はじめに
学校が安心できる場であることは,学校に我が子を通わせる保護者共通の願いである。
現在のような新型コロナ危機の状態にあっても,学校へ行って教室でクラスメートたちと 共に学び,共に過ごすことに価値を感じて,多くの子どもも保護者も学校へ通学できるこ とを喜んでいる。知的向上あるいは技能習得が主目的であるなら学校に通わなくても,リ モート授業と自学自習で,知識や技能を活用し主体的に考えて,何かレポートをまとめる ことはできる。しかし,自己を知り,他者を知り,他者との関係の中で成長することがで きるためには,同じ場で学び,同じ場で遊び,同じ場で様々なことを体験することが必要 である。現在活用されている遠隔授業のツールが提供する「場」では十分な機能を果たす ことができない。敷地と建物を持つ,具体的な「場」としての学校が必要になるのである。
学校危機管理とは,具体的な場としての学校が十分な機能を果たすための条件整備であ る。学校には,その教育目標や,諸活動の目標あり,諸活動の計画の基本としての教育課 程があり,学校組織の中で活動する教職員とその活動に理解を示す保護者や地域が必要で ある。これらは,いわば目標遂行の経営に必要な諸要素である。そして,目標遂行のプロ セスを縁の下から支えるシステムが危機管理である。しばしば,学校経営の基本方針に見 える「安全・安心な学校づくり」などの文言は学校教育の目的ではない。子どもの成長を どのように支援するかということが,それぞれの学校の教育目標であり,その教育目標の 実現のための条件を支えるのが,安全・安心であり,それは言い換えれば危機管理である。
本稿では,学校危機管理の全体像を整理すると共に,近年の研究成果のエビデンスから 学校危機管理のどこに力点をおけばいいかという観点を整理し,その上で,学校という場 を安全で安心な場にするには,安全教育が欠かせないということを結論として整理する予 定である。
学校危機管理についての一考察
―学校危機に負けない教師力―
鈴木 英夫
1 学校という場
学校危機管理について考える時に,実は最初に整理しておかなければならないのは,学 校という場,あるいは学校という組織の特殊性である。会社や商店と大きく違っているの は,事業の対象である「子ども」も事業運営の協働主体である場合があり,また危機管理 能力そのものも教育内容に含まれるからである。
学校は,生徒や保護者,教師集団,教育課程,敷地建物,学校経営の5つの基本的要素 で成り立っている。事業目的という点から考えたら,それは,保護者が学校に期待してい ることそのものだと考えられる。我が子の学力向上や,我が子の部活動の実績向上や,毎 日楽しく学校に通えることが保護者の願いである。これを短い言葉で表現すれば,「今日 の幸せ,明日の成長」ということができると思う。子どもが,いじめや事故にあうことな く,「今日も学校に行って楽しかったよ。」と語ってくれたら,保護者として幸せを感じる ことができる。また,学校に通って様々のことを学び,家庭では得られないような成長を してくれたら,保護者としてどんなに誇らしく感じることか。つまりは,安心な環境で,
人間的・社会的に成長させることが学校という組織体の目的である。安心な環境で,成長 させるには,学校の危機管理が機能していることが大前提であるが,子ども自身が危機回 避の力を身につけることも重要である。成長するという要素の中に,危機回避能力の向上 も含まれていると考えることができる。ここが,商店や会社などの顧客管理と違うところ である。
また,学校という組織の特殊性もある。校長,副校長,事務長といった管理職層が学校 危機管理の中心となることはもちろんだが,教職員も生徒も危機管理の主体の一部を担っ ているということへの認識が必要である。教員は授業や部活動,特別活動の指導場面で,
安全管理に務めることはもちろんである。実技系の指導場面ならそれは尚更である。道具 の個数や管理場所,使用方法に始まり活動場所の危険箇所のチェック,校外指導での交通 安全や不審者対応など,子どもを預かる者として,瞬時にたくさんの安全チェックを行 なっている。それに加えて,生徒自身に安全な活動の仕方を教えている。生徒も教師の指 導に導かれて,危機回避能力を高めていくのである。多くの生徒が危機回避の力を向上さ せれば,学校の安全は向上する。このように学校での危機管理は,子どもの学びに直結し ている。
2 危機管理におけるハードとソフト
コンピュータが故障するとき,機械そのもの(ハード)が壊れたのか,動かしている
OSやアプリケーション(ソフト)が不具合を起こしているのによって対処法が異なるであ ろう。学校の危機管理もハードとソフトという捉え方をすると,以下のように分類できる。
○学校に存在している危険(ハード)
建物の損壊,プール等の構造的欠陥,植栽の害虫,外部からの侵入。教育活動をして いなくても,そこに学校があるということから発生する危険が存在する。
○教育活動からくる危機(ソフト)
授業中の事故,成績管理の漏洩,職員による不祥事,学級崩壊やいじめ,学校行事の 事故,校外学習の事故。
場所があり活動がある以上,常に事故は起きる可能性がある。一方,学校教育には学校 ごとに子どもの成長目標があり,そのために教育活動を企画し,実行する。目指すものが あるからこその危機管理であり,事故防止である。事故がおきそうな活動をしないのは危 機管理ではない。教育活動の目的を達成するため,事故のリスクを予測し,リスクを減じ,
事故発生にすみやかに対応することが,事故防止であり,危機管理である。
学校の危機には,学校が自らの努力で,相当の危機回避ができる性質のものと,そうで ないものがある。上記の分類で言えば,ハード面での危機の中には,学校の努力だけで守 りきれない危機も存在する。たとえは,現在の新型コロナ危機などは,学校としてできる 感染防止策には限界がある。そもそもこれは公衆衛生の分野での危機であり,住民の安 全で安心な生活環境の整備に責任を持つ地方行政や国家の責任範囲の問題である。同様に,
地震などの自然災害についても避難訓練を通して,生徒集団に危機を軽減する能力を育て ておくことは必要であるが,これは人知を超えた現象であるので,危機回避は困難である。
自然災害については,火災や集団パニックなどの二次災害を引き起こさないこと,つまり は減災のための危機回避能力の育成が学校にできることの限界である。また,不審者侵入 については,「提言 学校安全法」に「教職員や保護者が体を張って不審者の乱入を防い でほしいという現場依存」「現在の学校の職員スタッフだけでは子どもを守りきれないこ とは明らかです。同時に設備の限界もあり,当然ながら安全に関わる専門職を養成し「安 全職員」を各学校に配置すべきです。」と述べられているように,学校の組織としての能 力を超える問題である(1)。不審者侵入については,子どもばかりか教職員もその被害者と なりうる大きな危険性がある。教職員を危険に晒しての学校経営は成り立たない。
学校として,組織の限界の範囲内で危機管理を進めるべき内容は,主にソフト面での危 機管理,教育活動をすることによって生じる危機である。
だから,校長として,あるいは教職員として,自分の教育活動の目的をはっきりさせ,
組織としての教育目的を共有する必要がある。だからこそ,全職員で危機管理をする,と いう目的と手段の理解が重要である。
3 企業経営でのリスク算出
企業は利益を生むことが目的の一つであるが故に,リスク管理は利益の喪失をどうやっ て少なくするかという管理である。企業は,製品やサービスを社会に提供し,適切な対価 を得ることにより,継続的に事業を営むことが目的である。そのために,リスクの算定を して,リスク管理をする。企業にとっては損失が数値で示されるので,その損失を考えた ら保険にいくらかけようとか,工場の廃棄物処理や,監査などにいくらかけようとか,リ スク管理のコストの算出ができる。
一方,学校では危機発生による損失や危機管理のコストを金額や数値で算出することは しない。それは,子どもの被害は金額に換算できないからである。学校危機によって,子 どもが怪我をした場合,怪我の対処費用を算出して治療費を補填しても,怪我に至るに 至った状況や人間関係,その後のその子どもの成長過程や関係者の関わりなどを金額に換 算することは意味がない。なぜなら,その損失を保険や補償などの金銭的物的補償では補 填できないからである。
学校での教職員による不祥事,子どもの学校事故,いじめ等の事案などは子どもの成長 そのものに大きな影響を与える。損失を計算することが出来ない以上,危機の発生を防ぐ,
危機発生後の対応を十分に用意しておくことが学校には求められる。あってはならない事 故だけに,事故は起きないんじゃないか,今までも起きてないし,生徒もしっかりしてい るし,先生もみんな一生懸命だし,保護者の理解があるから大丈夫だろうと,期待を予測 と勘違いしがちである。
しかし,場所があって,活動がある学校で事故が発生する可能性は常にある。だから,
事故を防ぐ,事故を大きくしない,事故被害者に寄り添う,事故を連鎖せない,早く日常 に復帰させる,事故を繰り返さない。こういった覚悟を全職員が持つことが事故防止につ ながる。
最近の状況では,情報化の影響で学校事故の情報は瞬時に日本中に広がる。そして,イ ンターネットの普及により,事故情報について,誰でも,匿名で,追加の情報や,自身の 主張などを拡散することができる。この情報拡散が,あるいは誤情報の拡散が第二の被害 を拡大する。憶測が感情を刺激し,必要以上にことが大きくなる。教育行政や学校が情報 を隠蔽しようとしているのではないかとの批判の声も大きくなる。そのような事態を防ぐ ためにも,子どもの人権を守りながら迅速な事故原因の調査,現状復帰,被害者救済,情 報発信などが求められている。学校が組織としてきちんと機能していることが必要なので ある。
4 学校危機管理
学校は,学校教育法によってその社会的活動を保障され制限されている。同時に,学校 保健安全法で学校危機管理も義務付けられている。
(1)法的根拠としての学校保健安全法
学校危機管理の法的根拠となる学校保健安全法は,昭和 33 年学校保健法として制定さ れ,平成 21 年学校保健安全法に改題され平成 27 年に改正された。同法 26 条では学校危機 管理について定義を与えて,「児童生徒等に生ずる危険を防止し」「適切に対処する」と規 定されている(2)。
同法 29 条では,危険を防止し,対処するための各学校で危機管理マニュアルを作成し,
職員に周知共有することも,規定されている(3)。
こうして法的に義務付けられた危険を防止するため,文部科学省は危機管理マニュアル 作成のための手引書『学校の安全管理に関する取り組み事例集(平成 15 年)』の中で,危 機管理を時間軸で整理している(4)。
危機発生の前にすべき危機管理をリスク・マネージメントとし,危機発生時の対処をク ライシス・マネージメントとして分けて捉えている。これに加えて,上地安昭は危機対処 後の事後危機対応を加えて,事前,時中,事後の危機管理に整理し直している(5)。 私自身も学校長として様々な危機対応をしてきた。事前の危機管理,危機発生時の対応 力もさることながら,事後の危機管理が不十分だと不満や不安が残るし,再び同様の危機 が発生した時に学校は信頼できない組織となってしまう。経営手法のPDCAで考えれば,
危機が収束した後の危機管理こそが,次の危機への事前の危機管理となるのであって,学 校長も教職員も危機対応に疲れて,
収束イコール終了にしてはならな い。同じ危機が発生する可能性は十 分にあると考えて,収束後の危機管 理に努めることが必要である。右は,
筆者が作成した危機発生から収束ま での模式図である。
危機が発生したら,その場にいる 職員による,対応,連絡が必要であ
り,内容によっては教育委員会等監督官庁への報告が必要となる。この報告が遅れると,
隠蔽の謗りを受けるのが現代社会の特徴である。そして,被害者となった児童生徒及び保 護者関係者への迅速な謝罪も欠かせない。その際,速やかな原因究明を公言することが関
図1
係者からの理解と協力を得るきっかけとなる。同時に,関係者からの聞き取りなどで原因 究明を進めなければならない。表面的な原状回復がなったとしても,関係者の心的外傷な どへの配慮や対応の継続を忘れてはならない。さらに,それとは別に「これからは気をつ けよう」などという曖昧な心得ではなく,原因究明に基づいて,モノの配置や,ことの手 順,人的介入のタイミングなど変えられるものはきちんと変更し,再発防止に具体的に取 り組んでいる姿を見せることが必要である。何かが変われば,被害者は再発防止の努力を 見てとることができるであろうし,教職員など関係者は,あのことがあったからここが変 わったんだという共通認識を持つことができ,学校教育の具体的手順の進行に慎重になる のである。組織の失敗を繰り返さないためには,反省するだけでなく,具体的に行動や手 順を変えることが必要である。そして,学校危機をのり越えることで教師力も学校の組織 力も向上する。学校危機を苦い思い出として忘れるのではなく,危機から学び,成長の機 会ととらえるたくましさが必要である。
危機管理の種類を分類してみよう。上地安昭の諸論を参考に整理すると5つの大きな分 類をすることができる(6)。危機は様々な出来事が重なって発生するので,分類することそ のものが難しい。しかし,事前の危機管理(リスク・マネージメント)のためには,分類 をして,対応の想定をしておくことが役に立つ。
5つの学校危機の内容は以下である。
1 不審者事案への対応(不審者侵入の防止と対応,子供の連れ去り・誘拐,性的被害,
盗難被害防止と対応,学校への脅迫電話,嫌がらせ)
2 防災,防疫(校内防災体制の整備とネットワーク,地震など自然災害への対応,防 災教育のカリキュラム作り,伝染病・集団食中毒発生への対策)
3 教職員自身に関わる危機管理(個人情報・成績管理,体罰・わいせつ行為の防止と 対応,指導力不足教員,教師バーンアウトの予防)
4 授業中の安全管理(理科・美術・技術家庭等 実技・実験中の安全管理,体育・運 動部活動中,創作活動中,校外学習中,学校行事,インターネットなど情報モラルの 育成)
5 子ども同士の関係(いじめ防止と対応,不登校・ひきこもりへの対応,校内暴力・
子ども同士の殺傷事件への対応,学級崩壊の防止と回復)
学校危機はどれも,発生すれば学校の信頼を損ない,子どもの心や体に傷を残すことに なるから,リスク・マネージメントを進めて,学校の全職員で防ぐ努力を継続しなければ ならない。「はじめに」でも述べたことであるが,不審者侵入と学校防災は防ぐのに限界 のある事象である。また,教職員の不祥事は,職員間のコミュニケーションの向上,学校 教育という事業の一つひとつを孤立化させないで共同作業をする場面を増やす,職場の
リーダーがコンプライアンス意識をきちっと持って職務に取り組む姿勢を示すことでしか 乗り越えられない。学校教育をすることで発生する危機は,4の授業中の安全管理と,5 のいじめ・校内暴力等の子どもたちの関係の悪化であると考えている。その点では,学校 安全の考え方が危機管理に役に立つと考えている。
5 学校安全の分野
「学校安全」は生活安全,交通安 全,災害安全の3分野からできてい る。さらに,学校安全は,安全教育 と安全管理が活動の分野である(7)。 学校安全を考える上で欠かせない 組織がある。それが,独立行政法人 日本スポーツ振興センターである。も しもの時に,怪我等の補償する仕組 みである。この仕組みが存在するこ とで,事故発生後のリスク管理が怪 我の保証という範囲で可能になる(8)。 日本スポーツセンターには学校での 怪我が発生した学年,場所,時間帯,
活動内容などのデータが蓄積されて いる。蓄積されたデータそのものか らも発生状況を窺い知ることが出来 るが,このデータを利用してよりわ かりやすくまとめたウェブサイトが ある。しばらく,朝日新聞の誌面で も掲載されたことがあるが,朝日新 聞のウェブサイト「子どもたち守れ ますか ― 学校の死角 ― 」は,デー タを視覚的にわかりやすくまとめて いる。右の図2,図3は同ウェブサ イトからの転載である(10)。
調査結果からは,活動では,運動
図2
どこでけがをした?
小学校
運動場や校庭、体育館・屋内運動場でのけがが6割近くを占めています。
休憩時間に遊んでいてぶつかったり、体育の授業中に跳び箱で着地に失 敗したりするなどの事故が目立ちます。教室では、図工や理科の授業中 にけがが起きています。
図3
系の部活動,体育の授業,休み時間が多く,学年で言えば,中1,中2に事故が多いこと が分かる。また,集団宿泊行事も中学 1 年は他の学年に比べて突出して大きいことが分か る。
また,学校内での事故発生場所もデータ化されている。小学校では,体育館,校庭での 事故が多いことが分かる。ウェブサイトで確認すれば分かることであるが,中学,高校で も事故の発生場所の傾向は同じである。
事故はいつ起きているかについては,大阪教育大学の調査結果が参考になる(11)。図4 は同調査報告書からの転載であるが,
データの元は,朝日新聞のウェブサイ トと同じで,スポーツ振興センターの 障害給付のデータである。このデータ は,小中高の混合データであるが,事 故は,午前 10 時から午後1時ぐらい の授業中が多い。また,8時ごろと 15 時,16 時は,部活動か通学中の事故 であると推測できる。
さらに,大阪教育大の研究では,事 後直後の初動対応についても調査を実 施して,事故直後の職員意識等を扱っ ている点が参考になる。報告書には,
「事前の兆候では,兆候があったとい う回答が約 18%あった。また,応急 処置についても約 8%が,適切に行え なかったと回答している。さらに,事 故後の学校対応についても 8%近くが
不十分と答えている。」という記載があり,事故後の職員の意識がわかる。
事故のない学校はないという観点にたてば,教職員がどのように事故に直面し,振り返 るかということは後の教育活動に大きな影響を及ぼす。完璧な事故防止はあり得ないし,
全職員がよく対応できたと感じることもまずあり得ないだろう。だからこそ,学校事故が 発生し,収拾した後の再発防止策の立案実行こそが重要である。事故の被害にあった生徒,
その被害を目撃した生徒,事故被害者の保護者,被害者ではないが通学させている保護 者,,事故の兆候を感じながらも事故の発生に直面した教職員,そして組織管理者として の校長。生徒や保護者は学校事故の発生によって学校への信頼感に揺らぎが生じる。教諭
図4
や校長,学校職員は教育者としての自信や希望を損なう。他者への不信が芽生え,組織へ の信頼に揺らぎが生じる。不信に満ちた学校では,教育という信頼に立脚した活動はうま く機能しない。学校への信頼,教育者としての自信や協働することへの信頼こそが学校教 育の要である。だから,事故をどう防ぐかは基本的に重要であるが,事故発生,事故対応,
事故収拾の後に,積極的に果敢に再発防止の具体策を打ち出すことが,職場の信頼感と自 信を取り戻す鍵なのではないだろうか。事故の大きさによっては被害者関係者はもちろん だが,職員も大きく傷つく,傷ついて元気や自信を失った職場にもまだ多くの生徒が学ん でいるのである。事故をどう乗り越える,事故をどう繰り返さないかという取り組みが,
教師力を向上させ,職場を強くし,次の事故を防ぐ手助けとなるのである。
6 安全教育と事故防止
文部科学省は,「学校安全資料『生きる力』を育む学校での安全教育」を 2019 年 3 月に 公表した(12)。その中で,安全教育の目標について,以下のように述べている。新学習指 導要領に合わせて3つの観点で書かれていることがわかる。
○ 様々な自然災害や事件・事故等の危険性、安全で安心な社会づくりの意義を理解 し、安全な生活を実現するために必要な知識や技能を身に付けていること。(知識・
技能)
○ 自らの安全の状況を適切に評価するとともに、必要な情報を収集し、安全な生活 を実現するために何が必要かを考え、適切に意思決定し、行動するために必要な力 を身に付けていること。(思考力・判断力・表現力等)
○ 安全に関する様々な課題に関心をもち、主体的に自他の安全な生活を実現しよう としたり、安全で安心な社会づくりに貢献しようとしたりする態度を身に付けてい ること。(学びに向かう力・人間性等)
同冊子では,安全教育の内容について,生活安全,交通完全,災害安全の3つに分けて 述べている。生活安全に関する内容では,
(1)生活安全に関する内容
日常生活で起こる事件・事故の内容や発生原因、結果と安全確保の方法について 理解し、安全に行動ができるようにする。
① 学校、家庭、地域等日常生活の様々な場面における危険の理解と安全な行動の 仕方
② 通学路の危険と安全な登下校の仕方
③ 事故発生時の通報と心肺蘇生法などの応急手当
と述べられている。「危険の理解と安全な行動の仕方」を学習対象として,学びとること によって,子どもを守ろうというアプローチである。
また,平成 28 年に文部科学省が,「学校事故対応に関する指針」という文書を出してい る(13)。これは,重大事故発生の場合の遺族対応や事故調査委員会の設置など,事故後の 危機管理が内容として多く含まれているが,事故発生前の危機管理についてもコンパクト にまとめられている。
事故に至る学校危機管理をどのように設計するかといいう大きな視点は欠いてはならな いが,子ども自身の危機回避能力をどうやって向上させるかという教育的な視点も大切で ある。事故発生の状況から,教師の監督が手薄になる場面である登下校や,休み時間,宿 泊行事等の多くの自由時間を含んだ活動で,事故リスクが高いこともデータから理解でき た。事故のリスクを低下させるためには,子ども自身の危機回避能力を育てることがも大 切である。
おわりに
学校としての危機管理は,子どもの全面発達のために不可欠である。そのために,事前,
事中,事後のリスクマネジメントの時間的変化を把握しておく必要があるし,外部侵入,
教職員不祥事,学校事故まで幅広くリスクの種類を理解しておく必要がある。
そして,学校として十分にできることと,不十分にしかできないことを分けていくと,
学校として,あるいは学校だからこそ力を入れなければならない危機管理の分野は学校事 故防止であることがわかる。そして,その事故防止は教師が先手先手を打って,あるいは 危険な条件を排除して,危険のない活動をさせる事ではない。子ども自身が場面に応じて,
また発達段階に応じて,危機回避の力を身に付けられるようにしていく事が必要である。
また,事故後の事態収拾後に,積極的に再発防止策を策定し,具体的に何かを変えること が,職員の自信を取り戻し,職場を強くする。強い職場でこそ,諸活動を活発に進めなが らも,子ども自身が身の安全を守る力を育てることができるのである。そのための,決定 打となるノウハウは存在しないような気がする。各学校で状況に応じた,あるいは事故の 記憶を共有できるような教職員研修を繰り返すという愚直な方法しかないのかもしれな い。
[注]
(1)喜多 明人・橋本 恭宏「提言 学校安全法」不磨書房(2005 年)p.15。
(2)学校保健安全法,第二十六条 学校の設置者は,児童生徒等の安全の確保を図るため,
その設置する学校において,事故,加害行為,災害等(略)により児童生徒等に生ず る危険を防止し,及び事故等により児童生徒等に危険又は危害が現に生じた場合(略)
において適切に対処する(略)。
(3)同法,第二十九条 学校においては,児童生徒等の安全の確保を図るため,当該学校 の実情に応じて,危険等発生時において当該学校の職員がとるべき措置の具体的内容 及び手順を定めた対処要領(略)を作成するものとする。
(4)文部科学省,「学校の安全管理に関する取組事例集」(2003 年) https://www.mext.
go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2019/06/12/1289311_1 0.pdf(2020 年 8 月 29 日最終閲覧)。
(5)上地 安昭「学校の危機管理研修」教育開発研究所(2005 年)。
(6)上地 康昭,前掲書。
(7)文部科学省「学校安全資料『生きる力』を育む学校での安全教育」(2019 年)https://
www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfi le/2019/04/03/1289314_02.pdf(2020 年 8 月 29 日最終閲覧)。
(8)この組織は,昭和30年の日本学校給食会設立に始まり,昭和35年日本学校安全会設立,
いくつかの統合をへて,平成 15 年独立行政法人日本スポーツ振興センターが設立さ れた。そして,日本スポーツ振興センター法施行令で,学校事故被害の給付条件と学 校事故の範囲が示されている。
(9)文部科学省健康教育・食育行政担当者連絡会 学校安全分科会資料「学校安全の推進 の現状と課題」(2019 年)https://anzenkyouiku.mext.go.jp/kensyukai/2019/data/ken kousyokuiku/morimoto.pdf(2020 年 8 月 29 日最終閲覧)。
(10)朝日新聞「子どもたち,守れますか—学校の死角」https://www.asahi.com/special/
gakko-shikaku/(2020 年 8 月 29 日最終閲覧)。
(11)文部科学省委託事業 学校事故対応に関する調査研究調査報告書 国立大学法人 大 阪教育大学(2015 年)https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/
__icsFiles/afieldfile/2019/04/22/1289308_03.pdf(2020 年 8 月 29 日最終閲覧)。
(12)中央教育審議会 初等中等教育分科会資料「学校安全資料『生きる力』を育む学校で の安全教育」(2019 年)https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/sir yo/__icsFiles/afieldfile/2016/03/16/1368615_007.pdf前掲
(13)文部科学省 学校事故対応に関する指針https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chu kyo/chukyo3/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/03/16/1368615_007.pdf(2020 年 8 月 29 日 最終閲覧)。
[参考文献]
「学校の危機管理マニュアル作成の手引き」文部科学省 2018 年http://www.mext.go.jp/
a_menu/kenko/anzen/__icsFiles/afieldfile/2019/05/07/1401870_01.pdf(2020 年 8 月 29 日 最終閲覧)。
田中 正博/佐藤 晴男「教育のリスクマネジメント」時事出版社(2013 年)
添田久美子/石井 拓児「学校の安全と事故防止」ミネルヴァ書房(2015 年)
渡邊 正樹「学校の危機管理読本」教育開発研究所(2008 年)
古笛 恵子「学校事故の法律相談」青林書院(2016 年)
神里 達博「リスクの正体」岩波新書(2020 年)
関西大学経済・政治研究所「子どもの安全とリスク・コミュニケーション」関西大学出版 部(2014 年)
坂野 重法「子どもの安全を守る」明治図書(2012 年)