のそれぞれの従来からの機能の枠内で、それらの機能を組み 合わせることで諸サービスを複合的に提供するという概念である。改正法での新・幼保連携型認 定こども園が一体的な方向を目指しているものとは大きく異なっている。 ① 「幼保連携型認定こども園」=(認可保育所と幼稚園が連携した一体的な運営により認定こ ども園としての機能を果たすタイプ) ② 「幼稚園型認定こども園」=(認可幼稚園が「保育に欠ける」子どものための時間を確保す るなど保育所としての機能を備えることにより認定こども園としての機能を果たすタイプ) ③「保育所型認定こども園」=(認可保育所が「保育に欠ける」乳幼児以外の子どもを「私的 契約」等により受け入れ、幼稚園的な機能を備えることで認定こども園としての機能を果 たすタイプ) ④ 「地方裁量型認定こども園」=(幼稚園・保育所いずれの認可も無い保育施設が、地域自治 体の判断で独自の設置基準に基づき認定こども園としての機能を果たすタイプ)  しかし、次節の表(3)で取り上げるように、その第 3 条の定義では、保育所型等の認定こども

(6)

園では、満 3 歳児以上の児童に対しては、学校教育法第 23 条の各号の目標(いわゆる 5 領域ご との目標)が達成することが求められ、さらには短時間利用の児童と長時間利用の子どもへの 4 時間の共通時間=コアの教育時間が求められている点などは、幼稚園教育重視の改正法の内容を 先取りした大きな問題点をはらんだものであった。また、地方裁量型タイプには従来からの認可 された幼稚園や保育所の最低基準を下回るものまでが含まれるようなこともあり、保育関係者か らは幼保連携型を除いては批判の対象とされたのである(6)  こうした批判もあり、06 年に成立した認定こども園は、制度発足当初、11 年度末までの 5 か 年間に全国 2000 か所が設置目標とされていた。しかし、結果は表(1)のように、4 類型を合わせ ても目標の半数弱の 911 件にとどまり、そのうち改正法との関連が深い「幼保連携型」について は 486 か所にとどまっている(ちなみに、2013 年 4 月 1 日では、1099 か所、うち幼保連携型は 594 か所である)。しかも、表では分からないが、地域差も大きく、13 年 4 月の 1099 か所のうち 兵庫県の 93 か所、東京都の 90 か所などの比較的多い都県がある反面、逆に、京都府、沖縄県、 香川県などはまだ各 1 か所に留まっている(7)。認定こども園が思ったほど普及しなかった理由に は、学校法人と社会福祉法人ごとの別々の開設手続きや事務処理、それぞれで異なる日常的な必 要書類への対応などの事務作業が煩雑であったこと、また、こども園の認定は知事権限であった にもかかわらず、幼保連携型ではそれぞれの施設認可を必要とし、そのためには市町村レベルで の既存の幼稚園や保育所との定員調整等が必要であったこと、財政的にも施設運営上のメリット が当初ほとんど無かったことなどの制度的な理由があった。  さらに言えば、認定こども園制度は、保育所にとっては待機児がいる地域では「保育に欠けな い」乳幼児を私的契約で受け入れなければならないという矛盾があり、さらにもともと、そこで 求められている「保育」機能や「教育」機能、「地域子育て支援」機能も保育所はすでに一体的 に提供していることから、あえて積極的に取り組む必要はないものであった。また、私立幼稚園 にとっても、3 歳以上児の「保育に欠ける」児童への対応はいわゆる「預かり保育」で現実にほ とんどすでに対応しており(8)、0 歳を含む未満児保育への対応には経験が不足すること、乳児室 や調理室など新たな施設・設備の設置・改善を必要とする場合が多く、さらに新たな子育て支援 サービスを提供するための人件費増などの問題もあり、財政的にも認定をすすめるには大きな壁 のあるものであった。 表(1)認定こども園の推移 (各年度、4 月 1 日) 総 計  公私別 類型別の割合 公 立 私 立 幼保連携型 幼稚園型 保育所型 地方裁量型 2013 年 1099 件 218 881 594 317 155 33 2012 年 909 件 181 728 486 272 121 30 2011 年 762 件 149 613 406 225 100 31 2010 年 532 件 122 410 241 180 86 25 2009 年 358 件 87 271 158 125 55 20 2008 件 229 件 55 174 104 76 35 14 2007 年 94 件 23 71  45 32 13 4  (出所)各年度 文部科学省・厚生労働省幼保連携室 報道発表資料から作成  もちろん、このように認定こども園の普及が進まないことに対し、文部科学・厚生労働両省が

(7)

全く手をこまねいていたわけではない。両省は合同で「認定こども園制度の在り方検討会」を設 置し、09 年 3 月には「今後の認定こども園制度の在り方について」を発表し、認定こども園が、 幼稚園教育要領と保育所保育指針に基づき教育・保育を行うことが重要であるとし、具体的な方 向として、「①子どもの最善の利益を重視すること、② 乳幼児期に最もふさわしい生活の場を保 障すること、③ 教育・保育の質の維持・向上を目指すこと、④ 家庭や地域の子育て支援機能を 評価し、強化すること」等の 4 点の充実を訴え、「将来的には幼保連携型にその他の 3 タイプも 収斂されることが望ましい」とする今日の改正法につながる注目すべき提言もしている。しかし まだ、保育関係者の多くには「認定こども園」制度はまだ対岸の火事でしかなかった。 2.認定こども園制度《後 期》 1)「総合こども(仮称)園」法案構想  09 年 9 月、政権与党となった民主党にとって「幼保一体化」政策はマニフェストにもかかげ た重要な柱の一つであった。そのため、09 年 12 月発表の「明日の安心と成長のための緊急経済 対策」に基づき、10 年 1 月には「子ども・子育て新システム検討会議」を立ち上げ、次世代育 成支援のための包括的・一元的なシステムの検討を開始した。さらにその具体化のために、10 年 4 月からは保育関係者や専門家らによる「基本制度」、「幼保一体化」、「こども指針」の 3 つの ワーキングチームでの検討作業を開始し、6 月 25 日には、「子ども・子育て新システムの基本制 度要綱」(以下、新システムと略記する)を発表し、子ども・子育て支援に関する包括的な変革 を提言した。  新システムの全体的なイメージは、地域主権(地方分権)の視点に立ち、運営主体、財源、給 付体系等々の一元化の実現を求めたもので、保育(幼児教育)制度の抜本的な改革をねらうも のであった。また、新システムの基本理念は、「①政府の推進体制・財源の一元化、②社会全体 (国、地方・事業主・個人)による費用負担、③基礎自治体(市町村)の重視、④幼稚園・保育 所の一体化、⑤多様な保育サービスの提供、⑥ワーク・ライフ・バランスの実現」と説明される ものであった。さらに、その目的は、「①すべての子どもへの良質な生育環境を保障し、子ども を大切にする社会、②出産・子育て・就労の希望がかなう社会、③仕事と家庭の両立支援で充実 した生活ができる社会、④新しい雇用の創出と女性の就業促進で活力ある社会をめざす」ものと されていた。こうした理念等を実現するために、幼稚園・保育所を一体化(一元化)し、質の高 い就学前の保育・教育の実現すとして提案されたものが、新たな「こども園(仮称)」の設置を 目指した「総合こども園法」構想であった。民主党の当初案では 11 年度中の通常国会への法案 提出、13 年度からは財源を確保しながら段階的に実施するとされたように計画は急であった。  その後、10 年 11 月 16 日の第 3 回の幼保一体化ワーキングチームによる検討会には、表(2)の ような 5 つの制度改革工程表案が具体的に政府から示された。表(2)の 5 つの案は、今回の改正 法による 15 年度以後の幼稚園や保育所への制度的対応を示す概念図としても見ることができ、 筆者は今日的にもきわめて重要なものと考えている。具体的には、改正法での「幼保連携型認定 こども園」構想は、表(2)でいうならば案 4 の「指定施設」に近いものであり、当面は現行の 4 タイプの認定こども園と幼稚園、保育所もそのままでもかまわないとした新制度は、まさしく案 4 そのものと考えられよう。しかし、保育単価等でのインセンティブ=政策誘導により、認可幼

(8)

稚園や保育所、さらには現行制度での 3 タイプの認定こども園までも「幼保連携型こども園」に 収斂させようとしている現在の内閣府、厚生労働省等の姿勢は、むしろ本音では案 5 に限りなく 近いものと考えられるのである。 表(2) 総合こども園(仮称)の 5 つの制度改革案    こども園(仮称)の目的 認可幼稚園への対応 認可保育所への対応 案 1 幼児教育・保育及び家庭における養 育の支援を一体的に提供 法律上、一定期間後にすべ てこども園に移行 法律上、一定期間後にすべ てこども園に移行 案 2 幼児教育のみ、保育のみを提供する ものなど多様な類型を設ける 法律上、平成 25 年度にす べてこども園に移行 (*1) 法律上、平成 25 年度にす べてこども園に移行 (*1) 案 3 幼児教育・保育及び家庭における養 育の支援を一体的に提供 そのまま存続する そのまま存続する 案 4 新システム法上の指定施設としてこ ども園(仮称)を創設 そのまま存続する そのまま存続する 案 5 幼児教育・保育及び家庭における養 育の支援を一体的に提供 こども園に移行するように 政策的に誘導する 法律上、一定期間後にすべ てこども園(仮称)に移行 する (出所)子ども・子育て新システム幼保一体化ワーキングチーム(第 3 回)、2010 年 11 月 16 日資料から筆者作成     (*1)個々の施設が幼稚園、保育所の名称を使用することは可とする 2)改正「認定こども園法」の成立  しかし、民主党が掲げた保育制度のかなり抜本的改革を含む「総合法」は、結局日の目を見 ることはなかった。周知の通り、国会にすでに提出されていた同法は、12 年 6 月第 2 週に至り、 「社会保障と税の一体改革」法案をめぐる自民党、公明党との最終修正協議の過程で、民主党自 身により突如取り下げられてしまったからである。消費税の引き上げの為ならばどんなことにで も妥協した民主党政権の最期の姿であったが、保育制度の抜本改正や待機児童の解消を企図した 「総合法」にそれなりに期待していた人々、関係する審議会委員等には「拍子抜け」する結末で あった。  その後の法案の具体的修正は、公明党からの「今後の幼児教育・保育制度のあり方について (基本的考え方)」を軸に行われたようであるが詳細は不明である(9)。修正案では、①幼保の一体 化のための認定こども園制度の改正、幼稚園教諭や保育士資格の一本化、②対象児童を「保育に 欠ける」から「保育を必要とする」に拡大、③市町村の保育実施義務の明確化、④子育て支援会 議の設置、⑤小規模保育所等の制度の拡充等々が決められ、現行の「認定こども園法」の改正と いう形で 12 年 8 月 10 日成立した。改正法は全文 39 条、附則 11 条からなるもので、旧法の改正 というよりも内容的にはむしろ新法の制定と呼んだ方が良いようなものである。改正法は同時に 成立した「子ども・子育て支援法」「児童福祉法等関連各法改正」等々ともリンクして、本稿冒 頭で述べたように、わが国におけるこれまでの 100 年以上に及んだ幼稚園教育及び保育所保育の 概念を一変させる可能性のある内容を含むものであった。

(9)

3)改正「認定こども園法」の諸課題  最後に、改正「認定こども園法」で、今後の保育所制度の在り方との関連で特に重要と考えら れる部分だけを表にまとめて検討を加えておきたい。現行法、総合法、改正法を比較した表(3) の各項目を見ると、まず最初に目につくことは総合法と改正法の条文は同じまたはほとんど同じ ものが多いということである。こうした類似は、修正協議で民主党の要望を入れたためと単純に 考えることもできるが、むしろ総合法の内容自体が、性急とも思える民主党の幼保の一体化(一 元化)理念を除けば、もともと厚生労働省の考えそのものであったためと解釈した方が妥当に思 われる。「直接契約」制度に大きく道を切り開いたとされる今回の改正法のねらいの一つは、97 年以来の厚生労働省の悲願にも重なる部分であったからである(10)  表(3)を順にみるならば、「目的」条項に関しては、現行法は「教育及び保育に関する需要の 多様化に応じた」という言葉にイメージされるように、まだ保育所的な大きな枠組みの発想で作 られていたと直感できるものである。このことは先にも述べたように、06 年の現行法制定時に は厚生労働省も幼・保の枠組みを積極的に壊す意図はなかったからである。ところが、それから 3 年後の民主党の「総合法」の「目的」条項は、「生涯にわたる人格形成の基礎を培う上で幼児 期の教育及び保育が重要である」という「幼稚園教育要領」そのものの表現に切り替えられてい る。この理由は、民主党の持論の幼保一元化(一体化)政策の実現のために、総合法では幼稚園 に配慮した表現が強まり、修正後の改正法もそうした流れをそのまま反映せざるを得なかったた めと筆者は思慮している。しかし、それが厚生労働省の本意であったかは疑問である。  そうした流れは、次の「定義」条文を見ても同様である。定義は「義務教育及びその後の教育 の基礎を培うものとしての満 3 歳以上子どもに対する教育並びに保育を必要とする子どもに対す る保育を一体的に行い、そのための環境を整え、心身の発達を助長する」と表現されている。こ れは、文字通り近年の教育基本法や 08 年の学校教育法改正の流れを受けたものであり、指摘す るまでもないが、この条文は学校教育法第 22 条の幼稚園教育の目的条文そのものである。  幼稚園(教育)に配慮した表現は、次の条項の「教育及び保育の定義」でさらに決定的なもの となる。就学前の子どもの保育を 3 歳未満児と 3 歳児以後とに機械的にわけ、狭義の学校教育概 念で 3 歳以上児を統一しようとした本条は、これまでも多くの保育所関係者から改正法の最大の 問題点として批判されている通りである(11)。この条文では、保育所保育の定義は、「保育とは、 児童福祉法第 6 条の三第 7 項に規定する保育をいう」とされている。ちなみに、児童福祉法第 6 条の三第 7 項の条文を見ると、「この法律で、一時預かり事業とは、家庭において保育《養護及 び教育(第 39 条の 2 第 1 項に規定する満 3 歳以上に対する教育を除く。)を行うことをいう。以 下同じ。》を受けることが一時的に困難となった乳児又は幼児について、厚生労働省令で定める ところにより、主として昼間において、保育所、認定こども園(……中略……)その他の場所に おいて、一時的に預かり、必要な保護を行う事業をいう」とされている。

(10)

表(3) 認定こども園法関係の 3 法の主な項目の比較 法律名 旧認定こども園法  (2006 年~現在) 全文 16 条、附則 1 条 総合こども園法 (2012 年 7 月参議院で廃案) 全文 30 条、附則 9 条 改正認定こども園法 (2012 年 8 月成立 2015 年 度 か ら 施 行 予 定 )、 全文 39 条、附則 11 条 目的 (一部要約) 就学前の子どもの教育及び 保育に関する需要の多様化 に応じた幼稚園及び保育所 等における小学校就学前の 子どもに対する教育及び保 育、保護者への子育て支援、 情報提供 生涯にわたる人格形成の基 礎を培う上で幼児期の教育 及び保育が重要であること に鑑み、小学校就学前の子 どもに対する教育及び保育、 保護者に対する子育て支援 の総合的提供    同左 幼保連携型 認定こども園の 定義 (要約) 特に規定なし 義務教育及びその後の教育 の基礎を培うものとしての満 3 歳以上子どもに対する教育 並びに保育を必要とする子ど もに対する保育を一体的に行 い、そのための環境を整え、 心身の発達を助長するととも に、保護者に対して子育て支 援を行う施設  同左 教育・保育の定義 特に規定なし 教育とは、教育基本法第 6 条第 1 項に定められた法律 に定める学校において行わ れる教育をいう  同左 保育とは、児童福祉法第 6 条の三⑦項に規定する保育 をいう  同左 入園対象児 従来からの幼稚園及び保育 所と同様 満 3 歳以上の子ども及び満 3 歳未満の保育を必要とす る子ども  同左 設置者規定 (要約) 特に規定なし (旧来からの幼稚園、保育所 設置者、株式会社等も想定) 国、地方公共団体、学校法 人、社会福祉法人、その他 必要な財産、知識、経営者 の社会的信望がある者等(例 外規定なし) 幼稚園型、保育所型、地方 裁量型の従来モデルの認定 こども園につては左の規定 と同じ。幼保連携型認定こ ども園は、国、地方公共団体、 学校法人及び社会福祉法人 のみ 註 下線は筆者が書きくわえた。

(11)

 この条文だけを素直に読むならば、保育所の保育とは一時的な預かり事業であり、乳幼児の保 護を短時間だけ行うための単なる託児的な場所としか読めないであろう。この条文からは、現在 の保育所の果たしている、多くの子どもたちを毎日朝から夕方まで、時には 10 数時間以上も保 育し、その利用期間も長い場合は産休(育休)明けから小学校就学までの 6 年間余にわたる保育 (教育)の場であることの積極的な意味は全く伝わって来ない。  周知のように、わが国の従来からの保育所保育における教育は、3 歳未満児では「養護と教育」 は一体として切離せないものとしてとらえられ、また、3 歳以上児でもその考え方は共通である が、より狭義の「教育」に関しても、幼稚園教育と共通の内容のものが『保育所保育指針』で担 保され実践されてきたものである。保育所保育、とりわけ 3 歳未満児の保育には全く「教育」が 無いような印象を与えるこうした定義は、次の条文の「入園対象児」でも同じことが言える。改 正法が、結局は狭義の幼児「教育」中心の「一元化」法であることは、もはやこれ以上強調する までもないように思われる。  しかし、ここで確認しておかなければならない最も重要な問題点は、保育所保育が単純に幼稚 園教育化するということではない。そうではなく、保育所はこれまでももちろん小学校への移行 の準備には対応してきたが、同時に就学前の広義な教育(機関)としてそれ自体が「完結」した 教育であり、たんなる小学校の予備校ではなかったということである。今回の法改正では、保育 所や幼稚園に「幼保連携型認定こども園」への移行は義務付けないとしている。しかし、厚生労 働省が関与した先に述べた総合法の案 1 では、改正後 10 年ぐらいの間にこども園に移行をすす めるとされていたこと、幼保連携型への移行を促進するために保育単価等のインセンティブ=政 策誘導したい旨の発言が新システムの説明会等で、内閣府・厚生労働省により現在すでに行われ ていることとも関連させて考えると(12)、保育所保育そのものの理念や機能が今後大きく変わっ ていくことを懸念するのは当然であろう。  具体的な経営上の問題点としても、これからの保育所保育については、「教育」がないという 不安を抱く保護者が増える恐れがある可能性も否定できない。そうした結果、地域によっては、 保育所は結局のところ「幼保連携型認定こども園」に移行せざるをえないということになるのは 容易に予測がつくことである。子ども人口の少ない地域によっては、幼保連携型認定こども園が 必要かつ有効に機能する可能性があることまでは否定しないが、その保育所制度に与える影響は あまりにも大きいと言わざるを得ない。 おわりに  改正法(幼保連携型認定こども園制度)の今後の大きな課題を最後に簡単にまとめてみるなら ば、制度的には、①市場原理に基づく自己責任にもとづく直接契約制度の拡大、ひいては公的な 保育を受ける権利の縮小・変質が考えられること、また、保育理念や内容的には、②保育所保育 の「託児所」化観の増大、③保育所が小学校教育の準備機関化することでの保育内容や方法等 も変質せざるを得ないことなどを指摘できよう。そして何よりも、④改正法のねらいや構造自 体は、71 年(昭和 46 年)の中央教育審議会答申の、「年齢区分論」に基づく、(「一定の条件を 具備した保育所にも幼稚園としての地位を付与する」としたいわゆる「幼稚園に準ずる教育」の 「二枚看板論」の)、幼保一元化構想を現代的に「認定こども園」に掛け替えただけ、と筆者には

(12)

思えてならないのである(13)。改正法での保育所に与えられる「教育」機関としての法的位置づ けが学校教育法第 1 条ではなく、教育基本法第 6 条の緩用でしかないことがそのことを如実に物 語っていよう。  新システムは「すべての子どもたち」に恩恵が及ぶものとして、「親の働き方(就労の有無) 等に子どもが左右されない」などのメリットを強調する研究者もいるが(14)、そうした問題は、 保育所の「保育を必要とする」要件に「近隣に遊び友達がいない」「適切な遊び場所がない」な どの社会的要件を追加すれば良いだけのことである。筆者自身はここまでで述べたように、保育 所が幼保連携型認定こども園に移行するメリットよりも、その本質が変質してしまう可能性のデ メリットに強い危機感を覚えるものである。  その理由について、自己批判も含めて少しだけ述べさせてもらうならば、筆者はすでに 96 年 段階のバブル経済崩壊期に、ある社会福祉関係の専門誌に今日の一体化議論とつながる保育サー ビスの一般化について、むしろ「必然」的流れという立場から論じたことがある(15)。しかし、 言い訳になるが、当時の筆者には、その後の経済状況の急激な悪化にともなう貧困児童や虐待さ れた児童、さらには発達障がいのある児童や精神的な問題を抱える保護者の激増などの、今日の 子どもや家庭をとりまく危機的状況までは予測できなかった。今日、多くの保育所では、そうし た子どもや家庭に対応するために、よりきめ細かなソーシャル・ワーク的な実践を日々余儀なく されていることは周知の通りである。今日の保育所には、地域の最も身近な児童福祉施設とし て、地域や子育て家庭の最後のセーフティネットとして様々な子育て支援ニーズに応える役割を よりきちんと果たすことが強く求められているのである。  本紀要が刊行される 3 月末には、筆者が編者の一人としてかかわっている全国夜間保育園連 盟の『30 周年記念誌』が刊行されている予定である(16)。その中では、夜間保育所が貧困(母子) 家庭の生存そのものを支え、子どもたちの健全な成長・発達を支援するために文字通り必死に個 別的なソーシャル・ワーク実践をしている事例が多数紹介されている。いうまでもなくそうした 実践は、保育所制度がこれまで十分とは言えないまでもそれなりに整備されている(た)からこ そ可能となったのである。夜間も含めた保育所での(家庭支援的な)保育サービスは、一般的な 幼稚園での集団的な「教育」サービスとは明らかにその目的や機能は異なるものである。保育所 制度自体の「一般化」は避けなければならないのである。新制度への筆者の最大の不安は、保育 所関係者からこれまでの、より困難な家庭や児童に寄り添い、個別的に丁寧に対応することこそ が保育所の「アイデンティテイー」であるという常識が次第に失われていくのではないかという ことである。そのことは、現代の子育て家庭にとっては取り返しのつかない損失につながる可能 性があることはあらためて付記するまでもないことである。 《註》 ⑴ 大宮勇雄「どんな園であろうと、どんな時刻であろうと、すべて等しく教育である─幼保連携型認定こど も園をどうとらえるか─』、『保育白書』2013 年版、草土出版。杉山(奥野)隆一「新幼保連携型認定こど も園の概要と幾つかの危惧」、保育研究所編『保育情報』2013 年 8 月号。普光院亜紀『日本の保育はどう なる─幼保一体化と「こども園への展望」─』岩波ブックレット、2012 年は分かりやすく一元化の歴史と その課題を明らかにしている。 ⑵ 櫻井慶一『保育制度改革の諸問題─地方分権と保育園─』新読書社、2006 年、161 ~ 168 頁など参照。当

(13)

時の地域での幼保一定的な施設運営については、拙稿「幼稚園における長時間保育の現状と利用者に関す る一考察」、『暁星論叢』NO.19、新潟中央短期大学、参照。幼・保の法制度上の建前とは別に、地域では 様々なそれぞれの代替をする実践がすでに過去から長く行われており、何らそれで支障はなかったのであ る。 ⑶ 幼保一元化論議についての経過を簡単にまとめたものは多い。論文では村山祐一「「幼保一元化」論の歩み と今日の課題」、『保育白書』、2003、草土文化、26 ~ 39 頁参照。著書では森田明美編『幼稚園が変わる保 育所が変わる』明石書店、2008 、大阪保育研究所編『幼保一元化と認定こども園』鴨川出版、06 年など参 照。一元化論争については、戦後では 60 年代の幼児教育一元化論争、本稿で問題にした 70 年代の中央教 育審議会での「年齢区分」論での一元化論、84 年からの臨時教育審議会での議論などがある。本稿での中 央教育審議会の議論を紹介したものでは、岡田正章『中教審・中児童審答申とその波紋」、『戦後保育史第 2 巻』フレーベル館、昭和 55 年を参照。 ⑷ 高木浩子『少子化時代の就学前保育施設のありかた」『国立国会図書館調査及び立法考査局総合調査報告 書』2005 年 2 月。84 ~ 86 頁参照。櫻井慶一『前掲書』152 頁参照。また、全国知事会男女共同参画研究 会編『次世代育成支援推進のための調査』05 年 3 月でも当時で全国 3 分 2 近い 30 都府県で幼保一体型施 設が設置されていることが明らかにされている。 ⑸ 官房長官、総務大臣、財務大臣、厚生労働大臣、自民・公明政調会長の「民間保育所の運営費は今後も引 き続き国が責任を負う」とした 6 者合意により公立保育所の国庫負担金分 1,661 億円が一般財源化されたこ とはまだ記憶に新しいところである。これ以後、急速に公立保育所の再編が進んだが、改正法での認定こ ども園に移行した場合でも公立の場合その費用負担は一般財源であることは変更されないとされている。 ⑹ 一例としては、全国私立保育園連盟保育制度検討会「『認定こども園』に対する見解」『保育所問題資料集』 平成 18 年度版、25 ~ 27 頁等を参照。当時の保育団体の雑誌、研修会資料にはそうした見解が多く見られ る。 ⑺ ちなみに平成 24 年 4 月 1 日時点での 911 か所中、公立が 182 か所、市立が 729 か所である。分布に極端な 差があるこうした実態は、地域ニーズの反映で認定こども園が作られたというより、首長の政治判断によ る部分が大きいことを推測させる。 ⑻ 総合施設のモデル事業が実施されていた 05 年当時、私立幼稚園の 86.6%、公立でも 44.1%、全体として 69.9%が預かり保育を実施していた。文部科学省幼児教育課「預かり保育実施状況」/「幼児教育実態調査」 『日本子ども資料年鑑』2013 年版、285 頁参照。ちなみに文部省の同実態調査に「預かり保育」の項目が出 てくるのは、今から 30 年以上も前の 84 年度版からである。当時からすでに大きな問題になっていたので ある。 ⑼ 『遊育』2012 年 6 月 25 日号、27 頁参照。 ⑽ 97 年の児童福祉法の改正時点では、介護保険法による「保険システム」の導入=利用者判断による直接契 約制度が、社会福祉の「基礎構造改革」論議と関連して福祉界全体での課題であった。児童、障害、高齢 者を共通する単一の制度設計が当時からの厚労省の悲願である。しかし、当時は保育所が措置制度から契 約制度へと大きく転換したばかりであり、それ以後の改革は『駅伝』方式=少しずつというのが厚生労働 省の基本方針である。 ⑾ 城戸久夫「新システムにおける『保育』と『教育』」の新定義は保育をどう変えようとしているのか」『現 代と保育』84 号、ひとなる書房、2012 年 11 月号は、保育所経営者の立場からのものであるが、本稿で筆 者が指摘したことと重なる課題を提起している。 ⑿ 「地方自治体職員向けQ&A」、田村和之・古畑淳編『子ども・子育てハンドブック』、信山社、2013 年、 208 頁参照。 ⒀ 岡田正章『前掲書』379 ~ 383 頁によれば、当時の中教審の一元化論に対して、中央児童福祉審議会では、 71 年 7 月の第 14 回全国研究大会で反対決議をし、「幼児教育については、教育と福祉の機能を分離し、保 幼の 2 元的現状を固定する方向が打ち出されている」として批判し、当面はいずれの施設にも教育と福祉 の両機能が期待しえるよう最低基準を改善することを求めているとされている。 ⒁ 一般的なものには、大日向雅美「保育はこれからどうなるの」『保育の友』2014 年 1 月号、19 ~ 20 頁など がある。大日向氏は今回の制度改正を社会保障の一翼に保育が位置づけられたとして評価しているが、そ

(14)

れが保育システムの従来のいわゆる現物給付体系から現金給付体系の移行であることの与える将来的な問 題点については触れていない。 ⒂ 拙稿「児童福祉法改正と保育制度改革─ 21 世紀の保育システムを展望して─」『社会福祉研究』第 67 号、 鉄道弘済会、96 年 10 月参照のこと。 ⒃ 全国夜間保育園連盟監修、櫻井慶一編『夜間保育と子どもたち─30 年のあゆみ─ 』北大路書房、2014 年 2 月。

参照

関連したドキュメント

教育・保育における合理的配慮

保育所保育指針解説第⚒章保育の内容-⚑ 乳児保育に関わるねらい及び内容-⑵ねら

と言っても、事例ごとに意味がかなり異なるのは、子どもの性格が異なることと同じである。その

第 98 条の6及び第 98 条の7、第 114 条の 65 から第 114 条の 67 まで又は第 137 条の 63

この大会は、我が国の大切な文化財である民俗芸能の保存振興と後継者育成の一助となることを目的として開催してまい

その目的は,洛中各所にある寺社,武家,公家などの土地所有権を調査したうえ

避難所の確保 学校や区民センターなど避難所となる 区立施設の安全対策 民間企業、警察・消防など関係機関等

なお、保育所についてはもう一つの視点として、横軸を「園児一人あたりの芝生