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マルサス『経済学原理』における価値尺度論の考察

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【論 説】

マルサス『経済学原理』における 価値尺度論の考察

横 山 照 樹  

は じ め に

 マルサスは,1820年に出版した『原理』初版の第2章で,「穀物と労働の 間の平均(a mean between corn and labour)」1)を価値尺度とする,独自の価値論を 展開していた.しかしマルサスは,初版を出版した後,1823年に出版された

『価値尺度論』等によって,価値論についての考察を深めていくことになる.

そして,マルサスの死後の1836年に出版された『原理』第2版では,第2章 の内容が大幅に変更されたのであった.筆者はかつて,第2章第1節から第 3節までの改訂の内容について検討したことがあった2).本稿の課題は,第4 節以降について検討することである.

 なお説明の便宜上,第4節以降の節のタイトルをあげておくと,次のよう になっていた.初版では第4節「交換価値の尺度と考えられる,商品が費や した労働について」,第5節「価値の尺度と考えられる,その費用が一定の場 合の貨幣について」,第6節「真実交換価値の尺度と考えられる,商品が支配 する労働について」,第7節「真実交換価値の尺度と考えられる,穀物と労働

1) Cf. 1st ed., p.126.

2) 横山(2013b)参照.なお,マルサスの『原理』初版出版後,第2版出版までの経緯について

は,横山(2013b)48―53ページを参照.

(2)

の間の平均について」であった.

 また第2版では,第4節「商品の交換価値の尺度と考えられる,商品に用 いられた労働について」,第5節「交換価値の尺度と考えられる,商品が支配 する労働について」,第6節「価値尺度の実際的応用と,その一般的な用途と 利益について」,第7節「同じ国と異なった国とにおける貨幣価値の変化につ いて」となっていた.

 本稿では,価値尺度論について議論されている初版の第5節から第7節ま でと,第2版の第4節と第5節について検討することにし,価値尺度の応用 と貨幣の価値について論じている第2版の第6節と第7節については,また 別の機会に検討することにしたい.

1 『原理』第 2

章第

4

節について

 初版の第4節は,第2版の第4節となり,タイトルについては若干変更さ れただけであったが,内容については,大幅に変更されることになった.大 きな変更点だけをあげると,1)この節の冒頭に,第2版で6つのパラグラフ が新たに挿入されたこと,2)初版で,投下労働価値論の批判が述べられてい た6つのパラグラフが,第2版では削除されたこと3),3)商品の価値が投下 された労働量に比例するのを妨げる3つの理由,その中でも特に地代につい て述べられていた15のパラグラフが第2版ですべて削除され4),それに代わっ て1つのパラグラフと2つの脚注が挿入されたこと,そして,4)初版の最後 にあった5つのパラグラフが第2版で削除され5),それに代わる2つのパラ グラフとリカードウを批判する長文の脚注とが挿入されたこと6),である.

3) プレンの編集したVariorum Editionでは,初版の文章で第2版において変更された箇所の指

示は,初版のページの欄外に記されたローマ字で指示されている.以下の説明では,初版の変 更箇所を指示するさい,Variorum Editionの方法を用いる場合がある.それに従うと,第2版で 削除された初版の文章は,1.85h, 1.85i, 1.86a, 1.86b, 1.87a, 1.87b6つのパラグラフになる.

4) これは,1.95gから1.104aまでの15のパラグラフである.

5) これは,1.105hから1.107dまでの5つのパラグラフである.

6) これは,2nd ed., p. 77の最後の2つのパラグラフと,pp. 77―78, note 27である.

(3)

 したがって,初版と第2版との相違として目立つのは,初版の文章が第2 版で大幅に削除されたことであり,初版では全部で40のパラグラフで構成さ れていたものが,第2版では24のパラグラフで構成されることになった.そ れでは,このような第2版における変更は,マルサスにおけるどのような理 論的発展を意味しているのであろうか.その点を明らかにするために,まず 初版の内容から検討していくことにしたい.

1. 1 初版における第4節の議論について

 第4節の最初の4つのパラグラフは,いわばこの節の序論にあたる部分に なる.マルサスは最初のパラグラフで,スミスの『国富論』第1編第5章に 言及して,スミスは「労働を価値の普遍的で正確な尺度」(1st ed., p.85)と考 えているにもかかわらず,その考えに固執しなかったために混乱を招いたと 言う.そして第2パラグラフでは,スミスが,あるときには,価値が生産に 費やされた労働量によって「決定される(determined)」(ibid.)と言い,またあ るときは,交換で支配する労働量によって決定されると言っている,と指摘 している.その後マルサスは,第3パラグラフと第4パラグラフで,この2 つの尺度は異なっていて,スミスの使った第1の意味は,「欠陥」(ibid.)のあ るものであると述べている.

 そしてマルサスは,この節の第5パラグラフ以降の箇所では,第1の意味 がどのような「欠陥がある」のかを,5つの批判点をあげて説明していく.

 まず第1の批判は,交換価値は他の商品との交換における価値であるから,

「より多くの労働がある商品に用いられたときに,同じようにより多くの労働 が,それが交換される他のものにも用いられるならば,第1の商品の交換価 値はそれに用いられた労働に比例しないことはまったく明らかである」(1st ed., p. 86)ということである7)

 次に第2の批判であるが,マルサスは,「もし我々が,商品の交換価値は各々

7) この第1の批判は,p. 86の第1パラグラフ(1.86a)で述べられている.

(4)

に支出された労働の比較的な4 4 4 4comparative)量によって決定されると言ったと しても,それが正しいことが見出されるような社会の段階は存在しない」(ibid.)

と述べて,まず土地が共有で資本がほとんど用いられない初期の段階につい て議論する.そして,「社会のこの段階で現実に行われる交換が,各々のもの が費やした労働に比例するのは,他のどのような段階よりもまれである」(ibid.) と言うのであった8)

 第3の批判では,初期の段階ではあるが,資本が使用される場合が論じ られる.その場合には,用いられた労働量以外に「収益の早さの違い(the

varying quickness of the returns)」が商品の価値に違いをもたらすことになるとし

て,鹿と丸木舟を例に出して説明されている9)

 第4の批判は,文明の進んだ国についてであり,この箇所では主に,リカー ドウの「労働の価格の上昇は多くの種類の商品の価格を下落させる」(1st ed.,

p. 91)という命題が,真実であることが説明されている10)

 最後に第5の批判であるが,マルサスは,文明の進んだ国で,商品の価値 が投下された労働量に比例するのを妨げる理由として,これまで述べたこと 以外に,外国商品が原料として用いられていること,租税が価格に影響を与 えること,そして「すべての土地が占有されているところでは,地代の支払 いが国内で生産される大部分の商品の供給のもう一つの条件になる」(1st ed.,

p. 96)こと,という3つをあげている.そして,この第5の批判では,この3

つの理由の内,もっぱら地代について議論され,大部分の商品について地代 の支払いが供給の条件であるから,「そのような生産物の価値が労働によって 規制されるという主張には,何の根拠もあり得ないのである」(1st ed., p. 101)

と言われるのであった11)

 そしてマルサスは,これまでの議論から,次のように述べるのであった.

8) 第2の批判は,p. 862パラグラフ(1.86b)からp. 881パラグラフ(1.87b)までである.

9) 第3の批判は,p. 882パラグラフからp. 902パラグラフまでである.

10) 第4の批判は,p. 903パラグラフからp. 952パラグラフまでである.

11) 第5の批判は,p. 953パラグラフ(1.95g)からp. 1042パラグラフ(1.104a)までである.

(5)

   「したがって,用いられる固定資本の異なった割合,流動資本の回収の異なった早 さ,製造業で用いられる外国商品の量,課税のよく知られている効果,そしてすべ ての進歩した国の現実の状態における地代のほとんどすべてについての普及,から 生じるあらゆる変化の下においては,各々の特定の商品の生産に用いられた正確な 労働量を知ることが,いかに興味深く,そして望ましいとしても,同じ時と同じ場 所において相対的な交換価値を決定するのが,確かにこの労働ではないということ を,我々は認めなければならないと,私は思うのである.」(1st ed., pp. 104―105)

 マルサスは,このように述べた後,生産に費やされた労働が「異なった場 所と異なった時における,それら〔商品〕の相対価値を決定することはでき ない」(1st ed,. p. 105)という議論と,リカードウの『原理』における議論12)に 対する批判とを行った後,先に引用した結論と同じように,商品の生産に費 やした労働量は,「異なった国と異なった時期において,以前定義された,真 実交換価値の尺度ではない」(1st ed., p. 108)と述べて,この節を終わっている のであった.したがって,先の引用文以降は,この節の結論部分と考えて良 いのではないかと思われる.

 これまで検討したことから,この第4節は,序論の部分,投下労働価値論 に対する5つの批判,そして結論部分によって構成されていたことになる.

 それでは,このような初版の議論に対して,第2版ではどのような改訂が 行われることになるのであろうか.以下では,先に述べた4つの大きな変更 箇所を中心に検討していくことにしたい.

1. 2 第1の変更箇所について

 この節の冒頭に,第2版では,新たに6つのパラグラフが挿入されること になる.その最初のパラグラフで,マルサスは次のように述べている.

12)マルサスが言及しているのは,リカードウがスミスの支配労働価値論を批判している箇所で ある.Cf. Works,Ⅰ, p. 14.

(6)

   「前の2つの節では,商品の交換価値に影響し,そして決定する原因が考察された,

そしてこれらは,どのような程度においてであれ,それらを獲得する困難を増大さ せるあらゆる事情からなっているように思われる.たとえば,それなしでは商品を生 産することができない,労働の一定量の賃金を支払う必要性,利潤の形での通常の

(ordinary)報酬なしでは誰も継続して行おうとはしない,他の資本の一定の前払いの 必要性,そして地代,十分の一税,租税,自然的および人為的独占,そして偶然のあ るいは季節の状態から起きる供給の一時的な不足により,たびたび起きる追加的な支 払いの必要性である.これらが困難のすべての源泉であり,それらが影響する(prevail)

程度に比例して,それらは内在的原因から生じる商品の交換価値を増大させるに違い ない.そしてさらに,すべてのこれらの価値の原因の結果は,需要の強度に比べた供 給の状態によって表されることが,明らかになった.13)」(2nd ed., pp. 69-70)

 ここでは,前の2つの節,すなわち第2節と第3節では,商品の交換価値 を決定する原因について考察されたと言われている.そして,それによって 明らかになったこととして,2つのことがあげられている.すなわち,1つは,

商品の交換価値を「決定する原因」が「それらを獲得する困難を増大させる あらゆる事情からなっている」こと,そしてもう1つは,「これらの価値の原 因の結果は,需要の強度に比べた供給の状態によって表されること」である.

マルサスはこのように述べた後,第2版で追加された2番目のパラグラフで 次のように言っている.

   「我々は今や価値の尺度4 4についてより詳しく研究することになる―価値の原因4 4に ついての研究とは明らかに同じではない研究である,なぜなら,それらが同じもの によって正確に表されるのは,非常にまれな場合においてのみであるからである.」

(2nd ed., p. 70)

13) したがって,ここでマルサスが「獲得する困難を増大させる」事情としてあげているのは,

賃金,利潤,および地代や十分の一税などの「追加的な支払い」,ということになる.

(7)

 そして今引用したパラグラフの最後に付けられた脚注で,マルサスは次の ように言っている.

   「商品に含まれる労働(The labour worked up in a commodity)は,その価値の主要 な原因4 4であるが,しかし,それはその尺度ではないことが,この章で明らかになる であろう.商品が支配する労働は,その価値4 4の原因ではない4 4が,その尺度であるこ とが,次の章で明らかになるであろう.14)」(ibid.

 その後,残りの4つのパラグラフでは,次のような議論が行われる.マル サスは,価値の尺度には「2つの最も重要な目的」(ibid.)があると言う.1つは,

「すべての商品の相対価値を,ある物を他の物と比べて,容易にそして便利に 尺度すること」であるが,マルサスによると,それは「貨幣によって完全に」

ibid.)行うことができる.そして,第2の目的について,次のように言っている.

   「第2に,商品が獲得される困難を,その供給のすべての条件を含めて,尺度する ことであり,そして,2つあるいはそれ以上の商品が,時間の経過とともに,お互い の交換関係が変化したときには,どれに,そして各々どの程度に,変化が起きたの かを確かめることを,我々に可能にすることである.15)これは,特に同じ国の,異なっ た時の商品に関しては,最も重要な情報である.」(ibid.

 しかしマルサスによると,貨幣は「内在的原因によって,交換価値が大き く変動しがちであるので」(ibid.)この目的を達成することができない.「した がって,ある他の物が,価値の一般的尺度の機能を果たすことができ,そし

14) すでに吉田氏が指摘されているように,この引用文の「章」とあるのは「節」の間違いであ る.吉田訳(上)144ページを参照.

15) マルサスはこの箇所に付した脚注で,「……と,私には思われる」(2nd ed., p. 70)と言っていた.

プレンは,この言葉は,「これらの追加がマルサスによるものであり,編者によるものではな いことを示唆している」(VE.Ⅱ, p. 334)と述べている.

(8)

て上に述べた目的に答えることができるかどうか,を考察することが残って いる」(ibid.)と述べて,初版の冒頭のパラグラフである,スミスに言及する 文章に接続することになる.

 それでは,第2版になって第4節の冒頭に挿入された6つのパラグラフを どのように評価したらよいのであろうか.この6つのパラグラフの内,最初 の2つのパラグラフは,第3節までの議論と,第4節以降の議論との関連に ついて述べているのに対して,残りの4つのパラグラフはこの節での議論の 序論にあたる部分になると思われる.

 マルサスは『原理』初版第2章のタイトルを,「価値の性質そして尺度につ いて」としていた.それを第2版では,「価値の性質,原因,そして尺度につ いて」に変更している16).そして,先に引用した,第2版第4節の冒頭のパ ラグラフによると,第2版の第2節と第3節は,「価値の原因」について議論 されたと言われていた.そうすると,第1節は「価値の性質」について議論 されていたということになる.また,先に引用した2番目のパラグラフの文 章によると,第4節以降では,「価値の尺度4 4」について議論されることになる.

しかもそこに付された脚注によると,第4節では「商品に含まれる労働」が 価値の尺度ではないことが明らかにされ,第5節では商品の支配する労働が 価値の尺度であることが明らかにされる,という形で議論が進められると言 われている.このことは,第4節と第5節の議論が本来の価値尺度について の議論であり,第6節と第7節の議論は,価値尺度に関する議論のいわば余 論にあたる部分になることを,示唆しているものと思われる.

 マルサスは初版の第2章第1節で,真実交換価値について,「3または4,5 または6,8または10を合わせたものと交換される能力に,多数の商品を組 み合わせたものに,あるいは,この多数を最も近似的に表している労働を支 配する能力に,関係しているに違いない」(1st ed., p. 61)と言っていた17).す

16) この点については,横山(2013b)123ページ以下を参照.

17) 第2章第1節における議論の詳細については,横山(2013b)54ページ以下を参照.

(9)

なわち,初版においては,真実交換価値は,「3または4,5または6,8また は10の商品を合わせたもの」によって,「多数の商品を組み合わせたもの」

によって,あるいは「労働を支配する能力」によって尺度されたものが,真 実交換価値なのであった.

 したがって,初版では,「価値の性質」についての議論と,「価値の尺度」

についての議論とが,一体になって行われていたように思われる.そのため に,すでに第1節において,「真実交換価値の正確な尺度が非常に望ましいこ とは疑いがない」が,「我々の望みうるすべては,我々の研究の目的である尺 度の,近似物(an approximation)である」(1st ed., p. 60)と言われているのであっ た.そして,それでは具体的に「近似物」として何が適当であるかについては,

第4節で「商品が費やした労働」,第5節で「貨幣」,第6節で「商品が支配 する労働」,そして第7節で「穀物と労働の間の平均」が取り上げられて議論 されていくのであった.

 それに対して第2版では,第1節で内在的交換価値を定義して,次のよう に言われていた.

   「内在的交換価値は,内在的原因から生じる購買力と定義され,ものの価値とは,

何も付言されないときには,その意味で理解される.この定義は,所有したいとい う欲求と,そしてその所有を獲得する困難とに基づいた,商品に対する評価とまっ たく等しい,そして,私の著書の『諸定義』で与えられた商品の交換価値の定義,

すなわち,あらゆる場合に需要に比較した供給の状態によって,そして通常は基本 的生産費(the elementary cost of production)によって決まる,ある場所と時におけ る商品に対する評価であるという定義と,完全に一致する.」(2nd ed., pp. 50―51)

 すなわち,価値は「所有したいという欲求と,そしてその所有を獲得する 困難に基づいた,商品に対する評価」と定義され,これは『諸定義』における,

「需要に比較した供給の状態によって,そして通常は基本的生産費によって決

(10)

まる」商品に対する評価という定義と,同じであると言われているのである.

したがって,マルサスは第2版において,価値が2つの要因によって決まる と考えていたことになる,すなわち1つは,「所有したいという欲求」あるい は「需要に比較した供給の状態」によって,そしてもう1つは,「所有を獲得 する困難」あるいは「基本的生産費」によってである.したがって,第1節 では価値についての定義が行われており,それをマルサスは価値の「性質」

についての議論と呼んだものと思われる.

 そして第2節では,「所有したいという欲求」あるいは「需要に比較した供 給の状態」によって,どのように価値が決まるのかが議論され,第3節では,

「所有を獲得する困難」あるいは「基本的生産費」がどのように価値の決定に 関係するかが議論されている.そのためマルサスは,この2つの節を「価値 の原因」についての議論と呼んだのであった.

 先に述べたように,初版においては,「価値の性質」についての議論の中に

「価値の尺度」についての議論が含まれるような構造になっていた.それは,

初版における「真実交換価値」の定義から,必然的にもたらされたことであっ た.それに対し第2版においては,「内在的交換価値」は「内在的原因からく る購買力」(2nd ed., p. 50)であるというように,その商品が固有に持つ購買力 であるという形で,価値の尺度とは関連なしに定義されていた.したがって,

第3節までの価値の性質と原因についての議論と,第4節以降の価値の尺度 についての議論とを,明確に区別することが可能になったのである.この点が,

第4節の冒頭に第2版で新たに追加されたパラグラフで,明確にされている のであった.

 またこのように,第2版においては,「内在的交換価値」の尺度の必要性に ついて,第1節で議論されていなかったので18),第4節において価値尺度に

18) 第2版第1節では,「一般的購買力の」尺度が存在しないということは言われていたが,「内

在的交換価値」の尺度についての議論は行われていなかった.この点については,横山(2013b)

58ページ以下を参照.

(11)

ついての議論を始めるにあたって,なぜ価値尺度が必要なのかということを,

前もって説明しておくことが必要になった.そのため,第2版第4節の冒頭 に追加された6つのパラグラフの内,3番目のパラグラフ以降で,価値尺度の「2 つの最も重要な目的」についての議論が,行われることになったのではない かと思われる.

 ところで,第2版で新たに追加された6つのパラグラフの議論の中で,第 3節までの議論と比較して特徴的なのは,「獲得する困難」の構成要素として,

賃金と利潤以外に,「追加的な支払い」をあげ,その内容として,地代以外に

「十分の一税,租税,自然的および人為的独占,そして偶然のあるいは季節の 状態から起きる供給の一時的な不足」に言及していることである.

 地代は第3節で価格の構成要素としてあげられていた.また第3節の第2 版で新たに追加された箇所で,租税に言及している箇所も見出される19).し かし,これほど多岐にわたるものに言及されているのは,やはり唐突な感は 否めないのではないかと思われるのである.

 しかし,『諸定義』の基本的生産費について議論している箇所では,次のよ うな議論が行われていた.マルサスは『諸定義』の定義38で,「基本的生産費」

を「供給の条件とまったく等しい表現」(Definitions, p. 111;180ページ)と定義 していた.それでは,「商品の供給の条件」はどのように定義されているかと いうと,定義37で次のように言われていた.

   「それらの生産に必要な蓄積労働と直接労働の量の前払いに,前払いが用いられてい た期間の,それらのすべてに対する通常の利潤に等しいパーセンテージを加えたもので ある.もし,何らかの種類の独占,あるいは租税から起きる,供給の何か他の必要な条 件があるならば,それらは加えられねばならない.」(Definitions, p. 111;179―180ページ)

 したがって,『諸定義』における「基本的生産費」の定義の中には,はじめ

19) Cf. 2nd ed., p. 65, 68.

(12)

から「何らかの種類の独占,あるいは租税から起きる,供給の何か他の必要 な条件」が入っていたのである.そうすると,マルサスが第2版で挿入され た第4節冒頭のパラグラフで,「十分の一税,租税」などに言及したのは,『諸 定義』の「基本的生産費」の定義にしたがったものだということになる.

 ところで,プレンは,この第2版第4節の冒頭のパラグラフについて,次 のように言っている.

   「全体的な印象は,価値の原因としての需要の役割は否定されてはいないが,供給 よりもずっと少ない強調が与えられていることである.この印象は,商品に含まれ ている労働は価値の『主要な』原因であるという,2.83の新しい脚注20)の叙述によっ て強められるであろう.」(VE.Ⅱ, p. 334)

 確かに第2版第4節の冒頭のパラグラフでは,「獲得する困難」に言及して いる部分が,「需要の強度に比べた供給の状態」に言及している部分より,圧 倒的に量が大きいので,プレンの言うような印象が生まれるかもしれない21). しかし,このパラグラフの議論が第2節と第3節の議論の要約であると考え た場合,プレンの言うように,「価値の原因としての需要の役割は否定されて はいないが,供給よりもずっと少ない強調が与えられている」とは言えない のではないかと考えられる.

 また,上に引用した『諸定義』の「商品の供給条件」の定義―それは「基 本的生産費」の定義でもあるのだが―にあるように,商品の供給条件を「そ れらの生産に必要な蓄積労働と直接労働の量の前払い」にそれらの前払いに

20) これは先に引用した,第2版第4節の第2パラグラフに付された脚注のことである.なお引

用文中における「2.83」とは第2版原書83ページのことであり,プレンは第2版の文章に言 及する場合,そのように指示している.

21) このようなプレンの印象が生まれてくるのは,第3節の第1パラグラフの第2版における

改訂に関連して述べられた,「価値の需要-供給理論」と「生産費理論」とが対立するもので あるという,プレンの考えが影響しているように思われる.この点については,横山(2013b)

86ページ以下を参照.

(13)

対する「通常の利潤」を加えたものとするならば,プレンの言及した脚注に あるように,労働が価値の「主要な」原因であると述べたとしても,間違っ ているとは言えないであろう22)

1. 3 第2の変更箇所について

 マルサスは,初版の第4節の最初の2つのパラグラフで,スミスの価値論 に混乱があることを指摘していたが,その箇所はほぼそのまま第2版でも採 用され,第7パラグラフと第8パラグラフになった.変更されたのは,初版 の最初のパラグラフにあった‘an’が第2版で‘a’に変更され,初版の第2 パラグラフにあった‘determined’が第2版で‘measured’に変更されたこ とだけである.

 ところで,この後者の変更について,プレンは次のように言っていた.「変 更は,初版における曖昧さを取り去る.この第4節においては,マルサスは,

価値の決定あるいは原因ではなく,価値の尺度に関心があるのである」(VE.Ⅱ,

p. 334)と.このプレンの指摘は,適切なものであると思われるが,この変更は,

マルサスが初版において,「価値の決定あるいは原因」と「価値の尺度」とを 混同する傾向があったことを示唆しているように思われる23)

 しかし,先に指摘したように,初版のそれに続く6つのパラグラフは,第2版 で削除されることになる.これらの削除について,プレンは次のように言っている.

   「なぜこれらの見解がMR24)と第2版から削除されたのか,明白な原理的な理由は 存在しない.それらは,価値の尺度についてのマルサスの第2版における見解と,

22) マルサスは『価値尺度論』の中で,労働と利潤という価値の2つの要素の中で,労働が 「 最

大で最も有力 」(Measure, p. 183;16ページ)であると言っていた.

23) 後に述べるように,同じような変更は第4の変更箇所でも行われている.

24) 「MR」とは,初版のコピーの余白や,初版のコピーに挟まれた紙片に記載された,手書き の原稿のことである.それをプレンは「手稿改訂版(Manuscript Revisions)」(VE.Ⅰ, p.xxxvii)

と呼んでいる.以下では,プレンにしたがって,MRと呼ぶことにする.そして,今検討して いる初版の6つのパラグラフは,MRでも削除されていた.なおMRについては,横山(2013b)

48―49ページを参照.

(14)

何ら矛盾していると思われないのである.それらが削除された最もありそうな説明 は,事柄(matters)は2つの版の第2章第4節の他の場所で,十分にカバーされて いたということである.それらの削除が,『〔リカードウ〕全集』第2巻評注22にお けるリカードウの応答と関係があるようには思われない.」(VE.Ⅱ, p. 334)

 すなわち,プレンによると,この6つのパラグラフが削除されたことは,

初版の議論が第2版で変更されたことを意味してはいないというのである.

しかし,初版出版後の資料や,第3節までの第2版における改訂箇所を念頭 に置いて考えると,このプレンの指摘は適切ではないように思われる.以下,

削除された6つのパラグラフについて考えていきたい.

 最初の2つのパラグラフは,序論にあたる4つのパラグラフの内の後半の 2つであり,残りの4つのパラグラフは,投下労働価値論の第1と第2の批 判が述べられていた箇所である.まず,最初の2つのパラグラフから検討し ていきたい.

 マルサスは初版の第3パラグラフと第4パラグラフで,次のように述べて いた.

   「これらの2つの尺度25)は本質的に異なっている.そして,確かにそれらのどちら も尺度の種類に入らないが,それらの内の一方は他方よりも,きわめてはるかによ り有用なそして正確な(a very much more useful and accurate),価値の尺度である.

   アダム・スミスによって用いられた第1の意味で,すなわち,商品がその生産に 費やした労働量について,労働が価値の尺度として適合している程度を考えるとき,

我々はそれがまったく欠陥のあるものであることが分かるであろう.」(1st ed., p. 85)

 先ほど述べたように,マルサスは,初版の第1節では,真実交換価値の正

25) 「2つの尺度」とは,商品の生産に費やされた労働量と,商品が交換で支配する労働量のこ

とである.

(15)

確な尺度は存在せず,実際に得られるのはその「近似物」に過ぎないと考え ていた.したがって問題なのは,正確な尺度に最も近いのは何かということ であった.ところで,上に引用した第3パラグラフと第4パラグラフは,そ のような初版の考え方にしたがって,述べられているように思われる.なぜ なら,第3パラグラフでは,2つの尺度のうち一方は,「きわめてはるかによ り有用なそして正確な,価値の尺度」であると言われて,「有用」さと「正確」

さが,どちらがより優れているかと議論されており,また第4パラグラフでは,

価値の尺度に「適合している程度」が問題にされているからである.

 しかし,先ほど述べたように,第2版においては,「真実交換価値」という 言葉に代わって「内在的交換価値」という言葉が用いられ,正確な尺度の「近 似物」を求めるという考え方は,排除されることになった.そのため,その ような考え方から述べられていた,第3パラグラフと第4パラグラフも,第 2版で削除されることになったのではないかと思われる.

 次に第1と第2の批判が,第2版で削除されることになった理由について,

考察することにしたい.

 まず第1の批判についてであるが,それは先に紹介したように,交換価値 は他の商品との交換における価値であるから,「より多くの労働がある商品に 用いられたときに,同じようにより多くの労働が,それが交換される他のも のにも用いられるならば,第1の商品の交換価値はそれに用いられた労働に 比例しないことはまったく明らかである」(1st ed., p. 86)ということである.

 マルサスは『原理』第2版の第2章第1節で,購買力の内在的原因と外在 的原因についての議論を行って,内在的交換価値を「内在的原因から生じる 購買力」と定義していた26).ところが,今の第1の批判は,「より多くの労働 が,それが交換される他のものにも用いられる」場合について議論しており,

購買力の外在的原因が変化した場合の価値の変動について,議論していたの である.したがって,この第1の批判は,内在的交換価値の議論から逸脱し

26) 第2版第2章第1節の内在的交換価値の議論については,横山(2013b)55ページ以下を参照.

(16)

ていたことになる.そのため,この第1の批判が,第2版から削除されるこ とになったのではないかと思われる.

 次に第2の批判についてであるが,それは,土地が共有で資本がほとんど 用いられなかった非常に初期の時代には,「社会のこの段階で現実に行われる 交換が,各々のものが費やした労働に比例するのは,他のどのような段階よ りもまれである」(1st ed., p. 86)ということであった.

 しかしマルサスは,『価値尺度論』以降の議論では,このような考えを変更 することになる.たとえばマルサスは,『価値尺度論』の中で,商品と道具の 生産に労働しか用いられず,生産された商品が販売される時間を無視できる と仮定して,次のように述べていた.

   「同じ労働量はお互いに対して,そしてそれらに対する需要に対して,同じ相対的 な割合で諸商品を生産する不変の傾向を持つであろうから,それらは平均すると,

それらを獲得するのに用いられた労働量にしたがって,お互いが交換されることが 見出されるであろうことは,確実である.」(Measure, p. 183;16ページ)

 すなわち,商品が労働のみによって生産され,流通時間がゼロで,利潤が 存在しない場合には,商品の交換価値は生産に用いられた労働量によって決 まってくるというのである.そして,これと同様なことは,1825年の「商品 の供給」でも言われていたし27),またこの節の最後の方の,第2版で新たに 追加された文章中でも,同様なことが言われているのであった28)

 ところで,ここで想定されている状態は,『原理』初版第2章第4節の第2 の批判点で想定されていた状態,すなわち「生産費がもっぱら労働に限られ る社会の段階」(1st ed., p. 88)と,同じような状態であると思われる.そして,

『価値尺度論』では,そのような状態の下では,商品は「それらを獲得するの

27) 横山(2013a)54ページ以下を参照.

28) 本稿の脚注40を参照.

(17)

に用いられた労働量にしたがって,お互いが交換される」と言われており,『原 理』初版第2章第4節の第2の批判点の主張とは明らかに矛盾していること になる.そのため,マルサスは『原理』第2版において,この第2の批判点 を削除することになったのではないかと考えられる.

 したがって,初版にあった6つのパラグラフが第2版で削除されたのは,

プレンが言うように,「明白な原理的な理由」が存在しないのではなく,第2 版の内在的交換価値の考え方や,『価値尺度論』以降の考え方と矛盾すること になったためではないかと思われる.

1. 4 第3と第4の批判について

 先ほど述べたように,第2版の第7パラグラフと第8パラグラフは,初版 の第1パラグラフと第2パラグラフの文章とほとんど一緒であった.そして マルサスは,初版の第3パラグラフから6つのパラグラフを第2版で削除し たが,それに代わる文章として,第2版の第9パラグラフと,第10パラグラ フの前半を,第2版で新たに追加することになる.第10パラグラフの後半は,

初版第9パラグラフの第2センテンス以降と,ほぼ同じである.

 第2版の第8パラグラフは,今述べたように,初版の第2パラグラフとほ とんど同じであるが,そこではスミスの価値論の混乱が指摘されていた.そ して第2版の第9パラグラフでは,スミスの『国富論』から,価値の問題に ついて議論している箇所が引用される.その後,マルサスは第10パラグラフ の前半で,次のように述べている.すなわち,「どの程度,労働が価値の尺度 であると考えられるか」という問題は,それが「ある著名な現代の著者によっ て,価値の新しい理論の基礎として採用されなかったならば」,考察する必要 はなかったであろう.「しかしこれは事実であるから,研究が要請されている ように思われる」(2nd ed., p. 71)と.そしてそれに続いて,マルサスは次のよ うに言っている.

(18)

   「問題は定義の正当性だけではなく,命題の真実性も含んでいることは,特に注意 しなければならない.それは,交換価値の定義と尺度は何であるべきかということ だけではなく,商品に含まれている労働がそれらがお互いに交換される割合を決定 するか,あるいは尺度するかどうかという,事実の問題でもある.そして我々が知っ ているどのような社会においても,それがこれを行うことはなかったのである29).」

(ibid.)

 このように述べた後,第3の批判が述べられていた,初版第9パラグラフ の第2センテンスの「非常に初期の段階においては」以降に,つながってい くのであった.

 第2版で追加された,以上の2つの箇所については,次のことが言えると 思われる.まず第9パラグラフについては,すでにプレンが指摘しているよ うに,スミスに対する評価が2つの版で違ってきているのではないかという ことである.初版では,スミスは,生産に費やされた労働量と,交換で支配 する労働量という,2つの尺度があると指摘するだけだったので,混乱を招 いたと言われていた.ところが第2版の第9パラグラフでは,「しかしながら,

彼〔スミス〕が非常に最もしばしば用いたのは,そして彼が明らかに主要な 強調を置いたのは,後者の意味であった」(2nd.ed., pp. 70―71)と述べて,その 後『国富論』第1編第5章の冒頭のパラグラフの後半部分を引用するのであっ た.

 この点についてプレンは次のように言っているが,妥当な指摘であるよう に思われる.「2.84-85に追加された新しい〔第9〕パラグラフでは,〔スミス に対する〕批判は事実上撤回された.2.84-85では,アダム・スミスは価値 の尺度として,用いられた労働(labour employed)ではなく,支配労働(labour

commanded)を最もしばしば用いた,そして支配労働を最も強調した,と議論

29) 吉田訳では,「 そして 」 以降が訳文から抜けている.吉田訳(上)147ページを参照.

(19)

されている.」(VE.Ⅱ, p. 335)

 次に第10パラグラフの前半の議論であるが,先に述べたように初版の「真 実交換価値」の定義から第2版の「内在的交換価値」の定義に変更されたこ とによって,価値の尺度は「近似」的なものしか存在しないという初版の考 えは撤回された.そのため,先に引用した第2版の第10パラグラフの文章で は,価値の尺度の「問題は定義の正当性だけではなく,命題の真実性も含ん でいることは,特に注意しなければならない」と述べて,何を価値尺度にす るかという問題は,より真実に近いものを選ぶということではなく,「定義の 正当性」や「命題の真実性」の問題であることを,明確にしているのであった.

 第2版の第10パラグラフの後半以降,投下労働価値論に対する第3の批判 と第4の批判が展開されていく.第2版における大きな変更は,リカードウ の『原理』第2版に言及している箇所が,文章が変更されたり,削除された ことである.すなわち,初版の1.90eでは,リカードウの『原理』第2版第1 章第3節の文章を引用して批判していたが,この文章が第3版では削除され たため,マルサスはリカードウの『原理』第3版第1章第3節におけるビーバー と鹿の価値の比較の例を取り上げて,リカードウを批判することになる30). また,リカードウの『原理』第2版の文章に言及していた,1.93hと1.94fは,

第2版で削除されることになる.しかし,それ以外の箇所は大きく変更され ることはなかった.

 このことは,第3と第4の批判について,初版と第2版とで基本的な考え 方に変化がなかったことを示していると思われる31).ところが,両者の間に MRを入れて考えると,これとは違った様相を呈することになる.なぜなら,

MRでは第4の批判の箇所が大幅に変更されているからである.しかし,第2

30) プレンによると,初版でマルサスが言及していたリカードウの『原理』第2版の叙述と同じ

ようなものが,第3版でも繰り返されていた.そのためプレンは,なぜマルサスが初版のコメ ントを第2版で削除したのかが「分からない」(VE, Ⅱ, p. 336)と述べている.

31) マルサスの『原理』初版における第3と第4の批判が,リカードウの『原理』第3版におけ

る価値論の改訂に影響を与えたことについては,羽鳥(1982)318ページ以降,中村(1996)99ペー ジ以降,を参照.

(20)

版ではMRでの考えが撤回されて,初版とほぼ同じものが採用されることに なった.

 それでは,MRでどのような変更が行われていたのであろうか.その点に ついて,プレンは次のように言っている.

   「1.91e,1.91h,1.92f,1.93a,1.94aそして1.95eの6つのパラグラフは,MRで削 除されたが,第2版では省略されなかった.これら6つのパラグラフの最初の4つと,

5番目の一部が,MRのp. 110とp. 111の間に挟まれた紙(sheets)に,指示された 変更とともに,組み入れられたが32),しかしそれらは第2版では移動させられなかっ た.2枚の紙片(loose sheets)がMRのp. 90とp. 91の間に挟まれており,1枚目の 紙の第1面には91と番号が付けられている.1枚目の紙には『1818』という透かし のデータが入っている.……,それらは第2版には現れなかった.」(VE.Ⅱ, p. 72)

 そして,p. 90とp. 91の間に挟まれた2枚の紙片の内容は,プレンの言葉 を借りると,「商品の価格は用いられた労働によってだけではなく,固定資本 と流動資本との相対的な割合によっても決まるというマルサスの見解を説明 することを意図した,数字例」(VE.Ⅱ, p. 338)による説明であった.

 ところでプレンは,6つのパラグラフの移動について,「移動の明白な理由 は存在しない.また,なぜ移動が第2版で最終的に行われなかったのかにつ いても,明白な理由は存在しない」(ibid.)と述べている.また数字例についても,

その内容を紹介するだけで,初版や第2版と比較した場合の意義については 何も述べていない33).したがって,プレンはこのMRでの変更を,マルサス の価値尺度論の発展を検討する上で,重要な変更であるとは考えていなかっ たことになる.筆者も,このようなプレンの評価は妥当なものではないかと

32) 初版のp. 110p. 111は,第5節の3ページ目と4ページ目にあたる.

33) プレンが数字例から指摘しているのは,次のことである.「したがって,この例には,地代が

価値の構成部分であるかどうかについて,マルサスの見解に迷いがあった.」(VE.Ⅱ, p. 338)

(21)

思われる.ただ1つ確認しておきたいのは,MRでは大幅に変更することが 考えられ,第2版ではその考えがまったく放棄されたことは,マルサスがこ の節の改訂について,非常に苦心していたことを示唆しているように思われ る,ということである.

1. 5 第3の変更箇所について

 先に述べたように,マルサスは初版で,投下労働価値論に対する第5の批 判として,外国商品が原料として用いられること,租税が価格に影響を与え ること,そして地代の支払いが大部分の商品の供給条件であることの3つを あげ,その中で専ら地代の支払いを取り上げて議論していた.ところが第2 版では,この第5の批判が展開されていた15のパラグラフが削除され,代わ りに1つのパラグラフと脚注が2つ新たに挿入されることになる.

 ところでプレンは,削除された15のパラグラフと,新たに挿入されたパラ グラフと脚注について,その内容を簡単に紹介した後,次のように述べている.

   「新しい脚注での第一人称の使用―『私が他の場所で述べたように』,『私には理 解できないものである』―は,2.91における新しいパラグラフと脚注の挿入は,

マルサスによるものであり,編集者によるものではないことを示している.しかし それは,我々が,初版から15のパラグラフが削除されたことを説明することを,助 けるものではない.新しいパラグラフは,削除されたパラグラフと何ら矛盾するも のではなかった.」(VE.Ⅱ, p. 342)

 すなわち,プレンは第2版における変更がマルサス自身によるものである ことは認めるのであるが,なぜそのような変更が行われたかについては,第 2版で新たに挿入された文章からは,説明できないというのであった.

 ところで筆者は,最劣等地で発生する地代についての議論を検討したさい,

今問題にしている初版の15パラグラフが第2版で削除されたのは,『価値尺

(22)

度論』における議論が影響しているのではないかと述べたことがあった.

 マルサスは『価値尺度論』において議論する場合,生産物の価値は賃金と 利潤のみによって構成されると考えていた.その点は,『価値尺度論』の中の

「労働の不変価値とその諸結果を例証する表」(Measure, p. 199;40―41ページ)に 典型的に現れているように思われる.そこでは10人の労働者が生産する穀物 の価値が,賃金と利潤のみから構成されており,地代はまったく考慮されて いなかったのである34)

 このように価値尺度の問題について議論するさい,地代をまったく考慮し ないという考え方は,『価値尺度論』以降の資料である1825年の「商品の供 給」や1827年の「商品の価値」においても同様であった35).したがって,こ のような考え方は,マルサスにとって『価値尺度論』以降一貫したものであっ たように思われる.そうすると,地代の支払いが商品の供給条件であるとし て投下労働価値論を批判することは,このような考えと矛盾することになる.

そのためマルサスは,第2版において,初版の地代に言及した15のパラグラ フを削除することになったのではないかと思われる.

 そして,削除された文章に代わって,第2版で新たに挿入された文章の中 では,次のように述べられていた.

   「商品の交換価値がそれに使用された労働量に比例することを妨げる他の原因が,

実際は働いている.しかしすでにより詳しく論じられたものが非常に強力であり,問 題にとって完全に決定的であるから,特に他のものに言及する必要はない.その各々 に用いられた労働量に比例して相互に交換されることが見出される,異なった種類 の2つの商品を取り上げることは,ほとんど不可能であろう36).」(2nd ed., p. 76)

34) 以上の点については,横山(2006)132ページ以下を参照.

35) 「商品の供給」と「商品の価値」の議論については,横山(2013a)を参照.

36) この文章に続けてマルサスは,「利潤を蓄積労働の賃金と想定する」以外には,交換価値が

投下された労働量に比例することはないが,そのような想定は「まったく理性を欠いている

(unphilosophical)」(2nd ed., p. 76)と言っている.

(23)

 価値尺度の問題を考えるさいに地代については考慮しないとすると,ここ で言われている「その他の原因」とは,初版にあった「外国商品が原料とし て用いられること,租税が価格に影響を与えること」を指していると思われ る.しかし,初版では,これらの原因に言及されていなかったのであるから,

重要な論点とは考えられていなかったことになる.したがって,第2版にお いても,「すでにより詳しく論じられたものが非常に強力」であるからとして,

それらに言及されることはなかったのである.

1. 6 第4の変更箇所について

 初版の最後の7つのパラグラフ,第2版では最後の4つのパラグラフが,

この節の結論部分にあたる.そのうち,最初の2つのパラグラフは,初版と 第2版とで共通の部分を含んでいる.それに対して,初版の最後の5つのパ ラグラフは第2版で削除されて37),新たに2つのパラグラフと1つの脚注が 追加されたのである.まず,最初の2つのパラグラフから検討していきたい.

 初版の結論部分の最初のパラグラフは,本稿の1.1で引用されているが,

そのうち「各々の特定の商品の生産に用いられた正確な労働量を知ることが」

以下の部分が,第2版で採用されている.また初版の結論部分の2つ目のパ ラグラフのうち,最初の部分が,第2版でも採用されることになる.それは 以下のような文章である.

   「しかしもし,同じ場所と同じ時において,商品の相対的な価値が,それらが生産 に費やした労働によって決定されないとするならば,この尺度が,異なった場所と 異なった時における,それらの相対価値を決定することができないことは明らかで ある.」(1st ed., p. 105)

 この2つの文章が第2版の終わりから4番目と3番目のパラグラフとなる

37) それは,1.105h,1.106b,1.106c,1.107a,そして1.107d5つのパラグラフである.

(24)

が,そのさい若干文言が変更されている.主な変更点は,初版の「決定する」

という言葉が,第2版では「測定する」に変更されていることであった.こ の変更は,第2の変更箇所で述べたことに,対応していると思われる.しかし,

投下労働価値論についてのマルサスの基本的な考えは,初版と第2版とで変 化がなかったのであるから,これらの文章が基本的に変更されなかったこと は,ある意味当然なことのように思われる.

 そして,初版の先に引用した文章以降の箇所が,第2版では削除されるこ とになる.その内容を簡単に紹介すると,まず,2つ目のパラグラフの残り の部分(1.105e)についてであるが,そこでは,現在のロンドンで生産された 商品と,300年前のロンドンや現在のインドで生産された商品とを比較する ことによって,先に引用した文章の議論が例証されている.そして,1.105h では,その議論を,エドワード3世の時代とマルサスの時代との,良質のブロー ドの価値を比較することによって説明されている38)

 また,1.106bと1.106cでは,リカードウの批判に対する反論が行われてお り39),1.107aでは,生産に用いられた労働量では,現在と300年前との商品 を比較することは不可能であると述べられている.そして1.107dでは,商品 が生産に費やした労働量は「同じ時と同じ場所における相対価値の正確な尺 度ではないし,また異なった国と異なった時代における,以前に述べた真実 交換価値の尺度でもない」(1st ed., p. 108)と述べて,この節を終わっている.

 それでは,第2版で新たに追加された2つのパラグラフでは,どのような 議論が行われていたのであろうか.最初のパラグラフでは,「大部分の場合に は,現実に用いられた労働に加えて,しばしば非常に大きな力で作用している,

その他の価値の内在的原因が存在している」ので,「商品の生産に実際に用い

38) 後に述べるように,マルサスは第2版の第5節で,エドワード3世の時代に生産された商品

と,マルサスの時代に生産された商品との価値の比較を,支配労働量によって行うことができ ることを説明している.

39) リカードウの批判とは,リカードウが『原理』第1節で述べていたものである.Cf. Works,Ⅰ,

p. 15.なおマルサスは『原理』の第2版から引用しているが,この部分は第3版でも変更され

なかった.Cf. VE.Ⅱ, p. 346.

(25)

られた労働の価値が,完成された商品の価値を決して表さないし,比例して もいない40)」(2nd ed., p. 77)と言われている.この引用文で,「価値の内在的原因」

と言っているのは,第2版でこの節の冒頭に挿入された文章で述べていたも のを指していると思われる41)

 そして,第2版で追加されたもう1つのパラグラフでは,商品の生産に用 いられた労働量は,「価値尺度の2つの大きな目的42)に答えることができない」

ibid.)ことを説明して,この節を終わっている.また,このパラグラフに付

された長文の脚注では,リカードウの『原理』第3版の第1章第6節の最後 の箇所での議論43)が批判されているのであった.

 それでは,このような第2版における変更をどのように評価すべきであろ うか.第2版で削除された初版の文章について,プレンは「編者のコメント」

の中で,次のように言っている.

 まず1.105eと1.105hについては,前の議論の繰り返しを含んでいるから削

除されたのではないかと述べられている.また,リカードウを批判した1.106b

と1.106cについては,議論の内容を紹介した後,「これらの2つのパラグラ

フは2人の著者の異なった,そして相容れないアプローチを非常に明確に示 している」(VE.Ⅱ, p. 346)と述べて,削除されたことを悔やむようなことを述 べているのであった.1.107aについては,マルサスが投下労働価値論に「2 つの重要な譲歩(two important admissions)」(ibid.)を行っていると述べているが,

それが第2版で削除された理由については何も述べていない.そして,1.107d については,「初版と第2版における第4節の結論的なパラグラフは,本質的 に同じである」(ibid.)と述べるのであった.

40) マルサスはこの文章のすぐ前で,「労働のみが用いられて,生産物が直ちに市場に持ってこ

られるという,まれな場合を除いて」(2nd ed., p. 77)と言っていたので,この「まれな場合」

には,生産に用いられた労働が価値を表すことになる.

41) それについては,本稿の1. 2の最初に引用されている文章を参照されたい.

42) これは,マルサスが第2版の冒頭に追加した6つのパラグラフの内,4番目と5番目のパラ

グラフで述べられていたものである.

43) Cf. Works,Ⅰ, pp. 46―47.

(26)

 これらのコメントから考えて,プレンは第4の変更箇所が第2版における マルサスの理論的に重要な見解の変更を示しているとは考えていないように 思われる.そして筆者にも,このようなプレンの評価は大筋では妥当なもの ではないかと思われる.

 初版においては第2章は7つの節で構成されているが,この第4節はその 中で最もページ数の多い節であった.それに対して第2版になると,初版と 同じように7つの節で構成されているが,この第4節は,第2節に次いで,2 番目にページ数の少ない節になっているのである.したがって,第2版の改 訂を行うさい,マルサスは第4節の議論を簡潔に行おうという意図があった ものと推測される.このため,この第4の変更箇所においても,簡潔な議論 を行うために,多くの削除が行われたのではないかと思われる.

2 『原理』初版第 2

章第

5

節以降の議論について

 『原理』初版第5節以降は,初版の第6節の最初の方のいくつかの文章が,

第2版の第5節に採用されたということはあるが,基本的にまったく書き換 えられている44).そこで,この節では初版第5節以降の議論の内容を簡単に 紹介し,第2版の議論の内容については,節を改めて検討することにしたい.

2. 1 初版第5節について

 まず第5節の内容から簡単に見ていきたい.マルサスは最初に,リカード ウの『原理』第2版における,貴金属についての想定に言及した後45),次の ように言って,この節の問題を設定する.「貴金属の一定量が,常にその生産 に同じ労働量が必要であるということが実際に真実であるとしても,貴金属

44) 初版の第6節は第2版の第5節となった.タイトルについては,初版の「真実交換価値」が

2版で「交換価値」に変更された以外は同じである.しかし内容については,後に述べるよ うに,大幅に変更されることになった.

45) マルサスが言及しているのは,リカードウの『原理』第2版第1章の24ページの文章(Works,

, p. 54)である.

(27)

がどこまで各々の商品に用いられた労働量の正確な尺度であるかを考えてみ ることは,興味あることである.」(1st ed., p. 109)

 したがって,前の第4節ではリカードウの投下労働価値論が批判されてい たが,この第5節では,「それを生産するのに常に同一量の労働を要する」

(Works,Ⅰ, p. 55)という,貨幣についてのリカードウの考えが批判されている ことになる.

 マルサスは,次のような順序で議論していく.最初に,貴金属の入手方法 について,どのような仮定を置いても,商品の価格が,それに投下された労 働の正確な尺度になることはないことが説明される.次に,貴金属に特有な 変動の原因が指摘される.そして,さらに,貴金属の鉱山について,「どこに あろうと,すべての時代で,採掘に同量の労働と資本が常に費やされる」と 仮定したとしても,異なった国と時とにおいて,それは,「商品に投下され た労働量を計るものとして,比較的にいかに頼りないか」(1st ed., pp. 113―114)

ということを,経験上と理論上から説明していくのであった46)

 最後に,「貴金属は,どのような方法でそれらが獲得されたとしても,おな じ時と場所では,交換価値の正確な尺度である」(1st ed., p. 117)ことと,貴金 属が労働のみによって獲得されたとしても,生産に資本が用いられる商品につ いては,「それらの価値は,貴金属と比較しても,あるいはお互いを比較しても,

それらが費やした労働に決して比例することはできない」(1st ed., p. 118)こと を指摘して,この節を終わっている.

 ところで,マルサスは次の第6節の最初の方で,次のように言っていた.

すなわち,「前の2つの節で,商品の費やした労働量は,同じ時と場所におい てすら,決して交換価値の正しい尺度とはならないことが示された」(1st ed.,

p. 120)と.したがってこの第5節は,第4節と同様に,投下労働価値論の批

46) マルサスは経験上の議論として,ベンガルとイングランドの生産物の価格,インドの銀の価 値,ヨーロッパ諸国で銀によって購入される労働や商品の数量,に言及している.Cf. 1st ed., pp. 114―115.

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