すべて
その他のタイトル ?Alles von Ingeborg Bachmann
著者 イソゲボルク バハマン, 脇坂 豊
雑誌名 独逸文学
巻 8
ページ A1‑A25
発行年 1962‑10‑20
URL http://hdl.handle.net/10112/00017683
二人とも入口に同じときに錠をかけようと思いつい てドアのところで出会うとき︑ぽくたちの悲しみが 世界の端からもう︱つの端に懸る弧のように︑つま りハンナからぽくにむかって届いているのをぽくは 感ずるのだ'│ーそしてこのビンと張りつめた弧に は︑不動の蒼窮の中心に射当てられるはずの一羽の 矢がつがえられている︒次の部屋を通ってぼくたち が引返えしていくとき︑彼女はぽくの二歩先にいる︒
彼女は︾おやすみなさい︽とも言わないで寝室に向
う︑そしてぽくは︑ぽくの部屋に逃げこみ机により に︑食卓に向いあうとき︑あるいは夕方︑ぼくたち
ぽくたちが石の辟土で遮ぎられている二人のよう
す
ベ
脇 阪
イソ
ゲボ
ルク
・バ
ハマ
ン
て
豊 訳
ているときですらi│!あるいは会議のときに︑
たゞ
た︒事務所で││もう沢山と云う程の仕事をかかえ か
4
る ︑しかし彼女のうなだれた頭が眼の前に︑彼 女の沈黙が耳の底にいつまでも凝り固って消え去ら ないのだ︒彼女は横になって眠ろうと試みているの か︑それとも眼をさまして待っているのだろうか︒
ぼくがハンナと結婚したのは︑彼女のなかに子供 が予見されていたからで︑彼女ゆえのことではなか った︒選択も決心もぽくにはいらなかった︒新しい ものそしてぽくたちの力による何かが芽生えていた し︑ぼくには世界が大きく成長し始めたと思われた ので︑ぼくの心は動いたのだった︒丁度新月がその 軌跡をたどりはじめるとき︑やさしく微風のような
色をた
4
えて懸っているのをみると︑
ひとびとはそ
れに向って三度お辞儀をしなければならないよう
に︒ぼくが以前には知らなかった放心の瞬間が生じ ものはぼくではないのだから︒ なにを待ちかまえているというのだー彼女が待っ
ー
が大きいのがよいか小さいのがよいかの区別はでき ハソナはぽくを誤解した︒ぽくには乳母車の車輪 をひかねばならないのかと考えたものだ︒しかしぽくはその危険を意識することもなく歩みつづけたの*[
JO t
のように︑その爆発力におどろいてぼくはあとへ身 しこまぬ肉体の中にまでぽくの全ての考えがむかうのだっ
た︒
変えて了った︒ぼくたちは殆んど外出せず友人たち
を省りみなくなった︒以前のよりも大きな住居を探
し︑住み心地をよくしそこに根を下すことになった︒
しかしぽくが待ちかまえていた子供のために︑ぼく
にとっては全てが変化しはじめた︒丁度かくされた
地雷のうえに思いがけなく誰かが通りかかったとき でもぽくはおまえの言うことを聞いてるよ︒︶たちは一緒に店に入る︑彼女は子供の上着やおしめを選び︑だがぽくがそれにかまわないと言ってぽくい表わせばよいのだろう︒ぼくの味った困惑は丁度ある野蛮人のそれに似ていた︒それは彼の活動して
ふ し ど
いるこの世界︑炉と臥床とのあいだ︑日の出と日の
入り︑狩と食事とのあいだに︑彼が動きまわってい
るこの世界は︑数百万年の齢いを経︑そして消滅して
いく筈のもので︑非常な速さで自転して︑太陽のま
に足らぬ辺りに存在しているそんな小っぽけな世界
なのだと言うことを︑突然に説明された一人の野蛮
人のような具合だった︒ぽくは突如として自分を︑ わりを駆け廻っている多くの太陽系のうちの︑とる ぼくのなかで生じたことを︑ぽくはどのように言 めいだったのだ︒ ぼくたちの待ちもうけていた子供は︑ぼくたちをを責めるのだった︒しかしぼくはほんとに一生けん のが閉じこめられている︑あのあたたかい︑光のさ
・ ま く
~ ぽくは突然おちこみ︑この未知の影法師のようなもくはほんとうに知らないんだ︒お前のすきなように︒ 子供のことしか考えられないような︑そんな状態になかったので︑どちらでもよいように思った︒
︵ ぼ
自分と子供という新しい関連のもとにみた︒その子 供はある既定の時点︑十一月の始めか中頃にその生
同じような調子で︒
まえに黒と白の羊を唱えるように︵黒い羊︑白い羊 黒い羊︑白い羊という具合に︶︑それを唱えている うちにやがて意識がうすれ︑ねむくなるかそれとも うにだ︒ぼくはこの方法で一度も睡りこんだためし がない︒このことをハンナは母親から教っていて︑
それは睡眠剤よりもよく気分が落つくと確言するの だが︒殊によると次のような連鎖を考えるのは︑多
パクサデは三五オのときシラを生んだ︒そしてシラ ない│ーそしてセムはアルバクサデを生んだ︒
アル
ねようとすると︑その連鎖はどこから始まってどこ とりびとりがどのような系列のなかにいたのかを尋
くの人たちにとって心の休まることであるかもしれ
がそんなふうには考えず︑むしろそのむかしに︑
ひ
失敗してすっかり眼がさめて了うかのあの心像のよ
ちを生んだ︒つまりナホルはテラを︑テラはアブラ ム︑ナホルそれにハランを生んだ︒ぽくはなんどか この過程を考えぬこうとしてみた︒始めからだけで はなく︑終りの方からも︑かれらからぼくたちは多 分血統を承けついではいないはずのアダムとェバへ と︑あるいはまた︑殊によるとぼくたちの発生の源 になるかもしれぬ全人類一般に至るまで遡ってみよ うとしたものだ︒しかし︑何れにしても︑この連鎖 が消えて了う暗闇がある︑だからそれはアダムと工 バに行きっこうと︑他のどれかの一組にしがみつい て了おうとそれは大したことではないのだ︒ところ
いたいものだ︒この完全な系譜を︒丁度睡りに入る
このことはなんとか間違いなく想いうかべてもら つてのぽくやぼくの以前の全ての人たちとまった<息子や娘たちを生み︑息子たちはくりかえし息子た 命を担ってぽくたちの仲間入りをする筈だった︑
か
ルグはナホルを生んだ︒そしてみんな他にも多くの グは三十オのときリウを︑リウはセルグをそしてセ
はニベルを生んだ︒そして=ベルはペレグを︒ペレ
3
んとかものにしたいのだが︑それはただ一回限りの
もの
なの
だ︒
つまり生殖や養育︑経済や政治といっ
たものがそれだ︒そこで彼は金や感情︑仕事や創造 に考をめぐらし︑そして思考と呼ばれている競技法
則が間違いないかと確かめることになるのだ︒
ところがぼくたちは︑もう一たび子供をこしらえ 競技には選手がいるものだ︒︵それとも選手たちが
競技を求めているのだろうか︒︶ぼくも矢張り深い
一人の子供をこの世に送ったのだ︒
こう考えるだけでぼくはもう身震いがしてきた︒
ぼくは子供の身の上に起りそうな︑すぺてのこと を予想し始めた︒ぽくの手は子供にふれ︑それを抱
き上げることだろう︒四階のぽくたちの住居︑
カン
信頼の念とともにこの世に生みだされた︑そしてい ま ︑
咄哩にぼくは何の手を下すべきようもしらなかった 車︑うがい水と書式用紙︒ぽくは頭がぐらぐらする て了ったのだから︑それに甘んじなければならない︒ ーの草原へと︑そして︑彼の目に入ってくる全世界ろう︒それにまた精神とか神や魂というような言葉︑それはぽくの見解によれば役に立たない言葉なのちには︑共鳴︑透明陽画︑一千年平和説それに天文学といったような捉介な言葉︒あらゆるものがどんな意味をもち︑あらゆるものがどのように用いられるかを︑ぼくの子供は学んだ︑そしてぽくはそれに気を配らねばならないのだった︒扉の把手と自転の
だっ
た︒
子供が生れてきたとき︑もちろんぼくにはこの大
へんな授業を行うよしとてなかった︒子供はそこに
いた︑黄疸にかかり︑しわくちゃの憐れな恰好で︒ のだが隠しておくわけにもいかないものだ︒そして ぼくから机や寝台︑鼻や足などの名前をきくことだ
ることになるのだ︒各々の参加者は眼前の競技をなをぼくは彼に説明してやることだろう︒その子は︑ 後の生命をどのように説明してよいのか途方に暮れ に終るかが判らなくなり︑全ての出生を︑最初と最
ドル通り︑第七区︑道を横ぎり町をぬけてプラーク
たかのように︑まるで全てが偶然ではないかのようきりしない眼をのぞきこみ︑その謎をとくには何の んのせいにもした︑まるでその子が拒むことも出来 ーぼくはその子を命名しなければならなかった︒大急ぎでハンナとぼくは意見をまとめた︑ぼくたちは三つの名前を書き出した︒ぽくの親父︑彼女の親
じ
父︑それにぼくの祖父さんの名前だ︒この三つからは結局なに一っ借用されなかった︒最初の週の終り
にその子はフィプスと名付けられた︒どうしてそん
も多分罪はあるのだ︑というのも^ンナはその子を
意味をもたない綴の愛称で呼ぼうとして全く飽きる
ことを知らぬげに綴の組合わせに没頭していたし︑
ぼくも同じようにやってみたのだから︒なぜといっ
てこのちっちゃな裸んぼうには︑本ものの名前など︑
どうしても似あいそうになかったからだ︒あれこれ
となだめすかしたあげくに︑ときとともに益々ぼく
をいたみつけることとなった︑この名前が出来上っ
た︒それのみか︑ときにぽくはその名前を子供じし なことになったのかぽくには分らない︒いやぼくに とてはよだれや酸っぱいミルクのしたたりを口もと に︒フィプス/.ぽくは彼をそう呼びつづけねばならない︑彼を笑いものにし︑死んでからもそしてぼくたちをも一緒にそうしなければならないのだ︒
フィプスが眼覚めたま
4
或いは睡りつ4
うす青色のベットに横たわっていたころ︑ぼくに出来ること
から拭きとってやることとか︑彼が泣きだせば彼を
楽にしてやれるのだと思いこんで抱き上げてやった
りすることであった︑その頃︑彼がぼくに対して何
かを企らんでいるらしいと︑そしてその真相を確か
めるには︑暫らくのときが必要らしいと︑始めて考
えついたのだった︒そうだ︑どうしても時間の経過
が必要と思われた︑丁度幽霊が誰かの前に現われて
は暗がりの中に姿を消し︑再び同じようなさだかな
らぬ目つきをしながらやってくるように︒ぽくはよ
く彼のペットの横に腰を下し︑殆ど動きのないその
顔を見下していた︑その何処を向いているのかはっ
5
それはぼくにはなんの関係もないものだった︒彼が その眼をぽくたちにむけ︑あるいはその小さな腕を
正確になってきたときにも︑それは何の意図もなく︑
ただぽくたちが︑何時かは彼によって許容される
かもしれぬその意味ずけを探しているだけなのだ ぼくたちの方に差しだすことが段々と数多く︑
より
もの
とて
は︑
ただ不可解なしかめ面があるのみで︑ たものだった︒ハソナがこの最も親しいものについ
て何の迷うこともなく︑育児書の通りに飲みものを 与え︑寝かしつけ︑目をさまさせ︑ベットを移しか え︑おしめをあててやるのをみてぼくは楽しかっ た︒彼女は子供の鼻を小さくまるめた脱脂綿で拭い
もも
てやり︑その肥った股の間に天香粉をまきちらした︒まるでそうすれば︑彼も彼女も何時までも救われて
いるかのように︒
数週間後彼女は最初の笑顔を彼からひきだそうと してみた︒ところで彼がぽくたちをびっくりさせた
ほんとうはそうすることがぼくのためには必要なこ めたのだった︒ぽくは子供の弱点をぽくのうちに発 を閉め出し︑そして遠くの方に留めておこうとし始 にハンナから遠ざかり︑ぼくの本当の考えから彼女 は始まったのだ︒ぼくほ惧れた︑その頃ぼくはすで
あ ば
見したーーその子がぽくにそれを発いてみせたのだ ーそれは敗北に向うあの感情だった︒ぼくはハン ナと同じ三十オであった︑そのとき彼女はかつてな かったほどに可愛いく若々しく見えた︒しかしぼく には︑その子は新しい青春を与えてはくれなかっ た︒彼が自分の領域を拡大するに応じて︑ぼくはぼ
くの領域を縮めていった︒子供が微笑し︑歓声を︑
泣声をあげるたびにぽくは壁ぎわに身をよせるのだ
った︒ぽくにはこの微笑を︑このおしゃべりを︑この
叫び声を芽生えのうちにつみとる気力はなかった︒ はなかっただろう︒しかし︑このときにぼくの不安 ナは︑そして多分どんな人も︑ぼくを理解すること
手がかりもない伝来の古文書のような顔付を考察しと︑こんな疑惑がぽくの心に生じたのだった︒
,,. ヽ
ン
彼のために全てが完全に変化すると約束されていなくすぶっているのだから︑それは表情やまなざし︑ い︒それというのも︑その底にはなお︱つの言葉がの人間であった︒彼とともに全ては始った︑そして ハビロンの地に生れたこの一ドイツ語の問題ではな と沈黙の対話をするようになって以来︑ぽくは惑乱ろうか︒ た︒まだなにも︒それはあとどれほど続くものであ ているところではまだ何事も決定はされていなかっ な ず︑そしてぼくは相変らず何をしてよいのかを知ら
かっ
た︒
口からもれた︒もうその進展をはばむことはなら たりする必要があっただろうか︒ぼくたちが立って ぽくのために残っていた時間は急速にすぎ去っていった︒フィプスは乳母車の中でしゃんと坐るようになり︑最初の歯が現われ︑さかんに泣きわめいた︒やがて身を起し︑よろめきながら立上り︑みる間にしっかりと立つようになった︑四ん這いで部屋の中をころげまわっているうち︑ある日始めての言葉が
一体何をしろというのか︒以前はぽくも考えたも
のだ︑彼に世の中を教えてやらねばならないと︒彼
し別な人となりを身につけていた︒例えば彼に事物
の名称をかくし通したり︑品物の使いかたを教えず
に過すことが︑ぽくには出来ただろうか︒彼は第一 とであったのだが︒い訳でもなかった︒彼に世界を委ね︑白紙のま
4
の世界を彼に与えてはいけなかったのだろうか︒ぼく
は彼に目的や目標を︑善と悪とか︑また本当のもの
とただのみせかけのものとかいうことを教え込んで
きよせ︑彼を知り︑信じ︑ はならなかったのだ︒なぜぼくは彼を自分の方にひ
また喜ばせたり悲しませ
いるこの世界は︑ありとあらゆるもののうちで最も
いまわしいもの︑ところが今日に至るまで誰からも
理解されたことのないものなのだ︒しかし彼の立っ
ところでぽくは突然に悟った︒全ては言葉の問題
なのだ︑そしてそれはただ︑この世を惑わすために
7
て同じものであり︑全ての生きものは彼にはひとし 想いで彼を観察するのだった︒全ての道ほ彼にとっ 思考の展開や感情の進行にまで及ぶものであり︑そし︑新しい時代を開始するに至るまで︑果してぼくはこの子供をぼくたちの言葉から守り通すだろう
膜々ぼくはフィプスと二人だけで家を出た︑そし
て愛想づくり︑媚態︑戯れなどのハンナが彼に教え
こんだものの跡を発見しては恐怖の念にうたれた︒
彼はぽくたちに似てきた︒しかしただハンナやぽく
にの
みで
なく
︑
一般の人間すべてに︒しかし︑彼が
自らを支配する瞬間があった︑するとぼくは切実な
、こ~ら、
L ̀ t
ヵ かった︒ぼくたちは絶間なく彼のそばで忙しくして
ハンナとぼくは彼にはほんの少しだけ親
しかった︒それは彼にとってどうでもよいことだっ
た︒それはあとどれほどに続くものであったろう か︑全てはこの問にかかっていた︒ んでいるのだ︒この子供が1つの新しい言葉を創造 の言葉の中にはすでにぽくたちの全ての不幸がひそ
の中に固く爪を立て吠えたて︑遂に彼の顔は土けい ではなく︑木の枝に揺れている一枚の葉に︑一匹の蝶におびえた︒蠅は彼を途方もなく驚かせた︒そしてぼくは考えるのだった︑もしも大きな木全体が風にゆれ︑ぽくが彼に充分の説明を与えられぬとき︑彼はどのようにして生きていけるのだろうと︒
彼は隣家の子供と階段の途中で出あぅ︑彼はその
子供の顔をめがけて無器用に手を突き出す︑或いは
目の前に一人の子供がいることに気付かないのかも
しれないのだった︒以前かれはいやなことがあれば
叫び声をあげた︑
しか
し︑
いま彼がそうすれば︑事
ね態は一そう悪くなるのだった︒寝につくまえ︑ある
いは彼を食卓に坐らせようと抱き上げるとき︑ある
いは頑具をとりあげられたときなどに︑それは限々
起った︒彼の身内には大きな憤りがこめられるのだ
った︒彼は床の上に横たわっておれなかった︑絨毯 彼は物におびえた︒しかしなだれとか悪意とかに
fo
カ界とは︱つの試みなのだ︒そしてこの試みがいつもみで︑その境界を越えることは出来なかったから︑ とぼくは考えた︒彼に影の言葉を教えるのだと︒世また見出すことも出来ず︑ただぽくの言葉があるの ろ
に変
り︑
た︒眠っているときでも彼は叫び声を上げた︑まる で吸血鬼が彼の胸の上に腰を下したかのように︒こ の叫びを聞いてぽくは︑彼がなお叫ぶだけの自信が あり︑その叫び声の効用のある事実を認めるのだっ ハンナは優しい叱言をいいながら歩きまわり︑彼
をやんちゃさんと呼んでいた︒彼を抱きしめキスし まじめな顔付で彼をじっと見︑母さんを怒らせない ようにとさとすのだった︒彼女は驚くべき誘い手だ った︒毅然としてこの名づけられぬ流れの上にかが
ゆきつもどりつしては彼をチョコレートやオレンジ︑
ご ま
うなり独楽や熊のテディで誘いよせるのだった︒
木々が影を投げかけるとき︑声がきけるだろう︑ みこみ︑彼を引き上げようと試み︑ぼくたちの岸辺を
まよい︑とある水辺にくれば︑ぼくの心の中に声が
そう
だ︑
日曜日には彼とともにウィーンの森をさ てやることが出来るのだろう︒ 鳴呼︑あるひのこと︒
こ ︒
fるとこんな言葉を思いつくのだった︒︶しかし︑ぽ くは彼に罪を免れさせ︑愛とそして悉くの災厄を彼
のために防いでやり︑別な人生のために彼を解放し と
絶望
︒ こう︒今迄の結果はこうだった︑罪の中の人生︑愛
︵ぼくは全てを一般化して考え始めた︑す
山だ︒別な試みをしよう︒彼を影のもとに連れてい
口のまわりには泡がふき出てくるのだっ
するのだった︑彼に水の言葉を教えるんだ︒石にも 木の根にも同じ声がした︒彼に石の言葉を教えるの だ︒新しく彼を大地に植えつけるのだ︒木の葉が舞 い落ちていた︑再び秋だったのだ︒彼に木の葉の言
葉を
教え
よう
/.
しかしぼくはこのような言葉をなにひとつ知らず
同じ方法で繰返えされ︑同じ結果に至るのはもう沢
︐
彼は悟ることになるのだろう︒
この頃ハンナはまだぼくに話しかける習慣をなく
してはいなかったが︑
ぼくに報告したものだった︒彼の罪にけがれぬまな
ざしに︑話しぶりに︑そしてその仕ぐさに彼女は魅 フィプスが喋ったことをよく
t
それは何かの相談をしているように見えた︒こ ︒
ボーリソグ
︵技術者たちは︑どこから穿孔を始めるべきか︑ど だりするのだった︒お4
︑いつ
の日
か︑
いつの日か では本や紙箱を︑そして自分のあやつり人形をこわ分散に供されているものだった︒ たつにつれ日曜の散策では︑草の茎をひき抜き︑小
かぶとむし虫をつまみ上げ甲虫をつかまえたりした︒はやその
はなかった︒彼はその虫たちを調べ︑ぽくが丁度よ
いときに手からとり上げなければ殺すのだった︒家
した︒彼は手あたり次第にひったくり︑かみつき︑
手をふれ︑そして投げすてたり自分の腕に抱えこん 家の横の袋小路で︑大きくなったフィプスはよその子供たちと遊ぶことをよく許されていた︒あると
き︑ひる休みにぼくが家に帰ろうとして通りかかっ
たとき︑彼が三人の仲間と一緒に罐詰用の空かんで
へ り い し
道の縁石に沿って流れている水を汲み上げているのをみた︒彼らはそれから輪をつくって立ち話をし あの避雷針のように宇宙の使者たちのエネルギーの 鈍感な頭をつけているものにすぎず︑その頭は丁度 ときは︑それらも彼にとっては同じたぐいのものでとの︱つながりのもの︑かすかな呼吸をして大きな ゆえであったのだろう︒それはちっちゃな肉と外皮 頃それは罪なきためのことではなく︑表現の力ない 彼はすでに望みをあらわし︑願いを口に出し︑命令しまたときにはただ喋るためにのみ口を開いた︒時のされている日日と同じことであった︒そして︑その 最初の数週間いらい抵抗する力もなくただ黙って過 ぽくは黙って彼を抱き道をゆきつもどりつし︑彼が
ね文章を綴り︑寝につくその家に再び帰るのだった︒あかしをどうしても発見できなかった︑それはあの せられていた︒ところがぽくは︑子供の中に罪なき
う︑そのときぼくは信じて疑わなかった︒ぼくは家割︑これら秩序と呼ばれる紛糾したつくりものの乱 めたのだ︒彼らはもっと押しす
4
めていくことだろなかった︒路面電車の軌道︑家屋番号︑肩書︑時間
したすべてのものにぽくの憎しみを吐きかけてやま ぼくはあちらこちらと歩きまわり︑人間の生みだ
てのひら
ぼくは立上り︑水道の水を掌で二三度すくっては
こから掘りだすべきかなどを︑こんなふうに協議し あうものだ︒︶彼らは舗石の上に膝をついた︑彼ら が再び立ち上り舗石を三つ分先へいったとき空かん を持っていたフィ︒フスはすでにそれから水を注ぎ出 計画には都合よくなさそうだった︒彼らは再び身を 起した︒さっと緊張した空気がみなぎった︒なんと 男らしい張りつめた気分/.何かが起きるにちがいな
かった︒そして彼らは︑一米前方に恰好の場所を発
見した︒彼らはまた黙ったまま膝まずいた︑そして フィプスは空かんをかたむけた︒汚ない水が石の上 を流れた︒彼らはじっとそれを見つめていた︒黙っ て︑おごそかに︒あることが起り完成された︒恐ら くは成功したのであろう︒成功したに違いなかっ た︒世界はこの小さな男の子たちに身を委ねること が出来︑そして彼らは︑この世界をさらに押しす
4
に帰った︑階段を上り寝室に入り︑ベットに身を投 にむかって︒ぼくは予期していたのだった︑ぼくの
子供はその方向を発見することはないだろうと︒そ むべき道すら見出しえないかと案じたことだった︒
愚かな僕はその方向を子供が発見することはないか
と心配していたのだった︒
顔にふりかけた︒この子供を︑ぼくはもう望んでは いなかった︒その子が余りにもよくことをわきまえ 誰の足跡にでもよくついていくことの出来るのをみ
て︑ぼくはその子を憎んだ︒ れのみかずっと以前には︑ぼくはその子が自分の歩
すように身がまえていた︒しかしこの場所も彼らの
出発点が発見されたのだ︑そこからは常に同じ方向 げだした︒世界はさらに押し進められたのだ︑その
11
ばならない︑彼と一緒に出かけていかねば︑彼とと
もにどこかの島へひきこもらねばならないのだ︒し た︒ぼくに罪があるのだ︑ぼくがなんとかしなけれ きずにいるのでぽくは自分に対して怒りをぶちまけ この世に送り出し︑彼を自由にするためになにもで ただ一度の機会を与えてくれ/.ぽくがぼくの息子を 与えてくれ/.駄目にならないうちに︑ぽくの子供に に︑学校に︑兵舎に向って叫びかけた︒彼に機会を 中にくみこまれて了ったのだろう︒ぼくは戸籍役場 たこともなかったのに︒なぜその子は︑その組織の えることもなく︑この世を損うことに彼が力をかし 序を彼がもたらしたのではなく︑この世界をととの えにぽくの子供にそれが求められよう︒この世の秩 この子供を捧げようとは望んでいなかった︒なにゆ けにえとして求める祭壇であった︑しかしぽくは︑ いこの下らぬ組織に向って︒それらほぼくの身をい 場など︑誰も逆らえぬ︑そして誰も逆らおうとしな 雑さに対して︒塵芥運搬︑諧義題目一覧表︑戸籍役
このむかしからの世界とともに在るようにと宜告さ れていたのだ︒だからぽくはこの子供をうみおとし でも出来るのだ︑ただ︱つ︑この悪魔の圏を空き破
りそこから外に出ることだけを除けば︒
フィプスは学校に上るまでのときを遊び暮した︒
彼はまさに最も正確な意味で遊び暮したのだった︒
ぽくは彼に遊びを教えた︑しかしのちになって彼が
覚えたそんな遊びではなかった︒隠れんぼうやかぞ え歌あそび︑泥棒ごっこなど︒ぼくは全く別な本当 の遊び︑人の知らない童話を教えたかったのだ︒し かしぽくには何も思いつかなかった︒そして彼はた だ人真似をつづけていた︒それは不可能と思われて
はい
ない
︑
しかしぽくたちのようなものにとって逃
げ路はないのだ︒全てのものは上と下︑善と悪︑明 た︒ぽくの愛からうみ出したのだ︒この子供には何 にあるのだろうか︒ぼくは子供とともに捉えられ︑ の新しい世界をそこから創りだせるような島がどこ かし︑どこにこんな島が︑一人の新しい人間が一っ
具合だった︒ぼくはそれも気にとめなかった︑そしこととは思っていなかった︒フィプスがギムナジウ
さま
︑ わたしを信心深い女にして下さい︑とこんなと同じょうによくできた︒しかしぼくはそれが良い
のだった︒わたしは疲れています︒やすみます︒神質問をしてやった︒彼女はそうしたことを他の人々 及ばなかった彼女が︑子供とともにお祈りを始めた 以来︑それまではぼく同様殆んどそんなことに考え とが出来なかった︒それは夜だった︑そしてこの夜
t こ ︒
に入って了ったのでぼくは全てのことを口に出すこ のだった︒彼女は立上り︑言葉をさえぎり︑子供部屋てい
るの
だ︒
使わなくなったことにハンナは気づいた︒ぼくたち
は一度そのことについて話し合ってみた︑そのとき
彼女はぽくを化け物でもみるようにじっとみつめる
であろうから︒
ぼくはそれを止めて了った︒ぽくが彼のことに気を って教育してよいのかもう分らなくなった︑それで ぽくには彼をどのように︑そしてどんな目標に向
2
J O
f と暗︑量と質︑敵と味方と相も変らず二分され︑寓話の世界の生きものや動物たちが姿をみせる国でも︑それらはすぐにまた人間の恰好に早変りするの
>.ハートリー
てそれらはたぶん彼女の浪出目録のなかでぐるぐるまわりをしている様子だった︒ぽくは︑彼女がそうすることで彼をなにかの庇護のもとにおこうと望んでいると考えた︒十字架やマスコットそして呪文のようなものはなんでもよかったのであろう︒たしか
に︑彼女は正しかった︑というのもフィプスはやが
て狼たちの仲間入りをし︑狼たちとともに吠えだす
は彼をこしらえたのだ︑ ﹁神様がお命じになった﹂それはあ
るいは最後の可能性であったかもしれぬ︒ぽくたち
みんな自分の流儀でそうし
フィプスが悪い成績をもらって学校から帰ってき
ても︑ぼくはなにも言わなかった︑慰めもしなかっ
ハンナはひそかになやんでいた︒昼食のあと︑彼
女はきまって子供のそばにいてその宿題をたすけ︑
1 3
ぽくはフィプスのために全くなんにも希わなかっ だ / . てを賭けて敗れた︑ぽくはなにも果さなかったの た
/.
ぼく
はそ
うだ
った
︑
の息子に将来の医者をみ︑医者はその子に少くとも
医者になってほしいと希う︒ぼくにはそれが理解で
きないのだ︒ぼくはフィ︒フスをぽくたちよりも利口
だと
も︑
より優れているとも考えようとしなかっ
た︒ぼくはまた︑彼から愛されようとも望まなかっ
た︑彼はぼくの言いつけに従うことも︑ぼくの意に
副う必要もなかった︒いや︑ぼくが望んでいたのは
ぽくは新しく生まれた︑しかし彼はそうではなかっ
ぼくは最初の人間で︑
全
だ︒しかしぽくは彼になにも見つけださなかった︒ いうことをただみせてくれさえすればよかったの一人の女としてそして後にはぼくの妻と たちの表情を真似し自分のものにしてはならないと .
..
彼はただ最初から始めねばならず︑彼がぽく ることはできなかったのだ︒ この子供を︑ぼくは彼女に対してと同じように愛す は彼を見捨てて了う訳にはいかなかった︒しかし︑ ンナは彼に対する失望を抱かせなかったから︑ぽく 何ら望みを托しえぬ人間という事象を観察した︒
出会い以来︑生まれつき美しく教養を備え︑少しば
かり変ったところもあるが︑かといって特別な人間
では
なく
︑
して︑ぼくと同じ尋常の人間だった︒ぽくは子供と
ぽく自身とを裁きにかけた︑つまり彼はぽくの最高
の期待を裏切り︑ぼくは彼のために大地を用意して
やれなかったがゆえに︒彼が子供であることのゆえ
に︑ぽくは彼に期待したのだ︒この子が世界を救う
ことを︒彼にはもの凄い力がひそんでいるような気 ハンナは︑ぼくたちの
/ ヽ
の﹁事象﹂を取扱うようなものだった︒ぽくはこの かをぽくはしらない︒それはまるで科学者がひとつ
かどうか︑ぽくにはどうでもよかった︒労働者はそじぶんの子供をこんな風に観察してよいものかどう ムに入るかどうか︑彼がなにかまともな人物になるた︒ぼくはただ彼を観察しつづけた︒
一人
の男
が︑
ているのだ︒彼女はぽくのもとから去ることもなく︑あろうこと︑彼がそうした人たちと同様ひとを傷つ との目には映った︒しかし彼女は石の壁にかこまれをいった︒フィプスが﹁外﹂の人間たちに所属するで ンナがいまこそ新しい子供のことを考えているとひ ども︑ぼくにはそれと察する根処があったのだ︒
. , ,
とが出来なかったのだ︒
かった︑子供をつくるというだけではなく︒しかし
はな
くな
り︑
時がたちぼくはもう彼女とともにいることに幸福で
ただ︑彼女がこれ以上は子供をこしら
えないでいてくれればとのみ考えるようになった︒
彼女はそれを望んでいたのだ︒彼女はもうその話を することはなく︑そんなそぶりもみせなかったけれ
フィプスのために必要なありとあらゆることをぼく っと多くのヴィタミン︑水兵服︑さらに多くの愛情全
き愛︑つまり愛の蓄電池を彼女は設置しようとして いた︑それは生涯を通じて事たりるはずのものだっ た︒外の世界のため︑人々との交際のため・・・立 派な教養︑外国語など彼の才能を見つけようと努力
した︒ぼくがそれを笑うので彼女は泣いて恨みごと に説明した︒すぺて︒もっと光のゆたかな部屋︑も
ハンナと結婚したことは良
あるときぼくたちが︑
口論したとき彼女はぼくに︑
それはぽくの念頭にはなかった
1
ぼくは考えるこ都合よく︑ぽくに適するものは何ひとつなかった︒
き︑その暗黒のふところに身を休ませているとき︑ ったというだけのことなのだ︒ぼくがハンナを抱 以前のものがしたようには︑その子にしてやらなか
不可解さをのりこえることはないのだ︒当時彼女は 完全な養育をよろこんでしていたはずだ︑それを妨 げたのはぼくだった︒彼女にとってあらゆる条件は
すこしも物凄いことではなかった︒ぼくはただぽくない︒彼らには︑死と生との間に横わるようなこの しく取扱った︒しかしぼくの望んだものは︑じつは
普通のひとたちの間に交わされるたぐいのものでは がしていた︒じじっぽくはこの子供をそれにふさわぽくのところにくることもない︒ぽくたちの争いは
1 5
のことを確たるいわれのもとに予想していたのだ︒
というのも︑ぽくたちの名ずけている悪というもの
う み
は︑膿の根のように子供の中に巣くっているものなのだ︒ナイフの事件について︑だからぼくはなんに
も考えてみる必要はなかった︒それは彼がおよそ三
•四オの頃よりも早く始った。彼が怒りをぶちまけ
わん/\泣き叫びながらいったりきたりしているの
にぽくは出くわした︒彼が遊んでいた積木の塔が彼
の方に側れかかったのだ︒火のついたように泣いて
いた彼が急に泣きやみ︑低い力のこもった声で言っ
た︒︾おまえたちの家に火をつけてやるぞ︒みんな
ぶっこわしてやるんだ︑おまえたちをみんなぶっこ
わし
てや
るん
だ︒
︽
ぽくは彼を膝の上に抱きあげ撫
でてやり彼にその塔をまた積んであげるよと約束し
た︒しかし彼はその脅迫をまたくりかえすのだった︒ いとぽくは思う︒ところがぽくは︑そうしたすべて
を静め︑自己をあざむくことを望まなかった︒ぽく 葉を習ったのかと尋ねた︒ るだろうとは︑彼女は瞬時たりとも考えたことはな け
︑侮
辱し
︑
ひとをだまし︑殺したりすることがあそこへやってきたハンナは︑最初はなんのことかよ
さ と
く判らなかった︒彼女は子供を訓し誰からそんな言ニ イ マ ン
1
孤からも︽と彼ははっきり
答え
た︒
その後彼は同じ建物に住んでいた少女を︑階段か
ら突きおとした︒彼はきっとひどく驚いたのであろ
う︑泣き︑もう二度としないと約束した︒そして同
じことをまたくりかえしたのだった︒事ごとに彼が
ハンナのうしろから手をふりあげてみせるようなあ
る時期があった︒その日々もまたすぎ去った︒
彼は多くのあどけないことを口にし︑人の目にも
かわいくうつり︑まっかな頬をして毎朝目をさまし
た︑そんなことを自分に言ってきかせるのをぽくは
勿論忘れている︒ぼくだってそうしたことはみんな
気付いていた︑そんなときすぐに彼を抱きあげ︑ハ
ンナがするようにキスしようという気にはよくなっ
たものだ︒しかしぼくは︑そうすることでぽくの気
して彼女はぼくに親しみをみせるようになった︒ぶたのに︑
ハンナはまるで疑いを抱かぬような毎日で
あるいは食べものをもっていってやったりした︒そ
夜の外出をぼくはそう長い間かくそうとしなかっ
のは決して超人的なものではなかったから︒ぽくは 自分の子供に何も大それたことほ予想していなかっ た︑しかしこの瑣細なことを︑このすこしばかりの 異常さをぼくは希っていたのだ︒一人の子供がフィ プスと呼ばれるとき・・・彼の名にこの栄誉が加え られねばならなかった︒愛頑用の犬にもにたこのよ び名と︑すべての出来ごとは関係があるのだ︒調教
につぐ調教の十一年はいたずらに過ぎていく︒
ロを一杯にしておしゃべりはいけません︒︶
彼が学校に通いだして以来︑ぼくは家よりも外で 多くの時間を過すようになった︒カフェでチェスを したり︑仕事を口実に自分の部屋にとじこもり読書
にふ
けっ
た︒
マリア・ヒルファ通りのある売り子ベ
ティと知りあいになり︑その子に靴下や映画の切符︑
放を求めていたのだった︒掴まえられることのない れいなおててでごはん︒まっすぐあるきなさい︒お
︵ き
は用心していた︒というのは︑ぼくの望んでいたも
あいそうでぽっとしない︑引っこみ思案な娘で︑な んのすることもなく夕方の時間をすごす彼女は︑せ いぜいのところ何か食べたいというくらいであっ
た︒ぼくはかなり足繁く彼女を訪ねた︒
̀ こ ︑
よう
一年
間︑
ぽ くが彼女の下宿部屋でベットに寝そべり葡萄酒のひ とびんを空にするあいだ︑彼女はぼくの横で雑誌を 読み︑そしてぼくの理不尽な要求に何のいぶかりも 示すことなく従ってくるのであった︒それは全くと んでもない惑乱の時期であった︑子供ゆえの︒ぼく はベティと一緒に寝たことはなかった︑それどころ かぼくは︑自慰を︑女とその性からの徹頭徹尾の解
かかわりをもつことのないようにと︒ぼく
はもはやハンナのそばには身をおこうとしなかっ
た︑そうすればぽくは彼女に屈服をすることになっ
たであろうから︒
1 7
の前で順番をまっているのを目にしたのだった︒
ンナの態度は非常に変っていた︑他人のようにぼく
を流し目で見て︑反ってぼくはどうしてよいのか分
らなかった︒ぎこちない身振で彼女にうなずいてみ
せ︑ベティの手をぽくの手に感じながら︑あとから
売場の方に歩みより︑本当に映画館の中に入って了
ったのだった︒映画をみている間︑ぼくはハンナの
非難とぼくの弁解をあれこれと思いめぐらしてい
た︑そのあとは早く家に帰れるようにとククシーを
ひろった︑まるでそうすれば少しは事情を好転させ
あるいは不祥事を妨ぎうるかのように︒^ンナが一
言もいわなかったのでぽくは用意してをいた弁明に 考えてみても全く信じられないことなのだが︑切符
, ,
、
した︒彼女は︑ぽくたちがよくつとめのあとで落ち
合う︑カフニ・ニルザホーフにペティとぽくがいる
のをすでにみたことがあり︑そのすぐ二日あと︑映
画の切符を買うためにぼくとペティとがコスモス座
ら恐喝をうけないだろうかとぴ<ぴくした︒なぜ恐
喝をうけるというのか︒ぽくは彼女に金を送った︒
一体どうしてだろう︑彼女のことをハンナは知って してもなかったことだった︒ときにぼくはペティか いるかのように︒それでも彼女はついに口をひらいて︑ひかえめに︑ぼくが子供のことを考えてほしいと言った︒︾フィプスのために
..
.
︽︑この言葉が
ロにされたのだ/.彼女の困惑ゆえにぽくは打ちのめ
された︑膝まずき︑二度としないことを誓った︑そ
れでもぼくが二度の手紙を彼女に書いた理由をぽく
は知らない︑そんなものに彼女はなんの価値もおい
てはいなかったのだ︒返事はこなかったしぼくも期
待していなかった︒まるでこれらの手紙が︑ぼく自身
かハンナ宛に書こうと望んでいるようにぼくはその
中でやけくそなことを書いた︑それはかつて誰に対 してぽくは本当にベティには再び会わなかった︒そ くが彼女とはなんの関係もないことを彼女に話して あった︒ある日のことぽくはそうでないことを発見とりかかった︒彼女は頑なに黙っていた︑まるでぼ
こでは天もまた共犯者なのだ︒少くともこの場では
妨げることはできなかったのだ︒他の子供たちと先 いのだ︒この暗黒の劇が演じられているところ︑そ
の子供であった︒なにものも彼のこの最後の想いを 図をしてやったりすることはきっと天の習いではな
きひとは家に戻ろうとする︒彼はそれを感じたのだ︒
天の悪習についてのべているこの文の意味を全ての
思いこむことをぼくは警戒しよう︒死を予感すると
この惑乱︒この荒廃︒
ぽくは男として否認された不能者のように感じ
た︒そのま
4
でいたいとぼくは希った︒勘定書があればそれはぼくの名において清算されるのだ︒性か らの脱却︑終末︑ただそれ以外には行きっくことの
ない終末に向って︒
しかし生起した全てのことは︑なにかぼくやハン ナあるいはフィプスに関係があるのではなく︑父と
息子︑罪と死に関するものなのであった︒
ある本のなかでぼくはかつて次のような文句を読
こ う べ な ら
んだことがあった︑︾頭をあげるは天の習いならず︽︒
人たちが承知してをればよいのであるが︒いや︑見
下したり︑彼のもとで︑途方にくれているものに合 いたのだからとでもいうのか︒
そのようなことがあってはならない︒それは︑血に
よって終りを告げた︑頭にひらく傷口より流れでる︑
なりひびくばかりに光り輝く子供の血によって︒
彼は谷あいのつき出た岩の上に横っていた︒最初 に彼のところにやってきて︾きみ︽と呼びかけた生 徒に彼はもの言うことができなかった︒彼は手をあ げ何かを示そうとしまたその子にすがりつこうとし た︒しかし手は上らなかった︒ほんのすこしおくれ
てやってきた先生が彼のうえにかがみこんだとき︑
それでも彼はつぶやくように言った︒
︾いえに帰りたい︽と︒
この言葉ゆえに彼がハンナやぼくを慕っていたと 彼は一人の子供であった︑なんの大きな使命も托さ
れてはいなかった︒フィプスはただ全くありきたり
1 9
ずっと以前からひとりでフィプスの面到をみてき 生は丸太を探し担架を作った︑そして彼を上の村まきとった?死亡の挨拶状にぼくたちは書いた︒
. .
に私どものひとりの子供は・・・不幸な運命に
よって私たちから奪い去られました︒︽印刷屋では
注文をうけた男が︑ぽくたちは︾私どものただひと
りの最愛の子供︽と書かないのかと尋ねた︑しかし
電話口にいたハンナはいいえ︑愛され︑この上なく
んなことは全くどうでもよいことなのです︑と言っ
た︒この説明をきいてぽくは愚かにも彼女を抱きよ
せようとした︑それほどにぼくの感情は彼女にひと
っとなっていた︒しかし彼女はぼくを押しやった︒
彼女はそもそもぼくを認めているのだろうか︒この
世の全てのことに彼女はどんな非難をぼくに投げつ
けているのであろうか︒ を照らしだしていたスボットがもうその上にはむけられていないかのようである︒なんの個性も特徴ももたぬ人間のように︑彼女のことはなにもひとのロにのぼらなくなった︒以前の彼女は楽しそうで元気があった︒心配そうな顔付で優しいなかにも厳しさがあり︑子供を自由にさせているかと思うとまた自分の方にしっかりとひきよせるという具合に︑子供をあやつることにかけてはいつも身構えを怠らなかった︒例えばあの小刀事件のあと︑寛容と聰明さに輝くばかりの彼女には生涯の最も美しい時が与えられていた︒子供の行い︑その誤ちは自分の責任であると認めあらゆる裁きにす
A
んで服した︒それはフィプスの三年生のときのことだった︒彼がボケット
ナイフを手にして︑ある同級生にとびかかったのだ︒
彼は胸を目がけた︑ナイフは滑ってその子供の腕に いとおしがられて︑というのは当然のことです︑そ
︾ .
たとき︑彼は死んでいた︒あの世にいった?息をひと相つれだって舞台の中心に立っていたとき︑彼女 で運んだ︒途中で︑殆んど彼らの一足が踏み出され日をおくっている︒それはまるで︑彼女がフィプス ていた^ンナは︑どこにいるのか判らないような毎
したその瞬間に︑その子に対するにくしみが始った たのではないとぼくは思う︑そして彼がそれを口にり黙ったりして
1
それらの全てはしかし︑ハンナ
のだろう︑可愛いらしく︑ときに大きな声をだした けくそになったりし︑そしてようやくおしまいと判 突きささった︒ぼくたちは学校に呼びだされた︒校長やその他の先生たち︑けがをした子の両親たちとの話しあいは苦しかったーー苦しい︑それはフィプスのしたことが全く別なことを目指していたことをぽくは知ってをり︑しかしそれを口に出すことが許されないゆえの苦しさー│ひとびとがぽくに押しつけた観点について︑ぼくが全く考えてみようという気にならなかったゆえの苦しさであった︒ぼくたちがフィプスとともになすべきことは悉くあいまいだった︒彼は泣きじゃくり︑反抗的だったと思うとやると︑生じたことを後悔した︒それでも傷をうけた子供のところへいって謝まらせることは出来なかった︒ぼくたちは無理やりに彼をつれ︑三人で病院に出かけたのだった︒しかし︑フィプスがその子供を脅かしたときその子に対してなんら悪意を抱いてい ちまぎれのものではなく︑非常な自制のもとに大きく育まれ鋭くとぎすまされた憎しみであった︒誰もその渕をのぞきこむことを許されぬ重い感情が彼のうちに成熟し︑彼は人間へと生長していた︒.
全てがおわったあの遠足のときのことを想いだす
といつでも矢張りこの小刀事件のことが浮んでく
る︑まるでこの二つが因果の環につらなるものであ
るかのように︒それは︑その衝撃ゆえに自分の子供
の存在を再びぽくの記憶のうちに呼びさますのだ︒
それというのも︑この事件を除けば︑この数年間の
学校生活はぽくの想出に残るものとてはなく︑それ
はぽくが彼の大きくなること︑理解力や感受性が増
していくことに注意を払わなかったためなのだ︒多
分彼も︑その年頃の子供たちと変ることはなかった
にとっては特別のそしてただ一回限りのものであっ のだ︒彼の心の中にあったものは決して子供の腹立
2 1
ない
︒
た︒調査委員会が設けられ警察に届けがだされまし 心からか︑あるいは杖でも探そうとしたのかもしれ学校は大変な騒ぎになりました︑と校長は言っ 場所はおそらくどこにもないであろう︒
それは先生の罪ではありませんと彼は言った︒
ぽくは頷いた︒ぼくにはそれで良かった︒
道の状態は良好であった︑しかしフィプスがクラ
スから離れていったのだった︑元気なあまりか好奇ものかぼくは知らなかった︒ ︱つのくらい事象へとこのすべてのものは合
のうしゅ一するのだ︒そして襄腫がありました︑多分ご存じ
でしよう・・・ぼくは頷いた︒蓋腫︑それがどんな れ
た︑
りの子供が死んだということを告げるにふさわしい はそこがふさわしい場所でないことを感じた︒ひと は口に出そうと努力していた︒しかしカフェでも彼 ならないことを︑まずホールでそれから通りで︑彼 事件のときですら家の方に電話がかかり︑そのあとでハンナがぼくにしらせたのだから︒三十分後︑会社のホールでぼくはそのひとに会った︒ぼくたちは通りの向い側のカフニにいった︒彼が言わなければ 頭の傷は危険なものではなかった︒しかし医者は
その後急激な死の理由を発見した︒父と子︒息子
ーこの把握しえぬものの存在すること︒いまぼく
にはこの言葉が浮んだ︑なぜなら︑このくらい事象
のためには明晰な言葉は存在しないのだ︒そのこと
に考え及ぶとき︑ひとは理解の力を失うのだ︒くら
い事象︑つまりはぼくの精液︑定めがたくぼく自身
にすらうちとけることのないもの︑そしてハンナの
血液︑その中でこの子供が養われ︑その誕生が導か があった︒そんなことはかつてなかった︒あの小刀の下の岩にぶつかったのである︒ 事務室にいたぼくのところに校長先生からの電話フィプスはとある岩の上で足をすべらし落ちてそ
たの
だろ
う︒
校長は口ごもりながら話し始めた︒