に関する理論的研究
Theoretical Study on Molecular Cohesion Driven by Hydrogen Atoms
2018 年 2 月 竹内 淨
Jo TAKEUCHI
水素原子を介在とした分子凝集機構 に関する理論的研究
Theoretical Study on Molecular Cohesion Driven by Hydrogen Atoms
2018 年 2 月
早稲田大学大学院 先進理工学研究科 電気 · 情報生命専攻 量子材料学研究
竹内 淨
Jo TAKEUCHI
目 次
第1章 序論 5
1.1 研究背景·目的 . . . 5
1.2 考察対象物質 . . . 6
1.2.1 NH3−HNO3系 . . . 6
1.2.2 アミノ酸−ペプチドナノリング(PNR)系 . . . 7
1.3 本論文の構成 . . . 8
第2章 プロトン移動を伴う分子凝集機構 11 2.1 背景·目的 . . . 11
2.2 本系の分子凝集における理論計算の位置づけ . . . 12
2.3 単量体: NH4NO3 . . . 22
2.3.1 単量体の分子構造とエネルギー安定性 . . . 22
2.3.2 単量体の電子構造 . . . 24
2.3.3 仮想的なプロトン移動 . . . 25
2.4 二量体: (NH4NO3)2 . . . 28
2.4.1 プロトン移動とエネルギー安定性 . . . 28
2.4.2 プロトン移動による電気分極の増大 . . . 29
2.4.3 双極子−双極子相互作用の安定化寄与の検証 . . . 31
2.4.4 外部電場によるプロトン移動の検証 . . . 32
2.5 多量体: (NH4NO3)3∼8 . . . 33
2.6 本章の結論 . . . 36
第3章 水素結合を介在とした分子凝集 41 3.1 背景·目的 . . . 41
3.2 本系の分子凝集における理論計算の位置づけ . . . 42
3.3 ホストPNRの分子設計 . . . 49
3.3.1 環状分子18C6H4の検証 . . . 49
3.3.2 ホストPNR . . . 50
3.4 D-Ser/4G2(D-)N-PNR凝集体 . . . 53
3.4.1 分子構造及びエネルギー安定性 . . . 53
3.4.2 ホスト−ゲスト間水素結合 . . . 54
3.4.3 分子間相互作用 . . . 56
3.5 本章の結論 . . . 58
4
第4章 水素結合を介在とした分子認識 63
4.1 背景·目的 . . . 63
4.2 本系の分子凝集における理論計算の位置づけ . . . 64
4.3 ホストPNRによるゲストAlaのキラリティー認識. . . 64
4.3.1 異なるpHの溶媒におけるAlaの分子構造と荷電状態 . . . 64
4.3.2 プロトン化Ala/PNR凝集体 . . . 65
4.3.3 Ala/PNR凝集体 . . . 68
4.3.4 脱プロトン化Ala/PNR凝集体. . . 70
4.4 ホストPNRによるゲストSerのキラリティー認識 . . . 72
4.4.1 異なるpHの溶媒におけるSerの分子構造と荷電状態 . . . 72
4.4.2 プロトン化Ser/PNR凝集体 . . . 72
4.4.3 Ser/PNR凝集体 . . . 75
4.4.4 脱プロトン化Ser/PNR凝集体 . . . 76
4.5 ホストPNRによるゲストAspのキラリティー認識 . . . 78
4.5.1 異なるpHの溶媒におけるAspの分子構造と荷電状態 . . . 78
4.5.2 プロトン化Asp/PNR凝集体 . . . 79
4.5.3 Asp/PNR凝集体 . . . 81
4.5.4 脱プロトン化Asp/PNR凝集体 . . . 83
4.5.5 二重脱プロトン化Asp/PNR凝集体 . . . 86
4.6 本章の結論 . . . 88
第5章 総括 93
第 1 章 序論
1.1 研究背景 · 目的
水素原子(H)は最も質量が小さな基本的な原子であり、量子論及び分光学によってスペ クトル線や電子遷移などを理解する上で重要な役割を果たしてきた[1]。現代においても、
H原子は様々な面において重要性を有している。生命科学分野では、生体膜輸送、酵素反 応などの生体内現象におけるH原子の働きを理解することは重要である [2–4]。産業·工 業分野では、H原子を利用した内燃機関(水素自動車)及び汎用的燃料電池(小型電子機器 や燃料電池車)は低環境負荷のエネルギーとして期待されている[5]。このように、H原子 に関する理解や応用は今もなお科学技術の向上さらには社会の発展に寄与している。
H原子は単に分子内の主要原子を修飾する原子であるだけでなく、分子間に介在して分 子凝集を実現している。H原子を介在とした結合は微弱であるが、分子の凝集を可能とす る重要な結合である。このH原子を介在とした結合様式の1つに水素結合(HB: Hydrogen
Bond)がある。典型的なHBによる分子凝集では、一般的に、原子Xを含む分子と原子Y
を含む分子においてX−H· · ·Yの結合様式をとり、X−H部分は強固な共有結合のため固 定化される。さらにH· · ·Y部分はXを含む分子とYを含む分子との立体的な配座関係に より決定される。例えば(図1.1(a))、水分子は、負に荷電されたO原子と正に荷電され たH原子とのHBによって立体的な広がりをもった凝集形態をとる。生体内では、酵素の 基質特異性は「鍵と鍵穴」モデルで表現される。このモデルでは、酵素反応が起こる条件 は、酵素と基質の立体的な分子構造がお互いに相補的な関係(鍵と鍵穴)のときに結合す ることである [2]。機能材料の例として、フェナジンとクロラニル酸は、HBを形成して結 晶となり、相転移温度以下では分子間配座の違い(変位)により強誘電体となる [6]。この ように、典型的なHBによる分子凝集では、分子凝集体の安定構造は分子間の立体的な配 座関係(幾何構造)で決まる。
他方、H原子は最も質量が小さな原子であるため、X−H· · ·Yの結合様式からX· · ·H−Y の結合様式へ変化し、H原子内のプロトンが移動し分子凝集する系も存在する(PT: Proton Transfer)。いくつかの例をあげると(図1.1(b))、蟻酸の二量体では、各単量体のカルボ キシ基のプロトンが双方的に移動する [7]。テトラチアフルバレン誘導体は、PTの制御 により誘電特性を示す [8, 9]。DNA塩基対(グアニン− シトシン)では、PTにより遺伝情 報の突然変異を起こし得ることが提唱されている [10, 11]。この塩基対の結合様式は、PT を伴うとともに、典型的なHBも含まれており、複合的なH原子を介在とした分子凝集の 例である。このように、PTは単なるH原子の結合様式の変化だけではなく、分子凝集体 の機能をも変化させ得る。
このようなHB及びPTを誘発するH原子を介在とした分子凝集機構を電子論の立場か ら理解することは、新たな分子材料設計や生体分子による生理活性現象の解明などを行う
6 第1章 序論
図 1.1: (a)典型的なHBを伴う分子凝集の例. (b) PTを伴う分子凝集の例.
上で非常に重要と考えられる。そこで、本論文では、H原子を介在とした分子凝集機構を 解明するために、対極に位置する2つの凝集(PTを伴う分子凝集とHBによる分子凝集) の電子論を第一原理計算を用いて研究した。
1.2 考察対象物質
1.2.1 NH
3− HNO
3系
本論文では、PTを伴う分子凝集として、NH3−HNO3系を対象とした。NH3及びHNO3
は気相で反応し、固相のNH4NO3を形成することが知られている [12–14]。大気環境分野 では、このNH4NO3はエアロゾル粒子を構成する一成分である。大気中には、気相成分 だけではなく、様々な元素によって構成される液相及び固相の微粒子が浮遊している。こ れらは、大気を分散媒体として固相及び液相の粒子が分散質であることから、エアロゾル 粒子と呼ばれる。エアロゾル粒子は、呼吸とともに気管支や肺内に取り込まれ、喘息や肺 癌等を引き起こす要因となる。また、雲の形成における核となるため、太陽放射の反射
率に影響を与える。その結果、地球大気系の熱収支が変化し気候変動が起こる要因とな
る [14, 15]。我が国の環境行政では、エアロゾル粒子は、健康に影響を与える大気汚染物
質の一つと捉えられており、浮遊粒子状物質(SPM)及び微小粒子状物質(PM2.5)として、
環境基本法に基づき環境基準が設定されている [16–18]。
エアロゾル粒子の生成過程は、破砕や飛散等の機械的な力を受けて生成する過程と、冷 却、膨張及び化学反応により気相の物質が凝縮して粒子化する過程がある。後者では、発生 源から粒子として放出される一次粒子と、気相の物質として放出された後に粒子化する二 次粒子に分類される。さらに二次粒子には、有機化合物が酸化されて生成する有機二次粒 子と、SO2やNO2等が酸化されて生成する無機二次粒子がある。NH4NO3はこの無機二次 粒子に分類される。気相物質から粒子への変換に関して、気相物質だけの系において新た に粒子が形成される場合を均質核形成と呼び、既に存在する粒子を核として気相物質が粒 子表面上に凝縮する場合を不均質核形成と呼ぶ [12–14]。無機二次粒子NH4NO3の均質核 形成は、人為起源または自然起源のNO2がOHラジカルにより酸化され、気相のHNO3が 生成され、NH3との反応によりNH4NO3へと粒子化することを意味する。しかし、HNO3
とNH3分子の凝集メカニズムについては未解明である。他方、粒子化の化学反応におい て注目すべきは、気相ではHNO3のH原子内プロトンが分子内に留まるが、粒子化(固相 結晶)ではH原子内プロトンがNH3に移動することによって、[NH+4][NO−3]型イオン構造 をとることである。つまり、HNO3−NH3分子凝集において、(NO3側)O−H· · ·N(NH3側) の結合様式から(NO3側)O· · ·H−N(NH3側)の結合様式へと変化することを意味する。こ の点において、PTがNH3及びHNO3の分子凝集に果たす役割を理解することは重要と 考えられる。本論文では、PTの役割を明確にし、NH3及びHNO3の分子凝集機構を検証 した。
1.2.2 アミノ酸 − ペプチドナノリング (PNR) 系
HBによる分子凝集
一方、HBを伴う分子凝集として、本論文では、アミノ酸−ペプチドナノリング(PNR:
Peptide Nanoring)系を対象とした。アミノ酸には鏡像異性体(D体、L体)があるが、
PNRはこのD体とL体のアミノ酸残基が交互に配置された人工的な環状生体分子であ る。GhadiriらはPNRの積層構造をもつペプチナノチューブ(PNT: Peptide Nanotube) を世界に先駆けて合成した [19]。近年もGhadiriらは、PNR及びPNTによるイオン·分 子の選択的輸送機能、抗ウイルス機能、殺菌効果などの可能性を報告している [20–22]。 PNRについては、配座異性体の存在及びその構造変化の過程、環を形成するために必要 な幾何条件などが詳細に報告されている [23–27]。
PNRの特徴は、構成するアミノ酸残基に応じて、環のサイズ、化学特性を変更するこ とができる点にある。これは、ホスト−ゲストの関係において、ゲストの大きさや極性 に応じてその捕捉に必要とされる条件を満たすホストPNRを設計できることを意味す る。さらに、ホストPNRはペプチド(−NH−CO−)に電子受容性のH原子と電子供与性 のO原子を有している。PNRはこの電子受容性及び電子供与性を合わせもつ性質とペプ チド環の柔軟性から、ゲストとしてカチオン及びアニオンの両方を捕捉することができ
8 第1章 序論
る [28, 29]。他方、アミノ酸はカルボキシ基、アミノ基などの極性の高い官能基を有して
いる。水溶液中ではアミノ基はプロトン化され(アンモニウム基、−NH+3)、カルボキシ基 は脱プロトン化される(−COO−)。従って、ゲストアミノ酸は、ホストのペプチド環との 間で容易にHBを形成し得ることが想定される。ホストPNR及びゲストアミノ酸はとも に電子受容性原子(H)及び電子供与性原子(N、O)を有するため、X−H· · ·Yの結合様式 において、X−H及びYの両側になり得る。アミノ酸−PNR系は様々な形態のHBを形成 し凝集することが想定される。
1.1節で述べたとおり、ホスト−ゲストが凝集した分子構造は、ホスト−ゲストの立体 的配座によるエネルギー安定性で議論され得る。本論文では、まずゲストアミノ酸を効率 的に捕捉し得るホストPNRを設計した。次に、そのアミノ酸との凝集体に関して、HB の幾何構造及び分子間相互作用に着目し、ゲストアミノ酸−ホストPNRにおける分子凝 集におけるエネルギー安定性について議論した。
ゲストアミノ酸のキラル認識
前述のアミノ酸−PNR系において、ゲストアミノ酸はグリシン以外では鏡像異性体(D 体及びL体)をもつ。ホストPNRは、このゲストアミノ酸のキラリティーに応じて異な る捕捉形態をとる(D凝集体及びL凝集体)。さらに、その捕捉形態によって全エネルギー に差異が生じることが想定される。つまり、ホストPNRはゲストアミノ酸のラセミ体に 対して優先的にD体あるいはL体いずれかを捕捉する。換言すれば、ホストPNRはゲス トアミノ酸のキラル認識能を有する可能性がある(キラルセレクター)。本論文では、D凝 集体及びL凝集体のHB幾何構造及びエネルギー安定性を議論した。さらに、水溶液中 ではpHに応じて、アミノ基はプロトン化され(アンモニウム基、−NH+3)、カルボキシ基 は脱プロトン化される(−COO−)。これらのプロトンの付加·脱離を考慮し、ホストPNR が、溶媒のpHに依存せずに、ゲストアミノ酸のキラルセレクターとなり得るのかについ ても議論した。
1.3 本論文の構成
本論文は、本章(第1章)を序論として、全5章で構成される。第2章では、PTを伴う 分子凝集として、NH3-HNO3系を対象に電気双極子モーメントに着目してその分子凝集 機構を検証した。第3章では、PTの対極である典型的なHBによる分子凝集として、様々 なHBの形成が期待されるアミノ酸−ペプチドナノリング(PNR)系を対象に、HBの幾 何構造の解析、エネルギー分割法を用いた分子間相互作用の解析を行い、分子凝集機構の 主因を検討した。第4章では、第3章で検証したホストPNRによるゲストアミノ酸のキ ラリティーの判別を検証した。ここでは、ホスト− ゲスト化学の応用による分子材料設計 の立場をとっている。第5章では、H原子を介在とした二つの特徴的な分子凝集について 総括した。
参考文献
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第 2 章 プロトン移動を伴う分子凝集機構
2.1 背景 · 目的
本章では、プロトン移動(PT)を伴う分子凝集として、NH3−HNO3系を対象とした。気 相の硝酸(HNO3)とアンモニア(NH3)は凝集し、固相の硝酸アンモニウム(NH4NO3)を 形成する。大気環境中では、このNH4NO3は、代表的な大気汚染物質の一つであるエア ロゾル粒子の構成成分である [1–4, 7, 8]。NH4NO3の結晶は、NH+4 及びNO−3 イオンで形 成され、温度に依存した複数の相をもつ [9–16]。NH4NO3は常温(255〜 305K)ではIV相 の形態をとり(図2.1) [9]、大気エアロゾル粒子中のNH4NO3もIV相であることが報告さ
図 2.1: NH4NO3結晶及びIV相の単位胞.
12 第2章 プロトン移動を伴う分子凝集機構 れている [17]。HNO3とNH3の凝集によるNH4NO3の形成は、数ppbの低濃度でも起こ ることも報告されている [18] 。しかし、HNO3とNH3の凝集メカニズムについては未解 明である。
注目すべきは、気相ではNH3及びHNO3分子として存在し、HNO3のH原子中プロト ンは当該分子内に停留するのに対し、固相結晶ではH原子内プロトンがNH3に移動かつ イオン化(NH+4)し、[NH+4][NO−3]型イオン構造をとることにある(図2.1)。この点にお いて、PTがNH3及びHNO3の凝集に果たす役割を理解することは重要と考えられる。
本研究では、NH3−HNO3系の分子凝集を理解するために、HNO3及びNH3分子のク ラスターモデルを用いて、固相におけるPT可能性を第一原理計算により理論的に検討し た。特に、PTの発現による電気双極子モーメントの増大と双極子−双極子相互作用に焦 点を当てた。
2.2 本系の分子凝集における理論計算の位置づけ
図 2.2: 化学反応・物理的凝集過程.
エネルギー安定性の評価
化学反応や物理的凝集は、一方の平衡状態から他方の平衡状態への変化として表される (図2.2)。ここでは、状態の安定性はエネルギーを指標として議論することができる。本 研究では、分子凝集の過程を、内部エネルギーを用いて議論した。エネルギーの算出に は量子論に基づく第一原理計算を用いた。これにより、高精度な結果を得られ、信頼性が 高い議論を行うことが可能となる。量子論では、粒子(電子、原子核)は波動として捉え られ、電子の位置ri及び原子核の位置Riの関数である波動関数Ψ(ri,Ri)で記述される。
波動関数とエネルギーの関係は、ハミルトニアンH、全波動関数Ψ、全エネルギーEと
して、次のSchr¨odinger方程式で表される。
HΨ =EΨ. (2.1)
ここで、次のいくつかの前提を採用する。時間に依存しないSchr¨odinger方程式を用い ることとする。断熱近似により、電子が原子核位置の変化に対して断熱的に状態を維持す ると仮定する。さらに、原子核の質量は電子よりも非常に大きいため、Born-Oppenheimer 近似により電子状態が原子核位置の変化に追随すると仮定する。これにより、波動関数 は位置が固定された原子核に関するものとなり、電子の位置だけの関数Ψ(ri)として扱う ことができる。この波動関数に対応するエネルギーは電子系の全エネルギー(電子エネル ギー)である。
固定した原子核位置(原子配座)に関する全エネルギーは電子エネルギーと核間反発エ ネルギーの和として求められる。ここで、原子配座に応じたエネルギーの分布は、エネル ギー曲面を形成し得る [19]。この曲面を断熱ポテンシャルエネルギー曲面(PES: Potential Energy Surface)という。しかし、N原子系の分子は3N−6の自由度をもち、PESは多次 元空間における曲面であることになる。この多次元空間のPESから極小点を探索するこ とは極めて困難である。そこで、PES上で原子核変位によるポテンシャルエネルギーの一 次微分に着目し、エネルギーがより低くなる原子核変位を見出すことを考える。PES上 の原子核変位は、そのポテンシャルエネルギーの一次微分が正であれば不安定な方向であ り、負であれば安定な方向である。従って、分子の構造最適化は、PES上でポテンシャル エネルギーの一次微分が負である変位方向へ原子核を動かし、エネルギー極小点に近い構 造を見つけることで実現される。
極小点であるかどうかの判定は基準振動解析を用いて行う。N原子系の分子は、3N−6 個の振動様式(基準振動)をもつ。PESの極小点近傍において、ポテンシャルエネルギー と原子核変位の関係は調和振動子で近似される。質量mの2つの原子で構成される分子 を例に考える [20]。調和振動子のポテンシャルエネルギーV と振動数νは、力の定数k、 平衡位置からの変位xとすると次式で表される。
V(x) = 1
2kx2, (2.2)
ν = 1 2π
√2k
m. (2.3)
他方、ポテンシャルエネルギーV(x)をTaylor展開すると次式となる。
V(x) = V(0)x0+
(dV dx
)
0
x1+1 2
(d2V dx2
)
0
x2+· · ·. (2.4) 平衡位置では第1項及び第2項は0であり、3次以上の高次項は平衡位置近傍では無視 できる。そのため、式(2.4)は次式で近似できる。
V(x) = 1 2
(d2V dx2
)
0
x2. (2.5)
式(2.2)と式(2.5)の比較から、PES上の原子核変位に関するエネルギーの二次微分は
調和振動子の力の定数に対応することが分かる。式(2.5)が正であればPESは下に凸であ
14 第2章 プロトン移動を伴う分子凝集機構 り、安定な平衡位置であることを意味する。従って、全ての基準振動に関わるポテンシャ ルエネルギーの二次微分が正になれば、極小点(局所安定構造)を得たことになる。その
一方、式(2.5)が負であるときPESは上に凸であり不安定な構造であることを意味する。
さらに、このとき式(2.3)より振動数は虚数となる。虚数振動が1つだけ存在する状態は PES上の鞍点を意味する。これを遷移状態(TS: Transition State)とよぶ。この遷移状態 を介して、始状態から終状態への化学反応はPES上で進行する。このようにして、理論 計算を用いて、図2.2に示した平衡状態(局所安定構造)及び遷移状態を探索することが可 能である。
本論文での構造最適化計算はBernyによる方法を用い[21]、様々な空間配座に関して最 適化を行い安定構造を得た。得られた安定構造に対して基準振動解析を行い極小点(局所 安定構造)であることを確認した[22]。複数の局所安定構造において最も安定な構造を最 安定構造とした。これらの手法を適用し、NH3−HNO3系の分子凝集過程を検討した。
電子エネルギーの評価
本論文で扱ったH原子を介した分子凝集では、新たな共有結合を形成するような化学 反応は起こらず、一般的に分子間力と呼ばれる力によって凝集体となり得る。分子間力を 伴う凝集体の幾何的構造やエネルギーを評価するためには高精度な理論計算が求められ る。本論文での第一原理計算は、密度汎関数法を用いたが、まずその基礎となるHartree-
Fock(HF)法について概観する[23, 24]。前述のように、電子状態の計算は、位置が固定さ
れた原子核に関するものとなった。このときM核N電子系のハミルトニアンは、電子の 質量m、電子の電荷−e、原子核Aの原子番号ZA、Dirac定数¯hとして次のように記述で きる。
H =
N
∑
i=1
(
−h¯2 2m∇2i
)
+
N
∑
i=1 M
∑
A=1
(
−ZAe2 riA
)
+ 1 2
N
∑
i=1 N
∑
j=1(i6=j)
e2 rij
+ 1 2
M
∑
A=1 M
∑
B=1(A6=B)
ZAZBe2 RAB
, (2.6)
この式で、電子iの位置ベクトルri、原子核Aの位置ベクトルRAとして、riA =|ri−RA|、 rij =|ri−rj|、RAB =|RA−RB|である。第1項は電子の運動エネルギー、第2項は電 子-核相互作用、第3項は電子-電子相互作用、第4項は核-核相互作用を示す。第4項は原 子核位置が固定されているため定数として与えられる。第4項以外の第1項から第3項に よる電子系ハミルトニアンは、Hartree原子単位系(m=e= ¯h= 1)を用いて、次のよう に表すことができる。
H =
N
∑
i=1
(
−1 2∇2i
)
+
N
∑
i=1 M
∑
A=1
(
−ZA
riA
)
+ 1 2
N
∑
i=1 N
∑
j=1(i6=j)
1 rij
, (2.7)
このHartree原子単位系のエネルギーは、1 hartree = 27.2116 eV = 2625.5 kJ/molである。
次に、一電子スピン軌道関数を導入する。一電子スピン軌道関数ψi,σ(x)を、スピン σ(σ=α, β)のときの軌道関数ui,σ(r)、スピン関数χσ(ξ)により、次のように定義する。
ψi,σ(x) = ui,σ(r)χσ(ξ), (2.8)
この式で、xは位置ベクトルr及びスピン変数ξを含む。
ψi,σ(x)で構成される全波動関数Ψは、Pauliの原理を満足する必要があり、電子の交換 に対して符号を変えなければならない(反対称の性質)。この条件を満足する方法として次 のSlater行列式がある。
Ψ = 1
√N!
ψ1,α(x1) ψ2,β(x1) . . . ψN−1,α(x1) ψN,β(x1) ψ1,α(x2) ψ2,β(x2) . . . ψN−1,α(x2) ψN,β(x2)
... ... ...
ψ1,α(xN) ψ2,β(xN) . . . ψN−1,α(xN) ψN,β(xN)
, (2.9)
この式では、全電子数Nを偶数としてψN−1,α及びψN,βとしたが、Nが奇数であればψN−1,β 及びψN,α(あるいはψN,β)である。
ここで、軌道関数とスピン関数は以下のように規格直交化されているとする。
∫
ψi,σ∗ (x)ψj,σ0(x)dx=
∫
u∗i,σ(r)uj,σ0(r)dr
∫
χ∗σ(ξ)χσ0(ξ)dξ=δijδσσ0, (2.10) ψ∗はψの複素共役であり、δijはKroneckerのデルタ記号(i=jのとき1、i6=jのとき0) である。このときΨは、次のように規格化されている。
hΨ|Ψi=
∫
Ψ∗Ψdr1dr2· · ·drNdξ1dξ2 = 1, (2.11) この式では、Diracによる表記法、bra(h|)及びket(|i)を用いている。
電子系の全エネルギーEHF は、全波動関数Ψに関する電子系ハミルトニアンHの期待 値として次のように記述される。
EHF = hΨ|H|Ψi
= ∑
i,σ
∫
u∗i,σ(r)
(
−1 2∇2i
)
ui,σ(r)dr+∑
i,σ
∑
A
∫
u∗i,σ(r)
(
−ZA
riA
)
ui,σ(r)dr
+ ∑
i,σ
∑
j,σ0
(Jiσ,jσ0 −Kiσ,jσ0), (2.12)
Jiσ,jσ0 =
∫ ∫ |ui,σ(r)|2|uj,σ0(r0)|2
|r−r0| drdr0, (2.13)
Kiσ,jσ0 = δσσ0
∫ ∫ u∗i,σ(r)u∗j,σ0(r0)uj,σ0(r)ui,σ(r0)
|r−r0| drdr0. (2.14)
これらの式では、スピン関数χσ(ξ)に関しては積分を実行し終え、δσσ0 = 1となる成分 だけが残っている。ただし、式(2.14)にはδσσ0を敢えて残している。式(2.12)は式(2.7) を反映し、第1項は電子の運動エネルギー、第2項は電子-核相互作用、第3項は2電子間 の相互作用を示す。式(2.13)のクーロン積分Jiσ,jσ0 は電子間のクーロン相互作用を示す。
式(2.14)の交換積分Kiσ,jσ0は式(2.9)を用いたことによって生じた項であり、同一スピン 間の交換を意味する。
式(2.12)に示したように、電子系の全エネルギーEHF は一電子スピン軌道関数ui,σ(r) で記述される。変分原理に従えば、基底状態において真のui,σ(r)は最小のEHF を与え、
それ以外のui,σ(r)はより大きいEHF を与える。従って、EHF を極小にするui,σ(r)を求
16 第2章 プロトン移動を伴う分子凝集機構 める必要がある。ここでLagrangeの未定係数法を利用するが、手続きの詳細は省略する (後述の密度汎関数法では詳細に示す)。Lagrangeの未定係数法を用いて、拘束条件を式 (2.10)とし、未定係数i,σにより次のようにF を定義する。
F =EHF −∑
i,σ
i,σ
∫
u∗i,σ(r)ui,σ(r)dr, (2.15) ここで、u∗i,σ(r)がu∗i,σ(r) +δu∗i,σ(r)となったとき、F の変分をδF とする。δF = 0の条件 から、次のHF方程式が得られる。
−1
2∇2−∑
A
ZA
r +∑
j,σ0
∫ |uj,σ0(r0)|2
|r−r0| dr0
ui,σ(r) − ∑
j,σ0
∫ uj,σ0(r0)ui,σ(r0)
|r−r0| dr0uj,σ0(r)
= i,σui,σ(r). (2.16) 上記のHF法から得るエネルギーは、後述のとおり真のエネルギーから乖離している。
この乖離によるエネルギー差は、HF法において電子の相関運動を考慮していないことに 起因するため、相関エネルギーと呼ばれる。本論文のように微弱な分子間力により凝集す る系を議論するためには、相関エネルギーを考慮する必要がある。ここでは、この相関エ ネルギーを考慮する理論の1つとして、密度汎関数法について述べる。
軌道関数ui,σ(r)で表した電子が位置rの微小領域dr内に存在する確率は|ui,σ(r)|2drで ある。|ui,σ(r)|2は、この電子の位置rにおける確率密度関数(電子密度)を意味する。従っ て、位置rにおける電子密度ρ(r)は、全ての軌道に関する和により次のように記述できる。
ρ(r) =∑
i,σ
|ui,σ(r)|2. (2.17)
さらに、全空間で積分することで全電子数Nとなる。
N =
∫
ρ(r)dr =∑
i,σ
∫
|ui,σ(r)|2dr. (2.18)
HohenbergとKohnはこの電子密度ρ(r)を基本変数として、多電子系の全エネルギー
を記述することを提案した [25]。この電子密度を汎関数とする理論を密度汎関数理論 (DFT: Density Functional Theory)といい、DFTを用いた電子状態の計算手法を密度 汎関数法という。電子系のハミルトニアンを、運動エネルギー演算子T、電子と核との 相互作用の演算子VeN、電子間相互作用演算子Veeとする。ここで、HohenbergとKohn は、T 及びVeeは電子系の演算子であり、これらを変化させる外部ポテンシャルとして VeN
(=∑i,AvA(ri) =∑i,A(−ZriAA))を捉えた。さらに、基底状態の電子密度ρ(r)と外部ポ テンシャルv(r)が1対1の関係にあること(第1定理)、並びに、ρ(r)の汎関数で記述した 全エネルギーに関しても変分原理が成り立つこと(第2法則)を証明している[25]。
T 及びVeeがρ(r)の汎関数として表せるとき、全エネルギーEは次式のように記述さ れる。
EHK[ρ] = T[ρ] +Vee[ρ] +∑
A
∫
vA(r)ρ(r)dr. (2.19)
KohnとShamはEHKを具体的に計算するために、一電子スピン軌道を導入すること を提案した [26]。ui,σ(r)を規格直交化された一電子軌道として、ui,σ(r)からなるSlater行 列式で運動エネルギー演算子の期待値をとった量を次のように定義する。
Ts[ρ] =∑
i,σ
∫
u∗i,σ(r)
(
−1 2∇2i
)
ui,σ(r)dr. (2.20)
式(2.12)のクーロン積分を含むエネルギー(クーロンエネルギー)J はρ(r)を用いて次 のように記述される。
1 2
∑
i,σ
∑
j,σ0
Jiσ,jσ0 = 1 2
∑
i,σ
∑
j,σ0
∫ ∫ |ui,σ(r)|2|uj,σ0(r0)|2
|r−r0| drdr0
= 1 2
∫ ∫ ρ(r)ρ(r0)
|r−r0| drdr0 =J[ρ]. (2.21) 式(2.12)の交換積分を含むエネルギー(交換エネルギー)をρ(r)で記述するために、次 の定義を行う。
ρσ(r)ρσX(r,r0) =−
∑
i
u∗i,σ(r)ui,σ(r0)
2
. (2.22)
式(2.22)を、式(2.14)に代入し交換エネルギーEX をρ(r)で記述する。
−1 2
∑
i,σ
∑
j,σ0
Kiσ,jσ0 = −1 2
∑
i,σ
∑
j,σ0
δσσ0
∫ ∫ u∗i,σ(r)u∗j,σ0(r0)uj,σ0(r)ui,σ(r0)
|r−r0| drdr0
= −1 2
∑
i,j,σ
∫ ∫ u∗i,σ(r)u∗j,σ(r0)uj,σ(r)ui,σ(r0)
|r−r0| drdr0
= 1 2
∑
σ
∫ ∫ ρσ(r)ρσX(r,r0)
|r−r0| drdr0 =EX[ρ]. (2.23) 式(2.20)、(2.21)、(2.23)を式(2.12)に代入し、次式のようにEHF をρ(r)の汎関数とし て表すことができる。
EHF[ρ] = Ts[ρ] +∑
A
∫
vA(r)ρ(r)dr+J[ρ] +EX[ρ]. (2.24) 真のエネルギーE[ρ]とEHF[ρ]との差を、相関エネルギーECとする。このときKohn とShamによる全エネルギーEKSを、次のように定義する。
EKS[ρ] = EHF[ρ] +EC[ρ]
= Ts[ρ] +∑
A
∫
vA(r)ρ(r)dr+J[ρ] +EX[ρ] +EC[ρ]
= Ts[ρ] +∑
A
∫
vA(r)ρ(r)dr+J[ρ] +EXC[ρ], (2.25) ここで 交換相関エネルギーEXC[ρ] =EX[ρ] +EC[ρ]である。
18 第2章 プロトン移動を伴う分子凝集機構 HF法と同様に、式(2.25)よりLagrangeの未定係数法によって一電子軌道ui,σ(r)につ いての条件式を導出する。ここで拘束条件は∑ij∑σσ0ij(∫ u∗i,σ(r)uj,σ0(r)dr− δijδσσ0) =
∑
i,σii(∫ u∗i,σ(r)ui,σ(r)dr−1)であるが、ii=iとしたものを用いて、汎関数F を以下の ように定義する。
F[ρ] = EKS[ρ]−
∑
i,σ
i(
∫
u∗i,σ(r)ui,σ(r)dr−1)
. (2.26)
式(2.26)を用いて表したF の変分δF[ρ]が0のときを以下のように考える。
δF =δEKS[ρ]−δ
∑
i,σ
i(
∫
u∗i,σ(r)ui,σ(r)dr−1)
= 0, (2.27)
δTs[ρ] + δ∑
A
∫
vA(r)ρ(r)dr+δJ[ρ] +δEXC[ρ]
− δ
{
∑
i
i(
∫
u∗i,σ(r)ui,σ(r)dr−1)
}
= 0. (2.28)
式(2.28)の各変分項を以下に求めていく。δの取り扱いは1次の項を残し、2次の項は
無視して計算する。まず、式(2.28)第1項の運動エネルギーの変分δT[ρ]は式(2.20)を用 いて次のように表される。
δTs[ρ] = ∑
i,σ
∫
(u∗i,σ(r) +δu∗i,σ(r))(−1
2∇2i)(ui,σ(r) +δui(r))dr
−∑
i,σ
∫
u∗i,σ(r)(−1
2∇2i)ui,σ(r)dr
= ∑
i,σ
∫
δu∗i,σ(r)(−1
2∇2i)ui,σ(r)dr+∑
i,σ
∫
u∗i,σ(r)(−1
2∇2i)δui,σ(r)dr
= ∑
i,σ
∫
δu∗i,σ(r)(−1
2∇2i)ui,σ(r)dr+∑
i,σ
∫ (
δu∗i,σ(r)(−1
2∇2i)ui,σ(r)
)∗
dr.(2.29)
式(2.28)第2項の外部ポテンシャル項の変分は次のように表される。ただし、式(2.17)
よりρ(r)=∑i,σ|ui,σ(r)|2=∑i,σu∗i,σ(r)ui,σ(r)である。
δ∑
A
∫
vA(r)ρ(r)dr = ∑
A
∫
vA(r)∑
i
(u∗i,σ(r) +δu∗i,σ(r))(ui,σ(r) +δui,σ(r))dr
− ∑
A
∫
vA(r)∑
i,σ
u∗i,σ(r)ui,σ(r)dr
= ∑
A
∫
vA(r)∑
i,σ
δu∗i,σ(r)ui,σ(r)dr+∑
A
∫
vA(r)∑
i,σ
u∗i,σ(r)δui,σ(r)dr
= ∑
A
∫
vA(r)∑
i,σ
δu∗i,σ(r)ui,σ(r)dr+∑
A
∫
vA(r)∑
i,σ
(δu∗i,σ(r)ui,σ(r))∗dr. (2.30)
式(2.28)第3項のクーロンエネルギーの変分δJ[ρ]は次のように表される。
δJ[ρ] = J[ρ+δρ]−J[ρ]
= 1 2
∫ ∫ (ρ(r) +δρ(r))(ρ(r0) +δρ(r0))
|r−r0| drdr0− 1 2
∫ ∫ ρ(r)ρ(r0)
|r−r0| drdr0
= 1 2
∫ ∫ δρ(r)ρ(r0)
|r−r0| drdr0+ 1 2
∫ ∫ ρ(r)δρ(r0)
|r−r0| drdr0
=
∫ ∫ δρ(r)ρ(r0)
|r−r0| drdr0
=
∫ ∫ (∑
iδu∗i,σ(r)ui,σ(r) +∑i
(δu∗i,σ(r)ui,σ(r))∗)ρ(r0)
|r−r0| drdr0. (2.31) 式(2.28)第4項の交換相関エネルギーの変分δEXC[ρ]は次のように表される。
δEXC[ρ] = EXC[ρ+δρ]−EXC[ρ]
=
(
EXC[ρ] +
∫ δEXC
δρ δρ(r)dr
)
−EXC[ρ]
=
∫ δEXC
δρ δρ(r)dr
=
∫ δEXC
δρ
∑
i,σ
δu∗i,σ(r)ui,σ(r) +∑
i,σ
(δu∗i(r)ui,σ(r))∗
dr. (2.32)
式(2.28)第5項のを含む項の変分は次のように表される。
δ
∑
i,σ
i
(∫
u∗i,σ(r)ui,σ(r)dr−1
)
= ∑
i,σ
i
{∫
(u∗i,σ(r) +δu∗i,σ(r))(ui,σ(r) +δui,σ(r))dr−1
}
= ∑
i,σ
i
∫
δu∗i,σ(r)ui,σ(r)dr+∑
i,σ
i
∫
u∗i,σ(r)δui,σ(r)dr
= ∑
i,σ
i
∫
δu∗i,σ(r)ui,σ(r)dr+∑
i,σ
i
∫
(δu∗i,σ(r)ui,σ(r))∗dr. (2.33) 式(2.29)、式(2.30)、式(2.31)、(2.32)、(2.33)を、式(2.28)へ代入し次式を得る。
∑
i,σ
[∫
δu∗i,σ(r)
(
−1 2∇2
)
ui,σ(r)dr+
{∫
δu∗i,σ(r)
(
−1 2∇2
)
ui,σ(r)dr
}∗]
+
∫
∑
A
vA(r)∑
i,σ
{δu∗i,σ(r)ui,σ(r) + (δu∗i,σ(r)ui,σ(r))∗}dr
+
∫ ∑
i,σ
{δu∗i,σ(r)ui,σ(r) + (δu∗i,σ(r)ui,σ(r))∗}ρ(r0)
|r−r0| drdr0 +
∫ δEXC
δρ
∑
i,σ
{δu∗i,σ(r)ui,σ(r) + (δu∗i,σ(r)ui,σ(r))∗}dr
−∑
i,σ
i
∫ {
δu∗i,σ(r)ui,σ(r) + (δu∗i,σ(r)ui,σ(r))∗}dr= 0. (2.34)
20 第2章 プロトン移動を伴う分子凝集機構 式(2.34)は、∫ δu∗i,σ(r)ui,σ(r)drとその複素共役(∫ δu∗i,σ(r)ui,σ(r)dr)∗に分けると、次の 2つの式で表される。
∑
i,σ
∫ {
δu∗i,σ(r)
(
−1 2∇2i
)
ui,σ(r) + ∑
A
vA(r)δu∗i,σ(r)ui,σ(r) +
∫ δu∗i,σ(r)ui,σ(r)ρ(r0)
|r−r0| dr0 +δEXC
δρ δu∗i,σ(r)ui,σ(r)
}
dr = ∑
i,σ
∫
iδu∗i,σ(r)ui,σ(r)dr, (2.35)
∑
i,σ
∫ {
δu∗i,σ(r)
(
−1 2∇2i
)
ui,σ(r) + ∑
A
vA(r)δu∗i,σ(r)ui,σ(r) +
∫ δu∗i,σ(r)ui,σ(r)ρ(r0)
|r−r0| dr0 +δEXC
δρ δu∗i,σ(r)ui,σ(r)
}∗
dr = ∑
i,σ
∫
i
(δu∗i,σ(r)ui,σ(r))∗dr. (2.36)
式(2.35)と式(2.36)は複素共役を取っていること以外は同等であるため、式(2.35)だ けを考える。ここで、式(2.35)は、iとσの全成分について和をとったものである。そこ で、i成分だけに着目すると次式で表される。
δu∗i,σ(r)
(
−1 2∇2i
)
ui,σ(r) + ∑
A
vA(r)δu∗i,σ(r)ui,σ(r) +
∫ δu∗i,σ(r)ui,σ(r)ρ(r0)
|r−r0| dr0 + δEXC
δρ δu∗i,σ(r)ui,σ(r) = iδu∗i,σ(r)ui,σ(r). (2.37) この式を整理し、次式を得る。
δu∗i,σ(r)
(
−1
2∇2i +∑
A
vA(r) +
∫ ρ(r0)
|r−r0|dr0+δEXC
δρ
)
ui,σ(r) =δu∗i,σ(r)iui,σ(r). (2.38) 任意の変分δu∗i(r)について両辺が成立するためには次式が成立する必要がある。
(
−1
2∇2i +∑
A
vA(r) +
∫ ρ(r0)
|r−r0|dr0+ δEXC
δρ
)
ui,σ(r) = iui,σ(r). (2.39)
式(2.39)がKohn-Sham方程式である。この方程式を解くことで、一電子スピン軌道
ui,σ(r)が得られ、式(2.17)及び(2.25)より電子密度ρ(r)及び全エネルギーEKSが得られ る。この方程式はハミルトニアン内に電子密度ρを含むため、適当なρの初期値を方程式 に与え、その方程式の解から得た新たなρを再度ハミルトニアンに反映させるという手続 きをとる。この手続きは、繰り返し得るρから計算される全エネルギーの差が一定値(閾 値)以下となるまで自己無撞着に行う。本論文の全ての第一原理計算は、このKohn-Sham 方程式に基づいて計算した。計算プログラムはGaussian09を用いた [22, 27]。
Kohn-Sham方程式から得る結果の精度は、交換相関項EXC に依存する。これは、式
(2.25)のEXC の定義から明らかなように、真のエネルギーとEHF の差を押し込めている
ためである。従って、密度汎関数法には優れたEXC汎関数が必要である。DFTの提唱後、
多くのEXC 汎関数が開発され続けている [28]。KohnとShamは電子密度を一様電子ガ スとして扱った局所スピン密度近似(LSDA: Local Spin Density Approximation)による EXC 汎関数を提案した [29]。しかし、現実の系では電子密度の分布は一様ではないため、
その後一般化密度勾配近似(GGA: Generalized Gradient Approximation)によりEXC 汎 関数が改良された。
特にGGAを用いた汎関数の1つであるB3LYP汎関数は実験値の再現性に優れていると 考えられている[22]。このB3LYP汎関数は、Lee、Yang及びParrによる密度勾配補正汎 関数、LSDA汎関数、並びに、HF法の交換項を線型結合した混成型汎関数である[30,31]。 本章では、このB3LYP汎関数を利用したDFT計算を行い、分子凝集を評価した。
ここでに示したエネルギーの定式化においては、一電子スピン軌道の具体的な形を示 していない。分子の一電子スピン軌道関数の軌道関数は、その分子を構成する原子の基 底関数の組の線形結合で記述される [23]。この基底関数は、各原子に属する電子の波動関 数を記述する、原子核に中心をおく関数の組を指す。分子軌道法では一般的に基底関数は Gauss型関数で展開される。これはHF法における式(2.13)及び式(2.14)の積分を効率的 に行うためである。密度汎関数法では数値積分を行うため、必ずしもGauss型基底関数 を使う必要性はない。ただし、混成型汎関数を利用する場合、HF法の交換項を含むため Gauss型基底関数を使う必要がある。本論文で用いたプログラムGaussian09ではDFT計 算においてもGauss型関数を採用している [22]。
本論文でのDFT計算は、6-311++G(d,p)基底関数を用いて行った。3倍基底関数6-311 は、内殻の軌道を6個のGauss型関数で短縮した1つの関数で表現し、最外殻の軌道を 3つのGauss型関数で短縮した1つの関数と短縮しない2つの関数で表現している [32]。
分極関数(d,p)は、分子内の電気分極に対応できるように、重原子にd軌道を、H原子に
p軌道を加えることを指す [33]。分散関数++は、さらに平らに拡がったs及びp軌道を 加え電子の広がりの柔軟性を高くすることを意味する [34]。本論文では、これらの基底関 数を利用することによって、分子凝集において形成される微弱なHBの評価を可能として いる。
22 第2章 プロトン移動を伴う分子凝集機構
図 2.3: NH3及びHNO3の最安定構造における各原子の電荷.
図 2.4: 単量体の[NH3][HNO3]型最安定構造.
2.3 単量体 : NH
4NO
32.3.1 単量体の分子構造とエネルギー安定性
本節では、HNO3及びNH3による分子凝集体の最小単位(単量体)について検討する。
まず、孤立したHNO3及びNH3の最安定構造を探索し、各原子における電荷を確認し た。この電荷の評価には、Mulliken電子密度解析を用いた。Mulliken電子密度解析は、分 子内の全電子を各原子に分割する手法である [23, 35]。分割方法に恣意性があるが、直感 的に分子の電気分極を理解できる利点がある。軌道関数ui,σ(r)で表した電子が位置rの 微小領域dr内に存在する確率は|ui,σ(r)|2drである。|ui,σ(r)|2は、この電子の位置rにお