ジョン口
ッ ク の 同 意 理 論
ジ ョ ン ・ ロ ツ ク の 同 意 理 論
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宮 下 輝 雄
目次序論
一︑同意観念の発達二︑ロック同意観念と意志・自由の関係
三︑政治権力設立と同意四︑明示的同意と黙示的同意
五︑自然法・自然権と同意六︑貨幣の導入及び﹁世論ないし世評の法﹂と同意
結語
序論
今日ほど国際的にも国内的にも解決をせまられた多くの難題をかかえている時代はかつてなかったように思われ
る︒逆説的にはそれだけ多くの思索の材料や土壌が提供されているともいえる︒本論では政治学の立場から今日的問
題解決を模索するための一つの試みとして﹁同意理論﹂をとりあげてみたい︒同意の問題は政治学とともに古くて︑
また新しい問題である︒
ロック政治思想の二主柱は﹁同意﹂と﹁信託﹂の観念だと一般にいわれている︒しかしロック政治思想そのものと
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同様に︑かれの同意理論も決して多くの研究者から高く評価されてはいない︒それでも同意理論を論じる場合ロック
を通過することができないのもまた事実である︒
第二次大戦後︑世界的にも国内的にもロック研究は急速に高まった︒その理由は二っあると思う︒一つは時代の要
求として民主主義思想の研究とその定着の要請がそれであり︑一一つにはロックの新しい遺稿集の公開︑つまり一九四
七年のラヴレース・コレクションの公開と一九六〇年のレモン・コレクションの公開であると考えられる︒新資料は
ロック思想の欠落部分を補充したと同時に︑ロック思想の全容を知るうえできわめて有効であった︒とりわけ若きロ
ック思想に関するものが︑研究者の注目を集めた︒代表的なものは﹃自然法論﹄(きぎト寒禽h旨遷防§N譜腎§ミ
冬ミ︑︑♪巴●芝●︿8ピ①旨①P一霧鼻邦訳)と﹃世俗権力二論﹄(きぎト︒寒魯ぎ︒孚§身§O象ミ詰ミ§♪Φ9勺●}酵9・ヨρ
H㊤o刈邦訳)であって︑それらは若きロック思想の保守性を示すとともに感覚と理性による認識論の新しさを示すもの
であった︒
新資料も加味されて多くの研究成果を生んでいったが︑それらはかならずしもロックを評価するものばかりではな
く︑むしろ伝統的ロック解釈を否定するものであり︑消極的評価を下す傾向のものの方が研究者の注目をあつめ︑学
問的刺激を与えた︒
たとえば箋・囚①づΩ巴ご}oず口いoo評ΦきαけびΦUoo什誌づ⑦o艶≦ao鼠な3肉巳Φ℃ミ§o跨硫ミミ題§きQ象織ミ吻織§ら♪
<O一ト︒①・昌○・卜︒・一逡一はロックをルソー以上の﹁国家形而上学理論﹂の元祖であり﹁多数者支配の民主主義者﹂
]≦ε〇二な︑幻三Φ∪Φ§oo轟房と解した︒この新解釈は↑芝●Oo二ひq貫§ミN卜象曹︑硫NミミミN︑ミN8§書℃一⑩㎝Oで反
駁された︒J・W・ガフはロックをかならずしも高く評価するものでもないが︑ロックの真意に忠実であろうとし
て︑個人主義に近い立憲主義者ととらえた︒いΦoω#碧ωρ﹀§ミミ竈窓w§"ミ憲︒§一りαωはロックを﹁自然法
論者ではなく﹂﹁ホッブズ主義者﹂と論じた︒ρじu.]≦帥o℃げ巽ωoP§鳴き翻︑時ミ目譜o遷ミき題題鴇竃\誌叙琶ミ零
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ミ鋳ミ℃寒いい象ミト︒簿♪一まNは国家機能の所有者保護を正当化するものと解した︒その他顕著なものとしてζ・
O蚕昌ω8P魯ミN卜o審禽︾切ざ讐§ξ}HΦ昭・即℃o嵩P卜亀審N蹄賊心袋Qミミミ免叙偽智奪N卜8奮℃H80●魯潮蕊卜oら奮当
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どはよく知られている︒なお詳細な外国︑および日本の研究文献は田中正司・平野取編﹃ジョン・ロック研究﹄(一
九八〇年)に収録されている︒
さて本論に入る前に同意観念そのものを思想史的に若干ふれておこう︒ホッブズは﹃‑ーヴァイァサン﹄でやはり同
意によってかれの理論構成をおこなっているように思う︒
たとえば﹁すべての主権者の権利は︑統治されるべき人びとのうちのおのおのの︑同意からもともとひきだされ
( 1 )
る︒﹂また﹁かれの権威は︑他のすべての王侯の権威のように人民の同意と︑かれに服従するというかれらの約束と( 2 )
に︑もとつかなければならない︒﹂とのべている︒ところが服従のうちに自由を認めるホッブズの同意観念は同意観念のもつ自発的自由志向性との関係でホッブズは同意論者といえるかが問題となる︒
ルソーは﹁市民は︑かれの反対にもかかわらず通過した法律を含めてあらゆる法律に︑同意を与え︑さらにかれが
ある法律をあえて犯したとき︑かれを罪する法律にさえ同意を与えているのである﹂(﹃社会契約説﹄第四編二章)とい
っているが︑これはかれの﹁自由への強制﹂と同じように﹁一般意志﹂からの帰結ではあるまいか︒
T・H・グリーンは自然法を前提とする市民社会や同意観念を評価しない︒たとえば﹁自然法のごとき法︑つまり
課すものではなく︑人間の意識をそなえている法によって支配される社会は︑政治社会がその社会から衰退してい
( 3 )
ったような社会であり︑市民政府設立のためになんらの動機も存在しえなかったような社会であっただろう﹂と︑ま86
た﹁政府の権利が被治者の同意に基礎づけられるという教義は︑制度がーそれによって人は道徳化され︑またそれ
によって人が好むことと異なったような人間がおこなわなければならないと考えることをなすようになるのだがー
( 4 )
公共の福祉の概念を表現するという真理をのべるのには混乱した方法である︒﹂と論じている︒ところがロックの同意観念を高く評価しているのはH・ラスキである︒いわく﹁少なくともロックの同意論は論理
的である﹂﹁彼がより重要視していると見られるのは︑契約の起源よりも︑その内容的意味である︒彼は同意の要素
( 5 )
を立論の前面に出して︑契約継続の根拠を打ちたてようと苦心した︒﹂また﹁今日われわれの知るごとく︑問題は過去の思想家達が考えたよりはるかに複雑である︒けれどもロックの著述以来歴史の危機に際しては︑同意と自然権に対
する彼の強調が常に新たな意味を獲得した︒同意に政治的表現を与える道がそなえられない場合︑人びとは人民の意
( 6 )
志を知らず︑かつこれをかえりみない権力の奴隷となり易い︒そこに同意理論の重要さがある︒﹂まことに同意観念は現代政治の分析にも不可欠である︒権威︑リーダーシップ︑コミュニケーション︑世論︑代表
なかんずく民主主義思想の研究には欠かせない要素だと思う︒これまで同意観念がわが国においてあまり重要視され
なかったのは日本における近代化過程の対応と無関係ではないように思う︒つまり上からの近代化過程には﹁被治
者の同意﹂観念が入る余地はなかったのかもしれない︒アメリカ﹁独立宣言﹂の前文には﹁被治者の同意﹂(8口ω①9
90︒<巽口①ユ)観念が明記されている︒﹁日本国憲法﹂の前文および第九七条には﹁信託﹂爲=曾︑第九五条には﹁同意﹂
08ω①暮の語が見られる︒
本論文の目的は同意観念の現代的意義を求めて試みられた予備的作業ともいえるものである︒充実した研究は今後
にのこされることとなる︒本論文ではロックの政治思想そのものを深く研究するというのではなく︑同意観念が︑か
れの思想の中でどのようにとりあつかわれ︑どのような内容をもっているかを探らんとしたものである︒したがって
各個別観念の深い研突には至らない︒そのさい私はロックの同意観念を次の二つの範疇でとらえようと試みた︒
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8個人の自由・人権の擁護のための同意観念︒
口社会生活つまり自由と秩序の統一(自然状態含)の必要性から不可避的に要請される同意観念(これは﹃人間知性論﹄
の﹁世論ないし世評の法﹂にも関連性をもつ)︒
ここで9を範曜ω︑口を範疇働としておく︑二つの範疇に分けたのはロックの表現は様々でも結局︑この両範疇のいずれかに
分類できると考えたからである︒
(‑)↓.国︒σげ︒9卜§ミ︾§や︒こぎ§嚇ミ"さ§℃飾国§・鼠蟄9ミミ§き§§"穿§防凡a偽職ら象N§叙§き ①㎝どΦユ・
﹀︒U●ピ冒鳥ωoざb.ω這.水田洋︑田中浩訳﹃リヴァイァサン﹄︑一九六六年︑三九〇頁︒
(2)卜題費き§"︒F︾.U・い冒ユω飴ざb●︒︒窃・水田洋︑田中浩訳﹃リヴァイアサン﹄︑一九六六年︑三一五頁︒
(3)↓●国・Oお①P芝o美ω℃<⊆●目.や・零Q︒・
(4)↓●国●曾︒︒p薫︒時ρ<︒ピ目も娼・おやωρ
(5)ε﹄9・ω軍審§ミ目ぎ蓉こ謡穿αqN§載﹄︒簿こ︒b︒ミ︾§}謹︒も.︒︒刈.堀豊彦・飯坂良明訳﹃イギリス政治思
想H﹄︑一九六六年︑二一頁︒
(6)出●H●ピ鋤ω恩℃o℃.o一けこ竈●癖◎︒む'堀豊彦︑飯坂良明訳﹃イギリス政治思想H﹄︑一九六三年︑三〇頁︒
一︑同意観念の発達 '
同意観念が近代民主政治論に合流する以前︑それは独自に用いられ発達してきた︒同意観念はかなり古くから現
われ︑ローマ法のいわゆる﹁王位法ピo×器σq冨によって︑皇帝はローマ人によって︑かれに譲渡された使用権
巨琶§を執行するものと考え紅規・﹂また・C.H●マクワルワインやJ・W・ガフはキζの﹃共和国﹄9
肉篤建ミ勘亀に同意観念の存在を指摘している︒C・H・マクワルワインによると﹁キケロの国家は同意08ωΦ馨の
中に見い出され︑しかし︑このことが有効であるためには︑全人民の同意oo昌ωo馨oh夢oをげoぎb①o嘗Φでなけれ
ばならか彊)﹂﹁国家ば人民によって成立するものである・しかし・その人民は︑流行がどんなものであっても︑それに