<論文>第二言語習得論の新展開
全文
(2) 第二言語習得論の新展開 濱本. 唆」をとりあげその概略を述べる。さらに、4 節で上述の理論の有効性を指摘し教 室環境での外国語指導理論への適用可能性を探ることにする。. 2.基盤的知識 2.1 文法規則とホマンキュラス問題 ヒトの言語は有限の単語、限られた調音範囲にも関わらず、あらゆる事象を語る ことができる。抽象的な哲学的議論、宇宙論、過去の見知らぬ事件の記述、未来の 展望、ありとあらゆることが表現できるのである。この有限が無限へとつながるこ とを保証しているのが部分からより大きな構造を作り、その繰り返し適用を許す規 則である。規則には単語を部品として句や節などに組み立てる統語規則、部分から 全体にわたる可能な解釈を生み出す意味規則、語に接頭辞や接尾辞を付加して働き を変化させ拡張する形態論的規則、限られた音韻要素である音素や音節を有効に 使って発話を組み立てる音韻規則、またコミュニケーションの場で実際の発話から 伝えようとする意味を推測するために使われる語用論的規則などが関与している。 これらを大きく「文法規則群」とまとめれば、言語とは文法規則群+語彙というこ とになる。 ところで我々は母国語である日本語を使う時、上記の文法規則を意識しているだ ろうか。次の日本語を考えてみたい。. ⑴ A:僕のビール飲んだの誰だ? B:智子が /*は 飲んだよ。. A の質問に対して、B は「智子が飲んだよ」と答えているが「智子は飲んだよ」で はおかしい。日本語教育論を勉強している人なら「智子が」の「が」は疑問語疑問 文に対する答えとして使われる総記の「が」で、「他でもないXが」の意味を表し、 この場合「は」は使えないと答えることができるだろう。しかし普通の人は「なん となく『は』ではなく『が』が正しいと感じる」としか言えない。そうすると母国 語を話す時、文法を選択的に使用し他人に分かるように文を構成しているのは誰な のかという素朴な疑問に突き当たる。「そんなことは無意識のうちに、自然にやっ. ( 44 ). −165−.
(3) 文学・芸術・文化/第 22 巻第 1 号/ 2010.9. ていることだ」と答えることだろう。無意識の言語構成作用とはつまり心の中で、 なにか言いたいことがひらめいた時、瞬時に頭の中の装置が稼働し、語彙を探し出 し、文法を使って組み立てるということのようである。この時、頭の持ち主の意識 の外で独立的にこの脳内装置が動いていることになる。本人は意識していないので あるから、この働きを「脳の中に住んでいる小さい人」の作用とたとえてみる者も でてくる。言いたいことを感じた瞬間、この人物が文法、語彙を使ってお膳立てを してくれるということである。一方、外国語の場合を考えてみよう。. ⑵ 「私は君にかわりに会議に出て欲しい」と英語で伝えたい。 ⇒ I m wondering if you could attend the meeting for me. I have another appointment.. この例ではおそらく次のような思考が働いたに違いない。「相手になにか頼むのだ からどんな構文がいいのだろうか。I was wondering if ∼構文が相応しいだろう。 『会議にでる』は英語でどういうのか。attend the meeting だったな」、さらに「頼 むのだからなにか言い訳をつけておいた方がいいだろう。『先約』appointment が あることにしよう」と散々考えてやっと答えに辿りつく。外国語でも挨拶などの決 まり文句なら、ほぼ無意識に表現を思いつくことがきる(つまり脳内の小さい人が 答えを準備してくれる)が外国語の少し複雑な内容を構成しようとすると、意識を 活性化し、文法を想起し、語彙を探し出すという仕事が「本人の努力」として必要 になる。これは母国語も自分で生成するのであるからおかしな言い方である。これ はご存知の「ホマンキュラス問題」(homunculus problem)であり、「志向性」と いう難問にも関連する。 よく、「何年やっても英語がうまく使えない」ということを聞く。これは日本語 では文の生成がほぼ無意識下(少なくとも強く文法を意識しない)で行われるが、 英語の場合、意識を活性化し文法規則を意識して使ってやっと文を生成するという 違いにあるともいえる。記憶は便宜上、意識的に想起できる「宣言的記憶」と、想 起できず無意識的に貯蔵されている「手続き的記憶」があるといわれる。この用語 を使うと日本語では手続き的記憶を使って文を生成するのに対し、英語では宣言的. −164−. ( 45 ).
(4) 第二言語習得論の新展開 濱本. な記憶を使っているとまとめることもできる。もちろん先刻の「脳内の小さい人」 というのは説明の便宜のための苦し紛れの喩えであり、それは無意識から意識に広 がる人間の精神作用そのものを示している。Jackendoff(2002)はそのような精神 作用を「f −心」と呼んでいる。「心」という語だけでは意識的な働きの部分を示 してしまうが先にみたように(準)無意識的作用で文が作られるのであるから 「心」ではなく「機能的に働く心の作用」という意味で「f −心」というのであ る。本稿でもこの用語を使用することにする(Jackendoff 自身が指摘するように、 もちろんこれを「認知器」(cognizer)として装置化することもできる)。. 2.2 言語習得をどうとらえるか 言語の特徴をもう一度考えてみよう。どの言語をみても、必ず語彙、文法規則が 備わっている。またほとんどの言語では書記システムを持っている。日本語なら漢 字、かな、その他記号類がそれにあたり、英語ならばアルファベットである。語彙 は成人なら母国語の単語を 4 万語くらいは知っていると言われている。また習得の パターン観察から、大体 5 歳くらいで母国語の基礎的習得は(まだ文法規則では不 十分な点があり、語彙もさらに拡充していかなければならないが)一応完成したと いえる状態になる。また、この時点で母国語の文法は口に出して言えない、つまり 黙示的理解(手続き記憶)ではあるが文法はほぼ出来上がっている。音韻面でも母 語の発声に必要な音素、音節を組み合わせ調音する仕組みは自然に体得している。 結局約 5 年間のインプットで母国語はほぼ完了するわけであるが、この期間を短い とするのか、あるいはかなりの長さがあるとするのかでも評価が分かれている。イ ンプットの総量についてもその刺激の貧困と不正確さを取り上げる立場もあれば、 母親からの話しかけを、幼児の言語習得に必要な要素を持つ養育言語、母親語 (motherlese)と考え、刺激が必ずしも貧困ではないとする立場もある。 Chomsky(1957、1981)などの正統派生成文法学者のとらえ方は前者であり、か れらは刺激の貧困を説明するために、人間の脳には遺伝的に言語のタネのようなも のが植えつけられていて、刺激さえあれば、それがパラメーターを設定し、あとは 植物が芽を出すように成長していくと考えている。ここで言語のタネのことを「普 遍文法」 (Universal Grammar)と呼び、これは全ての人間の言語に共通する土台の. ( 46 ). −163−.
(5) 文学・芸術・文化/第 22 巻第 1 号/ 2010.9. ようなもので、刺激が日本語なら日本語に、英語なら英語に成長していくという。 この立場はしかし、近年多くの批判にさらされている。まず、20 年以上にわたる 生成文法学者の研究にも関わらず設定されるべきパラメーターが少数しか発見され ておらず、従って言語の多様性を説明するに至っていないことが挙げられる (Jackendoff 2002)。 後者の見解は Tomasello(1995、2003)、Slobin(2004)らの発達心理学、言語 心理学者に支持されている。それは乳児の段階から養育者の語りかけを聞いて、そ れに注意を向け、養育者の心の動きから指示するものを確認し、音と対象とを結び 付けて学習していく能力、 「心の理論」 (Theory of Mind)が人には備わっていると するものである。心の理論には養育者の「意図読み取り能力」とともに、多くの例 からの「パターン抽出能力」も含めている。しかしこれらの要素だけでは言語習得 に不十分であり統計的、確率的推論、一般推論能力も含めて考えていく必要も指摘 されている(濱本(2008a、2008b、2009)ではさらに仮説形成推論能力を追加す ることを提案している)。そうなると推論能力を含む「拡大心の理論」が遺伝的、 先天的に付与されたものと考えることになる。 先述のように、母語である日本語は(ほぼ)無意識下で「f −心」の作用により 文が生成されるのに、英語となると意識的に文法や語彙を考えてやっと文を作りだ す。第一言語ではほとんどの人が完全に習得できるのに対し、第二言語では学習に 大きな困難を伴い、しかも大多数の学習者の最終到達度も完全というには程遠い。 この違いがあまりにも大きいため、第一言語と第二言語とは完成にいたるプロセス や仕組みが根本的に違うのではないかと考える立場もある(Krashen 1985)。その立 場では第一言語の完成までのプロセスを「習得」、第二言語の場合を「学習」と区 別し、「習得」と「学習」は質的にも違うと主張する。 生成文法派では第一言語と第二言語の学習困難度、最終到達点の違いは「幼児の 母語は遺伝的な仕組みによりたやすく習得されるが、第二言語の場合、学習開始年 齢が遅いため遺伝的な能力はもはや使えず、通常の学習能力にたよるしかないため 困難を伴い、しかも完成度が低くなる」と説明する。 これとはまったく違い、第一言語も第二言語も人間の基本的な能力、つまり記 憶、推論、分類などの認知能力(と社会的共同作用)により出来上がっていくもの. −162−. ( 47 ).
(6) 第二言語習得論の新展開 濱本. で質的違いがなく、したがって「習得」と「学習」を区別する必要がないとする立 場にたつ発達心理学派の場合、遺伝的な先天性を想定しないため、先に述べた第一 言語と第二言語との学習困難度、最終到達度の大きな違いは何らかの別のアイデア で説明しなければならなくなる。ひとつの可能な説明は第一言語を習得することで 母語特有の意識のパターン(learned attention)が脳にできてしまい、これが第二 言語の学習を阻害するからであるというものである(Ellis 2007)。 Klein and Perdue(1997)は成人の第二言語学習の到達点を精緻に検討している。 明示的に指導を受けた状況ではなく聞き覚えでの学習による場合(つまり学校環境 で外国語として学んだのではなく、言語使用環境の中で学習したケース)、被験者 の全員が次にのべるような言語の段階に到達した。彼らはこれを「基本種」(Basic Variety;以下 BV)と呼ぶ。特徴は. 豊富な語彙能力、. 主語、目的語などで文脈から予測できる項の省略、 を使いこなせない)、. 屈折形態素の欠如、. 従属節の欠如(関係節や複文. 意味に基づく語順の採用、である。この事実からいわゆる. 言語習得の臨界期を過ぎていてもこの程度の習得は保証されているともいえる。こ れは普遍文法の残滓が有効に機能したのか、あるいは一般認知機構のみが学習者を この段階に到達させたのかは解釈が分かれる。その区別は置くにしても、被験者の 全員がこの段階に達し一定の習得パターンを示したのであるから言語習得に特化し た何らかの心的傾向の扶助を受けられることは明らかである。我々も今後、言語習 得に特化した心的傾向を一応の前提とすることにしたい(臨界期以前であれば BV を越えてさらに習得が進むのであるから、幼児期にはこの心的傾向はより強力に機 能することも想定してよいだろう)。 この議論に関連して Schmidt (1983)で言及された有名な Wes のケースを紹介 する。Wes は 30 歳代でホノルルに移り住んだ日系移民である。強固な職業的アイ デンティティを持ち自信にあふれた成功者で社交家でもある。. ⑶ well/I like talk to people you know/um/I m always listen then start talk/ then listen/always thinking my head/then talk/some people you know only just talk, talk, talk, talk/ (前掲書 p.160). ( 48 ). −161−.
(7) 文学・芸術・文化/第 22 巻第 1 号/ 2010.9. この短い談話の中にも先述の BV の特徴がみてとれる。語彙は豊富であるが動詞の屈 折形態素については過剰な ing の使用と必要な ing の不使用で特徴づけられている。 また文脈から推論できる項の省略などが観察される。後に Schmidt(1995)は観察を 通じ、成人の第二言語学習では音韻、単語、文法、語用論のどのような側面でもデー タ中の関連材料に気付きが生じなければならないと述べ、 「気付き」 (noticing)を第 二言語学習の必要条件に加えている。彼のいう気付きは、言語の新しい材料を接触 時にすばやくとらえ、脳が登録することでありこの新しい要素がどのように働くか、 あるいは後になってその接触についての報告可能な記憶がなくてもよいとしている。 つまり気付いた後、無意識下に置かれてもよいということである。Ortega(2009)は 第二言語学習の必要条件(十分条件ではない、つまり条件が全てそろっても完全習 得につながらないかもしれない)として次の事項をあげている。. ⑷ a . 文化変容的態度(目標言語圏の文化を肯定的に受け入れる) b.理解可能なインプット c.談話での交流 d.アウトプット(発話の積極的産出) e.気付き. BV の多くは大学生の口頭発表でも認められる特徴でもある。以上で分かること は、成人であっても何らかの心的傾向が習得扶助的に作用し BV 段階の到達は談話 への参加、交流で次第に身につく。それでもさらなる到達を目指す場合、文法形 式、音韻、語法、語用論的配慮に対する気付きが必要となるということである。結 局、第二言語学習者は学習と習得の区別などにあまり煩わされず、心的扶助は BV 程度を保証してくれていると多少は安堵しつつ⑷の項目に留意する必要があるとい うことになる。. 2.3 意識とワーキングメモリー 前節でも述べたように、無意識層 ─ 意識層を包括し、ニューロンに働きかける心 の働き ─これは自発的、能動的精神活動も含む ─ をもつところを Jackendof (2002) f. −160−. ( 49 ).
(8) 第二言語習得論の新展開 濱本. の用語を借りて「f −心」と呼んでおいた。この f −心は身体と対になる概念で、身 体を社会的、物理的環境において意識的、無意識的に反応、調整する働きを持つも のである。その作用を認知(cognition)と言う。認知は人間の精神活動全般を示 し意識的、無意識的な活動全てを包括する概念である。f −心は認知機能を司るも の、あるいは場所で、作用自身は認知というのである。人間の精神活動とは、聞 く、見る、感じる、味わう、臭いをかぐ、の 5 感と記憶、思考力を含めて考える (デカルトは感覚を精神に含めなかったが)。これは人間の、意識を伴う知的活動、 意識しないで自動処理される感覚入力の処理などを含む(ところで英語では「心」 を mind と heart で表するが思考や判断力に関する部分は mind が対応する。しか し意識しない自動処理的な感覚的働きをも含めたいので cognition という用語、つ まり「認知」を使うのである)。「精神の働き=認知作用= 5 感+思考、記憶=意 識、無意識の連続体を含む ⇒ その存在は f −心」と考えておくことにしたい。普 段、ぼーっとして聞いたり、見たりしている時は聞こえたり、見えたりは意識の周 辺で感じられているがはっきり気付かれていない。しかし無意識ともいえない。注 意を働かせれば直ちに思考の対象として見えているもの、聞こえているものを取り 出すことができるからである(Ellis and Larsen-Freeman 2006)。気付きがない状 態ではあるが無意識ではないというべきである。酔っ払っていてもいつの間にか自 分の家に帰ってきている、この時に無意識で歩いて帰ってきたとは言えず、気付き はないが意識の周辺を呼び醒ましてどうにか帰ってきたというべきなのである。意 識的覚醒を自分でどうしても呼び覚ませない状況、コントロールの埒外にあるのが 無意識とする。このように、意識、無意識の間に「気づきのない状態」を入れると 意識と無意識は境界が明瞭ではなく連続的なものだということになるだろう。. ⑸ 認知作用の構成図 心的世界. 物的世界. (f−心). ニューロン組織. 無意識…気付きのない状態…意識. 母国語. ( 50 ). 外国語. −159−. 下界.
(9) 文学・芸術・文化/第 22 巻第 1 号/ 2010.9. この図は認知作用の構成を示している。「f−心」は心的世界にあり、無意識から 気づきのない中間状態、さらに意識のある層まで包含する。それはニューロン組織 にインターフェイスでつながりここからは物的世界になる。また下の母国語、外国 語の表示はその使用にあたって主に f −心のどこの部分に多く依存するのかを示し ている。母国語ではもちろん無意識領域を中心に、おそらくは気付きのない周辺的 な意識状態も含むと思われる。従って△は左よりになっている。外国語は意識的な 部分に依存することが多いので△は右よりである。習熟が進み、自律的、反射的に 表現できる範囲が広がるとこの△は左によるとみることもできる。 人 間 の 心 的 活 動 の 基 本 的 な 考 え 方 は、 心 は 象 徴 を 使 う処 理 装 置(symbolic processor)であり、たえまなく精神活動に従事しているとする。認知処理プロセス (mental processing)は知識とその運用にも関係する。たとえて言うと、図書館全体 を「知的装置」とすると、本や DVD などは得られた知識に相当し、人は本や DVD を借り出して知識を活用する。同じように f −心の中で知識を整理している部分が 知的表示(mental representation)であり、知識を収集したり取り出したりする部 門がアクセス(mental access)となっていると考える。 この処理は、Segalowitz(2003)によれば下に示す 2 つに分かれるとする。言語 に関する作用だけではなくて人間の知識一般についての分類であることに注意され たい。. ⑹ 認知処理の分類 . 自動的で無意識な作用。並行処理可能、外因的、知的処理資源をあまり消費 しない。. . 意識的コントロール作用。心の中に生まれる動機がトリガーであり内因的。 並行処理不可能。知的処理資源を消費する。. 我々はこの単純な 2 分法ではなく、無意識と意識の領域に中間層を認め連続的な f −心を「心的世界」として想定する。むしろここで注意しておくことは「人間の精 神活動も知的資源を使っている」ということである。これは精神も機械と同じよう に資源を使って運転する装置、というような機械論的見方である。知的資源には限. −158−. ( 51 ).
(10) 第二言語習得論の新展開 濱本. 界があり、知的活動もこの資源の影響を受ける。具体的に知的資源とは何を指すの かというと、注意と記憶のことで、人間の注意力と記憶力にも限界があるとする考 え方になる。これはほぼ定説になりつつある。精神のメカニズム自体まだ不明であ るが、精神活動を f −心の認知的活動と理解し、資源(つまり注意と記憶)を使っ て駆動される装置とみなす見解が受け入れられてきたということである。 人 間 が 記 憶 す る と は f − 心 の 中 の 長 期 記 憶 貯 蔵 装 置 に 心 的 表 示(mental representation)として整理することを示す。このような長期に知識を記憶する部 分を長期メモリーという。そこに貯蔵される記憶は、先にもでてきたように. 明示. 的・宣言的知識(これは口に出すことができ意識的に思い出すことができる)、 黙 示 的・ 手 続 き 的 知 識( 知 っ て い る こ と を 知 ら な い 知 識 ) の 2 種 類 で あ る (Tulving (1983、2002)はさらに宣言的記憶を「意味的記憶」と「エピソード記憶」 とにわけることを提唱している。前者は文脈から切り離されて抽象化され命題化さ れた記憶、後者は各個人の出来事の記憶でただ一度起こったことを覚えていること で、なじみ深い人物、場所、物が関わる)。 Tulving(1983)はさらに手続き記憶と命題的意味記憶について言及し、両者は 記憶であるという点では共通しているが違いがあるという。違いは次の 2 点に集約 できる。 ① 表示の方法:手続き記憶は口に出せないがその技能を必要とする課題が与えら れれば表示できる。意味記憶は文でも口頭でも説明できる。ゴルフの名人にうち 方を聞いても「ほらこうやって打つんだよ、パーンと」というような調子で文章 化されにくい。技能に関する記憶の多くはこの手続き記憶のタイプ。 ② 表出:手続き記憶は自動化されていて注意が低くても表出できるが意味的記憶 は注意が向けられていなくては表現できない。 ここで語彙の記憶のことを見ていく。語は音を持ち、意味を持つ。語の記憶とは この音の形(音形)と意味を結び付けることである(これは第一次的な意味結合で、 さらに語彙情報の深化が続くことは当然である) 。つまり音形 ─ 意味(FORM─ CONCEPT)の連合が形成されることなのである。この音形 ─ 意味の結合はシナ プスの発火の共時性として捉えることができる。例えば、[kǽt] という音韻情報を 初めて聞き、音韻に関わる脳のあるシナプスが発火するとする。同時にネコの画像. ( 52 ). −157−.
(11) 文学・芸術・文化/第 22 巻第 1 号/ 2010.9. イメージ、鳴き声、動きがそれぞれの処理部門でのシナプス発火を引き起こす、こ れが共時発火である。共時発火されたシナプス(あるいはシナプスを統合するノー ド)が結合されてネコの FORM─CONCEPT が短期記憶に保存され、これが複数 回繰り返されるうちに関連するノード(シナプスにつながる接点)間の結合が長期 記憶に心的表示として整理され記憶される、というものである。しかし、語には単 純な音形 ─ 意味を越える詳細な情報が付随する。名詞であれば他の概念との繋が り、つまり意味ネットワーク、動詞であれば統語情報、音韻情報、意味情報が記憶 されねばならない。これらがメンタルレキシコン(心的辞書)として長期記憶され ている。 記憶に関連してここでワーキングメモリーの内容をもう少し詳しく見てみよう。こ れにも諸説あり、音韻ループ(つまり音韻部門の処理装置)のみを備えた簡単なも のから複雑なものまでが提案されている。Jackendoff (2002)はワーキングメモリー を脳がものを蓄える一時的貯蔵庫と考えるのではなく処理が行われ構造が作られる 作業場所であると考えている。次の例を考えてみて欲しい。これらは*印をつけたと ころまでは音韻的に区別できない。その区別(a parent か apparent か)は*印の後 にくる句の意味と統語構造に依存するのである。つまり聴解においてもその処理に は不可避的に意味部門、統語部門が関わってくるのであり、その処理がワーキング メモリーで行われるのであればそれは必ず音韻部門、意味部門、統語部門との連絡 を持った作業場であり、同時にメンタルレキシコンとも繋がっていなくてはならな いことになる。. ⑺ a.It s only a PARent, not* a TEACHer. b.It s only apparent, not* REAL. (Jackendoff 2002). 以上の議論を考慮に入れると次のような構造をワーキングメモリーは備えているは ずである。. −156−. ( 53 ).
(12) 第二言語習得論の新展開 濱本. ⑻ 作業場所としてのワーキングメモリーの構造 ワーキングメモリー 視覚・聴覚情報. 音韻処理 部門. 統語処理. 意味処理. 部門. 知覚・思考. 部門. 長期記憶 (メンタルレキシコン). 外からの聴覚情報はワーキングメモリー内の音韻処理部門で音声列が語に分離さ れメンタルレキシコンが該当しそうな語を返す。メンタルレキシコンの反応は意味 部門、統語部門を活性化し、聞き続けるうちに一番妥当な語に辿りつく。同時に意 味処理、統語処理も完了する。発話の場合は思考が意味的処理を受けメンタルレキ シコンから適当な語が選ばれ統語構造、さらに音韻構造が付与され発話の運動器官 に伝送される。 ここで Klein and Perdue (1997)と Schmidt(1983、1995)の議論を思い出そ う。Klein たちは BV という到達段階に第二言語学習者が到達したことを述べた。 BV は、語彙は豊富であっても統語構造が不十分なまま残されていた。Schmidt の 指摘は統語構造の獲得には気付きが必要であることに言及していた。もし言語の生 成、理解が第二言語でもワーキングメモリーで処理されるのであれば、これらの指 摘は結局、ワーキングメモリーでの音韻部門、意味部門に対して統語部門の機能的 弱さ、あるいは統語と他部門とのインターフェイスの弱さを示していることにな る。第二言語学習ではワーキングメモリーの統語部門を気付きにより強化する必要 性があるということになる。 Bickerton(1990)は言語の進化を議論し、人間の言語能力を 2 段階で進化した という見方を出している。第 1 段階は「原型言語」といい、それは現在の言語から 統語部門を除いたものである。この考えを入れれば、第二言語学習での到達点であ る BV は原型言語に近いという意味で先祖返り現象とも理解される。BV 段階、原 型言語段階、大学生の英語の到達段階には全て共通点が見られる。すなわち、統語 部門の貧弱さである。語彙はある程度学習できても適切な統語構造に組み立てられ. ( 54 ). −155−.
(13) 文学・芸術・文化/第 22 巻第 1 号/ 2010.9. ないのである。これは外国語学習でも留意するべきことである。以上で言語の基盤 的知識の確認を終え、第二言語習得理論の内容理解に移ることにする。. 3.最近の第二言語習得理論の動向 3.1 技能習得理論(skill acquisition theory) 何度も繰り返すが、母国語の場合先にもみたように文の生成や理解のプロセスそ のものを意識することがなくほぼ無意識的な f −心の働きに依存する。一方、第二 言語では文の作成や読解、聴解のどの面をとっても意識的な作用が関与する。しか し第二言語でも習熟が進めばはっきりとした意識の作用を経由せず文の発話、聞き 取りが可能になってくる。技能習得理論では学習(learning)をコントロール化さ れた作用領域から自動化された作用への漸次的変化と捉えている。知識のあり方は 次のようである。. ⑼ . 宣言的、明示的知識(declarative or explicit knowledge). . 手続き的、黙示的知識(procedural or implicit knowledge). ここで. のタイプの知識から. のタイプの知識に変化することを手続き化. (proceduralization)、さらに効率的になることを自動化(automatization)と呼 ぶ。外国語学習者は最初、先生によりテキストをつかって明示的な説明を受け、そ れから学習者が練習を重ねることでこの明示的知識が次第に手続き化され、処理時 間の短縮、間違いの減少という自動化を経て、知識が質的に変化していく。知識は 先にみたように心的表示として長期記憶に蓄えられ、使用に応じアクセスされる。 この「心的表示 ─ アクセス」の流れには心的プロセスを整理統合するワーキング メモリーが働く。何度も「心的表示 ─ アクセス」が使われるうちに、「知識の呼び 出し」がスムースに行われるようになる。また手続き化は特定の技能と密接に結び つき(skill-specific)、発話練習は発話の手続き化をもたらし、聴解練習は聴解の手 続き化をもたらすと言われている。Segalowitz(2003)はこの学習の手続き化、自 動化の推移を「速度の変化ではなく質的変化であり反応速度の早められた規則を蓄 積するのではなく知識自身を変化させる」と述べている。. −154−. ( 55 ).
(14) 第二言語習得論の新展開 濱本. この流れの研究の一例として Dekeyser (1997)の実験を簡単に紹介しておく。彼 の実験の特徴は人工言語(Autopractan)を作りこの習得のパターンを調べたこと である。この人工言語は 16 個の名詞と動詞、4 つの規則からなり、被験者は最初 3 週間、明示的、宣言的知識として文法と語彙を教えられる。そのあと 8 週間、手続 き化のための練習期間が置かれる。読解練習はモニター上で読んだ文にあう絵を選 ぶ練習、文作成練習は絵にあう文をタイプ入力するというものである。被験者は 3 つのグループに分かれ、練習期間の 8 週間、Aグループは規則 1,2 は読解練習の み、3 と 4 の規則は文作成の練習のみ、グループBでは規則 1,2 は文作成、3 と 4 は読解練習のみというように文法規則の練習のやり方を、「読解型」「文作成型」の どちらかに設定してある。結果は、どのグループでも最初、急速に解答速度、正答 割合があがりこの時期に知識の質的変化、つまり手続き化が生じていると考えられ ている。その後、練習回数の増加につれ、正答率が上がり、間違い数も減少する 「自動化」の時期を経るがやがて速度、正答率とも安定しその後改善がみられなく なる。このように練習の成果の練習回数との関係を示すグラフがほぼ同一のパター ンになることを「学習のべき法則」(the power law of learning)という。注目す べき点は、自動化は練習の様態をそのまま反映して、読解練習を実施した規則は 「読解的テスト」に好成績、文作成練習を実施した規則はそのようなやり方でテス トされると好成績を記録したことである。手続き化、自動化は技能特定的(skillspecific)であることを支持する実験結果となっている。 以上を外国語学習にあてはめてみよう。明示的に文法事項、発音などを教示し、 しかるべき回数の練習を施しその解答までの反応時間が急速に短縮すれば、宣言的 知識が質的に変化し手続き的知識に変容したことになると解釈される。⑸の認知作 用の構成図で外国語の意識依存領域が習熟により左側に推移したとも捉えられる。 Schmidt の気付き理論では気付いた後、習熟事項の無意識的操作化も可能である。 充分習熟した後、操作段階ではもはやそのルールに気付かなくてもよいのである。. 3.2 創発主義的言語観 Ellis and Larsen-Freeman(2006)らの創発主義的言語観には第二言語の学習の 方略についての方向性が示されている。創発主義では言語能力(=言語表示)と言. ( 56 ). −153−.
(15) 文学・芸術・文化/第 22 巻第 1 号/ 2010.9. 語運用能力、習得とその使用は相互補完的であり、前者は言語の属性理論で静的、 後者は推移の理論で動態的で連絡を持つと捉える。この立場は Jakendoff(2002) の言語能力のモデルが処理の理論をある程度まで決定できるとする見解に近い。ま た創発主義はシステムに関して一般的に次のような見方をする。すなわち、システ ムを構成する多数の要因が相互に影響しながら時間的、場面的に変容しシステムそ れ自体も動態的に、しかも非線形的に変容するものであると。言語もこのようなシ ステムとみなしている。以下にこの立場の論点のうち第二言語習得に関連の高いも のを列挙していくことにする。. 多数の要因、要素が関与し、一つのものが決定権を持たない。 中間言語の形態素の出現にはかなり決まった順序が認められる。この出現順序 には多数の要因が関与するが、頻度、際立ち、規則性が上位 3 要因であるが単独 では決定的ではない。 一様ではない変異が多く観察される。 第二言語としての英語の中間言語では時制のマークが欠けることが多く観察さ れる。また不規則動詞過去形の方が一般的にはマークされやすいが原形と過去形 が音韻的に離れている方がマークされやすい。ある学習者はある不規則動詞は過 去形にできるのに他の動詞ではできない。過去時制を習得したのかどうか明瞭で はない。 多くの要因が時間変化、ステージ変化につれ変容する。 ある対象の習得に向けてのプロセスの中で、動機は一定に留まらない。内的、 外的影響を受け動態的に変化する。 システムの規則性は多数の例示(exemplars)の出現の中で見えてくるがその 成長は直近の原因に必ずしも対応せず、非線形的である。 流暢な言語使用も学習者の以前に経験した発話の記憶の集積による。模範、例 示が結びつきやがて抽象的なスキーマ、プロトタイプになる。音韻、統語のパ ターンの生産にはトークン頻度のみならず、タイプ頻度が大きく関わる。例えば Kyoko and I often go[ ]の空所には swimming, hiking, bicycling, golfing な どの「楽しみを持つ活動」が来る。トークンは違うが、タイプは同じである。. −152−. ( 57 ).
(16) 第二言語習得論の新展開 濱本. 「楽しみを持つ活動」という規則性はタイプ頻度から導き出される。 既知のシステムを容易にする要因が新しいシステムを困難にする。 繰り返されることで複数の要素からなるものが一つのユニットとして捉えられる ようになり成分のアイデンティティが消失してゆく。高頻度の文法的機能語彙 (should have 過去分詞、could have 過去分詞など)は母語話者には予測可能で発 音が縮約されるがこのことが学習者には知覚されにくくし学習を困難にしている。 システムは社会的に弁証法的に変化する。 第二言語学習で会話相手は様々な手段で矯正、訂正、確認、正確化を学習者に 要求する。言語産出と他者の予想反応の食い違いを経験した学習者がそれを解消 しようとして中間言語が進むという点で弁証法的である。. 以上のように、対象とする言語そのものが創発的なシステムであるので、学習者、 教授者はその複雑さや様々な成分の関わりと動態変化に留意しなければならないこ とになる。より具体的には、⒜学習者には多数の例示を与え、そこからの規則抽出 を促す。⒝また学習の達成度も線形的発達とはならないことを予期しておく。 ⒞ 母語の干渉も考えどのような文法項目、音韻要素が学習困難なのかを把握す る。⒟集団での交流を活発化し他者のフィードバックを受ける環境にする、ことな どがあげられる。. 4.外国語学習への適用 既に今までの議論の各所で外国語学習への関わりを述べてきた。この最後の節で は、もう一度議論を整理し諸理論の外国語学習、特に教室環境での英語の学習にど のように適用できるかを検討してみたい。まず諸理論から得られるインプリケー ションはどのようになるだろう。列挙してみよう。. 4.1 諸理論から得られる示唆 「普遍文法か一般認知能力か」という二者択一を迫られる必要はない。我々は 言語学習を扶助する心的傾向の存在を「f −心」内に前提としてよい。 Klein and Perdue(1997)、Schmidt(1995)が示唆するように成人でも言語学. ( 58 ). −151−.
(17) 文学・芸術・文化/第 22 巻第 1 号/ 2010.9. 習に向けられた心的傾向の扶助を受けられる。これにより Basic Variety 段階に はだれでも到達可能である。それでも語彙習得では希望が持てるが統語能力には 不十分さがつきまとう。 臨界期がもし存在するとすればそれは Ellis(2007)のいう learned attention(母 語に最適チューニングされた注意の仕組み)か「心的扶助」の機能低下のせいか もしれない。 Ortega(2009)に要約された第二言語学習者の必要条件 5 つ(⑷参照)に留 意する必要がある。 Klein and Perdue(1997)、Bickerton(1990)、Schmidt(1983、1995)らが指 摘するように「統語部門」の習得が一番遅れる。その中でも屈折形態素の欠落、 関係節構文、複文構造などが習得のバリアーになる。この部分の集中補正が必要 となる。 ワーキングメモリーでの統語部門そのものの機能、あるいは統語部門と他部門 とのインターフェイスを改善することが必要である。 可能な方策としては Dekeyser (1997)や Segalowitz(2003)の提唱する技能 習得論が参考になる。つまり明示的な指示のあと、目標技能(聴解能力、文章理 解など)に特化した練習を実施し、反応時間の短縮度を観察する。反応時間の短 縮は知識の質的変化とみてよい。手続き的知識に変容することは意識のコント ロールがより意識レベルの低い心的活動への移動を示し、これはワーキングメモ リーでの当該部門、インターフェイス機能の改善を示すだろう。 Ellis and Larsen-Freeman(2006)らの「創発主義言語観」の示唆するところ によれば、言語は多数の要因、段階の関与する複雑システムであり、学習とその 成果も直線的ではないことを理解しておかねばならない。 語彙の習得にはトークンの例示、文法規則の習得にはタイプの例示が多数必要 となる。 英語話者にとって頻度が高く音韻的に縮約される表現(could have 過去分詞 など)が学習者にとっては困難な学習対象となる。これについても集中的訓練を 要する。 言語学習は社会的、弁証法的な側面を持つ。他者との交流を学習に取り入れな. −150−. ( 59 ).
(18) 第二言語習得論の新展開 濱本. ければならない。. 4.2 聴解、作文での技能習得的学習方略の一例 上記の諸事項を全て取り入れるのは教室環境では難しいかもしれない。ここで著 者が技能習得的学習方略の有効性を確認するために実施した簡単な展開例を最後に 紹介したい。指導項目は「should have + 過去分詞」で概ね「∼すべきだったのに しなかった」にあたる構造である。このような構文は上の にもあるように音韻的 に縮約され、聴き取り難く、また産出も難しい。多数のタイプ例示を与えこの構造 の手続き知識化を図る。目標は聴解と表出の改善である。準備もいらず極めて簡便 な方式である。. Ⅰ 聴解 実施 2010 年 4 月 対象学生 大学 3 年生 23 名 例示文 I should have written to you sooner. 刺激文 ⑴ I should have e-mailed you sooner. ⑵ I should have asked for his help sooner. ⑶ You should have called her sooner. ⑷ You should have enjoyed the party a lot more. ⑸ You should have reported the loss of the documents to your boss. ⑹ I should have reported the accident to the police. ⑺ You should have e-mailed me sooner. ⑻ We should have saved more money before buying the house. ⑼ You should have learned English when you were a child.. 方法 ① 例示文を全く説明せず 2 回モデル音読。意味を理解した場合、用紙に丸を記 入。 ② 例示文の語法を明示的に説明する。先ほどの理解が正答であればそのま. ( 60 ). −149−.
(19) 文学・芸術・文化/第 22 巻第 1 号/ 2010.9. ま。間違っていればXを用紙に記入させる。 ③ 例示文のモデル音読のあと音読 3 回。オーバーラッピング 3 回。 ④ 全員に録音した刺激文を 2 度聞かせ、各刺激文ごとに意味を用紙に簡単にメ モ。解答までの時間を用紙に記入(経過時間は教員が読み上げる)。 ⑤ 正解を提示。正答には丸をつけ感想を書かせ用紙回収。 結果 ① 例示文を読み上げた時、その意味を理解していたものは 23 名中 2 名。 ② 刺激文の正解率と処理時間 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 正 解 率 %. 100. 87. 96. 100. 39. 100. 100. 87. 100. 処理時間 秒. 3.1. 3.1. 3.6. 2.7. 3.0. 2.2. 1.8. 2.4. 1.8. 4 3 2 1 0. 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 期待した「べき曲線」には遠いものとなっているが各文にはなじみのない語句や 文の長短があり一律に反応時間が減少しなかったのだろう。特に⑸の文は理解度が 低く 9 名しか正答できなかった。⑻も save money がややなじみが薄いのだろう。 しかし習熟とともに反応時間は減少していることは少なくとも傾向としては捉えら れると思う。正確なデータ作成には刺激文の語句の親和度、音節数などを考慮しな ければならない。最初、学生のほとんどが例示文の意味を聴解では理解できな かったのであるから聴解理解力の改善はかなりあったというべきだろう。彼らの感 想の多くはこの構文について習熟度の進展が実感できたというものであった。. Ⅱ 表出. −148−. ( 61 ).
(20) 第二言語習得論の新展開 濱本. 実施 2010 年 5 月 大学 1 年生 12 名 例示課題 「私は君にもっと早く手紙を書くべきだった」 例示文 I should have written to you sooner. 刺激課題 ① 私は君にもっと早く e-mail すべきだった。 (I should have e-mailed you sooner.) ② 私は君にもっと早く電話すべきだった。 (I should have called you sooner.) ③ 私は警察にそれを報告すべきだった。 (I should have reported it to the police.) ④ 君は私に助言を求めるべきだった。 (You should have asked for my advice.) ⑤ 君はパーティーをもっと楽しむべきだった。 (You should have enjoyed the party more.) ⑥ 君は英語をもっと学ぶべきだった。 (You should have studied English more.) ⑦ 我々はもっとお金を貯めておくべきだった。 (We should have saved more money.) ⑧ 我々はその医者に相談すべきだった。 (We should have consulted the doctor.) ⑨ 我々は書類の紛失をボスに報告すべきだった。 (We should have reported the loss of the documents to the boss.) 方法 ① 課題文を読み用紙に対応する英語をメモ書きするように指示。 (完全な文ではなくメモ書きでよい、と指示) ② 課題文の正解を提示。語法の説明。 ③ 各刺激課題(日本語)を 2 度読み、下線部の英語表現を提示。 ④ 直ちにメモ書き作文作業。メモ書き完成までの時間を記録。 (経過時間は教員が読み上げる). ( 62 ). −147−.
(21) 文学・芸術・文化/第 22 巻第 1 号/ 2010.9. ⑤ すぐに解答を提示。あっていれば丸。その後、全員で正解を 2 度音読。 ⑥ 全刺激課題の練習終了後、感想を書かせて提出。 結果 ① 最初の課題文を正解した者は 12 名中 0。対応する英語表現は知っていても 呼び出して使えるような状態ではない(不活性記憶)。 ② 課題文の英訳を示すことは、この不活性記憶の活性化になる。 ③ 刺激課題の正解率と処理時間 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 正 解 率 %. 100. 75. 67. 92. 100. 100. 92. 92. 92. 処理時間 秒. 4.8. 4.7. 5.3. 4.8. 4.0. 3.5. 3.3. 2.5. 3.5. 6 4 2 0. 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 「should have+ 過去分詞」構文の習熟度推移の確認が目標であるため、刺激課題 の英訳に必要な語句を提示し、それを使って文を完成させるという形式にした。③ は to the police の句が意外と出てこず正解が低い。最後の⑨は難度が高く処理時間 がかかっている。この構文は「どこかで習ったが使えない状態」で記憶されてい る。反復練習でようやく使える知識に転換されたのである。完全に手続き記憶化し たかどうかはこの程度のデータでは明確には述べられない。しかし一応、漸減的な グラフにはなっている。学生の感想も習熟度の改善に関してポジティブなもので あったが、一つの構文の習熟にこれほどの練習が必要であるのかと戸惑う声も あった。 基本的に、I の聴解訓練、II の表出訓練もともに一種のパターンプラクティスと もいえる。ただし旧来のパターンプラクティスは cue に反応し、主語を置き換え. −146−. ( 63 ).
(22) 第二言語習得論の新展開 濱本. たり、疑問文に変換したりと(意味と離れた)変換練習に焦点があった。今回の方 法は構文そのものの習熟に焦点があり、学習者に作業付加の大きい変換を要求して いない。疑問化した Should I have + 過去分詞?(「私は∼すべきだったのだろう か」)などはそれ自身で習熟すべき対象ユニットになりうると思われる。. 4.3 外国語指導の今後の方向性 言語を創発主義的に捉えれば学習の進捗も音韻、統語、語彙の分野で一様にまた 一斉に進むとは期待できない。学習者の弱点(統語論では複文、語彙では同義語や 意味ネットワーク、音韻論であればイントネーションパターンなど)を選び出し、 それを個別に学習対象として取り上げ、語彙であればトークン、構文であればタイ プの例を多数示すことで明示的、宣言的知識が手続き的知識に変わるように計画し ていくことになる。個別の問題のピンポイント的改善が結局、その学習者の総合的 な言語運用力の向上につながると期待できる。. ※ 本研究は文部科学省科学研究費(基盤研究(C)課題番号 21520612、平成 21 年度∼ 23 年度「第二言語の文法習得における推論の役割に関する基礎研究」研究 代表者濱本秀樹)の研究成果の一部である。. 参考文献 Bickerton, D.(1990). . University of Chicago Press.. Bloom, P.(2000). . The MIT Press.. Bloom, P.(2002) Mind reading, Communication and the Learning of Names for Things, vol . 17. Carey, s.(1978) The child as a word learner, in Halle, M. et al.(eds.) . The MIT Press. Chomsky, N.(1957). . Mouton.. Chomsky, N.(1981). . Foris.. DeKeyser, R.(2007) Skill acquisition theory. In B. VanPatten and J. Williams (eds), . Lawrence Erlbaum.. ( 64 ). −145−.
(23) 文学・芸術・文化/第 22 巻第 1 号/ 2010.9. Ellis, N. C.(2006)Language acquisition as rational contingency learning. 27, 1 − 24. Ellis, N. C.(2007)The associative-cognitive CREED. In B. VanPatten and J. Williams(eds), . Lawrence Erlbaum. Ellis, N. C., and Larsen-Freeman, D.(2006)Language emergence: implications for applied linguistics‒introduction to the special issue.. , 27,558 - 89.. Goldberg, A.(1995) .. .. University of Chicago Press. 濱本秀樹(2008a). 「早期英語教育論 ─ なぜ児童は英語の絵本を文法、語彙知識なしで楽し めるのか」. no . 41, 37 - 71.. 濱本秀樹(2008b). 「早期英語教育における文法発見のプロセスについて」『英語教育研究』 31 号 87 - 96. 濱本秀樹(2009). 「早期英語教育における推論の役割」近畿大学文芸学部紀要論文集 『文 学・芸術・文化』20 - 2、1 - 32. Hauser, M. D, Chomsky, N. & W. T. Fitch(2002). The faculty of language: what is it, who has it, and how did it evolve?. vol . 298 22, 1569 - 1579.. Jackendoff, R.(1994) Jackendoff, R.(2002). NY. Basic Books. . Oxford University Press.. Johnson,M.(2004).. Yale University Press.. Kormos, J.(2006).. . Lawrence. Erlbaum Associates. Krashen, S. D.(1985).. . Longman.. Klein, W., and Perdue, C. (1997). The Basic Variety, or: Couldn t Language be Much Simpler?. 13: 301 - 47.. Lantolf, J.P. (ed.)(2000).. . Oxford. University Press. Long, M.H.(1983a). Lingusitic and conversational adjustments to non-native speakers . 5, no. 2. 177 - 193. Long, M.H.(1983b). Native speaker/non-native speaker conversation and the negotiation. −144−. ( 65 ).
(24) 第二言語習得論の新展開 濱本. of comprehensible input.. 4, no.2. 126 - 141.. Long, M. H.(1996) . The role of the linguistic environment in second language acquisition. In Ritchie, W.C. and T. K. Bhatia(eds.). , 413 - 468.. Academic. Long, M. H. and P. Robinson. (1998). Focus on form: theory, research and practice. Doughty, C. and J. Williams(eds.) , 15 - 41. Cambridge University Press. Markson, L. & P.Bloom(1997). Evidence against a dedicated system for word learning in children.. 385, 813 - 815.. Ortega,L.(2009).. . Hodder Education.. Pinker, S. & R. Jackendoff (2005). The faculty of language: what s special about it? 95, 201 - 236. Rocca, S.(2007).. . John Benjamins.. Schmidt, R.(1983). Interaction, acculturation, and the acquisition of communicative competence. In N. Wolfson and E. Judd(eds) ,. , 137 - 74, MA:. Newbury House. Schmidt, R.(1995). Consciousness and foreign language learning: a tutorial on the role of attention and awareness in learning. In R. Schmidt(ed.) . 1 - 63, National Foreign Language Resource Center. Segalowitz, N.(2003). Automaticity and second languages. In C.J. Doughty and M.H.Long (eds),. , 382 - 408. Blackwell.. Slobin, D.(2004). From ontogenesis to phylogenesis: what can child language tell us about language Evolution?. In Langer,S.T. Parker and C.Milbrath(eds.) , Lawrence Erlbaum. Associates. Spelke, E.S.(1994). Initial knowledge: Six suggestions,. 50.. Swain, M. (2000). The output hypothesis and beyond: Mediating acquisition through collaborative dialogue. in Lantolf, J. P.(ed.) . 97 - 114. Oxford University Press.. ( 66 ). −143−.
(25) 文学・芸術・文化/第 22 巻第 1 号/ 2010.9. Thiessen, E.(2009). Statistical learning, in Bavin,L.(ed.) . Cambridge. Tomasello, M.(1992).. . Cambridge University press.. Tomasello, M.(1999).. . Harvard University. Press. Tomasello,M.(2003).. . Harvard University Press.. Tomasello, M.(2009). The usage-based theory of language acquisition in Bavin, L.(ed.) . Cambridge.. −142−. ( 67 ).
(26)
関連したドキュメント
* 4 CEO Tim Cook introduced Wakamiya as“the oldest * 5 developer.”The day before the meeting, she had a chance to talk with him.. After she finished high school, she
If you want to study different themes and learn how to talk about them more naturally in English, please apply to join one of my classes.
In my earlier paper [H07] and in my talk at the workshop on “Arithmetic Algebraic Geometry” at RIMS in September 2006, we made explicit a conjec- tural formula of the L -invariant
Tempelman has proved mean ergodic theorems for averages on semisimple Lie group using spectral theory, namely the. Howe-Moore vanishing of matrix coefficients theorem (1980’s),
First main point: A general solution obeying the 4 requirements above can be given for lattices in simple algebraic groups and general domains B t , using a method based on
Block Spin Transformation of 2D O(N) sigma model, Toward solving a Millennium Problems Proof of the Main Theorem.. We integrate over ξ under the influence of long spin wave by
Thus we obtain the renormalization group flow of the 2D sigma model, which enables us to prove our long-standing
Jabra Talk 15 SE の操作は簡単です。ボタンを押す時間の長さ により、ヘッドセットの [ 応答 / 終了 ] ボタンはさまざまな機