Kobe Shoin Women’s University Repository
Title
『平家物語』の享受 ―忠度最期談を読む―
On the Acceptance of the Story of Heike : the Case of Satsumanokami Tadanori
Author(s) 信太 周(SHIDA Itaru)
Citation 文林(BUNRIN),No.35:71-91
Issue Date 2001
Resource Type Bulletin Paper / 紀要論文
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﹃平
家
物
語
﹄
の
享
受
1 忠 度 最 期 談 を 読 む ー信
太
周
『平 家物 語 』 の享 受 一 忠 度 最 期談 を 読 む 一 隔 勝 手 を 悪 く 取 て 投 げ 云 々 標 題 、 川 柳 ︿ 忠 度 は 勝 手 を 悪 く 取 て 投 げ ﹀ (﹃ 誹 風 柳 多 留 ﹄ 二 篇 、 岩 波 文 庫 本 ) の 穿 ち の 典 拠 は 、 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 巻 九 ﹁ 忠 度 最 後 ﹂ か 、 巻 七 ﹁ 忠 度 都 落 ﹂ か ー こ れ ま で 、 ﹁ 忠 度 最 後 ﹂ が 拠 り 所 と さ れ て き た こ の 句 に つ き 、 中 島 正 二 は 、 こ れ が ﹁ 忠 度 都 落 ﹂ に 基 づ く も の と 断 じ て い る 。 当 該 句 は 、 ﹁ 忠 度 は 不 都 合 が あ っ て 中 に 入 れ ず 、 巻 物 を 俊 成 邸 に 投 げ 入 れ た ﹂ と い う 意 味 だ ろ う か ら 、 一 般 的 に 流 布 し た 本 文 で は な く 、 延 慶 本 や 長 門 本 、 四 部 合 戦 状 本 な ど の 独 自 異 文 で の 場 面 を よ ん だ 句 と い う こ と に な る 。 作 者 は そ う い っ た テ ク ス ト の ど れ か に よ っ た の で あ ろ う か 。 あ る い は 、 ﹃ 平 家 ﹄ に 取 材 し た 他 の 文 学 作 品 、 ま た は 、 平 曲 な ど 、 芸 能 と な っ た ﹁ 平 家 ﹂ の 中 に 、 独 自 異 文 に 依 拠 し た も の が あ っ て 、 そ こ か ら 知 識 を 得 た の か も し れ な い 。 も し そ う な ら 、 こ の 句 は 、 諸 本 論 に 留 ま ら ず 、 広 く 近 世 に お け る 受 容 の 諸 相 の 中 で と ら え ら れ ね ば な る文林 三十五 号 ま い 。 ( 中 島 正 二 ﹁ 薩 摩 守 忠 度 の 巻 物 と 川 柳 ﹂ 、 ﹃ 魚 津 国 文 ﹄ 三 八 号 、 平 成 11 年 3 月 ) 中 島 の 試 み た 新 解 ︿ 忠 度 は 不 都 合 が あ っ て 中 に 入 れ ず 、 巻 物 を 俊 成 邸 に 投 げ 入 れ た ﹀ 自 体 問 題 を は ら む が 、 さ し あ た り こ の 解 釈 に 拠 る と し て も 、 穿 ち と し て 成 り 立 つ た め に は 、 ﹃ 参 考 源 平 盛 衰 記 ﹄ 引 用 書 目 か ら 漏 れ た 延 慶 本 と 四 部 合 戦 状 本 は も ち ろ ん 、 こ の 考 証 所 引 の 長 門 本 に し た と こ ろ で 、 こ れ 等 諸 本 に 共 通 す る 独 自 異 文 の 受 容 の 広 が り の 裏 付 は 不 可 欠 の こ と で あ る 。 周 知 の よ う に 、 ﹁ 忠 度 都 落 ﹂ に 展 開 す る 俊 成 ・ 忠 度 師 弟 の 別 離 に 際 し て の 美 談 挿 話 流 布 本 ( 元 和 七 年 刊 整 版 本 。 梶 原 正 昭 校 注 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 桜 楓 社 、 昭 和 52 年 刊 ) は 、 い っ た ん 都 落 し た 忠 度 が 勅 撰 集 入 集 を 懇 願 す べ く 俊 成 邸 に 立 ち 戻 る 場 面 を 、 ︿ 薩 摩 守 忠 度 は 、 何 く よ り か 被 レ 帰 た り け ん 、 侍 五 騎 童 一 人 、 我 が 身 共 に 混 甲 七 騎 取 つ て 返 し 、 五 条 三 位 俊 成 卿 の 許 に 坐 し て 見 給 へ ば 、 門 戸 を 閉 ぢ て 不 レ 開 。 忠 度 と 名 乗 り 給 へ ば 、 落 人 還 り 来 れ り と て 、 其 の 内 騒 ぎ あ へ り V と 語 り 出 す 。 し か し 、 さ す が 俊 成 だ け は 違 っ た 。 俊 成 卿 、 其 の 人 な ら ば 苦 し か る ま じ 。 開 け て 入 れ 申 せ と て 、 門 を 開 け て 対 面 あ り け り 。 事 の 体 何 と な う 物 あ は れ な り 云 々 。 当 然 の こ と な が ら 、 以 下 の 展 開 は 、 ︿ 事 の 体 何 と な う 物 あ は れ な り ﹀ そ の ま ま 、 平 家 滅 亡 を 予 感 し な が ら 、 勅 撰 集 編 纂 事 業 再 開 の 折 り に は ぜ ひ そ の 資 料 に と 自 ら の 歌 稿 を 託 す 忠 度 と こ れ に 快 く 応 え る 俊 成 。 ﹃ 玉 葉 ﹄ 等 記 録 類 に は 都 落 に 際 し て の こ れ 等 挿 話 は い っ さ い 記 さ れ る こ と な く 、 い か ほ ど 事 実 談 に 基 く の か 等 確 認 は 果 た せ そ う に な い が 、 さ す が 和 歌 の 大 御 所 た る に ふ さ わ し い 、 ま た そ う あ っ て ほ し い と の 理 想 俊 成 像 造 型 と い う こ と な の で あ ろ う 。
「平家物語』の享受 一 忠度最期談を読む 一 ( 薩 摩 守 忠 度 ) 秀 歌 と 覚 し き を 、 百 余 首 書 集 め ら れ た り け る 巻 物 を 、 今 は と て 打 立 た れ た り け る 時 、 是 を 取 つ て 持 た れ た り け る を 、 鎧 の 引 合 よ り 取 出 で て 、 俊 成 卿 に 奉 ら る 。 三 位 是 を 開 い て 見 給 ひ て 、 か 、 る 忘 形 見 ど も を 給 は り 候 ふ 上 は 、 努 々 疎 略 を 存 ず ま じ う 候 。 さ て も ロ ハ 今 の 御 渡 こ そ 、 情 も 深 く 哀 も 殊 に 勝 れ て 、 感 涙 押 へ 難 う こ そ 候 へ と 宣 へ ば 、 薩 摩 守 、 骸 を 野 山 に 曝 さ ば 曝 せ 、 憂 き 名 を 西 海 の 波 に 流 さ ば 流 せ 、 今 は 憂 世 に 思 置 く 事 無 し 。 さ ら ば 暇 申 し て と て 、 馬 に 打 乗 り 甲 の 緒 を し め て 、 西 を 指 し て ぞ 歩 ま せ 給 ふ 。 三 位 後 を 遥 に 見 送 つ て 被 レ 立 た れ ば 、 忠 度 の 声 と 覚 し く て 、 前 途 程 遠 馳 二 思 於 雁 山 夕 雲 一と 、 高 ら か に 口 占 み 給 へ ば 、 い と ゴ 哀 れ に 覚 え て 、 涙 を 押 へ て 入 り 給 ひ ぬ 。 ︿ 事 の 体 何 と な う 物 あ は れ な り ﹀ で 覆 わ れ る こ の 理 想 俊 成 像 の 造 型 に つ き 、 一 方 流 諸 本 に あ っ て 多 少 の 異 文 の 存 在 は 認 め ら れ る が 、 大 綱 は 一 方 流 諸 本 の 系 譜 を 遡 っ て 覚 一 本 に し て 既 に 完 成 し て い る も の で あ る ( 梶 原 正 昭 校 注 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 脚 注 校 異 ) 。 ま た 、 寛 文 五 年 刊 以 降 版 を 重 ね る 整 版 本 ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹄ に 展 開 す る 俊 成 . 忠 度 別 離 の 場 面 に し て も 、 当 初 は 、 △ 二 位 大 庭 に 下 り 、 世 に 恐 れ て 内 へ は 入 れ ざ り け れ ど も 、 門 を ば 細 目 に 開 き て 対 面 あ り ﹀ と ぎ こ ち な さ を 見 せ る も の の 、 忠 度 の 勅 撰 集 入 集 に か け た 悲 願 に 接 す る や 、 是 を 瑚 下 に 進 せ 置 き 候 、 勅 撰 の 時 は 必 ず 思 召 し 出 で よ と て 、 巻 物 一 巻 泣 く く 鎧 の 引 合 よ り 取 出 で た り 。 三 位 感 涙 を 流 し 、 是 を 受 取 り 、 御 詠 一 巻 預 り 置 き 候 ひ 畢 ん ぬ 。 是 れ 永 代 秀 逸 の 御 形 見 未 来 歌 仙 の 指 南 な ら ん 歌 。 此 忽 劇 の 中 に 御 音 信 に 預 る 事 、 恐 悦 少 か ら ず 候 哉 。 縦 ひ 浮 生 を 万 里 の 波 に 隔 つ と も 、 御 形 見 を 一 戸 の 窓 に 納 め て 、 勅 撰 の 時 は 思 ひ 出 で 侍 る べ し と 宣 へ ば 云 々 。 ( 通 俗 日 本 全 史 本 )
文林 三十五号 な ど 、 流 布 本 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ に は 及 ば ぬ ま で も 、 理 想 俊 成 像 造 型 に 伴 う 美 談 志 向 で あ る に 変 わ り は な い 。 ち な み に 、 延 慶 本 や 長 門 本 、 四 部 合 戦 状 本 の 独 自 異 文 と は 次 の 通 り 。 三 位 哀 レ ト 思 シ テ 、 ワ ナ ・ ク く 出 合 給 ヘ リ 。 ( 略 ) 鎧 ノ 引 合 ヨ リ 百 首 ノ 巻 物 ヲ 取 出 シ テ 、 門 ヨ リ 内 へ 投 入 テ 、 ﹁ 忠 度 今 ハ 西 海 ノ 浪 二 沈 ム ト モ 、 此 世 二 思 置 事 候 ワ ズ 。 サ ラ バ 入 セ 給 へ ﹂ ト テ 、 涙 ヲ 拭 テ 帰 ニ ケ リ 。 俊 成 卿 感 涙 ヲ 押 ヘ テ 内 へ 帰 入 テ 云 々 。 ( 延 慶 本 。 北 原 保 雄 ・ 小 川 栄 一 編 ﹃ 延 慶 本 平 家 物 語 本 文 篇 ﹄ 勉 誠 社 。 長 門 本 も 同 文 ) 弥 世 を 恐 れ て 開 け ざ り け れ ば 、 築 地 越 し に 、 ﹁ 身 こ そ 斯 か る 有 様 に 成 り 候 ふ と も 、 候 は ざ ら ん 跡 ま で も 、 此 の 道 に 名 を 懸 け ん 事 、 生 前 の 望 み な り 。 集 撰 せ ら る べ き 由 承 る 。 此 の 巻 物 の 中 に 然 る べ き 物 候 へ ば 、 一 首 入 れ ら れ 候 ひ な ん や ﹂ と て 、 簾 の 中 よ り 百 首 の 巻 物 を 取 出 だ し て 、 門 よ り 内 へ 投 げ 入 れ て 、 通 ら れ け る こ そ 哀 れ な れ 。 ( 四 部 合 戦 状 本 。 高 山 利 弘 編 ﹃ 訓 読 四 部 合 戦 状 本 平 家 物 語 ﹄ 有 精 堂 ) 四 部 合 戦 状 本 の よ う に 、 最 後 ま で 門 を 開 け て も ら え ず 、 や む な く 歌 稿 を 築 地 越 し に 門 内 へ 投 入 れ て 立 去 る と の そ れ な り に 筋 の 通 っ た 構 成 に 接 し て み る と 、 わ な な き な が ら も 出 合 っ た 俊 成 に 、 ど う し て 歌 稿 を 門 内 に 投 げ 入 れ て 渡 さ ね ば な ら ぬ の か 、 延 慶 本 や 長 門 本 の 構 成 に は 不 審 が 残 る 。 あ る い は 、 後 日 談 と し て 、 俊 成 が 忠 度 の 和 歌 ︿ さ ゴ 浪 や 志 賀 の 都 は あ れ に し を 昔 な が ら の 山 桜 か な ﹀ 一 首 を 読 み 人 知 ら ず と し て で は あ る が ﹃ 千 載 集 ﹄ に 撰 び 入 れ た と し て 知 ら れ て い た は ず が (流 布 本 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 及 び ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹄ ) 、 延 慶 本 や 長 門 本 は 、 歌 稿 の な か か ら 今 一 首 く イ カ ニ セ ム 宮 城 河 原 二 摘 ム 芹 ノ 根 ノ ミ 泣 ケ ド モ 知 ル 人 ノ ナ キ V も 同 様 読 み 人 知 ら ず と し て 撰 び 入 れ た と あ る な ど 、 危 機 に 際 し 落 着 き を 失 う な ど そ れ な り に 現 実 味 を 帯 び た 話 で は あ る が 、 冷 淡 な 人 物 と し て 当 初 設 定 し た は ず の 俊 成 に し て 、 更 な る 厚
『平 家物 語 』 の享 受 一 忠 度 最 期談 を 読 む 一 意 を 示 し て い る あ た り も 不 審 。 な お 、 ︿ さ ゴ 浪 や 云 々 ﹀ が ﹃ 忠 度 集 ﹄ 等 の 収 載 歌 で 、 忠 度 詠 で あ る こ と は 確 認 さ れ て い る が 、 ︿ イ カ ニ セ ム 云 々 V は ﹃ 治 承 三 十 六 人 歌 合 ﹄ に 作 者 名 ︿ 太 皇 太 后 宮 権 大 夫 経 盛 ﹀ と し て 載 る 歌 で あ る (上 條 彰 次 校 注 ﹃ 千 載 和 歌 集 ﹄ 和 泉 書 院 、 平 成 6 年 刊 、 補 注 四 五 六 頁 ) 。 延 慶 本 等 に よ る か ぎ り 、 こ の 挿 話 が 事 実 談 に 基 く と の 想 定 は 支 え を 欠 く こ と に な ろ う 。 す 、 部 落 に 際 し て の 混 乱 緊 迫 の さ ま が 失 せ る と の 代 償 払 っ て ま で も 、 理 想 俊 成 像 造 型 へ の 志 向 が 顕 著 な こ と 異 本 化 現 象 は な は だ し き な か 、 古 態 探 究 の 試 み か ら は 、 こ れ 等 美 談 拝 話 の 完 成 が 異 本 化 作 用 の 賜 物 で あ る こ と は 歴 然 と し て い る 。 と こ ろ で 、 こ の 俊 成 忠 度 別 離 に 際 し て の 美 談 挿 話 の 享 受 の 様 相 い か ん ﹃ 参 考 源 平 盛 衰 記 ﹄ 巻 三 二 ﹁ 落 行 人 々 歌 附 忠 度 由 レ 淀 帰 謁 二 俊 成 叩事 ﹂ ( 改 訂 史 籍 集 覧 本 ) に は 、 ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹄ を 底 本 と し て く 印 本 一 本 伊 藤 本 八 坂 本 鎌 倉 本 如 白 本 佐 野 本 南 都 本 云 V 及 び も う 一 項 目 ︿ 長 門 本 云 ﹀ を 立 て て 異 文 考 証 の 資 料 を 掲 げ て い る が 、 独 自 異 文 た る 長 門 本 の 記 事 に さ し て 注 目 し て い る ふ う で も な い 。 現 に 、 ﹃ 大 日 本 史 ﹄ 列 伝 三 ﹁ 平 忠 度 ﹂ で も 、 俊 成 撹 レ 涙 許 諾 、 忠 度 喜 謝 而 出 、 及 一俊 成 撰 二 千 載 集 一、 取 一故 郷 花 一 首 [載 レ 之 、 然 悼 二 朝 議 一、 不 レ 書 二 姓 名 一、 人 為 惜 レ之 、 鯵 舞 鞘 頃 (義 公 生 誕 三 百 年 記 念 会 本 ) な ど 、 長 門 本 に は い っ さ い 触 れ る と こ ろ が な い 。 あ る い は 、 長 門 本 記 事 を 史 実 と し て そ の ま ま 引 く こ と の 多 い ﹃ 続 本 朝 通 鑑 ﹄ に し て 、 巻 七 一 ﹁ 安 徳 天 皇 六 ﹂ に 、 (忠 度 ) 到 二 藤 俊 成 之 宅 一、 敲 レ門 不 レ 開 。 俊 成 聞 ・忠 度 之 至 一、 開 レ 門 謁 レ 之 。 忠 度 出 二 倭 歌 一 巻 於 懐 中 一而 請 日 、 ( 略 )
文林 三 十五 号 俊 成 把 レ 巻 潜 然 日 、 今 当 二 此 時 一、 誰 有 二 此 雅 趣 一乎 。 固 是 遺 世 之 珍 也 。 勅 撰 之 中 、 何 忘 二 其 志 乎 。 忠 度 深 謝 而 去 。 俊 成 惜 レ 別 立 レ 門 而 望 。 忠 度 馬 上 高 唱 日 。 前 途 程 遠 、 馳 二 思 於 雁 山 之 暮 雲 一。 後 会 期 無 。 帝沽 二 縷 於 鴻 腫 之 暁 涙 一。 (略 ) 後 俊 成 奉 レ 勅 撰 二 千 載 集 一。 閲 二 彼 巻 中 ]、 而 掲 二 故 郷 花 忍 恋 倭 歌 二 首 一載 レ 之 。 然 以 一違 勅 之 人 一不 レ 顕 其 姓 名 一云 々 。 ( 国 書 刊 行 会 本 ) と か な ら ず し も 長 門 本 を な ぞ る ふ う で も な い 。 ︿ 掲 二 故 郷 花 忍 恋 倭 歌 二 首 一 V と あ れ ば 長 門 本 を 踏 ま え て い る の で あ ろ う が 、 ︿ 俊 成 聞 二 忠 度 之 至 一、 開 レ 門 謁 レ 之 ﹀ ︿ 俊 成 把 レ 巻 潜 然 日 ﹀ ︿ 忠 度 馬 上 高 唱 日 云 々 ﹀ な ど は 流 布 本 の 展 開 そ の ま ま 1 俊 成 忠 度 別 離 に か か わ る 美 談 挿 話 の 享 受 に あ っ て 、 ︿ 百 首 の 巻 物 を 取 出 し て 、 門 よ り う ち へ な げ 入 れ て 云 々 V ( 長 門 本 。 麻 原 美 子 編 ﹃ 長 門 本 平 家 物 語 の 総 合 研 究 校 注 篇 ﹄ 勉 誠 出 版 ) な ど 論 外 、 と て も 享 け ら れ な い と い う こ と で あ ろ う か 。 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 、 ま た ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹂ も 本 説 と さ れ る 謡 曲 ﹁ 忠 度 ﹂ に つ き 、 ﹃ 謡 曲 拾 葉 抄 ﹂ に は 、 ︿ 平 家 物 語 云 ﹀ 以 下 、 ( 忠 度 ) 鎧 の 引 合 よ り 巻 物 一 巻 取 出 し 三 位 へ 遣 し 給 へ ば 、 泪 を 流 し て 納 め ら る 、 。 件 の 巻 物 の 中 に さ り ぬ べ き 歌 い く ら も 有 け れ ど も 、 其 身 勅 勘 の 人 な れ ば 名 字 を ば あ ら は さ れ ず 、 故 郷 花 と 云 題 に て よ ま れ た る 歌 一 首 ぞ 読 人 不 レ 知 と 入 ら れ た る 。 睡 嬬 ( 国 文 註 釈 全 書 本 ) と ま と め て い る 。 長 門 本 を 引 い て 注 記 す る こ と の 多 い こ の 注 釈 に し て 、 現 に 、 長 門 本 平 家 物 語 云 、 忍 恋 ﹁ い か に せ ん 宮 木 が 原 に 摘 芹 の ね の み な け ど も し る 人 の な き ﹂ 。 ( 略 ) 千 載 集 に さ \ 浪 の 歌 一 首 入 た る と 思 へ ば 、 此 歌 と 二 首 入 る と 云 事 珍 し 、 尋 ぬ べ し 。
「平 家 物 語 』 の享 受 一 忠 度最 期 談 を読 む 一 と そ の 独 自 異 文 に 着 目 し て い る 箇 所 も あ る 。 た だ し 、 ︿ 門 を 開 け て 対 面 あ り ﹀ (流 布 本 ) と ︿ わ な 、 く く 出 合 給 へ り ﹀ ( 長 門 本 ) 、 ま た 、 ︿ 俊 成 卿 に 奉 ら る ﹀ (流 布 本 ) と ︿ 門 よ り う ち へ な げ 入 て ﹀ ( 長 門 本 ) な ど の 異 文 に 関 す る 注 記 は 見 当 ら な い 。 理 想 俊 成 像 造 型 の 完 成 に あ っ て 、 確 か に 、 ︿ 門 よ り う ち へ な げ 入 れ て ﹀ 等 ぶ ざ ま な 場 面 は 封 印 さ れ る べ き 設 定 だ っ た の で あ ろ う 。 な お 、 ﹃ 忠 度 集 ﹄ に つ き 、 次 の よ う な 奥 書 を 持 つ 伝 本 類 が 紹 介 さ れ て い る (上 條 彰 次 ﹁ 解 題 忠 度 集 ﹂ 、 ﹃ 新 編 国 歌 大 観 ﹄ 所 収 、 角 川 書 店 ) 。 此 歌 集 者 平 家 都 落 之 時 薩 摩 守 忠 度 自 狐 河 引 返 俊 成 卿 江 被 献 所 自 筆 東 武 之 城 中 有 之 云 々 (内 閣 文 庫 蔵 ﹃ 平 忠 度 詠 草 ﹄ ) ︿ 自 狐 河 引 返 ﹀ と あ る か ら に は 、 謡 曲 ﹁ 忠 度 ﹂ を 踏 ま え た も の 。 ﹃ 忠 度 集 ﹄ の 伝 流 に あ っ て 、 そ の 奥 書 内 容 は も と よ り 伝 承 の 域 出 な い に せ よ 、 俊 成 忠 度 別 離 の 挿 話 を 事 実 談 と し 、 か つ そ れ は ︿ 雅 趣 ﹀ あ ふ れ る 美 談 で あ る こ と が 必 須 と 看 て 取 れ る 。 ち な み に 、 こ の ﹃ 平 忠 度 詠 草 ﹄ に は 、 歌 群 巻 末 に 、 ︿ 旅 宿 / 行 く れ て 木 の 下 か げ を や ど \ せ ば 花 や こ よ ひ の あ る じ な ら ま し V 、 ま た 奥 書 の 後 に 、 ︿ 一 本 二 ( 略 ) 此 歌 平 家 都 落 之 時 薩 摩 守 忠 度 淀 川 尻 よ り 引 帰 俊 成 卿 江 持 参 云 々 ﹀ と 、 と も に 朱 筆 の 追 補 が あ る 。 ︿ 旅 宿 V の 題 は 謡 曲 ﹁ 忠 度 ﹂ を 享 け 、 ︿ 淀 川 尻 よ り 引 帰 ﹀ と は ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹄ の 謂 い 。 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ の 異 本 化 作 用 の な か で 完 成 す る 忠 度 最 期 談 に あ っ て 欠 か す こ と の で き な い 典 拠 未 詳 の 忠 度 辞 世 歌 を あ え て ﹃ 忠 度 集 ﹄ に 組 込 む こ と 謡 曲 ﹁ 忠 度 ﹂ 、 あ る い は そ の 本 説 た る ﹃ 平 家 物 語 ﹄ や ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹄ の 挿 話 を し て ま る ご と 事 実 談 と 信 ず れ ば こ そ の な せ る 業 と い う も の で あ る 。
文林 三十五号 二 く 弓 手 ノ 小 腕 V と ︿ 右 の 肘 ﹀ 事 実 談 で あ る か ど う か は 別 に し て 、 ︿ 世 を 恐 れ て ﹀ 等 人 間 の 本 性 を 垣 間 見 せ て 身 に つ ま さ れ る 俊 成 像 の 造 型 、 や む な く 忠 度 は 歌 稿 を ︿ 門 よ り 内 へ 投 げ 入 れ て 通 ら れ け る ﹀ 等 と 情 趣 に 欠 け る こ と お び た だ し い 延 慶 本 や 長 門 本 、 四 部 合 戦 状 本 の 別 離 場 面 の 設 定 が 後 々 受 け 継 が れ て い な い こ と に 加 え て 、 そ も そ も 、 川 柳 ︿ 忠 度 は 勝 手 を 悪 く 取 て 投 げ ﹀ が ﹃ 平 家 物 語 ﹄ ﹁ 忠 度 都 落 ﹂ ( 巻 七 ) に 基 く と の 中 島 正 二 の 解 釈 自 体 落 着 き が 悪 い 。 ︿ 取 て 投 げ ﹀ を 手 に 取 り 持 っ て 投 げ 入 れ た と 解 す る の は と も か く 、 ︿ 勝 手 を 悪 く ﹀ を く 不 都 合 が あ っ て 中 に 入 れ ず V と ま で 読 み 解 く こ と に は 問 題 が 残 ろ う 。 も と も と 、 こ の 句 は 、 ﹁ 忠 度 最 後 ﹂ (巻 九 ) に 基 く も の 、 ︿ 勝 手 を 悪 く v が 穿 ち の 眼 目 と さ れ て き た の で は な か っ た か 。 た と え ば 、 粕 谷 宏 紀 編 ﹃ 新 編 川 柳 大 辞 典 ﹄ (東 京 堂 出 版 、 平 成 7 年 刊 ) に は 、 次 の よ う に 説 く 。 平 忠 度 武 将 な が ら 和 歌 に 堪 能 で あ っ た 。 平 家 が 福 原 か ら 西 海 へ 都 落 す る 途 上 、 京 五 条 の 藤 原 俊 成 を 訪 ね 詠 草 一 巻 を 託 し た 。 そ の 中 の ﹁ さ ぼ 波 や 志 賀 の 都 は 荒 れ に し を 昔 な が ら の 山 桜 か な ﹂ は ﹃ 千 載 和 歌 集 ﹄ に ﹁ よ み 人 し ら ず ﹂ と し て 収 め ら れ た 、 と い う 逸 話 は 有 名 。 須 磨 板 宿 を 過 ぎ た と こ ろ で 、 岡 部 六 彌 太 忠 澄 の た め に 片 腕 を 斬 ら れ 自 害 し た 。 忠 度 は あ や う い 腕 で 歌 を 書 き 片 腕 で 忠 度 は 勝 手 を わ る く 取 つ て な げ 同 右 異 本 多 き ﹃ 平 家 物 語 ﹄ の う ち 何 れ の 本 と は 確 定 さ せ が た い も の の 、 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ も ま た そ の 資 料 の 一 つ と さ れ る
『平 家 物語 』 の享 受 忠 度 最 期 談 を読 む 一 ﹃ 吾 妻 鏡 ﹄ に し て 、 一 の 谷 合 戦 の 顛 末 に つ い て は 、 ︿ そ の ほ か 、 薩 摩 守 忠 度 朝 臣 ・ 若 狭 守 経 俊 ・ 武 蔵 守 知 章 . 大 夫 敦 盛 ・ 業 盛 ・ 越 中 前 司 盛 俊 、 以 上 七 人 は 、 範 頼 ・ 義 経 等 の 軍 中 に 討 ち 取 る と こ ろ な り ﹀ (寿 永 三 年 二 月 七 日 条 。 貴 志 正 造 訳 注 ﹃ 全 課 吾 妻 鏡 ﹄ 新 人 物 往 来 社 ) 等 ま こ と に 素 っ 気 な い 。 し か し 、 事 実 が い か よ う か は 措 く と し て 、 流 布 本 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ や ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹄ に は 、 忠 度 討 死 の 顛 末 を 詳 細 に 記 し 、 ﹁ 忠 度 都 落 ﹂ に 展 開 す る 歌 人 忠 度 像 の 展 開 そ の ま ま 、 死 を 予 期 し て か 、 ︿ 旅 宿 花 ﹀ と い う 題 で 、 ︿ 行 暮 れ て 木 の 下 か げ を 宿 と せ ば 花 や 今 宵 の 主 な ら ま し ﹀ と の 辞 世 歌 を 用 意 し て い た と 雅 や か に 討 死 談 を 結 ん で い る 。 ち な み に 、 川 柳 辞 典 類 に 例 句 と し て 引 か れ る ︿ 忠 度 は あ や う い 腕 で 歌 を 書 き ﹀ は こ の 挿 話 に 基 く も の 。 ﹃ 新 編 川 柳 大 辞 典 ﹄ 解 説 に 、 他 本 と 異 な る ︿ 須 磨 板 宿 を 過 ぎ た と こ ろ で 云 々 ﹀ と わ ざ わ ざ 引 く か ら に は 、 ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹄ に 基 く 説 明 、 忠 度 が 片 腕 切 ら れ る あ た り を ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹄ は 、 今 は 忠 度 一 人 に 成 り 給 ひ た り け る を 忠 澄 馳 並 べ て 引 組 ん で 落 つ 。 六 彌 太 上 に 成 る 。 忠 度 は 赤 木 の 柄 に 銀 の 筒 金 巻 き た る 刀 を 抜 き ま う け て お は し け れ ば 、 六 彌 太 を 三 刀 ま で ぞ 突 き 給 ふ 。 馬 の 上 に て 一 刀 、 落 ち ざ ま に 一 刀 、 落 付 き て 一 刀 、 隙 あ り と も 見 え ず 、 一 二 の 刀 は 鎧 の 上 を 突 き 給 へ ば 、 手 も 負 は ず 、 三 の 刀 に 胸 板 突 き は し ら か し 、 頷 こ て の 下 片 頬 加 へ に 、 つ と 突 き 貫 く 。 忠 澄 既 に と 見 え け る に 、 郎 等 落 合 ひ て 、 薩 摩 守 を み し と 切 る 。 射 鯖 を 以 て 合 せ 給 ひ た り け れ ば 、 馬 手 の 腕 射 購 加 へ に 打 落 さ る 。 忠 度 今 は 叶 は じ と 思 召 し け れ ば 、 上 な る 六 彌 太 を 持 興 し て 片 手 に 提 げ 、 こ \ の け 念 仏 申 し て 死 な ん と て 批 げ 給 へ ば 、 弓 長 二 長 ば か り 抱 げ ら れ て 、 忠 澄 と \ 走 り て 安 堵 せ ず 。 (巻 三 七 ﹁ 忠 度 通 盛 等 最 期 事 ﹂ )
文林 三十五号 と 描 く 。 ︿ 片 腕 を 斬 ら れ 自 害 し た ﹀ と あ る そ の く 片 腕 V と は ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹄ で は 、 ︿ 馬 手 の 腕 ﹀ の こ と 、 こ れ は 、 流 布 本 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ の 、 か ひ な 六 彌 太 が 童 、 お く れ 馳 に 馳 来 て 、 急 ぎ 馬 よ り 飛 ん で 下 り 、 討 刀 抜 て 、 薩 摩 守 の 右 の 肘 を 腎 の 本 よ り ふ つ と 打 落 す 。 薩 摩 守 、 今 は か う と や 被 レ 思 け ん 、 暫 し 除 け 、 最 後 の 十 念 唱 へ ん と て 、 六 彌 太 を 掴 う で 、 弓 長 計 ぞ 投 除 け ら る 。 (巻 九 ﹁ 忠 度 最 後 ﹂ ) と も 通 う 。 と こ ろ で 、 忠 度 最 期 談 の 悼 尾 を 飾 る 肝 心 の 辞 世 歌 ︿ 行 暮 れ て 云 々 ﹀ を 欠 く 異 本 の 存 在 す る こ と が 指 摘 さ れ て い る 。 忠 澄 頸 ヲ 大 刀 ノ サ キ ニ 指 貫 テ 、 ﹁ 名 乗 レ ト イ ヘ ド モ 名 乗 ラ ズ 。 是 ハ タ ガ 頸 ゾ ﹂ 卜 云 テ 、 人 二 見 ス レ バ 、 ﹁ ア レ コ ソ 太 政 入 道 ノ 末 弟 、 薩 摩 守 忠 度 ト 云 シ 歌 人 ノ 御 首 ヨ ﹂ ト 云 ケ ル ニ コ ソ 、 始 テ サ ト モ 知 タ リ ケ レ 。 (延 慶 本 ) 首 を 取 り て 後 、 人 に 見 す れ ば 、 ﹁ 是 こ そ 故 入 道 殿 の 舎 弟 、 薩 摩 守 忠 度 な れ ﹂ と て 云 々 。 ( 四 部 合 戦 状 本 ) 忠 度 が 片 腕 切 り 落 さ れ な が ら も 残 る 片 腕 で 忠 澄 を 投 げ 飛 ば し た 云 々 の 設 定 を 欠 く 四 部 合 戦 状 本 は 措 く と し て 、 延 慶 本 は 、 か ひ な 六 矢 田 ガ 郎 等 落 合 テ 、 打 刀 ヲ 以 テ 忠 度 ノ 弓 手 ノ 小 腕 ヲ 懸 ケ ズ 切 落 ト ス 。 サ レ ド モ 忠 度 少 シ モ 怯 マ ズ 、 馬 手 ノ 腕 ニ テ 六 矢 田 ヲ 乗 セ テ 、 三 尋 バ カ リ 投 ゲ ラ レ タ リ 。 と 切 り 落 さ れ た の は ︿ 弓 手 ノ 小 腕 > -流 布 本 や ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹄ の く 右 の 肘 V 及 び ︿ 馬 手 の 腕 ﹀ と 左 右 ま っ た く 相
『平 家 物 語 』 の 享受 一 忠 度 最 期 談 を 読 む 一 反 す る 異 文 で あ る の は 興 味 深 い 。 こ の 点 で は 、 長 門 本 も ま た 、 ︿ 行 暮 れ て 云 々 ﹀ の 辞 世 歌 披 見 の 場 面 を 設 定 し な が ら 、 ︿ 忠 度 の 弓 手 の か い な を か け ず う ち お と す 。 さ れ 土 ハ、 忠 度 、 す こ し も ひ る ま ず 、 め て の か い な に 六 弥 太 を の せ て 、 三 ひ ろ ば か り な げ ら れ た り ﹀ と 延 慶 本 と 同 文 で あ る 。 ち な み に 、 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ と ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹄ が 本 説 と さ れ る 謡 曲 ﹁ 忠 度 ﹂ の 詞 章 は 次 の 通 り 。 六 弥 太 が 郎 等 、 お ん 後 よ り 立 ち 回 り 、 上 に ま し ま す 忠 度 の 、 右 の 腕 を 打 ち 落 と せ ば 、 左 の お ん 手 に て 、 六 弥 太 を 取 つ て 投 げ 除 け 云 々 。 (新 潮 古 典 集 成 本 ) 忠 度 が 右 利 き で あ っ た か 左 利 き で あ っ た か は い ざ 知 ら ず 、 通 常 利 き 腕 た る べ き 右 腕 を 切 り 落 さ れ な が ら も 不 自 由 な 左 腕 で 六 弥 太 を 投 げ 飛 ば し た 云 々 か く し て 忠 度 最 期 の 奮 戦 の さ ま も い や ま し に 伝 わ っ て こ よ う と い う も の 、 こ こ は や は り ︿ 右 の 腕 を 打 ち 落 と せ ば ﹀ で な け れ ば な ら な か っ た と い う こ と で あ ろ う 。 川 柳 ︿ 忠 度 は 勝 手 を 悪 く 取 て 投 げ ﹀ も 流 布 本 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ や ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹄ の よ う な 設 定 に し て は じ め て そ の 妙 味 が 感 得 で き る と い う も の 、 こ の 点 、 同 じ 出 版 社 の 刊 行 な が ら 、 ﹃ 新 編 川 柳 大 辞 典 ﹄ の ︿ 片 腕 で ﹀ の 注 記 よ り は 、 旧 版 、 浜 田 義 一 郎 編 ﹃ 江 戸 川 柳 辞 典 ﹄ ( 東 京 堂 出 版 、 昭 和 43 年 刊 ) の 解 説 ︿ (忠 度 は ) 六 弥 太 の 郎 等 に 右 腕 を 切 ら れ 討 死 し た ﹀ ︿ 右 手 を 切 ら れ 、 左 手 で 投 げ 飛 ば す ﹀ に 軍 配 は あ が る 。 忠 度 最 期 談 に つ き 、 長 門 本 を も 引 用 し な が ら 、 流 布 本 や ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹄ と の 異 文 に 着 目 注 記 す る と こ ろ の な い ﹃ 参 考 源 平 盛 衰 記 ﹄ ー ﹃ 大 日 本 史 ﹄ で も ︿ 参 二 取 平 家 物 語 、 源 平 盛 衰 記 一 ﹀ と 典 拠 を 明 示 し て 、 当 然 の こ と な が ら 、 忠 澄 従 卒 馳 至 、 自 レ 後 撃 こ 忠 度 ﹁断 二 右 腎 ﹁ 、 忠 度 自 度 レ 不 レ 可 レ 免 、 日 、 汝 且 緩 、 我 将 こ 唱 下 仏 名 上 而 死 一、 乃 引 二 忠 澄 一
文林 三十五号 投 レ 之 丈 余 、 ( 略 ) 忠 澄 閲 二 其 鎧 一、 有 二 書 一 巻 一、 平 日 所 レ 作 和 歌 也 。 中 記 二 姓 名 一、 因 知 一其 為 二 忠 度 一。 (列 伝 三 ﹁ 平 忠 度 ﹂ ) と 記 し て い る 。 あ る い は 、 ︿ 景 季 力 戦 不 レ 止 。 挟 梅 花 於 矢 簾 [、 出 レ 囲 則 巻 レ 旗 、 入 レ 囲 則 捧 レ旗 、 馳 駆 周 施 。 花 飛 薫 二 干 陣 中 一。 敵 軍 感 二 其 風 流 一云 々 ﹀ な ど 長 門 本 の 記 事 に 拠 る と こ ろ の 多 い ﹃ 続 本 朝 通 鑑 ﹂ に し て ( 拙 稿 ﹁ 歴 史 性 と 物 語 性 の 相 剋 ﹂ 、 麻 原 美 子 ・ 犬 井 善 壽 編 ﹃ 長 門 本 平 家 物 語 の 総 合 研 究 論 究 篇 ﹄ 所 収 、 勉 誠 出 版 、 平 成 12 年 刊 ) 、 こ こ は 、 忠 澄 既 危 。 其 従 者 断 二 忠 度 之 右 手 一。 忠 度 左 手 提 二 忠 澄 一拠 レ 之 、 将 一自 殺 一。 ( 略 ) 忠 澄 進 断 二 其 首 一。 而 後 脱 二 其 鎧 一 見 レ 之 、 挟 二 巻 於 矢 簾 一、 有 二 旅 宿 花 之 歌 一、 題 レ 名 日 二 忠 度 一。 於 レ 是 知 レ 為 一一薩 摩 守 一。 ( 巻 七 三 ﹁ 安 徳 天 皇 八 ﹂ ) な ど 、 ︿ 断 一忠 度 之 右 手 一 V は 流 布 本 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ や ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹄ に 重 な る こ と 忠 度 最 期 談 を 彩 っ て 、 ︿ 行 暮 れ て 云 々 ﹀ の 辞 世 歌 の 設 定 は も ち ろ ん 、 忠 度 は 不 覚 に も 右 腕 を 切 り 落 さ れ 、 残 る 左 腕 で 云 々 が 鍵 な る 設 定 で あ っ た こ と を 知 る 。 ﹁ 忠 度 都 落 ﹂ 同 様 、 ﹁ 忠 度 最 後 ﹂ に あ っ て も 延 慶 本 や 四 部 合 戦 状 本 に 展 開 す る 物 語 世 界 の か な め が 後 々 受 け 継 が れ る こ と の な か っ た の は 興 味 深 い 。 な お 、 典 拠 未 詳 と さ れ る 忠 度 の 辞 世 歌 く 行 暮 れ て 下 の 下 か げ を 宿 と せ ば 花 や 今 宵 の 主 な ら ま し V に つ き 、 ﹃ 謡 曲 拾 葉 抄 ﹄ は 、 忠 度 の 歌 な り 。 此 歌 何 れ の 集 に も 入 ら ず 。 東 見 記 に 此 歌 具 足 肌 百 首 に あ り と 云 々 。 (巻 三 ﹁ 忠 度 ﹂ ) と 注 記 す る 。 た だ し 、 随 筆 ﹃ 東 見 記 ﹂ (ト 幽 軒 著 、 貞 享 三 年 刊 ) 巻 之 下 に は 、 九 月 十 三 夜 ノ 題 ニ テ 忠 度 ノ 歌 二 日 、 惜 メ ド モ 秋 ノ 半 ノ 月 ハ マ タ 今 宵 モ ア リ ト 思 ヒ ナ サ レ キ 此 歌 八 木 勘 十 郎 殿 ノ
『平 家 物 語 』 の享 受 一 忠 度 最 期 談 を読 む 一 物 語 忠 度 具 足 ハ ダ ノ 百 首 ノ 内 ニ ア リ ト 。 と あ り 、 別 歌 の 注 。 ち な み に 、 ︿ 惜 メ ド モ 云 々 ﹀ は ﹃ 忠 度 集 ﹄ ( ﹃ 新 編 国 歌 大 観 ﹂ 所 収 ) 九 月 十 三 夜 を し と い へ ど 秋 の な か ば の 月 は な ほ こ よ ひ も あ り と お も ひ な さ れ き と 載 る 。 に 、 三 ︿ 緋 お ど し の 鎧 ﹀ と ︿ 黒 糸 お ど し の 鎧 ﹀ ぶ ざ ま な 敗 退 が 控 え て い る な ど 知 る 由 も な く 、 源 氏 追 討 の た め 東 国 に 発 向 し た 平 家 の 大 将 軍 達 の 軍 装 は 華 麗 な も の で あ っ た 。 大 将 軍 小 松 権 亮 少 将 は 、 生 年 二 十 三 、 容 儀 体 侃 、 絵 に 書 く と も 筆 も 及 び 難 し 。 重 代 の 著 背 長 、 唐 皮 と 云 ふ 鎧 を ば 、 唐 櫃 に 入 れ て 昇 か せ ら る 。 路 中 に は 、 赤 地 の 錦 の 直 垂 に 、 繭 黄 匂 の 鎧 著 て 、 蓮 銭 盧 毛 な る 馬 に 、 金 覆 輪 の 鞍 を 置 て 乗 り 給 へ り 。 副 将 軍 薩 摩 守 忠 度 は 、 紺 地 の 錦 の 直 垂 に 、 黒 糸 威 の 鎧 著 て 、 黒 き 馬 の 太 う 逞 し . に 鋳 懸 地 の 鞍 を 置 い て 乗 り 給 へ り 。 馬 鞍 ・ 鎧 ・ 甲 ・ 弓 箭 ・ 太 刀 ・ 刀 に 至 る 迄 、 光 耀 く 程 に 出 立 た れ た れ ば 、 珍 し か り し 見 物 也 。 ( 流 布 本 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 巻 五 ﹁ 富 士 川 ﹂ ) ︿ い と 優 し う そ 聞 え し V と 評 す る 、 出 立 ち に 際 し 忠 度 が あ る 宮 腹 の 女 房 と 別 れ を 惜 し む 挿 話 が 直 後 に 設 定 さ れ て い る と は い う も の の 、 以 後 こ の 合 戦 で は 何 の 出 番 も な い 忠 度 に つ い て ま で 、 わ ざ わ ざ 軍 装 描 写 を 試 み る の は 不 審
-文林 三十五 号 現 に 、 忠 度 と 女 房 と の 惜 別 、 和 歌 の や り と り を 描 く 延 慶 本 に し て 、 権 亮 少 将 維 盛 ハ 、 赤 地 ノ 錦 ノ 直 垂 二 、 大 頸 、 ハ タ 袖 ハ 紺 地 ノ 錦 ニ テ 綺 へ タ リ 。 萌 黄 匂 ノ 糸 威 ノ 鎧 二 、 連 銭 葦 毛 ノ 馬 ノ 太 ク 逞 シ キ ニ 、 鋳 懸 地 ノ 黄 覆 輪 ノ 鞍 置 タ リ 云 々 。 (第 二 末 ﹁ 維 盛 以 下 東 国 へ 向 事 ﹂ ) と だ け で 、 忠 度 の 軍 装 に つ い て は 無 関 心 の 態 で あ る 。 も ち ろ ん 、 記 録 類 、 た と え ば 、 ﹃ 玉 葉 ﹄ の 記 事 、 去 る 五 日 大 外 記 大 夫 史 等 、 召 し に 依 り 院 に 参 り 評 議 あ り 。 追 討 す べ き 由 、 頭 弁 宣 下 し 、 左 大 将 官 符 を 成 さ る 。 維 盛 、 忠 度 、 知 度 等 、 来 た る 二 十 二 日 下 向 す べ し と 云 々 。 ( 治 承 四 年 九 月 九 日 条 ) 右 少 将 維 盛 朝 臣 已 下 、 関 東 凶 賊 追 討 の 使 等 入 洛 す 。 ( 同 九 月 二 十 三 日 条 ) 伝 へ 聞 く 、 坂 東 の 逆 賊 党 類 、 余 勢 数 万 に 及 び 、 追 討 使 庇 弱 極 ま り 無 し と 云 々 。 誠 に わ が 朝 滅 尽 の 期 な り 。 (同 十 月 二 十 九 日 条 。 以 上 、 高 橋 貞 一 ﹃ 訓 読 玉 葉 ﹄ 高 科 書 店 ) 等 の 素 っ 気 な い 記 述 に 比 べ る と 、 延 慶 本 に し た と こ ろ で 、 東 国 発 向 を き ら び や か に と の 表 現 志 向 は う か が え る と い う も の 、 維 盛 の 装 束 描 写 だ け と し て も 、 い く さ 物 語 に お け る 定 型 的 な 形 象 の 一 環 と し て 捉 え る べ き も の で あ ろ う (梶 原 正 昭 ﹁ い く さ 物 語 の 形 象 と パ タ ー ン ﹂ 、 新 日 本 古 典 文 学 大 系 ﹃ 平 家 物 語 下 ﹄ 所 収 、 岩 波 書 店 、 平 成 5 年 刊 ) 。 と こ ろ で 、 流 布 本 等 の ﹁ 忠 度 都 落 ﹂ ﹁ 忠 度 最 後 ﹂ に 顕 著 な 、 異 本 化 作 用 の な か で 定 着 す る 雅 や か な 忠 度 像 の 完 成 と の 観 点 に 立 て ば 、 こ の ﹁ 富 士 川 ﹂ に 展 開 す る や や 唐 突 な 忠 度 の 軍 装 描 写 も 、 こ れ 等 両 章 段 に 連 動 す べ く 設 定 さ れ た 伏 線 と 理 解 す る こ と が で き よ う 。 た と え ば 、 流 布 本 ﹁ 忠 度 最 後 ﹂ 冒 頭 に 紹 介 さ れ る 忠 度 の 軍 装 は 次 の 通 り 。
『平 家 物 語 』 の享 受 一 忠 度 最 期 談 を読 む 薩 摩 守 忠 度 は 、 西 の 手 の 大 将 軍 に て 坐 し け る が 、 其 の 日 の 装 束 に は 、 紺 地 の 錦 の 直 垂 に 、 黒 糸 威 の 鎧 著 て 、 黒 き 馬 の 太 う 逞 し き に 、 鋳 懸 地 の 鞍 置 い て 乗 り 給 ひ た り け る が 云 々 。 忠 度 と あ れ ば 常 に ︿ 紺 地 の 錦 の 直 垂 に 、 黒 糸 威 の 鎧 ﹀ と の 極 り 切 っ た 表 現 で 定 着 し て い る こ と 紋 切 型 こ そ 、 ︿ 定 型 的 な 形 象 ﹀ の 究 極 の 完 成 と す る 志 向 が 見 て と れ る 。 流 布 本 に 顕 著 な 、 忠 度 の 装 束 描 写 に 指 摘 さ れ る よ う な 紋 切 型 表 現 は 他 の 人 物 に つ い て も そ の ま ま あ て は ま る 。 木 曽 義 仲 の 装 束 描 写 木 曽 其 の 日 の 装 束 に は 、 赤 地 の 錦 の 直 垂 に 、 唐 綾 威 の 鎧 著 て 云 々 。 ( 巻 八 ﹁ 山 門 御 幸 ﹂ ) 木 曽 殿 、 其 の 日 の 装 束 に は 、 赤 地 の 錦 の 直 垂 に 、 唐 綾 威 の 鎧 著 て 云 々 。 ( 巻 九 ﹁ 木 曽 最 後 ﹂ ) 判 官 義 経 の 装 束 描 写 義 経 其 の 日 の 装 束 に は 、 赤 地 の 錦 の 直 垂 に 、 紫 下 濃 の 鎧 著 て 云 々 。 ( 巻 九 ﹁ 河 原 合 戦 ﹂ ) 判 官 其 の 日 の 装 束 に は 、 赤 地 の 錦 の 直 垂 に 紫 下 濃 の 鎧 著 て 云 々 。 ( 巻 十 一 ﹁ 大 坂 越 ﹂ ) な か で 、 義 経 に 関 し て は 、 ︿ 九 郎 は 背 の 小 さ き 男 の 、 色 の 白 か ん な る が 、 當 門 歯 の 少 し 差 出 で て 殊 に 著 か ん な る ぞ 。 但 し 鎧 直 垂 を 常 に 着 替 う な れ ば 、 き つ と 見 分 け 難 か ん な り と そ 申 し け る ﹀ (巻 十 一 ﹁ 遠 矢 ﹂ ) と 越 中 次 郎 兵 衛 盛 嗣 に 言 わ せ な が ら 、 ︿ 赤 地 の 錦 の 直 垂 に 、 紫 下 濃 の 鎧 ﹀ で 固 定 さ せ て い る こ と 、 こ れ で は 、 盛 嗣 の 叱 咤 の 真 実 味 も 失 せ よ う と い う も の 。 し か し 、 そ れ だ け に 、 紋 切 型 表 現 志 向 が 目 に 立 つ こ と に な る 。 ち な み に 、 ︿ 義 経 に は 、 緋 絨 の 鎧 が ふ さ わ し い 云 々 ﹀ ( 阿 部 達 二 ﹃ 江 戸 川 柳 で 読 む 平 家 物 語 ﹄ 文 春 新 書 、 平 成 12 年
文林 三十五号 刊 、 二 四 六 頁 ) は 、 吉 野 に 留 ま る 忠 信 が 義 経 か ら 緋 威 の 鎧 に 白 星 の 甲 を 添 え て 賜 っ た と の 挿 話 (﹃ 義 経 記 ﹄ 巻 五 ﹁ 忠 信 吉 野 に 留 ま る 事 ﹂ ) の 強 い 印 象 に 引 か れ て の も の で あ ろ う か 。 そ れ に し て も 、 ﹃ 義 経 記 ﹄ ( 日 本 古 典 文 学 大 系 本 ) で は 、 義 経 着 用 の 鎧 は 、 こ の ︿ 緋 威 の 鎧 ﹀ の ほ か 、 ︿ 赤 地 の 錦 の 直 垂 ﹀ に 変 わ り な い が 、 ︿ 紫 裾 濃 の 鎧 ﹀ (巻 四 ﹁ 頼 朝 義 経 対 面 の 事 ) 、 ︿ 紅 裾 濃 の 鎧 ﹀ (巻 五 ﹁ 吉 野 法 師 判 官 を 追 ひ か け 奉 る 事 ﹂ ) 等 と 一 定 せ ず 、 ま た 、 延 慶 本 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ に あ っ て も 、 こ れ ま た ︿ 紅 ス ソ ゴ ノ 鎧 ﹀ ( 第 五 本 ﹁ 義 経 院 御 所 へ 参 事 ﹂ ) 、 ︿ 黄 返 シ タ ル 鎧 ﹀ (同 ﹁ 源 氏 三 草 山 井 一 谷 追 落 事 ﹂ ) 、 ︿ 紫 ス ソ ゴ ノ 鎧 ﹀ ( 第 六 本 ﹁ 八 嶋 二 押 寄 合 戦 ス ル コ ト ﹂ 他 ) 等 そ の 色 目 は 多 彩 で あ る 。 忠 度 と あ れ ば ︿ 紺 地 の 錦 の 直 垂 に 、 黒 糸 威 の 鎧 著 て ﹀ と の 紋 切 型 表 現 を 以 て 良 し と す る こ と 新 日 本 古 典 文 学 大 系 ﹃ 平 家 物 語 下 ﹄ (梶 原 正 昭 ・ 山 下 宏 明 校 注 ) ﹁ 忠 教 最 期 ﹂ に は 、 ︿ 黒 ず く め の い で た ち が 忠 教 の 武 将 像 を 物 語 る ﹀ と 注 記 さ れ て い る 。 と こ ろ で 、 新 日 本 古 典 文 学 大 系 本 の 底 本 は 覚 一 本 の う ち 末 流 写 本 で あ る 第 二 類 本 の 高 野 本 、 巻 五 ﹁ 富 士 川 ﹂ で も ︿ 副 将 軍 薩 摩 守 忠 教 は 紺 地 の 錦 の ひ た 、 れ に 、 黒 糸 を ど し の 鎧 き て ﹀ と 忠 度 最 期 談 に お け る 軍 装 描 写 そ の ま ま で あ る 。 し か し 、 流 布 本 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ を 遡 っ て そ の 源 流 と 系 譜 説 明 さ れ る 覚 一 本 の う ち 第 一 類 に 位 置 付 け ら れ て い る 龍 谷 大 学 図 書 館 所 蔵 本 ・ 巻 五 ﹁ 富 士 川 ﹂ に は 、 副 将 軍 薩 摩 守 忠 度 は 紺 地 の 錦 の ひ た 、 れ に 、 ひ お ど し の 鎧 き て 、 黒 き 馬 の ふ と う た く ま し ゐ に 、 い か け 地 の 鞍 を い て の り 給 へ り 。 ( 日 本 古 典 文 学 大 系 本 ) と 、 ︿ 紺 地 の 錦 の 直 垂 に 黒 糸 お ど し の 鎧 き て ﹀ ( 巻 九 ﹁ 忠 度 最 期 ﹂ ) と は 鎧 の 色 の み 齪 甑 す る こ と に な る (高 木 市 之 助 他 校 注 ﹃ 平 家 物 語 上 ﹄ 岩 波 書 店 、 四 六 四 頁 校 異 補 記 ) 。
『平 家 物 語 』 の享 受 一 忠 度 最 期 談 を 読 む 一 覚 一 本 系 諸 本 に お け る 異 本 化 現 象 ﹁祇 王 ﹂ ( 巻 一 ) や ﹁ 小 宰 相 身 投 ﹂ ( 巻 九 ) を 欠 く 龍 谷 大 学 図 書 館 蔵 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ に 対 し て こ れ 等 両 章 段 を 収 め る 高 野 本 が 底 本 と し て 珍 重 さ れ る な ど は 、 岩 波 書 店 刊 日 本 古 典 文 学 大 系 本 ( 龍 谷 大 学 図 書 館 所 蔵 本 が 底 本 ) か ら 新 日 本 古 典 文 学 大 系 本 ( 高 野 本 が 底 本 ) へ の 改 版 に 際 し て の 底 本 変 更 に 明 ら か で あ る 。 僅 か な 描 写 の 差 で し か な い が 、 ︿ 緋 お ど し の 鎧 ﹀ か ら ︿ 黒 糸 お ど し の 鎧 ﹀ へ の 異 本 化 は 、 す こ し 大 げ さ に 言 え ば 、 ︿ い く さ 物 語 の 形 象 と パ ー タ ン V の 更 な る 完 成 へ の 加 上 作 用 と 評 す べ き も の な の で あ ろ う 。 外 山 滋 比 古 が 強 調 す る 、 古 典 に な っ た 作 品 は た い て い 原 形 と か な り 違 っ て い る も の で あ る 。 ( 略 ) い か な る 作 品 も 作 者 の 手 を 離 れ た 瞬 間 に お い て 古 典 に な る こ と は で き な い 。 す ぐ れ た 異 本 を も た な く て は 古 典 に な ら な い 。 ( ﹃ 異 本 論 ﹄ み す ず 書 旦 房 、 昭 和 53 年 刊 、 一 二 六 ・ 一 二 七 頁 ) な ど 、 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ も ま た そ の 埼 外 で な い こ と が 納 得 さ せ ら れ る (拙 稿 ﹁ 薩 摩 守 忠 度 の 鎧 の 色 目 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 異 本 論 の 試 み ﹂ 、 徳 江 元 正 編 ﹃ 室 町 藝 文 論 孜 ﹂ 所 収 、 三 弥 井 書 店 、 平 成 3 年 刊 ) 。 四 こ と に く 平 家 の 物 語 の ま 、 に 云 々 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ の 現 行 付 注 本 の 底 本 の ほ と ん ど が 一 方 流 諸 本 で 占 め ら れ て い る こ と 1 龍 谷 大 学 図 書 館 蔵 覚 一 本 ( 日 本 古 典 文 学 大 系 本 ) は 措 く と し て 、 高 野 辰 之 旧 蔵 覚 一 本 (講 談 社 学 術 文 庫 本 、 新 編 日 本 古 典 文 学 全 集 本 、 新 日 本 古 典 文 学 大 系 本 、 岩 波 文 庫 本 ) や 葉 子 本 ( 日 本 古 典 全 書 本 、 日 本 古 典 評 釈 全 注 釈 叢 書 本 ) 、 京 師 本 ( 三 弥 井 古 典 文 庫 本 ) 、 流 布 本 ( 講 談 社 文 庫 本 、 角 川 文 庫 本 ) に あ っ て 、 忠 度 の 装 束 描 写 は ﹁ 富 士 川 ﹂ ( 巻 五 ) ・ ﹁ 忠 度 最 後 ﹂ ( 巻 九 ) と 章 段 変
文林 三十五号 わ れ ど も 、 と も に く 紺 地 の 錦 の 直 垂 に 、 黒 糸 威 の 鎧 著 て 云 々 V で 固 定 し て い た 。 た だ し 、 八 坂 流 系 百 二 十 句 本 (新 潮 古 典 集 成 本 ) で は 、 忠 度 最 期 談 に そ の 軍 装 の 紹 介 は な く 、 巻 五 ﹁ 平 家 東 国 下 向 ﹂ で も 、 副 将 軍 薩 摩 守 忠 度 は 、 紺 地 の 錦 の 直 垂 に 、 唐 綾 威 の 鎧 着 て 、 黒 き 馬 の ふ と く た く ま し き に 、 沃 懸 地 の 鞍 置 い て 乗 り 給 へ り 。 と 鎧 の 色 目 が 相 違 し て い る な ど 、 ︿ 黒 ず く め の い で た ち が 忠 教 の 武 将 像 を 物 語 る V の 評 は 高 野 本 以 下 一 方 流 諸 本 に つ い て の み 成 り 立 つ も の の よ う で あ る 。 ま た 、 八 坂 流 諸 本 に あ っ て 、 中 院 本 や 城 方 本 は と も に 東 国 発 向 談 に 忠 度 の 軍 装 描 写 を 欠 い て 同 文 な が ら 、 忠 度 最 期 談 で は 、 中 院 本 の く さ つ ま の か み た ゴ の り は 、 こ ん ち の に し き の ひ た 、 れ に 、 あ か を ど し の よ う ひ を き V ( 未 刊 国 文 資 料 所 収 ) や 城 方 本 の ︿ 薩 摩 守 忠 教 は 、 紺 地 の 錦 の 直 垂 に 、 紫 末 濃 の 鎧 を 着 ﹀ ( 国 民 文 庫 所 収 ) な ど と 、 こ と 鎧 の 色 目 を め ぐ る 異 同 は は な は だ し い 。 そ れ だ け に 、 高 野 本 以 下 一 方 流 諸 本 の 紋 切 型 志 向 の 表 現 は 際 立 つ と 言 え よ う 。 と こ ろ で 、 謡 曲 ﹁ 忠 度 ﹂ ( 世 阿 弥 作 ) に は 、 討 死 し た 忠 度 の 装 束 を 、 六 弥 太 心 に 思 ふ や う 、 い た は し や か の 人 の 、 お ん 死 骸 を 見 奉 れ ば 、 そ の 年 も ま だ し き 、 長 月 頃 の 薄 曇 り 、 降 り み 降 ら ず み 定 め な き 、 時 雨 ぞ 通 ふ 斑 紅 葉 の 、 錦 の 直 垂 は 、 た だ 世 の 常 に よ も あ ら じ 。 (新 潮 古 典 集 成 本 ) と 描 い て い る 。 ︿ 斑 紅 葉 ﹀ と あ る か ら に は 、 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 諸 本 に 展 開 す る ︿ 紺 地 の 錦 の 直 垂 ﹀ と は 重 な ら な い こ と 1 伊 藤 正 義 は 、
r平 家 物 語 』 の享 受 一 忠 度最 期 談 を読 む 一 世 阿 弥 の 本 説 と し て の ﹁ 平 家 物 語 ] に つ い て の 理 解 の 中 に は 、 ︽ 忠 度 ︾ に つ い て も ︽ 清 経 ︾ の 場 合 と 同 様 に 、 ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹄ に 見 ら れ る よ う な 内 容 が 注 目 さ れ る 。 た と え ば 合 戦 に 臨 む 忠 度 の 装 束 を ﹁ 紺 地 の 錦 の 直 垂 ﹂ と す る 語 り 本 系 に 対 し 、 ﹁ 赤 地 の 錦 の 直 垂 ﹂ と す る ﹃ 盛 衰 記 ﹄ (南 都 本 も ) の か た ち が 、 ︽ 忠 度 ︾ の ﹁ 時 雨 ぞ 通 ふ 斑 紅 葉 の 錦 の 直 垂 ⋮ ﹂ と い う 表 現 の 下 敷 に な っ て い る か も し れ な い 。 (新 潮 古 典 集 成 ﹃ 謡 曲 集 中 ﹄ 新 潮 社 、 昭 和 61 年 刊 、 四 七 七 頁 ) と 読 み 解 い て い る 。 ち な み に 、 ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹄ は 、 東 国 発 向 に 際 し て の 忠 度 の 装 束 描 写 を 欠 き 、 忠 度 最 期 談 に あ っ て も 、 薩 摩 守 忠 度 は 生 年 四 十 ﹁ 、 色 白 く し て 髭 黒 く 生 ひ 給 へ り 。 赤 地 の 錦 の 直 垂 、 黒 糸 絨 の 鎧 に 、 冑 を ば 着 給 は ず 。 立 鳥 帽 子 ば か り に て 、 白 鴇 毛 の 馬 に 遠 雁 を 文 に 打 ち た る 鞍 置 き て ぞ 乗 り た り け る 。 と の 独 自 異 文 を 示 し て い る 。 高 野 本 等 の ︿ 紺 地 の 錦 の 直 垂 に 、 黒 糸 威 の 鎧 著 て 、 黒 き 馬 の 太 う 逞 し き に 、 鋳 懸 地 の 鞍 を 置 い て 乗 り 給 へ り ﹀ に 比 べ て 、 色 目 の 統 一 の 無 さ が 目 に 立 つ 。 源 平 一 の 谷 合 戦 は 寿 永 三 年 二 月 七 日 と 春 盛 り の 頃 の こ と 、 た だ し 、 ︿ 暫 し と 頼 む 須 磨 の 浦 、 源 氏 の 住 み 所 ﹀ ( 謡 曲 ﹁ 忠 度 ﹂ ) が 舞 台 と あ れ ば 、 ﹃ 源 氏 物 語 ﹄ ﹁ 須 磨 ﹂ の 一 節 、 須 磨 に は い と ゴ 心 づ く し の 秋 風 に 、 海 は す こ し と を け れ ど 、 行 平 の 中 納 言 の 、 関 吹 き 越 ゆ る と 言 ひ け ん 浦 波 、 よ る く は げ に い と 近 く 聞 こ え て 、 ま た な く あ は れ な る も の は 、 か \ る 所 の 秋 な り け り 。 ( 新 日 本 古 典 文 学 大 系 本 ) で 記 憶 さ れ 続 け る 歌 枕 諸 注 指 摘 す る よ う に 、 ︿ 神 無 月 降 り み 降 ら ず み 定 め な き 時 雨 ぞ 冬 の 始 め な り け る ﹀ に 重
文林 三十五号 ね 合 わ せ ︿ 斑 の 錦 ﹀ も 引 き 出 さ れ よ う と い う も の で あ る 。 そ の 点 で は 、 謡 曲 ﹁ 忠 度 ﹂ の 進 行 に 破 綻 は な い 。 も っ と も 、 世 阿 弥 自 身 、 ﹃ 三 道 ﹄ に 、 軍 体 の 能 姿 。 仮 令 、 源 平 の 名 将 の 人 体 の 本 説 な ら ば 、 こ と に く 平 家 の 物 語 の ま 、 に 書 べ し 。 ( 日 本 思 想 大 系 本 ) と 言 い 立 て る こ と が あ っ た 。 な か で 、 ︿ 平 家 の 物 語 ﹀ に 注 記 し て 、 表 章 は ︿ 琵 琶 法 師 の 語 る 平 家 物 語 。 平 曲 ﹀ ( 日 本 思 想 大 系 ﹃ 世 阿 彌 暉 竹 ﹄ 岩 杉 書 店 、 昭 和 49 年 刊 、 = 二 八 頁 ) と わ ざ わ ざ 限 定 ・ て い る が 、 こ の よ う な 注 の 成 り 立 背 景 に つ い て は 能 勢 朝 次 の 評 釈 に 詳 し い 。 そ れ に 典 拠 出 典 を 平 家 物 語 に 仰 い で 居 る も の は 、 平 家 物 語 に 語 ら れ る 所 と 違 つ た 事 を 書 か な い や う に と い ふ 心 得 で あ る 。 何 故 に か や う な 心 掛 け が 大 切 で あ る か と い ふ に 、 世 阿 弥 の 時 代 は 、 平 家 物 語 が 一 般 に 賞 玩 せ ら れ 、 到 る 処 で 、 検 校 座 頭 な ど に よ つ て 、 琵 琶 に 合 せ て 語 ら れ て 居 た の で あ る 。 従 つ て 、 民 衆 は 、 平 家 物 語 の 内 容 に つ い て は 、 非 常 に く は し く 知 つ て 居 り 、 そ の 文 句 な ど も 暗 ん じ て 居 る 位 で あ つ た と 思 は れ る 。 さ う し た 民 衆 は 、 平 家 物 語 の ま ま が 舞 台 に 於 て 演 伎 せ ら れ る 所 に は 、 非 常 に フ ァ ミ リ ア な 感 じ で こ れ に 対 し こ れ を 賞 玩 す る 。 し か る に 、 若 し 平 家 で 民 衆 が 知 つ て ゐ る の と 異 つ た 脚 色 の も の で あ る と 、 民 衆 の 心 に 素 直 に こ れ が と り 入 れ ら れ な く な り 、 奇 怪 な 感 じ を 以 て 能 に 対 す る 。 か く な れ ば 、 そ の 能 が 一 般 大 衆 に 喝 采 せ ら れ 歓 迎 せ ら れ る こ と は 、 望 ま れ な い 状 態 と な る 。 そ の 点 を 世 阿 弥 は 心 得 て 、 特 に 平 家 物 語 の ま ま に 書 く や う に と 注 意 し た の で あ る 。 (能 勢 朝 次 ﹃ 世 阿 彌 十 六 部 集 評 繹 上 ﹄ 岩 波 書 店 、 昭 和 15 年 刊 、 六 二 七 ・ 六 二 八 頁 ) ︿ 紺 地 の 錦 の 直 垂 ﹀ を ︿ 斑 紅 葉 の 錦 の 直 垂 ﹀ と 置 き 換 え た こ と に つ い て は 、 忠 度 を し て く 実 際 よ り も 遥 か に 若 く 美
『平 家 物 語 』 の 享 受 一 忠 度 最期 談 を読 む 一 し く み や び や か な 人 物 と し て 描 き 云 々 ﹀ ( 北 川 忠 彦 ﹁ 忠 度 像 の 形 成 ﹂ 、 ﹃ 国 学 院 雑 誌 ﹄ 昭 和 50 年 9 月 。 収 録 、 ﹃ 軍 記 物 語 論 考 ﹄ 三 弥 井 書 店 ) 、 ︿ 歌 道 に も 達 者 な 側 面 を 強 調 し よ う と す る 姿 勢 ﹀ ( 山 下 宏 明 ﹁ 世 阿 弥 と ﹃ 平 家 物 語 ﹄ ー ﹁ 忠 度 ﹂ を め ぐ っ て ﹂ 、 ﹃ 名 古 屋 大 学 文 学 部 三 十 周 年 記 念 論 集 ﹄ 昭 和 54 年 3 月 。 収 録 、 ﹃ 平 家 物 語 の 生 成 ﹄ 明 治 書 院 ) な ど 、 世 阿 弥 作 能 の 手 柄 と す る 評 が 目 に つ く 。 し か し 、 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ の 享 受 に あ っ て 、 忠 度 と あ れ ば く 紺 地 の 錦 の 直 垂 に 、 黒 糸 威 の 鎧 V と の 紋 切 型 の 装 束 描 写 こ そ 、 ︿ い く さ 物 語 の 形 象 と パ ー タ ン ﹀ の 完 成 と 意 識 さ れ て き た の で は な か っ た か 。 世 阿 弥 自 讃 作 と し て の ﹁ 忠 度 ﹂ 能 勢 朝 次 の 評 ︿ 若 し 平 家 で 民 衆 が 知 つ て ゐ る の と 異 つ た 脚 色 の も の で あ る と 、 民 衆 の 心 に 素 直 に こ れ が と り 入 れ ら れ な く な り 、 奇 怪 な 感 じ を 以 て 能 に 対 す る ﹀ に 従 う な ら ば 、 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 一 方 流 本 に 顕 著 な 、 こ と 忠 度 に か か わ る 装 束 描 写 に 託 さ れ た 表 現 理 念 と は 、 一 般 見 物 衆 の み な ら ず 、 世 阿 弥 を 以 て し て も 読 み 取 り え な い か ら く り だ っ た の で あ ろ う か 。