論 文 内 容 の 要 旨
論文提出者氏名 中河秀生 論 文 題 目
Androgen Suppresses Testicular Cancer Cell Growth in vitro and in vivo 論文内容の要旨 <諸言> アンドロゲンはアンドロゲン受容体(AR)を介して多くの組織で種々の生物学的な作用を 発揮する。アンドロゲン/ARシグナルは男性生殖器の発達や維持に重要な役割を果たし、そ の機能破綻が様々な臓器における疾患の原因となることが報告されている。 一方、精巣腫瘍は若年男性において最も好発する癌で、組織学的にセミノーマ(SE)とノ ンセミノーマ(NSE)に分類される。血中アンドロゲン濃度が白色人種に比して高値であるア フリカ人でSEの発生率が低いことや、また、AR遺伝子の変異により機能不全を有するアン ドロゲン不応症患者でSEの発生率が高いことが明らかとなっており、アンドロゲン/ARシ グナルとSE発生の関連性が示唆されている。しかしこれまでその関連性を分子生物学的解 析により証明した報告はない。
そこで本研究で、我々はin vitro及びin vivo解析を用いて精巣腫瘍細胞増殖に対するアン ドロゲン/ARシグナルの効果を検証し、その分子メカニズムの解明を試みた。 <方法と結果> まずSE細胞株(TCam-2細胞)とNSE細胞株(NEC8、NEC14、NCCIT細胞)を用いて ARの発現をmRNAレベル、蛋白レベルで比較したところ、TCam-2細胞においてARの発現 がmRNAレベル、蛋白レベルで高いことが判明した。このことからARはTCam-2細胞にお いて何らかの機能を果たしている可能性が示唆され、以後の実験はTCam-2細胞を用いて検 討した。また、アンドロゲンにはテストステロンの代謝産物であるジヒドロテストステロ ン(DHT)を用いた。 DHT添加によりTCam-2細胞の増殖は有意に抑制された(p<0.01)。また、重度複合免疫 不全マウスにTCam-2細胞を移植し、マウス移植腫瘍モデルを作製した。移植と同時に去勢 術あるいはSham手術を施行したところ、去勢群で有意に腫瘍サイズは増大していた (p<0.05)。以上から、アンドロゲン/ARシグナルがTCam-2細胞の増殖を負に制御するこ とが判明し、次にそのメカニズムの解明を目的にマイクロアレイ解析を行った。 マイクロアレイ解析には、SE患者から摘出した精巣の腫瘍組織と正常組織から採取した RNAと、DHT添加・非添加のTCam-2細胞から採取したRNAを用いた。その結果、925個 の遺伝子が腫瘍組織で2倍以上に発現が亢進しており、GO解析の結果、代謝プロセスに関 与する遺伝子の割合が大きいことが判明した。そのうち、DHTを添加したTCam-2細胞で2 倍以下に発現が低下していた19個の遺伝子のうち、セロトニン代謝に関与するトリプトフ ァンヒドロキシラーゼ1(TPH1)という遺伝子に着目した。実際、DHT投与でTCam-2細 胞においてTPH1の発現がmRNAレベルで低下することを確認し(p<0.05)、また、DHTに よるTPH1発現抑制効果は、siRNAを用いたARノックダウンにて消失した。以上から、ア ンドロゲン/ARシグナルの抑制を介したTPH1の発現亢進がSE細胞の増殖に関与すること が示唆された。 siRNAを用いたTPH1ノックダウンやDHT投与で、TCam-2細胞からのセロトニン分泌が 抑制されることを培養液のELISA法を用いて解明した(p<0.01)。また、TPH1のノックダ ウンでTCam-2細胞の増殖は抑制された(p<0.01)。以上から、SE細胞の増殖にTPH1はセ ロトニン合成酵素として機能していることが示唆され、以後はセロトニンシグナルについ て解析した。 セロトニン受容体(5-HT)は7種に分類されており、そのうち5-HT1A,2A,3,7の4種がDHT 投与によってTCam-2細胞での発現が抑制された(p<0.01)。TCam-2細胞にDHTあるいは 5-HT阻害剤を添加すると、セロトニンシグナル下流のTH遺伝子及びc-fos遺伝子の発現が抑 制された(p<0.01)。また、5-HTのうちTCam-2細胞における発現が最も高い5-HT7をノッ クダウンすると細胞増殖抑制が観察された(p<0.01)。 <考察> 前立腺癌や腎細胞癌、膀胱癌、肝細胞癌などの種々の癌種でアンドロゲン/ARシグナルが 正に作用することを示唆する報告がある。我々はアンドロゲン/ARシグナルがSE細胞の増 殖を抑制すること、in vivoではアンドロゲン/ARシグナルの抑制が腫瘍増殖に作用すること を示した。SEの治療において標準的な化学療法後に、テストステロンの投与が治療選択肢 となりうる可能性がある。 TPH1はセロトニン合成における律速酵素であり、中枢神経系における機能はよく知られ ている。セロトニンは胆管癌や結腸癌、肝細胞癌などの増殖に関与するという報告がある。 また正常組織ではTPH1のプロモーター解析から、NF-YやSp1というリガンド非依存性の転 写因子がTPH1の転写を活性化することが報告されているが、癌細胞でのTPH1の発現制御 に関しては解明されていない。我々はアンドロゲン/ARシグナルの活性化がSE細胞におけ るTPH1の発現及びセロトニンシグナルを抑制すること、ARのノックダウンでその抑制効 果が消失することを示し、ARがTPH1遺伝子の発現制御に関与する可能性を見出した。 <結論> アンドロゲン/ARシグナルがSE細胞の増殖に負に作用することを示した。また、アンドロ ゲンがTPH1を含むセロトニンシグナルの抑制を介して細胞増殖を抑制するメカニズムの 一端を明らかにした。アンドロゲン/ARシグナル及びセロトニンシグナルがSEの治療標的 になりうることが示唆された。