は じ め に ジストニア(dystonia)は中枢神経系の機能異常による不随 意で持続的な筋収縮にかかわる運動障害の総称であり,姿勢 異常や,全身あるいは身体の一部が捻れたり硬直したりする ものである.ジストニアは決して単一の疾患群ではなく,表 1 に示すように大きく一次性(原発性)と二次性(続発性) に分類され,それぞれに多くの異なった病型や原因が含まれ る.診断には,症状の常同性,感覚トリック,動作特異性, 早朝改善効果などに注意して診察,問診すれば困難はない. しかし,全身性ジストニアなど病態が進行した場合には感覚 トリック,動作特異性,早朝改善効果などが見られなくなる 場合もあり注意を要する.ジストニアはまれな疾患と思われ がちであるが,Parkinson 病,本態性振戦についで多い不随意 運動疾患で,発症率は 10 万人あたり数十人とされ,プロの楽 器奏者の 5%が動作特異性局所ジストニアで悩んでいるとい うデータもある. 近年ジストニアの治療には長足の進歩が見られている.こ れはボツリヌス毒素注射(botulinum toxin BTX)による眼瞼; け い れ ん や 痙 性 斜 頸 の 治 療, 脳 深 部 刺 激 (deep brain stimulation DBS)による全身性ジストニアの治療など,新し; い治療法が導入され,かつては十分効果的な治療のなかった ジストニアというものが治療可能になってきたためと考えら れる.また,BTX や DBS における医療経済的波及効果も大き く関係している.しかし,ジストニアは上述したように症候 的に幅が広く,BTX や DBS だけでは対処困難な場合も少なく ない.本稿では様々な病型のジストニアに対する外科治療の 経験に基づいて対ジストニア治療を紹介したい.紙面の関係 ですべての参考文献を記載できないが,キーワードで検索す れば多くの論文や情報が得られると思うので,参照していた だければと思う. Ⅰ 歴史的背景 ジストニアは全身性の捻転症状を呈する疾患として,Oppenheim が 1911 年に dystonia musculorum deformans(DMD)という言 葉で,おそらく現在の遺伝性 DYT1 ジストニアについて記載 したのが始まりである.これは疾患名としてのジストニアで あるが,書痙などの上肢の動作特異性局所ジストニアや頸部 ジストニアとしての痙性斜頸が,ジストニアであるという考 えに至る過程には長い道のりがあり,これらを含めて様々な 症状としてのジストニアという概念が確立されたのは,1980 年代以降と言っても過言ではない.ただし,痙性斜頸につい てはギリシャ時代から記載され,多種類の外科的治療が行わ れてきたし,書痙に関しては 1800 年代に Bell が記載してか ら Duchenne などにより Faradic treatment という電気刺激治療 なども試みられてきたという背景がある. 1960 年代になり機能的定位脳手術が広く不随意運動疾患に 対して行われるようになると,DMD を中心に淡蒼球や視床 の破壊術が数多く行われるようになった.しかし,その効果 は一定せず,両側性の症状に対して両側の視床核破壊術を行 うと重篤な副作用が生じることから,1980 年頃までにはほと んど行われなくなった.1993 年に Laitinen が Parkinson 病の 諸症状が淡蒼球内節(globus pallidus interna GPi)の凝固術; で劇的に改善することを見いだした.特に Parkinson 病にとも なう dyskinesia や dystonia に有効であつたことから,1990 年 代後半から一次性全身性ジストニアに対しても GPi の凝固術 = 総 説 =
ジ ス ト ニ ア の 治 療 の 最 前 線
平 孝 臣 要旨 ジストニアの外科治療は近年脳深部刺激の出現により長足の進歩をとげた.しかし,ジストニアは単一の 疾患ではなく,局所から全身まで広い症候を呈し,発症年齢も小児から老年期まで様々であるので,ジストニアの 外科治療として脳深部刺激だけを扱うのでは,この難問の解決にはいたらない.書痙や痙性斜頸などの局所ジスト ニアから,全身性までの多様な症状,二次性の病因など多くの要素を考慮しながら,どのように外科治療を選択す るのかという姿勢が重要である.ここで紹介するジストニアの様々な外科治療の効果を考えた場合,多くのジスト ニアは少なくとも治療に関しては脳神経外科的疾患であるとも言える時代に入っている. 見出し語 ジストニア,脳深部刺激,視床核手術,末 W神経遮断術,髄腔内 baclofen 東京女子医科大学脳神経外科 連絡先 〒 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学脳神経外科(平 孝臣) E-mail : ttaira(a)nij.twmu.ac.jp(GPi pallidotomy)が行われるようになり,その有効性が確認 された.一方で凝固術ではなく慢性刺激電極を用いた DBS は難治性疼痛の治療法として 1970 年代後半から行われてい たが,Benabid らが振戦などの不随意運動の治療にも有用で あることを 1990 年頃から見いだしていた.このため 2000 年 頃から調節性があり,両側同時手術が可能な DBS(図 1)が, 全身性ジストニアの治療として GPi pallidotomy にとってかわ ることとなり,その後全身性ジストニアだけでなく Meige 症 候群,向精神薬の使用にともなう tardive dystonia,先天性代謝 異常にともなうジストニアなど多くのジストニアに有効なこ とが示され,現在にいたっている. Ⅱ 淡蒼球内節脳深部刺激術(GPi DBS) GPi DBS の適応でもっともよいものは,遺伝性 DYT1 全身 性ジストニアであるとされているが,本邦では比較的少ない. しかし,若年発症で一側の下肢から発症し,全身性に移行す るような場合には,必ず本症を疑う必要があり,また,様々 な不全型があることも忘れてはならない.筆者の施設では常 にこの遺伝子診断ができるように体制を整えている.DYT1 全身性ジストニアと同様に GPi DBS が良い効果を示すもの (図 2)には,成人発症の一次性全身性あるいは分節性ジスト ニア,顔面や頸部の分節性ジストニアである Meige 症候群, 複雑な不随意運動をともなう頸部ジストニア,ミオクローニッ クジストニアなどがあげられる.また,まれには嚥下障害や 発語障害を呈する咽頭喉頭ジストニアに対しても奏功する場 合がある.二次性ジストニアでは,鉄代謝異常に関連した pantothenate kinase-associated neurodegeneration(PKAN)ある いは Hallervorden-Spatz 症候群 1),Lesch-Nyhan 症候群 2)など の代謝異常に関連したもの,向精神薬に関連した遅発性ジス トニアなどは,運動症状としてのジストニアのコントロール には有用であるが,基礎疾患の程度と進行が予後を決定する と考えるのが適切である.一方で,脳性麻痺や脳血管障害な どの脳の器質的,形態的異常をともなっている場合には,一 般的には GPi DBS の効果は少なく第一選択とはしない.適応 の基本的考え方としては,現在では GPi DBS は比較的低侵襲 で重篤な副作用も少ないので,筋骨格系の器質的異常が出現 するような段階まで外科治療をおくらせることなく,保存治 療に固執しないで積極的に外科治療を考慮すべきである. 表 1 ジストニアの種類
Triosephosphate isomerase def Vitamin E deficiency Biopterin deficiency Sphingolipidoses Niemann-Pick disease Ceroid lipofuscinosis Homocystinuria Hartnup disease Methylmalonic aciduria Tyrosinaemia Lesch-Nyhan syndrome Rett’s syndrome Pelizaeus-Merzbacher disease Dystonia-deafness syndrome MERRF
MELAS Leber’s disease Leigh’s syndrome Neuroacanthocytosis Intranuclear inclusion disease Haemochromatosis Progressive supranuclear palsy Multiple system atrophy Corticobasal degeneration Dentatorubropalidoluysian atrophy Glutaric academia Methylmalonic academia Homocystinuria Metachromatic leukodystrophy Neuronal ceroid lipofuscinosis Primary antiphospholipid antobidy Gangliosidoses Hallervorden-Spatz disease Multiple sclerosis Atlantoaxial sublaxation 一次性ジストニア 若年発症
DYT1 generalized dystonia Non-DYT1 generalized dystonia Paroxysmal dystonia & dyskinesias Dopa-responsive dystonia Myoclonic dystonia Rapid-onset dystonia-parkinsonism X-linked dystonia-parkinsonism 成人発症 Blephalospasm Cervical dystonia Embouchure dystonia Oromandibular dystonia Laryngeal dystonia
Hand dystonia(writer’s cramp) 二次性ジストニア
Medications, trauma, toxins, infections Stroke
Perinatal cerebral injury Viral encephalitis SSPE AIDS Creutzfeldt-Jakob disease Kernicterus Huntington’s disease Parkinson’s disease Spinocerebellar ataxias HARP syndrome
Familial frontotemporal dementias Familial basal ganglia calcifications Wilson’s disease
Juvenile parkinsonism Ataxia-telangiectasia
Ⅲ 頸部ジストニアに対する選択的末 W 神経遮断術 (selective peripheral denervation SPD); 頸部ジストニアあるいは痙性斜頸ではまず BTX 治療が第 一選択である.しかし,十分量かつ十分な期間の BTX 注射で 満足のいく効果がない場合に,SPD を考慮する.この手術は BTX が化学的に異常収縮筋の神経遮断を目的とするのと同様 に,外科的に神経遮断するものであり,有効かつ安全な治療 としてヨーロッパ神経内科学会や英国のガイドラインにも明 記されているものである 3)4). SPD は一般的には副神経末 Wの胸鎖乳突筋枝と脊髄神経後 枝を硬膜外の末 Wにおいて C1-C6 まで遮断するもので,脊髄 神経前肢の支配する上肢や肩などに影響をあたえず,後頸筋 に対して選択的かつ広範囲の神経遮断が可能である(図 3). かつて行われていた硬膜内での脊髄神経前根遮断とはまった く異なるものとして認識しておく必要がある.すなわち,上 位脊髄神経の神経根を硬膜内で遮断する場合には,C3-4 支配 である横隔膜神経や C5-6 の上腕支配筋への影響を避けるた めに,C1-3 ないし C4 までの遮断しかできない.しかし,頸 部ジストニアに関与する板状筋や半棘筋などの後頸部の筋群 は C1-7 の後枝からの支配を受けているため,硬膜内アプロー チでは効果が不十分となる.手術は腹臥位で後頸部正中の切 開で,頭半棘筋と頸半棘筋との間から,脊髄神経後枝に達し, 神経を電気刺激しながら切離していく.副神経の神経遮断は 耳介後部の胸鎖乳突筋後縁で約 2 cm の皮膚切開から行う. 図 1 淡蒼球内節脳深部刺激術の概要 図 2 淡蒼球内節脳深部刺激術の手術効果の例
これら両者を含めて手術時間は 3 時間あまりで出血量も 100 ml 以下である.術後は翌日から頸部カラーなどを用いずに歩 行可能である.SPD は歴史的にも国際的にも頸部ジストニア に対してもっとも多く行われている外科的治療であり,対症 療法ではあるものの完治と呼べる状態になる場合も少なくな い.ジストニアは一般に対症的に対処した場合でも,脳内機 序が改善することがあり,末 Wを含めた神経ループが発症に 関与していることを示唆するものである.頸部ジストニアの 中には広範に頸部筋の異常収縮が生じ,激しい不随意運動を 呈する場合があり,このような場合には,やはり淡蒼球内節 の GPi DBS が適応となる.また,Meige 症候群のように頸部 以外の症状がある分節性ジストニアの場合にも GPi DBS を選 択する 5).しかし,頸部ジストニア全体からみた場合は,この ような例は少数である 6)∼ 8). Ⅳ 書痙を代表とする動作特異性局所ジストニアに対する 定位的視床 Vo 核凝固術 書痙や楽器奏者クランプなどの上肢動作特異性局所ジスト ニア 9)に対しての選択的視床 Vo 核遮断術の効果に関しては 2000 年以前は数少ない症例報告 10)11)が散見されるのみであっ たが,この 10 年でほぼ確立されたといってよい 12)∼ 15).しか し,現在でも多くの書痙患者が心因性として扱われている現 状や,正中神経や尺骨神経の除圧などの整形外科的治療を受 けている場合など,書痙を局所ジストニアとしてとらえ治療 することについては,まだまだ医療者への啓蒙が不十分なの が実情である.このような症状は書痙や楽器奏者のみならず, 理髪師,美容師,調理師などにもみられることが多い.楽器 奏者では 20 人に 1 人と非常に高率にこのようなジストニア が生じ,職業的自然予後は極めて不良であることが知られて いる.書字に際してのみ出現する純粋書字振戦や,本態性振 戦に関しては局所ジストニアと十分区別して議論する必要が ある.本邦ではボツリヌス毒素による治療が書痙などの上肢 への使用が認められておらず,現存する保存的治療の限界は 患者自身がもっともよく認識している. 書痙に代表される手の局所ジストニアは,同一の動作を繰 り返すことによって,大脳運動野,淡蒼球,視床,大脳運動 野という皮質基底核視床回路(cortico-basal ganglia-thalamic loop)に促通経路が形成され,これがある動作によって発振 してしまう結果,生じると考えると理解しやすい.やはり, 皮質基底核視床回路での淡蒼球内節からの投射を受ける視床 Vo 核(図 4 左)の凝固術が著効することを著者らは 90 例以 上で経験して,最長で 9 年の経過観察で効果が持続してい る 12)14)15). 手術に先立って,多くの患者はある動作以外ではまったく 症状のない健康人であるので,本人や家族を交えてお互いが 納得のいくまで説明をかさねる.これまで重篤な副作用は認 めていないが,出血による片麻痺や生命の危険性などにも明 確に言及しておく必要がある.このために手術に費やす以上 の時間をかけることもまれではない.手術は完全に局所麻酔 下で,MRI と CT による計測を用いた定位脳手術で行う.手 術は Parkinson 病などの定位脳手術と大差はないが,症状の変 化を確実にとらえるために定位脳手術フレームの装着から手 術の最後まで鎮静剤は使用しない.医療スタッフの会話によっ てリラックスして手術を受けてもらうという態度が重要であ る.手術自体は 2 時間程度であり,実際に症状を引起こす動 作を観察しながら手術を行うので,筆記具は当然のこと,ギ ターや琴などを手術室に持ち込む場合もある.術後の書字の 例を図 4 に,楽器奏者の局所ジストニアに対する手術の風景 を図 5 に示す. ときに,視床 Vo 核の脳深部刺激と凝固術の選択が問題にな る場合がある.一側の上肢の局所ジストニア(書痙)や書字 時のみの振戦(書字振戦)の多くは,手の症状以外には神経 図 3 頸部ジストニアに対する選択的末 W神経遮断術の神経遮断部位(MR,LR)と術前(左)術後(右)の例
学的異常はなく,患者の多くが 20 歳代から 30 歳代で,職業 もある.体内に機器を入れ,数年ごとに交換を要するという のは彼らにとって社会的ハンディにもつながる.また,動脈 硬化や高血圧といった問題が少なくなく,手術にともなう出 血の可能性は高齢者よりも低い.万が一凝固術で軽度の麻痺 が出現したとしても,高齢者よりも回復が期待できる.この 図 5 書痙や楽器奏者の上肢局所ジストニアに対する手術風景 図 4 書痙(局所上肢ジストニア)に対する視床 Vo 核凝固術の凝固巣(左上下)と手術効果の 1 例(右)
ような様々な条件を考慮した上で,個々の症例で DBS か凝固 術を選択するのが妥当である.
Ⅴ 髄腔内 baclofen 投与治療(intrathecal baclofen ITB); ITB 療法は本来痙縮の治療として導入されたが,様々なジス トニアに対しても行われてきた 16)17).DBS の効果が大きく期 待できない脳性麻痺などによる二次性のジストニアが主な対 象である 18)が,近年では DBS と併用してより効果が期待でき るというような報告もある.手術自体は単純ではあるが,長 期にわたり問題なく効果を持続するには細やかな配慮が必要 である 17).治療に非常に難渋する複雑局所疼痛症候群や fixed dystonia に対する効果も期待されている 19). 以上に概説したように,ジストニアと言ってもその症状, 原因は極めて多様であり,それぞれに対応するには様々な治 療方法に精通しておかなければならない.この意味で機能的 脳神経外科が現在ややもすると脳深部刺激術一辺倒になって いる状況が危惧されるところである.Parkinson 病では様々な 新しい薬物治療が展開され,今後再び外科的治療が低迷する 可能性も考えておく必要がある.しかし,ジストニアではこ のような画期的薬物治療の出現が期待できないと考えられ, 外科的治療の役割は大きい.少なくともある程度の保存治療 で効果のないジストニアに関しては,外科的治療を積極的に 考慮するべき時代になっているものと考える.しかし,一方 でこれらの治療がまだ十分に医療者の間でも知られていない こと,外科的治療が究極の危険な方法であるという誤解,短 絡的な思考ではその作用機序が説明がつかないため治療自体 が理解が得られなくいことなどの理由で,本来は社会復帰で きるようなジストニア患者が多く放置されているのではない かと危惧している. 文 献
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Update on Multimodal Neurosurgical Management of Dystonias
Takaomi Taira, MDDepartment of Neurosurgery, Tokyo Women’s Medical University, Tokyo
The neurosurgical treatment of dystonia has progressed markedly since the introduction of deep brain stimulation of the globus palli-dum interna. However, dystonia is not a single disorder but comprises various types and causes, and it is true that deep brain stimulation cannot cover the complex nature of dystonia. Depending on the distribution of symptoms and causes, we have to consider other surgical managements such as thalamotomy, peripheral denervation, and intrathecal baclofen. Such a multi-modal strategy has enabled us to treat and even cure many patients with dystonias. No treatment other than various neurosurgical approaches yields better results in the manage-ment of dystonias. In this sense, we are now at a stage where we should regard dystonia as a neurosurgical disorder in terms of treatmanage-ment.