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経営官僚制と統治官僚制(上)

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(1)経営官僚制と統治官僚制(上) 斎 目. 藤. 美. 雄. 次. 序. 第一節 官僚制の問題と経営学 1.. 経営と二種類の官僚制の問題. 2.. 官僚制の経営学的研究と概念分析の意義. 第二節. 官僚制概念の生成と展開の概賎. 1.. 官僚制概念の起源と19世紀的展開. 2.. 20世紀の動向と概念的多様性の源泉 (以上本号). (以下次号) 第三節 官僚制の現代的諸概念によるアプローチ 第四節 統合の主題と概念形成の戦略 1.. アプローチの統合とその二つの主頌. 2.. 官僚制理論と経営学の交鈷. 第五節. 官僚制組縦の概念的図式に関する 一 試論. 序 その生成と展開の複雑な歴史的過程に由来する官僚制概念の多様な分化とア プローチの混乱による極度の概念的不安定性が, 官僚制を主題とするすべての 研究が直面する固有の困難の一 つであることにかんがみ, これに対処するため の概念分析が重要な意義をもつことは, 経営との関連において官僚制の問題を とりあげ, その意義を解明しょうとするわれわれの場合とても, けっして例外 ではない。 かくて本稿の主題は, われわれの経営学的ねらいに即応する一定の. -179 (6428)-.

(2) 概念形成の戦略の遅入によって, われわれの意図する. 「官僚制の経営学的研. 究」の展開に有用な概念的図式を開発することにあるが,紙巾の都合でこれが (上),(下)の二部に分割される関係上,本号の(上)では,第一節と第二節だけ が収録され,第三節以下は次号にゆだねられることになる。. 第一節 1.. 官僚制の問題と経営学. 経営と二種類の官僚制の問題. 周知のようにマックス. ・. ウェ ー バ ー (Max Weber) は, その中心を支配社. 会学の領域において,官僚制組織の発達に関する比類のない卓越した歴史的分 析を展開したが,彼がそこから導き出してきた主要な帰結の一つに, 「近代的 な資本主義的大企業は,それ自身が厳格な官僚制組織の無比の見本である」と いう主張がみられることは重要であるり。 けだしそれは,近代経営における官 僚制組織の高度の発展を,もっとも集約的な表現で明確に指摘した最初のもの であるばかりでない。 それから半世紀以上をへだてた今日も,ウェ ー バのこの 主張は,資本主義の高度化とともにますます現代企業に広く妥当するにおよん で,それのもつ現代的意義はいっそう高まってもいるからである。 最近,経営 学の文献において官僚制の問頴への言及が目立ってふえてきたのも,かかる趨 勢の一つの反映であろう。 この点からすると,ウェ ー バ ーの理論のもつ経営学 的意義が,あらたに再認識される動きがあるのも決して偶然ではない。 官僚制 の問題を経営学的な立場でとりあげて究明しようとするわれわれの研究もまた その一つに他ならない。 もとより「官僚制」が今日のように,近代的フォ. ー. マル組織に一般的に妥当. する概念になったのは,ウェ ーバー がそれを,合法的支配の下における合理的 組織としてとらえることによって,その組織論的意義を確立したからに他なら ないが, エチオニー(A. Etzioni) も指摘するように, それが行政とともに, とりわけ企業の組織によくあてはまるのは重要である 2 )。 かくてウェ ーバーに -180 (6429)-.

(3) よって定式化された官僚制の技術的概念にもとづく組織論的アプロ 的に企業の行動に適用すると,. ー. チを体系. 「近代経営は高度に官僚制化された組織の実体. をもつ」という仮説を提起できよう。 あたかもこれをうらづけるが如<. 企業 経営の実践の分野においても, 寡占段階のビッグ・ ビジネス (big business) の時代において, すでに一部の先覚的経営者達が, 官僚制の問題が今後の企業 経営における最とも壼大な問題点の一 つであることを鋭く見ぬき,. 「対外的市. 場競争」もさることながら, ある意味ではより重大な, 「内部よりしのびよる 危険」として,. この問題を 大きな警戒の目でみつめていることは注目を要す. る。 かくて理論的にも実践的にも先鋭にそれが反映されているように, 官僚制の 諸特質が, 近代経営の重要な内部原理として現代企業を貫徹し, それによって 現代企業の行動や成員の意思決定のパタ. ー. ンが大きな影唇や制約を受けている. のみならず, 様々の重大な諸問題がそこに生じているとすれば, これが解明が 経営学的にきわめて大きな意義をもつのはいうまでもないであろう。 ここにそ の一つの重要な基礎理論として注目されてくるのが, 官僚制理論の組織論的ア プロ ー チ, すなわち官僚制組織論に他ならないが, これはいうまでもなく, ゥ ェ ー バ ー の官僚制の理念型を起点とするフォ ー マル結織の一つの理論体系とし て, 本来よりすでに重要な経営学的意義をもつ存在であるばかりでない。 近代 経営における官僚制組織の高度の発展が更にその現代的意義を大きなものにす る重要な現実的基盤をなしている。 しかし, 経営学において登場してくる官僚制の問題が, 必ずしもこの種のも のだけでないことは注意を要する。 けだし, 近年, 企業と政府の関係がとみに 重要性をましてくるにおよんで, 政府の活動に固有の, いま一つの別の種類の 官僚制の問題もまた, 経営学に登場してくることを決してなしとはしないから である。 もちろん, この場合の官僚制の概念は,. 「官吏による支配」や「官僚による. 統治」としてそれをとらえるすぐれて伝統的な政治学的アプロ ー チに根ざして. -181 (6430)-.

(4) いるがゆえに, 既述の組織論的アプローチによる官僚制の概念とは基本的にそ の性格が異なるであろう。 すなわち, この場合には, 問縣が主に国家行政の脈 絡において出てくることからも明らかなように, それは多かれ少なかれ 「国家 強制」という要索との結びつきにおいて定式化されているがゆえに, もとより 「企業」には妥当するところでない。 したがって, それが直接に経営学の対象 •とならないことも自明であろう。 さればその経営学における登場はあくまでも 間接的で. 政府の活動が企業との相互作用において重要な意義をもつ場合に, この環境主体の一 要素としてそれが注目されるかぎりにおいてであろう。 かくて一般経営学の領域で. この種の官僚制の問題が出てくるとすれば. そ の主要な領域は企業環境論になる。 さればそれが 「企業と政府」や 「政府と企 業」というテ ー マの下に一 般経営学でよく問題となり出したのが, オープン ・ システム論のフレー ムワ ー クにもとづいて環境問題が重視されるようになって きた比較的最近の事であるのも決して偶然ではない り 。 また, このシステム論 的アプロ ー チの発展とともに, 全体社会の管理者としての政府と, その下位シ ステムとしての企業という関係で両者を位置づけ, この点からより体系的に両 者の相互作用を解明しようとする動きが出てきたことも, これとの関連で注目 される最近の動向の一つであろう5)。 しかし, この政府の活動にかかわる官僚制の問題が, 経営学でとりわけよく とりあげられる領域は公益企業論に他ならない。 もとよりそれは, 公共規制の 下にあるという公益企業に固有の特質によるものであるが, この場合も含めて 一般に, この種の官僚制の問題が経営学に登場してくる大きな現実的基盤が, 企業の行動に対する政府の影孵力の増大にあることは注目を要する。 この二種類の官僚制の問題の基本的な性格の差異は, その問題のあらわれて くる次元にも当然に反映されよう。 すなわち, 第一の組織論的アプロ ー チにも とづく官僚制の問頴が,. ミクロ的な個別組織のレベルにおける内的な機能的連. 関において生じる諸問願にかかわるのに対し, 第二の政治学的アプロ ー チにも •とづくそれは, マクロ的な全体社会のレベルで出てくる組織間の制度的連関の. ー182 (6431)-.

(5) 下に展開される権力関係的諸問題に, すなわち, 全体社会の権力構造やその配 分という 問題にかかわるところが 大きい。 かかる重要な 概念的差異に かんが み, 両者を明確に区別して, これを混同しないことが大切であるのはいうまで もない。 しかるに官僚制の概念体系の著るしい不安定性がこれをさまたげる大 きな原因であるとすれば, 当然にまずわれわれはこの問題からとりくんでいか ねばならないであろう。 注. I). Max Weber, Wirtschaft und Gesellschaft,. 5. auflage.. hersg. von. Johaness Winckelmann, Tilbingen: J. C. B. Mohr, 1972, S. 562.. (以後.. 本書は WuG と略す) 2) Amitai Etzioni, A Comparatiue Analysis of Complex Organizations, 1975 revised and enlarged ed., P.xii. たとえばアメリカ電信電話会社 CATT) 元社長' F.R. カッペル氏やわが国の東. 3). 洋レ ー ヨン元会長,. 田代茂樹氏の見解もその代表的なものであろう。 これらの内容. に関する詳細は次の文献を参照のこと。 R. R. Kappel, Vitality in a Business Enterprise, 1960 ; 冨賀見博訳, 企 業成長の哲学. 昭和37年。. 「東洋レ ー ヨンの解剖」,. 共同研究.. 岡本康雄他稿,. 別冊中央公論, 経営問. 題, 春季号, 昭和38年, 347-372頁 . 岡本康雄稲,. 「日本における経営官僚制」,. 別冊中央公論. 経営問題,. 春季. 号, 昭和39年, 275-286頁 . 4). このテ ー マの研究分野の動向に関す るすぐれた紹介の一 例としては, 竹中龍雄. 著. 企業院境論, 昭和47年, 第二部「企業と政府」, 336-381頁 . をあげうるであ ろう。 5). たとえば,. N. W. Chamberlain, Enterprise and Enuironmont, 1968, (不. 二益淳孝, 堀田和宏, 大森弘, 斎藤美雄共訳, 企業と環境, 昭和49年)のなかでも. これに類するアプロ ー チがみられるが, それが現代社会学の重要な方法論的用具で ある構造 ー 機能分析をふまえたものであることに注目を要する。. 2.. 官僚制の経営学的研究と概念分析の意義. われわれは経営との関連において官僚制の問題をとりあげ, これを研究しよ うとするものである。 これを「官僚制の経営学的研究」とよぶことにしよう。 ー183'(6432)-.

(6) われわれがかかる研究にとりくむ大きな理由が, 官僚制の問題が近代経営にと って重要な意義をもつ存在であるとする認識にあるのはいうまでもない。 しか らば, いかなる意味において官僚制の問題は経営にとって重要な意義をもつの であろうか。 この点の解明がまさにわれわれの研究の中心課縣であることは, それがわれわれの研究の出発点であるとともに, 最終的に到達をめざす目標で もあることにてらしても明らかであろう。 したがって, それは, 今後の研究の 展開の全体の過程を通じて答えられるべき主題に他ならない。 しかし一 口に 「官僚制の問題」といっても, そこには官僚制の多様な概念に もとづく多様なアプロ ー チの展開がみられるがゆえに, とりあげられる問題の 種類や内容も, それぞれの脈絡や論者によって必ずしも同一でないことは注意 を要する。 もしこれを不用意に混同すれば, いたずらに問題の混乱が生じ, 官 僚制をめぐる論議がとかく不毛なものに終始してしまうことは, これまでの多 くの経験がよく示している。 さればわれわれが「官僚制理論」の経営学的意義 の解明をなそうとする場合にも, まず「官僚制理論」というレッテルの下に一 括されている種々の異質的な理論やアプロ ー チをよく識別し, それぞれを相互 に区別して扱い, それらがいかに経営学と交錯するかを個別的に吟味していく ことが必要であって, これをなさずに, いわゆる「官僚制理論」に関する十把 ひとからげの論義をいくらくり返しても実りのある成果が出てこないのは当然 であろう。 われわれが「官僚制の経営学的研究」をなすにあたって直面する主要な困難 の第ーは, 展開すべき研究方向の模索において, 有用な指針たりうるすぐれた 研究の先例が少いという事実にあるが, この種の既存のすぐれた研究の欠如か らくる困難は, 多かれ少なかれ, すべての先駆的研究に共通の宿命であろう。 それに対して,. 「官僚制の概念的不安定性」という第二の困難はまさに官僚制. を主題とする研究に固有のものであるところに, われわれがこれにとりくまね ばならない理由がある。 'ちなみに一説によると「官僚制」という用語が世界で最初に用いられたのは. -184 (6433)-.

(7) 18世紀中葉のフラ ンスであるとされているが 1 )' その当初の「官吏による支配」 という意味のすぐれて政治学的な概念も, その後における現実世界の重大な変 化•発展と歴史的な事実の推移を反映して, 様々の変形や分裂をくりかえして きた結果, 今日では 「官僚制に関する定義は論者の数ほどもある」 2) といわれ るまでに多様をきわめている。 かくて 「官僚制」という単一の用語の下に, そ れぞれの内包と外延を異にする種々の概念が競合して存在していて, なかには 相互に全く矛盾・背反する意味のものも含まれているとすれば, この問題の研 究に着手しようとする者が, 多少ともたじろぐのは無理もないであろう。 たとえば.. 「官僚制」という用語が一方では 「行政能率」を意味しているか. と思えば, 他方では全くその逆の意味で用いられるばかりでない。 ときには至 極簡単に. この語は公務員制度の単なる同義語扱いもされるが, 他方ではこれ を. 近代的フォ ー マル組織の歴史的個性を集約的に表現するきわめて複雑な内 包の概念とする論者も少くない。 更にこの用語はしばしば官吏の一 団をさす集 合名辞として用いられているが, ときには事務管理の型にはまったやり方をさ す用語としても用いられるという有様である 3 )0 もちろん. 学界における分業体制もこのような官僚制の概念的分裂をおしす すめてきた大きな要因の一つであろう。 ア)レプロ ウ (M. Albrow) は 「政治学 者や社会学者. 経営学者のいずれもが理論と研究の主要部分で官僚制を研究し てきたが, 用語上の正確さを求める際に, 彼らの間で概念に関する意見の一 致 がみられなくなり, ついには. これらの隣接分野の専門家は, 官僚制の完全に 矛盾した概念の存在を論評も加えずに容認するにいたっている」と指摘してい る 4) 。 以上のような顕著な概念的不安定性にかんがみに. いかなる官僚制の研究も 何らかの概念分析から出発する必要に直面するが, われわれとてもその例外で はない。 すなわち,われわれが今後, 官僚制の経営学的研究を有効に展開してい くためには, それに有用な概念形成の戦略が必要であって, これにとりくむこ とが本稿の重要な主題でもあるが, その場合に一 つの有力なよりどころとなる -185 (6434)-.

(8) のが, アルブロウのなしたすぐれた概念分析であろう。 かくてまず次節では. これにもとづいて官僚制概念の歴史的生成と展開の過程の概観がなされねばな らない。 注 1). M. Albrow, Bureaucracy, 1970, p. 16. (店村昌訳, 宜僚制, 昭和49年,16-. 17頁 . 本訳害に関する脚注は以下省略する。) 2) 3). 行政管理研究会絹, 行政管理と経営管理. 昭和36年,175頁. M. Albrow, op. cit., p. 14.. 4). ibid., p. 13.. 第 2節. 官僚制概念の生成と展開の概観. 1.. 官僚制概念の起源とその19世紀的展開. (1). 言葉の起源. アルプロウによれば. フランスの重農主義者.. 「官僚制」 (bureaucratie) という用語の創作者は. ド・ グルネ (M. de Gournay) であるが叫一説によ. ると. その時期は1745年とされている 2 )。 もちろん. この用語は. 事務机を意 味すると同時に. ー」. すでに官吏の働く場所をも意味していた当時の. (bureau) という用語に,. 「ビュ ー ロ. 「支配」 の意味にあたるギリシャ語を語源に. もつ接尾辞がついてできたものであるが. この創作が18世紀における国家権力 の増大とそれに伴う新興勢力としての官吏のいちじるしい集団的拾頭を反映し ていることは重要であろう。 かくてこれが一 つの新しい支配集団による統治方 法に関して定式化された概念であることは.. ド・ グルネが君主制や民主制,・貴. 族制と比較・対照されるべき主要な政治形態の一つとしてそれを位置づけてい ることでも明らかであろう。 したがって, それの意味するところは単に官吏の なす不法な権限逸脱行為の強調にとどまるものではない。 むしろそれは.. 「公. 益のために官職があるのではな<. 官職のために公益がある」という言葉にも 集約されているように. 官吏による統治の自己目的化に対する批判的概念とし ー186 (6435)-.

(9) て歴史 に登場し て きたことは注 目 を要する 3 ) 0 官僚制の概念が, このよう に , ギ リ シャの古典的政治形態分類法との関 連 に おいて 定式化されたという事実はまた, この用語の ヨ ー ロ ッ パ諸国の言語への 浸透と普及 に おい て も 大きな役割を果している。 すなわち, 政治形態 につい て のギ リ シャの概念が古くから主要な ヨ. ー. ロ ッ パ言語にと り 入れられていたれば. こそ, この新しい言葉の他国語への書き換 え も 容易 に なされたのである。 かく て フ ラ ン ス語の ビュ ー ロ ク ラシー は ま も なく ドイ ツ 語の ビ ュ ー ロ ク ラテ ィ. (Btireaukratie ; 後 に Btirokratie) ,. ー. イ タ リ ア 語のビュ ー ロ ク ラチ ァ (bur­. eaucrazia) , 英語のビュ ロ ク ラシー (bureaucracy) に書きかえられて, 政 治学の国 際的語彙の一 つ に な っ たが, 更 に民主制の派生語との類推 に も とづい て官僚制から官僚, 官僚的, 官僚主義, 官僚主義者, 官僚制化などの類語 も 派 生した。 かくて 当 初の ヨ. ー. ロ ッ パ諸国の辞典 に 登場し て くる定義はいずれ も 政. 府官庁や官吏集団の も つ権 力 や 勢 力 という意味に かかわ っ て お り , その内 容 が 相互間で, また ド ・ グ ルネ のそれと も 多 分 に 一 致するのは不思議でない 4 ) 0 も っ と も , 当 初 にこの用語を使用 し たのは ご く一部の論客や 小説家 に か ぎら れ, フ ラ ン ス語 に お けるそれの普及 に あ づか っ て 力 があ っ たの も , の小説 「平役人」 る。 すなわち,. (Les Employes, 1836 . ). バ ルザ. バ ルザ. ッ ク. によるところ が大きいとされてい. ッ ク に よれば, 1789 年以来, 国 家 が君主 にと っ て 代 っ た. が, そこでは も はや書記達 が最高行政長官の一 人から直接 に 命 令 をうけとるこ とがない。 こうし て , 平凡人 に対する生来の親切さをそなえ , 断片 的な陳述と 報告を好む立憲政府の下 に 明 確 に 組織されて 出 て くるのが,. 「小人 によ っ て掌. 握された巨大な権力」 たる官僚制であるが 「そのこうるさたるや , まるで小商 店主のお かみさんの如くである」 というような調子で, この鋭い毒舌 に よ っ て たくみ に描写された バ ルザ ッ ク の官僚制のイ メ. ー. ジ が, 人 々 の間 に 絶大の人気. を博すこと に な っ たのがその 大 き な原 因 である。 その結果, ある フ ラ ン ス の政 治辞典は1896年 に およんで も , なおその言葉が ド イ ツ に 起源を も ち ,. バ ルザ. ッ. ク に よ っ て フ ラ ン ス に 普 及されたとのべている 5 ) 。 も ちろん, このような考え. -187 (6436) -.

(10) が 出 て く る と い う の も . こ の語が フ ラ ン ス 革命 に よ る 混乱期を境 に し て第二の 故郷を ド イ ツ に求 め , 以 後 は 主 と し て プ ロ イ セ ン 官僚制 の近代化 の過程 に対応 し な が ら 概念 的 に 成熟 し て き た と い う 事実 の 推 移 が あ っ た か ら に 他 な ら な い 6 ) 注. 1). M. Albrow, op. cit. p. 16 .. 2). ア ル プ ロ ウ は こ の説を D. Warnotte, "Bureaucratie et Fonctionnairisone," 1937, に見出 し て い る が, そ の 出典は定かでな い と し て い る 。. M. Albrow, ibid.,. p. 127. M. Albrow, ibid. ,p. 17 . 阿利莫二稿,. 3). 「官僚制概念の成立と 展開」 , 沃 内謙他. 編, 現代行政 と 官僚制 (上) , 1974年, 5 頁。 4). 阿利莫二稿, 同上, 4 頁。 ち な み に ア )レ プ ロ ウ の 調査に よ る と , フ ラ ン ス 学士院辞典の 1798年の補遺で は, 官 僚制は 「政府官庁の長 と 職員の権力, 勢力」 と 定義 さ れ ド お り ,. ド イ ツ 外来語辞典. の 1813年版で は 「 さ ま ざ ま な 政府省庁 と そ の機関が, 一般市民に対 して ほ し い ま ま に す る 権威ま た は権力」 と 定義 さ れて い る 。 ま た 1828年 の イ タ リ ア 専門語辞典は官 僚制について 「行政 に お け る 官吏の権力 を 意味する 新語」 と 述べて い る が, フ ラ ン ス 学士院 も ま た ,. 「政府官庁の蟄力 お よ び 必要 も な し に 官庁が増大する 政治体制」. に 関連 し て 「官僚制的」 と い う 言葉を採択 し て い る 。 M. Albrow, op. cit., pp.17-18. 5). ibid., p . 18 .. 6). ibid., p , 18 . 阿利英二稿 上揚, 4 頁。. (2). 官僚制概念 の ド イ ツ に お け る 展開. 「官僚制」 と い う 用 語 は フ ラ ン ス 革命 に 関 す る 新聞報道を 通 じ て ド イ ツ に 導 入 さ れた が, こ こ で も す ぐ に そ れが本格 的 な 政治学的研究 に登場 し て く る わ け で は な い 1 ) 。 た と え ば フ ン ボ ル ト (Wilhelm von Humboldt) の 1792年 の 論文 「国家権能 の 限界 に つ い て の 試論」. (An Attempt to Determine the Limits. of the Effectiveness of the State) は ,. 国家の権限の増大が行政機関 の 増 加. を 伴 う と い う 懸念 と , 識員が機構の 一員 に な る と 同 時 に 国家の仕事 も 機械 的 に 行 わ れ る よ う に な る と い う 懸念を主題 と し て い る に も か か わ ら ず, と い う 用 語 は 出 て こ な い。. 「官僚制」. フ ラ イ ヘ ル ・ フ ォ ン ・ シ ュ タ イ ン (Freiherr von. Stein) も 1821 年 の 手紙で こ の 懸念を く り か え し , -188 ( 6437) -. 「 わ れ わ れ は事務屋 に よ っ.

(11) て統治 さ れて い る 。 彼 ら は 月 給取 り で . 本 の 上 の 知識を も ち , 支持す べ き 主義 • 主張を も た ず, 財産 を も っ て い な い 。. ……•……••. こ れ ら の 四 点 に わ れわ れ 自. 身 の 政府機構お よ び類似の 活気の な い 政府機構の 精 神 が 要約 さ れ る 」 と の ベ て, か っ て 自 ら が管理 し , 改革 し て き た 制 度 の 告発 に も 決 し て 鋳躇は し な か っ た 2) 。. こ の 一節 は , カ ー )レ ・ ハ イ ン ツ ェ ン (Karl Heinzen) の プ ロ シ ャ 官僚. 制 に 対 す る 反 論 (Die Preussiche Bi.ireaukratie, 1845, S . 1 1 . ) に も 引 用 さ れ た が, そ こ で は じ め て 「事務屋」 が 「官僚」 と い う 用 語 に お き か え ら れた の で あ る 3) 0 19世 紀初期 の ド イ ツ で 官 僚制 の 概 念 を 広 め る う え で大 き な 役割 を 果 し た の は , 官 僚制を支配者 と 被支配者 の 間 の 信頼 関 係の欠如 に よ っ て生 み 出 さ れた 間 隙を埋め る た め の 行政技術 と み な す ヨ ハ ン ・ ゲ レ ス (Johan Gi.irres) で あ る と さ れ る が, 彼が官僚制を 「常備軍 に類似 し た 文官 制度」 と よ ぶ の も , そ れ が 規律, 昇進. 集団 と し て の 体面 お よ び 中 央集権化な ど の 諸原理に立脚 し て い る か ら で あ ろ う り 。 彼 に よ れ ば こ の 制 度 は 「 そ れ 自 体の発展に基本 的 な 服従 の原 理を ,. そ れ 自 体の有機的組織体か ら 臣民 に ま で横大 し ,. そ の結果,. 人 々 はた. だ, 数 と し て の み数え ら れ, 人 間 の 価値 が彼 ら 自 身 か ら で は な く , そ の 地位か ら 導 き 出 さ れ る よ う な 大衆 に 臣民を 漸次統合 し て い く こ と に成功 し た 」 の で あ る 5). 。. そ の 後の 19世紀 ド イ ツ に お け る 官 椋 制概 念 は , プ ロ イ セ ン ー ド イ ツ 官吏制 度 の 改 革 と の密接な 関 連 の 下 に 展 開 さ れて い く 。 と り わ け , 1806年の ナ ポ レ オ ン 戦争の敗北を契機 と す る シ ュ タ イ ン ー ハ ル デ ン ベ ル ク の 改革 に よ る合議官庁 制 か ら 独任官庁制 へ の 移行 が そ の 大 き な 焦点で あ ろ う 。 け だ し こ こ に ウ ェ. ーバ. ー の い わ ゆ る 「単一支配」 的 な 行政構造が登場 し . こ れを 官僚 制 と 同 一 視すべ き か否かが, 当 時 の行政理論 の 大 き な 論争点 に な っ た か ら で あ る 。 ち な み に 当 時の ド イ ツ で は 「官吏 に よ る 支配」 と し て の 官 僚 制 の 観念 は す で に 一 般的 で あ っ た が ゆ え に , 官吏の権力 の増大に つ な が る と さ れ た こ の 独任官庁制 を 官 僚制 と 同 一視 し よ う と す る 動 き が 出 て く る こ と は 決 し て 不 自 然 で は な か っ た 6 ) 。 -189 (6438) -.

(12) 両者を同一 視する見解は概して ド イ ツ 国家の反対者に多 く , ハ イ ン ツ ェ ン も その一人であるが. 彼は一方において , 官僚制とは 「単独の官吏が行政を統制 する行政構造である。 それは 数人の官吏が一 人の長の下で働 く が, 集団で行政 に参加する明確な権利をもっている合議制的構造に対立する」という中 立的な 技術的定義を下しながらも, 他方では, 官吏によ る統治と し ての官僚制が含む 一切の否定的意味もひきつづいて用いる こ とをやめておらず,. 「官僚制の精神. は ご う 慢と卑屈 さをあわせもっており, 無制限に権力を求める」 と いう指摘を なしている7 ) 。 他方,. ド イ ツ 政治学の 「公式」の代表者は概して両者を区別する立場をとる. が, そこでも一方では, この二つの意味のいずれにも,. 「官僚制」とい う 用語. を用いながら. 両者の間に混同が生じないように気をつけねばならないとする 立場がある と 同時に. 他方では 「官吏が国務を支配する場合」だけにこの用語 をあて, 新 しい行政構造は「独任官庁制」という独 自 の用語を用いるべ き とす る立場もある 8 ) 。 このような語義の混乱に促されて, 1846年に. 官僚制の概念に関する最初の 学術的分析がロ バ ー ト ・ フォ ン ・ モ ー ル (Robert von Mohl) によ ってなされ たが 9 ). 彼に よ ると「独任官庁 制」 としての官僚制の意味は歴史的に古く, そ れが通俗的な非難の意味に用いられるようになった のは最近のことである。 し かるにその非難内容たるや階層毎にまちまちで. 特権階級は特権の喪失を, 商 人は商業への干渉を. 工芸家はペ ー パ ー ワ ークを. 科学者は無視を. そして政 治家は遅滞をそれぞれに強調してやまないが. そ こ に共通にみられる要素と し ては. 「峨業的官吏によってなされる国家の仕事の誤ち」 という観念以外はな いであろ う 。 官僚制の概念を, かかる通俗的な非難の意味でとらえるかぎり, 市民が国家について不満をいだくところではつねに官僚制が存在し, どの よ う な 行政制度でも官僚制とみなす こ とが容易となるが, これが20 世紀に入ってか らも, 官僚主義という言葉とともにますます広 く 一 般に普及してきたこ と は周 知の事実であろう I O l 。 -190 (6439) -.

(13) 注 1) M. Albrow, op. cit., p , 19 . 2) Die Briefe des Freiherrn von Stein an den Freiherrn von Gagern 1813-1831 , Cotta, Stuttgart 1833 , pp . 90-92 , letter of August 24 , 1821 . M. Albrow, ibid., p . 19 . 3) ibid., p . 19 . 4 ) ibid., p . 20. 5) J. J. von Gorres, Europa und die Levolution, 1 821 , s . 1 49 . 6) 7) 8) 9) 10). M. Albrow, op cit., pp . 27-28 . ibid., p . 28 . ibid., p .29. R.von Mohl, "Ueber Bureaukratie," 1862 . M. Albrow, ibid., p . 129 . ibid., pp . 29-30 .. (3). イ ギ リ ス に お け る 展開. 官僚制という用語の イ ギ リ スヘの導入は主に ド イ ツ 文献の翻訳によるが, そ れによって イ ギ リ スと大陸の対比が大いに促進された。実際 , 「官僚制という大 陸の厄介者は イ ギ リ スでは存在せず, ここでは民主主義が十分に強固である」 とする 自 己満悦的な 補足が, 大陸の制度に関する彼らの評論でよ く 目 につ く 1 ) 。 少 く とも 議会制度の 発達と地方 自 治の伝統を ほこる19世紀初期の イ ギ リ スで は, 官僚 制の問題はなお対岸の火事であって, むしろ 自 由主義や民主主義を 自 負する材料でさえあった 2 ) 。 かかる19世紀の イ ギ リ スを代表する論者の一人が J. S. ミ ル (J. S. Mill) で, 彼はその 「 自 由論J て,. (On liberty, 1859 . ) におい. 「官僚制による社会の能カ・行動力の独 占こそが政治生活のための無能力. をつくる」とし, 「行政装厭が能率的になれば な る ほ ど, 国民の才能は独 占さ れ, 統治するものも統治されるものも共に官僚制の奴隷にな る」と主張して, 官僚制を 自 由と民主主義の敵ときめつ けた 3 ) 。 この ミルの理論の特色は,. 「大. 陸の官僚制の能率的な側面をみとめつつも最終的には, それが民主主義と背反 するがゆえに活力を失うという立場をとることにあり, 民主主義の観念をめぐ り,. ミルに批判的とされているバ ジ ョ ッ ト (Walter Bagehot). 憲政論」. (The English Constitution, 1867 . ) -191 (6440')-. の 『イ ギ リ ス. が議院内閣制にお け る行政こ.

(14) そが最も能率的である と し た立場 と も窮 極的には一 致するも の」 と い わ れてい る 4) 0 し か し 19世紀 の 末 と もなる と イ ギ リ スでも官僚 制 の 問題はもはや対岸 の 火 事 ではなか っ た。 と くにそ の 大 き な転期は1870年代 の 公務員 制 度 の 改革であ っ た が. そ の推進者の ノ. ース コ. ー ト (Sir Stafford Northcote) が 自 ら, 1884年に. は 「終身官吏が仕事 の 運営を支配 し . 議会はする こ と が殆んどなくなる」官僚 的専制政 治に薔告を発 し ている 5 ) 。. H. スペンサ ー (Herbert Spencer) も同. 年. 政府の干渉 強化に強く反対し . 自 らの官僚 制 と 大陸 の そ れを同類のもの と 断ずるまでにな っ た 6 ) 。 かかる趨努は, 官僚制を 「専門 化 し た行政官による権 カ の 行使」 と し て と らえ たラム ゼ イ ・ ミ ュ ラ ー (Ramsay Muir). の見解にも. 反映 さ れてお り , 彼 の と な える議会制 民主主 義 の危機 と い う 習 鐘 の 中 には. す でには っ き り と イ ギ リ スにお ける20世紀的 ペ シ ミ ズ ム の 拾頭があらわれてい る7) 0 注. 1). M. Albrow. op. cit., p . 2 1 .. 2). 阿利英二稿, 前掲論文, 14頁。. 3). 同 上, 15頁。 同 上, 1 5恥. 4). 5) M. Albrow, op. cit., p . 25 . 6) ibid., p , 25 . 6). ibid., p . 25 .. 7) J. Ramsay Muir, Peers and Bureaucrats, 1 9 10, p . 8 ; M. Albrow, ibid. p . 26 . (4). フ ラ ン ス の場合. フ ランスで 官僚制に関する本格的な政治学的分 析を最初にな し た のは, フ レ ド→リ ッ ヒ ・ )レ ・ プ レ (Frederic Le Play) である。 官僚主義につい ては1904年 に ジ ョ セ フ ・ オ ル ゼウス キ ー (Josef Olszewski) が詳述 し ているが1 ) ' こ れは すでに )レ ・ プ レ の 主姐でもあって彼にと っ て , 官僚制 と は 「細 目 に心 を う ばわ れ, 仕事を複雑に し , 他人の イ ニシ ャ チ プ を 抑 える こ と に熱 中 し ている小役人 -192 . (6441)-.

(15) の間 に 権 限 を ま きち ら す こ と」 を 意味 し てい た 2 ) 。 ド ・ ト ッ ク ビル (de Tocq­ ueville) の フ ラ ン ス政治制度の古 典 的 分析がも っ ぱ ら 中 央集権化の過程 にと り く み,. 官 僚 制 に は 付随的に言及 し たに す ぎなか っ た こ ともあ っ て ,. }レ ・ プ レ. は , 官僚制を 中 央 集権 化と峻別 し , と く に 中 級官吏の行動 に焦点をおき, 構造上 や 動 機 づ け の面iか ら それを説明 し よ う とする こ とによ っ て , 法律 的概念よ り も 組織構造 に 関 心 を よせ た こ とは重要である。 行政の合法性よ り もその特質 に 関 するかかる 関 心 は , 企業能率 に 関するバ ジ ョ ッ ト の関心ともあい ま っ て, 管理 (administration) に つい ての政府と民 間のや り 方を 比較する道 を き り ひ ら い た ばか り でない。 かかる比校は, 組織の一 般論を発展させよ う とする20世紀 的 閲 心の前兆と し て も注 目 されると ころである 3 ) 。 注. 1) 2). J. Olszewski, Bureaukratie, 1904 . M. Albrow, op. cit., p , 30 . F. Le Play, La R紅orme Sociale en France, 1864,. pp . 235-236 . M.. Albrow, ibid., p . 30 . 3). 2.. M. Albrow, ibid., p . 30.. 20世紀の動 向 と概念的 多 様性の源泉. ア ルブ ロ ウ は 以上のよ う な 1 9 世紀的著作 に み ら れる官僚制の主要な概念化の パ ク ー ン を 次の三つ に 識別する。. 1). その第一は ド ・ グルネ や ミ ルのよ う に . 官. 僚 制 を 君主制や民主制. 貴族制と比蚊 ・ 対照されるべき主要な政治形態と考え るものである。 第二 は .. ハ. イ ン ツ ェ ン な ど の ドイ ツ の行政理論家 に み ら れる如. < . 官僚制を 19世紀 ドイ ツ 行政制 度の特殊形態 に かかわろ し めてと ら えよ う と するものである。 第 三 は , フ ォ ン ・ モ ー ルや Jレ ・ プ レのよ う に. 政府 に対する 民衆の不満を 手掛 り に , 干渉好きな有給公務員の行動に官 僚 制の本質を見出至 う とするものである。 こ れ ら の文献が絨 的 に も質 的 に も注 目 に価いすると こ ろがある の に , 20世紀 において 殆んど無視されている原 因 にも次の三つが考 え ら れよ う。 l. -I93" (6442' し.

(16) 第一 は, モ ス カ (Gaetano Mosca) や ミ ヘルス. (Robert Michels) を へて. ウ ェ ー バ ー にいたり, ア プロ ー チが大きく社会学的方向に転 じたが, これがそ の理論内容を一新せしめ, それまでの官僚制理論の起源を隠蔽させる結果とな ったことである 2 ) 。 実際, ウ ェ ー バ ー による官僚制の組織論的意義の確立が, その後の官僚制理論の展開の方向におよぼした影轡はきわめて大きく, それが 今 日 における官僚制組織論や 社会学的組織論の活発な展開の基本的な出発点と なっていることは 周 知 の事実であろ う 。 第二に, 社会における権力の配分に関する19世紀の二つの主要な イ デ オ ロ ギ ー の体系において, 官僚制の問題が重要な位置を 占 めるにいたらなかったこと があげられよ う 。. ヘ ー ゲルによって大成された第一 の立場では,. 権力は宗教的. 形而上学か, 世俗的形而上学のいずれかの見地によって正当化され, そのにな い手は神または社会のために使命を遂行する立場にあるものとされるが, 彼ら の部下である官吏も当然にこの目的を共有するとみなされる。 他方のマ )レクス の立場では, 権 力は社会の経済秩序における集団の地位に由来するが, この場 合にも官吏はたんなる政府の代理人であり, ないとされている. 3). 支配階級に従属する 用 具にす ぎ. 。 かくていずれの場合にも官僚制は国家または経済秩序と. は区別される独自の要素と考えられるにいたらなかったので, それ自体が分析 の主題となることはなく, 結局は, ウ ェ ー バ ーをまたねば, 官僚制が 中心的位 置を占めるよ う な 一大理論体系は確立されなかったのであるり 。 第三に, 官僚制が問題となる一 つ の大きな理由が , 民主主義との関連にあるの は, この観念が , 元来, 近代政府における官吏の本来のあるべき地位への関心か ら生じていることでも明らかであろ う 。 官僚制を構成すると考えられる現象は, 民主主義の価値との関係によって分析の重要な主題とされただけでなく, 民主 主義の価値とそれらの現象の衝突のゆえに, 解決を要する問題ともされたので ある。同様に官僚制に対して示唆された矯正策も, 病弊の本質を規定している価 値の実現をもくろ ん で 考えられていることはい う までもない。 その当然の結果 として , 民主主義の価値が再構成されれば, 官僚制の概念もまた作り直されるで. -194 (6443) -.

(17) あろう。 さればこれらの19世紀の理論にお け る評価的要素の存在は歴然として いる。しかるに今世紀初頭の社会科学の方法論争において, 事実の分析からの主 観的価値判 断の排除の主張が強くなされたことは周 知のとおりであって, ここ までくれば. すぐれて評価的要素の強い19世紀の理論が20世紀にいたって多分 に無視されるにいたった第三の理由 も 容易に見出すことができるであろう 5 ) 。 しかし官僚制が民主主義との関連において重要な問題となる事実は, 今 日 に おいて も 変るところがない。 科学的分析から, 価値判 断を排除することを最 も 強く主張した論者の一 人であるウ ェ ー バ ー も , 民主主義との関連において官僚 制の問題をとりあげようとしなかったわ け ではない。 も っと も 彼は, 事実の被 述から評価的判断に移行する際には, できるだ け それを明示しようとする独特 の冷静さをそなえていた。 しかし, 概して民主主義との関連において用いられ る官僚制の概念は, どうして も 民主主義の目標をそこなうような公務員の行動 にかかわるところが大であるがゆえに. 高度に評価的内容を も つ 傾 向 が強いこ と も 事実であろう。 たとえばハ ー マ ン ・ フ ァ イ ナ ー (Herman Finer) は官僚 制を「公務員が民主主義をおびやかす状況」と規定しているが 6 ). このような とらえ方をする場合,. どのような公務員の 行動が官僚制と 判 断されるべきか. は. 民主主義の価値の解釈のいかんと, それらの価値のいずれがそこなわれて いると考えるかによって大いに左右されてくる 7 ) 。 かくてアルプロ ウ のいうよ うに民主主義 に関する様々の解釈に対応して. それに相応するだ けの官僚制の 観念が出てくるとすれば, ここに も その概念的多様化の一 つの源泉がみられる であろう。 20世紀に入って活発となった組織論的アプロ ー チにおいて も 官僚制の概念は 多様な分化の傾 向をみせている。 たとえば, ならんで.. 「合理的組織」としての官僚制と :. 「組織の非能率」としての官僚制の概念が競合し, それが全体とし. ての組織に適用されること も あれば. その一部の管理的側面だ け に適用される こと も ある。 官僚制を典型的な大規模組織の同義語とみなす論者 も あれば, 単 にそれを組織の一般的な 代替概念とする論者 も いる。 更に静態的な構造的側面. -195' (6444)-.

(18) に重点をおくか, 動態的な過程的側而を煎視するかによっても概念化の様式に 様々の差異が生じてくるであろう. °. このような官僚制概念の多様性と不安定性は , 同一 の論者においても , 用語の 使用が必ずしも一貫しないというかた ち でも現われている。 たとえば ウ ェ ー バ ー はあるときには,. 一. 連の構造的特質と機能様式を顕著にそなえた組織を官僚. 制と規定するが , 他方では , 管理能率を極大化する社会機構としてそれを規定し °. ようとしている的 しかし ブラウ が指摘するように , ぁる社会制度の属性と. そ れがもたらす結果の関連は, 経験的検証に服すべき事実の問題であって決して 定義の問題ではない。 したがって, 両者を同時に 一つの定義のなかに含むことは できないであろう 9 ) 。しかるにその プラウ 自 身も, この二者択ーの間をゆれ動い ている。. たとえば,. 1956年の 「現代社会の官僚制」(Bureaucracy in Modern. Sciety) においては, 官僚制を 「管理能率を最大限にするための組織」と定義. するが 1 O)' 1963 年の W. R. スコ ッ ト (W. R. Scott) との共著,. 「 フ ォ ー マル. 組緻」 (Formal Organizations) では, 「官僚制という用語は,. 組織の管理. 的側面をさして価値判 断をまじえずに 用 いられる」 とのべている 1 1 ) 。 M. E. デ ィ モ ッ ク (M. E. Dimock) の場 合 も, 1944年の論文 ("Bureancracy Self­ examined," Pubric Administration Review, vol. 4 . ) では,. 的活力と管理的創造性の反対物ととらえているが (Administration Vitality) では,. 12. ) '. 官僚制を行政. 1960 年の 「経営活力」. 「適度の官僚制は,. 企業性とともに経営. の活力にとって不可欠の要素 である」 と指摘している 1 3 ) 今 日 , 官僚制の概念がきわめて不安定であることは, もはや 自 明のことであ るが, 「官僚制という同一の名称を使う全く異なる概念が存在する」 という ア ル ブ ロ ウ の指摘もそれをよく示すであろう 1 4 ) 。. 彼もいうよう に, これらの概. 念はたしかに限複しており, それらがどのような論理的 ・ 歴史的な関連をもっ ているかを示すことに, 彼の分析の電要な主題があるが, そこから祁き出して きた結論として, 彼が, 「有用な定義の一部を形成することができるような, これらの概念のすべてに共通した要素は決して存在しない」と指摘しているこ -196 (6445). 一.

(19) とは重要である I 5 ) 。. こ れは一義性のある明確な官僚制の一 般概念の確立がき. わ め て 困難である こ とを ものがたるばか り でな い 。 あ え てそれを なそうとすれ ば. 多 かれ少なかれ恣意的独 断 に おち い ら ざるを 得な い こ とを 示し て いる。 さ れば, われわれが 「官僚制」 や 「官僚制理論」 を あ い ま い な 一般的意味でと り あ げ て , その意義の解明を はかろうと し ても, つい に は. 有効性のある論議の 展開は困 難であろう。 こ こ に 必要な こ とは.. 「官僚制」 や 「官僚制理論」 と い. う レ ッ テ ルの下 に 一 括されて いる種 々 の異質的な概念や理論を. その基本的な 性格の差 異 に もとづ い て 適 切 に 区分 し , こ れを 別 個 に と り あつかう こ とであろ う。 その場合 には じ めて. それぞれの特性 に ふさわ し い 適 切 な取扱 い も可 能 に なるであろう。 もちろん , わ れわ れ は , われわれの経営学的なね ら い にできる だ け 即応するような分類の基準 に もと づ い てそれ をなさねばな ら な い 。 その手 掛 り を求めて , 再 び わ れ わ れはアル プ ロ ウのな し た官僚制の現代的諸概念の区 (次 号 につづ く ). 分 1 6 ) に 目 を 向 ける こ と に なる。. 注 l ) M. Albrow, op. cit., pp . 30-31 . 2) ibid., p . 31 . 3). マ ル ク ス の 階級国家論的官僚制理論 に つ い て は他の機会 に あ ら た め て と り あ げ る. 予定で あ る 。. 4) M. Albrow, op. cit., pp . 31-32 . 5) ibid., p . 106 . 6) ibid., p . 109 . 7) ibid., p . 1 08 . 8) P. M. Blau, Dynamics of Bureaucracy, Rev. edn., 1 963 . p . 25 1 .. 9) 10) 11) 1 2). ibid., p . 25 1 . P. M. Blau, Bureaucracy in Modern Society, 1956 , p . 60 . P . M . Blau and W . R . Scott, Formal Organizations, 1 962, p . 8 . M. E. Dimock, "Bureaucracy Self-exammed," Pubric A dministration. Review, vol. 4, 1964, p . 198 . 13) M. E. Dimock, A dministratire Vitality, 1960 , p . 4 . 14) M. Albrow, op. cit., p . 125 . 1 5) ibid., p . 125 . 16) ibid., Chap. 5 , PP . 84-105 .. -197 (6446) -.

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