最適な社会保障負担率と出生率への影響
著者 塩津 ゆりか
雑誌名 經濟學論叢
巻 63
号 3
ページ 385‑399
発行年 2011‑12‑20
権利 同志社大學經濟學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013638
【研究ノート】
最適な社会保障負担率と出生率への影響
塩 津 ゆ り か
1 は じ め に
公的年金制度がもつ再分配効果を測定する方法として,「年間所得ベース」
と「生涯所得ベース」の2つがある.東(2009)によると,「年間所得ベース」
でみた場合,現行の日本の公的年金制度は高齢世代への世代間再分配効果は 働いているが,世代内再分配効果は限定的であるとしている.一方,小塩(2008)
は「生涯所得ベース」でみたときには,世代間での再分配効果は「年間所得ベー ス」でみる場合より小さく,世代内再分配効果は基礎年金の設計によって変 化することを指摘している.現実には,悠々自適の年金生活をおくる高齢世 帯と低年金・無年金で厳しい生活を余儀なくされている高齢世帯があること をふまえて,世代内での再分配を強化するために基礎年金の最低保障年金化 が検討されている.
しかしながら,多くの論者が指摘するように,基礎年金を強化するときに 財源を租税に求めるのか,または保険料に求めるのか,どのような税目およ び税率や保険料率を設定するかによって再分配の強化につながるかどうかが 変わる.現行制度の枠組みでは,第3号被保険者制度は,第2号被保険者と 事業主が拠出する保険料で第3号被保険者の基礎年金部分の保険料を充当す ることになっており,「世代内」での再分配が働いていると解釈することも可
* 本稿の作成にあたり,第67回日本財政学会において安岡匡也氏(北九州市立大学)から有益 なコメントを頂戴しました.記して感謝します.本稿に含まれるすべての誤りは,筆者による ものです.
能である.ところが,この第3号被保険者制度は既婚女性の労働供給を抑制 することが知られており,働く能力があるにもかかわらず低所得にとどまる インセンティブを与えている.
既婚女性の労働供給を阻害する,もうひとつの大きな理由は育児や介護で ある.乳幼児の頃は,身の回りの世話に時間をとられ,学童期に入っても「小 1・小4の壁」にみられるように,長時間働くことに困難を感じる家庭も多い.
また,介護の重度化・長期化によって介護離職を強いられるケースも多く,
年金の不正受給や介護者による虐待など深刻な問題を引き起こしている.
本稿では,育児の問題を取り上げるために出生率を内生化し,能力があり ながら,税制や社会保険制度などの制度に起因する就業調整を行うことで,
低所得にとどまることを認めた上で,「生涯所得ベース」でみたときに,公 的年金制度を,(1)賦課方式かつ財源を労働所得税に求める場合と,(2)積 立方式かつ保険料に財源を求める場合とに分けて両者を比較した.その結果,
公的年金の財源を労働所得税に求めるときは,低所得者に対してはどのよう なときにも課税すべきだが,多くの子どもを育てる高所得者には課税すべき ではないことがわかった.他方,財源を保険料に求めるときは,低所得者も 高所得者も消費や子どもとすごす時間よりも子どもの人数に価値をおくとき に保険料を徴収した方がよいとの結論を得た.あわせて,自助努力である私 的貯蓄に対する課税政策も検討した.本稿の結論からは,少子化が進行する と資本課税を実施すべきであり,逆に子どもが増えているときには,私的貯 蓄を奨励するように補助金を支給するべきであることがわかった.
以下,第2節で先行研究を概観し,第3節でモデルを提示する.第4節では,
(1)全額税方式 (2)保険方式 の最適税率(保険料率)を示し,第5節では,
貯蓄への課税政策について検討する.第6節でまとめと今後の課題を述べる.
2 先 行 研 究
最適課税に関する研究は,多岐にわたり膨大な蓄積がある.課税客体を労
働所得に求め,かつ非線形所得税についての研究に限っても多数の研究がな されてきた.特に,政府が個人の能力を完全には把握できないとしたとき,
高い能力をもつ個人と低い能力の個人に対して,モラルハザードを引き起こ さないような所得税率について多くの論文がある.
Ordover and Phelps (1979)は,静学モデルで賃金率を外生としたときに最適 非線形所得税がどのような性質をもつか分析した.Stern (1982)やStiglitz (1982) は,Ordoverらの研究を拡張し,賃金率を内生化したときの最適非線形所得 税について研究を進めた.Tuomala (2001)は,従来のStaticかつ賃金率内生化 モデルでの非線形最適所得税の議論をOLGモデルによって動学化した.そ の結果,高所得者への所得課税は労働供給を阻害するために不適当であるが,
低所得者には所得課税を行うべきであることが示された.さらに動学化する ことで貯蓄への課税を同時に扱えるようになった.
近年の研究では,Aronsson and Johasson-Stenman (2008)が他人の消費への ねたましさを考慮したモデルを提示している.Brett and Weymark (2010)や
Simula (2010)は,多様なタイプの家計の存在を認めたとき,特定のタイプの
人口増加と最適非線形所得税の関係についての結論として,①情報の非対称 性によって労働供給が抑制される,②情報レントの受け手としての個人が労 働の生産性をも低めてしまう,③低い能力をもつ個人がより高い能力をもつ 個人に支払われる情報レントの出し手とみなされる という3点を指摘して いる.
また,消費課税についても,Ramseyをはじめ,Kleven,Boadwayなどによっ て精力的に研究が進められている.Kleven (2004)は,財の消費には,財その ものと財の消費に時間が必要であると仮定して,最適な個別消費税率の設定 を議論した.消費税率は逆要素シェアルールにもとづいて決定すべきである という.
資本課税を対象にした研究としてRogerson (1985)がある.この論文は,2 期間モデルで,第1期はどの家計も同じ所得を得るが,第2期には第1期の
努力次第で高所得か低所得のどちらかになると想定する.モラルハザードが 存在する場合,第2期の消費プランを前提に第1期の努力水準を決定すると,
資本蓄積や貯蓄を牽制するような資本課税が望ましいことを示した.
本稿では,出生率を内生化した上でTuomala (2001)と同様に最適所得税のフ レームワークを動学化し,公的年金の財源を全額税方式で調達する場合と完 全積立方式でまかなう場合の両者について,世帯所得に応じた所得税と年金 保険料を導出する.また,所得状況に応じて貯蓄が奨励されるべきかどうかを,
あわせて検討する.
3 モ デ ル
3. 1 家 計
高い能力をもつ家計と低い能力の家計の2タイプを想定する.各家計は1 人の構成員からなり,2期間を生きる.現役期に出産選択し,子ども(nt+1) を何人育てるかを決定する1).また,各家計は現役期のみ働いて所得を得る が,1日を労働と育児にあて,何時間働くかは家計の意思決定によって決まる.
育児時間atは家計に効用をもたらすとする.現役期に得られる所得は,それ ぞれの能力と労働時間に応じて決まる.得られた所得を現役期の消費ct1と外 生的に与えられる育児費用z×nt+1,貯蓄stに配分する.引退期には,貯蓄を 取り崩して消費ct2にあてる.各家計の生涯効用は,Ui(c1,it , ct2,i, ait, nit+1)となる.
なお,上付添え字iは家計のタイプを,下付の添え字は世代を表し,f'(・)>0,
f''(・)<0を仮定する.
3. 2 企 業
企業は,資本と高い能力を持つ人の労働と低い能力をもつ人の労働を使っ
1) 本稿のモデルでは,能力は遺伝すると仮定し,努力によって変わることは想定しない.しかし,
教育投資に関する多くの研究では,努力によって個人の能力が変化するモデルが開発されてお り,重要な研究テーマである.能力開発を含めたモデルは今後の課題としたい.
て財を生産する.簡単化のため,生産関数はコブ・ダグラス型を想定し,資 本は1期で完全に減耗し,f'(・)>0,f''(・)<0を仮定する.したがって,企業 の利潤最大化行動により,賃金率は能力に応じてwh,wl,利子率はrとなる.
3. 3 政 府
政府は,次の2通りの方式によって公的年金制度の導入を行う.第1は,
完全賦課方式の年金で財源を現役世代の所得税に求める.(以下では,全額税方 式とよぶ.)第2は,完全積立方式の年金で財源を当該世代の報酬比例型年金 保険料に求め,市場利子率で運用し,当該世代が引退期に達したときに支給 する.(以下では,保険方式とよぶ.)いずれの方式をとるにしても,政府は個々 の家計の能力を知ることはできないが,労働所得は把握できるものとする.
各家計は引退期の消費を公的年金だけでなく,私的貯蓄でもまかなう.し たがって,政府が資本課税を強化するかどうかによっても貯蓄額は影響を受 ける.本稿では,資本課税を通じた政策分析も試みる.
4 最適年金ルール
4. 1 全額税方式
政府は,家計の所得に応じて異なる所得税率T(wili)を適用して世代間再分 配を実施する.家計が直面する現役期の予算制約は,ci1,t=(1−T(witlti))(1−
ati)wit−sit−znt+1i ,引退期の予算制約は,ci2,t=(1+rt+1)sit+
∑
i T(wit+1lit+1)/
∑
i nit となる.簡単化のため,t世代の総人口を1とすると,各家計の限界税率は
(1)
Ua,t'i 1 Uc'i1,t wit−1 Uc'i2,tnit+1
Uc'i1,t −1 T'(witlti)=
となる.
所得税率決定に際して,高所得家計の効用と低所得家計の効用を平等に取
り扱う.よって,社会厚生関数は(2)式で定式化される.
W(Ul(c1,tl ,c2,lt,atl,nlt+1)+Uh(ch1,t,ch2,t,aht,nht+1)) (2)
所得に応じて税率が変わるので,能力の高い家計は課税をのがれるために,
あまり働かなくなる可能性がある.すべての高い能力をもつ家計が低い能力 の家計になりすますことを防ぐ目的で,なりすましたときの効用が高所得家 計の効用を上回らないよう,誘因両立制約を課す.ただし,Aronssonらにな らい,高い能力をもつ家計が低い能力の家計のふりをすることを完全には阻 害しない.
Uh(ch1,t,ch2,t,aht,nht+1) Uh(c1,tl ,c2,lt, ( 1−φ)at+1l ,n;t+1) (3)
φは,賃金比率wl/whを表す.
また,社会全体で存在している資源量を超えて消費することはできない.t 世代が現役期にあるときの社会全体での資本蓄積をKtで表すと,資源制約は
(3)式のとおりになる.
Kt+1=F(Kt,ntlltl,nhtlht)+Kt−c1,tl ntl−ch1,tnht−c2,lt−1nlt−1−ch2,t−1nht−1 −z(nltnt+1l +nhtnht+1) (4)
政府が直面する社会厚生最大化問題は,(3)-(4)式を制約として(2)式を最 大化するよう定式化される.
Max W(Ul(cl1,t,c2,lt,atl,nlt+1)+Uh(ch1,t,ch2,t,aht,nht+1)) s.t. Uh(ch1,t,ch2,t,aht,nht+1) Uh(c1,lt,c2,tl ,alt,nt+1l )
Kt+1=F(Kt,ntlltl,nhtlht)+Kt−c1,ltntl−ch1,tnht−c2,t−1l nt−1l −ch2,t−1nht−1−z(nlt+1+nht+1)
総時間を1とすると,育児時間は総時間から労働時間を差し引いたものと
なる.タイプ別の労働時間をltiと表記すると,この最大化問題のラグランジ アンは
L=W(Ul(c1,lt,c2,lt, 1−ltl,nt+1l )+Uh(ch1,t,c2,ht, 1−lht,nht+1)) +
∑
t=1
∞
λt(Uh(ch1,t,ch2,t, 1−lht,nt+1h )−Uh(c1,lt,c2,lt, 1−φltl,nlt+1)) +
∑
t=1
∞
ρt(Kt+1−(F(Kt,ntlllt,nhtlht)+Kt−c1,ltntl−c1,htnht−cl2,t−1nt−1l −ch2,t−1nht−1−z(nt+1l +nht+1)))
となる.各タイプの労働,現役期の消費,引退期の消費,労働時間,子ども数,
資本蓄積の一階条件を求めると,
cl1,t: ∂Utl
∂cl1,t
∂W
∂Ult +λt∂Uht
∂c1,tl +ρtnt+1l =0 (5)
ch1,t: ∂Uht
∂ch1,t
∂W
∂Uht +λt∂Uht
∂ch1,t+ρtnht+1=0 (6)
cl2,t: ∂Utl
∂cl1,t
∂W
∂Ult +λt∂Uht
∂c2,tl =0 (7)
ch2,t: ∂Uht
∂ch2,t
∂W
∂Uht +λt∂Uht
∂ch2,t=0 (8)
ltl: ∂Utl
∂ltl
∂W
∂Utl +λtφ∂Uht
∂ltl−ρt ∂F
∂ltlnt+1l =0 (9)
lht: ∂Uht
∂lht
∂W
∂Uht −λt∂Uht
∂lht−ρt ∂F
∂lht nht+1=0 (10)
nt+1l : ∂Ult
∂nt+1l
∂W
∂Utl +λt
∂Uht
∂nt+1l +ρtz=0 (11)
nht+1: ∂Uht
∂nht+1
∂W
∂Uht +λt ∂Uht
∂nt+1l +ρtz=0 (12)
Kt=ρt ∂F
∂Kt
+1 −ρt−1=0 (13)
Proposition 1 公的年金を賦課方式で実施する場合,その財源を所得税でまか なうとすれば,低所得者については,子どもの人数などに関係なく,どのよ うなときも所得税を課すべきである.しかし,高所得者については,現役期 と引退期の消費の限界効用の差が高所得者の子どもの人数を上回り,育児時 間と現役期の消費の価値が高所得者の子どもの人数の2倍以上ならば,所得 税を課すべきである.
Proof (1)式の低所得家計(i=l)の限界所得税率に(5)式と(9)式,(7)式を 変形して代入すると,分子は,限界代替率が負であるために負となる.分母 も同じく限界代替率が負であることから,全体は正の値となり,低所得者の 限界所得税率は,子ども数に関係なく常に正の値をとる.
高所得者(i=h)の場合も限界税所得税率(1)式に(6),(8),(10)式を変形し て代入する.分子は,λt(U'hl,t+U'hc1,twht)+2ρtnht+1wht となる.このとき,( )内 は限界代替率が負であることから負となり第3項は非負となるものの,全体 としての符号は定まらない.また,分母は,−wht{λt(Uc'h2,tnht+1−Uc'h1,t)−ρtnht+1} で,{ }内の符号が一定ではない.もし,{ }内が非負であれば分母全体 は負で,なおかつ育児時間の限界効用と現役期の消費の限界効用の和が子ど も数の2倍以上ならば,分子全体が非負となるので,限界所得税率は正の値 となる.■
この結果は,Stern (1982)やStiglitz (1982)が静学分析で明らかにした結果や
Tuomala (2001)がOLGモデルで明らかにした結果と整合的である.Sternも説
明しているように,高所得を得られる世帯に高率の所得税を課すと,労働供 給抑制効果が働く.すると,本来は高所得を得る能力がありながら,低所得 しか得られないようなふりをすることが考えられるので,低所得者からはど んなときも所得税を徴収し,高所得者からは一定の条件のときに所得税をか けるように制度設計をすることが望ましい.
4. 2 保険方式
政府は,各家計に対し現役期の家計所得によって異なる保険料M(wili)を 徴収し,私的貯蓄と同じ利子率で運用した後,引退期には拠出分に応じて配 分するような年金制度を導入する.この方式では再分配効果は働かない.保 険料を家計が直面する現役期の予算制約はci1,t=(1−M(witlti))−sit−z nt+1i ,引 退期の予算制約は,ci2,t=(1+rt+1)(sti+M(witlit))となる.各家計の限界保険料 率は
M'(wtilit)= U'iat,t−Uc'i1,twit
U'ic2,t(1−s'(1+rt+1)(sit+M(witlit))(1+rt+1)−U'ic1,twit (14)
Proposition 2 公的年金を保険方式で実施する場合,低所得者の子どもの人数 の相対的な価値が高所得者の消費や育児時間の価値よりも高いときに年金保 険料を徴収した方がよい.高所得者については,高所得者の子どもの人数の 相対的な価値が育児時間の限界効用が現役期の消費の限界効用を上回り,高 所得者の子ども数が自分の育児時間や生涯消費の価値よりも上回っていれば,
高所得者に年金保険料を課すべきである.また,保険料を徴収するときは,
高所得者よりも低所得者の方が高額の保険料が必要となる.
Proof 低所得者の保険料率は(14)式に(5)式と(9)式,(7)式を変形して代入 し整理すると,分子は,λt(φU'hl,t+U'hc1,twht)+2ρtnlt+1wlt となる.このとき,( ) 内は限界効用が負であることから負,第3項は非負となるものの,全体とし ての符号は定まらない.また,分母は{λt(U'hc2,t(・)+Uc'h1,t)+ρtnt+1l }で,{ } 内の符号が一定ではない.( )内は常に負だが,分母全体の値は定まらない.
しかし,分子・分母ともに子ども数の方が限界効用の合計を上回れば全体の 値は正となる.
一方,高所得者の保険料率は,(14)式に(6),(8),(10)式を変形して代入す る.分子はλt(U'hl,t+U'hc1,twtl)となり,符号は定まらない.分母もρtnlt+1wlt+
λt(U'hc1,t+U'hc2,t(・)wtl)で,符号は定まらない.もし,高所得者の育児時間の限 界効用が現役期の消費の限界効用を上回っており,高所得者の子ども数が高 所得者の育児時間および現役期,引退期の消費の限界効用を上回るとき,全 体は正の値となり,高所得者に年金保険料を課すべきとなる.
また,保険料を課すときには,λt(φU'hl,t+U'hc1,twth)+2ρtnlt+1wtl >λt(U'hl,t− U'hc1,twtl)か つ{λt(U'hc2,t(・)+U'hc1,t)+ρtnt+1l }<ρtnt+1l wtl+λt(U'hc1,t+Uc'h2,t(・)wtl)と なるため,高所得者よりも低所得者の保険料の方が高くなる.■
保険方式では,自分の引退期の消費を私的貯蓄と強制的な貯蓄でまかなう 制度となっている.したがって,高所得であれば年金保険料も高いかわりに 受給額も高くなるため高い能力をもつ家計が低い所得にとどまるインセン ティブは働かない.よって,限界所得税率のときのように低所得者にはつね に課税,高所得者は条件によって課税(場合によっては補助金)という結論とは ならない.本稿のモデルでは,Beckerのモデルを踏襲し,子どもは消費財で あると仮定している.さらにKleven (2004)の消費財モデルにならい,子ども 数だけでなく育児時間からも効用を得るように定式化した結果,子どもの数 と育児時間を多くとることで現役期の効用は高くなるが,育児費用と育児の 機会費用も高くなり,私的貯蓄を減らしてしまうこととなった.特に低所得 者は労働所得が低いために,低所得者と高所得者の生涯効用を等しく扱うと きには,政府が低所得者からより高い保険料を徴収し,強制的に貯蓄をさせ て引退期の消費に備える必要がある2).
5 資 本 課 税
現実には,各家計は引退期の消費を公的年金だけでなく,私的貯蓄でもま かなう.資本課税を使って公的年金制度を縮小し,より自助努力を促すよう に制度設計することも可能である.
2) 社会厚生関数をどのように規定するかによって,結論は変わる可能性がある.
各家計が直面する限界資本税率は次式のとおりである.
s'(1+rt+1)sti=1+rt+1−U'ic1,t
U'ic2,t (15)
Proposition 3 引退期の消費を私的な貯蓄と公的年金でまかなう場合,高所
得者の生涯消費の相対的な価値が低所得者の子ども数を下回れば(上回れば), 低所得者の貯蓄に補助金を払う(課税する)方が望ましい.高所得者の子ども
数が1+利子率を超えれば(下回れば),高所得者の貯蓄に補助金を支払う(課
税する)べきである.補助金(限界資本所得税率)は,低所得者よりも高所得者 の方が高く(低く)なる.
Proof 低所得者への資本税率は,(15)式に(5),(7)式を代入し変形すると,
s'(1+r)stl=λt(Uc'h2,t(1+rt+1)+U'hc1,t)+ρtnlt+1
λtU'hc2,t
となる.分母は負であるが,分子は( )内が負,最後の項が正になる.した がって,分子の符号は一定ではない.
高所得者への資本課税は,(15)式に(6),(8)式を代入して整理すると,
s'(1+r)sht=λt(U'hc2,t(1+rt+1)−Uc'h1,t−ρtnht+1U'hc2,t)+ρtnht+1
λtU'hc2,t
となる.低所得者の場合と同様,分母は負であるが,分子は第1項が負で残 りの項は正となる.分母が共通であることから,補助金(限界資本所得税率)は,
分子の大小関係に依存する.子どもは正常財であるから,高所得者の子ども 数のほうが低所得者のこども数よりも多くなるので,補助金(税率)は高所得 者のほうが高く(低く)なる.■
出生率を内生化することで,資本課税と子ども数との関係が示された.本
稿の結果からは,少子化が進行すると資本課税を実施すべきで,逆に子ども が増えているときには,私的貯蓄を奨励するよう,補助金を支給するべきで あることがわかった.子どもを多く育てると多額の育児費用がかかることか ら,私的貯蓄が減ってしまうことが予想される.そこで,引退期に一定の消 費ができるように,私的貯蓄奨励政策を講じることが望まれる.
ここでも,高所得者が低所得者になりすますことを防ぐために,高所得者 の貯蓄補助金の方が低所得者の補助金よりも高く設定される.逆に,少子化 が進行しているときには,育児費用がかからなくなり相対的に引退期の消費 にあてる金額が増えてしまうので,貯蓄に課税することで,貯蓄抑制を行う ことになる.
6 まとめと今後の課題
本稿では,出生率を内生化した上で,公的年金制度の導入に際して,完全 賦課方式で財源を非線形所得税に求めるケースと完全積立方式で財源を所得 に応じた保険料に求めるケース,および出生児数と私的貯蓄に対する資本課 税政策を検討した.その結果,以下の結論を得た.
第1に,非線形所得税で完全賦課方式の公的年金を導入しようとすれば,
低所得者に対しては,何人の子どもを育てていようと関係なく,労働所得税 を課税すべきであることがわかった.一方,高所得者については,子ども数 と消費財の関係や育児時間との関係で課税すべきかどうかが変わることが示 された.
第2に,保険方式で完全積立型の公的年金制度を構築するときには,低所 得者であっても高所得者であっても,子ども数と保険料の間に一定の関係が あることがわかった.高所得者にとっては,大家族になることで犠牲になる 自分の生涯消費や労働時間が大きければ,強制貯蓄である年金保険料を課し た方がよいという結論となった.低所得者については,高い能力をもつ者が 低所得者になりすまして,あまり子どもを産まないようにしたとき,高所得
者よりも高い年金保険料を徴収するべきであることが明らかになった.
第3に,多子社会では公的年金制度だけでなく自助努力で老後に備えられ るように貯蓄奨励金を支給し,少子化が進行している社会では,むしろ貯蓄 に課税することが望ましいことが示唆された.
実際には,政府が個人の能力を正確に把握することは不可能である.しか し,このことを理由に低所得者への極端な保険料減免や無条件での非課税措 置をとれば,「合法的」に低所得者のふりをするインセンティブを個人に与え てしまい,再分配制度そのものの持続可能性がなくなってしまう.老後の生 活保障として公的年金を位置づけるならば,その財源は完全積立方式の保険 料徴収で実施し,世代内再分配は育児や介護などの事情を抱える人に配慮し たNIT(負の所得税)の導入によって実現するほうが,公平な制度ではないだ ろうか.
本稿の分析ではこれらの課税政策が資本蓄積や人口成長に与える影響を分 析できていない.特に,どのような過程を経て定常状態に到達するのかどう かについては検討が必要だと思われる.今後は,効用関数を特定化した上で シミュレーションを試みることを課題としたい.
また,本稿では個人の能力は親から遺伝するとしたが,努力によって能力 開発できるモデルにすることで,タイプ間の移動が可能になる.人的資本蓄 積に関する豊富な研究蓄積をふまえて,この点についても研究を進めたい.
【参考文献】
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59-85ページ.
(しおづ ゆりか・同志社大学経済学部)
The Doshisha University Economic Review Vol.63 No.3 Abstract
Yurika SHIOZU, Optimal Social Security Burden Rate and the Effect on Birthrate This article shows the optimal social security burden rate with the endogenous fertility model in the event of high-skilled labor pretending to be low skilled.
From the income tax based pension scheme, we discover that the government should levy an income tax on low-income earners regardless of whether they are raising a child. However the government should not levy an income tax on high- income earners when they are raising many children. In the social security pension scheme, the government may collect premiums when the relative value of the number of children is higher than the value of consumption and child care time.
Further, the government should use a capital levy in societies with a declining birthrate. However, in a society with an increasing birthrate, the government may subsidize private saving.