少年期の危機とトルストイ
坂 元 忠 芳
LTolstoi s opinion on the problem of the crisis of childhood
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最近トルストイの『少年時代』を久しぶりに読み返して,少年期の危機につ いて考えることが多かった。そこで想い出すのが,子どもの発達の年令的区分 についてのヴィゴツキーのするどい論及である(ヴィゴツキー「子どもの発達 の年令的区分の問題」『児童心理学講義』柴田,森岡訳,明治図書)。
ヴィゴツキーは,その論文で,子どもの発達には,鋭い危機の形態をとる発 達の転換点があることを明らかにして,その特質を次の3つにまとめている。
第1に,この時期と隣接する時期とを区別する境界がたいへん不明瞭というこ と。つまり,危機は知らぬまに発生し,進んでいき,その到来と終局の時期を 決定することはひじょうにむずかしい。しかし,その中においてつねに危機が
はげしく尖鋭化し,危機的年齢を特徴づける頂点,クライマックスが存在する。
第2に,危機を体験しつつある子どもの多くが教育因難性をあらわすこと。子 どもたちは,それまでの教育的働きかけの体系から,あたかも抜け落ちていく ようであり,学齢期の場合には,学業成積の低下や学習に対する興味の弱まり,
活動力の一般的低下がみられ,子どもの内面生活は,時に,病的な苦しみに満 ちた体験,内面的葛藤にみまわれる。第3にそこでは発達の消極的性格がはっ きりとみられること。安定期にいつも明瞭にみられたあの人格の前進的発達,
新しいものの不断の建設は消え,衰えて,一時的に停止し,以前に形成された 外面的態度や内面的生活の形式はまるで荒廃したかのようになる。
ヴィゴツキーはこういったあとで,トルストイがこのような子どもの発達の 危機的時代の1つを比喩的に,そして正確にも「荒涼たる少年時代」と呼んだ
ことを紹介している。
ヴィゴツキーが挙げたのはトルストイの自伝的作品『少年時代』の一節であ
る。それはヴィゴツキーによって13歳の危機 3歳の危機とならんでいわれ る一と呼ばれる現象であり,表面的には,成積の低下,人格の内面的構成に おける不調和,以前に形成された興味の体系の縮少と崩壊,活動の消極的反抗 的性格など,によって特徴づけられる。人間の自我と世界とが他の時期より大 きく引離れ,内面的にも外面的にも態度の定まらない不安定な時期である。(前 掲書18ページ)。
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「少年時代の荒野」一もしもこのことばで示される事実が,心理学者ヴィ ゴツキーによって明らかにされているように人生にとって法則的なものである ならば,作家トルストイの自己観察は天才的である。トルストイは『少年時代』
の中で,このことばを15才になる以前の時期について言っているから,主人公 のニコーレンカが,このような精神的体験をあじわうのは,14才になるかなら ないかの時期である。(『少年時代』の第19節「少年時代」と第20節「ボロージヤ」
の分析からこの時期を明らかにするのは容易である。)まさにそれは13才の危 機にほかならない。
(2)
トルストイの『少年時代』は主人公のニコーレンカのほぼ14歳から15歳の時 期を扱っている。このことと『幼年時代』が10歳からはじまる時期を扱ってい るのとをあわせ考えると,ふつう,ロシア語で少年期(nOAPOCTOK)と呼んで いる年令がこの2つの作品にまたがる時期に相当することがわかる。ちなみに noApocToKというのは,ロシア語辞典では,幼年期(AeTcTBo)から青年期(K)
HOIIIeCTBO)にいたる過渡期の子どものことである。大体,12歳から16歳ぐら いまでをさしている。『少年時代』の原名OTpoqeCTBOもまた幼年期と青年期 の過渡期のことで,このことばのもとになる OTPOK (少年)はほぼ, nOAP
OCTOKと同じ意昧に使われる。(ただ,辞書にはそれは7歳から13歳ぐらいと もあるから,nonPOCTOK よりも年令範囲が少しせまいニューアンスをもって
いる。)
ところで,『少年時代』は,作品研究でも明らかにされているように,この
時期のトルストイの生活をそのまま再現したものではない。後に彼自身が書い
ているように,他人の伝記と自分の伝記がいりまじった特別な作品である。そ のなかにでてくるエピソードには,彼自身がもう少し大きくなってからの経験 を書いた部分も多い。例えばニコーレンカがひどく難しい哲学的思索をすると ころなどは,実際はもっと後になって体験したものである。しかし,そのこと は危機の分析にとってさしあたり大きな障害にはならないと思われる。何故な ら,今問題なのはトルストイの分析が,少年の危機の矛盾を典型的に表現して いるかどうかということだからだ。それを作品にそってみてみよう。
トルストイは『少年時代』のなかで,実感をこめて,この時代の苦しみをうっ たえている。一「まったく,私は自分の生涯のこの時期の描写を先に進めれ ば進めるほど,ますますそれが重苦しく,つらくなってくる。自分の人生の初 期をあれほど輝かしく,たえまなく照らしてくれた,心のこもった暖かい感情 の瞬間を,私はこの時期の思い出のあいだに,ごくまれにしか見いださない。
私は知らず知らず,少年時代の荒野をはやく走りぬけ,ふたたび,本当にこま やかな,立派な友情が明るい光でこの年齢のおわりを照らし,新しい,魅力と 詩情にみちた青年時代の幕をあけた,あの幸福な時期に到達したくなる。」(岩 波文庫,藤沼貴訳,131ページ)
ニコーレンカは,それ以前にすでに多くの体験をとおして,少年期特有の感 じやすい心の中にさまざまな矛盾をつみ重ねている。彼は幼年期の輝くまでに 無垢な心情を自由にはばたかせていた家族関係から出て,別の人生の中に入っ
ていく。その意味で広い世間へ旅立つところから『少年時代』ははじまる。
「読者のみなさん,あなたたちは人生のある時期に,それまで見ていたすべ ての事物が,まるで不意に別の,未知の面を向けたように,自分のものの見方 がすっかり変わってゆくのに,気づかれたことがあるだろうか?そういった種 類の精神変化が,私たちの旅行のときにはじめて私の中に生じた。そこで私は 自分の少年時代のはじまりを,この旅行からと見るのである。」(前掲書,30ペー
ジ)
このことばは象徴的である。というのは,ニコーレンカは,はやくも旅のな
かで,自分は金持なのに,なぜ,カーチェンカは貧乏なのだろう,そしてなぜカー
チェンカたちと別れなければならないのだろうか,といったような,親せきの
子どもたちの1人と自分自身との境遇の違いに気がつく。旅のとおりすがりに,
彼は自分のことなどまるで気にかけないで馬車の窓外から消えていく多くの人 びとのこと,世間のことを眼のあたりにする。そして,彼は絶えまのない疑問 につぎつぎととらえられる。いったい何がこの人たちの心をとらえているのだ ろうか,どんなふうに,なんでこの人たちは暮らしているのだろうか,どんな ふうに子どもを育てているのだろうか,勉強は教えているのだろうか,遊びに は行かせてやるのだろうか,どんな罰をあたえるのだろうか………と。(同上,
31ページ)
ニコーレンカにとって,少年時代の矛盾はまさに未知の世間との交渉のなか ではじまるのである。
トルストイはニコーレンカに次のように語らせている。
「私の頭にはじめて,この世に生きているのは私たち,つまり,私たちの家 族だけではないし,すべての利害が私たちにまつわりついているわけでもなく,
私たちと何ひとつ共通点をもたず,私たちのことを気にかけず,私たちの存在 を知りもしない人々の別の人生があるのだ,という考えが現われた。たしかに,
私はこういったことを全部,以前から知っていた。しかし,今それを知ったの とは違ったかたちで知っていた,つまり,自覚していなかった,感じとってい なかったのである。」(同上,30ページ)
旅の終点となったモスクワでニコーレンカは,はじめて自分たちをまったく 相手にしない父親のことを発見する。いっしょに旅をした女の子たちとの間に も目に見えない壁ができる。兄のボロージアさえも自分とうちとけてくれない ように見える。そして解雇されていく家庭教師のカルル・イワーヌイチの身上 話のなかに大人の世界の悲しみをあじわう。こうしてニコーレンカは次第に孤 独のなかにとじ込められていく。
その時,ニコーレンカの危機をいっそう高めたのは,異常なほどの抽象的問
題への彼の思索であった。孤独なニコーレンカの前に人間の使命,来世,霊魂
不滅などあらゆる抽象的問題があらわれる。彼は,子どもの弱い頭で,それを
めくらめっぽうに,解明しようと努力する。ある時は,苦しみに耐えることに
なれた人間が不幸になるはずはないという考えにとらえられ,自分を因難に慣
らすために,両腕に重い辞典を長いこと持ち上げたり,涙がでるほど縄で自分 のはだかの背中をたたいてみたりする。ある時は,死が時々刻々彼を待ちかま えていることを不意に思いだして,どうして人びとがこんなことをさとらな かったのかと疑問に思いながら,3日も授業をほうりだしてしまう。ある時は,
自分以外は全世界にだれも,何も存在しない,事物は事物ではなく,自分が注 意をむけるときに現われる形象にすぎないのだという懐疑主義にとらえられる
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そして,力にあまるこうした苦闘のなかで,ニコーレンカは,かつて自分が いだいていた信念を次々に失っていく。
「このつらい精神的苦闘全体から私が獲たのは,意志の力を弱めてしまった 頭の回転の早さと,感情の新鮮さや判断の明快さを殺してしまった,たえまの ない内面的分析の習慣だけであった」とトルストイは書いている。
不完全な抽象的思考。しかし,少年時代のある時期に多くの子どもがこのよ うな思考にとらえられる。形式的な操作的思考を,あらゆる複雑な人生の命題 に応用しようとするこの時期特有の子どもの背のびが,彼らの感情や意志の活 発さを,かえって打ちひしいでしまうのだ。意識性の発達における過渡的状態 がそこにあらわれる。トルストイがいうように,「抽象的思想が形成されるのは,
人間がある時点で意識によって精神の状態をとらえ,それを記憶の中にうつす ことができるから」である。ところが,その抽象的思索の傾向が,少年のなかで,
意識をまったく不自然に発達させてしまうのである。(同上,128ページ)
こうして,ニコーレンカは,ごく簡単なことを考えはじめているうちにも,
自分の考えを分析する出口のない輪にはまりこんでしまう。そしてしまいには,
自分が何を考えているか,を考えることしかできない自分を発見する。ぼくは いったい何を考えているのか?そういうぼくは?それは何を考えているかを考 えているぼくだ!そしてさらに……。出口のない思案はこのように無限に続く。
しかし興味深いことに,少年はそのような思索のなかで自分がなしとげる
「哲学的発見」にひどく自尊心をそそられる。これが危機の特徴である。ニコー
レンカは,自分を全人類の幸福のために新しい幸福を発見する偉大な人間のよ
うに思いこみ,自分の立派さを誇らかに意識しながら,他人をながめる。とこ
うが,実際にそうした人間に出あうと彼はとたんにおじけついてしまう。そし て自分自身の頭の中で自分を高い位置に置けば置くほど,他人にたいしては,
自分の立派さを意識していることを示す能力がますます乏しくなる。自分のご くつまらない言動の一つ一つに赤面しない癖をつけることさえできなくなる
(同上,130ページ)。
(3)
ここで私たちは少年期の危機が二つの側面からひきおこされているのを見る ことができるだろう。そのひとつは,少年が,心を通いあわせたかつての親密 な家庭集団とそこでの人間関係から巣立っていって,経験もしなかったような 人間の疎外関係のなかに複雑に投げ入れられることである。もうひとつは,少 年が,系統的な教育をとおして,知的作業のより高次な形態を体験し,それに よって形式的な思考を,彼の生活のあらゆる問題にいっきょに適用しようとす ることである。そしてこの二つの要因が,危機の頂点で結びつく。少年時代の はじまりを区切る,急激な人間関係の変化が,ずっと後にくる,おそらく少年 時代のなかば以後に経過していく認識の変化と相乗されて危機を深くする。か つて経験もしなかった人間疎外のなかで,体験する心情の緊張が,いきなり人 生の意味を解明しようとする認識上の未熟さと結びついて,内面の意欲の退化,
解体,崩壊にまで進むことがあることをトルストイの場合はよく示している。
人間関係の面でも,人間認識の面でも少年はより先へ進む意欲はもっている。
しかし,それを可能にする力をもちあわせない。それは,幼児期の幸福があま りにも大きかった時にはいっそうあらわになる。
トルストイの場合は,まさにそうであった。『幼年時代』にはじまる自伝的 三部作のモチーフは,ことごとくこうした矛盾の激化とそれを克服しようとす
る内面の葛藤である。
彼の幼年時代がどれほど,輝やくばかりの,家族の人びとの愛にみたされて いたかは,ずっと後になって書いた『幼年時代の思い出』(1903−6年)を読ん でも明らかである。彼は母から父から,そして家族のみんなから愛されていた。
「……母ばかりでなく,幼前時代の私をとりまいていた人たちはみな,父か
ら御者にいたるまで,とくにいい人ばかりであったように,私には思われる。
たぶんこれは,私の清らかな,愛にみちた感情が,かがやかしい光線のように,
人々の内部に存在するよい性質(これはいつでもある)をひらいて見せたせい であろう♂そしてこの,これらの人々がみなとくにいい人ばかりのように思わ れたという事実は,私が彼らの欠点ばかり見ていた時よりも,はるかに真実に 近かったのである。」(中村白葉訳トルストイ全集第1巻380ページ)
とくにトルストイが幼い時に亡くした母親の愛情は,人びとの話しからも彼 の思い出の中に強い印象を死ぬまで残した。母親の愛情にたいする感情は,ト ルストイの幼年時代にとりわけ強かった感情のひとつであった。
トルストイはこのことを次のように書いている。
「彼女は私に,いかにも高い,清らかな,精神的存在として想像されていた ので,私の生活の第2期にあたり,襲いかかるいろんな誘惑とたたかう場合に,
私はしばしば,母の霊に祈って助けをこうたものであるが,この祈りはつねに 多くの助けをもたらしてくれた。」(全集,第1巻,383ページ)そして,トル ストイのこの幸福な感情は,彼の人生における最初の記憶とも結びついている。
トルストイの幼年時代の最初の記憶は,くらやみのなかで何かにしばられて いる自分の分身を解いてくれるように身をかがめて立っている人に泣き叫んで いる印象である。それは苦しみの印象というよりは,自由を欲していながら,
それを獲得できない,自分の弱さを強く感じている複雑な矛盾にみちた印象で ある。ひきつづく第2の印象は,湯ぶぬのなかにつかりながら,あたたかい,
湯気のたっている,湯のにおいと音,そして小さな手でつかまっている湯ぶね のぬれたなめらかさにたいして感じている何かよろこばしい感覚である。そし て,これらの最初の印象の後につづく彼の生活感覚は,眠ったり,乳を吸ったり,
乳をしゃぶったり,笑ったり,そして母をよろこばせたりすることをとおして,
すべて幸福でなかったものはなにひとつなかったほどのものである。
「私は生活していた,幸福に生活していた!現在私がそれによって生活して
いる一切のものは,はたして当時に私が撮取したのではないだろうか,その後
の全生涯に撮取したものは,その百分の一にもおよばなかったほど,それほど
多くのものを,それほど急速に撮取したのではなかったろうか。」(同上,367ペー
ジ)