Vol.3
茂木植物化石層と松浦玄武岩類
橘 行一 (昭和37年6月30日受理)
I.序言
茂木町付近の含植物化石層は,古くから知られた化石産地の茂木植物化石層だけで なく,東側の北浦火山角礫岩層や飯香の浦の凝灰角傑岩層も植物化石を含む。このよ
10km
第1図長崎火山の噴出物の区域。
× ‑植物イセ石
うな地層は長崎火山周縁部に見られ,そのあ るものは報告したが,これら湖水堆積物中の 植物化石産地を第1図に示した。本岩では同 じ茂木湾内に露出する茂木植物化石層と,植 物化石を同じく含む北浦火山角礫岩層との関 係,更にこれらと鮮新世と考えられている松 浦玄武岩類との新旧関係を考察した。
II.茂木湾の含植物化石層と下位若類 茂木湾内に全く近接して二つの植物化石層 があって,各々別個の下位岩類を被覆する。
即ち北浦火山角礫岩層と茂木植物化石層であ る(1)。
北浦火山角博岩層:木屑については「長崎市東部茂木町付近の地質」の中で先に報 C3したO
主として凝灰角礫岩層・凝灰岩層・角礫凝灰岩層・火山角僕岩層など火山噴出物か
ら成り,北浦から赤崎の鼻を経て平瀬に至る海岸沿いに露出し層理が明瞭である。化
石は珪化木のほか,茂木植物化石層に多産して一つの特徴種ともなっているFagus
ferginea Aiton, Acer sp.その他が見出された。従って茂木植物化石層と北浦火山
(1)橘行‑ (1956):長崎市東部茂木町の地質。長崎大学学芸学部自然科学報告, 5号。
角礫岩層(または凝灰礫岩層)は非常に関係があり,大局的に見れば時代的に略々同 時期のものでないかと思う。即ち(1)両層とも火山噴出物を主にした岩相で,湖成 層であり,同じようにFagusferginea Aitonを含むこと, (2)両層とも最下部が 霧出しており,それぞれ下位岩類を被覆すること, (3)両層とも同じ北浦湾内に全く 近接して分布することなどである。
しかし梢々細かく見ると両層は次の点で異なっている。即ち茂木植物化石の方は,檀 物化石を多産する部分はシルト質であり,岩相は凝灰岩質の所が全体として多い。安 山岩類の角礫は上位の方になって始めて混在してくる。そして北浦から茂木に至る道 路沿いには,結晶片岩の大塊や礫,更に北浦層の砂岩・貢岩礁を多く含む北浦火山角 礫岩層の続きが露出していて,これは茂木植物化石層の上位に重なっている。また茂 木植物化石層は玄武岩の上に重なるが,北浦火山角礫岩層は結晶片岩や北浦層を直接 不整合に被複する。
長崎火山周縁の湖成層は茂木植物化石層よりも北浦火山角礫岩層の方に層位関係・
岩相が類似している。即ち下位岩類は結晶片岩か古第三系・或は上部自重系であり, これらの異質岩礁を凝灰角礫岩中に混在するし,輝石安山岩類ばかりでなく角閃石安 山岩類も凝灰岩や角礫の中に多く認められる。そして長崎火山の輝石安山岩質溶岩に 被覆されている。このような点で,長崎火山の初期噴出物を堆積した湖成層に共通し ており,喜々津植物化石層や大草付近の凝灰角礫岩層或は時津町北方の釜島層などは 北浦火山角礫岩層に相当する。
茂木植物化石層は北浦火山角礫岩層の同時異相で,後者に含まれるものであるとい うことは,同じ湾内に接近して露出しているだけに考えられるが,ここでは茂木植物 化石層の上に北浦火山角礫岩層が載っていることに主きを置き,両者をやはり区別し
て置くことにする。
北浦火山角樺岩層の下位岩類である北浦層について。本層について筆者は先に赤崎
層群に属する香焼層に類似していることを述べた。しかし香焼層は下部にTrachodon
が発見されて上部自重系も含んでいることになり,上部の古第三系に属する層準と分
けて区別されるべきで,香焼層の下部は北浦層に岩相・層位上相当する。従来は香焼
層が始新世とされ古第三系下部とされていたので,北浦層も一応古第三系に含めて置
いた。しかし北浦層は結晶片岩類を被覆し,いわゆる赤崎層群でも下部であるから,
上部自重紀に属するものである。北浦層は礫岩層を爽んだり礫岩層に移過したりする 砂岩層と暗緑色一暗紫色或いは黒灰色貢岩から成り,植物化石が砂岩層中に見出され た。礫岩層中の礫は安山岩・砂岩・閃緑岩・花尚岩流紋岩などの種々の火成岩礫や変 成岩礫も含まれ,伊王島の出崎礫岩層と異なり結晶片岩礫が少い。礫は円礫で良く円 磨されている。 (筆者は北浦層の礫の組成と砂岩の重鉱物につき,香焼島や野母半島西 岸のものと層位関係の方面から調査を行なっている。香焼島のいわゆる香焼層には砂 岩礫の種々のものが可なり含まれているので,その一部は下部の自重紀層から由来し たものと考えて既に報告した。>C2)
赤崎の鼻における結晶片岩と北浦層との関係は勿論後者が上位で大局的に見て北浦 層が被覆しているものであるが,北浦層の最下部が結晶片岩を被覆しているのでなく, 浸蝕された結晶片岩の深い凹所に北浦層が堆積したように見え,上部の方も結晶片岩 を被覆している。野外では両者の境界が直線的で断層で接しているように見えるが, この両方の下位岩類を北浦火山角練岩層が同時に被覆している。
茂木植物化石層:本層の植物化石層として知られている白色凝灰岩層とその下位 にある礫層の境界は部分的に層理と斜交していて,軽微な不整合または偽層的な関係 で両者は接している。この下位の礫層は10cm以下の結晶片岩礫(稀には1m大の 大塊)を多量に含み玄武岩礫・安山岩礫・砂岩康を混在するもので,基質の一部はシ ルト質や凝灰岩質のものから構成される。この礫層が最も良く露出するのは厳島神社 境内から西の部分で,北浦に通ずる道路の両斜面や崖で更に西側の民家の裏の崖の下 部の方にも露出している。部分的に薄い凝灰岩乃至シルト層を爽むことがあるが,礫 が極めて多く含まれる。地形によりこの礫層の厚さが異なり,西側の結晶片岩地帯に 近い方は当時結晶片岩が良く露出して崩壊も著しかったと見られ,この礫層としても よく発達し10m近くの厚さがある(写真図版Fig. 7)。これが東側の海岸になると 礫層は薄くなり,玄武岩の上に載っているが1m足らずの厚さとなる(写真図版 Figs. 1‑2)。そして植物化石層の紫蘇輝石の多い黒灰色凝灰岩層が礫層を斜交して切
り,直接玄武岩を被覆するようになって礫層は消失する。このような結晶片岩の多い
礫層は戸町から大久保山東側の峠を経て小ケ倉に至る道路沿いにも見られ(写真図版
(2)橘行‑ (1958):長崎湾,香焼島の新第三系について。長崎大学,学芸,自然科学報告,
7号。
Fig.6),この上に植物化石を含む凝灰角礫岩層が重なるし, 茂木町北側の農道に沿っても結晶片岩の上にこの種の礫層が あり,その上に長崎火山の火山角礫岩層が重なっている。こ のような礫層の見られるのは当時の地形も関係しているので 地域的に礫の組成は異なるが,近辺に結晶片岩が雇出してい る地域であり,この種の堆積物では基盤の結晶片岩に近い下 位の層準にこのような礫層が存在するoこの礫層は茂木植物 化石層の下部に属する基底礫岩と考える。
この下部の礫層は下位の轍礎石玄武岩を被覆するもので, 海岸や厳島神社境内やその西側の斜画で,その両者の境界が
良く見られる(写真図版Figs.1‑5 。この境界面を広く見る と平らでなく,非常に劇しい凸凹のある玄武岩の地形面上に 堆積し,上位の礫層中には下部の玄武岩礫と同じ礫を含んで いることより,この両者の間は不整合関係にあると考える。
即ち茂木植物化石層は轍標石玄武岩の上に基底礫岩を以って 不整合に載る。
この境界付近の玄武岩は火山角礫岩となっているが異質岩 礫は含まない。下部の方は黒色塊状で溶岩流となっていて,
コニビス
岬の突堤,千鳥の夷神祇付近まで広がり,更に海中にものび ている。この玄武岩は全体として20m‑30m程度の厚さが あり,この近辺に噴出したものが流れて広がったものであろ
う。
写真図版第4図の如くこの玄武岩の更に先の海中には風化
した石英・長石の多い白っぽい租粒な花尚岩質岩類があって,
轍横石玄武岩は殆んどこれと接するが,この両者の間には西
側の汀線付近に結晶片岩礫や珪石礫あるいは砂岩礫を含む紫
蘇輝石の多い凝灰岩層の薄い礫層がはさまれ,玄武岩はこの
上に載っているが,茂木植物化石層基底の礫岩層が花尚岩の
上に直接載っていると思われる所もある。この下位の花尚質
・t;2阿
S‑結晶片岩K‑北浦層G・‑花輯寛岩 B一玄武岩M‑・茂木植物化石層
C‑礫層Ⅴ・‑北浦火山角礫岩層
岩は明らかに結晶片岩を貫い ていることが明らかで,この 付近から転石であるが,花梅 岩質の細脈が結晶片岩中に約 日状に細かく貫いているもの を得た。
以上茂木湾付近の両含植物 化石層と下位岩類について図 示すれば第3図の如くである。
III.長崎近辺の茂木植物化石層の層準と下位宕類との関係
茂木植物化石層の時代はNathorst (1883)が上部鮮新世であるとして以来,植物 化石上からは鮮新世に属することに多くの見解は‑致している。
一方北松浦郡では,佐留志砂礫層の中より世知原町開作では, Sequoiasp., Cyperac‑
dae (? Cladium sp), Saliガsp., Liquidamber sp., Styraガsp., Lauraceae
(? Benzoin sp.)が粉川昭平の鑑定により見出されている(松本・山崎I960)'。ま た彼杵町飯盛山北東斜面の彼杵鉱山の褐鉄鉄鉱層中より野田光雄・牟田邦彦(1959)( ' によって植物化石が見出され,高橋清によってMetasequoia sp., Liquidambar formosana Hance, Quercus sp.,? Zelkova Ungeri Kovatsが識別された。こ
れによって野田・牟田は新第三紀に属することが確実で,鮮新世であるとし,この層 準を西彼杵半島の面高礫岩層に対比した。
この結果佐留志砂礫層(面高礫岩層)や茂木植物化石層乃至北浦火山角礫岩層は大 局的に植物化石上からは鮮新世に属することになる。
一方層位的に見ると既に述べた如く茂木植物化石層は長崎火山に属する本地域の北 浦火山角礫岩層に密接な関係があるのに対して,下位の玄武岩(以下記述の便宜上茂 木玄武岩として記す)は長崎火山岩類中のものとはいい難い。従来長崎市北部帆場岳 (3)松本征夫・山崎達雄(1960):唐津炭田の貫入火成岩類,特に肥前粗粒玄武岩類につい て。九州鉱山学会誌, 28巻7号。
(4)野田光雄・牟田邦彦(1959):長崎県東彼杵郡川棚・彼杵附近の褐鉄鉱層。九大教養部,
研究報告, 6巻。
近辺に玄武岩類の分布することが,古くから知られ20万分の1の長崎図幅にも示さ れているのであるが,これは茂木玄武岩の類と異なったものであり,また玄武岩とす るのは疑問に思う。長崎火山区域のものは大半安山岩質の火山岩乃至火山砕屑物より 成り,輝石安山岩を主とするが,角閃石安山岩も天笠缶や長与や時津近辺に分布し, 別報の如く石英閃緑岩一閃縁珍岩質の消々粒粒状組織をもった火成岩や流紋岩質のも のがあるが,玄武岩質岩類は稀であって,安山岩類中のものとしては喜々津西部の安 山岩質火山角礫岩類を玄武岩質の小岩脈が貫いているのを見る。長崎火山岩類中には 轍擁石の残品を鎗下に見ることが多くの箇所で可なり認められるが,これらは轍標石 輝石安山岩型でやはり安山岩類に隠し,しかも長崎火山の初期の噴出物ではなく,何 れも北浦火山角珠岩層乃至これに準ずる火山角礫岩などよりも後期の噴出に属するも のである。
これに対し,長崎火山に近縁の多良火山南部区域や看喜火山区域には,長崎火山区 域と異なり玄武岩類が存在する。即わち諌早西方の夙観岳や日岳を構成する玄武岩類 があり,古く小舎勉(1917)(5)により記載されていて,チタン輝石・轍憶石を含み 若干アルカリ質の玄武岩類として知られていて,多良火山の下部の安山岩質岩類より
も下位に置かれていたものであるOしかし別に報告した如く(6う,この玄武岩の下位に は安山岩塊乃至礫を含む火山角礫岩一凝灰岩層があって,これは更に古第三系を被覆 し, ∴貝津・横島などの凝灰質角礫岩乃至含植物イ!ヒ石屑に関係があり,栗面や鷺崎・小 床・小ウ倉・有再などの区域で同じく古第三系を被覆し,看喜火山岩類の輝石安山岩 類に被覆される有喜礫岩層(時に凝灰一火山角礫岩に移適する)とも密接な関連を有 するFagusやQuercusを含むこれらの礫岩層に対し,筆者の喜々津植物化石層に は礫岩が爽存していないとはいえ,略々この両者は時代的にも同時期の堆漬物である。
前述の目[ix玄武岩類と同様なものは諌早南部の碁盤の辻にもあり,石基には多少黒雲 母が磁鉄鉱の部分にともなうOこのように多良火山南部から石喜火山区域にかけて, 明らかに茂木植物化石層の屈準より上位にある玄武岩が存在するっ
また一方では右喜火山区域には,天神或いは高岳付近に上述の有喜礫岩雪の下位に 位するような玄武岩も僅かではあるが分布している。
(5)小倉勉(1917):多良岳火山地質調査報文。震災予防調査会報告, 90。
(6)柄行‑:諌早水害誌(印判中)。 (但し寮稿は日田n35年8月提Hiしたものである。)
茂木湾 小ケ倉 香 焼島 式見 時津 喜 々 津 本野 有喜
角 閃 石 安 山 岩 西 海 開 署 安 山 岩 井 樋 の 尾 関 空
安 山 岩 多 郎 ほ 安 山 岩
長 崎 火 岩 顆 山 安 山 岩 質 溶 岩 類
北 浦 火 山 角 礫 岩 層 茂 木 植 物 化 石 層
安 山 岩 質 溶 岩 頬
北 浦 火 山 角 礫 岩 層 ( 含 植 物 化 石 )
° ° ° . ° 4. . .
安 山 岩 質 溶 岩 頬
火 山 角 礫 岩 頬 含 植 物 化 石 凝 灰 質 ( .. .‥ ‥ . . . 礫 層
安 山 岩 質 溶 岩 類
火 山 角 礫 岩 顆 筏 の 尾 層 ( 含 植 物 化 石 )
安 山 岩 貸 溶 岩 頬
火 山 角 礫 岩 頬
安 山 岩 質 溶 岩 類
釜 島 屑 ( 合 植 物 化 石 )
安 山 岩 質 溶 岩 頴
喜 々 津 植 物 化 石 層
安 山 岩 質 溶 岩 類
日 岳 玄 武 岩 大 渡 野 層 ( 含 植 物 化 石 )
藤 津 累 層
安 山 岩 質 溶 岩 頴
碁 盤 の 辻 玄 武 岩
有 責 礫 岩 → 増 資 凝 灰 角 礫 岩 層
有 喜 火 山 岩 頬
下 位 岩 類
花 崗 岩 出 石
‥ 疏 . 玄
! J 1 ・ . レ L 潤 晶 岩 頬 結 片 来 日 晩 屑 片 箱 結 晶 岩
香 焼
層 結 片 岩 類 晶
結 晶 片 岩 類 I 些 ̲ 武 パ 玄 ㍉
古 第 三 系
古 第 三 系
。 ご 鵡
玄 玄 武 岩
古
罪
系
これらの関係は第1表に示したが,多くの場合長崎・諌早・有善の地域では,下位 岩類の古第三系や結晶片岩類の上に直接載っているのは,安山岩質の凝灰一火山角礫 岩などの一部に礫岩を伴い植物化石を含む上述の茂木湾の北浦火山角礫岩層の層準の
もので,また殆んどの場合下位の古第三系や結晶片岩の礫を異質岩礫として含んでい る。これに対し,この層準のものが玄武岩の上に載る場合は式兄の西部その他の若干 の地点に見るが,比較的狭少な区域をしめ,このような地点でも,やはりこの層準の
ものが一方では広く下位の結晶片岩類や古第三系その他の下位岩類を不整合に被覆し ている。
一方下位の茂木玄武岩は野母・西彼杵両半島の結晶片岩類を貫き或いは被覆する玄 武岩類と関係あるもので,長崎火山岩類の噴出以前のものであり,長崎火山岩類には 属さない。この西彼杵半島の玄武岩類はいわゆる松浦玄武岩類に此佼されている。し かし松浦玄武岩類として一括されている玄武岩類は松本征夫・山崎達雄(1960)によ ると, BT, B2とB3, B4があり,この両者の問には可なり時代的間隙が予想されてい る。またB3以後の玄武岩類は藤津層以後で洪積世の疑いもあるという。実際に茂木 植物化石層より明らかに上位にある前述の日岳玄武岩類の如きものがあり,これはチ タン輝石を含む点より,或いは松本征夫(1961)'のB3あたりに比較すべきものか も知れない。このように茂木玄武岩が仮に松浦玄武岩類に対比されるとしても,下位 のBl‑B2の時期のものに相当するものと思われる。このB2と藤津層の問には時代 的間隙があり,丁度茂木における植物化石層と下位の玄武岩との間の間隙に相当する ものと考えるが,植物化石上から前述の如く佐官志礫岩層も茂木植物化石層も鮮新世 に属するものとすると,この間隙は大きいものでないかも知れない。もっともこれに は,佐留志礫岩層の植物化石がも少しくわしく調らべられることが必要であるけれど ち,層位的には茂木植物化石層と下位の玄武岩との間の境界,或いは長崎火山岩類の 基底である北浦火山角礫岩層の層準と下位岩類との境界が長崎近辺に関する限りでは 非常に顕著で,この境界の不整合は区分の上では重要であるように思える。
(7)松本征夫(1961):北九州松浦玄武岩類の岩石学的研究。九大生産科学研究所, 30号。
ABSTRACT
STRATIGRAPHIC RELATION BETWEEN THE MOGI PLANT BEDS AND THE UPPER
PLIOCENE MATSUURA BASALTS
By
K. TACHIBANA
The Mogi plant bed is mainly consisted of tuff, brecciated tuff and silt, and is disconformably overlain by the plant bearing Kitaura volcanic breccias which are early lake deposits of the Nagasaki volcano. The fossil plants ob‑
tained from these plant bearing rocks indicate the upper Pliocene age. On the other hand, the Mogi olivine basalts unconformably overlain by the basal conglomerates of the Mogi plant bed bear a thin conglomerate layer with the pebbles of cristalline schists and quarts at the basal part, resting unconform‑
ably upon the granitic rocks of the Cretaceous age. The Kitaura volcanic breccias rest unconformably upon the cristalline schist and the Kitaura bed at Akasakino‑hana, and bear a close relation to the Mogi plant bed. These two belong to the early volcanic sedimentz of the Nagasaki volcano, while the Mogi olivine basalts are correlated with the upper Pliocene Matsuura basalts which are widely distributed in both the Karatsu coal field and Nishisonogi peninsula. These basalts exist beyond the limits of the Nagasaki volcanic activity. Although the Mogi plant bed and the Matsuura basalts to which the Mogi basalts belong are of the upper Pliocene age, the Plio‑Pleistocene bounda‑
ry line should be drawn between the Mogi plant bed and the basalts in the
Mogi district from the volanic activity.
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